光学薄膜、その製造方法および光学多層膜
【課題】成膜材料として従来のチタンラクテートアンモニウム錯体(TALH)を使用したときより透明性に優れた光学薄膜及び光学多層膜を提供する。
【解決手段】水溶液中で多量体となる水溶性錯体を用いて形成された光学薄膜を第1の屈折率を示す高屈折率層Hとし、他の光学薄膜を第1の屈折率よりも低い第2の屈折率を示す低屈折率層Lとして基材10上に積層した光学多層膜であり、前記高屈折率層HをPDDA(ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド)11と水溶液中で8量体となる水溶性チタニウム錯体であるACPT(アンモニウムシトラトペルオキソチタネート(IV))12との交互吸着膜によって構成し、前記低屈折率層LをPDDA13と珪酸ナトリウム14との交互吸着膜によって構成した。
【解決手段】水溶液中で多量体となる水溶性錯体を用いて形成された光学薄膜を第1の屈折率を示す高屈折率層Hとし、他の光学薄膜を第1の屈折率よりも低い第2の屈折率を示す低屈折率層Lとして基材10上に積層した光学多層膜であり、前記高屈折率層HをPDDA(ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド)11と水溶液中で8量体となる水溶性チタニウム錯体であるACPT(アンモニウムシトラトペルオキソチタネート(IV))12との交互吸着膜によって構成し、前記低屈折率層LをPDDA13と珪酸ナトリウム14との交互吸着膜によって構成した。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学薄膜、その製造方法および光学多層膜に関し、特に、交互吸着により形成した光学薄膜、それを製造する方法およびそれを他の光学薄膜と積層して光学多層膜を製造する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
眼鏡・カメラなどの光学製品や、ディスプレイ装置の表示画面など、光学的・視覚的な現象を生じる機器には、光学薄膜を積層した様々な光学多層膜が利用されている。たとえば、ガラス材料等の表面に対する外光の反射を防ぎ、像の映り込みを防止するために、ディスプレイ装置をはじめとして、眼鏡・カメラなどの光学製品には反射防止膜が利用されている。この反射防止膜は、光学多層膜の代表的な一例である。
【0003】
一般的な単層の反射防止膜の基本原理は、反射防止の対象となる光の波長λの1/4に相当する光路差を生じさせるのに適した厚みをもった基材より屈折率の低い層を基材表面に形成することにより、当該層の上面からの反射光と下面からの反射光の光路差dがλ/2となるようにし、逆位相の光を互いに干渉させて反射光強度を低下させるというものである。通常、高屈折率層と低屈折率層とを用いた積層構造を有する光学多層膜によって反射防止膜を形成することが多い。たとえば、下記の特許文献1および2には、多層構造体からなる反射防止膜が開示されている。また、下記の特許文献3には、ゾル−ゲル法により形成された層と交互吸着法により形成された層とを交互に積層してなる多層ヘテロ構造をもつ光学多層膜が開示されており、下記の特許文献4には、無機微粒子と有機系バインダーとを含有した膜を用いることにより、柔軟性を確保しつつ、表面の虹むらを解消する技術が開示されている。
【0004】
反射防止膜の本質的な機能は、基材表面の反射率を低減することであるが、このような光学多層膜を工業製品として利用するためには、十分な耐摩耗性が確保できることと、製造コストを低減できることが要求される。そこで、たとえば、下記の特許文献5には、シリル化処理された無機酸化物微粒子を含有した層を用いることにより、耐摩耗性の向上を図った反射防止膜が開示されている。また、下記の特許文献6には、製造コストの低減を図るため、塗布によって均一な厚みをもった反射防止膜を高速生成するのに適した塗布組成物が開示されている。
【0005】
一般に、成膜工程には、様々なバリエーションがあり、どの成膜工程を採るかによって、生成される膜の品質、厚みの精度、製造コストなどが大きく異なってくる。たとえば、真空チャンバ内でのスパッタリングや蒸着などの手法を用いた成膜工程を採れば、膜厚を高い精度で制御することができるが、基材を真空チャンバ内に入れて作業を行う必要があるため、量産性に欠けることになり、製造コストは高くならざるを得ない。これに対して、膜形成材料を溶媒に溶かした成膜槽を用意し、基材をこの成膜槽に浸してから引き上げる方法(以下、溶液浸漬法と呼ぶ)は、量産性に富み、真空チャンバなどの大掛かりな装置も不要であるため、製造コストは大幅に低減できる。特に、膜形成材料の水溶液を用いた方法では、有機溶媒なども不要であり、製造コストが最も安価な方法と考えられる。
【0006】
ところが、基材を溶液中へ浸漬させてから引き上げることにより、その表面に成膜を行うという従来の溶液浸漬法は、光学多層膜の製造プロセスに用いるには不適切である。その理由は、一般的な溶液浸漬法では、膜厚を正確に制御することができないためである。上述したように、反射防止膜では、その機能上、反射防止の対象となる光の波長λの1/4に相当する光路差を生じさせるのに適した厚みをもった層を基材表面に均一に形成することが非常に重要である。反射防止以外の他の用途に用いる光学薄膜や光学多層膜の場合も、その光学的な機能を正常に果たすためには、やはり各層の厚みの精度を十分に確保する必要がある。したがって、一般に、光学薄膜や光学多層膜を形成するためには、非常に高い精度で厚みを制御することが可能な成膜工程が必要になる。ところが、従来の溶液浸漬法では、基材表面に形成される膜の厚みは、基材の形状、溶液の濃度、浸漬時間、引き上げ時の重力の影響など、さまざまな要因によって左右されるため、たとえば、「波長λの1/4に相当する光路差を生じさせるのに適した厚みをもった膜」というような高い厚み精度をもった膜を形成することができなかった。
【0007】
そこで本出願人は、溶液浸漬法を用いて製造することが可能な光学多層膜を提供するべく、鋭意検討した結果に基づいて、特許文献7において、第1の屈折率を示す高屈折率層と、第1の屈折率よりも低い第2の屈折率を示す低屈折率層とからなる各光学薄膜を、基材上に積層してなる光学多層膜を形成する技術を提案している。
【0008】
この光学多層膜においては、高屈折率層を第1の材料と第2の材料との交互吸着膜によって構成し、低屈折率層を第3の材料と第4の材料との交互吸着膜によって構成すると共に、第1の材料層をPDDA(ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド)によって構成し、第2の材料層をチタン化合物であるTALH(チタニウム(IV)ビス(アンモニウムラクト)ジヒドロキシド)で構成し、第3の材料層をPDDAによって構成し、第4の材料層を珪酸ナトリウムで構成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2002−243902号公報
【特許文献2】特開2007−052345号公報
【特許文献3】特開2001−350015号公報
【特許文献4】特開2005−148376号公報
【特許文献5】特開2007−069471号公報
【特許文献6】特開2006−096861号公報
【特許文献7】特開2009−058703号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このような交互吸着により光学多層膜を作成する場合、前述した乾式法のように高真空を必要とせず、薄膜の機械強度や曲面への両面コーティングが問題となることもない。また、ゾル−ゲル法のように、有機溶媒中の製膜材料の安定性や温度・湿度により加水分解・重合反応が進行するために高度に温度・湿度等の環境制御が必要である上に、薄膜を安定化するための高温焼成なども必要ないため、樹脂基材への製膜にも向いている。また、作成される光学多層膜自体も機械的強度や光学特性にも優れているという特徴を有している。
【0011】
しかしながら、チタン酸化物の前駆体として使用しているTALHは乳酸部位の加水分解反応が速いために、チタニア粒子が析出して溶液が白濁してしまう現象が起こり、その結果、形成される光学多層膜には粒子析出に伴う表面粗さの増加(10nm以上)により透明性が低下するため、更なる改良が望まれていた。
【0012】
本発明は、前記従来の問題点を解決するべくなされたもので、成膜材料として従来のチタンラクテートアンモニウム塩を使用したときよりも透明性に優れた、極めて透明性の高い光学薄膜及びそれを積層した光学多層膜を形成することができる技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、水溶液中で多量体になる水溶性金属錯体を用いて形成されたことを特徴とする光学薄膜とすることにより前記課題を解決したものである。
【0014】
ここでは、前記水溶性金属錯体の原料が4A族元素の化合物であり、配位子がカルボン酸、アセチルアセトン、ジアミン類、ピリジン類からなる群から選ばれた一種以上であるようにしてもよい。
【0015】
その際、前記4A族元素が、Ti、Zr、Hfのいずれかであるとしてもよく、また、前記4A族元素の化合物が、金属アルコキシド、有機酸塩、無機酸塩のいずれかであるとしてもよい。また、前記カルボン酸が、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸、グリコール酸を含むα−ヒドロキシカルボン酸、トリカルバリル酸、コハク酸、しゅう酸、酢酸を含むカルボン酸からなる群から選ばれた一種以上であるとしてもよく、また、前記ジアミン類が、エチレンジアミン、エチレンジアミン四酢酸、1,2−プロパンジアミン、1,3−プロパンジアミンからなる群から選ばれた一種以上であるとしてもよく、更には、前記ピリジン類が、ピリジン、ビピリジンからなる群から選ばれた一種以上であるとしてもよい。
【0016】
本発明は、また、電解質ポリマーの水溶液と、水溶液中で多量体になる水溶性金属錯体の水溶液に、基材を交互に浸すことにより交互吸着膜を形成することを特徴とする光学薄膜の製造方法とすることにより、同様に前記課題を解決したものである。
【0017】
ここでは、前記電解質ポリマーを、ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド、ポリアリルアミンハイドロクロライド、ポリエチルイミン、ポリアクリル酸、ポリスルホン酸からなる群の中から選択された材料によって構成してもよい。
【0018】
本発明は、更に、請求項1記載の第1の光学薄膜と、ドライプロセス又はウェットプロセスで成膜した第2の光学薄膜と、を各1層以上積層したことを特徴とする光学多層膜とすることにより、前記課題を解決したものである。
【0019】
ここでは、前記第1の光学薄膜が第1の屈折率を示す高屈折率層で、前記第2の光学薄膜が第1の屈折率よりも低い第2の屈折率を示す低屈折率層であり、前記高屈折率層を第1の材料と第2の材料との交互吸着膜によって構成し、前記低屈折率層を第3の材料と第4の材料との交互吸着膜によって構成し、前記第1の材料と第3の材料とを、それぞれ、ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド、ポリアリルアミンハイドロクロライド、ポリエチルイミン、ポリアクリル酸、ポリスルホン酸からなる群の中から選択された材料によって構成してもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、水溶液中で多量体になる水溶性金属錯体を用いることにより溶液浸漬法を用いて成膜することができる上に、高い精度で厚みの制御を行うことができ、しかも極めて透明性が高い光学薄膜を提供することが可能となった。これは、金属錯体が水溶液中で多量体を構成しているため、加水分解反応が抑制されるためと考えられる。
【0021】
特に、交互吸着膜を、ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド、ポリアリルアミンハイドロクロライド、ポリエチルイミン、ポリアクリル酸、ポリスルホン酸からなる群の中から選択された電解質ポリマーを主成分とした層と、前記水溶性金属錯体を主成分とした層と、を交互に配した膜とすることにより、十分な耐摩耗性をもった膜を基材表面に均一に形成することが可能になる。
【0022】
また、本発明に係る光学薄膜の製造方法では、基材を電解質ポリマーの水溶液を収容した成膜槽と、前記水溶性金属錯体の水溶液を収容した成膜槽とに、交互に複数回浸すことにより、交互吸着膜からなる高屈折率層もしくは低屈折率層を形成することができ、各成膜槽に浸した回数によって、膜厚の制御を行うことができる。したがって、量産性を向上させ、製造コストの低減を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】高屈折率層Hと低屈折率層Lとの積層構造をもった一般的な反射防止膜の構造を示す側断面図
【図2】一般的な交互吸着膜の製造原理を示す概念図
【図3】図2に示す製造原理に基づいて、基材表面に電解質ポリマーが吸着する様子を示す概念図
【図4】図2に示す製造原理に基く2回目の浸漬処理におけるより具体的な吸着状態を示す概念図
【図5】図4に示す浸漬処理を合計6回行ったときに形成される交互吸着膜の構造を示す概念図
【図6】本発明に係る反射防止膜の基本構造を示す側断面図
【図7】図6に示す層11および層13の原料となるPDDAの分子構造を示す図
【図8】図6に示す層12の原料となるACPTの分子構造を示す図
【図9】図6に示す層14の原料となる珪酸ナトリウムの分子構造を示す図
【図10】図6に示す反射防止膜の片面反射率の実測値を示すグラフ
【図11】本発明において、PDDAの代わりに利用可能な電解質ポリマーのいくつかの例の分子構造を示す図
【図12】従来のTALHと本発明のACPTの各多層膜の表面状態を示す顕微鏡写真
【図13】従来のTALHと本発明のACPTの各多層膜の表面粗さを原子間力顕微鏡で測定した結果のイメージデータを示す概念図
【図14】従来のTALHと本発明のACPTの各多層膜の透過率を対比して示す線図
【図15】本発明のACPTからなる多層膜の反射防止特性を示す線図
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明を図示する実施形態に基づいて説明する。
【0025】
<<< §1.本発明に係る反射防止膜の基本構造 >>>
本発明は、様々な光学多層膜を溶液浸漬法を用いて成膜する技術に広く適用可能であるが、以下、本発明を反射防止膜の成膜技術に利用した実施形態を述べることにする。本発明に係る反射防止膜は、図1の側断面図に示されているように、基材10上に高屈折率層Hと低屈折率層Lとを積層した構造を有するものである。一般に、反射防止の対象となる光の波長λの4分の1に相当する光路差を生じさせるのに適した厚み(屈折率nを考慮した補正後の厚み)をもった反射防止膜を基材10の表面に形成しておくと、上方から光を照射した場合、膜の上面(大気との界面)からの反射光光路と、膜の下面(基材10との界面)からの反射光光路との間に、λ/2(半波長)の光路差を生じることになり、互いに打ち消し合うことになる。反射防止膜は、このような原理を利用して、基材10の表面からの反射を抑制するものである。
【0026】
たとえば、基材表面に照射された光の反射を防止するのであれば、厚みがλ/(4・n)の膜を形成すればよい(nは膜の屈折率)。
【0027】
また、図1に示すように、2層構造をもった反射防止膜も広く利用されている。たとえば、基材10上に、厚みλ/(4・nH)をもつ高屈折率層Hと厚みλ/(4・nL)をもつ低屈折率層Lとを積層した構造を有する反射防止膜では、入射角θ=0°の光に関して、図示の界面S0、S1、S2において反射する光が互いに弱め合い、良好な反射防止効果が得られることが知られている(nHは高屈折率層Hの屈折率、nLは低屈折率層Lの屈折率)。このため、この図1に示す構造をもった反射防止膜は、ディスプレイ装置をはじめとして、眼鏡・カメラなどの光学製品についても広く利用されている。
【0028】
理論的には、大気と低屈折率層Lとの屈折率が異なれば界面S0での反射が生じ、低屈折率層Lと高屈折率層Hとの屈折率が異なれば界面S1での反射が生じ、高屈折率層Hと基材10との屈折率が異なれば界面S2での反射が生じる。したがって、各層の屈折率の大小関係は、図示の例どおりでなくても、理論的には、反射防止効果が得られることになる。たとえば、低屈折率層Lと基材10との屈折率が等しくてもよい。実用上は、図示のとおり、基材10上に高屈折率層Hと低屈折率層Lとを図示の順番で積層した構造が用いられることが多い。
【0029】
また、本願における低屈折率層Lの「低屈折率」とは、高屈折率層Hとの比較において屈折率が低いことを意味し、本願における高屈折率層Hの「高屈折率」とは、低屈折率層Lとの比較において屈折率が高いことを意味するものであり、基材10を比較の対象とした「高低」を意味するものではない。ただ、実用上は、高屈折率層Hの材料としては、基材10よりも屈折率の高い材料が用いられ、低屈折率層Lの材料としては、基材10よりも屈折率の低い材料が用いられることが多い。
