説明

全反射吸収測定用プリズムおよびこれを用いた全反射吸収測定装置

【課題】 収差がなく入射角が小さい全反射吸収測定用プリズムを提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明のATRプリズム1は、赤外光等の入射光が照射される超半球形状の球面部1aと、入射光の焦点O1が形成される超半球形状の平面部1bとを有し、焦点O1に、試料が設置されることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、全反射吸収測定用プリズムおよびこれを用いた全反射吸収測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、高分子厚膜、塗膜等の透過法を適用することが難しい試料の分光分析方法として、全反射吸収測定法(Attenuated Total Reflection;以下「ATR法」という。)が用いられてきた。
試料に入射光として例えば赤外光を入射させると、ある波長の光が選択的に吸収を受ける。試料表面を近接場光として透過した赤外光の強さを、波数に対して記録することにより赤外吸収スペクトルが得られる。このようなATR法は、図7に示すように、全反射を達成するために屈折率の大きな三角形断面を有するATRプリズム(全反射吸収測定用プリズム)100を用い、試料101をATRプリズム100の底面に密着させ、側面から赤外光103を入射させることにより行う。
また、図8に示すように、ATR法では、一般に、断面が台形とされたATRプリズム102が用いられており、その上面および/または下面に試料101を密着させ、側面から赤外線103を照射して測定を行っていた。このような台形断面のATRプリズム102を用いることにより、入射光を多重反射させることができるので、S/N比を向上させることができるという利点がある。
【0003】
【特許文献1】特開2003−149142号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、三角形や台形の断面形状を有するATRプリズム100,102を用いると、集光点に収差が生じ、エネルギー損失が避けられないという問題がある。
【0005】
このような収差やエネルギー損失の問題を解消する方法として、図9に示すような半球形のATRプリズム104を用いることが考えられる。しかし、半球形のATRプリズム104では、全反射を達成するための入射角θを所定以上確保する必要があり、装置の大型化を招いていた。つまり、入射角θを確保するために、入射光および出射光の位置をATRプリズム104の側方(図において左右方向)に配置せざるを得ず、装置を側方に拡大せざるを得なくなっていた。
【0006】
また、試料101をATRプリズム100,102,104に密着させるため、ATRプリズム100,102,104に傷をつけたり汚してしまうという問題があった。このように試料101をATRプリズム100,102,104に密着させると、試料101を交換するたびにATRプリズム100,102,104の洗浄が必要となり、ATRプリズム100,102,104表面の劣化が進行する。ATRプリズム100表面の劣化は、全反射光束強度を減衰させ、測光強度を低下させる。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、収差がなく(又は極めて小さく)入射角が小さい全反射吸収測定用プリズムおよびこれを用いた全反射吸収測定装置を提供することを目的とする。
また、本発明は、試料の交換によるATRプリズム表面の劣化を防止する全反射吸収測定用プリズムおよびこれを用いた全反射吸収測定装置を提供することを目的とする。
また、本発明は、コンパクトな全反射吸収測定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明の全反射吸収測定用プリズムおよびこれを用いた全反射吸収測定装置は以下の手段を採用する。
すなわち、本発明にかかる全反射吸収測定用プリズムは、入射光が照射される超半球形状の球面部の少なくとも一部分と、前記入射光の焦点が形成される超半球形状の平面部の少なくとも一部分とを有し、前記焦点に、試料が設置されることを特徴とする。
【0009】
超半球形状のプリズムを採用することとしたので、三角形や台形の断面形状を有するプリズム(図7,8参照)に比べて、収差のない(又は極めて小さい)光学系を実現することができる。
超半球形状の平面部に入射光の焦点を形成し、ここに試料を設置させることとしたので、半球形プリズム(図9参照)に比べて、可及的に小さくした焦点面積を利用することができ、精度の高い測定が実現される。
超半球形状の球面部に光を入射させることとしたので、半球形プリズム(図9参照)に比べて、入射角および出射角を小さくできる。これにより、装置をコンパクトにすることができる。
【0010】
また、本発明の全反射吸収測定用プリズムは、前記超半球形状の球面部の少なくとも一部分を形成する球面部材と、前記超半球形状の平面部の少なくとも一部分を形成する試料側部材と、を備えていることを特徴とする。
【0011】
超半球形状の平面部の少なくとも一部分を形成する部材を試料側部材として、超半球形状の球面部の少なくとも一部を形成する球面部材と異なる部材を用いることとしたので、試料が設置される部材を試料側部材に限定することができる。これにより、試料を取り替えることによって試料側部材に傷や汚れが生じたとしても、球面部材にはその影響が一切生じないことになる。したがって、球面部材として多く流通し安価に入手可能な半球形プリズムを採用することもでき、さらに試料側部材を安価な材料や形状で構成すれば、全体としてのコストを下げることができる。また、試料を設置した試料側部材を測定前に多数用意しておくことにより、多種多様の試料に対する測定時間を格段に短縮することができる。
