説明

内燃機関

【課題】 点火プラグの周りにリッチな混合気を確実に生成し、安定した成層燃焼を確保できる内燃機関を提供する。
【解決手段】 本発明による筒内直噴式の内燃機関1は、燃焼室7の中心付近に臨む点火プラグ8と、圧縮行程中に、燃料の複数の噴霧を、互いに異なる方向に、ピストン5の頂面に向かって斜めに噴射する複数の噴射口H1〜H4を有する燃料噴射弁9を備える。ピストン5の頂面のキャビティ6は、底面6aと、ピストン5の中心付近の垂直壁6bと、垂直壁6bの両側に連なり、燃料噴射弁9側に延びる一対の側壁6c、6cを有する。複数の噴霧は、キャビティ6の垂直壁6bとピストン5の頂面の隣接部5aに向かって噴射される第1噴霧FM1と、側壁6c、6cに衝突する一対の第2噴霧FM2、FM2と、底面6aに衝突し、第1および第2噴霧FM1、FM2を点火プラグ8側に向かって持ち上げ、指向させる第3噴霧FM3を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、気筒内に燃料を直接、噴射し、燃料と空気との混合気を火花点火によって着火させ、燃焼させる筒内直噴式の内燃機関に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の筒内直噴式の内燃機関として、例えば特許文献1に開示されたものが知られている。この内燃機関は、気筒内を往復動するピストンと、気筒内の燃焼室に臨む点火プラグおよび燃料噴射弁を備えている。ピストンの頂面には、ピストンの中心付近から燃料噴射弁の噴射口付近までの間に偏在するように、キャビティが形成されている。キャビティには、噴射口付近およびピストンの中心付近に、第1および第2ガイド壁面がそれぞれ形成されている。第1ガイド壁面は、キャビティの底面から上方に向かって燃料噴射弁に近づくように斜めに直線的に延びる斜面で構成されている。一方、第2ガイド壁面は、キャビティの底面から上方に向かって燃料噴射弁から遠ざかるように斜めに直線的に延びる斜面で構成されている。
【0003】
一方、燃料噴射弁は、その噴射口から燃料の噴霧を、主噴霧および副噴霧として、互いに異なる所定の角度で噴射するように構成されている。これらの噴霧はいずれも、側方から見て扁平で、平面的に見て扇状の形状を有している。主噴霧は、鉛直に近い角度で燃料噴射弁に近い側に噴射され、副噴霧は、水平に近い角度で燃料噴射弁から遠い側に噴射される。
【0004】
内燃機関の低負荷低回転時などに成層燃焼を行う場合には、圧縮行程の後期に、燃料噴射弁から燃料が噴射される。噴射された主噴霧の大部分は、第1ガイド壁面に沿って案内され、それにより、燃焼室内の燃料噴射弁の噴射口付近にリッチな混合気が生成される。一方、副噴霧の大部分は、第2ガイド壁面に衝突した後、それに沿って上方に案内され、それにより、燃焼室内の点火プラグ付近にリッチな混合気が生成される。また、主噴霧および副噴霧の残りは、互いにオーバーラップした状態で、キャビティ内に残留する。以上により、燃焼室内に所望の濃度の混合気を分布させ、その状態で点火プラグによる点火を行うことにより、火炎伝播によって安定した燃焼を得るようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4054223号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した従来の内燃機関では、燃料噴射弁から噴射された主噴霧および副噴霧はそれぞれ、直線的な斜面から成る第1ガイド壁面および第2ガイド壁面によって直接、案内され、上方の噴射口側および点火プラグ側とキャビティ側に分配される。このため、主噴霧および副噴霧の噴射角度、噴射速度や第1および第2ガイド壁面の傾斜角度などの条件が、噴霧の分配にダイレクトに反映される。その結果、これらの条件が少しでもばらつくと、所望の混合気の分布を実現できず、特に点火プラグの周りにリッチな混合気を確実に生成することができないため、安定した成層燃焼を確保することは困難である。
