説明

内燃エンジンにおけるピストンの油かきリング用の圧縮コイルばねおよび圧縮コイルばねをコーティングする方法

鋼、とりわけCrSi鋼またはCrNi鋼で作製されているのが好適なピストンリング用の圧縮コイルばねは、少なくとも一層のa−C:H:Me層またはCrN層(16)とa−C:H:Me層(14)とが交互に重なり合った多重層を有するコーティングを備えている。鋼で作製されていることが好適な圧縮コイルばねをコーティングするための方法は、複数のCrN層とa−C:H:Me層を交互に設けることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧縮コイルばねに関する。この圧縮コイルばねは、内燃エンジンのピストンに使用される2つの部分を含む油かきリングのコンポーネントとして、かかる油かきリングの第2のコンポーネント、即ちシリンダまたはシリンダライナと滑り接触状態にあるいわゆる本体をシリンダ壁に押し付けるために提供されるものである。本発明は更に、かかる圧縮コイルばねをコーティングするための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
言及したように、2つの部分を含む油かきリングにおいて、圧縮コイルばねは、構造体の内面に接して、換言すると、シリンダ壁にスライドするように接触するピストンリングの本体と、ピストンリングの溝の底との間に設置されている。エンジン動作時の動的応力に起因して、本体と圧縮コイルばねとの間に相対的運動が起こる。この運動は、いわゆる2次磨耗につながる可能性がある。この2次磨耗は、本体内に、溝内の溝の形態で現れるとともに、ばね上に、摩滅した材料の形態で現れる場合がある。溝内の溝にばねがひっかかる可能性があり、これにより、油リングのかき取り動作が損なわれる。更に、その機能を発揮するのに必要な接線力が低下する可能性がある。
【0003】
特許文献1は、無水素のi−Cグラファイト層でコーティングされた圧縮コイルばねを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】ドイツ特許第102005019500号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の背後にある目的は、用いることにより、2つの部分を含む油かきリングの少なくとも一方のコンポーネントの摩擦および/または磨耗および/またはなじみ動作が改善される圧縮コイルばね、並びにそれをコーティングするための方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的は、一方で、請求項1に記載の圧縮コイルばねによって達成される。その上に設けられるコーティングは、少なくとも一層のa−C:H:Me層またはCrN層とa−C:H:Me層とが交互に重なり合った多重層が特徴である。当初のテストから、かかる層構造を使って、耐用期間および相対摩擦係数の両方を向上できることが分かった。特に層の安定性が向上することで、耐用期間が延びる。更に、ばねとピストンリングとの間のなじみ動作が向上することも、当初のテストで判断できた。
【0007】
明確化のために言及しておくと、Meは金属を表しているのであって、例えばタングステン、クロム、チタン、ゲルマニウム、またはシリコンを使用することができる。a−C:H:Me層および後述するa−C:H層はどちらもDLC層であり、比較的低い磨耗特性および良好な摩擦特性を確保されている。特に、それによって、径方向の接触圧力が様々であるため、例えば圧縮コイルばねの周囲全体にわたって磨耗速度が様々になるが、それにもかかわらず、DLCは、表面の少なくとも一部に常に存在しており、したがって、特に潤滑作用が不十分な条件下でも、良好な摩擦特性が維持されると考えられる。これは、有利な態様で、CrN層によってもたらされる磨耗上の利点と組み合わされる。CrN層の耐磨耗性は、従来からDLCより高くなっており、最初からまたは最も外側のDLC層が磨耗したときに、効果を発揮することができ、有利である。上記の多層コーティングは、他にも、全体の層の厚さを従来のDLCコーティングシステムの場合よりも著しく厚くできるといった利点を提供することができる。これは、本質的に、CrNに比べてDLCの方が高くなっている内部応力を、複数のCrN層によって、コーティング全体として均等化することができるという事実に基づいている。
【0008】
