光学系、ホログラフィックメモリー、ホログラフィック記録媒体
【課題】電磁波の回折限界より微細な干渉パターンを形成すること。
【解決手段】少なくとも2つの光学素子であるプリズム101、201と、少なくとも2つの光学素子であるプリズム101、201のそれぞれに電磁波を照射する照射手段と、を有し、プリズム101、201は、照射手段からの電磁波によりエバネッセント波103、203を生成するように配置され、少なくとも2つの光学素子であるプリズム101、201においてそれぞれ生成された第1のエバネッセント波103と第2のエバネッセント波203とが空間的に重畳されるように構成されている。
【解決手段】少なくとも2つの光学素子であるプリズム101、201と、少なくとも2つの光学素子であるプリズム101、201のそれぞれに電磁波を照射する照射手段と、を有し、プリズム101、201は、照射手段からの電磁波によりエバネッセント波103、203を生成するように配置され、少なくとも2つの光学素子であるプリズム101、201においてそれぞれ生成された第1のエバネッセント波103と第2のエバネッセント波203とが空間的に重畳されるように構成されている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学系に関する。より詳しくは、光計測、光加工あるいは光記録のための干渉露光光学系に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、いわゆるナノテクノロジーの発展に伴い、ナノメートルサイズの現象を対象とする計測・加工・記録技術が注目されている。特に、遺伝子工学に代表されるバイオサイエンスの分野では、細胞内小器官やタンパク質のようなナノメートルサイズの構造体を観察・制御するといった需要が高まっており、バイオフォトニクスなどの新しい学問分野が開拓されつつある。
【0003】
光を含む電磁波による微小構造体の観察や制御は古くから利用されてきたが、電磁波には回折限界という制約があり、電磁波の波長より小さな構造を観察・加工することができない。
【0004】
半導体露光装置や光データストレージの領域では、より短波長の電磁波を用いることによって、露光線幅や記録ピットを微小化してきた。しかしながら、このアプローチは限界に達している。その主な理由は、深紫外線に対して透明な光学材料が非常に少ないためである。
【0005】
また、細胞などの生体組織は紫外線によって容易に損傷を受けてしまうし、また、分光計測や蛍光を利用する場合には用いる電磁波の波長が計測対象の光学特性によって決まってしまうため、短波長化以外の方法による解像度の向上が望まれている。
【0006】
こうした要求に応えるために、電磁波以外のプローブを利用する方法も実用化されている。例えば、電子ビームやイオンビームを用いれば、可視光を用いた場合より微細かつ高精度の加工が可能である。また、電子顕微鏡や原子間力顕微鏡によれば、可視光の波長よりはるかに微細な構造の観察が可能である。
【0007】
最近では、近接場光学やプラズモニクスと呼ばれる光学技術が注目されている(例えば、非特許文献1)。電磁波の性質が回折限界で制約される理由は、波長に比べて微小な領域の情報を担うエバネッセント波(あるいは近接場光)が、光源から遠ざかるにつれて減衰してしまうことにある。逆に言えば、エバネッセント波が存在する(減衰していない)領域で加工や計測を行えば、回折限界に制約されずに、微細な領域を扱うことができる。
【0008】
また、非特許文献2によれば、誘電率と透磁率が同時に負の値をとる材料(負屈折材料)中では、エバネッセント波が空間的に増幅され、回折限界を超える完全結像(Perfect Imaging)が可能となる。
【0009】
デバイスの実用化に十分な性能をもつ材料はまだ見つかっていないが、エバネッセント波を積極的に増幅させることができれば、光学のみならず計測や加工においても革新的な発展をもたらすものとして期待されている。
【0010】
バイオサイエンスに限らず様々な工学分野で、いわゆるin vivo、in situといった計測手法が要求されつつあり、電磁波の特徴である非侵襲性が重要になっている。また、波長によって、材料の応答性や構造体の大きさを変えられることも、電磁波ならではの利点である(非特許文献3参照)。
【0011】
【非特許文献1】斎木敏治・戸田泰則著、「ナノスケールの光物性」オーム社、2004年
【非特許文献2】J. B. Pendry, Physical Review Letters Vol. 85, p.3966 (2000)
【非特許文献3】田村守著、「光学」、2006年2月号、p.66
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
生体組織にしても工業用デバイスにしても、それらが生体や製品の中で機能しているままの状態を計測(観察)することは、より高度な機能を解明するために必要なことである。例えば、生体から採取した細胞を観察することは、細胞の構造を解明するには重要であるが、それによって細胞の機能を知ることはできない。また、被観察物の応答や機能は周囲の環境に強く影響されることが多く、真空中や極低温下での観察にはおのずと限界がある。
【0013】
電磁波を用いた計測や加工には、非侵襲性や物性制御といった利点がある反面、エバネッセント波の損失による回折限界という自然法則上の制約がある。近年発展しつつある近接場光学は、回折限界を克服する画期的な技術であるが、エバネッセント波(近接場光)がさほど減衰しない領域でしか適用できないという制約を伴っている。
【0014】
これは光源、散乱体、あるいは開口(プローブ)から波長もしくは被観察物の大きさ程度の領域を意味しており、電磁波の波長が短くなるほど、あるいはより微細なものを対象とするほど厳しい制約となる。
【0015】
加工や記録の分野においても、電磁波は非常に有用な道具であり、このことは干渉計や光データストレージの例を挙げるまでもない。レーザー光のように干渉性のよい電磁波を空間的に重ね合わせることで生じる干渉模様を、加工や記録に利用することは、電磁波特有の応用分野と言える。
【0016】
しかしながら、従来実用化されている干渉露光も電磁波の回折限界に制限された物理現象であり、波長より微細な露光パターンを得ることはできない。電磁波を照射した微小開口の近傍では、エバネッセント波を含んだ電磁波が存在しうるが、今度は露光領域自体があまりに小さいため、加工や記録には利用できない。
【0017】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、エバネッセント波を利用することで、電磁波の回折限界より微細な干渉パターンを形成することができる光学系を提供することを目的とする。更に、これを各種光学系に応用することで、従来に比べて高性能な計測、加工、あるいは記録を行うことを可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明によれば、少なくとも2つの光学素子と、前記少なくとも2つの光学素子のそれぞれに電磁波を照射する照射手段と、を有し、前記光学素子は、前記照射手段からの電磁波によりエバネッセント波を生成するように配置され、前記少なくとも2つの光学素子においてそれぞれ生成された第1のエバネッセント波と第2のエバネッセント波とが空間的に重畳されるように構成されていることを特徴とする光学系を提供できる。
【0019】
また、本発明の好ましい態様によれば、前記光学素子は、前記第1のエバネッセント波と前記前記第2のエバネッセント波とが空間的に重畳され、干渉縞を形成するように配置されていることが望ましい。
【0020】
また、本発明の好ましい態様によれば、前記第1のエバネッセント波と前記第2のエバネッセント波との所定面における電場振幅をそれぞれE10、E20とし、β=|E10|/|E20|としたとき、
0.1<β<9.9
を満足することが望ましい。
【0021】
また、本発明の好ましい態様によれば、前記第1のエバネッセント波と前記第2のエバネッセント波との所定面における電場振幅をそれぞれE10、E20とし、電波振幅E10と電波振幅E20とのなす偏光相対角度をφとしたとき、
φ≦78°
を満足することが望ましい。
【0022】
また、本発明の好ましい態様によれば、エバネッセント波を生成する前記光学素子は、プリズムと、負屈折を示す材料で構成された光学素子と、開口を設けた金属板との少なくともいずれか一つであることが望ましい。
【0023】
また、本発明の好ましい態様によれば、前記エバネッセント波を生成する配置は、前記光学素子の光学面において全反射を生じる配置であることが望ましい。
【0024】
また、本発明によれば、照射手段からの電磁波に基づいて少なくとも2つの光学素子においてそれぞれ生成された第1のエバネッセント波と第2のエバネッセント波とによる干渉縞を記録することを特徴とするホログラフィックメモリーを提供できる。
【0025】
また、本発明によれば、照射手段からの電磁波に基づいて少なくとも2つの光学素子においてそれぞれ生成された第1のエバネッセント波と第2のエバネッセント波とによる干渉縞が記録されていることを特徴とするホログラフィック記録媒体を提供できる。
【0026】
また、本発明によれば、照射手段からの波長λの電磁波に基づいて少なくとも2つの光学素子においてそれぞれ生成された第1のエバネッセント波と第2のエバネッセント波とによる干渉縞であって、周期がλ/(2n)以下の前記干渉縞が記録されていることを特徴とするホログラフィック記録媒体を提供できる。ただし、nは、前記ホログラフィック記録媒体の波長λにおける屈折率である。
【発明の効果】
【0027】