【0007】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであり、点火プラグの周りにリッチな混合気を確実に生成し、安定した成層燃焼を確保することができる内燃機関を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するため、請求項1に係る発明は、気筒4内に燃料を直接、噴射するとともに、噴射された燃料と気筒4に吸入された空気との混合気を火花点火によって着火させ、燃焼させる筒内直噴式の内燃機関であって、頂面にキャビティ6が形成され、気筒4内を往復動するピストン5と、気筒4内の燃焼室7の中心付近に上方から臨み、混合気を着火させるための火花を発生させる点火プラグ8と、燃焼室7に臨み、圧縮行程中の所定のクランク角度において、燃料の複数の噴霧を、互いに異なる方向に、ピストン5の頂面に向かって斜めにそれぞれ噴射する複数の噴射口(実施形態の第1〜第4噴射口H1〜H4)を有する燃料噴射弁9と、を備え、キャビティ6は、ピストン5の中心付近から燃料噴射弁9側に配置されており、底面6aと、ピストン5の中心付近において底面6aからほぼ垂直に立ち上がる垂直壁6bと、垂直壁6bの両側に連なり、燃料噴射弁9側に向かって延びる一対の側壁6c、6cとを有し、複数の噴霧は、キャビティ6の垂直壁6bと垂直壁6bに隣接するピストン5の頂面の隣接部5aとに向かって噴射される第1噴霧FM1と、キャビティ6の一対の側壁6c、6cにそれぞれ衝突し、一対の側壁6c、6cに沿って垂直壁6b側に流れる一対の第2噴霧FM2、FM2と、キャビティ6の底面6aに衝突し、第1噴霧FM1および第2噴霧FM2を点火プラグ8側に向かって持ち上げ、指向させる第3噴霧FM3を含むことを特徴とする。
【0009】
この内燃機関は、燃料噴射弁から気筒内に燃料を直接、噴射し、混合気を点火プラグによる火花点火で着火させ、燃焼させる筒内直噴式のものである。ピストンの頂面にはキャビティが形成されている。このキャビティは、ピストンの中心付近から燃料噴射弁側に配置されており、底面と、ピストンの中心付近において底面からほぼ垂直に立ち上がる垂直壁と、この垂直壁に連なり、燃料噴射弁側に向かって延びる一対の側壁を有している。また、燃料噴射弁は、圧縮行程中の所定のクランク角度において、複数の噴射口から、燃料の第1噴霧、一対の第2噴霧および第3噴霧を、互いに異なる方向に、ピストンの頂面に向かって斜めに噴射する。
【0010】
第1噴霧は、キャビティの垂直壁とそれに隣接するピストンの頂面の隣接部に向かって噴射される。また、一対の第2噴霧は、キャビティの一対の側壁にそれぞれ衝突した後、側壁に沿って垂直壁側に流れる。
【0011】
さらに、第3噴霧は、キャビティの底面に衝突し、そこで反射して、渦流を形成しながら上方に流れる。それに伴い、第1噴霧、および垂直壁付近に集められた第2噴霧は、第3噴霧の渦流によって持ち上げられ、垂直壁による案内によって、第3噴霧と一緒に上方の点火プラグ側に指向される。また、第3噴霧がキャビティの底面に衝突し、その運動エネルギが適度に低減されることによって、燃料噴射弁と反対側への噴霧の流出が抑制される。
【0012】
以上の結果、点火プラグの周りに、第1〜第3噴霧が効果的に集められ、リッチな混合気が確実に生成されるとともに、燃焼室内の他の部分には、よりリーンな混合気が生成される。そして、点火プラグの周りに生成されたリッチな混合気を点火プラグの火花で着火させ、着火した混合気を火種とする火炎伝播によって、成層燃焼が行われる。
【0013】
