説明

包括的転写マシナリーエンジニアリング

本発明は、改善された表現型を有する変更細胞を産生するための、包括的転写マシナリーエンジニアリングに関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
政府の利益
本研究の一部は、エネルギー省による補助金番号DE-FG02-94ER14487のもとで資金提供を受けた。この発明において、政府は一定の権利を有する。
【0002】
関連出願
本出願は、35 U.S.C. §119(e)のもとで、2006年12月7日に提出された米国仮出願第60/873,419号の利益を主張し、前記仮出願の全開示は、参照により本明細書に組み込まれる。
【背景技術】
【0003】
発明分野
本発明は、改善された表現型を有する変更(altered)細胞を産生するための包括的転写マシナリーエンジニアリング、および、かかる細胞の、製造法における使用に関する。
【0004】
発明の背景
病態から代謝物の過剰産生までの多くの重要な細胞表現型が、多数の遺伝子の影響を受けることは、現在一般的に認められている。しかし、多くの細胞工学および代謝工学的アプローチは、ベクターの構成および形質転換効率における実験的制約のために、ほぼ完全に単一遺伝子の欠失または過剰発現に依存している。これらの制約は、複数遺伝子の改変(modification)の同時探査を排除し、遺伝子改変の探索を、一度に単一遺伝子が1つずつ改変されるという、限定された順次的アプローチに制限する。
米国特許第5,686,283号には、rpoSによりコードされたシグマ因子を用いて、細菌細胞において潜在性であるかまたは低レベルで発現される他の細菌遺伝子の発現を、活性化することが記載されている。しかしこの特許には、複数遺伝子の転写を包括的に変化させるためにシグマ因子を変異させることについては、記載されていない。
【0005】
米国特許第5,200,341号では、温度感受性rpoD遺伝子を有する細菌株の温度抵抗性変異体を選択することにより、温度感受性rpoD遺伝子のサプレッサーとして同定された、変異rpoH遺伝子が提供される。細菌の突然変異誘発は起こされておらず、温度抵抗性以外の表現型に対してサプレッサー株は選択されていない。変異rpoH遺伝子を、異種タンパク質を発現するように改変された他の細菌に加えると、異種タンパク質が、細菌内に増加したレベルで蓄積される。
【0006】
米国特許第6,156,532号には、熱ショックタンパク質をコードする遺伝子、およびシグマ因子(rpoH)をコードする遺伝子であって、熱ショックタンパク質に特異的に機能して、細胞内での熱ショックタンパク質の発現量を増強させる遺伝子を導入することにより改変された微生物が記載されている。該改変微生物は、アミノ酸などの発酵産物の産生に有用である。微生物で用いられたシグマ因子は、変異されていなかった。
Streptomycesによる抗生物質(チロシン)産生(Zhang et al., Nature, 415, 644-646 (2002))、およびLactobacillusの酸への耐性(Patnaik et al., Nature Biotech. 20, 707-712 (2002))について、細菌ゲノムをシャッフルすることにより、定方向進化が微生物に応用された。これらの方法では、いかなる特定の1または2以上の遺伝子において変異を標的化せず、その代りに、所望の表現型を有する株のゲノムをプロトプラストの融合を用いて非組み換え的にシャッフルし、続いて所望の表現型における改善を有する株を選択した。
【発明の概要】
【0007】
発明の概要
本発明は、改善された表現型を有する変更細胞を産生するために、包括的転写マシナリーエンジニアリングを利用する。特に本発明は、ゲノム規模レベルにおいてプロモーターに対して異なる選好を有する、TATA結合タンパク質(SPT15)などの変異酵母RNAポリメラーゼII因子の産生を通して実証される。変異RNAポリメラーゼII因子の導入によりもたらされる細胞は、表現型において迅速かつ著しい改善、例えば有害な培養条件への耐性または代謝物の産生の改善などを示す。
変異転写マシナリーの細胞への導入は、定方向進化の方法および概念と組み合わせて、複雑な細胞表現型を改善するために、広く拡張された探求スペースを、高スループット様式で、多数の遺伝子の変更を同時に評価することを可能にする。
【0008】
突然変異誘発と選択とを反復するラウンドを通した定方向進化は、抗体および酵素の特性を広げるのに成功した(W. P. Stemmer, Nature 370, 389-91 (1994))。これらの概念は近年、異なる測定法により測定される、広い動的強度範囲にわたるプロモーター活性のライブラリの探求において、DNAの非コーディング機能領域に拡張され応用された(H. Alper, C. Fischer, E. Nevoigt, G. Stephanopoulos, Proc Natl Acad Sci U S A 102, 12678-12683 (2005))。しかし、いかなる進化に触発されたアプローチも、細胞表現型を改善する手段としての、包括的転写マシナリーの系統的改変を指向していない。しかし、詳細な生化学的研究により、所与のプロモーター配列に対する転写速度およびin vitroでの選好の両方を、細菌シグマ因子上のキーとなる残基を改変することによって変更できることが示唆された(D. A. Siegele, J. C. Hu, W. A. Walter, C. A. Gross, J Mol Biol 206, 591-603 (1989);T. Gardella, H. Moyle, M. M. Susskind, J Mol Biol 206, 579-590 (1989))。かかる改変転写マシナリーユニットは、非常に深い意味で細胞特性に重大な影響を与える可能性を有する、同時的かつ包括的な転写レベルの変更を導入する、ユニークな機会を提供する。
【0009】
本発明は、本明細書において、酵母およびSPT15との関連で記載されるが、本発明は他の真核細胞にも広く応用可能であり、特に、エタノール産生に関係しているために真菌に、および、かかる真核細胞における関連するRNAポリメラーゼII因子に応用可能である。本明細書に記載の具体的な変異は、他の細胞におけるSPT15のオルソログの対応するアミノ酸の位置においても反復可能であり、実質的に同様の結果が得られる。同様に、他のアミノ酸(好ましくは変異アミノ酸の同類置換であるアミノ酸)を、本明細書の変異SPT15遺伝子において用いる特定のアミノ酸置換の変わりに用いて、実質的に同様の結果を得ることできる。したがって、本発明は、他の真核細胞およびかかる細胞の対応する包括的転写マシナリーの、表現型の特徴の改善のための、特に、培養倍地中のグルコース(および他の糖類)および/またはエタノール耐性、および/または当分野に周知の種々の原料からの細胞によるエタノール産生の、改善のための使用も包含する。
【0010】
本発明の1態様によれば、遺伝的に操作された酵母株が提供される。この株は、変異SPT15遺伝子を含む。任意に、変異SPT15遺伝子の導入前または内在性SPT15遺伝子の変異の前に、変異SPT15遺伝子を含まない酵母株は、野生型酵母株と比べて、改善されたエタノール耐性および/またはグルコース耐性および/またはエタノール産生を有していた。変異SPT15遺伝子は、野生型酵母および変異SPT15遺伝子を含まない酵母株と比べて、エタノール耐性および/またはグルコース耐性および/またはエタノール産生をさらに改善する。
いくつかの態様において、変異SPT15遺伝子は、2または3以上の位置F177、Y195およびK218において、好ましくは3つの位置全て(F177、Y195およびK218)において変異を含む。いくつかの好ましい態様において、変異SPT15遺伝子は、2または3以上の変異:F177S、Y195HおよびK218Rか、または変異アミノ酸の同類置換を含み、好ましくは、F177S、Y195HおよびK218Rの全てか、または変異アミノ酸の同類置換を含む。
【0011】
他の態様において、変異SPT15遺伝子を、遺伝子操作酵母株に組み換え的に発現させる。いくつかの態様において、変異SPT15遺伝子を、酵母細胞内にプラスミド上で導入するか、または酵母細胞のゲノムDNAに導入する。他の態様において、変異SPT15遺伝子は、in situで変異する酵母細胞の、ゲノムDNAの内在性遺伝子である。
さらなる態様において、酵母株は、Saccharomyces spp.、Schizosaccharomyces spp.、Pichia spp.、Paffia spp.、Kluyveromyces spp.、Candida spp.、Talaromyces spp.、Brettanomyces spp.、Pachysolen spp.、Debaryomyces sppおよび工業用倍数体酵母株から選択される。好ましくは、酵母株はS. cerevisiae株である。
【0012】
いくつかの態様において、変異SPT15遺伝子を含まない酵母株は、エタノール産生増強のための1または2以上の所望の表現型を有するように遺伝子操作されたか、選択されたか、またはこれを有することが知られている酵母株である。好ましくは、1または2以上の所望の表現型は、エタノール耐性、および/またはC5およびC6糖の発酵増加である。C5およびC6糖の発酵増加の表現型は、好ましくはキシロースの発酵増加である。これら後者のある態様において、遺伝子操作酵母株は、外来キシロースイソメラーゼ遺伝子、外来キシロースレダクターゼ遺伝子、および外来キシリトールデヒドロゲナーゼ遺伝子、および/または外来キシルロースキナーゼ遺伝子により形質転換される。さらなる態様において、遺伝子操作酵母株は、非特異的または特異的アルドースレダクターゼ遺伝子(単数または複数)の欠失、キシリトールデヒドロゲナーゼ遺伝子(単数または複数)の欠失、および/またはキシルロキナーゼの過剰発現である、さらなる遺伝的改変を含む。
【0013】
さらに他の態様において、変異SPT15遺伝子を含まない酵母株は、呼吸欠損酵母株である。幾つかの態様において、酵母株は、Spt3の正常な発現または増加発現を示し、および/または、Spt3ノックアウトまたはヌル変異体ではない。
本発明の他の側面により、前述の遺伝子操作酵母株を作製するための方法が提供される。該方法は、酵母株に、変異SPT15遺伝子の1または2以上のコピーを導入すること、および/または、酵母細胞のゲノムDNAの内在性遺伝子をin situで変異させることを含む。
本発明のさらなる側面において、エタノールを産生するための方法が提供される。該方法は、前述の遺伝子操作酵母株を、エタノールに代謝可能な1または2以上の基質を有する培養培地中で、エタノールを含有する発酵産物を産生するのに十分な時間、培養することを含む。いくつかの態様において、エタノールに代謝可能な1または2以上の基質は、C5および/またはC6糖類を含む。好ましくは、1または2種以上のC5および/またはC6糖類は、グルコースおよび/またはキシロースを含む。
【0014】
本発明の他の側面により、エタノールを産生するための方法が提供される。該方法は、変異をF177S、Y195HおよびK218Rにおいて有する変異SPT15遺伝子を含む遺伝子操作酵母株を、エタノールに代謝可能な1または2以上の基質を有する培養培地中で、エタノールを含有する発酵産物を産生するのに十分な時間、培養することを含む。いくつかの態様において、エタノールに代謝可能な1または2以上の基質は、C5および/またはC6糖類を含む。好ましくは、1または2種以上のC5および/またはC6糖類は、グルコースおよび/またはキシロースを含む。
本発明の他の側面において、前述の方法の発酵産物が提供され、該発酵産物から単離されたエタノールも提供される。好ましくは、エタノールは該発酵産物の蒸留により単離される。
【0015】
本発明の他の側面により、改善されたエタノール耐性および/またはグルコース耐性および/またはエタノール産生を有する酵母株を産生するための方法が提供される。該方法は、変異SPT15遺伝子を含む酵母株を提供すること、および、改善されたエタノール耐性および/またはグルコース耐性および/または改善されたエタノール産生のための、遺伝子操作および/または選択を行うことを含む。
いくつかの態様において、変異SPT15遺伝子は、2または3以上の位置F177、Y195およびK218において変異を含み、好ましくは、3つの位置全て(F177、Y195およびK218)において変異を含む。いくつかの好ましい態様において、変異SPT15遺伝子は、2または3以上の変異:F177S、Y195HおよびK218Rか、または変異アミノ酸の同類置換を含み、好ましくは、F177S、Y195HおよびK218Rの全てか、または変異アミノ酸の同類置換を含む。
【0016】
他の態様において、変異SPT15遺伝子は、遺伝子操作酵母株に組み換え的に発現される。いくつかの態様において、変異SPT15遺伝子は、酵母細胞内にプラスミド上で導入されるか、または、酵母細胞のゲノムDNAに導入される。他の態様において、変異SPT15遺伝子は、in situで変異する酵母細胞の、ゲノムDNAの内在性遺伝子である。
さらなる態様において、酵母株は、Saccharomyces spp.、Schizosaccharomyces spp.、Pichia spp.、Paffia spp.、Kluyveromyces spp.、Candida spp.、Talaromyces spp.、Brettanomyces spp.、Pachysolen spp.、Debaryomyces spp.および工業用倍数体酵母株から選択される。好ましくは、酵母株は、S. cerevisiae株である。さらに好ましくは、酵母株は、Spt15−300である。
【0017】
本発明の他の側面により、前述の方法により産生される酵母株が提供される。
本発明のさらに他の側面により、エタノールを産生するための方法が提供される。該方法は、前述の酵母株を、エタノールに代謝可能な1または2以上の基質を有する培養培地中で、エタノールを含有する発酵産物を産生するのに十分な時間、培養することを含む。いくつかの態様において、エタノールに代謝可能な1または2以上の基質は、C5および/またはC6糖類を含む;好ましくは、1または2種以上のC5および/またはC6糖類は、グルコースおよび/またはキシロースを含む。
本発明の他の側面において、前述の方法の発酵産物が提供され、また該発酵産物から単離されたエタノールも提供される。好ましくは、エタノールは、該発酵産物の蒸留により単離される。
【0018】
本発明の他の側面により、表5に挙げた遺伝子の少なくとも2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、もしくは全14種の任意の組合せ、または、1もしくは2種以上の、実質的に類似であるかもしくは重複する生物学的/生化学的活性もしくは機能を有する遺伝子を、過剰発現する、酵母株が提供される。
本発明のさらに他の側面により、遺伝子操作酵母株が提供される。該株は、上昇レベルのエタノールを含有する培養倍地中で培養された場合に、上昇レベルのエタノールを含有する培養倍地中で培養された野生型株の少なくとも4倍の細胞密度を達成する。いくつかの態様において、株は、野生型株の4〜5倍の細胞密度を達成する。さらなる態様において、エタノールの上昇レベルは少なくとも約5%または少なくとも約6%である。
【0019】
前述の遺伝子操作酵母株のいくつかの態様において、培養培地は、1または2種以上の糖類を少なくとも約20g/Lの濃度で、好ましくは少なくとも約60g/Lの濃度で、より好ましくは少なくとも約100g/Lの濃度で、およびさらにより好ましくは少なくとも約120g/Lの濃度で含む。
本発明のこれらおよび他の側面、ならびにこれらの種々の態様は、図面および本発明の詳細な説明を参照してさらに明確にされる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、包括的転写マシナリーエンジニアリングの基本的な方法論を示す図である。変更された包括的転写マシナリーを細胞に導入することにより、トランスクリプトームが変更され、遺伝子の発現レベルが包括的な様式で変化する。この研究において、細菌シグマ因子70(rpoDによりコードされる)を変異性(error prone)PCRにかけて、種々の変異体を産生させた。変異体を次に低コピー発現ベクターにクローニングし、この間、ほぼ完全な内部制限酵素部位の存在のために、シグマ因子の切断型の可能性が生じた。次にこのベクターを大腸菌に形質移入し、所望の表現系に基づいてスクリーニングした。単離した変異体は次に、表現型をさらに改善するため、次のラウンドの突然変異誘発および選択にかけることができる。
【0021】
【図2A】図2は、エタノール耐性シグマ因子変異体の単離を示す。エタノールへの耐性が増加した変異シグマ因子を含む株を単離した。図2Aは、変異因子の定方向進化の多数ラウンドを介した、表現型の総合的強化を示す図である。総合的強化(y軸)は、0、20、40、50、60、70および80g/Lのエタノールにおいて、対照に対する、変異体の倍加時間の減少倍数の合計をとることにより、評価する。第3ラウンドまでは、増殖率の改善は小さく徐々であるように見える。
【図2B】図2Bは、σ70タンパク質での変異の部位を、前に同定された重要機能領域(critical functional region)と関連させて示す図である。第2ラウンドの突然変異誘発により、その領域内に、前の2つの変異のうちの1つのみを含有する切断因子が同定された。
【図2C】図2Cは、ラウンド3の変異体(赤)および対照(青)株に対する、増殖曲線を示す図である。ラウンド3の変異体は、試験された全エタノール濃度において、顕著に改善された増殖率を有する。
【図2D】図2Dは、エタノール耐性変異シグマ因子のアミノ酸配列アラインメントを示す図である(天然、配列番号:17;ラウンド1、配列番号:18;ラウンド2、配列番号:19;ラウンド3、配列番号:20)。
【0022】
【図3A】図3は、さらなる表現型に対するシグマ因子の配列解析を示す。図3Aは、σ70タンパク質領域の酢酸塩変異体およびpHBA変異体内の変異の位置を、前に同定された重要機能領域と関連させて示す図である。酢酸塩変異体のほとんどは全長シグマ因子であった。pHBAについて同定された変異体は、特定の遺伝子転写の阻害剤として作用することが予想される、切断因子であった。
【図3B−1】図3B−1は、酢酸塩耐性変異シグマ因子のアミノ酸配列アラインメントを示す図である(天然、配列番号:17;Ac1、配列番号:21;Ac2、配列番号:22;Ac3、配列番号:23;Ac4、配列番号:24;Ac5、配列番号:25)。
【図3B−2】図3B−2は、酢酸塩耐性変異シグマ因子のアミノ酸配列アラインメントを示す図である。
【図3C】図3Cは、pHBA耐性変異シグマ因子のアミノ酸配列アラインメントを示す図である(天然、配列番号:17;pHBA1、配列番号:26)。
【0023】
【図4】図4は、ヘキサン耐性シグマ因子変異体を有する単離株の培養物の細胞密度を示す図である。図4はまた、最良のヘキサン耐性変異体であるHex−12およびHex−18の配列を示す。
【図5】図5は、シクロヘキサン耐性シグマ因子変異体を有する単離株の培養物の細胞密度を示す図である。
【図6】図6は、ナリジキシン酸の増加する濃度における、抗生物質耐性シグマ因子変異体の単離株の培養物の細胞密度を示す図である。
【図7A】図7Aは、リコペン産生用に選択された株の、15および24時間における培養およびアッセイの結果、ならびに最良株からのシグマ因子変異体の配列を示す図である。
【図7B】図7Bは、リコペン産生用に選択された株の、15および24時間における培養およびアッセイの結果、ならびに最良株からのシグマ因子変異体の配列を示す図である。
【図7C】図7Cは、リコペン産生用に選択された株の、15および24時間における培養およびアッセイの結果、ならびに最良株からのシグマ因子変異体の配列を示す図である。
【図7D】図7Dは、リコペン産生用に選択された株の、15および24時間における培養およびアッセイの結果、ならびに最良株からのシグマ因子変異体の配列を示す図である。
【図8】図8は、発酵中、対照と比べて達成されたリコペン産生における最大の増加倍数を示す図である。丸印の大きさは、増加倍数に比例する。
【0024】
【図9】図9は、目的の数種の株についての15時間後のリコペン含量を示す図である。この図は、包括的転写マシナリーエンジニアリングにより提供される改善を、順次遺伝子ノックアウトによる株の改善の従来方法と比較する。この例においては、包括的転写マシナリーエンジニアリングの方法は、一連の複数遺伝子ノックアウトよりも表現型を増加させるのにより強力であった。さらに、この改善は予め操作された株において達成された。
【図10A】図10は、グルコース最少培地における指数相PHBの増加について選択された株を示す。図10Aは、シグマ因子の操作を用いて得た、種々の株についての結果を示す図である(赤および黄色のバーは対照を示す)。
【図10B】図10Bは、トランスポゾン突然変異誘発を用いて作製したランダムノックアウトライブラリから選択された株の結果を示す図である。
【図11】図11は、SDSの増加する濃度における、SDS耐性シグマ因子変異体の単離株の培養物の細胞密度を、最良株からのシグマ因子変異体の配列と共に示す図である。
【0025】
【図12】図12は、酵母における、LiCl gTME変異体の増殖解析を示す図である。変異体Taf25またはSpt15を有する株を、合成最少培地中の上昇レベルのLiClにおいて、通し連続継代培養(through serial subculturing)により単離した。増殖収率(OD600により測定)は、変異株および対照株に対して16時間後において示されている。Taf25は、低濃度のLiClにおいて対照より優れており、一方Spt15変異体は、高い濃度においてより効果的であった。
【図13】図13は、酵母におけるLiCl gTME変異体の配列解析を示す図である。変異は、それぞれの因子の重要機能要素を示す概略図上にマッピングして示す。各変異体は、一アミノ酸置換のみを有することがわかった。
【図14】図14は、酵母におけるグルコースgTME変異体の増殖解析を示す図である。変異体Taf25またはSpt15を有する株を、合成最少培地中の上昇レベルのグルコースにおいて、通し連続継代培養により単離した。ここで、両方のタンパク質は共に、同様の濃度範囲にわたって改善を示し、SPT15タンパク質が最大の改善を示した。
【0026】
【図15】図15は、酵母におけるグルコースgTME変異体の配列解析を示す図である。変異は、それぞれの因子の重要機能要素を示す概略図上にマッピングして示す。各変異体は、一アミノ酸置換のみを有することがわかるが、しかし、いくつかの他のSPT1タンパク質も単離され、これらのいくつかは多くの変異体を有する。
【図16】図16は、酵母におけるエタノール−グルコースgTME変異体の増殖解析を示す図である。変異体Taf25またはSpt15を有する株を、合成最少培地中の上昇レベルのエタノールおよびグルコースにおける、通し連続継代培養により単離し、増殖について20時間後に試験した。ここで、SPT15タンパク質は、TAF25変異体の影響をはるかに超えていた。
【図17】図17は、酵母におけるエタノール−グルコースgTME変異体の配列解析を示す図である。変異は、それぞれの因子の重要機能要素を示す概略図上にマッピングして示す。各変異体は、数個の一アミノ酸置換を、DNAまたはタンパク質コンタクトの重要領域に有することがわかった。
【0027】
【図18A】図18は、高濃度のエタノールおよびグルコースに対して増加した耐性を有する、酵母gTME変異体を示す。図18Aは、spt15−300またはtaf25−300どちらかの変異体ライブラリから単離された最適なクローンについての変異を、それぞれの因子の重要機能要素を示す概略図上にマッピングして示す図である(付録テキスト、パートa)。
【図18B】図18Bは、図18Aからのクローンの増殖収率を、高濃度のエタノールおよびグルコース(6容積%)を含有する合成最少培地中、20時間後に試験した図である。これらの条件下で、spt15−300変異体は、taf25−300変異体の性能を大幅に上回っていた。増殖収率の改善倍数を、プラスミド介在の野生型SPT15またはTAF25のどちらかを有する同質遺伝株と比較する。
【0028】
【図19A】図19Aは、エタノールストレス下における変異体の耐性を評価する、細胞生存度曲線を示す。対照と比較したspt15−300変異株の生存度を時間(時間)の関数として測定し、12.5容積%のエタノールの存在下で標準培地中で処理およびインキュベートした安定相の細胞についての0時間におけるコロニー数に対する、コロニー形成ユニットの相対数として表わす図である。
【図19B】図19Bは、エタノールストレス下における変異体の耐性を評価する、細胞生存度曲線を示す。対照と比較したspt15−300変異株の生存度を時間(時間)の関数として測定し、15容積%のエタノールの存在下で標準培地中で処理およびインキュベートした安定相の細胞についての0時間におけるコロニー数に対する、コロニー形成ユニットの相対数として表わす図である。spt15−300変異は、10容積%エタノールを超える全ての試験された濃度において、生存度の著しい増強を示す(図23)。誤差バーは、生物学的反復実験間の標準偏差を示す。初期の細胞数は、約3.5×10細胞/mlであった。
【0029】
【図20A】図20は、変異体spt15が示すトランスクリプトームレベルの応答を精査するための、遺伝子ノックアウトおよび過剰発現解析を示す。図20Aは、この変異体において最も高く発現された遺伝子の12種を用いて(カッコ内に、log2の差次的遺伝子発現を示す)、および、さらなる試験用に2つの追加の遺伝子を選択して行った表現型消失解析を示す図である(付録テキスト、パートc)。14の遺伝子のうちの1つが欠失した14の株の耐性(5%エタノール、60g/Lグルコースに対する)を、それぞれ、プラスミド上にspt15−300変異を有するノックアウト株を、野生型SPT15を有する株と比較することにより、試験した。PHM6を除く全ての遺伝子ノックアウトは、表現型における、わずかな消失から完全な消失までをもたらした。全ての遺伝子ノックアウト標的についての対照変異体は、類似の増殖収率を示した。
【図20B】図20Bは、マイクロアレイからのトップ3の候補遺伝子について行い(PHO5、PHM6およびFMP16)、6容積%のエタノールのもとで、前の試験のようにして(図26も参照のこと)試験した、遺伝子過剰発現試験を示す図である。これらの遺伝子の過剰発現は、耐性表現型を付与することができなかった。
【0030】
【図21A】図21は、SPT3/SAGA複合体により部分的に媒介される機構の解明および確認を示す。図21Aは、spt15−300変異体の導入および6容積%のエタノールの存在下での試験を通して評価した、spt3ノックアウトの効果を示す図である。変異体の、表現型を付与する能力の不在は、提供される機構の一部としてのSPT3の必要性を示す。
【図21B】図21Bは、3つの変異(F177S、Y195H、およびK218R)を、前の研究により提唱された、包括的転写マシナリー分子機構上に、これらの変異部位(22〜24、27、28)の各々と共にマッピングする図である。全体として、これら3つの変異はSpt3pが関与する機構を導く。
【図22】図22は、高レベル(5容積%)のエタノールおよびグルコースを含有する合成最少培地における、taf25およびspt15変異体ライブラリからそれぞれ単離された最良クローンの増殖収率を、20時間後に測定して示す図である。
【0031】
【図23A】図23Aは、対照と比較した、spt15−300変異株の生存度を、時間(時間)の関数として測定し、10容積%のエタノールの存在下で標準培地中で処理およびインキュベートした安定相の細胞についての0時間におけるコロニー数に対する、コロニー形成ユニットの相対数として表わす。
【図23B】図23Bは、対照と比較した、spt15−300変異株の生存度を、時間(時間)の関数として測定し、17容積%のエタノールの存在下で標準培地中で処理およびインキュベートした安定相の細胞についての0時間におけるコロニー数に対する、コロニー形成ユニットの相対数として表わす。
【図23C】図23Cは、対照と比較した、spt15−300変異株の生存度を、時間(時間)の関数として測定し、20容積%のエタノールの存在下で標準培地中で処理およびインキュベートした安定相の細胞についての0時間におけるコロニー数に対する、コロニー形成ユニットの相対数として表わす。17.5%および20%エタノールに対しては挿入図を提供し、変異体と、SPT15の野生型を有する対照との間の差をより明らかに示す。spt15−300変異は、10容積%エタノールを超える全ての試験された濃度において、生存度の著しい増強を示す(図2A、図2Bも参照のこと)。誤差バーは、生物学的反復実験間の標準偏差を示す。初期の細胞数は、約3.5×10細胞/mlであった。
【0032】
【図24】図24は、p値≦0.001の統計的閾値において、対照と比較して、spt15−300変異株で異なって発現された遺伝子のヒストグラムを示す図である。このspt15−300は、遺伝子の下方制御よりも上方制御を付与するという偏りを有する。
【図25】図25は、変更された遺伝子の遺伝子オントロジー濃縮(gene ontology enrichment)について、大腸菌エタノール耐性シグマ因子変異体と、高濃度のエタノールおよびグルコースに耐性のある酵母spt15−300変異体の間で比較した図である。この比較により、転写マシナリーの違いにも関わらず、両者ともに、変更されたオキシドレダクターゼおよび電子伝達遺伝子の類似した保存反応をもたらし得ることが示された。これらのタンパク質機能は、これらの株におけるエタノール耐性において重要な役割を果たす。丸印の大きさは、機能集積化(functional enrichment)のp値に比例する。
【0033】
【図26】図26は、遺伝子過剰発現試験をマイクロアレイからのトップ3の候補遺伝子(PHO5、PHM6、およびFMP16)について行い、5%エタノール下で試験した結果を示す図である(図3Bも参照のこと)。
【図27】図27は、三重spt15変異体を導く単一変異および二重変異の徹底的評価であり、いかなる単一変異または二重の組合せも、同定された三重変異体のように良好に働かないことを示す図である。累積の相対的適合度を、各改変についての軌跡(色による)と共にy軸にプロットする。付録のパートdには、各変異体のデータおよび適合度測定の説明が提供される。
【図28】図28は、5%エタノールおよび種々のグルコース濃度の存在下における、インキュベーションの20時間後の、対照株の増殖を示す図である。
【0034】
【図29】図29は、6%エタノールおよび種々のグルコース濃度の存在下における、インキュベーションの20時間後の、対照株の増殖を示す。
【図30】図30は、20g/Lのグルコースを用いた低接種物発酵における変異体および対照について、グルコース、細胞密度、およびエタノールのプロファイルを示す図である。増殖率は変異体と対照の間で類似していたが、増殖は拡張増殖相(A)でも継続した。エタノール収率もまた、変異体(B)で高かった。
【図31】図31は、100g/Lのグルコースを用いた低接種物発酵における変異体および対照について、グルコース、細胞密度、およびエタノールのプロファイルを示す図である。変異株におけるグルコース利用率および増殖は、対照におけるそれより高かった。さらに、エタノール収率は変異体で高かった。
【図32】図32は、100g/Lのグルコースと初期細胞密度ODが15(〜4gのDCW/L)の高い接種物における、生物学的複製uにおいて培養された細胞を示す図である。上のプロファイルが示すように、変異体は、より頑強な増殖(高い増殖収率)、完全なグルコースの利用、およびより高いエタノール産生を示す。
【0035】
発明の詳細な説明
包括的転写マシナリーは、全ての細胞系(原核細胞および真核細胞)においてトランスクリプトームを制御する役割を担う。細菌系において、シグマ因子は、RNAポリメラーゼホロ酵素のプロモーター選好に焦点を当てることにより、包括的転写を調整するのに重要な役割を果たす(R. R. Burgess, L. Anthony, Curr. Opin. Microbiol 4, 126-131 (2001))。大腸菌は、6つの代替的シグマ因子および、遺伝子rpoDによりコードされる1つの主要な因子σ70を含む。タンパク質レベルにおいて、残基の領域はプロモーター部位およびホロ酵素との接触について解析されている((J. T. Owens et al., PNAS 95, 6021-6026 (1998))。大腸菌および他の細菌におけるσ70の結晶構造解析および部位特異的突然変異誘発は、レポーター遺伝子の増加または減少する転写によって証拠づけられるように、in vitroでのRNAポリメラーゼホロ酵素のプロモーター選好を変える能力を実証した(A. Malhotra, E. Severinova, S. A. Darst, Cell 87, 127-36 (1996))。この発明は、ゲノム規模において、プロモーターに対し変化する選好を有する変異シグマ因子を産生する能力を利用する。
【0036】
従来の株改善パラダイムは、主として順次に単一遺伝子改変をなすことに依存し、しばしば全体の最大値に到達することができない。その理由は、代謝環境が複雑であること(H. Alper, K. Miyaoku, G. Stephanopoulos, Nat Biotechnol 23, 612-616 (2005);H. Alper, Y.-S. Jin, J. F. Moxley, G. Stephanopoulos, Metab Eng 7, 155-164 (2005))、および増分的または貪欲な(greedy)探索アルゴリズムが、全ての変異が同時に導入された場合にのみ有利であるような、合成変異体を明らかできないためである。一方タンパク質工学は、ランダム化した突然変異誘発および強化された抗体親和性、酵素特異性、または触媒活性の選択を通して、適合度を迅速に改善することができる(E. T. Boder, K. S. Midelfort, K. D. Wittrup, Proc Natl Acad Sci U S A 97, 10701-5 (2000);A. Glieder, E. T. Farinas, F. H. Arnold, Nat Biotechnol 20, 1135-9 (2002);N. Varadarajan, J. Gam, M. J. Olsen, G. Georgiou, B. L. Iverson, Proc Natl Acad Sci U S A 102, 6855-60 (2005))。これらの例において得られた劇的な強化についての重要な理由は、これらの方法の、広大なアミノ酸組合せスペースの重要なサブセットを、多くの同時変異を評価することにより精査する能力である。本発明を用いて、我々は、σ70シグマ因子の包括的な調節機能を利用して、多数の同時遺伝子発現変化を同様に導入し、こうして、改善された細胞表現型に役割を果たす変異体を選択することにより、全細胞工学(whole cell engineering)を促進する。
【0037】
本発明は、細胞の表現型を変えるための方法を提供する。該方法においては、包括的転写マシナリータンパク質をコードする核酸および随意にそのプロモーターを変異させること、細胞内に前記核酸を発現させて、変異包括的転写マシナリータンパク質を含む変更細胞を提供すること、および、前記変更細胞を培養することを含む。本明細書において、「包括的転写マシナリー」とは、複数の遺伝子の転写を調節する、1または2以上の分子である。包括的転写マシナリーは、RNAポリメラーゼ分子と相互作用し、その活性を調節することにより、遺伝子転写に影響を及ぼすタンパク質であってもよい。包括的転写マシナリーはまた、転写される細胞(例えば、メチルトランスフェラーゼ、ヒストンメチルトランスフェラーゼ、ヒストンアセチラーゼおよびデアセチラーゼ)のゲノムの能力を変えるタンパク質であってもよい。さらに、包括的転写マシナリーは、複数遺伝子の転写を変える、タンパク質以外の分子(例えばマイクロRNA)であってもよい。
【0038】
本発明にしたがって有用な包括的転写マシナリーは、細菌のシグマ因子および抗シグマ因子を含む。シグマ因子をコードする例示の遺伝子としては、σ70をコードするrpoD;σ28をコードするrpoF;σ38をコードするrpoS;σ32をコードするrpoH;σ54をコードするrpoN;σ24をコードするrpoE;およびσ19をコードするfecIが挙げられる。抗シグマ因子はシグマ因子に結合し、それらの利用率を制御し、その結果転写を制御する。大腸菌においては、抗シグマ因子は特にrsd(シグマ因子70について)またはflgMによりコードされる。抗シグマ因子を変異させて、正常細胞の転写におけるそれらの効果を制御することができる。さらに、変異シグマ因子と変異抗シグマ因子との新規な対形成は、細胞における転写のさらなる制御を可能とする。例えば、抗シグマ因子は誘導性プロモーターを用いて発現でき、これは、変異シグマ因子により付与される表現型の、調節可能な制御を可能とする。
【0039】
包括的転写マシナリーはまた、ポリペプチドであって、RNAポリメラーゼI、RNAポリメラーゼIIもしくはRNAポリメラーゼIIIなどの真核細胞のRNAポリメラーゼ類、またはRNAポリメラーゼI、RNAポリメラーゼIIもしくはRNAポリメラーゼIIIのプロモーターに結合し、その活性を調節する前記ポリペプチドも含む。かかる真核細胞の包括的転写マシナリーの例は、TFIIDまたはそのサブユニット、例えばTATA結合タンパク質(TBP)またはTAF25などのTBP関連因子(TAF)、および延長因子である。様々の種からのTBPの例は以下を含む:NP_011075.1;AAA35146.1;XP_447540.1;NP_986800.1;XP_454405.1;1YTB;1TBP;XP_462043.1;AAA79367.1;XP_501249.1;NP_594566.1;AAA79368.1;AAY23352.1;Q12731;BAE57713.1;XP_001213720.1;XP_364033.1;XP_960219.1;CAJ41964.1;EAT85966.1;XP_754608.1;XP_388603.1;P26354;EAU88086.1;XP_758541.1;XP_662580.1;XP_710759.1;XP_572300.1;および BAB92075.1。酵母からの包括的転写マシナリーのさらなる例は、GAL11、SIN4、RGR1、HRS1、PAF1、MED2、SNF6、SNF2およびSWI1を含む。
【0040】
包括的転写マシナリーはまた、転写される染色体DNAの能力を変えるポリペプチド、例えば核酸メチルトランスフェラーゼ(例えば、DamMT、DNMT1、Dnmt3a);ヒストンメチルトランスフェラーゼ(例えばSet1、MLL1);ヒストンアセチラーゼ(例えばPCAF、GCN5、Sas2pおよび他のMYST型ヒストンアセチラーゼ、TIP60);およびヒストンデアセチラーゼ(例えば、HDAC1、HDA1、HDAC2、HDAC3、RPD3、HDAC8、Sir2p)、および関連する因子(例えばHDACは、mSin3A、Mi−2/NRD、CoREST/kiaa0071、N−CoRおよびSMRTに関連する)を含む。
さらに他の包括的転写マシナリーは、ミトコンドリアまたは葉緑体などの真核細胞のオルガネラの核酸分子によりコードされる。
【0041】
包括的転写マシナリーの前述の例は、例示目的のみである。当業者に周知であるように、包括的転写マシナリーの多数の他の例が知られており、他の種からの前述の例の多数の別の例も知られている。本発明は、前記の全ての使用を含む。
さらに、本発明により有用である包括的転写マシナリーは、目的分子と少なくともX%同一である、配列を含む。例えば、S. cerevisiaeTBP SPT15と同一配列を共有する分子、すなわち、SPT15の相同体は、本発明による使用に考慮される。かかる相同体は、少なくとも約70%同一であり、好ましくは少なくとも約75%同一であり、より好ましくは少なくとも約80%同一であり、さらにより好ましくは少なくとも約85%同一であり、さらになお好ましくは少なくとも約90%同一であり、さらにより好ましくは少なくとも約95%同一であり、さらにより好ましくは少なくとも約97%同一であり、そして最もこのましくは少なくとも約99%同一である。
【0042】
多くの例において、包括的転写マシナリーを変異させる方法は、包括的転写マシナリーの複数の変異を繰り返して作製することを含むが、しかしこれは必ずしも必要ではなく、何故ならば、包括的転写マシナリーの単一の変異であっても、本明細書に示すように、表現型の劇的な変化をもたらすことができるからである。
本発明の方法は典型的には、包括的転写マシナリーを変異させ、続いて変異包括的転写マシナリーを細胞内に導入して変更細胞を作製することにより実施するが、しかしまた、内在性包括的転写マシナリー遺伝子を、例えば変異包括的転写マシナリーで置換することにより、または、内在性包括的転写マシナリーのin situでの変異により、変異させることも可能である。本明細書で用いる場合、「内在性」とは、細胞に先天的に備わっていることを意味する;包括的転写マシナリーを変異させる場合、内在性とは、細胞内にある、包括的転写マシナリーの1または2以上の遺伝子をさす。対照的に、さらに典型的な方法論においては、細胞外の1または2以上の包括的転写マシナリー遺伝子の変異と、続いて変異遺伝子(単数または複数)の細胞内への導入を含む。
【0043】
包括的転写マシナリー遺伝子は、それらが導入される細胞としては、同一種または異なる種のものであってもよい。例えば、本明細書に示すように、大腸菌シグマ因子70を変異させて大腸菌に導入し、大腸菌細胞の表現型を変化させた。大腸菌の他の包括的転写マシナリーも、同様の様式で用いることができる。同様に、特定の酵母種、例えばS. cerevisiaeまたはS pombeの包括的転写マシナリーも、変異させて同じ酵母種内に導入することができる。同様に、線虫種、例えばC. elegans、または哺乳類種、例えばM. musculus、R. norvegicusもしくはH. sapiensの包括的転写マシナリーも、本明細書で提供される具体例と同様の様式で、標準の遺伝子組み換え技術を用いて、変異させて同じ種内に導入することができる。
【0044】
代替的に、異なる種からの包括的転写マシナリーを利用して、遺伝子の転写調節において追加の変化を提供することができる。例えば、Streptomyces菌の包括的転写マシナリーを変異させ、大腸菌に導入することができる。異なる包括的転写マシナリーもまた、生物の異なる界または門から供給することができる。用いる変異の方法に依存して、同一または異なる包括的転写マシナリーを、例えば遺伝子シャフリングにより組み合わせて、本発明の方法において用いることができる。
随意に、包括的転写マシナリーのコード配列そのものではなく、その転写調節配列を変異させてもよい。転写調節配列は、プロモーターおよびエンハンサー配列を含む。変異させたプロモーターおよび/またはエンハンサー配列は、包括的転写マシナリーのコード配列に結合され、次に細胞内に導入することができる。
【0045】
変更細胞を産生するために変異包括的転写マシナリーを細胞内に導入した後、変更細胞の表現型を決定/試験する。これは、変更細胞を特定表現型の存在(または不在)について選択することにより実施する。表現型の例は、以下にさらに詳細に記載される。表現型はまた、変更細胞の表現型を、変更前の細胞の表現型と比較することによっても決定することができる。
好ましい態様において、包括的転写マシナリーの変異および変異包括的転写マシナリーの導入は1回または2回以上繰り返されて、「第n世代」変更細胞(ここで「n」は、包括的転写マシナリーの変異および導入の繰り返し数)を産生する。例えば、包括的転写マシナリーの変異および導入を1回繰り返すこと(最初の包括的転写マシナリーの変異および導入の後に)は、第2世代変更細胞をもたらす。その次の反復は、第3世代変更細胞をもたらす、等である。反復して変異された包括的転写マシナリーを含有する細胞の表現型を、次に、本明細書の別の部分での記載のようにして、決定する(または非変異包括的転写マシナリーもしくは前の代の変異包括的転写マシナリーを含有する細胞と比較する)。
【0046】
包括的転写マシナリーを反復して変異させるプロセスにより、順次の変異ステップにわたって表現型の改善が可能となり、これらステップの各々は、包括的転写マシナリーの複数の変異をもたらし得る。反復変異はまた、特定のアミノ酸残基が、反復のプロセスにわたり包括的転写マシナリー内で「顕在化し」、および「不顕在化する」ことも可能である。かかる変異の例は、実施例において提供される。
手法の典型的な使用においては、包括的転写マシナリーを、包括的転写マシナリーをコードする核酸分子を変異させることにより、定方向進化に付す。核酸分子を変異させる好ましい方法は、コード配列を突然変異させて、次に核酸分子をベクター内(例えばプラスミド)に導入することである。このプロセスは所望により逆にしてもよく、すなわち、最初に核酸分子をベクター内に挿入し、次にこの配列を突然変異させるのであるが、しかし、コード配列を、ベクター内に導入する前に変異させるのが好ましい。
