説明

光無線通信用送信装置

【課題】1つのハブから複数のノードに対し異なるデータを乗せた光を送出する際に、送信部の光源からの出射光エネルギーを有効に利用して消費電力を抑制しつつ良好な通信を行う。
【解決手段】ハブの制御部は、光の送出先である複数のノードの位置を把握するとともに各ノードからの通信により必要な通信速度を認識し、2次元的な強度分布を表す光パターンをSLMユニット13に指示する。SLM制御部130は光パターンに対応した2次元的な位相パターンと回折格子パターンとを重畳したCGH画像を作成し、この画像を液晶SLM137に表示する。フーリエ変換レンズ12を通して液晶SLM137に入射した複数の波長光は、液晶SLM137により波長多重化される。また、液晶SLM137で位相変調された光がフーリエ変換レンズ14を通ると、所望の光パターンが形成される。このとき、光エネルギーはノードの存在位置に集中される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光を利用して情報を伝送する光無線通信に利用される送信装置に関し、さらに詳しくは、比較的近距離にあって且つ互いに離れて位置する複数の受信装置に対しそれぞれ情報を伝送するのに好適な光無線通信用送信装置に関する。
【背景技術】
【0002】
屋内光無線LANシステムは電波の代わりに光を利用して高速データ通信を行うものであり、壁等での遮蔽により情報漏洩を防止できるのでセキュリティ性が高い、1つの部屋内においても空間分割により別の情報を伝送することが可能である、といった特徴を有している。特許文献1にはこうしたシステムの一例が開示されている。例示されたこのシステムでは、部屋内を見渡せる天井に光無線ハブ(以下、単に「ハブ」と呼ぶ)が据えつけられ、各デスクにそれぞれ設置された複数の受信部(以下、単に「ノード」と呼ぶ)との間で、光によるデータの送受が行えるようになっている。
【0003】
上記のような光無線通信システムでは、部屋の中に置かれた複数のノードに対し、ハブからそれぞれ異なる内容の情報を並行して送出する必要がある。そこで、非特許文献1の図2に開示されたシステムでは、異なる波長光に独立に情報を乗せ、それら波長光を合成した上で全てのノードへと送り、各ノード側において対応する波長光のみを抽出して必要な情報を取得することが行われている。
【0004】
こうしたシステムにおいてハブからノードへのデータ転送速度を高速化するには、ノードにおける受信パワーを高めることが重要である。そこで、従来一般的には、ハブには部屋全体(又は予め設定された範囲全体)をカバーできるように多数の光源が用いられている。しかしながら、こうしたハブは部屋全体に光を送出するが、ノードが設置された位置に到達した光のみしか利用されないから、エネルギー利用効率はかなり低く電力消費量が大きくなる。また、光源を不必要に多数備える必要があるために、装置コストが高いものとなる。
【0005】
一方、ハブの発光部の光量を増やして部屋全体をカバーし得るように広い放射角で光を放出する代わりに、複数のノードの設置位置を把握し、光出射方向を高速で移動させる機構により狭い放射角を有する光を各ノードの設置位置に向けて順番に放射するような送信装置も従来提案されている。例えば非特許文献1の図2に開示されたシステムでは、一般にMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)と称される微小可動ミラーを用いて光の出射方向を移動させるようにしている。また、同じ非特許文献1の図4及び非特許文献2には、集光レンズをその光軸に直交する方向に移動させることで光束を偏向させる光束偏向部と、その光束の偏向角を拡大する光学系と、の組み合わせにより、光の出射方向を移動させる構成が提案されている。
【0006】
しかしながら、上述したような機械的な駆動機構を大きな振れ角で直流的に駆動することは実際にはかなり困難であるため、光無線LAN等のシステムの通信可能カバー範囲等の要求仕様を満たすことは難しい。また、上記のような機械的な駆動機構は追従速度が比較的遅いため、時分割で複数のノードと順番に通信する場合の応答性も問題となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−235899号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】香川(Kagawa)、谷田(Tanida)、「デモンストレーション・オブ・ワイド-アングル・ビーム・ステアリング・オプティクス・イン・ウェイブレングス-ディビジョン-マルチプレクシング・インドア・オプティカル・ワイヤレス・ラン・ウィズ・デディケイティッド・シーモス・イメージャ(Demonstration of wide-angle beam steering optics in wavelength-division-multiplexing indoor optical wireless LAN with dedicated CMOS imager)」、ファースト・インターナショナル・ワークショップ・オン・テクノロジーズ・フォー・アンビエント・インフォメイション・ソサイエティ(1st International Workshop on Technologies for Ambient Information Society)、CD-ROM、2008年11月
