説明

光酸発生剤、その製造方法及びフォトリソグラフィ用樹脂組成物

【課題】樹脂への溶解性が高く、容易に製造することができる非イオン系i線対応の光酸発生剤等を提供する。
【解決手段】


(式中、xは1から8の整数、yは3から17の整数である。)
で示す光酸発生剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、半導体製造等に利用するフォトリソグラフィ用樹脂組成物やその成分である光酸発生剤(PAG)等に関し、特に、紫外線(i線)を照射すると酸を発生する光酸発生剤、その製造中間体、前記光酸発生剤の製造方法、及び前記光酸発生剤を含むフォトリソグラフィ用樹脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
非イオン系i線対応光酸発生剤は、比較的樹脂との相溶性がよく、安価な光源である高圧水銀灯が使用可能であることから注目されている(例えば、非特許文献1から非特許文献5を参照)。
【0003】
そこで、発明者らは290nmに吸収を有するチアントレンを発色団とするイミド型光酸発生剤N-トリフルオロメタンスルフォニロキシ-7-メチルチアントレン-2,3-ジカルボン酸イミド(以下、Me-THITfと略記する。)及びN-ペンタフルオロベンゼンスルフォニロキシ-7-メチルチアントレン-2,3-ジカルボン酸イミド(以下、Me-THIPSと略記する。)を既に開発している(非特許文献5を参照)。
【0004】
Me-THITf及びMe-THIPSは、光が照射されると超強酸であるトリフルオロメタンスルホン酸を発生し、樹脂の架橋・不溶化を触媒する。また、これらのi線(波長365nm)におけるモル吸光係数は、それぞれ1570M-1cm-1及び1640M-1cm-1あり、市販品の光酸発生剤であるN-トリフルオロメタンスルフォニロキシ-1,8-ナフチルイミド(以下、NITfと略記する。)よりも優れた光架橋触媒である。
【0005】
ところで、これらMe-THITf及びMe-THIPSは、図8に示すようにして合成していた。まず、4,5-ジクロロフタル酸無水物(以下、化合物1と省略する。)から保護過程であるN-フェニル-4,5-ジクロロフェニルイミド(以下、化合物10と略記する。)を経由して、4-メチルベンゼン-1,2-ジチオール(以下、化合物11と略記する。)と反応させ、チアントレン骨格を有するN-フェニル-7-メチルチアントレン-2,3-ジカルボン酸イミド(以下、化合物12と略記する。)を合成した。
【0006】
つぎに、脱保護過程である7-メチルチアントレン-2,3-ジカルボン酸(以下、化合物13と略記する。)及び7-メチチアントレン-2,3-ジカルボン酸無水物(以下、化合物14と略記する。)を経由して、N-ヒドロキシ-7-メチルチアントレン-2,3-ジカルボンイミド(以下、化合物6と略記する。)を合成した。最後に、この化合物6から、Me-THIPS(15a)及びMe-THITf(15b)を合成した。
【非特許文献1】T. Asakura, H. Yamato, M. Ohwa, J. Photopolym. Sci. Technol., 13, 223 (2000).
【非特許文献2】H. Okamura, Y. Watanabe, M. Tsunooka, M. Shirai, T. Fujiki, S. Kawasaki, M. Yamada, J. Photopolym. Sci. Technol., 15, 145 (2002).
【非特許文献3】H. Okamura, K. Sakai, M. Tsunooka, M. Shirai, J. Photopolym. Sci. Technol., 16, 87 (2003).
【非特許文献4】C. Iwashima, G. Imai, H. Okamura, M. Tsunooka, M. Shirai, J. Photopolym. Sci. Technol., 16, 91 (2003).
