説明

光学フィルタ

【課題】ゴースト光の発生を低減でき、周辺環境からの吸湿による光学特性の変化を低減する。
【解決手段】透明基板2の表面には光吸収構造体3が形成され、この光吸収構造体3の上面及び端面を覆うように大気遮蔽層としての近赤外光反射構造体4が設けられている。透明基板2の反対の面には近赤外光反射構造体5、紫外光反射構造体6が順次に積層されている。近赤外光反射構造体4の透過波長領域から不透過波長領域への遷移波長領域内に、光吸収構造体3の吸収波長領域の少なくとも一部が重なっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、撮像装置等において用いる所定の波長領域の光の透過を制限する赤外線カットフィルタ、紫外赤外線カットフィルタ等の光学フィルタに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ビデオカメラ等の撮像装置に使用される固体撮像素子は、人眼の感度特性に対応させるために、分光透過率等の光学特性を調節するフィルタと組み合わせて使用されることがある。具体的には、近赤外線カットフィルタや紫外線カットフィルタ、又はこれらを1枚のフィルタで実現した紫外赤外線カットフィルタ等がある。
【0003】
これらのフィルタは所望の波長領域の光の透過を制限するために、フィルタの基材内に制限領域の光を吸収する材料を練り込んだり、基材上に塗布したりすることにより吸収している。また、基材上に屈折率が異なる2種類以上の薄膜を積層し、薄膜の干渉を利用して反射させるものもある。
【0004】
これらのフィルタは構成上、透過波長領域、不透過波長領域、透過波長領域から不透過波長領域に遷移する遷移波長領域を有している。この透過波長領域から不透過波長領域に遷移する遷移波長領域は理想的な0nmにすることはできないため、例えば50nm程度の遷移波長領域の間で、透過率を理想的には100→0%、又は0→100%へと変化させている。
【0005】
透過波長領域とは概ね透過率80%以上、より好ましくは90%以上を連続して維持している波長領域のことであり、不透過波長領域とは概ね透過率15%以下、より好ましくは5%以下を連続して維持している波長領域のことである。
【0006】
ビデオカメラ等においては、上述した遷移波長領域では光学フィルタを透過した光のうち、その一部が撮像素子において反射し、撮像素子の面側から光学フィルタに再入射してしまう現象が生ずる。この際に、反射タイプの光学フィルタにおいては、この再入射光の一部が再度、光学フィルタで反射し撮像素子に到達することにより、ゴースト光が発生し、画像を劣化させてしまう場合がある。
【0007】
簡易的な考え方では、各波長における光学フィルタにおけるゴースト光の強度は、(入射光の透過率)・(入射光の反射率)が目安となる。
【0008】
従って、このようなゴースト光の強度は、例えば紫外赤外線カットフィルタであれば、紫外光側の半値波長付近や、近赤外光側の半値波長付近において最大となる。撮像素子の感度特性や、フィルタの配置位置等により影響は様々ではあるが、反射タイプの赤外線カットフィルタにおいてはゴースト光は多かれ少なかれ原理的に必ず発生する現象である。
【0009】
近年の撮像素子の高感度化により、これらの問題が顕在化してきている。特に、赤外線カットフィルタを光路から退避させ、近赤外波長領域の光を利用する監視カメラ等においては、近赤外波長領域における感度が非常に高いため、通常モードで赤外線カットフィルタを使用した場合に、このような不具合が顕著になる。
【0010】
上述したゴースト光を低減するために、反射タイプの光学フィルタを光軸に対して傾けて配置したり、曲面形状を有する基板に薄膜を成膜させたりする等で対策する各種の方法が提案されている。しかし、光路上のスペースが大きくなったり、同一の光学フィルタ内の膜厚誤差が大きくなったり、生産性を著しく低下する等の別の問題が発生する。
【0011】