【非特許文献2】香川、谷田、「波長多重屋内光無線LAN送信光学系の開発」、 日本光学会年次学術講演会、OPTICS & PHOTONICS JAPAN 2008 講演予稿集、pp. 82-83、2008年11月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、互いに離れた複数の受信部に対してそれぞれ独立に情報を乗せた光を合成して送出するような場合において、出射光のエネルギー利用効率を高めることで電力消費を抑制し、且つ、機械的な駆動機構を用いないことで装置自体のコストも低減させるとともに信頼性を向上させることができる光無線通信用送信装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係る光無線通信用送信装置は、複数の受信部に対し、それぞれ独立に情報を乗せた光を合成して送出するための光無線通信用送信装置であって、
a)相異なる波長の光を出射する複数の光源からなる発光手段と、
b)前記発光手段から与えられる波長の相違する複数の光を合成するための回折格子パターンと、前記複数の受信部の位置に応じた空間的な光強度分布を形成するための位相パターンと、を重畳した表示パターンを作成し、前記発光手段に由来する入射光に対し前記表示パターンに従った空間光変調を施す空間光変調手段と、
c)前記空間光変調手段で空間光変調された光の複素振幅分布を光学的にフーリエ変換する変換光学手段と、
を備えることを特徴としている。
【0011】
上記変換光学手段は典型的にはフーリエ変換レンズである。特殊レンズの一つとして知られるフーリエ変換レンズは、物体側の情報をフーリエ変換して結像するレンズであり、より詳しくは、物体側の焦点面に物体をおいてコヒーレントな光で照明すると、物体上の光強度分布がフーリエ変換されて像側の焦点面に結像するようなレンズである。
【0012】
また、上記空間光変調手段は液晶を利用したものが一般的であるが、これに限らず、2次元的に配列された微小光変調素子それぞれの空間的な位相特性を電気的に制御することにより、光を変調させることが可能なものであればよい。もちろん、透過型、反射型のいずれの構造の空間光変調手段でもよいことは明らかである。
【0013】
本発明に係る光無線通信用送信装置では、空間光変調手段と変換光学手段との組み合わせにより、異なる波長を持つ複数の光を合成して様々な波長を含む光とする回折格子の機能と、複数の受信部の存在位置に応じて空間的な光強度分布を形成する強度分布制御の機能と、を同時に達成する。
【0014】
後者のためには、空間光変調手段に表示した強度パターンの実像を用いる(この場合にはフーリエ変換レンズなどの変換光学手段を使用しない)ことも可能であるが、その場合、受信部が存在しない領域に対する光は無駄になり、光の利用効率はかなり悪くなる。これに対し、空間光変調手段で位相パターンを用い、これによって2次元的に位相変調された光を変換光学手段で集光して結像させることにより光強度分布を反映した光パターンを形成すると、光の利用効率は非常に高くなる(理論的にはほぼ100%である)。空間光変調手段において上記のような位相パターンに予め決められた回折格子パターンが重畳されることで、異なる波長をもつ複数の光源(例えばレーザダイオード)からの光は合波される。
【0015】
本発明に係る光無線用送信装置において、変換光学手段を経た光の出射角範囲は空間光変調手段の画素サイズと変換光学手段の特性とに依存するが、通常は最大でも20°程度であり、1つの部屋全体をカバーするのには十分でないことが多い。そこで、本発明に係る光無線用送信装置の一態様として、前記変換光学手段を経た光束の放射角を拡大する拡大光学手段をさらに備え、前記拡大光学手段を通して拡大された光を前記複数の受信部を含む2次元領域に出射する構成とするのが好ましい。
【0016】
具体的には、上記拡大光学手段は、非特許文献1に開示されているような、コリメートレンズと入射光線角度を増幅するスキャンレンズ(逆望遠型射出角増幅レンズ)との組み合わせを用いることができる。これにより、比較的簡単な構成でもって光の送出範囲を拡げ、或る程度広い部屋全体を1台の光無線用送信装置でカバーすることができる。