【0030】
したがって、後述する各実施形態も、基材10の上面に、基材10の材料よりも屈折率の高い高屈折率層Hを形成し、その上面に、基材10の材料よりも屈折率の低い低屈折率層Lを形成した例となっている。なお、図1には、基材10の上面に、高屈折率層Hと低屈折率層Lとをそれぞれ1層ずつ積層してなる反射防止膜が示されているが、基材10の上面に、高屈折率層Hと低屈折率層Lとを交互に複数回積層した反射防止膜を形成するようにしてもよい。
【0031】
要するに、本発明に係る反射防止膜は、第1の屈折率を示す高屈折率層Hと、この第1の屈折率よりも低い第2の屈折率を示す低屈折率層Lと、を基材上に積層してなる膜であり、各層の厚みが、反射防止効果を奏する寸法(反射防止の対象となる光の波長λの4分の1に相当する光路差を生じさせるのに適した寸法)に設定されていればよい。
【0032】
なお、人間の可視波長域は、400nm〜650nm程度であり、理論的には、これらの波長域の光すべてを反射防止の対象となる光とすべきであるが、各層の厚みを決定する上では、代表的な波長λを定める必要がある。一般的な反射防止膜の設計では、上記可視波長域のほぼ中央付近にあり、肉眼による視感度の高い波長値として、λ=550nmを反射防止の対象となる光の波長として定めることが多い。したがって、後述する各実施形態においても、反射防止の対象となる光の波長λ=550nmに設定している。したがって、たとえば、図1に示す高屈折率層Hの屈折率がnH=1.8であったとすれば、その厚みは、550/(4×1.8)なる演算により、約76nmになる。
【0033】
もちろん、互いの干渉によって光強度が弱められる効果は、位相が正確に半波長分ずれた光同士が干渉する場合に限られるわけではなく、位相が半波長に近いずれを生じていれば、光強度を弱める効果は十分に得られる。また、反射防止対象となる光の波長が、400nm〜650nmと広がっており、入射角θも様々になることも考慮すれば、各層の厚みは、特定条件下で算出された特定の値に正確に設定する必要はない。ただ、厚みの寸法が大幅にずれてしまうと、反射防止効果は得られなくなってしまう。
【0034】
したがって、反射防止膜を形成するためには、光の波長に近い寸法レベルでの膜厚制御が必須になる。このため、従来は、真空チャンバ内でのスパッタリングや蒸着など、膜厚制御に適した成膜工程を用いて反射防止膜を生成するのが一般的であった。しかしながら、真空チャンバを用いる成膜工程は、膜厚を高い精度で制御することができるという利点はあるが、基材を真空チャンバ内に入れて作業を行う必要があるため、量産性に欠け、製造コストが高騰するという問題がある。
【0035】
本発明の基本思想は、図1に示す高屈折率層Hおよび低屈折率層Lを、それぞれ交互吸着膜によって構成することにより、基材を溶液中に浸してから引き上げる方法(溶液浸漬法)により成膜を行うことができるようにし、かつ、膜厚を高い精度で制御することができるようにする、という点にある。このような手法を採れば、量産性を向上させることができ、真空チャンバなどの大掛かりの装置も不要であるため、製造コストは大幅に低減できる。
【0036】
このように、本発明を理解する上では、交互吸着膜についての理解を深めることが非常に重要である。そこで、次の§2では、この交互吸着膜の構成とその作成プロセスについて詳述する。
【0037】
<<< §2.交互吸着膜の構成とその作成プロセス >>>
交互吸着(Layer-by-Layer Electrostatic Self-Assembly)という手法を利用して複合有機薄膜を作成する方法は、もともと1992年にG.デッカーらによって発表された方法である(Decher.G, Hong.J.D. and J.Schmit: Thin Solid Films, 210/211, p.831(1992))。この方法では、正の電解質ポリマー(カチオン)の水溶液と、負の電解質ポリマー(アニオン)の水溶液とを別々の容器に用意し、これらの容器に、初期表面電荷を与えた基板(被成膜材料)を交互に浸すことにより、基板上に多層構造を有する複合有機超薄膜(交互吸着膜)が得られる。
【0038】
たとえば、被成膜材料となる基材としてガラス基板を用いた場合、このガラス基板の表面を親水処理して表面にOH−基を導入して、初期表面電荷として負の電荷を与える。そして、この表面が負に帯電したガラス基板を、正の電解質ポリマー水溶液に浸せば、クーロン力により、少なくとも表面電荷が中和されるまで正の電解質ポリマーが表面に吸着し、1層の超薄膜が形成される。こうして形成された超薄膜の表面部分は、正に帯電していることになる。そこで、今度はこのガラス基板を負の電解質ポリマー水溶液に浸せば、クーロン力により負の電解質ポリマーが吸着し、1層の超薄膜が形成されることになる。このようにして、ガラス基板を2つの容器に交互に浸すことにより、正の電解質ポリマーからなる超薄膜層と負の電解質ポリマーからなる超薄膜層とを交互に成膜することができ、多層構造をもった複合有機薄膜を形成することができる。
【0039】
図2は、一般的な交互吸着膜の製造原理を示す概念図である。図において、第1の槽100には、正の電解質ポリマー(カチオン)の水溶液が入れられており、第2の槽200には、負の電解質ポリマー(アニオン)の水溶液が入れられている。ここで、ガラス基板などからなる基材10を用意し、その表面を親水処理して表面にOH−基を導入して、初期表面電荷として負の電荷を与える。図3(a)は、このようにして、基材10の表面が負に帯電した状態を示す概念図である。続いて、この負に帯電した基材10を第1の槽100内に入れると、基材10の表面に正の電解質ポリマーが接触し、クーロン力により吸着することになる。図3(b)は、正の電解質ポリマーが吸着した状態を示す概念図である。ここで、この基材10を第2の槽200内に入れると、今度は、基材10の表面に負の電解質ポリマーが接触し、クーロン力により吸着することになる。図3(c)は、負の電解質ポリマーが吸着した状態を示す概念図である。このように、基材10を第1の槽100と第2の槽200とに交互に浸漬させてゆけば、基材10の表面には、正の電界質ポリマーからなる層と負の電解質ポリマーからなる層とが交互に成膜されてゆくことになり、最終的に多層構造をもった交互吸着膜が形成される。
【0040】
もっとも、図3に示す概念図は、原理を説明するために単純化したモデルを示すものであり、実際には、図4あるいは図5に示す概念図に近い状態で薄膜形成が行われるものと思われる。図4は、2回目の浸漬処理(第1の槽100から基材10を取り出し、第2の槽200に浸したときの処理)における吸着状態を示す概念図である。基材10の表面には、既に、1回目の浸漬処理によって、正の電解質ポリマーからなる第1層目の薄膜A1が形成されており、この薄膜A1によって作用するクーロン力により、第2の槽200内の負の電解質ポリマーbが表面に吸着することになる。基材10を第2の槽200内に一定時間浸漬させておけば、第2の槽200内の負の電解質ポリマーbが次々と表面に吸着し、第2層目の薄膜B2が形成されることになる。ただし、ある程度の時間が経過して、負の電解質ポリマーbからなる第2層目の薄膜B2が厚くなってくると、もはや薄膜A1によるクーロン力は作用しなくなり、その時点で吸着は飽和点を迎えることになる。
【0041】
図5は、このような浸漬処理を合計6回行ったときに形成される交互吸着膜の構造を示す概念図である。ここで、奇数番目の層を構成する薄膜A1、A3、A5は、正の電解質ポリマーからなる層であり、偶数番目の層を構成する薄膜B2、B4、B6は、負の電解質ポリマーからなる層である。上述したように、電解質ポリマーの吸着は、クーロン力の作用によって生じるので、電気的中和によりクーロン力が作用しなくなるまでの十分な浸漬時間を確保するようにすれば、吸着は飽和点を迎えることになり、各層の厚みはそれ以上は増加しなくなる。別言すれば、各層の膜厚を所定値に正確に制御することができる。このように、溶液浸漬法を採るにもかかわらず、正確な膜厚制御が可能になる点が、交互吸着膜を用いる利点である。
【0042】
なお、電解質ポリマーの吸着現象の進行状況は、溶液中の電解質ポリマーの濃度やpH値などの条件によって変化するので、各層における分子の充填密度も、これらの条件に左右されることになる。このため、吸着が飽和点を迎えるまでの十分な浸漬時間を確保した場合でも、実際に形成される層の厚みは、溶液中の電解質ポリマーの濃度やpH値などの条件によって異なる。したがって、量産化を行う場合は、常に特定の濃度および特定のpH値をもった電解質ポリマー溶液を用いるようにし、膜厚に変動が生じないように管理する必要がある。
【0043】
なお、飽和点に達する前に基材を溶液層から引き上げた場合は、各層の厚みは、飽和点に達するまで浸漬させた場合の厚みよりも小さくなるが、その厚みは、浸漬時間によって制御することが可能である。したがって、成膜プロセス中に、浸漬時間を正確に制御することができれば、必ずしも飽和点を迎えるまで浸漬を行う必要はなく、途中で引き上げるようにしてもかまわない。
【0044】
あるいは、基材10とともに、水晶振動子を各溶液槽に交互に浸漬させ、水晶振動子の表面にも基材10の表面と同等の交互吸着膜を形成させるようにすれば、水晶振動子の発振周波数の変化(形成された交互吸着膜の質量の変化に対応)をモニタすることにより、正確な膜厚制御を行うことも可能である。このような膜厚制御の手法は、たとえば、国際公開第WO00/13806号公報に開示されている。
【0045】
なお、実用上は、基材10を第1の槽100から引き上げて第2の槽200へ移動させるとき、あるいは第2の槽200から引き上げて第1の槽100へ移動させるときに、純水などによるリンス浴を通すようにするのが好ましい。
【0046】
また、G.デッカーらによる発表当初は、この交互吸着膜の形成方法は、正の電解質ポリマー(カチオン)水溶液と負の電解質ポリマー(アニオン)水溶液とに基材を交互に浸漬させる方法として把握されていたが、最近では、必ずしも電解質ポリマーの水溶液を用いる必要はないことも判明してきている。具体的には、無機電解質を用いた例や、有機溶媒などを用いた例も報告されている(たとえば、T.Ito, Y.Okayama, S.Shiratori: Thin Solid Films 393 (2001) 138)。したがって、本願明細書にいう「交互吸着膜」とは、正の電解質(カチオン)溶液と、負の電解質(アニオン)溶液とを別々の容器に用意し、これらの容器に基材を交互に浸漬させることにより、当該基材の表面に形成される膜を広く意味するものである。
【0047】
<<< §3.本発明に係る反射防止膜の構成 >>>
本発明に係る反射防止膜は、基本的には、図1に示すように、第1の屈折率を示す高屈折率層Hと、この第1の屈折率よりも低い第2の屈折率を示す低屈折率層Lと、を基材10上に積層して構成されるものであるが、その特徴は、高屈折率層Hおよび低屈折率層Lを、それぞれ交互吸着膜によって構成するようにした点にある。
【0048】
図6は、本発明に係る反射防止膜の基本構造を示す側断面図である。この図6にHと記された部分は、図1に示す高屈折率層Hであり、図6にLと記された部分は、図1に示す低屈折率層Lである。§2で述べたとおり、交互吸着膜は、2種類の材料からなる層を交互に積層してなる構造を有しているため、高屈折率層Hは、第1の材料層11と第2の材料層12とを交互に積層した構造を有し、低屈折率層Lは、第3の材料層13と第4の材料層14とを交互に積層した構造を有している。
【0049】
なお、図示の便宜上、図6では、図1に比べて、各層をその厚み方向に拡大して表示してあるが、やはり高屈折率層Hおよび低屈折率層Lの厚みが、いずれも反射防止の対象となる光の波長λの1/4に相当する光路差を生じさせるのに適した厚みをもった層である点に変わりはない。すなわち、この図6に示す例においても、λ=550nmを反射防止の対象となる光の波長とし、垂直上方から入射してくる光の反射を防止するという条件設定をするのであれば、高屈折率層Hの厚みを、550/(4・nH)nmに近い値に設定し、低屈折率層Lの厚みを、550/(4・nL)nmに近い値に設定すればよい(ここで、nH、nLは、後述するように、高屈折率層H、低屈折率層Lの層全体としての屈折率)。
【0050】
また、図6では、高屈折率層Hおよび低屈折率層Lは、いずれも10枚分の材料層(溶液層に1回浸すことによって形成される吸着層)からなる例が示されているが(たとえば、高屈折率層Hは、第1の材料層11が5枚、第2の材料層12が5枚の合計10枚、低屈折率層Lは、第3の材料層13が5枚、第4の材料層14が5枚の合計10枚)、実際の材料層の枚数は、個々の材料に何を用いるか、溶液中の濃度をどの程度にするか、溶液のpH値をどの程度にするか、交互吸着膜形成プロセスにおける基材の引き上げタイミングをどうするか、といった条件によって異なることになる。これは、高屈折率層Hおよび低屈折率層Lの厚みは、光の波長λの1/4に相当する光路差を生じさせるのに適した厚みに設定する必要があり、しかも個々の材料層1枚分の厚みは、上記各条件によって左右されるためである。
【0051】
たとえば、§2で述べたとおり、交互吸着膜を形成するプロセスにおいて、飽和点に達する前に基材を溶液槽から引き上げた場合は、材料層1枚分の厚みは、浸漬時間に依存して異なる。早く引き上げれば、材料層1枚分の厚みは小さくなるので、所定の厚みをもった高屈折率層Hもしくは低屈折率層Lを形成するためには、浸漬時間が短くなる程、材料層の枚数を増やす(溶液槽に交互に浸す回数を増やす)必要がある。また、交互吸着膜を形成するプロセスにおいて、飽和点に達するまで基材を溶液槽に十分な時間だけ浸漬させた場合であっても、材料層1枚分の厚みは、材料の種類、溶液中の濃度、溶液のpH値に依存して異なるので、実際の材料層の枚数は、これらの条件によって異なることになる。
【0052】
要するに、高屈折率層Hは、最終的な厚みが、反射防止の対象となる光の波長λの1/4の光路差が生じる厚みとなるまで、第1の材料層11と第2の材料層12とを交互に積層させて構成すればよいのであり、低屈折率層Lも、同様の厚みとなるまで、第3の材料層13と第4の材料層14とを交互に積層させて構成すればよいのである。最終的に個々の材料層を何枚積層させればよいかは、個々の成膜条件ごとに試行錯誤で決定すればよい。
【0053】
§6で述べる本発明の基本的実施形態の場合、第1の材料層をPDDA(ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド)によって構成し、第2の材料層を水溶液中で多量体になる水溶性チタニウム錯体で構成し、第3の材料層をPDDAによって構成し、第4の材料層を珪酸ナトリウムで構成している。当該実施形態では、高屈折率層Hは、PDDAの材料層を15枚、アンモニウムシトラトペルオキソチタネート(IV):ammonium citratoperoxotitanate(以下、ACPTと称する)の材料層を15枚、交互に積層することにより構成され、低屈折率層Lは、PDDAの材料層を40枚、珪酸ナトリウムの材料層を40枚、交互に積層することにより構成されており、最終的に、合計110枚の積層構造体として、反射防止膜が形成されている。
【0054】
<<< §4.本発明に係る反射防止膜の光学特性 >>>
本発明に係る反射防止膜は、図6に示すとおり、第1の材料層11、第2の材料層12、第3の材料層13、第4の材料層14という4種類の材料層からなる多層構造体であるのに対して、図1に示す反射防止膜は、高屈折率層Hと低屈折率層Lとの2層構造体である。このような観点から見れば、図1に示す構造体の物理的構成と図6に示す構造体の物理的構成とは大きく異なっている。しかしながら、本願発明者は、両者が、光学的には、ほぼ等しい振る舞いをする構造体であることを見出した。
【0055】
すなわち、図6に示す構造体において、個々の材料層をそれぞれ個別の屈折率を有する光学的に独立した層であると考えると、光は、個々の材料層の各界面において反射することになる。たとえば、基材10の上面とその上方に位置する第1の材料層11との界面、そして当該第1の材料層11の上面とその上方に位置する第2の材料層12との界面、更に、当該第2の材料層12の上面とその上方に位置する第1の材料層11との界面、…といったものを考えると、これら各材料層の界面は、互いに屈折率が異なる材料層の境界となる面であるので、個々の界面で光の反射が生じることになる。
【0056】
しかしながら、実際には、この図6に示す構造体の光学的な振る舞いは、図1に示す構造体の光学的な振る舞いに近いものになる。すなわち、図6に多層構造体として示されている高屈折率層Hは、全体が所定の屈折率をもった単一の光学的な層として振る舞い、図6に多層構造体として示されている低屈折率層Lも、全体が所定の屈折率をもった単一の光学的な層として振る舞うことになり、結局、図6に示されている高屈折率層Hおよび低屈折率層Lからなる構造体は、図1に示す構造体と同様に、反射防止膜としての機能を果たすことができる。
