説明

列車風評価方法、列車風評価システム及び列車風評価プログラム

【課題】立位の人体に対する列車風の影響を評価する。
【解決手段】列車風の風速を測定し、前記列車風の風速に基づいて床反力の水平成分を演算し、前記床反力の水平成分が30Nの閾値以上であると決定し、前記決定に基づいて信号を表示する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、立位の人体に対して鉄道車両の走行に基づく列車風の影響を評価する列車風評価方法、列車風評価システム及び列車風評価プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
列車風は、列車が駅のホームなどを通過する際に引き起こされ、列車速度に依存して強くなる。このため、列車の高速化を進める際には、事前に立位の旅客又はしゃがんだ状態の保守作業員などの人体に列車風が及ぼす影響を考慮した安全管理が必要である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】小美濃 幸司、種本 勝二:「列車風とホーム上の安全」,RRR,vol.62,No.11,p.22−25,2005
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、列車風が立位の人体に及ぼす影響を評価する方法は知られていなかった。
【0005】
そこで、本発明の目的は、立位の人体に対する列車風の影響を評価する列車風評価方法、列車風評価システム及び列車風評価プログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
以下、符号を付して本発明の特徴を説明する。なお、符号は参照のためであり、実施形態に限定するものでない。
【0007】
本発明の第1の特徴に係わる列車風評価方法は、列車風(W1)の風速を測定し、前記列車風(W1)の風速に基づいて床反力の水平成分を演算し、前記床反力の水平成分が30Nの閾値以上であると決定し、前記決定に基づいて信号を表示する。
【0008】
本発明の第2の特徴に係わる列車風評価システムは、列車風(W1)の風速を測定する風速計(11)と、前記列車風(W1)の風速に基づいて床反力の水平成分を演算する水平成分演算手段(15)と、前記床反力の水平成分が30Nの閾値以上であると決定する閾値比較手段(15)と、前記閾値比較手段の決定に基づいて信号を表示する表示手段(13)を有する。
【0009】
本発明の第3の特徴に係わる列車風評価プログラムは、コンピュータを、風速計に列車風の風速を測定させる風速計制御手段と、前記列車風の風速に基づいて床反力の水平成分を演算する水平成分演算手段と、前記床反力の水平成分が30Nの閾値以上であると決定する閾値比較手段と、前記閾値比較手段の決定に基づいて表示手段に信号を表示させる表示制御手段として機能させる。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係わる列車風評価方法、列車風評価システム及び列車風評価プログラムによれば、列車風の風速に基づいて立位の人体の上下運動を示す信号を表示するので、列車風に対する人体の安全性を評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】列車風評価システムの構成を示す概略図である。
【図2】駅のホームにおける人体と列車風を示す概略図である。
【図3】(A)、(B)は試験装置を示す概略図である。
【図4】固有周波数と減衰比との関係を示すグラフである。
【図5】床反力の水平成分(Fx)とFz変動率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して実施の形態を詳細に説明する。
【0013】
図1に示すように、列車風評価システム10は、風速計11と、風速計11の測定して風速に基づいて評価する評価装置12を有する。風速計11は、例えば、超音波風速計を用いる。評価装置12は、表示部13と、記憶部14と、演算部15を有する。
【0014】
表示部13は、例えば、液晶、又は、有機EL(Electro-Luminescence)からなるパネルを有する。表示部13は所定の条件で信号を表示する。信号は、例えば、色、画像、音を用いる。表示部13は本願発明の表示手段として機能する。
