説明

医薬物運搬用器具およびその製造方法

【課題】無痛で皮膚下に挿通可能とするとともに、安定性よく人体皮膚表面に固定することができる医薬物運搬用器具とその製造方法の提供。
【解決手段】整列状態で設けられた多数の微細な略錐状の凸部12と、前記凸部を担持する平板状基部11とを有してなり、前記凸部と前記平板状基部とが異種の素材で構成されている医薬物運搬用器具。(A)無機素材からなる基板の表裏主面のうち一方の面側にポリマー素材からなる平板状基部を形成する工程、(B)整列状態で設ける凸部に対応して前記基板の他方の面側の凸部形成位置にそれぞれレジストパターンを形成する工程、及び(C)前記レジストパターンを形成した前記基板の他方の面側から該基板をエッチングし、ポリマー素材からなる平板状基部に無機素材からなる多数の略錐状の凸部が担持された医薬物運搬用器具を得る工程、とを含む医薬物運搬用器具の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体への医薬物の投与、または、生体からの血液の吸引抽出などの医薬物運搬システムに用いられる医薬物運搬用器具に関し、特に、人体の皮膚表面に貼付けて使用することにより、効率良く医薬物の供与等を行うことができる医薬物運搬用器具及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、医薬物の過剰投与および副作用を抑制して、より安全かつ効果的に医薬物を投与するために、「必要最小限の医薬物を、必要な場所に、必要なときに供給する」ことを目的としたドラッグデリバリーシステム(Drug Delivery System、以下、DDSと略記する。)の研究開発が活発に行われている。
【0003】
このDDSには、(1)医薬物を一定期間にわたって一定速度で放出する、いわゆる「医薬物の徐放化」、(2)医薬物を目的とする患部に選択的に輸送する、いわゆる「ターゲッティング」の大きな2つの課題がある。
【0004】
ところで、これらの課題を達成し、DDSを実用化するためには、医薬物の改良だけでは困難であり、医薬物を担持、運搬する医薬物運搬用器具類の開発が不可欠である。
【0005】
例えば、経皮吸収治療システム(Transdermal Therapeutic System:以下、TTSと略記する。)と総称される、皮膚から医薬物を投与し、体内の一部もしくは全身に前記医薬物の作用発現を実現させる技術がある。従来、このTTSに適用できる医薬物は、ニトログリセリン、硝酸イソソルビド、クロニジン等に代表される皮膚透過性の高いものに限られていた。しかしながら、近年、前記皮膚透過性の高い医薬物をより効果的に体内に吸収させたり、皮膚透過性が低い医薬物をTTSに適用させる要求が高まっており、これらを実現するための医薬物運搬器具が提案されている。
【0006】
従来、このような医薬物運搬用器具として、非特許文献1〜5及び特許文献1〜3に開示されたものが提案されている。
【0007】
非特許文献1には、シリコン(Si)からなる基板の表面を六フッ化硫黄(SF)と酸素(O)の混合ガスによるドライエッチングプロセスにて加工し、高さ100μm程度のアレイ状針状体(非特許文献1では、マイクロニードルと記載されている)を形成して得られる医薬物運搬用器具が開示されている。この非特許文献1には、このアレイ状針状体を用いて皮膚に穿刺し、針状体より医薬物を運搬し人体に輸送することが開示されている。
【0008】
特許文献1〜3及び非特許文献2〜5には、針状体(特許文献1では、微小針と記載されている)の中心に、基部の裏面から表面へ貫通する医薬物を運搬するための貫通孔路を形成した中空状針状体(特許文献1では、中空微小針と記載されている)を形成して得られる医薬物運搬用器具が開示されている。
【非特許文献1】D.V. McAllister et al.,“MICROFABRICATED MICRONEEDLES: A NOVEL APPROACH TO TRANSDERMAL DRUG DELIVERY”, Proceed. Int'l. Symp. Control. Rel. Bioact. Mater., 25(1998) Controlled Release Society, inc.
【非特許文献2】D.V. McAllister et al.,“MICROFABRICATED MICRONEEDLES FOR GENE AND DRUG DELIVERY”, Annu. Rev. Biomed. Eng., 2(2000) 289-313
【非特許文献3】D.V. McAllister et al.,“Microfabricated needles for transdermal delivery of macromolecules and nanoparticles: Fabrication methods and transport studies”, PNAS, 100(2003) 13755-13760
【非特許文献4】D.V. McAllister et al.,“SOLID AND HOLLOW MICRONEEDLES FOR TRANSDERMAL PROTEIN DELIVERY”, Proceed. Int'l. Symp. Control. Rel. Bioact. Mater., 26(1999) Controlled Release Society, inc.
