説明

光学活性ジオールの製造方法

【課題】光学活性なジオールを製造するための方法の提供。
【解決手段】ラセミジオールに、当該化合物を立体選択的にアシル化しうる能力を有するリパーゼまたはその処理物を作用させ、残存する光学活性ジオールを回収することにより、光学活性なジオールが製造される。本発明によって製造される光学活性ジオールは、光学活性な医薬の合成原料として有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種医薬品の原料あるいは合成中間体として利用されている光学活性なジオールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
下記式(I−R)で示される化合物、特にR−(−)−2−(2、4−ジフルオロフェニル)−3−(1H−1、2、4−トリアゾール−1−イル)プロパン−1、2−ジオールは、抗真菌剤などの医薬品の合成中間体として有用である(国際公開公報99/02523号パンフレット、米国特許5703236号)。
【化1】

【0003】
従来、R−(−)−2−(2、4−ジフルオロフェニル)−3−(1H−1、2、4−トリアゾール−1−イル)プロパン−1、2−ジオールを製造する方法として、2−(2、4ジフルオロフェニル)アリルアルコールをチタンテトライソプロポキシドと(+)−酒石酸ジエチルの存在下、t−ブチルハイドロパーオキシドで不斉酸化することによりS−(−)−2−(2、4−ジフルオロフェニル)−2、3−エポキシプロパノールを合成し、さらに炭酸カリウムなどの存在下に1、2、4−トリアゾールと反応させることによりR−(−)−2−(2、4−ジフルオロフェニル)−3−(1H−1、2、4−トリアゾール−1−イル)プロパン−1、2−ジオールを得る方法(特許文献1、特許文献2)、1−アセトキシ−2−(2、4−ジフルオロフェニル)−2、3−エポキシプロパンを加水分解酵素により加水分解し、R−(−)−1−アセトキシ−2−(2、4−ジフルオロフェニル)−2、3−エポキシプロパンを得、さらにエステル加水分解反応によりS−(−)−2−(2、4−ジフルオロフェニル−2、3−エポキシプロパノールを合成し、さらに前記方法と同様に炭酸カリウム存在下にR−(−)−2−(2、4−ジフルオロフェニル)−3−(1H−1、2、4−トリアゾール−1−イル)プロパン−1、2−ジオールを得る方法(特許文献3)、ラセミ−1、3−ジアセトキシ−2−(2、4−ジフルオロフェニル)−2−プロパノールを加水分解酵素により加水分解し、光学活性3−アセトキシ−2−(2、4−ジフルオロフェニル)プロパン−1、2−ジオールを得、さらに1、2、4−トリアゾールと反応させることによりR−(−)−2−(2、4−ジフルオロフェニル)−3−(1H−1、2、4−トリアゾール−1−イル)プロパン−1、2−ジオールを得る方法(特許文献4)などの有機合成的手法を用いた製造方法が知られている。
【0004】
また、リパーゼを用いた製造方法として、ラセミ(−)−2−(2、4−ジフルオロフェニル)−3−(1H−1、2、4−トリアゾール−1−イル)プロパン−1、2−ジオールのS体のみを、酢酸ビニルの存在下、リパーゼにより立体選択的にアセチル化し、残存するR体を回収する方法(特許文献5、特許文献6)が知られている。
【0005】
しかしながら、有機合成を利用した製造方法は、操作が煩雑あり、しかも収率が低いなどの問題があった。また、リパーゼを利用した従前の製造方法では、立体選択性が低いことから、S体のみならずR体もアシル化され、実用的な光学純度を得るために十分に反応を行った結果、R体の収率が低くなるといった問題や、所望の光学活性ジオールを収率良く回収するためには、リパーゼを大量に添加しなければならないといった問題があり、更には、反応に利用するリパーゼが非常に高価であるため、工業的な大量合成に適さないという問題もあった。また、昨今、狂牛病を起因として、特に医薬品製造においては、BSE、TSEフリーである原料を使用することが求められており、特定の動物に由来するリパーゼでは、顧客の要望を満足することができないという問題もあった。
【0006】
【特許文献1】特開平5−91183号公報
【特許文献2】欧州特許出願公開第539938号明細書
【特許文献3】特開平5−91183号公報
【特許文献4】国際公開第95/28374号パンフレット
【特許文献5】国際公開第96/02664号パンフレット
【特許文献6】国際公開第94/24305号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、経済性に優れ、簡便な手段かつ高収率に光学純度の高い前記式(I−R)で示される光学活性アルコールを製造するための手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、このような高度な要求を満足する製造方法を鋭意検討した結果、アルカリゲネス属に属する微生物由来のリパーゼ、特にそれを固定化したものが、式(I)で示される化合物に対して、高活性を示し、極めて高い立体選択的アシル化能を有していることを見出して、本発明を完成した。
【0009】
すなわち本発明は以下を含む。
〔1〕下記の工程を含む、式(I−R)
【化2】