【0015】
記憶部14は風速計11で測定した風速データ、及び、演算部15によって風速データに基づいて演算された演算結果を格納する。
【0016】
演算部15は、CPU(Central Processing Unit)と、演算プログラムを格納するROM(Read Only Memory)と、演算に必要なデータを一時的に記憶するRAM(Random Access Memory)を有する。ROM(Read Only Memory)はCPUの演算に用いる演算プログラムを格納している。演算部15は、本願発明の風速計制御手段、水平成分演算手段、閾値比較手段、表示制御手段として機能する。風速計制御手段としての演算部15は、風速計11に列車風の風速を計測させる。水平成分演算手段としての演算部15は風速データをRAMに読み込ませ、ROMの演算プログラムを使用して風速データに基づいて床反力の水平成分を演算する。閾値比較手段としての演算部15は、床反力の水平成分と閾値とを比較し、床反力の水平成分が閾値以上であると決定する。表示制御手段としての演算部15は表示部13に信号を表示させる。
【0017】
次に、列車風評価システム10の使用方法を説明する。
【0018】
図2に示すように、例えば、駅のホーム101の上に人体H1が立っている。列車102が矢印F1の方向にホーム101の側を通過すると、列車風W1が人体H1に当たる。立位の人体H1は列車風W1に抵抗して姿勢を維持しようとするので、ホーム101の床から反力(以下、床反力と称する)を受ける。床反力は水平成分(水平抗力)及び垂直成分(垂直抗力)を有する。
【0019】
ここで、列車風評価システム10は列車風の風速に対する立位の人体の上下運動を評価する。
【0020】
図2において、風速計11は列車風の風速を測定する。図1に示すように、測定された列車風の風速は評価装置12の記憶部14に風速データとして格納される。
【0021】
評価装装置12の演算部15は、記憶部14の風速データをRAMに読み込ませる。演算部15は、ROMに格納された演算プログラムを実行し、風速データ及び伝達関数を用いて、床反力の水平成分を計算する。この計算方法は、例えば、伝達関数表現を状態空間表現に変換し、連立一階微分方程式を四次のルンゲ・クッタ法により数値計算する。記憶部14は計算した床反力の水平成分を水平成分データとして格納する。演算部15は、RAMに水平成分データを読み込ませ、床反力の水平成分の値と30Nの閾値とを比較する。ここで、30Nの閾値は、立位の人体の上下運動が開始することを示す。人体の上下運動とは、例えば、踵が浮く、足を一歩踏み出すことである。
【0022】
演算部15は床反力の水平成分が30Nの閾値未満であると決定した場合、表示部13に青色の信号を表示させる。青色の信号は、立位の人体が上下運動を行っていないことを示す、一方、演算部15は、床反力の水平成分が30Nの閾値以上であると決定した場合、表示部13に赤色の信号を表示させる。赤色の信号は、立位の人体が上下運動を行っていることを示す。
【0023】
以上の実施形態によれば、列車風評価システム10は、列車風の風速が30Nの閾値以上である場合に人体の上下運動を示す信号を表示するので、列車風に対する立位の人体の安全性を評価することができる。
【0024】
なお、以上の実施形態は発明の趣旨を変更しない範囲で変更、修正可能である。本実施形態は、列車風の代わりに、高所風に適用してもよい。
【0025】
実施例
◎伝達関数のパラメータ決定
先ず、列車風の風速及び床反力の水平成分の伝達関数について説明する。
【0026】
ホーム上で立位の人体が列車風を受けた場合、人体は姿勢を維持するため列車風に抵抗し、床から床反力(抗力)を受ける(図2参照)。この列車風の風速の2乗値(m/s)2を入力値とし、床反力の水平成分(Fx)(N)を出力値とし、立位の人体にばね−質量系のモデルを適用すると、以下の関係が成立する。
【0027】
Y(s)=G(s)U(s)
ここで、Y(s)は出力をラプラス変換したものである。U(S)は入力をラプラス変換したものである。G(s)は伝達関数であり、以下の式で示される。
【0028】
【数1】

【0029】
次に、この伝達関数の各パラメータの決定方法を説明する。
【0030】
試験装置
図3に示すように、試験装置は、風洞内に設置されたル−バー装置21と、ルーバー装置21の前に設置された風力計22と、ルーバー装置21の風下に被験者H2、H3を載せる床反力計23を有する。
