説明

加工性の改善されたポリ(アリーレンスルフィド)組成物

【課題】溶融紡糸やその他の溶融押出操作における加工性が改善されたポリ(アリーレンスルフィド)組成物を提供する。
【解決手段】ポリ(アリーレンスルフィド)をバリウム含有性化合物及び、場合により滑剤で処理することにより、ポリ(アリーレンスルフィド)の金属表面への付着を軽減させ、溶融紡糸操作における加工性を改善させる。

【発明の詳細な説明】
【産業上の利用分野】
【0001】
本発明は溶融紡糸やその他の溶融押出操作における加工性が改善されたポリ(アリーレンスルフィド)組成物に関する。より詳しくは、本発明は溶融紡糸に用いる際のポリ(アリーレンスルフィド)の加工性を改善するためのバリウム含有化合物、及び場合によっては滑剤の使用、並びにそのように製造された溶融紡糸ファイバー及びフィラメントに関する。本発明はさらにポリ(アリーレンスルフィド)の金属表面への接着をバリウム含有水酸化物及び/又は塩並びに滑剤で処理することにより軽減させる方法と共に、そのように処理されたポリ(アリーレンスルフィド)組成物に関する。
【従来の技術】
【0002】
ポリマー−金属接触がポリマー加工、例えば射出成形、溶融紡糸、熱成形等に付随するような用途では、金属表面への望ましくない接着が問題となる。ポリマーの金属表面への接着度は幅広く変動し、そのポリマーの化学組成並びに重合条件及び重合後条件並びにポリマー製造時に用いた処理を含む要因に左右される。ポリ(アリーレンスルフィド)ポリマーの溶融紡糸においては、接着に関連した多様な問題が観察されている。これらの問題には、例えば、紡糸口金細管中におけるポリマーの内部堆積が含まれるが、これは細管開口部に対して角度を成して又は「曲がって」フィラメントが押し出される原因となり、紡糸フィラメントに過度の応力及び破断並びに細管の閉塞をもたらす。接着に関連するもう一つの問題は紡糸口金表面におけるポリマーの堆積であるが、これは初期のフィラメント押出とフィラメント切断部からの「リック・バック」との両方から起きるものである。接着に関連したこれらの問題は紡糸パックの早期破損や、消耗した紡糸口金パックを取り換えるための装置停止時間に繋がり、ある種の溶融紡糸操作におけるポリ(アリーレンスルフィド)の使用を制限することもありうる。
【0003】
例えば脂肪酸エステル及びアミドのような多様な滑剤や離型剤が金属表面へのポリマー接着を軽減させるための添加剤として提唱されている。これらの物質は表面との接触点におけるポリマーの滑性を増大させる作用を持つ。ポリ(アリーレンスルフィド)の場合には、通常の滑剤単独では溶融紡糸操作に伴う接着の問題の有意な軽減は見出されていない。
【0004】
他にもポリ(アリーレンスルフィド)樹脂用の添加剤として提唱されている物質がある。例えば、米国特許 No. 4,898,904はポリ(アリーレンスルフィド)樹脂の溶融流量を変化させて溶融結晶化温度を低下させる添加物としての第IA属のアルカリ金属;第IIA属及び第IIB属のアルカリ土類金属;並びにカルボン酸のような有機化合物の使用を開示している。米国特許 No. 4,588,789は、ポリマー溶融粘度を増加させ溶融結晶化温度を低下させる手段として、多価イオンでポリ(アリーレンスルフィド)を含浸する水洗処理を開示している。しかしながら、どちらの特許も開示されている添加物又は方法が溶融紡糸操作におけるポリ(アリーレンスルフィド)の金属表面への接着又はポリ(アリーレンスルフィド)の加工性のいずれかに何らかの効果を持つとしてもそれが何であるかについては触れていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従って、ポリ(アリーレンスルフィド)の望ましくない金属表面接着を軽減する手段並びに溶融紡糸操作におけるポリ(アリーレンスルフィド)の加工性を改善する方法の必要性は依然として存在する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
溶融紡糸操作におけるポリ(アリーレンスルフィド)の加工性はイオン性バリウムの供給源、特にバリウム含有水酸化物及び/又は塩による処理によって改善されることが今回見出された。実際に、小さなデニールのファイバーの製造におけるポリ(アリーレンスルフィド)の溶融強度がバリウム処理により改善されることが観察された。この溶融強度の改善は言い換えれば低分子量ポリマーが溶融紡糸できるということであり、コスト及び加工の面から大きな恩恵が見込まれる。
