説明

内視鏡保持装置

【課題】内視鏡が体腔に挿入される部位に加わる負荷及び内視鏡端部の臓器への接触を検知することができる内視鏡保持装置を提供する。
【解決手段】内視鏡保持装置10は、患者の患部上方に内視鏡11の先端を臨ませるアームと、アームの前端部に配設され、内視鏡11が体腔挿入部位を中心として平面上の円弧を描いて左右に移動可能な第1保持部と、第1保持部に配設され、内視鏡の体腔挿入部位を中心として垂直面上の円弧を描いて上下に移動可能な第2保持部と、第2保持部に配設され、内視鏡の体腔挿入部位を通過点とする斜め前後に移動可能な第3保持部28とから構成されている。第3保持部28には、水平軸を中心として回転するナックル部55が支持され、ナックル部55には垂直軸を中心として回転するホルダー部58がボールプランジャー57を介して支持されると共に、ホルダー部58には触覚センサ61を介して内視鏡11が保持されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内視鏡を用いた手術において内視鏡が患者の体腔及び臓器に加わる負荷を検知することができる内視鏡保持装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
患者の内臓諸器官に疾患がある場合には、患部の部位に応じて腹腔や胸腔(以下、体腔という)を切開して手術を行なうことになる。このような手術を行う場合には、患者の負担を軽減させるために内視鏡下手術が実施されている。この内視鏡下手術は、例えば手術台に仰臥している患者の体腔に、先端に小型のCCDカメラを組み込んだ内視鏡を挿入し、該内視鏡により得られる内臓諸器官の映像をディスプレーに映し出すと共に、術者は該ディスプレー上の映像を直接視認しながら手術を行なうものである。すなわち、内視鏡下手術に際しては、患部に内視鏡を挿通させるに必要な最小限の切開を行ない、その開口に挿入したカニューレ(スリーブ状の挿管)を介して前記内視鏡を差し込み、また炭酸ガスを必要量注入して体腔を膨満させることで内視鏡の視野及び動きの自由が確保される。
【0003】
内視鏡下手術は、患者の体腔に内視鏡、鉗子、メス等の手術具を各々挿入するのに必要な小さい切開部(5箇所程度)を設けるだけで済み、創部の疼痛の低さ(非侵襲性)や、入院から日常生活への復帰の早さ等の点で優位性が大きく、今後の外科治療の本流になると予想されている。その反面、細長い内視鏡や鉗子類の精密な操作を要する手術であるため、大開腹手術に比べて手術時間が長くなる傾向がある。このように内視鏡下手術では一般に手術時間が長くなるが、前述の如く助手は内視鏡を手術時間中ずっと手で保持していなければならない。
【0004】
また、内視鏡保持者は、手術の進行に伴なう術者の指示に即応して、該内視鏡を患部の前後、左右、上下の各方向(又はこれらの合成方向)に移動させる必要がある。このときの内視鏡の移動も手操作により行なわれる。そこで助手が手で内視鏡を保持する作業を機械的な保持に置き換える試みが既になされ、自動内視鏡システムが提案されている(例えば、特許文献1を参照)。すなわち、内視鏡や手術器具を複数の関節を備えたロボットアームで保持するものである。各々の関節には回転式アクチュエータが設けられ、各アクチュエータを駆動操作することで該アームを術者の希望する箇所へ移動させ得るようになっている。
【0005】
しかし、特許文献1に記載の自動内視鏡システムは、水平多関節系のマニュピレータであるため、マニュピレータを動作させて内視鏡の位置を変化させると、ディスプレー上の映像に揺れが生じると共に、各関節に設けたアクチュエータによって水平多関節運動を行うものであるためその構成が複雑であるという問題があった。そのような問題を解消すべく、本願出願人は内視鏡保持装置について既に提案を行っている(例えば、特許文献2を参照)。すなわち、係る内視鏡保持装置は、内視鏡が体腔に挿入される部位を中心として左右方向に移動可能な第1保持部と、体腔に挿入される部位を中心として上下方向に移動可能な第2保持部と、体腔に挿入される部位を通過点とする斜め前後方向に移動可能な第3保持部とを備え、内視鏡は第3保持部に保持されている。そして、内視鏡は左右方向、上下方向及び斜め前後方向に移動可能に構成されている。
【特許文献1】特許第3298013号公報(第3頁、第4頁、第1図、第2図及び第14図)