【非特許文献5】D.V. McAllister et al.,“MICRONEEDLES FOR TRANSDERMAL DELIVERY OF MACROMOLECULES”, Proceedings of The First Joint BMES/EMBS Conferense Serving Humanity, Advancing Technology (1999)
【特許文献1】特表2002−521222号公報
【特許文献2】特許第3696513号公報
【特許文献3】特表2002−517300号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、非特許文献1に開示されているアレイ状針状体は、実際に医薬物を運搬する構造が明らかにされていない。
一方、特許文献1〜3及び非特許文献2〜4に開示されているアレイ状中空針状体では、貫通孔路を通して医薬物を運搬する手段を開示しているが、これらに開示されている技術は、いずれも複雑な製造工程を経る必要があるという問題がある。また、医薬物の運搬という観点においては、皮膚を穿刺した際に貫通孔路が詰まってしまい、医薬物の運搬を行えない場合があるという問題がある。
【0010】
また、特許文献1〜2では、医薬物運搬用器具をSi素材で構成することを開示している。Siは比較的機械的強度が高いため、皮膚への穿刺性に優れ、且つ穿刺した針状体が比較的折れにくいという特徴がある。しかしながら、針状体を担持する平板状基部に可撓性が無い問題がある。人体の皮膚を人体の皮膚を微視的に見た場合、その表面は湾曲しており、平板状基部に可撓性がない場合、皮膚表面に安定して固定することが難しい。
【0011】
一方、特許文献3では、医薬物運搬用器具を生分解性ポリマー素材で構成することを開示している。生分解性ポリマー素材で構成することにより、穿刺した針状体が折れて体内に蓄積してもいずれ分解されるため、機械的強度が比較的小さくても良いという特徴がある。しかしながら、皮膚に穿刺するためにはある程度の機械的強度は必要となるため、使用できる生分解性ポリマー素材は比較的機械的強度の高いものに限られる。この場合、平板状基部に十分な可撓性を持たせることがやはり難しくなる。さらに、生分解性ポリマー素材は高価であるため、製造コストが高くなってしまうという問題もある。
【0012】
本発明は前記事情に鑑みてなされ、医薬物を一定期間にわたって一定速度に調節して放出する「医薬物の徐放化」と、医薬物を目的とする患部に選択的に輸送する「医薬物のターゲッティング」とを可能にし、特に無痛で皮膚下に挿通可能とするとともに、安定性よく人体皮膚表面に固定することができる医薬物運搬用器具とその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記目的を達成するため、本発明は、整列状態で設けられた多数の微細な略錐状の凸部と、前記凸部を担持する平板状基部とを有してなり、前記凸部と前記平板状基部とが異種の素材で構成されていることを特徴とする医薬物運搬用器具を提供する。
【0014】
本発明の医薬物運搬用器具において、前記平板状基部はポリマー素材で構成されていることが好ましい。
【0015】
本発明の医薬物運搬用器具において、前記平板状基部は吸水性を有するポリマー素材で構成されていることが好ましい。
【0016】
本発明の医薬物運搬用器具において、前記平板状基部は多孔質ポリビニルアルコール素材で構成されていることが好ましい。
【0017】
本発明の医薬物運搬用器具において、前記凸部は無機素材で構成されていることが好ましい。
【0018】
本発明の医薬物運搬用器具において、前記凸部はシリコン素材で構成されていることが好ましい。
【0019】
また本発明は、(A)無機素材からなる基板の表裏主面のうち一方の面側にポリマー素材からなる平板状基部を形成する工程、(B)前記基板の他方の面側に凸部を形成するためのレジストパターンを形成する工程、及び(C)前記レジストパターンを形成した基板面側から該基板をエッチングし、ポリマー素材からなる平板状基部に無機素材からなる多数の略錐状の凸部が担持された医薬物運搬用器具を得る工程とを含んでいることを特徴とする医薬物運搬用器具の製造方法を提供する。
【0020】
