説明

内膜肥厚抑制剤

【課題】静脈グラフト移植の際、術後の静脈グラフトの新生内膜肥厚による狭窄を予防することができ、動脈グラフト移植の際には、動脈グラフトの吻合部における新生内膜肥厚による狭窄を予防することができる内膜肥厚抑制剤を提供する。
【解決手段】0.001-0.1重量%(10〜1000ppm)のポリフェノールを溶解した溶液に移植用動静脈グラフトを、例えば室温にて1時間浸漬することで、血管平滑筋細胞の増殖を抑制し、新生内膜肥厚を抑制する。ポリフェノールとして特に適しているのは、(−)−エピガロカテキン−3−O−ガレート(EGCg)である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は動脈グラフトまたは静脈グラフトの移植時に予め移植グラフトを浸漬することで手術後の血管の狭窄を防止する内膜肥厚抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
虚血性心疾患に対する外科治療は、1960年代初頭に初めて冠動脈バイパス手術が行われて以来発達しこれまでに確立されてきた。冠動脈バイパス術に使用される大伏在静脈グラフトは、術後10年以内にその40-50%が閉塞もしくは高度の狭窄をきたすとされ、その原因は新生内膜肥厚による、静脈グラフト内腔の彌慢性の変化が起こるためである。新生内膜肥厚は、移植静脈グラフトの採取時における手術手技による機械的ストレスおよび移植後の動脈圧負荷にさらされることによるストレスから平滑筋細胞が増殖することにより起こる。 また、同様に、現在、冠動脈バイパス手術において頻繁に使用されている内胸動脈、胃大網動脈、橈骨動脈などの動脈グラフトにおいても、吻合部において非生理的圧負荷がかかることにより、平滑筋細胞が増殖し吻合部において新生内膜肥厚が起こる。更に、閉塞性動脈硬化症に対する、静脈グラフト移植後の吻合部狭窄に対しても同様の病態が関与している。この様な動静脈グラフト移植後の狭窄を予防するためには新生内膜肥厚を抑制する薬物療法が理想であるが、現時点では有効な薬物療法が確立されていない。研究としては、静脈グラフト採取時および移植後の平滑筋細胞のMitogen-Activated Protein Kinase (MAPK)シグナル伝達が活性化することで増殖のスイッチが入ることから、MAPK抑制薬剤を局所的あるいは全身的に投与するものがある(非特許文献1参照)。しかし、この合成阻害剤では非可逆的にMAPKシグナルを完全に遮断するため、予期不可能な合併症の可能性などの問題点がある。
【0003】
一方、ポリフェノールには細胞増殖抑制効果による、抗癌作用などが認められており、さらに、血管平滑筋と内膜との境界である基底膜に多く存在するラミニン・レセプターに作用する事が知られている。この特質を利用して、ポリフェノールを使用する事により、新生内膜肥厚の主たる原因である平滑筋細胞の 増殖と内膜側への遊走を阻害すると考えられる。また、ポリフェノールの細胞増殖抑制効果を利用してポリフェノールを利用した臓器保存液などに利用可能であることが知られている(特許文献1参照)。また、ポリフェノールは、天然物由来のため、生体に対する毒性も低いと考えられる。
【非特許文献1】Bizekis C., Pintucci G. et al. (2003) Activation of mitogen-activated protein kineses during preparation of vein grafts and modulation by a synthetic inhibitor.
