説明

動力伝達機構の試験装置

【課題】内燃機関のトルクを高い精度で再現することで、実機の内燃機関を用いることなく、動力伝達機構の試験を高精度に行うこと。
【解決手段】動力伝達機構5の試験装置4であって、動力伝達機構5に接続されるモーター2と、実機の内燃機関の図示トルクを算出するシミュレーター3と、図示トルクに基づいて、モーター2の出力を制御するモーター制御手段6と、を備える。モーター2の駆動により実機の内燃機関のトルクを高精度に再現することができるため、実機のエンジンを使用した場合と同等の精度で動力伝達機構5の耐久試験、騒音試験等を行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、動力伝達機構の試験装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば特開平6−307986号公報には、被試験機の種類に応じた脈動トルクの振幅及び波形を設定し、これに対応したトルク脈動を発生させることで、電動駆動部(モーター)によりパワートレーンを駆動し、試験、評価を行う方法が開示されている。
【0003】
【特許文献1】特開平6−307986号公報
【特許文献2】特開2004−12340号公報
【特許文献3】特開平10−281942号公報
【特許文献4】特開2002−48683号公報
【特許文献5】特開平11−353007号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、エンジンが発生するトルクは、空気量、燃焼などが複雑に影響して発生するものであり、エンジンの種類に応じた脈動トルクの振幅や周波数を決めるためには、膨大な計測を行い、非常に複雑なマップ等を用意する必要がある。従って、モーターの駆動により実機のエンジンのトルクを再現することは非常に手間がかかり、困難である。
【0005】
また、振幅、周波数などを決めて実機のエンジンのトルク変動を再現する方法では、再現したトルクと実際の燃焼圧により定まるトルク変動とが一致しないため、再現したトルクによりパワートレーンの騒音試験、耐久試験などを精度良く行うことは困難である。
【0006】
この発明は、上述のような問題を解決するためになされたものであり、内燃機関のトルクを高い精度で再現することで、実機の内燃機関を用いることなく、動力伝達機構の試験を高精度に行うことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1の発明は、上記の目的を達成するため、
動力伝達機構の試験装置であって、
前記動力伝達機構に接続されるモーターと、
実機の内燃機関の図示トルクを算出するシミュレーターと、
前記図示トルクに基づいて、前記モーターの出力を制御する制御手段と、
を備えたことを特徴とする。
【0008】
第2の発明は、第1の発明において、
前記シミュレーターは、
内燃機関のガス流及び燃焼状態を表す特性値と図示トルクとの関係を規定したトルク推定モデルを取得するモデル取得手段と、
クランク角度θに対する筒内の発熱量Qの変化率である熱発生率dQ/dθに寄与するパラメータを、運転条件に応じて取得するパラメータ取得手段と、
前記パラメータを用いて、所望の運転条件下における熱発生率dQ/dθを演算する熱発生率演算手段と、
前記熱発生率dQ/dθを用いて、前記トルク推定モデルから前記図示トルクを推定する図示トルク推定手段と、
を有することを特徴とする。
【0009】
第3の発明は、第2の発明において、
前記パラメータ取得手段は、前記運転条件と前記パラメータとの関係を規定したマップ又は近似式を用いて、前記パラメータを取得することを特徴とする。
【0010】
第4の発明は、第3の発明において、
前記熱発生率演算手段は、
複数の前記パラメータを含む関数であって、前記パラメータにより実際の熱発生率の特性を近似した関数を用いて前記熱発生率dQ/dθを演算することを特徴とする。
【0011】
第5の発明は、第4の発明において、
前記シミュレーターは、
実機の内燃機関の筒内圧の実測値に基づいて、所定の運転条件毎に前記実際の熱発生率を取得する手段と、
前記所定の運転条件毎に、前記実際の熱発生率と前記関数の値が一致するように前記パラメータの値を決定し、前記運転条件と前記パラメータとの関係を規定した前記マップ又は前記近似式を作成するマップ作成手段と、
を更に有することを特徴とする。
【0012】
第6の発明は、第4又は第5の発明において、
前記関数はWiebe関数であり、前記複数のパラメータは、形状パラメータm、効率パラメータk、燃焼期間θp及び熱発生開始点ズレ量θbを含むことを特徴とする。
【0013】
第7の発明は、第2〜第6の発明のいずれかにおいて、
前記図示トルク推定手段は、
前記トルク推定モデルを用いて筒内圧を推定し、推定した筒内圧に基づいて前記図示トルクを推定することを特徴とする。
【0014】
第8の発明は、第2〜第7の発明のいずれかにおいて、
前記トルク推定モデルは、吸気流演算モデル、排気流演算モデル、及び熱発生演算モデルを含み、
前記図示トルク推定手段は、前記熱発生率dQ/dθを前記熱発生演算モデルへ導入することで、前記図示トルクを推定することを特徴とする。
【0015】
第9の発明は、第8の発明において、
前記トルク推定モデルは、内燃機関のガス経路における容量要素と流れ要素を交互に結合して構成され、前記容量要素はエネルギー保存則、質量保存則、及び気体の状態方程式によってモデル化され、前記流れ要素は非圧縮性流体のノズルの式によってモデル化されることを特徴とする。
【0016】
第10の発明は、第2〜第9の発明のいずれかにおいて、
前記シミュレーターは、
内燃機関のフリクショントルクを推定する手段と、
前記図示トルクと前記フリクショントルクとの差分から駆動軸に出力される実トルクを算出する手段と、
を更に有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
第1の発明によれば、シミュレーターにより実機の内燃機関の図示トルクを算出し、算出した図示トルクに基づいてモーターの出力を制御するため、モーターの駆動により実機の内燃機関のトルクを高精度に再現することができる。従って、モーターにより動力伝達機構を駆動することで、実機のエンジンを使用した場合と同等の精度で動力伝達機構の耐久試験、騒音試験等を行うことができる。
【0018】