【非特許文献5】H. Okamura, R. Matsumori, M. Shirai, J. Photopolym. Sci. Technol., 17,131, (2004).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、Me-THITf及びMe-THIPSは優れた光酸発生剤であるものの、溶媒への溶解性はあまりよくなく、樹脂との相溶性も不十分であった。また、これらの光酸発生剤を合成するには、保護・脱保護の過程を必要とするため、最終生成物であるMe-THITf及びMe-THIPSに至るまでには多くの手間と長い反応時間時間を要していた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、光酸発生剤の構造について鋭意研究した結果、チアントレン骨格にメチル基の代りにtert-ブチル基を導入することによって、光酸発生剤の溶媒への溶解性を向上させることに成功した。また、保護・脱保護の過程を必要とせずに、中間体を製造する工程を導入することによって、光酸発生剤の製造時間を短縮することができた。
【0009】
すなわち、請求項1に記載の光酸発生剤は、
式(I)
【化1】

(式中、xは1から8の整数、yは3から17の整数である。)
で示すものである。
【0010】
請求項2に記載の光酸発生剤は、請求項1に記載の光酸発生剤であって、式(I)のCxFyがCF3のものである。
【0011】
請求項3に記載の光酸発生剤は、請求項1に記載の光酸発生剤であって、式(I)のCxFyがC6F5のものである。
【0012】
請求項4に記載のN-ヒドロキシ-7-tert-ブチルチアントレン-2,3-ジカルボン酸イミドは、式(II)
【化2】

で示す化合物であり、請求項1の光酸発生剤の製造中間体である。
【0013】
請求項5に記載の7-tert-ブチルチアントレン-2,3-ジカルボン酸イミドは、
式(III)
【化3】

で示す化合物であり、請求項1の光酸発生剤の製造中間体である。
【0014】
請求項6に記載の光酸発生剤の製造方法は、請求項1に記載の光酸発生剤の製造方法であって、不活性ガス雰囲気下で、塩基、N,N-ジメチルホルムアミド、トルエンの存在下、4,5-ジクロロフタルイミドと、4-tert-ブチルベンゼン-1,2-ジチオールとを加温状態で反応させて7-tert-ブチルチアントレン-2,3-ジカルボン酸イミドを製造する工程を含む。なお、前記不活性ガスとは化学的に不活性な窒素ガス、希ガスなどが挙げられるが、費用などの点から窒素ガスが好ましい。また、前記塩基としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウムなどが挙げられるが、費用などの点から水酸化ナトリウム、水酸化カリウムが好ましい。
【0015】
請求項7に記載のフォトリソグラフィ用樹脂組成物は、請求項1から請求項3の何れか一つの請求項に記載の光酸発生剤を含むものである。
【0016】
このフォトリソグラフィ用樹脂組成物は、光酸発生剤に加えて、光酸発生剤から発生した酸によって架橋・不溶化する樹脂を含んでおり、必要に応じて公知の塗布性を改善するための溶媒、各種添加剤などを含んでいてもよい。
【0017】
前記樹脂としては、例えばエポキシ基、オキセタン基、ビニルエーテル基を側鎖に有するポリマー、オリゴマー、多官能モノマーなどが挙げられる。これらの中でも、高反応性、汎用性、硬化物の特性から、エポキシ基を有するオリゴマーが好ましい。なお、これらの樹脂は単独で又は二種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0018】
前記溶媒としては、例えばN,N'-ジメチルホルムアミド、テトラヒドロフラン、トルエン、ジメトキシエタン、アセトニトリル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、シクロヘキサノン、プロピレングリコールメチルエーテルアセテート等の有機溶媒が挙げられる。これらの中でも、化合物に対する高い溶解性及びその沸点が適切であるとの理由から、シクロヘキサノンが好ましい。なお、これらの溶媒は単独で又は二種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0019】
前記添加剤としては、例えば、染料、顔料、増粘剤、消泡剤、レベリング剤、分散剤などが挙げられる。
【発明の効果】
【0020】
請求項1から請求項3の光酸発生剤は、従来からある光酸発生剤に比べて、溶媒への溶解性が高い。そのため、樹脂との相溶性も高くなり、より均一なフォトリソグラフィ組成物を得ることができる。
【0021】
請求項4及び請求項5の化合物を使用することにより、又は請求項6の製造方法を使用することにより、光酸発生剤の製造時間を短縮することができる。
【0022】