【0017】
本発明に係る光無線用送信装置を上述した屋内光無線LANシステムなどの光無線通信システムに適用する場合の好ましい態様として、
前記複数の受信部の位置を認識する位置認識手段と、
前記位置認識手段により認識された各受信部の位置情報に基づいて前記位相パターンを作成して前記空間光変調手段に与える位相パターン作成手段と、
をさらに備える構成とするとよい。
【0018】
上記位置認識手段は例えば、部屋全体を見渡す程度の広い2次元領域の画像を取得する撮像部と、該撮像部により取得された画像から受信部を識別する識別部と、からなるものとすることができる。例えば、各受信部は位置識別用の拡散光を放射する光源を有し、上記識別部はこの拡散光の出射位置を認識することで受信部の位置を認識するものとすることができる。非特許文献1に記載の特殊な構造を有するCMOSセンサを用いれば、受信部(ノード)から到来する情報を乗せた光束を受光する機能と上記撮像部の機能とを兼ねることができる。もちろん、撮像部は通常のCCDカメラなどを用いてもよい。
【0019】
一般に、光無線用送信装置から受信部へ送出する情報のデータレートはその情報内容により大きく相違する。通常、高い周波数が必要なデータ転送を行う際には高い光強度が要求され、低い周波数でも十分なデータ転送を行う際には要求される光強度も低い。そこで、本発明に係る光無線通信用送信装置では、当該送信装置から各受信部へ送信する情報のデータレートに応じて前記位相パターンを変更する構成とするとよい。
【0020】
即ち、たとえ複数の受信部の位置が同一であっても、各受信部への情報のデータレートが相違すれば光強度分布は相違し、位相パターンも相違することがあり得る。この構成によれば、発光手段から発せられる出射光のパワーをより適切に分配し、エネルギーの利用効率を高めることができる。また、情報のデータレートが高い場合でも光強度が高くなって信号のS/Nが向上するので、データの誤り率が下がり、通信状態が良好になる。
【0021】
また当該送信装置と受信部との間の通信路にあたる空間に、例えば光の一部を遮蔽する物体、光の一部を散乱する物体などの障害物があると、通信状態が悪化する。こうした状態にある場合には、送信装置側で光強度を上げないと、受信部側では十分な光強度が得られない。そこで、本発明に係る光無線通信用送信装置では、当該送信装置から各受信部への光無線通信の通信状態に応じて前記位相パターンを変更する構成としてもよい。
【0022】
また本発明に係る光無線用送信装置では、
前記空間光変調手段により空間変調され前記変換光学手段によりフーリエ変換されたあとの光の一部を取り出す光束分割手段と、
前記光束分割手段により取り出された光の2次元強度分布を検出可能な2次元検出手段と、
を備え、前記位相パターン作成手段は、前記2次元検出手段により得られた情報に基づいて位相パターンを変更する構成とすることができる。
【0023】
この構成によれば、空間光変調手段及び変換光学手段を通して作成された光パターン(光強度分布)を実際にモニタした結果に基づいて、空間光変調手段に設定する位相パターンを修正することができる。それにより、例えば変換光学手段の光学特性の誤差、各光学素子の配置のずれ、などがあった場合でも、これを補正して、より適切な光強度分布でもって光を出射することができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係る光無線用通信装置によれば、光源からの出射光のエネルギーを複数の受信部に対し適切に分配し、且つ受信部に集中させることができるので、エネルギー効率が高く、消費電力を抑えながら良好なデータ転送を行うことができる。また、発光量を増やすために光源の数を無駄に増やす必要もなくなるので、装置のコストを引き下げるにも有利である。また、受信部の存在位置に出射光のエネルギーを集中させるために電気的な制御を行いさえすればよく、MEMSなどの機械的な駆動部が不要であるので、信頼性が高く、受信部が移動する際にも途切れなく良好なデータ転送を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の一実施例である光無線通信用送信装置において光学系を中心とする要部の概略図。
【図2】本発明の他の実施例である光無線通信用送信装置において光学系を中心とする要部の概略図。
【図3】本発明の一実施例である光無線通信システムにおけるハブの要部のブロック構成図。
【図4】本発明の一実施例である光無線通信システムにおけるノードの要部のブロック構成図。
【図5】本実施例の光無線通信システムにおいて通信経路確立処理の動作手順を示すフローチャート。