本発明にかかる光学系によれば、電磁波の回折限界より微細な干渉パターンを形成することができ、これを各種光学系に応用することで、従来に比べて高性能な計測、加工、あるいは記録を行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下に、本発明にかかる光学系の実施例を図面に基づいて詳細に説明する。なお、この実施例によりこの発明が限定されるものではない。
【実施例1】
【0029】
エバネッセント波を作り出す最も古典的で簡便な方法は、全反射を利用することである。図1はプリズムにおける全反射を説明するための模式図である。プリズム101は一般にガラスやプラスチックなどの光学材料で構成され、その形状は、三角柱や三角錐が一般的であるが、これら以外の形状であっても構わない。
【0030】
本明細書では、電磁波の一種である光を用いた微細干渉模様について説明するが、本発明自体はもちろん電磁波全般に対して適用できるものである。
【0031】
プリズム101の一つの面(図では辺)104から入射した光102は、プリズム101の別の面105に入射角θで照射される。プリズム101の屈折率をnP、外部媒質(以後、空気として説明する)の屈折率をnAとすると、プリズム101の空気に対する相対屈折率はn=nP/nAで表される。よく知られたスネルの法則を用いると、nsinθ>1となるような入射角θに対して、光は空気中へ屈折することができずに全反射される。
【0032】
波動光学的には、プリズム101中では光102の波数が相対屈折率の分だけ空気中での波数より大きくなり、結果的に空気中では存在しえない光となったために全反射が起きる。光はその伝搬を表す波数ベクトルkkをもっており、その絶対値を波数kと呼ぶ。空気中での波数ベクトルをkk=(kx、ky、kz)、プリズム101中での波数ベクトルをkk′=(kx′、ky′、kz′)とすると、マックスウェル方程式から以下の関係式が得られる。
【0033】
【数1】
ここで、ωは光102の角振動数、cは真空中での光速である。
【0034】
また、光がプリズム101から空気中へ屈折するとき、波面が連続になるためには、
ky′=ky かつ kz′=kz ・・・(2)
でなければならない。
【0035】
したがって、数式(1)および数式(2)より、
kx′2 <(n2―1)・(ky′2+kz′2) ・・・(3)
となるような光においては、kx2<0、つまりkxが虚数となり、伝搬光として空気中へは屈折できないことになる。数式(3)はスネルの法則から得られる前記不等式nsinθ>1と等価であり、このとき光102は全反射され、そのエネルギー反射率は100%となる。
【0036】
一方、虚数成分kxをもつ空気中の屈折波は、エネルギーを運ばないエバネッセント波103となり、その振幅(あるいは強度)は屈折面105から離れるにつれて指数関数的に減衰する。
【0037】
しかしながら、屈折面105から波長程度の距離では有限の振幅が残っているので、図2に示されるように光源110からの光を用いて別のプリズム201によって反対側からもエバネッセント波203を発生させれば、エバネッセント波同士が干渉して強度のコントラストを生じる。なお、図2では、便宜上光源110をそれぞれ2つ描いているが、従来の干渉計と同様に、同一の光源110からの光を分割して用いることが望ましい。
【0038】
エバネッセント波による干渉をさらに詳しく調べるために、プリズム101中の光および面105を介して空気中へ浸み出したエバネッセント波の波数ベクトルを図示したのが、図3の(a)および図3の(b)である。
【0039】
ただし、簡単のため、波数ベクトルのz成分はゼロとした。プリズム101中では、波数ベクトルの全成分が実数なので、波数ベクトルkk′1とそのxおよびy成分k′1xおよびk′1yの関係は容易に図示できる。
【0040】
一方、空気中での波数ベクトルkk1では、y成分k1yは実数であるが、x成分k1xは虚数なので、図3の(a)と同様には図示できない。そこで、x軸とy軸の両方に垂直な方向に虚数軸303をとり、図3の(b)のように図示した。
【0041】
x軸に平行な点線は波面の連続性を表ししており、屈折の前後でkyが変化しない(数式(2))ことを保障している。図中の2つの同心円301および302は半径がそれぞれnPω/cおよびnAω/cである。つまり、プリズム101中および空気中での光の分散関係を表している。
【0042】
k′1yが比較的小さい場合は、点線が2つの同心円をともに横切るので、プリズム101中でも空気中でも全ての成分が実数の波数ベクトルをもち、伝搬光として存在できる。しかしながら、k′1yが大きくなって数式(3)を満たす場合には、図3のように空気中での分散関係を示す円を点線が横切らなくなり、プリズム101中では伝搬光であるが、空気中ではエバネッセント波としてしか存在しえなくなることを表している。
【0043】
プリズム201に対しても同様の波数ベクトルを考えることができ、図3と同様にして、プリズム201中での伝搬光および空気中でのエバネッセント波203の波数ベクトルを図示することができる。図4には波数ベクトルを簡略化して図示した。
【0044】
図4の(a)はプリズム101から浸み出したエバネッセント波103を、(b)はプリズム201から染み出したエバネッセント波203を、(c)はこれらの重ね合わせによって得られる光を表している。
【0045】
数式(1)からもわかるように、空気中でエバネッセント波となる光は、yz平面内において回折限界を超える精細な形状や情報を担っており(以後、超解像と表現する)、そのためにx方向には虚数の波数成分を持っている。干渉模様を表す波数ベクトルKKは、干渉に関わる光の波数ベクトルの差で表され、図4の場合にはKK=kk1−kk2である。
【0046】
波数ベクトルKKを成分ごとに表せば、実数成分をもつy方向(yz面内)についてはKy=k1y−k2yとなる。k1yおよびk2yはともに超解像なので、図2に示されるように波数のy成分が互いに逆向きとなるように干渉させれば、干渉模様もまた超解像となる。
【0047】
一方のx成分については、波数ベクトルの虚数である成分k1xとk2xとを単純に和や差をとることはできないが、以下に示すように、干渉現象の物理的な制約を課すことによって計算可能となる。
【0048】
図2に示されるように、2つのプリズム101および201から染み出すエバネッセント波103および203の干渉を考える。プリズムの相対する面105および205の間隔を2wとし、点線で示した中間面を座標のyz平面(x=0)にとる。
【0049】
プリズム101およびプリズム201から浸み出すエバネッセント波の電場振幅EE1(r,t)およびEE2(r,t)は、面105におけるエバネッセント波103の電場振幅をEE10、面205におけるエバネッセント波203の電場振幅をEE20、それぞれの波数ベクトルをkk1=ikxx+kyyおよびkk2=−ikxx−kyyとして、
【0050】
EE1(r,t)=EE1exp{i(kk1・r−ωt)}
=EE10exp{−kx(x+w)+i(kyy−ωt)} …(4-1)
EE2(r,t)=EE2exp{i(kk2・r−ωt)}
=EE20exp{(kx(x−w)+i(−kyy−ωt))} …(4-2)
となる。ただし、xとyはそれぞれ、x軸とy軸方向の単位ベクトルである。
【0051】
干渉模様の強度分布は、数式(4)で表される電場振幅同士の和を2乗し、時間平均することによって計算することができ、結果は以下のようになる。なお、EEはベクトルを表している。
【0052】
【数2】
【0053】
αは干渉パターンのコントラストに関わるパラメータで、yを変化させたときの強度の最大値をIMAX、最小値をIMIN、干渉模様のコントラストをCとすれば、次式の関係がある。
【0054】
【数3】
【0055】
次に、波数ベクトルと座標を波長で規格化して、波長によらない表現に変換する。つまり、
ξ=x/λ、η=y/λ、
κx=kxλ/2π、κy=kyλ/2π ・・・(7)
によって、規格化座標ξ、η、および規格化波数κx、κyを導入する。
【0056】
プリズム表面における波面の連続性はκy=nsinθと表すことができ、また、数式(1)に対応する分散関係は、
κy2−κx2=1 つまり κx=(n2sin2θ−1)1/2 ・・・(8)
となる。
【0057】
数式6で表される干渉パターンのコントラストは、規格化座標および規格化周波数を用いて以下のように表現される。
C=αexp(−4πκx|ξ|) ・・・(9)
【0058】
いくつかの規格化波数κx(図中では単にκと表示されている)の値に対して、規格化座標ξとコントラストCの関係を示したのが図5である。ただし、α=1とした。これは、プリズム101およびプリズム201から浸み出すエバネッセント波の強度が等しく、なおかつ偏光方向が一致した状態で干渉させることに相当する。
【0059】
κの値によらず、規格化座標ξの原点、つまり2つのプリズムの中間面では最大のコントラストC=1が得られているが、κが大きくなるにつれて、比較的大きなコントラストの得られる領域が狭くなっている。
【0060】
この傾向を実際の露光動作について説明すると、以下のようになる。すなわち、プリズム101およびプリズム201の間に感光材料などを配置して干渉模様を記録するような場合、記録したい領域がξ方向に大きくなるほど、κを小さくする必要がある。
【0061】
κをどの程度にするかは要求されるコントラストによって異なるが、例えば波長と同じ厚み(|ξ|≦0.5)の感光材料にコントラストが50%以上の干渉模様を記録するためには、κ≦0.1とすればよい。
【0062】
また、半波長の厚み(|ξ|≦0.25)の感光材料にコントラストが20%以上の干渉模様を記録するためには、κ≦0.5とすればよい。
【0063】