請求項7のフォトリソグラフィ用樹脂組成物により、Si基板上などにより均一な厚さの樹脂層(フィルム)を容易に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下に、この発明を実施例により説明するが、この発明の特許請求の範囲は如何なる意味においても下記の実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0024】
1.光酸発生剤の合成とその評価
図1に示す合成経路に従って、tert-ブチル基を有する2種類のチアントレンイミドスルホナートを合成し、その物性等について評価した。以下にその詳細について説明する。なお、図1と以下の説明との関係を明確にするため、同一の化合物には同一の番号を付与した。
【0025】
(1)試薬
4,5-ジクロロフタル酸無水物(以下、化合物1と略記する。)は東京化成工業より購入したものをそのまま使用した。また、二塩化二硫黄、二炭素ジ-tert-ブチル(以下、(Boc)2Oと略記する。)、50%ヒドロキシルアミン溶液は和光純薬より購入したものをそのまま使用した。tert-ブチルベンゼン(以下、化合物3と略記する。)、tert-ブトキシカリウム(以下、t-BuOKと略記する。)1.0M THF溶液、ペンタフルオロベンゼンスルホニルクロライド、トリフルオロメタンスルホニルクロライドはアルドリッチより購入したものをそのまま使用した。亜鉛はキシダ化学より購入したものをそのまま使用した。N,N-ジメチルアミノピリジン(以下、DMAPと略記する。) 、ホルムアミドはナカライテスクより購入したものをそのまま使用した。テトラヒドロフラン(以下、THFと略記する。)、N,N'-ジメチルホルムアミド(以下、DMFと略記する。) 、トルエン、ジメトキシエタン (以下、DMEと略記する。) 、アセトニトリル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、シクロヘキサノンは、CaH2により蒸留したものを使用した。NITf、Me-THITf、Me-THIPSは、前記非特許文献5に従って合成したものを使用した。
【0026】
(2)測定装置
1H NMRスペクトルはFT-NMRスペクトロメーター(JEOL、GX-270)により測定した。IRスペクトルはFT-IRスペクトロメーター(JASCO、FT/IR-410)により測定した。質量分析は、質量分析装置(島津製作所製 GCMS QP2010plus)によって行った。UV-VisスペクトルはUV-Visスペクトロメーター(島津製作所、UV2400PC)により測定した。分解点(Td)は熱重量分析器(島津製作所、TGA-50)により測定した。
【0027】
(3)光酸発生剤の合成
(a)4,5-ジクロロフタルイミドの合成
文献(K. Kacprzak, Synth. Commun., 33 (9), 1499 (2003).)に従って合成した。まず、ホルムアミド(12.0g,266mmol)を四つ口フラスコに入れ、撹拌しながらゆっくりと化合物1(3.00g,13.8mmol)を5分かけて加えた。つぎに、フラスコをオイルバスに浸け、35分かけてゆっくりと昇温し、130℃で2時間反応させた。その後、120℃まで温度を下げ、フラスコの内容物を氷水300mlに注ぎ入れて析出した固体をろ別し、固体を水で洗浄した。最後に、洗浄した固体を真空乾燥し、淡黄色の4,5-ジクロロフタルイミド(以下、化合物2と略記する。)を得た(2.60g、収率87%)。なお、この化合物2は以下に示す分析結果から同定した。
【0028】
mp:215-216℃(文献値:218-220℃、上記文献による。);IR (KBr) 3468cm-1 (N-H);Anal. Calcd for C8H3Cl2NO2: C, 44.48; H, 1.40; N, 6.48. Found: C, 44.76; H, 1.37; N, 6.24.
【0029】
(b)4-tert-ブチルベンゼン-1,2-ジチオールの合成
特開平07−173130号公報に従って合成した。まず、化合物3(91.0g,679mmol)、ヨウ素(107g,423mmol)、二塩化二硫黄(135g,1000mmol)、クロロホルム257mlを四つ口フラスコに入れ、42℃で24時間反応させた。つぎに、反応系を室温に戻し、亜鉛(164g,2.51mol)と35% HCl 780mlを加えて60℃で還流しながら2時間反応させた。
【0030】
さらに、反応系を室温に戻し、生成物をクロロホルム500mlで4回抽出し、有機相を無水MgSO4で乾燥したのち、溶媒を留去した。最後に、残ったものを減圧下で蒸留(1mmHg,110℃)して、液体の4-tert-ブチルベンゼン-1,2-ジチオール(以下、化合物4と略記する。)を得た(17.2g、収率12%)。なお、この化合物4は以下に示す分析結果から同定した。
【0031】
1H NMR (CDCl3):δ 7.35 (1H, s, aromatic), 7.25 (1H, d, aromatic), 7.05 (1H, d, aromatic), 3.72 (1H, s, SH), 3.54 (1H, s, SH), 1.21 (9H, s, -C(CH3)3).