【図6】本実施例の光無線通信システムにおいて空間位相変調器の位相パターン調整処理の動作手順を示すフローチャート。
【図7】本実施例の光無線通信システムにおけるハブの送信部の動作を説明するための概念図。
【図8】光無線通信システムのハブ・ノード間の送受信の概念図。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の一実施例である光無線通信用送信装置及び該装置を用いた光無線通信システムについて、添付図面を参照しつつ説明する。
【0027】
本実施例の光無線通信システムは、基本的には、図8(a)に示したように、例えば室内の天井(或いは壁面の上部)などに設置されるハブ3と、図示しないパソコンなどの端末に接続されるノード2と、を含んで構成される。
【0028】
ハブ3及びノード2の内部構成について、それぞれ簡単に説明する。図3はハブ3の要部のブロック構成図である。ハブ3は、光学系として、後述するように特徴的な構成を有する送信部10と、入射光を集光するレンズ33と受光センサ34とを含む受信部32とを備え、送信部10はノード2の設置位置に応じて情報を乗せた光を出射するともに、ノード2がハブ3の位置を容易に認識し得るような拡散光を光源部40から出射する。
【0029】
受光センサ34としては特許文献1などに開示されているセンサを用いる。この受光センサ34は、一般的なCMOSイメージセンサと同様に2次元的に配置された全ての画素の画素信号を読み出して画像信号出力として出力するイメージセンサ動作モードと、任意の1乃至複数の画素の画素信号を加算して読み出し通信信号出力として出力する高速通信動作モードと、の2つの動作モードのいずれかを選択的に実行可能である。
【0030】
電気系回路としては、受光センサ34からの画像信号出力を受ける画像処理部36と、該画像処理部36で作成された画像に対して画像認識等の処理を施すことにより目的とする複数のノード2の位置を検出する位置検出部37と、受光センサ34からの通信信号出力を受けてデータ復調処理等を行って所望のデータを取り出す受信処理部35と、上記送信部10の複数の光源を駆動する光源駆動部30と、LAN等のネットワーク回線に接続されたインタフェイス部39を経て入力されるデータに対してデータ変調処理などを行って送信可能な形式に変換する送信処理部31と、上記各部の動作を制御する制御部38と、を備える。
【0031】
図4はノード2の要部のブロック構成図である。受信部52及び受信のための電気系回路(受信処理部55、画像処理部56、位置検出部57)の構成は基本的に図3に示したハブ3の受信部32及び受信のための電気系回路とほぼ同じである。一方、ノード2はハブ3とは異なり、或る位置に固定的に設けられた1台のハブ3との間での1対1の通信が行えればよいので、送信部60はハブ3がノード2の位置を容易に認識し得るような拡散光を出射する光源部65のほかに、データ通信用の光源部61を1個のみ有し、コリメートレンズ62、MEMS光束偏向器63、及び拡大光学系64を通してハブ3に向けて狭い放射角でもってデータを乗せた光を出射する。また、送信のための電気系回路としては、上記送信部60のデータ通信用の光源部61を駆動する光源駆動部50と、パソコン等の端末機器に接続されたインタフェイス部59を経て入力されるデータに対してデータ変調処理などを行って送信可能な形式に変換する送信処理部51と、上記各部の動作を制御する制御部58と、を備える。
【0032】
図1は図3中の送信部10の要部の構成図である。これが本発明に係る光無線通信用送信装置の一実施例の特徴的な構成を示す図である。この送信部10は、光学系として、互いに異なる発光波長を有する複数(この例では3個だが、これに限らない)点光源の集合である点光源アレイ11と、第1フーリエ変換レンズ12と、空間光変調器(以下「SLM(=Spatial Light Modulator)」という)ユニット13に含まれる液晶SLM137と、第2フーリエ変換レンズ14と、コリメートレンズ15と、スキャンレンズ16と、を含み、これらが光軸Cに沿って配置されている。
【0033】
図示するように、点光源アレイ11が載った配置面P1と第1フーリエ変換レンズ12の中心面P2との間の距離、第1フーリエ変換レンズ12の中心面P2と液晶SLM137の中心面P3との間の距離、液晶SLM137の中心面P3と第2フーリエ変換レンズ14の中心面P4との間の距離、はいずれも、第1フーリエ変換レンズ12及び第2フーリエ変換レンズ14の焦点距離fに設定されている。第2フーリエ変換レンズ14からコリメートレンズ15側に焦点距離fだけ離れた位置に一旦結像が生じる中空像面P5が存在するが、その中空像面P5と第2フーリエ変換レンズ14との間にビームスプリッタ17が挿入され、ビームスプリッタ17で取り出された一部の光は光パターンモニタ用のイメージセンサ18に導入されている。
