説明

光学製品及び眼鏡プラスチックレンズ

【課題】静電気を有する埃も付着し難く、付着した埃を除去し易い光学製品や眼鏡プラスチックレンズを提供する。
【解決手段】(1)帯電電位の絶対値が2.00kV以下であり、(2)表面の剥離強度が0.10N/19mm以下であるようにする防汚膜を光学製品基体の上に導入する。又、ハードコート膜及び光学多層膜を光学製品基体と防汚膜の間に配置する。更に、光学多層膜を反射防止膜とし、光学製品基体を眼鏡プラスチックレンズ基体とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カメラレンズ等の光学製品ないし眼鏡プラスチックレンズに関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチック製の光学製品では、静電気によりごみや埃等の汚れが付着し易くなり、特に眼鏡レンズにおいては拭き上げの頻度が高くなる。又、埃が付着した状態で拭き上げ等を行うと、埃を巻き込み、その結果レンズ表面にキズが入ってしまう。その他の光学製品においても、埃が付着することで画像出力等への影響が考えられる。
【0003】
そこで従来、光学製品の帯電を防止することで埃の付着を防ぐことが試みられている。帯電防止性を付与する手法として、下記特許文献1,2に記載されるような、導電性を有するコート層を設けるものが知られている。特許文献1のものでは、基体上に形成されたハードコート層に導電性を有する酸化スズを含有させている。又、特許文献2においては、酸化インジウムに5〜10重量パーセント(wt%)の酸化スズを添加して形成された透明な導電性の膜(Indium Tin Oxide膜,ITO膜)を含む反射防止膜についての言及がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5−104673号公報
【特許文献2】特開平1−309003号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
光学製品に導電性を有するコート層を設けると、拭き上げ等を行っても表面電位がゼロのままであり、そのようなコート層がなく帯電してしまうものに比べて埃を引き寄せ難い。しかし、表面電位がゼロであっても、帯電した埃に対しては電位差があることになり、そのような埃が付着してしまうことがある。
【0006】
又、導電性を有するコート層を設けることで埃を引き寄せ難くすることができるが、一旦付着してしまった埃に対してこのコート層が作用することはなく、付着した埃を除去し易くするといった観点はない。
【0007】
そこで、請求項1に記載の発明は、静電気を有する埃も付着し難く、付着した埃を除去し易い光学製品や眼鏡プラスチックレンズを提供することを目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、光学製品に関し、光学製品基体の上に防汚膜を形成することで、(1)帯電電位の絶対値が2.00kV以下である、(2)表面の剥離強度が0.10N/19mm以下である、という条件を満たすようにしたことを特徴とするものである。
【0009】
請求項2に記載の発明は、上記目的に加えて、強度、反射防止等の光学特性及び高レベルの防汚性を兼ね備えた光学製品を提供する目的を達成するため、上記発明にあって、前記光学製品基体の上にハードコート膜及び光学多層膜が順次形成されており、当該光学多層膜の上に、前記防汚膜が形成されていることを特徴とするものである。
【0010】
請求項3に記載の発明は、上記目的に加えて、より一層高レベルの防汚性能を付与する目的を達成するため、上記発明にあって、前記光学製品基体と前記防汚膜との間に、導電性膜が配置されていることを特徴とするものである。
【0011】
請求項4に記載の発明は、上記目的に加えて、防汚膜を容易に形成することができ、剥離強度を容易に調整可能である光学製品を提供する目的を達成するため、上記発明にあって、前記防汚膜は、単体で被膜を形成した場合の剥離強度が0.10N/19mm以下であるパーフルオロポリエーテル基を有するシラン化合物を塗布することで形成されることを特徴とするものである。
【0012】
