説明

光機能素子

【課題】 一本一本孤立したカーボンナノチューブが、光軸方向への長い距離に亘って多数存在する構造を有する光機能素子を提供すること。
【解決手段】 中空コア部12と、空気孔が中空コア部12の周囲に格子配列したクラッド11とを有するフォトニックバンドギャップファイバを形成する。中空コア部の内壁13に微粒子触媒を分散させ、その微粒子触媒からカーボンナノチューブ14を成長させる。フォトニックバンドギャップファイバの空孔15の格子配置および空孔15間の間隔と中空コア部12の直径とは、中空コア部12に閉じ込められる光の波長帯と、中空コア部12に存在するカーボンナノチューブ14に非線形光学効果を発現させる光の波長帯とが一致するように決められる。微粒子触媒の分散濃度は、カーボンナノチューブ14の各々が束状構造を形成せずに孤立した状態で成長するように調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非線形光学特性を有する光機能素子に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブ(CNT)は、これまでエレクトロニクス応用を中心に多彩な機能が開拓されてきたが、光学的応用についても大きな非線形光学特性の発現が期待されており、研究が盛んに行われている。CNTとは、グラファイトの1層あるいは数層が丸まって円筒状の構造をとったものであり、グラファイトを構成する炭素原子の六方格子の配列方向や円筒状構造の径によって電子構造が変化するという特徴がある。
【0003】
図5に、基板上にCNTを堆積させた従来の光機能素子の断面を示す。この光機能素子は、ガラス基板41と、その上に堆積するCNT42とから構成される。ガラス基板41に垂直に光を照射してCNT42に光を当てることにより、CNT42に非線形光学効果を発現させる。
【0004】
CNTは、お互いに引き付け合う性質を有する。そのため、ガラス基板41に堆積するCNT42は、通常、束状の構造を形成する。このような束状構造を有するCNTの光学特性は、単独の孤立したCNTの光学特性よりも著しく劣化することが知られている(非特許文献1参照)。
【0005】
そこで従来、CNTによる束状構造の形成を抑制するために、SDSなどの表面活性剤を用いてCNTをミセル化し、そのミセル化したCNTを基板に堆積させる方法がとられてきた。
【0006】
【非特許文献1】Michael J. O' Connell et al., “Band Gap Fluorescence from Individual Single-Walled Carbon Nanotubes”, Science, 26 July 2002, Vol297, p.593-596
【非特許文献2】S. Y. Set et al., “Mode-locked Fiber Lasers based on a Saturable Absorber Incorporating Carbon Nanotubes”, Proc. Optical Fiber Communications Conference, 2003, PD44-1-PD44-3
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながらこの従来技術には以下に示すような問題点があった。
1) CNT層の薄さ
ガラス基板上にCNTを堆積させる場合、ミセル化したCNTを分散する方法では、CNTの厚さが高々1ミクロン程度(非特許文献2参照)である。化学気相成長法(CVD)を用いても、厚さは高々100ミクロン程度である。どちらも実用的な光機能素子を形成するには十分な距離ではない。
2) 束状構造
CVDは、ミセル化したCNTを分散する方法に比べてより厚くCNTを形成することができる。しかし、CVDによって作成されたCNTは、多数が絡み合った束状の構造となっており、孤立したCNT本来の機能を発揮することができない。
【0008】
本発明の目的は、上記問題点に鑑み、光軸方向に長い距離に亘ってCNTが多数存在する構造を有し、各CNTが孤立して束状構造を形成せず、効率良く非線形光学効果を発現させる光機能素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、このような目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、光の波長の数倍程度の領域をもつ中空コア部と、長手方向に延びる空孔によって構成されるフォトニックバンドギャップ構造の回折格子を中空コア部に隣接する領域に設けたクラッド部とからなるフォトニックバンドギャップ光ファイバにおいて、中空コア部の内壁に配置された複数のCNTを備え、回折格子は、中空コア部に特定の波長帯の光を閉じ込めるように空孔が配置され、CNTは、特定の波長帯の光に対して非線形光学効果を発現する電子構造を有することを特徴とする。