(式中、XおよびYはハロゲン原子または水素原子であり、XとYは同一原子でも、異なる原子でもよく、不正炭素原子はR型配置を有する。)で示される化合物の製造方法;
アルカリゲネス属に属する微生物由来のリパーゼの存在下、式(I)
【化3】

(式中、X及びYは前記式(I−R)のX及びYと同意義を示す。)で示される化合物と、式(II)
【化4】

(式中、Rは直鎖または分岐鎖状の炭素数1〜4のアルキル基または、アルケニル基を示し、Rは直鎖または分岐鎖状の炭素数1〜6のアルキル基またはアルケニル基を示す。)で示される化合物とを接触させる工程、及び
前記式(I−R)で示される化合物を回収する工程。
〔2〕前記リパーゼが下記の理化学的性質;
(1)分子量:31000(SDS−PAGE)、
(2)等電点:4.9、
(3)至適pH:7〜9、
(4)安定pH:6〜10、
(5)至適温度:65〜70℃、
を有するリパーゼである、〔1〕に記載の製造方法。
〔3〕前記リパーゼが固定化されたリパーゼである、〔1〕または〔2〕に記載の製造方法。
〔4〕XとYとが共にフッ素原子である、〔1〕〜〔3〕のいずれか一項に記載の製造方法。
〔5〕Rがメチル基である、〔1〕〜〔4〕のいずれか一項に記載の製造方法。
〔6〕Rがビニル基である、〔1〕〜〔5〕のいずれか一項に記載の製造方法。
〔7〕前記リパーゼが、式(I)で示される化合物に対して0.01〜10重量%の割合で存在する、〔1〕〜〔6〕のいずれか一項に記載の製造方法。
〔8〕下記の計算式
E値=Log(S/S0)/Log(R/R0)
(式中、S0、R0はそれぞれ反応開始時の式(I)で示される化合物のS体、R体の濃度を、S、Rは、それぞれ反応終了時の式(I)で示される化合物のS体、R体の濃度を意味する。)
により算出されるE値が18以上のリパーゼである、〔1〕〜〔7〕のいずれか一項に記載の製造方法。
〔9〕前記リパーゼがリパーゼQLM(商品名、名糖産業社製)、またはリパーゼQLC(商品名、名糖産業社製)である、〔1〕〜〔8〕のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、特定のリパーゼの存在下、前記式(I)で示される化合物と、前記式(II)で示される化合物とを接触させることにより、高収率、高い光学活性にて前記式(I−R)で示される化合物を製造することができる。また、本発明の製造方法は、該リパーゼを少量添加しても反応を進行させることができるため、工業的な利用にも優れている。
【0011】
[発明の実施の形態]
本発明は、アルカリゲネス属に属する微生物由来のリパーゼの存在下、式(I)
【化5】

(式中、XおよびYはハロゲン原子または水素原子であり、XとYは同一原子でも、異なる原子でもよい。)で示される化合物と、式(II)
【化6】

(式中、Rは直鎖または分岐鎖状の炭素数1〜4のアルキル基または、アルケニル基を示し、Rは直鎖または分岐鎖状の炭素数1〜6のアルキル基またはアルケニル基を示す。)で示される化合物とを接触させることにより、式(I)で示される化合物のうち、式(I−S)
【化7】