【0057】
このように、図6に示す多層の材料層からなる交互吸着膜が、図1に示す2層の反射防止膜と同等の光学的特性を有する理由について、現段階では、詳細な理論的考察はなされていない。ただ、本願発明者は、各材料層11、12、13、14の厚みが、光の波長に比べて非常に小さいため、個々の材料層単一では、光学的な振る舞いに関しては、固有の屈折率をもった単一の層としては機能しておらず、光の波長により近い厚みをもった高屈折率層Hというブロック単位、もしくは低屈折率層Lというブロック単位で、はじめて固有の屈折率をもった単一の層として機能するのではないかと考えている。
【0058】
たとえば、後述する基本的実施形態の場合、高屈折率層Hは合計30枚の材料層からなるので(材料層11、12を交互に15回ずつ積層してなるので)、λ/(4・nH)=80nm程度に設定すると、1枚の材料層の厚みは、わずか2nm程度にしかならない。この程度の微小な厚みしかもたない1枚の材料層は、光学的な挙動に関しては、もはや固有の屈折率をもった単一の層として機能することはできないものと考えられる。したがって、光学的な現象を考える上では、材料層11、12といった1枚1枚の材料層をミクロ的に捉えた見方をするのは適切ではなく、マクロ的な見地から把握する必要がある。
【0059】
ここで、図6の構造体をマクロ的な見地で観察すれば、高屈折率層Hは、微小な厚みをもった第1の材料層11と第2の材料層12とを交互に繰り返し配置した構造を有しているので、全体としては、第1の材料と第2の材料との融合材料からなる1つの光学的な層として振る舞い、低屈折率層Lは、微小な厚みをもった第3の材料層13と第4の材料層14とを交互に繰り返し配置した構造を有しているので、全体としては、第3の材料と第4の材料との融合材料からなる1つの光学的な層として振る舞うのではないかと考えられる。
【0060】
したがって、図6の上方からの入射光があった場合の実際の光の挙動は、マクロ的な見地における層の境界部分である界面S0、S1、S2において光の反射が生じるものとして取り扱えばよいことになる。もちろん、実際には、界面S0、S1、S2の位置のみにおいて光が反射しているわけではなく、ミクロ的な見地からは、より複雑な現象が生じているものと考えられるが、本願発明者は、少なくとも反射防止膜としての光学的挙動を捉える上では、界面S0、S1、S2において光の反射が生じるものとして取り扱って問題ないものと考えている。結局、図6に示す構造体の反射防止膜としての光学的特性は、図1に示す従来の反射防止膜の光学的特性とほぼ同じものになる。
【0061】
高屈折率層Hの層全体としての屈折率は、第1の材料の屈折率と第2の材料の屈折率とに基づいて決定される(両者の平均的な値になるのではないかと予想される)。同様に、低屈折率層Lの層全体としての屈折率は、第3の材料の屈折率と第4の材料の屈折率とに基づいて決定される(やはり、両者の平均的な値になるのではないかと予想される)。ここで、高屈折率層Hの屈折率(層全体としての屈折率)は、低屈折率層Lの屈折率(層全体としての屈折率)よりも高く設定する必要があるので、第1〜第4の材料としては、そのような設定が可能となるように、所定の屈折率をもつ材料を選択する必要がある。
【0062】
具体的には、第1の材料の屈折率および第2の材料の屈折率が、いずれも、第3の材料の屈折率および第4の材料の屈折率よりも高くなるような材料選定を行うのが1つの方法であるが、必ずしもそのような条件を満たす選定方法に限定されるわけではない。たとえば、第2の材料の屈折率と第4の材料の屈折率が等しくても、第1の材料の屈折率が第3の材料の屈折率よりも高ければ、高屈折率層Hの屈折率が低屈折率層Lの屈折率よりも高くなるように設定できる。
【0063】
<<< §5.各材料層として好ましい材料 >>>
本発明に係る反射防止膜は、たとえば、図6に示す例のように、第1の屈折率nHを示す高屈折率層Hと、第1の屈折率よりも低い第2の屈折率nLを示す低屈折率層Lと、を基材10上に積層するという基本構成を有している。図6に示す例は、高屈折率層Hと低屈折率層Lとを1層ずつ積層した2層構造のものであるが、もちろん、高屈折率層H/低屈折率層L/高屈折率層H/低屈折率層L/…というように、それぞれを複数層ずつ積層するような構成を採ってもよい。
【0064】
本発明の重要な特徴は、図示のとおり、高屈折率層Hを、第1の材料層11と第2の材料層12とを交互に積層した交互吸着膜によって構成し、低屈折率層Lを、第3の材料層13と第4の材料層14とを交互に積層した交互吸着膜によって構成した点である。そこで、ここでは、各材料層を構成する材料として、どのような材料を用いればよいか、という点を検討してみる。
【0065】
まず、反射防止膜としての機能を果たすための光学的な見地からは、それぞれ特定の条件を満たす固有の屈折率をもった材料を用いる必要がある。すなわち、前述したとおり、高屈折率層Hの屈折率(層全体としての屈折率)が、低屈折率層Lの屈折率(層全体としての屈折率)よりも高くなるように、第1〜第4の材料を選択する必要がある。
【0066】
一方、反射防止膜を形成するプロセスを考慮すると、第1〜第4の材料は、交互吸着膜を形成するのに適した材料である必要がある。交互吸着膜の成膜原理は、図2を参照しながら、§2で説明したとおり、正の電解質(カチオン)溶液と、負の電解質(アニオン)溶液とを別々の容器に用意し、これらの容器に基材を交互に浸漬させる、というものである。前述したとおり、各材料は必ずしも水溶性ポリマーである必要はないが、少なくとも電解質である必要がある。また、第1の材料と第2の材料との関係、第3の材料と第4の材料との関係は、一方が正の電解質であるのに対して他方が負の電解質である必要がある。
【0067】
また、産業上の製品として反射防止膜を供給することを考えると、実用に耐え得る耐久性が必要になる。すなわち、ディスプレイ画面、眼鏡・カメラなどの光学製品などに用いる反射防止膜としては、容易に傷つかない十分な硬度を確保する必要がある。更に、ディスプレイ画面、眼鏡・カメラなどの用途では、膜形成の対象となる基材が透明であることが前提となるので、反射防止膜自身も透明な材料から構成される必要がある。
【0068】
これらの諸条件を総合的に考慮した結果、本願発明者は、本発明に係る反射防止膜を形成する上では、第1の材料および第3の材料を電解質ポリマー(具体的には、ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド、ポリアリルアミンハイドロクロライド、ポリエチルイミン、ポリアクリル酸、ポリスルホン酸など)を主成分とした材料によって構成し、第2の材料および第4の材料を無機電解質を主成分とした材料によって構成するのが好ましいと考えている。その理由は、次のとおりである。
【0069】
まず、第2の材料および第4の材料を無機電解質を主成分とした材料によって構成する第1の理由は、多様な屈折率を有する透明材料の組み合わせを用意できるからである。電解質ポリマーも、材料ごとにそれぞれ固有の屈折率を有しているが、一般的には、多くの電解質ポリマーの屈折率はいずれも1.5〜1.6程度であり、互いに屈折率が大きく異なる2つの材料を選択することは困難である。これに対して、無機電解質の屈折率は比較的広く分布しているため、互いに屈折率が大きく異なる2つの材料を選択することが可能になる。本発明では、互いに屈折率が異なる高屈折率層Hと低屈折率槽Lとを用意する必要があるので、第2の材料および第4の材料を無機電解質を主成分とした材料によって構成すると好都合である。
【0070】
第2の材料および第4の材料を無機電解質を主成分とした材料によって構成する第2の理由は、産業製品として実用化する上で、容易に傷つかない十分な硬度を確保する上で有利になるためである。一般に、ポリマー層は無機材料層に比べて硬度が低いため、ポリマー層のみから形成した反射防止膜は傷つきやすい。第2の材料および第4の材料を無機電解質を主成分とした材料によって構成すれば、第2の材料層12および第4の材料層14の部分によって十分な硬度が確保できる。具体的には、酸化金属などの金属の化合物は、第2の材料および第4の材料として用いるのに最適である。
【0071】
一方、第1の材料および第3の材料を電解質ポリマーを主成分とした材料によって構成する理由は、交互吸着膜の円滑な成膜を促す上で効果があるためである。もともと、交互吸着膜は、2種類の電解質ポリマー水溶液を用いて発案されたものであり、均一な成膜を行うという観点からは、すべての材料を電解質ポリマーによって構成するのが好ましい。そこで、本発明を実施する上では、第1の材料および第3の材料を電解質ポリマーとすることで、円滑な成膜を促すようにするのが好ましい。具体的には、ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド、ポリアリルアミンハイドロクロライド、ポリエチルイミン、ポリアクリル酸、ポリスルホン酸のいずれかを第1の材料および第3の材料として用いた場合に、均一な膜形成が可能になった。
【0072】
<<< §6.基本的実施形態に係る反射防止膜 >>>
§5で述べた事情から、本願発明者は、図6に示す反射防止膜において、第1の材料層11および第3の材料層13を電解質ポリマーを主成分とした材料によって構成し、第2の材料層12および第4の材料層14を無機電解質を主成分とした材料によって構成するのが最良であると考えている。そうすれば、第2の材料層12および第4の材料層14により、十分な硬度を確保することができ、第2の材料と第4の材料として相互に屈折率が大きく異なる材料を選択することができるようになり、また、電解質ポリマーからなる第1の材料層11および第3の材料層13がバインダー層としての役割を果たし、交互吸着膜の円滑な成膜(均一な膜形成)を促すことができるようになる。
【0073】
なお、前述したとおり、電解質ポリマーの屈折率には大差がないので、実質的には、第1の材料層11および第3の材料層13は、同一の屈折率をもった電解質ポリマーを用いてかまわない。すなわち、第1の材料や第3の材料は、単に、バインダー層としての役割を果たすことができればよいので、屈折率に関する配慮を行わなくてもかまわない。したがって、実用上は、第1の材料と第3の材料とを、同一の電解質ポリマーによって構成してもかまわない。
【0074】
本発明の基本的実施形態では、第1の材料層11および第3の材料層13を、ともにPDDAによって構成している。このPDDA(ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド)は、図7に記載した構造式で示される水溶性の正の電解質ポリマーであり、その水溶液は、図2に示す第1の槽100内のカチオン水溶液として利用することができる。
【0075】
このように、第1の材料層11の屈折率と第3の材料層13の屈折率とが同一でも(すなわち、第1の材料と第3の材料とを、PDDAのような同一材料によって構成しても)、第2の材料層12の屈折率が、第4の材料層14の屈折率よりも高くなるような材料選定を行えば、高屈折率層Hの屈折率nH(層全体としての屈折率)が、低屈折率層Lの屈折率nL(層全体としての屈折率)よりも高くなるような設定が可能になる。
【0076】
なお、基材10の屈折率との関係については、実用上は、高屈折率層Hの屈折率nH(層全体としての屈折率)が基材10の屈折率よりも高くなるようにし、低屈折率層Lの屈折率nL(層全体としての屈折率)が基材10の屈折率よりも低くなるように設定するのが好ましい。そのためには、第2の材料層12の材料(無機電解質)として、基材10の屈折率よりも高い屈折率をもった材料を選定し、第4の材料層14の材料(無機電解質)として、基材10の屈折率よりも低い屈折率をもった材料を選定するとよい。
【0077】
本発明の基本的実施形態では、第2の材料層12を、ACPT(アンモニウムシトラトペルオキソチタネート(IV))から生成されるチタン化合物によって構成し、第4の材料層14を珪酸ナトリウムで構成している。ACPTは、図8に記載した構造式で示される4核錯体からなる水溶性の負の電解質であり、その水溶液は、図2に示す第2の成膜槽200内のアニオン水溶液として利用することができる。このACPTは、酸化チタンの前駆体として知られる材料であり、このACPT水溶液内に基材10を浸漬させて引き上げると、酸化チタンを含むチタン化合物(酸化チタン「TiO2」の他、チタン酸「Ti(OH)4」などの化合物を含む)の膜が形成される。
【0078】
一方、珪酸ナトリウム(Na2SiO3)は、図9に記載した構造式で示される水溶性の負の電解質であり、その水溶液は、やはり図2に示す第2の槽200内のアニオン水溶液として利用することができる。この珪酸ナトリウムの水溶液内に基材10を浸漬させて引き上げると、珪酸ナトリウムの膜が形成される。
【0079】
結局、本発明の基本的実施形態に係る反射防止膜は、図6に示すような層構造を有しており、第1の材料層11は電解質ポリマーであるPDDAからなる層であり、第2の材料層12は無機電解質である酸化チタンを主成分とした層であり、第3の材料層13は電解質ポリマーであるPDDAからなる層であり、第4の材料層14は無機電解質である珪酸ナトリウムを主成分とした層である。
【0080】
ここで、一般的な測定値としては、PDDAの屈折率は、1.5〜1.6、酸化チタンの屈折率は、1.7〜2.0、珪酸ナトリウムの屈折率は、1.50〜1.52であるが、基本的実施形態として作成した反射防止膜の場合の実測値は、高屈折率層Hの層全体としての屈折率nHは、1.8、低屈折率層Lの層全体としての屈折率nLは、1.5であった。そこで、高屈折率層Hの厚みは、λ=550nm、nH=1.8を用いて、λ/(4・nH)=76nmに設定し、低屈折率層Lの厚みは、λ=550nm、nL=1.5を用いて、λ/(4・nL)=92nmに設定した。
【0081】
図10は、このような基本的実施形態に係る反射防止膜の片面反射率の実測値を示すグラフであり、横軸が波長(単位nm)、縦軸が片面反射率(単位%)を示している。実線で示すグラフG1が、上述した基本的実施形態に係る反射防止膜の特性を示している。反射防止加工が何ら施されていない一般的なガラス板の片面反射率は4%程度であるのに対して、この基本的実施形態に係る反射防止膜では、波長域500〜600nm付近の片面反射率が1%以下となっており、十分な反射防止効果が得られている。
【0082】
なお、破線で示すグラフG2は、基材10上に高屈折率層Hのみを形成したサンプル(すなわち、図6に示す基本的実施形態から、低屈折率層Lを取り去った構造をもつサンプル)についての反射率の測定結果を示している。図示のとおり、当該サンプルでは、広範囲の波長にわたって片面反射率が8%以上となっており、むしろ反射率を増加させる効果が生じており、反射防止膜としては機能していない。これは、この基本的実施形態に係る材料の場合、高屈折率層Hの屈折率が1.8程度であり、ガラス基板の屈折率(1.5程度)より高いため、高屈折率層H単独では、反射率が8%程度にまで上昇したものと考えられる。少なくとも基本的実施形態に係る材料を用いた場合、高屈折率層Hと低屈折率層Lとの2層構造を採らないと、反射防止膜としての効果は得られない結果となった。
【0083】
<<< §7.基本的実施形態に係る反射防止膜の製造方法 >>>
ここでは、§6で述べた基本的実施形態に係る反射防止膜の具体的な製造プロセスを説明する。本発明に係る反射防止膜は、互いに屈折率の異なる複数の層(交互吸着膜からなる層)を積層した構造を有しており、特に、基本的実施形態に係る反射防止膜では、図6に示すように、第1の光学薄膜である高屈折率層Hと第2の光学薄膜である低屈折率層Lとの2層構造を採る。
【0084】
ここで、高屈折率層Hを形成するには、電解質ポリマーの水溶液を収容した第1の成膜槽と、第1の水溶性無機電解質の水溶液を収容した第2の成膜槽とを用意し、表面に反射防止膜を形成する対象となる基材10を、第1の成膜槽内の水溶液と第2の成膜槽内の水溶液とに交互に複数回浸すことにより第1の交互吸着膜を形成し、これを高屈折率層Hとすればよい。一方、低屈折率層Lを形成するには、電解質ポリマーの水溶液を収容した第3の成膜槽と、第1の水溶性無機電解質とは屈折率が異なる第2の水溶性無機電解質の水溶液を収容した第4の成膜槽とを用意し、表面に上記第1の交互吸着膜(高屈折率層H)が形成された基材を、第3の成膜槽内の水溶液と第4の成膜槽内の水溶液とに交互に複数回浸すことにより第2の交互吸着膜を形成し、これを低屈折率層Lとすればよい。
【0085】
具体的には、図7の構造式で示されるPDDAの水溶液を収容した第1の成膜槽と、図8の構造式で示されるACPTの水溶液を収容した第2の成膜槽とを用意し、基材10となるガラス基板などを、交互に複数回浸すことにより高屈折率層Hを形成し、PDDAの水溶液を収容した第3の成膜槽と、図9の構造式で示される珪酸ナトリウムの水溶液を収容した第4の成膜槽とを用意し、表面に高屈折率層Hが形成されているガラス基板を、交互に複数回浸すことにより低屈折率層Lを形成すればよい。
【0086】