本発明の製造方法において、前記(B)工程は、(B−1)前記基板の他方の面側にレジスト層を形成する工程、(B−2)前記レジスト層上の凸部形成位置にフォトレジストを形成する工程、(B−3)前記レジスト層のフォトレジスト形成部以外の領域をエッチング除去し、前記基板の他方の面側の凸部形成位置にレジストパターンを形成する工程、とを含んでいることが好ましい。
【0021】
本発明の製造方法において、前記(C)工程はドライエッチングによって実施されることが好ましい。
【0022】
本発明の医薬物運搬用器具において、前記凸部は前記平板状基部とは異なるポリマー素材で構成されていることが好ましい。
【0023】
本発明の医薬物運搬用器具において、前記凸部は生分解性ポリマー素材で構成されていることが好ましい。
【0024】
本発明の医薬物運搬用器具において、前記凸部はポリ乳酸素材で構成されていることが好ましい。
【0025】
また本発明は、(A)凸部となるポリマー素材からなる基板の表裏主面のうち一方の面側に平板状基部となるポリマー素材からなる層を形成して基材を得る工程、(B)前記基材の凸部となるポリマー素材の面側と、凸部を形成するための細孔を有する型とを対向して配置する工程、(C)前記基材と前記型の少なくともいずれか一方を加熱したうえで基材に圧力を加えて前記型の形状を前記基材に転写させる工程、及び(D)冷却して前記基材を離型し、平板状基部と該基部上に担持された多数の略錐状の凸部とが異なるポリマー素材で構成されている医薬物運搬用器具を得る工程とを含んでいることを特徴とする医薬物運搬用器具の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0026】
本発明の医薬物運搬用器具は、平板状基部と略錐状の凸部を異なる素材で構成し、特に平板状基部を可撓性のあるポリマー素材で構成することにより、人体皮膚に貼り付けることが可能な医薬物運搬用器具を提供することができる。
また、前記平板状基部を吸水性ポリマー素材で構成することにより、平板状基部裏面より医薬物等の流体を人体に輸送する、もしくは血液等の流体を人体から吸引抽出して平板状基部裏面より取り出すことが可能となる。
また、前記凸部をシリコンのような機械的強度の高い無機素材で構成することにより、皮膚に容易に挿通することが可能な医薬物運搬用器具を提供することができる。
本発明の医薬物運搬用器具の製造方法によれば、ポリマー素材からなる平板状基部に無機素材からなる多数の略錐状の凸部が担持された医薬物運搬用器具を容易に製造することができる。
また、前記凸部をポリ乳酸のような、生体に対して毒性が低く、且つ生分解性のあるポリマー素材で構成することにより、皮膚に挿通する際に凸部が折れても安全性が高く、且つ体内に残留し続けることがない医薬物運搬用器具を提供することができる。さらに、非常に高価な生分解性ポリマー素材は凸部のみに使用しているため、製造コストを比較的抑えることができるという利点もある。
本発明の医薬物運搬用器具の製造方法によれば、可撓性のあるポリマー素材からなる平板状基部に生分解性ポリマー素材からなる多数の略錐状の凸部が担持された医薬物運搬用器具を容易に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、図面を参照して本発明の実施形態を説明する。
図1及び図2は、本発明の医薬物運搬用器具の一実施形態を示す概略図であり、図1(a)は医薬物運搬用器具の一例であるアレイ状無痛針10の平面図、図1(b)は図1(a)の線A−Bに沿った断面図、図2は図1(b)の一部を拡大した図である。
【0028】
本実施形態のアレイ状無痛針10は、ポリマー素材からなる平板状基部11に、シリコンのような機械的強度の高い無機素材もしくはポリ乳酸のような生分解性ポリマー素材からなる略錐状の多数の凸部12を整列状態で担持した構成になっている。
【0029】
前記平板状基部11は、可撓性のあるポリマー素材からなっており、このアレイ状無痛針10を人体の皮膚に貼付けた際に、皮膚表面の形状に沿って密着することが可能である。この平板状基部11を構成するポリマー素材としては、ポリイミド系ポリマー、ポリアミド系ポリマー、ポリエステル系ポリマー、ポリエチレン系ポリマー、ポリプロピレン系ポリマー、ポリウレタン系ポリマー、シリコーン系ポリマー、ポリビニルアルコール系ポリマー、ポリ(メタ)アクリル酸系ポリマーなどが挙げられ、これらの中でもポリイミド、多孔質ポリビニルアルコールなどが好ましい。
【0030】