【特許文献2】特開2004−129956号公報(第2頁及び第3頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、前記の特許文献2に記載されている内視鏡保持装置は、3次元方向に自由に移動できるように構成されているが、左右方向、上下方向又は斜め前後方向のいずれかの設定にずれが生じたときには、内視鏡の方向が目標位置に対してずれる結果を招く。その場合には、内視鏡が体腔に挿入される部位に予想外の負荷を与えることとなる。その負荷が小さい場合には内視鏡を用いた手術に支障を来たすことはないが、その負荷の程度によっては内視鏡による手術に支障を来たすことが考えられる。このため、そのような負荷に対処すべく負荷の程度を検知することが求められている。
【0007】
そこで本発明の目的とするところは、内視鏡が体腔に挿入される部位に加わる負荷及び内視鏡端部の臓器への接触を検知することができる内視鏡保持装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、請求項1に記載の発明の内視鏡保持装置は、内視鏡下手術において患者の体腔に挿入される内視鏡を保持するための内視鏡保持装置であって、手術台に近接して位置調節自在に配置され、患者の患部上方付近に内視鏡の先端を臨ませ得るアームと、該アームの前端部に配設され、前記内視鏡が体腔に挿入される部位を中心として、平面上の円弧を描いて左右方向に移動可能な第1保持部と、該第1保持部に配設され、前記内視鏡の体腔挿入部位を中心として、垂直面上の円弧を描いて上下方向に移動可能な第2保持部と、該第2保持部に配設され、前記内視鏡の体腔挿入部位を通過点とする斜め前後方向に移動可能な第3保持部とからなり、前記内視鏡は、第3保持部に対しコイル状炭素繊維を含有する触覚センサを介し前記斜め前後方向の軸線に沿って移動可能に保持されるよう構成したことを特徴とするものである。
【0009】
請求項2に記載の発明の内視鏡保持装置は、請求項1に記載の発明において、前記第3保持部には、水平軸を中心として回転するナックル部が支持され、該ナックル部には垂直軸を中心として回転するホルダー部が支持されると共に、該ホルダー部には触覚センサを介して内視鏡が保持されていることを特徴とするものである。
【0010】
請求項3に記載の発明の内視鏡保持装置は、請求項1又は請求項2に記載の発明において、前記触覚センサは、コイル状炭素繊維が樹脂又はゴムに分散されて形成され、いずれの方向から受けた力も検知可能に構成されていることを特徴とするものである。
【0011】
請求項4に記載の発明の内視鏡保持装置は、請求項2又は請求項3に記載の発明において、前記ホルダー部は、ナックル部にボールプランジャーを介して支持されていることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、次のような効果を発揮することができる。
請求項1に記載の発明の内視鏡保持装置では、内視鏡は第3保持部に対しコイル状炭素繊維を含有する触覚センサを介し斜め前後方向の軸線に沿って移動可能に保持されている。このため、内視鏡の設定において左右方向、上下方向又は斜め前後方向のいずれかの方向でずれが生じたときや、内視鏡の端部が臓器に接触したときには、内視鏡の斜め前方への移動に際し、内視鏡が体腔に挿入される部位或いは臓器に負荷が与えられると同時に、第3保持部の触覚センサにも応力が与えられ、その応力がコイル状炭素繊維を含有する触覚センサに検知される。従って、内視鏡が体腔に挿入される部位に加わる負荷及び内視鏡端部の臓器への接触を検知することができる。
【0013】
請求項2に記載の発明の内視鏡保持装置では、第3保持部には、水平軸を中心として回転するナックル部が支持され、該ナックル部には垂直軸を中心として回転するホルダー部が支持されると共に、該ホルダー部には触覚センサを介して内視鏡が保持されている。このため、内視鏡は水平軸及び垂直軸を中心にして回転が可能である。従って、請求項1に係る発明の効果に加えて、内視鏡が体腔に挿入される部位に加わる負荷を軽減することができる。
【0014】
請求項3に記載の発明の内視鏡保持装置では、触覚センサはコイル状炭素繊維が樹脂又はゴムに分散されて形成され、いずれの方向から受けた力も検知可能に構成されていることから、請求項1又は請求項2に係る発明の効果に加えて、全方向に加えられる負荷に対応することができる。
【0015】