このように、ゴースト光が問題となる場合には、赤外線吸収材料を使用したタイプの光学フィルタがより好ましいと云える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2001−83889号公報
【特許文献2】特開2004−101956号公報
【特許文献3】特開2004−354857号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
吸収タイプの赤外線カットフィルタも各種の様々なものが提案されており、例えば樹脂中に特定波長の光を吸収する特性を備えた色素等を分散させ、形成する方法が提案されている。しかし、吸収成分のみで概ね700〜1100nm又は1200nm程度までの近赤外波長領域に渡る不透過波長領域の透過率を制限し、理想的には0%に近付けるためには、同時に透過波長領域の透過率まで低下させてしまうことになる。また、透過波長領域に大きなリップルを発生させてしまう問題も有している。
【0014】
また、ガラスや樹脂等の基板中に金属錯体等を分散させ、特定波長の光を吸収する方法も提案されている。しかし、このような光学フィルタにおいては、吸収層に相応の厚みを必要とし、特に基板中に吸収剤を分散させたような場合には、概ね0.3〜0.5mm以上の厚みが必要となり、光学フィルタの薄型化・小型化への要望を達成することが困難となる。
【0015】
そこで、本出願人は無機膜による近赤外光反射構造体と、樹脂バインダ中に染料等の色素を分散させて形成した有機膜による光吸収構造体とを組み合わせたハイブリッドタイプの光学フィルタを提案している。このハイブリッドタイプの光学フィルタは、近赤外光反射構造体により作製された分光透過率特性の透過波長領域から不透過波長領域、又は不透過波長領域から透過波長領域へと変化する可視波長領域の一部に遷移波長領域を有している。そして、この遷移波長領域中において光吸収構造体により、所望の波長の光を吸収させている。
【0016】
このような構成とすることにより良好な光学特性を得ることができ、上述した遷移波長領域に起因した反射ゴーストを低減でき、薄型化が可能な光学フィルタを得ることができる。
【0017】
しかし、一般にこのような色素は水分に弱く、樹脂バインダ中に分散させた場合であっても、周辺環境からの吸湿等により光学特性が変化してしまうことがある。従って、水分による光学特性に変化を低減でき、良好な耐環境性を備える光学フィルタが求められている。
【0018】
特許文献1には、プラズマディスプレイ用の光学フィルタにおいて、水分による色素の劣化を防止する方法として、基板両面に水蒸気バリア層を形成したものが提案されている。しかし、このような構成では光学フィルタの断面側の端部からの吸湿を抑制することは極めて困難である。
【0019】
また、特許文献2においては、基材と平坦化層で着色樹脂層から成る吸収層を封止した構造の光学フィルタが開示され、特許文献3においては、所定の波長領域の光を減衰する樹脂層が保護層で覆われている光学フィルタが提案されている。しかし、水蒸気バリアを目的とした新たに保護層を設けると、大幅なコストアップとなってしまう。
【0020】
本発明の目的は、上述の問題点を解消し、ゴースト光の発生を低減でき、周辺環境からの吸湿等による光学特性の変化を低減することができ、薄型化が可能な光学フィルタを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記目的を達成するための本発明に係る光学フィルタは、透明基板上に、色素が分散された樹脂層により形成され所定の吸収波長領域を有する光吸収構造体と、複数の無機薄膜を積層し少なくとも近赤外波長領域の一部を反射する近赤外光反射構造体とを形成した光学フィルタにおいて、前記近赤外光反射構造体の光を透過する透過波長領域から不透過波長領域に遷移する遷移波長領域に、前記光吸収構造体の前記吸収波長領域の少なくとも一部が重なっており、前記光吸収構造体の表面に大気遮蔽層を設けたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