第2の発明によれば、熱発生率dQ/dθに寄与するパラメータを運転条件に応じて取得することができ、運転条件に応じた熱発生率dQ/dθを演算することができる。従って、熱発生率dQ/dθに基づいて内燃機関の図示トルクを精度良く推定することが可能となる。
【0019】
第3の発明によれば、運転条件とパラメータとの関係を規定したマップ又は近似式を用いてパラメータを取得するため、個々の条件毎にパラメータを算出する必要がなく、計測工数及び演算処理量を低減することが可能となる。
【0020】
第4の発明によれば、実際の熱発生率の特性を近似した関数を用いて熱発生率dQ/dθを演算するため、近似した関数により熱発生率dQ/dθを精度良く演算することができる。
【0021】
第5の発明によれば、筒内圧の実測値に基づいて所定の運転条件毎に実際の熱発生率を取得し、所定の運転条件毎に、実際の熱発生率と前記関数の値が一致するようにパラメータの値を決定するため、マップ又は近似式を作成する際の計測工数を低減することが可能となる。また、定常試験では計測が不可能な条件に対してもマップ又は近似式を作成することが可能となるため、トルクの推定精度を向上することができる。
【0022】
第6の発明によれば、関数をWiebe関数とし、複数のパラメータとして形状パラメータm、効率パラメータk、燃焼期間θp及び熱発生開始点ズレ量θbを用いるため、これらのパラメータによりWiebe関数を実際の熱発生率に精度良く近似することが可能となる。
【0023】
第7の発明によれば、筒内圧と図示トルクは相関があるため、トルク推定モデルを用いて推定した筒内圧に基づいて、図示トルクを推定することができる。
【0024】
第8の発明によれば、熱発生率dQ/dθに基づいて燃焼によるエネルギーが得られるため、熱発生率dQ/dθを熱発生演算モデルへ導入することで、図示トルクを算出することができる。
【0025】
第9の発明によれば、エネルギー保存則、質量保存則、及び気体の状態方程式によってモデル化された容量要素と、非圧縮性流体のノズルの式によってモデル化された流れ要素とを交互に結合することで、トルク推定モデルをモデル化することができる。
【0026】
第10の発明によれば、内燃機関のフリクショントルクを推定するため、図示トルクとフリクショントルクとの差分から駆動軸に出力される実トルクを算出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、図面に基づいてこの発明の一実施形態について説明する。尚、各図において共通する要素には、同一の符号を付して重複する説明を省略する。なお、以下の実施の形態によりこの発明が限定されるものではない。
【0028】
[システムの構成]
図1は、本発明の一実施形態に係るパワートレーン試験システム1の構成を示す模式図である。図1に示すように、本実施形態のシステム1は、モーター2、及びシミュレーター3を備えた仮想エンジン(試験装置)4を備えている。仮想エンジン4には、トランスミッション、ディファレンシャルギヤなどの動力伝達機構5が接続されている。
【0029】
仮想エンジン4は、モーター2から実機のエンジンと同じトルクを発生させるものであり、実際のエンジンのトルク変動を出力可能な性能を有している。このため、パワートレーン試験システム1によれば、仮想エンジン4によって動力伝達機構5を駆動することで、動力伝達機構5の試験(耐久試験、騒音試験等)を行うことができる。従って、試験の際に実機のエンジンを用意する必要がなく、動力伝達機構5の試験を行うことができる。
【0030】
仮想エンジン4のシミュレーター3は、モーター2に対してのトルク指令値を決定するエンジンモデルである。仮想エンジン4は、決定されたトルク指令値に基づいて、モーター2の駆動電流を決定する電気的な回路部分(モーター制御手段6)を含んでいる。モーター制御手段6は、トルク指令値に基づいてモーター2を駆動する電流を決定することで、実機のエンジンと同様の駆動力が出力されるようにモーター2を制御することができる。
【0031】
このため、シミュレーター3は、後述するように、実機のエンジンの図示トルクを算出する機能を有している。シミュレーター3にはECU(Electronic Control Unit)7が接続されている。ECU7は、後述する実機の内燃機関10のECU40に対応するものであり、スロットル開度などの運転者による操作情報の入力を受けて、機関回転数、負荷率、点火時期、バルブタイミング(VVT)、雰囲気条件(温度、大気圧)などの運転条件を出力する。なお、ECU7を用いることなく、これらの運転条件を直接シミュレーター3に入力しても良い。シミュレーター3は、ECU7から送られた運転条件に基づいて、実機のエンジンの図示トルクを算出する。そして、モーター制御手段6は、シミュレーター3で算出された図示トルクをトルク指令値として、モーター2への入力(電圧値、電流値)を制御する。
【0032】
このような手法によれば、シミュレーター3によりエンジンのトルク波形を忠実に再現することができるため、実際のエンジンを使用した場合と同等の精度で動力伝達機構5の耐久試験、騒音試験を行うことができる。従って、試験の際に実機のエンジンを用意する必要がなく、簡素な構成で実機を用いた場合と同等の精度で試験を行うことが可能となる。これにより、作業の効率化を図ることができる。
【0033】
図1に示すように、動力伝達機構5には動力計8が接続されている。動力計8はモーターの駆動力によって駆動され、動力伝達機構5に対して駆動輪からの走行抵抗に相当する負荷を与えるものである。従って、例えば動力伝達機構5の耐久試験を行う際には、動力計8から動力伝達機構5に負荷を与えることにより、走行抵抗を加味した上で試験を行うことができる。
【0034】
[内燃機関システムの構成]
図2は、シミュレーター4によってトルクが推定される内燃機関システムの構成の一例を示す模式図である。図2のシステムは内燃機関10を備えている。内燃機関10には吸気通路12および排気通路14が連通している。吸気通路12は、上流側の端部にエアフィルタ16を備えている。エアフィルタ16には、吸気温THA(すなわち外気温)を検出する吸気温センサ18が組みつけられている。
【0035】