交互に浸す回数は、既に述べたとおり、反射防止膜として機能するのに必要な厚みが得られるよう定めるようにする。実際には、試行錯誤により、最適な回数を決定すればよい。ここで述べる基本的実施形態の場合、PDDAの水溶液を収容した第1の成膜槽と、ACPTの水溶液を収容した第2の成膜槽とに、それぞれ15回ずつ浸して、合計30枚の材料層からなる高屈折率層Hを形成した後、PDDAの水溶液を収容した第3の成膜槽と、珪酸ナトリウムの水溶液を収容した第4の成膜槽とに、それぞれ40回ずつ浸して、合計80枚の材料層からなる低屈折率層Lを形成している。
【0087】
なお、基本的実施形態では、その後、当該ガラス基板全体を加熱する焼成工程を付加している。この焼成工程は、第1の交互吸着膜および第2の交互吸着膜のいずれか一方、もしくは双方を焼成して水分を除去することを目的とする工程である。この焼成工程は、必ずしも必要な工程ではないが、ここで述べる基本的実施形態の場合、第2の材料層12の屈折率および硬度を高める上では非常に効果的である。
【0088】
第2の材料層12は、第2の成膜槽に収容されたACPTの水溶液を原料として形成される酸化チタンを主成分とする層である。前述したとおり、ACPTは酸化チタンの前駆体であるが、焼成工程を行うことにより、酸化チタンの形成が促進され、第2の材料層12の屈折率および硬度が高められるものと考えられる。焼成工程を付加すると、膜厚が若干縮むことになるので、当該厚みの縮小寸法を考慮して、各材料層の積層枚数を決定する必要がある(すなわち、焼成前の段階では、最終製品の厚みよりも若干厚めになるようにしておく)。
【0089】
<<< §8.材料の変形例 >>>
これまで述べた基本的実施形態では、第1の材料層11および第3の材料層13を、図7の構造式で示されるPDDA(ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド)によって構成したが、第1の材料層11および第3の材料層13は、この他にも様々な電解質ポリマーによって構成することが可能である。たとえば、図11(a)の構造式で示されるポリアリルアミンハイドロクロライド(PAH)や、図11(b)の構造式で示されるポリエチルイミン(PEI)は、いずれも正の電解質ポリマー(カチオン)となりうる材料であり、第1の成膜槽および第3の成膜槽として、これらの水溶液を収容した槽を用いてもかまわない。
【0090】
また、図11(c)の構造式で示されるポリアクリル酸(PAA)や、図11(d)の構造式で示されるポリスルホン酸(PSS)は、負の電解質ポリマー(アニオン)となりうる材料であり、やはり第1の成膜槽および第3の成膜槽として、これらの水溶液を収容した槽を用いることができる。ただ、この場合、第2の成膜槽および第4の成膜槽に用意する無機電解質の水溶液は、正の電解質(カチオン)となり得る水溶液にする必要がある。
【0091】
また、これまで述べた基本的実施形態では、第2の材料層12を酸化チタンを主成分とする層によって構成し、第4の材料層14を珪酸ナトリウムを主成分とする層によって構成したが、第2の材料層12および第4の材料層14は、この他にも様々な無機電解質材料(たとえば、金属の化合物)によって構成することが可能である。
【0092】
特に、高屈折率層H(第1の光学薄膜)を構成するための第2の材料層12としては、4,5族金属の酸化物の微粒子や金属アルコキシドが適していると思われ、具体的には、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、テルル、タンタル、ニオブなどの酸化物を用いるのが好ましい。そのためには、第2の成膜槽として、チタン酸化物、ジルコニウム酸化物、ハフニウム酸化物、テルル酸化物、タンタル酸化物、ニオブ酸化物の各前駆体(いずれも親和性の前駆体)の水溶液を収容した槽を用いるようにすればよい。
【0093】
このような前駆体としては、水溶液中で多量体になる水溶性金属錯体を用いることが好適である。この水溶性金属錯体の原料としては前記4A族元素の化合物が好ましく、配位子としてはカルボン酸、アセチルアセトン、ジアミン類、ピリジン類からなる群から選ばれた一種以上にすることが好ましい。
【0094】
この4A族元素としては、前記チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)のいずれかにすることができ、その化合物としては、金属アルコキシド、有機酸塩、無機酸塩のいずれかを挙げることができる。
【0095】
また、配位子を構成する前記カルボン酸としては、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸、グリコール酸を含むα−ヒドロキシカルボン酸やトリカルバリル酸、コハク酸、しゅう酸、酢酸等の群から選ばれた一種以上を、また、前記ジアミン類としては、エチレンジアミン、エチレンジアミン四酢酸、1,2−プロパンジアミン、1,3−プロパンジアミンからなる群から選ばれた一種以上を、更に、前記ピリジン類としては、ピリジン、ビピリジンからなる群から選ばれた一種以上を、それぞれ挙げることができる。
【0096】
より具体的には、チタン酸化物の前駆体としては、図8の構造式で示されるACPT(アンモニウムシトラトペルオキソチタネート(IV)):示性式は((NH4)8[Ti4(C6H4O7)4(O2)4]・8H2O)で表される水溶性のチタニウムペルオキソ錯体の水溶液を第2の成膜槽用の水溶液として用いる。
【0097】
一方、低屈折率層L(第2の光学薄膜)を構成するための第4の材料層14としては、珪酸ナトリウム(Na2SiO3)以外の珪酸化合物を用いることも可能であり、その水溶液を第4の成膜槽用の水溶液として用いることもできる。たとえば、エポキシ側鎖やアミン基などの官能基をもったオリゴシリケート(Oligosilsesquioxane)や、Na、Kなどの珪酸塩(シリケート塩)を、第4の材料層14として用いることもできる。
【0098】
<<< §9.反射防止膜以外への適用 >>>
これまで述べた実施形態では、本発明を反射防止膜に適用した例を述べたが、本発明に係る技術は、反射防止膜のみに限定されるものではなく、この他にも様々な光学多層膜に広く適用可能な技術である。具体的には、反射防止膜の他、様々な光学フィルタ(たとえば、NDフィルタ、バンドパスフィルタ、ショートウエーブパスフィルタ(短波長域透過フィルタ)、ロングウエーブパスフィルタ(長波長域透過フィルタ)、マイナスフィルタなど)、ミラー、ハーフミラー、各種の偏光板(偏光ビームスプリッター(PBS)など)、保護膜(表面保護のために形成されるいわゆるバリアー膜)等にも適用することが可能である。
【実施例】
【0099】
<第1の成膜槽>
PDDAを10mM/lの濃度で含み、水酸化ナトリウムによってpH値を5.5に調整した水溶液を用意した。
【0100】
<第2の成膜槽>
ACPTを1重量%の濃度で含み、硝酸によってpH値を7.2に調整した水溶液を用意した。
【0101】
<第3の成膜槽>
PDDAを10mM/lの濃度で含み、水酸化ナトリウムによってpH値を10に調整した水溶液を用意した。
【0102】
<第4の成膜槽>
珪酸ナトリウムを0.1重量%の濃度で含み、塩酸によってpH値を10に調整した水溶液を用意した。
【0103】
基材10となるガラス基板の表面を、水酸化カリウムによって親水処理して表面にOH−基を導入して、初期表面電荷として負の電荷を与える。これを、第1の成膜槽に10分間(交互吸着の飽和点に達する時間に比べて十分長い時間)浸した後に引き上げ、純水のリンス浴を経由して、第2の成膜槽に10分間(交互吸着の飽和点に達する時間に比べて十分長い時間)浸した後に引き上げ、純水のリンス浴に浸した。この交互吸着の作業を合計15回繰り返した。その後、第3の成膜槽に10分間(交互吸着の飽和点に達する時間に比べて十分長い時間)浸した後に引き上げ、純水のリンス浴を経由して、第4の成膜槽に10分間(交互吸着の飽和点に達する時間に比べて十分長い時間)浸した後に引き上げ、純水のリンス浴に浸した。この交互吸着の作業を合計40回繰り返した。その後、自然乾燥を行い、更に、200℃の恒温槽に5時間収容して焼成工程を行った。
【0104】
その結果、ガラス基板上に、厚み75nmの高屈折率層Hと厚み80nmの低屈折率層Lとからなる反射防止膜が形成された。当該反射防止膜の片面反射率の特性は、図10のグラフG1に示すとおりである。また、当該反射防止膜の硬度を測定したところ、硬度は3H以上であることが確認できた。これは一般的な反射防止膜(硬度2B〜HB)に比べてかなり硬いことを示しており、耐摩耗性が大幅に向上していることになる。同じ条件で、同じプロセスを繰り返し実施したところ、いずれも同じ性能をもつ反射防止膜を形成することができた。
【0105】
また、比較のために、前記特許文献7と同様の方法により形成したTALHを使った同構成の光学多層膜を用意した。
【0106】
本実施例の交互吸着膜に用いた水溶性チタニウム錯体:ACPT(アンモニウムシトラトペルオキソチタネート(IV))は、水溶液中でTi元素に酸素が配位されたペルオキソ錯体を形成し、しかも水溶液中では8量体を構成していることから、Ti元素と配位子の加水分解反応が抑制されるものと考えられる。なお、ACPTが水溶液中で8量体を形成していることについては、Inorg.Chem.2001,40.891-894に、Masato Kakihana等により発表された論文中に記載されている。
【0107】
従って、単量体として水溶液中に存在する前記従来のTALHに比べてチタニア粒子の析出する速度が遅いために水溶液の透明性も高い。交互吸着膜にした際も粒子の析出が緩和されるため、図12(a)、(b)に従来のTALHで構成される光学多層膜と、本発明によるACPTで構成される光学多層膜の電子顕微鏡写真をそれぞれ示すように、ACPTの方が表面の析出粒子が極めて微細であることが分った。
【0108】
同じ2つの光学多層膜の表面を原子間力顕微鏡で測定した結果を図13の(a)、(b)にそれぞれ示すように、表面粗さが数nm程度、例えば5.3nmと極めて低いことが分った。
【0109】
また、同じ光学多層膜について透過率を測定したところ、図14に示すように波長450nmにおいて従来のTALH(a)が70%であったのに対し、本発明によるACPT(b)では90%であり、可視光域において透過率が90%以上という、極めて透明性に優れた多層膜が形成されていることが分った。
【0110】
本実施例で作製した光学多層膜は、水溶性の金属酸化物の前駆体と高分子電解質とからなる薄膜であり、吸着量を制御することで、基材10となるガラス基板の表面は平面であっても、曲面であっても均一にコーティングすることができる。また、水溶液中の媒質の自己集合による吸着であるため、真空蒸着法のような大掛かりな装置が不要であり、有機溶媒を使用していないために低環境負荷である。
【0111】
この多層膜は常温製膜において1.71を示し高い屈折率を示すことから、光学多層膜の高屈折率層として有望である。低屈折率層に高分子電解質と珪酸ナトリウムからなる多層膜と高屈折率層にACPTからなる多層膜を組み合わせた反射防止膜は、図15に示すように、520nm付近に最大透過率98%を示した。
【0112】
従って、常温製膜でも十分な光学特性を有することから、有機材料からなる基材に対しても有効に利用できる。
【0113】
また、加熱処理(200℃)することにより無機化合物の結合が強化されることになり、密着性(テープ試験による剥離なし)、耐湿性(温度:60度、湿度:90%、72時間のテープ試験による剥離なし)についても優れた特性を示した。
【0114】
以上のことから、本発明に係る方法を用いれば、かなり精度の高い膜厚制御下で、反射防止膜の量産を行うことが可能であることがわかる。しかも、その成膜プロセスは、常温常圧下で、水溶液に浸漬する方法によって実行することができるため、製造コストを大幅に低減させることができる。
【0115】
なお、前記実施形態では、ACPTからなる光学薄膜を2層構造の反射防止膜を構成する例として説明したが、これに限定されず、3層以上の光学多層膜としても、場合によっては単層として透明性の高い保護膜としてもよい。
【0116】
また、第1の光学薄膜を構成する水溶液中で多量体となる水溶性金属錯体としては、8量体を構成するACPTに限らず、2量体以上で水溶液中に存在する金属錯体であれば任意である。
【0117】
また、第2の光学薄膜の成膜に用いるドライプロセスとしては、真空蒸着法、スパッタリング法等を使用することができ、又、ウェットプロセスとしては、ディッピング法、スピンコート法等を使用することができる。
【0118】
また、第1の光学薄膜と、第2の光学薄膜とを各1層以上を積層した光学多層膜としては、それぞれ1層以上含まれていれば層数も層構造も任意であり、4層構造の場合であれば、
1層目:請求項1に記載の第1の光学薄膜(高屈折率層)
2層目:ドライプロセスで成膜した第2の光学薄膜(中間屈折率層)
3層目:ドライプロセスで成膜した第2の光学薄膜(低屈折率層)
4層目:ウェットプロセスで成膜した第2の光学薄膜(超低屈折率層)
あるいは、
1層目:ドライプロセスで成膜した第2の光学薄膜(中間屈折率層)
2層目:請求項1に記載の第1の光学薄膜(高屈折率層)
3層目:ドライプロセスで成膜した第2の光学薄膜(低屈折率層)
4層目:ウェットプロセスで成膜した第2の光学薄膜(超低屈折率層)
を具体例として挙げることができる。
【0119】
更に、第1の光学薄膜と、第2の光学薄膜とを各1層以上を積層した光学多層膜の具体例としては、2層以上の光学薄膜、反射防止膜、光学フィルタ等を挙げることができる。
【符号の説明】
【0120】
10…基材(たとえば、ガラス基板)
11…第1の材料層
12…第2の材料層
13…第3の材料層
14…第4の材料層
100…第1の槽
200…第2の槽
A1、A3、A5…薄膜
B2、B4、B6…薄膜
b…電解質ポリマー
G1、G2…反射率を示すグラフ
H…高屈折率層
L…低屈折率層
nH…高屈折率層の屈折率
nL…低屈折率層の屈折率
S0、S1、S2…層の界面
λ…反射防止の対象となる光の波長
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学薄膜、その製造方法および光学多層膜に関し、特に、交互吸着により形成した光学薄膜、それを製造する方法およびそれを他の光学薄膜と積層して光学多層膜を製造する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
眼鏡・カメラなどの光学製品や、ディスプレイ装置の表示画面など、光学的・視覚的な現象を生じる機器には、光学薄膜を積層した様々な光学多層膜が利用されている。たとえば、ガラス材料等の表面に対する外光の反射を防ぎ、像の映り込みを防止するために、ディスプレイ装置をはじめとして、眼鏡・カメラなどの光学製品には反射防止膜が利用されている。この反射防止膜は、光学多層膜の代表的な一例である。
【0003】
一般的な単層の反射防止膜の基本原理は、反射防止の対象となる光の波長λの1/4に相当する光路差を生じさせるのに適した厚みをもった基材より屈折率の低い層を基材表面に形成することにより、当該層の上面からの反射光と下面からの反射光の光路差dがλ/2となるようにし、逆位相の光を互いに干渉させて反射光強度を低下させるというものである。通常、高屈折率層と低屈折率層とを用いた積層構造を有する光学多層膜によって反射防止膜を形成することが多い。たとえば、下記の特許文献1および2には、多層構造体からなる反射防止膜が開示されている。また、下記の特許文献3には、ゾル−ゲル法により形成された層と交互吸着法により形成された層とを交互に積層してなる多層ヘテロ構造をもつ光学多層膜が開示されており、下記の特許文献4には、無機微粒子と有機系バインダーとを含有した膜を用いることにより、柔軟性を確保しつつ、表面の虹むらを解消する技術が開示されている。
【0004】
反射防止膜の本質的な機能は、基材表面の反射率を低減することであるが、このような光学多層膜を工業製品として利用するためには、十分な耐摩耗性が確保できることと、製造コストを低減できることが要求される。そこで、たとえば、下記の特許文献5には、シリル化処理された無機酸化物微粒子を含有した層を用いることにより、耐摩耗性の向上を図った反射防止膜が開示されている。また、下記の特許文献6には、製造コストの低減を図るため、塗布によって均一な厚みをもった反射防止膜を高速生成するのに適した塗布組成物が開示されている。
【0005】
一般に、成膜工程には、様々なバリエーションがあり、どの成膜工程を採るかによって、生成される膜の品質、厚みの精度、製造コストなどが大きく異なってくる。たとえば、真空チャンバ内でのスパッタリングや蒸着などの手法を用いた成膜工程を採れば、膜厚を高い精度で制御することができるが、基材を真空チャンバ内に入れて作業を行う必要があるため、量産性に欠けることになり、製造コストは高くならざるを得ない。これに対して、膜形成材料を溶媒に溶かした成膜槽を用意し、基材をこの成膜槽に浸してから引き上げる方法(以下、溶液浸漬法と呼ぶ)は、量産性に富み、真空チャンバなどの大掛かりな装置も不要であるため、製造コストは大幅に低減できる。特に、膜形成材料の水溶液を用いた方法では、有機溶媒なども不要であり、製造コストが最も安価な方法と考えられる。