本発明に係る光学フィルタによれば、無機薄膜により構成された近赤外光反射構造体や反射防止構造体の大気遮蔽層により、水分に弱い色素を含む光吸収構造体を覆うことにより周辺環境からの吸湿を低減でき、またゴースト光の発生も低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】実施例1の光学フィルタの構成図である。
【図2】要部の断面図である。
【図3】近赤外光反射構造体、光吸収構造体、作製された赤外線カットフィルタの分光特性である。
【図4】シアニン系色素の分光吸収率のグラフ図である。
【図5】光吸収構造体を透明基板上に成膜する場合の説明図である。
【図6】光学フィルタの製作工程の説明図である。
【図7】変形例の構成図である。
【図8】実施例2の撮像装置の構成図である。
【図9】実施例3の光量調節装置の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明を図示の実施例に基づいて詳細に説明する。
【実施例1】
【0025】
図1は本実施例1の赤外線カットフィルタ1から成る光学フィルタの構成図を示しており、透明基板2の表面には光吸収構造体3が形成され、この光吸収構造体3を覆うように近赤外光反射構造体4が設けられている。更に、透明基板2の反対の面には近赤外光反射構造体5、紫外光反射構造体6が順次に積層されて、この光学フィルタは紫外赤外線カットフィルタとしても機能している。
【0026】
なお、透明基板2、光吸収構造体3、近赤外光反射構造体4の関係は成膜手法によっても異なるが、より正確には例えば図2の断面図に示すように、反射構造体4は光吸収構造体3の上面及び端面を覆った大気遮蔽層とされている。
【0027】
なお、本実施例の近赤外光反射構造体4と近赤外光反射構造体5を合わせた分光特性においては、図3に示すように紫外線領域、近赤外線領域において反射する特性を有している。また、近赤外光反射構造体4と近赤外光反射構造体5は分光特性が異なり、反射構造体4は透過波長領域から不透過波長領域への遷移波長領域を有せず、反射構造体5は遷移波長領域を有している。また、光吸収構造体3は近赤外光反射構造体4と近赤外光反射構造体5により形成される赤外光側の半値波長近傍において、吸収特性を有している。そして、赤外線カットフィルタ1は所望する紫外波長領域と近赤外波長領域の一部の透過を制限し、図3に示すような分光透過率特性となるように設計されている。
【0028】
本実施例1においては、透明基板2に厚さ0.1mmのArton(JSR製、製品名)フィルムを使用している。Artonフィルムはガラス転移点が100℃以上あり、曲げ弾性率が約3000MPa程度と比較的高く、透明基板2の割れやうねりを低減できる理由により選択している。本実施例では、ノルボルネン系材料であるArtonを使用したが、この他にポリイミド系の樹脂フィルム等も好適な基材の1つであり、またこれらに限らずPET、PEN、PES、PC等を使用してもよい。
【0029】
図1に示す赤外線カットフィルタ1では、透明基板2上に光吸収構造体3を成膜した後に、光吸収構造体3が大気中に直接露出しないように、IAD法により複数の無機薄膜の大気遮蔽層としての役割を満足する誘電体膜を積層し、これを近赤外光反射構造体4としている。続いて、透明基板2の反対の面に近赤外光反射構造体4と同様に、無機薄膜から成る近赤外光反射構造体5、紫外光反射構造体6を順次に成膜する。この際に、透明基板2の反りを低減するため、透明基板2の両面に薄膜積層構造体を分割して配置しているが、それぞれの応力を予め測定し、透明基板2の両面への配置を最適化することが望ましい。
【0030】
光吸収構造体3は図4に示すような所定の吸収波長領域を有している。この光吸収構造体3はシアニン系の赤外線吸収色素を、アクリル−スチレン共重合樹脂から成る樹脂バインダ中に分散させ、所望の吸収が得られるように色素の濃度を調整した塗布液を作製することにより得られる。
【0031】
