六価クロム非含有の腐食を阻害する有機化成皮膜をその上に有する物品およびその製造方法
物品の表面を保護する方法であって、ある形態のポリアニリンと酸との反応性溶液を準備するか別の方法で供給し、次いで該反応性溶液を該物品の表面に塗布して該表面上に粘着性の化成皮膜を形成し、次いで該粘着性の化成皮膜を酸化して酸化皮膜を形成し、次いで該酸化皮膜にクロム酸塩非含有の腐食を阻害する有機化合物、例えばジチオカーバメートの塩またはジメルカプトチアジアゾールの塩を接触させて、該物品の表面上に定着した化成皮膜を形成することを含む。得られる物品は、物品の表面に密着した定着した化成皮膜を有する。定着した化成皮膜は、還元ポリアニリン塩と、定着した二硫黄結合ジチオカーバメートポリマーまたはダイマーとの混合物を含む。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物品の腐食からの保護に関し、より詳細には、物品の表面に塗布される、六価クロム非含有の腐食を阻害する有機化成皮膜によって達成される上記保護に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
金属は、その金属が機能する環境に存在する腐食物質から攻撃を受けることがある。例えば、含塩環境に接触したアルミニウム物品は、その表面が広い面積にわたって全体的に、または限られた面積において局所的に(例えば溶接接合部、ボルト穴、または表面の小さな混入物や孔の部分で)攻撃を受けることがある。腐食による傷は経時的に拡大し、曝露され続けると、最終的に、腐食による傷がない場合よりも早い時点で物品の破損が早期に開始するような深刻な腐食に至る可能性がある。腐食の保護に多額の金銭が費やされているが、腐食による傷や腐食が誘発する早期の破損は、依然として広範囲にみられる。
【0003】
腐食による傷から表面を保護するために、皮膜が広く使用されている。最も効果的な皮膜の中には、表面に耐食性を付与する皮膜の一部として、通常はクロム酸イオンCrO4−2の形態の+6の酸化状態のクロムイオン(Cr+6)を含む六価クロムを使用しているものがある。クロム酸化成皮膜は、室温に曝露されると物品の表面に強固に化学結合し、その後表面で腐食を阻害する。
【0004】
六価クロムイオンが環境に悪影響を及ぼし得ること、また健康に悪影響を及ぼし得ることを主な理由として、皮膜その他の用途に使用されるクロム酸塩の量を減らす要望がある。物品の腐食を減少させるための皮膜を含めて多くの用途に使用され得る六価クロム酸塩の量は、将来の規制によって大幅な減少を強いられるものと予想される。
【0005】
現在、クロム酸塩含有皮膜の有効な代替物は存在しない。塗料プライマーと表面用の塗料との密着性を向上させるために使用できる非クロム酸塩皮膜はいくつかあるが、非クロム酸塩皮膜それ自体は、耐食特性がほとんどないか、全くない。耐食性を付与するために非クロム酸塩皮膜に腐食阻害剤を添加すると、通常は高温での硬化が必要になる。高温硬化の使用は、多くの用途について非実際的かつ非経済的である。その他の非クロム酸塩皮膜は、単に腐食媒体とその下にある金属の表面との間の障壁として機能するに過ぎず、有効な腐食阻害剤としては機能しない。これらの皮膜の障壁が、障壁皮膜上に広がる穴が開いたり引っ掻き傷ができたりして破れると、それによって生じる可能性のある腐食を化学的に阻害するものは何もない。
【0006】
六価クロムをほとんどまたは全く使用せずに腐食攻撃から物品を保護するための改善された被覆手法に対する需要が存在する。本明細書において、この需要を満たすとともに、関連する利点をも提供する手法を記載する。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
発明の概要
本手法は、六価クロムおよびクロム酸イオンを含有しない化成皮膜によって保護される金属製物品、および上記の物品に六価クロム非含有の化成皮膜を塗布し、該皮膜を使用して上記の物品を保護する方法を提供する。この技法は、皮膜におけるクロム酸イオンの使用を回避しながら、物品の腐食からの優れた保護を達成する。本手法は、反応的に金属製
物品を被覆する、酸化型のポリマーの反応性ギ酸溶液を意図している。得られる皮膜は、アニオンと反応して、腐食を阻害する硫化物結合ポリマーを定着させる傾向がある。該硫化物結合ポリマーは、腐食条件の存在下で解重合して、酸素還元反応(ORR)阻害剤として作用する腐食阻害剤を発生させる。本化成皮膜はまた、粘着性の基材を提供し、該基材は、その上にプライマーや塗料を塗布して、それによって金属製物品の表面に粘着させることができる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によると、金属製物品の表面を保護する方法は、酸化型の導電性ポリマー(好ましくはポリアニリン)と酸との反応性溶液を準備する工程と、次いで該反応性溶液を該物品の表面に塗布して該表面上に粘着性の化成皮膜を形成する工程と、次いで該粘着性の化成皮膜を酸化して酸化皮膜を形成する工程と、次いで該酸化皮膜に非クロム酸塩の可逆的酸化性の阻害剤(好ましくはジチオカーバメートの塩またはジメルカプトチアジアゾールの塩)を接触させて、該物品の表面上に定着した化成皮膜を形成する定着反応を生じさせる工程とを含む。定着した化成皮膜は、傷ついた場合、定着反応の逆転によって該阻害剤を放出する。
【0009】
好ましい手法において、ポリアニリンは、好ましくはエメラルジン塩基である。反応性ポリアニリン溶液は、好ましくはギ酸などの有機酸を含み、最も好ましくはギ酸とジクロロ酢酸との混合物である。反応性溶液は、噴霧、ブラシまたはスピン塗布などの使用可能ないかなる技法でも塗布することができる。酸化は、好ましくは粘着性の化成皮膜を室温で空気に曝露することを伴う。ジチオカーバメートの塩またはジメルカプトチアジアゾールの塩は、使用可能なあらゆる種類のものであり、例としては1−ピロリジンジチオカーバメートのアンモニウム塩、2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾールの二カリウム塩、ジエチルジチオカーバメートのナトリウム塩およびジメチルジチオカーバメートのナトリウム塩が挙げられる。六価クロム非含有の腐食を阻害する有機化合物の選択は、それに対する保護が必要となる腐食剤の具体的な種類に依存する。
【0010】
通常の用途において、定着した化成皮膜がその上に形成された物品は、含塩環境などの腐食環境に曝露される。処理の一環として、塗布する工程以降および曝露する工程よりも前に、該物品を、おおよそ室温(すなわち、約25℃)を超える温度まで意図的に加熱しないことが好ましい。すなわち、処理手法の成功のために加熱は必要ではない。暖かい日に周囲温度が上昇したり、物品が日光によって加熱されたりした結果として、意図せず室温を超える温度に加熱することは、許容できる。
【0011】