エアフィルタ16の下流には、エアフロメータ20が配置されている。エアフロメータ20の下流には、スロットルバルブ22が設けられている。スロットルバルブ22の近傍には、スロットル開度TAを検出するスロットルセンサ24と、スロットルバルブ22が全閉となることでオンとなるアイドルスイッチ26とが配置されている。
【0036】
スロットルバルブ22の下流には、サージタンク28が設けられている。サージタンク26は、インテークマニホールド内に設けられている。サージタンク28の近傍には、吸気通路12の圧力(吸気管圧力)を検出する吸気管圧センサ29が設けられている。また、サージタンク28の更に下流には、内燃機関10の吸気ポートに燃料を噴射するための燃料噴射弁30が配置されている。
【0037】
内燃機関10は、吸気弁46および排気弁48を備えている。吸気弁46には、吸気弁46のリフト量、及び/又は作用角を可変するための可変動弁機構(VVT; Variable Valve Timing)50が接続されている。また、燃焼室内に噴霧された燃料に点火するため、内燃機関10の筒内には点火プラグが設けられている。更に、筒内には、その内部を往復運動するピストン34が設けられている。また、内燃機関10には、冷却水温を検出する水温センサ42が取り付けられている。
【0038】
ピストン34には、その往復運動によって回転駆動されるクランクシャフト36が連結されている。車両駆動系と補機類(エアコンのコンプレッサ、オルタネータ、トルクコンバータ、パワーステアリングのポンプ等)は、このクランクシャフト36の回転トルクによって駆動される。クランクシャフト36の近傍には、クランクシャフト36の回転角を検出するためのクランク角センサ38が取り付けられている。また、内燃機関10には、筒内の圧力(筒内圧)を検出するための筒内圧センサ44が設けられている。
【0039】
排気通路14には排気浄化触媒32が配置されている。排気浄化触媒32と内燃機関10の間において、排気通路14はエキゾーストマニホールド内に設けられている。
【0040】
図2に示すように、本実施形態の制御装置はECU(Electronic Control Unit)40を備えている。ECU40には、上述した各種センサに加え、ノッキングの発生を検知するKCSセンサや、車速、機関回転数、排気温度、潤滑油温度、触媒床温度などを検出するための各種センサ(不図示)が接続されている。また、ECU40には、上述した燃料噴射弁30、可変動弁機構50などの各アクチュエータが接続されている。
【0041】
[トルク推定モデルの構成]
本実施形態では、クランクシャフト36の出力(トルク)をトルク推定モデルから算出する。図3は、本実施形態に係るトルク推定モデルの構成の主要部を示す模式図である。図3に示すように、トルク推定モデルは、スロットルモデル62、インテークマニホールドモデル64、吸気弁モデル66、シリンダーモデル(熱発生モデル)68、排気弁モデル70、エキゾーストマニホールドモデル72、を有して構成されている。
【0042】
各モデルは、容量要素と流れ要素に分類することができる。図3において、インテークマニホールドモデル64、シリンダーモデル68、エキゾーストマニホールド72は容量要素である。一方、スロットルモデル62、吸気弁モデル66、排気弁モデル70は流れ要素である。
【0043】
容量要素では、容量に出入りするガスの質量流量が保存され、また、エネルギーの収支が保存される。また、容量要素では、気体の状態方程式が成立する。一方、流れ要素では流量長が短いため容量は考慮しておらず、流れ要素では、圧縮性流体の式より流量が計算される。図3に示すモデルは、容量要素と流れ要素を交互に接続して構成したものである。以下、各モデルを表す物理式について各モデル毎に説明する。
【0044】
(スロットルモデル)
スロットバルブ22を流れる吸入空気の質量流量m1の時間微分値dm1/dtは、一般的な圧縮性流体の式より、以下の(1)式、(1)’式から算出できる。(1)式、(1)’式において、Athはスロットルバルブ22の有効開度、P0はスロットルバルブ22の上流のガス圧力(大気圧)、P1はスロットルバルブ22の下流のインテークマニホールド内のガス圧力、ρ0はスロットルバルブ22の上流の空気の密度である。また、κは比熱比である。
【0045】
また、スロットルバルブ22を流れるガスが持つエンタルピーe1の時間微分値de1/dtは、以下の(2)式から算出することができる。(2)式において、ν1はスロットルバルブ22の上流のガスの自由度(比熱比と相関あり)であり、ここでは一定値とする。なお、ν1はガスの組成や温度などにより計算しても良い。
【0046】
【数1】

【0047】
以上のように、スロットルモデル62によれば、スロットルバルブ22の前後のガス圧力P0,P1、質量流量m1の時間微分値dm1/dt、エンタルピーe1の時間微分値de1/dtの関係を数式により規定することができる。
【0048】
なお、上述した(1)式、(2)式は、1サイクルの期間で特性値を時間微分して得られた式である。以下に説明する各式も同様であり、1サイクルの期間で特性値を時間微分して得られたものである。
【0049】
(インテークマニホールドモデル(サージタンクモデル))
インテークマニホールドモデル64では、上流を流れるガスの質量流量m1の時間微分値dm1/dt、エンタルピーe1の時間微分値de1/dtと、下流を流れるガスの質量流量m2の時間微分値dm2/dt、エンタルピーe2の時間微分値de2/dtに基づいて、インテークマニホールド内部のガスの質量M1、圧力P1、温度T1、体積V1を計算する数式を構築する。すなわち、インテークマニホールドモデル64では、以下の(3)式、(4)式、(5)式の関係が成立する。ここで、(3)式は質量保存則、(4)式はエネルギー保存則、(5)式は気体の状態方程式である。(4)式において、R1は、インテークマニホールド内部のガスのガス定数(ここでは一定値とする)である。
【0050】
【数2】

【0051】
以上のように、インテークマニホールドモデル64によれば、インテークマニホールド内部のガスの質量M1、圧力P1、温度T1、体積V1、インテークマニホールドの前後の質量流量の時間微分値dm1/dt,dm2/dt、エンタルピーの時間微分値de1/dt,de2/dtの関係を数式により規定することができる。
【0052】
(吸気弁モデル)
