説明

光学物品

【課題】耐擦傷性と耐クラック性の双方に優れたハードコート層を有する光学物品を提供する。
【解決手段】光学物品は、一次粒子がつながった形状の無機酸化物微粒子(数珠状微粒子)と、バインダー成分とを含んでなるコーティング液から形成されたハードコート層を有している。本発明の光学物品は、数珠状微粒子が分散したハードコート層が光学物品の表面に形成されているので、耐擦傷性と耐クラック性の双方に優れている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハードコート層を有する光学物品に関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチックレンズは、ガラスレンズに比べて軽量であり、成形性、加工性、染色性等に優れ、しかも割れにくく安全性も高いため、眼鏡レンズ分野において急速に普及し、その大部分を占めている。しかしながら、プラスチックレンズは表面が非常に傷つきやすい。そこで、一般に、プラスチック製の基材上にハードコート層を形成し、耐擦傷性の向上を図っている。
例えば、球状のコロイダルシリカをバインダー樹脂中に分散させたハードコート層を有するプラスチックレンズが知られている(特許文献1参照)。このプラスチックレンズでは、バインダー樹脂に対するコロイダルシリカの配合割合を上げることで、ハードコート層の耐擦傷性を向上させることが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−138231号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載されたプラスチックレンズでは、バインダー樹脂に対するコロイダルシリカの配合割合を上げてハードコート層の耐擦傷性を向上させようとすると、当該ハードコート層にはクラックが発生しやすくなる。このように、ハードコート層の耐擦傷性と耐クラック性の双方を向上させることは極めて困難である。
【0005】
本発明は、耐擦傷性と耐クラック性の双方に優れたハードコート層を有する光学物品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決すべく、本発明は、ハードコート層を有する光学物品であって、前記ハードコート層は、一次粒子がつながった形状の無機酸化物微粒子(以下、「数珠状微粒子」ともいう。)と、バインダー成分とを含んでなるコーティング液から形成されたことを特徴とする。本発明では、前記無機酸化物微粒子が酸化ケイ素微粒子であることが好ましい。
【0007】
また、本発明では、前記コーティング液がさらに球状の無機酸化物微粒子(以下、「球状微粒子」ともいう。)を含むことが好ましい。この発明では、前記球状微粒子が酸化ケイ素微粒子であることがより好ましい。
【0008】
本発明では、前記コーティング液中において、前記数珠状粒子(J)と、前記球状微粒子(K)との質量比(J:K)が90:10から10:90までの範囲であることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、コーティング液中に数珠状微粒子とバインダー成分が含まれているので、数珠状微粒子が分散したハードコート層を光学物品の表面に形成することができる。それ故、耐擦傷性と耐クラック性の双方に優れた光学物品を提供できる。特に、コーティング液がさらに球状微粒子を含んでいると、ハードコート層中に数珠状微粒子と球状の無機酸化物微粒子の双方が分散した構造となるので、耐擦傷性と耐クラック性の双方に極めて優れた光学物品を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本実施形態において、コーティング液中に数珠状微粒子が分散している様子を示す模式図。
【図2】本実施形態において、コーティング液中に数珠状微粒子および球状微粒子が分散している様子を示す模式図。
【図3】本実施形態において、コーティング液中に球状微粒子が分散している様子を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態を説明する。本実施形態における光学物品は、眼鏡用のプラスチックレンズである。
本実施形態の眼鏡用プラスチックレンズは、透明なプラスチック製のレンズ基材と、傷を防止するためのハードコート層と、光学多層膜である反射防止層とを備えている。レンズ基材とハードコート層との間には必要に応じてプライマー層を設けてもよい。
