包接化合物の製造方法
【課題】安全且つ容易に原子状水素を包接させることができる包接化合物の製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンを放電状況下に介在させることで籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンに原子状水素を包接させる。放電により、籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンが励起され、籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンの置換基中の水素が脱離して水素イオンとなる。この水素イオンが籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンに入り込んだ後、電子と再結合することによって原子状水素が包接された包接化合物が得られるものと考えられる。
【解決手段】籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンを放電状況下に介在させることで籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンに原子状水素を包接させる。放電により、籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンが励起され、籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンの置換基中の水素が脱離して水素イオンとなる。この水素イオンが籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンに入り込んだ後、電子と再結合することによって原子状水素が包接された包接化合物が得られるものと考えられる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンに原子状水素を包接させる包接化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化石燃料の枯渇や、燃料の燃焼による環境悪化を考慮し、燃料電池への関心が高まっている。燃料電池は、水素と酸素を反応させてエネルギーを取り出すことができる。一方で、この際に生成するのは環境悪化に影響のない水のみである。このため、水素はクリーンエネルギーとして期待されているが、この水素エネルギーを活用した社会を実現するためには、水素の製造、貯蔵、輸送等についての更なる研究が要求される。
【0003】
これらの研究を進めていくためには、根底として水素原子の性質を熟知することが必要である。しかしながら、水素原子は高活性であるため、通常水素分子として存在する。このため、原子状態のまま常温で存在させることは困難である。
【0004】
このような状況下、原子状態のまま常温で水素を存在させるものとして、原子状水素を取り込んだ包接化合物が知られている。非特許文献1では、籠状オクタシルセスキオキサンにガンマ線を照射し、籠状オクタシルセスキオキサンに原子状水素が包接された包接化合物の製造方法について開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】「Stabilization of Atomic Hydrogen in Both Solution and Crystal at Room Temperature」Riichi Sasamori,Yoshihiro Okaue,Toshiyuki Isobe,Yoshihisa Matsuda;SCIENCE,VOL.265,p.1691−1693,16 SEPTEMBER 1994
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1に開示の方法においては、原子状水素を包接させるためにガンマ線を照射しているが、ガンマ線は放射線の一種であることから、誰しもが安全に、また、容易に行えるものではない。更に、原子状水素を包接するに要するガンマ線の照射量も多いという問題がある。
【0007】
本発明は上記事項に鑑みてなされたものであり、安全且つ容易に原子状水素を包接させることができる包接化合物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る包接化合物の製造方法は、
籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンを放電状況下に介在させて、前記籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンに原子状水素を包接させる、ことを特徴とする。
【0009】
また、前記籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンとして、籠状オクタシルセスキオキサン、籠状ドデカシルセスキオキサン、及び、籠状ウンデカシルセスキオキサンから選択される1以上の化合物を用いることが望ましい。
【0010】
また、前記籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンに導電性物質を混合して用いることが望ましい。
【0011】
また、共振変圧器を用いて前記放電を生じさせてもよい。
【0012】
また、離間して配置された電極間に前記籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンを配置し、前記電極間に電圧を印加して前記放電を生じさせてもよい。
【0013】
また、マイクロ波を照射して前記放電を生じさせてもよい。
【0014】
また、プラズマを生成して前記放電を生じさせてもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の包接化合物の製造方法によれば、放電状況下に籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンを介在させることで、籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンに原子状水素を包接することができるので、安全且つ容易に包接化合物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態に係る包接化合物の製造方法の模式図である。
