説明

光学ガラス、精密プレス成形用プリフォームとその製造方法および光学素子とその製造方法

【課題】 表面にクモリやヤケなどの変質層の発生による品質低下を起こしにくい精密プレス成形用の光学ガラスを提供する。
【解決手段】
精密プレス成形のガラス素材として用いられ、B、ZnO、LaおよびをZrO含む光学ガラスであって、モル%表示で、LiOを0〜0.5%未満含むとともに、B 20〜50%、SiO 0〜20%、ZnO 22〜42%、La 5〜24%、Gd 0〜20%(ただし、LaとGdの合計量が10〜24%)、ZrO 0.5〜10%、Ta 0〜15%、WO 0〜20%、Nb 0〜15%、TiO 0〜20%、Bi 0〜10%、GeO 0〜10%、Ga 0〜10%、Al 0〜10%、BaO 0〜10%、Y 0〜10%およびYb 0〜10%を含み、かつアッベ数(νd)が35以上40未満であることを特徴とする光学ガラスである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学ガラス、精密プレス成形用プリフォームとその製造方法および光学素子とその製造方法に関する。さらに詳しくは、本発明は、表面にクモリやヤケなどの変質層の発生による品質低下を起こしにくい精密プレス成形用の光学ガラス、該ガラスからなる精密プレス成形用プリフォームとその製造方法、および上記ガラスからなる光学素子とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、高屈折率・低分散あるいは高屈折率・高分散といった特性を有する高機能性ガラスを使用した非球面レンズなどの光学素子を低コストで大量に安定供給する方法として精密プレス成形法(モールドオプティクス成形法とも言う)が注目されている。
精密プレス成形法では、プレス成形型や該成形型の成形面に設けられる離型膜の損傷を低減するとともに、高価なプレス成形型の寿命を延ばすため、比較的低いプレス温度で成形が可能な低温軟化性を有する光学ガラスが使用される(例えば、特許文献1参照)。特許文献1に開示されているように、上記光学ガラスにおいては、ガラス転移温度や屈伏点を低下させるためにガラス成分としてLiOが導入されている。
【0003】
ところで、上記のようなガラスを使用して精密プレス成形すると、精密プレス成形体の表面にクモリやヤケと呼ばれる変質層が発生しやすい。このようなクモリやヤケがレンズ面などに存在すると不良品となるため、クモリやヤケが生じた面は研磨などによって除去しなければならない。しかし、クモリやヤケを除去するために精密プレス成形体のレンズ面などに研磨を施すようでは、精密プレス成形法の特徴(光学素子を低コストで大量に供給すること)が全く活かされなくなってしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002-362938号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような事情のもとで、表面にクモリやヤケなどの変質層の発生による品質低下を起こしにくい精密プレス成形用の光学ガラス、上記ガラスからなる精密プレス成形用プリフォームとその製造方法および上記ガラスからなる光学素子とその製造方法を提供することを目的とするものである。
また、本発明は、上記目的に加えて、プレス成形型との離型性に優れた精密プレス成形用プリフォームおよび該精密プレス成形用プリフォームを使用した光学素子の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意検討した結果、次のような知見を得るに至った。
すなわち、通常、精密プレス成形用の光学ガラスは、特許文献1に示されるように比較的多量のLiOを含んでいるが、ガラスがプレス成形温度またはプレス成形前後の高温の環境に曝される時間が長いような場合には、リチウムイオンの拡散係数が大きいために、ガラス表面にリチウムイオンに由来するクモリやヤケが発生しやすくなる。つまり、高温のガラス表面において、リチウムイオンと雰囲気中の(二酸化炭素等の)炭素化合物とが反応したり、リチウムイオンとガラス表面に離型膜として被覆されている炭素含有膜中の炭素とが反応することにより、リチウムの炭酸塩が生成し、この炭酸塩が生成することによりガラス表面近傍のリチウムイオン濃度は一時的に低下するが、リチウムイオンはガラス中で移動しやすいため、表面付近のリチウムイオン濃度低下を補うようにガラス内部のリチウムイオンがガラス表面へと移動し、ガラス表面における炭酸塩の生成が進むことになる。
本発明者はこのようにして生成される炭酸塩がガラスのクモリやヤケの正体であると考え、ガラス中に含まれるリチウムの量を制限することによって上記目的を達成し得ることを見出し、本知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、
(1) 精密プレス成形のガラス素材として用いられ、B、ZnO、LaおよびZrOを含む光学ガラスであって、モル%表示で、
LiOを0〜0.5%未満含むとともに、B 20〜50%、SiO 0〜20%、ZnO 22〜42%、La 5〜24%、Gd 0〜20%(ただし、LaとGdの合計量が10〜24%)、ZrO 0.5〜10%、Ta 0〜15%、WO 0〜20%、Nb 0〜15%、TiO 0〜20%、Bi 0〜10%、GeO 0〜10%、Ga 0〜10%、Al 0〜10%、BaO 0〜10%、Y 0〜10%およびYb 0〜10%を含み、かつアッベ数(νd)が35以上40未満であることを特徴とする光学ガラス、
(2) アッベ数(νd)が35以上39.5以下である上記(1)に記載の光学ガラス、
(3)屈折率(nd)が1.86以上である上記(1)または(2)に記載の光学ガラス、
(4) 上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の光学ガラスからなる精密プレス成形用プリフォーム、
(5) 表面に炭素含有膜が被覆されている上記(4)に記載の精密プレス成形用プリフォーム、