【0012】
(1.レンズ基材)
レンズ基材としては、プラスチック樹脂であれば特に限定されないが、眼鏡レンズの薄型化の観点より、屈折率が1.6以上、好ましくは1.65以上、より好ましくは1.7以上のものが用いられる。
このようなレンズ基材としては、例えば、透明なプラスチックである(メタ)アクリル樹脂、チオウレタン系樹脂、アリル樹脂、エピスルフィド系樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリスチレン樹脂、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート樹脂(CR−39)、ポリ塩化ビニル樹脂、およびハロゲン含有共重合体等が使用できる。
特に、アリルカーボネート系樹脂、アクリレート系樹脂、メタクリレート系樹脂、チオウレタン系樹脂、あるいはエピスルフィド系樹脂が好ましい。これらの中では、高屈折率である点でチオウレタン系樹脂またはエピスルフィド系樹脂が特に好ましい。
【0013】
(2.ハードコート層)
本実施形態におけるハードコート層は、数珠状微粒子とバインダー成分とを含んでなるコーティング液から形成される。
図1に模式的に示すように、数珠状微粒子Jは、コーティング液中にバインダー成分とともに分散している。また、図2に示すように、より好ましい実施形態では、コーティング液中にはさらに球状微粒子Kも分散している。参考までに、図3には、球状微粒子Kのみが分散している様子を示す。なお、ハードコート層が形成された後も上述した各微粒子は同様にハードコート層中に分散している。以下、詳細に説明する。
【0014】
(2.1 数珠状微粒子)
数珠状微粒子Jは、図1、2に示すように無機酸化物からなる一次粒子が数個ないし数十個化学結合により連続して数珠状(鎖状)なったものをいい、直線状に伸びた形状であっても、二次元的、もしくは三次元的に湾曲した形状であってもよい。また、途中に分岐があってもよい。
ここで、無機酸化物としては特に限定されず、例えば、酸化ケイ素(SiO)、酸化チタン(TiO)、酸化アルミニウム(Al)、酸化スズ(SnO)、炭酸カルシウム(CaCO)、硫酸バリウム(BaSO)、および硫酸カルシウム(CaSO)などが挙げられる。これらの無機酸化物の中では本発明の効果の観点より、酸化ケイ素が好ましく用いられる。酸化ケイ素からなる数珠状微粒子の場合は、各一次粒子同士がシロキサン結合により連なっているものと考えられる。
【0015】
このような数珠状微粒子を構成する無機酸化物微粒子(一次粒子)は、平均粒子径が5nm以上70nm以下であることが好ましく、10nm以上60nm以下であることがより好ましく、10nm以上50nm以下であることがより好ましい。
一次粒子の平均粒子径が5nm未満であると、耐擦傷性や耐クラック性が十分に発揮できなくなるおそれがある。一方、一次粒子の平均粒子径が70nmを超えると光学特性に悪影響をおよぼすおそれがある。
この数珠状微粒子を構成する無機酸化物微粒子の平均一次粒子径は、BET法や電子顕微鏡法によって測定できる。
【0016】
BET法では、窒素ガスのように占有面積の分かった分子を粒子表面に吸着させ、その吸着量と圧力の関係から比表面積を求め、この比表面積を換算表から粒子径に変換をすることで平均一次粒子径を求めることができる。
電子顕微鏡法では、まず厚さ数十nmのアモルファスカーボン膜が形成された銅製メッシュ上で数珠状微粒子を分散液(ゾル)からすくいとるか、あるいはアモルファスカーボン膜上に数珠状微粒子を吸着させる。これらの微粒子を透過型電子顕微鏡により観察して平均一次粒子径を測定する。
【0017】
数珠状微粒子全体(二次粒子)の平均粒子径については動的光散乱法で求められるが、好ましい平均粒子径は、20nm以上200nm以下である。二次粒子の平均粒子径が小さすぎると耐擦傷性や耐クラック性が十分に発揮できなくなるおそれがある。一方、二次粒子の平均粒子径が大きすぎると光学特性に悪影響をおよぼすおそれがある。
【0018】
一次粒子である無機酸化物微粒子が連なった構造を有する数珠状微粒子は、液状ゾルとして市販されている。例えば、日産化学工業社製の「スノーテックス OUP」、「スノーテックス UP」「IPA−ST−UP」「スノーテックス PS−M」、「スノーテックス PS−MO」、「スノーテックス PS−S」、「スノーテックス PS−SO」、触媒化成工業株式会社製の「ファインカタロイドF−120」、および扶桑化学工業株式会社製の「クォートロンPL」などが挙げられる。これらの数珠状微粒子は、酸化ケイ素からなる一次粒子が多数結合し、三次元的に湾曲した構造を有している。