【0034】
液晶SLM137は電気アドレス型の位相変調型空間変調器であり、所望の2次元的な光パターンを形成するために入射光を2次元的に位相変調する。液晶SLM137により位相変調された光は、後段の第2フーリエ変換レンズ14によりフーリエ変換されることで2次元上の位置によって光強度が相違する光パターンとなる。こうした空間光変調器による光パターン形成技術は、従来から、プロジェクタ、レーザ加工、光ピンセットなどに利用されている。特開2005−292662号公報、特開2006−72280号公報などに開示されているように、液晶SLM137は例えば、書き込み光源、透過型LCD、結像レンズ、平行配向ネマチック液晶空間光変調器などを含んで構成される。
【0035】
SLMユニット13は液晶SLM137のほかに、液晶SLM137を電気的に駆動するSLM制御部130を含み、SLM制御部130は、制御部38から入力されたデータに基づいて2次元的な光強度の2次元分布を指示する強度分布指示部131と、2次元強度分布に基づいて位相パターンデータを作成する位相パターンデータ生成部132と、予め決められた回折格子パターンデータを作成する回折格子パターンデータ生成部133と、両パターンを重畳したパターンデータを作成する重畳処理部134と、イメージセンサ18で得られた信号に応じてパターンデータを修正するフィードバック制御部135と、修正されたパターンデータに応じた画像を透過型の液晶SLM137に表示するように駆動する駆動部136と、を含む。液晶SLM137に表示される画像はCGH(Computer Generated Hologram)に対応する画像であり、位相パターンデータ生成部132及び回折格子パターンデータ生成部133で作成されるパターンデータとはCGHデータである。
【0036】
詳しくは後述するが、位相パターンデータ生成部132で作成されるパターンデータは、送信部10から送出される光の2次元的な光パターン(2次元的光強度分布)を決めるものである。一方、回折格子パターンデータ生成部133で作成されるパターンデータは点光源アレイ11から出射される複数の異なる波長光を合波(多重化)するためのものである。したがって、両パターンデータはそれぞれ全く異なる目的を達成するためのものであるが、両パターンが透過型LCDに重畳表示されることで、液晶SLM137は上記の2つの機能を同時に達成するようになっている。つまり、SLMユニット13はフーリエ変換レンズ12、14と協働して、光の合波と同時に送出方向に合わせた光パターンの形成を行う。
【0037】
第2フーリエ変換レンズ14を通して出射される光の射出角範囲は、液晶SLM137の画素サイズと、それに組み合わせるフーリエ変換レンズ12、14の焦点距離(レンズ特性)により決まるが、通常、その角度はたかだか20°程度である。そのため、屋内の或る部屋全体(5m四方〜10m四方程度を想定)をカバーするには不十分である。そこで、入射光を平行光化するコリメートレンズ15と入射光線角度を増幅する逆望遠型射出角増幅レンズであるスキャンレンズ16とを組み合わせた拡大光学系を通すことにより、射出角を数倍程度拡大し、100°以上の射出角範囲を実現している。
【0038】
本実施例の空間光通信システムでは、ハブ3の光源部40及びノード2の光源部65からそれぞれ広い範囲に出射される拡散光を用い、ノード2側及びハブ3側の受光センサ34、54をぞれぞれイメージセンサ動作モードで動作させることにより、ハブ3およびノード2の位置を互いに認識する。その上で、ハブ3側の送信部10では点光源アレイ11などを含むデータ通信用の出射光学系を用い、ノード2側ではMEMS光束偏向器6などを含むデータ通信用の出射光学系を用い、さらにノード2側及びハブ3側の受光センサ34、54をぞれぞれ高速通信動作モードで動作させることにより、ハブ3とノード2との間での双方向通信を行う。
【0039】
次に、ハブ3とノード2との間での双方向通信のアルゴリズムとその際の制御・処理動作とについて詳細に説明する。図5は本実施例の光無線通信システムにおける通信経路確立処理の動作手順を示すフローチャート、図6は空間光変調器の位相パターン調整処理の動作手順を示すフローチャート、図7はハブの送信部における特徴的な動作を説明するための概念図である。
【0040】