【図2】テスラコイルを用いた包接化合物の製造方法の概略図である。
【図3】ガイスラー管を用いた包接化合物の製造方法の概略図である。
【図4】実施例1におけるESRスペクトルである。
【図5】実施例1における放電時間と相対収率との関係を示すグラフである。
【図6】実施例2における放電時間と相対収率との関係を示すグラフである。
【図7】実施例3における放電時間と相対収率との関係を示すグラフである。
【図8】実施例4における放電時間と相対収率との関係を示すグラフである。
【図9】実施例5におけるESRスペクトルである。
【図10】実施例6におけるESRスペクトルである。
【図11】実施例7におけるESRスペクトルである。
【図12】実施例7におけるESRスペクトルの部分拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本実施の形態に係る包接化合物の製造方法は、籠状構造のポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサン(以下、籠状POSS化合物と記す)に原子状水素を包接させる方法である。籠状POSS化合物を放電状況下に介在させることにより、図1の模式図に示すように、籠状POSS化合物の籠状構造の内部に原子状の水素を包接させることができる。
【0018】
原子状の水素が包接される理由については、解明されていないが、以下のように考えられる。放電に伴うエネルギーにより籠状POSS化合物が励起されてイオン化が起こり、籠状POSS化合物の水素原子を有する置換基(図1に示すR)から水素が脱離し、水素イオン(H+)となる。H+は原子核の大きさ(凡そ、10−13cm〜約10−12cm)であり、籠状POSS化合物の籠状構造の内径よりも小さいことから、このH+が籠状POSS化合物の内部に入り込みやすくなる。H+が籠状POSS化合物の内部に入り込んだ後、内部で電子と再結合し水素原子となる。このようにして籠状POSS化合物に原子状水素が包接されるものと考えられる。
【0019】
或いは、放電を生じさせることにより、安定して存在している水素分子から電子が放出され、H+が生じるが、このH+が、近傍の籠状POSS化合物の内部に入り込んだ後に電子が供与され、原子状水素が包接されると考えられる。
【0020】
籠状POSS化合物の籠状構造の内径と水素原子の直径は、いずれも10−8cm程度と近似することから、包接された水素原子が籠状POSS化合物から放出されにくい。また、包接された水素原子は、それぞれの籠状POSS化合物を構成する分子に一つ一つ隔離された状態となるため、それぞれの水素原子が結合して水素分子を構成することはない。このため、常温常圧においても水素が原子状態のまま安定して存在することになる。
【0021】
用いる籠状POSS化合物として、籠状オクタシルセスキオキサン、籠状ドデカシルセスキオキサン、或いは、籠状ウンデカシルセスキオキサンを用いることができる。これらは、単一で用いてもよく、或いは、複数組み合わせて用いてもよい。そして、主として籠状POSS化合物の置換基に存在する水素が包接されるものと考えられるため、水素原子を有する置換基を備えているとよい。例えば、置換基としてメチル基、ブチル基、ヘキシル基等が挙げられる。
【0022】
更に、導電性物質を籠状POSS化合物に混合して放電状況下に介在させると、より効率的に包接化合物を得ることができる。混合した導電性物質により、絶縁性である籠状POSS化合物に電気的な刺激が加わりやすくなる。これにより、籠状POSS化合物の励起が起こりやすくなることから、水素の脱離、即ち包接に供与され得るH+が生じやすくなる。このように、H+の発生量が相対的に増加することによって、短い時間で効率的に籠状POSS化合物に原子状水素が包接されるものと考えられる。導電性物質としては、例えばグラファイト等、種々の物質を用いることができる。
【0023】
また、放電を生じさせ得ることができれば、種々の放電方法を採用することができる。
【0024】
例えば、図2に示すように、テスラコイル13等の共振変圧器を用いて放電を生じさせることにより、原子状水素を包接させることができる。共振変圧器とは高周波・高電圧を発生させることができる機器である。
【0025】
試料管12に籠状POSS化合物11を入れ、試料管12内の籠状POSS化合物にテスラコイル13の先端を向けて電圧を印加することで試料管12内に放電を生じさせることができる。これにより、籠状POSS化合物11に原子状水素が包接される。
【0026】
また、ガイスラー管等の放電管を用いてもよい。放電管内に籠状POSS化合物を配置して放電させることにより、原子状水素を包接させることができる。ガイスラー管21とは、低圧のガスを封入したガラス管の両端に電極22a、22bが設けられ、電圧を加えることで放電を生じさせるものである。
【0027】
例えば、図3に示すように、ガイスラー管21の一方の電極22b上に籠状POSS化合物11を配置し、両電極22a、22b間に電圧を印加することで放電を生じさせて、籠状POSS化合物11に原子状水素を包接させることができる。なお、籠状POSS化合物11はプラス側の電極でもマイナス側の電極でもどちらに配置してもよい。
【0028】
更に、プラズマを生成させて放電を生じさせることでも、同様に包接化合物を得ることができる。プラズマを発生させると、水素が電離した状態となるので、この状況下で電圧を印加する等すれば、放電が生じる。これにより、籠状POSS化合物に原子状水素を包接させることができる。
【0029】
更に、マイクロ波を照射することでも、籠状POSS化合物に原子状水素を包接させることができる。たとえば、電子レンジ等を用い、籠状POSS化合物にマイクロ波を照射すると、籠状POSS化合物近傍で放電を生じさせる。一般的な電子レンジでは、2.45GHz程度のマイクロ波を照射することができる。このマイクロ波の照射により、上述の包接化合物を得ることができる。
【実施例1】
【0030】
籠状オクタメチルシルセスキオキサン(C8H24O12Si8)(以下、methyl POSS)を40mg秤量し、外径0.5cm、長さ約30cm、内容積が約5mlのESR試料管に入れた。ESR試料管とは、電子スピン共鳴(ESR(Electron Spin Resonance))分析装置にて用いる試料管である。ESR試料管を脱気した後、水素ガスを導入して封管した。なお、水素の圧力は1Torrとした。以下、これを試料1として説明する。