【0047】
包括的転写マシナリーの定方向進化を繰り返す場合、すなわち、本発明の反復プロセスにおいて、好ましい方法は、変異包括的転写マシナリーをコードする核酸配列および、随意にそのプロモーターを、変更細胞から単離することを含む。単離された核酸分子を次に変異させ(変異包括的転写マシナリーの第2世代をコードする核酸を産生する)、続いて他の細胞内に導入する。
【0048】
単離された核酸分子は変異すると、異なる変異または変異のセットを有する、変異核酸分子のコレクションを形成する。例えば、核酸分子はランダムに変異した場合、核酸分子の長さに沿った1または2以上の位置における変異を含む、変異のセットを有することができる。したがって、このセットの第1メンバーは、ヌクレオチドn1において1つの変異を有してよく(ここでnxは核酸分子のヌクレオチド配列の数を表わし、xは、分子の第1〜最終ヌクレオチドまでにおける、ヌクレオチドの位置である)。セットの第2メンバーは、ヌクレオチドn2において1つの変異を有してよい。セットの第3メンバーは、ヌクレオチドn1およびn3において2つの変異を有してよい。セットの第4メンバーは、n4およびn5の位置において2つの点変異を有してよい。セットの第5メンバーは、3つの変異を有してよい:ヌクレオチドn4およびn5において2つの変異、およびヌクレオチドn6〜n7において1つの欠失。セットの第6メンバーは、ヌクレオチドn1、n5およびn8において点変異を、および3’端ヌクレオチドの切断を有してよい。セットの第7メンバーは、ヌクレオチドn9〜n10を、ヌクレオチドn11〜n12と切り換えて有してよい。種々の他の組合せも、当業者には容易に想定することができ、これには、ランダムおよび定方向変異の組合せを含む。
【0049】
核酸分子のコレクションは、核酸のライブラリであってよく、例えば、ベクター内に挿入された多数の異なる変異核酸分子などである。かかるライブラリは、保存し、複製し、アリコートを取り、および/または細胞内に導入して、分子生物学の標準法にしたがって変更細胞を産生することができる。
定方向進化のための包括的転写マシナリーの変異は、ランダムであるのが好ましい。しかし、包括的転写マシナリーに対して、ランダムではないかまたは部分的にランダムな変異を作製するため、またはこれらの変異のいくつかの組合せを作製するために、包括的転写マシナリーに導入される変異のランダム性を限定することも可能である。例えば、部分的にランダムな変異のために、1または2以上の変異は、包括的転写マシナリーをコードする核酸分子のある部分に限定してもよい。
【0050】
変異の方法は、所望の変異の種類に基づいて選択可能である。例えばランダム変異に対しては、核酸分子の変異性PCR増幅を用いることができる。部位特異的突然変異誘発を用いて、特異的変異を核酸分子の特定のヌクレオチドに導入することができる。核酸分子の合成を用いて、特異的変異および/またはランダム変異を導入でき、後者については、1または2以上の特定のヌクレオチドにおいて、または核酸分子の全長にわたって導入できる。核酸の合成方法は、当業者に周知である(例えば、Tian et al., Nature 432: 1050-1053 (2004))。
【0051】
DNAシャフリング(遺伝子シャフリングとしても知られている)を用いて、核酸分子の断片の交換によりさらに他の変異を導入することができる。例えば、米国特許第6,518,065号、関連特許、およびこれに引用されている文献を参照のこと。シャフリングの給源となる材料として用いる核酸分子は、1種類の包括的転写マシナリー(例えばσ70)をコードする、または、2種類以上の包括的転写マシナリーをコードする、1または2種以上の核酸分子であってもよい。例えば、異なる包括的転写マシナリーをコードする核酸分子、例えば単一種の異なるシグマ因子(例えば大腸菌のσ70およびσ28)、または異なる種からのシグマ因子を、シャフリングすることができる。同様に、異なる種類の包括的転写マシナリーをコードする核酸分子、例えばシグマ因子70とTFIIDをシャフリングすることもできる。
【0052】
ランダムまたは非ランダムな様式で、核酸分子を変異させる種々の他の方法が、当業者に周知である。1または2以上の異なる方法を組み合わせて用いて、包括的転写マシナリーをコードする核酸分子における変異を作製することができる。この側面において、「組み合わせて」とは、異なる種類の変異を単一の核酸分子内で組み合わせ、複数核酸分子のセットにおいて調和させることを意味する。異なる種類の変異とは、点変異、ヌクレオチドの切断、ヌクレオチドの欠失、ヌクレオチドの付加、ヌクレオチドの置換、およびヌクレオチドのセグメントのシャフリング(例えば、再組合せ)を含む。したがって、任意の単一の核酸分子は、1または2種類以上の変異を有することができ、これらはランダムまたは非ランダムに核酸分子のセットにおいて調和される。例えば、核酸分子のセットは、セット内の各核酸分子に共通する1つの変異、およびセット内の各核酸分子に共通していない、可変数の変異を有することができる。共通の変異は、例えば、細胞の所望の変更された表現型に有利であることが見出されたものであってもよい。
【0053】
好ましくは、包括的転写マシナリーのプロモーター結合領域は、1または2以上の切断または欠失によって分断または除去されていない。
変異包括的転写マシナリーは、非変異包括的転写マシナリーと比べて、増加または減少した遺伝子の転写を示すことができる。さらに、変異包括的転写マシナリーは、非変異包括的転写マシナリーと比べて、増加または減少した遺伝子転写の抑制を示すことができる。
本明細書において、「ベクター」とは、異なる遺伝的環境間の移送のため、または宿主細胞内における発現のために、制限および連結によって所望の配列がその中に挿入されてもよい、多数の核酸の任意のものをであってもよい。ベクターは典型的にはDNAで構成されるが、RNAベクターも利用可能である。ベクターは、プラスミド、ファージミド、ウィルスゲノム、および人工染色体を含むが、これに限定されない。
【0054】
クローニングベクターは、自律的に複製することができるか、あるいは宿主細胞のゲノムに組込まれるものであり、それはさらに、1または2以上のエンドヌクレアーゼ制限部位であって、そこで当該ベクターが決定可能な様式で切断され、そこに所望のDNA配列が連結されて新規な組み換えベクターが宿主細胞におけるその複製能を保持するようにできる、前記エンドヌクレアーゼ制限部位によって特徴づけられる。プラスミドの場合には、所望の配列の複製は、宿主細菌内のプラスミドのコピー数の増加に従って何度も起きてよく、あるいは細胞分裂により宿主が再生される前に宿主あたり1回だけでもよい。ファージの場合には、複製は溶菌相の間は活発に、または溶原相の間は受動的に起きてもよい。
【0055】
発現ベクターは、その中に所望のDNA配列が制限および連結により挿入され、それが調節配列に対して作動可能に連結されて、RNA転写物として発現されるようにするものである。ベクターはさらに、当該ベクターによって形質転換またはトランスフェクトされたか、またはされない細胞を同定することにおける使用に適した1または2以上のマーカー配列を含んでもよい。マーカーは、例えば抗生物質または他の化合物に対する抵抗性または感受性のどちらかを亢進または低下させるタンパク質をコードしている遺伝子、その活性が当該技術分野における標準的な分析法によって検出可能な酵素(例えば、β−ガラクトシダーゼ、ルシフェラーゼ、またはアルカリ性ホスファターゼ)をコードする遺伝子、および形質転換またはトランスフェクトされた細胞、宿主、コロニー、またはプラーク(例えば、緑色蛍光タンパク質)の表現型に視覚的に影響する遺伝子を含む。好ましいベクターは、自律的な複製と、それに対してベクターが作動可能に連結されているDNAセグメントに存在する構造遺伝子産物の発現が可能なベクターである。
【0056】
本明細書において、コード配列および調節配列は、当該コード配列の発現または転写が、当該調節配列の影響または支配下にあるように位置される様式において共有結合されている場合、「作動可能に」結合されていると言う。もし当該コード配列を機能タンパク質に翻訳することが望まれる場合には、2つのDNA配列は、もし5’調節配列におけるプロモーターの誘導の結果当該コード配列の転写を生じ、またもし当該2つのDNA配列の間の連結の性質が、(1)フレームシフト突然変異を誘発する結果とならず、(2)当該コード配列の転写を指示するための当該プロモーター領域の能力を妨害せず、あるいは(3)タンパク質に翻訳されるべき対応するRNA転写物の能力を妨害しない場合には、「作動可能に」連結されているといわれる。したがってプロモーター領域は、もし当該プロモーター領域が、結果として得られる転写物が所望のタンパク質またはポリペプチドに翻訳されるように、そのDNA配列の転写を果たすことができれば、作動可能にコード配列に結合されていることになる。
【0057】
遺伝子発現に必要な調節配列の詳細な性質は、種または細胞型の間で異なってもよいが、一般的には、必要なこととして、TATAボックス、キャッピング配列、CAAT配列などの、各々転写および翻訳の開始に関与する5’非転写、および5’非翻訳配列を含むであろう。特に、かかる5’非転写調節配列は、作動可能に結合された遺伝子の転写調節のためのプロモーター配列を含むプロモーター領域を含むであろう。調節配列はまたエンハンサー配列か、または所望の上流のアクチベーター配列を含んでもよい。本発明のベクターは、任意に5’リーダーまたはシグナル配列を含んでもよい。適当なベクターの選択および設計は、当業者の能力および自由裁量の範囲内にある。
【0058】
発現に必要な要素のすべてを含む発現ベクターが市販されており、当業者には周知である。例えば、 Sambrookらの、Molecular Cloning: A Laboratory Manual、第2版、Cold Spring Harbor Laboratory Press、1989参照のこと。細胞は、CT抗原ポリペプチドまたはその断片もしくは変異体をコードしている異種DNA(RNA)を当該細胞に導入することにより遺伝子操作される。その異種DNA(RNA)は、宿主細胞における異種DNAの発現を可能にするための転写エレメントの作動可能な支配下に置かれる。
哺乳類細胞におけるmRNA発現についての好ましいシステムは、pRc/CMVおよびpcDNA3.1(Invitrogen, Carlsbad, CAより市販)などの、G418抵抗性を付与する遺伝子(安定にトランスフェクトされた細胞系の選択を容易にする)などの選択可能なマーカーと、ヒトサイトメガロウイルス(CMV)エンハンサー−プロモーター配列を含む。さらに、霊長類またはイヌの細胞系における発現に適したものはpCEP4ベクター(Invitrogen)であり、これは多コピー染色体外エレメントとしてのプラスミドの維持を容易にするEB−ウイルス(EBV)の複製起点を含む。
【0059】
変異包括的転写マシナリーをコードする核酸分子が細胞内で発現される場合、種々の転写調節配列(例えばプロモーター/エンハンサー配列)を用いて、包括的転写マシナリーの発現を誘導することができる。プロモーターは天然のプロモーターであってよく、すなわち、包括的転写マシナリー遺伝子のプロモーターであり、これは包括的転写マシナリーの発現の正常な調節を提供する。プロモーターはまた、ベータ−アクチン、ユビキチンB、ファージプロモーターまたはサイトメガロウィルスプロモーターなどの、普遍的に発現されるものであってもよい。本発明に有用なプロモーターはまた、包括的転写マシナリーを普遍的に発現しないものであってもよい。例えば、包括的転写マシナリーは、組織特異的プロモーター、細胞特異的プロモーター、またはオルガネラ特異的プロモーターを用いて細胞内に発現させることができる。種々の条件的プロモーターもまた用いることができ、例えば、テトラサイクリン反応性プロモーターなどの、分子の存在または不在により制御されるプロモーターである(M. Gossen and H. Bujard, Proc. Natl Acad. Sci. USA, 89, 5547-5551 (1992))。
【0060】
変異包括的転写マシナリーをコードする核酸分子は、当分野で標準の方法および技術を用いて、1または2以上の細胞内に導入することができる。例えば、核酸分子は、種々の転写方法、形質導入、エレクトロポレーション、粒子衝撃、注射(細胞の顕微注射および多細胞生物への注射を含む)、リポフェクション、YAC(酵母人工染色体)についての酵母スフェロプラスト/細胞融合、植物細胞に対するアグロバクテリウム媒介性の形質転換などによって、導入することができる。
変異包括的転写マシナリーをコードする核酸分子の発現はまた、核酸分子をゲノムに統合すること、または内在性包括的転写マシナリーをコードする核酸配列を置き換えることによっても、実現してよい。
【0061】
包括的転写マシナリーを変異させることにより、複数ラウンドの変異により産生される包括的転写マシナリーをコードする核酸分子を含む、新規な組成物が提供される。複数ラウンドの変異は、各ラウンドの変異に後に、所望の表現型をもたらす変異包括的転写マシナリーを選択するための選択プロセスを行う、定方向進化を含むことができる。包括的転写マシナリーの変異および選択の方法は、本明細書の他の部分に提供されている。これらの核酸分子により産生される包括的転写マシナリーもまた、提供される。
【0062】
ある場合において、変異包括的転写マシナリーは、非変異包括的転写マシナリーの切断型である。特に、シグマ因子70に対して、σ70タンパク質のカルボキシ末端のみを残したσ70のアミノ末端切断が、これを導入した細菌に有利な表現型を付与することが見出された。したがって、包括的転写マシナリーの断片、特に非変異包括的転写マシナリーのプロモーター結合特性を保持する断片、さらに特には領域4を含むσ70断片が、提供される。ベクターおよび/または細胞内に含有されている核酸分子を含む、切断包括的転写マシナリーをコードする核酸分子もまた提供される。
【0063】
本発明に有用な細胞は、原核細胞および真核細胞を含む。原核細胞は、細菌細胞および古細菌細胞を含む。真核細胞は、酵母細胞、哺乳類細胞、植物細胞、昆虫細胞、幹細胞、および真菌細胞を含む。真核細胞は、例えば、多細胞生物の一部または全体に含まれていてよい。多細胞生物は、哺乳類、Caenorhabditis elegansなどの線虫類、Arabidopsis thalianaなどの植物、Bombyx mori、Xenopus laevis、ゼブラフィッシュ(Danio rerio)、ウニおよびDrosophila melanogasterなどを含む。
【0064】
細菌の例は、Escherichia spp.、Streptomyces spp.、Zymonas spp.、Acetobacter spp.、Citrobacter spp.、Synechocystis spp.、Rhizobium spp.、Clostridium spp.、Corynebacterium spp.、Streptococcus spp.、Xanthomonas spp.、Lactobacillus spp.、Lactococcus spp.、Bacillus spp.、Alcaligenes spp.、Pseudomonas spp.、Aeromonas spp.、Azotobacter spp.、Comamonas spp.、Mycobacterium spp.、Rhodococcus spp.、Gluconobacter spp.、Ralstonia spp.、Acidithiobacillus spp.、Microlunatus spp.、Geobacter spp.、Geobacillus spp.、Arthrobacter spp.、Flavobacterium spp.、Serratia spp.、Saccharopolyspora spp.、Thermus spp.、Stenotrophomonas spp.、Chromobacterium spp.、Sinorhizobium spp.、Saccharopolyspora spp.、Agrobacterium spp.およびPantoea spp.を含む。
古細菌(始原細菌としても知られている)の例は、Methylomonas spp.、Sulfolobus spp.、Methylobacterium spp.、Halobacterium spp.、Methanobacterium spp.、Methanococci spp.、Methanopyri spp.、Archaeoglobus spp.、Ferroglobus spp.、Thermoplasmata spp.およびThermococci spp.を含む。
【0065】
酵母の例は、Saccharomyces spp.、Schizosaccharomyces spp.、Pichia spp.、Paffia spp.、Kluyveromyces spp.、Candida spp.、Talaromyces spp.、Brettanomyces spp.、Pachysolen spp.、Debaryomyces spp.、および工業用倍数体酵母株を含む。
真菌の例は、Aspergillus spp.、Pennicilium spp.、Fusarium spp.、Rhizopus spp.、Acremonium spp.、Neurospora spp.、Sordaria spp.、Magnaporthe spp.、Allomyces spp.、Ustilago spp.、Botrytis spp.およびTrichoderma spp.を含む。
昆虫細胞の例は、例えばSf9およびSf21などのSpodoptera frugiperda細胞系、Kc、Ca、311、DH14、DH15、DH33P1、P2、P4およびSCHNEIDER−2(d.Mel−S2)などのDrosophila melanogaster細胞系、および652YなどのLymantria dispar cedll細胞系を含む。
【0066】
哺乳類細胞の例は、幹細胞および樹状細胞などの一次細胞、ならびにVero、HEK293、Sp2/0、P3U1、CHO、COS、Hela、BAE−1、MRC−5、NIH3T3、L929、HEPG2、NS0、U937、HL60、YAC1、BHK、ROS、Y79、Neuro2a、NRK、MCF−10、RAW264.7、およびTBY−2などの哺乳類細胞系を含む。
幹細胞系は、hESC BG01、hESC BG01V、ES−C57BL/6、ES−D3 GL、J1、R1、RW.4、7AC5/EYFP、およびR1/Eを含む。さらなるヒト幹細胞系は、(NIHの表示により)CH01、CH02、GE01、GE07、GE09、GE13、GE14、GE91、GE92、SA19、MB01、MB02、MB03、NC01、NC02、NC03、RL05、RL07、RL10、RL13、RL15、RL20、およびRL21を含む。
【0067】
包括的転写マシナリーの定方向進化は、変更細胞を産生し、これらのいくつかは変更された表現型を有する。したがって本発明はまた、変更細胞を所定の1または2以上の表現型について選択することを含む。所定の表現型の選択は、変更細胞を選択条件下で培養することにより実施できる。所定の表現型の選択はまた、表現型について個別の細胞の高スループットアッセイによっても実施できる。例えば、細胞は、有害性の条件に対する耐性および/または代謝物の産生の増加について選択することができる。耐性表現型は、エタノールなどの溶媒およびヘキサンもしくはシクロヘキサンなどの有機溶媒への耐性;酢酸塩、パラ−ヒドロキシ安息香酸(pHBA)、パラ−ヒドロキシ桂皮酸、ヒドロキシプロピオンアルデヒド、過剰発現タンパク質、有機溶媒および免疫抑制分子などの、毒性代謝物への耐性;界面活性剤への耐性;浸透ストレスへの耐性;高い糖質濃度への耐性;高温への耐性;極度なpH条件(高いかまたは低い)への耐性;アポトーシスへの抵抗性;有害廃棄物などの毒性基質への耐性;工業用培地への耐性;増加した抗生物質抵抗性などを含む。エタノール耐性、有機溶媒耐性、酢酸塩耐性、パラ−ヒドロキシ安息香酸耐性、SDS耐性および抗生物質抵抗性についての選択は、実施例において例示される。他の実施例において、リコペンおよびポリヒドロキシ酪酸塩の産生の増加についての選択が例示される。酵母細胞についての実施例において、高い糖(グルコース)への耐性、浸透ストレス(LiCl)耐性、ならびに高濃度のグルコースおよびエタノール両方への多耐性についての選択が例示される。
【0068】
多細胞生物において発現される追加の表現型も、選択することができる。包括的転写マシナリーの変異形態は、哺乳類または他の真核細胞系に導入することができ、または生物全体へも(例えば生殖細胞系への導入または卵母細胞への注射により)導入できて、表現型のスクリーニングを可能とする。かかる表現型は、生物の単細胞において発現されてもされなくてもよく、これらは以下を含む:1または2以上の増殖特性、世代時間、1または2以上の有害生物または疾患に対する耐性、果実または植物の他の部分の産生、1または2以上の発育変動、1または2以上の寿命の変化、機能の獲得または喪失、頑強性の増加など。
【0069】
本明細書において、変異包括的転写マシナリーを含有する変更細胞に関し、「耐性」は、変更細胞が有害性の条件に対して、変更されていない細胞または前に変更された細胞よりもよりよく耐え得ることを意味する。例えば、変更されていないもしくは前に変更された細胞は、「子」変更細胞の「親」であるか、または変更されていないもしくは前に変更された細胞は、第n世代である試験されている細胞と比べて、第(n−1)世代である。「有害性の条件に耐える」とは、変更細胞が、変更されていない細胞または前に改変された細胞に比べて、増殖および/または生存が増加することを意味する。この概念はまた、細胞に対して毒性である代謝物の産生の増大も含む。
【0070】
高い糖濃度への耐性については、かかる濃度は、≧100g/L、≧120g/L、≧140g/L、≧160g/L、≧180g/L、≧200g/L、≧250g/L、≧300g/L、≧350g/L、≧400g/L、≧450g/L、≧500g/Lなどであることができる。高い塩濃度への耐性については、かかる濃度は、≧1M、≧2M、≧3M、≧4M、≧5Mなどであることができる。高温への耐性については、温度は、細菌細胞に対して例えば≧42℃、≧44℃、≧46℃、≧48℃、≧50℃であることができる。他の温度カットオフは、用いる細胞型により選択してよい。極端なpHへの耐性については、例示のpHカットオフは例えば、≧pH10、≧pH11、≧pH12、≧pH13、または≦pH4.0、≦pH3.0、≦pH2.0、≦pH1.0である。界面活性剤への耐性については、例示の界面活性剤濃度は、≧5%w/v、≧6%w/v、≧7%w/v、≧8%w/v、≧9%w/v、≧10%w/v、≧12%w/v、≧15%w/vなどである。エタノールへの耐性については、例示のエタノール濃度は、≧4%v/v、≧5%v/v、≧6%v/v、≧7%v/v、≧8%v/v、≧9%v/v、≧10%v/vなどである。浸透ストレスへの耐性については、浸透ストレスを誘発する例示の濃度(例えばLiClの濃度)は、≧100mM、≧150mM、≧200mM、≧250mM、≧300mM、≧350mM、≧400mMなどである。
【0071】
本発明は、細胞による代謝物の産生の増加を得ることを含む。本明細書において、「代謝物」は、細胞内で産生されるか、または産生することができる、任意の分子である。代謝物は、代謝中間体または最終産物を含み、これらのいずれも細胞に対して毒性であってよく、その場合、産生の増加には、毒性代謝物に対する耐性が関与し得る。したがって、代謝物は小分子、ペプチド、巨大タンパク質、脂質、糖類などを含む。例示の代謝物は、実施例において示される代謝物(リコペン、ポリヒドロキシ酪酸塩およびエタノール);抗体または抗体断片などの治療的タンパク質を含む。
【0072】
本発明はまた、複数の表現型、例えば複数の有害性条件への耐性、複数代謝物の産生の増加またはこれらの組合せなどについての選択を提供する。1つの例は、実施例に示されている、高いグルコースおよびエタノールに対する酵母の多耐性である。
変異包括的転写マシナリーの導入前に、所定の表現型について最適化されている細胞を用いることが、有利となり得る。したがって、例えばリコペンの産生において、少量のリコペンのみを産生する細菌細胞から出発するより、より大量のリコペンを産生する細胞を用いるのが好ましく、より好ましくは、最適量のリコペンを産生する細胞である。かかる場合において、変異包括的転写マシナリーは、既に改善されている表現型をさらに改善するために用いられる。
【0073】
変異包括的転写マシナリーの作用を介して、変更細胞は遺伝子の変更された発現を有するであろう。本発明の方法は、ある側面において、変更細胞における遺伝子発現の変化を同定することを含む。遺伝子発現における変化は、当分野で周知の種々の方法を用いて同定することができる。好ましくは遺伝子発現における変化は、核酸マイクロアレイを用いて決定する。
【0074】
本発明のいくつかの側面において、変異包括的転写マシナリーによってある細胞において産生される、遺伝子発現における1または2以上の変化は、同一(または類似)表現型を産生するために、他の細胞においても再度産生が可能である。変異包括的転写マシナリーによって産生される遺伝子発現における変化は、上記のようにして同定することができる。1または2以上の個々の遺伝子は次に、遺伝子の組み換え発現または他の方法によって、調節用に標的化することができる。例えば、変異包括的転写マシナリーは、遺伝子A、B、C、DおよびEの発現の増加をもたらし、遺伝子F、GおよびHの発現の減少をもたらし得る。本発明は、1または2以上のこれらの遺伝子の発現を調節して、変異包括的転写マシナリーによって産生される表現型を再産生することを含む。所定の表現型を再産生するために、1または2以上の遺伝子A、B、C、D、E、F、GおよびHを、次のようにして増加させることができる:例えば、細胞内に遺伝子配列(単数もしくは複数)を含有する発現ベクター(単数もしくは複数)を導入することにより、1もしくは2以上の遺伝子産物をコードする1もしくは2以上の内在性遺伝子の転写を増加させることにより、または、1もしくは2以上の遺伝子の転写調節(例えばプロモーター/エンハンサー)配列を変異させることにより;あるいは、これを次のようにして減少することができる:例えば核酸分子などの1もしくは2以上の遺伝子産物の発現を減少させる核酸分子を、またはsiRNA分子を発現する核酸分子を、第1細胞内に導入することにより、あるいは、1もしくは2以上の遺伝子産物をコードする1もしくは2以上の遺伝子、または1もしくは2以上の遺伝子の転写調節(例えばプロモーター/エンハンサー)配列を変異させることによる。
【0075】
任意に、変異包括的転写マシナリーを含有する細胞での遺伝子発現の変化を用いて、遺伝子またはタンパク質ネットワークのモデルを構築し、これを次に、ネットワークの1または2以上の遺伝子産物のいずれを変更するかを選択するのに用いることができる。遺伝子またはタンパク質ネットワークのモデルは、Idekerおよび同僚らによる方法(例えばKelley et al., Proc Natl Acad Sci USA 100(20), 11394-11399 (2003);Yeang et al. Genome Biology 6(7), Article R62 (2005);Ideker et al., Bioinformatics. 18 Suppl 1:S233-40 (2002)を参照)、またはLiaoおよび同僚らによる方法(例えばLiao et al., Proc Natl Acad Sci USA 100(26), 15522-15527 (2003);Yang et al., BMC Genomics 6, 90 (2005)を参照)を用いて作製することができる。
【0076】
本発明はまた、本明細書に記載の任意の方法により産生される細胞、およびかかる細胞を含有する多細胞生物を含む。かかる細胞は、分子の工業用生産(例えば、多くの耐性表現型および増加代謝物産生表現型);バイオレメディエーション(例えば有害廃棄物耐性表現型);癌因果関係において活性な遺伝子の同定(例えばアポトーシス耐性表現型);細菌および他の原核生物の抗生物質への耐性において活性な遺伝子の同定;有害生物の殺虫剤への耐性において活性な遺伝子の同定、などを含む種々の目的に有用である。
他の側面において、本発明は代謝物の産生を変化させるための方法を提供する。該方法は、本明細書の他の部分で記載されている方法に従って、包括的転写マシナリーを変異させて、変更細胞を産生することを含む。細胞は、好ましくは、選択された代謝物を産生する細胞であり、上記したように、代謝物の産生について以前に最適化された細胞である。選択の代謝物の増加量または減少量を産生する変更細胞を、次に単離することができる。方法はまた、単離細胞を培養し、細胞または細胞培養物から代謝物を回収することを含む。細胞の培養および代謝物の回収のステップは、当分野に周知の方法を用いて行うことができる。種々の好ましい細胞型、包括的転写マシナリーおよび代謝物は、本明細書の別の部分に提供されている。
【0077】
本明細書においてさらに例示されるように、本発明は、エタノールの産生に用いることができる、遺伝子操作酵母株を含む。多種類の酵母の任意のものを本発明にしたがって改変して、エタノールの産生に用いることができる。例示の酵母は上記されており、例えば、Saccharomyces、Schizosaccharomyces、Kluyveromyces、Candida、Pichia、Hansenula、Trichosporon、Brettanomyces、PachysolenおよびYamadazymaの属の酵母、ならびに工業用倍数体酵母株を含む。ある態様において、酵母は、S. cerevisiae、K. marxianus、K. lactis、K. thermotolerans、C. sonorensis、C. methanosorbosa、C. diddensiae、C. parapsilosis、C. naeodendra、C. balnkii、C. entomophila、C. shecatae、P. tannophilusまたはP. stipitis、K. marxianus、C. sonorensis、C. shehatae、Pachysolen tannophilusであり、Pichia stipitisが、キシロース上で増殖する酵母細胞の例である。これは、キシルロース−5−リン酸からグリセルアルデヒド−3−リン酸への天然の経路を有し、また、天然の機能性アルドースおよび/またはキシロースレダクターゼ遺伝子、活性キシリトールデヒドロゲナーゼ遺伝子、およびキシロースを細胞壁または膜を通して輸送する天然の能力を有する。本発明の種々の態様において、酵母は、一倍体、二倍体、または倍数体(そのゲノムのいくつかまたは全てについて、2つより多いコピーを有する)であることができる。
【0078】
本発明のある態様において、酵母は遺伝的に操作されて、糖を取り込むかまたは代謝する能力を増加させる1または2以上のタンパク質を、発現させるかまたは過剰発現させる(野生型のレベルに比べて)。糖は、単糖類、二糖類、またはオリゴ糖であってもよい。糖は、酵母によって通常は大量に利用されないものであってもよい。糖は、キシロース、アラビノースなどであってもよい。キシロース代謝のために酵母を操作する多数のアプローチが当分野に知られている。例えば、Jeffries, et al., Curr. Op. Biotechnol., 17: 320-326, 2006およびこの中で引用されている参考文献を参照のこと;これらは、参照として本明細書に組み込まれる。酵母は、多くの生物で見出されたキシロース代謝の生化学的経路である、ペントースリン酸経路(PPP)を実施するよう操作されてもよい。好適なタンパク質は、キシロースレダクターゼ、キシリトールデヒドロゲナーゼ、ホスホケトラーゼ、および基質の細胞への侵入を促進するトランスポーターもしくはパーミアーゼを含むが、これに限定されない。ある態様において、酵母は、少なくとも2種の糖類、例えばグルコースおよびキシロースを、エタノールへと代謝することができる。
【0079】
本発明のある態様において、例えば酵母などの第1微生物からの1または2以上のタンパク質を、第2微生物内で発現させる。例えば、天然にキシロースを代謝する酵母(例えばP. stipitis)からの1または2以上の遺伝子を、キシロースを効率的に代謝しないかまたはより非効率的に利用する酵母内で、発現させることができる。ある態様において、ペントースリン酸経路内のタンパク質をコードする遺伝子が過剰発現される。ある態様において、アルドースレダクターゼ遺伝子が、削除されるか、破壊されるか、またはその他により非機能的にされる。
【0080】
ある態様において、キシロースを発酵させる組み換え酵母株であって、キシロースレダクターゼ、キシリトールデヒドロゲナーゼ、およびキシルロキナーゼを発現し、PHO13またはPHO13オルソログの発現の減少を有する前記酵母株を用いる。例えば米国特許広報第2006/0228789を参照のこと。ある態様において、酵母は、キシロースレダクターゼ、キシリトールデヒドロゲナーゼ、およびキシルロキナーゼをコードする遺伝子を含有する組み換え酵母である。例えば、米国特許第5,789,210号参照のこと。ある態様において、酵母は、グリセロールなどの1または2以上の二次的代謝産物の産生を低減するか、または消失させるように、遺伝子操作されるか、または選択される。例えば、ある態様において、例えばS. cerevisiaeのFPS1遺伝子などの、グリセロールの輸送に役割を持つチャネルをコードする遺伝子が、削除されるか、破壊されるか、またはその他により非機能的にされる。ある態様において、グルタミンシンターゼ遺伝子、例えばS. cerevisiaeのGLT1が、過剰発現される(Kong, et al., Biotechnol. Lett., 28: 2033-2038, 2006)。ある態様において、酵母株は、過剰なNADH形成の減少および/またはATP消費の増加を有するように、操作されるかまたは選択される。ある態様において、グルタミンシンセターゼ(S. cerevisiaeのGLN1)をコードする遺伝子が過剰発現される。ある態様において、グルタミンシンターゼ(S. cerevisiaeのGLT1)をコードする遺伝子が過剰発現される。ある態様において、NADPH依存性グルタミン酸デヒドロゲナーゼ(S. cerevisiaeのGDH1)をコードする遺伝子が、削除されるか、非機能的にされる。
【0081】
任意の1または2以上の上述の改変をなすことができる。例えば、1つの態様において、グルタミンシンセターゼ遺伝子およびグルタミン酸シンターゼ遺伝子を過剰発現させ、NADPH依存性グルタミン酸デヒドロゲナーゼを削除または非機能性にする(Nissen, et al., Metabolic Engineering, 2: 69-77, 2000)。タンパク質は、目的酵母において機能することが当分野で知られている任意の種々の発現調節配列、例えばプロモーター、エンハンサーを用いて、発現させることができる。プロモーターは、構成的または誘導性であってもよい。ある態様において、強力なプロモーターを用いる。当業者は、目的の特定酵母に対する適切なプロモーターを選択することができる。例えば、S. cerevisiaePGK1プロモーターは、このプロモーターが活性である酵母において用いることができる。ターミネーターなどの追加の要素を適宜用いてよいことが、理解される。遺伝子操作された細胞は、外来的に導入された遺伝子の1または2以上のコピー(例えば2〜10)を含有することができる。外来遺伝子の多数コピーは、単一の遺伝子座において統合されてもよく(こうして互いに隣接する)、または宿主細胞のゲノム内のいくつかの遺伝子座において統合されてもよい。外来遺伝子で、内在性遺伝子を置き換えることができる(例えば改変TBP遺伝子で、内在性遺伝子を置き換える)。導入された遺伝子は、ゲノム内でランダムに統合されるか、またはある態様においては、エピソームとして維持される。異なる外来遺伝子を、異なる型のプロモーターおよび/またはターミネーターの支配下に置くことができる。細胞の遺伝子操作は、適切なベクターの設計および構成ならびにこれらベクターによる細胞の形質転換を介した、1または2以上のステップにおいて、実施することができる。エレクトロポレーションおよび/または化学的(例えば塩化カルシウムまたは酢酸リチウムベースの)形質転換方法を用いることができる。酵母株を形質転換する方法は、WO 99/14335、WO 00/71738、WO 02/42471、WO 03/102201、WO 03/102152、WO 03/049525および、本明細書で言及されたおよび/または当分野に知られている他の参考文献に記載されている。ある態様において、選択可能なマーカー、例えば抗生物質耐性マーカーまたは栄養マーカーなどを、形質転換体の選択に用いる。
【0082】
本明細書に記載のタンパク質(例えば、TBP、キシロース代謝に関与する酵素)と配列相同性および類似の機能を示すタンパク質は、種々の異なる酵母および他の真菌属に存在する。当業者は、かかるタンパク質およびこれらをコードする遺伝子を、Genbankおよび科学文献などの公的に利用可能なデータベースを探索することにより、同定することができる。本発明のある態様において、タンパク質は、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも98%等、同一である。%同一性を決定する方法は当分野に周知である。標準の方法を用いて、当該タンパク質が同定されていなかった酵母から、相同なタンパク質をクローニングしてもよい。かかる方法は、相補性に基づく機能的クローニング、核酸ハイブリダイゼーションに基づくクローニング、および発現クローニングを含む。
【0083】
本発明の酵母株を、他の所望の特性を実現するため、またはより高いエタノール耐性および/またはエタノールもしくは他の代謝物の収率を実現するために、さらに操作してもよい。例えば、本発明の酵母株を適切な基質を含有する培地上に連続して移送するか、または選択的条件下で連続培養することによる、組み換え酵母株の選択は、強化された耐性および/または発酵率を有する改善された酵母をもたらすことができる。
【0084】
本発明の上記の側面は、酵母に加えて種々の真菌にも適用可能である。本発明は、酵母に対して記載したものと類似の様式で、真菌のTBP遺伝子を改変することを包含する。本発明はまた、改変酵母TBP遺伝子を目的真菌内に導入することも包含する。好適な真菌は、エタノールを天然に産生することができるか、またはエタノールを産生できるように遺伝子操作された、任意の真菌を含む。例えば、ある態様において、真菌はNeurospora種である(Colvin, et al., J Bacteriol., 116(3):1322-8, 1973)。他の態様において、真菌はAspergillus種である(Abouzied, et al., Appl Environ Microbiol. 52(5):1055-9, 1986)。他の態様において、真菌はPaecilomyces種である(Wu, et al., Nature, 321(26): 887-888)。本発明はさらに、2または3以上の微生物を含有する共培養物の、エタノール産生のための使用を含む。例えば、共培養物はS. cerevisiaeおよび少なくとも1つの他の真菌、例えばAspergillus種を含んでよい。
【0085】
本発明においては、標準の発酵法を用いることができる。例えば、本発明の細胞を、好適な1または2種以上の糖類を含む発酵培地中で培養する。ある態様において、糖類は、セルロースまたはヘミセルロース含有のバイオマスの加水分解産物である。発酵培地は他の糖類も含んでよく、特にデキストロース(グルコース)フラクトースなどのヘキソース糖、マルトース、マルトトリオースおよびイソマルトトリオースなどのグルコースのオリゴマー、およびパノースである。オリゴマー糖の場合、これらを対応する単糖に消化するために、酵素を発酵ブロスに加えてもよい。培地は、特定細胞により必要とされる栄養素を一般に含んでおり、これらは、窒素源(例えばアミノ酸タンパク質および、アンモニアもしくはアンモニア塩類などの無機窒素源など)、および種々のビタミン類、ミネラル類などである。他の発酵条件、例えば温度、細胞密度、1または2以上の基質の選択、栄養素の選択などは、当分野に知られているようにして選択してよい。増殖相および産生相それぞれの間の温度は、ある態様において、培地の凍結温度より上から約50℃までの範囲である。最適温度は、特定の微生物に基づき選択してよい。産生相の間、発酵倍地中の細胞の濃度は、非限定的態様において、約1〜150、例えば3〜10gの乾燥細胞/発酵培地1リットルの範囲であってもよい。種々の異なる基質濃度において、本発明の改変株を用いて細胞密度を増加させる能力は、例に記載されている。かかる密度を有する酵母培養物は、本発明の1側面である。
【0086】
発酵は、本発明の種々の態様において、好気的、微好気的または嫌気的に行ってよい。プロセスは連続して、バッチモードで、またはこれらの組合せを用いて行うことができる。
必要により、例えば発酵プロセスにおいて酸を産生した場合、培地は発酵の産生相の間、緩衝液で処理してよく、これによりpHを約5.0〜約9.0、例えば約5.5〜約7.0の範囲に維持する。好適な緩衝剤は、塩基性材料、例えば水酸化カルシウム、炭酸カルシウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸アンモニウム、アンモニア、水酸化アンモニウムなどを含む。一般に、従来の発酵プロセスにおいて用いられてきたこれらの緩衝剤もまた、ここで好適に用いられる。本発明の方法は、連続して、バッチで、またはこれらのある組合せで実施することができる。
【0087】
本発明により提供される他の方法は、選択された老廃物のバイオレメディエーションである。本明細書において「バイオレメディエーション」は、細菌および他の原核生物などの微生物を用いて、環境中の毒性化合物の除去(解毒)を強化することである。バイオレメディエーションにおいて困難なことの1つは、部位を、その部位に存在する特定の毒素に基づき、効果的に修正(remediate)する細胞株または他の微生物を得ることである。本明細書に記載の、細胞の表現型を変化させるための方法は、かかる細菌株を提供する理想的な方法を示す。1つの例として、バイオレメディエーションは、細胞の包括的転写マシナリーを変異させて、本発明の変更細胞を産生させること、および変更されていない細胞に比べて選択老廃物の増加量を代謝する変更細胞を単離することにより、実現できる。単離された変更細胞は、次に、培養し、選択老廃物に暴露して、これにより、選択老廃物のバイオレメディエーションを提供することができる。代替法として、レメディエーションの必要な毒性廃棄物部位にある物質の試料を、選択培地として用いて、これにより、特定毒性廃棄物部位に存在する毒素の特定混合物のために、特異的に選択された微生物を得ることができる。
【0088】
本発明はまた、核酸分子のコレクションを提供し、これは、当分野における、分子生物学の標準の学名を用いた核酸分子の「ライブラリ」として理解され得る。かかるコレクション/ライブラリは複数の核酸分子種を含み、これらの各々は、本明細書の別の場所に記載されているように、異なる変異(単数または複数)を有する包括的転写マシナリーをコードするものである。
本発明の他のコレクション/ライブラリは、上記核酸分子のコレクション/ライブラリを含む細胞の、コレクション/ライブラリである。このコレクション/ライブラリは複数の細胞を含み、その各々は、1または2以上の核酸分子を含む複数の細胞の中の細胞である。コレクションに存在する細胞型は、本明細書の別の場所に記載されており、単細胞および1または2以上のかかる細胞を含む多細胞生物を含む。細胞のライブラリにおいて、核酸分子は、染色体外の核酸(例えばプラスミド上)として存在でき、細胞のゲノムに統合されることができ、内在性包括的転写マシナリーをコードする核酸分子と置き換えることができる。
【0089】
核酸または細胞のコレクション/ライブラリは、ユーザーに対し、多数の使用のために提供することができる。例えば、細胞のコレクションは、ユーザーにより所望される表現型についてスクリーニングすることができる。同様に、核酸分子のコレクションは、ユーザーにより細胞内に導入されて、変更細胞を作製することができ、次に変更細胞は目的の特定表現型(単数または複数)についてスクリーニングすることができる。例えば、本明細書に記載の表現型を用いるために、リコペン産生の増加を求めておりかつ一定量のリコペンを産生する細菌株を有しているユーザーは、変異包括的転写マシナリー因子(単数または複数)のコレクションを細菌株に導入し、次に改善されたリコペン産生についてスクリーニングすることができるであろう。包括的転写マシナリーの変異および再導入による定方向進化の続きのラウンドも、リコペン産生のさらなる改善を得るために実施することができる。
コレクション/ライブラリは、当分野で一般に用いられている容器、例えばチューブ、マイクロウェルプレート等に保管することができる。
【0090】