ハブ3側において光源部40は1つの部屋全体をカバーする広い範囲に拡散光を放出する(図8(a)参照)。この拡散光には例えば所定周波数の探索信号が乗っている(ステップH1)。ノード2側において受光センサ54はイメージセンサ動作モードで駆動され、受光センサ54の全ての画素信号が画像処理部56に送られ、ハブ3を含む広い範囲の画像が取得される(ステップN1)。位置検出部57はこの画像中から上記探索信号の出射位置を認識することによりハブ3の位置を認識して制御部58に送る(ステップN2)。この情報を受けて制御部58は送信部60におけるMEMS光束偏向器63を制御し、光源部61から出射したデータ通信用の光を比較的狭い射出角でもってハブ3が存在する位置に向けて送出する。このとき、データ通信用の光には、送信処理部51において規定の確認信号とともに必要となる通信速度及びパワーの情報が乗せられる(ステップN3)。
【0041】
またノード2側においても光源部65は1つの部屋全体をカバーする程度の広い範囲に、例えば所定周波数の探索信号が乗った拡散光を放出する。ハブ3において受光センサ34はイメージセンサ動作モードで駆動され、受光センサ34の全ての画素信号が画像処理部36に送られ、ノード2を含む広い範囲の画像が取得される。位置検出部37はこの画像中から上記探索信号の出射位置を認識することによりノード2の位置を認識して制御部38に送る(ステップH2)。図8(a)に示すように、1個のハブ3がカバーする範囲に複数(この図では2個であるがそれ以上でも構わない)のノード2が存在する場合、複数のノードの位置が同時に検出される。一例として、ノード2が4個存在する場合の、ハブ3におけるノード検出結果を図7(a)に示す。この例では、受光センサ34により撮影された画像101中にN1〜N4の符号を付した4個のノードが検出されている。
【0042】
ハブ3において制御部38は上記検出結果により、受光センサ34の受光面上で各ノードから送られてくるデータ光の到達位置(画素)が分かる。そこで、受光センサ34を高速通信動作モードで動作させ、それぞれのデータ光に対応した受光信号のみを選択的に取り出すように読み出し画素を指定する。高速通信動作モードでは、データ光が到達していない画素の画素信号を読み出す必要がなく、しかも1個のノードからのデータ光が当たっている複数の画素の光電流信号を、蓄積することなく加算して読み出すことができる。そのため、通常のイメージセンサのフレームレートよりも格段に短い周期で受光信号を読み出すことができる。
【0043】
受信処理部35は上記のように受光センサ34から、蓄積することなく高い周波数の時間信号として読み出された信号を復調し、各ノードに対応した送信データをそれぞれ取り出す。制御部38はこのデータを受けて確認信号が得られたノードについては、データ中の通信速度及び要求パワー情報を取得する(ステップH3)。一般に、高速のデータ通信には高いエネルギーと広い周波数帯域を必要とし、低速のデータ通信には相対的に低いエネルギーと狭い周波数帯域で十分である。そのため、複数のノード2に並行してデータ光を送出する必要がある場合でも、その通信速度やノードでの要求パワーに応じて適宜にエネルギー(光強度)を分配することで、エネルギーの無駄がなくなり、省電力化にも繋がる。
【0044】
そこで、制御部38は位置検出部37から得た情報に基づいて複数のノード2の位置を確認し、且つ、受信処理部35から各ノード2に必要な通信速度や要求パワーの情報を取得し、それに応じて送信部10から出射する光の2次元的な強度分布を決定する。具体的には、各ノード2の検出位置のずれや送信部10からの送出光の方向のずれなどを考慮し、図7(a)に示したような各ノードの検出範囲N1〜N4よりも若干大きい領域N1’〜N4’(図7(c)参照)、データ光の送出領域として設定する。また、通信速度や要求パワーに応じて、通信速度が高いノード、要求パワーが大きなノードに対して相対的に光強度が大きくなるように、各領域N1’〜N4’の光強度を決定する。
【0045】
図7の例では、検出範囲N1、N2に存在するノードは要求される通信速度が高く、検出範囲N3、N4に存在するノードは要求される通信速度が低いものとする。この場合、領域N1’、N2’に対して送出されるデータ光の強度が領域N3’、N4’に対して送出されるデータ光の強度よりも高く設定される。これにより、図7(c)に示すように、制御部38においてハブ3がカバーする範囲で所望の光強度分布を反映する光パターンが作成される。図7(c)において、黒で示した部分(領域N1’〜N4’を除いた部分)は光強度がゼロである部分である。
【0046】
