説明

加速空胴のエッチング方法

【課題】エッチングの対象となる金属表面への気泡の付着を防止する加速空胴のエッチング方法を提供する。
【解決手段】(I)容器内のエッチング液に加速空胴を浸漬する工程、及び、(II)前記容器内を加圧した状態で前記加速空胴をエッチングする工程を包含する。さらに、前記工程(II)において、前記容器内を1気圧より高く且つ200気圧以下に加圧した状態で前記加速空胴をエッチングする。さらに、前記工程(II)において、前記容器内を1気圧より高く且つ200気圧以下に加圧し且つ前記エッチング液の温度を50℃以下にした状態で、前記加速空胴をエッチングする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に、加速空胴のエッチング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
加速器とは、電子や陽子などを静電界や高周波電界により加速し、高エネルギーで打ち出す装置である。加速器分野では、医学用途や産業利用のために今まで以上の装置の小型化が要求されている。加速器を小型化するには、短い加速距離で必要な加速エネルギーが得られるよう、高周波電界を発生させる加速空胴内で、放電等を起こさずに出来るだけ高い電界強度を安定に実現させる必要がある。高電界を安定に維持できるかどうかは、加速空胴の内壁の表面が、どれだけ高い電界強度で放電せずに耐えられるかにかかっている。つまり、高電界の実現とその安定性が加速空胴に求められる。このためには、加速空胴の表面には、ほこり等の付着がなく化学的に清浄で、且つ均一な表面状態が要求される。しかしながら、加速空胴の構造は高電界加速化とそれに伴う小型化により形状がより複雑化し、従来の化学エッチング処理では必要な表面状態を得ることができなかった。
【0003】
加速器の小型化が進み、加速空胴が三次元的な複雑形状になると、化学エッチング処理の際の化学反応に伴う水素等のガスが、加速空胴の金属表面に付着して一種のマスクになり、化学エッチングの進行を妨げてしまう。したがって、同一条件でエッチングを繰り返してもエッチング量が毎回異なったものとなってしまう、加速空胴において高電界に達するまでの慣らし運転に数ヶ月を要する等の再現性や歩留まりにおける問題があった。また、金属表面での各位置におけるエッチング量のばらつきが大きい(エッチング量の均一性が良くない)という問題点もある。従来の浸漬法において、再現性や均一性を確保しようとして、エッチング液の攪拌や超音波処理を行ったとしても、必ずしも再現性、均一性は確保されず、汚れを均一にきれいに除去できない問題があった。図1に加速管の基本構造と断面図を示す。
【0004】
一方、特許文献1には、薬液検出センサーへの気泡の付着を防止する手段(薬液を加圧状態にして薬液中に含まれる気泡の堆積を減少させる構成など)を備える薬液供給装置が開示されている。しかしながら、特許文献1に開示される技術は、薬液供給装置における薬液容器内の薬液の有無を検出するための薬液検出センサーへの気泡の付着を防止することにより、安定した薬液連続供給を可能にするためのものであり、エッチングの対象となる金属表面への気泡の付着を防止することにより、金属表面に新たな特性を付与するためのものではなかった。特許文献1では、エッチング装置には、気泡の付着を防止する手段が備えられていない。
【特許文献1】特開平10−269937号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、加速空胴の新規なエッチング方法を提供することを主な課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、鋭意研究を重ねた結果、加圧条件下で加速空胴の内壁面をエッチングすることにより、より短時間で高電界に達成する加速空胴が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
即ち、本発明は、以下の事項に関する。
[項1]
(I)容器内のエッチング液に加速空胴を浸漬する工程、及び、
(II)該容器内を加圧した状態で、該加速空胴をエッチングする工程、
を包含する、加速空胴のエッチング方法。
[項2]
前記工程(II)において、前記容器内を1気圧より高く且つ200気圧以下に加圧した状態で、前記加速空胴をエッチングする、項1に記載の方法。
[項3]