平板状基部11としてポリイミドを用いる場合は、ポリアミド酸などのポリマー前駆体を凸部となるシリコンやポリ乳酸などの基板裏面側にスピンコートし、その後加熱硬化してポリイミド層を形成して平板状基部11とする。平板状基部11として多孔質ポリビニルアルコールを用いる場合は、適当な厚さの多孔質ポリビニルアルコールシートをシリコンやポリ乳酸などの基板裏面側に熱圧着して多孔質ポリビニルアルコール層を形成して平板状基部11とすることができる。
【0031】
前記凸部12は、平板状基部11の上面を基端として、先端側に向かって次第に細くなる略円錐状をなし、平板状基部11の上面に、縦横に等間隔で複数列及び複数段設けられている。この凸部12は、機械的強度の高い無機素材もしくは生分解性ポリマー素材、好ましくはシリコン素材もしくはポリ乳酸素材からなっている。なお、本例示では凸部12が略円錐形状になっているが、凸部12の形状はこれに限定されず、皮膚に無痛で穿刺できる形状及び寸法であれば、いかなるものでも構わない。凸部12のその他の形状としては、例えば三角錐状、四角錐状などが挙げられる。
【0032】
本実施形態においてアレイ状無痛針10の各部の寸法は特に限定されない。好ましい実施形態において、図2に示すアレイ状無痛針10の各部の寸法c〜gを例示すれば、凸部12の高さcは50μm〜300μmの範囲が望ましく、平板状基部11の厚さdは100μm〜1000μmの範囲が望ましい。また、凸部12の下底の長さ(直径)eは20μm〜100μm、凸部12の先端径fは3μm以下であることが望ましい。さらに、複数の凸部12先端の中心間距離(ピッチ)gは30μm〜1000μm(ただし、ピッチは凸部12の下底の長さより大きい)が望ましい。
【0033】
平板状基部11は、凸部12が設けられる面が略平板状であれば、いかなる形状でもよいが、角板状、円板状が望ましい。
【0034】
本実施形態のアレイ状無痛針10は、人体の皮膚に対し、凸部12先端側を皮膚に穿刺しながら平板状基部11を皮膚に貼付けて使用する。このアレイ状無痛針10は、凸部12を角質層内部まで挿通することにより、効果的に医薬物を体内に吸収させることができ、医薬物を一定期間にわたって一定速度に調節して放出する「医薬物の徐放化」と、医薬物を目的とする患部に選択的に輸送する「医薬物のターゲッティング」とを可能とする。
【0035】
本実施形態のアレイ状無痛針10は、ポリマー素材からなる平板状基部11に、シリコンのような機械的強度の高い無機素材からなる略錐状の多数の凸部12を整列状態で担持した構成なので、凸部12を無痛で皮膚下に挿通することができるとともに、凸部12先端側を皮膚に穿刺しながら平板状基部11を皮膚に貼付ける際に、平板状基部11が皮膚の形状に沿って変形しながら貼付き、安定性よく人体皮膚表面に固定することができる。
【0036】
また、平板状基部11を多孔質ポリビニルアルコールなどの吸水性ポリマー素材で構成することにより、この平板状基部11の裏面より医薬物等の流体を人体に輸送すること、もしくは血液等の流体を人体から吸引抽出して平板状基部11の裏面より取り出すことが可能となる。
また、凸部12をポリ乳酸のような生分解性ポリマー素材で構成することにより、仮に穿刺した針状体が折れて体内に蓄積しても、いずれ分解されるため、安全性が高い。
【0037】
[発明を実施するための第1製造例]
次に、図3を参照して本発明に係る医薬物運搬用器具の製造方法の一実施形態を説明する。なお、本実施形態は、図1及び図2に示すように、ポリイミドからなる平板状基部11にシリコンからなる略錐状の多数の凸部12を整列状態で担持してなるアレイ状無痛針10を製造する場合を例示している。
【0038】
この実施形態の医薬物運搬用器具の製造方法では、まず、図3(a)に示すように、表裏主面を鏡面研磨した厚み200μm程度の単結晶シリコン(Si)からなる基板20を用意する。なお、この基板20の表裏主面はどちらも同じであり、本明細書において基板20の「一方の面側」又は「他方の面側」とは基板20の表裏主面A,Bのいずれか一方の面のことを指し、基板未処理段階では相互に変更可能である。図3においては、基板20の一方の面側をB、他方の面側をAとして示している。
【0039】
次いで、図3(b)に示すように、基板20の一方の面側Bに平板状基部となるポリイミド層11を形成する。このポリイミド層11は、スピンコート法によりワニス状のポリマー前駆体を基板20の一方の面側Bに塗布し、硬化することによって形成することが望ましい。このポリマー前駆体としては、必要に応じてジアセチルアミド等の溶媒を加えたポリアミド酸などが用いられる。ワニス状のポリマー前駆体を基板20の一方の面側Bに所望の厚みとなるようにスピンコートし、その後オーブンに入れて加熱し、ポリマー前駆体を加熱硬化させてポリイミド層11を形成する。