(6)表面に炭素含有膜が被覆されており、アッベ数(νd)が35以上40未満、転移温度(Tg)が530℃以上で、LiOを0〜0.5モル%未満含むガラスからなることを特徴とする精密プレス成形用プリフォーム、
(7)上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の光学ガラスからなる溶融ガラスから熔融ガラス塊を分離して、冷却する過程でプリフォームに成形することを特徴とする精密プレス成形用プリフォームの製造方法、
(8)上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の光学ガラスからなることを特徴とする光学素子、
(9) 上記(4)〜(6)のいずれか1項に記載の精密プレス成形用プリフォームを加熱し、プレス成形型を使用して精密プレス成形することを特徴とする光学素子の製造方法、
(10) 精密プレス成形後、得られた精密プレス成形体の表面に残存する炭素含有膜を除去する上記(9)に記載の光学素子の製造方法、および
(11) ガラス製の精密プレス成形用プリフォームを加熱し、プレス成形型を使用して精密プレス成形体を作製する工程を含む光学素子の製造方法であって、
前記プリフォームが上記(4)〜(6)のいずれか1項に記載の精密プレス成形用プリフォームであること、前記プリフォームおよび/または精密プレス成形体を炭素化合物を含む雰囲気中で熱処理すること、および前記熱処理温度が前記ガラスの転移温度(Tg)より50℃低い温度よりも高いこと
を特徴とする光学素子の製造方法
を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、表面にクモリやヤケなどの変質層の発生による品質低下を起こしにくい精密プレス成形用の光学ガラス、上記ガラスからなる精密プレス成形用プリフォームとその製造方法および上記ガラスからなる光学素子とその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】実施例および比較例で使用した精密プレス成形装置の概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の光学ガラス、精密プレス成形用プリフォームとその製造方法、光学素子とその製造方法について、順次説明する。
[光学ガラス]
本発明の光学ガラスは、精密プレス成形のガラス素材として用いられ、B、ZnO、LaおよびZrOを含む光学ガラスであって、モル%表示で、
LiOを0〜0.5%未満含むとともに、B 20〜50%、SiO 0〜20%、ZnO 22〜42%、La 5〜24%、Gd 0〜20%(ただし、LaとGdの合計量が10〜24%)、ZrO 0.5〜10%、Ta 0〜15%、WO 0〜20%、Nb 0〜15%、TiO 0〜20%、Bi 0〜10%、GeO 0〜10%、Ga 0〜10%、Al 0〜10%、BaO 0〜10%、Y 0〜10%およびYb 0〜10%を含み、かつアッベ数(νd)が35以上40未満であることを特徴とするものである。
本発明において、精密プレス成形とは、プレス成形型の成形面を、加熱されたプリフォーム表面に転写することにより、光学素子の光学機能面を形成することを意味する(以下、同様)。なお、光学機能面とは、光学素子において、制御対象の光を屈折したり、反射したり、回折したり、入出射させる面を意味し、レンズにおけるレンズ面などがこの光学機能面に相当する。
以下、本発明の光学ガラスにおける、各成分の作用と成分含有量、ガラスの物性、ガラスの製造方法について順に説明するが、特に言及のない限り、各成分の含有量や合計量はモル%で表示するものとする。
【0011】
本発明の光学ガラスにおいては、ガラス表面に発生するクモリやヤケが、光学素子としての使用に支障が生じないレベルまで低減するように、ガラス中へのLiOの導入量が制限される。
すなわち、本発明の光学ガラスにおいて、ガラス中に含まれるLiOの量は0〜0.5%未満に制限される。ガラス中のリチウム量を少なくするほど、クモリやヤケ発生のリスクを低減することができるので、LiOの量は0.4モル%以下に抑えることが好ましく、0.1モル%以下に抑えることがより好ましく、導入しないことがさらに好ましい。
【0012】
は必須成分であり、ガラス網目を形成する酸化物の役割を果たす。Laなどの高屈折率成分を多く導入する場合、ガラスの形成のためにBを20%以上導入して主なネットワーク構成成分とし、失透に対する十分な安定性を付与するとともに、ガラスの熔融性を維持する必要があるが、50%を超えて導入すると、ガラスの屈折率が低下し、高屈折率ガラスを得るという目的に適さなくなる。したがって、Bの導入量は20〜50%とする。上記効果を高める上から、Bの導入量は22〜48%が好ましく、24〜46%がより好ましい。
【0013】
SiOは任意成分であり、LaやGdを多量に含有するガラスに対して、ガラスの液相温度を低下させ、高温粘性を向上させ、さらにガラスの安定性を大きく向上させるが、過剰の導入により、ガラスの屈折率が下がることに加え、ガラス転移温度が高くなり精密プレス成形が困難になる。そのため、SiOの導入量は0〜20%とし、0〜18%とすることが好ましく、0.5〜18%とすることがより好ましい。
【0014】
ZnOは必須成分であり、ガラスの熔融温度や液相温度及び転移温度を低下させ、屈折率の調整にも欠かせないが、本発明の光学ガラスにおいては、LiOの含有量が制限されているので、LiOを所定量含有するガラスよりもZnOの導入量を多くする必要がある。一方、42%を超えて導入すると、分散も大きくなり、失透に対する安定性も悪化し、化学的耐久性も低下するので、その導入量は22〜42%の範囲とし、23〜41%とすることが好ましく、24〜40%とすることがより好ましい。
【0015】
Laも必須成分であり、ガラスの失透に対する安定性を低下させずに、または分散を高めずに、屈折率を高くし、化学的耐久性を向上させる。しかし、5%未満では十分な効果が得られず、24%を超えると失透に対する安定性が著しく悪化するため、その導入量は5〜24%とする。上記効果をより高める上からLaの導入量は6〜23%とすることが好ましく、7〜22%とすることがより好ましい。