【0010】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の光ファイバ機能素子において、複数のCNTは、各々が孤立して互いに接触せず、および束状構造を形成しないことを特徴とする。
【0011】
請求項3に記載の発明は、請求項2に記載の光ファイバ機能素子において、CNTを成長させる微粒子触媒は、中空コア部の内壁に分散されていることを特徴とする。
【0012】
請求項4に記載の発明は、請求項2に記載の光ファイバ機能素子において、CNTは、ミセル化されたことを特徴とする。
【0013】
請求項5に記載の発明は、光の波長の数倍程度の領域をもつ中空コア部と、長手方向に延びる空孔によって構成される中空コア部の周囲に配置されたフォトニックバンドギャップ構造の回折格子を有するクラッドとからなり、前記回折格子が、特定の波長帯の光を前記中空コア部に閉じ込めるように形成されたフォトニックバンドギャップ光ファイバにおいて、中空コア部の内壁に特定の波長帯の光に対して非線形光学効果を発現する電子構造を有する複数のCNTを形成するステップと
を備えたことを特徴とする。
【0014】
請求項6に記載の発明は、請求項5に記載の光ファイバ機能素子の製造方法において、CNTを形成するステップは、CNTの電子構造がフォトニックバンドギャップに対応するように直径を調整された、CNTを成長させる微粒子触媒を中空コア部の内壁に分散するステップであって、分散はCNTの各々が孤立して互いに接触せず、および束状構造を形成しないように微粒子触媒の分散濃度を調整して行うステップと、CVDを用いて中空コア部の内壁にCNTを形成するステップとを含み、フォトニックバンドギャップ光ファイバは、CNTの長手方向の長さと略等しくなるような直径を有する中空コア部を有することを特徴とする。
【0015】
請求項7に記載の発明は、請求項5に記載の光ファイバ機能素子の製造方法であって、CNTを形成するステップは、CNTをミセル化するステップと、CNTを中空コア部に充填するステップとを含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、空気コアを有するフォトニックバンドギャップファイバ(PBF)の中空コア部に孤立して互いに接触しない複数のCNTを配置することが可能であり、そのCNTにPBF中を伝播する光に対して非線形光学効果を発現させることが可能である。その結果、効果的にCNTによる非線形光学効果を発生する全光信号処理回路が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0018】
(実施形態1)
図1に、本発明の一実施形態にかかる光ファイバ機能素子の光軸に垂直な断面を示す。中空コア部12と、空気孔が中空コア部12の周囲に格子配列したクラッド11とを有するPBFを形成する。中空コア部の内壁13に微粒子触媒を分散させ、その微粒子触媒からCNT14を成長させる。PBFの空孔15の格子配置および空孔15間の間隔と中空コア部12の直径とは、中空コア部12に閉じ込められる光の波長帯と、中空コア部12に存在するCNT14に非線形光学効果を発現させる光の波長帯とが一致するように決められる。微粒子触媒の分散濃度は、CNT14の各々が束状構造を形成せずに孤立した状態で成長するように調整する。
【0019】
PBFとは、コア部分が中空で、周囲をブラッグ回折格子で囲んだ構造のファイバである。屈折率は周囲部分の等価屈折率よりも低く、屈折率差による光の閉じ込め機構は存在しない。
【0020】
PBFで光の閉じ込めを実現するのは、中空コア部の周囲を囲むように配置されたブラッグ回折格子によって生じるフォトニックバンドギャップと呼ばれる現象である。このフォトニックバンドギャップを生じさせるブラッグ回折格子は、中空コア部の周囲に周期的に配置された空孔15によって形成される。
【0021】
この空孔15は、PBFの長手方向に対しては一定の形状を保持しているが、空孔15の格子配置および空孔15間の間隔には自由度を有する。PBFは、この空孔15の格子配置および空孔15間の間隔を適当に選ぶことにより、フォトニックバンドギャップを任意の波長帯に生じさせることができる。フォトニックバンドギャップが生じる波長帯と同じ波長帯の光は、フォトニックバンドギャップの効果により中空コア部に閉じ込められ、PBF内を伝播することが可能となる。
【0022】