【0040】
このポリイミドからなる平板状基部11は、図2に示すように、厚さdが100μm〜1000μmの範囲となるように形成することが望ましい。このポリイミドからなる平板状基部11の厚さは、ワニス状のポリマー前駆体の粘度、スピンコートの回転数で制御できる他、一度形成したポリイミド層11上に同様の工程を1〜複数回繰り返し行うことにより、如何なる膜厚にでも制御可能である。
【0041】
なお、このポリイミドからなる平板状基部11の形成方法は、前述したスピンコート法に限定されるものではなく、例えば、所望の厚さを持つ平板状又はシート状のポリイミド素材を、基板20の一方の面側Bに熱圧着して貼り合わせすることによって形成しても良い。
【0042】
次いで、図3(c)に示すように、基板20の他方の面側Aにスパッタリング法により、エッチングマスクとなる膜厚約0.5μm程度のクロム(Cr)からなる薄膜(以下、Cr薄膜22と記す。)を形成する。
【0043】
次いで、図3(d)に示すように、Cr薄膜22上面の凸部形成位置に、フォトリソグラフィ技術によりフォトレジスト23を形成する。
【0044】
このフォトレジスト23のパターン形成は、前記Cr薄膜22上に、スピンコート法により任意の厚みのフォトレジストを塗布し、このフォトレジストの表面に目的とする凸部形成位置のパターンを有するマスクを配置して露光した後、現像処理を行って不必要なフォトレジストを除去する。これにより凸部形成位置に対応したフォトレジスト23からなるパターンがCr薄膜22上に形成される。このフォトレジスト23の大きさは、形成する凸部12の直径に応じて設定される。
【0045】
次いで、図3(e)に示すように、前記フォトレジスト23をマスクとし、該フォトレジスト23下部に形成されたCr薄膜22をエッチングし、凸部形成位置に対応したCrパターン24を形成する。このCr薄膜22のエッチングには、硝酸第二セリウム塩と過塩素酸を主成分とする水溶液によるウエットエッチングにより行うことが好ましい。
【0046】
次いで、図3(f)に示すように、前記Crパターン24をマスクとし、Siからなる基板20をドライエッチングプロセスによってエッチングし、略錐状の凸部12を形成する。このドライエッチングプロセスは、前述したようにCrパターン24を形成した基板20をドライエッチング装置のチャンバー内に設置し、真空排気を行った後、エッチングガスとして六フッ化硫黄(SF)と酸素(O)の混合ガス等を用いてドライエッチングを行う。
【0047】
Siのエッチング速度は約6μm/分であるので、厚さ200μm程度の基板20の場合、エッチング時間は約30〜40分程度である。このような条件でドライエッチングを行うことで、Crパターン24以外の領域のシリコン層は全てエッチングされ、高さ約200μmの凸部12が形成される。この時のエッチング条件(例えば、プロセス圧力、エッチングガス流量、高周波への投入電力など)を適宜変更することにより、凸部の形状を略円柱状から略円錐状まで変化させることができる。例えば、下底の直径が50μm、先端の直径1μmの略円錐形状の凸部を形成することができる。
【0048】
最後に、ドライエッチング装置のチャンバー内から、形成されたアレイ状無痛針10を取り出し、硝酸第二セリウム塩と過塩素酸を主成分とする水溶液を用いたウェットエッチングにより凸部12の先端側に残存するCrマスクを除去する。
【0049】
以上の工程により、平板状基部11がポリイミドからなり、略錐状の凸部12がシリコンにより構成されたアレイ状無痛針10が製造される。
本実施形態において製造されたアレイ状無痛針10は、平板状基部11が可撓性のあるポリイミドで形成されているため皮膚に安定して固定することができ、また凸部12が比較的機械的強度の高いシリコンで形成されているため皮膚を容易に穿刺することができる。
【0050】
なお、前述した実施形態では、凸部12を略円錐形状としたが、フォトレジスト23の形状を変更することにより、円錐形状以外の種々の形状、例えば三角錐形や四角錐形とすることが可能である。
【0051】
[発明を実施するための第2製造例]