以上のように、本発明によれば、ピストンのキャビティに形成された底面、垂直壁および一対の側壁と、それらに向かって燃料噴射弁から噴射される第1〜第3噴霧との協働によって、点火プラグの周りに燃料の噴霧を効果的に集め、リッチ混合気を確実に生成するとともに、所望の空燃比の分布を有する成層混合気を精度良く生成することができる。したがって、燃料噴射弁から噴射された噴霧をそれぞれのガイド壁面により単独で案内する従来の場合と異なり、点火プラグの周りに良質な火種を形成でき、この火種からの火炎伝播によって、安定した成層燃焼を確保することができる。
【0014】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の内燃機関において、第1噴霧FM1は、その中心軸CFM1がピストン5の頂面の隣接部5aに指向するように噴射され、キャビティ6の底面6aで反射した第3噴霧FM3によって点火プラグ8側に指向されることを特徴とする。
【0015】
この構成によれば、第1噴霧は、ピストンの頂面に衝突することなく、第3噴霧によって点火プラグ側に指向されるため、点火プラグの周りにおけるリッチ混合気の生成をより良好に行うことができる。
【0016】
請求項3に係る発明は、請求項1または2に記載の内燃機関において、複数の噴霧は、一対の第2噴霧FM2、FM2の外側でかつ燃料噴射弁9側に噴射され、ピストン5の頂面のキャビティ6以外の部分に衝突する一対の第4噴霧FM4、FM4をさらに含むことを特徴とする。
【0017】
この構成によれば、第1〜第3噴霧に加えて噴射される一対の第4噴霧によって、混合気全体の空燃比を容易に調整することができる。また、第4噴霧は、第1〜第3噴霧とは異なる上記の方向および部位に噴射され、衝突するので、第1〜第3噴霧による点火プラグ周りにおけるリッチ混合気の生成には直接、影響を及ぼさない。
【0018】
請求項4に係る発明は、請求項3に記載の内燃機関において、第1噴霧FM1の量、一対の第2噴霧FM2、FM2の各々の量、第3噴霧FM3の量、および一対の第4噴霧FM4、FM4の各々の量は、互いに等しいことを特徴とする。
【0019】
例えば、内燃機関の運転状態に応じて、成層燃焼の他に、吸気行程において燃料を噴射し、均質燃焼を行う場合、良好な均質燃焼を確保するためには、気筒内の全体にわたって均質な混合気を分布させることが必要である。この構成によれば、第1〜第4噴霧の量が互いに等しいので、そのような均質な混合気を良好に生成することができる。
【0020】
請求項5に係る発明は、請求項1ないし4のいずれかに記載の内燃機関において、キャビティ6の一対の側壁6c、6cは、垂直壁6b側に向かうにつれて、互いに狭まるように延びていることを特徴とする。
【0021】
この構成によれば、第2噴霧は、一対の側壁に衝突した後、側壁に沿ってピストンの中心側に指向され、集められるので、点火プラグ周りにおけるリッチ混合気の生成をさらに良好に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明を適用した内燃機関の構成を示す部分断面図である。
【図2】ピストンを示す平面図である。
【図3】ピストンを示す部分拡大断面図である。
【図4】燃料噴射弁の複数の噴射口の構成および噴射方向を示す図である。
【図5】成層燃焼時における燃料の噴射状況を示す部分拡大断面図である。
【図6】図5と同じ燃料の噴射状況を示す平面図である。
【図7】図5と同じ燃料の噴射状況を示す斜視図である。
【図8】ピストンに衝突した後の第2噴霧の挙動を説明するための図である。
【図9】ピストンに衝突した後の第3噴霧の挙動を説明するための図である。
【図10】実施形態によって得られる動作例を、比較例とともに示す図である。
【図11】実施形態によって得られる別の動作例を、比較例とともに示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を参照しながら、本発明の好ましい実施形態について説明する。図1は、本発明の一実施形態による内燃機関(以下「エンジン」という)1を示している。このエンジン1は、例えば直列4気筒のガソリンエンジンであり、車両(図示せず)に搭載されている。エンジン1は、シリンダブロック2と、その上側に設けられたシリンダヘッド3を備えている。