材料および方法
株および培地
大腸菌DH5α(Invitrogen, Carlsbad, CA)を、プロトコルに記載のようにして、慣例的な形質転換のために、またこの実験における全ての表現型解析に対して用いた。株は、37℃にて225RPMでの軌道振とうにより、5g/LのD−グルコースを含み1mMのチアミン(Maniatis, et al., Molecular cloning: a laboratory manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, NY, 1982)を補足したLBミュラー培地またはM9最少培地のどちらかにおいて増殖させた。培地は、必要に応じて、低コピープラスミド増殖に対しては34μg/mlのクロラムフェニコールにより、高コピープラスミド維持に対しては68μg/mlのクロラムフェニコール、20μg/mlのカナマイシン、および100μg/mlのアンピシリンにより、補足した。細胞密度は、600nmで分光学的にモニタリングした。M9最少塩はUS Biological (Swampscott, MA)から購入し、X−galはAmerican Bioanalytical (Natick, MA)から購入し、残り全ての化学物質はSigma-Aldrich (St. Louis, MO)から購入した。プライマーはInvitrogenから購入した。
【0091】
ライブラリの構築
低コピー宿主プラスミド(pHACM)の構築を、pUC19(Yanisch-Perron, et al., Gene 33: 103-119, 198)を宿主バックグラウンド株として用い、pACYC184(Chang, et al., J Bacteriol 134: 1141-1156, 1978)内のCAT遺伝子およびpSC101からのpSC101複製起点を用いて、アミノピリシン耐性をクロラムフェニコールに置き換えることにより、実施した(Bernardi, et al., Nucleic Acids Res 12: 9415-9426, 1984)。pACYC184からのクロラムフェニコール遺伝子の増幅を、AatIIおよびAhdI制限部位オーバーハングにより次のプライマーを用いて行った:
【表1】