図6は、κ=0.1のときに、α=0.1〜1.0に対して、規格化座標ξとコントラストCの関係を示したものである。感光材料の厚みにも依存するため一概には言えないものの、一般的なコントラストの要求として概ねα≧αMIN=0.2であることが好ましい。
【0064】
一方、2つのエバネッセント波の偏光方向が等しい場合、振幅比をβ≡|E20|/|E10|とすれば、数式(5)に示されているαの定義より、
【0065】
【数4】
の関係が得られる。
【0066】
αMIN=0.2を数式10へ代入すれば、0.1≦β≦9.9となる。また、0.3≦β≦3.7を満足すれば、αMIN=0.5となってより大きなコントラストが得られるので、より好ましい。0.5≦β≦2.0を満足すれば、αMIN=0.8となってさらに大きなコントラストが得られるので、さらに好ましい。
【0067】
反対に、振幅比がβ=1の場合に、許容な偏光方向を計算することもできる。β=1なので|E20|=|E10|であり、E10とE20のなす角をφとすれば、数式(5)より、α=2cosφが得られる。
【0068】
このときα≧0.2であるためには、φ≦78°であればよいことが容易に計算できる。また、φ≦60°の場合には、α≧0.5となってより大きなコントラストが得られるので、より好ましい。φ≦37°の場合には、α≧0.8となってさらに大きなコントラストが得られるので、さらに好ましい。
【0069】
エバネッセント波による干渉露光をより効率的に行うために、負屈折レンズを利用することは有効である。負屈折レンズは、屈折率が負の値となる負屈折率物質、あるいは誘電率と透磁率のいずれか一方が負の値となる物質からなる平板であり、後者の場合にはTE偏光かTM偏光の電磁波に対してのみ負屈折レンズとして機能する。
【0070】
フォトニック結晶や金属メタマテリアルなどの構造材料を用いる場合には、構造材料を構成する個々の材料ではなく、構造材料としての有効屈折率、有効誘電率もしくは有効透磁率が負の値をとれば、負屈折レンズの機能を持つことができる。所定の電磁波に対して負屈折レンズを構成しうるこれらの材料を総称して、本明細書では負屈折材料と呼ぶことにする。
【0071】
負屈折レンズにはエバネッセント波を増幅する性質があるので、これを利用すればエバネッセント波間の光学的干渉を容易に生じさせることができる。図7の(a)は、2つの負屈折レンズ701および702を用いて、エバネッセント波による干渉露光を行うための光学系である。光源703おおび705からはあらゆる方向へ射出する光のうち、干渉領域704へ達するエバネッセント波706による干渉を説明する。
【0072】
図7の(a)の光学系は、屈折率nAの外部媒質中に配置されており、負屈折レンズ701および負屈折レンズ702は屈折率nS=−nAの負屈折材料からなる厚さ2wの平板である。負屈折レンズ間の距離が2w、光源703から負屈折レンズ701までの距離と、光源705から負屈折レンズ702までの距離はともにwとなるように配置されている。
【0073】
図7の(b)のグラフはエバネッセント波の強度分布であり、光源703から右の方向へ伝わる光が実線で、光源705から左の方向へ伝わる光が点線でそれぞれ示されている。
【0074】
これらの光が伝搬光である場合には、左右いずれの方向へ伝わる成分も光線706のように光路を表すことが可能であるが、エバネッセント波の場合には実空間で光路が定義されないので図示することはできない。
【0075】
しかしながら、本実施例では説明の都合上、エバネッセント波を光線706のように図示する。光源703および705を射出したエバネッセント波は、外部媒質中では減衰し、負屈折レンズ中では増幅して、グラフに示されるような強度分布を与える。ただし、光源703および705を射出する際の強度が等しいものとして図示した。
【0076】
図7では、いわゆる完全結像が実現している。干渉領域704は、負屈折レンズ701が光源703を結像する像面であると同時に、負屈折レンズ702が光源705を結像する像面にもなっている。
【0077】
干渉領域704では、図2〜4で説明したようなエバネッセント波同士の干渉が生じており、光線706の波長より精細な干渉模様が形成される。しかしながら、負屈折レンズを用いた場合には、光源703および705におけるエバネッセント波とほぼ同じ強度のエバネッセント波が干渉に寄与しており、減衰する過程のエバネッセント波が干渉模様を形成するプリズムの場合(図1〜4)に比べてはるかに効率のよい露光が可能である。
【0078】
図8の(a)、(b)は、図7の変形例として、負屈折レンズ間の距離を半分のwとした場合を示している。光源703を射出したエバネッセント波706と光源705を射出したエバネッセント波707とが干渉領域704において干渉模様を形成する。
【0079】
図8の配置では外部媒質中での減衰より負屈折レンズ中での増幅の寄与が大きいため、干渉領域704では、光源703および705を射出する際に比べて、約2.7倍の強度をもつエバネッセント波が干渉に寄与する。
【0080】
図9の(a)、(b)は、さらに図8の変形例として、光源から負屈折レンズまでの距離を半分のw/2とした場合を示している。光源703を射出したエバネッセント波706と光源705を射出したエバネッセント波707とが干渉領域704において干渉模様を形成する。
【0081】
図9の(a)の配置では外部媒質中での減衰より負屈折レンズ中での増幅の寄与がさらに大きいため、干渉領域704では、光源703および705を射出する際に比べて、約7.4倍の強度をもつエバネッセント波が干渉に寄与する。
【0082】
ただし、図8および図9の干渉領域におけるエバネッセント波の強度算出では、κw=1とした。例えば数式4などからもわかるように、波数成分kxあるいはκの絶対値が大きいほど、エバネッセント波の減衰や増幅が激しいので、変形例による強度の増大効果も大きくなる。
【0083】
例えば、光学系全体をγ倍に拡大してκw=γとすれば、図8および図9の干渉領域704におけるエバネッセント波の強度はそれぞれeγ倍およびe2γ倍となる。
【0084】
図7〜9の説明で用いた光源703は、必ずしもそれ自身が発光する光源である必要はない。例えば、以下のものを光源として用いることができる。
(1)他の白色光源や単色光源からの照明光を拡散する任意の物体
(2)照明光を回折する回折格子やホログラム
(3)照明光(励起光)を吸収して蛍光を発する蛍光体
(4)非線形光学効果により高調波やラマン散乱光を発する物質
【0085】
光源703が発光、反射、屈折、回折、散乱のいずれを行う場合でも、光源703が発光しているものとして回折理論が適用できる(ホイヘンスの原理)ので、本発明の効果が期待できる。
【0086】
回折格子やホログラムによる回折光を光源703からの発光として用いる場合には、有限可算個の波数ベクトルだけを発生させることができるので、エバネッセント波間の干渉模様を制御しやすい。光源に関する前記具体例は、光源705に対しても全く同様にあてはまる。
【実施例2】
【0087】
次に本発明の実施例2にかかるホログラフィックメモリーについて説明する。本発明による微細な干渉露光を積極的に活用する方法として、図10にホログラフィックメモリーの光学系を示す。光源801はガスレーザー、固体レーザー、半導体レーザー、発光ダイオードなどの比較的単色性に優れた光源である。
【0088】
光源を射出した光は2つのレンズ802および803により構成されるビームエキスパンダにより、そのビーム系を拡大された状態で、偏光ビームスプリッタ(PBS)804へ入射し、互いに偏光状態が直行する参照光814および情報光813に分離される。
【0089】
参照光814は1/2波長板805によって情報光813と同じ偏光状態とされ、ミラー806で反射されたのちに、物体板807および負屈折レンズ808を介して、記録媒体809へ照射される。
【0090】
一方の情報光813は、ミラー810で反射されたのち、空間光変調器(SLM)811および負屈折レンズ812を介して、記録媒体809へ照射される。
【0091】
物体板807は、図7〜9の光源に相当するもので、この場合は自ら発光する光源を含まないが、拡散板、回折格子、ホログラム、蛍光板などを用いることができる。SLM811は液晶表示素子、DMD、フォトマスクなどを用いることができ、記録媒体809へ記録すべきディジタル情報を1次元または2次元的に空間変調して表示する。
【0092】
記録媒体809は、フォトポリマー、フォトリフラクティブ材料、有機色素などの感光材料からなる記録層を、ガラスやプラスチックなどの透明基板で固定した構造を有する。銀塩のような無機感光材料を用いてもよいが、比較的大きなディジタル情報を記録する場合には、体積ホログラムを記録できる半透明な感光材料が好ましい。
【0093】
記録媒体809内部において、参照光814と情報光813とが重なり合う領域には干渉模様が形成され、これが記録層にホログラムとして記録される。記録媒体809が半透明で記録層が100μm程度以上の厚みをもつ場合には、記録されるホログラムが体積ホログラムとなる。このため、角度多重、シフト多重、位相コード多重、スペックル多重、波長多重などの多重記録によって超高密度のデータ記録を行うことが可能となる。
【0094】
物体板807としては、SLM811と同様の表示素子を用いてもよい。このとき、物体板807を介して参照光814に空間光変調を施すことによっても、多重記録を行うことができる。
【0095】
従来のホログラフィックメモリーでは、記録容量を増大させる上で、光の回折による2通りの制約があった。一つは、SLM811に一度に記録できるディジタル情報に対する制約である。
【0096】
SLM811を構成する画素間のピッチを小さくしてゆけば、微細加工の技術的制約は別にして、いくらでも大量の情報を表示できる。しかしながら、光源801を射出する光の波長より小さな画素ピッチになるとSLM811で変調された情報の一部はエバネッセント波となり、記録媒体809へ到達できない。これを空間変調の限界と呼ぶことにする。