【0024】
シリンダブロック2には、上方に開口する円筒状の4つの気筒4(1つのみ図示)が形成され、各気筒4にはピストン5が設けられている。なお、図1中の符号2aは、エンジン1を冷却する冷却水が流れるウォータージャケットである。
【0025】
ピストン5は、クランクシャフト(図示せず)に連結されており、エンジン1の運転に伴い、クランク角度に従って、気筒4内を摺動しながら往復動する。また、ピストン5の頂面にはキャビティ6が形成されており、その構成については後述する。
【0026】
シリンダヘッド3は、気筒4を覆うようにシリンダブロック2に載置されており、シリンダヘッド3と各ピストン5の頂面との間に、燃焼室7が形成される。シリンダヘッド3には、燃焼室7に開口する吸気ポート3aおよび排気ポート3bが形成されており、さらに、これらを開閉する吸気弁および排気弁(いずれも図示せず)や、吸排気弁を駆動するカムシャフト(図示せず)などが設けられている。
【0027】
また、シリンダヘッド3には、気筒4ごとに、点火プラグ8および燃料噴射弁(以下「インジェクタ」という)9が設けられている。
【0028】
点火プラグ8は、プラグ本体8aと、その先端部に設けられた電極8bを有し、シリンダヘッド3に鉛直に近い角度で取り付けられている。電極8bは、互いに対向する中心電極および接地電極で構成されており、燃焼室7の中心付近に上方から臨み、混合気を着火させるための火花を発生させる。この点火プラグ8による火花の発生時期(点火時期)は、エンジン1の運転状態に応じ、制御装置(図示せず)によって制御される。
【0029】
インジェクタ9は、インジェクタ本体9aと、インジェクタ本体9aに内蔵されたソレノイドやニードルバルブ(いずれも図示せず)などを有する電磁弁で構成されている。インジェクタ本体9aは、シリンダヘッド3の吸気ポート3aに近い位置に、水平に近い角度で斜めに取り付けられている。また、インジェクタ本体9aの先端部には、燃焼室7に臨むように、複数の噴射口Hが形成されている。
【0030】
インジェクタ9には、燃料ポンプ(図示せず)から高圧の燃料が供給されており、ニードルバルブが開弁することによって、複数の噴射口Hから気筒4内に燃料の噴霧が互いに異なる所定の角度でそれぞれ噴射される。また、インジェクタ9による燃料の噴射量および噴射時期は、エンジン1の運転状態に応じ、制御装置によって制御される。
【0031】
図4は、インジェクタ9の複数の噴射口Hの構成と、それらから噴射される燃料の噴霧の方向(角度)を示している。同図において、原点Oは、インジェクタ本体9aの軸心(以下「インジェクタ軸心」という)CIと一致する方向に相当する。また、原点Oの左右は、インジェクタ9側から見たときのインジェクタ軸心CIの左右の側を示し、原点Oの上下は、インジェクタ軸心CIに対して奥側(インジェクタ9から遠い側)および手前側(インジェクタ9に近い側)を示し、原点Oから遠いほど、インジェクタ軸心CIに対する角度がより大きいことを表す。
【0032】
同図に示すように、複数の噴射口Hは、第1噴射口H1、左右一対の第2噴射口H2、H2、第3噴射口H3、および左右一対の第4噴射口H4、H4で構成されている。これらの第1〜第4噴射口H1〜H4は、インジェクタ軸心CIに対して左右対称に配置されるとともに、インジェクタ軸心CIに対して左右対称に第1〜第4噴霧FM1〜FM4を噴射する。
【0033】
より具体的には、図5〜図7にも示すように、第1噴射口H1は、インジェクタ軸心CIに対して若干奥側に、第1噴霧FM1を噴射する。左右の第2噴射口H2、H2は、インジェクタ軸心CIに対して左右対称に、かつインジェクタ軸心CIの手前側に、第2噴霧FM2、FM2をそれぞれ噴射する。