請求項5に記載の発明は、上記目的に加えて、防汚膜の形成に配慮しながら光学多層膜を容易に形成する目的を達成するため、上記発明にあって、前記光学多層膜は、無機酸化物の多層膜であることを特徴とするものである。
【0013】
請求項6に記載の発明は、上記目的に加えて、光学多層膜とのマッチングを良好として、強度に優れた光学製品を提供する目的を達成するため、上記発明にあって、前記ハードコート膜は、オルガノシロキサン系樹脂及び無機酸化物微粒子を含有することを特徴とするものである。
【0014】
請求項7に記載の発明は、上記のような光学性能ないし防汚性能に優れた光学製品に属する眼鏡プラスチックレンズを提供する目的を達成するため、眼鏡プラスチックレンズに関し、上記発明にあって、前記光学製品基体が眼鏡プラスチックレンズ基体であり、前記光学多層膜が反射防止膜であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、(1)帯電電位の絶対値が2.00kV以下であり、(2)表面の剥離強度が0.10N/19mm以下であるような防汚膜を導入することによって、優れた防汚性能を有する光学製品を提供することができる、という効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係る実施の形態につき説明する。なお、本発明の形態は、以下のものに限定されない。
【0017】
本発明における光学製品の一例としての光学レンズは、レンズ基体の表面に、ハードコート膜、光学多層膜及び防汚膜を、レンズ基体からこの順で有している。なお、レンズ基体表面とハードコート膜の間にプライマー層を形成したり、レンズ基体表面とハードコート膜の間やハードコート層と光学多層膜の間あるいは光学多層膜と防汚膜の間等に中間層を具備させたりする等、膜構成を他のものに変更することができる。又、レンズ基体の裏面や表裏両面にハードコート膜や光学多層膜等を形成しても良い。
【0018】
レンズ基体の材質(基材)としては、例えばポリウレタン樹脂、エピスルフィド樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、ポリエーテルサルホン樹脂、ポリ4−メチルペンテン−1樹脂、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート樹脂等が挙げられる。又、屈折率が高く好適なものとして、例えばポリイソシアネート化合物とポリチオール及び/又は含硫黄ポリオールとを付加重合して得られるポリウレタン樹脂を挙げることができ、更に屈折率が高く好適なものとして、エピスルフィド基とポリチオール及び/又は含硫黄ポリオールとを付加重合して得られるエピスルフィド樹脂を挙げることができる。
【0019】
又、ハードコート膜は、レンズ基体にハードコート液を均一に施して形成される。ハードコート膜の材質として、例えば無機酸化物微粒子を含むオルガノシロキサン系樹脂が用いられ、この場合のハードコート液は、水あるいはアルコール系の溶媒にオルガノシロキサン系樹脂と無機酸化物微粒子ゾルを主成分として分散(混合)して調整される。
【0020】
オルガノシロキサン系樹脂は、アルコキシシランを加水分解し縮合させることで得られるものが好ましい。アルコキシシランの具体例として、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、エチルシリケートを挙げることができる。これらアルコキシシランの加水分解縮合物は、当該アルコキシシラン化合物あるいはそれらの組合せを、塩酸等の酸性水溶液で加水分解することにより製造される。
【0021】
一方、無機酸化物微粒子の具体例として、酸化亜鉛、二酸化ケイ素、酸化アルミニウム、酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化スズ、酸化ベリリウム、酸化アンチモン、酸化タングステン、酸化セリウムの各ゾルを単独で又は2種以上を混晶化したものを挙げることができる。無機酸化物微粒子の大きさは、ハードコート膜の透明性確保の観点から、1〜100ナノメートル(nm)であることが好ましく、1〜50nmであることがより好ましい。又、無機酸化物微粒子の配合量は、ハードコート膜における硬さや強靭性の適切な度合での確保という観点から、ハードコート成分中40〜60wt%を占めることが好ましい。