吸気弁モデル66は、スロットルモデル62と同様に一般的な圧縮性流体の式で表すことができ、吸気弁46を流れる吸入空気の質量流量m2の時間微分値dm2/dtは、以下の(6)式、(6)’式から算出できる。(6)式、(6)’式において、Ainvは吸気弁46の有効開度、P1は吸気弁46の上流のインテークマニホールド内のガス圧力、Pcylは吸気弁46の下流のガス圧力(筒内圧力)、ρ1は吸気弁46の上流の空気の密度である。また、κは比熱比である。
【0053】
また、吸気弁46を流れるガスが持つエンタルピーe2の時間微分値de2/dtは、以下の(7)式から算出することができる。(7)式において、ν2は吸気弁上流のガスの自由度(比熱比と相関あり)であり、ここでは一定値とする。なお、ν2はガスの組成や温度などにより計算しても良い。
【0054】
【数3】

【0055】
以上のように、吸気弁モデル66によれば、吸気弁46の前後の圧力P1,Pcyl、吸気弁46を流れるガスの質量流量m2の時間微分値dm2/dt、エンタルピーe2の時間微分値de2/dtの関係を数式により規定することができる。
【0056】
(排気弁モデル)
排気弁モデル70も一般的な圧縮性流体の式で表すことができ、排気弁48を流れる排出ガスの質量流量m3の時間微分値dm3/dtは、以下の(8)式、(8)’式から算出できる。(8)式、(8)’において、Aexvは排気弁48の有効開度、Pcylは排気弁48の上流のガス圧力(筒内圧力)、P3は排気弁下流のエキゾーストマニホールド内の圧力、ρ3は排気弁48の上流の筒内ガスの密度である。また、κは比熱比である。
【0057】
また、排気弁48を流れるガスが持つエンタルピーe3の時間微分値de3/dtは、以下の(9)式から算出することができる。(9)式において、ν3は排気弁上流の筒内ガスの自由度(比熱比と相関あり)であり、ここでは一定値とする。なお、ν3はガスの組成や温度などにより計算しても良い。
【0058】
【数4】

【0059】
以上のように、排気弁モデル70によれば、排気弁48の前後の圧力Pcyl,P3、排気弁48を流れるガスの質量流量m3の時間微分値dm3/dt、および排気弁48を流れるガスのエンタルピーe3の時間微分値de3/dtの関係を数式により規定することができる。
【0060】
(エキゾーストマニホールドモデル)
エキゾーストマニホールド72は、インテークマニホールドモデル64と同様に表すことができる。エキゾーストマニホールドでは、上流を流れるガスの質量流量m3の時間微分値dm3/dt、エンタルピーe3の時間微分値de3/dtと、下流を流れるガスの質量流量m4の時間微分値dm4/dt、エンタルピーe4の時間微分値de4/dtに基づいて、エキゾーストマニホールド内部のガスの質量M3、圧力P3、温度T3、体積V3を計算する数式を構築する。すなわち、エキゾーストマニホールド72では、以下の(10)式、(11)式、(12)式の関係が成立する。ここで、(10)式は質量保存則、(11)式はエネルギー保存則、(12)式は気体の状態方程式を示している。(12)式において、R3は、エキゾーストマニホールド内部のガスのガス定数(ここでは一定値とする)である。
【0061】
【数5】

【0062】
以上のように、エキゾーストマニホールド72によれば、エキゾーストマニホールド内部のガスの質量M3、圧力P3、温度T3、体積V3と、エキゾーストマニホールドの前後の質量流量の時間微分値dm3/dt,dm4/dt、エンタルピーde3/dt,de4/dtの関係を数式により規定することができる。
【0063】
(シリンダーモデル(熱発生モデル))
シリンダーモデル68はインテークマニホールドモデル64等と同様の容量要素であるが、シリンダー内では混合気の燃焼が行われるため、燃焼による熱量eqfと、外部への仕事Wcrankをエネルギー収支に考慮している点で他の容量要素と相違する。
【0064】
シリンダーモデル68では、シリンダーへ流入するガス(吸気弁46を流れるガス)の質量流量m2の時間微分値dm2/dt、エンタルピーe2の時間微分値de2/dtと、シリンダーから排出されるガス(下流の排気弁48を流れるガス)の質量流量m3の時間微分値dm3/dt、エンタルピーe3の時間微分値de3/dtに基づいて、シリンダー内(筒内)のガスの質量Mcyl、圧力Pcyl、温度Tcyl、体積Vcylを計算する数式を構築する。すなわち、シリンダーモデル68では、以下の(13)式、(14)式、(15)式の関係が成立する。ここで、(13)式はエネルギー保存則、(14)式は気体の状態方程式、(15)式は質量保存則を示している。(14)式において、Rcylはインテークマニホールド内部のガスのガス定数(ここでは一定値とする)である。
【0065】
【数6】

【0066】
(13)式において、eqfは燃焼により発生する熱量であり、deqf/dtは燃焼により発生する熱量を1サイクルの期間で時間微分した値を示している。また、Wcrankはクランクシャフト36が外部にする仕事であり、dWcrank/dtはクランクシャフト36が外部にする仕事を1サイクルの期間で時間微分した値を示している。(13)式で表されるように、1サイクルの期間では、流入ガスのエンタルピーe2、排出ガスのエンタルピーe3、燃焼により発生する熱量eqf、およびクランクシャフトが外部にする仕事Wcrankのエネルギー収支が0となる。
【0067】
以上のように、シリンダーモデル68によれば、シリンダー内(筒内)のガスの質量Mcyl、圧力Pcyl、温度Tcyl、体積Vcyl、シリンダーの前後の質量流量の時間微分値dm2/dt,dm3/dt、エンタルピーの時間微分値de2/dt,de3/dtの関係を数式により規定することができる。
【0068】
以上のように構築された本実施形態のトルク推定モデルによれば、各モデルの物理式を並列的に演算処理することで、各モデルにおいて、ガスの質量M、圧力P、温度T、体積V、質量流量m、エンタルピーe等の特性値を逐次求めることが可能となり、筒内圧Pcylを算出することができる。なお、各モデルにおいて、ガスの質量M、圧力P、温度T、体積Vの初期値については、必要に応じて、センサによる検出、又は容量要素の設計値等から予め取得することが好適である。
【0069】
この際、(13)式は燃焼によるエネルギーを含むため、燃焼による熱量eqfを別途算出する必要がある。このため、本実施形態では、熱発生に関するWiebe関数(以下の(16)式)を用いて、(13)式におけるdeqf/dtを算出するようにしている。(16)式によれば、微小クランク角毎の熱発生率dQ/dθを算出することができる。ここで、(16)式のQは燃焼により発生する熱量であり、(13)式のeqfと同じ特性値を表している。すなわち、eqf=Qの関係が成立する。