したがって、ある好ましい実施形態においては、物品の表面を保護する方法は、エメラルジン塩基とギ酸を含む酸との反応性溶液を準備する工程と、次いで該反応性溶液を、アルミニウムを含む該物品の表面に塗布して該表面上に粘着性の化成皮膜を形成する工程と、次いで該粘着性の化成皮膜を酸化して、該粘着性の化成皮膜を空気に暴露することによって酸化皮膜を形成する工程と、次いで該酸化皮膜にジチオカーバメートの塩またはジメルカプトチアジアゾールの塩を接触させて、該物品の表面上に定着した化成皮膜を形成する工程とを含む。本明細書において述べる他の使用可能な処理工程を、本実施形態との関連で使用することができる。
【0012】
その表面が保護された物品は、該物品と、該物品の表面に密着した定着した化成皮膜とを含む。該定着した化成皮膜は、化学的に還元されたポリアニリン塩と、定着した六価クロム非含有(すなわち、クロム酸塩非含有)の可逆的酸化性の腐食を阻害する有機化合物(例えば二硫黄結合ジチオカーバメートまたはジメルカプトチアジアゾールポリマーまたはダイマー)との混合物を含む。本明細書において述べる使用可能なあらゆる材料または成分を、本実施形態との関連で使用することができる。
【0013】
本手法においては、ポリアニリンと酸との反応性溶液を準備するか別の方法で供給し、物品の表面に塗布する。この反応性溶液は、物品の表面と反応して、還元ポリアニリン塩と表面に結合した酸化物とを形成する。還元ポリアニリン塩は、最も容易には空気への曝露によって酸化され、酸化皮膜を形成する。ジチオカーバメートまたはジメルカプトチアジアゾールの塩は、酸化皮膜と可逆的に反応して、物品の表面上に定着した化成皮膜を形成する。定着した化成皮膜は、ポリアニリンと混合した、重合または二量化した不溶性のジチオカーバメートまたはジメルカプトチアジアゾールを含む。該ジチオカーバメートまたはジメルカプトチアジアゾールは、二硫化物結合で酸化重合されるか、酸化的二量化される。
【0014】
化成皮膜がその上に形成された金属製物品の表面が、該金属製物品の表面上の天然の酸化物皮膜が破れることによって生じる傷などの潜在的な腐食部位における電気化学反応によって、腐食を来たす腐食環境に後で曝露される場合、重合した化成皮膜は、電気化学的に解重合してクロム酸塩非含有(すなわち、六価クロム非含有)の腐食を阻害する有機化合物、例えばジチオカーバメートまたはジメルカプトチアジアゾール酸素還元反応(ORR)阻害剤を表面に放出する。ジチオカーバメートまたはジメルカプトチアジアゾールORR阻害剤は、金属表面上の金属間相を、腐食反応の酸素還元半反応について不活性化し、それによって酸素還元半反応を阻害し、そして腐食過程全体を阻害する。
【発明の効果】
【0015】
本手法は、こうして、六価クロムおよび/またはクロム酸塩を全く存在させずに、化成皮膜における電気化学的な腐食過程の阻害を達成する。この手法は使用が容易で、処理中に特殊な雰囲気への曝露を必要とせず、成分を定着、重合またはその他の方法で反応させるために加熱を必要としない。この過程は環境に優しく、有毒成分や有害成分を伴わない。本手法は、物品の表面を保護するための初期の製造作業において使用することができる。本手法は、また、定着した保護用化成皮膜の現場修理や修復にも使用するこができる。なぜなら、本手法は、現場環境では利用できない可能性のある特殊な装置を使用する加熱等の工程を必要としないからである。
【0016】
本発明のその他の特徴および利点は、本発明の原理を例示のために示した添付の図面と併せて、以下の好ましい実施形態のより詳細な説明から明らかであろう。しかし、本発明の範囲は、この好ましい実施形態に限定されない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
発明の詳細な説明
図1は、物品の表面を保護する過程における工程を描いており、図2A〜2Eは、該処理のさまざまな段階での構造および化学的状態を示す(図2A〜2Eおよび図6は、原寸に比例して描かれていない)。該方法は、最初に表面42を有する物品40を準備すること(図1における工程20および図2A)を含む。物品40は、使用可能ないかなる種類または材料のものであってもよい。好ましい材料は、アルミニウム物品40である。本明細書において、物品を説明するために使用する場合、「アルミニウム」は、純アルミニウム、アルミニウム含有合金およびアルミニウムベース合金をいう場合がある。アルミニウムベース合金は、他の元素よりも多くアルミニウムを含む。
【0018】
物品は、表面42を有するいかなる物理的形状のものであってもよい。物品40は、表面42が汚れていたり、全体または一部が油脂などの有機物の物理的障壁で被覆されていたりしないことを確保する以外に、本明細書に記載する処理の前に特別に準備する必要はない。汚れや障壁がある場合には、工程20で物理的洗浄によって除去する。
【0019】
工程22で、反応性溶液を準備する。反応性溶液には、エメラルジン塩基型のポリアニリン(PANI)または他の有機酸可溶性の酸化型の導電性ポリマーと、酸とが含まれる。ポリアニリンの好ましい形態は、エメラルジン塩基であるが、これは他の形態のポリアニリンと比べて比較的安定で、導電性の塩の形態に変換することができ、必要となる強く酸化された状態と還元された状態とを呈する。酸は、選択された形態のポリアニリンと溶液を形成する使用可能ないかなる種類のものであってもよいが、好ましくはギ酸などの有機酸を含む。最も好ましくは、酸は、ギ酸と別の酸、例えばジクロロ酢酸との混合物、例えばギ酸80容量部に対してジクロロ酢酸20容量部の割合における混合物である。使用可能ないかなる割合のポリアニリンおよび酸をも使用することができる。ある好ましい実施形態では、反応性溶液中の80:20無水ギ酸:ジクロロ酢酸に対する酸化されたエメラルジン塩基の割合は、約4重量%である。存在する水の量を調節して、反応性溶液の粘度を選択した塗布手法に好適になるように制御することができる。反応性溶液中での化学反応により、導電性のポリアニリン塩、この場合は導電性のエメラルジン塩が生成する。
【0020】
反応性溶液を、次いで物品40の表面42に塗布し、室温で乾燥させて表面42上に粘着性の化成皮膜44を形成する(工程24)。塗布工程24は、使用可能ないかなる手法、例えば噴霧、ブラシまたはスピン塗布などの手法によっても達成することができる。粘着性の化成皮膜44の厚みは、反応性溶液の反応性と粘度、および塗布技法に依存する。しかし、典型的には、化成層の乾燥後、粘着性の化成皮膜44の厚みは約0.25〜約1μmであり、典型的には約0.4μmである。図2Bは、物品40の表面42上の粘着性の化成皮膜44を描いたものである。処理のさまざまな段階における皮膜の相対的な厚み、物理的外観および皮膜の色は異なり得るが、この全体的に同じ物理的外観が処理の間を通して維持される。
【0021】