【0022】
加えて、ハードコート液には、硬化触媒としてアセチルアセトン金属塩、エチレンジアミン四酢酸金属塩等を添加することができ、更に必要に応じて界面活性剤、着色剤、溶媒等を調整のため添加することができる。
【0023】
ハードコート膜の膜厚は、0.5〜4.0マイクロメートル(μm)とするのが好ましく、1.0〜3.0μmとするのがより好ましい。この膜厚の下限については、これより薄いと十分な硬度が得られないことから定まる。一方、上限については、これより厚くするとクラックや脆さの発生等物性に関する問題の生ずる可能性が飛躍的に高まることから定まる。
【0024】
光学多層膜は、真空蒸着法やスパッタ法等により、低屈折率層と高屈折率層を交互に積層させて形成され、例えば、反射防止膜、ミラー、ハーフミラー、NDフィルター、バンドパスフィルターなどが挙げられる。各層には無機酸化物が用いられ、無機酸化物として例えば酸化ケイ素や、これより屈折率の高い酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化アルミニウム、酸化イットリウム、酸化タンタル、酸化ハフニウム、酸化スズ、酸化ニオブ、酸化セリウム、酸化インジウムが挙げられる。又、不足当量酸化チタン(TiOx,x<2で2に近い)を用いることができるし、少なくとも1層においてITO膜を用いることができる。
【0025】
防汚膜は、その表面の剥離強度が0.10ニュートン(N)/19ミリメートル(mm)であるように形成された膜である。剥離強度は、所定幅の粘着テープを十分に圧着した後、180度方向において300mm/分(min)の速さで引き剥がしたときの、単位幅当たりの剥離に必要な平均荷重であって、小さいほど付着力が弱いことを示す。
【0026】
防汚膜は、好ましくはパーフルオロポリエーテル基を有するシラン化合物により形成され、好ましくは浸漬法により塗布のうえ硬化されて形成される。当該シラン化合物は、単体で被膜を形成した場合の剥離強度が0.10N/19mm以下となるものである。
【実施例】
【0027】
以下に説明するように、本発明に係る光学製品に属するものとして、実施例1〜5を作成した。又、実施例1〜5と対比させるため、本発明に属さない比較例1〜6を作成した。そして、各種値の測定や埃付着テスト等を実施した。次の[表1]に、実施例1〜5,比較例1〜6の特性やテスト結果等を示す。
【0028】
【表1】

【0029】
実施例1〜5及び比較例1〜6のレンズ基体はプラスチック製のフラットレンズとし、実施例2,3及び比較例2,3では屈折率1.70のエピスルフィド樹脂を用い、これら以外では屈折率1.60のポリウレタン樹脂を用いた。
【0030】
実施例2,3及び比較例2,3ではレンズ基材の表面にプライマー層を形成した。ブロック型のポリイソシアネート(日本ポリウレタン工業株式会社製「コロネート2529」)25重量部、ポリエステルポリオール(同社製「ニッポラン100」)18重量部、エチルセロソルブ100重量部を混合して、酸化スズと酸化タングステンの複合ゾル(メタノール分散ゾル,平均粒子系10〜15mm,酸化スズと酸化タングステンの比率は前者100重量部に対して後者40重量部の割合,固形分30%)140重量部、シリコーン系界面活性剤を0.15重量部添加し、十分に攪拌混合して、プライマー液を調整した。そして、当該プライマー液をレンズ基体上に引き上げ速度100mm/minでディッピングしてコートした。当該プライマー液を塗布したレンズ基体は、120度で30分間加熱することで硬化させ、膜厚1.0μmのプライマー膜を形成した。
【0031】
次に、実施例1〜5及び比較例1〜6において、ハードコート膜を形成した。反応容器中にエタノール206グラム(g)、メタノール分散チタニア系ゾル300g(日揮触媒化成工業株式会社製,固形分30%)、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン60g、γ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン30g、テトラエトキシシラン60gを加え、その混合液中に0.01N(規定濃度)の塩酸水溶液を滴下して攪拌し、加水分解を行った。この後フロー調整剤0.5g(東レ・ダウコーニング株式会社製「L−7604」)及び触媒1.0gを加え、室温で3時間攪拌してハードコート液を作成した。このハードコート液をディッピング法で塗布し、風乾後110度で2時間加熱することにより硬化させ、膜厚2.0μmのハードコート膜を形成した。