【0019】
(2.2 球状微粒子)
本実施形態では、上述したようにコーティング液がさらに球状微粒子を含むことが好ましい。球状の程度としては、発明の効果の観点より真球度(粒子の最も短い径を最も長い径で割った値)が0.8以上であることが好ましく、0.9以上であることがより好ましい。真球度(相加平均)は、電子顕微鏡による観察から求められる。
【0020】
このような球状微粒子としては、例えば、酸化ケイ素(SiO)、酸化チタン(TiO)、酸化アルミニウム(Al)、酸化スズ(SnO)、炭酸カルシウム(CaCO)、硫酸バリウム(BaSO)、および硫酸カルシウム(CaSO)などの各微粒子が挙げられる。これらの中では本発明の効果の観点より、酸化ケイ素からなる微粒子が好ましく、発明の効果の観点より特にコロイダルシリカが好ましい。コロイダルシリカは、例えば、「日産化学製 IPA−ST」、「GRACE社製 ルドックスAM」として液状ゾルの形態で市販されている。
【0021】
球状微粒子の平均粒子径は、5nm以上100nm以下であることが好ましく、5nm以上70nm以下であることがより好ましく、さらに好ましくは10nm以上30nm以下である。この平均粒子径が、5nm未満であると、耐擦傷性が十分得られないおそれがある。一方、平均粒子径が100nmを超えると光学特性に悪影響を及ぼすおそれがある。
球状微粒子の平均粒子径は、動的散乱法あるいは電子顕微鏡法で測定できる。
【0022】
(2.3 バインダー成分)
コーティング液におけるバインダー成分は、ハードコート層において、上述した数珠状微粒子や球状の無機酸化物微粒子を分散させるための媒体となるものである。
このようなバインダー成分としては、いわゆるシランカップリング剤として知られている化合物が好適である。特に、以下の式(1)で示される有機ケイ素化合物が好ましい。
nSiX3−n (1)
(式中、Rは、重合可能な反応基を有する有機基であり、Rは、炭素数1から6までの炭化水素基であり、Xは加水分解基であり、nは0または1である。)
【0023】
式(1)の有機ケイ素化合物としては、例えば、ビニルトリアルコキシシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリ(β−メトキシ−エトキシ)シラン、アリルトリアルコキシシラン、アクリルオキシプロピルトリアルコキシシラン、メタクリルオキシプロピルトリアルコキシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)−エチルトリアルコキシシラン、メルカプトプロピルトリアルコキシシラン、γ−アミノプロピルトリアルコキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリアルコキシシラン、γ−グリシドキシプロピルアルキルジアルコキシシラン等があげられる。これらの有機ケイ素化合物は、2種類以上を混合して用いてもよい。また、テトラメトキシシランやテトラエトキシシランなど、一般式SiX(X=アルコキシル基)で示される4官能有機ケイ素化合物を用いても同様の効果を得ることができる。
【0024】
そして、上述の数珠状微粒子、球状微粒子および有機ケイ素化合物を含んだコーティング液(ハードコート液)を調製する際には、各微粒子が分散したゾルと、有機ケイ素化合物とを混合することが好ましい。
コーティング液中において、数珠状微粒子(J)と、球状の無機酸化物微粒子(K)との質量比(J:K)は、90:10から10:90までの範囲であることが好ましく、80:20から30:70までの範囲であることがより好ましく、80:20から50:50までの範囲であることがさらに好ましい。この範囲であると、耐擦傷性と耐クラック性のバランスに非常に優れるハードコート層を提供できる。
【0025】
数珠状微粒子および球状微粒子のバインダー成分に対する配合量は、ハードコート層の硬度や、屈折率等により決定されるものであるが、前記した各微粒子成分の総量(S)と、バインダー成分(固形分、B)との質量比(S:B)は、40:60から70:30までの範囲であることが好ましい。この範囲であると、耐擦傷性と耐クラック性のバランスにより優れたハードコート層を提供できる。微粒子成分の総量(S)の割合が少なすぎると、ハードコート層の耐磨耗性や屈折率が不十分となり、逆に微粒子成分の総量(S)の割合が多すぎると、ハードコート層にクラックが生じるおそれもある。また、ハードコート層を染色する場合には、染色性が低下する場合もある。