および
【表2】

この断片をpUC19バックボーンと共に消化し、一緒に連結してpUC29−Cmを形成した。pSC101からのpSC101断片を、AflIIIおよびNotI制限部位オーバーハングにより次のプライマーを用いて増幅した:
【表3】

および
【表4】

この断片をpUC19−Cmコンストラクトと共に消化し、一緒に連結してpHACMを形成した。
【0092】
rpoD遺伝子(EcoGeneアクセッション番号:EG10896;B番号:b3067:配列番号:27)を、大腸菌ゲノムDNAからHindIIIおよびSacI制限オーバーハングを用いて増幅し、pHACMのlacZ遺伝子を標的として以下のプライマーを用いる青色/白色スクリーニングを可能とした:
【表5】

および
【表6】

断片の突然変異誘発は、GenemorphII Random Mutagenesis kit(Stratagene, La Jolla, CA)を用い、種々の濃度の初期テンプレートを用いて、製品プロトコルに記載のようにして低度、中度、および高度の変異率を得た。PCRの後、これらの断片をQiagenPCRクリーンアップキット(Qiagen, Valencia, CA)を用いて精製し、HindIIIおよびSacIにより一晩消化し、消化したpHACMバックボーンに一晩連結し、大腸菌DH5αコンピテント細胞内に形質移入した。細胞をLB寒天プレート上にプレートし、掻き落として液体ライブラリを作製した。白色コロニーの全ライブラリサイズは約10〜10であった。
【0093】
表現型選択
液体ライブラリからの試料を厳しい環境中に置き、生存変異体を選択した。エタノール耐性については、株を50g/Lのエタノールを含有するろ過されたLB内に置いた。これらの培養は、37℃で振とう中の上方を閉じた30×115mmの遠心分離管内で行った。株は20時間後にプレートし、個別のコロニー試験用に選択した。酢酸塩耐性については、株は、M9最少培地中20g/Lから開始して30g/Lに増加する増加濃度の酢酸塩において、連続して2回継代培養した。細胞を次にLBプレート上に置き、数個のコロニーを単一コロニーアッセイ用に選択した。パラ−ヒドロキシ安息香酸(pHBA)耐性については、株はM9最少培地中20g/LのpHBA内で培養し、20時間後にプレートして、生存細胞を選択した。改善された表現型により同定された全ての株からのプラスミドを回収し、新鮮なコンピテント細胞のバッチに再度形質移入した。各プレートから数個のコロニーを選択して生物学的複製を行い、表現型を検証した。
【0094】
配列解析
変異シグマ因子の配列を以下のプライマーのセットを用いて配列決定した。
【表7】