請求項4に記載の発明の内視鏡保持装置においては、ホルダー部がナックル部にボールプランジャーを介して支持されていることから、ホルダー部にボールプランジャーで支持可能な負荷以上の負荷が加わったときにはホルダー部がナックル部から外れるようになっている。従って、請求項2又は請求項3に係る発明の効果に加えて、ナックル部から内視鏡を支持するホルダー部の支持を解除することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の最良と思われる実施形態につき、図面を用いて詳細に説明する。
(内視鏡保持装置の全体構成)
図10に示すように、内視鏡11を用いる手術は、手術台12に仰臥している患者13の体腔に、小型のCCDカメラが組み込まれた内視鏡11を挿入し、該内視鏡11により得られる内臓諸器官の映像をディスプレー14に映し出すと共に、手術台12の側部に位置する術者15が該ディスプレー14上の映像を視認しながら行なわれる。この手術に当っては、助手16が術者15を補助しながら進められる。内視鏡11による手術に際しては、患部に内視鏡11を挿通させるに必要な最小限の切開を行ない、その開口に挿入されたカニューレ17を介して内視鏡11を差し込み、また炭酸ガスを必要量注入して体腔を膨満させることで内視鏡11の視野及び動きの自由が確保される。また、患部の近傍位置には、別の開口に挿入されたカニューレ17に鉗子18などが差し込まれる。
【0017】
係る手術においては、手術が終了するまで内視鏡11が本実施形態の内視鏡保持装置10によって保持され、また内視鏡保持装置10により、手術の進行に伴なう術者15の指示に即応して内視鏡11が患部の前後、左右、上下の各方向、又はこれらの合成方向に適宜移動される。
【0018】
図6、図7及び図9に示すように、内視鏡保持装置10は、手術台12の傍らに設置されたアーム19に取付けられている。すなわちアーム19は、手術台12に近接する所要の位置に立設された直立支柱20と、該直立支柱20の上部に枢支されて所要中心角で水平に旋回可能な第1アーム21と、該第1アーム21に枢支されて所要中心角で水平に旋回可能な第2アーム22とから構成されている。図7及び図8に示すように、前記直立支柱20は、その側部に設けられたラック23にピニオンギヤ24が噛合し、そのピニオンギヤ24にはモータ25が接続され、該モータ25によるピニオンギヤ24の回転駆動が直立支柱20の上下運動に変換される。これにより前記第2アーム22に取付けられた内視鏡保持装置10は、患者13の患部との間に所要の高さを設定することができる。なお、直立支柱20は第1アーム21を、第1アーム21は第2アーム22を、各関節機構により回動角度の調節自在に枢支するようになっているが、モータ等のアクチュエータによる制御的な積極駆動は与えられていない。すなわちアーム19は、水平関節系のマニュピレータ形式にはなっていない。
【0019】
図6及び図7に示すように、内視鏡保持装置10は、第1保持部26、第2保持部27及び第3保持部28とにより構成されている。第1保持部26は、内視鏡11が体腔に挿入される部位、すなわち体腔挿入部位Pを中心として、水平面上の円弧を描く左右方向の動きを行なう。第2保持部27は、内視鏡11の体腔挿入部位Pを中心として、垂直面上の円弧を描いて上下方向の動きを行なう。第3保持部28は、内視鏡11の体腔挿入部位Pを通過点とする斜め前後方向の動きを行なう。そして、内視鏡11は斜め前後方向の軸線に沿うように第3保持部28に保持されている。
(第1保持部26の構成)
図4及び図5に示すように、第1保持部26は、前記第2アーム22の先端近傍に枢着ピン29を介して略水平に枢支された第1円弧板30と、この第1円弧板30上の第1レール31に案内されて制御下に円弧状の左右移動を行なう第1スライダ32とから構成されている。ここで第1円弧板30は、体腔挿入部位Pを中心とする平面上の円弧を描く板体であって、その半径は実際に使用される内視鏡11の長さに応じて適宜の寸法に設定される。また、第1円弧板30の円弧長は、これに搭載されて左右の円弧状移動を行なう第1スライダ32に要求される移動量に依存し、本実施形態では円弧角が略100°となるよう設定されている。
【0020】