図2に、PBFの光軸に垂直な断面の電子顕微鏡写真を示す。中空コアの直径は、10ミクロン程度とすることができる。また、周囲の空孔15の直径を変えることにより、中空コアの直径を変えることも可能である。
【0023】
実施形態1では、化学気相成長法(CVD)により、中空コア部の内壁13からCNT14を成長させる。図1に示すように、CNT14は、中空コア部の内壁13間を架橋するように中空コア部12に存在する。CNT14の成長にあたっては、事前にPBFの中空コア部の内壁13に鉄あるいはコバルトを成分とする微粒子触媒を薄く分散させておく。微粒子触媒の分散濃度は、CNT14の各々が束状構造を形成せずに孤立した状態で成長するように調整する。また、各CNTの直径は、合成において直接作用した微粒子触媒の各々の直径にほぼ等しくなるため、CNT14の電子構造がフォトニックバンドギャップに対応するように微粒子触媒の直径を調整する。
【0024】
本発明の実施形態におけるCNT14の電子構造とは、光の吸収または発光において重要となるバンドギャップの大きさを意味する。このCNT14の電子構造は、CNT14の直径の逆数にほぼ比例することが計算と実験との両面から確かめられている。このことから、CNTに非線形光学効果を発現させる光の波長帯は、CNTの直径に依存する。
【0025】
図3に、CVDによって生成されるCNTが有する直径の分布を示す。縦軸はCNTの数を示し、横軸はCNTの直径(太さ)を示す。CNTを中空コアに架橋させる際、架橋距離が長いほど、架橋可能なCNTの直径が太くなる。そこで、中空コア部の直径を、特定の波長帯の光に対して非線形光学効果を発現する所望の電子構造に対応する直径(太さ)を有するCNTが架橋可能な距離とする。これにより、所望の電子構造に対応する直径よりも細いCNT(図3のA)は架橋することができなくなる。
【0026】
また、微粒子触媒の直径を制御することによっても生成されるCNTの直径を制御できる。微粒子触媒が直接作用して合成されたCNTは、直接作用した微粒子触媒の直径以上の大きさの直径を有することができない。そこで、微粒子触媒の直径を調整することによって、所望の電子構造に対応する直径よりも太いCNT(図3のC)は成長することができなくなる。
【0027】
中空コアの直径を制御することにより、コア中心に存在するCNTの直径は、所望の電子構造に対応する直径(図3のd)以上の距離を有する。つまり、所望の電子構造に対応する直径よりも細い直径を有するCNTを排除する。また、微粒子触媒の直径を制御することにより、コア中心に存在するCNTの直径は、所望の電子構造に対応する直径(図3のd)以下の距離を有する。つまり、所望の電子構造に対応する直径よりも太い直径を有するCNTを排除する。このように、所望の電子構造に対応する直径近傍のCNT(図3のB)を選択的に成長させることができる。
【0028】
その結果、光の強いコア中心において、所望の電子構造に対応する直径を有するCNTの存在確立を高めることができる。よって、架橋可能な距離を直径とする前記中空コア部を形成することによって、特定の波長帯の光に対して非線形光学効果を発現する電子構造に対応するCNTを生成することができる。
【0029】
中空コア部12に閉じ込められた光によってCNT14に非線形光学効果を発現させるためには、中空コア部12に閉じ込められた光の波長帯と、CNT14に非線形光学効果を発現させる光の波長帯とを一致させる必要がある。そこで、この2つの光の波長帯が一致するように、つまり、CNT14の電子構造がフォトニックバンドギャップに対応するように、空孔15の格子配置および空孔15間の間隔と、中空コア部12の直径および微粒子触媒の直径とをそれぞれ調整する。本発明の一実施形態では、通信用に用いられる波長1.55μm帯の光を用いることが可能である。
【0030】
このようにして、中空コア部の内壁13から成長したCNT14は、中空コア部12に閉じ込められたPBF内を伝播する光によって非線形光学効果を発現する。加えて、各々が孤立した形態で中空コア部12に存在するため、CNT同士が接触して光学特性が劣化せず、高性能な光機能素子を構築できる。
【0031】
図4に、PBFを伝播する光(固有モード)の光強度分布を示す。等高線は、強度がピーク値から10%低下する毎に描かれている。図3から、PBF中を伝播する基底モード光の強度分布は、コアの中心部分の光強度が最も大きいことが分かる。したがって、本発明を非線形光学素子として利用し、効率よく非線形光学効果を発現させるためには、光強度が最も大きいコア中心部に孤立状態のCNTが高密度で存在していることが望ましい。
【0032】
本発明の実施形態ではCNTが内壁間を橋渡しするように存在し、コア中心部においてCNTの密度が高いため、非線形光学効果を発現する効率は高い。
【0033】