【0031】
ルーバー装置21は、20枚のルーバーと、ルーバーを操作ハンドルに連動して一斉にルーバーを開閉するリンク機構を有する。ルーバー装置21は、ルーバーの開閉によって列車風に相当する試験風W2、W3を発生させる。床反力計23は被験者H2、H3に加わる床反力を計測する。床反力は水平成分(Fx)及び垂直成分(Fz)を有する。
【0032】
試験風の条件
試験風W2、W3は、ステップ状の風速を有する、すなわち、試験風W2、W3の風速
は試験風の開始とともに鋭く増大し、約0.5秒で定常風速に達する。試験風W2、W3定常風速は、それぞれ10m/s、15m/sを用いた。試験風W2、W3の定常風速の作用時間はともに約5秒である。ステップ波状の風速の発生は、ルーバーを電動モーターで制御することにより調整した。
【0033】
姿勢
被験者は立位で足を肩幅程度に開き、手は体側にたらし、目線は水平方向に向けた状態で、自然に立った。試験1として、図3(A)に示すように、被験者H2は試験風W2に対して背中を向けた。試験2として、図3(B)に示すように、被験者H3は試験風W3に対して横に向いた。
【0034】
試験方法
上記試験風W2、W3を用いて、ステップ応答試験を実施した。
【0035】
試験1として、図3(A)に示すように、ルーバー装置21は被験者H2へ向かって10m/sの定常風速を持つステップ状の試験風W2を所定の作用時間で出力する。被験者H2は背面から試験風W2を受ける。このとき、風速計22は試験風W2の風速を測定し、また、床反力計23は被験者H2に加わる床反力を測定した。被験者の人数は16名であった。
【0036】
試験2として、図3(B)に示すように、ルーバー装置21は被験者H3へ向かって15m/sの定常風速を持つステップ状の試験風W3を所定の作用時間で出力する。被験者H3は側面から試験風W3を受ける。このとき、風速計22は試験風W3の風速を測定し、また、床反力計23は被験者H3に加わる床反力を測定した。被験者の人数は8名であった。
【0037】
パラメータ推定方法
試験風の風速及び床反力の水平成分から伝達関数のパラメータを推定した。伝達関数のパラメータの探索方法は、PSO(Particle Swarm Optimization)アルゴリズムを使用した。
【0038】
表1は、試験1の測定結果を用いた伝達関数のパラメータの推定結果を示す。
【0039】
【表1】

表2は、試験2の結果を用いた伝達関数のパラメータの推定結果を示す。
【0040】
【表2】

【0041】
試験1の場合、固有周波数(fn)は0.63Hz〜2.26Hzの範囲であり、平均は1.27Hzであった。減衰比(ζ)は0.07〜0.30の範囲であり、平均は0.16であった(図4参照)。ゲイン(K)は0.28〜0.38の範囲であり、平均は0.33であった。無駄時間(Td)は、0.00〜0.14secの範囲であり、平均は0.02secであった。
【0042】
一方、試験2の場合、固有周波数(fn)は1.13Hz〜2.58Hzの範囲であり、平均は1.50Hzであった。減衰比(ζ)は、0.09〜0.42の範囲にあり、平均は0.25であった(図4参照)。ゲイン(K)は、0.21〜0.24の範囲であり、平均は0.23であった。無駄時間(Td)は、0.00〜0.045secの範囲であり、平均は0.01secであった。
【0043】
以上の推定結果より、ゲイン(K)は、試験2よりも試験1の方が大きくなる。これは、被験者は、被験者が側面から試験風を受けるより背面から試験風を受ける方が影響を受け易いからであると考察される。よって、試験1のパラメータ推定結果を採用する。
【0044】
次に、試験1の結果から、被験者NO.9のパラメータ推定結果を採用する。表3は被験者NO.9の属性を示す。
【0045】
【表3】

【0046】
被験者NO.9を選択した理由は、被験者の中で一番小柄であり、最も小さい床反力の水平成分で上下運動が発生する(踵が浮く)可能性が高いからである。
【0047】
以上から、列車風の風速の測定すれば、伝達関数に基づいて風速から床反力の水平成分(Fx)を決定することができる。
【0048】
◎床反力の水平成分(Fx)の閾値の決定
次に、床反力の水平成分(Fx)の閾値の決定方法について説明する。
【0049】
試験装置