【0016】
Gdは、Laと同様、ガラスの失透に対する安定性や低分散性を悪化させずにガラスの屈折率や化学的耐久性を向上させる成分である。Gdは、20%を超えて導入すると失透に対する安定性が悪化し、ガラス転移温度が上昇して精密プレス成形性が悪化する傾向があるため、その導入量は0〜20%とする。高屈折率を付与しつつ、化学的耐久性を高めるため、Gdは1〜19%導入することが好ましく、2〜18%導入することがより好ましい。なお、ガラス安定性を高めるためには、LaとGdとがガラス成分として共存する組成が好ましい。特に後述するように、光学ガラスを熔融し、この溶融ガラスから熔融ガラス塊を分離して、ガラスが冷却する過程で精密プレス成形用プリフォームに成形するような場合には、成形過程でガラスが失透しないようにするため、上記のようにガラスの安定性をより高めることは重要である。
なお、アッベ数(νd)が40未満で、より屈折率が高く、かつ安定なガラスを得る上から、LaとGdの合計含有量は10〜24%とし、12〜23%とするのが好ましく、13〜22%とするのがより好ましい。
【0017】
ZrOは、高屈折率なガラスを実現し、かつガラスの低分散性を維持するために使われる必須成分である。ZrOを導入することにより、ガラスの屈折率を低下させずに、高温粘性や失透に対する安定性を改善する効果が得られるが、8%を超えて導入すると液相温度が急激に上昇し、失透に対する安定性も悪化するので、その導入量は0.5〜10%とし、1〜8%とするのが好ましく、1〜7%とするのがより好ましい。
【0018】
Taは、高屈折率・低分散なガラスを実現する任意成分である。少量のTaを導入することにより、ガラスの屈折率を低下させずに、高温粘性や失透に対する安定性を改善する効果があるが、15%を超えて導入すると液相温度が急激に上昇し、分散が増大するので、その導入量は0〜15%とし、0〜10%とするのが好ましく、0.5〜10%とするのがより好ましい。
【0019】
WOは、ガラスの安定性、熔融性を改善し、屈折率を向上させるために適宜導入される成分であるが、その導入量が20%を超えると、分散が大きくなり、必要な分散特性が得られなくなるため、その導入量は0〜20%とし、0〜18%とするのが好ましく、1〜18%とするのがより好ましく、2〜16%とするのが特に好ましい。
Nbは、ガラスの安定性を維持しつつ屈折率を高める任意成分であるが、過剰導入により分散が増大するため、その導入量は0〜15%とし、0〜10%とするのが好ましく、0.5〜10%とするのがより好ましい。
【0020】
TiOは、ガラスの屈折率の向上のため導入可能な任意成分であるが、過剰の導入によって分散が大きくなり、目的とする光学恒数を得ることができなくなるため、その導入量は0〜20%とし、0〜18%とするのが好ましく、0.5〜18%とすることがより好ましい。
Biは、ガラスの屈折率を高め、ガラスの安定性を向上する働きをする任意成分であるが、過剰導入によりガラスの安定性が低下し、液相温度が上昇する。そのため、その導入量は0〜10%とし、0〜6%とするのが好ましい。
【0021】
GeOは、ガラスの屈折率を高めるとともに、ガラスの安定性を向上させる働きをする任意成分であり、その導入量は0〜10%とし、0〜8%とするのが好ましい。ただし、他の成分に比べて桁違いに高価であるため導入しないことがより好ましい。
Gaも、ガラスの屈折率を高めるとともに、ガラスの安定性を向上させる働きをする任意成分であり、その導入量は0〜10%とし、0〜8%とするのが好ましい。ただし、他の成分に比べて桁違いに高価であるため導入しないことがより好ましい。
【0022】
Alは、ガラスの高温粘性を高めるとともに液相温度を低下させ、ガラスの成形性を向上する働きをし、化学的耐久性を向上させる働きもする任意成分である。しかし過剰導入により屈折率が低下し、失透に対する安定性も低下するので、その導入量は0〜10%とし、0〜8%とするのが好ましい。
【0023】
BaOは、高屈折率・低分散なガラスを実現する任意成分であり、少量導入する場合、ガラスの安定性を高め、化学的耐久性を向上させるが、10%より多く導入するとガラスの失透に対する安定性を大きく損ない、転移温度や屈伏点温度を上昇させるため、その導入量は0〜10%とし、0〜8%とするのが好ましい。
【0024】
、Ybは、高屈折率・低分散なガラスを実現する任意成分であり、少量導入する場合、ガラスの安定性を高め、化学的耐久性を向上させるが、過剰の導入によりガラスの失透に対する安定性を大きく損ない、ガラス転移温度や屈伏点温度を上昇させる。そのため、Yの含有量は0〜10%とし、0〜8%とするのが好ましい。また、Ybの含有量は0〜10%とし、0〜8%とするのが好ましい。
なお、La、Gd、YおよびYbの合計含有量は10〜24%にすることが好ましい。
【0025】
この他、Sbが脱泡剤として任意に添加されるが、全ガラス成分の合計含有量に対してSbの添加量が1重量%を超えると、精密プレス成形時にプレス成形型の成形面が損傷を受けるおそれが生じるため、Sbは全ガラス成分の合計含有量に対して0〜1重量%添加することが好ましく、0〜0.5重量%添加することがより好ましく、0〜0.1重量%添加することがさらに好ましい。
【0026】
一方、ガラス成分として導入しないことが好ましいものとして、PbOが挙げられる。PbOは有害であるとともに、PbOを含むガラスからなるプリフォームを非酸化性雰囲気中で精密プレス成形すると、成形体の表面に鉛が析出して光学素子としての透明性が損なわれたり、析出した金属鉛がプレス成形型に付着するといった問題が生じる。
【0027】
Luは、一般に光学ガラスの成分としては、他の成分に比べて使用頻度が少なく、また、希少価値が高く光学ガラス原料としては高価であるため、コスト面から導入しないことが好ましい。本発明の光学ガラスは、Luを導入しなくても精密プレス成形に好適なプリフォームを実現できる。