【0006】
ところが、基材を溶液中へ浸漬させてから引き上げることにより、その表面に成膜を行うという従来の溶液浸漬法は、光学多層膜の製造プロセスに用いるには不適切である。その理由は、一般的な溶液浸漬法では、膜厚を正確に制御することができないためである。上述したように、反射防止膜では、その機能上、反射防止の対象となる光の波長λの1/4に相当する光路差を生じさせるのに適した厚みをもった層を基材表面に均一に形成することが非常に重要である。反射防止以外の他の用途に用いる光学薄膜や光学多層膜の場合も、その光学的な機能を正常に果たすためには、やはり各層の厚みの精度を十分に確保する必要がある。したがって、一般に、光学薄膜や光学多層膜を形成するためには、非常に高い精度で厚みを制御することが可能な成膜工程が必要になる。ところが、従来の溶液浸漬法では、基材表面に形成される膜の厚みは、基材の形状、溶液の濃度、浸漬時間、引き上げ時の重力の影響など、さまざまな要因によって左右されるため、たとえば、「波長λの1/4に相当する光路差を生じさせるのに適した厚みをもった膜」というような高い厚み精度をもった膜を形成することができなかった。
【0007】
そこで本出願人は、溶液浸漬法を用いて製造することが可能な光学多層膜を提供するべく、鋭意検討した結果に基づいて、特許文献7において、第1の屈折率を示す高屈折率層と、第1の屈折率よりも低い第2の屈折率を示す低屈折率層とからなる各光学薄膜を、基材上に積層してなる光学多層膜を形成する技術を提案している。
【0008】
この光学多層膜においては、高屈折率層を第1の材料と第2の材料との交互吸着膜によって構成し、低屈折率層を第3の材料と第4の材料との交互吸着膜によって構成すると共に、第1の材料層をPDDA(ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド)によって構成し、第2の材料層をチタン化合物であるTALH(チタニウム(IV)ビス(アンモニウムラクト)ジヒドロキシド)で構成し、第3の材料層をPDDAによって構成し、第4の材料層を珪酸ナトリウムで構成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2002−243902号公報
【特許文献2】特開2007−052345号公報
【特許文献3】特開2001−350015号公報
【特許文献4】特開2005−148376号公報
【特許文献5】特開2007−069471号公報
【特許文献6】特開2006−096861号公報
【特許文献7】特開2009−058703号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このような交互吸着により光学多層膜を作成する場合、前述した乾式法のように高真空を必要とせず、薄膜の機械強度や曲面への両面コーティングが問題となることもない。また、ゾル−ゲル法のように、有機溶媒中の製膜材料の安定性や温度・湿度により加水分解・重合反応が進行するために高度に温度・湿度等の環境制御が必要である上に、薄膜を安定化するための高温焼成なども必要ないため、樹脂基材への製膜にも向いている。また、作成される光学多層膜自体も機械的強度や光学特性にも優れているという特徴を有している。
【0011】
しかしながら、チタン酸化物の前駆体として使用しているTALHは乳酸部位の加水分解反応が速いために、チタニア粒子が析出して溶液が白濁してしまう現象が起こり、その結果、形成される光学多層膜には粒子析出に伴う表面粗さの増加(10nm以上)により透明性が低下するため、更なる改良が望まれていた。
【0012】
本発明は、前記従来の問題点を解決するべくなされたもので、成膜材料として従来のチタンラクテートアンモニウム塩を使用したときよりも透明性に優れた、極めて透明性の高い光学薄膜及びそれを積層した光学多層膜を形成することができる技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、水溶液中で多量体になる水溶性金属錯体を用いて形成されたことを特徴とする光学薄膜とすることにより前記課題を解決したものである。
【0014】
ここでは、前記水溶性金属錯体の原料が4A族元素の化合物であり、配位子がカルボン酸、アセチルアセトン、ジアミン類、ピリジン類からなる群から選ばれた一種以上であるようにしてもよい。
【0015】
その際、前記4A族元素が、Ti、Zr、Hfのいずれかであるとしてもよく、また、前記4A族元素の化合物が、金属アルコキシド、有機酸塩、無機酸塩のいずれかであるとしてもよい。また、前記カルボン酸が、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸、グリコール酸を含むα−ヒドロキシカルボン酸、トリカルバリル酸、コハク酸、しゅう酸、酢酸を含むカルボン酸からなる群から選ばれた一種以上であるとしてもよく、また、前記ジアミン類が、エチレンジアミン、エチレンジアミン四酢酸、1,2−プロパンジアミン、1,3−プロパンジアミンからなる群から選ばれた一種以上であるとしてもよく、更には、前記ピリジン類が、ピリジン、ビピリジンからなる群から選ばれた一種以上であるとしてもよい。
【0016】
本発明は、また、電解質ポリマーの水溶液と、水溶液中で多量体になる水溶性金属錯体の水溶液に、基材を交互に浸すことにより交互吸着膜を形成することを特徴とする光学薄膜の製造方法とすることにより、同様に前記課題を解決したものである。
【0017】
ここでは、前記電解質ポリマーを、ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド、ポリアリルアミンハイドロクロライド、ポリエチルイミン、ポリアクリル酸、ポリスルホン酸からなる群の中から選択された材料によって構成してもよい。
【0018】
本発明は、更に、請求項1記載の第1の光学薄膜と、ドライプロセス又はウェットプロセスで成膜した第2の光学薄膜と、を各1層以上積層したことを特徴とする光学多層膜とすることにより、前記課題を解決したものである。
【0019】
ここでは、前記第1の光学薄膜が第1の屈折率を示す高屈折率層で、前記第2の光学薄膜が第1の屈折率よりも低い第2の屈折率を示す低屈折率層であり、前記高屈折率層を第1の材料と第2の材料との交互吸着膜によって構成し、前記低屈折率層を第3の材料と第4の材料との交互吸着膜によって構成し、前記第1の材料と第3の材料とを、それぞれ、ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド、ポリアリルアミンハイドロクロライド、ポリエチルイミン、ポリアクリル酸、ポリスルホン酸からなる群の中から選択された材料によって構成してもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、水溶液中で多量体になる水溶性金属錯体を用いることにより溶液浸漬法を用いて成膜することができる上に、高い精度で厚みの制御を行うことができ、しかも極めて透明性が高い光学薄膜を提供することが可能となった。これは、金属錯体が水溶液中で多量体を構成しているため、加水分解反応が抑制されるためと考えられる。
【0021】
特に、交互吸着膜を、ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド、ポリアリルアミンハイドロクロライド、ポリエチルイミン、ポリアクリル酸、ポリスルホン酸からなる群の中から選択された電解質ポリマーを主成分とした層と、前記水溶性金属錯体を主成分とした層と、を交互に配した膜とすることにより、十分な耐摩耗性をもった膜を基材表面に均一に形成することが可能になる。
【0022】
また、本発明に係る光学薄膜の製造方法では、基材を電解質ポリマーの水溶液を収容した成膜槽と、前記水溶性金属錯体の水溶液を収容した成膜槽とに、交互に複数回浸すことにより、交互吸着膜からなる高屈折率層もしくは低屈折率層を形成することができ、各成膜槽に浸した回数によって、膜厚の制御を行うことができる。したがって、量産性を向上させ、製造コストの低減を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】高屈折率層Hと低屈折率層Lとの積層構造をもった一般的な反射防止膜の構造を示す側断面図
【図2】一般的な交互吸着膜の製造原理を示す概念図
【図3】図2に示す製造原理に基づいて、基材表面に電解質ポリマーが吸着する様子を示す概念図
【図4】図2に示す製造原理に基く2回目の浸漬処理におけるより具体的な吸着状態を示す概念図
【図5】図4に示す浸漬処理を合計6回行ったときに形成される交互吸着膜の構造を示す概念図
【図6】本発明に係る反射防止膜の基本構造を示す側断面図
【図7】図6に示す層11および層13の原料となるPDDAの分子構造を示す図
【図8】図6に示す層12の原料となるACPTの分子構造を示す図
【図9】図6に示す層14の原料となる珪酸ナトリウムの分子構造を示す図
【図10】図6に示す反射防止膜の片面反射率の実測値を示すグラフ
【図11】本発明において、PDDAの代わりに利用可能な電解質ポリマーのいくつかの例の分子構造を示す図
【図12】従来のTALHと本発明のACPTの各多層膜の表面状態を示す顕微鏡写真
【図13】従来のTALHと本発明のACPTの各多層膜の表面粗さを原子間力顕微鏡で測定した結果のイメージデータを示す概念図
【図14】従来のTALHと本発明のACPTの各多層膜の透過率を対比して示す線図
【図15】本発明のACPTからなる多層膜の反射防止特性を示す線図
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明を図示する実施形態に基づいて説明する。
【0025】
<<< §1.本発明に係る反射防止膜の基本構造 >>>
本発明は、様々な光学多層膜を溶液浸漬法を用いて成膜する技術に広く適用可能であるが、以下、本発明を反射防止膜の成膜技術に利用した実施形態を述べることにする。本発明に係る反射防止膜は、図1の側断面図に示されているように、基材10上に高屈折率層Hと低屈折率層Lとを積層した構造を有するものである。一般に、反射防止の対象となる光の波長λの4分の1に相当する光路差を生じさせるのに適した厚み(屈折率nを考慮した補正後の厚み)をもった反射防止膜を基材10の表面に形成しておくと、上方から光を照射した場合、膜の上面(大気との界面)からの反射光光路と、膜の下面(基材10との界面)からの反射光光路との間に、λ/2(半波長)の光路差を生じることになり、互いに打ち消し合うことになる。反射防止膜は、このような原理を利用して、基材10の表面からの反射を抑制するものである。
【0026】
たとえば、基材表面に照射された光の反射を防止するのであれば、厚みがλ/(4・n)の膜を形成すればよい(nは膜の屈折率)。
【0027】
また、図1に示すように、2層構造をもった反射防止膜も広く利用されている。たとえば、基材10上に、厚みλ/(4・nH)をもつ高屈折率層Hと厚みλ/(4・nL)をもつ低屈折率層Lとを積層した構造を有する反射防止膜では、入射角θ=0°の光に関して、図示の界面S0、S1、S2において反射する光が互いに弱め合い、良好な反射防止効果が得られることが知られている(nHは高屈折率層Hの屈折率、nLは低屈折率層Lの屈折率)。このため、この図1に示す構造をもった反射防止膜は、ディスプレイ装置をはじめとして、眼鏡・カメラなどの光学製品についても広く利用されている。
【0028】
理論的には、大気と低屈折率層Lとの屈折率が異なれば界面S0での反射が生じ、低屈折率層Lと高屈折率層Hとの屈折率が異なれば界面S1での反射が生じ、高屈折率層Hと基材10との屈折率が異なれば界面S2での反射が生じる。したがって、各層の屈折率の大小関係は、図示の例どおりでなくても、理論的には、反射防止効果が得られることになる。たとえば、低屈折率層Lと基材10との屈折率が等しくてもよい。実用上は、図示のとおり、基材10上に高屈折率層Hと低屈折率層Lとを図示の順番で積層した構造が用いられることが多い。
【0029】
また、本願における低屈折率層Lの「低屈折率」とは、高屈折率層Hとの比較において屈折率が低いことを意味し、本願における高屈折率層Hの「高屈折率」とは、低屈折率層Lとの比較において屈折率が高いことを意味するものであり、基材10を比較の対象とした「高低」を意味するものではない。ただ、実用上は、高屈折率層Hの材料としては、基材10よりも屈折率の高い材料が用いられ、低屈折率層Lの材料としては、基材10よりも屈折率の低い材料が用いられることが多い。
【0030】
したがって、後述する各実施形態も、基材10の上面に、基材10の材料よりも屈折率の高い高屈折率層Hを形成し、その上面に、基材10の材料よりも屈折率の低い低屈折率層Lを形成した例となっている。なお、図1には、基材10の上面に、高屈折率層Hと低屈折率層Lとをそれぞれ1層ずつ積層してなる反射防止膜が示されているが、基材10の上面に、高屈折率層Hと低屈折率層Lとを交互に複数回積層した反射防止膜を形成するようにしてもよい。
【0031】
要するに、本発明に係る反射防止膜は、第1の屈折率を示す高屈折率層Hと、この第1の屈折率よりも低い第2の屈折率を示す低屈折率層Lと、を基材上に積層してなる膜であり、各層の厚みが、反射防止効果を奏する寸法(反射防止の対象となる光の波長λの4分の1に相当する光路差を生じさせるのに適した寸法)に設定されていればよい。
【0032】
なお、人間の可視波長域は、400nm〜650nm程度であり、理論的には、これらの波長域の光すべてを反射防止の対象となる光とすべきであるが、各層の厚みを決定する上では、代表的な波長λを定める必要がある。一般的な反射防止膜の設計では、上記可視波長域のほぼ中央付近にあり、肉眼による視感度の高い波長値として、λ=550nmを反射防止の対象となる光の波長として定めることが多い。したがって、後述する各実施形態においても、反射防止の対象となる光の波長λ=550nmに設定している。したがって、たとえば、図1に示す高屈折率層Hの屈折率がnH=1.8であったとすれば、その厚みは、550/(4×1.8)なる演算により、約76nmになる。
【0033】
もちろん、互いの干渉によって光強度が弱められる効果は、位相が正確に半波長分ずれた光同士が干渉する場合に限られるわけではなく、位相が半波長に近いずれを生じていれば、光強度を弱める効果は十分に得られる。また、反射防止対象となる光の波長が、400nm〜650nmと広がっており、入射角θも様々になることも考慮すれば、各層の厚みは、特定条件下で算出された特定の値に正確に設定する必要はない。ただ、厚みの寸法が大幅にずれてしまうと、反射防止効果は得られなくなってしまう。
【0034】
したがって、反射防止膜を形成するためには、光の波長に近い寸法レベルでの膜厚制御が必須になる。このため、従来は、真空チャンバ内でのスパッタリングや蒸着など、膜厚制御に適した成膜工程を用いて反射防止膜を生成するのが一般的であった。しかしながら、真空チャンバを用いる成膜工程は、膜厚を高い精度で制御することができるという利点はあるが、基材を真空チャンバ内に入れて作業を行う必要があるため、量産性に欠け、製造コストが高騰するという問題がある。
【0035】
本発明の基本思想は、図1に示す高屈折率層Hおよび低屈折率層Lを、それぞれ交互吸着膜によって構成することにより、基材を溶液中に浸してから引き上げる方法(溶液浸漬法)により成膜を行うことができるようにし、かつ、膜厚を高い精度で制御することができるようにする、という点にある。このような手法を採れば、量産性を向上させることができ、真空チャンバなどの大掛かりの装置も不要であるため、製造コストは大幅に低減できる。
【0036】
このように、本発明を理解する上では、交互吸着膜についての理解を深めることが非常に重要である。そこで、次の§2では、この交互吸着膜の構成とその作成プロセスについて詳述する。
【0037】
<<< §2.交互吸着膜の構成とその作成プロセス >>>
交互吸着(Layer-by-Layer Electrostatic Self-Assembly)という手法を利用して複合有機薄膜を作成する方法は、もともと1992年にG.デッカーらによって発表された方法である(Decher.G, Hong.J.D. and J.Schmit: Thin Solid Films, 210/211, p.831(1992))。この方法では、正の電解質ポリマー(カチオン)の水溶液と、負の電解質ポリマー(アニオン)の水溶液とを別々の容器に用意し、これらの容器に、初期表面電荷を与えた基板(被成膜材料)を交互に浸すことにより、基板上に多層構造を有する複合有機超薄膜(交互吸着膜)が得られる。
【0038】