(式中、X、Yは前記式(I)のX、Yと同意義を示す。)で示される化合物のみを立体選択的にアシル化し、その結果、残存する式(I−R)
【化8】

(式中、X、Yは前記式(I)のX、Yと同意義を示す。)で示される化合物を回収することによる、式(I−R)で示される化合物を製造する方法を提供するものである。
【0012】
本明細書において、「アルカリゲネス属に属する微生物由来のリパーゼ」とは、アルカリゲネス属に属する微生物が生産するリパーゼを意味し、該リパーゼと同等の理化学的性質、E値または配列を有するリパーゼであれば、遺伝子組換えによるものや、アルカリゲネス属以外の属に属する微生物が生産するリパーゼも含まれる。
【0013】
「アルカリゲネス属に属する微生物由来のリパーゼ」の理化学的性質は、光学純度が高く、かつ高収率に前記式(I−R)で示される化合物を製造することができれば、特に限定されないが、例えば以下の値;
(1)分子量:31000(SDS−PAGE)、
(2)等電点:4.9、
(3)至適pH:7〜9、
(4)安定pH:6〜10、
(5)至適温度:65〜70℃、
を有するリパーゼが好ましい。
【0014】
また、当業者においてはリパーゼの立体選択性の指標として一般にE値が用いられる。E値の計算方法は種々あるが、本発明においては、反応開始時のR体、S体の濃度を、それぞれR0、S0、反応終了時のR体の濃度、S体の濃度をそれぞれR、Sとするとき、下記式によって算出することができる(J.Am.Chem.Soc.1982,104, pp 7294-7299)。
E値=Log(S/S0)/Log(R/R0)
こうして、求めたE値は、リパーゼの選択性を表すものであるから、高ければ高いほどよく、18以上、さらに好ましくは40以上の値を示すリパーゼを使用することにより、高収率かつ高い光学純度でR体を回収することができる。
アルカリゲネス属に属する微生物由来のリパーゼは高いE値を示すため、効率的に式(I−R)で示される化合物を製造することができる。
なお、E値の上限値は好ましくは100、より好ましくは50である。
【0015】
また、前記「アルカリゲネス属に属する微生物由来のリパーゼ」は、それらを生産する微生物を培養することによって得られるが、その使用形態は、通常用いられる形態であればいかなるものでもよく、例えば菌体培養液、粗酵素、精製酵素などを用いることができる。
【0016】
前記「アルカリゲネス属に属する微生物由来のリパーゼ」は、常法により固定化して用いることができる。固定化する担体は、リパーゼを固定化できる担体であれば特に限定されないが、例えば珪藻土、パーライトなどの天然物、イオン交換樹脂、吸着樹脂などの高分子ポリマーなどを単独で、あるいは組み合わせて使用することができる。
【0017】
前記「アルカリゲネス属に属する微生物由来のリパーゼ」としては、名糖産業(株)から市販されている、リパーゼQLM(商品名)、リパーゼQLC(商品名)を使用することもできる。なお、リパーゼQLCは、リパーゼQLMを珪藻土に固定化したものである。
【0018】
前記「アルカリゲネス属に属する微生物由来のリパーゼ」は、必要に応じ、単独で用いることも、2種類以上を混合して用いることもできる。
【0019】
前記「アルカリゲネス属に属する微生物由来のリパーゼ」は、該リパーゼの存在下、式(II)で示される化合物と式(I)で示される化合物とを接触させることによって、不要である立体を有する式(I−S)で示される化合物のみを極めて効率よく立体選択的にアシル化できるため、少ない添加量で式(I−R)で示される化合物を高収率かつ高い光学純度で製造することができる。
【0020】
また、前記「アルカリゲネス属に属する微生物由来のリパーゼ」は、動物由来リパーゼではないため、BSEやTSEなどの危惧がなく、式(I−R)で示される化合物、または該化合物を原料として製造された医薬品等の食の安全性を確保することができる。
【0021】
本明細書において、式(I)、及び式(I−R)で示される化合物は下記の構造式を有する化合物を意味する。
【化9】