【0032】
(c)7-tert-ブチルチアントレン-2,3-ジカルボン酸イミドの合成
まず、窒素中、化合物4(0.500g,2.52mmol)、KOH(0.480g,8.58mmol)、DMF(12.0ml)及びトルエン(5.00ml)の混合溶液をフラスコに入れ、ディーンスターク装置を組立てたのち、フラスコの内容物を130℃で18時間撹拌して反応させ、反応系よりトルエンと水を反応系中より排出しながら還流させた。
【0033】
つぎに、反応系を60℃に冷却し、化合物2(1.00g,4.65mmol)を加え、90℃で18時間撹拌した。反応の終了後、反応系を室温に戻してクロロホルム100mlで4回抽出操作を行い、有機層を無水MgSO4で乾燥したのち、溶媒を留去した。
【0034】
最後に、乾燥して得られた固体を、酢酸エチル:クロロホルム=1:2の混合溶媒を溶離液とする中圧カラムによって精製した。その結果、黄色の固体である7-tert-ブチルチアントレン-2,3-ジカルボン酸イミド(以下、化合物5と略記する。)を得た(0.920g、収率58%)。なお、この化合物5は以下に示す分析結果から同定した。
【0035】
mp:221-223℃;1H NMR (CDCl3): δ 7.88 (2H, d, aromatic), 7.48 (1H, d, aromatic), 7.39 (1H, s, aromatic), 7.32 (1H, d, aromatic), 1.28 (9H, s, -C(CH3)3) ; IR (KBr) 3257 (N-H), 1714 cm-1 (C=O) ; MS (EI), m/z 341(M+, 100) ; Anal. Calcd for C18H15NO2S2: C, 63.32; H, 4.43; N, 4.10. Found: C, 63.35; H, 4.16; N, 3.64.
【0036】
(d)N-ヒドロキシル-7-tert-ブチルチアントレン-2,3-ジカルボン酸イミドの合成
文献(C. Einhorn, J. Einhorn, C. Marcadal-Abbadi, Synth. Commun., 31 (5), 741 (2001).)に従って合成した。まず、窒素中、化合物5(3.80g,11.0mmol)、アセトニトリル(5.00ml)、(Boc)2O(3.00ml,13.3mmol)の混合溶液に、アセトニトリル(4.00ml)に溶解させたDMAP(38.0mg,22.9mmol)を加えて室温で2時間撹拌した。
【0037】
つぎに、50wt% NH2OH(1.60ml,26.4mmol)を加え、室温で18時間撹拌した。反応が終了したら、ジエチルエーテル(15.0ml)に生成物を滴下することにより固体を析出させた。析出した固体をろ別し、少量のジエチルエーテルで洗浄した。
【0038】
得られた固体を真空乾燥させたのち、乾燥した固体を水15mlの中に入れ、撹拌しながら1M HCl aqをゆっくりと加えてpH1にした。固体をろ別して、ろ別した固体を少量の水で洗浄したのち、真空乾燥した。その結果、オレンジ色の固体であるN-ヒドロキシル-7-tert-ブチルチアントレン-2,3-ジカルボン酸イミド(以下、化合物6と略記する。)を得た(3.28g,収率83%)。なお、この化合物6は以下に示す分析結果から同定した。
【0039】
mp:108-110℃; 1H NMR (CDCl3):δ 7.95 (2H, d, aromatic), 7.44 (1H, d, aromatic), 7.33 (1H, s, aromatic), 7.30 (1H, d, aromatic), 1.24 (9H, s, -C(CH3)3) ; IR (KBr) 3433 (N-OH), 1681 cm-1 (C=O) ; MS (EI), m/z 357(M+, 96), 342(M+-15, 100) ; Anal. Calcd for C18H15NO3S2: C, 60.48; H, 4.23; N, 3.92. Found: C,60.40; H,4.25; N,3.63