カドミウム、テルルなどの環境上問題となる元素、トリウムなどの放射性元素、ヒ素などの有毒な元素も導入しないことが望ましい。また、ガラス熔融時の揮発などの問題からフッ素も導入しないことが望ましい。
【0028】
本発明の光学ガラスにおいて、ガラスの安定性をより高める上から、アッベ数(νd)は、35以上40未満とし、35以上39.5以下とすることが好ましい。
また、本発明の光学ガラスにおいて、ガラスの屈折率(nd)は、1.86以上であることが好ましい。屈折率(nd)の上限に特に限定はなく、本発明の目的を達成できる限り屈折率(nd)を高めることができるが、優れた安定性をガラスに付与する上から屈折率(nd)を1.95以下にすることがさらに好ましい。
【0029】
本発明の光学ガラスは、精密プレス成形に用いられるものであり、プレス成形型の消耗や該型の成形面に形成する離型膜の損傷を防止する上から、ガラスの転移温度(Tg)は低いことが好ましく、転移温度(Tg)は630℃以下が好ましく、620℃以下がより好ましい。一方、本発明の光学ガラスにおいては、ガラス表面のクモリやヤケを防ぐ上から、ガラス中のリチウム量を上記のように制限しており、このため、転移温度(Tg)を過剰に低下させようとすると、屈折率が低下したり、ガラスの安定性が低下するなどの問題が発生しやすくなる。そのため、転移温度(Tg)は530℃以上とすることがさらに好ましく、540℃以上とすることがより一層好ましい。
【0030】
なお、本発明の光学ガラスは、目的のガラス組成が得られるように、原料である酸化物、炭酸塩、硫酸塩、硝酸塩、水酸化物などを秤量、調合し、十分に混合して混合バッチとし、熔融容器内で加熱、熔融し、脱泡、攪拌を行い均質かつ泡を含まない熔融ガラスを作り、これを成形することによって得ることができる。具体的には公知の熔融法を用いて作ることができる。
【0031】
[精密プレス成形用プリフォームとその製造方法]
次に本発明の精密プレス成形用プリフォーム(以下、単にプリフォームをいうことがある)について説明する。
本発明において、プリフォームとは、加熱され、精密プレス成形に供されるガラス予備成形体を意味する。
【0032】
本発明のプリフォームには2つの態様がある。
第1の態様のプリフォーム(プリフォームIという)は、本発明のプリフォームが、上記本発明の光学ガラスからなるものである。
プリフォームIは、表面に炭素含有膜が被覆されていることが好ましい。炭素含有膜としては、炭素を主成分とするもの(膜中の元素含有量を原子%で表したとき、炭素の含有量が他の元素の含有量よりも多い)が望ましい。具体的には、炭素膜や炭化水素膜などを例示することができる。プリフォーム表面を炭素含有膜により被覆することにより、精密プレス成形時にガラスと型成形面の融着を防止することができ、また、プレス成形時において型によって構成されるキャビティ内にガラスを十分に広げる作用を高めることもできる。このような観点から、炭素含有膜としては、グラファイト状の炭素膜が好ましい。
炭素含有膜の成膜法としては、炭素原料を使用した真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法等の公知の方法や、炭化水素などの材料ガスを使用した熱分解などの公知の方法を用いることができる。
【0033】
炭素含有膜は、精密プレス成形時に優れた機能を発揮するものの、上述したように、高温状態でガラス中のリチウムイオンと膜中の炭素が反応することにより、ガラス表面にリチウムの炭酸塩が生成し、クモリやヤケの原因の一つになっていたことが、本発明者により見出された。
しかしながら、プリフォームIによれば、表面に炭素が豊富に存在するにもかかわらず、ガラス中のリチウム量が制限されているため、炭酸塩生成によるクモリやヤケの発生を防止することができる。
なお、プリフォームIにおいて、プリフォーム表面に被覆される離型膜は、炭素を主成分とする炭素含有膜が好ましいが、これ以外に、例えば、自己組織化膜等であってもよい。自己組織化膜は、例えば、有機物からなる液体原料や気体原料にプリフォームIを接触させることにより、形成することができる。
【0034】
第2の態様のプリフォーム(プリフォームIIという)は、表面に炭素含有膜が被覆されており、アッベ数(νd)が35以上40未満、転移温度(Tg)が530℃以上で、LiOを0〜0.5モル%未満含むガラスからなることを特徴とするものである。
プリフォームIIにおいて、表面に被覆される炭素含有膜は、プリフォームIの説明で述べたものと同様である。また、ガラスのリチウム含有量の好ましい範囲およびより好ましい範囲は、本発明の光学ガラスの説明で述べたものと同様である。
【0035】
プリフォームIIを構成するガラスにおいて、アッベ数(νd)は35以上40未満であり、ガラスの安定性をより高める上から、アッベ数(νd)は35以上39.5以下にすることが好ましい。
また、プリフォームIIは、ガラス転移温度(Tg)が530℃以上と精密プレス成形用の光学ガラスとしては比較的高いガラス転移温度(Tg)を有するガラスにより構成されている。
ガラス転移温度が高いと、精密プレス成形時の温度や、ガラスの歪点も高くなる。歪点は周知のとおり、ガラス中の歪を低減する際の処理温度の目安になる。したがって、プリフォームIIは、表面に炭素含有膜が存在する状態で、プレス成形温度としては比較的高い温度下におかれるし、精密プレス成形後に得られる精密プレス成形体も、同じく表面に炭素含有膜が存在する状態で比較的高い温度でアニール処理されることになる。プレス成形温度やアニール温度が高くなるほど、ガラス中のリチウムイオンとガラス表面の膜中に存在する炭素の反応は促進されるが、プリフォームIIによれば、ガラス中のリチウム量が上記のように制限されているので、表面に炭素が豊富に存在していてもクモリやヤケのない光学素子を精密プレス成形によって得ることができる。
なお、上記の説明は、プリフォームIにおいて、表面に炭素含有膜が被覆され、プリフォームがガラス転移温度(Tg)530℃以上のガラスによって構成されている場合にも当てはまる。
【0036】