塗布工程24において、ポリアニリン塩は物品40の金属と反応して該塩を還元し、物品40の表面42に金属酸化物層46を形成する。図2Bは、原寸に比例して描かれておらず、実際には金属酸化物層46は非常に薄く、その厚みは1μmよりも大幅に小さく、厚みに関しては容易に視認できない。しかし、金属酸化物層46は、その色および処理中に生じる色変化によって視認できる。
【0022】
ポリアニリン溶液の色は、最初は暗緑色から黒に近い色である。アルミニウムの表面42に塗布されると、ポリアニリン溶液は、表面42と化学的に反応して薄い酸化アルミニウム層46を形成しながら、まず淡緑色に変わり、次いで薄黄色に変わる。この色変化は、ポリアニリンの還元とアルミニウム42の酸化によって、金属製物品40の表面上に酸化物46が形成されたことの証拠である。こうして形成された層は、還元ポリアニリンを含んだ化成層であり、金属アルミニウムの薄層は、酸化アルミニウムに変換される。したがって、この皮膜は、表面への強い密着を提供する。
【0023】
粘着性の化成皮膜44を、次いで酸化して(工程26)、処理の次の工程への準備として、やはり番号44によって示される酸化皮膜を形成する。図2Cは、酸化した粘着性の化成皮膜44を示す。酸化26は、使用可能ないかなる技法でも行うことができるが、好ましくは単に粘着性の化成皮膜44を室温で空気および空気中の酸素に曝露することによって行われる。この酸化26の化学的影響は、塗布工程24で生成した還元ポリアニリン塩が、ポリアニリン塩へと酸化されることである。この再酸化の証拠は、皮膜を被覆後に空気に曝露すると、再び暗い色へと変化することである。好ましい実施形態においては、塗布工程24の還元エメラルジン塩は、エメラルジン塩へと酸化される。酸化したポリアニリン(例えばエメラルジン)塩の酸化皮膜44は、表面42に粘着的に結合したままである。
【0024】
ポリアニリン塩、好ましくはエメラルジン塩を含有する酸化皮膜44を、次いで使用可
能な六価クロム非含有の腐食を阻害する化合物(例えばジチオカーバメートの好ましい塩またはジメルカプトチアジアゾールの塩)と接触させて(工程28)、やはり番号44によって示される定着した化成皮膜を、物品40の表面42上に形成する。(「腐食を阻害する化合物が六価クロムを含有しない」とは、該化合物がクロム酸CrO4−2イオンをも常に含有しないことを意味する。)使用可能な六価クロム非含有の腐食を阻害する化合物の例としては、1−ピロリジンジチオカーバメートのアンモニウム塩(CAS番号5108−96−3、Beilstein番号3730472)、2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾールの二カリウム塩(CAS番号4628−94−8、Beilstein番号4917786)、ジエチルジチオカーバメートのナトリウム塩(CAS番号207233−95−2、Beilstein番号3569024)およびジメチルジチオカーバメートのナトリウム塩(CAS番号20624−25−3、Beilstein番号3920507)が挙げられる。ジチオカーバメートの好ましい塩またはジメルカプトチアジアゾールの塩は、図2Dに概略的に示すように、物品40の表面42と接触させるときに、好ましくは水溶液である。
【0025】
工程28におけるポリアニリン塩、好ましくはエメラルジン塩とジチオカーバメートとの反応は、定着した化成皮膜44を生成するが、この皮膜は、還元ポリアニリンと、図2Eに示すような、表面42に粘着的に結合した、水不溶性の定着した硫黄結合ジチオカーバメートポリマーまたはダイマーとを含む。ジチオカーバメートは、表面42上かつ化成皮膜44中の、二硫化物が結合した不溶性のジチオカーバメートポリマーまたはジチオカーバメートのダイマーとして、化成皮膜44中に定着する。
【0026】
定着した化成皮膜は、化学的に還元されたポリアニリン塩と、図3〜5に描く可逆的な電気化学反応によって生成するような、定着した二硫黄結合ジチオカーバメートポリマーまたはダイマーとの混合物を含む。これらの反応は、ジアルキルジチオカーバメート(図3)、1−ピロリジンカルボチオ酸(図4)およびジメルカプトチアジアゾール(図5)の酸化を描くものである。それぞれの場合に、反応物は、生成物が溶液中にある間に酸素還元反応(ORR)阻害剤として作用する水溶性形態(図3〜5のそれぞれにおいて反応の左側)と、粘着性の化成皮膜44へと混合される不溶性形態(図3〜5のそれぞれにおいて反応の右側)との間で、電気化学的に変換可能である。チアジアゾールは不溶性のポリマーを形成するが、他の化合物は不溶性のダイマーを形成する。このようにして、粘着性の化成皮膜44は、周囲環境の腐食条件および皮膜の条件によって、可溶性のORR阻害剤の形態での放出が必要とされるまで、阻害剤を不溶性の形態で貯蔵する。
【0027】
定着した化成皮膜44がその上に形成された被保護物品40は、次いで、通常は腐食環境に曝露される(工程30)。腐食環境の例としては、塩水噴霧などの含塩環境が挙げられる。化成皮膜44とその下にある金属酸化物層46は、表面42の広い空間の上に障壁型の腐食保護を提供する。しかし、化成皮膜44と金属酸化物層46によって提供される障壁型の腐食保護は、例えば、化成皮膜44および金属酸化物層46を貫通して物品40の金属へと至る引っ掻き傷60によって、傷ついて破れる可能性がある(図6参照)。障壁保護機構は、この領域ではもはや効果がない。本手法は、以下の機構によって傷ついた領域に腐食保護を提供する。物品40の金属原子(図6におけるAl3+イオン)は、破れの位置で溶解し、金属を通って化成皮膜44へと移動する電子を生成する。この電子は、重合または二量化した、二硫化物が結合した不溶性のジチオカーバメートまたはジメルカプトチアジアゾールポリマーまたはダイマー(好ましい実施形態において)と反応して、図3〜5に描いた反応を左側へと推し進める。二硫化物が結合した不溶性のジチオカーバメートポリマーまたはダイマーは、解重合して溶液中に放出され、可逆的な電気化学反応によって、可溶性のジチオカーバメートまたはジメルカプトチアジアゾールモノマーを生成する。ジチオカーバメートモノマーは、金属製物品40の表面42上の腐食攻撃に関連した酸化還元反応に対する水溶性阻害剤として機能し、それによって破れの部位におけ
るさらなる腐食攻撃を阻害する。この腐食保護は、必要がある場合に必要に応じて、必要のある部位(例示した場合においては、引っ掻き傷60付近)においてのみ放出される。
【0028】
本手法の1つの重要な特徴は、本明細書に記載する被覆および保護処理の間、塗布する工程以降および腐食雰囲気への暴露の前に、物品およびその皮膜を、おおよそ室温(すなわち、約25℃)を超える温度まで意図的に加熱する必要がないことである。すなわち、処理手法の成功のために加熱は必要ではない。暖かい日に周囲温度が上昇したり、物品が日光によって加熱されたりした結果として、意図せず室温を超える温度に加熱することは、許容できる。定着した化成皮膜は、約100℃までの温度などの少々高い温度で安定であるため、定着した化成皮膜の劣化を来たさずに、被保護物品を稼働期間中にこのような少々高い温度で保管したり使用したりすることができる。