【0040】
(e)N-トリフルオロメタンスルフォニロキシ-7-tert-ブチルチアントレン-2,3-ジカルボン酸イミド(tert-THITf)の合成
前記非特許文献5に従って合成した。まず、窒素中、フラスコに入れた化合物6(0.500g,1.40mmol)に、蒸留済みのTHF(30.0ml)及びt-BuOK(0.160g,1.40mmol)を加えて、室温で30分間撹拌した。その後、THFを留去してもう一度窒素中にし、DME(10.0ml)を加え撹拌しながら冷却恒温槽で-78℃にした。
【0041】
そこにCF3SO2Clを(0.150ml,1.40mmol)加えて、-20℃で1時間撹拌した。反応が終了したのち、反応系からDMEを留去して粘性固体を得た。乾燥して得られた粘性固体を、トルエンを溶離液とする中圧カラムによって精製したのち、トルエンを留去して乾燥し粘性固体を得た。さらに、この粘性固体を、クロロホルムを溶離液として分取カラムにより再び精製したのち、クロロホルムを留去し、真空乾燥した。その結果、黄色い粘性固体であるN-トリフルオロメタンスルフォニロキ-7-tert-ブチルチアントレン-2,3-ジカルボン酸イミド(以下、化合物7a)を得た(0.0740g,収率11%)。なお、この化合物7aは以下に示す分析結果から同定した。
【0042】
1H NMR (CDCl3): δ 7.85 (2H, d, aromatic), 7.47 (1H, d, aromatic), 7.37 (1H, s, aromatic), 7.30 (1H, d, aromatic), 1.28 (9H, s, -C(CH3)3) ; IR (KBr) 1784 (C=O), 1381 ( S(=O)2 ), 1192 cm-1 (-CF3) ; UV (アセトニトリル) max = 289 nm, logε=3.27 (l/mol・cm) ; Td: 156 ℃
【0043】
(f)N-ペンタフルオロベンゼンスルフォニロキシ-7-tert-ブチルチアントレン-2,3-ジカルボン酸イミド(tert-THIPS)の合成
前記非特許文献5に従って合成した。まず、窒素中、フラスコに入れた化合物6(1.00g,2.80mmol)に、蒸留したTHF(30.0ml)、tert-BuOK(0.314g,2.80mmol)を加えて、室温で30分間撹拌した。その後、THFを留去しもう一度窒素中にし、DME(10.0ml)を加え撹拌しながら冷却恒温槽で-78℃にした。
【0044】
そこにC6F5SO2Clを(0.430ml,2.80mmol)加えて、-20℃で1時間撹拌した。反応が終了したのち、反応系中のDMEを留去して粘性固体を得た。乾燥して得られた粘性固体を、トルエンを溶離液とする中圧カラムにより精製したのち、トルエンを留去して乾燥し粘性固体を得た。さらに、この粘性固体をトルエン/ヘキサン(1/10v/v)によって再結晶したのち、真空乾燥した。その結果、黄色い粘性固体N-ペンタフルオロベンゼンスルフォニロキシ-7-tert-ブチルチアントレン-2,3-ジカルボン酸イミド(以下、化合物7b)を得た(1.30g,収率78%)。なお、この化合物7bは以下に示す分析結果から同定した。
【0045】
1H NMR (CDCl3): δ 7.83 (2H, d, aromatic), 7.41 (1H, d, aromatic), 7.31 (1H, s, aromatic), 7.29 (1H, d, aromatic), 1.23 (9H, s, -C(CH3)3); IR (KBr) 1773 (C=O), 1507 (C-F), 1316 cm-1 ( S(=O)2);UV(アセトニトリル)λmax=289nm,logε=3.17(l/mol・cm).Td:206℃.