ガラスのクモリやヤケの原因と考えられるリチウムの炭酸塩は、炭素含有膜中に存在する炭素とプリフォームを構成するガラス中のリチウムイオンとが反応して生成するだけでなく、高温条件下において、炭素含有雰囲気中の炭素と、プリフォームや精密プレス成形体を構成するガラス中のリチウムイオンとが反応することによっても生成する。
例えば、リチウムの炭酸塩は、炭素含有雰囲気、例えば大気中で、プリフォームの表面に成膜するためにプリフォームを加熱したり、精密プレス成形体をアニールする際にも生成し得る。しかし、このような処理を行ってもプリフォームIおよびIIはともにそのガラス中のリチウム量が制限されているため、ガラスのクモリやヤケの問題を解決することができる。
【0037】
プリフォームIIを構成する光学ガラスは、ガラス成分としてB、ZnOおよびLaを含有するものであることが好ましく、ガラス成分としてB、ZnO、LaおよびGdを含有するものであることがより好ましい。そして、B、ZnO、LaおよびGdの各含有量は、B 20〜50モル%、ZnO 22〜42モル%、La 5〜24モル%、Gd 0〜20モル%とすることが好ましく、ガラスの安定性を特に重視する場合は、ZnO 23〜41モル%、La 7〜22モル%、Gd 2〜18モル%とすることがより好ましい。なお、プリフォームIIを構成する好ましいガラス組成としては、本発明の光学ガラスの説明において述べたガラス組成を挙げることができる。
また、プリフォームIIを構成するガラスの屈折率(nd)、アッベ数(νd)の好ましい範囲としては、上記本発明の光学ガラスの説明において述べた範囲を挙げることができる。
【0038】
次に本発明のプリフォームの製造方法について説明する。
本発明のプリフォームの製造方法は、本発明の光学ガラスからなる熔融ガラスから熔融ガラス塊を分離して、冷却する過程でプリフォームに成形することを特徴とするものであり、上記プリフォームIやプリフォームIIの製造にも好適なものである。
【0039】
具体的例としては、本発明の光学ガラスが十分熔解、清澄、均質化された熔融ガラスを用意し、温度調整された流出ノズルあるいは流出パイプから排出することにより、上記プリフォームを製造する方法が挙げられる。
【0040】
温度調整の方法としては、流出ノズル、流出パイプの温度を制御する方法を例示できる。流出ノズル、流出パイプの材質としては白金または白金合金が望ましい。具体的な製造方法としては、(イ)熔融ガラスを流出ノズルから所望重量の熔融ガラス滴として滴下し、それを受け部材によって受けてガラスプリフォームを製造する方法、(ロ)同じく所望重量の熔融ガラス滴を前記流出ノズルより液体窒素などに滴下してプリフォームを製造する方法、(ハ)白金または白金合金製の流出パイプより熔融ガラス流を流下させ、熔融ガラス流の先端部を受け部材で受け、熔融ガラス流のノズルと受け部材の間にくびれ部を形成した後、くびれ部にて熔融ガラス流を分離して受け部材に所望重量の熔融ガラス塊を受けてガラスプリフォームに成形する方法などがある。
【0041】
キズ、汚れ、表面の変質などがない滑らかな表面、例えば自由表面を有するプリフォームを製造するためには、成形型などの上で熔融ガラス塊に風圧を加えて浮上させながらプリフォームに成形したり、液体窒素などの、常温、常圧下で気体の物質を冷却して液体化した媒体中に、熔融ガラス滴を入れてプリフォームに成形する方法などが用いられる。
【0042】
熔融ガラス塊を浮上させながらプリフォームに成形する場合、熔融ガラス塊にはガス(浮上ガスという)が吹きつけられ上向きの風圧が加えられることになる。この際、熔融ガラス塊の粘度が低すぎると浮上ガスがガラス中に入り込み、プリフォーム中に泡となって残ってしまう。しかし、熔融ガラス塊の粘度を3〜60dPa・sにすることにより、浮上ガスがガラス中に入り込むことなく、ガラス塊を浮上させることができる。
【0043】
プリフォームに浮上ガスが吹き付けられる際に用いられるガスとしては、空気、Nガス、Oガス、Arガス、Heガス、水蒸気等が挙げられる。また、風圧は、プリフォームが成形型表面等の固体と接することなく浮上できれば特に制限はない。
本発明のプリフォームの製造方法において、熔融ガラス塊の重量は目的とするプリフォームの重量に精密に一致するように定められる。本発明のプリフォームを精密プレス成形することにより各種の精密プレス成形体が得られるが、目的とする精密プレス成形体の重量を基準にした場合、プリフォームの重量が小さすぎると精密プレス成形時にガラスがプレス成形型の成形面に充分充填されず、所望の面精度が得られなかったり、精密プレス成形体の厚みが所望の厚みよりも薄くなるなどの問題が生じる。また、プリフォームの重量が大きすぎると、余分なガラスがプレス成形型間の隙間に入り込んで成形バリを生じたり、成形体の厚みが所望の厚みより厚くなるなどの問題が生じる。このため、プリフォームの重量は、一般的なプレス成形用のプリフォームよりも精密に管理する必要があり、かかる理由により、熔融ガラス塊の重量も目的とするプリフォームの重量と精密に一致するように定められる。
【0044】
このようにして、全表面が熔融状態のガラスが固化して形成されたプリフォームや、全表面が熔融状態のガラスが固化して形成されたものであって、機械加工されていないプリフォームや、全表面が自由表面からなるプリフォームを得ることができるが、このようなプリフォームを形成することにより、滑らかな面(研削痕、研磨痕のない面)を得ることができる。上記プリフォームは本発明のプリフォームとして好ましいものである。なお、ここで言う自由表面とは、熔融状態や軟化状態にあるガラスが冷却する過程で、固体と接して前記固体の表面が転写されずに形成された表面のことである。具体的には、熔融状態または軟化状態のガラスに風圧を加えて浮上させたまま冷却することによって、全表面が熔融状態のガラスが固化して形成されたプリフォームや全表面が自由表面であるプリフォームを製造することができる。
【0045】