本発明の製造方法の別な実施形態として、多孔質ポリビニルアルコールからなる平板状基部11を有するアレイ状無痛針10の製造方法を説明する。
本実施形態では、表裏主面を鏡面研磨した厚み200μm程度の単結晶シリコン(Si)からなる基板20を用意し、この基板20の一方の面側Bに、平板状又はシート状の多孔質ポリビニルアルコール素材を熱圧着することにより貼付けて平板状基部を形成する。それ以降は本発明の第1実施形態と同様の方法で、アレイ状無痛針10を製造する。
【0052】
本実施形態において製造されたアレイ状無痛針10は、平板状基部11が吸水性のある多孔質ポリビニルアルコールで形成されているため、平板状基部11の裏面より医薬物等の流体を人体に輸送する、もしくは血液等の流体を人体から吸引抽出して平板状基部11の裏面より取り出すことができる。
【0053】
[発明を実施するための第3製造例]
次に、図4を参照して本発明の製造方法の第3の実施形態を説明する。なお、本実施形態は、ポリイミドからなる平板状基部11に、ポリ乳酸からなる凸部12を整列状態で担持してなるアレイ状無痛針10を製造する場合を例示している。
【0054】
まず、図4(a)に示すように、厚み200μm程度のポリ乳酸からなる基板20を用意し、この基板20の一方の面側Bに、本発明の第1実施形態と同様の方法で平板状基部となるポリイミド層11を形成する。以下、基板20上にポリイミド層11を形成したものを基材31と称し、基板20からなる面側をA、ポリイミド層11からなる面をBとして示す。
【0055】
次いで、図4(b)に示すように、凸部を形成するための細孔を有する型32と基材31のA面とを対向して配置する。
【0056】
凸部12を形成するための細孔を有する型32は、図5に示す工程順で作製する。即ち、(a)シリコン(Si)からなる基板にフォトリソグラフィ技術とドライエッチングプロセスを用いて凸部となる形状を形成してマスタ型42とし、(b)次いでニッケル(Ni)等の金属をスパッタすることでマスタ型表面を導電化し、(c)次いでNi電鋳によってマスタ型の形状を転写し、(d)次いで、水酸化カリウム(化学式:KOH)や水酸化テトラメチルアンモニウム(略式名称:TMAH)などの強アルカリ溶液でウェットエッチング処理することによりマスタ型42を選択的に除去することによって、凸部12を形成するための細孔を有する型32を作製することができる。本実施例では、細孔深さを約200μmとした。
【0057】
次いで、図4(c)に示すように、型32と基材31を100℃に加熱した後、型32の上部より基材31を10MPaの圧力で押圧する。押圧した状態で10分間保持することにより、型32の形状がほぼ正確に基材31A面に転写される。
【0058】
次いで、図4(d)に示すように、型32と基材31を50℃に冷却した後、基材31を離型する。
以上の工程により、ポリイミドからなる平板状基部11にポリ乳酸からなる凸部12を整列状態で担持してなるアレイ状無痛針10が製造される。
【0059】
本実施形態において製造されたアレイ状無痛針10は、平板状基部11に可撓性があるうえ、凸部12は比較的機械強度の高いポリ乳酸素材で構成しているため皮膚への穿刺が可能である。また、仮に穿刺した針状体が折れて体内に蓄積してもポリ乳酸のような生分解性ポリマー素材はいずれ分解されるため、安全性が高い。さらに、非常に高価な生分解性ポリマー素材は凸部のみに使用しているため、製造コストを比較的抑えることができるという利点もある。
【0060】
なお、前述した各製造方法は本発明の例示に過ぎず、本発明の医薬物運搬用器具はこれらの製造方法で提供されるものに限定されるものではなく、種々の変更が可能である。
例えば、多孔質ビニルアルコール素材からなる平板状基部11にポリ乳酸素材からなる凸部12を整列状態で担持してなるアレイ状無痛針10も前述した各製造方法を組み合わせることにより提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明の医薬物運搬用器具の一実施形態であるアレイ状無痛針を示し、(a)は平面図、(b)はA−B線断面図である。
【図2】図1(b)の一部を拡大した断面図である。
【図3】本発明を実施するための第1の製造方法を工程順に示す断面図である。
【図4】本発明を実施するための第3の製造方法を工程順に示す断面図である。
【図5】本発明を実施するための第3の製造方法で使用する凸部を形成するための孔を備えた型の製造方法を工程順に示す断面図である。