【0046】
このように、図1に示す光酸発生剤の合成経路は、保護・脱保護過程を伴わないので、反応段階を二段階短縮することができ、最終生成物にいたるまでの反応時間を大幅に短縮することができた。一方、全収率に関しては、従来からある製造方法と比較して大差は見られなかった。しかし、チアントレン骨格を形成する反応、及びヒドロキシイミドに変換する反応を最適化することによって、収率の向上が期待できる。
【0047】
(4)光酸発生剤の物性
(a)UV-Visスペクトルの測定
合成したtert-THITf及びtert-THIPSのアセトニトリル中でUV-Visスペクトルを測定した。その結果を図2に示す。図2のUV-Visスペクトルから、合成した2種類の光酸発生剤はi線(365nm)に吸収を有することが確認できた。なお、測定したtert-THITfの濃度は2.16×10-5Mであり、tert-THIPSの濃度は2.22×10-5Mであった。
【0048】
(b)モル吸光係数及び分解点の測定
つぎに、tert-THITf、tert-THIPSのモル吸光係数(ε)及び分解点(Td)を測定した。その結果を表1に記載した。なお、比較のため、Me-THITf、Me-THIPS、及びNITfのモル吸光係数(ε)及び分解点(Td)についても合わせて記載した。
【0049】
【表1】

【0050】
表1にも記載のとおり、tert-THITf、tert-THIPのモル吸光係数は、それぞれ1950、1480M-1cm-1であり、Me-THITf、Me-THIPSとさほど大差はなく、ナフタレンイミド型であるNITfのモル吸光係数(330M-1cm-1)よりも大きかった。このことはtert-THITf、tert-THIPが、365nmにおいてはNITfよりも効率良く分解する可能性を示唆している。
【0051】
Tdについて、置換基が同じもの同士を比較すると、Me-THIPS>Me-THITf及びtert-THIPS>tert-THITfの順になっていた。この結果から、Tdとスルホン酸エステル部位の構造とは大きく関係していることが分かった。スルホン酸エステル部位の構造を考慮すれば、S上置換基の電子吸引性が増大するとTdが低下する、と考えられる。このことから、TdにはS上置換基の電子吸引性に由来するN-O結合の安定性が寄与している、と考えられる。
【0052】
なお、一般的に、Tdつまり、熱安定性が低いほど光反応性が高いことが知られている。そのため、今回合成した2種類の光酸発生剤の中ではtert-THITfの方が、反応性が高いと予想できる。なお、これらの光酸発生剤は、そのTdが156℃、206℃であることから、光酸発生剤としての使用温度域では理論上は安定しているといえる。
【0053】
(5)溶解性
光酸発生剤を約1mg試験管にとり、20℃に調温した部屋で有機溶媒を約0.1mlずつ加え、光酸発生剤が完全に溶解するまで加えた。なお、3ml加えても完全に溶解しない場合には溶解しないものとして評価した。また、比較のため、メチル基を有するMe-THIPS及びMe-THITfについても同様にしてその溶解性を調べた。その結果を表2に示す。
【0054】
【表2】

【0055】
表2から明らかなように、メチル基の代りにtert-ブチル基を導入することによって、メチル基を有するMe-THIPS及びMe-THITfでは溶解性が低い有機溶媒、具体的には、ヘキサン、ジエチルエーテル、エタノール及びメタノール、にも溶解するようになった。このことからtert-ブチル基の導入により、有機溶媒への溶解性が大幅に向上したことが分かった。また、一般的に有機溶剤への溶解性の向上は樹脂への溶解性の向上に対応していることから、光酸発生剤のモノマー、プレポリマー及び樹脂との相溶性の向上が期待できる。なお、tert-THIPSとtert-THITfにおいて、メタノールに対してのみ溶解性の差異が認められたが、この原因は不明である。
【0056】
(6)光分解による吸収スペクトルの変化
一般的に光分解性化合物は光を吸収することによって分解し、UV-Visスペクトルの吸光度変化を起こす。そこで、tert-THITf及びtert-THIPSにアセトニトリル中で波長365nmの光を照射して光分解させ、そのUV-Visスペクトルの変化を測定した。その結果を図3に示す。なお、測定したtert-THITfの濃度は2.32×10-5Mであり、tert-THIPSの濃度は7.38×10-5Mであった。
【0057】
この図3から明らかなように、光照射によってtert-THITf及びtert-THIPSは265nm付近の吸収が増大する一方、290,310nm付近の吸収が減少することが分かった。これにより両者とも365nm光を吸収して光分解を起こすことが分かった。
【0058】