【0029】
本手法を、図1に示す該手法の好ましい実施形態を使用して具体化した。アルミニウム合金片Al2024−T3を、物品40として使用した。反応性溶液は、80:20(容量)のギ酸:ジクロロ酢酸溶液の水性混合物と、上記のエメラルジンであった。この反応性溶液の粘着性の化成皮膜を、アルミニウム合金片の表面に噴霧コーティングによって塗布し、乾燥させた。乾燥した粘着性の化成被膜を、室温で2時間空気に曝露して、酸化させた。酸化した皮膜を室温で24時間、1−ピロリジンジチオカーバメートの0.5モル水溶液と接触させて、定着した化成皮膜を形成し、金属製の被保護物品の製造を終了した。
【0030】
完成した金属製の被保護物品を、ASTMB117標準試験に従って、168時間にわたって塩水噴霧腐食に対する耐性について試験した。ポリアニリンで被覆した密封していないAA2024−T3試料は、曝露から72時間後に白色の腐食生成物で完全に被覆されていた。これは、対照パネルが曝露の24時間後に有しているのと同じ外観である。定着した1−ピロリジンジチオカーバメート化成皮膜で密封したパネルは、曝露から168時間後に実質的に全く腐食を示さなかった。
【0031】
図7は、1−ピロリジンジチオカーバメートのアンモニウム塩がORRを阻害する効果の回転円盤評価の結果を示すグラフである。図7は、−0.7ボルトにバイアスをかけた回転円盤陰極と対照とにおけるORR電流のプロットを、回転速度の関数として提示する。銅陰極は、合金における触媒的な金属間相のモデルとして機能する。回転速度が速いと、ORRが遮断されなければ高電流が流れる。ORRに対する阻害剤の存在下では、いかなる回転速度でも実質的に電流は全く流れない。
【0032】
本発明の特定の実施形態を例示の目的で詳細に説明してきたが、本発明の精神および範囲から逸脱することなく、さまざまな変更および改良を行うことができる。したがって、本発明は、添付の特許請求の範囲以外によって限定されることはない。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本手法による表面保護を適用し使用する過程のブロックフロー図である。
【図2】図2A〜2Eは、図1に示す表面保護処理工程の間の構造を示す一連の概略図である。
【図3】ジアルキルジチオカーバメートの可逆的な電気化学的二量化反応の概略図である。
【図4】1−ピロリジンジチオカーバメートの可逆的な電気化学的二量化反応の概略図である。
【図5】2,5−ジメルカプトチアジアゾールの可逆的な電気化学的二量化反応の概略図である。
【図6】本手法の保護機構を示す概略立面図である。
【図7】還元された定着した阻害剤の、明確に区別された陰極における酸素還元反応の阻害における有効性を示すグラフである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、物品の腐食からの保護に関し、より詳細には、物品の表面に塗布される、六価クロム非含有の腐食を阻害する有機化成皮膜によって達成される上記保護に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
金属は、その金属が機能する環境に存在する腐食物質から攻撃を受けることがある。例えば、含塩環境に接触したアルミニウム物品は、その表面が広い面積にわたって全体的に、または限られた面積において局所的に(例えば溶接接合部、ボルト穴、または表面の小さな混入物や孔の部分で)攻撃を受けることがある。腐食による傷は経時的に拡大し、曝露され続けると、最終的に、腐食による傷がない場合よりも早い時点で物品の破損が早期に開始するような深刻な腐食に至る可能性がある。腐食の保護に多額の金銭が費やされているが、腐食による傷や腐食が誘発する早期の破損は、依然として広範囲にみられる。
【0003】
腐食による傷から表面を保護するために、皮膜が広く使用されている。最も効果的な皮膜の中には、表面に耐食性を付与する皮膜の一部として、通常はクロム酸イオンCrO4−2の形態の+6の酸化状態のクロムイオン(Cr+6)を含む六価クロムを使用しているものがある。クロム酸化成皮膜は、室温に曝露されると物品の表面に強固に化学結合し、その後表面で腐食を阻害する。
【0004】
六価クロムイオンが環境に悪影響を及ぼし得ること、また健康に悪影響を及ぼし得ることを主な理由として、皮膜その他の用途に使用されるクロム酸塩の量を減らす要望がある。物品の腐食を減少させるための皮膜を含めて多くの用途に使用され得る六価クロム酸塩の量は、将来の規制によって大幅な減少を強いられるものと予想される。
【0005】
現在、クロム酸塩含有皮膜の有効な代替物は存在しない。塗料プライマーと表面用の塗料との密着性を向上させるために使用できる非クロム酸塩皮膜はいくつかあるが、非クロム酸塩皮膜それ自体は、耐食特性がほとんどないか、全くない。耐食性を付与するために非クロム酸塩皮膜に腐食阻害剤を添加すると、通常は高温での硬化が必要になる。高温硬化の使用は、多くの用途について非実際的かつ非経済的である。その他の非クロム酸塩皮膜は、単に腐食媒体とその下にある金属の表面との間の障壁として機能するに過ぎず、有効な腐食阻害剤としては機能しない。これらの皮膜の障壁が、障壁皮膜上に広がる穴が開いたり引っ掻き傷ができたりして破れると、それによって生じる可能性のある腐食を化学的に阻害するものは何もない。
【0006】
六価クロムをほとんどまたは全く使用せずに腐食攻撃から物品を保護するための改善された被覆手法に対する需要が存在する。本明細書において、この需要を満たすとともに、関連する利点をも提供する手法を記載する。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
発明の概要
本手法は、六価クロムおよびクロム酸イオンを含有しない化成皮膜によって保護される金属製物品、および上記の物品に六価クロム非含有の化成皮膜を塗布し、該皮膜を使用して上記の物品を保護する方法を提供する。この技法は、皮膜におけるクロム酸イオンの使用を回避しながら、物品の腐食からの優れた保護を達成する。本手法は、反応的に金属製
物品を被覆する、酸化型のポリマーの反応性ギ酸溶液を意図している。得られる皮膜は、アニオンと反応して、腐食を阻害する硫化物結合ポリマーを定着させる傾向がある。該硫化物結合ポリマーは、腐食条件の存在下で解重合して、酸素還元反応(ORR)阻害剤として作用する腐食阻害剤を発生させる。本化成皮膜はまた、粘着性の基材を提供し、該基材は、その上にプライマーや塗料を塗布して、それによって金属製物品の表面に粘着させることができる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によると、金属製物品の表面を保護する方法は、酸化型の導電性ポリマー(好ましくはポリアニリン)と酸との反応性溶液を準備する工程と、次いで該反応性溶液を該物品の表面に塗布して該表面上に粘着性の化成皮膜を形成する工程と、次いで該粘着性の化成皮膜を酸化して酸化皮膜を形成する工程と、次いで該酸化皮膜に非クロム酸塩の可逆的酸化性の阻害剤(好ましくはジチオカーバメートの塩またはジメルカプトチアジアゾールの塩)を接触させて、該物品の表面上に定着した化成皮膜を形成する定着反応を生じさせる工程とを含む。定着した化成皮膜は、傷ついた場合、定着反応の逆転によって該阻害剤を放出する。