そして、この塗布液を図5の(a)断面図及び(b)平面図に示すような光吸収構造体3のパターンとなるように、グラビアコート法により透明基板2上に膜状に塗工する。この際に、塗布液にメチルエチルケトン(MEK)とメチルイソブチルケトン(MIBK)を混合し、溶剤として添加し、塗工後に熱を加え、乾燥、硬化させる。
【0032】
波長589nmの光における透明基板2の屈折率は1.52程度であり、アクリル−スチレン共重合樹脂の屈折率は1.49程度であって、透明基板2に対し比較的屈折率の差が小さい材料を用いて塗布液を作製する。光吸収構造体3の樹脂バインダは、透明基板2との屈折率差が小さいものがより好ましく、透明基板2上に光吸収構造体3を成膜する場合に、屈折率差を小さくすることにより、透明基板2と樹脂バインダの界面での反射を小さくすることができる。また、樹脂層の応力を低減するために、樹脂バインダの膜厚を薄くした場合であっても、干渉効果による影響をより小さくすることが可能である。
【0033】
光吸収構造体3の樹脂が乾燥することにより、発生する硬化収縮に起因する応力は、樹脂層の膜厚を薄くすることで低減することができる。この際には、所望する吸収特性を維持するために、色素の濃度や、塗工プロセスの調整等が必要となる。また、同様の理由から、透明基板2と光吸収構造体3との間に接着層や応力緩和層等の機能膜を挿入した場合であっても、透明基板2、機能膜、光吸収構造体3の三者の屈折率が近いものがより望ましい。
【0034】
本実施例1においては、赤外線吸収色素としてシアニン系以外のアゾ系やフタロシアニン系、ナフタロシアニン系、ジイモニウム系、ポリメチン系、アンスラキノン系、ナフトキノン系、トリフェニルメタン系、アミニウム系、ピリリウム系、スクワリリウム系等の色素を用いてもよい。また、これらを2種類以上混合して用いてもよい。ただし、フィルタの色再現性を考慮すると、透過波長領域における吸収が小さく、透過波長領域における透過率が平坦又は連続的に変化することが好ましい。
【0035】
また樹脂バインダとして、可視波長領域において透過率の高いものであれば、アクリル系、ポリスチレン系、環状オレフィン系、ポリエステル系、ポリウレタン系、フッ素系、ポリイミド系、PC(ポリカーボネート)系等の樹脂を用いてもよい。これらの樹脂を単体又は2種類以上を混合して用いてもよく、また共重合体として用いてもよい。樹脂バインダは赤外線吸収色素との相性や、透明基板2や近赤外光反射構造体4、5、紫外光反射構造体6との密着性、前後のプロセス、光学フィルタに要求される特性等を考慮しながら最適なものを適宜に選択すればよい。
【0036】
本実施例1においては、溶媒はケトン系に限らず、シクロヘキサン、トルエン等の炭化水素系、酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル系、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル系、メタノール、エタノール等のアルコール系、ジメチルホルムアミド等のアミン系の溶媒や水を色素、樹脂バインダの溶解性や揮発性等を考慮し、単体又は2種類以上の混合物として最適な組合わせになるように適宜に選択すればよい。
【0037】
また、光吸収構造体3の成膜法としてグラビアコート法を選択したが、スプレ法等でも成膜可能であり、所望の分光を満たす膜厚や、形状、生産性等を考慮し、最適な成膜方法を選択すればよい。光吸収構造体3の成膜後に何らかの硬化工程が必要な場合には、熱硬化法に限らず、他の活性エネルギ線、例えば可視光線、電子線、プラズマ、赤外線、紫外線等を用いてもよい。活性エネルギ線の照射量は、樹脂組成物の硬化が進行するエネルギ量であればよい。
【0038】
また、必要に応じて光重合開始剤を添加することもできる。例えば、光重合開始剤としては、ベンゾフェノン、ベンジル、4,4−ジメチルアミノベンゾフェノン、2−クロロチオキサントン、2,4−ジエチルチオキサントン、ベンゾインエチルエーテル、ジエトキシアセトフェノン、ベンジルジメチルケタール、2−ヒドロキシ−2−メチルプロピオフェノン、1−ヒドロキシシクヘキシルフェニルケトン、テトラメチルチウラムモノスルフィド、テトラメチルチウラムジスルフィド、ヒドラゾン、α−アシロキシムエステル等が挙げられるが、これらに限定されるものでなく、単独又は複数で用いてもよい。