つぎに、tert-ブチル基の導入が、光分解速度に与える影響を調べるため、tert-THITf、Me-THITf、tert-THIPS、Me-THIPSに波長365nmの光を照射して光分解させ、310nm付近のピークの変化について比較した。吸光度を規格化して比較した結果を図4及び図5に示す。
【0059】
図4からも明らかなように、規格化した両者のピークの高さ変化から、2000mJ/cm2までの光照射において、Me-THITfとtert-THITfの分解速度に大きな違いはなかった。ただ、さらに照射光量を増大すると、副反応に起因すると思われる分解速度の差異が認められた。
【0060】
また、図5から明らかなように、照射光量を増やしても、Me-THIPSとtert-THIPSの分解速度において大きな差異は認められなかった。
【0061】
さて、前記非特許文献5に記載してあるように、Me-THITfはMe-THIPSよりも分解速度の速いことが既に知られている。また、前記の結果から、特に多量の光を照射しない場合には、tert-THITfとMe-THITfとの分解速度、tert-THIPSとMe-THIPSの分解速度に大きな差異がないことが分かった。これらのことを考慮すると、tert-THITfはtert-THIPSよりも分解速度が速いと予想される。
【実施例2】
【0062】
2.フィルムの作製とその評価
実施例1で合成した光酸発生剤を含むフォトリソグラフィ用樹脂組成物を調製し、これを光重合することによってフィルムを作製し、このフィルムの性質を評価した。なお、フォトリソグラフィ用樹脂組成物の樹脂成分には、ポリグリシジルメタクリレート(PGMA)を使用した。
【0063】
(1)試薬
グリシジルメタクリレート(GMA)は、東京化成から購入したものを蒸留して使用した。また、2,2'-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)は、ナカライテスクから購入したもの再結晶(溶媒:クロロホルム)して使用した。さらに、NITf、Me-THITf、Me-THIPSは、実施例1と同様に前記非特許文献5に従って合成したものを使用した。
【0064】
(2)測定装置等
PGMAのMn及びMwは、ポンプ(JASCO,880-PU)、検出器(JASCO,RI-1530,870-UV)、デガッサー(JASCO,DG-980-53)、恒温槽(クロマトサイエンス,CS-600H)、カラム(TOSOH,GMHHR-N,GMHHR-H)で構成したSEC測定装置を使用して、GCP法により測定した。なお、溶離液にはTHFを使用し、その流速は0.8ml/minに設定した。また、分子量標準物質にはポリスチレン(東ソー)を使用した。
【0065】
また、光硬化は、高圧水銀灯(ウシオ電機,UM-102)が発生した光から、干渉フィルター(朝日分光,MZ0365)により365nm光のみを取り出して照射することにより行った。
【0066】
さらに、フィルム作製にはスピンコーター(ミカサスピンコーター,1H-D3型)を使用した。さらに、Si板上の膜厚測定は膜厚測定器(Nanometrics Japan, Nanospec M3000)で行った。光量測定は紫外線照度計(オーク製作所,UV-MO2)で行った。
【0067】
(3)フィルムの作製
(a)ポリグリシジルメタクリレート(PGMA)の合成
まず、GMA(4.26g,33.2mmol),AIBN(122mg,0.743mmol),イソプロピルベンゼン(11.5ml),DMF(10.5ml)の混合物に、アルゴンをバブリングしてアルゴン置換したのち、60℃で2時間重合した。つぎに、反応液をMeOHに滴下して、生じた沈殿をろ別した。最後に、THF/MeOH系にて再沈精製を三回行った。その結果、白色粉末(1.21g,28%)を得た。なお、1H NMRよりモノマーが残留していないことを確認した。また、GPC法により求めたポリスチレンに換算した分子量は、Mn=28800,Mw=56400,Mw/Mn=1.69であった。
【0068】
(b)PGMAフィルムの作製
まず、PGMA(20.0mg)に対して各光酸発生剤を約1mol%(tert-THITf:0.688mg,tert-THIPS: 0.828mg,Me-THITf:0.629mg,Me-THIPS:0.767mg,NITf:0.480mg)を添加し、これをシクロヘキサノン233mgに溶解させ、スピンコーターによりSi板上に塗布した。つぎに、残存溶媒除去のため、80℃にて5分間プリベークした。その結果、膜厚約0.3μmのフィルムが得られた。
【0069】
(4)不溶化率の測定
作製したフィルムに波長365nmの光を異なる照射光量で照射したのち、THF中に10分間浸漬し、浸漬前後の膜厚比から不溶化率を求めた。その結果を図6に示す。なお、図7に、光照射により光酸発生剤から酸が発生し、この酸により、PGMA側鎖のエポキシ基が架橋して不溶化するメカニズムを示す。