【0009】
好ましい手法において、ポリアニリンは、好ましくはエメラルジン塩基である。反応性ポリアニリン溶液は、好ましくはギ酸などの有機酸を含み、最も好ましくはギ酸とジクロロ酢酸との混合物である。反応性溶液は、噴霧、ブラシまたはスピン塗布などの使用可能ないかなる技法でも塗布することができる。酸化は、好ましくは粘着性の化成皮膜を室温で空気に曝露することを伴う。ジチオカーバメートの塩またはジメルカプトチアジアゾールの塩は、使用可能なあらゆる種類のものであり、例としては1−ピロリジンジチオカーバメートのアンモニウム塩、2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾールの二カリウム塩、ジエチルジチオカーバメートのナトリウム塩およびジメチルジチオカーバメートのナトリウム塩が挙げられる。六価クロム非含有の腐食を阻害する有機化合物の選択は、それに対する保護が必要となる腐食剤の具体的な種類に依存する。
【0010】
通常の用途において、定着した化成皮膜がその上に形成された物品は、含塩環境などの腐食環境に曝露される。処理の一環として、塗布する工程以降および曝露する工程よりも前に、該物品を、おおよそ室温(すなわち、約25℃)を超える温度まで意図的に加熱しないことが好ましい。すなわち、処理手法の成功のために加熱は必要ではない。暖かい日に周囲温度が上昇したり、物品が日光によって加熱されたりした結果として、意図せず室温を超える温度に加熱することは、許容できる。
【0011】
したがって、ある好ましい実施形態においては、物品の表面を保護する方法は、エメラルジン塩基とギ酸を含む酸との反応性溶液を準備する工程と、次いで該反応性溶液を、アルミニウムを含む該物品の表面に塗布して該表面上に粘着性の化成皮膜を形成する工程と、次いで該粘着性の化成皮膜を酸化して、該粘着性の化成皮膜を空気に暴露することによって酸化皮膜を形成する工程と、次いで該酸化皮膜にジチオカーバメートの塩またはジメルカプトチアジアゾールの塩を接触させて、該物品の表面上に定着した化成皮膜を形成する工程とを含む。本明細書において述べる他の使用可能な処理工程を、本実施形態との関連で使用することができる。
【0012】
その表面が保護された物品は、該物品と、該物品の表面に密着した定着した化成皮膜とを含む。該定着した化成皮膜は、化学的に還元されたポリアニリン塩と、定着した六価クロム非含有(すなわち、クロム酸塩非含有)の可逆的酸化性の腐食を阻害する有機化合物(例えば二硫黄結合ジチオカーバメートまたはジメルカプトチアジアゾールポリマーまたはダイマー)との混合物を含む。本明細書において述べる使用可能なあらゆる材料または成分を、本実施形態との関連で使用することができる。
【0013】
本手法においては、ポリアニリンと酸との反応性溶液を準備するか別の方法で供給し、物品の表面に塗布する。この反応性溶液は、物品の表面と反応して、還元ポリアニリン塩と表面に結合した酸化物とを形成する。還元ポリアニリン塩は、最も容易には空気への曝露によって酸化され、酸化皮膜を形成する。ジチオカーバメートまたはジメルカプトチアジアゾールの塩は、酸化皮膜と可逆的に反応して、物品の表面上に定着した化成皮膜を形成する。定着した化成皮膜は、ポリアニリンと混合した、重合または二量化した不溶性のジチオカーバメートまたはジメルカプトチアジアゾールを含む。該ジチオカーバメートまたはジメルカプトチアジアゾールは、二硫化物結合で酸化重合されるか、酸化的二量化される。
【0014】
化成皮膜がその上に形成された金属製物品の表面が、該金属製物品の表面上の天然の酸化物皮膜が破れることによって生じる傷などの潜在的な腐食部位における電気化学反応によって、腐食を来たす腐食環境に後で曝露される場合、重合した化成皮膜は、電気化学的に解重合してクロム酸塩非含有(すなわち、六価クロム非含有)の腐食を阻害する有機化合物、例えばジチオカーバメートまたはジメルカプトチアジアゾール酸素還元反応(ORR)阻害剤を表面に放出する。ジチオカーバメートまたはジメルカプトチアジアゾールORR阻害剤は、金属表面上の金属間相を、腐食反応の酸素還元半反応について不活性化し、それによって酸素還元半反応を阻害し、そして腐食過程全体を阻害する。
【発明の効果】
【0015】
本手法は、こうして、六価クロムおよび/またはクロム酸塩を全く存在させずに、化成皮膜における電気化学的な腐食過程の阻害を達成する。この手法は使用が容易で、処理中に特殊な雰囲気への曝露を必要とせず、成分を定着、重合またはその他の方法で反応させるために加熱を必要としない。この過程は環境に優しく、有毒成分や有害成分を伴わない。本手法は、物品の表面を保護するための初期の製造作業において使用することができる。本手法は、また、定着した保護用化成皮膜の現場修理や修復にも使用するこができる。なぜなら、本手法は、現場環境では利用できない可能性のある特殊な装置を使用する加熱等の工程を必要としないからである。
【0016】
本発明のその他の特徴および利点は、本発明の原理を例示のために示した添付の図面と併せて、以下の好ましい実施形態のより詳細な説明から明らかであろう。しかし、本発明の範囲は、この好ましい実施形態に限定されない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
発明の詳細な説明
図1は、物品の表面を保護する過程における工程を描いており、図2A〜2Eは、該処理のさまざまな段階での構造および化学的状態を示す(図2A〜2Eおよび図6は、原寸に比例して描かれていない)。該方法は、最初に表面42を有する物品40を準備すること(図1における工程20および図2A)を含む。物品40は、使用可能ないかなる種類または材料のものであってもよい。好ましい材料は、アルミニウム物品40である。本明細書において、物品を説明するために使用する場合、「アルミニウム」は、純アルミニウム、アルミニウム含有合金およびアルミニウムベース合金をいう場合がある。アルミニウムベース合金は、他の元素よりも多くアルミニウムを含む。
【0018】
物品は、表面42を有するいかなる物理的形状のものであってもよい。物品40は、表面42が汚れていたり、全体または一部が油脂などの有機物の物理的障壁で被覆されていたりしないことを確保する以外に、本明細書に記載する処理の前に特別に準備する必要はない。汚れや障壁がある場合には、工程20で物理的洗浄によって除去する。