【特許文献1】特開2000-344602号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の解決しようとする課題は、ポリフェノールの細胞増殖抑制効果を用いて動静脈グラフトの狭窄を防ぐ、新生内膜肥厚防止剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の内膜肥厚防止剤は、ポリフェノールとこれが溶解される緩衝液または生理食塩水または培養液からなり、採取した移植用血管グラフトを移植前に浸漬保存することにより移植後の新生内膜肥厚を抑制し、狭窄を防ぐことを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によると、内膜肥厚防止剤のポリフェノールを動静脈グラフトに作用させ、血管平滑筋細胞の増殖を抑制することにより移植後の動静脈グラフトにおいて新生内膜肥厚を防止することができる。それに伴い、移植後血管グラフトの狭窄及び閉塞を防止することができる。また、ポリフェノールを作用させるには、移植前の動静脈グラフトを短時間内膜肥厚防止剤に浸漬するだけでよいので、作業が簡便でしかも低コストである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明におけるポリフェノールについては、限定されない。カテキン類、タンニン類、プロアントシアニジン又はリスベラトロールが使用され得る。特に好ましいのは、エピガロカテキンガレートである。エピガロカテキンガレートの純度は90重量%以上が望ましく、98重量%以上がより望ましい。
【0008】
またポリフェノールは、例えば、茶、ワイン、チョコレート、サボテン、海藻、野菜(たまねぎ(最外部の黄褐色の皮)、アロエ抽出物パセリの葉、白色野菜など)、柑橘類(温州みかん、だいたい、ポンカンの皮、夏みかんの皮、グレープフルーツ、レモンなど)、リンゴなどの果実類、穀物(こうりゃん、大豆、そば、小麦など)、ダリアの花などの種々の食品・植物に多く含まれているので、茶抽出物、海草抽出物、果実抽出物、サボテン抽出物又はワイン抽出物などの抽出物でも良い。
【0009】
例えば茶抽出物は、水、エタノール、酢酸エチルなどの溶剤を用いて茶の葉より抽出することで得られ、エピガロカテキンガレートを最も多く含むカテキン類を主成分とする。また、得られた茶抽出物あるいは市販の茶抽出物から、クロロフィルの除去、さらにカラムクロマトグラフ法による精製をすることによって、高純度のエピガロカテキンガレートを得ることが可能である。
【0010】
本発明において、ポリフェノールの濃度は、0.001-0.1重量%(10〜1000ppm)が好ましい。より好ましい濃度は0.01〜0.1重量%(100〜1000ppm)である。また、このような濃度のポリフェノール溶液に、移植用グラフトを浸漬する時間は、0.5〜24時間である。内膜肥厚抑制剤が、生理食塩水や、PBS(−)等のリン酸緩衝液、トリス緩衝液等の緩衝液にポリフェノールを溶解したものである場合、浸漬時間は、好ましくは0.5〜3時間である。また、浸漬処理の際の液温は、例えば4℃〜25℃、好ましくは15〜25℃である。
【0011】
本発明においてポリフェノールを安定化させるため、L-アスコルビン酸および二亜硫酸カリウムが添加されていても良い。L-アスコルビン酸の濃度は0.0001〜0.3重量%(1〜300ppm)である。二亜硫酸カリウムの濃度は0.0001〜0.3重量%(1〜300ppm)である。
【0012】
ポリフェノール及びアスコルビン酸・二亜硫酸カリウムが溶解される溶媒については、内膜肥厚防止剤の用途に応じて適宜選択すると良い。例えば、生理食塩水、イーグルスMEM等の各種培養液、PBS(−)等のリン酸緩衝液、トリス緩衝液が挙げられる。また、ユーロコリンズ液(Euro-Collins液)(非特許文献3参照)、UW液(University of Wisconsin液)(非特許文献4)等の従来の臓器保存液でも良い。
【0013】
<非特許文献3>Squifflet, J.P., et al., Transplant Proc., 13693, 1981
<非特許文献4>Wahlberg, J.A., et al., Transplantation, 43, 5-8, 1987
本発明の内膜肥厚防止剤には、用途に応じて抗酸化剤、安定化剤等の薬剤が適宜添加されても良い。そのような成分として、以下が挙げられる:
リン酸塩、クエン酸塩、または他の有機酸;抗酸化剤(例えば、カタラーゼ、ペルオキシダーゼ、スーパーオキシドジスムターゼ、ビタミンEまたはグルタチオン);低分子量ポリペプチド;タンパク質(例えば、血清アルブミン、ゼラチンまたは免疫グロブリン);親水性ポリマー(例えば、ポリビニルピロリドン);アミノ酸(例えば、グリシン、グルタミン、アスパラギン、アルギニンまたはリジン);モノサッカリド、ジサッカリドおよび他の糖類化合物(グルコース、マンノースまたはデキストリンを含む);キレート剤(例えば、EDTA);糖アルコール(例えば、マンニトールまたはソルビトール);塩形成対イオン(例えば、ナトリウム);ならびに/あるいは非イオン性表面活性化剤(例えば、ポリオキシエチレン・ソルビタンエステル(Tween(商標))、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンブロック共重合体(プルロニック(pluronic、商標))またはポリエチレングリコール);血栓溶解剤;血管拡張剤;組織賦活化剤;カテコラミン;PDEII阻害剤;カルシウム拮抗剤;βブロッカー;ステロイド剤;脂肪酸エステル;抗炎症剤;抗アレルギー剤;抗ヒスタミン剤。
