説明

半導体レーザー励起固体レーザー装置

【課題】 マイクロチップ内での不要な寄生発振を抑制し、効率よくエネルギーを外部に取り出すことができるコンパクトな半導体レーザー励起固体レーザー装置を提供する。
【解決手段】 半導体レーザー励起固体レーザー装置において、中央に配置されるレーザー発振元素としてネオジム(Nd)を含むレーザー媒質からなる固体レーザーコア1と、この固体レーザーコア1の周囲に一体化され、略四角形状の外周に直線状の四つの光入射窓3が形成されたレーザー発振元素としてサマリウム(Sm)を含む光ガイド領域2と、この固体レーザーコア1を含む光ガイド領域2の片方の面に配置されるヒートシンク4とを備え、前記光入射窓3より励起光14を導入し、前記光ガイド領域2内を前記励起光14が伝搬して前記固体レーザーコア1を励起することでレーザー発振を行わせ、前記ヒートシンク4に接する面に対向する面より前記固体レーザーコア1の上方にレーザー発振光を取り出すようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小型で高出力、高効率、高安定なマイクロチップ固体レーザー装置に係り、特に、その半導体レーザー励起固体レーザー装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、半導体レーザー励起固体レーザー装置は、複数の半導体レーザーの光エネルギーを固体レーザー媒質内で一旦吸収した後、固体レーザー共振器内で電磁波波面の揃った非常に集光性の高い1つのレーザー光に変換できるため、そのレーザー光をレンズで集光することで非常に高い光密度を得ることができる。そのため、理化学用の計測光源を始め、産業用の各種材料の切断、溶接などの加工や、身近にある様々な装置やシステムに適用されている。
【0003】
しかしながら、半導体レーザーの励起波長と固体レーザーの発振波長の差のエネルギーが固体レーザー媒質内で熱に変わるため、その熱による温度上昇によって、固体レーザー媒質内で屈折率が変化したり、熱膨張による歪みや変形が起こり、高出力動作時には安定なレーザー発振の妨げになることが知られている。
そこで、固体レーザー媒質内で発生した熱をヒートシンクなどの外部に効率よく排熱する構成として、レーザー媒質を薄く平らに延ばして片面をヒートシンクに密着させた、ディスク型あるいはマイクロチップ型と呼ばれる固体レーザー装置が開発され、効果を上げている。特に、マイクロチップ型は、半導体レーザーからの励起光を固体レーザー媒質内に導入するための光学系が簡単でよいため、小型化、低価格化の点で有利である(下記特許文献1,2、非特許文献1〜4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許第5553088号明細書
【特許文献2】米国特許第6625193号明細書
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】A.Giesen et al.,“Scalable Concept for Diode−Pumped High−Power Solid−State Lasers”,Applied Physics B,Vol.58,pp.365−372(1994)
【非特許文献2】T.Dascalu et al.,“90W continuous−wave diode edge−pumped microchip composite Yb:Y3 Al5 O12 laser,Applied Physics Letters,Vol.83,No.20,pp.4086−4088(2003)
【非特許文献3】H.Yagi et al.,“Y3 Al5 O12 ceramic absorbers for the suppression of parasitic oscillation in high−power Nd:YAG lasers”,Journal of Luminescence Vol.121,pp.88−94(2006)
【非特許文献4】Dietmar Kracht et al.,“Core−doped Ceramic Nd:YAG Laser with Sm:YAG Cladding”,Laser Zentrum Hannover,e.V.,Hollerithallee 8,D−30419,CThT5(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来、マイクロチップレーザーにおいては、チップの中央に設けたレーザー媒質領域(コア)にチップの側面から励起光を導入するようにしている。コアの周囲には励起光に対して透明なガイド領域があり、励起光はガイド領域内を全反射で損失なくコアまで伝搬し、そこで吸収される。レーザー発振は、外部に出力ミラーを設けて、励起光の入射方向に対して垂直方向、すなわち、チップの厚み方向に行われる。