【0070】
また、(17)式は、熱発生率dQ/dθと熱発生量eqfの時間微分値eqf/dtとの関係を表している。ここで、dθ/dtは微小時間毎のクランク角の変化量であるため、クランク角センサ38の検出値(機関回転数)から求めることができる。従って、(13)式のdeqf/dtは、(16)式、(17)式から算出することができる。
【0071】
【数7】

【0072】
また、クランクシャフト36の仕事量Wcrank、筒内圧Pcyl、クランクシャフト36の図示トルクTcrankの間には、以下の(18)式〜(20)式の関係が成立する。(18)式〜(20)式において、筒内容積Vおよびその変化率dV/dθは、クランク角θに応じて幾何学的に決定される値である。従って、(18)式〜(20)式についても上記各式と並列的に演算処理を行うことで、(13)式から得られる仕事量Wcrankに基づいて、(18)式から筒内圧Pcylを算出することができる。そして、筒内圧Pcylに基づいて、(20)式からクランクシャフト36の図示トルクTcrankを算出することができる。
【0073】
【数8】

【0074】
以上のように、本実施形態のトルク推定モデルによれば、サイクル毎に上記各モデルを構成する数式を並列的に演算処理することで、クランクシャフト36の図示トルクTcrankを逐次算出することができる。
【0075】
なお、エキゾーストマニホールドモデル72の下流に触媒モデルなどのモデルを更に構築しても良い。また、ターボチャージャーなどの過給機を備えたシステムにおいては、過給機モデルを構築することが好適である。
【0076】
図示トルクTcrankは、筒内圧Pcylに基づいて算出された値であり、内燃機関10のフリクショントルクの影響は考慮されていないため、クランクシャフト36から実際に出力されるトルク(実トルク)を求めるためには、フリクショントルクを推定して、図示トルクからフリクショントルクを減算することが好適である。すなわち、実トルクと図示トルクの間には以下の関係式が成立する。
実トルク=(図示トルクTcrank)−(フリクショントルク)
【0077】
フリクショントルクは機関回転数、冷却水温などのパラメータと相関があるため、フリクショントルクとこれらのパラメ−タの関係を予め取得してマップを作成しておくことで、このマップに基づいてフリクショントルクを算出することができる。
【0078】
[Wiebe関数による熱発生率の算出方法]
次に、Wiebe関数((16)式)を用いて熱発生率dQ/dθを算出する方法について説明する。図4は、クランク角[CA]と熱発生率dQ/dθとの関係を示す特性図である。上述のように、熱発生率dQ/dθは微小クランク角毎の熱発生量を表しており、図4では、実機データに基づいて得られた熱発生率(図4中に実線で示す)と、Wiebe関数から得られた熱発生率(図4中に破線で示す)を共に示している。Wiebe関数によれば、実機データの熱発生率を精度良く近似することができる。
【0079】
図4において、θは点火が行われるクランク角を示している。熱発生率dQ/dθは、θのクランク角位置で点火が行われた後、筒内での燃焼の進行に伴って増加し、ピークに達した後、減少する。
【0080】
(16)式で示されるWiebe関数には、熱入力Qfuelが与えられる。ここで、熱入力Qfuelは、筒内に供給された燃料の持つ熱量に相当する。よって、熱入力Qfuelの値は、筒内に供給された燃料量に、その燃料の低位発熱量を乗じた値に相当する。なお、低位発熱量は、真発熱量とも呼ばれる物性値である。低位発熱量とは、単位量の燃料が完全燃焼したときに発生する熱量から、燃料中に含まれる水分および燃焼によって生じる水分を蒸発させるのに必要な熱量(潜熱)を差し引いた残りの熱量を意味する。熱入力Qfuelの値は、具体的には、燃料噴射弁30からの燃料噴射量に基づいて算出することができる。あるいは、空燃比A/Fおよび筒内空気量(負荷率KL)から熱入力Qfuelを算出することもできる。
【0081】
(16)式に示されるように、Wiebe関数は、複数のパラメータm,k,θp,θbを含んでいる。図4に示すように、これらのパラメータは、Wiebe関数の形状を調整する機能を有している。従って、Wiebe関数に実機データと同様の熱入力Qfuelが与えられ、これらのパラメータが適切な値に設定されると、Wiebe関数により図4中に実線で示す実機データの特性を近似することができる。これにより、実機データをその都度取得することなく、任意のクランク角における熱発生率dQ/dθをWiebe関数から逐次算出することが可能となる。
【0082】
各パラメータm,k,θp,θbの値は運転条件に応じて決定され、これによりWiebe関数の特性が実機データに近似される。以下、各パラメータm,k,θp,θbを適合する方法について説明する。
【0083】
(形状パラメータm)
mは形状パラメータであって、熱発生率dQ/dθのピークの位置を調整する機能を有している。(16)式において、mの値が大きくなるほどピークの位置はクランク角の遅角側(図4の右側)へ変化する。従って、パラメータmの値を適合することで、熱発生率のピークの位置を実機データに適合することができる。
【0084】
図5は、パラメータmを求める際に用いるマップを示している。図5に示すように、パラメータmは点火時期SA[BTDC]に基づいて決定され、点火時期SA[BTDC]が大きくなるほど形状パラメータmの値は小さくなる。図5のマップによれば、点火時期SA[BTDC]に基づいて最適な形状パラメータmの値を求めることができる。なお、点火時期以外のパラメータ、例えば空燃比A/F、機関回転数NE、負荷率KL、バルブタイミングVTなどを更に加えて、多次元マップからパラメータmを算出するようにしても良い。
【0085】
(効率k)