たとえば、被成膜材料となる基材としてガラス基板を用いた場合、このガラス基板の表面を親水処理して表面にOH−基を導入して、初期表面電荷として負の電荷を与える。そして、この表面が負に帯電したガラス基板を、正の電解質ポリマー水溶液に浸せば、クーロン力により、少なくとも表面電荷が中和されるまで正の電解質ポリマーが表面に吸着し、1層の超薄膜が形成される。こうして形成された超薄膜の表面部分は、正に帯電していることになる。そこで、今度はこのガラス基板を負の電解質ポリマー水溶液に浸せば、クーロン力により負の電解質ポリマーが吸着し、1層の超薄膜が形成されることになる。このようにして、ガラス基板を2つの容器に交互に浸すことにより、正の電解質ポリマーからなる超薄膜層と負の電解質ポリマーからなる超薄膜層とを交互に成膜することができ、多層構造をもった複合有機薄膜を形成することができる。
【0039】
図2は、一般的な交互吸着膜の製造原理を示す概念図である。図において、第1の槽100には、正の電解質ポリマー(カチオン)の水溶液が入れられており、第2の槽200には、負の電解質ポリマー(アニオン)の水溶液が入れられている。ここで、ガラス基板などからなる基材10を用意し、その表面を親水処理して表面にOH−基を導入して、初期表面電荷として負の電荷を与える。図3(a)は、このようにして、基材10の表面が負に帯電した状態を示す概念図である。続いて、この負に帯電した基材10を第1の槽100内に入れると、基材10の表面に正の電解質ポリマーが接触し、クーロン力により吸着することになる。図3(b)は、正の電解質ポリマーが吸着した状態を示す概念図である。ここで、この基材10を第2の槽200内に入れると、今度は、基材10の表面に負の電解質ポリマーが接触し、クーロン力により吸着することになる。図3(c)は、負の電解質ポリマーが吸着した状態を示す概念図である。このように、基材10を第1の槽100と第2の槽200とに交互に浸漬させてゆけば、基材10の表面には、正の電界質ポリマーからなる層と負の電解質ポリマーからなる層とが交互に成膜されてゆくことになり、最終的に多層構造をもった交互吸着膜が形成される。
【0040】
もっとも、図3に示す概念図は、原理を説明するために単純化したモデルを示すものであり、実際には、図4あるいは図5に示す概念図に近い状態で薄膜形成が行われるものと思われる。図4は、2回目の浸漬処理(第1の槽100から基材10を取り出し、第2の槽200に浸したときの処理)における吸着状態を示す概念図である。基材10の表面には、既に、1回目の浸漬処理によって、正の電解質ポリマーからなる第1層目の薄膜A1が形成されており、この薄膜A1によって作用するクーロン力により、第2の槽200内の負の電解質ポリマーbが表面に吸着することになる。基材10を第2の槽200内に一定時間浸漬させておけば、第2の槽200内の負の電解質ポリマーbが次々と表面に吸着し、第2層目の薄膜B2が形成されることになる。ただし、ある程度の時間が経過して、負の電解質ポリマーbからなる第2層目の薄膜B2が厚くなってくると、もはや薄膜A1によるクーロン力は作用しなくなり、その時点で吸着は飽和点を迎えることになる。
【0041】
図5は、このような浸漬処理を合計6回行ったときに形成される交互吸着膜の構造を示す概念図である。ここで、奇数番目の層を構成する薄膜A1、A3、A5は、正の電解質ポリマーからなる層であり、偶数番目の層を構成する薄膜B2、B4、B6は、負の電解質ポリマーからなる層である。上述したように、電解質ポリマーの吸着は、クーロン力の作用によって生じるので、電気的中和によりクーロン力が作用しなくなるまでの十分な浸漬時間を確保するようにすれば、吸着は飽和点を迎えることになり、各層の厚みはそれ以上は増加しなくなる。別言すれば、各層の膜厚を所定値に正確に制御することができる。このように、溶液浸漬法を採るにもかかわらず、正確な膜厚制御が可能になる点が、交互吸着膜を用いる利点である。
【0042】
なお、電解質ポリマーの吸着現象の進行状況は、溶液中の電解質ポリマーの濃度やpH値などの条件によって変化するので、各層における分子の充填密度も、これらの条件に左右されることになる。このため、吸着が飽和点を迎えるまでの十分な浸漬時間を確保した場合でも、実際に形成される層の厚みは、溶液中の電解質ポリマーの濃度やpH値などの条件によって異なる。したがって、量産化を行う場合は、常に特定の濃度および特定のpH値をもった電解質ポリマー溶液を用いるようにし、膜厚に変動が生じないように管理する必要がある。
【0043】
なお、飽和点に達する前に基材を溶液層から引き上げた場合は、各層の厚みは、飽和点に達するまで浸漬させた場合の厚みよりも小さくなるが、その厚みは、浸漬時間によって制御することが可能である。したがって、成膜プロセス中に、浸漬時間を正確に制御することができれば、必ずしも飽和点を迎えるまで浸漬を行う必要はなく、途中で引き上げるようにしてもかまわない。
【0044】
あるいは、基材10とともに、水晶振動子を各溶液槽に交互に浸漬させ、水晶振動子の表面にも基材10の表面と同等の交互吸着膜を形成させるようにすれば、水晶振動子の発振周波数の変化(形成された交互吸着膜の質量の変化に対応)をモニタすることにより、正確な膜厚制御を行うことも可能である。このような膜厚制御の手法は、たとえば、国際公開第WO00/13806号公報に開示されている。
【0045】
なお、実用上は、基材10を第1の槽100から引き上げて第2の槽200へ移動させるとき、あるいは第2の槽200から引き上げて第1の槽100へ移動させるときに、純水などによるリンス浴を通すようにするのが好ましい。
【0046】
また、G.デッカーらによる発表当初は、この交互吸着膜の形成方法は、正の電解質ポリマー(カチオン)水溶液と負の電解質ポリマー(アニオン)水溶液とに基材を交互に浸漬させる方法として把握されていたが、最近では、必ずしも電解質ポリマーの水溶液を用いる必要はないことも判明してきている。具体的には、無機電解質を用いた例や、有機溶媒などを用いた例も報告されている(たとえば、T.Ito, Y.Okayama, S.Shiratori: Thin Solid Films 393 (2001) 138)。したがって、本願明細書にいう「交互吸着膜」とは、正の電解質(カチオン)溶液と、負の電解質(アニオン)溶液とを別々の容器に用意し、これらの容器に基材を交互に浸漬させることにより、当該基材の表面に形成される膜を広く意味するものである。
【0047】
<<< §3.本発明に係る反射防止膜の構成 >>>
本発明に係る反射防止膜は、基本的には、図1に示すように、第1の屈折率を示す高屈折率層Hと、この第1の屈折率よりも低い第2の屈折率を示す低屈折率層Lと、を基材10上に積層して構成されるものであるが、その特徴は、高屈折率層Hおよび低屈折率層Lを、それぞれ交互吸着膜によって構成するようにした点にある。
【0048】
図6は、本発明に係る反射防止膜の基本構造を示す側断面図である。この図6にHと記された部分は、図1に示す高屈折率層Hであり、図6にLと記された部分は、図1に示す低屈折率層Lである。§2で述べたとおり、交互吸着膜は、2種類の材料からなる層を交互に積層してなる構造を有しているため、高屈折率層Hは、第1の材料層11と第2の材料層12とを交互に積層した構造を有し、低屈折率層Lは、第3の材料層13と第4の材料層14とを交互に積層した構造を有している。
【0049】
なお、図示の便宜上、図6では、図1に比べて、各層をその厚み方向に拡大して表示してあるが、やはり高屈折率層Hおよび低屈折率層Lの厚みが、いずれも反射防止の対象となる光の波長λの1/4に相当する光路差を生じさせるのに適した厚みをもった層である点に変わりはない。すなわち、この図6に示す例においても、λ=550nmを反射防止の対象となる光の波長とし、垂直上方から入射してくる光の反射を防止するという条件設定をするのであれば、高屈折率層Hの厚みを、550/(4・nH)nmに近い値に設定し、低屈折率層Lの厚みを、550/(4・nL)nmに近い値に設定すればよい(ここで、nH、nLは、後述するように、高屈折率層H、低屈折率層Lの層全体としての屈折率)。
【0050】
また、図6では、高屈折率層Hおよび低屈折率層Lは、いずれも10枚分の材料層(溶液層に1回浸すことによって形成される吸着層)からなる例が示されているが(たとえば、高屈折率層Hは、第1の材料層11が5枚、第2の材料層12が5枚の合計10枚、低屈折率層Lは、第3の材料層13が5枚、第4の材料層14が5枚の合計10枚)、実際の材料層の枚数は、個々の材料に何を用いるか、溶液中の濃度をどの程度にするか、溶液のpH値をどの程度にするか、交互吸着膜形成プロセスにおける基材の引き上げタイミングをどうするか、といった条件によって異なることになる。これは、高屈折率層Hおよび低屈折率層Lの厚みは、光の波長λの1/4に相当する光路差を生じさせるのに適した厚みに設定する必要があり、しかも個々の材料層1枚分の厚みは、上記各条件によって左右されるためである。
【0051】
たとえば、§2で述べたとおり、交互吸着膜を形成するプロセスにおいて、飽和点に達する前に基材を溶液槽から引き上げた場合は、材料層1枚分の厚みは、浸漬時間に依存して異なる。早く引き上げれば、材料層1枚分の厚みは小さくなるので、所定の厚みをもった高屈折率層Hもしくは低屈折率層Lを形成するためには、浸漬時間が短くなる程、材料層の枚数を増やす(溶液槽に交互に浸す回数を増やす)必要がある。また、交互吸着膜を形成するプロセスにおいて、飽和点に達するまで基材を溶液槽に十分な時間だけ浸漬させた場合であっても、材料層1枚分の厚みは、材料の種類、溶液中の濃度、溶液のpH値に依存して異なるので、実際の材料層の枚数は、これらの条件によって異なることになる。
【0052】
要するに、高屈折率層Hは、最終的な厚みが、反射防止の対象となる光の波長λの1/4の光路差が生じる厚みとなるまで、第1の材料層11と第2の材料層12とを交互に積層させて構成すればよいのであり、低屈折率層Lも、同様の厚みとなるまで、第3の材料層13と第4の材料層14とを交互に積層させて構成すればよいのである。最終的に個々の材料層を何枚積層させればよいかは、個々の成膜条件ごとに試行錯誤で決定すればよい。
【0053】
§6で述べる本発明の基本的実施形態の場合、第1の材料層をPDDA(ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド)によって構成し、第2の材料層を水溶液中で多量体になる水溶性チタニウム錯体で構成し、第3の材料層をPDDAによって構成し、第4の材料層を珪酸ナトリウムで構成している。当該実施形態では、高屈折率層Hは、PDDAの材料層を15枚、アンモニウムシトラトペルオキソチタネート(IV):ammonium citratoperoxotitanate(以下、ACPTと称する)の材料層を15枚、交互に積層することにより構成され、低屈折率層Lは、PDDAの材料層を40枚、珪酸ナトリウムの材料層を40枚、交互に積層することにより構成されており、最終的に、合計110枚の積層構造体として、反射防止膜が形成されている。
【0054】
<<< §4.本発明に係る反射防止膜の光学特性 >>>
本発明に係る反射防止膜は、図6に示すとおり、第1の材料層11、第2の材料層12、第3の材料層13、第4の材料層14という4種類の材料層からなる多層構造体であるのに対して、図1に示す反射防止膜は、高屈折率層Hと低屈折率層Lとの2層構造体である。このような観点から見れば、図1に示す構造体の物理的構成と図6に示す構造体の物理的構成とは大きく異なっている。しかしながら、本願発明者は、両者が、光学的には、ほぼ等しい振る舞いをする構造体であることを見出した。
【0055】
すなわち、図6に示す構造体において、個々の材料層をそれぞれ個別の屈折率を有する光学的に独立した層であると考えると、光は、個々の材料層の各界面において反射することになる。たとえば、基材10の上面とその上方に位置する第1の材料層11との界面、そして当該第1の材料層11の上面とその上方に位置する第2の材料層12との界面、更に、当該第2の材料層12の上面とその上方に位置する第1の材料層11との界面、…といったものを考えると、これら各材料層の界面は、互いに屈折率が異なる材料層の境界となる面であるので、個々の界面で光の反射が生じることになる。
【0056】
しかしながら、実際には、この図6に示す構造体の光学的な振る舞いは、図1に示す構造体の光学的な振る舞いに近いものになる。すなわち、図6に多層構造体として示されている高屈折率層Hは、全体が所定の屈折率をもった単一の光学的な層として振る舞い、図6に多層構造体として示されている低屈折率層Lも、全体が所定の屈折率をもった単一の光学的な層として振る舞うことになり、結局、図6に示されている高屈折率層Hおよび低屈折率層Lからなる構造体は、図1に示す構造体と同様に、反射防止膜としての機能を果たすことができる。
【0057】
このように、図6に示す多層の材料層からなる交互吸着膜が、図1に示す2層の反射防止膜と同等の光学的特性を有する理由について、現段階では、詳細な理論的考察はなされていない。ただ、本願発明者は、各材料層11、12、13、14の厚みが、光の波長に比べて非常に小さいため、個々の材料層単一では、光学的な振る舞いに関しては、固有の屈折率をもった単一の層としては機能しておらず、光の波長により近い厚みをもった高屈折率層Hというブロック単位、もしくは低屈折率層Lというブロック単位で、はじめて固有の屈折率をもった単一の層として機能するのではないかと考えている。
【0058】
たとえば、後述する基本的実施形態の場合、高屈折率層Hは合計30枚の材料層からなるので(材料層11、12を交互に15回ずつ積層してなるので)、λ/(4・nH)=80nm程度に設定すると、1枚の材料層の厚みは、わずか2nm程度にしかならない。この程度の微小な厚みしかもたない1枚の材料層は、光学的な挙動に関しては、もはや固有の屈折率をもった単一の層として機能することはできないものと考えられる。したがって、光学的な現象を考える上では、材料層11、12といった1枚1枚の材料層をミクロ的に捉えた見方をするのは適切ではなく、マクロ的な見地から把握する必要がある。
【0059】
ここで、図6の構造体をマクロ的な見地で観察すれば、高屈折率層Hは、微小な厚みをもった第1の材料層11と第2の材料層12とを交互に繰り返し配置した構造を有しているので、全体としては、第1の材料と第2の材料との融合材料からなる1つの光学的な層として振る舞い、低屈折率層Lは、微小な厚みをもった第3の材料層13と第4の材料層14とを交互に繰り返し配置した構造を有しているので、全体としては、第3の材料と第4の材料との融合材料からなる1つの光学的な層として振る舞うのではないかと考えられる。
【0060】
したがって、図6の上方からの入射光があった場合の実際の光の挙動は、マクロ的な見地における層の境界部分である界面S0、S1、S2において光の反射が生じるものとして取り扱えばよいことになる。もちろん、実際には、界面S0、S1、S2の位置のみにおいて光が反射しているわけではなく、ミクロ的な見地からは、より複雑な現象が生じているものと考えられるが、本願発明者は、少なくとも反射防止膜としての光学的挙動を捉える上では、界面S0、S1、S2において光の反射が生じるものとして取り扱って問題ないものと考えている。結局、図6に示す構造体の反射防止膜としての光学的特性は、図1に示す従来の反射防止膜の光学的特性とほぼ同じものになる。
【0061】
高屈折率層Hの層全体としての屈折率は、第1の材料の屈折率と第2の材料の屈折率とに基づいて決定される(両者の平均的な値になるのではないかと予想される)。同様に、低屈折率層Lの層全体としての屈折率は、第3の材料の屈折率と第4の材料の屈折率とに基づいて決定される(やはり、両者の平均的な値になるのではないかと予想される)。ここで、高屈折率層Hの屈折率(層全体としての屈折率)は、低屈折率層Lの屈折率(層全体としての屈折率)よりも高く設定する必要があるので、第1〜第4の材料としては、そのような設定が可能となるように、所定の屈折率をもつ材料を選択する必要がある。
【0062】
具体的には、第1の材料の屈折率および第2の材料の屈折率が、いずれも、第3の材料の屈折率および第4の材料の屈折率よりも高くなるような材料選定を行うのが1つの方法であるが、必ずしもそのような条件を満たす選定方法に限定されるわけではない。たとえば、第2の材料の屈折率と第4の材料の屈折率が等しくても、第1の材料の屈折率が第3の材料の屈折率よりも高ければ、高屈折率層Hの屈折率が低屈折率層Lの屈折率よりも高くなるように設定できる。
【0063】
<<< §5.各材料層として好ましい材料 >>>
本発明に係る反射防止膜は、たとえば、図6に示す例のように、第1の屈折率nHを示す高屈折率層Hと、第1の屈折率よりも低い第2の屈折率nLを示す低屈折率層Lと、を基材10上に積層するという基本構成を有している。図6に示す例は、高屈折率層Hと低屈折率層Lとを1層ずつ積層した2層構造のものであるが、もちろん、高屈折率層H/低屈折率層L/高屈折率層H/低屈折率層L/…というように、それぞれを複数層ずつ積層するような構成を採ってもよい。
【0064】