本発明のプリフォームより製造される光学素子は、レンズのように回転対称軸を有するものが多いため、プリフォームの形状も回転対称軸を有する形状が望ましい。具体例としては、球あるいは回転対称軸を一つ備えるものを示すことができる。回転対称軸を一つ備える形状としては、前記回転対称軸を含む断面において角や窪みがない滑らかな輪郭線をもつもの、例えば上記断面において短軸が回転対称軸に一致する楕円を輪郭線とするものなどがあり、球を扁平にした形状(球の中心を通る軸を一つ定め、前記軸方向に寸法を縮めた形状)を挙げることもできる。
【0046】
本発明のプリフォームの製造方法は、プリフォームIやプリフォームIIの製造に好適なものであるが、プリフォームIやプリフォームIIの製造方法は上記方法に限定されない。例えば、清澄、均質化した熔融ガラスを鋳型に鋳込んで成形した後、成形体の歪をアニールによって除去し、切断、割断などの方法により、所定の寸法、形状に分割し、研磨して表面を滑らかにするとともに、所定の重量のガラスからなるプリフォームとすることもできる。
【0047】
[光学素子とその製造方法]
本発明の光学素子は、上記本発明の光学ガラスからなることを特徴とする。
光学素子の具体例としては、非球面レンズ、球面レンズ、平凹レンズ、平凸レンズ、両凹レンズ、両凸レンズ、凸メニスカスレンズ、凹メニスカスレンズなどのレンズ、マイクロレンズ、レンズアレイ、回折格子付きレンズ、プリズム、レンズ機能付きプリズムなどを例示することができる。光学素子表面には必要に応じて反射防止膜や波長選択性のある部分反射膜などを設けてもよい。
本発明の光学素子によれば、表面にクモリやヤケのない品質の高い光学素子を提供することができ、特に高屈折率低分散性を有し、表面状態が良好な光学素子を提供することができる。
【0048】
本発明の光学素子の製造方法は、以下の2つの態様を有する。
第1の態様(光学素子の製法Iという)は、本発明のプリフォームを加熱し、プレス成形型を使用して精密プレス成形することを特徴とする。
光学素子の製法Iは、プリフォームを構成するガラス中のリチウム量が制限されているので、ガラス外部の炭素とガラス中のリチウムイオンが反応してガラス表面にクモリやヤケが発生するのを防止することができ、表面状態が良好な光学素子を精密プレス成形により製造することができる。特にプリフォーム表面に炭素含有膜が存在していても、膜中の炭素と反応してクモリやヤケの原因となるリチウムの炭酸塩が生成されないため、炭素含有膜の被覆によって精密プレス成形時の離型性を高めるとともに、プレス成形時のガラスの伸びを良好にすることができる。
精密プレス成形では、予め成形面を所望の形状に高精度に加工されたプレス成形型を用いるが、成形面には、プレス時のガラスの融着を防止するため、離型膜を形成してもよい。離型膜としては、炭素含有膜や窒化物膜、貴金属膜が挙げられ、炭素含有膜としては水素化カーボン膜、炭素膜などが好ましい。精密プレス成形では、成形面が精密に形状加工された対向した一対の上型と下型との間にプリフォームを供給した後、光学ガラスの粘度で10〜10dPa・s相当の温度まで成形型とプリフォームの両者を昇温加熱してプリフォームを軟化し、これを加圧成形することによって、成形型の成形面をプリフォームに転写することができる。
また、成形面が精密に形状加工された対向した一対の上型と下型との間に、予めガラス粘度で10〜10dPa・s相当の温度に昇温したプリフォームを供給してこれを加圧成形することによって、成形型の成形面をプリフォームに転写することもできる。
加圧時の圧力及び時間は、光学ガラスの粘度などを考慮して適宜決定することができ、例えば、プレス圧力は約5〜15MPa、プレス時間は10〜300秒とすることができる。プレス時間、プレス圧力などのプレス条件は成形体の形状、寸法に合わせて周知の範囲で適宜設定すればよい。
【0049】
精密プレス成形ならびに精密プレス成形に供するためのプリフォームの加熱は、プレス成形型の成形面あるいは前記成形面に設けられた離型膜の酸化を防止するため、窒素ガス、あるいは窒素ガスと水素ガスの混合ガスなどのような非酸化性ガス雰囲気中で行うことが好ましい。
非酸化性ガス雰囲気中では、プリフォーム表面を被覆する炭素含有膜も酸化されずに、精密プレス成形された成形体の表面に前記膜が残存することになる。この膜は、最終的には除去するべきものであるが、炭素含有膜を比較的容易にしかも完全に除去する方法としては、精密プレス成形体を酸化性雰囲気、例えば大気中で加熱する方法が挙げられ、この他の方法としては、精密プレス成形体を酸素プラズマアッシングする方法や、精密プレス成形体をエッチングする方法が挙げられる。精密プレス成形体を酸化性雰囲気で加熱して炭素含有膜を除去する方法においては、加熱温度は、成形体が熱変形しない温度から選ばれ、具体的には、ガラスの転移温度未満の温度範囲から選ばれることが好ましい。本発明によれば、精密プレス成形体を構成するガラス中のリチウム量が制限されているので、炭素含有膜中の炭素や大気中の二酸化炭素とガラス中のリチウムイオンが反応して、ガラス表面にリチウムの炭酸塩が生成することがないため、ガラスのクモリやヤケを防止しつつ、炭素含有膜を除去することができる。
プレス成形後、成形型とガラス成形体を冷却し、好ましくは歪点以下の温度となったところで、離型し、精密プレス成形体を取出す。なお、光学特性を精密に所望の値に合わせるため、冷却時におけるガラス成形体のアニール処理条件、例えばアニール速度等を適宜調整してもよい。
【0050】
第2の態様(光学素子の製法2という)は、ガラス製の精密プレス成形用プリフォームを加熱し、プレス成形型を使用して精密プレス成形体を作製する工程を含む光学素子の製造方法であって、前記プリフォームが本発明のプリフォームであること、前記プリフォームおよび/または精密プレス成形体を炭素化合物を含む雰囲気中で熱処理すること、および前記熱処理温度が前記ガラスの転移温度(Tg)より50℃低い温度よりも高いことを特徴とする。
【0051】
光学素子の製法2は、主としてプリフォームや、精密プレス成形体を熱処理する際に雰囲気中に存在する炭素によってガラス表面にクモリやヤケが発生するのを防止する方法である。