【0007】
図14は従来の半導体レーザー励起固体レーザー装置内の寄生発振の光路の例を示す図である。
この図は、レーザー発振光軸方向から見た典型的なマイクロチップの形状を示す。中央のコア101として円形のレーザー発振媒質があり、その周囲に励起光104を導波する光ガイド領域102がある。光ガイド領域102の外周には励起光104を導入するための光入射窓103があるが、高出力を得るための半導体レーザーは通常、アレイで出射面が直線形状を有するために、その励起光を入射しやすいように光入射窓103も直線状に加工されている。光ガイド領域102の外形を正方形に近い形状にすることで、励起光104を最大四方向から導入することができる。さらに、光入射窓103の厚み方向の端面は、励起光104を散乱なくガイド領域102に導入するために鏡面に研磨されている。
【0008】
しかしながら、図14に示すように、マイクロチップ内部では光が内部でこれらの端面を含む面で反射して周回する光路(例えば、105,106)が無数に存在し、光路105,106のように光路の一部に利得を有するレーザー発振媒質であるコア101にかかると、マイクロチップ内でこの光路でレーザー発振光路が形成され、寄生発振と呼ばれるレーザー発振が起こる。マイクロチップ内部で寄生発振が起こると、コアに吸収された励起エネルギーが寄生発振光としてマイクロチップ内部で周回し、マイクロチップ内部で消費されて熱に変わるため、本来マイクロチップの外部に光として取り出されるべきレーザー出力が大幅に減少する。
【0009】
また、産業用の加工用レーザーとしては、高出力でパルス幅が短く、安定性の高いコンパクトな半導体レーザー励起固体レーザー装置が求められている。
本発明は、上記状況に鑑みて、マイクロチップ内での不要な寄生発振を抑制し、効率よくエネルギーを外部に取り出すことができるコンパクトな半導体レーザー励起固体レーザー装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記目的を達成するために、
〔1〕半導体レーザー励起固体レーザー装置において、中央に配置されるレーザー発振元素としてネオジム(Nd)を含むレーザー媒質からなる固体レーザーコアと、この固体レーザーコアの周囲に一体化され、略四角形状の外周に直線状の四つの光入射窓が形成されたレーザー発振元素としてサマリウム(Sm)を含む光ガイド領域と、この固体レーザーコアを含む光ガイド領域の片方の面に配置されるヒートシンクとを備え、前記光入射窓より励起光を導入し、前記光ガイド領域内を前記励起光が伝搬して前記固体レーザーコアを励起することでレーザー発振を行わせ、前記ヒートシンクに接する面に対向する面より前記固体レーザーコアの上方にレーザー発振光を取り出すようにしたことを特徴とする。
【0011】
〔2〕上記〔1〕記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記励起光の波長は750〜900nmであることを特徴とする。
〔3〕上記〔1〕又は〔2〕記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記固体レーザーコア及び前記光ガイド領域の母材はYAGであることを特徴とする。
〔4〕上記〔1〕から〔3〕の何れか一項記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記励起光は励起用半導体レーザーから出射され、この励起用半導体レーザーからの光の進相軸方向をコリメートするマイクロレンズと、遅相軸方向集光用の第1の集光レンズと、進相軸方向集光用の第2の集光レンズとを経て、前記光ガイド領域の光入射窓に入射することを特徴とする。
【0012】
〔5〕上記〔1〕から〔3〕の何れか一項記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記励起光は縦方向に複数個積層して配置される励起用半導体レーザーから出射され、これらの励起用半導体レーザーからの出射光の進相軸方向をコリメートする縦方向に複数個積層して配置されるマイクロレンズと、遅相軸方向集光用の第1の集光レンズと、進相軸方向集光用の第2の集光レンズとを経て、前記光ガイド領域の前記光入射窓に入射することを特徴とする。
【0013】
〔6〕上記〔1〕から〔3〕の何れか一項記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記励起光は、励起用半導体レーザーを前記光入射窓に近接させて配置し、前記光ガイド領域に直接導入することを特徴とする。