配列は整列させ、Clustal Wのversion 1.82を用いて比較した。
【0095】
例1:
主要なシグマ因子であるσ70を、増加耐性表現型の探索において大腸菌内で定方向進化させた。この主要なシグマ因子は、次の前提に基づき、すなわち、変異がプロモーターの選好および転写速度を変化させ、したがって全体レベルでのトランスクリプトームを調節するとの前提に基づいて選択した。rpoD遺伝子および天然のプロモーター領域を変異性PCRにかけて、低コピー発現ベクターにクローニングした(図1)。10〜10に近い生存可能な変異体ライブラリを最初に構築し、株に形質移入した。
【0096】
このライブラリを、高エタノール、高酢酸塩および高パラ−ヒドロキシ安息香酸(pHBA)濃度の極限条件での培養により選択した。これらの条件は、その工業的適合性により選択した:酢酸塩は細胞増殖を阻害する大腸菌副産物であり、一方バイオエタノール産生の公算は、エタノールに対して増加した耐性を有する株を操作することにより増強でき、したがって予想収率も増加する(L. O. Ingram et al., Biotechnol Bioeng 58, 204-14 (Apr 5, 1998))。さらに、電子コーティング用の前駆体としてのpHBAの産生にはかなりの工業的興味が寄せられているが、ただしこれは、細胞には極めて毒性である(T. K. Van Dyk, L. J. Templeton, K. A. Cantera, P. L. Sharpe, F. S. Sariaslani, J Bacteriol 186, 7196-204 (Nov, 2004);J. L. Barker, J. W. Frost, Biotechnol Bioeng 76, 376-90 (Dec, 2001))。これらの耐性表現型の各々は、ランダム化細胞突然変異誘発、遺伝子相補作用およびノックアウト探索の伝統的な方法、およびマイクロアレイ解析(R. T. Gill, S. Wildt, Y. T. Yang, S. Ziesman, G. Stephanopoulos, Proc Natl Acad Sci U S A 99, 7033-8 (May 14, 2002))により研究されているが、今日までその成果は限定的である。
【0097】
エタノール耐性
シグマ因子ライブラリの変異体を、最初にLB複合培地中の高濃度のエタノール存在下において増殖する能力に基づき選択した(L. P. Yomano, S. W. York, L. O. Ingram, J Ind Microbiol Biotechnol 20, 132-8 (Feb, 1998))。この選択について、株を50g/Lのエタノールで2回連続して一晩継代培養し、次に耐性変異体を選択するためにプレートした。全部で20コロニーを選択し、種々のエタノール濃度で増殖させて試験した。改善株の単離および確認の後、最良の変異シグマ因子を一連のラウンドの進化に付した。連続反復の両方において、選択濃度は70および80g/Lのエタノールに増加させた。これらの濃縮実験において、細胞は、用いた選択圧力の強さのために、インキュベーションの4および8時間後にプレートした。各ラウンドから単離された変異体は、種々のエタノール濃度において全体に改善された増殖を示す(図2A)。
【0098】
図2Bは、突然変異誘発の各ラウンドから単離された最良変異体の配列を同定する。エタノール耐性シグマ因子の配列アラインメントを、図2Dに示す。興味深いことには、第2ラウンドの変異は切断因子の形成を導き、これは、全体のエタノール適合性を増加させるのに明らかに役立った。この切断は、制限酵素消化におけるアーチファクトからもたらされ、タンパク質の領域3の一部および領域4の全体を含む。領域4は、プロモーター領域への結合に役割を果たし、切断型は、完全タンパク質に比べて結合親和性を高めることが以前に示されていた(U. K. Sharma, S. Ravishankar, R. K. Shandil, P. V. K. Praveen, T. S. Balganesh, J. Bacteriol. 181, 5855-5859 (1999))。したがって、この切断型変異体が好ましいプロモーター領域に結合し、転写を妨害することにより、強力で特異的な転写の阻害剤として作用する可能性があり、なぜならばシグマ因子マシナリーの残りが除去されるからである。ラウンド2の変異体の切断型において、第1ラウンドのI511V変異がイソロイシンに戻されて、1つのみの変異を残した。
【0099】
この切断型を、第3ラウンドの突然変異誘発および選択に付し、8つの追加の変異を有する因子を産生した。この最終ラウンドにおいて、前の2回のラウンドで見出されたR603C変異が元の残基に戻され、多くの新しい変異が現れて、切断が、ラウンド2とラウンド3の間のただ1つの視覚可能な類似性として残された。これらのラウンドの突然変異誘発およびその結果得られる配列は、タンパク質に向けられた進化と比較しての違いを示唆する。後者の場合、タンパク質の機能を増加させる変異は一般に天然において付加的である。一方、転写マシナリーを変化させて生じる変異は、必ずしも付加的ではなく、それはこれらの因子がトランスクリプトームへのパイプとして作用するためである。この点に関して、改善された表現型を導く可能性のある遺伝子変化の種々のサブセットのために、配列スペース内に多くの極大が生じ得る。
【0100】
変異シグマ因子を含んでいる全ての単離株は、上昇エタノール濃度において対照よりも高い増殖率を示した。さらに、エタノール不在において変異株の増殖表現型は影響を受けなかった(表1)。
【表8】

表1.エタノール耐性シグマ因子の定方向進化。3ラウンドの定方向進化において、エタノールの増加濃度に対する倍増時間の減少倍数における改善を示す。ラウンド2およびラウンド3での変異体は、高濃度のエタノールにおいて、増殖率の顕著な増加を示す。定方向進化のラウンドを通して、耐容可能な細胞増殖最高濃度の連続した増加が見られる。
【0101】
第2ラウンドで単離された切断型変異体は、より高いエタノール濃度において増殖率の増加を示した;しかし、その増殖率は、第1ラウンドの変異体と比べて、低いエタノール濃度において低下した。第3ラウンドから単離した変異体は、第1ラウンドの変異体と同様に、20〜50g/Lのエタノールにおいて増殖率の回復を示した。最も重要なことは、細胞がその増殖を8時間より長く維持できる最大エタノール濃度が、エタノールの毒性に屈して細胞密度の減少をもたらすことなく、各連続のラウンドで増加したことである。この方法で得られたエタノール耐性の劇的な増加を、野生型対照とともに図2Cに表わすラウンド3の株の増殖曲線により示す。シグマ因子操作(SFE)は、エタノール耐性を、より伝統的な方法を用いた以前に文献に報告されているレベルを超えて、増加させることができた。さらに、SFEの反復ラウンドの適用は、細胞表現型のさらなる改善が可能であることを示す。
【0102】
酢酸塩およびpHBA耐性
第2の例として、元のシグマ因子変異体ライブラリを、M9最少培地中20g/Lの酢酸塩で2回、続いて30g/Lの酢酸塩で連続して継代培養した。単一のコロニーをこの混合物から単離し、再度形質転換して、任意の染色体ベースの増殖適応を除外し、種々の酢酸塩濃度において増殖について試験した。単離された変異体は、高濃度の酢酸塩の存在下において顕著な耐性の増加を示した。さらに、増殖率は、再度、酢酸塩の不在においても実質的に影響を受けなかった(表2)。30g/Lの酢酸塩において、単離された株は10.5〜12.5時間の倍増時間を有し、これは、厳格に阻害された対照の倍増時間(倍増時間56時間)と比べて、約1/5であった。
【表9】

表2.追加の表現型に対する転写マシナリーエンジニアリングの適用。
上昇酢酸塩濃度または高濃度のpHBAのどちらかの存在下において、耐性の増加を示した変異体を単離した。耐性の増加は化学物質の上昇濃度において見られたが、しかしこれらの化学物質の不在において、増殖率または収率に対して負の影響は見られなかった。
【0103】
図3Aは、酢酸塩に対する細胞耐性の増加を示す単離されたシグマ因子内の、領域別に分類された種々の変異をまとめたものである。酢酸塩耐性シグマ因子の配列アラインメントは、図3Bに示す。単離された5つの変異体のうち1つのみが、切断されていた。M567V変異は酢酸塩変異体の2つに現れ、ほとんどの変異はシグマ因子の機能ドメインの中に分散されているのが見られる。株が類似の耐性プロファイルを持っているにもかかわらず、もとにある変異は異なるということは興味深く、異なる分子メカニズムが転写プロファイルに影響することを示唆する。
【0104】
他の例として、変異体ライブラリを20g/LのpHBAの存在下で培養し、高pHBA濃度における増殖および生存度について、この化合物に対する耐性の増加を有する株を選択した。1つの株が、13時間での増殖収率において対照と比べて顕著な改善と、pHBAの不在のもとで基本的に不変の増殖表現型を有して単離された(表2)。変異体HBA1は、6残基のうちの4つがバリンに変化した、全部で6つの変異を有するシグマ因子の切断型を示した(図3A)。pHBA耐性シグマ因子の配列アラインメントを図3Cに示す。
【0105】
これらの例は、生物の新規な細胞表現型へのアクセスを可能とする、包括的なトランスクリプトーム変化を導入するシグマ因子操作の、潜在能力を示す。近年我々は、包括的転写マシナリーエンジニアリングの概念を、耐性表現型を超えて、代謝物の過剰産生率を増加させる変異体について選択するよう、拡張することに成功した(下記参照)。さらにこの概念を、真核生物の転写マシナリー要素を含む他の宿主系でも探索した。これらの例の各々において、転写調節マシナリーの要素におけるランダムな変異によりもたらされる包括的な変化は、ランダムな突然変異誘発による合理的な操作または伝統的な株の改善を通して得られるレベルを超えて、細胞表現系を改善することが示される。
【0106】
我々は、世界で始めて、定方向進化を応用した包括的転写マシナリーの変更を実証した。この戦略は、典型的な連続した1遺伝子ずつの戦略に対して、複数の遺伝子を同時に遺伝子制御する定方向改変を可能とする。さらに我々は、応用可能な定方向進化のパラダイムを見出したが、これは、この技術が、転写因子操作の広い配列スペースを深く探ることにより、一連の表現型の改善を可能とするためである。その結果、多数遺伝子により調節される複雑な表現型の鍵を開けることが可能となり、これは、相対的に非効率的な反復的探索戦略によっては達成不能である可能性が高いものである。
記載の方法はまた、逆方向に応用して、遺伝型−表現型のランドスケープの複雑な相互作用を明らかにすることもできる。かかる用途において、多数の高スループット細胞および分子アッセイを用いて、変更された細胞状態および、究極的には、これらの変異体で観察される表現型の根底にある作用の、系統的なメカニズムを演えきする。本明細書に記載のように、定方向進化を包括的転写マシナリーに応用することは、遺伝子標的を同定するためのパラダイムシフトの方法であり、所望の表現型を誘発し、全細胞工学のゴールを実現する。
【0107】
例2:
有機溶媒耐性
包括的転写マシナリーエンジニアリングの用途を拡張して、追加の耐性表現型を含めた。有機溶媒に対する細菌株の耐性は、いくつかの状況において有用である:(1)有害廃棄物のバイオレメディエーション、(2)細菌からの有機溶媒のバイオプロダクション、および(3)2相反応器を必要とするバイオプロセシング用途(すなわち、疎水性産物操作を連続して取り除くための抽出発酵)。大腸菌における溶媒耐性増加の可能性を検討するために、元のrpoD(σ70)変異体ライブラリを培養し、指数相で収集し、LB培地とヘキサン(10%v/v)を含有する2相系に移送した。株を、ヘキサン存在下で18時間の増殖の後に単離した。これらの個々のコロニーを再度指数相まで培養し、次にヘキサン存在下で培養した。細胞密度は、17時間後に測定する。培養物からの細胞密度を図4に示す。図4に示す株は、生物学的複製において再形質転換した株である。全ての選択された株は、rpoD遺伝子の非変異種類を含有する対照株に比べて、細胞密度の増加を有した。さらに、PCR解析により、変異株Hex−3、Hex−8、Hex−11、Hex−12、Hex−13、Hex−17およびHex−19はシグマ因子の全種類を有し、一方Hex−2、Hex−6、Hex−9、Hex−10およびHex−18は、切断型の種類を有することが示された。図4はまた、2つの最良変異体である、Hex−12およびHex−18の配列(変異の位置)も示す。
さらに、これらの株を、微生物に対してヘキサンよりもさらに毒性の有機溶媒として知られているシクロヘキサンの存在下で、増殖について試験した。図5は、シクロヘキサンとの培養物からの細胞密度を示す。ヘキサン選択から単離されたいくつかの株も、対照に比べて細胞密度の増加を示した。
【0108】
例3:
抗生物質抵抗性
包括的転写マシナリーエンジニアリングの用途を拡張して、抗生物質抵抗性を含めた。微生物の中での抗生物質抵抗性は、ヘルスケアおよび製薬会社に対して感染に対抗する代替法を探すとの圧力をかける、重大な問題となっている。多くの耐性株が、抵抗性をコードする特定遺伝子を含有することが知られている。しかし微生物は、かかる遺伝子を進化させることができるようになる前に、抗生物質の存在下で存在するための最初の抵抗性を得なければならない。ゲノム内にランダムな変異を起こすことは1つの代替案であるが、細胞はまた、その遺伝子発現を、これらの抗生物質に応答して変化させることができる。包括的転写マシナリーエンジニアリングの使用を、抗生物質抵抗性株を作製する可能性について同定するために試験した。この表現型は、究極的には、変異体転写マシナリーを介して、トランスクリプトームの変更された発現により制御される。これらの株の遺伝子発現の解析は、新規な遺伝子標的および株の抵抗性を制御する酵素の同定をもたらし得る。これらの標的は次に、同定された酵素の活性を阻害または増強する小分子薬剤の開発を導き得る。抗生物質抵抗性についてのトピックを、変異シグマ因子ライブラリを250μg/mlのナリジクス酸の存在下で培養することにより試験した。ナリジクス酸はキノロン(シプロフロキサシンとしての薬剤と同一のファミリー)の一種であり、ここでは対照の最小阻害濃度である約80μg/mlを越えて存在した。図6は、ナリジクス酸の増加濃度における、種々の単離された株についての細胞密度(OD600)を示す。いくつかの単離株は、高濃度のナリジクス酸の存在下で顕著な増殖を示した。これらの株を、プラスミドを新鮮な宿主株に形質移入した後に、確認のために試験する。さらに、これら変異体の配列を解析する;PCR解析により、変異株NdA−7およびNdA−15は全長シグマ因子であり、一方NdA−10、NdA−11、NdA−12およびNdA−13は切断型であることが示された。
【0109】
例4:
代謝物過剰産生表現型
包括的転写マシナリーエンジニアリングの基本的な教義は、複数の同時の遺伝子発現の改変を創出する能力である。以前に、この方法は耐性表現型の増加を有する変異体の同定に成功して用いられた。これらの続く例においては、rpoDによりコードされる主要シグマ因子の変異体ライブラリを、単一の遺伝子改変によって達成可能なレベルを超えて代謝物過剰発現表現型を増強するその能力について、試験した。
【0110】
リコペン産生
以前に、我々は、予め操作された株によるバックグラウンドのもとでリコペン産生の増加を示す、多数の単一および複数遺伝子ノックアウト標的を同定した(Alper et al., Nat Biotechnol 2005 and Alper et al., Metab Eng 2005)。この研究において、我々は包括的転写マシナリーエンジニアリングの技術を利用して、リコペン産生を増強することを探求した。親株と共に前に操作したいくつかの利用可能な株バックグラウンドを利用して、各バックグラウンドからは独立して、変異因子を探索することが可能であり、これにより、リコペン産生の増加が得られる。この研究に対して、親株であるΔhnr、および2つの同定された包括的最大株ΔgdhAΔaceEΔfdhF、およびΔgdhAΔaceEΔyjiDを選択した。次に、試験した4つの遺伝バックグラウンドの各々からの最良変異体を交換して、4つの株を4つの同定された変異シグマ因子と混合することにより作製されるランドスケープを試験した。
【0111】
変異シグマ因子の同定
変異シグマ因子ライブラリを、4つの株それぞれに形質移入し、5g/Lのグルコースを補足した最少培地プレート上でリコペン産生に基づき選択した。選択した株を次に培養し、M9倍地を用いて15時間および24時間時点でリコペン産生について試験した。図7A〜7Dは、これらの研究の結果を、最良株からのシグマ因子変異体の配列と共に示す。リコペン産生は、対照プラスミドありおよび無しの株について示す。いくつかのバックグラウンドについては、この対照プラスミドは、このプラスミド不在の株より、リコペン産生の大幅な減少をもたらした。これら同定された因子全てが切断されていることは興味深い。さらに、hnrノックアウトバックグラウンドから同定された変異体は単純に切断されており、変異を含んでいなかった。この切断について可能性のある作用モードを考慮すると、この変異因子は、rpoDの制御の元で発現される正常遺伝子全てを基本的に抑制する可能性がある。hnr変異体において、固定相のより高い定常状態レベルのシグマ因子であるσが、転写の残りを代わるために利用可能である。さらに、このバックグラウンドにおける2番目に高い変異体は、いくつかの変異を含む全長シグマ因子をもたらした。
【0112】
株と同定された変異因子との組合せ
次に、種々の遺伝的バックグラウンドの4つの株を、4種の独立して同定された変異シグマ因子とを組み合わせて、得られた16株のランドスケープを試験した。最初に、所与の遺伝的バックグラウンドについて配列決定された図7A〜7Dの同定変異体のいずれもが、他の遺伝的バックグラウンドにおいて同定されたものと重ならないことは、興味深い。その結果初めに、ランドスケープは対角線上で優勢であり、変異因子により誘発される効果が遺伝的バックグラウンドに特異的であることを示唆すると考えられた。これら16の株を、対照とともに、段階的グルコース供給のある2×M9培地中で培養した。リコペンレベルを15、24、39および48時間の時点で試験した。図8は、発酵の間に達成された、対照と比較したリコペン産生の最大増加倍数を示すドットプロットである。丸印の大きさは倍数増加に比例する。予想されたように、ランドスケープは明らかに対角線上で優勢であり、変異因子は、それらがその中で同定された株のバックグラウンドにおいて優勢的に作用している。
【0113】
図9は、目的の数種の株について、15時間後のリコペン含量を示す。親株およびhnrノックアウト両方において、1ラウンドの突然変異誘発は、3種の異なる遺伝子ノックアウトの導入を通して以前に操作された株と類似の結果を達成することができた。しかしこれらのバックグラウンドにおいて、リコペンレベルを、追加の変異シグマ因子の導入を通してさらに増加させることができた。
これらの結果は、(1)包括的転写マシナリーエンジニアリング(gTME)は、代謝表現型を誘発することができ、さらに重要なことは、(2)gTMEを用いた単回ラウンドの選択は、単一のノックアウトまたは過剰発現改変よりも効果的であることを示唆する。さらに、同定された変異体は、一般には株バックグラウンドを越えては移送されず、これは、各株において異なる様式のリコペン産生が存在することを示唆する。これらの様式の例として、野生型株においては差の最大倍数が15時間後に早くも達成され、その後発酵の終了までに対照株と共に収束した。逆に、ΔgdhAΔaceEΔyjiD株の変異因子は、時点の増加に対し、対照株と比較してリコペン含量を累進的に増加させた。それにも関わらず、最大リコペン産生は、前に操作された株のバックグラウンドにおいてgTMEを用いた場合に生じ、これは、1ラウンドのみの選択を仮定すると、最適化株から出発するのがよいことを示唆する。しかし、エタノール耐性の結果は、定方向進化の適用を介して、適合度の連続的改善を実現することが可能であることを示唆し、リコペン産生をさらに増加させ得る可能性を示す。
【0114】
ポリヒドロキシ酪酸(PHB)のバイオプロダクション
包括的転写マシナリーエンジニアリングの用途を拡張して、代謝物過剰産生のさらなる例を含めた。追加の代謝表現型(リコペンの産生に加えて)である、ポリヒドロキシ酪酸(PHB)のバイオプロダクションを、転写マシナリーエンジニアリングを用いて検討した。PHBは、アセチル−coAの前駆体分子から産生される。
【0115】
材料/方法
改変pJOE7(Lawrence, A. G., J. Choi, C. Rha, J. Stubbe, and A. J. Sinskey. 2005. Biomacromolecules 6: 2113-2119)プラスミドを用いて形質転換した大腸菌(XL-1 Blue, Stratagene, La Jolla, Calif.)を、37℃で20g/Lのグルコースおよび25μg/mLのカナマイシンを含有するLuria-Bertani(LB)倍地中で培養した。改変pJOE7は、Anthony Sinskey博士(MIT, Cambridge, MA)から寛大に与えられたものであり、C. necatorからのphaABおよびAllochromatium vinosumからのphECを含有し、カラマイシン耐性をコードする。PHB無しの対照として、pha遺伝子無しの同一プラスミドも培養した。光学密度を用い、Ultraspec 2100 pro (Amersham Biosciences, Uppsala, Sweden)により細胞増殖を追跡した。
【0116】
染色およびフローサイトメトリー
ナイルレッド(Sigma-Aldrich, St. Louis, MO)原液を、他の記載のない限り、ジメチルスルホキシド中に1mg/mLを溶解して作製した。染色最適化で指示されているように、3μLの原液を1mLの染色緩衝液に加えた。フローサイトメトリーは、FACScan (Becton Dickinson, Mountain View, CA)上で、以下の設定を用いて行った:Synechocystis FSC=E00、SSC=411、FL−1=582、FL−2=551および大腸菌FSC=E00、SSC=411、FL−1=582、FL−2=535。細胞は空冷アルゴンイオンレーザー(488nm)で励起し、FL−2(585nm)を用いてナイルレッド蛍光を検出した。フローサイトメトリー解析は、WinMDI2.8を用いて50,000個の細胞で行った。
染色有効性は、解像度R(式1)により特徴付けられ、ここでMはnの蛍光分布の幾何平均である(n=1はPHB産生細胞、n=2はPHB無しの対照)。δは、蛍光分布の標準偏差である。Rは、2つの集団を差別化する能力の定量的測度である。
【数1】