【0007】
バリウム含有水酸化物及び/又は塩並びに滑剤による処理はポリ(フェニレンスルフィド)の金属表面への接着を軽減させることにおいても有効であることが見出された。溶融紡糸に用いた場合、この処理はポリ(アリーレンスルフィド)の紡糸口金表面に接着しがちな性質を弱め細管の目詰まりを減らすことにより、紡糸パックの寿命を延ばす。さらに、金属表面への接着の軽減が溶融体中のポリ(アリーレンスルフィド)の内部結合力又は凝集特性に有害な作用を及ぼすことなく達成される。
【0008】
金属表面接着が軽減される度合は水酸化バリウム及び/又は塩並びに滑剤で処理したポリ(アリーレンスルフィド)の場合のほうが、バリウム化合物又は滑剤のどちらか単独で処理したポリ(アリーレンスルフィド)よりも強くなる。そこで、別の態様として本発明はバリウム含有水酸化物及び塩より成る群から選択される少なくとも1種のバリウム含有化合物及び少なくとも1種の滑剤でポリ(アリーレンスルフィド)を処理することによってポリ(アリーレンスルフィド)の金属表面への接着を軽減させる方法に関する。本発明はさらに、そのように処理されたポリ(アリーレンスルフィド)、並びにそれから製造された成形品、ファイバー及びフィルムに関する。
【0009】
さらに別の態様においては、本発明は:
(a) ファイバー形成ポリ(アリーレンスルフィド)を紡糸口金を通して紡糸カラム内に溶融押出する工程;
(b) 得られたフィラメントを急冷ガスで冷却する工程;及び
(c) 冷却したフィラメントを紡糸カラムから回収する工程
を含むポリ(アリーレンスルフィド)ファイバーの製造方法であって、前記ポリ(アリーレンスルフィド)がバリウム含有水酸化物及び塩より成る群から選択される少なくとも1種の化合物で処理されたものである方法に関する。
【0010】
ポリ(アリーレンスルフィド)を製造する間に起きる反応及び副反応は非常に数が多く複雑である。理論に縛られたくはないが、重合の間に生成する酸及びチオール末端基はポリ(アリーレンスルフィド)ポリマーの金属表面への接着を促進する傾向にあると考えられる。適当なバリウム含有化合物での処理はこれらの末端基を、酸末端基の場合には、溶融配合又は加工の間に脱カルボキシル化された塩に転化すると理論付けられている。バリウム化合物の酸末端基又は他の官能基との反応又は複合化がポリマー種の更なる反応を促進し、ポリマーの溶融粘度を増大させて溶融結晶化温度を低下させ得るということも考えられている。本発明の恩恵がもたらされる正確なメカニズムはわかっていない;しかしながら、表面接着に関係する官能基を最少にすることで、滑剤を効果的に使用してポリマーの金属表面への接着をさらに軽減させることが可能になると考えられる。
【0011】
バリウム含有化合物でのポリ(アリーレンスルフィド)の処理は、例えば溶融ブレンド又はイオン洗浄のような多様な技法により行うことができる。選択された処理法によって使用されるバリウム化合物の特定の形態が決まることになる。溶融ブレンドの場合、溶融体中で液体でありかつ反応性の末端基と相互作用するために十分強い塩基であるバリウム化合物を使用することが望ましい。加えて、溶融ブレンド時に固体のままである化合物は、溶融体中での分散性が低いために特に添加物レベルが低い場合にはこの処理法での効果は通常低い。例えば、酸化バリウム及び水酸化バリウム1水和物のような化合物は、溶融体中でたいてい固体のままであるのだが、水酸化バリウム8水和物ほど容易にはポリ(アリーレンスルフィド)と混合及び均質化されない。水酸化バリウム8水和物を溶融ブレンドする際にはその添加物がポリ(アリーレンスルフィド)中に均質に分散される前に脱水が起き得る条件下でその添加物を処理することがないように注意しなければならないことは当業者には明らかであろう。
【0012】
溶融ブレンド物は、一般に、押出器又は他の混合装置中で剪断及び高温の条件下でポリ(アリーレンスルフィド)及び金属化合物を押し出すことによって調製される。押出温度は典型的には最高で約 340℃までの温度で、好ましくは約 280℃から約 340℃であるが、粘度の高いポリ(アリーレンスルフィド)を含むブレンド物の場合は低粘度ポリ(アリーレンスルフィド)を含むブレンド物の場合よりもこの範囲内のより高い方の温度で押し出す。存在する特定の成分及びその相対量によっては、340℃を越える溶融温度を用いると得られるブレンド物の物理的特性が劣化することがある。加工便宜上、ポリ(アリーレンスルフィド)及びバリウム化合物を溶融押出の前にタンブルブレンド又は他の方法で予め混合してもよい。