具体的には、二酸化炭素のような炭素化合物を含む大気中で精密プレス成形体をアニール処理して歪を低減あるいは除去する場合や、プリフォーム表面に炭素含有膜を形成する際に炭素化合物を含むガス雰囲気中でプリフォームを加熱する場合において、アニール処理や成膜時の熱処理温度がガラス転移温度(Tg)より50℃低い温度よりも高い(熱処理温度が(Tg-50℃)よりも高い)と、リチウムを含むガラスでは表面に炭酸塩が生成し、これがガラスのクモリやヤケ発生の原因になると考えられる。熱処理温度を低下させて炭酸塩の生成を抑制することも考えられるが、熱処理に要する時間と熱処理温度はおおよそ下記(3)式で示される関係を有する(ただし、式中のA、Bは定数)ので、熱処理温度を低下すると熱処理に要する時間が大幅に長くなり、実用的な熱処理は困難になってしまう。
【0052】
熱処理に要する時間=B×exp(−A/熱処理温度) …(3)
【0053】
しかし、本発明によれば、炭酸塩生成の原因と考えられるガラス中のリチウムの量を制限していることにより、実用的な時間内での熱処理を可能にしつつ、ガラス表面のクモリやヤケを防止することができる。なお、光学素子の製法2において、好ましいプリフォームは上記プリフォームIあるいはプリフォームIIである。
【0054】
光学素子の製法2において用いられる精密プレス成形型および該精密プレス成形型の使用方法、使用条件等は、上記光学素子の製法1の説明で述べたものと同様である。
【0055】
成形時の雰囲気は、成形型表面やプリフォーム表面に設けられた離型膜を保護するため、非酸化性とすることが好ましい。非酸化性雰囲気としては、アルゴン、窒素等の不活性ガス、水素等の還元性ガス又は不活性ガスと還元性ガスの混合ガスを使用することができ、好ましくは窒素ガスまたは少量の水素ガスが混合された窒素ガスを使用することができる。
【0056】
また、プレス成形後に精密プレス成形体を離型する方法についても、上記光学素子の製法1の説明で述べたものと同様である。
【実施例】
【0057】
以下、本発明を実施例および比較例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの例により限定されるものではない。
なお、光学ガラスの諸特性は、以下に示す方法により測定した。
(1)屈折率(nd)およびアッベ数(νd)
日本光学硝子工業会規格の屈折率測定法により、カルニュー光学社製「GMR-1」を使用して、ガラス転移温度(Tg)と屈伏点(Ts)間の温度で保持した光学ガラスを、降温速度−30℃/時間で降温して得られた光学ガラスについて測定した。
(2)ガラス転移温度(Tg)、屈伏点(Ts)および平均熱膨張係数(α)
理学電機株式会社製の熱機械分析装置「TMA8510」により昇温速度を4℃/分、荷重98mNとして測定した。なお、αは100℃〜300℃の間における平均熱膨張係数である。
(3)比重
アルキメデス法により測定した。
【0058】
実施例1〜29
表1〜表3に示すガラス組成になるように、各成分を導入するための原料として、それぞれ相当する酸化物、炭酸塩、硫酸塩、硝酸塩、水酸化物など、例えば、HBO、La、ZnO、ZnCO、Gd、ZrOなどを用いて250〜300g秤量し、十分に混合して調合バッチと成し、これを白金るつぼに入れ、1200〜1450℃に保持した電気炉中において、攪拌しながら空気中で2〜4時間ガラスの熔融を行った。熔融後、熔融ガラスを40×70×15mmのカーボン製の金型に流し、ガラスの転移温度まで放冷してから直ちにアニール炉に入れ、ガラスの転移温度範囲で約1時間アニール処理した後、炉内で室温まで放冷し光学ガラスを得た。得られた光学ガラス中には、顕微鏡で観察できる結晶は析出しなかった。
このようにして得られた光学ガラスの特性を表4に示す。
次にガラス外部に炭素が存在する条件でガラスをおおよそプレス成形温度に相当する温度まで昇温することにより、精密プレス成形における環境を作り出し、ガラス表面の変化を調べるテストを行った。このテストでは、まず、自由表面を有し、ガラス組成が各々上記ガラスに相当する29種類の試料を作製し、加熱分解により、二酸化炭素を発生する化合物と共にステンレス容器中に入れた。この状態で、ガラス転移温度より10℃低い温度に加熱し、3時間保持した後、室温まで冷却し、ステンレス容器から試料を取り出して、試料の表面を目視ならびに光学顕微鏡を使用して拡大観察した。その結果、いずれの試料にもクモリは認められず、光学顕微鏡による拡大観察でも試料表面は滑らかであった。
【0059】
比較例1
0.5モル%を超えるLiOを含むガラス組成を有する光学ガラスを、実施例1〜29と同様にして作製した。
次に、ガラス組成が上記ガラスに相当する試料を作製し、実施例1〜29と同様にして、ガラス表面の変化を調べるテストを行った。その結果、目視により明らかなクモリが認められ、光学顕微鏡による拡大観察によっても粒子状の生成物が一面に発生しているのが認められた。
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】

【0062】
【表3】

【0063】
【表4】

【0064】
実施例30
実施例1〜29の各ガラスを用いて、以下のようにしてプリフォームを作製した。
まず、電気炉内で1050〜1450℃に保持された熔融ガラス(ガラス粘度で4〜0.05dPa・sに相当する)を、1050℃(ガラス粘度で4dPa・sに相当する)に温度調節した白金合金製パイプから一定流速で連続して流下し、ガラスプリフォーム成形型で熔融ガラス流の先端を受け、所定重量の熔融ガラス塊が前記先端から分離するタイミングで成形型を熔融ガラス流の流下速度よりも十分大きな速度で降下し、熔融ガラス塊を分離した。なお、熔融ガラス滴下時のガラス粘度は、7dPa・sであった。
分離した熔融ガラス塊を上記成形型上で風圧を加えて浮上させながら球状のガラスプリフォームに成形し、アニール処理した。ガラスプリフォームの重量は0.01〜5gの範囲で設定したが、各熔融ガラス塊とそれに対応する各ガラスプリフォームの重量は等しく、また、設定重量に対する得られたガラスプリフォームの重量精度は±1%以内であった。
このようにして作製されたガラスプリフォームの表面全体は熔融ガラスが固化することにより形成されたものであり、自由表面であった。また表面、内部に脈理、失透、割れ、泡などの欠陥は認められなかった。