なお、試料側部材と入射側部材との接続は、光学研磨した接触面を互いに当接させることによって行うことが好ましい。また、接触面間に境界面の影響を減少させる粘性物質(例えば、シリコングリースなど)を介在させることとしても良い。
【0012】
また、本発明の全反射吸収測定用プリズムは、前記試料側部材が板状とされていることを特徴とする。
【0013】
試料側部材を板状としたので、試料側部材を安価に構成できる。これにより、コストを下げることができる。
【0014】
本発明の全反射吸収測定装置は、光源と、該光源から出射された光を絞る絞り手段と、該絞り手段からの光が入射される前記全反射吸収測定用プリズムと、該全反射吸収プリズムから出射された出射光を測定する測定手段と、を備えていることを特徴とする。
【0015】
本発明の全反射吸収測定用プリズムを採用することにより、入射角を小さくできるので、コンパクトな全反射吸収測定装置を提供することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、収差がなく(又は極めて小さく)入射角が小さい全反射吸収測定用プリズムおよびこれを用いた全反射吸収測定装置を提供することができる。
また、本発明は、試料の交換によるATRプリズム表面の劣化を防止する全反射吸収測定用プリズムおよびこれを用いた全反射吸収測定装置を提供することができる。
また、超半球形状の全反射吸収測定用プリズムを用いることにより、コンパクトな全反射吸収測定装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に、本発明にかかる第1実施形態について、図面を参照して説明する。
図1には、本発明の超半球形状のATRプリズム(全反射吸収測定用プリズム)1を用いた光学系が示されている。図において、ATRプリズム1の仮想焦点O1を通る対称面Lに対して、図において右方が入射光学系3、左方が出射光学系4となっている。入射光学系3及び出射光学系4は、対称面Lに対して対称となるように配置されている。なお、同図では、図7〜9に対して上下位置が反転していることに注意されたい。
【0018】
ATRプリズム1は、超半球形状とされており、図において下方の球面部1aと、図において上方の平面部1bとを有している。球面部1aには、入射光が照射される入射面と、この入射面の対称面Lに対する対称位置に出射光が出射する出射面とが設けられている。平面部1bには、その中心に仮想焦点O1が形成されており、この位置に測定対象となる試料が配置される。
図2には、ATRプリズム1を拡大した断面が示されている。
球面部1aは、半球よりも全球に近い(即ち半球よりも球面部が延長された)形状とされた超半球となっている。同図において球の中心Oが示されていることから、超半球形状であることが理解できる。
ATRプリズム1の平面部1bに形成される仮想焦点O1は、超半球の半径をr、入射光の波長における屈折率をnとした場合、ATRプリズム1の頂部(図において左端)1cから平面部1bまでの距離をr+r/nとすることにより、平面部1bの底面に設定される。このとき、焦点O2は、頂部1cからnr+rの距離に位置する。
このように、超半球形状のATRプリズム1を用いることにより、半球形プリズム(図9参照)に比べてr/nだけ頂部1cからの距離を長くとれるので、入射角θを小さくできる。また、半球プリズムに比べて仮想焦点O1までの光路長を長くとれるので、焦点面積を小さくできる。
【0019】
図1に示すように、入射光学系3は、対称面L近傍に配置された第1平面鏡5と、第1平面鏡5で折り返された光を絞る曲面鏡(絞り手段)7と、曲面鏡7からの光を折り返してATRプリズム1へと導く第2平面鏡9とを備えている。
出射光学系4は、ATRプリズム1からの出射光を折り返す第3平面鏡11と、第3平面鏡11からの光を絞る第2曲面鏡12と、第2曲面鏡12からの光を折り返して図示しない検出器(測定手段)へと導く第4平面鏡14とを備えている。
第1平面鏡5と第4平面鏡14、第2平面鏡9と第3平面鏡11、第1曲面鏡7と第2曲面鏡12は、それぞれ、対称面Lに対して対称に配置されている。
【0020】
上記構成により、図示しない光源から発せられた入射光である赤外光(遠赤外、中赤外、及び近赤外を含む。波長は0.01〜130THz)2は、右方から入射され、対称面L側に配置された第1平面鏡5で反射し、第1曲面鏡7へと導かれる。曲面鏡7で反射し絞られた赤外光2は、第2平面鏡9で反射し、ATRプリズム1へと導かれる。
ATRプリズム1に入射した赤外光2は、ATRプリズム1の平面部1bの仮想焦点O1で全反射した後に、ATRプリズム1外へと出射される。ATRプリズム1から出射された出射光は、第3平面鏡11、第2曲面鏡12、第4平面鏡14で反射した後、図示しない検出器へと導かれる。
ATRプリズム1では、図3に示すように、平面部1bの仮想焦点O1に配置された試料10に、この仮想焦点O1で全反射する赤外光の近接光が導かれ、近接光の吸収が行われる。
【0021】
本実施形態によれば、以下の効果を奏する。
超半球形状のATRプリズム1を用いることとしたので、収差のない(又は極めて小さい)光学系を実現することができる。
超半球形状の平面部1bに入射光の仮想焦点O1を形成し、ここに試料を設置させることとしたので、可及的に小さくした焦点面積を利用することができ、精度の高い測定が実現される。
また、超半球形状の球面部1aに光を入射させることとしたので、半球形プリズムに比べて、入射角および出射角を小さくできる。これにより、装置をコンパクトにすることができる。つまり、入射角および出射角を小さくできるので、入射光学系3及び出射光学系4を対称面Lに寄せて配置することができ、装置の横方向の大きさを小さくできる(図1参照)。