制御部38からSLMユニット13の強度分布指示部131に上記の所望の光パターンが入力されると、強度分布指示部131は光パターンを各画素位置毎の強度制御データに変換して位相パターンデータ生成部132に入力する。位相パターンデータ生成部132は元の光パターンに対応したCGH画像である位相パターンを作成し、各画素毎の位相値を輝度値で示した制御データを求める。一方、回折格子パターンデータ生成部133は例えば予めプログラムされた回折格子パターンについて、各画素毎の位相値を輝度値で示した制御データを求める。重畳処理部134は対応する画素毎に位相値を表す輝度値を加算することにより、強度分布を反映した位相パターンと回折格子パターンとを重畳する。フィードバック制御部135は実際にイメージセンサ18で得られた信号に基づいて、位相パターンに対応したCGH画像データを修正する。但し、このフィードバック制御部135によるデータ修正は必ずしも必要なものではない。
【0047】
こうして得られたCGH画像データに基づいて駆動部136が液晶SLM137を駆動すると、該液晶SLM137にCGH画像が表示され、第1フーリエ変換レンズ12を通して入射された異なる波長のデータ光は合成される。即ち、回折格子を光路中に挿入したのと同様に、異なる波長が多重化された光が得られる。また、液晶SLM137で位相変調された光が第2フーリエ変換レンズ14でフーリエ変換されると、制御部38からSLMユニット13に対して指示された図7(c)に示すような光パターンが形成される。
【0048】
このときに形成される光パターンでは、データ光を送る必要のない部分、つまり光パターン上で領域N1’〜N4’以外の部分に到達するような光のエネルギーは殆どゼロとなり、その分のエネルギーは領域N1’〜N4’に分配される。また、領域N1’、N2’に対しては領域N3’、N4’に比べて大きなエネルギーが分配される。そのため、ビームスプリッタ17などの光路途中での光のロスを除けば、第1フーリエ変換レンズ12に入射した光のエネルギーのほぼ全てが領域N1’〜N4’に集まるように、光強度分布が制御される。これにより、図8(b)に示すように、各ノード2に対してぞれぞれ狭い角度でもって波長多重されたデータ光が照射される。
【0049】
制御部38は上記のようなデータ光にそれぞれ確認信号を乗せて送る(ステップH4)。各ノード2がこの確認信号を受けることにより、ハブ3とノード2との間の相互通信のリンクが確立され、データ光の送受が可能となる。
【0050】
ハブ3とノード2との間のデータの送受の際に、ノード2側において制御部58は、受光センサ54で受けたデータ光の受信パワーに関する情報を受信処理部55から受け取る(ステップN11)。制御部58は要求パワーに対して設定された許容範囲内にその受信パワーが収まっているか否かを判定する。そして、受信パワーが許容範囲を逸脱している場合には、その差からパワー補正量を計算し、データ光の一部に乗せてその情報をハブ3に送る(ステップN12)。パワー補正量をデータとして送る代わりに、実際の受信パワーと目標受信パワーとを送るようにしてもよい。
【0051】
ハブ3において制御部38が上記のようなパワー補正量データを受け取ると、それに基づいてSLMユニット13に指示する光パターンを再設計する(ステップH11)。SLMユニット13はこの指示を受けて位相パターンを修正し(ステップH12)、それによって形成される光パターンも変更される。例えば、ハブ3とノード2との間に何らかの障害物が存在していて、ノード2での受信パワーが低下するような場合でも、光パターンを変更してエネルギーの適正分配を図ることにより、良好な光通信路を確保することができる。
【0052】
一般的に、ハブ3の位置は固定的であるが、ノード2は移動されることがよくあり、また移動中にも通信を確保する必要がある。そのため、ハブ3側では周期的に受光センサ34をイメージセンサ動作モードで駆動してノード2の位置を把握し、ノード2の位置の移動に応じて指示する光パターンを逐次変更するようにする。もちろん、ノード2側においても相対的なハブ3の位置の移動を把握し、射出角を変更することによりデータ光が正確にハブ3に到達するようにする。これにより、データ通信中にも良好な通信状態を確保することができる。
【0053】
上記実施例の光無線通信システムにおける送信部10は、透過型の液晶SLM137を用いたSLMユニット13を利用していたが、液晶SLMは反射型の構成とすることもできる。図2は反射型の液晶SLM237を用いた場合の送信部の光学系の構成を示した図である。この図では、SLM制御部230の内部構成の記載は省略している。
【0054】
この送信部では、点光源アレイ11を出射した光は反射鏡24で反射されて、図1の第1及び第2フーリエ変換レンズ12、14を兼ねたフーリエ変換レンズ22を通して液晶SLM237に導入される。液晶SLM237で反射されつつ位相変調された光は再びフーリエ変換レンズ22を通過して反射鏡25で反射され、コリメートレンズ15、スキャンレンズ16に導入される。反射鏡25にビームスプリッタの機能を持たせ、一部の光を透過させてイメージセンサ18で検出するようにしている。これにより、基本的に図1の構成と同様に、空間光変調器23とフーリエ変換レンズ22との組み合わせにより、光の波長を多重化する機能と所望の光パターンを形成する機能とを達成することができる。