【0097】
他の一つの制約は、多重記録における選択性であり、こちらもまた光の回折限界に起因する。先に挙げた各種多重化方式はいずれもホログラム(回折格子)のブラッグ選択性によるものであり、このブラッグ選択性はホログラムを形成する3次元的な干渉模様のピッチによって決まる。
【0098】
この干渉模様のピッチは反射型ホログラムのときに最も短くなり、記録に用いる光の波長をλ、記録層の屈折率をnとして、λ/2n程度である。
【0099】
なお、波長をλとしたときに真空中では干渉縞の最小周期がλ/2となる。しかしながら、感光材料などの材料中(屈折率n)では実効的な波長がλ/nとなる。このため、干渉縞の最小周期は、上述したようにλ/2nとなる。
【0100】
したがって、λ/2nピッチの干渉模様に対する選択性でしか、ホログラムを多重記録することはできない。これを多重化の限界と呼ぶことにする。
【0101】
本発明によるホログラフィックメモリーの記録光学系(図10)では、SLM811に表示された変調パターンを負屈折レンズ812で記録媒体809へ結像させているので、原理的には解像限界や回折限界が存在しない。
【0102】
従来の記録光学系では減衰して失われてしまうエバネッセント波成分も、負屈折レンズ812内部で空間的に増幅されて像面(記録媒体)へ到達するので、SLM811の画素ピッチをいくら細かく(小さく)しても原理的には結像可能である。負屈折レンズ812を用いることによって、空間変調の限界を排除するか、少なくとも記録性能を大幅に向上することができる。
【0103】
すでに、図4等において説明したように、エバネッセント波同士によって形成される干渉模様は、光の波長よりも、さらに微細な模様とすることができる。したがって、図10に示された記録光学系により記録媒体809に記録されるホログラムは、λ/2nピッチの干渉模様よりも、さらに高い選択性を示す。
【0104】
この結果として従来のホログラフィックメモリーよりも多数のホログラムを同一領域に多重記録することができる。負屈折レンズ808および負屈折レンズ812を用いることによって、多重化の限界を排除するか、少なくとも記録性能を大幅に向上することができる。
【0105】
(変形例)
図11は、ホログラフィックメモリーに負屈折レンズを用いる変形例を示したものである。符号および光路の説明は図10とほぼ同じなので、重複する説明は省略する。図10の光学系と異なる点は、参照光814と情報光813とが互いに反対側から記録媒体809へ照射されている点である。
【0106】
図12は、図11の物体板807からSLM811までの光路を拡大図示したものである。図7と同じように、エバネッセント波同士の干渉模様を形成させる領域が、2つの負屈折レンズの像面になっている。つまり、干渉模様の強度およびコントラストが記録媒体中の記録位置によらず均一となるので、一様な露光時間や感光感度で記録再生を行うことができる。
【0107】
また、上述したようなホログラフィックメモリーシステムにおいて、記録すべきディジタル情報は、ホログラムとして記録媒体809に記録される。ホログラムは情報光813と参照光814による3次元の光学的な干渉パターンである。
【0108】
光学系と記録媒体の構成、記録波長、情報光の変調パターンに応じて、場所ごとに異なる周期、向き、コントラストを有している。ただし、従来のホログラフィックメモリーシステムでは伝搬光のみを用いて記録を行うため、形成される干渉パターンはλ/2n以上の周期を有している。
【0109】
記録媒体809は、フォトポリマーやフォトリフラクティブ結晶などの感光材料からなる記録層を、ガラスやプラスチックなどの記録再生光に対して透明な材料からなる基板で挟んだ構成をとるのが一般的である。
【0110】
また、記録層の厚みムラや記録媒体自体の変形を防ぐために、比較的剛性の高い基板を用いることが好ましい。記録層を構成する感光材料は、積算露光量に応じて屈折率が変化して体積位相型ホログラムを形成できる材料が最も多く利用されている。しかしながら、これ以外にもフォトクロミズム、フォトブリーチング、ホールバーニングなどによって記録される材料を用いてもよい。
【0111】
また、図13は、プリズムと負屈折レンズを用いてエバネッセント波間の干渉を形成する例を示すものである。図1および図2と共通の符号を用いている。プリズム101、負屈折レンズ901(厚さd)、干渉領域903、負屈折レンズ902(厚さd′)、およびプリズム201が、図に示されるようにa、b、b′、およびa′の間隔で配置されている。
【0112】
干渉領域903を境にして左右の光学系は、負屈折レンズの完全結像条件a+b=dおよびa′+b′=d′を満たすように配置されている。つまり、プリズム101およびプリズム201で生成されたエバネッセント波は、干渉領域903においてそれぞれのプリズムを発したときと同じ強度をもち、効率的に干渉模様を形成することができる。
【0113】
プリズムにおいて全反射が起きている場合には、負屈折レンズ側へはエバネッセント波だけが射出するため、不要な伝搬光によるノイズ等を気にすることなく良質な干渉模様を形成できるという利点がある。
【産業上の利用可能性】
【0114】
以上のように、本発明にかかる光学系は、電磁波の回折限界より微細な干渉パターンを形成することができ、例えば、光加工あるいは光記録のための干渉露光光学系に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0115】
【図1】実施例1におけるプリズムによる全反射を説明する図である。
【図2】2つのプリズムによる全反射を説明する図である。
【図3】伝搬光とエバネッセント波の波数ベクトルを示す図である。
【図4】エバネッセント波の波数ベクトルを示す図である。
【図5】干渉コントラストの空間分布を表すグラフである。
【図6】干渉コントラストの空間分布を表すグラフである。
【図7】負屈折レンズを介したエバネッセント波の干渉を説明する図である。
【図8】負屈折レンズを介したエバネッセント波の干渉を説明する図である。
【図9】負屈折レンズを介したエバネッセント波の干渉を説明する図である。
【図10】実施例2におけるホログラフィックメモリーの記録光学系を示す図である。
【図11】ホログラフィックメモリーの記録光学系を示す図である。
【図12】ホログラフィックメモリーの記録光学系の拡大図である。
【図13】プリズムと負屈折レンズを用いてエバネッセント波間の干渉を形成する他の光学系を示す図である。
【符号の説明】
【0116】
101、201 プリズム
110 光源
102、202、706、707 光(光線)
103、203 エバネッセント波
104、105、205 プリズムの面
301 プリズム中での分散関係
302 外部媒質(空気)中での分散関係
303 虚数軸
701、702、808、812 負屈折レンズ
703、705、801 光源
704 干渉領域
802、803 レンズ
804 偏光ビームスプリッタ(PBS)
805 1/2波長板
806、810、815 ミラー
807 物体板
809 記録媒体
811 空間光変調器(SLM)
813 情報光
814 参照光
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学系に関する。より詳しくは、光計測、光加工あるいは光記録のための干渉露光光学系に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、いわゆるナノテクノロジーの発展に伴い、ナノメートルサイズの現象を対象とする計測・加工・記録技術が注目されている。特に、遺伝子工学に代表されるバイオサイエンスの分野では、細胞内小器官やタンパク質のようなナノメートルサイズの構造体を観察・制御するといった需要が高まっており、バイオフォトニクスなどの新しい学問分野が開拓されつつある。
【0003】
光を含む電磁波による微小構造体の観察や制御は古くから利用されてきたが、電磁波には回折限界という制約があり、電磁波の波長より小さな構造を観察・加工することができない。
【0004】
半導体露光装置や光データストレージの領域では、より短波長の電磁波を用いることによって、露光線幅や記録ピットを微小化してきた。しかしながら、このアプローチは限界に達している。その主な理由は、深紫外線に対して透明な光学材料が非常に少ないためである。
【0005】
また、細胞などの生体組織は紫外線によって容易に損傷を受けてしまうし、また、分光計測や蛍光を利用する場合には用いる電磁波の波長が計測対象の光学特性によって決まってしまうため、短波長化以外の方法による解像度の向上が望まれている。
【0006】
こうした要求に応えるために、電磁波以外のプローブを利用する方法も実用化されている。例えば、電子ビームやイオンビームを用いれば、可視光を用いた場合より微細かつ高精度の加工が可能である。また、電子顕微鏡や原子間力顕微鏡によれば、可視光の波長よりはるかに微細な構造の観察が可能である。
【0007】
最近では、近接場光学やプラズモニクスと呼ばれる光学技術が注目されている(例えば、非特許文献1)。電磁波の性質が回折限界で制約される理由は、波長に比べて微小な領域の情報を担うエバネッセント波(あるいは近接場光)が、光源から遠ざかるにつれて減衰してしまうことにある。逆に言えば、エバネッセント波が存在する(減衰していない)領域で加工や計測を行えば、回折限界に制約されずに、微細な領域を扱うことができる。
【0008】
また、非特許文献2によれば、誘電率と透磁率が同時に負の値をとる材料(負屈折材料)中では、エバネッセント波が空間的に増幅され、回折限界を超える完全結像(Perfect Imaging)が可能となる。