ここで式(I−R)で示される化合物は、光学純度にかかわらず、R体の割合が多い化合物を意味し、(I−S)で示される化合物は、光学純度にかかわらず、S体の割合が多い化合物を意味する。また、前記式(I−R)で示される化合物の光学純度として好ましくは60%ee以上、さらに好ましくは80%ee以上、より好ましくは90%ee以上、より更に好ましくは95%ee以上である。
【0022】
前記式(I)、前記式(I−R)または前記(I−S)で示される化合物中、X及びYはそれぞれ独立してハロゲン(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子)または水素原子を意味する。これらのうちでは、XとYが共にハロゲンであることが好ましく、ハロゲンのうちでは、フッ素原子が好ましい。
【0023】
前記式(I)で示される化合物は、公知の方法、例えば特開平5−9183号公報に開示されている方法などにより合成することができる。
【0024】
本明細書において、式(II)で示される化合物は下記の構造式を有する化合物を意味する。
【化10】

【0025】
前記式(II)で示される化合物中、Rは、直鎖または分岐鎖状の炭素数1〜4のアルキル基またはアルケニル基を意味し、具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、イソブチル基、イソプロペニル基、ビニル基、アリル基、プロペニル基などが挙げられる。これらのうちでは、メチル基、エチル基、が好ましい。
【0026】
また、前記式(II)で示される化合物中、Rは、直鎖または分岐鎖状の炭素数1〜6のアルキル基またはアルケニル基を意味し、具体的には、メチル基、エチル基、イソプロピル基、ビニル基、アリル基、ヘキシル基などが挙げられる。これらのうちでは、メチル基、エチル基、ビニル基が好ましい。
【0027】
前記式(II)で示される化合物として、好ましくは、酢酸エチル、または酢酸ビニルであり、より好ましくは酢酸ビニルである。
【0028】
前記式(II)で示される化合物は、2種類以上を種々の混合割合で組み合わせて使用することもできる。組み合わせて使用する場合、その組合せは特に限定されないが、一方の成分として酢酸ビニルを使用することが好ましく、さらに酢酸エチルと酢酸ビニルを使用することがより好ましい。また組み合わせて使用する場合、その混合割合も特に限定されないが、5:1〜1:5の割合で混合することが好ましく、1:1の割合で混合することがより好ましい。
【0029】
本発明は、前記式(I)で示される化合物に前記式(II)で示される化合物を加え、そのまま、もしくは、適当な有機溶媒を加え、前記リパーゼを作用させることにより行うことができる。酢酸ビニルは、重合しポリマーとなる可能性があり、その含量を下げることは重合化の可能性を減らす面でも有効である。
【0030】
式(I)で示される化合物に対する式(II)で示される化合物の割合は、モル比で通常0.6以上であり、1.0以上が好ましい。通常、この反応は、速度論的分割と呼ばれる反応であり、式(II)で示される化合物が多ければ多いほど反応に有利であり、大過剰に含まれていてもよく、式(II)で示される化合物を反応溶媒として利用することもできる。
【0031】
前記「有機溶媒」としては、リパーゼの立体選択性に好影響を与える溶媒もしくは、悪影響を与えない溶媒であれば特に限定されないが、例えば、アルカン類(ヘキサン、ヘプタン、オクタン、イソオクタンなど)、芳香族溶媒(ベンゼン、トルエン、キシレンなど)、エーテル類(ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、t−ブチルメチルエーテル、シクロプロピルメチルエーテル、テトラヒドロフランなど)、ケトン類(ブタノン、ペンタノン、ヘキサノン、ヘプタノン、オクタノン、メチルイソブチルケトンなど)、ハロゲン溶媒(ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素など)、水から、通常1種もしくは数種を適当量加えることができる。
【0032】
式(I)で示される化合物の濃度は、反応に影響の出ない範囲で設定でき、溶液の全質量に対して通常0.1〜50質量%、好ましくは1〜30質量%である。濃度が高いほど、1バッチで得られる式(I−R)で示される化合物を増やすことができ、生産性を高めることができる。なお、反応開始時において、式(I)で示される化合物は、必ずしも溶解している必要はない。
【0033】
反応温度は用いる酵素により異なるが、反応に影響の出ない範囲で設定できる。一般に反応温度が低いと反応速度が小さくなり、反応温度が高いと初期反応速度は大きくなるものの、酵素の失活も起こりやすくなり、目的を達せられなくなることがあるため、通常10〜60℃の範囲、好ましくは20〜50℃の範囲で行なうのが好ましい。
【0034】
反応液中の酵素濃度はそれぞれの酵素標品の酵素活性に応じて決めることができるが、たとえば、添加する式(I)で示される化合物の0.01〜10重量倍、好ましくは0.01〜0.2重量倍のリパーゼを添加することができる。
【0035】
反応を速やかに進ませるためには、添加量を多くすればよく、ゆっくりと進ませるためには、添加量を少なくすることができる。小スケールでは、適当な時点で反応の進行を極力とめることを目的として、反応液を冷却することが有効であるが、パイロットスケール以上では、その冷却効率が相対的に小スケールより低下するため、冷却に時間がかかることがある。このときに反応温度が速すぎると、適当な点で反応を停止することができず、オーバーリアクションにより、収率を下げることがあるので、反応を比較的ゆっくりと進行させ、目的の反応収率で、冷却することが有効である。
本発明で用いる「アルカリゲネス属に属する微生物由来のリパーゼ」は、式(I)で示される化合物に対する酵素活性が非常に高いため、少ない添加量でゆっくりと反応を進行させることができ、工業的な利用に有用である。
【0036】
反応は、攪拌しなくても行なうことができるが、化合物(I)の溶解・分散速度を高めるため、攪拌させながら行なった方がよい結果を得ることができる。このときの攪拌速度は、使用する化合物(I)の形態によって変更することができる。微粉末であればゆるやかな攪拌速度でもよく、結晶性粉末であれば比較的大きな攪拌速度で、反応を行なった方がよい。
【0037】
反応終了後は、リパーゼを遠心分離(沈降)、ろ過操作などで分離することができる。ろ過には、耐薬品性にすぐれたナイロンやポリプロピレンなどのろ布や、セラミックでできた焼結フィルターや、ろ紙が使用できる。また、必要に応じ、珪藻土やセルロースパウダーなどでプレコートすることにより、さらに酵素の除去性を高めることもできる。回収したリパーゼは、酵素活性を測定し、活性が確認できれば、再使用することができる。
【0038】
リパーゼを分離した後の反応液には、式(I−R)で示される化合物以外に式(I)で示される化合物のS体がアシル化された化合物、下記式(III)で示される化合物などが存在するため、例えば、抽出、晶析またはカラムクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィーなどを用いることにより式(I−R)で示される化合物を回収することができる。
特に、晶析を行なった場合、回収した式(I−R)で示される化合物の光学純度を高めることができ、非常に有効である。反応終了段階で、90%eeであっても、99%eeまで高めることができる。
【0039】
なお、この反応においては同時に式(III)
【化11】