【0013】
イオン洗浄の場合、バリウム化合物は洗浄媒質、典型的には水に溶解できる塩でなければならない。そのような塩の陰イオンが洗浄処理又はその後のポリ(アリーレンスルフィド)の加工時に望ましくない副産物を生成しないことも推奨される。例えば、酢酸バリウム、硝酸バリウム、亜硝酸バリウム、硫酸バリウム及びクエン酸バリウムのような塩が洗浄媒質が水の場合には推奨され、酢酸バリウムが好ましい。
【0014】
イオン洗浄は、典型的には粉末又はリアクターチップ形態のポリ(アリーレンスルフィド)をバリウム塩が溶解されている洗浄媒質に、バリウムイオンがポリ(アリーレンスルフィド)と反応するか又は錯体を作るのに十分な温度及び時間をかけて接触させることにより行う。高温で洗浄すれば短い時間で済むことが認められるであろう。また、洗浄媒質とポリマーの相対量、及び洗浄媒質中のバリウム化合物の量と溶解度も洗浄に要する時間に影響を及ぼすことが認められるであろう。一般に、ポリ(アリーレンスルフィド)をバリウム含有の洗浄媒質と混合して最大約 60 重量%のポリマーを含有するスラリーを形成する。洗浄媒質が水の場合は、一般に、約 50℃から約 120℃の温度で約 30 分ないし約 10 時間、0.5 から 5.0重量% のバリウムを含む水溶液でポリマーを処理することが推奨され、約 80 ℃から約 100℃の温度が特に好ましい。必要ならば複数回の洗浄工程を行ってもよい。イオン洗浄法に関する更なる記載は、参照により本明細書中に組み込まれる米国特許 No. 4,588,789に示されている。
【0015】
ポリ(アリーレンスルフィド)を処理するバリウム含有化合物は望ましくない官能基と反応するか又は錯体を形成するのに十分な量で存在すべきである。本発明の恩恵は、一般に、上記の処理がバリウム含有量が約 0.05 から約 2.0重量%、好ましくは約 0.05 から約 0.5重量%のポリマーを提供する場合に認められる。低デニールフィラメントを製造する溶融紡糸操作では、バリウム含有量が約 0.1から約 0.5重量%のポリマーが提供することが特に好ましい。そのような官能基の量はポリマーが製造される条件によって変動しうるので、使用するバリウムの最適量は変動を受けるものであり、例えば誘導結合アルゴンプラズマ発光分光法又は他の分析手段を用いて末端官能基レベルを計算し、それによりバリウム含有量を調整することによって決定することができる。
【0016】
上記のようにバリウム化合物で処理したポリ(アリーレンスルフィド)は、加工する前に望ましくない排ガスを除去するのに十分な条件下で加熱することが一般に推奨される。溶融体中に添加物が取り込まれるポリ(アリーレンスルフィド)の場合は、これは溶融ブレンドの間になし遂げられることになる。イオン洗浄法によってバリウムが加えられるポリ(アリーレンスルフィド)の場合は、加工する前にポリマーを熱処理することが望ましい。イオン洗浄したポリマーの加熱は滑剤成分を取り込む間に行うこともできる。
【0017】
本発明の実施に際して使用される滑剤は実質的に分解することなくポリ(アリーレンスルフィド)の加工条件(典型的には約 290℃から約 320℃)に耐えられることが必要である。適当な滑剤は加工中にポリマー溶融体の表面に移動する能力があることから表面滑剤として広く知られているクラスに属する。そのような滑剤の例は、エンジニアリングプラスチック材料の加工において滑剤として広く使用されるタイプの脂肪酸エステル、それらの塩;エステル類;脂肪酸アミド;有機リン酸エステル;及び炭化水素ワックス;並びにそれらの混合物である。本発明の実施に適している滑剤は当技術分野において周知であり、多くの供給業者から市販されている。
【0018】