図3(A)に示す試験装置を用いた。
【0050】
試験風の条件
試験風W4は三角波状の風速を有する。試験風W4の風速は、作用時間の開始から増加し、作用時間の中心でピーク値となり、作用時間の中心から終了まで減少する。試験風W4のピーク値は約5m/s〜約30m/sである。試験風W4の作用時間は0.4sec〜4.0secである。三角波状の風速の発生は、ルーバーを電動モーターで制御することにより調整した。
【0051】
姿勢
被験者は立位で足を肩幅程度に開き、手は体側にたらし、目線は水平方向に向けた状態で、自然に立った。図3(A)に示すように、被験者H2は試験風に対して背中を向けた。
【0052】
試験方法
上記試験風を用いて、風速応答試験を実施した。図3(A)に示すように、ルーバー装置21は被験者H2へ向かって三角波状の風速を持つ試験風W4を所定の作用時間で出力する。被験者H2は背面から試験風W4を受ける。このとき、風速計22は試験風W4の風速を測定し、また、床反力計23は被験者H2に加わる床反力(水平成分(Fx)と垂直成分(Fz))を測定した。
【0053】
試験結果
図5は、床反力の水平成分(Fx)と垂直成分(Fz)の変動率(以下、Fz変動率と称する。)の関係を示す。ここで、Fz変動率とは、床反力の垂直方向成分の変動(pp値(ピークツーピーク値))を被験者の体重で除算して正規化したものであり、垂直方向の動きの大きさを意味する。各測定点のFz変動率は、30N未満の床反力の水平成分(Fx)において略10%以下であり、ほとんど変化していない。一方、床反力の水平成分(Fx)が30Nを越えると、Fz変動率は10%を越えて急激に増加する。よって、30Nの床反力の水平成分は臨界性を有するので、30Nの床反力の水平成分は閾値として決定された。この30Nの閾値は、被験者の上下運動が始まる値である。現象的には、被験者の踵が浮き始める、被験者が足を一歩踏み出すこととして説明される。また、30Nの閾値は、安全サイドに作用する。
【0054】
ここで、床反力の水平成分の閾値と主観評価との関係について説明する。図4に示すグラフにおいて、○は被験者が床反力の水平成分に対応する試験風のピーク値の風速を駅ホーム上の列車風として許容可と判定したものである。同図において、△は被験者が床反力の水平成分に対応する試験風のピーク値の風速を駅ホーム上の列車風として許容不可と判定したものである。この主観評価においても、30Nの床反力の水平成分を境に許容不可が急激に増加すると認められる。よって、30Nの床反力の水平成分は主観評価によっても閾値として確認された。
【符号の説明】
【0055】
10 列車風評価システム
11 風速計
12 評価装置
13 表示部
14 記憶部
15 演算部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
列車風の風速を測定し、
前記列車風の風速に基づいて床反力の水平成分を演算し、
前記床反力の水平成分が30Nの閾値以上であると決定し、
前記決定に基づいて信号を表示する
列車風評価方法。
【請求項2】
列車風の風速を測定する風速計と、
前記列車風の風速に基づいて床反力の水平成分を演算する水平成分演算手段と、
前記床反力の水平成分が30Nの閾値以上であると決定する閾値比較手段と、
前記閾値比較手段の決定に基づいて信号を表示する表示手段を有する列車風評価システム。
【請求項3】
コンピュータを、
風速計に列車風の風速を測定させる風速計制御手段と、
前記列車風の風速に基づいて床反力の水平成分を演算する水平成分演算手段と、
前記床反力の水平成分が30Nの閾値以上であると決定する閾値比較手段と、
前記閾値比較手段の決定に基づいて表示手段に信号を表示させる表示制御手段として機能させる列車風評価プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−234926(P2010−234926A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−83916(P2009−83916)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(000173784)財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)
【Fターム(参考)】