(式中、Rは反応に使用した前記式(II)のRと同意義を意味する。)で示される化合物が生成する。この式(III)で示される化合物は、公知の方法でラセミ化し、式(I)で示される化合物として、回収することができる。(WO96/02664)。
当然、式(I)で示される化合物は、再びリパーゼを作用させることにより、式(I−R)で示される化合物に変換できる。すなわち、式(III)で示される化合物は式(I−R)で示される化合物の合成に利用することができる。
【実施例】
【0040】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
[実施例1]
2−(2、4−ジフルオロフェニル)−3−(1H−1、2、4−トリアゾール−1−イル)プロパン−1、2−ジオール(以下FTAPと略称、式I)のラセミ体からFTAPのR体(以下R−FTAPと略称、式I−R)の合成
直径18mmのねじ口試験管に、表1に示されるとおり、リパーゼを量りとり、FTAPのラセミ体200mgを加え、1mL酢酸エチル、1mL酢酸ビニル中で、40℃に保持し、マグネットスターラーで攪拌した。反応終了後、ろ過によりリパーゼを分離した後、移動相にて希釈し光学分割カラムを用いた高速液体クロマトグラフィー(カラム:キラルセルOD/ダイセル化学工業製、溶媒:ヘキサン/エタノール=10.5/1、0.1%ジエチルアミン添加、検出:UV254nm)により反応収率および生成物の光学純度を求めた。得られた結果を表1に示す。
【表1】