〔7〕上記〔1〕記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、光変調素子が前記固体レーザーコア及び前記光ガイド領域の前記ヒートシンクに接する面に対向する表面上に密着されて実装されることを特徴とする。
【0014】
〔8〕上記〔1〕記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記光変調素子が可飽和吸収体のCr:YAGからなる光変調素子であることを特徴とする。
〔9〕上記〔8〕記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記固体レーザーコア及び前記光ガイド領域の前記ヒートシンクに接する面上にレーザー光波長における全反射膜を形成し、前記光変調素子の表面にレーザー光波長における部分反射膜を形成することを特徴とする。
【0015】
〔10〕上記〔8〕記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記光変調素子の前記固体レーザーコアに接する面と対向する面の表面が凹面形状を有することを特徴とする。
〔11〕上記〔8〕記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記光変調素子の面積を前記固体レーザーコア及び前記光ガイド領域の面積と同一となるように拡張したことを特徴とする半導体レーザー励起固体レーザー装置。
【0016】
〔12〕上記〔8〕記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記固体レーザーコア及び前記光ガイド領域の前記ヒートシンクに接する面に対向する表面と前記光変調素子の前記固体レーザーコアあるいは前記光ガイド領域と対向する面との間にSiO2 又はAl2 3 からなる誘電体層を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、半導体レーザー励起固体レーザー装置において、マイクロチップ内における寄生発振を抑制し、レーザー光を効率よく安定して外部に出射することができる。さらに、高出力でパルス幅の短い光を安定して発生することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の第1実施例を示す半導体レーザー励起固体レーザー装置の構成図である。
【図2】本発明の第1実施例の半導体レーザー励起固体レーザー装置の吸収エネルギーに対するレーザー出力を測定した結果を示す図である。
【図3】本発明の第1実施例を示すSmを添加したYAG媒質の光の波長に対する透過率を測定した結果を示す図である。
【図4】本発明の第2実施例を示す半導体レーザー励起固体レーザー装置の構成図である。
【図5】本発明の第3実施例を示す半導体レーザー励起固体レーザー装置の構成図である。
【図6】本発明の第4実施例を示す半導体レーザー励起固体レーザー装置の構成図である。
【図7】本発明の第4実施例の半導体レーザー励起固体レーザー装置の吸収エネルギーに対するレーザー出力を測定した結果を示す図である。
【図8】本発明における半導体レーザー励起固体レーザー装置内の寄生発振の防止の様子を示す図である。
【図9】本発明の第5実施例を示す半導体レーザー励起固体レーザー装置の斜視図である。
【図10】本発明の第5実施例を示す半導体レーザー励起固体レーザー装置の断面図である。
【図11】本発明の第6実施例を示す半導体レーザー励起固体レーザー装置の断面図である。
【図12】本発明の第7実施例を示す半導体レーザー励起固体レーザー装置の断面図である。
【図13】本発明の第8実施例を示す半導体レーザー励起固体レーザー装置の断面図である。
【図14】従来の半導体レーザー励起固体レーザー装置内の寄生発振の光路の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の半導体レーザー励起固体レーザー装置は、中央に配置されるレーザー発振元素としてネオジム(Nd)を含むレーザー媒質からなる固体レーザーコアと、この固体レーザーコアの周囲に一体化され、略四角形状の外周に直線状の四つの光入射窓が形成されたレーザー発振元素としてサマリウム(Sm)を含む光ガイド領域と、この固体レーザーコア及び光ガイド領域の片面に配置されるヒートシンクとを備え、前記光入射窓より励起光を導入し、前記光ガイド領域内を前記励起光が伝搬して前記固体レーザーコアを励起することでレーザー発振を行わせ、前記固体レーザーコアの前記ヒートシンクに接する面よりレーザー発振光を取り出すようにした。