【0009】
デバイスの実用化に十分な性能をもつ材料はまだ見つかっていないが、エバネッセント波を積極的に増幅させることができれば、光学のみならず計測や加工においても革新的な発展をもたらすものとして期待されている。
【0010】
バイオサイエンスに限らず様々な工学分野で、いわゆるin vivo、in situといった計測手法が要求されつつあり、電磁波の特徴である非侵襲性が重要になっている。また、波長によって、材料の応答性や構造体の大きさを変えられることも、電磁波ならではの利点である(非特許文献3参照)。
【0011】
【非特許文献1】斎木敏治・戸田泰則著、「ナノスケールの光物性」オーム社、2004年
【非特許文献2】J. B. Pendry, Physical Review Letters Vol. 85, p.3966 (2000)
【非特許文献3】田村守著、「光学」、2006年2月号、p.66
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
生体組織にしても工業用デバイスにしても、それらが生体や製品の中で機能しているままの状態を計測(観察)することは、より高度な機能を解明するために必要なことである。例えば、生体から採取した細胞を観察することは、細胞の構造を解明するには重要であるが、それによって細胞の機能を知ることはできない。また、被観察物の応答や機能は周囲の環境に強く影響されることが多く、真空中や極低温下での観察にはおのずと限界がある。
【0013】
電磁波を用いた計測や加工には、非侵襲性や物性制御といった利点がある反面、エバネッセント波の損失による回折限界という自然法則上の制約がある。近年発展しつつある近接場光学は、回折限界を克服する画期的な技術であるが、エバネッセント波(近接場光)がさほど減衰しない領域でしか適用できないという制約を伴っている。
【0014】
これは光源、散乱体、あるいは開口(プローブ)から波長もしくは被観察物の大きさ程度の領域を意味しており、電磁波の波長が短くなるほど、あるいはより微細なものを対象とするほど厳しい制約となる。
【0015】
加工や記録の分野においても、電磁波は非常に有用な道具であり、このことは干渉計や光データストレージの例を挙げるまでもない。レーザー光のように干渉性のよい電磁波を空間的に重ね合わせることで生じる干渉模様を、加工や記録に利用することは、電磁波特有の応用分野と言える。
【0016】
しかしながら、従来実用化されている干渉露光も電磁波の回折限界に制限された物理現象であり、波長より微細な露光パターンを得ることはできない。電磁波を照射した微小開口の近傍では、エバネッセント波を含んだ電磁波が存在しうるが、今度は露光領域自体があまりに小さいため、加工や記録には利用できない。
【0017】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、エバネッセント波を利用することで、電磁波の回折限界より微細な干渉パターンを形成することができる光学系を提供することを目的とする。更に、これを各種光学系に応用することで、従来に比べて高性能な計測、加工、あるいは記録を行うことを可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明によれば、少なくとも2つの光学素子と、前記少なくとも2つの光学素子のそれぞれに電磁波を照射する照射手段と、を有し、前記光学素子は、前記照射手段からの電磁波によりエバネッセント波を生成するように配置され、前記少なくとも2つの光学素子においてそれぞれ生成された第1のエバネッセント波と第2のエバネッセント波とが空間的に重畳されるように構成されていることを特徴とする光学系を提供できる。
【0019】
また、本発明の好ましい態様によれば、前記光学素子は、前記第1のエバネッセント波と前記前記第2のエバネッセント波とが空間的に重畳され、干渉縞を形成するように配置されていることが望ましい。
【0020】
また、本発明の好ましい態様によれば、前記第1のエバネッセント波と前記第2のエバネッセント波との所定面における電場振幅をそれぞれE10、E20とし、β=|E10|/|E20|としたとき、
0.1<β<9.9
を満足することが望ましい。
【0021】
また、本発明の好ましい態様によれば、前記第1のエバネッセント波と前記第2のエバネッセント波との所定面における電場振幅をそれぞれE10、E20とし、電波振幅E10と電波振幅E20とのなす偏光相対角度をφとしたとき、
φ≦78°
を満足することが望ましい。
【0022】
また、本発明の好ましい態様によれば、エバネッセント波を生成する前記光学素子は、プリズムと、負屈折を示す材料で構成された光学素子と、開口を設けた金属板との少なくともいずれか一つであることが望ましい。
【0023】
また、本発明の好ましい態様によれば、前記エバネッセント波を生成する配置は、前記光学素子の光学面において全反射を生じる配置であることが望ましい。
【0024】
また、本発明によれば、照射手段からの電磁波に基づいて少なくとも2つの光学素子においてそれぞれ生成された第1のエバネッセント波と第2のエバネッセント波とによる干渉縞を記録することを特徴とするホログラフィックメモリーを提供できる。
【0025】
また、本発明によれば、照射手段からの電磁波に基づいて少なくとも2つの光学素子においてそれぞれ生成された第1のエバネッセント波と第2のエバネッセント波とによる干渉縞が記録されていることを特徴とするホログラフィック記録媒体を提供できる。
【0026】
また、本発明によれば、照射手段からの波長λの電磁波に基づいて少なくとも2つの光学素子においてそれぞれ生成された第1のエバネッセント波と第2のエバネッセント波とによる干渉縞であって、周期がλ/(2n)以下の前記干渉縞が記録されていることを特徴とするホログラフィック記録媒体を提供できる。ただし、nは、前記ホログラフィック記録媒体の波長λにおける屈折率である。
【発明の効果】
【0027】
本発明にかかる光学系によれば、電磁波の回折限界より微細な干渉パターンを形成することができ、これを各種光学系に応用することで、従来に比べて高性能な計測、加工、あるいは記録を行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下に、本発明にかかる光学系の実施例を図面に基づいて詳細に説明する。なお、この実施例によりこの発明が限定されるものではない。
【実施例1】
【0029】
エバネッセント波を作り出す最も古典的で簡便な方法は、全反射を利用することである。図1はプリズムにおける全反射を説明するための模式図である。プリズム101は一般にガラスやプラスチックなどの光学材料で構成され、その形状は、三角柱や三角錐が一般的であるが、これら以外の形状であっても構わない。
【0030】
本明細書では、電磁波の一種である光を用いた微細干渉模様について説明するが、本発明自体はもちろん電磁波全般に対して適用できるものである。
【0031】
プリズム101の一つの面(図では辺)104から入射した光102は、プリズム101の別の面105に入射角θで照射される。プリズム101の屈折率をnP、外部媒質(以後、空気として説明する)の屈折率をnAとすると、プリズム101の空気に対する相対屈折率はn=nP/nAで表される。よく知られたスネルの法則を用いると、nsinθ>1となるような入射角θに対して、光は空気中へ屈折することができずに全反射される。
【0032】
波動光学的には、プリズム101中では光102の波数が相対屈折率の分だけ空気中での波数より大きくなり、結果的に空気中では存在しえない光となったために全反射が起きる。光はその伝搬を表す波数ベクトルkkをもっており、その絶対値を波数kと呼ぶ。空気中での波数ベクトルをkk=(kx、ky、kz)、プリズム101中での波数ベクトルをkk′=(kx′、ky′、kz′)とすると、マックスウェル方程式から以下の関係式が得られる。
【0033】
【数1】
ここで、ωは光102の角振動数、cは真空中での光速である。
【0034】
また、光がプリズム101から空気中へ屈折するとき、波面が連続になるためには、
ky′=ky かつ kz′=kz ・・・(2)
でなければならない。
【0035】
したがって、数式(1)および数式(2)より、
kx′2 <(n2―1)・(ky′2+kz′2) ・・・(3)
となるような光においては、kx2<0、つまりkxが虚数となり、伝搬光として空気中へは屈折できないことになる。数式(3)はスネルの法則から得られる前記不等式nsinθ>1と等価であり、このとき光102は全反射され、そのエネルギー反射率は100%となる。
【0036】
一方、虚数成分kxをもつ空気中の屈折波は、エネルギーを運ばないエバネッセント波103となり、その振幅(あるいは強度)は屈折面105から離れるにつれて指数関数的に減衰する。
【0037】
しかしながら、屈折面105から波長程度の距離では有限の振幅が残っているので、図2に示されるように光源110からの光を用いて別のプリズム201によって反対側からもエバネッセント波203を発生させれば、エバネッセント波同士が干渉して強度のコントラストを生じる。なお、図2では、便宜上光源110をそれぞれ2つ描いているが、従来の干渉計と同様に、同一の光源110からの光を分割して用いることが望ましい。
【0038】
エバネッセント波による干渉をさらに詳しく調べるために、プリズム101中の光および面105を介して空気中へ浸み出したエバネッセント波の波数ベクトルを図示したのが、図3の(a)および図3の(b)である。
【0039】
ただし、簡単のため、波数ベクトルのz成分はゼロとした。プリズム101中では、波数ベクトルの全成分が実数なので、波数ベクトルkk′1とそのxおよびy成分k′1xおよびk′1yの関係は容易に図示できる。