【0031】
テスラコイルを用いて、ESR試料管外部から電圧を印加して放電を生じさせ、methyl POSSに原子状水素を包接させた。テスラコイルの印加電圧は4kVで行った。
【0032】
放電終了後、試料1をESR分析装置にて分析した。放電は1分間ずつ行い、その都度水素原子の包接量、及び、相対収率を求めた。水素原子の包接量は、標準試料(Mn2+/MgO)を籠状POSS化合物と一緒にESR測定し、得られたESRスペクトルの水素原子の信号強度をMn2+の信号強度(二次標準)と比較することにより求めた。そして、相対収率は、[包接が起きている籠状POSS化合物の分子数]/[全籠状POSS化合物の分子数]により求めた。
【0033】
図4は、試料1を5分間放電状況下に介在させて得られた試料のESRスペクトルである。なお、ESRスペクトルの横軸はガウス[G]、縦軸は検出した信号強度の相対値である。
【0034】
図4のESRスペクトルでは、標準試料(Mn2+/MgO)を示すピークの外側、すなわち3120G付近及び3630G付近に2つの大きなピークを観測することができる。この2つのピークが、水素原子の信号を示している。具体的に説明すると、この2つのピーク幅は500G以上と非常に大きい分裂幅を示している。原子状の水素では、不対電子とプロトン(核スピン:1/2)との磁気的相互作用が強いので、このような大きな分裂幅を示したものである。この結果から、テスラコイルで放電を生じさせることにより、籠状POSS化合物に原子状水素が包接されることを確認した。
【0035】
図5に、試料1の放電時間と相対収率との関係を示す。放電時間の増加に比例して、相対収率も上昇していることがわかる。
【実施例2】
【0036】
methyl POSSを40mg秤量し、ESR試料管に入れた。ESR試料管を脱気した後、水素ガスを導入して封管した。以下、これを試料2として説明する。
【0037】
この試料2について、テスラコイルを用いて1分間ずつ放電を行い、その都度水素原子の包接量、及び、相対収率を求めた。更に、一分間おき(放電の合間)にESR試料管内のmethyl POSSをステンレス線(直径0.6mm)にて攪拌して放電を行った。他の条件については、実施例1と同様である。
【0038】
図6に、試料2の放電時間と相対収率との関係を示す。放電時間の増加に比例して、相対収率も上昇しているが、図5に示す試料1の結果に比べると相対収率が向上していることがわかる。1分おきにmethyl POSSを攪拌して放電を行うことにより、内部に存在し放電エネルギーを得難いmethyl POSSが外方に露出し、未反応であったmethyl POSSがイオン化されやすくなり、原子状水素の包接が生じやすくなったものと考えられる。
【実施例3】
【0039】
続いて、籠状POSS化合物に導電性物質を添加して放電を行い、籠状POSS化合物に原子状水素を包接させた。
【0040】
methyl POSS40mg及びグラファイト20mgを混ぜ合わせ、乳鉢ですりつぶした。これをESR試料管に入れて脱気し、水素を導入して密閉した。水素の圧力は1Torrとした。以下、これを試料3として説明する。
【0041】
実施例1と同様に、ESR試験管の外からテスラコイルで電圧を印加し、放電を生じさせた。1分間ずつ放電を行い、その都度ESR分析装置にて水素原子の包接量を確認した。他の条件については実施例1と同様である。
【0042】
その結果を図7に示す。図7を見ると、グラファイトを添加せず同条件で行った図5の試料1に比べ、相対収率が格段に上がっていることが確認できる。絶縁性物質であるmethyl POSSに電気エネルギーが供与されやすくなり、methyl POSSのイオン化が促進されてH+の脱離量が増加したため、或いは、methyl POSS近傍に存在するイオン化した水素が相対的に増加したため、より効率的に原子状水素が包接されたものと考えられる。
【実施例4】
【0043】
続いて、ESR試料管に種々の気体を封入し、原子状水素の相対収率への影響ついて検証した。
【0044】
methyl POSSを40mg秤量し、これをESR試料管に入れた。ESR試料管を脱気した後、ヘリウムガスを導入して封管した。なお、ヘリウムの圧力は1Torrとした。以下、これを試料4と記す。
【0045】
また、同様にmethyl POSSを40mg秤量し、これをESR試料管に入れた。ESR試料管を脱気した後、ネオンガスを導入して封管した。なお、ネオンの圧力は1Torrとした。以下、これを試料5と記す。
【0046】
また、同様にmethyl POSSを40mg秤量し、これをESR試料管に入れた。ESR試料管を脱気した後、窒素ガスを導入して封管した。なお、窒素の圧力は1Torrとした。以下、これを試料6と記す。
【0047】
また、同様にmethyl POSSを40mg秤量し、これをESR試料管に入れた。ESR試料管を脱気した後、酸素ガスを導入して封管した。なお、酸素の圧力は1Torrとした。以下、これを試料7と記す。
【0048】
また、同様にmethyl POSSを40mg秤量し、これをESR試料管に入れた。ESR試料管を脱気した後、アルゴンガスを導入して封管した。なお、アルゴンの圧力は1Torrとした。以下、これを試料8と記す。
【0049】
また、同様にmethyl POSSを40mg秤量し、これをESR試料管に入れた。ESR試料管を脱気した後、封管した。ここにおける脱気とは、放電が起こりうる程度に脱気した状態(内圧が10−2〜10−3Torr)であり、僅かながら空気を残存させているので、放電現象が生じ得る雰囲気である。以下、これを試料9と記す。
【0050】
テスラコイルを用いて、それぞれのESR試料管外部から電圧を印加して放電を生じさせ、methyl POSSに原子状水素を包接させた。
【0051】
放電後、それぞれの試料をESR分析装置にて分析した。放電は1分間ずつ行い、その都度水素原子の包接量、及び、相対収率を求めた。また、一分間おき(放電の合間)にmethyl POSSをステンレス線(直径0.6mm)にて攪拌して放電を行った。その他の条件については、実施例2と同様に行った。
【0052】
