説明

冷却水系の処理方法

【課題】基礎処理工程によって防食効果の高い防食皮膜を形成することができる冷却水系の処理方法を提供する。
【解決手段】冷却水系の起動時に該水系にリン酸塩及び亜鉛化合物を添加して該冷却水系の金属部材表面に初期防食皮膜を形成する基礎処理工程を行う冷却水系の処理方法において、該基礎処理工程において、全リン酸濃度70〜120mgPO/L、亜鉛濃度10〜30mgZn/L、カルシウム硬度25〜75mgCaCO/L、pH6.0以上7.0未満とした条件下に5〜36時間維持して前期基礎処理工程を行った後、pHを7.0〜7.5としてさらに基礎処理を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は冷却水系の金属部材表面に防食皮膜を形成するための冷却水系の処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
循環冷却水システムの熱交換器伝熱管や配管等の部材の材料として一般的に使用される鉄系金属は、水と接触すると著しい腐食が発生する。このため、冷却水中に各種の腐食防止剤を添加し、鉄系金属部材の表面に薄い防食皮膜を形成する腐食防止方法が行われている。
【0003】
この腐食防止方法は、循環冷却水システムの運転開始時に行われる基礎処理工程と、基礎処理を行った後の通常運転時に行われる通常処理工程とを有している。
【0004】
一般に、循環冷却水システムの運転開始時においては金属部材表面に防食皮膜が形成されておらず、極めて腐食が発生しやすい状態となっている。基礎処理工程では、鉄系金属部材の表面に対し、比較的高濃度の腐食防止剤によって防食皮膜を形成させる。
【0005】
通常処理工程では、基礎処理工程で防食皮膜を形成させた鉄系金属部材に対し、低濃度の腐食防止剤によって防食皮膜を維持する。
【0006】
従来、循環冷却水システムの初期の基礎処理工程として、冷却水に無機リン酸塩と亜鉛化合物とを添加して、一定時間冷却水を循環させることにより、鉄系金属部材の表面に防食皮膜を形成させる方法が知られている。
【0007】
こうして形成された防食皮膜は、リン酸鉄及び酸化鉄を主体とした緻密な下地層と、リン酸亜鉛を主体とした緻密な表面層との二層構造とされている。そして、この緻密な二層構造の防食皮膜がアノード防食及びカソード防食の機能を発揮し、鉄系金属部材の腐食を防止することが可能となる(特開2003−105573号公報)。
【0008】
この特開2003−105573号公報の0037段落には、基礎処理工程をカルシウム硬度120mgCaCO/L、亜鉛イオン濃度0.13mモル/L、リン原子濃度として1.58mモル/Lのヘキサメタリン酸ナトリウムpH7.0の条件下で行うことが記載されている。また、同号公報の0045段落には基礎処理工程をカルシウム硬度240mgCaCO/L、亜鉛イオン濃度0.13mモル/L、リン原子濃度として3.16mモル/Lのヘキサメタリン酸ナトリウムpH7.0の条件下で行うことが記載されている。
【0009】
リン及び亜鉛を利用した初期防食皮膜形成処理は、特開2005−290419号公報の0004段落にも記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2003−105573号公報
【特許文献2】特開2005−290419号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、基礎処理工程によって防食効果の高い防食皮膜を形成することができる冷却水系の処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明(請求項1)の冷却水系の処理方法は、冷却水系の起動時に該水系にリン酸塩及び亜鉛化合物を添加して該冷却水系の金属部材表面に初期防食皮膜を形成する基礎処理工程を行う冷却水系の処理方法において、該基礎処理工程において、全リン酸濃度70〜120mgPO/L、亜鉛濃度10〜30mgZn/L、カルシウム硬度25〜75mgCaCO/L、pH6.0以上7.0未満とした条件下に5〜36時間維持して前期基礎処理工程を行った後、pHを7.0〜7.5としてさらに基礎処理を行うことを特徴とするものである。
【0013】
請求項2の冷却水系の処理方法は、請求項1において、該前期基礎処理工程を5〜24時間行うことを特徴とするものである。