【0040】
一方、空気中での波数ベクトルkk1では、y成分k1yは実数であるが、x成分k1xは虚数なので、図3の(a)と同様には図示できない。そこで、x軸とy軸の両方に垂直な方向に虚数軸303をとり、図3の(b)のように図示した。
【0041】
x軸に平行な点線は波面の連続性を表ししており、屈折の前後でkyが変化しない(数式(2))ことを保障している。図中の2つの同心円301および302は半径がそれぞれnPω/cおよびnAω/cである。つまり、プリズム101中および空気中での光の分散関係を表している。
【0042】
k′1yが比較的小さい場合は、点線が2つの同心円をともに横切るので、プリズム101中でも空気中でも全ての成分が実数の波数ベクトルをもち、伝搬光として存在できる。しかしながら、k′1yが大きくなって数式(3)を満たす場合には、図3のように空気中での分散関係を示す円を点線が横切らなくなり、プリズム101中では伝搬光であるが、空気中ではエバネッセント波としてしか存在しえなくなることを表している。
【0043】
プリズム201に対しても同様の波数ベクトルを考えることができ、図3と同様にして、プリズム201中での伝搬光および空気中でのエバネッセント波203の波数ベクトルを図示することができる。図4には波数ベクトルを簡略化して図示した。
【0044】
図4の(a)はプリズム101から浸み出したエバネッセント波103を、(b)はプリズム201から染み出したエバネッセント波203を、(c)はこれらの重ね合わせによって得られる光を表している。
【0045】
数式(1)からもわかるように、空気中でエバネッセント波となる光は、yz平面内において回折限界を超える精細な形状や情報を担っており(以後、超解像と表現する)、そのためにx方向には虚数の波数成分を持っている。干渉模様を表す波数ベクトルKKは、干渉に関わる光の波数ベクトルの差で表され、図4の場合にはKK=kk1−kk2である。
【0046】
波数ベクトルKKを成分ごとに表せば、実数成分をもつy方向(yz面内)についてはKy=k1y−k2yとなる。k1yおよびk2yはともに超解像なので、図2に示されるように波数のy成分が互いに逆向きとなるように干渉させれば、干渉模様もまた超解像となる。
【0047】
一方のx成分については、波数ベクトルの虚数である成分k1xとk2xとを単純に和や差をとることはできないが、以下に示すように、干渉現象の物理的な制約を課すことによって計算可能となる。
【0048】
図2に示されるように、2つのプリズム101および201から染み出すエバネッセント波103および203の干渉を考える。プリズムの相対する面105および205の間隔を2wとし、点線で示した中間面を座標のyz平面(x=0)にとる。
【0049】
プリズム101およびプリズム201から浸み出すエバネッセント波の電場振幅EE1(r,t)およびEE2(r,t)は、面105におけるエバネッセント波103の電場振幅をEE10、面205におけるエバネッセント波203の電場振幅をEE20、それぞれの波数ベクトルをkk1=ikxx+kyyおよびkk2=−ikxx−kyyとして、
【0050】
EE1(r,t)=EE1exp{i(kk1・r−ωt)}
=EE10exp{−kx(x+w)+i(kyy−ωt)} …(4-1)
EE2(r,t)=EE2exp{i(kk2・r−ωt)}
=EE20exp{(kx(x−w)+i(−kyy−ωt))} …(4-2)
となる。ただし、xとyはそれぞれ、x軸とy軸方向の単位ベクトルである。
【0051】
干渉模様の強度分布は、数式(4)で表される電場振幅同士の和を2乗し、時間平均することによって計算することができ、結果は以下のようになる。なお、EEはベクトルを表している。
【0052】
【数2】
【0053】
αは干渉パターンのコントラストに関わるパラメータで、yを変化させたときの強度の最大値をIMAX、最小値をIMIN、干渉模様のコントラストをCとすれば、次式の関係がある。
【0054】
【数3】
【0055】
次に、波数ベクトルと座標を波長で規格化して、波長によらない表現に変換する。つまり、
ξ=x/λ、η=y/λ、
κx=kxλ/2π、κy=kyλ/2π ・・・(7)
によって、規格化座標ξ、η、および規格化波数κx、κyを導入する。
【0056】
プリズム表面における波面の連続性はκy=nsinθと表すことができ、また、数式(1)に対応する分散関係は、
κy2−κx2=1 つまり κx=(n2sin2θ−1)1/2 ・・・(8)
となる。
【0057】
数式6で表される干渉パターンのコントラストは、規格化座標および規格化周波数を用いて以下のように表現される。
C=αexp(−4πκx|ξ|) ・・・(9)
【0058】
いくつかの規格化波数κx(図中では単にκと表示されている)の値に対して、規格化座標ξとコントラストCの関係を示したのが図5である。ただし、α=1とした。これは、プリズム101およびプリズム201から浸み出すエバネッセント波の強度が等しく、なおかつ偏光方向が一致した状態で干渉させることに相当する。
【0059】
κの値によらず、規格化座標ξの原点、つまり2つのプリズムの中間面では最大のコントラストC=1が得られているが、κが大きくなるにつれて、比較的大きなコントラストの得られる領域が狭くなっている。
【0060】
この傾向を実際の露光動作について説明すると、以下のようになる。すなわち、プリズム101およびプリズム201の間に感光材料などを配置して干渉模様を記録するような場合、記録したい領域がξ方向に大きくなるほど、κを小さくする必要がある。
【0061】
κをどの程度にするかは要求されるコントラストによって異なるが、例えば波長と同じ厚み(|ξ|≦0.5)の感光材料にコントラストが50%以上の干渉模様を記録するためには、κ≦0.1とすればよい。
【0062】
また、半波長の厚み(|ξ|≦0.25)の感光材料にコントラストが20%以上の干渉模様を記録するためには、κ≦0.5とすればよい。
【0063】
図6は、κ=0.1のときに、α=0.1〜1.0に対して、規格化座標ξとコントラストCの関係を示したものである。感光材料の厚みにも依存するため一概には言えないものの、一般的なコントラストの要求として概ねα≧αMIN=0.2であることが好ましい。
【0064】
一方、2つのエバネッセント波の偏光方向が等しい場合、振幅比をβ≡|E20|/|E10|とすれば、数式(5)に示されているαの定義より、
【0065】
【数4】
の関係が得られる。
【0066】
αMIN=0.2を数式10へ代入すれば、0.1≦β≦9.9となる。また、0.3≦β≦3.7を満足すれば、αMIN=0.5となってより大きなコントラストが得られるので、より好ましい。0.5≦β≦2.0を満足すれば、αMIN=0.8となってさらに大きなコントラストが得られるので、さらに好ましい。
【0067】
反対に、振幅比がβ=1の場合に、許容な偏光方向を計算することもできる。β=1なので|E20|=|E10|であり、E10とE20のなす角をφとすれば、数式(5)より、α=2cosφが得られる。
【0068】
このときα≧0.2であるためには、φ≦78°であればよいことが容易に計算できる。また、φ≦60°の場合には、α≧0.5となってより大きなコントラストが得られるので、より好ましい。φ≦37°の場合には、α≧0.8となってさらに大きなコントラストが得られるので、さらに好ましい。
【0069】
エバネッセント波による干渉露光をより効率的に行うために、負屈折レンズを利用することは有効である。負屈折レンズは、屈折率が負の値となる負屈折率物質、あるいは誘電率と透磁率のいずれか一方が負の値となる物質からなる平板であり、後者の場合にはTE偏光かTM偏光の電磁波に対してのみ負屈折レンズとして機能する。
【0070】
フォトニック結晶や金属メタマテリアルなどの構造材料を用いる場合には、構造材料を構成する個々の材料ではなく、構造材料としての有効屈折率、有効誘電率もしくは有効透磁率が負の値をとれば、負屈折レンズの機能を持つことができる。所定の電磁波に対して負屈折レンズを構成しうるこれらの材料を総称して、本明細書では負屈折材料と呼ぶことにする。
【0071】
負屈折レンズにはエバネッセント波を増幅する性質があるので、これを利用すればエバネッセント波間の光学的干渉を容易に生じさせることができる。図7の(a)は、2つの負屈折レンズ701および702を用いて、エバネッセント波による干渉露光を行うための光学系である。光源703おおび705からはあらゆる方向へ射出する光のうち、干渉領域704へ達するエバネッセント波706による干渉を説明する。
【0072】
図7の(a)の光学系は、屈折率nAの外部媒質中に配置されており、負屈折レンズ701および負屈折レンズ702は屈折率nS=−nAの負屈折材料からなる厚さ2wの平板である。負屈折レンズ間の距離が2w、光源703から負屈折レンズ701までの距離と、光源705から負屈折レンズ702までの距離はともにwとなるように配置されている。
【0073】
図7の(b)のグラフはエバネッセント波の強度分布であり、光源703から右の方向へ伝わる光が実線で、光源705から左の方向へ伝わる光が点線でそれぞれ示されている。
【0074】
これらの光が伝搬光である場合には、左右いずれの方向へ伝わる成分も光線706のように光路を表すことが可能であるが、エバネッセント波の場合には実空間で光路が定義されないので図示することはできない。
【0075】
しかしながら、本実施例では説明の都合上、エバネッセント波を光線706のように図示する。光源703および705を射出したエバネッセント波は、外部媒質中では減衰し、負屈折レンズ中では増幅して、グラフに示されるような強度分布を与える。ただし、光源703および705を射出する際の強度が等しいものとして図示した。