前記工程(II)において、前記容器内を1気圧より高く且つ200気圧以下に加圧し且つ前記エッチング液の温度を50℃以下にした状態で、前記加速空胴をエッチングする、項1に記載の方法。
【0008】
本発明は、(I)容器内のエッチング液に加速空胴を浸漬する工程及び(II)該容器内を加圧した状態で、該加速空胴をエッチングする工程を包含する加速空胴のエッチング方法を提供する。
【0009】
前記工程(I)では、容器内のエッチング液に加速空胴を浸漬する。
【0010】
容器としては、エッチング処理に使用可能なあらゆる容器を用いることができる。例えば、ステンレス(SUS304、SUS316L)等の金属製の容器を好適に用いることができる。
【0011】
エッチング液としては、塩酸水溶液、硝酸水溶液、硫酸水溶液、塩酸と硝酸と硫酸の混合水溶液及び硫酸と過酸化水素水の混合水溶液等の酸性エッチング液、クロム酸又はその塩水溶液、ペルオキソニ硫酸塩(過硫酸アンモニウム)水溶液、アンモニア水等が挙げられる。特に好ましいエッチング液は、硫酸と過酸化水素水の混合水溶液である。硫酸と過酸化水素水の混合水溶液における硫酸の濃度と過酸化水素の濃度は、温度と処理時間を考慮し、適宜調製することができる。例えば、各々の特に好ましい濃度は、約0.1〜約10重量%程度である。また、硫酸と過酸化水素との重量比(硫酸:過酸化水素)は、通常5:1〜1:5程度、好ましくは3:1〜1:3程度である。硫酸と過酸化水素との重量比(硫酸/過酸化水素)が、5/1より大きくなると、エッチング速度が遅くなる。硫酸と過酸化水素との重量比(硫酸/過酸化水素)が、1/5より小さくなっても、エッチング速度が遅くなる。
【0012】
加速器は、前述の通り、荷電粒子(電子、陽子、軽イオン、重イオン、クラスターイオン等)を静電界や高周波電界により加速し、高エネルギーで打ち出す装置である。加速器は、例えば、医療診断およびガン治療、各種微量分析、核廃棄物消滅処理(核変換)、素粒子研究、機能性表面生成(表面改質)、半導体生成等の広範な分野で好適に使用することができる。図1に、一例として、加速器の断面概略図を示す。
【0013】
加速空胴(加速管とも呼ばれる)とは、加速器を構成する荷電粒子(電子、陽子、軽イオン、重イオン、クラスターイオン等)を加速するための空胴をいう。加速空胴の材質には、無酸素銅、ニオブ、アルミニウム等を常電導または超電導状態で用いることができる。
【0014】
前記工程(II)では、容器内を加圧した状態で、加速空胴をエッチングする。
【0015】
ここで、加速空胴をエッチングするときに容器内が加圧状態であれば足り、必ずしも工程(II)と同時に加圧する必要はない。つまり、工程(I)の前に加圧してもよいし、工程(I)において加圧してもよいし、工程(I)の後で工程(II)の前に加圧してもよいし、工程(II)において加圧してもよい。また、工程(I)から工程(II)にかけて加圧してもよい。加圧は、連続的であってもよいし、断続的であってもよい。
【0016】
加圧条件は、好ましくは1気圧より高く且つ約200気圧以下、より好ましくは1気圧より高く且つ約100気圧以下、さらに好ましくは1気圧より高く且つ約10気圧以下である。圧力が200気圧を超えると、容器が圧力に耐え切れなくなる場合がある。
【0017】
浸漬時間は、エッチング液の濃度、温度等に応じて適宜調整することができる。通常の浸漬時間は、約30分以下である。浸漬時間が30分を超えると、エッチング量が多くなり、表面が粗くなる場合がある。
【0018】
工程(II)は、エッチング液の温度を約50℃以下、好ましくは約25℃以下にした状態で実施されることが望ましい。このような範囲であれば、水素等のガスがエッチング液中に溶解しやすい。ここで、加速空胴をエッチングするときに容器内が約50℃以下、好ましくは約25℃以下であれば足り、必ずしも工程(II)と同時に冷却する必要はない。つまり、工程(I)の前に冷却してもよいし、工程(I)において冷却してもよいし、工程(I)の後で工程(II)の前に冷却してもよいし、工程(II)において冷却してもよい。また、工程(I)から工程(II)にかけて冷却してもよい。冷却は、連続的であってもよいし、断続的であってもよい。
【0019】