【0014】
請求項3の冷却水系の処理方法は、請求項1又は2において、該前期基礎処理工程でカルシウム硬度を40〜60mgCaCO/Lとすることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明方法により防食効果の高い防食皮膜が形成される。このメカニズムの詳細は必ずしも明確ではないが、以下の通りであると推定される。
【0016】
本発明の冷却水系の処理方法の前期基礎処理工程では、鉄系金属部材からアノード反応によって鉄が溶出し、この鉄イオンが水中のリン酸イオンと反応してリン酸鉄が生成すると共に、カソード反応によってOHが生成し、このOHが亜鉛イオンと反応して水酸化亜鉛が生成する。本発明方法の前期基礎処理工程の条件下では、これらのリン酸鉄と水酸化亜鉛が効率よく生成し、これらを取り込んだ緻密な防食皮膜が形成される。この前期基礎処理工程の後、pHを7.0〜7.5としてさらに基礎処理を行うと、水中のカルシウムイオンとリン酸イオンが反応してリン酸カルシウムを生成し、前記防食皮膜の上にさらに皮膜を形成することによって全体的に防食皮膜が強固なものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】実験結果を示すグラフである。
【図2】試験方法を説明する模式図である。
【図3】実験結果を示すグラフである。
【図4】実施例及び比較例で用いた実機の系統図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
【0019】
本発明では、基礎処理工程において、水中の成分濃度を全リン酸濃度70〜120mgPO/L、亜鉛濃度10〜30mgZn/L、カルシウム硬度25〜75mgCaCO/L、pH6.0以上7.0未満とし、この条件下に5〜36時間維持する前期基礎処理を行い、その後、pHを7.0〜7.5としてさらに基礎処理を行うことにより、金属部材表面に初期防食皮膜を形成する。
【0020】
この金属部材としては鉄系金属部材、特に炭素鋼部材が好適である。冷却水系としては開放循環式冷却水系が好適である。
【0021】
本発明方法を適用する水系の水質としては、水中に含まれるカルシウム硬度が25〜75mg−CaCO/L、特に40〜60mg−CaCO/Lであることが好ましい。カルシウム硬度が25mg−CaCO/L未満では、リン酸塩とカルシウムとの作用で生成するリン及びカルシウムよりなる防食皮膜を十分に形成し得ず、75mg−CaCO/Lを超えるとリン及びカルシウムよりなるスケールの析出、付着が懸念される。なお、処理対象水系の水質が上記範囲から外れる場合には、硝酸カルシウム、塩化カルシウム等のカルシウム硬度成分の添加或いは除去により水質調整を行えば良い。
【0022】
このような水系に対して、リン酸及び/又はその塩等のリン系防食成分を、添加後の水系の全リン酸濃度が70〜120mg−PO/L、特に80〜110mg−PO/Lとなるように添加する。防食剤添加後のリン酸濃度が70mg−PO/L未満では、十分な防食皮膜を形成し得ず、120mg−PO/Lを超えると、高濃度となって、環境への影響が懸念される。なお、基礎防食皮膜形成工程中に、防食成分の消耗等で、上記最低必要リン酸濃度を下回った場合には、最低必要リン酸濃度を維持するようにリン酸等を追加添加することが好ましい。
【0023】
リン系防食成分としては、リン酸及び/又はその塩、例えばリン酸ナトリウム、リン酸カリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素カリウムのほか、ピロリン酸塩、トリポリリン酸塩、ヘキサメタリン酸塩などの重合リン酸、例えばピロリン酸カリウム、ピロリン酸ナトリウム等のピロリン酸アルカリ金属塩、ピロリン酸二水素二ナトリウム等のピロリン酸二水素塩等を用いることができ、これらは1種を単独で用いても良く、2種以上を併用しても良い。
【0024】
亜鉛としては、塩化亜鉛、硫酸亜鉛などが好適であり、その添加量は10〜30mgZn/L好ましくは15〜25mgZn/Lとする。本発明においては、水系に、このようなリン酸系及び亜鉛系防食剤を添加すると共に、初期pHを6.0以上7.0未満、好ましくは6.0〜6.5に調整する。この初期pHが7以上であると鉄系金属部材からの鉄の溶出が少なく、このため鉄系金属部材表面に防食皮膜成分としてのリン酸鉄を十分に形成し得ず、6未満では腐食性が強まり、被処理対象金属や系内に存在する他の金属材料の一時的な腐食の進行が懸念されるようになる。初期pHの調整方法には特に制限はないが、塩酸、硫酸等の酸を添加して調整する方法が好ましい。