細胞生存度は、培地からの細胞に対する、最終染色調製物中のcfuの割合により評価した。
【0117】
化学的PHB解析
PHBを、前に示したようにして解析した(Taroncher-Oldenburg, G., and G. Stephanopoulos. 2000. Applied Microbiology and Biotechnology 54:677-680)。>10mgの細胞を遠心分離(10分、3,200×g)により培養物から収集した。得られたペレットを冷却脱イオンHOで1度洗浄し、80℃で一晩乾燥した。乾燥ペレットを1mlの濃HSO中で60分煮沸し、0.014MのHSO4mlで希釈した。試料を遠心分離して(15分、18,000×g)細胞破片を除去し、液体をHPLCにより、Aminex HPX-87Hイオン排除カラム(300×7.8mm;Bio-Rad, Hercules, Calif.)(Karr, D. B., J. K. Waters, and D. W. Emerich. 1983. Applied and Environmental Microbiology 46:1339-1344)を用いて解析した。試料と平行して処理した市販のPHB(Sigma-Aldrich, St. Louis, Mo.)を、標準として用いた。
【0118】
大腸菌染色最適化
改変pJOEを含有する大腸菌XL-1 BlueおよびPHB無しの対照を、上記のようにして培養した。
ショック最適化:培養物を定常相まで増殖させた。ショック後の解像度および生存度について、種々の異なる浸透化処理法を試験した。スクロースショックを、前に示したようにして実施した(Vazquez-Laslop, N., H. Lee, R. Hu, and A. A. Neyfakh. 2001. J. Bacteriol. 183:2399-2404)。1mLの細胞を、4℃に10分間冷却した。次に細胞を遠心分離し(3分、3,000×g、4℃)、1mLの氷冷TSE緩衝液(10mMトリス−Cl[pH=7.5]、20%スクロース、2.5mMのNa−EDTA)に再懸濁させた。細胞を氷上で10分間インキュベートし、次に3μLのナイルレッド原液を有する1mLの脱イオン水に再懸濁させた(3分、3,000×g、4℃)。細胞を暗所で30分染色し、FACScan上で解析した。イソプロパノールショック細胞を遠心分離し(3分、3000×g)、70%イソプロパノール中に15分間再懸濁させた。次に細胞を遠心分離し(3分、3000×g)、3μLのナイルレッド原液を有する脱イオン水に再懸濁させた。細胞を暗所で30分間インキュベートし、FACScan上で解析した。DMSOショックを、1mLの細胞培養物を遠心分離(3分、3000×g)して実施した。50μLのナイルレッド原液を、ペレットに直接加えた。ペレットを素早くボルテックスし、30秒間インキュベートした後に、1mLの水中に希釈した。細胞を暗所で30分間インキュベートし、FACScan上で解析した。熱ショックは、コンピテント細胞調製におけるようにして実施した(Sambrook, J., E. F. Fritsch, and T. Maniatis. 1989. Molecular Cloning: A Laboratory Manual, 2nd ed. Cold Spring Harbor Laboratory Press)。1mLの細胞を10分間冷却した。次に細胞を遠心分離し(3分、3000×g、4℃)、冷却した80mMのMgCl/20mMのCaClの1mL中に再懸濁させた。細胞を遠心分離し(3分、3000×g、4℃)、3μLのナイルレッド原液を有する1mLの0.1MのCaClに再懸濁させた。細胞を42℃で90秒間熱ショックに付した。細胞を暗所で30分間インキュベートし、次にFACScan上で解析した。
【0119】
濃度最適化:細胞を、スクロースショックにより、最終濃度30〜30,000ng/mLの3μLの異なるナイルレッド溶液を用いて調製した。
スクロース濃度最適化:細胞を、スクロースショックにより、種々のスクロース濃度のTSE緩衝液(0、5、10、15、20%)を用いて調製した。
変異シグマ因子ライブラリを、大腸菌内に上記のようにして導入した。染色は、グルコース最少培地中で増加指数相PHBについて選択した。さらに、トランスポゾンの突然変異誘発を用いて作製したランダムノックアウトライブラリを試験して、転写マシナリーエンジニアリングの有効性を伝統的な株改善方法と比較した。図10Aは、シグマ因子操作を用いて得た種々の株についてのデータ(赤色および黄色のバーは、対照を示す)を示す。比較として、図10Bは、ランダムノックアウトライブラリから選択された株の結果を示す。シグマ因子操作を用いて得たいくつかの変異体は、25%近いdcw(乾燥細胞重量)のPHBを産生した。1ラウンドのシグマ因子操作で得た最良株は、ランダムノックアウトを用いて得た最良株よりはるかに優れていた。最良株のバックグラウンドにおける第2ラウンドの突然変異誘発を、PHB表現型のさらなる改善のために、上記のようにして実施する。
【0120】
例5:
ライブラリの多様性と構築
シグマ因子ライブラリの大きさおよび幅を、次の1または2以上の方法により増加させる。
(1)ライブラリは、大腸菌の主要シグマ因子(rpoDによりコードされるσ70)だけでなく、1または2以上の代替的形態、例えばrpoS、rpoF、rpoH、rpoN、rpoEおよび/またはfecIも含む。
転写マシナリーユニットの多数の変異種類の同時導入を通して、表現型をさらに改善し、最適化株を探索することが可能であろう。変異シグマ因子遺伝子(または他の包括的転写マシナリー)は、例えば、2または3以上のこれらの遺伝子を共発現する、発現カセットを用いて発現される。2または3以上の遺伝子は、2または3以上の同一種類の転写マシナリー(例えば、rpoDの2つの種類)、または2または3以上の異なる転写マシナリー(例えば、rpoDおよびrpoS)であってもよい。
同様に、包括的転写マシナリーの、1つより多い異なる変異体種類は、表現型の適切な最適化に有益となり得る。例えば、多数の変異シグマ70(rpoD)遺伝子を共発現することができる。
【0121】
(2)上記のように変異性PCRにより導入されるランダムな変異に加えて、ライブラリは、C末端およびN末端の両方、およびこれらの組合せからの全ての可能な切断も含む。
(3)さらに、ライブラリは、人工的に融合した領域による、シグマ因子の種々の領域の代替的キメラも含む。例えば、シグマ因子70の領域1を用いて、シグマ因子38の領域1を置き換える。DNAシャフリングを用いて多様性を作製する類似のアプローチは、当分野に周知である(例えば、W. Stemmer et al.による、Maxygenに与えられた遺伝子シャフリング特許;maxygen.com/science-patentsのリスト参照のこと)。
(4)他の細菌からのシグマ因子も、上の大腸菌シグマ因子70についての記載と同様に、同じ構造内でライブラリに含まれる(例えば、ランダム変異、切断、キメラ、シャフリング)。これらの因子は、DNA結合のユニークな特性を有してもよく、トランスクリプトーム変化の多様性の作製を支援する。
【0122】
例6:
真核細胞での包括的転写マシナリーエンジニアリング
包括的転写マシナリーの定方向進化を、誘導的条件下での組み換えタンパク質産生の増強およびアポトーシスへの抵抗性について、酵母および哺乳類系(例えばCHO、HeLa、Hek細胞系)に適用する。
包括的転写マシナリーをコードする遺伝子(例えばTFIID)を変異性PCR、切断および/またはDNAシャフリングにかけて、包括的転写マシナリー変異体の多様なライブラリを作製する。このライブラリを、酵母または哺乳類細胞に導入し、第1の実験においては、細胞による組み換えタンパク質の産生について試験する。容易にアッセイ可能なタンパク質がこれらの実験には好ましく、例えばSEAPまたは蛍光タンパク質(例えばGFP)である。蛍光タンパク質の場合、細胞は、蛍光活性化細胞選別機(セルソーター)を用いて選択でき、または、マルチウェルプレート上で増殖させた場合は、蛍光プレートリーダーを用いて、タンパク質産生の増強を決定することができる。
第2の実験において、抗アポトーシス表現型を酵母または哺乳類細胞において試験する。
【0123】
例7:
SDS耐性
包括的転写マシナリーの定方向進化を、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)への細胞耐性の問題に適用した。
変異rpoDライブラリを大腸菌DH5α内に形質移入し、これを次にSDSの増加量(5質量%、次に15質量%SDS)を含有するLB培地中で継代培養した。SDS中での耐性増加について株を選択した。SDS−2株を選択し、表現型を確認するために再度形質移入した。SDS−2株を次に5〜20%SDS(質量)において試験した。この変異体は、SDS不在のもとで増殖についていかなる有害な効果なしに、上昇SDSレベルにおいて増殖が増加することが見出された。図11は、SDSの増加濃度における、SDS耐性シグマ因子変異体の単離された株の培養物の細胞密度を、最良株からのシグマ因子変異体の配列と共に示す。
【0124】
例8:
複数表現型の操作
包括的転写マシナリーエンジニアリングを、大腸菌における多耐性表現型を付与する問題に適用した。エタノールとSDS両方への耐性を得るために、第1セットの実験において、株を3つの代替的戦略に従って単離した:(i)変異体を、エタノールとSDS両方での処理/選択の後に単離した、(ii)初めにエタノールに耐性である変異体を単離し、次に、追加の突然変異誘発のラウンドに付して、エタノール/SDS混合物を用いて選択した、および(iii)初めにSDSに耐性である変異体を単離し、次に、追加の突然変異誘発のラウンドに付して、エタノール/SDS混合物を用いて選択した。これらの株を、種々の濃度のエタノールおよびSDSの存在下において増殖について試験し、増殖曲線を得て、これらの戦略の有効性を評価した。実験は、上記の他の例に記載のプロトコルを用いて行った。
第2セットの実験において、変異シグマ因子をエタノール耐性株から単離し、これを、SDS耐性株から単離した変異シグマ因子と共発現させた。これらの実験は、上記の他の例に記載のプロトコルを用いて行った。
【0125】
例9:
包括的転写マシナリーエンジニアリング(gTME)の酵母系への拡張
任意の種類の細胞系において、タンパク質のサブセットは、包括的な遺伝子発現の調整に関与する。そのためこれらのタンパク質は、より高度な生物の表現型に広く影響する、多様なトランスクリプトーム改変へのアクセス点を提供する。この例は、gTMEの、酵母(Saccharomyces cerevisiae)の真核モデル系への適用を示す。原核系の転写マシナリーとは際立って対照的に、真核転写マシナリーは、プロモーター特異性の調節に関与する要素および因子の数において、より複雑である。まず、真核系においては別々の機能を有する3つのRNAポリメラーゼ酵素があり、一方、原核系においては1つのみである。さらに、この複雑さの1例は、RNAPolII系の一般の転写因子または活性化補助因子に分類される、約75の要素により実証される(Hahn, Nat Struct Mol Biol, 11(5), 394-403, 2004)。一般因子TFIIDの要素には、TATA結合タンパク質(Spt15)および他の関連する因子(TAF)が含まれ、これらはプロモーター特異性を調節する主要なDNA結合タンパク質と考えられている(Hahn, 2004)。さらに、TATA結合タンパク質変異体は、3種のポリメラーゼの選好を変えることが示され、酵母における転写全体を調整する中心的役割を示唆する(Schultz, Reeder, & Hahn, Cell, 69(4), 697-702, 1992)。この研究の焦点は、転写の2つの主要なタンパク質に当てられる:TATA結合タンパク質(Spt15)およびTAF(TAF25)。
【0126】
TATA結合タンパク質の結晶構造が入手でき、DNAへの直接結合のタンパク質の部分、ならびにTAFおよびポリメラーゼ部分とのタンパク質結合用の他の部分を、はっきりと示している(Bewley, Gronenborn, & Clore, Annu Rev Biophys Biomol Struct, 27, 105-131, 1998;Chasman et al., Proc Natl Acad Sci U S A, 90(17), 8174-8178, 1993;J. L. Kim, Nikolov, & Burley, Nature, 365(6446), 520-527, 1993)。この構造は2つの反復領域からなり、これらは、DNAおよびタンパク質と相互作用する2つのらせんと相互作用する。アッセイおよび変異解析は、TATA結合タンパク質が、プロモーター特異性および包括的転写に重要な役割を果たすことを示唆する。さらに、DNA接触点およびタンパク質相互作用点に対する重要な残基が示唆されている(Arndt et al., Mol Cell Biol, 12(5), 2372-2382, 1992;J. Kim & Iyer, Mol Cell Biol, 24(18), 8104-8112, 2004;Kou et al., Mol Cell Biol, 23(9), 3186-3201, 2003;Schultz, Reeder, & Hahn, 1992;Spencer & Arndt, Mol Cell Biol, 22(24), 8744-8755, 2002)。TAF類は、異なる度合いの注目を集めている。この研究の対象であるTAF25タンパク質は、配列アラインメントおよび変異解析を通して解析されており、多くの遺伝子の転写に影響を与えることが示されている(Kirchner et al., Mol Cell Biol, 21(19), 6668-6680, 2001)。このタンパク質は、タンパク質相互作用に重要な一連のらせんおよびリンカーを有することがわかっている。これらのタンパク質がgTMEの方法を用いて検討され、目的の3つの表現型が誘発された:(1)浸透ストレスをモデル化するLiCl耐性、(2)高グルコース耐性、および(3)高エタノールおよび高グルコースへの同時の耐性。
【0127】
方法
本研究で用いるS. cerevisiae株BY4741(MATa;his3Δ1;leu2Δ0;met15Δ0;ura3Δ0)は、EUROSCARF, Frankfurt, Germanyより入手した。これは、YPD培地(酵母抽出物10g/リットル、バクトペプトン20g/リットルおよびグルコース20g/リットル)中で培養した。酵母の形質転換については、Frozen-EZ Yeast Transformation II (ZYMO RESEARCH)を用いた。URA3を選択可能なマーカーとして持つプラスミドを有する酵母形質転換株を、選択および増殖させるために、Yeast Nitrogen Base (Difco)6.7g/リットル、グルコース20g/リットルおよび本明細書においてYSC Uraとして言及される、適切なヌクレオチドおよびアミノ酸の混合物(CSM-URA, Qbiogene)を含有する、酵母完全合成(YSC)培地を用いた。培地には、固体培地用に1.5%寒天を補足した。
【0128】
ライブラリを作製し、酵母プロモーターライブラリ(Alper et al., Proc Natl Acad Sci U S A, 102(36), 12678-12683, 2005)の一部として以前に作製されたTEF−mut2プロモーターの後ろにクローニングした。Taf25遺伝子を、ゲノムDNAから次のプライマーを用いてクローニングした:
【表10】

および
【表11】

Spt15遺伝子は、ゲノムDNAから次のプライマーを用いてクローニングした:
【表12】

および
【表13】

遺伝子は、GeneMorph II Mutagenesis Kitを用いて変異させ、産物を、NheIおよびSalIを用いて消化し、XbaIおよびSalIで消化したプラスミドバックボーンに連結した。プラスミドを大腸菌DH5αに形質移入し、plasmid MiniPrep Spin Kitを用いて単離し、酵母に形質移入した。プラスミドの配列決定を、次のプライマーを用いて行った:
【表14】

および
【表15】

株を、必要に応じて200〜400mMのLiCl、200〜300g/Lのグルコース、および5%エタノール/100g/Lグルコース〜6%エタノール/120g/Lグルコース中で連続継代培養することにより単離した。細胞を、選択的培地プレート上にプレートして単離し、性能を試験した。プラスミドは単離および再形質移入して、生物学的複製における表現型を再確認した。
【0129】
LiCl耐性
浸透ストレスに対する応答および耐性は、細胞内における複雑で多面的な応答である。酵母については、LiCl濃度の上昇が、およそ100mMの濃度において浸透ストレスを誘発可能であることが示されている(Haro, Garciadeblas, & Rodriguez-Navarro, FEBS Lett, 291(2), 189-191, 1991; Lee, Van Montagu, & Verbruggen, Proc Natl Acad Sci U S A, 96(10), 5873-5877, 1999; Park et al., Nat Biotechnol, 21(10), 1208-1214, 2003)。TBPまたはTAF25のどちらの変異種を担持する酵母細胞ライブラリを、200〜400mMのLiClの存在下で連続して継代培養した。株を単離し、再度形質転換して、表現型が変異因子の結果であることを再確認した。興味深いことに、各ライブラリからの最良株は、LiClに対して異なる改善を示した。TAF25は、低いLiCl濃度において各TAF25非変異対照より優れていたが、およそ200mMより上の濃度においては効果的ではなかった。逆に、SPT15変異体は、150〜400mMの上昇レベルにおいて、対照より優れていた。各々の場合、LiCl不在における増殖表現型は、変異因子の存在には影響されなかった。増殖収率における改善の概要を図12に示す。配列解析(図13)により、LiCl耐性の改善は各タンパク質の単一の変異により制御され、SPT15変異は非保存領域で起こることが示される。
【0130】
高濃度グルコース耐性
酵母のバッチ培養物から産生されるエタノールの増加について、高濃度グルコース発酵を考察した。しかし、これらの「極めて高い比重での発酵(very high gravity fermentations)」は、多くの場合細胞増殖に非常に阻害的であり、典型的には、細胞を変えるよりも、培地の組成を変化させることによって処置される(Bafrncova et al., Biotechnology Letters, 21(4), 337 - 341, 1999;Bai et al., J Biotechnol, 110(3), 287-293, 2004;Thatipamala, Rohani, & Hill, Biotechnology and Bioengineering, 40(2), 289-297, 1992)。この問題をgTMEを用いて考察するために、TBPまたはTAF25のどちらかの変異種を担持する酵母細胞ライブラリを、200〜400g/Lのグルコースの存在下で連続して継代培養した。株を単離し、表現型が変異因子の結果であることを再確認するために形質転換した。株は、16時間の培養の後に、細胞密度の2〜2.5倍の増加を示した。LiClでの場合と異なり、TAF25およびSPT15タンパク質の両方が、高いグルコースに対して類似の応答を、すなわち、対照に対する最大の改善が150〜250g/Lで生じるという応答を示した。しかし、SPT15変異体は、TAF25より大きい改善を示した。図14はこれら変異体の増殖の改善を示し、図15に配列を示す。この場合、両方のタンパク質は単一の変異のみを有したが、しかしSPT15タンパク質については、数種の次善最適変異体が単離され、そのいくつかは7つまでの変異を有した。ここで示す両方の変異は、既知のタンパク質接触領域に位置し、特にTAF25タンパク質のI143領域である(Schultz, Reeder, & Hahn, 1992)。
【0131】
エタノールおよびグルコース多耐性
酵母によるバイオエタノール発酵の成功には、高濃度のグルコースおよびエタノール両方への耐性が必要である。このため、高濃度のエタノールおよびグルコース(5%および100g/L)に対して両方の変異体ライブラリを同時に処理することにより、多耐性表現型を試験した。単離株を、5%および6%エタノールの存在下で、一定範囲のグルコース濃度のもとで形質転換し、試験した。興味深いことには、SPT15変異体は、試験した全濃度において対照より優れており、ある濃度においては13倍以上の改善であった。この改善は、6%エタノールの存在下では増殖できなかったTAF25変異体の全体的改善を大きく上回っていた。図16はこれら最良株の増殖の解析を示し、図17には配列を示す。変異転写マシナリーの導入を通して達成された改善は、細胞表現型を改善する他の方法を通して得られた改善を大きく上回っていた。さらに、これらの結果は、酵母を、高重力発酵を用いる高エタノール産生の実行可能な源として用いる可能性を前進させる。
【0132】
例10:
包括的転写マシナリーエンジニアリング(gTME)は、遺伝子転写を再プログラミングして、技術的応用に重要な細胞表現型を誘発するためのアプローチである。ここで我々は、グルコース/エタノール耐性の改善のための、Saccharomyces cerevisiaeに対するgTMEの応用を示す。グルコース/エタノール耐性は、多くのバイオ燃料プログラムについての鍵となる形質である。転写因子Spt15pの突然変異誘発および選択は、耐性の増加およびより効率的なグルコースのエタノールへの転換を付与する、主要な変異をもたらす。所望の表現型は、SPT15遺伝子における3つの別々の変異(F177S、Y195H、K218R)の組合せ効果から得られる。したがってgTMEは、従来法では容易にアクセスできない、複雑な表現型への経路を提供することができる。
微生物からの所望の化合物の産生は、多くの場合、それらの生得的代謝の完全な再プログラミングを必要とする。かかる複雑な形質の進化には、多くの遺伝子の発現レベルにおける同時改変を必要とし、これは連続的多遺伝子改変によっては到達不可能であり得る。さらに、摂動(perturbation)を必要とする遺伝子の同定は、従来の経路解析によっては多くは予測不可能である。「包括的転写マシナリーエンジニアリング」(gTME)と呼ばれる細胞工学的アプローチは、包括的トランスクリプトームを調節するキーとなるタンパク質を操作し(変異性PCR変異を介して)、これらを通して転写レベルでの新しい種類の多様性を作り出す。
【0133】
このアプローチは、原核細胞においてはシグマ因子を操作することによりすでに実証されているが(1)、しかし、真核性転写マシナリーの複雑さの増加は、果たしてgTMEが、さらに複雑な生物中の形質の改善に使えるかどうかという疑問を投じている。例えば、真核系はより特殊化しており−異なる機能の3つのRNAポリメラーゼ酵素を有し、一方原核生物には1つのみが存在する。さらに、RNAPolII系の一般の転写因子または活性化補助因子として、ほぼ75の要素が存在し(2)、これら要素の多くについて機能の消失は致命的である。一般因子TFIIDの要素は、TATA結合タンパク質(SPT15)と14の別の関連因子(TAF)とを含み、この後者は集合的に、酵母においてプロモーターの特異性を調節する主要なDNA結合タンパク質であると考えられている(2〜5)。TATA結合タンパク質での変異は、3つのポリメラーゼの選好を変え、プロモーター特異性において重要な役割を果たすことが示された(6)。
【0134】
酵母を用いたエタノール産生のための発酵を成功させるには、高濃度のグルコースおよびエタノール両方への耐性が必要である。これらの細胞特性は、エタノール産業において一般的である非常に高い重力(VHG)発酵が、バッチの初めにおいて高濃度の糖(したがって高浸透圧)を、およびバッチの最後において高濃度のエタノールをもたらすために、重要である(7、8)。大腸菌におけるエタノール耐性と同様に、エタノールおよびグルコース混合物への耐性は、単一遺伝子形質であるようには見えない(9)。したがって、株改善の従来法では、培地への補足物および種々の化学的保護剤の同定を超えては、限定的な成功しか得られていない(10〜14)。
【0135】
真核系におけるgTMEのアプローチを評価するために、2つのgTME変異体ライブラリを、(SPT15)またはTATA結合タンパク質関連因子(TAF25)の1つのどちらかから作製した(15)。酵母のスクリーニングおよび選択は、SPT15およびTAF25の内在性非変異の染色体コピーを含む、標準の一倍体S. cerevisiae株BY4741のバックグラウンドにおいて実施した。したがってこの遺伝子スクリーニングは、タンパク質の野生型および変異種の両方を発現する株を用いて、したがって、非変化の染色体遺伝子の存在下において新規な機能を提供することができる、主要な変異の同定を可能とする。これらのライブラリを酵母に形質移入し、高濃度のエタノールおよびグルコースの存在下において選択した。spt15変異体ライブラリは、5%エタノールおよび100g/Lのグルコースの存在下で、比較的少ない増殖を示したため、続く連続継代培養において、ストレスを6%エタノールおよび120g/Lのグルコースに上昇させた。継代培養の後に、株をプレートから単離し、変異遺伝子を含有するプラスミドを単離して新鮮なバックグラウンド内に再度形質移入し、それらの、高濃度のエタノールおよびグルコースの存在下における増殖能力を試験した。これら2つのライブラリ各々から得た最良変異体をさらに詳細に試験して、配列を決定した。
【0136】
最良の特性を付与するこれらの変更された遺伝子(1つのSpt15pおよび1つのTaf25p)の配列特性を、図18Aに示す。これらの変異遺伝子はそれぞれ3つの変異を含み、spt15のそれらはβシートのセットを形成する第2反復エレメントに局在化している(5、16)。taf25およびspt15変異遺伝子におけるこれらの特異的三重変異を、本明細書において、taf25−300およびspt15−300変異と呼ぶ。
spt15−300変異体は、試験した全濃度において対照より優れており、この株は、いくつかのグルコース濃度において増殖収率において13倍以上の改善を提供する変異タンパク質を含んでいる(図18Bおよび図22)。taf25−300変異体は、濃縮/選択相の間の観察と整合して、6%エタノールの存在下では増殖できなかった。耐性におけるこれらの増加にも関わらず、これら変異体の、エタノールおよびグルコースストレス不在での基底増殖率は、対照と同様であった。さらに、spt15−300変異体とtaf25−300変異体の間の挙動の差は、真核性転写マシナリーの異なるメンバーをコードする遺伝子における変異が、異なる(および予想できなかった)表現型応答を誘発するらしいことを示唆する。
【0137】
本研究の以下の部分では、spt15−300変異体に焦点を当てるが、これは、この三重変異セット(F177S、Y195H、K218R)が高濃度エタノールおよびグルコースに関して、最も望ましい表現型を提供したからである。10%を超えるエタノール濃度において、spt15−300変異体は、対照と比べて統計的に有意に改善された細胞生存度を示し(30時間の培養過程にわたり)、20容積%エタノールという高濃度においても同様であった(図19A、19Bおよび図23)。
【0138】
転写プロファイリングにより、spt15−300変異体は、ストレス無しの条件下(0%エタノールおよび20g/Lグルコース)で、野生型SPT15を発現する細胞と比べて、何百もの遺伝子の差次的発現を示したことが明らかになった(誤発見(false discovery)について調整済み(17))(18)。この解析は、ストレス(5%エタノールおよび60g/Lグルコース)よりも、ストレス無しの条件を主に用いたが、その理由は、増殖率の類似のために発現率がこの条件下でより信頼性が高く、したがって、遺伝子発現プロファイルがよりよく比較できるためである(付録テキスト、パートcおよび表6)。エタノール/グルコースストレスの影響は、多くの遺伝子に可変の効果を与え、多くの場合にストレスは、ストレス無しの条件下で選択された多数の遺伝子にさらなる影響を及ぼさなかった(付録テキスト、パートc)。転写におけるこの広範な変化は、シグマ因子が変更された大腸菌において観察されるものと類似であるが、発現が変更された遺伝子の大部分は、大腸菌で見られるように平衡を保って分散されるのでなく、上方制御される(付録テキスト、パートbおよび図24)。spt15−300変異体における転写の再プログラミングは非常に広範であり、それでも、一定の機能群の、例えばオキシドレダクターゼ活性、細胞質タンパク質、アミノ酸代謝および電子伝達の、いくらかの濃縮(enrichment)を示す(付録テキスト、パートbおよび図25)。未分類の遺伝子または未知の機能の遺伝子も、高レベルの発現を有することが見出された。プロモーター結合部位の解析、およびサイトスケープ(Cytoscape)(19)の枠組みを用いた活性遺伝子サブネットワークの探索は、観察される遺伝子再プログラミングに主として関与する、特定の経路または遺伝子ネットワークについてのいかなる実質的な手がかりをも、明らかにすることができなかった(15)。
【0139】
これらの上方制御された遺伝子が、個別に作用するのか、またはアンサンブルとして増加したエタノール/グルコース耐性を提供するのかを決定するために、我々は、個別の遺伝子ノックアウトの、表現型に対する効果を試験した。ストレス無しの条件である0%エタノールおよび20g/Lグルコースのもとで、変異体において最も高く発現された12種の遺伝子を、2種の追加の遺伝子と共に選択した(付録テキスト、パートcおよび表5、6)。図20Aは、表現型消失アッセイの結果をまとめたものである。この結果は、多くの主要な過剰発現遺伝子標的の欠失は、変異体spt15−300に対して、増加したエタノール/グルコース耐性を付与する能力の喪失をもたらすことを示す。試験された、変異体spt15−300を含まないノックアウト株全ては、エタノールおよびグルコースストレスに対して正常な耐性を示し、したがって、これらの遺伝子は個別では、エタノールに対する正常な耐性を構築するのに不十分であることを示唆する。試験した14種の標的のうち、PHM6機能の消失のみが、新規な表現型を減少させなかった。したがって、我々は、各遺伝子は相互に結合されたネットワークの必要な要素をコードするが、機能にはいくらかの冗長性が存在するであろうとの仮説を立てる(付録テキスト、パートc)。
【0140】
spt15−300変異体において発現レベルの最大倍数の増加を示した3種の遺伝子を、機能獲得アッセイの対照株における過剰発現標的として検討した。PHO5、PHM6およびFMP16を、TEFプロモーターの制御下で独立してかつ構造的に過剰発現させ、形質転換体を、エタノールおよびグルコース耐性表現型を付与するそれらの能力について試験した。図20Bは、マイクロアレイ解析からの最上候補コンセンサス遺伝子のどの単一遺伝子の過剰発現も、spt15−300変異体のそれに類似した表現型獲得を産生できないことを示す。
我々は次に、可能な全ての単一および二重変異体の、三重変異体において同定された部位との組合せを構築した(15)。どの単一および二重変異体も、単離されたspt15−300三重変異体のそれと類似の表現型の実現に近づくことすらできなかった(付録テキスト、パートdおよび図27〜29)。これら3つの変異の効果を、「貪欲なアルゴリズム」探索アプローチによって予測することはできず、または、徐々に増加する改善をもたらすような変異についての従来の選択法により、これらを選択することもできなかったが、その理由は、多くのこれら単離された変異が、表現型の適合性において独立的でかつ比較的中性であるからである。その結果、かかる多重変異体は、SPT15遺伝子のin vitro突然変異誘発に特異的に焦点を当てた技術と、続く厳しい選択によってのみ、アクセス可能である。
【0141】
発現においてSPT3依存性であると以前に記録された遺伝子(20、21)は、我々のspt15変異体により、マイクロアレイデータに示すように1×10−12のボンフェローニ補正p値にて、選好的に変更された。さらに、spt15−300変異体において最も高く発現された10の遺伝子のうちの7つは、SPT3依存性遺伝子である。spt3変異体において下方制御される遺伝子は、spt15−300変異体においては相対的に上方制御された。Y195H変異(22)による負の補因子2エレメント(NC2)抑制の不在は、上方制御される遺伝子の過剰発現をもたらし得、その理由は、Spt15pの負の調節の一部が起こらないためである。これらのデータは、spt15−21変異(F177LおよびF177R変化)が、Spt15pとSpt3p(SAGA複合体の一部)の間の変化した相互作用の結果、spt3変異を抑制することを示す、前の研究と整合する(21、23、24)。Spt3p間のリンクをさらに試験するため、1つのspt15−300変異体遺伝子は、そのエタノールおよびグルコース耐性表現型をspt3ノックアウト株に対して付与することができないことが見出された(図21A)。
【0142】
部位特異的な突然変異誘発の結果および図21Bに示すメカニズムから、NC2複合体に対する摂動はまた、spt15−300変異体が機能する能力にも影響すると考えられる;しかし、このヘテロ二量体の遺伝子中の1遺伝子の本質は、かかるフォローアップ実験を妨害する。それにも関わらず、これらの結果は、Spt3p/SAGA複合体相互作用により媒介される複雑な表現型を作製するために、協調して作用する全3つの変異の重要性を強調する。その結果、我々は、作用機構は第1には、多数遺伝子の転写再プログラミングを導くユニークなタンパク質−タンパク質−DNA相互作用(SPT15変異体−SPT3−DNA)であると仮定する。
【0143】
spt15−300変異体の、種々の条件下でグルコースを利用してエタノールに発酵する能力を、初期のグルコース濃度20または100g/Lのもとで、低および高細胞密度の簡単なバッチ振とうフラスコ実験において試験した(付録テキスト、パートeおよび図30〜32)。これらのケースのそれぞれにおいて、変異体は、より高い、より堅固なバイオマス産生およびより高いエタノール収率を可能とする、延長された指数増殖相の、対照よりも優れた増殖特性を有する。特に、高細胞密度発酵において、初期のOD600が15の場合、変異体は、グルコースのより迅速な利用、バイオマス収率の改善、および対照株より高い、エタノール容積測定生産力(1時間にエタノール2g/L)を有して、対照より性能がはるかに優れている(表3)。さらに、糖類は迅速かつ完全に、対照の収率を上回って利用され、細胞増殖に消費されるグルコース量を考慮すると、理論値に近い収率であった。
【0144】
これらの結果は、包括的転写マシナリーエンジニアリングの、真核細胞表現型変更への適用性を実証する。優勢な変異の単離により、新規なタスクについての重要な機能の改変が可能となり、一方、改変されていない対立遺伝子は、生存度についてクリティカルな機能を実行する。包括的転写マシナリーエンジニアリングを通して他の転写因子のさらなる改変について検討することは、エタノール発酵の劇的な改善およびエタノール産生の見込みの改善に、さらなる可能性を有している。解析された変異体に対し、変更された発酵条件およびさらなる経路の操作が、エタノール産生をさらに増加させる可能性がある(25、26)。さらに、本研究で用いた株は標準の実験室酵母株であり、この方法は、天然でさらに高い出発エタノール耐性を示す、工業用または単離酵母において、探求することができるであろう。最後に、この研究において改変された転写因子は、哺乳類細胞を含むより複雑な真核系における転写因子と類似性を有し、このことは、このツールを用いて、それらの系においてもまた、バイオテクノロジーおよび医学的興味の両方についての複雑な表現型を誘発し得ることを指摘する。
【0145】
参考文献および注記
【表16】