圧縮コイルばねは、鋼、特にクロムシリコン(CrSi)鋼またはクロムニッケル(CrNi)鋼で作製されるのが好適であり、実質的にらせん状に巻かれ、したがって、ばね端部を2つ有している。これらの端部は、ばねが概ね円形をしているため、嵌められた状態または動作状態では、間隙が無い状態で接触する。この点は、ピストンリングの継ぎ目に対して径方向に反対側であることが好ましい。特筆すべきことに、本発明に係るコーティングは、例えば特許文献1に記載された圧縮コイルばねに、特許文献1に記載の無水素i−Cグラファイト層に代えて適用することができる。特に、特許文献1に記載の圧縮コイルばねの個々の特徴は全て、本明細書で参照しているため、本出願の内容に属する。参照するこの文献で説明されているように、油かきピストンリングは、周方向に閉じているのではなく、いわゆる継ぎ目、換言すると周方向の間隙を有する形で構成することができる。圧縮コイルばねは、その領域で連続となるように構成されており、継ぎ目の領域において、それに対して対称に5°〜60°の周方向の角度でコーティングされているのが好ましい。その参照される文献において、ピストンリングの継ぎ目付近の前述の角度は、αと表記されている。ピストンリングは、圧縮コイルばねを受け入れるための溝を内側に有している。この溝は、断面形状が略半円形であることが好ましい。圧縮コイルばねは、圧縮コイルばねの軸方向から見て、好ましくはピストンリングに面する側面が、5°〜180°の範囲のある角度(参照している文献によればβ)で、好ましくは中央平面に対して対称にコーティングされている。「スライド要素、とりわけピストンリング、およびスライド要素をコーティングするための方法(Sliding element, in particular a piston ring, and method for coating a sliding element)」という出願を本出願人が同日に出願したことにも言及しておかなければならない。同出願において、本明細書に記載されたものと同様のコーティングが、スライド要素、とりわけピストンリングに設けられている。同出願に記載されているコーティングの特徴は全て、本明細書に記載のコーティングにも適用することができる。更に、同出願に記載のピストンリングは、記載されている諸実施形態のうちのいずれかにおいて、本明細書に記載の圧縮コイルばねと有利なように組み合わせることができ、この組み合わせは、本出願の内容とみなされるべきである。更に、同様に本出願人が同日に出願した「ピストンリングの少なくとも内面をコーティングする方法およびピストンリング(Method for coating at least the inner face of a piston ring, and piston ring)」という出願に記載のコーティングをピストンリング、特にピストンリングの内面に適用することも可能である。
【0009】
他の好適な改善策が、他の請求項に述べられている。
【0010】
好ましくは鋼製の基体、即ち圧縮コイルばねに対してCrN層を接着するために、クロムの接着層を形成した方が有利であることが分かった。これは、特に蒸着によって設けることができ、層の厚さは0.5μm未満であることが好ましい。現在のところ、接着層の厚さとしては最小の0.01μmが好ましい。
【0011】
本発明に係る圧縮コイルばねの最も外側の層は、当初、ピストンリングと接触するものであり、金属を含有しないDLC層、換言するとa−C:Hタイプの層であることが好ましい。かかる層は、実現し得る最高のなじみ動作を保証する。この層は、0.1〜5.0μmの厚さを有することが有利であることが分かった。層を0.1μmという最小の厚さにすると、良好ななじみ動作を行うのに有利である。層の厚さの最大値は、層が厚くなるにつれて低下する接着性について、最低限の接着性に基づいて与えられる。前述した最も外側の層または最上層は、CrN層およびa−C:H:Me層のどちらに設けることも考えられる。
【0012】
CrN層およびa−C:H:Me層からなる多重層のそれぞれの層は、30nm〜100nmとすることが好ましい。30nmを超える厚さによって、重ね合わせて使用されたときに、層構造の試験可能性が確保されるという利点が得られる。
【0013】
良好な耐用期間と併せて良好な摩擦動作を確保するためには、コーティング全体の厚さは、0.5〜10μmとするのが好都合である。このため、個々の層の重ね合わせの数は、例えば10〜200にすることができる。
【0014】
CrN層の硬度としては、800〜1900HV0.002の値が適切であることが分った。この形態は、1700〜2900HV0.002の硬度である金属を含有しないDLC層および/または800〜1600HV0.002の硬度である金属を含有するDLC層の硬度と組み合わせることができる。
【0015】
特に、DLC層の良好な特性、とりわけ金属を含有するDLC層および/または金属を含有しないDLC層の極めて良好な特性は、その層が水素を含有している場合に得られることが更に期待される。
【0016】
金属を含有するDLC層は、例えば炭化タングステン(WC)、炭化クロム(CrC)、炭化シリコン(SiC)、炭化ゲルマニウム(GeC)、炭化チタン(TiC)といったナノ結晶金属または金属炭化物堆積物を含有することができ、更に有利である。
【0017】
前述した目的は、請求項8に記載の方法によってさらに達成される。