本発明の重要な特徴は、図示のとおり、高屈折率層Hを、第1の材料層11と第2の材料層12とを交互に積層した交互吸着膜によって構成し、低屈折率層Lを、第3の材料層13と第4の材料層14とを交互に積層した交互吸着膜によって構成した点である。そこで、ここでは、各材料層を構成する材料として、どのような材料を用いればよいか、という点を検討してみる。
【0065】
まず、反射防止膜としての機能を果たすための光学的な見地からは、それぞれ特定の条件を満たす固有の屈折率をもった材料を用いる必要がある。すなわち、前述したとおり、高屈折率層Hの屈折率(層全体としての屈折率)が、低屈折率層Lの屈折率(層全体としての屈折率)よりも高くなるように、第1〜第4の材料を選択する必要がある。
【0066】
一方、反射防止膜を形成するプロセスを考慮すると、第1〜第4の材料は、交互吸着膜を形成するのに適した材料である必要がある。交互吸着膜の成膜原理は、図2を参照しながら、§2で説明したとおり、正の電解質(カチオン)溶液と、負の電解質(アニオン)溶液とを別々の容器に用意し、これらの容器に基材を交互に浸漬させる、というものである。前述したとおり、各材料は必ずしも水溶性ポリマーである必要はないが、少なくとも電解質である必要がある。また、第1の材料と第2の材料との関係、第3の材料と第4の材料との関係は、一方が正の電解質であるのに対して他方が負の電解質である必要がある。
【0067】
また、産業上の製品として反射防止膜を供給することを考えると、実用に耐え得る耐久性が必要になる。すなわち、ディスプレイ画面、眼鏡・カメラなどの光学製品などに用いる反射防止膜としては、容易に傷つかない十分な硬度を確保する必要がある。更に、ディスプレイ画面、眼鏡・カメラなどの用途では、膜形成の対象となる基材が透明であることが前提となるので、反射防止膜自身も透明な材料から構成される必要がある。
【0068】
これらの諸条件を総合的に考慮した結果、本願発明者は、本発明に係る反射防止膜を形成する上では、第1の材料および第3の材料を電解質ポリマー(具体的には、ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド、ポリアリルアミンハイドロクロライド、ポリエチルイミン、ポリアクリル酸、ポリスルホン酸など)を主成分とした材料によって構成し、第2の材料および第4の材料を無機電解質を主成分とした材料によって構成するのが好ましいと考えている。その理由は、次のとおりである。
【0069】
まず、第2の材料および第4の材料を無機電解質を主成分とした材料によって構成する第1の理由は、多様な屈折率を有する透明材料の組み合わせを用意できるからである。電解質ポリマーも、材料ごとにそれぞれ固有の屈折率を有しているが、一般的には、多くの電解質ポリマーの屈折率はいずれも1.5〜1.6程度であり、互いに屈折率が大きく異なる2つの材料を選択することは困難である。これに対して、無機電解質の屈折率は比較的広く分布しているため、互いに屈折率が大きく異なる2つの材料を選択することが可能になる。本発明では、互いに屈折率が異なる高屈折率層Hと低屈折率槽Lとを用意する必要があるので、第2の材料および第4の材料を無機電解質を主成分とした材料によって構成すると好都合である。
【0070】
第2の材料および第4の材料を無機電解質を主成分とした材料によって構成する第2の理由は、産業製品として実用化する上で、容易に傷つかない十分な硬度を確保する上で有利になるためである。一般に、ポリマー層は無機材料層に比べて硬度が低いため、ポリマー層のみから形成した反射防止膜は傷つきやすい。第2の材料および第4の材料を無機電解質を主成分とした材料によって構成すれば、第2の材料層12および第4の材料層14の部分によって十分な硬度が確保できる。具体的には、酸化金属などの金属の化合物は、第2の材料および第4の材料として用いるのに最適である。
【0071】
一方、第1の材料および第3の材料を電解質ポリマーを主成分とした材料によって構成する理由は、交互吸着膜の円滑な成膜を促す上で効果があるためである。もともと、交互吸着膜は、2種類の電解質ポリマー水溶液を用いて発案されたものであり、均一な成膜を行うという観点からは、すべての材料を電解質ポリマーによって構成するのが好ましい。そこで、本発明を実施する上では、第1の材料および第3の材料を電解質ポリマーとすることで、円滑な成膜を促すようにするのが好ましい。具体的には、ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド、ポリアリルアミンハイドロクロライド、ポリエチルイミン、ポリアクリル酸、ポリスルホン酸のいずれかを第1の材料および第3の材料として用いた場合に、均一な膜形成が可能になった。
【0072】
<<< §6.基本的実施形態に係る反射防止膜 >>>
§5で述べた事情から、本願発明者は、図6に示す反射防止膜において、第1の材料層11および第3の材料層13を電解質ポリマーを主成分とした材料によって構成し、第2の材料層12および第4の材料層14を無機電解質を主成分とした材料によって構成するのが最良であると考えている。そうすれば、第2の材料層12および第4の材料層14により、十分な硬度を確保することができ、第2の材料と第4の材料として相互に屈折率が大きく異なる材料を選択することができるようになり、また、電解質ポリマーからなる第1の材料層11および第3の材料層13がバインダー層としての役割を果たし、交互吸着膜の円滑な成膜(均一な膜形成)を促すことができるようになる。
【0073】
なお、前述したとおり、電解質ポリマーの屈折率には大差がないので、実質的には、第1の材料層11および第3の材料層13は、同一の屈折率をもった電解質ポリマーを用いてかまわない。すなわち、第1の材料や第3の材料は、単に、バインダー層としての役割を果たすことができればよいので、屈折率に関する配慮を行わなくてもかまわない。したがって、実用上は、第1の材料と第3の材料とを、同一の電解質ポリマーによって構成してもかまわない。
【0074】
本発明の基本的実施形態では、第1の材料層11および第3の材料層13を、ともにPDDAによって構成している。このPDDA(ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド)は、図7に記載した構造式で示される水溶性の正の電解質ポリマーであり、その水溶液は、図2に示す第1の槽100内のカチオン水溶液として利用することができる。
【0075】
このように、第1の材料層11の屈折率と第3の材料層13の屈折率とが同一でも(すなわち、第1の材料と第3の材料とを、PDDAのような同一材料によって構成しても)、第2の材料層12の屈折率が、第4の材料層14の屈折率よりも高くなるような材料選定を行えば、高屈折率層Hの屈折率nH(層全体としての屈折率)が、低屈折率層Lの屈折率nL(層全体としての屈折率)よりも高くなるような設定が可能になる。
【0076】
なお、基材10の屈折率との関係については、実用上は、高屈折率層Hの屈折率nH(層全体としての屈折率)が基材10の屈折率よりも高くなるようにし、低屈折率層Lの屈折率nL(層全体としての屈折率)が基材10の屈折率よりも低くなるように設定するのが好ましい。そのためには、第2の材料層12の材料(無機電解質)として、基材10の屈折率よりも高い屈折率をもった材料を選定し、第4の材料層14の材料(無機電解質)として、基材10の屈折率よりも低い屈折率をもった材料を選定するとよい。
【0077】
本発明の基本的実施形態では、第2の材料層12を、ACPT(アンモニウムシトラトペルオキソチタネート(IV))から生成されるチタン化合物によって構成し、第4の材料層14を珪酸ナトリウムで構成している。ACPTは、図8に記載した構造式で示される4核錯体からなる水溶性の負の電解質であり、その水溶液は、図2に示す第2の成膜槽200内のアニオン水溶液として利用することができる。このACPTは、酸化チタンの前駆体として知られる材料であり、このACPT水溶液内に基材10を浸漬させて引き上げると、酸化チタンを含むチタン化合物(酸化チタン「TiO2」の他、チタン酸「Ti(OH)4」などの化合物を含む)の膜が形成される。
【0078】
一方、珪酸ナトリウム(Na2SiO3)は、図9に記載した構造式で示される水溶性の負の電解質であり、その水溶液は、やはり図2に示す第2の槽200内のアニオン水溶液として利用することができる。この珪酸ナトリウムの水溶液内に基材10を浸漬させて引き上げると、珪酸ナトリウムの膜が形成される。
【0079】
結局、本発明の基本的実施形態に係る反射防止膜は、図6に示すような層構造を有しており、第1の材料層11は電解質ポリマーであるPDDAからなる層であり、第2の材料層12は無機電解質である酸化チタンを主成分とした層であり、第3の材料層13は電解質ポリマーであるPDDAからなる層であり、第4の材料層14は無機電解質である珪酸ナトリウムを主成分とした層である。
【0080】
ここで、一般的な測定値としては、PDDAの屈折率は、1.5〜1.6、酸化チタンの屈折率は、1.7〜2.0、珪酸ナトリウムの屈折率は、1.50〜1.52であるが、基本的実施形態として作成した反射防止膜の場合の実測値は、高屈折率層Hの層全体としての屈折率nHは、1.8、低屈折率層Lの層全体としての屈折率nLは、1.5であった。そこで、高屈折率層Hの厚みは、λ=550nm、nH=1.8を用いて、λ/(4・nH)=76nmに設定し、低屈折率層Lの厚みは、λ=550nm、nL=1.5を用いて、λ/(4・nL)=92nmに設定した。
【0081】
図10は、このような基本的実施形態に係る反射防止膜の片面反射率の実測値を示すグラフであり、横軸が波長(単位nm)、縦軸が片面反射率(単位%)を示している。実線で示すグラフG1が、上述した基本的実施形態に係る反射防止膜の特性を示している。反射防止加工が何ら施されていない一般的なガラス板の片面反射率は4%程度であるのに対して、この基本的実施形態に係る反射防止膜では、波長域500〜600nm付近の片面反射率が1%以下となっており、十分な反射防止効果が得られている。
【0082】
なお、破線で示すグラフG2は、基材10上に高屈折率層Hのみを形成したサンプル(すなわち、図6に示す基本的実施形態から、低屈折率層Lを取り去った構造をもつサンプル)についての反射率の測定結果を示している。図示のとおり、当該サンプルでは、広範囲の波長にわたって片面反射率が8%以上となっており、むしろ反射率を増加させる効果が生じており、反射防止膜としては機能していない。これは、この基本的実施形態に係る材料の場合、高屈折率層Hの屈折率が1.8程度であり、ガラス基板の屈折率(1.5程度)より高いため、高屈折率層H単独では、反射率が8%程度にまで上昇したものと考えられる。少なくとも基本的実施形態に係る材料を用いた場合、高屈折率層Hと低屈折率層Lとの2層構造を採らないと、反射防止膜としての効果は得られない結果となった。
【0083】
<<< §7.基本的実施形態に係る反射防止膜の製造方法 >>>
ここでは、§6で述べた基本的実施形態に係る反射防止膜の具体的な製造プロセスを説明する。本発明に係る反射防止膜は、互いに屈折率の異なる複数の層(交互吸着膜からなる層)を積層した構造を有しており、特に、基本的実施形態に係る反射防止膜では、図6に示すように、第1の光学薄膜である高屈折率層Hと第2の光学薄膜である低屈折率層Lとの2層構造を採る。
【0084】
ここで、高屈折率層Hを形成するには、電解質ポリマーの水溶液を収容した第1の成膜槽と、第1の水溶性無機電解質の水溶液を収容した第2の成膜槽とを用意し、表面に反射防止膜を形成する対象となる基材10を、第1の成膜槽内の水溶液と第2の成膜槽内の水溶液とに交互に複数回浸すことにより第1の交互吸着膜を形成し、これを高屈折率層Hとすればよい。一方、低屈折率層Lを形成するには、電解質ポリマーの水溶液を収容した第3の成膜槽と、第1の水溶性無機電解質とは屈折率が異なる第2の水溶性無機電解質の水溶液を収容した第4の成膜槽とを用意し、表面に上記第1の交互吸着膜(高屈折率層H)が形成された基材を、第3の成膜槽内の水溶液と第4の成膜槽内の水溶液とに交互に複数回浸すことにより第2の交互吸着膜を形成し、これを低屈折率層Lとすればよい。
【0085】
具体的には、図7の構造式で示されるPDDAの水溶液を収容した第1の成膜槽と、図8の構造式で示されるACPTの水溶液を収容した第2の成膜槽とを用意し、基材10となるガラス基板などを、交互に複数回浸すことにより高屈折率層Hを形成し、PDDAの水溶液を収容した第3の成膜槽と、図9の構造式で示される珪酸ナトリウムの水溶液を収容した第4の成膜槽とを用意し、表面に高屈折率層Hが形成されているガラス基板を、交互に複数回浸すことにより低屈折率層Lを形成すればよい。
【0086】
交互に浸す回数は、既に述べたとおり、反射防止膜として機能するのに必要な厚みが得られるよう定めるようにする。実際には、試行錯誤により、最適な回数を決定すればよい。ここで述べる基本的実施形態の場合、PDDAの水溶液を収容した第1の成膜槽と、ACPTの水溶液を収容した第2の成膜槽とに、それぞれ15回ずつ浸して、合計30枚の材料層からなる高屈折率層Hを形成した後、PDDAの水溶液を収容した第3の成膜槽と、珪酸ナトリウムの水溶液を収容した第4の成膜槽とに、それぞれ40回ずつ浸して、合計80枚の材料層からなる低屈折率層Lを形成している。
【0087】
なお、基本的実施形態では、その後、当該ガラス基板全体を加熱する焼成工程を付加している。この焼成工程は、第1の交互吸着膜および第2の交互吸着膜のいずれか一方、もしくは双方を焼成して水分を除去することを目的とする工程である。この焼成工程は、必ずしも必要な工程ではないが、ここで述べる基本的実施形態の場合、第2の材料層12の屈折率および硬度を高める上では非常に効果的である。
【0088】
第2の材料層12は、第2の成膜槽に収容されたACPTの水溶液を原料として形成される酸化チタンを主成分とする層である。前述したとおり、ACPTは酸化チタンの前駆体であるが、焼成工程を行うことにより、酸化チタンの形成が促進され、第2の材料層12の屈折率および硬度が高められるものと考えられる。焼成工程を付加すると、膜厚が若干縮むことになるので、当該厚みの縮小寸法を考慮して、各材料層の積層枚数を決定する必要がある(すなわち、焼成前の段階では、最終製品の厚みよりも若干厚めになるようにしておく)。
【0089】
<<< §8.材料の変形例 >>>
これまで述べた基本的実施形態では、第1の材料層11および第3の材料層13を、図7の構造式で示されるPDDA(ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド)によって構成したが、第1の材料層11および第3の材料層13は、この他にも様々な電解質ポリマーによって構成することが可能である。たとえば、図11(a)の構造式で示されるポリアリルアミンハイドロクロライド(PAH)や、図11(b)の構造式で示されるポリエチルイミン(PEI)は、いずれも正の電解質ポリマー(カチオン)となりうる材料であり、第1の成膜槽および第3の成膜槽として、これらの水溶液を収容した槽を用いてもかまわない。
【0090】
また、図11(c)の構造式で示されるポリアクリル酸(PAA)や、図11(d)の構造式で示されるポリスルホン酸(PSS)は、負の電解質ポリマー(アニオン)となりうる材料であり、やはり第1の成膜槽および第3の成膜槽として、これらの水溶液を収容した槽を用いることができる。ただ、この場合、第2の成膜槽および第4の成膜槽に用意する無機電解質の水溶液は、正の電解質(カチオン)となり得る水溶液にする必要がある。
【0091】
また、これまで述べた基本的実施形態では、第2の材料層12を酸化チタンを主成分とする層によって構成し、第4の材料層14を珪酸ナトリウムを主成分とする層によって構成したが、第2の材料層12および第4の材料層14は、この他にも様々な無機電解質材料(たとえば、金属の化合物)によって構成することが可能である。
【0092】
特に、高屈折率層H(第1の光学薄膜)を構成するための第2の材料層12としては、4,5族金属の酸化物の微粒子や金属アルコキシドが適していると思われ、具体的には、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、テルル、タンタル、ニオブなどの酸化物を用いるのが好ましい。そのためには、第2の成膜槽として、チタン酸化物、ジルコニウム酸化物、ハフニウム酸化物、テルル酸化物、タンタル酸化物、ニオブ酸化物の各前駆体(いずれも親和性の前駆体)の水溶液を収容した槽を用いるようにすればよい。
【0093】
このような前駆体としては、水溶液中で多量体になる水溶性金属錯体を用いることが好適である。この水溶性金属錯体の原料としては前記4A族元素の化合物が好ましく、配位子としてはカルボン酸、アセチルアセトン、ジアミン類、ピリジン類からなる群から選ばれた一種以上にすることが好ましい。
【0094】
この4A族元素としては、前記チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)のいずれかにすることができ、その化合物としては、金属アルコキシド、有機酸塩、無機酸塩のいずれかを挙げることができる。
【0095】