第1円弧板30は、内周部に円弧状の第1レール31が突設されると共に、外周部に円弧状のギヤ列からなる円弧状ラック33を備えている。そして、第1スライダ32は、第1レール31を跨いで該第1レール31に案内されつつ移動可能なサドル部34を備えている。すなわち、第1スライダ32はサドル部34を介して第1円弧板30上に支持され、第1レール31に沿って円弧状の左右移動を行なうようになっている。また、第1スライダ32は水平に延びるブラケット35を備え、このブラケット35の所要箇所に第1モータ36が倒立配置されている。係る第1モータ36の回転軸には第1ピニオンギヤ37が設けられ、該第1ピニオンギヤ37は前記円弧状ラック33と噛合している。従って、図示しない制御装置からの指令により第1モータ36を正逆回転させることにより、第1ピニオンギヤ37も正逆回転し、第1円弧板30の円弧状ラック33及び第1レール31を介して第1スライダ32に体腔挿入部位Pを中心とする平面上の左右円弧移動を付与するように構成されている(図6の二点鎖線)。
(第2保持部27の構成)
図4及び図5に示すように、第2保持部27は、前記第1保持部26における第1スライダ32の上面に直立的に配設される第2円弧板38と、該第2円弧板38上を案内されつつ遠隔制御下に上下への円弧移動を行なう第2スライダ39とから構成されている。ここで、第2円弧板38は内視鏡11の体腔挿入部位Pを中心とする垂直面上の円弧を描く板体であり、その半径は内視鏡11の長さに応じて適宜の寸法に設定される。また、第2円弧板38の円弧長はこれに搭載されて上下の円弧状移動を行なう第2スライダ39に要求される移動量に依存し、本実施形態では略100°の円弧角となるように設定されている。
【0021】
第2円弧板38は、その内側の円弧状側面に第2レール40が突設されると共に、外側の円弧状側面に円弧状のギヤ列からなる円弧状ラック41を備えている。そして、第2スライダ39は、第2レール40を跨いで該第2レール40に案内されるサドル部43を備えている。すなわち、第2スライダ39はサドル部43を介して第2円弧板38に搭載され、第2レール40に沿って円弧状の上下移動を行なうようになっている。また、第2スライダ39は鉤状のブラケット44を備え、該ブラケット44の所要箇所に第2モータ45が水平に配置されている。この第2モータ45の回転軸には第2ピニオンギヤ46が設けられ、該第2ピニオンギヤ46は前記円弧状ラック41と噛合している。従って、制御装置からの指令により第2モータ45を正逆回転させれば、第2ピニオンギヤ46も正逆回転し、円弧状ラック41を介して第2スライダ39に体腔挿入部位Pを中心とする垂直面上の上下円弧移動を付与するように構成されている(図7の二点鎖線)。
(第3保持部38の構成)
図4に示すように、前記第2スライダ39には一対の保持ピン48が突設されている。これら一対の保持ピン48には、該保持ピン48が挿通されるガイド孔49を有するリニアスライダ50が前後動可能に保持されている。
【0022】
図1〜3に示すように、リニアスライダ50の底面には直線状ラック51が設けられ、第3モータ52(図6参照)によって回転するピニオンギヤ53が噛合され、一対の保持ピン48に支持された状態で斜め前後方向に移動可能に構成されている。リニアスライダ50の前端部には、水平軸としての支持軸54が支持され、該支持軸54を中心にして回転可能に構成された逆コの字状をなすナックル部55が支持されている。ナックル部55の開口端部には、上下一対の雌ねじ孔56が形成され、一対の垂直軸を構成するボールプランジャー57が螺入されるようになっている。
【0023】
図2に示すように、内視鏡11を保持するためのホルダー部58の中心部には円孔59が貫通形成され、該円孔59には断面T字状をなすパイプサポート60がその外周に円筒状の触覚センサ61を介装した状態で装着されている。パイプサポート60の中心には貫通孔62が形成され、その貫通孔62には円筒状の内視鏡11が挿通されている。図3に示すように、ホルダー部58の上下両面の中央部には円錐状の支持穴63が穿設され、前記ナックル部55の雌ねじ孔56に螺合されたボールプランジャー57のボール64が支持されるようになっている。そして、このボールプランジャー57によりホルダー部58がナックル部55に対して垂直軸を中心として回転可能に構成されている。従って、ホルダー部58さらには内視鏡11は、水平軸及び垂直軸の回りに回転でき、内視鏡11が斜め前後方向以外の応力を受けたときにその応力に追従できるようになっている。
【0024】
前記触覚センサ61は、コイル状炭素繊維を含有するセンサ素子により構成され、好ましくはコイル状炭素繊維がマトリックスとしての樹脂又はゴムに分散されて形成され、いずれの方向から受けた応力も検知可能に構成されている。センサ素子は、単層又は2層、3層等の複数の層が積層されて構成されている。積層構造の場合、各層はマトリックスの種類、硬度等、又はコイル状炭素繊維の種類、含有量等が異なるように構成され、各層の相乗的作用によって触覚センサ61の検知感度を高め、広範囲にわたる触圧(応力)を検知することが可能となる。