【0076】
図7では、いわゆる完全結像が実現している。干渉領域704は、負屈折レンズ701が光源703を結像する像面であると同時に、負屈折レンズ702が光源705を結像する像面にもなっている。
【0077】
干渉領域704では、図2〜4で説明したようなエバネッセント波同士の干渉が生じており、光線706の波長より精細な干渉模様が形成される。しかしながら、負屈折レンズを用いた場合には、光源703および705におけるエバネッセント波とほぼ同じ強度のエバネッセント波が干渉に寄与しており、減衰する過程のエバネッセント波が干渉模様を形成するプリズムの場合(図1〜4)に比べてはるかに効率のよい露光が可能である。
【0078】
図8の(a)、(b)は、図7の変形例として、負屈折レンズ間の距離を半分のwとした場合を示している。光源703を射出したエバネッセント波706と光源705を射出したエバネッセント波707とが干渉領域704において干渉模様を形成する。
【0079】
図8の配置では外部媒質中での減衰より負屈折レンズ中での増幅の寄与が大きいため、干渉領域704では、光源703および705を射出する際に比べて、約2.7倍の強度をもつエバネッセント波が干渉に寄与する。
【0080】
図9の(a)、(b)は、さらに図8の変形例として、光源から負屈折レンズまでの距離を半分のw/2とした場合を示している。光源703を射出したエバネッセント波706と光源705を射出したエバネッセント波707とが干渉領域704において干渉模様を形成する。
【0081】
図9の(a)の配置では外部媒質中での減衰より負屈折レンズ中での増幅の寄与がさらに大きいため、干渉領域704では、光源703および705を射出する際に比べて、約7.4倍の強度をもつエバネッセント波が干渉に寄与する。
【0082】
ただし、図8および図9の干渉領域におけるエバネッセント波の強度算出では、κw=1とした。例えば数式4などからもわかるように、波数成分kxあるいはκの絶対値が大きいほど、エバネッセント波の減衰や増幅が激しいので、変形例による強度の増大効果も大きくなる。
【0083】
例えば、光学系全体をγ倍に拡大してκw=γとすれば、図8および図9の干渉領域704におけるエバネッセント波の強度はそれぞれeγ倍およびe2γ倍となる。
【0084】
図7〜9の説明で用いた光源703は、必ずしもそれ自身が発光する光源である必要はない。例えば、以下のものを光源として用いることができる。
(1)他の白色光源や単色光源からの照明光を拡散する任意の物体
(2)照明光を回折する回折格子やホログラム
(3)照明光(励起光)を吸収して蛍光を発する蛍光体
(4)非線形光学効果により高調波やラマン散乱光を発する物質
【0085】
光源703が発光、反射、屈折、回折、散乱のいずれを行う場合でも、光源703が発光しているものとして回折理論が適用できる(ホイヘンスの原理)ので、本発明の効果が期待できる。
【0086】
回折格子やホログラムによる回折光を光源703からの発光として用いる場合には、有限可算個の波数ベクトルだけを発生させることができるので、エバネッセント波間の干渉模様を制御しやすい。光源に関する前記具体例は、光源705に対しても全く同様にあてはまる。
【実施例2】
【0087】
次に本発明の実施例2にかかるホログラフィックメモリーについて説明する。本発明による微細な干渉露光を積極的に活用する方法として、図10にホログラフィックメモリーの光学系を示す。光源801はガスレーザー、固体レーザー、半導体レーザー、発光ダイオードなどの比較的単色性に優れた光源である。
【0088】
光源を射出した光は2つのレンズ802および803により構成されるビームエキスパンダにより、そのビーム系を拡大された状態で、偏光ビームスプリッタ(PBS)804へ入射し、互いに偏光状態が直行する参照光814および情報光813に分離される。
【0089】
参照光814は1/2波長板805によって情報光813と同じ偏光状態とされ、ミラー806で反射されたのちに、物体板807および負屈折レンズ808を介して、記録媒体809へ照射される。
【0090】
一方の情報光813は、ミラー810で反射されたのち、空間光変調器(SLM)811および負屈折レンズ812を介して、記録媒体809へ照射される。
【0091】
物体板807は、図7〜9の光源に相当するもので、この場合は自ら発光する光源を含まないが、拡散板、回折格子、ホログラム、蛍光板などを用いることができる。SLM811は液晶表示素子、DMD、フォトマスクなどを用いることができ、記録媒体809へ記録すべきディジタル情報を1次元または2次元的に空間変調して表示する。
【0092】
記録媒体809は、フォトポリマー、フォトリフラクティブ材料、有機色素などの感光材料からなる記録層を、ガラスやプラスチックなどの透明基板で固定した構造を有する。銀塩のような無機感光材料を用いてもよいが、比較的大きなディジタル情報を記録する場合には、体積ホログラムを記録できる半透明な感光材料が好ましい。
【0093】
記録媒体809内部において、参照光814と情報光813とが重なり合う領域には干渉模様が形成され、これが記録層にホログラムとして記録される。記録媒体809が半透明で記録層が100μm程度以上の厚みをもつ場合には、記録されるホログラムが体積ホログラムとなる。このため、角度多重、シフト多重、位相コード多重、スペックル多重、波長多重などの多重記録によって超高密度のデータ記録を行うことが可能となる。
【0094】
物体板807としては、SLM811と同様の表示素子を用いてもよい。このとき、物体板807を介して参照光814に空間光変調を施すことによっても、多重記録を行うことができる。
【0095】
従来のホログラフィックメモリーでは、記録容量を増大させる上で、光の回折による2通りの制約があった。一つは、SLM811に一度に記録できるディジタル情報に対する制約である。
【0096】
SLM811を構成する画素間のピッチを小さくしてゆけば、微細加工の技術的制約は別にして、いくらでも大量の情報を表示できる。しかしながら、光源801を射出する光の波長より小さな画素ピッチになるとSLM811で変調された情報の一部はエバネッセント波となり、記録媒体809へ到達できない。これを空間変調の限界と呼ぶことにする。
【0097】
他の一つの制約は、多重記録における選択性であり、こちらもまた光の回折限界に起因する。先に挙げた各種多重化方式はいずれもホログラム(回折格子)のブラッグ選択性によるものであり、このブラッグ選択性はホログラムを形成する3次元的な干渉模様のピッチによって決まる。
【0098】
この干渉模様のピッチは反射型ホログラムのときに最も短くなり、記録に用いる光の波長をλ、記録層の屈折率をnとして、λ/2n程度である。
【0099】
なお、波長をλとしたときに真空中では干渉縞の最小周期がλ/2となる。しかしながら、感光材料などの材料中(屈折率n)では実効的な波長がλ/nとなる。このため、干渉縞の最小周期は、上述したようにλ/2nとなる。
【0100】
したがって、λ/2nピッチの干渉模様に対する選択性でしか、ホログラムを多重記録することはできない。これを多重化の限界と呼ぶことにする。
【0101】
本発明によるホログラフィックメモリーの記録光学系(図10)では、SLM811に表示された変調パターンを負屈折レンズ812で記録媒体809へ結像させているので、原理的には解像限界や回折限界が存在しない。
【0102】
従来の記録光学系では減衰して失われてしまうエバネッセント波成分も、負屈折レンズ812内部で空間的に増幅されて像面(記録媒体)へ到達するので、SLM811の画素ピッチをいくら細かく(小さく)しても原理的には結像可能である。負屈折レンズ812を用いることによって、空間変調の限界を排除するか、少なくとも記録性能を大幅に向上することができる。
【0103】
すでに、図4等において説明したように、エバネッセント波同士によって形成される干渉模様は、光の波長よりも、さらに微細な模様とすることができる。したがって、図10に示された記録光学系により記録媒体809に記録されるホログラムは、λ/2nピッチの干渉模様よりも、さらに高い選択性を示す。
【0104】
この結果として従来のホログラフィックメモリーよりも多数のホログラムを同一領域に多重記録することができる。負屈折レンズ808および負屈折レンズ812を用いることによって、多重化の限界を排除するか、少なくとも記録性能を大幅に向上することができる。
【0105】
(変形例)
図11は、ホログラフィックメモリーに負屈折レンズを用いる変形例を示したものである。符号および光路の説明は図10とほぼ同じなので、重複する説明は省略する。図10の光学系と異なる点は、参照光814と情報光813とが互いに反対側から記録媒体809へ照射されている点である。
【0106】
図12は、図11の物体板807からSLM811までの光路を拡大図示したものである。図7と同じように、エバネッセント波同士の干渉模様を形成させる領域が、2つの負屈折レンズの像面になっている。つまり、干渉模様の強度およびコントラストが記録媒体中の記録位置によらず均一となるので、一様な露光時間や感光感度で記録再生を行うことができる。
【0107】
また、上述したようなホログラフィックメモリーシステムにおいて、記録すべきディジタル情報は、ホログラムとして記録媒体809に記録される。ホログラムは情報光813と参照光814による3次元の光学的な干渉パターンである。
【0108】
光学系と記録媒体の構成、記録波長、情報光の変調パターンに応じて、場所ごとに異なる周期、向き、コントラストを有している。ただし、従来のホログラフィックメモリーシステムでは伝搬光のみを用いて記録を行うため、形成される干渉パターンはλ/2n以上の周期を有している。
【0109】