※1 リパーゼQLM:名糖産業製のアルカリゲネス・エスピー由来リパーゼ。
※2 リパーゼQLC:リパーゼQLMを珪藻土に固定化したもの
【0041】
[実施例2]
FTAP(式I)のラセミ体からR−FTAP(式I−R)の合成のスケールアップ
200mL容量の3つ口フラスコに、リパーゼQLC0z.5g、FTAPのラセミ体10gを加え、50mL酢酸エチル、50mL酢酸ビニルを加えて、40℃に保持し、マグネットスターラーで攪拌した。反応終了後、ろ過によりリパーゼを分離した後、移動相にて希釈し、実施例1と同様に反応収率および生成物の光学純度を求めた。その結果、22hr反応後、FTAPの光学純度は、92.7%ee(R)であり、残存FTAP量は、4.79g、E値は46.6であった。
【0042】
[実施例3]
FTAP(式I)のラセミ体からR−FTAP(式I−R)の合成のスケールアップ
1L容量の3つ口フラスコに、リパーゼQLC2.5g、FTAPのラセミ体50gを加え、250mL酢酸エチル、250mL酢酸ビニルを加えて、40℃に保持し、マグネットスターラーで攪拌した。反応終了後、ろ過によりリパーゼを分離した後、移動相にて希釈し、実施例1と同様に反応収率および生成物の光学純度を求めた。その結果、22hr反応後、FTAPの光学純度は、98.6%ee(R)であり、残存FTAP量は、23.7g、E値は78.9であった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明により、光学活性ジオールをリパーゼを用いた反応によって、効率的に製造することができる。本発明の方法は、少ない添加量で高い光学純度、高い収率を期待できるので、工業的にも有利である。本発明によって製造される光学活性ジオールは、光学活性な医薬の合成原料として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程を含む、式(I−R)
【化1】

(式中、XおよびYはハロゲン原子または水素原子であり、XとYは同一原子でも、異なる原子でもよく、不正炭素原子はR型配置を有する。)で示される化合物の製造方法;
アルカリゲネス属に属する微生物由来のリパーゼの存在下、式(I)
【化2】

(式中、X及びYは前記式(I−R)のX及びYと同意義を示す。)で示される化合物と、式(II)
【化3】

(式中、Rは直鎖または分岐鎖状の炭素数1〜4のアルキル基または、アルケニル基を示し、Rは直鎖または分岐鎖状の炭素数1〜6のアルキル基またはアルケニル基を示す。)で示される化合物とを接触させる工程、及び
前記式(I−R)で示される化合物を回収する工程。
【請求項2】
前記リパーゼが下記の理化学的性質;
(1)分子量:31000(SDS−PAGE)、
(2)等電点:4.9、
(3)至適pH:7〜9、
(4)安定pH:6〜10、
(5)至適温度:65〜70℃、
を有するリパーゼである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記リパーゼが固定化されたリパーゼである、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
XとYとが共にフッ素原子である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
がメチル基である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
がビニル基である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記リパーゼが、式(I)で示される化合物に対して0.01〜10重量%の割合で存在する、請求項1〜6のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
下記の計算式
E値=Log(S/S0)/Log(R/R0)
(式中、S0、R0はそれぞれ反応開始時の式(I)で示される化合物のS体、R体の濃度を、S、Rは、それぞれ反応終了時の式(I)で示される化合物のS体、R体の濃度を意味する。)
により算出されるE値が18以上のリパーゼである、請求項1〜7のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項9】
前記リパーゼがリパーゼQLM(商品名、名糖産業社製)、またはリパーゼQLC(商品名、名糖産業社製)である、請求項1〜8のいずれか一項に記載の製造方法。

【公開番号】特開2009−5591(P2009−5591A)
【公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−168064(P2007−168064)
【出願日】平成19年6月26日(2007.6.26)
【出願人】(000002901)ダイセル化学工業株式会社 (1,236)
【Fターム(参考)】