【0039】
電子線硬化開始剤としては、例えばベンゾフェノン、2−エチルアントラキノン、2,4−ジエチルチオキサントン、メチルオルソベンゾイルベンゾエート、イソプロピルチオキサントン、ジエトキシアセトフェノン、ベンジルジメチルケタール、1−ヒドロキシシクロヘキシル−フェニルケトン、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテル、ベンゾインイソブチルエーテル、2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイド、ビス−フェニルホスフィンオキサイド、メチルベンゾイルホルメート、1,7−ビスアクリジニルヘプタン、9−フェニルアクリジン等が挙げられるが、これらに限定されるものでなく、単独又は複数で用いることもできる。
【0040】
熱重合開始剤としては、例えば過酸化ベンゾイル、t−ブチルパーベンゾエイト、クメンヒドロパーオキサイド、ジイソプロピルパーオキシジカーボネート、ジ−n−プロピルパーオキシジカーボネート、ジ(2−エトキシエチル)パーオキシジカーボネート、t−ブチルパーオキシネオデカノエート、t−ブチルパーオキシビバレート、(3,5,5−トリメチルヘキサノイル)パーオキシド、ジプロピオニルパーオキシド、ジアセチルパーオキシド、2,2−アゾビスイソブチロニトリル、2,2−アゾビス(2−メチルブチロニトリル)、1,1−アゾビス(シクロヘキサン−1−カルボニル)、2,2’−アゾビス(2,4−ジメチルバレロニトリル)、2,2−アゾビス(2,4−ジメチル−4−メトキシバレロニトリル)、ジメチル2,2−アゾビス(2−メチルプロピオネート)、4,4−アゾビス(4−シアノバレリック酸)等が挙げられるが、これらに限定されるものでなく、単独又は複数で用いてもよい。
【0041】
また、酸化防止剤を添加することで、色素の劣化を低減することができる場合もあり、この酸化防止剤としては、例えばフェノール系、ビンダードフェノール系、アミン系、ビンダードアミン系、硫黄系、リン酸系、亜リン酸系等が挙げられる。
【0042】
近赤外光反射構造体4、5及び紫外光反射構造体6は、それぞれ少なくとも2種類以上の無機薄膜を複数、積層することにより構成されており、反射防止構造体7は少なくとも1種類以上の無機薄膜により構成されている。
【0043】
本実施例1では、先に光吸収構造体3を形成した面に、図6(a)に示すように近赤外光反射構造体4を成膜し、その後に(b)に示すように透明基板2の反対の面に近赤外光反射構造体5を成膜する。最後に、(c)に示すように反射構造体5の上に紫外光反射構造体6を成膜する。このような構造体4、5、6の無機薄膜の誘電体膜を形成する材料には、高屈折率材料にはTiO2を、低屈折率材料にはSiO2を使用し、TiO2とSiO2の交互層による構成としている。
【0044】
成膜手法によっても異なるが、概ね高屈折率材料としてはNb25やZrO2、Ta25等が一般的に使用され、低屈折率材用としてはMgF2が使用する場合もある。設計上や成膜上の理由から、中間屈折率材料であるAl23等を一部の層で使用する場合もあるが、これらに限らず、適宜に最適な材料の組合わせを選択すればよい。
【0045】
透明基板2に合成樹脂基板を用い、近赤外光反射構造体4、5、紫外光反射構造体6を成膜すると、成膜プロセスにおける熱に起因した問題が発生する。ガラス基板と比較して、ガラス転移点が低い合成樹脂基板においては、透明基板2と膜との線膨張係数の差に起因する透明基板2の反りや、この反りに伴う膜面のクラックが発生する場合がある。
【0046】
そこで、成膜中に発生する熱への対策を講ずる必要があり、耐熱温度の高い基板材料を選択したり、成膜を低温プロセスで行う方法が考えられる。本実施例1においては、成膜装置に吸熱機構を設け、放射冷却効果により成膜中に透明基板2に発生する熱を取り除く手法を選択した。この際に、成膜プロセスで到達する透明基板2上の最高温度を予め測定し、その温度に耐えることができる基材を選択する必要がある。