【0032】
続いて、各種の反射防止膜を形成した。実施例1,5及び比較例1においては、5層の多層膜を形成した。ハードコート膜を有するレンズ基体を真空槽内にセットし、真空蒸着法によって順次各層を形成した。層の材質は、奇数層が二酸化ケイ素であり、偶数層が酸化ジルコニウムである。各層の光学膜厚は、ハードコート膜(レンズ基材)側から順に0.214λ,0.080λ,0.071λ,0.389λ,0.236λとした。ここで、λは設計中心波長であり、λ=500nmに設定した。
【0033】
実施例2及び比較例2においては、7層の多層膜を形成した。実施例1,5及び比較例1と同様に形成し、各層の光学膜厚は、ハードコート膜側から順に0.078λ,0.056λ,0.487λ,0.112λ,0.059λ,0.263λ,0.249λとした。ここで、設計中心波長はλ=500nmに設定した。
【0034】
実施例3及び比較例3においては、7層の多層膜を形成した。実施例1,5及び比較例1と同様に形成し、層の材質は、奇数層を二酸化ケイ素とし、偶数層を酸化チタンとし、各層の光学膜厚は、ハードコート膜側から順に0.074λ,0.061λ,0.113λ,0.180λ,0.061λ,0.168λ,0.273λとした。ここで、酸化チタン成膜時に圧力が0.010パスカル(Pa)になるように酸素ガスを入れて圧力調節した。ここで、設計中心波長はλ=500nmに設定した。
【0035】
実施例4及び比較例4においては、7層の多層膜を形成した。実施例3及び比較例3と同様に形成し、ハードコート膜側から数えて第4層のみ不足当量酸化チタンとし、各層の光学膜厚は、ハードコート膜側から順に0.074λ,0.061λ,0.113λ,0.185λ,0.061λ,0.168λ,0.273λとした(設計中心波長はλ=500nmに設定した)。ここで、不足当量酸化チタンは、真空度調節用の酸素ガスを導入した真空チャンバ内で不足当量酸化チタンを蒸着することにより形成され、成膜時圧力が0.0050パスカル(Pa)になるように酸素ガスを入れて圧力調節した。導電性を呈する不足当量酸化チタン層を備えることにより、帯電防止性を具備させることができる。なお、導電性膜として、ITO膜や、これと不足当量酸化チタン膜との組合せ等を採用して良い。
【0036】
不足当量酸化チタンの蒸着材料としては、五酸化三チタン(キヤノンオプトロン株式会社製「OS−50」)を用い、次に示す反応により不足当量酸化チタンを生成しつつ蒸着したが、酸化チタン全般を用ることが可能である。
Ti + δO → 3TiOx
【0037】
ここで、TiOxに係るxの値(不足当量)は、成膜時の真空チャンバ内(真空雰囲気)に導入する酸素ガス導入量によって微調整することができ、又、成膜時の圧力は酸素ガス導入量によって決定されることになる。即ち、成膜時の圧力が高い程、酸素ガス導入量は多くなるため、xが2に近づき、成膜時の圧力が低い程、酸素ガス導入量は少なくなるため、xが2より小さくなる。
【0038】
なお、真空チャンバ内での成膜時圧力p(Pa)と不足当量酸化チタン層の光学膜厚(屈折率2.50、設計中心波長λ=500nm)が、(A)p≧0.005、(B)光学膜厚≦0.500λ、(C)光学膜厚≧(0.001exp(905.73p)−0.050)λ、expは自然対数の底eを底とする指数関数、という関係を有するようにすることができ、このようにすると、次の[表2]に示すように、透過性(無着色性)に優れながら帯電防止性を十分に備えさせることができる。又、不足当量酸化チタン層を、酸素イオン及び/又はアルゴンイオンでアシストしながら、あるいはプラズマ処理をしながら蒸着することにより形成しても良く、この場合にはより良質な不足当量酸化チタン層を形成することができる。更に、不足当量酸化チタン層は、反射防止膜(光学多層膜)における他の位置の高屈折率層として形成されて良いし、独立させて不足当量酸化チタン膜として形成されても良い。