パラメータkは、効率を表している。(16)式から判るように、本実施形態では、効率kなるパラメータを乗じて、熱発生率dQ/dθを算出することとしている。Wiebe関数を内燃機関10での燃焼に適用する場合には、一般に、筒内に供給された燃料が持つ熱量が熱入力Qfuelに相当すると考えられている。しかしながら、内燃機関10における実際の燃焼では、冷却損失や燃料の燃え残り等に起因して、何らかの熱損失を伴うのが普通である。すなわち、実際には、燃料が持つ熱入力Qfuelの全部が発熱量Qに変換されることはなく、その変換効率は100%ではない。本実施形態では、このことをWiebe関数モデルに反映させるため、効率kを導入することとした。すなわち、効率kは、燃料が持つ熱量である熱入力Qfuelが発熱量Qに変換される効率としての物理的意味を有している。よって、効率kは、0<k<1の範囲の値を示す数である。
【0086】
効率kを導入しない場合には、Wiebe関数モデルにより算出される熱発生率dQ/dθのピーク値は、実機データのピーク値より大きくなり易い。これは、実機における熱損失が反映されないことが原因であると考えられる。本実施形態では、効率kを導入することにより、Wiebe関数モデルにより算出される熱発生率dQ/dθのピーク値を、実機データのピーク値にほぼ等しく揃えることができる。従って、効率kを導入することで、筒内の熱発生を更に良い精度でシミュレートすることが可能となる。
【0087】
図6は、効率kを求める際に用いるマップを示している。図6に示すように、効率kも主として点火時期SA[BTDC]に応じて変化し、点火時期SA[SA]が大きくなるほど効率kの値は小さくなる。図6のマップによれば、点火時期SA[BTDC]に基づいて最適な効率パラメータkの値を求めることができる。なお、点火時期以外のパラメータ、例えば空燃比A/F、機関回転数NE、負荷率KL、バルブタイミングVTなどを更に加えて、多次元マップから効率パラメータkを算出するようにしても良い。
【0088】
なお、(13)式のエネルギー保存則に熱損失を見積もる項を入れることもできるが、(16)式で効率kを考慮しているため、熱損失の項を不要とすることができる。
【0089】
(燃焼期間θp)
パラメータθpは、燃焼による熱の発生が継続する期間をクランク角度で表したものとしての物理的意味を有する。従って、燃焼期間θpが大きくなると、熱発生率dQ/dθが0から立ち上がった後、再び0に戻るまでのクランク角幅が大きくなる。
【0090】
図7は、燃焼期間θpを求める際に用いるマップを示している。図7に示すように、燃焼期間θpは、点火時期SA[BTDC]と、機関回転数NEとに基づいて決定される。そして、点火時期SA[BTDC]が大きくなるほど燃焼期間θpの値は小さくなり、また、機関回転数NEが大きくなるほど、燃焼期間θpの値は大きくなる。図7のマップによれば、点火時期SA[BTDC]及び機関回転数NEに基づいて最適な燃焼期間θpの値を求めることができる。なお、点火時期、機関回転数以外のパラメータ、例えば空燃比A/F、負荷率KL、バルブタイミングVTなどを更に加えた多次元マップから燃焼期間θpを算出するようにしても良い。
【0091】
(熱発生開始点ズレ量θ
上記(16)式においては、θ=0のときdQ/dθ=0であり、θが0より大きくなると、dQ/dθ>0となって熱が発生し始めることを表す。つまり、本実施形態のWiebe関数モデルにおいては、θは熱発生開始後の経過クランク角度を表す。よって、θ=0の点は、熱発生開始点となる。従来、Wiebe関数を利用したシミュレーションにおいては、熱発生開始点(θ=0)は、点火時期に等しいとされていた。
【0092】
しかしながら、Wiebe関数モデルの熱発生開始点を実際の点火時期に等しいとした場合には、精度の良いシミュレーションを行うことが困難となる。図8は、このことを説明するための模式的な図である。図8中、太い実線は熱発生率dQ/dθの実機データを表し、細い実線はWiebe関数モデルによる算出結果を表す。
【0093】
図8(A)に示すように、熱発生開始点を点火時期に等しくした場合には、Wiebe関数のどのパラメータをどのように変えても、Wiebe関数モデルの算出結果を実機データに一致させることができない場合がある。このような場合、図8(B)に示すように、熱発生開始点(θ=0)を点火時期からずらした位置とすることにより、Wiebe関数モデルの算出結果におけるdQ/dθの立ち上がり位置を移動させて、実機データの立ち上がり位置に一致させることができる。以下、Wiebe関数モデルの熱発生開始点と、点火時期とのズレ量を「熱発生開始点ズレ量」と称し、符号θbで表すこととする。このように、Wiebe関数モデルに熱発生開始点ズレ量θbを導入することにより、筒内の熱発生を精度良くシミュレートすることが可能となる。
【0094】
熱発生開始点ズレ量θbの値は、内燃機関10の運転条件によって異なると考えられる。よって、Wiebe関数モデルを内燃機関10に適合するためには、運転条件と熱発生開始点ズレ量θbの値との関係を把握する必要がある。
【0095】
図9は、熱発生開始点ズレ量θbを求める際に用いるマップを示している。図9に示すように、熱発生開始点ズレ量θbは、点火時期SA[BTDC]と、機関回転数NEに基づいて決定される。そして、点火時期SA[BTDC]が大きくなるほど熱発生開始点ズレ量θbの値は大きくなり、また、機関回転数NEが大きくなるほど熱発生開始点ズレ量θbの値は大きくなる。図9のマップによれば、点火時期SA[BTDC]及び機関回転数NEに基づいて最適な熱発生開始点ズレ量θbの値を求めることができる。なお、点火時期、機関回転数以外のパラメータ、例えば空燃比A/F、負荷率KL、バルブタイミングVTなどを更に加えた多次元マップから熱発生開始点ズレ量θbを算出するようにしても良い。
【0096】
なお、(16)式において係数aは所定の係数であって、θ=θpとなり、燃焼が終了した時点での熱発生率を与える係数である。
【0097】
以上のように、本実施形態の手法によれば、Wiebe関数のパラメータm,k,θp,θbを、図5、図6、図7、図9のマップから算出することができ、熱発生率の特性を実測値の特性に精度良く適合することができる。これにより、(16)式に基づいて熱発生率を高い精度で推定することが可能となる。なお、Wiebe関数のパラメータm,k,θp,θbと運転条件との関係は、近似式を用いて規定しても良い。
【0098】
[各マップの取得方法]
次に、Wiebe関数のパラメータm,k,θp,θbを算出するためのマップを取得する方法について説明する。Wiebe関数のパラメータm,k,θp,θbは、Wiebe関数を実機データにフィッティングすることで求めることができる。
【0099】