【0026】
なお、ハードコート層は、上述の各微粒子と有機ケイ素化合物だけでなく、多官能性エポキシ化合物を含有することも非常に有用である。多官能性エポキシ化合物は、レンズ基材やプライマー層に対するハードコート層の密着性を向上させるとともに、ハードコート層の耐水性およびプラスチックレンズとしての耐衝撃性を向上させることができる。多官能性エポキシ化合物としては、例えば、1,6−ヘキサンジオールジグリシジルエーテル、エチレングリコールジグリシジルエーテル等の脂肪族エポキシ化合物、イソホロンジオールジグリシジルエーテル、ビス−2,2−ヒドロキシシクロヘキシルプロパンジグリシジルエーテル等の脂環族エポキシ化合物、レゾルシンジグリシジルエーテル、ビスフェノールAジグリシジルエーテル、クレゾールノボラックポリグリシジルエーテル等の芳香族エポキシ化合物等が挙げられる。
【0027】
上述した有機ケイ素化合物は加水分解と脱水縮合により緻密な層を形成するが、さらに、コーティング液には硬化触媒を添加してもよい。硬化触媒としては、例えば、過塩素酸、過塩素酸アンモニウム、過塩素酸マグネシウム等の過塩素酸類、Cu(II)、Zn(II)、Co(II)、Ni(II)、Be(II)、Ce(III)、Ta(III)、Ti(III)、Mn(III)、La(III)、Cr(III)、V(III)、Co(III)、Fe(III)、Al(III)、Ce(IV)、Zr(IV)、V(IV)等を中心金属原子とするアセチルアセトナート、アミン、グリシン等のアミノ酸、ルイス酸、有機酸金属塩等が挙げられる。
【0028】
このようにして得られるハードコート層形成用のコーティング液は、必要に応じ、溶剤に希釈して用いることができる。溶剤としては、アルコール類、エステル類、ケトン類、エーテル類、芳香族類等の溶剤が用いられる。また、ハードコート層形成用のコーティング液は、必要に応じて、少量の金属キレート化合物、界面活性剤、帯電防止剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、分散染料、油溶染料、顔料、フォトクロミック化合物、ヒンダードアミン、ヒンダードフェノール系等の耐光耐熱安定剤等を添加し、コーティング液の塗布性、硬化速度および硬化後の被膜性能を改良することもできる。
【0029】
また、コーティング液の塗布・硬化方法としては、ディッピング法、スピンコート法、スプレーコート法、ロールコート法、あるいは、フローコート法によりコーティング液をレンズ基材表面に塗布した後、40℃から200℃までの温度で数時間加熱乾燥することにより、ハードコート層を形成する。なお、ハードコート層の層厚は、0.05μm以上30μm以下であることが好ましい。層厚が0.05μm未満では、十分な耐擦傷性が発現しないおそれがある。一方、層厚が30μmを越えると表面の平滑性が損なわれたり、光学歪みが発生してしまうおそれがある。
【0030】
(3.反射防止層)
眼鏡レンズ表面における光の反射を防止するため、ハードコート層の表面には反射防止層が形成される。反射防止層は、ハードコート層の屈折率よりも0.1以上低い屈折率を有することが好ましい。また、反射防止層の層厚としては、50nm以上150nm以下程度が好ましい。このような反射防止層としては、無機薄層、有機薄層の単層または多層で構成される。
【0031】
無機薄層の材質としては、SiO、SiO、ZrO、TiO、TiO、Ti、Ti、Al、Ta、CeO、MgO、Y、SnO、MgF、WO等の無機物が挙げられる。プラスチックレンズ基材の場合は、低温で真空蒸着が可能なSiO、ZrO、TiO、Taが好ましい。無機薄層からなる反射防止層の場合、具体的には、低屈折率層と高屈折率層とが交互に積層された多層構造により反射防止効果が発現する。この場合、最外層の材質は低屈折率であるSiOとすることが好ましい。
【0032】
無機薄層の成層方法は、例えば真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法、CVD法、飽和溶液中での化学反応により析出させる方法等を採用することができる。真空蒸着法においては、蒸着中にイオンビームを同時に照射するイオンビームアシスト法を用いてもよい。