本発明の実施に好ましい脂肪酸は約 12 ないし 60 の炭素原子から成る炭素主鎖を持つ化合物である。脂肪酸には例えばミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキン酸、モンタン酸、オクタデシン酸、パリンリン酸等のような飽和及び不飽和脂肪酸が含まれる。ここでの使用に適したエステルには脂肪酸エステル、脂肪アルコールエステル、ワックスエステル、グリセロールエステル、グリコールエステル及び複合エステルが含まれる。脂肪酸アミドには脂肪酸第一アミド、脂肪酸第二アミド、メチレン及びエチレンビスアミド、並びに例えばパルミチン酸アミド、ステアリン酸アミド、オレイン酸アミド、N,N'- エチレンビスステアラミド等のようなアルカノールアミドが含まれる。本発明の実施に際しては、例えばステアリン酸カルシウム、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸マグネシウム等のような脂肪酸の金属塩;並びにパラフィンワックス、ポリオレフィン及び酸化ポリオレフィンワックス、マイクロワックスを含む炭化水素ワックスも好ましい。
【0019】
ステアリン酸塩、エステル、及びアミド、例えばペンタエリスリトールテトラステアレート、ステアリン酸カルシウム、N,N'- エチレンビスステアラミド等が、本発明の実施に際して特に好ましい。
上記滑剤はポリマー中に、約 0.05 から約 1.5重量%、特に好ましくは約 0.1から約 0.5重量%の量で存在する。典型的には、この滑剤をポリ(アリーレンスルフィド)樹脂に直接接触させるようないずれかの手段によって本発明の組成物中に加える。必要ならば、対象組成物の滑剤成分はバリウム化合物と共に押し出すか、又は1以上の独立した配合工程で加えてもよい。
本発明のポリ(アリーレンスルフィド)("PAS") 成分は式:
【0020】
【化5】

【0021】
の繰り返し単位から本質的になるポリマーであって、式中、個々の繰り返し単位における Ar は以下の式より成る群から選択される二価の基である:
【0022】
【化6】

【0023】
〔式中、X は−SO2 −、−C(CO)−、−O−、−Ca2a−(式中、a は0ないし3の値の整数を示す)、及び −C(CH32 −より成る群から選択される二価の基である〕。さらに、個々の基の芳香環 Ar は場合により、最大4の炭素原子を有するアルキル基、並びにフッ素、塩素及び臭素基より成る群から選択される1ないし3の置換基で置換されていてもよい。本発明の目的においては、置換されていないポリマーが特に好ましい。2種以上の異なるポリ(アリーレンスルフィド)の混合物もここでの使用に適している。
【0024】
ここで用いるポリ(アリーレンスルフィド)及びその製造方法は当技術分野において周知であり、例えば米国特許No. 3,354,127; 4,645,826;及び 4,645,826に記載されている;これらはすべて参照により本明細書中に組み入れられるものとする。一般に、このようなポリ(アリーレンスルフィド)はアルカリ金属スルフィドとジハロ芳香族化合物との反応によって製造される。個々の製造方法によっては、ポリ(アリーレンスルフィド)がランダム又はブロックホモポリマー又はコポリマーとして存在することもある。
【0025】
上記ポリ(アリーレンスルフィド)は 1,200 sec-1及び 310℃で、約 30 ないし約 800 Pa.sec.、好ましくは約 50 ないし約 500 Pa.sec.の溶融粘度を有する直鎖又は分枝ポリマーであることができる。実質的に直鎖のポリマーが特に好ましい。ポリマーの粘度はその分子量分布、ポリマー直鎖性及び架橋(「硬化」)の度合いに部分的に依存することになる。非硬化又は部分硬化ポリマーは両方ともここでの使用に適している。ポリ(アリーレンスルフィド)の硬化は当技術分野において知られているような熱処理及び/又は溶媒処理によって行うことができる。
【0026】
特に好ましいポリ(アリーレンスルフィド)には、ここに参照により組み込まれる米国特許 No. 4,645,826に開示されているような、上に述べた有用な範囲内の粘度を有する高粘度ポリマーが含まれる。そこに開示されているように直鎖PAS は、予備重合によって低ないし中分子量の PASプレポリマーを作った後に、強いアルカリ条件下で重合系を加熱して温度を上げると共にその重合系に相分離剤を加え、それによりこの系を2つの液相、すなわち、高粘度相(ポリマー溶液相)及び低粘度相(溶媒相)に分離し、そのような状態で反応を行うことによって容易に製造することができる。
【0027】