本発明の方法では、所望の効果が得られる限りにおいて、加速空胴の少なくとも一部(例えば、内壁表面、カソードプラグ、その他の電界が特に集中する領域(例えば、角又は隅)等、又は、その部分)をエッチングすれば足り、必ずしも加速空胴の全部をエッチングすることを要さない。すなわち、本書における「加速空胴」には、加速空胴の全部又は一部が含まれる。なお、加速空胴を構成する部品又はユニットは、脱着式であっても固定式であってもよい。
【0020】
工程(I)及び(II)を実施することにより、加圧空胴の表面を良好にエッチングすることができるが、工程(I)及び(II)に加えてエッチング液の循環、エッチング液の対流、超音波処理等を行なっても構わない。
【0021】
この加速空胴の処理には、通常、(3)エッチングの前後で次のような処理が施される:
(1)脱脂
(2)水洗
(3)エッチング
(4)純水洗
(5)超純水洗
(6)超純水洗
(7)乾燥
(8)真空引
(9)包装。
【0022】
なお、(6)以降の処理は、通常、クリーン度クラス100,000以下のクリーンルーム内で行なわれる。
【発明の効果】
【0023】
本発明により、加速空胴の新規なエッチング方法が提供された。
【0024】
本発明の方法によれば、容器内のエッチング液に加速空胴を浸漬し、該容器内を加圧した状態で該加速空胴をエッチングすることにより、エッチング時の化学反応に伴う水素等のガスをエッチング液中に溶解させやすくし、加速空胴の表面へのガスの付着を低減させることができる。加速空胴の表面へのガスの付着を低減させることにより、該表面にエッチング液を均一に接触させることができるため、該表面における酸化膜を均一に除去することができる。その結果、荷電粒子の高電界加速に好適な内壁表面を有する加速空胴を得ることができる。
【0025】
また、圧力は複雑形状の加速空胴でも均等にかかるので、均一なエッチングが可能である。そのため本発明の方法は、エッチング液の攪拌や超音波処理を用いた従来法よりもはるかに再現性が高い。
【0026】
本発明の方法により得られた加速器は、従来法により得られた加速空胴よりも顕著に高い電界強度に到達することができる。言い換えれば、本発明の方法により得られた加速空胴を用いれば、所望の電界強度に達するまでの慣らし運転に要する時間及びエネルギーを大幅に削減することができる。
【0027】
さらに、慣らし運転中に起きる空胴内の放電(RFブレークダウン)の累積回数を極度に低減できるため、慣らし運転終了後の加速空胴内壁面への放電痕によるダメージが少ない。
例えば、加速空胴内の角や隅は、通常、電界が集中しやすく、放電(RFブレークダウン)が起こりやすい領域である。本発明の方法によれば、従来法ではガスが付着しやすい角や隅においても、ガスの付着を低減させることができ、好適なエッチングが可能である。好適なエッチングが施された角や隅は丸みを帯び、電界が集中しにくくなるので、放電が起こりにくくなる。このように本発明の方法によれば、角や隅においても放電が起こりにくく、それゆえ内壁表面に放電痕を生じにくい優れた加速空胴を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明の実施例を示す。かかる実施例は、本発明をより容易に理解するための単なる説明であって、本発明を限定するものではない。
【実施例】
【0029】
[実施例1〜7及び比較例1〜4]
カソードプラグ(材質:無酸素銅)及び無酸素銅試験片を用いて、以下の表1に示す1〜9の工程を行なった。なお、カソードプラグと同条件で処理した無酸素銅試験片は、気泡消失の確認、エッチング量の確認及び表面粗度の測定に用いた。
【0030】
【表1】

【0031】
無酸素銅試験片のエッチング量が0.3μmになるように、エッチング液温度(表1の※1)に応じて、浸漬時間(表1の※2)を調整した。そのときのエッチング液温度と浸漬時間を以下の表2に示す。
【0032】
【表2】

【0033】
無酸素銅試験片のエッチング後の平均表面粗度(Ra)が0.2〜0.3μmであったカソードプラグを後述の評価(最終的に到達した電界強度及びその電界に達するまでに要した慣らし運転時間の測定)に使用した。なお、平均表面粗度(Ra)は、Mitutoyo社製の表面粗度計サーフテストSJ−301で測定した。
【0034】
また、後述の評価には、HIP処理したカソードプラグとHIP未処理のカソードプラグを使用した。なお、HIP処理とは、カソードプラグを約10時間アルゴンガス中で同時昇温昇圧型処理し、約10時間の中で2時間は1200Kgf/cmに加圧及び800℃に加熱保持して処理を行い、無酸素銅の粒界の隙間をなくす処理のことをいう。