【0025】
この触覚センサ61は、前記センサ素子と、基準信号を発振する発振回路と、検知手段及び信号調整手段としての移相部と、検知手段としての検波部とを備えている。発振回路はセンサドライバ回路を介してセンサ素子に接続され、センサ素子は移相部を介して検波部に接続されている。
【0026】
そして、センサ素子に加わる応力の微小な変化により、センサ素子のインダクタンス(L)、静電容量(C、キャパシタンス)及び電気抵抗(R、レジスタンス)が変化し、その変化によりセンサ出力信号が変化する。センサ出力信号の変化は、検波部における直交検波により検知される。このため、インダクタンス、静電容量及び電気抵抗の変化傾向や変化量が求められる。従って、触覚センサ61により、センサ素子に加わる応力の微小な変化を検知することができる。
【0027】
前記マトリックスは誘電体であって静電容量(C)を有し、コンデンサとして作用する。マトリックスとしての樹脂としては、シリコーン樹脂、ウレタン樹脂、エポキシ樹脂、スチレンと熱可塑性エラストマーとの共重合樹脂等が用いられる。ゴムとしては、シリコーンゴム、ウレタンゴム等が用いられる。マトリックスの硬さは触覚センサ61の感度を向上させる上で重要であり、マトリックスとして弾性力の優れたシリコーン樹脂、シリコーンゴム等を用いた場合には、微小な触圧でも伸縮してその触圧を高感度で検知することができる。一方、硬いシリコーン樹脂、ウレタン樹脂、スチレンと熱可塑性エラストマーとの共重合樹脂等を用いた場合には、大きな触圧でないと伸縮せず、触覚センサ素子の感度は低いが、幅広い触圧範囲を検知することができる。
【0028】
具体的には、マトリックスの硬さはJIS A硬度(JIS K6301)で10〜100が好ましく、15〜50がより好ましい。JIS A硬度で10未満の場合には、マトリックスが軟らかくなり過ぎて、ノイズの検出が大きくなって好ましくない。一方、JIS A硬度が100を越える場合には、マトリックスが硬くなり過ぎて、触圧の伝播性が悪く、検知感度が低下する。
【0029】
前記コイル状炭素繊維としては一重巻きのコイル状炭素繊維、二重巻きのコイル状炭素繊維、超弾性コイル又はそれらの混合物等が用いられる。コイル状炭素繊維は伸縮性(弾力性)があり、その伸縮により電気特性であるインダクタンス(L)、静電容量(C)及び電気抵抗(R)が変化するため、それらの変化量に基づいて触圧を検知することができる。例えば、コイル状炭素繊維を伸ばすと上記L、C及びRが増加し、収縮させるとL、C及びRが減少する。具体的には、コイル状炭素繊維を4mm伸ばすと、Lは0.1mH増加し、Cは600pF増加し、Rは4.5kΩ増加する。そして、コイル状炭素繊維を収縮させて元の長さに戻すと、L、C及びRは元の値まで再現性良く戻る。コイル状炭素繊維をマトリックス中に分散させたときには、外部から触圧が加わったとき、まずマトリックスが伸縮し、次いでコイル状炭素繊維が伸縮するため、マトリックスを介してコイル状炭素繊維に加わる触圧に基づいて前記L、C及びRの値が変化する。
【0030】
一重巻きのコイル状炭素繊維は、1本のコイルの直径が0.01〜50μm、コイルのピッチが0.01〜10μm及びコイルの長さが0.1〜10mmとなるように構成されている。製造の容易性等の観点から、コイルの直径は0.1〜10μmであることが好ましく、ピッチは0.1〜10μmであることが好ましい。このコイル状炭素繊維は、一定の太さを有するコイルが一定のピッチ(間隔)をおいて一重巻きで螺旋状に延びるように形成されている。このため、一重巻きのコイル状炭素繊維は、弾力性に優れ、あらゆる方向からの触圧に対して容易に変形し、従ってあらゆる方向からの触圧を高感度で検知することができる。
【0031】
一方、二重巻きのコイル状炭素繊維の場合には、2本のコイルが交互に密接した状態で螺旋状に延び、従って全体としてほぼ円筒状をなし、中心には空洞が形成されている。二重巻きのコイル状炭素繊維は、直径が0.01〜50μm、ピッチがほぼ0及び長さが0.1〜10mmとなるように構成されている。二重巻きのコイル状炭素繊維は弾力性が乏しく、触圧を受けたときに変位しにくいという性質がある。
【0032】
また、超弾性コイルはコイルの直径が大きく、線径が小さいものをいい、弾力性がより大きいコイルのことをいう。具体的には、超弾性コイルは、コイルの直径が5〜50μm、コイルのピッチが0.1〜10μm及びコイルの長さが0.3〜5mmとなるように構成されている。なお、コイル状炭素繊維の巻き方向は、コイルの軸線を中心として時計方向(右巻き)又は反時計方向(左巻き)のいずれであってもよい。