最初に、熱発生率dQ/dθの実機データの取得方法を説明する。まず、所定クランク角幅ごと(例えば1degCAごと)に、筒内圧センサ44により筒内圧Pを計測する。筒内圧Pと、筒内容積Vと、発熱量Qとの間には、以下の(21)式のエネルギー保存則が成り立つ。
【0100】
【数9】

【0101】
上記(2)式中、κは比熱比である。また、筒内容積Vおよびその変化率dV/dθは、クランク角θに応じて幾何学的に決定される値である。よって、所定クランク角幅ごとに計測した筒内圧Pの値を上記(22)式に代入することにより、熱発生率dQ/dθの実機データを得ることができる。
【0102】
図10は、フィッティングの方法を説明するための模式図である。図10中で、実線は、熱発生率dQ/dθの実機データを示しており、破線は、Wiebe関数モデルによる算出結果を示している。この場合、Wiebe関数モデルによって熱発生率dQ/dθを算出するに際し、熱入力Qfuel、熱発生開始点ズレ量θ、効率k、燃焼期間θおよび形状パラメータmに対して、実機データとWiebe関数モデルの算出結果との誤差が最小となるように、最小二乗法によりフィッティング(最適化)を行う。
【0103】
具体的には、図10に示す誤差比較範囲内で、複数の計測ポイント(ここでは、2つの計測ポイントP1,P2とする)を設定し、各ポイントP1,P2での実機データとWiebe関数モデルによる算出結果との誤差(偏差)の二乗和が最小となるような熱発生開始点ズレ量θ、効率k、燃焼期間θおよび形状パラメータmの値をそれぞれ探索する。そして、その探し出された値が熱発生開始点ズレ量θ、効率k、燃焼期間θおよび形状パラメータmの最適化された値であると定められる。そして、このようなフィッティングを異なる運転条件毎に行うことで、図5、図6、図7、図9のマップを取得することができる。
【0104】
この際、Wiebe関数は元々実機の熱発生率dQ/dθに近い特性を有しているため、実機データとの上記偏差を求める計測ポイントの数は最小限に抑えることができる。従って、実機データの熱発生率dQ/dθは設定した計測ポイントのみで取得すれば足り、筒内圧の計測ポイントを最小限に抑えることができる。これにより、非常に少ない適合工数でWiebe関数モデルを実機データにフィッティングすることが可能となる。
【0105】
従って、例えば本実施形態のトルク推定モデルによれば、計測ポイントを大幅に抑えることができるため、マップ作成に要する時間を大幅に短縮することが可能となる。これにより、作業の効率化を図ることができる。また、計測ポイント間の運転状態はWiebe関数モデルによって実機データに対して非常に高い精度で近似することができるため、トルク推定の精度を大幅に高めることができる。更に、例えば排気温が高いなどの理由で定常試験での計測が困難な条件(大遅角領域など)に関しても、トルク推定を行うことが可能となる。従って、クランク角毎に図示トルクTcrankを精度良く算出することができ、これに基づいてモーター2を実機の内燃機関10と同等の精度で運転することが可能となる。
【0106】
なお、効率k、および熱発生開始点ズレ量θbは、マップまたは近似式によらずに、実機のデータから直接算出しても良い。図11は、効率kの定義を説明するための図である。熱発生率dQ/dθの実機データにおいて、効率kは以下のように定義される。図11中、Qfuelは、筒内に供給された燃料が持つ熱量を意味し、その値は、燃料噴射弁30からの燃料噴射量に基づいて、あるいは空燃比A/Fおよび筒内空気量に基づいて、算出することができる。一方、図11中、Qmaxは、実機データにおけるdQ/dθをθで積分した値である。すなわち、Qmaxは、実機データの熱発生率dQ/dθの曲線と、dQ/dθ=0の直線とがグラフ上で囲む面積に相当し、実際の総発熱量としての物理的意味を有する。従って、効率kは、k=Qmax/Qfuelとして算出することができる。
【0107】
また、図12は、熱発生率dQ/dθの実機データから熱発生開始点ズレ量θを求める方法を説明するための図である。図12中の実線は、図4における実機データの前半部分を拡大したものである。図12から判るように、一般に、実機データの熱発生率dQ/dθの値は、点火時期の直後は0を挟んで振動し、その後立ち上がる。従って、dQ/dθのピーク位置から点火時期方向へ戻っていったときに最初にdQ/dθ=0となる点は、熱発生率dQ/dθの立ち上がり位置を示すことになる。よって、実機データから熱発生開始点ズレ量θを求める場合は、点火時期、機関回転数等を可変させた運転条件毎にdQ/dθ=0となる点を熱発生開始点と定め、その熱発生開始点と点火時期との間のクランク角度幅を、熱発生開始点ズレ量θとして求めることができる。
【0108】
以上説明したように、パワートレーン試験システム1によれば、シミュレーター3により実機の内燃機関10の図示トルクを推定し、これに基づいてモーター2を制御するため、推定した図示トルクと同一のトルクをモーター2から出力することができる。従って、仮想エンジン4により実機のエンジンのトルク波形を精度良く再現することが可能となり、動力伝達機構5の耐久試験、騒音試験などを行った場合に、実機のエンジンを使用した場合と同等の精度で試験を行うことができる。
【0109】
また、エンジンの部品の変更、制御の適合の変更など、仮想エンジン4の仕様が変更された場合であっても、モデルを変更するのみで動力伝達機構5の評価が可能となる。従って、例えば排気量が20%アップした場合に動力伝達機構5に生じる影響等についても、仮想エンジン4内のモデルを変更するのみで評価を行うことが可能となる。従って、異なる仕様のエンジン毎に試験を行う場合においても、シミュレーター3のモデルを変更した各エンジンの図示トルクを算出することで、モーター2から各エンジンの駆動力を出力することが可能となる。従って、各仕様のエンジンを用意する必要がなく、試験の効率を大幅に向上することができる。
【0110】
更に、シミュレーター3に入力される運転条件(点火時期、吸入空気量など)をモデルで変えた際に、そのときのトルクをモーター2の出力で再現できるため、例えば、シフトチェンジ時のトルクショック(動力伝達機構5に生じる振動)を無くすためにどれだけの遅角量がエンジンに必要なのか算出することができ、シフトチェンジ時のエンジン制御の適合を行なうことも可能となる。
【0111】