【0025】
また、本発明においては、防食剤を添加し、初期pHを6以上7未満に調整した水系のMアルカリ度が10mg−CaCO/L以上20mg−CaCO/L未満であること好ましい。
【0026】
基礎処理工程は、通常の場合、常温で実施するが、処理対象の状況により高温部が生じる場合(例えば、熱交換器を運転しながら初期防食皮膜形成処理を実施する場合など)など、防食剤成分と水系のカルシウムよりなるリン酸カルシウム系スケールが金属部材表面へ過剰に析出・付着することによる悪影響を防ぐために、必要に応じリン酸カルシウム系スケールの析出及び/又は付着防止効果を有する高分子電解質を添加する。この高分子電解質としては、上記スケール析出及び/又は付着防止効果を有するものであれば特に制限はないが、(メタ)アクリル酸又はその塩よりなる単量体とスルホン酸基を含む単量体などとを共重合したアクリル酸系ポリマーなどが使用される。このような高分子電解質として、(メタ)アクリル酸又はその塩と3−ヒドロキシ−2−アリロキシプロパンスルホン酸との共重合体、(メタ)アクリル酸又はその塩とイソプレンスルホン酸及び/又はヒドロキシエチルメタクリレートとの共重合体などが例示される。これらの高分子電解質は、通常固形分として50〜300mg/L、特に10〜100mg/L程度の範囲で処理対象水系の状況に応じて添加される。
【0027】
このような初期防食皮膜を形成する前期基礎処理工程は、5〜36時間、望ましくは5〜24時間行う。
【0028】
本発明においては、この前期基礎処理が終了した後、pH7.0〜7.5とし、さらに基礎処理(後期基礎処理)を行う。これにより、おそらくはそれまで形成された防食皮膜の上にさらにリン酸カルシウム系の皮膜が形成されることにより、防食皮膜がさらに強固なものとなる。
【0029】
pHを7.0〜7.5に高めるためには、アルカリを添加する。このアルカリとしては、pHが急激に上昇しないようにするために、炭酸ナトリウムや重炭酸ナトリウムを用いるのが好ましい。pH7.0〜7.5の調整は、Mアルカリ度を20mgCaCO/L以上40mgCaCO/L未満とすることによって達成される。
【0030】
前期基礎処理工程と後期基礎処理工程とを併せた基礎処理工程の合計の時間は70〜150時間特に70〜100時間程度が好適である。
【0031】
この基礎処理が終了した後、水系の濃縮度を徐々に上昇させ、通常運転に移行する。
【0032】
本発明では、基礎処理工程や、その後の工程において、水系にスライム防止剤、スケール防止剤や、他の防食剤を添加してもよい。
【実施例】
【0033】
以下に試験例、実施例及び比較例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0034】
[試験例1]
前期基礎処理工程における処理時間の影響について試験を行った。
【0035】
1LビーカーにRO水(逆浸透処理水、カルシウム硬度0mgCaCO/L)を満たし、カルシウム硬度50mgCaCO/L(添加薬剤:Ca(NO)、Mアルカリ度50mgCaCO/L(添加薬剤:NaHCO)とし、全リン酸濃度100mgPO/L(添加薬剤:ヘキサメタリン酸ソーダ)、亜鉛濃度20mgZn/L(添加薬剤:塩化亜鉛)となるよう添加薬剤を添加後、硫酸にてpH6.0とした。
【0036】
鉄センサー(材質:SS400、10φ×30mmの鉄棒)および、SUSセンサー(10φ×30mmのステンレス棒)を、第2図のように30℃の恒温槽に浸漬した後、スターラー撹拌を開始した。
【0037】
1,2,3,4,5,24,48又は72時間、前期基礎処理を行った後に炭酸ナトリウム溶液を添加し、pH7.0〜7.1とした。その後、さらに3日間スターラー撹拌して基礎処理を終了した。
【0038】
この基礎処理を施した鉄センサー(鉄棒)の耐食性を試験するために、ビーカー内の水を野木町水に切り替え、さらに3日間スターラー撹拌を行った。そして、3日目に腐食計(K−600、東方技研製)により、鉄センサーの腐食速度を測定した。
【0039】