【0033】
上述した実施形態によれば、コーティング液中に数珠状微粒子とバインダー成分が含まれているので、数珠状微粒子が分散したハードコート層を光学物品の表面に形成することができる。それ故、耐擦傷性と耐クラック性の双方に優れた眼鏡用プラスチックレンズを提供できる。特に、コーティング液がさらに球状の無機酸化物微粒子を含んだ構成であると、ハードコート層中に数珠状微粒子と球状の無機酸化物微粒子の双方が分散した構造となるので、耐擦傷性と耐クラック性の双方に極めて優れた眼鏡用プラスチックレンズを提供できる。
なお、特に不要であれば、反射防止層は形成しなくともよい。また、必要に応じて、以下に示すようなプライマー層や防汚層を形成してもよい。
【0034】
(プライマー層)
プライマー層は、レンズ基材自体の最表面に形成され、レンズ基材と上述のハードコート層双方の界面に存在して、レンズ基材とハードコート層双方への密着性を発揮する性質を有し、表面処理膜全体の耐久性を向上させる役割を担う。さらに外部からの衝撃吸収層としての性質も併せ持ち、耐衝撃性を向上させる性質も有する。このようなプライマー層としては、極性を有する有機樹脂ポリマーと、酸化チタンを含有する金属酸化物微粒子とを含むコーティング組成物を用いて形成されることが好ましい。なお、プライマー層の屈折率は、干渉縞の発生を避けるため、レンズ基材の屈折率に合わせることが好ましい。
【0035】
(防汚層)
レンズ基材上にプライマー層、ハードコート層および反射防止層が形成されたプラスチックレンズには、さらにプラスチックレンズ表面の撥水撥油性能を向上させる目的で、反射防止層上にフッ素を含有する有機ケイ素化合物からなる防汚層を形成することが好ましい。フッ素を含有する有機ケイ素化合物としては、例えば、特開2005−301208号公報や特開2006−126782号公報に記載されている含フッ素シラン化合物を好適に使用することができる。
【実施例】
【0036】
次に、本発明の実施例について説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。具体的には以下に示すように、基準となるレンズと、ハードコート層の形成条件を変えた各種のレンズとを製造して評価を行った。
【0037】
〔基準レンズの製造例〕
以下のようにしてプラスチックレンズ基材の表面にハードコート層と反射防止層を形成して基準レンズを製造した。
【0038】
(ハードコート液の調製)
ステンレス製容器内に、ブチルセロソルブ1000質量部を投入し、バインダー成分としてγ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン1200質量部を加えて十分攪拌した後、0.1モル/リットル塩酸水溶液300質量部を添加して、一昼夜攪拌を続け、シラン加水分解物を得た。このシラン加水分解物中にシリコーン系界面活性剤(東レ・ダウコーニング(株)製、商品名:L−7001)30質量部を加えて1時間攪拌した後、酸化チタン、酸化スズ、酸化ケイ素を主体とする複合微粒子ゾル(ルチル型結晶構造、メタノール分散、表面処理剤γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、触媒化成工業(株)製、商品名:オプトレイク)7300質量部を加えて2時間攪拌混合した。次いで、エポキシ樹脂(ナガセ化成(株)製、商品名:EX−313)250質量部を加えて2時間攪拌した後、鉄(III)アセチルアセトナート20質量部を加えて1時間攪拌した。その後、2μmのフィルターで濾過を行い、ハードコート液を得た。
【0039】
(ハードコート層の形成)
プラスチックレンズ基材(セイコーエプソン(株)製のセイコールーシャス用(屈折率1.60))を用意した。このレンズ基材をアルカリ処理(50℃に保たれた2モル/リットルの水酸化カリウム水溶液に5分間浸漬した後、純水で洗浄し、次いで25℃に保たれた1.0モル/リットル硫酸に1分間浸漬して中和処理を行った。)し、純水洗浄および乾燥、放冷を行った。
アルカリ処理したレンズ基材を、上述の工程で調製したハードコート液中に浸漬し、引き上げ速度400mm/分でディップコートし、80℃で30分間焼成した。これにより、レンズ基材の上に、層厚が2000nmのハードコート層が積層された。
【0040】
(反射防止層の形成)