【0047】
本実施例1においては成膜プロセスの安定性を考慮し、先に実験した到達最高温度に或る程度の許容値を加味し、ガラス転移点を適性判断のパラメータとし、概ね70℃以上のガラス転移点を有する透明基板2の材料を選択した。
【0048】
また、成膜中の温度が通常の成膜に比べて特に低くなるため、何らかのアシストを付加したり、スパッタ法等の比較的に高エネルギで成膜され、膜密度が高くなるプロセスを選択したりすることがより好ましい。具体的には、スパッタ法、IAD法、イオンプレーティング法、IBS法、クラスタ蒸着法等の膜厚を比較的正確に制御でき、再現性の高い膜を得ることができる成膜方法であればよく、最適な方法を適宜に選択すればよい。
【0049】
無機薄膜だけで形成された反射タイプの赤外線カットフィルタの場合には、赤外光半値波長でゴースト光強度の目安値が最大となる。そこで、光吸収構造体3は、近赤外光反射構造体4、5で形成される遷移波長領域に含まれる赤外光半値波長付近で吸収させることにより、反射率を50%以下に低減しゴースト光の強度を小さくする。
【0050】
従って、より好ましくは光吸収構造体3は一般的にこの赤外光半値波長が形成される可視波長領域の一部である600〜750nmの波長の間に吸収波長領域を有することがよい。更には、可視波長領域から近赤外波長領域に相当する400〜1200nm程度までの波長の中で、上述の赤外光半値波長を含む650〜800nm程度の波長の中に、最大の吸収を有することがより好ましい。
【0051】
650nmよりも短い波長に吸収のピークを有する特性であると、本来必要とする透過波長領域の一部も大きく吸収してしまう可能性がある。また、800nmよりも長い波長において吸収ピークを有する特性であると、遷移波長領域で十分な吸収を得るためには複数の色素を混合したりする必要があり、透過波長領域でのリップルが問題となる可能性が高い。また、色素の濃度を濃くすることで対応する場合には、透過波長領域での透過率まで低下させてしまったり、光吸収構造体3を形成する樹脂層の膜厚を厚くすることにより、上述したような応力が問題となる虞れがある。
【0052】
ゴースト光の画像への影響はゴースト光の強度の他に、撮像素子の感度特性や、光学フィルタ等の配置位置によって変化する。しかし、概ね赤外光半値波長付近での光学フィルタなどによる反射光の強度を低減することで、ゴースト光の低減が可能である。
【0053】
また本実施例1のように、有機膜と無機膜のハイブリッドタイプのフィルタの場合に、有機膜による吸収と無機膜による反射を考慮し、所望の波長が赤外光半値波長となるように、予め調整することが必要となる場合がある。
【0054】
透明基板2上の光吸収構造体3を覆うように、大気遮蔽層として近赤外光反射構造体4及び近赤外光反射構造体5、紫外光反射構造体6を成膜した後に、所望の形状になるように打ち抜き加工を行い赤外線カットフィルタ1を得る。ただし、赤外線カットフィルタ1として完成した状態で、光吸収構造体3の断面端部が大気に触れる状態を極力避けるため、図2に示すように近赤外光反射構造体4は光吸収構造体3よりも大きな形状として打ち抜く必要がある。
【0055】
作製した赤外線カットフィルタ1は、ほぼ図3に示すような分光特性を得ることができた。簡易的な概算では、近赤外光反射構造体4、5のみでのゴースト光の最大強度の目安が25%であるのに対し、光吸収構造体3を加えた本実施例の赤外線カットフィルタ1の遷移波長領域でのゴースト光の最大強度の目安は8%以下となる。
【0056】
ゴースト光に関しては、上述のように撮像素子の感度特性等の様々な要因によりその影響は異なる。しかし、本実施例1で作製された赤外線カットフィルタ1においては、遷移波長領域での最大強度の目安値を3割以上も低減しており、多くの光学系でゴースト光による画像への悪影響を著しく低減できる。
【0057】