【実施例】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
図1は本発明の第1実施例を示す半導体レーザー励起固体レーザー装置の構成図である。
この図において、マイクロチップの母材としてのYAG(イットリウム・アルミニウム・ガーネット)に、レーザー発振元素としてのNd(ネオジム)を1at%含む固体レーザー媒質(Nd:YAG)よりなる固体レーザーコア1は直径2mmの円形で、CuW(銅タングステン)製のヒートシンク4の上部高熱伝導部4A上に密着して固定されている。その周囲にはSm(サマリウム)を5at%含む同じ母材YAGよりなる光ガイド領域2が形成され、その外周面2Aの4箇所に直線状の光励起窓(ウィンドウ)3が形成されている。ここでは、固体レーザーコア1内で発生した熱を効率よくヒートシンク4に排熱できるように、固体レーザーコア1及び光ガイド領域2は厚さ1mm以下に薄くすることが望ましい。本実施例では厚さ0.3mmとした。また、固体レーザーコア1と光ガイド領域2の境界には空気の層はなく十分に密着しており、双方が同じ母材YAGよりなるため、屈折率の違いによる境界での光の反射は起こらない。固体レーザーコア1がヒートシンク4と接する面に対向する面1Aには、固体レーザー発振波長1064nmに対する無反射誘電体コーティング(反射率<0.2%)が施されている。出力ミラー5はBK7製の平面鏡であり、固体レーザー発振波長1064nmに対して反射率90%の部分反射誘電体コーティングが施されている。励起用半導体レーザー(LD)10から出た波長808nmの励起光14は、マイクロレンズ11により進相軸方向がコリメートされ、遅相軸方向集光用の第1の集光レンズ12を透過し、進相軸方向集光用の第2の集光レンズ13で光ガイド領域2の外周面2Aの光入射窓3に集光される。第1の集光レンズ12は励起光14の遅相軸方向を調整し、励起光14が固体レーザーコア1に達した際、固体レーザーコア1の直径より大きく広がらないようにするために使用される。光入射窓3から光ガイド領域2内に入射した励起光14は、光ガイド領域2内を上下の面で全反射を繰り返しながら伝搬し、固体レーザーコア1に到達してレーザー発振元素であるNdに吸収される。固体レーザーコア1のヒートシンク4に接した面上にに予め形成されたレーザー光波長に対する全反射膜2B(反射率>99.7%)と出力ミラー5との間で共振器が構成されて、出力ミラー5からレーザー出力6が外部に放出される。なお、7は固体レーザー共振器の光学軸である。
【0021】
図2は本発明の第1実施例の半導体レーザー励起固体レーザー装置における、半導体レーザーからの励起光の固体レーザーコアに吸収された励起(吸収)エネルギー(mJ)に対する、出力ミラーから取り出された固体レーザー出力(mJ)を測定した結果を示す図である。
固体レーザー媒質内で寄生発振が生じると、励起に対する固体レーザー出力の効率が大きく低下したり、励起エネルギーを上げてもレーザー出力が上がらず飽和したりする現象が見られるが、本実施例の固体レーザー装置ではそのような現象は見られず、光ガイド領域に添加したSmにより寄生発振を抑制できたことが分かる。
【0022】
図3は本発明の第1実施例を示すSmを添加したYAG媒質の光波長に対する透過率を測定した結果を示す図である。
この図では、高出力レーザー媒質の母材としても最も良く用いられるYAGにSmを5at%添加したSm:YAGの1mm厚の吸収特性を示す。YAGにレーザー発振元素としてのNdを添加したNd:YAGの代表的な発振波長である1064nmにおいて透過率約50%で大きな吸収があるのに対し、Nd:YAGの代表的な励起波長である808nm近傍では透明で、全く吸収がないことがわかる。したがって、Sm:YAGを光ガイド領域に用いれば、励起光は吸収せず寄生発振のレーザー光のみ吸収し、効果的に内部の寄生発振を抑えることができる。
【0023】
図4は本発明の第2実施例を示す半導体レーザー励起固体レーザー装置の構成図である。
この実施例では、マイクロチップ部分の構成は上記した第1実施例と同じであるが、励起用半導体レーザー(LD)20と進相軸コリメート用のロッドレンズ21が縦方向に複数個、この例では6個積層されている。各励起用半導体レーザー20から出射された励起光24は、ロッドレンズ21により進相軸方向がコリメートされ、1枚の遅相軸方向集光用の第1の集光レンズ22を透過し、同じく1枚の進相軸方向集光用の第2の集光レンズ23で光ガイド領域2の外周面2Aの光入射窓3に集光される。第1の集光レンズ22は励起光24の遅相軸方向を調整し、励起光24が固体レーザーコア1に達した際、固体レーザーコア1の直径より大きく広がらないようにするために使用される。励起用半導体レーザー20の縦方向の積層間隔は2mm以下であり、出射する各ビームが密接しているため、1枚のシリンドリカルレンズ22,23でまとめてビームを整形、集光することが可能である。光入射窓3から光ガイド領域2内に入射した励起光24は、第1実施例と同様に光ガイド領域2内を上下の面で全反射を繰り返しながら伝搬し、固体レーザーコア1に到達してレーザー発振元素であるNdに吸収される。励起用半導体レーザー20を6個積層することで、1つの光入射窓3あたりの励起光24の入射エネルギーが6倍になるため、マイクロチップ固体レーザーの出力を大幅に増加させることができる。