【0034】
また、第3噴射口H3は、インジェクタ軸心CIの手前側で、かつ第2噴霧FM2よりも若干奥側に、第3噴霧FM3を噴射する。さらに、左右の第4噴射口H4、H4は、インジェクタ軸心CIに対して左右対称に、かつ第3噴霧FM3、FM3の外側でそれらよりも手前側に、第4噴霧FM4、FM4をそれぞれ噴射する。また、上記の噴射口H1〜H4から噴射される6つの噴霧の量は、互いに同じに設定されている。
【0035】
次に、図2および図3を参照しながら、ピストン5の頂面の構成について説明する。前述したように、ピストン5の頂面にはキャビティ6が形成されている。図2に示すように、このキャビティ6は、ピストン5の頂面のうちの、ピストン5の中心付近からインジェクタ9側にわたってピストン5の直径の約1/3の範囲で、かつ左右方向にはピストン5の直径の約1/3の範囲で、インジェクタ軸心CIに対して左右対称に配置されている。
【0036】
キャビティ6は、平坦な底面6aと、この底面6aの周縁部から立ち上がる垂直壁6bおよび左右一対の側壁6c、6cを有している。垂直壁6bは、ピストン5の中心付近において、底面6aから、湾曲した移行部6dを介して立ち上がり、キャビティ6に隣接するピストン5の頂面の隣接部5aとほぼ垂直に交わるとともに、ピストン5の中心に対して左右両側に延びている。左右の側壁6c、6cは、垂直壁6bの両端から、湾曲した移行壁部6eを介してインジェクタ9側に延びており、また、垂直壁6b側に向かうにつれて、互いの間隔が狭まるように配置されている。
【0037】
次に、上述した構成のエンジン1の動作について説明する。このエンジン1では、その運転状態に応じ、燃焼モードとして、均質燃焼と成層燃焼が選択的に実行される。例えば、均質燃焼はエンジン1の暖機後に実行され、成層燃焼はエンジン1の冷間始動時に実行される。
【0038】
均質燃焼は、燃焼室7の全体に空燃比が一様な均質の混合気を分布させ、この均質混合気を点火プラグ8による火花点火で着火させることによって、燃焼を行うものである。図示しないが、均質燃焼を行う場合には、吸気行程中の所定のクランク角度において、インジェクタ9から燃料を噴射する。これにより、吸気ポート3aおよび開弁した吸気弁を介して気筒4に吸入された空気とピストン5の下降による引き込みとによって、気筒4内に空気のタンブル流が形成された状態で、燃料が噴射される。
【0039】
その結果、噴射された第1〜第4噴霧FM1〜FM4が空気のタンブル流と一緒に拡散することによって、気筒4内の全体にわたって均質な混合気が生成される。この場合、インジェクタ9から噴射される6つの噴霧の量が互いに等しいので、この均質な混合気の生成を良好に行うことができる。そして、その後、圧縮上死点付近で点火プラグ8で点火を行い、均質混合気を着火・燃焼させることによって、均質燃焼が行われる。
【0040】
一方、成層燃焼は、燃焼室7内の点火プラグ8の電極8bの周りにリッチな空燃比の混合気が分布し、燃焼室7内の他の部分にリーンな混合気が分布した成層混合気を生成し、リッチな混合気を点火プラグ8による火花点火で着火させ、これを火種とする火炎伝播によって、燃焼を行うものである。
【0041】
成層燃焼を行う場合には、圧縮行程中の所定のクランク角度、例えば圧縮上死点前(BTDC)45°において、インジェクタ9から燃料を噴射する。図5〜図7は、この燃料噴射を行ったときの、第1〜第4噴霧FM1〜FM4とピストン5の頂面のキャビティ6などとの位置関係を示している。
【0042】
これらの図に示すように、第1噴霧FM1は、キャビティ6の垂直壁6bとピストン5の頂面の隣接部5aに向かって噴射される。この場合、図5に示すように、第1噴霧FM1は、その中心軸CFM1がピストン5の隣接部5aに指向するように噴射される。
【0043】