試料4〜試料9の放電時間と相対収率との関係を図8に示す。全ての試料について、原子状水素が包接されていることがわかる。試料4〜試料9のいずれも水素ガスを導入していないが、いずれの試料も原子状水素が包接されている。このことから、主として、methyl POSSが放電エネルギーを受け、methyl POSSのメチル基から水素が脱離して水素イオンとなり、この水素イオンがmethyl POSSに入り込んで原子状水素になったことを示している。また、相対収率は、ヘリウムガスを導入した試料4、ネオンガスを導入した試料5で相対収率が良好な結果を示している。このことから、籠状POSS化合物を良好な放電現象が生じ得る状況下(methyl POSSに大きな放電エネルギーが供給され得る状況下)に介在させれば、籠状POSS化合物のイオン化が促進されて水素イオンが放出して、籠状POSS化合物に効率的に原子状水素を包接させることができることを示している。
【0053】
また、ヘリウムガスを導入して放電を行った試料4では、10分間(600秒間)で2.0×10−5の相対収率であった。これは、従来のγ線を4時間照射した際の相対収率(2.1×10−5)とほぼ同じ値であった。したがって、従来のγ線照射で原子状水素を包接させる場合と比較して、凡そ24分の1の時間で包接させることができており、短い時間で原子状水素を包接させられることがわかる。
【0054】
なお、γ線照射における実験条件を以下に示す。一般的なγ線照射で用いられる60Coを線源とし、4時間照射した。このγ線照射を4時間行った場合の吸収線量は54kGy(アラニン換算)である。なお、この吸収線量は、実際に籠状POSS化合物にγ線を照射した際の吸収線量を求めることは難しいため、同条件で標準物質にγ線照射を行った場合の吸収線量である。この標準物質はアラニンであり、アラニンはアミノ酸の一種で、放射線の線量測定に用いられる基準物質である。
【実施例5】
【0055】
続いて、ガイスラー管を用いて、籠状POSS化合物に原子状水素を包接させた。methyl POSSを40mg秤量し、これをガイスラー管内の一方の電極上に配置した。ガイスラー管内を脱気して水素1Torr導入した後、電極間に電圧を印可し、放電を生じさせた。20秒間の放電の後、電極が冷却するまで約30秒間放置した後、再び20秒間放電を行う操作を繰り返した。印加電圧は、1×105Vとし、トータルの放電時間は10分間とした。また、放電時間1分間毎に、水素ガスを新しく入れ替えて放電を行った。
【0056】
放電終了後、ESR分析装置にて分析した。そのESRスペクトルを図9に示す。ESRスペクトルの両側(3100G付近及び3620G付近)に実施例1と同様、水素原子の信号を示すピークが現れている。この結果から、ガイスラー管を用いて放電を生じさせることによっても、包接化合物が得られることを確認した。
【実施例6】
【0057】
続いて、プラズマを生成して放電を生じさせることにより、籠状POSS化合物に原子状水素を包接させた。マイクロ波共振器内に挿入したガラス管(φ=1cm)に水素ガスを流通させ、この共振器にマイクロ波(2.45GHz、約100W)を導き、高周波水素プラズマを定常的に発生させた。共振器から突出しているガラス管内にmethyl POSSを配置することによって、methyl POSSを水素プラズマにさらした。methyl POSSの温度上昇を抑えるため、1分間放電を行った後、放電を止めて1分間放置し、再度放電を行う操作を繰り返し行った。トータルの放電時間は10分間とした。
【0058】
そのESRスペクトルを図10に示す。ESRスペクトルの両側に実施例1と同様に、水素原子の信号を示すピークが現れている。この結果から、プラズマ放電によっても、包接化合物を得ることができることを確認した。また、このときの相対収率は、2.9×10−5mol%であった。
【実施例7】
【0059】
続いて、マイクロ波を照射することにより、籠状POSS化合物に原子状水素を包接させた。マイクロ波の照射には、電子レンジを用いた。methyl POSSを40mg秤量し、これを電子レンジに入れ、2分間処理した。
【0060】
そのESRスペクトルを図11に示すとともに、その3100G付近の部分拡大図を図12に示している。微小であるが、水素原子を示す信号が3100G及び3620G付近に現れていることがわかる。従って、電子レンジを用いたマイクロ波の照射によっても、methyl POSSに原子状水素が包接されていることを確認できる。なお、相対収率は、2.2×10−7mol%であった。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の包接化合物の製造方法によれば、籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンを放電状況下に介在させることで、安全且つ容易に籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンに原子状水素を包接させることができる。これにより、高活性な水素原子を、原子状態のまま常温で存在させることが可能となる。常温における水素原子の性質の研究、ひいては、水素エネルギーを活用した社会に向けての研究に役立つものとして期待できる。
【符号の説明】
【0062】
11 籠状POSS化合物
12 試料管
13 テスラコイル
21 ガイスラー管
22a 電極
22b 電極
【技術分野】
【0001】
本発明は、籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンに原子状水素を包接させる包接化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化石燃料の枯渇や、燃料の燃焼による環境悪化を考慮し、燃料電池への関心が高まっている。燃料電池は、水素と酸素を反応させてエネルギーを取り出すことができる。一方で、この際に生成するのは環境悪化に影響のない水のみである。このため、水素はクリーンエネルギーとして期待されているが、この水素エネルギーを活用した社会を実現するためには、水素の製造、貯蔵、輸送等についての更なる研究が要求される。
【0003】
これらの研究を進めていくためには、根底として水素原子の性質を熟知することが必要である。しかしながら、水素原子は高活性であるため、通常水素分子として存在する。このため、原子状態のまま常温で存在させることは困難である。
【0004】