【0022】
なお、ATRプリズム1として、次のような形状を採用してもよい。
図4に示すように、球面部1aとして、平端部1dを有するようにその頂部が切り落とされた形状としてもよい。つまり、入射光および出射光が通過する面のみが球面とされていれば良い。
また、球面部1aの下部に、平面部1bとして二面幅を有するように、例えば、6角形状の保持部1eを設けてもよい。この二面幅を有する保持部1eにより、ATRプリズム1の取り扱いが容易になる。
なお、同図では、図1に対して上下位置が反転していることに注意されたい。
【0023】
次に、本発明の第2実施形態について、図5を用いて説明する。
本実施形態は、第1実施形態に対して、ATRプリズム1を二つの部材で構成している点で異なる。その他は同様なので、その説明は省略する。
ATRプリズム1は、球面部1aを構成する球面部材14と、平面部1bを構成するとともに試料10が設置される試料側部材15とを備えている。
球面部材14には、中心Oをその底部に有する半球形状が採用されている。
試料側部材15は、平板状とされており、廉価な形状を採用している。
球面部材14と試料側部材15とは、赤外光波長の15分の1から25分の1程度に光学研磨された状態で接触されている。なお、これらの間に境界面の影響を減少させる粘性物質(例えば、シリコングリースなど)を介在させることとしても良い。
これら球面部材14と試料側部材15とを組み合わせた状態で超半球形状のATRプリズム1が形成されるようになっており、したがって仮想焦点O1は試料側部材15の底面に形成されている。
【0024】
本実施形態のATRプリズム1によれば、試料10を設置する試料側部材15として、球面部材14と異なる部材を用いることとしたので、試料10が設置される部材を試料側部材15に限定することができる。これにより、試料10を取り替えることによって試料側部材15に傷や汚れが生じたとしても、球面部材14にはその影響が一切生じないことになる。
また、球面部材14として多数流通し安価に入手可能な半球形プリズムを採用し、かつ試料側部材15として安価な材料や形状(本実施形態では平板)を採用することにより、全体として装置のコストを下げることができる。
また、試料を設置した試料側部材15を測定前に多数用意しておくことにより、多種多様の試料に対する測定時間を格段に短縮することができる。
なお、本発明の球面部材14としては、本実施形態のような半球形に限定されるものではなく、あくまでも球面部を有し、試料側部材15との組み合わせによって超半球形状のATRプリズム1を構成するものであればよい。
【0025】
本実施形態の試料側部材として、測定対象が血液や油といった液体の場合には、図6に示すように、上部に凹所17aが形成された試料側部材17を用いることとしても良い。
さらに、試料側部材15,17を球面部材14に対して相対的に移動させることにより(図5の矢印A参照)、連続的に測定する構成としても良い。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の光学系を示す図である。
【図2】本発明の超半球形状のATRプリズムを示した断面図である。
【図3】ATRプリズムに試料を設置した状態を示した図である。
【図4】ATRプリズムの変形例を示した斜視図である。
【図5】本発明の第2実施形態にかかるATRプリズムを示した断面図である。
【図6】ATRプリズムの変形例を示した断面図である。
【図7】ATR法の原理を示した断面図である。
【図8】台形のATRプリズムを使用した状態を示した断面図である。
【図9】半球のATRプリズムを使用した状態を示した断面図である。
【符号の説明】
【0027】
1 ATRプリズム(全反射吸収測定用プリズム)
1a 球面部
1b 平面部
14 球面部材
15 試料側部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入射光が照射される超半球形状の球面部の少なくとも一部分と、前記入射光の焦点が形成される超半球形状の平面部の少なくとも一部分とを有し、
前記焦点に、試料が設置されることを特徴とする全反射吸収測定用プリズム。
【請求項2】
前記超半球形状の球面部の少なくとも一部分を形成する球面部材と、
前記超半球形状の平面部の少なくとも一部分を形成する試料側部材と、
を備えていることを特徴とする請求項1記載の全反射吸収測定用プリズム。
【請求項3】
前記試料側部材は、板状とされていることを特徴とする請求項2記載の全反射吸収測定用プリズム。
【請求項4】
光源と、
該光源から出射された光を絞る絞り手段と、
該絞り手段からの光が入射される請求項1から3のいずれかに記載の全反射吸収測定用プリズムと、
該全反射吸収プリズムから出射された出射光を測定する測定手段と、
を備えていることを特徴とする全反射吸収測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−121322(P2007−121322A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−32305(P2007−32305)
【出願日】平成19年2月13日(2007.2.13)
【分割の表示】特願2004−286429(P2004−286429)の分割
【原出願日】平成16年9月30日(2004.9.30)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(503236717)
【Fターム(参考)】