【0039】
【表2】

【0040】
即ち、[表2]における「光学膜厚」と「成膜時圧力」とが交差する欄であって「−」以外が示されるものについて、その光学膜厚ないし成膜時圧力において単層のTiOx膜を、ハードコート膜付きである屈折率1.60のプラスチック製基体、及びガラス製基体の表面にそれぞれ作製した。ここで、前者のプラスチック製基体におけるTiOx膜は、帯電防止性能と外観着色の有無を調べるために用いた。又、後者のガラス製基体におけるTiOx膜は、吸収率算出のために用いた。
【0041】
[表2]の「帯電防止」の欄には、帯電電位測定とスチールウール粉付着状況から判定した帯電防止性能の良否が、良好な場合「○」を付し、比較的に劣る場合に「×」を付することで示され、「着色」の欄には、外観観察と吸収率算出結果から判定した透過性の良否が、良好な場合「○」を付し、比較的に劣る場合に「×」を付することで示される。
【0042】
上記(A)〜(C)は、[表2]において帯電防止性と透過性とが両立する範囲に基づき定められ、特に(A)は光学膜厚が0.500λを超えるとTiOx膜における光学特性(透過性等)に影響が出ることから定められ、又(C)は帯電防止性と透過性とが両立する光学膜厚の下限値につき(真空度の誤差に起因する屈折率変化等による誤差±0.05λを考慮して)自然対数の底eを底とする指数関数{光学膜厚=(a・exp(b・p))λ}を誤差の最も少ない状態で(最小自乗法により)フィットさせることで定められる。そして(A)〜(C)を満たす場合、TiOx膜を光学多層膜の少なくとも1層に組み込んだときにも帯電防止性と透過性が同様に両立した。なお、(C)は、誤差等を考慮して、光学膜厚≧(0.001exp(905.73p)−0.050)λや、光学膜厚≧(0.001exp(905.73p)+0.050)λ等とすることができる。又、成膜時圧力2.0×10−3Paかつ光学膜厚0.050λにおいても透過性と帯電防止性が両立するが、TiOx層成膜時に光学式膜厚計で光吸収が確認されたため、この点で光学部材としての性能に劣ることとなる。
【0043】
他方、比較例5,6においては、スピンコート法により単層の有機反射防止膜を形成した。有機反射防止膜形成用のコート液として、数種(組成)の含フッ素有機ケイ素化合物を主成分とする固形分濃度3%の溶液(信越化学工業株式会社製「X−12−2510A」)を用いた。レンズ基体の凸面側のハードコート膜表面を30mmの距離から20秒間コロナ処理した後、当該コート液を回転数1300rpm(回/min),回転時間30秒でスピンコート処理することで塗布し、更に100度で15分間加熱して硬化させた。加熱硬化後、凹面側を凸面側と同様に処理し、110度で1時間硬化させ、有機反射防止膜を形成した。
【0044】
続いて、防汚膜を3種類形成した。比較例1〜5では、次に説明する防汚膜Aを形成した。実施例1〜4及び比較例6では、以下説明する防汚膜Bを形成した。実施例5では、以下説明する防汚膜A,Bの双方の性質を兼ね備えた防汚膜を作成した。
【0045】
防汚膜Aは、パーフルオロポリエーテル型シラン化合物(信越化学工業株式会社製「KY−8」)をフッ素系溶剤(住友スリーエム株式会社製「ノベックHFE−7200」)に希釈して固形分濃度0.2%とした防汚処理液から形成される。この処理液を反射防止膜上が形成されたレンズ基体上に浸漬時間30秒,引き上げ速度180mm/minでディッピングしてコートし、更に60度・湿度80%の恒温恒湿環境下で硬化を行い、防汚膜Aを得た。防汚膜Aの表面剥離強度は、0.15N/19mmである。ここで、剥離強度は、粘着テープ(日東電工株式会社製「No.31B」,幅19mm)を20g/cmで24時間圧着させた後、180度方向で300mm/minで引き剥がした際の当該粘着テープが付着している単位幅(19mm)当たりの剥離に必要な荷重を測定し、その平均値を求めることで得た。
【0046】
防汚膜Bは、パーフルオロポリエーテル型シラン化合物(信越化学工業株式会社製「X−71−166」)につき防汚膜Aと同様に処理して形成した。防汚膜Bの表面剥離強度は、0.06N/19mmである。
【0047】