【0065】
実施例31
実施例30で作製した各ガラスプリフォームを、図1に示す、成形面に炭素含有膜(ダイヤモンド様カーボン膜)が設けられたSiC製の上型1及び下型2の間に配置した後、石英管11内を窒素雰囲気としてヒーター12に通電して石英管11内を加熱した。成形型内の温度を、被成形ガラスプリフォーム4の粘度が約10〜10dPa・sとなる温度とした後、この温度を維持しつつ、押し棒13を降下させて上型1を上方から押して成形型内の被成形ガラスプリフォーム4をプレスした。プレスの圧力は5〜15MPa、プレス時間は10〜300秒間とした。プレスの後、プレスの圧力を解除し、非球面プレス成形されたガラス成形体を上型1及び下型2と接触させたままの状態でガラス転移温度まで徐冷し、次いで室温付近まで急冷して非球面に成形されたガラスを成形型から取り出した。なお、図1において、符号3は案内型、10は支持台、9は支持棒、14は熱電対である。
得られた精密プレス成形体を大気中にて560℃、3時間の条件の下、アニール処理して非球面レンズを得た。得られたレンズの表面には目視によりクモリは認められず、光学顕微鏡による拡大観察でも表面は滑らかであった。なお、上記各レンズの屈折率(nd)ならびにアッベ数(νd)は上記各ガラスプリフォームを形成する各光学ガラスにおける値と一致するものであった。
なお、本実施例では非球面レンズを作製したが、プレス成形型の形状、寸法を適宜選択することにより、球面レンズ、マイクロレンズ、レンズアレイ、回折格子、回折格子付きレンズ、プリズム、レンズ機能付きプリズムなどの各種光学素子を作製することもできるし、各種光学素子の表面に反射防止膜などの光学多層膜を形成することもできる。
【0066】
比較例2
比較例1で使用したガラスを用い、上記実施例30および実施例31と同じ工程、同じ条件で非球面レンズを作製した。得られたレンズの表面を観察したところ、目視でクモリが認められ、光学顕微鏡による拡大観察によって粒子状の生成物が一面に発生しているのが認められた。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の光学ガラスは、表面にクモリやヤケなどの変質層の発生による品質低下を起こしにくい精密プレス成形用の光学ガラスであって、精密プレス成形用プリフォームを経て、品質に優れる光学素子を作製するのに好適に用いられる。
【符号の説明】
【0068】
1 上型
2 下型
3 案内型(胴型)
4 プリフォーム
9 支持棒
10 支持台
11 石英管
12 ヒーター
13 押し棒
14 熱電対

【特許請求の範囲】
【請求項1】
精密プレス成形のガラス素材として用いられ、B、ZnO、LaおよびZrOを含む光学ガラスであって、モル%表示で、
LiOを0〜0.5%未満含むとともに、B 20〜50%、SiO 0〜20%、ZnO 22〜42%、La 5〜24%、Gd 0〜20%(ただし、LaとGdの合計量が10〜24%)、ZrO 0.5〜10%、Ta 0〜15%、WO 0〜20%、Nb 0〜15%、TiO 0〜20%、Bi 0〜10%、GeO 0〜10%、Ga 0〜10%、Al 0〜10%、BaO 0〜10%、Y 0〜10%およびYb 0〜10%を含み、かつアッベ数(νd)が35以上40未満であることを特徴とする光学ガラス。
【請求項2】
アッベ数(νd)が35以上39.5以下である請求項1に記載の光学ガラス。
【請求項3】
屈折率(nd)が1.86以上である請求項1または2に記載の光学ガラス。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の光学ガラスからなる精密プレス成形用プリフォーム。
【請求項5】
表面に炭素含有膜が被覆されている請求項4に記載の精密プレス成形用プリフォーム。
【請求項6】
表面に炭素含有膜が被覆されており、アッベ数(νd)が35以上40未満、転移温度(Tg)が530℃以上で、LiOを0〜0.5モル%未満含むガラスからなることを特徴とする精密プレス成形用プリフォーム。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の光学ガラスからなる溶融ガラスから熔融ガラス塊を分離して、冷却する過程でプリフォームに成形することを特徴とする精密プレス成形用プリフォームの製造方法。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の光学ガラスからなることを特徴とする光学素子。
【請求項9】
請求項4〜6のいずれか1項に記載の精密プレス成形用プリフォームを加熱し、プレス成形型を使用して精密プレス成形することを特徴とする光学素子の製造方法。
【請求項10】
精密プレス成形後、得られた精密プレス成形体の表面に残存する炭素含有膜を除去する請求項9に記載の光学素子の製造方法。
【請求項11】
ガラス製の精密プレス成形用プリフォームを加熱し、プレス成形型を使用して精密プレス成形体を作製する工程を含む光学素子の製造方法であって、
前記プリフォームが請求項4〜6のいずれか1項に記載の精密プレス成形用プリフォームであること、前記プリフォームおよび/または精密プレス成形体を炭素化合物を含む雰囲気中で熱処理すること、および前記熱処理温度が前記ガラスの転移温度(Tg)より50℃低い温度よりも高いこと
を特徴とする光学素子の製造方法。





【図1】
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【公開番号】特開2010−116321(P2010−116321A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−29821(P2010−29821)
【出願日】平成22年2月15日(2010.2.15)
【分割の表示】特願2005−251207(P2005−251207)の分割
【原出願日】平成17年8月31日(2005.8.31)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】