このように作製した赤外線カットフィルタ1を高温高湿試験を実施したところ、赤外光半値波長のシフト量において、光学特性の変化を評価すると、数サンプルの平均で0.8nm以下、最大値で1.2nmの変化が確認された。
【0058】
これに対して、上述した赤外線カットフィルタ1と各層の膜構成、成膜プロセス等を全く同様の構成で、近赤外光反射構造体4と光吸収構造体3との位置を入れ換えたサンプルを比較例として作製した。この比較例サンプルは光学特性の最適化を図るための膜厚調整を行っていないため、透過波長領域で大きなリップルが発生したが、波長675nm付近に赤外光半値波長が確認でき、環境特性の差異を確認できる特性は得ることができた。しかし、この比較例サンプルについて、先と同様の高温高湿試験を実施したところ、赤外光半値波長のシフト量が、数サンプルの平均で約3nm、最大値で4nmもの変化が生ずることが確認された。
【0059】
図7は実施例1の変形例を示し、(a)に示す赤外線カットフィルタ1’は、紫外赤外線カットフィルタの機能をも有している。透明基板2には、光吸収構造体3、大気遮蔽層としての近赤外光反射構造体5、紫外光反射構造体6が順次に積層され、透明基板2の反対の面に例えば微細凹凸周期構造を有する反射防止構造体7が成膜されている。
【0060】
この場合は、光吸収構造体3の表面に大気遮蔽層として近赤外光反射構造体5、紫外光反射構造体6が設けられている。また、反射防止構造体7に対し、光吸収構造体3、反射構造体5、反射構造体6を配置した反対の面との応力バランスをとる機能を持たせている。
【0061】
(b)に示す変形例の赤外線カットフィルタ1”は、透明基板2の表面側に光吸収構造体3が成膜され、その表面に大気遮蔽層として反射防止構造体7が成膜され、反対の面に近赤外光反射構造体5が成膜されている。
【0062】
なお、最表層に大気遮蔽層としての近赤外光反射構造体5、又は紫外光反射構造体6が形成される場合は、反射防止機能は反射構造体5、又は反射構造体6、又は構成によっては双方の反射構造体5、6に含まれている。
【実施例2】
【0063】
図8は実施例1で製作した赤外線カットフィルタ1を用いたビデオカメラ等の撮像装置の構成図である。光路上に、レンズ11、光量絞り装置12、レンズ13〜15、赤外線カットフィルタ1、固体撮像素子16が順次に配列されている。また、赤外線カットフィルタ1を配置する際に、ゴースト光をより低減できるように、近赤外光反射構造体5に対し、光吸収構造体3の位置を固体撮像素子16に近くなるように配置する。
【0064】
光量絞り装置12においては、絞り羽根支持板17に一対の絞り羽根18a、18bが可動に取り付けられている。絞り羽根18aには、絞り羽根18a、18bにより形成される開口部を通過する光量を減光することを目的としたND(Neutral Density)フィルタ19が接着されている。
【0065】
実施例1の赤外線カットフィルタ1を固体撮像素子16の前面に搭載することにより、周囲雰囲気等の水分による光学特性の変化を著しく低減した撮像装置を得られる。
【0066】
赤外線カットフィルタ1は光路内に進退自在に駆動することも可能である。具体的には、光量絞り装置12を透過して固体撮像素子16に結像した光量を判断して、赤外線カットフィルタ1を光路内に挿入する。入射した被写界の光量が通常の撮影に十分な量であるときは、固体撮像素子16にかかるように図示しない駆動部により赤外線カットフィルタ1を光路内に進入させる。光量が不十分なときは、固体撮像素子16にかからないように光路外に退避させる。
【0067】
赤外線カットフィルタ1の光路内への有無により、結像する光線に光路差が発生してしまい、画像が劣化してしまうことがある。このような場合には、赤外線カットフィルタ1の透明基板2と同じ材質の基材をダミーとして挿入することで、画像劣化を十分に低減可能である。
【0068】
このように作製された撮像装置は、ゴーストの発生を著しく低減することが可能である。
【実施例3】
【0069】