また、図8に示すように、左右の第2噴霧FM2、FM2は、キャビティ6の左右の側壁6c、6cにそれぞれ衝突した後、側壁6cに沿って垂直壁6b側に流れる。
【0044】
さらに、図9に示すように、第3噴霧FM3は、キャビティ6の底面6aに衝突し、そこで反射して、渦流を形成しながら上方に流れる。それに伴い、第1噴霧FM1、および垂直壁6b付近に集められた第2噴霧FM2は、第3噴霧FM3の渦流によって持ち上げられ、垂直壁6bによる案内によって、第3噴霧FM3と一緒に、垂直壁6bのほぼ真上に位置する点火プラグ8側に指向される。また、第3噴霧FM3がキャビティ6の底面6aに衝突し、その運動エネルギが適度に低減されることによって、排気ポート3b側への噴霧の流出が抑制される。
【0045】
また、左右の第4噴霧FM4、FM4は、キャビティ6の手前側で外側の平坦部に衝突し、そこで反射して、外方および上方に拡散する。この第4噴霧FM4により、混合気全体としての空燃比が調整されるとともに、第4噴霧FM4は、上述した第1〜第3噴霧FM1〜FM3による点火プラグ8周りのリッチ混合気の生成には直接、影響を及ぼさない。
【0046】
以上により、点火プラグ8の電極8bの周りに、燃料の噴霧が効果的に集められ、リッチな混合気が確実に生成されるとともに、燃焼室7内の他の部分には、よりリーンな混合気が生成される。そして、圧縮上死点付近の所定のクランク角度、例えば圧縮上死点後(ATDC)0〜5°において、リッチ混合気を点火プラグ8の火花で着火させ、着火した混合気を火種とする火炎伝播によって、成層燃焼が行われる。
【0047】
以上のように、本実施形態によれば、ピストン5のキャビティ6に形成された底面6a、垂直壁6bおよび左右の側壁6c、6cと、それらに向かってインジェクタ9から噴射される第1〜第3噴霧FM1〜FM3との協働によって、点火プラグ8の周りに燃料の噴霧を効果的に集め、リッチ混合気を確実に生成するとともに、所望の空燃比の分布を有する成層混合気を精度良く生成することができる。したがって、燃料噴射弁から噴射された噴霧をそれぞれのガイド壁面により単独で案内する従来の場合と異なり、点火プラグ8の周りに良質な火種を形成でき、この火種からの火炎伝播によって、安定した成層燃焼を確保することができる。
【0048】
また、第1噴霧FM1は、その中心軸CFM1がピストン5の隣接部5aに指向されることで、キャビティ6の底面6aで反射した第3噴霧FM3によって点火プラグ8側に指向されるため、点火プラグ8周りにおけるリッチ混合気の生成をより良好に行うことができる。
【0049】
さらに、キャビティ6の側壁6c、6cが、垂直壁6b側に向かうにつれて互いに狭まるように延びているので、第2噴霧FM2が、側壁6cに衝突した後、側壁6cに沿ってピストン5の中心側に指向され、集められることによって、点火プラグ8周りにおけるリッチ混合気の生成をさらに良好に行うことができる。
【0050】
また、第1〜第3噴霧FM1〜FM3に加え、左右の第4噴霧FM4、FM4が、ピストン5の頂面のキャビティ6よりも手前側で外側の平坦部に衝突するように噴射される。これにより、第1〜第3噴霧FM1〜FM3による点火プラグ8周りにおけるリッチ混合気の生成に直接、影響を及ぼすことなく、混合気全体の空燃比を容易に調整することができる。
【0051】
さらに、インジェクタ9の第1〜第4噴射口H1〜H4から噴射される6つの噴霧の量が互いに等しいので、均質燃焼を行う際の均質な混合気の生成を良好に行うことができる。
【0052】
図10および図11は、本実施形態のエンジン1による効果を確認するために行った試験結果を、2つの比較例とともに示している。実施形態では、キャビティ6の垂直壁6bの鉛直に対する傾斜角度AWが0°であるのに対し、比較例1および2は、垂直壁6bにに対応する壁部を、鉛直に対して排気ポート3b側に傾斜した傾斜壁としたものであり、それらの傾斜角度AWはそれぞれ10°および30°である。