【0019】
工程22で、反応性溶液を準備する。反応性溶液には、エメラルジン塩基型のポリアニリン(PANI)または他の有機酸可溶性の酸化型の導電性ポリマーと、酸とが含まれる。ポリアニリンの好ましい形態は、エメラルジン塩基であるが、これは他の形態のポリアニリンと比べて比較的安定で、導電性の塩の形態に変換することができ、必要となる強く酸化された状態と還元された状態とを呈する。酸は、選択された形態のポリアニリンと溶液を形成する使用可能ないかなる種類のものであってもよいが、好ましくはギ酸などの有機酸を含む。最も好ましくは、酸は、ギ酸と別の酸、例えばジクロロ酢酸との混合物、例えばギ酸80容量部に対してジクロロ酢酸20容量部の割合における混合物である。使用可能ないかなる割合のポリアニリンおよび酸をも使用することができる。ある好ましい実施形態では、反応性溶液中の80:20無水ギ酸:ジクロロ酢酸に対する酸化されたエメラルジン塩基の割合は、約4重量%である。存在する水の量を調節して、反応性溶液の粘度を選択した塗布手法に好適になるように制御することができる。反応性溶液中での化学反応により、導電性のポリアニリン塩、この場合は導電性のエメラルジン塩が生成する。
【0020】
反応性溶液を、次いで物品40の表面42に塗布し、室温で乾燥させて表面42上に粘着性の化成皮膜44を形成する(工程24)。塗布工程24は、使用可能ないかなる手法、例えば噴霧、ブラシまたはスピン塗布などの手法によっても達成することができる。粘着性の化成皮膜44の厚みは、反応性溶液の反応性と粘度、および塗布技法に依存する。しかし、典型的には、化成層の乾燥後、粘着性の化成皮膜44の厚みは約0.25〜約1μmであり、典型的には約0.4μmである。図2Bは、物品40の表面42上の粘着性の化成皮膜44を描いたものである。処理のさまざまな段階における皮膜の相対的な厚み、物理的外観および皮膜の色は異なり得るが、この全体的に同じ物理的外観が処理の間を通して維持される。
【0021】
塗布工程24において、ポリアニリン塩は物品40の金属と反応して該塩を還元し、物品40の表面42に金属酸化物層46を形成する。図2Bは、原寸に比例して描かれておらず、実際には金属酸化物層46は非常に薄く、その厚みは1μmよりも大幅に小さく、厚みに関しては容易に視認できない。しかし、金属酸化物層46は、その色および処理中に生じる色変化によって視認できる。
【0022】
ポリアニリン溶液の色は、最初は暗緑色から黒に近い色である。アルミニウムの表面42に塗布されると、ポリアニリン溶液は、表面42と化学的に反応して薄い酸化アルミニウム層46を形成しながら、まず淡緑色に変わり、次いで薄黄色に変わる。この色変化は、ポリアニリンの還元とアルミニウム42の酸化によって、金属製物品40の表面上に酸化物46が形成されたことの証拠である。こうして形成された層は、還元ポリアニリンを含んだ化成層であり、金属アルミニウムの薄層は、酸化アルミニウムに変換される。したがって、この皮膜は、表面への強い密着を提供する。
【0023】
粘着性の化成皮膜44を、次いで酸化して(工程26)、処理の次の工程への準備として、やはり番号44によって示される酸化皮膜を形成する。図2Cは、酸化した粘着性の化成皮膜44を示す。酸化26は、使用可能ないかなる技法でも行うことができるが、好ましくは単に粘着性の化成皮膜44を室温で空気および空気中の酸素に曝露することによって行われる。この酸化26の化学的影響は、塗布工程24で生成した還元ポリアニリン塩が、ポリアニリン塩へと酸化されることである。この再酸化の証拠は、皮膜を被覆後に空気に曝露すると、再び暗い色へと変化することである。好ましい実施形態においては、塗布工程24の還元エメラルジン塩は、エメラルジン塩へと酸化される。酸化したポリアニリン(例えばエメラルジン)塩の酸化皮膜44は、表面42に粘着的に結合したままである。
【0024】
ポリアニリン塩、好ましくはエメラルジン塩を含有する酸化皮膜44を、次いで使用可
能な六価クロム非含有の腐食を阻害する化合物(例えばジチオカーバメートの好ましい塩またはジメルカプトチアジアゾールの塩)と接触させて(工程28)、やはり番号44によって示される定着した化成皮膜を、物品40の表面42上に形成する。(「腐食を阻害する化合物が六価クロムを含有しない」とは、該化合物がクロム酸CrO4−2イオンをも常に含有しないことを意味する。)使用可能な六価クロム非含有の腐食を阻害する化合物の例としては、1−ピロリジンジチオカーバメートのアンモニウム塩(CAS番号5108−96−3、Beilstein番号3730472)、2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾールの二カリウム塩(CAS番号4628−94−8、Beilstein番号4917786)、ジエチルジチオカーバメートのナトリウム塩(CAS番号207233−95−2、Beilstein番号3569024)およびジメチルジチオカーバメートのナトリウム塩(CAS番号20624−25−3、Beilstein番号3920507)が挙げられる。ジチオカーバメートの好ましい塩またはジメルカプトチアジアゾールの塩は、図2Dに概略的に示すように、物品40の表面42と接触させるときに、好ましくは水溶液である。
【0025】
工程28におけるポリアニリン塩、好ましくはエメラルジン塩とジチオカーバメートとの反応は、定着した化成皮膜44を生成するが、この皮膜は、還元ポリアニリンと、図2Eに示すような、表面42に粘着的に結合した、水不溶性の定着した硫黄結合ジチオカーバメートポリマーまたはダイマーとを含む。ジチオカーバメートは、表面42上かつ化成皮膜44中の、二硫化物が結合した不溶性のジチオカーバメートポリマーまたはジチオカーバメートのダイマーとして、化成皮膜44中に定着する。
【0026】
定着した化成皮膜は、化学的に還元されたポリアニリン塩と、図3〜5に描く可逆的な電気化学反応によって生成するような、定着した二硫黄結合ジチオカーバメートポリマーまたはダイマーとの混合物を含む。これらの反応は、ジアルキルジチオカーバメート(図3)、1−ピロリジンカルボチオ酸(図4)およびジメルカプトチアジアゾール(図5)の酸化を描くものである。それぞれの場合に、反応物は、生成物が溶液中にある間に酸素還元反応(ORR)阻害剤として作用する水溶性形態(図3〜5のそれぞれにおいて反応の左側)と、粘着性の化成皮膜44へと混合される不溶性形態(図3〜5のそれぞれにおいて反応の右側)との間で、電気化学的に変換可能である。チアジアゾールは不溶性のポリマーを形成するが、他の化合物は不溶性のダイマーを形成する。このようにして、粘着性の化成皮膜44は、周囲環境の腐食条件および皮膜の条件によって、可溶性のORR阻害剤の形態での放出が必要とされるまで、阻害剤を不溶性の形態で貯蔵する。
【0027】