試験結果を第3図に示す。第3図の通り、前期基礎処理工程においてpHを6.0に維持する時間を5〜36hr特に5〜24hrとすることにより、腐食速度が著しく小さくなる。
【0040】
[試験例2]
ビーカー水中のカルシウム硬度を0,25,40,60,75又は100mgCaCO/Lとしたこと以外は試験例1におけるpH6.0維持時間=5hrの場合と同様として試験を行った。腐食速度の測定結果を第1図に示す。
【0041】
第1図の通り、カルシウム硬度が25〜75mgCaCO/L特に40〜60mgCaCO/Lであると、腐食速度が小さくなることが認められた。
【0042】
[実施例1]
第4図に示す循環水量15000m/hrの開放循環式冷却水系において試験を行った。冷却水の水質は、カルシウム硬度50mgCaCO/L、Mアルカリ度50mgCaCO/Lである。
【0043】
この実機冷却水系にヘキサメタリン酸ソーダ及び硫酸亜鉛を添加して全リン酸濃度100mgPO/L、亜鉛濃度20mgZn/Lとし、硫酸によりpH6.5に調整した。その後、循環ポンプを始動させ、5時間の間、pH6.5〜7.0未満となるように硫酸によりpH調整した。その後、硫酸によるpH調整を止め、20時間後にpHが自然に7.1となっていることを確認した。なお、冷却塔横にモニター熱交換器として、炭素鋼チューブ(STB340)を設置した。そして、このチューブ内に水蒸気を流通させると共に、チューブ外(シェル側)に循環冷却水を通水するシェル側通水による評価を行った。シェル側通水を流速0.1m/sとし、蒸気加熱によりΔT5℃(冷却水入口温度30℃→冷却水出口温度35℃)の熱交換を行った。3日間この状態に保って基礎処理を行った。
【0044】
約1ヶ月間保持処理(条件:(水質)pH8.5〜9.0、カルシウム硬度150〜250mgCaCO/L、Mアルカリ度150〜250mgCaCO/L (添加薬剤)ヒドロキシエチリデンジホスホン酸、塩化亜鉛、アクリル酸/アリロキシヒドロキシプロパンスルホン酸(AA/HAPS)共重合体をそれぞれ全リン酸3〜7mgPO/L、亜鉛濃度1〜3mgZn/L、5〜15mgsolid/Lとなるように添加)を行った後、モニター熱交換器ユニットから炭素鋼チューブを取り出し、孔食深さを測定した。その結果、最大孔食深さは0.4mmであった。
【0045】
[比較例1]
実施例1において、最初にpH6.5に調整したが、それ以降はpH調整を行わないようにした。その結果、循環ポンプ始動後、10分が経過した時点でpHは7.1となった。3日経過後のpHは7.5であった。それ以外は実施例1と同一条件で試験を行い、腐食速度を測定したところ、最大孔食深さは0.6mmであり、実施例1の1.5倍であった。
【0046】
このように、実施例1の最大孔食深さは、比較例1の約67%であり、防食効果が改善されている。この結果、本発明によると、熱交換器の寿命延長が可能であることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷却水系の起動時に該水系にリン酸塩及び亜鉛化合物を添加して該冷却水系の金属部材表面に初期防食皮膜を形成する基礎処理工程を行う冷却水系の処理方法において、
該基礎処理工程において、
全リン酸濃度70〜120mgPO/L、
亜鉛濃度10〜30mgZn/L、
カルシウム硬度25〜75mgCaCO/L、
pH6.0以上7.0未満
とした条件下に5〜36時間維持して前期基礎処理工程を行った後、pHを7.0〜7.5としてさらに基礎処理を行うことを特徴とする冷却水系の処理方法。
【請求項2】
請求項1において、該前期基礎処理工程を5〜24時間行うことを特徴とする冷却水系の処理方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、該前期基礎処理工程でカルシウム硬度を40〜60mgCaCO/Lとすることを特徴とする冷却水系の処理方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2011−202243(P2011−202243A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−71677(P2010−71677)
【出願日】平成22年3月26日(2010.3.26)
【出願人】(000001063)栗田工業株式会社 (1,536)
【Fターム(参考)】