ハードコート層が形成されたレンズ基材に、反射防止層を真空蒸着法にて成膜した。具体的には、プラズマ処理(アルゴンプラズマ400W×60秒)を行い、ハードコート層側から大気側に向かって順に、SiO、ZrO、SiO、ZrO、SiOの5層で構成される多層の反射防止層を、真空蒸着機((株)シンクロン製)にて形成した。各層の光学的膜厚は、最初のSiO層、次のZrOとSiOの等価膜層および次のZrO層、最上層のSiO層について、設計波長λを520nmとしてそれぞれλ/4となるように形成した。これにより、ハードコート層、および反射防止層を有するプラスチックレンズが製造された。
【0041】
〔実施例1〕
ハードコート液の調製に際し、複合微粒子ゾルに代えて、数珠状微粒子ゾル(日産化学製IPA-ST-UP、一次粒子の粒子径は9nmから15nm程度)を用いた以外は、基準レンズの製造例と同様にしてプラスチックレンズを製造した。ここで、数珠状微粒子ゾル(J)とバインダー成分(B)との混合質量比(固形分同士、J:B)は50:50とした。なお、ハードコート層の層厚は2000nmであった。
【0042】
〔実施例2〕
ハードコート液の調製に際し、数珠状微粒子ゾル(J)とバインダー成分(B)との混合質量比(固形分同士、J:B)を30:70とした以外は、実施例1と同様にしてプラスチックレンズを製造した。ハードコート層の層厚は2000nmであった。
【0043】
〔実施例3〕
ハードコート液の調製に際し、数珠状微粒子ゾル(J)とバインダー成分(B)との混合質量比(固形分同士、J:B)を60:40とした以外は、実施例1と同様にしてプラスチックレンズを製造した。ハードコート層の層厚は2000nmであった。
【0044】
〔実施例4〕
ハードコート液の調製に際し、微粒子ゾルとして、数珠状微粒子ゾル(J)に加えて、真球状の無機酸化物微粒子ゾル(K)(日産化学製IPA-ST、粒子径は10nmから15nm程度)を配合した。各微粒子ゾルとバインダー成分との混合質量比(固形分同士、J:K:B)は、40:10:50とした。それ以外は、実施例1と同様にしてプラスチックレンズを製造した。ハードコート層の層厚は2000nmであった。
【0045】
〔実施例5〕
ハードコート液の調製に際し、混合質量比(固形分同士、J:K:B)を25:25:50とした以外は、実施例3と同様にしてプラスチックレンズを製造した。ハードコート層の層厚は2000nmであった。
【0046】
〔実施例6〕
ハードコート液の調製に際し、混合質量比(固形分同士、J:K:B)を10:40:50とした以外は、実施例3と同様にしてプラスチックレンズを製造した。ハードコート層の層厚は2000nmであった。
【0047】
〔実施例7〕
実施例1におけるハードコート液の調製に際し、バインダー成分としてγ-グリシドキシプロピルトリメトキシシランの代わりに、γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシランを用いた以外は同様にしてプラスチックレンズを製造した。ハードコート層の層厚は2000nmであった。
【0048】
〔実施例8〕
実施例1におけるハードコート液の調製に際し、バインダー成分としてγ-グリシドキシプロピルトリメトキシシランを単独で用いるのではなく、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(B1)とテトラメトキシシラン(B2)の混合物を用い、混合質量比(固形分同士、J:B1:B2)を50:40:10とした以外は同様にしてプラスチックレンズを製造した。ハードコート層の層厚は2000nmであった。
【0049】
〔実施例9〕
実施例3におけるハードコート液の調製に際し、バインダー成分としてγ-グリシドキシプロピルトリメトキシシランを単独で用いるのではなく、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(B1)とメチルトリメトキシシラン(B3)の混合物を用い、混合質量比(固形分同士、J:K:B1:B3)を40:10:40:10とした以外は同様にしてプラスチックレンズを製造した。ハードコート層の層厚は2000nmであった。
【0050】
〔比較例1〕
ハードコート液の調製に際し、微粒子ゾルとして、数珠状微粒子ゾルに代えて、真球状の無機酸化物微粒子ゾル(K)(日産化学製IPA-ST、粒子径は10nmから15nm程度)を配合した。球状微粒子ゾル(K)とバインダー成分(B)との混合質量比(固形分同士、K:B)は、30:70とした。それ以外は、実施例1と同様にしてプラスチックレンズを製造した。ハードコート層の層厚は2000nmであった。