定着した化成皮膜44がその上に形成された被保護物品40は、次いで、通常は腐食環境に曝露される(工程30)。腐食環境の例としては、塩水噴霧などの含塩環境が挙げられる。化成皮膜44とその下にある金属酸化物層46は、表面42の広い空間の上に障壁型の腐食保護を提供する。しかし、化成皮膜44と金属酸化物層46によって提供される障壁型の腐食保護は、例えば、化成皮膜44および金属酸化物層46を貫通して物品40の金属へと至る引っ掻き傷60によって、傷ついて破れる可能性がある(図6参照)。障壁保護機構は、この領域ではもはや効果がない。本手法は、以下の機構によって傷ついた領域に腐食保護を提供する。物品40の金属原子(図6におけるAl3+イオン)は、破れの位置で溶解し、金属を通って化成皮膜44へと移動する電子を生成する。この電子は、重合または二量化した、二硫化物が結合した不溶性のジチオカーバメートまたはジメルカプトチアジアゾールポリマーまたはダイマー(好ましい実施形態において)と反応して、図3〜5に描いた反応を左側へと推し進める。二硫化物が結合した不溶性のジチオカーバメートポリマーまたはダイマーは、解重合して溶液中に放出され、可逆的な電気化学反応によって、可溶性のジチオカーバメートまたはジメルカプトチアジアゾールモノマーを生成する。ジチオカーバメートモノマーは、金属製物品40の表面42上の腐食攻撃に関連した酸化還元反応に対する水溶性阻害剤として機能し、それによって破れの部位におけ
るさらなる腐食攻撃を阻害する。この腐食保護は、必要がある場合に必要に応じて、必要のある部位(例示した場合においては、引っ掻き傷60付近)においてのみ放出される。
【0028】
本手法の1つの重要な特徴は、本明細書に記載する被覆および保護処理の間、塗布する工程以降および腐食雰囲気への暴露の前に、物品およびその皮膜を、おおよそ室温(すなわち、約25℃)を超える温度まで意図的に加熱する必要がないことである。すなわち、処理手法の成功のために加熱は必要ではない。暖かい日に周囲温度が上昇したり、物品が日光によって加熱されたりした結果として、意図せず室温を超える温度に加熱することは、許容できる。定着した化成皮膜は、約100℃までの温度などの少々高い温度で安定であるため、定着した化成皮膜の劣化を来たさずに、被保護物品を稼働期間中にこのような少々高い温度で保管したり使用したりすることができる。
【0029】
本手法を、図1に示す該手法の好ましい実施形態を使用して具体化した。アルミニウム合金片Al2024−T3を、物品40として使用した。反応性溶液は、80:20(容量)のギ酸:ジクロロ酢酸溶液の水性混合物と、上記のエメラルジンであった。この反応性溶液の粘着性の化成皮膜を、アルミニウム合金片の表面に噴霧コーティングによって塗布し、乾燥させた。乾燥した粘着性の化成被膜を、室温で2時間空気に曝露して、酸化させた。酸化した皮膜を室温で24時間、1−ピロリジンジチオカーバメートの0.5モル水溶液と接触させて、定着した化成皮膜を形成し、金属製の被保護物品の製造を終了した。
【0030】
完成した金属製の被保護物品を、ASTMB117標準試験に従って、168時間にわたって塩水噴霧腐食に対する耐性について試験した。ポリアニリンで被覆した密封していないAA2024−T3試料は、曝露から72時間後に白色の腐食生成物で完全に被覆されていた。これは、対照パネルが曝露の24時間後に有しているのと同じ外観である。定着した1−ピロリジンジチオカーバメート化成皮膜で密封したパネルは、曝露から168時間後に実質的に全く腐食を示さなかった。
【0031】
図7は、1−ピロリジンジチオカーバメートのアンモニウム塩がORRを阻害する効果の回転円盤評価の結果を示すグラフである。図7は、−0.7ボルトにバイアスをかけた回転円盤陰極と対照とにおけるORR電流のプロットを、回転速度の関数として提示する。銅陰極は、合金における触媒的な金属間相のモデルとして機能する。回転速度が速いと、ORRが遮断されなければ高電流が流れる。ORRに対する阻害剤の存在下では、いかなる回転速度でも実質的に電流は全く流れない。
【0032】
本発明の特定の実施形態を例示の目的で詳細に説明してきたが、本発明の精神および範囲から逸脱することなく、さまざまな変更および改良を行うことができる。したがって、本発明は、添付の特許請求の範囲以外によって限定されることはない。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本手法による表面保護を適用し使用する過程のブロックフロー図である。
【図2】図2A〜2Eは、図1に示す表面保護処理工程の間の構造を示す一連の概略図である。
【図3】ジアルキルジチオカーバメートの可逆的な電気化学的二量化反応の概略図である。
【図4】1−ピロリジンジチオカーバメートの可逆的な電気化学的二量化反応の概略図である。
【図5】2,5−ジメルカプトチアジアゾールの可逆的な電気化学的二量化反応の概略図である。
【図6】本手法の保護機構を示す概略立面図である。
【図7】還元された定着した阻害剤の、明確に区別された陰極における酸素還元反応の阻害における有効性を示すグラフである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製物品の表面を保護する方法であって、
酸化型の導電性ポリマーと酸との反応性溶液を準備する工程と、次いで
該反応性溶液を該物品の表面に塗布して該表面上に粘着性の化成皮膜を形成する工程と、次いで
該粘着性の化成皮膜を酸化して酸化皮膜を形成する工程と、次いで
該酸化皮膜に非クロム酸塩の可逆的酸化性の阻害剤を接触させて、該物品の表面上に定着した化成皮膜を形成する定着反応を生じさせ、定着した化成皮膜が傷ついた場合に、定着反応の逆転によって該阻害剤を放出するようにする工程と、
を含む、方法。
【請求項2】
準備する工程における反応性溶液が、導電性ポリマーとしてエメラルジン塩基の形態のポリアニリンを含み、該反応性溶液が、該酸の成分としてギ酸をさらに含み、前記酸が、ギ酸とジクロロ酢酸との混合物を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
接触させる工程が、ジチオカーバメートの塩またはジメルカプトチアジアゾールの塩を酸化皮膜に接触させる工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
接触させる工程が、1−ピロリジンジチオカーバメートを酸化皮膜に接触させる工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
接触させる工程の後に、定着した化成皮膜がその上に形成された該物品を腐食環境に曝露するさらなる工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
接触させる工程の後に、定着した化成皮膜がその上に形成された該物品を腐食環境に曝露するさらなる工程を含み、該方法において、塗布する工程以降および曝露する工程よりも前に、該物品を、約25℃を超える温度まで意図的に加熱しない、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