【表17】

【0146】
材料および方法
株および培地
本研究で用いるS. cerevisiae株BY4741(MATa;his3Δ1;leu2Δ0;met15Δ0;ura3Δ0)は、EUROSCARF(Frankfurt, Germany)より入手した。これは、YPD培地(酵母抽出物10g/リットル、バクトペプトン20g/リットルおよびグルコース20g/リットル)中で培養した。酵母の形質転換については、Frozen-EZ Yeast Transformation II (ZYMO RESEARCH)を用いた。URA3選択可能マーカーを持つプラスミドを有する酵母形質転換株を、選択および増殖させるために、Yeast Nitrogen Base (Difco)6.7g/リットル、グルコース20g/リットルおよび本明細書においてYSC−Uraとして言及される、適切なヌクレオチドおよびアミノ酸の混合物(CSM-URA, Qbiogene)を含有する、酵母完全合成(YSC)培地を用いた。培地には、固体培地用に1.5%寒天を補足した。600g/Lのグルコース、CSM−URAの5×溶液および10×YNBの原液を、培地の調製に用いた。株は、30℃にて225RPMでの軌道振とうを用いて増殖させた。遺伝子ノックアウト株は、Invitrogenノックアウト株コレクションから入手し、これらは全て、BY4741遺伝的バックグラウンドからのものであった。大腸菌DH5α最大効率コンピテント細胞(Invitrogen)を、製造業者の指示にしたがって慣例的な形質転換に用いて、100μg/mlのアンピシリンを含有するLB培地中で慣例的に培養した。大腸菌株は、慣例的に37℃で増殖させた。細胞密度は、600nmにて分光学的にモニタリングした。残りの全ての化学物質は、Sigma-Aldrichからのものであった。プライマーはInvitrogenから購入した。
【0147】
ライブラリの構築
ライブラリを、以前にp416プラスミド(2)内の酵母プロモーターライブラリ(1)の一部として作製したTEF−mut2プロモーターの背景において、作製およびクローニングした。TAF25およびSPT15遺伝子をゲノムDNAからクローニングし、BY4741酵母からPromega Wizard Genomic DNAキットを用いて単離した。増幅は、Taqポリメラーゼ(NEB)を用い、次のプライマーを用いて行った:
【表18】

および
【表19】

Spt15遺伝子は、ゲノムDNAから次のプライマーを用いてクローニングした:
【表20】

および
【表21】

断片突然変異誘発は、GenemorphII Random Mutagenesis kit (Stratagene)を用い、製品のプロトコルに記載されているように低変異率(0〜4.5変異/kb)、中変異率(4.5〜9変異/kb)、および高変異率(9〜16変異/kb)を得るために、種々の濃度の初期テンプレートを用いて行った。PCRの後、これらの断片をQiagenPCRクリーンアップキットを用いて精製し、NheIおよびSalIを用いて37℃で一晩消化し、16℃で一晩、XbaIおよびSalIで消化されたプラスミドバックボーンに連結した。プラスミドライブラリを大腸菌DH5αに形質移入し、100μg/mlのアンピシリンを含有するLB−寒天プレート上にプレートした。全ライブラリの大きさは約10であった。大腸菌のコロニーをプレートから掻きとり、プラスミドをplasmid MiniPrep Spin Kitを用いて単離し、酵母に形質移入した。酵母のスクリーニングおよび選択は、SPT15およびTAF25の内在性非変異の染色体コピーを含有する標準の一倍体S. cerevisiae株BY4741のバックグラウンドにおいて行った。酵母の形質転換混合物を、全部で48〜150×10mmのペトリ皿に、2つのライブラリ(1つはtaf25、1つはspt15)の各々についてプレートした。これらの形質転換物をプレートから掻きとって、表現型選択のために懸濁液中に入れた。単離された株を、Zymoprep酵母プラスミドミニプレップ(ZYMO research)を用いて単離し、大腸菌に復帰形質移入した。プラスミドは、次のプライマーを用いて配列決定した:
【表22】

および
【表23】

配列を整え、Clustal W version 1.82を用いて比較した。
【0148】
全ての変異株を、同じプロモーターおよびプラスミドコンストラクト(上記のように、TEF−mut2プロモーターを含有するp416プラスミド)にクローニングされたSPT15またはTAF25タンパク質のどちらの非変異種を含む対照株と比較した。その結果、プラスミドの影響および、両プラスミドと転写マシナリーの染色体コピーとの間の干渉が、対照の使用を介して中性化される。類似のプロモーターおよびプラスミドコンストラクトのために、過剰な野生型タンパク質は変異体タンパク質と同じレベルで発現される。さらに、種々の濃度のエタノール/グルコースの存在下における、ブランクプラスミド(SPT15またはTAF25のどちらかを発現しないもの)対野生型タンパク質(SPT15またはTAF25のどちらか)を発現するものを比較する、追加の表現型解析は、同様の増殖率を示した。このため、野生型タンパク質の過剰発現は、表現型または対照の選択に影響を与えない。表4は、ブランクプラスミド、野生型SPT15含有プラスミド、およびspt15−300変異体含有プラスミドを有する株の間の比較をまとめたものである。
【0149】
表現型の選択
プールされた液体ライブラリからの試料を厳しい環境中に置き、生存する変異体を選択した。エタノール/グルコース耐性表現型については、ライブラリを最初に100g/Lのグルコースと5容積%エタノールを含有するYSC−URA中に入れた。これらの培養は、30℃で軌道振とうするインキュベータ内の、垂直に配置された、30mlの培養物容積を含有する上方を閉じた30×115mmの遠心分離管内で行った。最初に、培養は0.05のOD600で開始した。taf25とspt15ライブラリの両方とも、これらの条件で2回継代培養した。sptライブラリは初期条件下で増殖したため、さらに2回の継代培養には、ストレスを120g/Lのグルコースと6%エタノールに高めた。taf25ライブラリのさらに2回の継代培養には、一定レベルの100g/Lのグルコースと5%エタノールを用いた。この選択相の後に、試料希釈の必要性なしで、確実に単一コロニーを単離するために、これらの混合物を画線溶液(streaking solution)を通して、20g/Lのグルコースを含有するYSC−URAプレートにプレートした。プレート上に増殖した多数のコロニーから、ランダムに約20コロニーを単離した。これら選択された株を次に、一晩培養物中で増殖させ、60g/Lのグルコースと5%エタノールを含有する培地中での増殖について試験した。ODでの測定により、増殖性能の改善を示した細胞については、プラスミドを単離し、再度形質移入して、いくつかの濃度における生物学的複製において表現型を再確認した。これらの表現型確認は、以下の記載のようにして行った。
【0150】
増殖収率アッセイ
生物学的複製を、14mlのファルコン(Falcon)培養管内、5mlの培養物容積で、一晩増殖させた。次の8種の条件:5%エタノールに20、60、100、または120g/Lのグルコース、および6%エタノールに20、60、100、または120g/Lのグルコース、を含有する培地を、5mlのアリコートで、キャップ付きの15mlの円錐遠心分離管に分配した。細胞を0.01の初期ODで播種した。前記の管を、225RPMで軌道振とうする30℃のインキュベーター内に垂直に入れて培養する。20時間後、管をボルテックスし、細胞密度を、600nmでの光学密度により測定する。
【0151】
生存曲線試験
培養物を、250mlフラスコ内の50mlのYSC−URA培地中で、2日間30℃で増殖させた。約1ml(10ml中に再懸濁させたときに、正確に0.5のOD600を産生する量)を、15mlの円錐遠心分離管に入れ、500×gで15分間遠心分離した。次に細胞を10mlの0.9%NaClで洗浄し、再度遠心分離した。細胞ペレットを次に20g/Lのグルコースおよび適切な量のエタノール(10〜20%)を含有するYSC−URAに再懸濁させた。この管を次に、225RPMで軌道振とうしつつ30℃でインキュベーションした。3時間ごと(0時点を含む)に100μLの試料を取り出して(均一性を保証するためにボルテックスした後)、適切に希釈し、YSC−URAプレート上にプレートした。プレートを次に2日間培養して、コロニーを形成させ、コロニー形成単位を計測した。変異体および対照株共に、生物学的複製において培養した。
【0152】
部位特異的突然変異誘発
部位特異的突全変異誘発をStratagene Quickchange kitを用いて実施し、SPT15遺伝子内に単一変異および二重変異を導入した。突全変異誘発はキットのプロトコルに従い、配列決定確認のための上記の配列決定プライマーを用いた。次のプライマーセットを用いた:
コンストラクト;F177S、テンプレート;SPT15野生型
【表24】

コンストラクト;Y195H、テンプレート;SPT15野生型
【表25】

【0153】
コンストラクト;K218R、テンプレート;SPT15野生型
【表26】

コンストラクト;Y195HおよびK218R、テンプレート;変異体spt15
【表27】

コンストラクト;F177SおよびK218R、テンプレート;変異体spt15
【表28】

コンストラクト;F177SおよびY195H、テンプレート;変異体spt15
【表29】

【0154】
遺伝子過剰発現コンストラクト
過剰発現コンストラクトを、p416−TEFプラスミドを用いて作製した。PHO5(YBR093C)をBY4741ゲノムDNAから次のプライマーを用いて増幅した:
【表30】

および
【表31】

この断片を次に、XhoIおよびXbaIで消化されたベクターにクローニングした。PHM6(YDR281C)をBY4741ゲノムDNAから次のプライマーを用いて増幅した:
【表32】

および
【表33】

この断片を次に、SalIおよびXbaIで消化されたベクターにクローニングした。FMP16(YDR070C)をBY4741ゲノムDNAから次のプライマーを用いて増幅した:
【表34】

および
【表35】

この断片を次に、XhoIおよびXbaIで消化されたベクターにクローニングした。
【0155】
発酵
20または100g/Lどちらかのグルコースを含有する培地50ml中、0.01のOD600における、酵母の一晩培養を用いて、低接種材料培養を開始した。試料は、3時間ごとにOD600のために収集し、上清の分析を実施してエタノールおよびグルコース濃度を測定した。高接種材料培養は、250mlの酵母を1000mlフラスコ内で1.5日間増殖させ、次に500×gで25分間遠心分離することにより収集した。細胞ペレットを次に、グルコース無しの3mlのYSC−URAに再懸濁させた。この溶液を次に、250mlフラスコ内の100g/Lを含有するYSC−URA40mlに適切に播種して、約15の出発OD600を得た。エタノール濃度は、酵素アッセイキット(R-Biopharm, SouthMarshall, Michigan)により決定し、グルコース濃度はYSI2300グルコースアナライザーを用いて測定した。発酵は、生物学的反復で30時間行い、試料は3時間ごとに収集した。
【0156】
マイクロアレイ解析
酵母株(spt15変異体および対照、標準YSC−URA培地および5%エタノールと60g/Lグルコース含有培地中で増殖)を、約0.4〜0.5のODまで増殖させ、RNAをAmbion RiboPure Yeast RNA抽出キットを用いて抽出した。マイクロアレイサービスは、Ambion, Inc.により、Affymetrix Yeast 2.0アレイを用いて提供された。アレイは、差次的遺伝子発現において統計的信頼性を得るために、トリプリケートの生物学的複製で行った。マイクロアレイデータおよびMIAMEコンプライアンスに関するデータは、アクセッション番号GSE5185としてGEOデーターベースに寄託された。
機能集積化、遺伝子オントロジー、およびネットワーク解析は、Cytoscape 2.1のBiNGOアプリケーション(3)を用いて完了させた。さらに、Cytoscape 2.1を用いて、YPD、飢餓状態および酸化ストレス条件下で試験した、タンパク質−タンパク質ネットワークおよびタンパク質−DNAネットワークを用いる活性なサブネットワークの探索を行った。
【0157】
付録テキスト
S. cerevisiaeのSPT15(TBP)は、GeneID:856891、タンパク質アクセッション番号NP_011075.1(配列番号:52)を有する。
【表36】

【0158】
a)spt15−300およびtaf25−300変異体の配列解析
spt15−300変異体の配列アラインメント、Wild-type_Spt15(配列番号:53)とEtOH-Glc_SPT15_Mutant(配列番号:54)の比較:
【表37】

【表38】

【0159】
taf25−300変異体の配列アラインメント、Wild-type_Taf25(配列番号:55)とEtOH-Glc_TAF25_Mutant(配列番号:56)の比較:
【表39】