【0035】
評価
2002年から2005年にかけて電界強度を135mV/mまで印加可能に慣らし運転を進めていたカソード脱着式の加速空胴を用いた。この加速空胴の脱着可能なカソードプラグを実施例1〜7及び比較例1〜4のカソードプラグに入れ換えて、最終的に到達した電界強度及びその電界に達するまでに要した慣らし運転時間を測定した。
【0036】
結果
表3にHIP処理カソードプラグを用いた場合の結果を示す。なお、比較例2については、4回測定を行なった。
【0037】
【表3】

【0038】
表4にHIP未処理カソードプラグを用いた場合の結果を示す。なお、比較例4については3回測定を行なった。
【0039】
【表4】

【0040】
容器内を加圧した状態でエッチングされたカソードプラグ(実施例1〜7)について最終的に到達した電界強度を測定した結果、HIP処理カソードプラグ及びHIP未処理カソードプラグともに、短時間で、予め空胴自身が到達していた135MV/mを明らかに超える高電界強度に到達していた。また、エッチング量や平均表面粗度(Ra)が同じ状態であっても加圧した状態の方が、短時間で、高電界強度に到達していた。電界強度が高ければ高い程、カソードプラグの表面がきれいで(放電痕等による表面へのダメージが少なく)、加速空胴が高電界に耐える理想的な表面状態が得られていると言える。
【0041】
一方、容器内を加圧していない状態でエッチングされたカソードプラグ(比較例1及び3)について最終的に到達した電界強度を測定した結果、HIP処理カソードプラグ及びHIP未処理カソードプラグともに、予め空胴自身が到達していた135MV/mとほとんど変わらない電界強度までしか到達していなかった。また、エッチング処理していないカソードプラグ(比較例2及び4)では、135MV/mとほとんど変わらない又はそれ未満の電界強度までしか到達していなかった。
【0042】
さらに、容器内を加圧した状態でエッチングされたカソードプラグ(実施例1〜7)、及び、容器内を加圧していない状態でエッチングされたカソードプラグ(比較例1及び3)又はエッチング処理していないカソードプラグ(比較例2及び4)について、慣らし運転終了後の加速空胴内壁面上での放電痕によるダメージを(株)キーエンスのバイオレットレーザ顕微鏡により観察した。
【0043】
その結果、実施例1〜7のカソードプラグを用いた場合、比較例1〜4のカソードプラグを用いた場合と比べて、放電痕によるダメージが少ないことが確認された。加速空胴内壁の一部を電子発生のためのフォトカソードとして用いるRF電子銃空胴等では、放電痕によるダメージの程度が電子ビームの品質を大きく決定する。それゆえRF電子銃空胴等には、加速空胴内壁面上での放電痕によるダメージをほとんど起こさない本発明の方法が非常に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】図1は、代表的な加速空胴(加速管)を備える加速器用ユニットの断面概略図である。
【図2】図2は、実施例で用いた加圧容器の断面概略図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(I)容器内のエッチング液に加速空胴を浸漬する工程、及び、
(II)該容器内を加圧した状態で、該加速空胴をエッチングする工程、
を包含する、加速空胴のエッチング方法。
【請求項2】
前記工程(II)において、前記容器内を1気圧より高く且つ200気圧以下に加圧した状態で、前記加速空胴をエッチングする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程(II)において、前記容器内を1気圧より高く且つ200気圧以下に加圧し且つ前記エッチング液の温度を50℃以下にした状態で、前記加速空胴をエッチングする、請求項1に記載の方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−243671(P2008−243671A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−84245(P2007−84245)
【出願日】平成19年3月28日(2007.3.28)
【出願人】(599112582)財団法人高輝度光科学研究センター (35)
【出願人】(000135265)株式会社ネオス (95)
【Fターム(参考)】