【0024】
図5は本発明の第3実施例を示す半導体レーザー励起固体レーザー装置の構成図である。
この実施例では、マイクロチップ部分の構成は上記第1実施例と同じであるが、励起用半導体レーザー30を光入射窓3に近接させて励起光31を直接光ガイド領域2に導入するようにしている。このように構成することで、第1実施例に比べ、コリメートレンズや集光レンズなどの部品点数を低減でき、装置のコストを低減することができる。
【0025】
図6は本発明の第4実施例を示す半導体レーザー励起固体レーザー装置の構成図である。
この実施例では、励起用半導体レーザー30から励起光31を導入する構成は上記第3実施例と同じであるが、固体レーザー共振器の光路7中に光変調素子40を挿入している。この実施例においては、光変調素子40として可飽和吸収体のCr:YAGを用いた。Cr:YAGの両端面40A,40Bにはレーザー発振波長1064nmに対する無反射コーティング(反射率<0.2%)が施され、Cr:YAGのレーザー光波長に対するワンパスの初期透過率は80%である。可飽和吸収体のCr:YAGを固体レーザー共振器内に挿入することにより、受動Qスイッチ動作によって高い光ピークエネルギーを有するパルスを発生させることができるので、金属の加工などに利用することができる。
【0026】
図7は本発明の第4実施例の半導体レーザー励起固体レーザー装置における半導体レーザーからの励起光の固体レーザーコアに吸収された励起(吸収)エネルギーに対する、出力ミラーから取り出された固体レーザー出力を測定した結果を示す図であり、横軸に励起(吸収)エネルギー(mJ)を、縦軸に固体レーザー出力(mJ)を示している。
図7から明らかなように、受動Qスイッチ動作特有の一定間隔のパルス発生により、階段状の規則正しい出力特性が得られた。第1実施例と同様にこちらもレーザー媒質内の寄生発振による効率の低下、出力の飽和は見られず、安定した動作が確認できた。
【0027】
図8は本発明における半導体レーザー励起固体レーザー装置内の寄生発振の防止の様子を示す図である。
本発明によれば、図8に破線で示すように、固体レーザーコア51の領域を通り、光ガイド領域52を通して周回する光路55,56があったとしても、固体レーザーコア51からの寄生発振光55,56は光ガイド領域52で吸収され途中で消えてしまうため、周回することがなく、内部で寄生発振が起こることがない。したがって、固体レーザーコア51に吸収された励起エネルギーを効率よくレーザー出力として外部に取り出すことができる。なお、53は光入射窓である。
【0028】
図9は本発明の第5実施例を示す半導体レーザー励起固体レーザー装置の斜視図、図10はその半導体レーザー励起固体レーザー装置の断面図である。
これらの図に示すように、ヒートシンク4上にはヒートシンク4よりは面積が狭くなった上部高熱伝導部4Aが形成され、その上部高熱伝導部4A上には高熱伝導接着層4Bが形成されている。Nd:YAGからなる固体レーザーコア1にはその周囲にSm:YAGからなる光ガイド領域2が形成され、その底面に形成されるレーザー波長に対する全反射膜2Bに高熱伝導接着層4Bが密着するように構成されている。固体レーザーコア1及びその周辺に形成される光ガイド領域2のヒートシンク4に接する面に対向する上面には、光変調素子60を密着して実装するようにしている。この光変調素子60は、Cr:YAGからなる受動光スイッチ媒質61と、さらにその受動光スイッチ媒質61の固体レーザーコア1に密着した面に対向した面上に形成された、レーザー波長に対する50%部分反射膜62からなる。なお、63はレーザー共振器長である。
【0029】
第5実施例によれば、固体レーザーコア1に対して側面に配置された励起用半導体レーザー30により固体レーザーコア1を励起して、垂直方向にレーザー出力光を得るようにしているので、固体レーザーコア1上に光変調素子60をコンパクトに実装することができる。また、光変調素子60の一面にレーザー発振波長に対する部分反射膜を形成することで出力ミラーを一体化することができ、さらにコンパクトにできる。
【0030】