上記の二相分離重合は、低粘度アリーレンスルフィドプレポリマーを貧溶剤、すなわち水に、強アルカリ条件下(水で10 倍に希釈したときに、反応混合液が9.5ないし 14 の pH 範囲)、245℃ないし 290℃の温度範囲で溶解して液−液二相分離状態にすること、及びこの状態を1ないし 50 時間維持してアリーレンスルフィドプレポリマーを高分子量ポリマーに転化すること、次いで、そのポリマーを重合系から分離して、中和した後にポリマーを精製することを含む。
【0028】
米国特許 No. 4,645,826による高分子量ないし超高分子量PAS の製造方法は、一般的に、アルカリ金属スルフィドとジハロ芳香族化合物の間の結合による PAS分子の形成及び/又は PAS分子の高分子量ポリマーへの転化を含む。そこに開示されているような方法により、1,200 sec -1で少なくとも 1,000ポアズの溶融粘度を持つ PPSを製造することができる。
上記プレポリマーを製造するための出発原料はアルカリ金属スルフィド、ジハロ芳香族化合物及び重合溶媒を含む。アルカリ金属スルフィドには、硫化リチウム、硫化ナトリウム、硫化カリウム、硫化ルビジウム、硫化セシウム及びそれらの混合物が含まれる。これらのアルカリ金属スルフィドは水和物若しくは水性混合液として、又は無水形態で使用することができる。これらのアルカリ金属スルフィドのうち、硫化ナトリウムが最も安価で商業的に好ましい。アルカリ金属スルフィド中に微量に存在することがありうる酸性塩(例えば、アルカリ金属ジスルフィド及びアルカリ金属重炭酸塩)を中和するために、それと組み合わせて少量のアルカリ金属水酸化物を使用することもできる。
【0029】
使用されるジハロ芳香族化合物には、日本特許公開公報 No. 22926/1984 に開示されているようなジハロ芳香族化合物のいずれもが含まれる。特に好ましいのは p- ジクロロベンゼン、m-ジクロロベンゼン、2,5-ジクロロトルエン、2,5-ジクロロ -p-キシレン、p-ジブロモベンゼン、1,4-ジクロロナフタレン、1-メトキシ -2,5-ジクロロベンゼン、 4,4'-ジクロロビフェニル -3,5-ジクロロ安息香酸、 p,p'-ジクロロジフェニルエーテル、 p,p'-ジクロロジフェニルスルホン、 p,p'-ジクロロジフェニルスルホキシド、 p,p'-ジクロロジフェニル -ケトン等である。これらのうち、主にパラ -ジハロベンゼン、典型的には p- ジクロロベンゼンから成るものが特に好ましい。
【0030】
ジハロ芳香族化合物を適当に選択及び組み合わせることにより、2種以上の異なる反応単位を含むランダム又はブロックコポリマーを得ることができる。例えば、p-ジクロロベンゼンを m- ジクロロベンゼン又は p,p'-ジクロロジフェニルスルホンと組み合わせて使用すると、
【0031】
【化7】

【0032】
を含有するランダム又はブロックコポリマーを得ることができる。さらに、ある程度の架橋をもたらすが直鎖性を実質的に損なわないような範囲の少量のポリハロ芳香族化合物(例えば、トリクロロベンゼン)を組み合わせて使用することもできるが、そのような化合物が本来必要とされる訳ではない。
【0033】
重合工程で使用される有機アミド溶媒は上記プレポリマーを形成するために使用することができ、N-メチルピロリドン(NMP) ; N-エチルピロリドン ; N,N'-ジメチルホルムアミド ; N,N'-ジメチルアセトアミド ; N- メチルカプロラクタム; テトラメチルウレア; ヘキサメチルホスホロトリアミド; 及びそれらの混合物から選択することができる。これらのうち、化学的安定性及び高分子量ポリマーを容易に製造できること等の観点からN-メチルピロリドンが特に好ましい。重合溶媒としての有機アミドは望ましくは非プロトン性化合物である。超高分子直鎖ポリマーを上記プレポリマーから形成する重合工程に上記有機アミドを使用することももちろんできる。或いは、例えば芳香族炭化水素(C6-C30)、脂肪族炭化水素(C6-C30)、エーテル(C6-C30)、ケトン(C5-C30)、ピリジン若しくはキノリン又はこれらの誘導体(C5-C30)、並びにそれら自体の混合物又は有機アミドとの混合物も使用できる。
【0034】
本発明の方法を実施する場合、最初にアルカリ金属スルフィド及びジハロ芳香族化合物を、望ましくは不活性ガス環境下で、有機溶媒中に加え、反応を行うのに望ましい温度まで温度を上げる。この際、アルカリ金属スルフィド中の水分含有量が望ましい含有量よりも少ない場合は必要な量の水を補充する。