また、配位子を構成する前記カルボン酸としては、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸、グリコール酸を含むα−ヒドロキシカルボン酸やトリカルバリル酸、コハク酸、しゅう酸、酢酸等の群から選ばれた一種以上を、また、前記ジアミン類としては、エチレンジアミン、エチレンジアミン四酢酸、1,2−プロパンジアミン、1,3−プロパンジアミンからなる群から選ばれた一種以上を、更に、前記ピリジン類としては、ピリジン、ビピリジンからなる群から選ばれた一種以上を、それぞれ挙げることができる。
【0096】
より具体的には、チタン酸化物の前駆体としては、図8の構造式で示されるACPT(アンモニウムシトラトペルオキソチタネート(IV)):示性式は((NH4)8[Ti4(C6H4O7)4(O2)4]・8H2O)で表される水溶性のチタニウムペルオキソ錯体の水溶液を第2の成膜槽用の水溶液として用いる。
【0097】
一方、低屈折率層L(第2の光学薄膜)を構成するための第4の材料層14としては、珪酸ナトリウム(Na2SiO3)以外の珪酸化合物を用いることも可能であり、その水溶液を第4の成膜槽用の水溶液として用いることもできる。たとえば、エポキシ側鎖やアミン基などの官能基をもったオリゴシリケート(Oligosilsesquioxane)や、Na、Kなどの珪酸塩(シリケート塩)を、第4の材料層14として用いることもできる。
【0098】
<<< §9.反射防止膜以外への適用 >>>
これまで述べた実施形態では、本発明を反射防止膜に適用した例を述べたが、本発明に係る技術は、反射防止膜のみに限定されるものではなく、この他にも様々な光学多層膜に広く適用可能な技術である。具体的には、反射防止膜の他、様々な光学フィルタ(たとえば、NDフィルタ、バンドパスフィルタ、ショートウエーブパスフィルタ(短波長域透過フィルタ)、ロングウエーブパスフィルタ(長波長域透過フィルタ)、マイナスフィルタなど)、ミラー、ハーフミラー、各種の偏光板(偏光ビームスプリッター(PBS)など)、保護膜(表面保護のために形成されるいわゆるバリアー膜)等にも適用することが可能である。
【実施例】
【0099】
<第1の成膜槽>
PDDAを10mM/lの濃度で含み、水酸化ナトリウムによってpH値を5.5に調整した水溶液を用意した。
【0100】
<第2の成膜槽>
ACPTを1重量%の濃度で含み、硝酸によってpH値を7.2に調整した水溶液を用意した。
【0101】
<第3の成膜槽>
PDDAを10mM/lの濃度で含み、水酸化ナトリウムによってpH値を10に調整した水溶液を用意した。
【0102】
<第4の成膜槽>
珪酸ナトリウムを0.1重量%の濃度で含み、塩酸によってpH値を10に調整した水溶液を用意した。
【0103】
基材10となるガラス基板の表面を、水酸化カリウムによって親水処理して表面にOH−基を導入して、初期表面電荷として負の電荷を与える。これを、第1の成膜槽に10分間(交互吸着の飽和点に達する時間に比べて十分長い時間)浸した後に引き上げ、純水のリンス浴を経由して、第2の成膜槽に10分間(交互吸着の飽和点に達する時間に比べて十分長い時間)浸した後に引き上げ、純水のリンス浴に浸した。この交互吸着の作業を合計15回繰り返した。その後、第3の成膜槽に10分間(交互吸着の飽和点に達する時間に比べて十分長い時間)浸した後に引き上げ、純水のリンス浴を経由して、第4の成膜槽に10分間(交互吸着の飽和点に達する時間に比べて十分長い時間)浸した後に引き上げ、純水のリンス浴に浸した。この交互吸着の作業を合計40回繰り返した。その後、自然乾燥を行い、更に、200℃の恒温槽に5時間収容して焼成工程を行った。
【0104】
その結果、ガラス基板上に、厚み75nmの高屈折率層Hと厚み80nmの低屈折率層Lとからなる反射防止膜が形成された。当該反射防止膜の片面反射率の特性は、図10のグラフG1に示すとおりである。また、当該反射防止膜の硬度を測定したところ、硬度は3H以上であることが確認できた。これは一般的な反射防止膜(硬度2B〜HB)に比べてかなり硬いことを示しており、耐摩耗性が大幅に向上していることになる。同じ条件で、同じプロセスを繰り返し実施したところ、いずれも同じ性能をもつ反射防止膜を形成することができた。
【0105】
また、比較のために、前記特許文献7と同様の方法により形成したTALHを使った同構成の光学多層膜を用意した。
【0106】
本実施例の交互吸着膜に用いた水溶性チタニウム錯体:ACPT(アンモニウムシトラトペルオキソチタネート(IV))は、水溶液中でTi元素に酸素が配位されたペルオキソ錯体を形成し、しかも水溶液中では8量体を構成していることから、Ti元素と配位子の加水分解反応が抑制されるものと考えられる。なお、ACPTが水溶液中で8量体を形成していることについては、Inorg.Chem.2001,40.891-894に、Masato Kakihana等により発表された論文中に記載されている。
【0107】
従って、単量体として水溶液中に存在する前記従来のTALHに比べてチタニア粒子の析出する速度が遅いために水溶液の透明性も高い。交互吸着膜にした際も粒子の析出が緩和されるため、図12(a)、(b)に従来のTALHで構成される光学多層膜と、本発明によるACPTで構成される光学多層膜の電子顕微鏡写真をそれぞれ示すように、ACPTの方が表面の析出粒子が極めて微細であることが分った。
【0108】
同じ2つの光学多層膜の表面を原子間力顕微鏡で測定した結果を図13の(a)、(b)にそれぞれ示すように、表面粗さが数nm程度、例えば5.3nmと極めて低いことが分った。
【0109】
また、同じ光学多層膜について透過率を測定したところ、図14に示すように波長450nmにおいて従来のTALH(a)が70%であったのに対し、本発明によるACPT(b)では90%であり、可視光域において透過率が90%以上という、極めて透明性に優れた多層膜が形成されていることが分った。
【0110】
本実施例で作製した光学多層膜は、水溶性の金属酸化物の前駆体と高分子電解質とからなる薄膜であり、吸着量を制御することで、基材10となるガラス基板の表面は平面であっても、曲面であっても均一にコーティングすることができる。また、水溶液中の媒質の自己集合による吸着であるため、真空蒸着法のような大掛かりな装置が不要であり、有機溶媒を使用していないために低環境負荷である。
【0111】
この多層膜は常温製膜において1.71を示し高い屈折率を示すことから、光学多層膜の高屈折率層として有望である。低屈折率層に高分子電解質と珪酸ナトリウムからなる多層膜と高屈折率層にACPTからなる多層膜を組み合わせた反射防止膜は、図15に示すように、520nm付近に最大透過率98%を示した。
【0112】
従って、常温製膜でも十分な光学特性を有することから、有機材料からなる基材に対しても有効に利用できる。
【0113】
また、加熱処理(200℃)することにより無機化合物の結合が強化されることになり、密着性(テープ試験による剥離なし)、耐湿性(温度:60度、湿度:90%、72時間のテープ試験による剥離なし)についても優れた特性を示した。
【0114】
以上のことから、本発明に係る方法を用いれば、かなり精度の高い膜厚制御下で、反射防止膜の量産を行うことが可能であることがわかる。しかも、その成膜プロセスは、常温常圧下で、水溶液に浸漬する方法によって実行することができるため、製造コストを大幅に低減させることができる。
【0115】
なお、前記実施形態では、ACPTからなる光学薄膜を2層構造の反射防止膜を構成する例として説明したが、これに限定されず、3層以上の光学多層膜としても、場合によっては単層として透明性の高い保護膜としてもよい。
【0116】
また、第1の光学薄膜を構成する水溶液中で多量体となる水溶性金属錯体としては、8量体を構成するACPTに限らず、2量体以上で水溶液中に存在する金属錯体であれば任意である。
【0117】
また、第2の光学薄膜の成膜に用いるドライプロセスとしては、真空蒸着法、スパッタリング法等を使用することができ、又、ウェットプロセスとしては、ディッピング法、スピンコート法等を使用することができる。
【0118】
また、第1の光学薄膜と、第2の光学薄膜とを各1層以上を積層した光学多層膜としては、それぞれ1層以上含まれていれば層数も層構造も任意であり、4層構造の場合であれば、
1層目:請求項1に記載の第1の光学薄膜(高屈折率層)
2層目:ドライプロセスで成膜した第2の光学薄膜(中間屈折率層)
3層目:ドライプロセスで成膜した第2の光学薄膜(低屈折率層)
4層目:ウェットプロセスで成膜した第2の光学薄膜(超低屈折率層)
あるいは、
1層目:ドライプロセスで成膜した第2の光学薄膜(中間屈折率層)
2層目:請求項1に記載の第1の光学薄膜(高屈折率層)
3層目:ドライプロセスで成膜した第2の光学薄膜(低屈折率層)
4層目:ウェットプロセスで成膜した第2の光学薄膜(超低屈折率層)
を具体例として挙げることができる。
【0119】
更に、第1の光学薄膜と、第2の光学薄膜とを各1層以上を積層した光学多層膜の具体例としては、2層以上の光学薄膜、反射防止膜、光学フィルタ等を挙げることができる。
【符号の説明】
【0120】
10…基材(たとえば、ガラス基板)
11…第1の材料層
12…第2の材料層
13…第3の材料層
14…第4の材料層
100…第1の槽
200…第2の槽
A1、A3、A5…薄膜
B2、B4、B6…薄膜
b…電解質ポリマー
G1、G2…反射率を示すグラフ
H…高屈折率層
L…低屈折率層
nH…高屈折率層の屈折率
nL…低屈折率層の屈折率
S0、S1、S2…層の界面
λ…反射防止の対象となる光の波長
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶液中で多量体になる水溶性金属錯体を用いて形成されたことを特徴とする光学薄膜。
【請求項2】
前記水溶性金属錯体の原料が4A族元素の化合物であり、配位子がカルボン酸、アセチルアセトン、ジアミン類、ピリジン類からなる群から選ばれた一種以上であることを特徴とする請求項1に記載の光学薄膜。
【請求項3】
前記4A族元素が、Ti、Zr、Hfのいずれかであることを特徴とする請求項2に記載の光学薄膜。
【請求項4】
前記4A族元素の化合物が、金属アルコキシド、有機酸塩、無機酸塩のいずれかであることを特徴とする請求項2に記載の光学薄膜。
【請求項5】
前記カルボン酸が、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸、グリコール酸を含むα−ヒドロキシカルボン酸、トリカルバリル酸、コハク酸、しゅう酸、酢酸を含むカルボン酸からなる群から選ばれた一種以上であることを特徴とする請求項2に記載の光学薄膜。
【請求項6】
前記ジアミン類が、エチレンジアミン、エチレンジアミン四酢酸、1,2−プロパンジアミン、1,3−プロパンジアミンからなる群から選ばれた一種以上であることを特徴とする請求項2に記載の光学薄膜。
【請求項7】
前記ピリジン類が、ピリジン、ビピリジンからなる群から選ばれた一種以上であることを特徴とする請求項2に記載の光学薄膜。
【請求項8】
電解質ポリマーの水溶液と、
水溶液中で多量体になる水溶性金属錯体の水溶液に、
基材を交互に浸すことにより交互吸着膜を形成することを特徴とする光学薄膜の製造方法。
【請求項9】
前記電解質ポリマーを、ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド、ポリアリルアミンハイドロクロライド、ポリエチルイミン、ポリアクリル酸、ポリスルホン酸からなる群の中から選択された材料によって構成することを特徴とする請求項8に記載の光学薄膜の製造方法。
【請求項10】
請求項1記載の第1の光学薄膜と、
ドライプロセス又はウェットプロセスで成膜した第2の光学薄膜と、
を各1層以上積層したことを特徴とする光学多層膜。
【請求項11】
前記第1の光学薄膜が第1の屈折率を示す高屈折率層で、前記第2の光学薄膜が第1の屈折率よりも低い第2の屈折率を示す低屈折率層であり、
前記高屈折率層を第1の材料と第2の材料との交互吸着膜によって構成し、前記低屈折率層を第3の材料と第4の材料との交互吸着膜によって構成し、
前記第1の材料と第3の材料とを、それぞれ、ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド、ポリアリルアミンハイドロクロライド、ポリエチルイミン、ポリアクリル酸、ポリスルホン酸からなる群の中から選択された材料によって構成したことを特徴とする請求項10に記載の光学多層膜。
【請求項1】
水溶液中で多量体になる水溶性金属錯体を用いて形成されたことを特徴とする光学薄膜。
【請求項2】
前記水溶性金属錯体の原料が4A族元素の化合物であり、配位子がカルボン酸、アセチルアセトン、ジアミン類、ピリジン類からなる群から選ばれた一種以上であることを特徴とする請求項1に記載の光学薄膜。
【請求項3】
前記4A族元素が、Ti、Zr、Hfのいずれかであることを特徴とする請求項2に記載の光学薄膜。
【請求項4】
前記4A族元素の化合物が、金属アルコキシド、有機酸塩、無機酸塩のいずれかであることを特徴とする請求項2に記載の光学薄膜。
【請求項5】
前記カルボン酸が、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸、グリコール酸を含むα−ヒドロキシカルボン酸、トリカルバリル酸、コハク酸、しゅう酸、酢酸を含むカルボン酸からなる群から選ばれた一種以上であることを特徴とする請求項2に記載の光学薄膜。
【請求項6】
前記ジアミン類が、エチレンジアミン、エチレンジアミン四酢酸、1,2−プロパンジアミン、1,3−プロパンジアミンからなる群から選ばれた一種以上であることを特徴とする請求項2に記載の光学薄膜。
【請求項7】
前記ピリジン類が、ピリジン、ビピリジンからなる群から選ばれた一種以上であることを特徴とする請求項2に記載の光学薄膜。
【請求項8】
電解質ポリマーの水溶液と、
水溶液中で多量体になる水溶性金属錯体の水溶液に、
基材を交互に浸すことにより交互吸着膜を形成することを特徴とする光学薄膜の製造方法。
【請求項9】
前記電解質ポリマーを、ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド、ポリアリルアミンハイドロクロライド、ポリエチルイミン、ポリアクリル酸、ポリスルホン酸からなる群の中から選択された材料によって構成することを特徴とする請求項8に記載の光学薄膜の製造方法。
【請求項10】
請求項1記載の第1の光学薄膜と、
ドライプロセス又はウェットプロセスで成膜した第2の光学薄膜と、
を各1層以上積層したことを特徴とする光学多層膜。
【請求項11】
前記第1の光学薄膜が第1の屈折率を示す高屈折率層で、前記第2の光学薄膜が第1の屈折率よりも低い第2の屈折率を示す低屈折率層であり、
前記高屈折率層を第1の材料と第2の材料との交互吸着膜によって構成し、前記低屈折率層を第3の材料と第4の材料との交互吸着膜によって構成し、
前記第1の材料と第3の材料とを、それぞれ、ポリジアリルアミンジメチルアンモニウムクロライド、ポリアリルアミンハイドロクロライド、ポリエチルイミン、ポリアクリル酸、ポリスルホン酸からなる群の中から選択された材料によって構成したことを特徴とする請求項10に記載の光学多層膜。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図14】
【図15】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図14】
【図15】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2012−22081(P2012−22081A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−158735(P2010−158735)
【出願日】平成22年7月13日(2010.7.13)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人科学技術振興機構、「交互吸着法による3次元構造体への精密光学薄膜の開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【出願人】(000219738)東海光学株式会社 (112)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年7月13日(2010.7.13)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人科学技術振興機構、「交互吸着法による3次元構造体への精密光学薄膜の開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【出願人】(000219738)東海光学株式会社 (112)
【Fターム(参考)】
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