このような状況下、原子状態のまま常温で水素を存在させるものとして、原子状水素を取り込んだ包接化合物が知られている。非特許文献1では、籠状オクタシルセスキオキサンにガンマ線を照射し、籠状オクタシルセスキオキサンに原子状水素が包接された包接化合物の製造方法について開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】「Stabilization of Atomic Hydrogen in Both Solution and Crystal at Room Temperature」Riichi Sasamori,Yoshihiro Okaue,Toshiyuki Isobe,Yoshihisa Matsuda;SCIENCE,VOL.265,p.1691−1693,16 SEPTEMBER 1994
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1に開示の方法においては、原子状水素を包接させるためにガンマ線を照射しているが、ガンマ線は放射線の一種であることから、誰しもが安全に、また、容易に行えるものではない。更に、原子状水素を包接するに要するガンマ線の照射量も多いという問題がある。
【0007】
本発明は上記事項に鑑みてなされたものであり、安全且つ容易に原子状水素を包接させることができる包接化合物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る包接化合物の製造方法は、
籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンを放電状況下に介在させて、前記籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンに原子状水素を包接させる、ことを特徴とする。
【0009】
また、前記籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンとして、籠状オクタシルセスキオキサン、籠状ドデカシルセスキオキサン、及び、籠状ウンデカシルセスキオキサンから選択される1以上の化合物を用いることが望ましい。
【0010】
また、前記籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンに導電性物質を混合して用いることが望ましい。
【0011】
また、共振変圧器を用いて前記放電を生じさせてもよい。
【0012】
また、離間して配置された電極間に前記籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンを配置し、前記電極間に電圧を印加して前記放電を生じさせてもよい。
【0013】
また、マイクロ波を照射して前記放電を生じさせてもよい。
【0014】
また、プラズマを生成して前記放電を生じさせてもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の包接化合物の製造方法によれば、放電状況下に籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンを介在させることで、籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンに原子状水素を包接することができるので、安全且つ容易に包接化合物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態に係る包接化合物の製造方法の模式図である。
【図2】テスラコイルを用いた包接化合物の製造方法の概略図である。
【図3】ガイスラー管を用いた包接化合物の製造方法の概略図である。
【図4】実施例1におけるESRスペクトルである。
【図5】実施例1における放電時間と相対収率との関係を示すグラフである。
【図6】実施例2における放電時間と相対収率との関係を示すグラフである。
【図7】実施例3における放電時間と相対収率との関係を示すグラフである。
【図8】実施例4における放電時間と相対収率との関係を示すグラフである。
【図9】実施例5におけるESRスペクトルである。
【図10】実施例6におけるESRスペクトルである。
【図11】実施例7におけるESRスペクトルである。
【図12】実施例7におけるESRスペクトルの部分拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本実施の形態に係る包接化合物の製造方法は、籠状構造のポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサン(以下、籠状POSS化合物と記す)に原子状水素を包接させる方法である。籠状POSS化合物を放電状況下に介在させることにより、図1の模式図に示すように、籠状POSS化合物の籠状構造の内部に原子状の水素を包接させることができる。
【0018】
原子状の水素が包接される理由については、解明されていないが、以下のように考えられる。放電に伴うエネルギーにより籠状POSS化合物が励起されてイオン化が起こり、籠状POSS化合物の水素原子を有する置換基(図1に示すR)から水素が脱離し、水素イオン(H+)となる。H+は原子核の大きさ(凡そ、10−13cm〜約10−12cm)であり、籠状POSS化合物の籠状構造の内径よりも小さいことから、このH+が籠状POSS化合物の内部に入り込みやすくなる。H+が籠状POSS化合物の内部に入り込んだ後、内部で電子と再結合し水素原子となる。このようにして籠状POSS化合物に原子状水素が包接されるものと考えられる。
【0019】
或いは、放電を生じさせることにより、安定して存在している水素分子から電子が放出され、H+が生じるが、このH+が、近傍の籠状POSS化合物の内部に入り込んだ後に電子が供与され、原子状水素が包接されると考えられる。
【0020】
籠状POSS化合物の籠状構造の内径と水素原子の直径は、いずれも10−8cm程度と近似することから、包接された水素原子が籠状POSS化合物から放出されにくい。また、包接された水素原子は、それぞれの籠状POSS化合物を構成する分子に一つ一つ隔離された状態となるため、それぞれの水素原子が結合して水素分子を構成することはない。このため、常温常圧においても水素が原子状態のまま安定して存在することになる。
【0021】
用いる籠状POSS化合物として、籠状オクタシルセスキオキサン、籠状ドデカシルセスキオキサン、或いは、籠状ウンデカシルセスキオキサンを用いることができる。これらは、単一で用いてもよく、或いは、複数組み合わせて用いてもよい。そして、主として籠状POSS化合物の置換基に存在する水素が包接されるものと考えられるため、水素原子を有する置換基を備えているとよい。例えば、置換基としてメチル基、ブチル基、ヘキシル基等が挙げられる。