【0033】
コイル状炭素繊維の含有量は、マトリックス中に0.1〜50質量%であることが好ましく、1〜10質量%であることがより好ましい。この含有量が0.1質量%未満の場合には、マトリックス中におけるコイル状炭素繊維の割合が少なく、コイル状炭素繊維に基づく触覚センサ61の感度が低下する。その一方、含有量が50質量%を越える場合には、マトリックス中におけるコイル状炭素繊維の割合が多くなり過ぎて硬くなり、触覚センサ61の感度が低下すると共に、成形性等も悪くなる傾向を示す。
【0034】
前記マトリックスにコイル状炭素繊維を分散させる方法としては、次のような方法が採用される。
1)マトリックスにコイル状炭素繊維を添加し、撹拌して均一に分散させた後、脱泡し、鋳型に流し込み、その後プレス成形する方法。この方法は、マトリックスとしてシリコーン樹脂を用いる場合等に採用される。
【0035】
2)マトリックスのペレットに可塑剤を添加した後、加熱溶融し、それにコイル状炭素繊維を添加し、撹拌して均一に分散させた後、鋳型に流し込み、加圧した後、冷却、固化する方法。この方法は、マトリックスとしてスチレンと熱可塑性エラストマーとの共重合樹脂を用いる場合等に採用される。
【0036】
3)マトリックスを加熱溶融し、それにコイル状炭素繊維を添加し、撹拌して均一に分散させた後、鋳型に流し込み、加圧した後、冷却、固化する方法。この方法は、マトリックスとしてゲル樹脂を用いる場合等に採用される。
【0037】
前記マトリックスにコイル状炭素繊維が配合されて形成された触覚センサ61においては、外部から応力を受けると、マトリックスが伸縮して静電容量(C)が変化すると共に、コイル状炭素繊維が伸縮してインダクタンス(L)、静電容量(C)及び電気抵抗(R)が変化する。そして、両者が共振的に共鳴し、触覚センサ61全体の電気特性が著しく変化して外部からの応力を検知することができる。
【0038】
この場合、触覚センサ61のマトリックスは静電容量(C)成分として作用し、コイル状炭素繊維はLCR共振回路として作用し、従って機械力学的変動が電気的変動に変換される。このため、LCR共振回路の電圧等が変動し、その変動がLCR測定装置で測定される。このとき、コイル状炭素繊維がマトリックスを介して複合共振的に機能する。よって、触覚センサ61は、微小な応力の変化を十分に検知することができると共に、広範囲にわたる触圧を検知することができる。
【0039】
前記第1保持部26に左右方向に移動する自由度を与える第1モータ36、第2保持部27に垂直面上の円弧を描いて上下方向に移動する自由度を与える第2モータ45及び第3保持部28に斜め前後方向に移動する自由度を与える第3モータ52は、何れも図示しない電源及び制御装置に接続されている。また、内視鏡11はケーブルを介してディスプレー14に接続され、内視鏡11により得られた内臓諸器官の映像は、モニター画面に映し出される。そして、内視鏡下手術に際し術者15による指示は、ハンド操作やフット操作その他音声操作等によって、前記制御装置を介して第1モータ36、第2モータ45及び第3モータ52に与えられるようになっている。
(実施形態の作用)
次に、本実施形態に係る内視鏡保持装置を使用する場合の作用について説明する。
【0040】
さて、内視鏡11を使用して手術を行う際には、手術台12上の患者13の例えば腹部に内視鏡11や鉗子18を挿入するのに必要な切開を行ない、切開部の一つにカニューレ17を介して内視鏡11を挿入する。そして、内視鏡11を介してディスプレー14に映し出された腹腔中の映像を、術者15が視覚で確認しつつ助手16に指示を行なうことで、制御装置を介して第1モータ36、第2モータ45及び第3モータ52が単独で又は同期的に駆動され、第1保持部26、第2保持部27及び第3保持部28に所期の動作が付与される。
【0041】
すなわち、第1モータ36が作動されると、第1保持部26は体腔挿入部位Pを中心として平面上の円弧を描いて左右方向に移動する。また、第2モータ45が作動されると、第2保持部27は体腔挿入部位Pを中心として垂直面上の円弧を描いて上下方向に移動する。さらに、第3モータ52が作動されると、第3保持部28は体腔挿入部位Pを通過点として斜め前後方向に前進移動又は後退移動する。
【0042】