実施例5では、防汚膜A,Bに係るパーフルオロポリエーテル型シラン化合物につき順に固形分比率7対3の割合(A/B=7/3)で混合させ、固形分濃度0.2%の処理液を形成した。後は防汚膜Aと同様に処理して形成した。表面剥離強度は、0.09N/19mmである。
【0048】
このようにして得られた各種光学製品につき、帯電電位の測定や埃付着テストを行った。
【0049】
帯電電位の測定は、次のように行った。即ち、レンズ凸面を不織布(小津産業株式会社製「pure leaf」)で1キログラム荷重において10秒間20往復擦った直後の帯電電位(キロボルト,kV)を測定した。測定は、静電気測定器(シムコジャパン株式会社製「FMX−003」)により行った。
【0050】
帯電電位の絶対値は、実施例1〜4と比較例1〜4のそれぞれにおいて、変わらないか、若干実施例1〜4の方が低くなっている。又、実施例4,比較例4では、導電性を呈する不足当量酸化チタン層の導入により、帯電電位がゼロとなっていて、帯電防止性を呈している。
【0051】
埃付着テストは、次のように行った。発泡スチロールビーズ(ほぼ球体,直径約1.6mm)の入ったポリプロピレン製のトレーに各種光学製品を順次1個だけ入れ、蓋をした後、10秒間振った(約20往復)。その後光学製品を静かに取り出し、発泡スチロールビーズの付着具合を確認した。[表1]における「○」は付着が殆どないことを示し、「△」は一部付着があることを示し、「×」はほぼ全面に付着があることを示す。又、発泡スチロールの付着率として、光学製品表面全体に対する付着した発泡スチロールビーズの占める面積の割合も求めた。
【0052】
更に、埃付着テストとして、スチールウールを利用したものも行った。光学製品表面を同様に不織布で擦った後、細かく粉砕したスチールウールに近づけ、レンズ凸面にスチールウールが引き寄せられるか否かを確認した。[表1]における「○」は付着がないことを示し、「△」は一部付着があることを示し、「×」はほぼ全面に付着があることを示す。
【0053】
そして、各種光学製品につき、埃付着テスト等を踏まえて総合評価を行った。[表1]における「○」は発泡スチロールビーズ及びスチールウールの双方において付着がほぼなく埃付着防止性(防汚性)において良好であることを示し、「○−△」は一方において付着が若干存在して防汚性においてやや良好であることを示し、「△」は一方において付着が認められて防汚性に比較的劣ることを示し、「×」は双方において付着が認められて防汚性に劣ることを示す。
【0054】
なお、各種光学製品につき透過性を確認したが、何れも可視領域の反射率が数%以下に収まるものであり、透明でないものはなく、透過性に問題はなかった。
【0055】
以上によれば、導電性を呈する不足当量酸化チタン層を有して帯電電位が低く、且つ表面剥離強度が十分低い実施例4が、最も防汚性に優れていることが分かる。帯電電位が低いだけであると、比較例4が表すように、自ら静電気を有する発泡スチロールに対して防汚性を十分に発揮することができない。
【0056】
一方、帯電電位が若干高くとも、実施例1〜3のように帯電電位の絶対値が2.00kV以下であれば、スチールウールを僅かに寄せ付けるのみとなり、又剥離強度の低さ等により静電気を有する発泡スチロールに対しても防汚性を発揮することができる。更に、剥離強度の低さ等により、付着したスチールウールや発泡スチロールを簡単に除去することができ、この点でも防汚性に優れている。つまり、性能の高い帯電防止膜(導電性膜)を配置して帯電電位をゼロにすることのみを行うよりも、帯電電位の絶対値を2.00kV以下としつつ剥離強度を0.10N/19mm以下とすることの方が、より高レベルの防汚性を発揮することができるのである。
【0057】
他方、剥離強度が低かったとしても、比較例6のように帯電電位の絶対値が2.00kVを超えて大きいと、スチールウールに対して防汚性を発揮することができず、発泡スチロールに対してもさほど防汚性を発揮することができない。なお、付着したスチールウールや発泡スチロールは帯電電位により吸い寄せられること等により除去し難い。
【0058】