予備重合は好ましくは 160ないし 260℃、特に好ましくは 180ないし 235℃の範囲の温度で行う。160℃よりも低い温度では、反応速度が非常に遅くなるが、260℃以上の温度では、形成された PASが分解されて非常に低い溶融粘度の PASだけが製造されがちである。
【0035】
予備重合工程の終点及び予備重合から二相分離重合への転換点はジハロ芳香族化合物の転化が 70 モル% ないし 98 モル% に達した時点が好ましい。
予備重合から二相分離重合への転換点では、上記PAS の溶融粘度は好ましくは(310℃及び剪断速度 200 sec-1で)0.5 ないし 30 Pa.sec. の範囲である。高重合度のPAS を得るには 1 Pa.sec.から 20 Pa.sec. の範囲がより適している。0.5 Pa.sec. よりも低い粘度では二相分離の形成が不十分であり、それによって重合系の分解又は反応速度の低下が容易に起こりうる。30 Pa.sec.よりも高い粘度では、ポリマー開裂を促進するであろう有害物質がより多量に蓄積されることになり、そのため望ましくないことにポリマー収量の低下及びポリマー系の分解が起きることになる。
【0036】
米国特許 No. 4,645,826に記載されているような重合方法はホモ重合又はランダム共重合だけでなく、ブロック共重合にも使用できる。例えば、精製した p-フェニレンプレポリマー及び精製した m- フェニレンプレポリマーを同じ重合容器中に分散させて二相分離重合工程を行わせることができ、それにより p- フェニレンスルフィド -m-フェニレンスルフィドブロックコポリマーを容易に得ることができる。
【0037】
ポリ(フェニレンスルフィド)は、その利用可能性並びに、高い耐薬品性、難燃性、及び高い強度と硬度のような望ましい性質から、現在のところ好ましいポリ(アリーレンスルフィド)である。ポリ(フェニレンスルフィド)はヘキスト・セラニーズ・コーポレーション、フィリップ・ペトロリウム・コーポレーション、及びバイエル・アクティエンゲゼルシャフトを含む多様な製造元から入手できる。
本発明の組成物は多様な成形品及び押出品の製造に有用であり、ファイバー及びモノフィラメントに用いるのに特に適している。溶融体中で相対的に高い延性度を示す組成物はフィルム、シート、ファイバー及びモノフィラメントの製造に有用である。さらに、本発明の組成物は封入剤又は被膜として使用することもできる。
【0038】
製造する対象物及び使用する加工法によって、本発明の組成物はさらに1種以上の、例えば充填剤、抗酸化剤、熱安定剤、紫外線安定剤、離型剤、可塑剤、難燃剤、顔料等のような任意の添加物を含むこともできる。このような任意の添加剤全ての総量は、充填剤を除いて、典型的には、本組成物の総重量の約5%を越えることがなく、たいていは本組成物の総重量の約2%を越えることがない。充填剤を用いる場合には、典型的には本組成物の総重量の最大で約65%を占めることに注意すべきである。上記の任意の添加剤は、添加剤を溶融ブレンド物と実質的に均質に混合する多様な技法によって加えることができるが、押出配合が好ましい。
【実施例】
【0039】
以下の実施例では、以下のような略号を使用する:
PPSI - ヘキスト・セラニーズ・コーポレーションから入手できるポリアリーレンスルフィドで、温度 310℃及び剪断速度 1200 sec -1における平均溶融粘度が 140 Pa.sec.と報告されているもの。
PPSII - ヘキスト・セラニーズ・コーポレーションから入手できるポリアリーレンスルフィドで、1200 sec-1における平均溶融粘度が 55 Pa.sec. と報告されているもの。
AXEL INT 38H - アクセル・プラスチックス・リサーチ・ラボ社から入手できる、架橋ポリエチレンワックス及び脂肪酸の混合物。
PETS - ペンタエリスリトールテトラステアレート。
Weston 618 - ジェネラル・エレクトリック社から入手できるジステアリルペンタエリスリトールジホスファイト。
Acrawax C - ロンザ社の N,N- エチレンビスステアラミド。
PE Wax - アライド−シグナル社から AC629A の商標名で販売されているポリエチレンワックス。
以下の実施例に報告するように、重ね剪断粘着力を以下の手順で測定した:
【0040】
重ね剪断粘着力測定法