従って、第1保持部26、第2保持部27及び第3保持部28における各動きを合成した動きは、そのまま内視鏡11に左右、上下及び斜め前後方向の合成運動として与えられる。この場合、内視鏡11は第3保持部28におけるホルダー部58に対しコイル状炭素繊維を含有する触覚センサ61を介して保持されている。このため、内視鏡11の動作設定において左右方向、上下方向又は斜め前後方向のいずれかの方向でずれが生じたときには、内視鏡11の斜め前方への移動に際し、体腔挿入部位Pに負荷が加えられると同時に、内視鏡11を経て触覚センサ61にも応力が加えられる。
【0043】
触覚センサ61に加えられた応力は、触覚センサ61のマトリックスに伝播されマトリックスが伸縮して静電容量(C)が変化すると共に、マトリックス中のコイル状炭素繊維が伸縮してインダクタンス(L)、静電容量(C)及び電気抵抗(R)が変化する。その結果、マトリックス及びコイル状炭素繊維が共振的に作用し、触覚センサ61全体の電気特性が顕著に変動して前記応力が検知される。そして、触覚センサ61によって検知された信号が制御装置に伝達され、第3モータ52が停止されて内視鏡11の移動が止められる。前記応力が過剰な場合には、ナックル部55に対してボールプランジャー57で支持されているホルダー部58が内視鏡11と共にナックル部55から外れて落下する。
(実施形態の効果のまとめ)
以上の実施形態によって発揮される効果について、以下にまとめて記載する。
【0044】
・ 実施形態の内視鏡保持装置10では、内視鏡11は第3保持部28に対しコイル状炭素繊維を含有する触覚センサ61を介し前記斜め前後方向の軸線に沿って移動可能に保持されている。従って、内視鏡11が体腔挿入部位Pに加わる負荷及び内視鏡11の端部が臓器に接触した場合の負荷を触覚センサ61により検知することができる。よって、触覚センサ61で検知された信号に基づき、制御装置にて第3モータ52を停止することができる。その結果、手術中に不測の原因により内視鏡11と患部との間に無理な力が生じた場合や、内視鏡11の端部が臓器に接触した場合でも、患部を損なうことがない。
【0045】
・ 前記第3保持部28には、水平軸を中心に回転するナックル部55が支持され、該ナックル部55には垂直軸を中心に回転するホルダー部58が支持されると共に、該ホルダー部58には触覚センサ61を介して内視鏡11が保持されている。このため、内視鏡11は水平軸及び垂直軸を中心にして回転が可能である。従って、内視鏡11が体腔挿入部位Pに加わる負荷を軽減することができる。
【0046】
・ 前記触覚センサ61はコイル状炭素繊維が樹脂又はゴムに分散されて形成され、いずれの方向から受けた力も検知可能に構成されていることから、全方向からの負荷に対応することができる。
【0047】
・ 前記ホルダー部58がナックル部55にボールプランジャー57を介して支持されていることから、ホルダー部58にボールプランジャー57で支持可能な負荷以上の負荷が加わったときにはホルダー部58がナックル部55から外れるようになっている。従って、ナックル部55から内視鏡11を支持するホルダー部58の支持を解除することができ、内視鏡11をホルダー部58と共に落下させることができる。
【0048】
なお、前記実施形態は、次のように変更して実施することも可能である。
・ 触覚センサ61を、ボールプランジャー57によるホルダー部58の支持部や支持軸54によるナックル部55の支持部に設けることができる。
【0049】
・ また、触覚センサ61を、内視鏡11とパイプサポート60との間に設けることも可能である。
・ さらに、触覚センサ61を複数箇所に設け、応力の検知感度を高めるように構成することもできる。
【0050】
・ 前記直立支柱20のピニオンギヤ24にはウォームとウォームギヤとを噛合させ、直立支柱20が設定された高さから下降しないように構成することもできる。
・ 前記アーム19には、アーム19を斜め上下方向に傾斜させる角度調整機構を設けることも可能である。
【0051】
・ 前記コイル状炭素繊維の表面には、導電性を高めるために、金、銅等の金属薄膜を形成し、触覚センサ61の感度及び安定性を向上させるように構成することができる。また、マトリックス中には、コイル状炭素繊維以外に気相成長繊維(VGCF)、カーボンナノファイバー、炭素粉末、金属粉末、誘電体粉末、圧電体粉末等を配合することもできる。
【0052】
・ 第3保持部28に保持される内視鏡11を、ギヤの噛合関係により、斜め前後方向の軸線を中心に周方向に回動角度の調節自在に回転させ得るように構成することもできる。