図9はビデオカメラ又はデジタルスチルカメラ等の撮影系に使用するに適した光量調節装置の構成図を示している。光量調節装置はCCDやCMOSセンサから成る固体撮像素子16への入射光量を制御するために設けられ、被写界が明るくなるにつれ、絞り羽根18a、18bによる開口部を制御し、より小さく絞り込まれてゆく構造になっている。この小絞り状態時に発生する像性能の劣化に対する対策として、絞り羽根18a、18bの近傍にNDフィルタ19を配置し、被写界の明るさが同一であっても、開口部を極端に小さくしなくとも済むようにしている。
【0070】
被写界による入射光がこの光量絞り装置12を通過し、固体撮像素子16に到達することで電気的な信号に変換され画像が形成される。この光量絞り装置12内に、赤外線カットフィルタ1を配置することもでき、NDフィルタ19の位置に、NDフィルタ19に代り赤外線カットフィルタ1を配置することも可能であるし、絞り羽根支持板17に固定するように配置することもできる。
【0071】
この場合に、赤外線カットフィルタ1を配置する位置や、光量絞り装置12の機械的な機構にもよるが、赤外線カットフィルタ1が必要な外形が異なる場合も想定され、最適な形状を選択すればよい。実施例1と同様の膜設計、成膜プロセスで、光吸収構造体3のパターンと、成膜時に使用する打ち抜き形状を変えることだけで、所望の特性、形状の赤外線カットフィルタ1を作製することが可能である。
【0072】
このように作製された光量絞り装置12を使用することにより、周囲雰囲気等の水分による光学特性の変化を低減した撮像装置を実現できる。この際に、実施例2と同様に、ゴースト光をより低減できるように、固体撮像素子16に近い面側に光吸収構造体3を配置する。
【0073】
このように作製された光量絞り装置12は、ゴースト光の発生を著しく低減することが可能である。
【符号の説明】
【0074】
1、1’、1” 赤外線カットフィルタ
2 透明基板
3 光吸収構造体
4、5 近赤外光反射構造体
6 紫外光反射構造体
7 反射防止構造体
12 光量絞り装置
16 固体撮像素子
17 絞り羽根支持板
18a、18b 絞り羽根
19 NDフィルタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明基板上に、色素が分散された樹脂層により形成され所定の吸収波長領域を有する光吸収構造体と、複数の無機薄膜を積層し少なくとも近赤外波長領域の一部を反射する近赤外光反射構造体とを形成した光学フィルタにおいて、前記近赤外光反射構造体の光を透過する透過波長領域から不透過波長領域に遷移する遷移波長領域に、前記光吸収構造体の前記吸収波長領域の少なくとも一部が重なっており、前記光吸収構造体の表面に大気遮蔽層を設けたことを特徴とする光学フィルタ。
【請求項2】
前記大気遮蔽層は前記近赤外光反射構造体又は複数の無機薄膜を積層した紫外光反射構造体としたことを特徴とする請求項1に記載の光学フィルタ。
【請求項3】
赤外線カットフィルタ又は紫外赤外線カットフィルタの機能を有することを特徴とする請求項1又は2に記載の光学フィルタ。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか1つの請求項に記載の光学フィルタを搭載したことを特徴とする撮像装置。
【請求項5】
前記光学フィルタは前記光吸収構造体を前記遷移波長領域を有する近赤外光反射構造体より撮像素子側に配置したことを特徴とする請求項4に記載の撮像装置。
【請求項6】
開口部を形成する絞り羽根と、前記開口部に進退自在な請求項1〜3の何れか1つの請求項に記載の光学フィルタと、前記光学フィルタを駆動する駆動部を有することを特徴とする光量調節装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−137650(P2012−137650A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−290431(P2010−290431)
【出願日】平成22年12月27日(2010.12.27)
【出願人】(000104652)キヤノン電子株式会社 (876)
【Fターム(参考)】