更に、実施例5のように剥離強度を調整し、0.09N/19mm(帯電電位の絶対値は2.00kV以下)としても、発泡スチロール及びスチールウールの双方に対して防汚性を発揮することができる。なお、防汚膜A,Bに係るパーフルオロポリエーテル型シラン化合物につき6/4等と固形分比率を順次代えて混合させ、互いに表面剥離強度の異なる防汚膜をそれぞれ作成し、同様に埃付着テストを行ったところ、帯電電位の絶対値が2.00kV以下である場合において、剥離強度が0.10N/19mmであれば双方に対して十分に防汚性を発揮することができることが分かった。
【0059】
即ち、(1)帯電電位の絶対値が2.00kV以下であり、(2)表面の剥離強度が0.10N/19mm以下であるような防汚膜を導入することによって、優れた防汚性能を付与することができる。
【0060】
又、ハードコート膜及び光学多層膜を基体と防汚膜の間に配置することによって、強度、反射防止等の光学特性及び高レベルの防汚性を兼ね備えた光学製品を構成することができる。
【0061】
更に、導電性膜を基体と防汚膜の間に配置することにより、より一層高レベルの防汚性能を付与することができる。ここで、導電性膜を光学多層膜の少なくとも一層とすれば、更に強度や反射防止等の光学特性を具備させることができ、膜構成も光学多層膜に導電性膜の機能を兼ね備えさせるような効率の良いものとすることができる。又、導電性膜を不足当量酸化チタン膜とすることで、簡易に導電性膜を形成することができ、上記(A)〜(C)の条件下等で不足当量酸化チタン膜を形成することで、透過性に優れながら帯電防止性を十分に備えた導電性膜を形成することができる。
【0062】
又更に、防汚膜がパーフルオロポリエーテル基を有するシラン化合物で形成されることで、上記(1)や(2)を満たす防汚膜を容易に形成することができるし、剥離強度を容易に調整することができる。
【0063】
加えて、前記光学多層膜は、無機酸化物の多層膜であるので、光学多層膜を容易に形成することができるし、防汚膜とのマッチングを良好として光学性能と防汚性能の双方を具備した光学製品を提供することができる。
【0064】
又、ハードコート膜がオルガノシロキサン系樹脂及び無機酸化物微粒子等から形成されるため、光学多層膜とのマッチングを良好として、強度に優れた光学製品とすることができる。
【0065】
更に、光学多層膜を反射防止膜とし、光学製品基体を眼鏡プラスチックレンズ基体とすることで、反射防止性能を有しながら優れた防汚性能を呈する眼鏡プラスチックレンズを提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学製品基体の上に防汚膜を形成することで、次に示す条件を満たすようにしたことを特徴とする光学製品。
(1)帯電電位の絶対値が2.00kV以下である。
(2)表面の剥離強度が0.10N/19mm以下である。
【請求項2】
前記光学製品基体の上にハードコート膜及び光学多層膜が順次形成されており、
当該光学多層膜の上に、前記防汚膜が形成されている
ことを特徴とする請求項1に記載の光学製品。
【請求項3】
前記光学製品基体と前記防汚膜との間に、導電性膜が配置されている
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の光学製品。
【請求項4】
前記防汚膜は、単体で被膜を形成した場合の剥離強度が0.10N/19mm以下であるパーフルオロポリエーテル基を有するシラン化合物を塗布することで形成される
ことを特徴とする請求項1ないし請求項3の何れかに記載の光学製品。
【請求項5】
前記光学多層膜は、無機酸化物の多層膜である
ことを特徴とする請求項2ないし請求項4の何れかに記載の光学製品。
【請求項6】
前記ハードコート膜は、オルガノシロキサン系樹脂及び無機酸化物微粒子を含有する
ことを特徴とする請求項2ないし請求項5の何れかに記載の光学製品。
【請求項7】
請求項2ないし請求項6の何れかに記載の光学製品にあって、前記光学製品基体が眼鏡プラスチックレンズ基体であり、前記光学多層膜が反射防止膜であることを特徴とする眼鏡プラスチックレンズ。

【公開番号】特開2011−2515(P2011−2515A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−143635(P2009−143635)
【出願日】平成21年6月16日(2009.6.16)
【出願人】(000219738)東海光学株式会社 (112)
【Fターム(参考)】