【0053】
さらに、前記実施形態より把握できる技術的思想について以下に記載する。
(1) 前記第3保持部は、第2保持部に配設されて前記斜め下方に前進移動及び後退移動が可能なリニアスライダにより構成されていることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の内視鏡保持装置。このように構成した場合、請求項1から請求項4のいずれかに係る発明の効果に加えて、第3保持部の構成を簡単にすることができる。
【0054】
(2) 前記リニアスライダは、その長手方向の一側面に直線状ラックを備え、前記第2保持部に配設されたモータ駆動の第3ピニオンギヤが前記直線状ラックに噛合され、リニアスライダを斜め前後方向に移動させるように構成することを特徴とする上記技術的思想(1)に記載の内視鏡保持装置。このように構成した場合、技術的思想(1)に係る発明の効果に加えて、リニアスライダの移動を安定した状態で行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】実施形態における内視鏡保持装置の第3保持部を示す分解斜視図。
【図2】内視鏡保持装置における内視鏡を保持する部分を一部破断して示す正面図。
【図3】内視鏡保持装置における内視鏡を保持する部分を示す部分側断面図。
【図4】内視鏡保持装置における内視鏡を保持する部分を一部破断して示す部分平面図。
【図5】内視鏡保持装置における内視鏡を保持する部分を一部破断して示す部分正面図。
【図6】内視鏡保持装置の全体を示す平面図。
【図7】内視鏡保持装置の全体を示す正面図。
【図8】内視鏡保持装置の直立支柱の部分を示す部分平面図。
【図9】内視鏡保持装置の全体を示す斜視図。
【図10】内視鏡保持装置に保持された内視鏡を用いて手術を行う状態を示す平面図。
【符号の説明】
【0056】
10…内視鏡保持装置、11…内視鏡、12…手術台、13…患者、19…アーム、26…第1保持部、27…第2保持部、28…第3保持部、54…水平軸としての支持軸、55…ナックル部、57…垂直軸としてのボールプランジャー、58…ホルダー部、61…触覚センサ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内視鏡下手術において患者の体腔に挿入される内視鏡を保持するための内視鏡保持装置であって、
手術台に近接して位置調節自在に配置され、患者の患部上方付近に内視鏡の先端を臨ませ得るアームと、該アームの前端部に配設され、前記内視鏡が体腔に挿入される部位を中心として、平面上の円弧を描いて左右方向に移動可能な第1保持部と、該第1保持部に配設され、前記内視鏡の体腔挿入部位を中心として、垂直面上の円弧を描いて上下方向に移動可能な第2保持部と、該第2保持部に配設され、前記内視鏡の体腔挿入部位を通過点とする斜め前後方向に移動可能な第3保持部とからなり、前記内視鏡は、第3保持部に対しコイル状炭素繊維を含有する触覚センサを介し前記斜め前後方向の軸線に沿って移動可能に保持されるよう構成したことを特徴とする内視鏡保持装置。
【請求項2】
前記第3保持部には、水平軸を中心として回転するナックル部が支持され、該ナックル部には垂直軸を中心として回転するホルダー部が支持されると共に、該ホルダー部には触覚センサを介して内視鏡が保持されていることを特徴とする請求項1に記載の内視鏡保持装置。
【請求項3】
前記触覚センサは、コイル状炭素繊維が樹脂又はゴムに分散されて形成され、いずれの方向から受けた力も検知可能に構成されていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の内視鏡保持装置。
【請求項4】
前記ホルダー部は、ナックル部にボールプランジャーを介して支持されていることを特徴とする請求項2又は請求項3に記載の内視鏡保持装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−17903(P2008−17903A)
【公開日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−190206(P2006−190206)
【出願日】平成18年7月11日(2006.7.11)
【出願人】(304019399)国立大学法人岐阜大学 (289)
【出願人】(593222805)アスカ株式会社 (11)
【出願人】(399054000)シーエムシー技術開発 株式会社 (23)
【Fターム(参考)】