【実施例】
【0014】
<内膜肥厚抑制剤の製造>
内膜肥厚抑制剤の製造には、ポリフェノールとして、エピガロカテキンガレート(EGCg)(株式会社ロッシュ製、純度約98重量%)を用いた。これは一般的な方法により緑茶の茶葉から抽出し、精製したものである。これを100ppm(0.1mg/ml)及び1000ppm(1mg/ml)になるように生理食塩水に添加し、溶解後濾過滅菌した。このようにしてEGCg 0.1mg/ml溶液及びEGCg 1mg/ml溶液としての内膜肥厚抑制剤が製造された。
【0015】
<動物実験による評価>
ウサギ総頚動脈を、同側の外頚静脈にて置換し、静脈グラフトモデルとした。さらに、外頚静脈採取後のEGCg処理による内膜肥厚抑制作用について検討した。採取した外頚静脈を、上記EGCg溶液、または単なる生理食塩水に、約25℃にて1時間浸漬し、この後、直ちに移植を行った。すなわち、単なる生理食塩水に1時間浸漬したコントロール群、EGCg 1mg/ml溶液に1時間浸漬したEGCg 1mg群、EGCg 0.1mg/ml溶液に1時間浸漬したEGCg 0.1mg群の3群(各群それぞれn=8)に分け検討した。移植後3週目に犠牲死とし、HE染色(ヘマトキシリン・エオジン染色;Hematoxylin and eosin stain)により組織学的に内膜肥厚抑制効果を評価した。
【0016】
移植3週目に各群の静脈グラフトはすべて開存しているが、内膜肥厚が見られた。図1〜3の顕微鏡写真に静脈グラフトの断面組織を示すが、EGCg処理群(図2,3)は、コントロール群(図1)に比較し、内膜肥厚が著しく抑制されていた。また、図4のグラフには、各内膜の厚みを測定し、比較した結果を示した。内膜の平均厚みはEGCg未処理系で104.7μm、EGCg0.1mg/mlの系で48.5μm、EGCg1.0mg/mlの系で43.5μmであり、処理系ではいずれも、未処理系の場合の半分以下の厚みに抑えられた。処理群とコントロール群の内膜厚みデータ間で有意差検定を行ったところ、いずれも、99%以上の確率での統計的有意差が見られた。また、内膜肥厚抑制効果が、EGCg濃度に依存することが示唆された。
【0017】
また、同一の静脈グラフトのサンプルについて内膜と中膜との比率(内膜厚み/中膜厚み)を見た場合にも図5に示す様に、EGCg処理群では、コントロール群に比べ、99%以上の確率の統計的有意差でもって、内膜肥厚の抑制が認められた。また、同様に、EGCg濃度に対する依存性が示唆された。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】未処理の静脈グラフトについての移植3週間後の顕微鏡写真である。
【図2】EGCg0.1mg/mlで処理した静脈グラフトの、移植3週間後の断面組織を示す顕微鏡写真である。
【図3】EGCg1.0mg/mlで処理した静脈グラフトの、移植3週間後の断面組織を示す顕微鏡写真である。
【図4】図1〜3に示す各群の静脈グラフトについて、内膜の厚みを比較したグラフである。
【図5】図4の厚みを、中膜の厚みに対する比率により示した同様のグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グラフト移植用の静脈または動脈を、移植前に浸漬することにより移植後の内膜肥厚を抑制する内膜肥厚抑制剤であって、ポリフェノールを0.001-0.3重量%含むことを特徴とする動静脈グラフト移植用の内膜肥厚抑制剤。
【請求項2】
ポリフェノールの配合量が0.01-0.1重量%である請求項1に記載の内膜肥厚抑制剤。
【請求項3】
ポリフェノールがエピガロカテキン-3-O-ガレート(EGCg)である請求項1または2に記載の内膜肥厚抑制剤。
【請求項4】
グラフト移植用の静脈または動脈を、ポリフェノールを0.001-0.3重量%含む処理液に0.5〜24時間浸漬することを特徴とする移植血管の内膜肥厚抑制方法。
【請求項5】
前記処理液が生理食塩水または緩衝液である請求項4に記載の移植血管の内膜肥厚抑制方法。
【請求項6】
0.5〜3時間だけ浸漬することを特徴とする請求項4または5に記載の移植血管の内膜肥厚抑制方法。
【請求項7】
ポリフェノールが純度90重量%以上のエピガロカテキン-3-O-ガレート(EGCg)である請求項4〜6のいずれかに記載の内膜肥厚抑制方法。
【請求項8】
移植後の内膜肥厚を抑制すべく、ポリフェノールを0.001-0.3重量%含む処理液に0.5〜24時間浸漬したことを特徴とする移植用の動静脈グラフト。


【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−335695(P2006−335695A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−163277(P2005−163277)
【出願日】平成17年6月2日(2005.6.2)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(503247229)
【Fターム(参考)】