【0051】
〔比較例2〕
比較例1において、球状微粒子ゾル(K)とバインダー成分(B)との混合質量比(固形分同士、K:B)を50:50とした以外は、同様にしてプラスチックレンズを製造した。ハードコート層の層厚は2000nmであった。
【0052】
〔評価方法〕
上述の実施例・比較例で製造した各レンズ(試験品)について以下のような評価を行い、結果を表1に示した。
【0053】
【表1】

【0054】
(1)耐擦傷性(ベイヤー試験)
COLTS Laboratories社製ベイヤー試験機を用い、上述した条件で製造された試験品と基準レンズに対して質量500gのメディアで600回往復させて同時に傷をつけた(COLTS Laboratories社の指定する標準条件)。その傷の付いたレンズのヘイズ値(スガ試験機株式会社製自動ヘイズコンピュータ)を測定して、下記の式により、試験品と基準レンズのヘイズ値変化の比によりベイヤー比(Bayer Ratio)Rを算出した。
R=|HST1−HST0|/|HSA1−HSA0
式中の記号は、H:ヘイズ値、ST:標準レンズ、SA:試験品の眼鏡レンズ、0:試験前、1:試験後である。
R値が大きいほど耐擦傷性が良好である。なお、メディアはZrO:21〜23質量%、Al:73質量%から77質量%まで、HfO:0.3質量%から1.3質量%までの組成を有する硬質の砂状粒子である。
試験品と標準レンズ各々3枚について測定を行ってRを算出し、平均値を測定値とした。そして、以下の基準で各試験品を評価した
◎:R≧3
○:2≦R<3
△:1≦R<2
【0055】
(2)耐クラック性
製造後のプラスチックレンズの表面を目視で観察し、以下の基準で評価した。
○:全くクラックが認められない。
△:わずかにクラックが認められる。
×:かなりクラックが目立つ。
【0056】
〔評価結果〕
比較例1、2は、球状微粒子のみをフィラー成分としてバインダー樹脂中に分散させたハードコートを形成してなるレンズであるが、表1の結果より、耐擦傷性と耐クラック性のバランスが悪い。すなわち、比較例1のレンズは耐クラック性には優れるものの、耐擦傷性は基準レンズと同程度である。一方、比較例2のレンズは、比較例1で用いたフィラー成分(球状微粒子)を増やしたものであり、確かに耐擦傷性は向上するものの、耐クラック性が悪化している。
これに対して、各実施例のレンズは、数珠状粒子がハードコート層中に分散しているので、耐擦傷性と耐クラック性がともに優れることがわかる。
【符号の説明】
【0057】
J…数珠状微粒子
K…球状微粒子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハードコート層を有する光学物品であって、
前記ハードコート層は、一次粒子がつながった形状の無機酸化物微粒子と、バインダー成分とを含んでなるコーティング液から形成された
ことを特徴とする光学物品。
【請求項2】
請求項1に記載の光学物品において、
前記無機酸化物微粒子が酸化ケイ素微粒子である
ことを特徴とする光学物品。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の光学物品において、
前記コーティング液がさらに球状の無機酸化物微粒子を含む
ことを特徴とする光学物品。
【請求項4】
請求項3に記載の光学物品において、
前記球状の無機酸化物微粒子が酸化ケイ素微粒子である
ことを特徴とする光学物品。
【請求項5】
請求項3または請求項4に記載の光学物品において、
前記コーティング液中において、前記一次粒子がつながった形状の無機酸化物微粒子(J)と、前記球状の無機酸化物微粒子(K)との質量比(J:K)が90:10から10:90までの範囲である
ことを特徴とする光学物品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−173411(P2012−173411A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−33475(P2011−33475)
【出願日】平成23年2月18日(2011.2.18)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】