【0055】
なお、上記実施例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、追加、修正を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。例えば、空間光変調器は位相変調を行うことが可能なものであれば、その構成、例えば光を2次元的に変調する光学素子の種類などは特に限定されない。
【符号の説明】
【0056】
10…送信部
11…点光源アレイ
12、14、23…フーリエ変換レンズ
13、23…SLMユニット
130、230…SLM制御部
131…強度分布指示部
132…位相パターンデータ生成部
133…回折格子パターンデータ生成部
134…重畳処理部
135…フィードバック制御部
136…駆動部
137、237…液晶SLM
15…コリメートレンズ
16…スキャンレンズ
17…ビームスプリッタ
18…イメージセンサ
24、25…反射鏡
30、50…光源駆動部
31、51…送信処理部
32、52…受信部
33…レンズ
34、54…受光センサ
35、55…受信処理部
60…送信部
61…光源部
62…コリメートレンズ
63…MEMS光束偏向器
64…拡大光学系
65…光源部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の受信部に対し、それぞれ独立に情報を乗せた光を合成して送出するための光無線通信用送信装置であって、
a)相異なる波長の光を出射する複数の光源からなる発光手段と、
b)前記発光手段から与えられる波長の相違する複数の光を合成するための回折格子パターンと、光を送出する空間的な光強度分布を形成する位相パターンと、を重畳した表示パターンを作成し、前記発光手段に由来する入射光に対し前記表示パターンに従った空間光変調を施す空間光変調手段と、
c)前記空間光変調手段で空間光変調された光の複素振幅分布をフーリエ変換する変換光学手段と、
を備え、前記位相パターンを前記複数の受信部の位置に応じたものとすることを特徴とする光無線通信用送信装置。
【請求項2】
請求項1に記載の光無線通信用送信装置であって、
前記変換光学手段を経た光束の放射角を拡大する拡大光学手段をさらに備え、前記拡大光学手段を通して拡大された光を前記複数の受信部を含む範囲に出射することを特徴とする光無線通信用送信装置。
【請求項3】
請求項1又は2のいずれかに記載の光無線通信用送信装置であって、
前記複数の受信部の位置を認識する位置認識手段と、
前記位置認識手段により認識された各受信部の位置情報に基づいて前記位相パターンを作成して前記空間光変調手段に与える位相パターン作成手段と、
をさらに備えることを特徴とする光無線通信用送信装置。
【請求項4】
請求項3に記載の光無線通信用送信装置であって、
当該送信装置から各受信部へ送信する情報のデータレートに応じて前記位相パターンを変更することを特徴とする光無線通信用送信装置。
【請求項5】
請求項3又は4のいずれかに記載の光無線通信用送信装置であって、
当該送信装置から各受信部への光無線通信の通信状態に応じて前記位相パターンを変更することを特徴とする光無線通信用送信装置。
【請求項6】
請求項3〜5のいずれかに記載の光無線通信用送信装置であって、
前記空間光変調手段により空間変調された光の一部を取り出す光束分割手段と、
前記光束分割手段により取り出された光の二次元強度分布を検出可能な二次元検出手段と、
を備え、前記位相パターン作成手段は、前記二次元検出手段により得られた情報に基づいて位相パターンを変更することを特徴とする光無線通信用送信装置。
【請求項7】
請求項2に記載の光無線通信用送信装置であって、
前記拡大光学手段は、コリメートレンズと入射光線角度を増幅するスキャンレンズとの組み合わせであることを特徴とする光無線通信用送信装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−61267(P2011−61267A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−205553(P2009−205553)
【出願日】平成21年9月7日(2009.9.7)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、総務省、研究開発委託契約「位置・画像情報を利用するインテリジェント波長多重高速屋内光無線LANに関する研究」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】