【0022】
更に、導電性物質を籠状POSS化合物に混合して放電状況下に介在させると、より効率的に包接化合物を得ることができる。混合した導電性物質により、絶縁性である籠状POSS化合物に電気的な刺激が加わりやすくなる。これにより、籠状POSS化合物の励起が起こりやすくなることから、水素の脱離、即ち包接に供与され得るH+が生じやすくなる。このように、H+の発生量が相対的に増加することによって、短い時間で効率的に籠状POSS化合物に原子状水素が包接されるものと考えられる。導電性物質としては、例えばグラファイト等、種々の物質を用いることができる。
【0023】
また、放電を生じさせ得ることができれば、種々の放電方法を採用することができる。
【0024】
例えば、図2に示すように、テスラコイル13等の共振変圧器を用いて放電を生じさせることにより、原子状水素を包接させることができる。共振変圧器とは高周波・高電圧を発生させることができる機器である。
【0025】
試料管12に籠状POSS化合物11を入れ、試料管12内の籠状POSS化合物にテスラコイル13の先端を向けて電圧を印加することで試料管12内に放電を生じさせることができる。これにより、籠状POSS化合物11に原子状水素が包接される。
【0026】
また、ガイスラー管等の放電管を用いてもよい。放電管内に籠状POSS化合物を配置して放電させることにより、原子状水素を包接させることができる。ガイスラー管21とは、低圧のガスを封入したガラス管の両端に電極22a、22bが設けられ、電圧を加えることで放電を生じさせるものである。
【0027】
例えば、図3に示すように、ガイスラー管21の一方の電極22b上に籠状POSS化合物11を配置し、両電極22a、22b間に電圧を印加することで放電を生じさせて、籠状POSS化合物11に原子状水素を包接させることができる。なお、籠状POSS化合物11はプラス側の電極でもマイナス側の電極でもどちらに配置してもよい。
【0028】
更に、プラズマを生成させて放電を生じさせることでも、同様に包接化合物を得ることができる。プラズマを発生させると、水素が電離した状態となるので、この状況下で電圧を印加する等すれば、放電が生じる。これにより、籠状POSS化合物に原子状水素を包接させることができる。
【0029】
更に、マイクロ波を照射することでも、籠状POSS化合物に原子状水素を包接させることができる。たとえば、電子レンジ等を用い、籠状POSS化合物にマイクロ波を照射すると、籠状POSS化合物近傍で放電を生じさせる。一般的な電子レンジでは、2.45GHz程度のマイクロ波を照射することができる。このマイクロ波の照射により、上述の包接化合物を得ることができる。
【実施例1】
【0030】
籠状オクタメチルシルセスキオキサン(C8H24O12Si8)(以下、methyl POSS)を40mg秤量し、外径0.5cm、長さ約30cm、内容積が約5mlのESR試料管に入れた。ESR試料管とは、電子スピン共鳴(ESR(Electron Spin Resonance))分析装置にて用いる試料管である。ESR試料管を脱気した後、水素ガスを導入して封管した。なお、水素の圧力は1Torrとした。以下、これを試料1として説明する。
【0031】
テスラコイルを用いて、ESR試料管外部から電圧を印加して放電を生じさせ、methyl POSSに原子状水素を包接させた。テスラコイルの印加電圧は4kVで行った。
【0032】
放電終了後、試料1をESR分析装置にて分析した。放電は1分間ずつ行い、その都度水素原子の包接量、及び、相対収率を求めた。水素原子の包接量は、標準試料(Mn2+/MgO)を籠状POSS化合物と一緒にESR測定し、得られたESRスペクトルの水素原子の信号強度をMn2+の信号強度(二次標準)と比較することにより求めた。そして、相対収率は、[包接が起きている籠状POSS化合物の分子数]/[全籠状POSS化合物の分子数]により求めた。
【0033】
図4は、試料1を5分間放電状況下に介在させて得られた試料のESRスペクトルである。なお、ESRスペクトルの横軸はガウス[G]、縦軸は検出した信号強度の相対値である。
【0034】
図4のESRスペクトルでは、標準試料(Mn2+/MgO)を示すピークの外側、すなわち3120G付近及び3630G付近に2つの大きなピークを観測することができる。この2つのピークが、水素原子の信号を示している。具体的に説明すると、この2つのピーク幅は500G以上と非常に大きい分裂幅を示している。原子状の水素では、不対電子とプロトン(核スピン:1/2)との磁気的相互作用が強いので、このような大きな分裂幅を示したものである。この結果から、テスラコイルで放電を生じさせることにより、籠状POSS化合物に原子状水素が包接されることを確認した。
【0035】
図5に、試料1の放電時間と相対収率との関係を示す。放電時間の増加に比例して、相対収率も上昇していることがわかる。
【実施例2】
【0036】
methyl POSSを40mg秤量し、ESR試料管に入れた。ESR試料管を脱気した後、水素ガスを導入して封管した。以下、これを試料2として説明する。
【0037】
この試料2について、テスラコイルを用いて1分間ずつ放電を行い、その都度水素原子の包接量、及び、相対収率を求めた。更に、一分間おき(放電の合間)にESR試料管内のmethyl POSSをステンレス線(直径0.6mm)にて攪拌して放電を行った。他の条件については、実施例1と同様である。
【0038】
図6に、試料2の放電時間と相対収率との関係を示す。放電時間の増加に比例して、相対収率も上昇しているが、図5に示す試料1の結果に比べると相対収率が向上していることがわかる。1分おきにmethyl POSSを攪拌して放電を行うことにより、内部に存在し放電エネルギーを得難いmethyl POSSが外方に露出し、未反応であったmethyl POSSがイオン化されやすくなり、原子状水素の包接が生じやすくなったものと考えられる。
【実施例3】
【0039】
続いて、籠状POSS化合物に導電性物質を添加して放電を行い、籠状POSS化合物に原子状水素を包接させた。
【0040】