【0160】
b)摂動のマイクロアレイ解析
i.差次的発現遺伝子のヒストグラム
p値が0.0001以下において差次的発現された遺伝子をヒストグラムにプロットして、spt15−300変異体の非ストレス条件下(0%エタノールおよび20g/Lグルコース)における広がりと影響を評価した。図24は、spt15−300変異体が、上方制御遺伝子に対してバイアスを有することを示す。特に111個の遺伝子は、p値≦0.001の統計的閾値およびlog2倍率≧0.3において、上方制御された。これに対して、たったの21個の遺伝子のみが、同じ閾p値≦0.001およびlog2倍率≦−0.3において、下方制御された。
【0161】
ii.遺伝子オントロジー解析
遺伝子オントロジー(GO)解析は、選択された遺伝子サブセットにおける種々の細胞機能の機能集積化の同定を可能とし、強化された表現系と強い相関のある遺伝子機能クラスの同定を支援することができる。特に、0.005のp閾値において差次的発現された遺伝子のGO解析を、非ストレス条件下でspt15−300変異株に対して行った。このGO解析により、以下のオントロジー遺伝子クラスターが、spt15−300変異株の差次的発現された遺伝子において過剰発現されることを明らかにした:オキシドレダクターゼ活性(p値:4.5×10−8)、細胞質タンパク質および酵素(p値:5.3×10−4)、アミノ酸および誘導体代謝(p値:5.7×10−4)、ビタミン代謝(p値:4.9×10−3)、および電子伝達(p値:4.5×10−2)。
【0162】
以前に、我々はエタノール耐性が増強された大腸菌を同定し解析した(4)。これらの結果は、比較トランスクリプトームアプローチにおいて、これらの酵母マイクロアレイを補足してエタノール耐性の保護メカニズムを抽出するのに用いることができる。図25は、大腸菌と酵母変異株の間の遺伝子オントロジー結果を比較する。興味深いことには、これらのタンパク質および転写マシナリーの違いにも関わらず、両者ともに、オキシドレダクターゼ活性(GO:0016491)および電子伝達(GO:0006118)において類似の応答を誘発した。変更された遺伝子のこの収束(convergence)は、エタノールストレスが、酸化ストレスを引き起こすか、またはより高レベルの還元を有する細胞を必要とすることを示唆する。この応答は、肝臓におけるエタノールの、提唱された作用様式に類似している。さらに、drosophilaにおける最近の研究により、ハングオーバー(hangover)遺伝子が同定されたが、この遺伝子がノックアウトされるとエタノール耐性が低下する(5)。興味深いことには、この遺伝子ノックアウトはまた、パラコートの酸化ストレスに対して、ハエをさらに高感受性にし、このことは、より高レベルの生物のエタノール耐性への、オキシドレダクターゼ活性の重要性および関連を示唆し得る。オキシドレダクターゼ経路の外側では、大腸菌と酵母変異体の両方はまた、幾つかのペントースリン酸経路遺伝子の転写レベルおよびグリシン代謝の増加を有していた。それにも関わらず、表現型の消失および過剰発現を含むフォローアップ実験の結果は、どの単一遺伝子も、これらの変異株において示される表現型に対して厳密に責任を負うことはなく、代わりに、多数遺伝子の協調された発現プロファイルに依存することを示す。
【0163】
c)表現型消失解析のために選択された遺伝子標的
転写測定をマイクロアレイを用いて行い、対照株と変異体spt15−300遺伝子を有する株の間における表現型の違い(エタノール/グルコース耐性)の解明を試みた。表現型の分散型遺伝的調節の仮定を試験するため、我々は表現型消失解析のために、高度に過剰発現される遺伝子の小さいサブセットを選択した。表5に示すように、次の基準を用いて、全部で14の遺伝子をこの目的のために選択した:
【0164】
・第1に、遺伝子は非ストレス条件における過剰発現率に基づきソートし、トップの19個の遺伝子を選択した(このカットオフ数は任意であった)。これら19の遺伝子のうち、YBR117C(TKL2、log2=1.243)、YDR034W(log2=1.017)、YIL160C(POT1、log2=0.680)、YIL169C(log2=0.625)、およびYOL052C(log2=0.622)は、ノックアウトコレクションから、BY4717バックグラウンドにおいてこれらのノックアウト株を得ることができなかったため、除外した。さらに、重複する機能を有する遺伝子、例えばPHM8(log2=1.727)およびPHO11(log2=1.410)は除外した。これにより12の遺伝子が、非ストレス条件での過剰発現率に基づき選択されて残された。
【0165】
・第2に、遺伝子をソートして、ストレス条件および非ストレス条件の両方において、トップ1%にあるものを選択した。これにより6つの遺伝子が残り、このうち2つのみ(YKL086WおよびYIL099W)が、ストレス条件下でのみ、過剰発現された。換言すると、他の4つの遺伝子は、ストレス条件および非ストレス条件両方において過剰発現された。
選択された遺伝子の多くは、非ストレス条件において過剰発現する群からのものである。この理由は二通りである:(a)対照に比べて、変異体において過剰発現された遺伝子の数は、ストレス条件下で顕著に減少する(以下のさらなる議論参照のこと);(b)非ストレス条件下での発現率は、類似する増殖率および時間効果の不在のために、一層同程度となる。それにも関わらず、14の選択遺伝子のうちの6つは、ストレス条件下で過剰発現される。残りの8つの遺伝子は、ストレス条件下(60g/Lグルコースおよび5%エタノール)で増殖する培養物中では、過剰発現する様子はない。この選択を、表6に数値的に示す。マイクロアレイのセットの選択にも関わらず、遺伝子標的の顕著なオーバーラップが見られた。変異シグマ因子の操作を通した、大腸菌においてエタノール耐性を誘発することを目指す類似の実験においても、全く同じ現象が観察された。
【0166】
この現象を説明するためには、残った当該8つの遺伝子のうちの7つは、変異転写因子を有する細胞において、通常条件下の野生型に比較して、すでに過剰発現されていることが観察される。エタノールの存在下(ストレス条件)において、これらの遺伝子の変異体中でのさらなる過剰発現のレベルは、野生型において達成される同じ遺伝子の過剰発現のレベルに比べて顕著に低い。この結果は、これらの遺伝子がストレス条件下では、変異体および野生型において、ほぼ同じレベルで発現されるということである。その結果、これら7つの遺伝子は、変異体においては過剰発現されるように見えず、しかし、これは対照と比較してのことであり、すなわち、ストレス条件下で増殖した野生型細胞と比較した場合である。もし我々が、転写解析をスポットされた2チャンネルマイクロアレイで行ったとしたら、上記の仮定を試験することは不可能である。幸いなことに、アフィメトリクスマイクロアレイは、絶体的発現レベルを記録する。14の遺伝子についてのこれらのデータ(絶対蛍光値)を、表7に示す。遺伝子の大部分が、非ストレス条件下で野生型対照より実際に過剰発現されているが、ストレス条件下では野生型に比べて、6つの遺伝子のみがトップ1%までになっている。これは驚異的なことではなく、その理由は、遺伝子の過剰発現の程度には天井効果があり、14の遺伝子の多くは変異転写因子の発現に応答し、これに到達しているらしいからである。発現データは、いくつかの遺伝子の過剰発現によって実証されるように、通常の条件下での転写因子変異体が「プライミング効果」を作り出すことを示唆する。この「プライミング」の結果、細胞は、ストレス条件下では遺伝子発現において顕著に低下した変化を受ける。これは明らかに、変異体が選択される条件であるエタノール耐性に関して言えば、全体として有益な効果をもたらす。
【0167】
試験された遺伝子標的の多くについて、機能の消失がエタノール/グルコース耐性表現型の消失をもたらしたという事実は、各遺伝子が、相互接続されたネットワークの必要な要素をコードしていることを示す。遺伝子のこの群の同定は単純なモデルを導かず、それは、これらの機能間に明白な関係がまだないためである。それでも、変異体spt15−300を有さない、試験されたノックアウト株全ては、エタノールおよびグルコースストレスに対して正常な耐性を示し、したがって、個別では、これらの遺伝子はエタノールに対する正常な耐性を構築するのに不十分であることを示す。これらの結果は、変異体spt15−300によって付与される複雑な表現型は、多面的であるばかりでなく、複数遺伝子の協調した発現を必要とするとの結論を実証する。
明らかに、この遺伝子選択は網羅的でもなく、ユニークでもない。変異体においてこれらの遺伝子の多くを個別にノックアウトすることにより示される表現系の消失は、このマイクロアレイ研究から導かれる仮定を支持する;すなわち、エタノール耐性表現型は、単一の特定遺伝子または局在化された経路にではなく、複数遺伝子の、転写レベルでの特異的な再プログラミングに依存するということである。
【0168】
d)部位特異的突然変異誘発性変異体の表現型解析
我々は、三重変異体において同定された部位での、単一変異体および二重変異体の全ての可能性のある組み合わせを構築した。これらの組み合わせは、部位特異的突然変異誘発により作製し、もとのアッセイと類似の条件下で試験した。変異体表現型(5%および6%エタノール中、20、60、100および120g/Lグルコースのもとで評価した)を、spt15−300三重変異体により付与された累積的表現型と比較し、ここで野生型SPT15の値をゼロとし、単離された三重変異体の値を1.0とするスケールにおいて比較した。種々の変異体の、相対的な累積適合性は、次のようして計算する:
【数2】

この場合、適合性は、野生型SPT15の適合性を0.0とし、同定されたspt15−300変異体の適合性を1.0として正規化した。図27に示すように、単一変異体および二重変異体のいずれもが、単離されたspt15−300三重変異体の表現型に類似する表現型に近いものすら実現できなかった。これらの各条件のもとでの対照株についての絶対細胞密度を、5%および6%エタノールについて、それぞれ図28および図29に示す。表8および表9には、これらの8種類の各条件下での、細胞収率(OD600)における改善倍数を示す。
【0169】
e)変異体の発酵の評価
spt15−300変異体の、種々の条件下でグルコース利用してエタノールに発酵する能力を、グルコースの初期濃度100g/Lにて、低および高細胞密度の簡単なバッチ振とうフラスコ実験において試験した。さらに、低細胞密度接種実験を、グルコースの初期濃度20g/Lで実施した。これらの3つの条件は、変異体spt15の性能評価を可能とした。これらの結果を、同じ条件下で50ml発酵物中で培養した対照と比較した。低細胞密度実験は、0.1の初期OD600を用いて実施し、一方高細胞密度発酵は、15の初期OD600を用いて行った。変異体は初めは対照と同じような増殖率で増殖したが、拡張増殖相とともにこれを継続することができて、より高い最終バイオマス収率に到達した。グルコース利用における続く改善は、対照と比べて、変異体については30時間以内に達成された。さらに、エタノール産生は、率および収量の両方において、対照よりも変異株においてより顕著であった。図30〜32は、細胞増殖、グルコース利用およびエタノール産生を含む、発酵の詳細を示す。表3は、100g/Lのグルコースにおける、高細胞密度発酵からの結果の概要を示す。
【0170】
【表40】

表3:spt15変異体のエタノール産生能を評価する発酵結果。細胞は、OD15(〜4gDCW/L)の初期細胞密度の高接種物で、100g/Lのグルコース中の生物学的複製で培養した。この表は、高細胞密度発酵の発酵プロファイルを提供し、この変異体の、対照の機能を超えて、理論的収率においてエタノールのより高い生産性をもたらす能力を示す。グルコースからのバイオマス収率は、報告された値による(29)。結果は、生物学的複製実験間の平均を示す(付録テキスト、パートeおよび図30〜32)。
【0171】
【表41】

表4:ブランクプラスミド、野生型SPT15を発現するプラスミド、および変異体spt15−300遺伝子を発現するプラスミドの間の、エタノール/グルコースストレスにおける挙動の比較。野生型SPT15の過剰発現は、ブランクプラスミドのみを含む細胞の耐性に比べて、エタノール耐性に影響を及ぼさなかった。
【0172】
【表42】

表5:非ストレス条件(20g/Lグルコースおよび0%エタノール)を用いた表現型消失についてのマイクロアレイ解析からの、発現率およびp値を含む選択遺伝子のリスト。
【0173】
【表43】

表6:非ストレス条件(0%エタノールおよび20g/Lグルコース)またはストレス条件(5%エタノールおよび60g/Lグルコース)のどちらかからマイクロアレイを用いて作製した場合の、遺伝子セットの重複。遺伝子セットは、与えられた条件から、トップ1、5、または10%で最も差次的に発現された遺伝子を選択して作製する。これらの遺伝子を次に、与えられた閾値(1、5、または10%)において他のマイクロアレイ条件から得た遺伝子セットと比較する。例として、両方のセットからトップ1%の遺伝子を比較した場合、57遺伝子のうち27遺伝子は同一である。その結果、他の条件から1つの条件を選択することは、トップ1%として切り上げにより追加の30遺伝子のユニークなセットを提供する。用いるマイクロアレイ条件の選択にも関わらず、遺伝子標的の有意な重複が見られた。一般に、非ストレス下のマイクロアレイをこの研究の解析に用いた。これらの遺伝子の総合的なリストは、アクセッション番号GSE5185としてGEOデータベースに保管されている、寄託マイクロアレイデータから、容易に抽出可能である。
【0174】
【表44】

表7:ストレスおよび非ストレス条件両方における、選択遺伝子とその絶対発現レベル;変異株における遺伝子発現プライミングの影響を実証する。
【0175】
【表45】

表8:5%エタノールおよび種々のグルコース濃度の存在下でインキュベーションの20時間後における、対照株と比較した、変異体(単一、二重、および単離された三重変異体spt15)の改善の倍数。
【表46】

表9:6%エタノールおよび種々のグルコース濃度の存在下でインキュベーションの20時間後における、対照株と比較した、変異体(単一、二重、および単離された三重変異体spt15)の改善の倍数。
【0176】
補足情報についての参考文献
【表47】

【0177】
上記と同じ方法を用いて、上記の変異を、工業用倍数体酵母株の文脈において評価した。得られた結果は、かかる株もまた、本発明の方法によって同様に改善可能であることを示す。
当業者は、日常の実験の範囲内を用いて、本明細書に記載された本発明の具体的な態様についての多くの均等物を認識するであろうし、または確認することができる。かかる均等物は、以下のクレームにより包含することを意図する。
本明細書に開示された全ての参考文献は、参照としてその全体が組み込まれる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
変異SPT15遺伝子を含む遺伝子操作酵母株であって、任意に、変異SPT15遺伝子の導入前または内在性SPT15遺伝子の変異前の、変異SPT15遺伝子を含まない前記酵母株は、野生型酵母株に比べて改善されたエタノール耐性および/またはグルコース耐性および/またはエタノール産生を有しており、ここで変異SPT15遺伝子が、野生型酵母および変異SPT15遺伝子を含まない酵母株と比べて、エタノール耐性および/またはグルコース耐性および/またはエタノール産生をさらに改善する、前記遺伝子操作酵母株。
【請求項2】
変異SPT15遺伝子が、2つまたは3つ以上の位置F177、Y195およびK218において変異を含む、請求項1に記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項3】
変異SPT15遺伝子が、3つの位置F177、Y195およびK218の全てにおいて変異を含む、請求項1に記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項4】
変異SPT15遺伝子が、2つまたは3つ以上の変異:F177S、Y195HおよびK218Rか、または変異アミノ酸の同類置換を含む、請求項1に記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項5】
変異SPT15遺伝子が、変異:F177S、Y195HおよびK218Rか、または変異アミノ酸の同類置換を含む、請求項1に記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項6】
変異SPT15遺伝子が、組み換え的に発現される、請求項1〜5のいずれかに記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項7】
変異SPT15遺伝子を、酵母細胞内にプラスミド上で導入する、請求項1〜6のいずれかに記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項8】
変異SPT15遺伝子を、酵母細胞のゲノムDNAに導入する、請求項1〜6のいずれかに記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項9】
変異SPT15遺伝子が、in situで変異する酵母細胞の、ゲノムDNAの内在性遺伝子である、請求項1〜6のいずれかに記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項10】
酵母株が、Saccharomyces spp.、Schizosaccharomyces spp.、Pichia spp.、Paffia spp.、Kluyveromyces spp.、Candida spp.、Talaromyces spp.、Brettanomyces spp.、Pachysolen spp.、Debaryomyces sppおよび工業用倍数体酵母株から選択される、請求項1〜9のいずれかに記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項11】
酵母株が、S. cerevisiae株である、請求項10に記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項12】
変異SPT15遺伝子を含まない酵母株が、エタノール産生増強のための1または2以上の所望の表現型を有するように遺伝子操作されたか、選択されたか、またはこれを有することが知られている酵母株である、請求項1に記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項13】
1または2以上の所望の表現型が、エタノール耐性、および/またはC5およびC6糖の発酵増加である、請求項12に記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項14】
C5およびC6糖の発酵増加の表現型が、キシロースの発酵増加である、請求項13に記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項15】
遺伝子操作酵母株が、外来キシロースイソメラーゼ遺伝子、外来キシロースレダクターゼ遺伝子、および外来キシリトールデヒドロゲナーゼ遺伝子、および/または外来キシルロースキナーゼ遺伝子により形質転換されている、請求項14に記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項16】
遺伝子操作酵母株が、非特異的または特異的アルドースレダクターゼ遺伝子(単数または複数)の欠失、キシリトールデヒドロゲナーゼ遺伝子(単数または複数)の欠失、および/またはキシルロキナーゼの過剰発現である、さらなる遺伝的改変を含む、請求項14に記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項17】
変異SPT15遺伝子を含まない酵母株が、呼吸欠損酵母株である、請求項1に記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項18】
酵母株が、Spt3の正常な発現または増加発現を示す、請求項1に記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項19】
酵母株が、Spt3ノックアウトまたはヌル変異体ではない、請求項1に記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項20】
請求項1〜19のいずれかに記載の遺伝子操作酵母株を作製するための方法であって、酵母株に、変異SPT15遺伝子の1または2以上のコピーを導入すること、および/または、酵母細胞のゲノムDNAの内在性遺伝子をin situで変異させることを含む、前記方法。
【請求項21】
請求項1〜19のいずれかに記載の遺伝子操作酵母株を、エタノールに代謝可能な1または2以上の基質を有する培養培地中で、エタノールを含有する発酵産物を産生するのに十分な時間、培養することを含む、エタノールを産生するための方法。
【請求項22】
エタノールに代謝可能な1または2以上の基質が、C5および/またはC6糖類を含む、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
1または2種以上のC5および/またはC6糖類が、グルコースおよび/またはキシロースを含む、請求項22に記載の方法。
【請求項24】
変異をF177S、Y195HおよびK218Rにおいて有する変異SPT15遺伝子を含む遺伝子操作酵母株を、エタノールに代謝可能な1または2以上の基質を有する培養培地中で、エタノールを含有する発酵産物を産生するのに十分な時間、培養することを含む、エタノールを産生するための方法。
【請求項25】
エタノールに代謝可能な1または2以上の基質が、C5および/またはC6糖類を含む、請求項24に記載の方法。
【請求項26】
1または2種以上のC5および/またはC6糖類が、グルコースおよび/またはキシロースを含む、請求項25に記載の方法。
【請求項27】
請求項21〜26のいずれかに記載の方法による、発酵産物。
【請求項28】
請求項27に記載の発酵産物から単離された、エタノール。
【請求項29】
エタノールが、発酵産物の蒸留により単離される、請求項28に記載のエタノール。
【請求項30】
改善されたエタノール耐性および/またはグルコース耐性および/またはエタノール産生を有する酵母株を産生するための方法であって、
変異SPT15遺伝子を含む酵母株を提供すること、および
改善されたエタノール耐性および/またはグルコース耐性および/または改善されたエタノール産生のための、遺伝子操作および/または選択を行うこと、
を含む、前記方法。
【請求項31】
変異SPT15遺伝子が、2または3以上の位置F177、Y195およびK218において変異を含む、請求項30に記載の方法。
【請求項32】
変異SPT15遺伝子が、3つの位置F177、Y195およびK218の全てにおいての変異を含む、請求項30に記載の方法。
【請求項33】
変異SPT15遺伝子が、2または3以上の変異:F177S、Y195HおよびK218Rか、またはこれらの変異の同類置換を含む、請求項30に記載の方法。
【請求項34】
変異SPT15遺伝子が、変異:F177S、Y195HおよびK218Rか、またはこれらの変異の同類置換を含む、請求項30に記載の方法。
【請求項35】
変異SPT15遺伝子が組み換え的に発現された、請求項30〜34のいずれかに記載の方法。
【請求項36】
変異SPT15遺伝子を、酵母細胞内にプラスミド上で導入する、請求項30〜35のいずれかに記載の方法。
【請求項37】
変異SPT15遺伝子を、酵母細胞のゲノムDNAに導入する、請求項30〜35のいずれかに記載の方法。
【請求項38】
変異SPT15遺伝子が、in situで変異する酵母細胞の、ゲノムDNAの内在性遺伝子である、請求項30〜35のいずれかに記載の方法。
【請求項39】
酵母株が、Saccharomyces spp.、Schizosaccharomyces spp.、Pichia spp.、Paffia spp.、Kluyveromyces spp.、Candida spp.、Talaromyces spp.、Brettanomyces spp.、Pachysolen spp.、Debaryomyces spp.および工業用倍数体酵母株から選択される、請求項30〜38のいずれかに記載の方法。
【請求項40】
酵母株が、S. cerevisiae株である、請求項39に記載の方法。
【請求項41】
酵母株が、Spt15−300である、請求項39に記載の方法。
【請求項42】
請求項30〜41のいずれかの方法により産生される酵母株。
【請求項43】
請求項42に記載の酵母株を、エタノールに代謝可能な1または2以上の基質を有する培養培地中で、エタノールを含有する発酵産物を産生するのに十分な時間、培養することを含む、エタノールを産生するための方法。
【請求項44】
エタノールに代謝可能な1または2以上の基質が、C5および/またはC6糖類を含む、請求項43に記載の方法。
【請求項45】
1または2種以上のC5および/またはC6糖類が、グルコースおよび/またはキシロースを含む、請求項44に記載の方法。
【請求項46】
請求項43〜45のいずれかに記載の方法による、発酵産物。
【請求項47】
請求項46に記載の発酵産物から単離された、エタノール。
【請求項48】
エタノールが、発酵産物の蒸留により単離される、請求項47に記載のエタノール。
【請求項49】
表5に挙げた遺伝子の少なくとも2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、もしくは全14種の任意の組合せ、または、1もしくは2種以上の、実質的に類似であるかもしくは重複する生物学的/生化学的活性もしくは機能を有する遺伝子を、過剰発現する、酵母株。
【請求項50】
上昇レベルのエタノールを含有する培養倍地中で培養された場合に、上昇レベルのエタノールを含有する培養倍地中で培養された野生型株の少なくとも4倍の細胞密度を達成する、遺伝子操作酵母株。
【請求項51】
株が、野生型株の4〜5倍の細胞密度を達成する、請求項50に記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項52】
エタノールの上昇レベルが、少なくとも約5%である、請求項50に記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項53】
エタノールの上昇レベルが、少なくとも約6%である、請求項50に記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項54】
培養培地が、1または2種以上の糖類を少なくとも約20g/Lの濃度で含む、請求項50〜53のいずれかに記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項55】
1または2種以上の糖類が、少なくとも約60g/Lの濃度で存在する、請求項54に記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項56】
1または2種以上の糖類が、少なくとも約100g/Lの濃度で存在する、請求項55に記載の遺伝子操作酵母株。
【請求項57】
1または2種以上の糖類が、少なくとも約120g/Lの濃度で存在する、請求項56に記載の遺伝子操作酵母株。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図2D】
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【図3A】
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【図3B−1】
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【図3B−2】
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【図3C】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7A】
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【図7B】
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【図7C】
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【図7D】
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【図8】
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【図9】
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【図10A】
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【図10B】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18A】
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【図18B】
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【図19A】
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【図19B】
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【図20A】
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【図20B】
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【図21A】
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【図21B】
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【図22】
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【図23A】
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【図23B】
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【図23C】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【公表番号】特表2010−512147(P2010−512147A)
【公表日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−540312(P2009−540312)
【出願日】平成19年12月7日(2007.12.7)
【国際出願番号】PCT/US2007/025079
【国際公開番号】WO2008/133665
【国際公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【出願人】(500219537)マサチューセッツ インスティテュート オブ テクノロジー (25)
【氏名又は名称原語表記】MASSACHUSETTS INSTITUTE OF TECHNOLOGY
【住所又は居所原語表記】77 Massachusetts Avenue, Cambridge, Massachussetts 02139,U.S.A
【出願人】(506189009)ホワイトヘッド インスティテュート フォー バイオメディカル リサーチ (2)
【氏名又は名称原語表記】Whitehead Institute for Biomedical Research
【住所又は居所原語表記】Five Cambridge Center,Cambridge,MA 02142,United States of America
【Fターム(参考)】