【0018】
前述したコーティングは、本発明に係る方法の範囲内で、物理気相成長(PVD)過程とプラズマ化学気相成長(PA−CVD)過程を組み合わせることによって設けることができ、好都合である。
【0019】
前述した圧縮コイルばねの少なくとも1つをピストンリングと組み合わせたものを、更に開示する。このピストンリングは特に、同時に出願された前述した出願に記載されているコーティングを有することができる。このように形成された2つの部分を含む油かきリングを、内燃エンジン、特にディーゼルエンジンまたはターボチャージャー付きオットーエンジンのスライド接触面、特にシリンダまたはシリンダライナと組み合わせたものを更に開示する。オットーエンジンは鉄系またはアルミニウム系のスライド接触面を有する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係る層構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図面を参照して以下に、本発明の好適な例示の実施形態を更に詳細に説明する。
【0022】
図から明らかなように、最初に、スライド要素の基材10にクロムの接着層12が設けられている。そこに、複数のa−C:H:Me層14およびCrN層16が内側から外側へと交互に設けられている。最も外側の層は、a−C:H層によって形成されている。図示した例において、この層はDLC層に設けられているが、a−C:H:Me層にも同様に設けることができる。これらは、PVDでCrN層を形成し、PVDおよびPA−CVDでa−C:H:Me層を形成し、PA−CVDでa−C:H層を形成することによって設けることが好ましい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼、とりわけCrSi鋼またはCrNi鋼で作製されていることが好ましいピストンリング用の圧縮コイルばねであって、少なくとも一層のa−C:H:Me層またはCrN層(16)とa−C:H:Me層(14)とが交互に重なり合った多重層を有するコーティングを備えた圧縮コイルばね。
【請求項2】
前記圧縮コイルばねの基材(10)に、0.01〜0.5μmの厚さを有することが好ましいクロム(12)からなる接着層が設けられていることを特徴とする、請求項1に記載の圧縮コイルばね。
【請求項3】
前記コーティングの最も外側の層は、0.1〜5.0μmの厚さを有することが好ましいa−C:H層(18)であることを特徴とする、請求項1または2に記載の圧縮コイルばね。
【請求項4】
前記CrNおよび/またはa−C:H:Meの各層は、30nm〜100nmの厚さを有することを特徴とする、請求項1〜3のうちのいずれか1項に記載の圧縮コイルばね。
【請求項5】
前記コーティングの全体の厚さは、0.5〜10μmであることを特徴とする、請求項1〜4のうちのいずれか1項に記載の圧縮コイルばね。
【請求項6】
前記CrN層の硬度は800〜1900HV0.002であり、且つ/または金属を含有しないDLC層の硬度は1700〜2900HV0.002であり、且つ/または金属を含有するDLC層の硬度は800〜1600HV0.002であることを特徴とする、請求項1〜5のうちのいずれか1項に記載の圧縮コイルばね。
【請求項7】
少なくとも一層の金属を含有するDLC層および/または金属を含有しないDLC層が、PVDプロセスおよび/またはPA−CVDプロセスによって設けられていることを特徴とする、請求項1〜6のうちのいずれか1項に記載の圧縮コイルばね。
【請求項8】
鋼で作製されているのが好適な圧縮コイルばねをコーティングするための方法であって、複数のCrN層とa−C:H:Me層が交互に設けられる方法。
【請求項9】
前記コーティングは、PVDとPA−CVDを組み合わせることによって設けられることを特徴とする、請求項8に記載の方法。

【図1】
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【公表番号】特表2013−521412(P2013−521412A)
【公表日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−556431(P2012−556431)
【出願日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際出願番号】PCT/EP2011/052343
【国際公開番号】WO2011/110412
【国際公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【出願人】(398071439)フェデラル−モーグル ブルシャイト ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング (28)
【Fターム(参考)】