(実施形態2)
実施形態1では、CVDを用いてPBFの中空コア部内にCNTを配置したが、予めフォトニックバンドギャップ構造に対応した電子構造を有するCNTをミセル化しておき、そのCNTを中空コア部内に充填しても同様の効果が得られる。また、特定の波長帯、例えば通信波長帯である1.55μmの光に対して透明なゼラチン等の材料で、上記CNTを保持し、中空コア部分に充填しても同様の効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の一実施形態にかかる光ファイバ機能素子の光軸に垂直な断面を示す図である。
【図2】PBFの顕微鏡写真を示す図である。
【図3】CVDによって生成されるCNTが有する直径の分布を示す図である。
【図4】PBFを伝播する光(固有モード)の光強度分布を示す図である。
【図5】基板上にCNTを堆積させた従来の光機能素子の断面を示す図である。
【符号の説明】
【0035】
11 クラッド
12 中空コア部
13 中空コア部の内壁
14 CNT
15 空孔
41 ガラス基板
42 CNT

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光の波長の数倍程度の領域をもつ中空コア部と、長手方向に延びる空孔によって構成されるフォトニックバンドギャップ構造の回折格子を前記中空コア部に隣接する領域に設けたクラッド部とからなるフォトニックバンドギャップ光ファイバであって、
前記中空コア部の内壁に配置された複数のカーボンナノチューブを備え、
前記回折格子は、前記中空コア部に特定の波長帯の光を閉じ込めるように前記空孔が配置され、
前記カーボンナノチューブは、前記特定の波長帯の光に対して非線形光学効果を発現する電子構造を有することを特徴とする光ファイバ機能素子。
【請求項2】
請求項1に記載の光ファイバ機能素子であって、前記複数のカーボンナノチューブは、各々が孤立して互いに接触せず、および束状構造を形成しないことを特徴とする光ファイバ機能素子。
【請求項3】
請求項2に記載の光ファイバ機能素子であって、前記カーボンナノチューブを成長させる微粒子触媒が、前記中空コア部の内壁に分散されていることを特徴とする光ファイバ機能素子。
【請求項4】
請求項2に記載の光ファイバ機能素子であって、前記カーボンナノチューブは、ミセル化されたことを特徴とする光ファイバ機能素子。
【請求項5】
光の波長の数倍程度の領域をもつ中空コア部と、長手方向に延びる空孔によって構成される前記中空コア部の周囲に配置されたフォトニックバンドギャップ構造の回折格子を有するクラッドとからなり、前記回折格子が、特定の波長帯の光を前記中空コア部に閉じ込めるように形成されたフォトニックバンドギャップ光ファイバであって、前記中空コア部の内壁に前記特定の波長帯の光に対して非線形光学効果を発現する電子構造を有する複数のカーボンナノチューブを形成するステップを備えたことを特徴とする光ファイバ機能素子の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の光ファイバ機能素子の製造方法であって、
前記カーボンナノチューブを形成するステップは、
前記カーボンナノチューブの電子構造がフォトニックバンドギャップに対応するように直径を調整された、前記カーボンナノチューブを成長させる微粒子触媒を前記中空コア部の内壁に分散するステップであって、前記分散は前記カーボンナノチューブの各々が孤立して互いに接触せず、および束状構造を形成しないように前記微粒子触媒の分散濃度を調整して行うステップと、
化学気相成長法を用いて前記中空コア部の内壁に前記カーボンナノチューブを形成するステップとを含み、
前記フォトニックバンドギャップ光ファイバは、前記カーボンナノチューブの長手方向の長さと略等しくなるような直径を有する前記中空コア部を有する
ことを特徴とする光ファイバ機能素子の製造方法。
【請求項7】
請求項5に記載の光ファイバ機能素子の製造方法であって、
前記カーボンナノチューブを形成するステップは、
前記カーボンナノチューブをミセル化するステップと、
前記カーボンナノチューブを前記中空コア部に充填するステップとを含む
ことを特徴とする光ファイバ機能素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−243010(P2006−243010A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−54513(P2005−54513)
【出願日】平成17年2月28日(2005.2.28)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】