記録媒体809は、フォトポリマーやフォトリフラクティブ結晶などの感光材料からなる記録層を、ガラスやプラスチックなどの記録再生光に対して透明な材料からなる基板で挟んだ構成をとるのが一般的である。
【0110】
また、記録層の厚みムラや記録媒体自体の変形を防ぐために、比較的剛性の高い基板を用いることが好ましい。記録層を構成する感光材料は、積算露光量に応じて屈折率が変化して体積位相型ホログラムを形成できる材料が最も多く利用されている。しかしながら、これ以外にもフォトクロミズム、フォトブリーチング、ホールバーニングなどによって記録される材料を用いてもよい。
【0111】
また、図13は、プリズムと負屈折レンズを用いてエバネッセント波間の干渉を形成する例を示すものである。図1および図2と共通の符号を用いている。プリズム101、負屈折レンズ901(厚さd)、干渉領域903、負屈折レンズ902(厚さd′)、およびプリズム201が、図に示されるようにa、b、b′、およびa′の間隔で配置されている。
【0112】
干渉領域903を境にして左右の光学系は、負屈折レンズの完全結像条件a+b=dおよびa′+b′=d′を満たすように配置されている。つまり、プリズム101およびプリズム201で生成されたエバネッセント波は、干渉領域903においてそれぞれのプリズムを発したときと同じ強度をもち、効率的に干渉模様を形成することができる。
【0113】
プリズムにおいて全反射が起きている場合には、負屈折レンズ側へはエバネッセント波だけが射出するため、不要な伝搬光によるノイズ等を気にすることなく良質な干渉模様を形成できるという利点がある。
【産業上の利用可能性】
【0114】
以上のように、本発明にかかる光学系は、電磁波の回折限界より微細な干渉パターンを形成することができ、例えば、光加工あるいは光記録のための干渉露光光学系に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0115】
【図1】実施例1におけるプリズムによる全反射を説明する図である。
【図2】2つのプリズムによる全反射を説明する図である。
【図3】伝搬光とエバネッセント波の波数ベクトルを示す図である。
【図4】エバネッセント波の波数ベクトルを示す図である。
【図5】干渉コントラストの空間分布を表すグラフである。
【図6】干渉コントラストの空間分布を表すグラフである。
【図7】負屈折レンズを介したエバネッセント波の干渉を説明する図である。
【図8】負屈折レンズを介したエバネッセント波の干渉を説明する図である。
【図9】負屈折レンズを介したエバネッセント波の干渉を説明する図である。
【図10】実施例2におけるホログラフィックメモリーの記録光学系を示す図である。
【図11】ホログラフィックメモリーの記録光学系を示す図である。
【図12】ホログラフィックメモリーの記録光学系の拡大図である。
【図13】プリズムと負屈折レンズを用いてエバネッセント波間の干渉を形成する他の光学系を示す図である。
【符号の説明】
【0116】
101、201 プリズム
110 光源
102、202、706、707 光(光線)
103、203 エバネッセント波
104、105、205 プリズムの面
301 プリズム中での分散関係
302 外部媒質(空気)中での分散関係
303 虚数軸
701、702、808、812 負屈折レンズ
703、705、801 光源
704 干渉領域
802、803 レンズ
804 偏光ビームスプリッタ(PBS)
805 1/2波長板
806、810、815 ミラー
807 物体板
809 記録媒体
811 空間光変調器(SLM)
813 情報光
814 参照光
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2つの光学素子と、
前記少なくとも2つの光学素子のそれぞれに電磁波を照射する照射手段と、を有し、
前記光学素子は、前記照射手段からの電磁波によりエバネッセント波を生成するように配置され、
前記少なくとも2つの光学素子においてそれぞれ生成された第1のエバネッセント波と第2のエバネッセント波とが空間的に重畳されるように構成されていることを特徴とする光学系。
【請求項2】
前記光学素子は、前記第1のエバネッセント波と前記前記第2のエバネッセント波とが空間的に重畳され、干渉縞を形成するように配置されていることを特徴とする請求項1に記載の光学系。
【請求項3】
前記第1のエバネッセント波と前記第2のエバネッセント波との所定面における電場振幅をそれぞれE10、E20とし、β=|E10|/|E20|としたとき、
0.1<β<9.9
を満足することを特徴とする請求項1または2に記載の光学系。
【請求項4】
前記第1のエバネッセント波と前記第2のエバネッセント波との所定面における電場振幅をそれぞれE10、E20とし、
電場振幅E10と電場振幅E20とのなす偏光相対角度をφとしたとき、
φ≦78°
を満足することを特徴とする請求項1または2に記載の光学系。
【請求項5】
エバネッセント波を生成する前記光学素子は、プリズムと、負屈折を示す材料で構成された光学素子と、開口を設けた金属板との少なくともいずれか一つであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の光学系。
【請求項6】
前記エバネッセント波を生成する配置は、前記光学素子の光学面において全反射を生じる配置であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の光学系。
【請求項7】
照射手段からの電磁波に基づいて少なくとも2つの光学素子においてそれぞれ生成された第1のエバネッセント波と第2のエバネッセント波とによる干渉縞を記録することを特徴とするホログラフィックメモリー。
【請求項8】
照射手段からの電磁波に基づいて少なくとも2つの光学素子においてそれぞれ生成された第1のエバネッセント波と第2のエバネッセント波とによる干渉縞が記録されていることを特徴とするホログラフィック記録媒体。
【請求項9】
照射手段からの波長λの電磁波に基づいて少なくとも2つの光学素子においてそれぞれ生成された第1のエバネッセント波と第2のエバネッセント波とによる干渉縞であって、周期がλ/(2n)以下の前記干渉縞が記録されていることを特徴とするホログラフィック記録媒体。ただし、nは、前記ホログラフィック記録媒体の波長λにおける屈折率である。
【請求項1】
少なくとも2つの光学素子と、
前記少なくとも2つの光学素子のそれぞれに電磁波を照射する照射手段と、を有し、
前記光学素子は、前記照射手段からの電磁波によりエバネッセント波を生成するように配置され、
前記少なくとも2つの光学素子においてそれぞれ生成された第1のエバネッセント波と第2のエバネッセント波とが空間的に重畳されるように構成されていることを特徴とする光学系。
【請求項2】
前記光学素子は、前記第1のエバネッセント波と前記前記第2のエバネッセント波とが空間的に重畳され、干渉縞を形成するように配置されていることを特徴とする請求項1に記載の光学系。
【請求項3】
前記第1のエバネッセント波と前記第2のエバネッセント波との所定面における電場振幅をそれぞれE10、E20とし、β=|E10|/|E20|としたとき、
0.1<β<9.9
を満足することを特徴とする請求項1または2に記載の光学系。
【請求項4】
前記第1のエバネッセント波と前記第2のエバネッセント波との所定面における電場振幅をそれぞれE10、E20とし、
電場振幅E10と電場振幅E20とのなす偏光相対角度をφとしたとき、
φ≦78°
を満足することを特徴とする請求項1または2に記載の光学系。
【請求項5】
エバネッセント波を生成する前記光学素子は、プリズムと、負屈折を示す材料で構成された光学素子と、開口を設けた金属板との少なくともいずれか一つであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の光学系。
【請求項6】
前記エバネッセント波を生成する配置は、前記光学素子の光学面において全反射を生じる配置であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の光学系。
【請求項7】
照射手段からの電磁波に基づいて少なくとも2つの光学素子においてそれぞれ生成された第1のエバネッセント波と第2のエバネッセント波とによる干渉縞を記録することを特徴とするホログラフィックメモリー。
【請求項8】
照射手段からの電磁波に基づいて少なくとも2つの光学素子においてそれぞれ生成された第1のエバネッセント波と第2のエバネッセント波とによる干渉縞が記録されていることを特徴とするホログラフィック記録媒体。
【請求項9】
照射手段からの波長λの電磁波に基づいて少なくとも2つの光学素子においてそれぞれ生成された第1のエバネッセント波と第2のエバネッセント波とによる干渉縞であって、周期がλ/(2n)以下の前記干渉縞が記録されていることを特徴とするホログラフィック記録媒体。ただし、nは、前記ホログラフィック記録媒体の波長λにおける屈折率である。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2007−322497(P2007−322497A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−149818(P2006−149818)
【出願日】平成18年5月30日(2006.5.30)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年5月30日(2006.5.30)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】
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