methyl POSS40mg及びグラファイト20mgを混ぜ合わせ、乳鉢ですりつぶした。これをESR試料管に入れて脱気し、水素を導入して密閉した。水素の圧力は1Torrとした。以下、これを試料3として説明する。
【0041】
実施例1と同様に、ESR試験管の外からテスラコイルで電圧を印加し、放電を生じさせた。1分間ずつ放電を行い、その都度ESR分析装置にて水素原子の包接量を確認した。他の条件については実施例1と同様である。
【0042】
その結果を図7に示す。図7を見ると、グラファイトを添加せず同条件で行った図5の試料1に比べ、相対収率が格段に上がっていることが確認できる。絶縁性物質であるmethyl POSSに電気エネルギーが供与されやすくなり、methyl POSSのイオン化が促進されてH+の脱離量が増加したため、或いは、methyl POSS近傍に存在するイオン化した水素が相対的に増加したため、より効率的に原子状水素が包接されたものと考えられる。
【実施例4】
【0043】
続いて、ESR試料管に種々の気体を封入し、原子状水素の相対収率への影響ついて検証した。
【0044】
methyl POSSを40mg秤量し、これをESR試料管に入れた。ESR試料管を脱気した後、ヘリウムガスを導入して封管した。なお、ヘリウムの圧力は1Torrとした。以下、これを試料4と記す。
【0045】
また、同様にmethyl POSSを40mg秤量し、これをESR試料管に入れた。ESR試料管を脱気した後、ネオンガスを導入して封管した。なお、ネオンの圧力は1Torrとした。以下、これを試料5と記す。
【0046】
また、同様にmethyl POSSを40mg秤量し、これをESR試料管に入れた。ESR試料管を脱気した後、窒素ガスを導入して封管した。なお、窒素の圧力は1Torrとした。以下、これを試料6と記す。
【0047】
また、同様にmethyl POSSを40mg秤量し、これをESR試料管に入れた。ESR試料管を脱気した後、酸素ガスを導入して封管した。なお、酸素の圧力は1Torrとした。以下、これを試料7と記す。
【0048】
また、同様にmethyl POSSを40mg秤量し、これをESR試料管に入れた。ESR試料管を脱気した後、アルゴンガスを導入して封管した。なお、アルゴンの圧力は1Torrとした。以下、これを試料8と記す。
【0049】
また、同様にmethyl POSSを40mg秤量し、これをESR試料管に入れた。ESR試料管を脱気した後、封管した。ここにおける脱気とは、放電が起こりうる程度に脱気した状態(内圧が10−2〜10−3Torr)であり、僅かながら空気を残存させているので、放電現象が生じ得る雰囲気である。以下、これを試料9と記す。
【0050】
テスラコイルを用いて、それぞれのESR試料管外部から電圧を印加して放電を生じさせ、methyl POSSに原子状水素を包接させた。
【0051】
放電後、それぞれの試料をESR分析装置にて分析した。放電は1分間ずつ行い、その都度水素原子の包接量、及び、相対収率を求めた。また、一分間おき(放電の合間)にmethyl POSSをステンレス線(直径0.6mm)にて攪拌して放電を行った。その他の条件については、実施例2と同様に行った。
【0052】
試料4〜試料9の放電時間と相対収率との関係を図8に示す。全ての試料について、原子状水素が包接されていることがわかる。試料4〜試料9のいずれも水素ガスを導入していないが、いずれの試料も原子状水素が包接されている。このことから、主として、methyl POSSが放電エネルギーを受け、methyl POSSのメチル基から水素が脱離して水素イオンとなり、この水素イオンがmethyl POSSに入り込んで原子状水素になったことを示している。また、相対収率は、ヘリウムガスを導入した試料4、ネオンガスを導入した試料5で相対収率が良好な結果を示している。このことから、籠状POSS化合物を良好な放電現象が生じ得る状況下(methyl POSSに大きな放電エネルギーが供給され得る状況下)に介在させれば、籠状POSS化合物のイオン化が促進されて水素イオンが放出して、籠状POSS化合物に効率的に原子状水素を包接させることができることを示している。
【0053】
また、ヘリウムガスを導入して放電を行った試料4では、10分間(600秒間)で2.0×10−5の相対収率であった。これは、従来のγ線を4時間照射した際の相対収率(2.1×10−5)とほぼ同じ値であった。したがって、従来のγ線照射で原子状水素を包接させる場合と比較して、凡そ24分の1の時間で包接させることができており、短い時間で原子状水素を包接させられることがわかる。
【0054】
なお、γ線照射における実験条件を以下に示す。一般的なγ線照射で用いられる60Coを線源とし、4時間照射した。このγ線照射を4時間行った場合の吸収線量は54kGy(アラニン換算)である。なお、この吸収線量は、実際に籠状POSS化合物にγ線を照射した際の吸収線量を求めることは難しいため、同条件で標準物質にγ線照射を行った場合の吸収線量である。この標準物質はアラニンであり、アラニンはアミノ酸の一種で、放射線の線量測定に用いられる基準物質である。
【実施例5】
【0055】
続いて、ガイスラー管を用いて、籠状POSS化合物に原子状水素を包接させた。methyl POSSを40mg秤量し、これをガイスラー管内の一方の電極上に配置した。ガイスラー管内を脱気して水素1Torr導入した後、電極間に電圧を印可し、放電を生じさせた。20秒間の放電の後、電極が冷却するまで約30秒間放置した後、再び20秒間放電を行う操作を繰り返した。印加電圧は、1×105Vとし、トータルの放電時間は10分間とした。また、放電時間1分間毎に、水素ガスを新しく入れ替えて放電を行った。
【0056】
放電終了後、ESR分析装置にて分析した。そのESRスペクトルを図9に示す。ESRスペクトルの両側(3100G付近及び3620G付近)に実施例1と同様、水素原子の信号を示すピークが現れている。この結果から、ガイスラー管を用いて放電を生じさせることによっても、包接化合物が得られることを確認した。
【実施例6】
【0057】
続いて、プラズマを生成して放電を生じさせることにより、籠状POSS化合物に原子状水素を包接させた。マイクロ波共振器内に挿入したガラス管(φ=1cm)に水素ガスを流通させ、この共振器にマイクロ波(2.45GHz、約100W)を導き、高周波水素プラズマを定常的に発生させた。共振器から突出しているガラス管内にmethyl POSSを配置することによって、methyl POSSを水素プラズマにさらした。methyl POSSの温度上昇を抑えるため、1分間放電を行った後、放電を止めて1分間放置し、再度放電を行う操作を繰り返し行った。トータルの放電時間は10分間とした。