【0053】
図10は、圧縮行程中に燃料を噴射し、点火プラグ8周りにおける混合気の空燃比を計測した結果を示す。この試験では、圧縮行程中のBTDC45°で燃料を噴射するとともに、点火プラグ8の電極8bの周り(φ10mm)における混合気の空燃比を、クランク角度とともに計測した。また、そのような試験を所定回数(例えば100回)行い、計測された所定回数分の空燃比の平均値および標準偏差をそれぞれ、プラグ周り空燃比A/Fおよび空燃比標準偏差σA/Fとして算出した。図10(a)(b)はそれぞれ、これらのプラグ周り空燃比A/Fおよび空燃比標準偏差σA/Fを、クランク角度に対して表したものである。
【0054】
同図(a)に示すように、比較例1および2では、プラグ周り空燃比A/Fは、全体的に大きく、リーン側で推移している。特に、壁部の傾斜角度AWが30°である比較例2では、理論空燃比(=14.7)よりもリッチな混合気が得られていない。これは、比較例では、キャビティ6の垂直壁6bに対応する壁部が排気ポート3b側に傾斜していることで、第1噴霧FM1などが排気ポート3b側に逃げやすいとともに、壁部による点火プラグ8側への噴霧の指向性が弱いためと考えられる。
【0055】
以上の結果、比較例1および2のいずれの場合にも、点火プラグ8の点火時期に相当する圧縮上死点(TDC)の直後において、プラグ周り空燃比A/Fがその所定の目標範囲(同図のハッチング領域)に到達しておらず、点火プラグ8の周りに所望のリッチ混合気を生成できない。
【0056】
これに対し、実施形態では、プラグ周り空燃比A/Fは、全体的に小さく、リッチ側で推移しており、点火時期に相当する圧縮上死点の直後には、目標範囲に収束しており、点火プラグ8の周りに、所望の空燃比を有するリッチ混合気を良好に生成することができる。
【0057】
また、図10(b)に示すように、比較例1および2では、空燃比標準偏差σA/Fが全体的に大きく、圧縮上死点の直後においても、その所定の目標範囲(同図のハッチング領域)からほとんど外れており、すなわち、プラグ周り空燃比A/Fのばらつきが大きい。
【0058】
これに対し、実施形態では、空燃比標準偏差σA/Fは、全体的に小さく、圧縮上死点の直後には目標範囲に収束しており、プラグ周り空燃比A/Fのばらつきは小さい。以上から、本実施形態により、点火プラグ8の周りに、成層燃焼に適した、所望の空燃比を有するリッチ混合気を精度良く生成できることが確認された。
【0059】
また、図11は、成層燃焼を行った際の燃焼安定性を求めた結果を示す。この試験では、エンジン1の所定の運転条件において、吸気行程中のATDC70°で1回目の燃料噴射を行い、圧縮行程中に2回目の燃料噴射を行いながら、成層燃焼を行うとともに、そのときの図示平均有効圧IMEPを算出した。また、2回目の燃料の噴射時期(以下「2回目噴射時期」という)を互いに異なる複数の所定のクランク角度に設定し、上記の試験を2回目噴射時期ごとに所定回数(例えば100回)行った。そして、2回目噴射時期ごとに、算出された所定回数分の図示平均有効圧IMEPの平均値に対する標準偏差の比(=標準偏差/平均値)を、燃焼安定性を表す燃焼安定パラメータΔIMEPとして算出した。図11は、この燃焼安定パラメータΔIMEPを、2回目噴射時期に対して表したものである。
【0060】
同図に示すように、燃焼安定パラメータΔIMEPは、比較例1では小さいものの、比較例2では非常に大きく、約25%以上であり、すなわち、燃焼安定性が非常に低い。また、比較例2では、燃焼安定パラメータΔIMEPは、2回目噴射時期に対して大きく変化しており、これは、圧縮行程中の噴射時期が変更されると、燃焼安定性がさらに低下することを示す。
【0061】
これに対し、実施形態では、燃焼安定パラメータΔIMEPは、比較例1よりも小さく、10〜15%の範囲に収束しており、圧縮行程中の噴射時期にかかわらず、非常に高い燃焼安定性が得られることが分かる。