【符号の説明】
【0062】
10…アレイ状無痛針(医薬物運搬用器具)、11…平板状基部(ポリイミド、多孔質ビニルアルコール)、12…凸部、20…基板(シリコン、ポリ乳酸)、22…Cr薄膜、23…フォトレジスト、24…Crパターン(レジストパターン)。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
整列状態で設けられた多数の微細な略錐状の凸部と、前記凸部を担持する平板状基部とを有してなり、前記凸部と前記平板状基部とが異種の素材で構成されていることを特徴とする医薬物運搬用器具。
【請求項2】
前記平板状基部がポリマー素材で構成されていることを特徴とする請求項1に記載の医薬物運搬用器具。
【請求項3】
前記平板状基部が吸水性を有するポリマー素材で構成されていることを特徴とする請求項2に記載の医薬物運搬用器具。
【請求項4】
前記平板状基部が多孔質ポリビニルアルコール素材で構成されていることを特徴とする請求項3に記載の医薬物運搬用器具。
【請求項5】
前記凸部が無機素材で構成されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の医薬物運搬用器具。
【請求項6】
前記凸部がシリコン素材で構成されていることを特徴とする請求項5に記載の医薬物運搬用器具。
【請求項7】
(A)無機素材からなる基板の表裏主面のうち一方の面側にポリマー素材からなる平板状基部を形成する工程、
(B)前記基板の他方の面側に凸部を形成するためのレジストパターンを形成する工程、
(C)前記レジストパターンを形成した基板面側から該基板をエッチングし、ポリマー素材からなる平板状基部に無機素材からなる多数の略錐状の凸部が担持された医薬物運搬用器具を得る工程、
とを含んでいることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の医薬物運搬用器具の製造方法。
【請求項8】
前記(B)の工程が、
(B−1)前記基板の他方の面側にレジスト層を形成する工程、
(B−2)前記レジスト層上の凸部形成位置にフォトレジストを形成する工程、
(B−3)前記レジスト層上のフォトレジスト形成部以外の領域をエッチング除去し、前記基板の他方の面側の凸部形成位置にレジストパターンを形成する工程、
とを含んでいることを特徴とする請求項7に記載の医薬物運搬用器具の製造方法。
【請求項9】
前記(C)工程がドライエッチングによって実施されることを特徴とする請求項7又は8に記載の医薬物運搬用器具の製造方法。
【請求項10】
前記凸部が前記平板状基部とは異なるポリマー素材で構成されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の医薬物運搬用器具。
【請求項11】
前記凸部が生分解性ポリマー素材で構成されていることを特徴とする請求項10に記載の医薬物運搬用器具。
【請求項12】
前記凸部がポリ乳酸素材で構成されていることを特徴とする請求項11に記載の医薬物運搬用器具。
【請求項13】
(A)凸部となるポリマー素材からなる基板の表裏主面のうち一方の面側に平板状基部となるポリマー素材からなる層を形成して基材を得る工程、
(B)前記基材の凸部となるポリマー素材の面側と、凸部を形成するための細孔を有する型とを対向して配置する工程、
(C)前記基材と前記型の少なくともいずれか一方を加熱したうえで基材に圧力を加えて前記型の形状を前記基材に転写させる工程、
(D)冷却して前記基材を離型し、平板状基部と該基部上に担持された多数の略錐状の凸部とが異なるポリマー素材で構成されている医薬物運搬用器具を得る工程、
とを含んでいることを特徴とする請求項10〜12のいずれかに記載の医薬物運搬用器具の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−341089(P2006−341089A)
【公開日】平成18年12月21日(2006.12.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−135214(P2006−135214)
【出願日】平成18年5月15日(2006.5.15)
【出願人】(000005186)株式会社フジクラ (4,463)
【出願人】(000160522)久光製薬株式会社 (121)
【Fターム(参考)】