【0058】
そのESRスペクトルを図10に示す。ESRスペクトルの両側に実施例1と同様に、水素原子の信号を示すピークが現れている。この結果から、プラズマ放電によっても、包接化合物を得ることができることを確認した。また、このときの相対収率は、2.9×10−5mol%であった。
【実施例7】
【0059】
続いて、マイクロ波を照射することにより、籠状POSS化合物に原子状水素を包接させた。マイクロ波の照射には、電子レンジを用いた。methyl POSSを40mg秤量し、これを電子レンジに入れ、2分間処理した。
【0060】
そのESRスペクトルを図11に示すとともに、その3100G付近の部分拡大図を図12に示している。微小であるが、水素原子を示す信号が3100G及び3620G付近に現れていることがわかる。従って、電子レンジを用いたマイクロ波の照射によっても、methyl POSSに原子状水素が包接されていることを確認できる。なお、相対収率は、2.2×10−7mol%であった。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の包接化合物の製造方法によれば、籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンを放電状況下に介在させることで、安全且つ容易に籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンに原子状水素を包接させることができる。これにより、高活性な水素原子を、原子状態のまま常温で存在させることが可能となる。常温における水素原子の性質の研究、ひいては、水素エネルギーを活用した社会に向けての研究に役立つものとして期待できる。
【符号の説明】
【0062】
11 籠状POSS化合物
12 試料管
13 テスラコイル
21 ガイスラー管
22a 電極
22b 電極
【特許請求の範囲】
【請求項1】
籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンを放電状況下に介在させて、前記籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンに原子状水素を包接させる、
ことを特徴とする包接化合物の製造方法。
【請求項2】
前記籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンとして、籠状オクタシルセスキオキサン、籠状ドデカシルセスキオキサン、及び、籠状ウンデカシルセスキオキサンから選択される1以上の化合物を用いることを特徴とする請求項1に記載の包接化合物の製造方法。
【請求項3】
前記籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンに導電性物質を混合して用いることを特徴とする請求項1に記載の包接化合物の製造方法。
【請求項4】
共振変圧器を用いて前記放電を生じさせることを特徴とする請求項1に記載の包接化合物の製造方法。
【請求項5】
離間して配置された電極間に前記籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンを配置し、前記電極間に電圧を印加して前記放電を生じさせることを特徴とする請求項1に記載の包接化合物の製造方法。
【請求項6】
マイクロ波を照射して前記放電を生じさせることを特徴とする請求項1に記載の包接化合物の製造方法。
【請求項7】
プラズマを生成して前記放電を生じさせることを特徴とする請求項1に記載の包接化合物の製造方法。
【請求項1】
籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンを放電状況下に介在させて、前記籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンに原子状水素を包接させる、
ことを特徴とする包接化合物の製造方法。
【請求項2】
前記籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンとして、籠状オクタシルセスキオキサン、籠状ドデカシルセスキオキサン、及び、籠状ウンデカシルセスキオキサンから選択される1以上の化合物を用いることを特徴とする請求項1に記載の包接化合物の製造方法。
【請求項3】
前記籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンに導電性物質を混合して用いることを特徴とする請求項1に記載の包接化合物の製造方法。
【請求項4】
共振変圧器を用いて前記放電を生じさせることを特徴とする請求項1に記載の包接化合物の製造方法。
【請求項5】
離間して配置された電極間に前記籠状ポリヘドラルオリゴメリックシルセスキオキサンを配置し、前記電極間に電圧を印加して前記放電を生じさせることを特徴とする請求項1に記載の包接化合物の製造方法。
【請求項6】
マイクロ波を照射して前記放電を生じさせることを特徴とする請求項1に記載の包接化合物の製造方法。
【請求項7】
プラズマを生成して前記放電を生じさせることを特徴とする請求項1に記載の包接化合物の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図4】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図4】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2010−173943(P2010−173943A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−15896(P2009−15896)
【出願日】平成21年1月27日(2009.1.27)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年1月27日(2009.1.27)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】
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