以上説明したように本実施形態によれば、Wiebe関数のパラメータm,k,θp,θbを運転状態に基づいてマップから算出し、Wiebe関数から算出した熱発生率を用いて図示トルクを算出するため、内燃機関10の図示トルクを高精度に算出することが可能となる。これにより、運転条件から直接的にトルクを算出する場合に比べて適合工数を大幅に削減することが可能となる。
【0112】
そして、算出した図示トルクに基づいて、モーター2を制御するため、実機の内燃機関10のトルクを忠実に再現した状態で駆動伝達機構5を駆動することができる。これにより、動力伝達機構5の耐久試験、騒音試験などを行った場合に、実機のエンジンを使用した場合と同等の精度で試験を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0113】
【図1】本発明の一実施形態に係るパワートレーン試験システム1の構成を示す模式図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る手法によって運転状態が取得され、制御される内燃機関システムの構成を示す模式図である。
【図3】本実施形態に係るトルク推定モデルの構成を示す模式図である。
【図4】クランク角[CA]と熱発生率dQ/dθとの関係を示す特性図である。
【図5】パラメータmを求める際に用いるマップを示す模式図である。
【図6】効率kを求める際に用いるマップを示す模式図である。
【図7】燃焼期間θpを求める際に用いるマップを示す模式図である。
【図8】Wiebe関数モデルの熱発生開始点を実際の点火時期に等しいとした場合の問題を説明するための模式図である。
【図9】熱発生開始点ズレ量θbを求める際に用いるマップを示す模式図である。
【図10】Wiebe関数を実機データにフィッティングする方法を説明するための模式図である。
【図11】効率kの定義を説明するための図である。
【図12】熱発生率dQ/dθの実機データから熱発生開始点ズレ量θを求める方法を説明するための図である。
【符号の説明】
【0114】
2 モーター
3 シミュレーター
4 仮想エンジン(試験装置)
5 動力伝達機構
6 モーター制御手段
10 内燃機関
40 ECU
62 スロットルモデル
64 インテークマニホールドモデル
66 吸気弁モデル
68 シリンダーモデル(熱発生モデル)
70 排気弁モデル
72 エキゾーストマニホールドモデル72

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動力伝達機構の試験装置であって、
前記動力伝達機構に接続されるモーターと、
実機の内燃機関の図示トルクを算出するシミュレーターと、
前記図示トルクに基づいて、前記モーターの出力を制御する制御手段と、
を備えたことを特徴とする動力伝達機構の試験装置。
【請求項2】
前記シミュレーターは、
内燃機関のガス流及び燃焼状態を表す特性値と図示トルクとの関係を規定したトルク推定モデルを取得するモデル取得手段と、
クランク角度θに対する筒内の発熱量Qの変化率である熱発生率dQ/dθに寄与するパラメータを、運転条件に応じて取得するパラメータ取得手段と、
前記パラメータを用いて、所望の運転条件下における熱発生率dQ/dθを演算する熱発生率演算手段と、
前記熱発生率dQ/dθを用いて、前記トルク推定モデルから前記図示トルクを推定する図示トルク推定手段と、
を有することを特徴とする請求項1記載の動力伝達機構の試験装置。
【請求項3】
前記パラメータ取得手段は、前記運転条件と前記パラメータとの関係を規定したマップ又は近似式を用いて、前記パラメータを取得することを特徴とする請求項2記載の動力伝達機構の試験装置。
【請求項4】
前記熱発生率演算手段は、
複数の前記パラメータを含む関数であって、前記パラメータにより実際の熱発生率の特性を近似した関数を用いて前記熱発生率dQ/dθを演算することを特徴とする請求項3記載の動力伝達機構の試験装置。
【請求項5】
前記シミュレーターは、
実機の内燃機関の筒内圧の実測値に基づいて、所定の運転条件毎に前記実際の熱発生率を取得する手段と、
前記所定の運転条件毎に、前記実際の熱発生率と前記関数の値が一致するように前記パラメータの値を決定し、前記運転条件と前記パラメータとの関係を規定した前記マップ又は前記近似式を作成するマップ作成手段と、
を更に有することを特徴とする請求項4記載の動力伝達機構の試験装置。
【請求項6】
前記関数はWiebe関数であり、前記複数のパラメータは、形状パラメータm、効率パラメータk、燃焼期間θp及び熱発生開始点ズレ量θbを含むことを特徴とする請求項4又は5記載の動力伝達機構の試験装置。
【請求項7】
前記図示トルク推定手段は、
前記トルク推定モデルを用いて筒内圧を推定し、推定した筒内圧に基づいて前記図示トルクを推定することを特徴とする請求項2〜6のいずれかに記載の動力伝達機構の試験装置。
【請求項8】
前記トルク推定モデルは、吸気流演算モデル、排気流演算モデル、及び熱発生演算モデルを含み、
前記図示トルク推定手段は、前記熱発生率dQ/dθを前記熱発生演算モデルへ導入することで、前記図示トルクを推定することを特徴とする請求項2〜7のいずれかに記載の動力伝達機構の試験装置。
【請求項9】
前記トルク推定モデルは、内燃機関のガス経路における容量要素と流れ要素を交互に結合して構成され、前記容量要素はエネルギー保存則、質量保存則、及び気体の状態方程式によってモデル化され、前記流れ要素は非圧縮性流体のノズルの式によってモデル化されることを特徴とする請求項8記載の動力伝達機構の試験装置。
【請求項10】
前記シミュレーターは、
内燃機関のフリクショントルクを推定する手段と、
前記図示トルクと前記フリクショントルクとの差分から駆動軸に出力される実トルクを算出する手段と、
を更に有することを特徴とする請求項2〜9のいずれかに記載の動力伝達機構の試験装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2007−127458(P2007−127458A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−318701(P2005−318701)
【出願日】平成17年11月1日(2005.11.1)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】