22.86 cm× 22.86 cm × 0.95 cmの合わせ雄雌溝付き成形型を硬質アルミニウムで作り、中に幅 2.54 cm×深さ 0.25 cm×長さ 22.86 cm の溝を平行に5本付けた。3個の熱電対穴を一方の端からプレートの中心まであけ、熱の均一性をモニターした。試験からこれは±2℃以内であることが示された。次いで、プレートを強烈に陽極酸化して耐磨耗性を持たせた。
【0041】
26ゲージの 316又は 304ステンレス鋼 (2.54 cm ×12.70 cm) の試験片を、オーカイト・プロダクツ社の Oakite Liquid Rust Stripperの 15%水溶液を入れた超音波浴で洗浄した後、すすいで乾燥させた。使用する直前に、この試験片をスチールウールで磨き、アセトンですすいで乾燥させた。雌プレートのスロットの両端に試験片を置くとプレートの中央部で試験片どうしが1平方インチでオーバーラップした。上記試験片を平行に保つために、同じステンレス鋼のパッキング片(長さ約7.62 cm)を上側の試験片の下に置き、下側の試験片の上には厚さ 3ミルのポリイミドフィルム片を上のパッキング片と下の試験片の間にオーバーラップの位置で試験片間に 3ミルの隙間ができるように置いた。試験ポリマーはチップ又は粉末のいずれの場合もこれら金属試験片の間のオーバーラップ領域中に置き、成形型の雄部分をその相手側に合わせて、充填した成形型を予備加熱した油圧プレス中に入れ、油圧ゲージが若干の圧力を示すまで軽く加重して、実施温度に達するまで6分間放置した。次いで加熱した成形型に 310℃で 15 分間、10トンの圧力を加えた。プレスから取り出して成形型を直ちに水冷式冷却テーブルで冷却し、接着した試験片を Sintec Model 20引張試験機で試験した。試験条件を以下に示す:
【0042】
440,000 ダインのロードセル;
1,100,000 ダインの力を保持できるグリップを備えた手動ジョー;
ゲージの長さ - 12.70 cm ;
クロスヘッド速度 - 0.127 cm/min ;及び
サンプル幅 - 2.54 cm。
他に断らない限り、所定の組成物について 25 回ずつ試験を繰り返し、試験標本についての最大荷重の平均値を最大荷重として報告した。接合面において接着性(金属とプラスチック表面)又は凝集性(プラスチック内)の両方の不良が起こりうることに注意すべきである。不良の様式は試験の後に接合表面を調べることにより明らかにすることできる。
【0043】
実施例1
成分を記載の比率で混合して得られた混合物を表示のように Haakeコニカル二軸スクリュー押出機(System90)又は 30 mm ZSK二軸スクリュー押出機のいずれかで溶融ブレンドすることにより表1に示す組成物を配合して押出物を製造し、冷却及びペレット化した。混合する前に、ポリ(フェニレンスルフィド)及び他の成分は 110℃の温度で一晩乾燥させた。押出条件は以下の通りであった:
Haake 押出機:
溶融温度:300 ないし 330℃;
押出ダイ温度:310 ないし 330℃;及び
スクリュー速度:50-300 rpm
減圧:なし
ZSK 押出機:
溶融温度:310 ないし 335℃;
押出ダイ温度:310 ないし 330℃;及び
スクリュー速度:150 rpm
減圧:約 635 mmHg
組成物の溶融粘度を Kayeness Rheometer を用いて 310℃及び 1200sec-1で測定した。種々の組成物の重ね剪断粘着力を以下に記載する手順を用いて測定し、表1に報告する。
【0044】
【表1】

【0045】
表1に記載の組成物において、ペンタエリスリトールステアレート又は AxelINT 38H 滑剤と組み合わせて水酸化バリウム8水和物を使用すると、水酸化バリウム8水和物又は滑剤を単独で使用した場合よりも大きく重ね剪断粘着力を低下させることが示された。さらに、例示のポリ(フェニレンスルフィド)では水酸化バリウム1水和物と滑剤の組み合わせは水酸化バリウム8水和物と滑剤の組み合わせよりも重ね剪断粘着力を低下させる効果が実質的に少ないことが示された。
【0046】
実施例2
99.30 重量%の PPSII、0.35重量%の水酸化バリウム8水和物及び0.35重量%の表示の滑剤を含有する組成物を用いて、実施例1に特定した条件下で Haake二軸スクリュー押出機で表2に記載の組成物を配合した。
【0047】
【表2】

【0048】
実施例3