【0070】
図6から明らかなように、tert-THITf、tert-THIPS、Me-THITf、Me-THIPS及びNITfの酸触媒能をPGMAの不溶化という点で比較すると、チアントレン骨格を有する4つの光酸発生剤の間には大差はなかった。しかし、これら4つの光酸発生剤とNITfとを比較すると、チアントレン骨格を有する光酸発生剤は効率がよいことが分かった。
【0071】
さて、一般的に、光酸発生剤によるPGMAフィルムの不溶化率は酸発生の量子収率と発生する酸の強度に依存することが、知られている。また、今回、PGMAフィルム中での量子収率の定量は行わなかった。ただ、ポリメタクリロニトリルフィルム中で、量子収率を定量したところ、Me-THITfのΦa(0.036)はMe-THIPSのΦa(0.013)よりも約3倍大きいことは、前記非特許文献5に記載されている。さらに、Me-THITfから発生するCF3SO3Hが、Me-THIPSから発生するC6F5SO3Hよりも強力な酸であることは一般的に知られている。
【0072】
これらの点を考慮すれば、PGMAの不溶化率は、光酸発生剤の違いによって明確な差を示すはずである。しかし、今回のチアントレン骨格を有する4つの光酸発生剤についての結果からは、不溶化率は酸発生の量子収率や発生する酸の強度に依存しているとは認められなかった。
【0073】
この点については、強酸が大量に発生しても、室温では架橋反応速度が遅く、本測定のタイムスケールではPGMAフィルムの不溶化率に反映されなかったからである、と考えられる。なお、室温で架橋反応の速度が遅い理由としては、PGMA側鎖のセグメント運動が不十分であり、酸の拡散や架橋反応が制限されていることが挙げられる。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】この発明の光酸発生剤の製造方法の合成経路を示す図である。
【図2】tert-THITf及びtert-THIPSのUV-Visスペクトルをアセトニトリル中で測定した結果を示す図である。
【図3】アセトニトリル中のtert-THITf及びtert-THIPSに波長365nmの光を照射して、そのUV-Visスペクトルの変化を測定した結果を示す図である。
【図4】tert-THITfとMe-THITfに波長365nmの光を照射して光分解させて、310nm付近のピークの変化を測定し規格化した結果を示す図である。
【図5】tert-THIPS、Me-THIPSに波長365nmの光を照射して光分解させて、310nm付近のピークの変化を測定し規格化した結果を示す図である。
【図6】異なる光酸発生剤を含むフォトリソグラフィ用樹脂組成物からフィルムを作製し、その不溶化率の違いを調べた結果を示す図である。
【図7】PGMA側鎖のエポキシ基が架橋して不溶化するメカニズムを示す図である。
【図8】従来からある光酸発生剤の製造方法の合成経路を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(I)
【化1】

(式中、xは1から8の整数、yは3から17の整数である。)
で示す光酸発生剤。
【請求項2】
式(I)において、CxFyがCF3である請求項1記載の光酸発生剤。
【請求項3】
式(I)において、CxFyがC6F5である請求項1記載の光酸発生剤。
【請求項4】
式(II)
【化2】

で示すN-ヒドロキシ-7-tert-ブチルチアントレン-2,3-ジカルボン酸イミド。
【請求項5】
式(III)
【化3】

で示す7-tert-ブチルチアントレン-2,3-ジカルボン酸イミド。
【請求項6】
請求項1に記載の光酸発生剤の製造方法であって、
不活性ガス雰囲気下で、塩基、N,N-ジメチルホルムアミド、トルエンの存在下、4,5-ジクロロフタルイミドと、4-tert-ブチルベンゼン-1,2-ジチオールとを加温状態で反応させて7-tert-ブチルチアントレン-2,3-ジカルボン酸イミドを製造する工程、を含む光酸発生剤の製造方法。
【請求項7】
請求項1から請求項3の何れか一つの請求項に記載の光酸発生剤を含むフォトリソグラフィ用樹脂組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−266495(P2008−266495A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−113102(P2007−113102)
【出願日】平成19年4月23日(2007.4.23)
【出願人】(591134937)株式会社三宝化学研究所 (7)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】