物品の表面を保護する方法であって、
エメラルジン塩基型のポリアニリンとギ酸を含む酸との反応性溶液を準備する工程と、次いで
該反応性溶液を、アルミニウムを含む該物品の表面に塗布して該表面上に粘着性の化成皮膜を形成する工程と、次いで
該粘着性の化成皮膜を酸化して、該粘着性の化成皮膜を空気に暴露することによって酸化皮膜を形成する工程と、次いで
該酸化皮膜にジチオカーバメートの塩またはジメルカプトチアジアゾールの塩を接触させて、該物品の表面上に定着した化成皮膜を形成する工程と、
を含む、方法。
【請求項8】
準備する工程が、ギ酸とジクロロ酢酸との混合物を含む酸を含む反応性溶液を準備する工程を含む、請求項13に記載の方法。
【請求項9】
接触させる工程の後に、定着した化成皮膜がその上に形成された該物品を腐食環境に曝露するさらなる工程を含む、請求項13に記載の方法。
【請求項10】
接触させる工程の後に、定着した化成皮膜がその上に形成された該物品を腐食環境に曝露するさらなる工程を含み、該方法において、塗布する工程以降および曝露する工程よりも前に、該物品を、約25℃を超える温度まで意図的に加熱しない、請求項13に記載の
方法。
【請求項11】
請求項1に記載の方法によってその表面が保護された物品であって、
該物品と、
該物品の表面に密着した定着した化成皮膜とを含み、
ここで、該定着した化成皮膜は、
還元ポリアニリン塩と、
非クロム酸塩の可逆的酸化性の腐食を阻害する有機化合物との混合物を含む、
物品。
【請求項12】
定着した化成皮膜の厚みが、約0.25μm〜約1μmである、請求項18に記載の物品。
【請求項1】
金属製物品の表面を保護する方法であって、
酸化型の導電性ポリマーと酸との反応性溶液を準備する工程と、次いで
該反応性溶液を該物品の表面に塗布して該表面上に粘着性の化成皮膜を形成する工程と、次いで
該粘着性の化成皮膜を酸化して酸化皮膜を形成する工程と、次いで
該酸化皮膜に非クロム酸塩の可逆的酸化性の阻害剤を接触させて、該物品の表面上に定着した化成皮膜を形成する定着反応を生じさせ、定着した化成皮膜が傷ついた場合に、定着反応の逆転によって該阻害剤を放出するようにする工程と、
を含む、方法。
【請求項2】
準備する工程における反応性溶液が、導電性ポリマーとしてエメラルジン塩基の形態のポリアニリンを含み、該反応性溶液が、該酸の成分としてギ酸をさらに含み、前記酸が、ギ酸とジクロロ酢酸との混合物を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
接触させる工程が、ジチオカーバメートの塩またはジメルカプトチアジアゾールの塩を酸化皮膜に接触させる工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
接触させる工程が、1−ピロリジンジチオカーバメートを酸化皮膜に接触させる工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
接触させる工程の後に、定着した化成皮膜がその上に形成された該物品を腐食環境に曝露するさらなる工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
接触させる工程の後に、定着した化成皮膜がその上に形成された該物品を腐食環境に曝露するさらなる工程を含み、該方法において、塗布する工程以降および曝露する工程よりも前に、該物品を、約25℃を超える温度まで意図的に加熱しない、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
物品の表面を保護する方法であって、
エメラルジン塩基型のポリアニリンとギ酸を含む酸との反応性溶液を準備する工程と、次いで
該反応性溶液を、アルミニウムを含む該物品の表面に塗布して該表面上に粘着性の化成皮膜を形成する工程と、次いで
該粘着性の化成皮膜を酸化して、該粘着性の化成皮膜を空気に暴露することによって酸化皮膜を形成する工程と、次いで
該酸化皮膜にジチオカーバメートの塩またはジメルカプトチアジアゾールの塩を接触させて、該物品の表面上に定着した化成皮膜を形成する工程と、
を含む、方法。
【請求項8】
準備する工程が、ギ酸とジクロロ酢酸との混合物を含む酸を含む反応性溶液を準備する工程を含む、請求項13に記載の方法。
【請求項9】
接触させる工程の後に、定着した化成皮膜がその上に形成された該物品を腐食環境に曝露するさらなる工程を含む、請求項13に記載の方法。
【請求項10】
接触させる工程の後に、定着した化成皮膜がその上に形成された該物品を腐食環境に曝露するさらなる工程を含み、該方法において、塗布する工程以降および曝露する工程よりも前に、該物品を、約25℃を超える温度まで意図的に加熱しない、請求項13に記載の
方法。
【請求項11】
請求項1に記載の方法によってその表面が保護された物品であって、
該物品と、
該物品の表面に密着した定着した化成皮膜とを含み、
ここで、該定着した化成皮膜は、
還元ポリアニリン塩と、
非クロム酸塩の可逆的酸化性の腐食を阻害する有機化合物との混合物を含む、
物品。
【請求項12】
定着した化成皮膜の厚みが、約0.25μm〜約1μmである、請求項18に記載の物品。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【公表番号】特表2009−536690(P2009−536690A)
【公表日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−509874(P2009−509874)
【出願日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際出願番号】PCT/US2007/011397
【国際公開番号】WO2007/133679
【国際公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【出願人】(500520743)ザ・ボーイング・カンパニー (773)
【氏名又は名称原語表記】The Boeing Company
【Fターム(参考)】
【公表日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際出願番号】PCT/US2007/011397
【国際公開番号】WO2007/133679
【国際公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【出願人】(500520743)ザ・ボーイング・カンパニー (773)
【氏名又は名称原語表記】The Boeing Company
【Fターム(参考)】
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