表3に記載の組成物を 70 mm ZSK条件を用いて実施例1に記載したように配合した。ペレット化した PPS押出物を通常の溶融紡糸法を用いて連続ベースで溶融紡糸した。使用した紡糸口金は孔の直径が 0.23 mmの 1000 環状孔紡糸口金であった。溶融温度は約 300℃で、孔当たりの押出量は 0.559 g/min/孔であった。フィラメントは 35℃、湿度 70%の急冷エアで冷却した。紡糸仕上げを施し、フィラメントを 777 m/minの巻取速度で巻き取った。得られた糸は 6400 デニールであった。
上記紡績糸に延伸滑剤の希釈分散水溶液(85℃に加熱)を注ぎ、ステープルファイバー延伸枠による2段階延伸法で 2.9倍、次いで 1.04 倍に延伸した。延伸した糸を冷却して縮れさせ、この加工糸を乾燥させて 180℃でヒートセットした。
【0049】
所定の組成物について得られた総紡糸運転時間及び最長紡糸パック寿命を表3に示す。最長紡糸パック寿命とは、運転中にその不良化及び交換するまでのパックの使用可能な最長時間のことを言う。表3のデータに示されるように、水酸化バリウム8水和物及び Axel INT 38H 滑剤の両方でポリ(フェニレンスルフィド)を処理すると、水酸化バリウム8水和物単独でポリ(フェニレンスルフィド)を処理した場合よりも得られる紡糸運転時間が長かった。
【0050】
【表3】

【0051】
実施例4
より条件の厳しい実験を、実施例3に記載のものと同様の手段であるが、全体直径が 0.508 mm で葉の長さが 0.214 mm 、葉の幅が 0.102 mm の三葉式のY形紡糸口金孔を有する紡糸口金を使用して行った。孔当たりの押出量は 0.233 g/min、急冷エアは 28℃、そして巻取速度は 899 m/minであった。フィラメントのトータルの厚みは実施例3の 6400 デニールに対して 4550 デニールであった。これらの条件下における慣用的なPPS の加工は著しく不良であった。
【0052】
【表4】

【0053】
実施例5
押出レオメーター・ストランド中におけるゲル形成を調べるために試験法を開発した。この試験で、表5に記載のPPS配合物を通常のレオメーター中で 350℃で溶融して保持した。ストランドを押出し、5分間隔で回収した。次いで各ストランドをゲルについて調べた。これにより、最初にゲルが形成されたおよその時間が測定できた。これらの実験についてのデータを表5に表す。データから、バリウム処理したポリマーをゲル化の兆候を示す前に溶融体中に保持することができる時間が滑剤を加えることにより延長されることがわかる。このことは重要である。というのは、ゲル形成が正常な加工を中断させかねないからである。
【0054】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融紡糸操作におけるポリ(アリーレンスルフィド)の加工性を改善するための方法であって、
溶融紡糸する前に該ポリ(アリーレンスルフィド)をイオン性バリウムの供給源及び滑剤で処理することを含み、
酢酸バリウム、硝酸バリウム、亜硝酸バリウム、硫酸バリウム及びクエン酸バリウムより成る群から選択される1種以上のバリウム化合物の水溶液でポリ(アリーレンスルフィド)をイオン洗浄することによりポリ(アリーレンスルフィド)がバリウム化合物で処理される、前記方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって、バリウム化合物が酢酸バリウムである方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方法であって、バリウム化合物での処理によってポリ(アリーレンスルフィド)に0.05 から2.0重量%のバリウムが供給される方法。
【請求項4】
請求項3に記載の方法であって、ポリ(アリーレンスルフィド)がポリフェニレンスルフィドである方法。

【公開番号】特開2008−69360(P2008−69360A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−264247(P2007−264247)
【出願日】平成19年10月10日(2007.10.10)
【分割の表示】特願平9−182792の分割
【原出願日】平成9年7月8日(1997.7.8)
【出願人】(590000330)エイチエヌエイ・ホールディングス・インコーポレーテッド (6)
【氏名又は名称原語表記】HNA Holdings,Inc.
【Fターム(参考)】