【0062】
なお、本発明は、説明した実施形態に限定されることなく、種々の態様で実施することができる。例えば、実施形態では、混合気全体の空燃比を調整するために、第4噴霧FM4を噴射しているが、空燃比の調整が特に必要でない場合に、第4噴霧FM4を省略してもよいことはもちろんである。
【0063】
また、実施形態は、本発明を車両に搭載された直列型のガソリンエンジンに適用した例であるが、本発明は、これに限らず、V型エンジンや水平対向型エンジンなどの各種のエンジンに適用してもよく、また、車両用以外のエンジン、例えば、クランク軸を鉛直に配置した船外機などのような船舶推進機用エンジンにも適用可能である。その他、本発明の趣旨の範囲内で、細部の構成を適宜、変更することが可能である。
【符号の説明】
【0064】
1 エンジン(内燃機関)
4 気筒
5 ピストン
5a 隣接部
6 キャビティ
6a 底面
6b 垂直壁
6c 側壁
7 燃焼室
8 点火プラグ
9 インジェクタ(燃料噴射弁)
H 複数の噴射口
H1 第1噴射口
H2 第2噴射口
H3 第3噴射口
H4 第4噴射口
FM1 第1噴霧
FM2 第2噴霧
FM3 第3噴霧
FM4 第4噴霧
CFM1 第1噴霧の中心軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
気筒内に燃料を直接、噴射するとともに、当該噴射された燃料と前記気筒に吸入された空気との混合気を火花点火によって着火させ、燃焼させる筒内直噴式の内燃機関であって、
頂面にキャビティが形成され、前記気筒内を往復動するピストンと、
前記気筒内の燃焼室の中心付近に上方から臨み、前記混合気を着火させるための火花を発生させる点火プラグと、
前記燃焼室に臨み、圧縮行程中の所定のクランク角度において、燃料の複数の噴霧を、互いに異なる方向に、前記ピストンの頂面に向かって斜めにそれぞれ噴射する複数の噴射口を有する燃料噴射弁と、を備え、
前記キャビティは、前記ピストンの中心付近から前記燃料噴射弁側に配置されており、底面と、前記ピストンの中心付近において当該底面からほぼ垂直に立ち上がる垂直壁と、当該垂直壁の両側に連なり、前記燃料噴射弁側に向かって延びる一対の側壁とを有し、
前記複数の噴霧は、
前記キャビティの垂直壁と当該垂直壁に隣接する前記ピストンの頂面の隣接部とに向かって噴射される第1噴霧と、
前記キャビティの前記一対の側壁にそれぞれ衝突し、当該一対の側壁に沿って前記垂直壁側に流れる一対の第2噴霧と、
前記キャビティの底面に衝突し、前記第1噴霧および前記第2噴霧を前記点火プラグ側に向かって持ち上げ、指向させる第3噴霧を含むことを特徴とする内燃機関。
【請求項2】
前記第1噴霧は、その中心軸が前記ピストンの頂面の前記隣接部に指向するように噴射され、前記キャビティの底面で反射した前記第3噴霧によって前記点火プラグ側に指向されることを特徴とする、請求項1に記載の内燃機関。
【請求項3】
前記複数の噴霧は、前記一対の第2噴霧の外側でかつ前記燃料噴射弁側に噴射され、前記ピストンの頂面の前記キャビティ以外の部分に衝突する一対の第4噴霧をさらに含むことを特徴とする、請求項1または2に記載の内燃機関。
【請求項4】
前記第1噴霧の量、前記一対の第2噴霧の各々の量、前記第3噴霧の量、および前記一対の第4噴霧の各々の量は、互いに等しいことを特徴とする、請求項3に記載の内燃機関。
【請求項5】
前記キャビティの前記一対の側壁は、前記垂直壁側に向かうにつれて、互いに狭まるように延びていることを特徴とする、請求項1ないし4のいずれかに記載の内燃機関。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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