さらに、固体レーザーコア1、その周囲に形成される光ガイド領域2及び受動光スイッチ媒質60が同じYAGを母材としているので、接着剤を用いずにそれらを熱圧着などの手法で強固に密着させることができる。したがって、高出力のレーザー光を取り出しても、接着剤の劣化による固体レーザー装置の性能の低下の問題が少ない。
また、レーザー共振器長63を5mm以下に非常に短くできるので、発生するレーザーのパルス幅を1ns以下に短くでき、各種材料への加工に最適な高いピーク強度のレーザー光出力6を発生させることができる。
【0031】
図11は本発明の第6実施例を示す半導体レーザー励起固体レーザー装置の断面図である。
この実施例では、固体レーザーコア1とその周囲に形成される光ガイド領域2の上面に光変調素子70を実装するようにしている。この光変調素子70は、Cr:YAGからなる受動光スイッチ媒質71の固体レーザーコア1に接する面に対向する面の表面を凹面71Aに加工し、その上に50%部分反射膜72を形成するようにしている。73はレーザー共振器長である。
【0032】
この実施例によれば、上記した第5実施例の作用効果に加えて、Cr:YAGからなる受動光スイッチ媒質71の厚さが薄い固体レーザーコア1の中心部分のレーザー光の吸収損失が最も少ないため、そこを中心に発振が起こり、得られるレーザーのモードが固体レーザーコア1を中心に円形になりやすい利点を有する。
図12は本発明の第7実施例を示す半導体レーザー励起固体レーザー装置の断面図である。
【0033】
この実施例では、光変調素子80を、固体レーザーコア1とその周囲に形成される光ガイド領域2の上面を全て覆うように配置するようにしている。つまり、光変調素子80は、固体レーザーコア1及び光ガイド領域2の面積と同一になるように拡張されたCr:YAGからなる受動光スイッチ媒質81と、固体レーザーコア1に接する面に相対する面上に一様に形成された、レーザー光波長に対する50%部分反射膜82からなる。83はレーザー共振器長である。
【0034】
この実施例によれば、上記した第5実施例の作用効果に加えて、密着された光変調素子80と、固体レーザーコア1及び光ガイド領域2のマイクロチップ上下面が完全な平面で凹凸がないため、材料の形成や加工、誘電体膜のコーティング、素子の組み立てを一括して行いやすく、大量生産に向いていること、固体レーザー共振器を構成する面の平行度の加工精度を上げることができ、レーザーの性能を向上させることもできるという利点を有する。
【0035】
図13は本発明の第8実施例を示す半導体レーザー励起固体レーザー装置の断面図である。
この実施例では、上記した第7実施例における固体レーザーコア1及び光ガイド領域2のヒートシンク4に接する面に対向する上面とCr:YAGからなる受動光スイッチ媒質81の固体レーザーコア1に面した下面との間にSiO2 やAl2 3 からなる誘電体層90を配置する。この誘電体層90は、励起用半導体レーザー30からの励起光31が光ガイド領域2Aを伝搬する際、励起光31を界面で全反射して励起光31が受動光スイッチ媒質81へ漏れることを防ぐために配置している。91はレーザー共振器長である。
【0036】
この実施例によれば、励起用半導体レーザー30からの励起光31がCr:YAGからなる受動光スイッチ媒質81へ全く漏れることがなくなるので、励起光を31を吸収して受動光スイッチ媒質81が発熱したり透過率が変化したりすることが起こらず、効率良くレーザー出力光を得ることができる。
以上の実施例において、固体レーザーコア1や光ガイド領域2の母材として、YAG以外にYVO4 (イットリウム・バナデート)、GdVO4 (ガドリウム・バナデート)、YLF(イットリウム・リチウム・フロライド)、GGG(ガドリウム・ガリウム・ガーネット)などを用いてもよい。また、材料としては結晶構造であってもよく透光性セラミックであってもよい。励起光波長はレーザー発振元素Ndが吸収する波長であって、かつ光ガイド領域のSmに吸収されない波長であればよく、750〜900nmの間が適している。
【0037】
また、円筒状の固体レーザーコア1及び光ガイド領域2の母材は異なるものでもよいが、同じものの方が屈折率が近いために境界での光の損失を抑えることができる。また、固体レーザーコア1と光ガイド領域2は製造の過程で一体化されている方が取り扱いが容易で、かつ境界での光の損失を抑えることができる。
固体レーザーコア1とヒートシンク4を密着させる方法としては、間に有機系あるいは無機系の接着剤を挟んでもよいし、Au,Ag,Sn,Sb,In,Pb,Zn,Cuなどを含む金属はんだ材料を挟んでも構わない。
【0038】
ヒートシンク4及び上部高熱伝導部4Aは、Cu,CuWなどの金属材料をはじめ、ダイアモンド、SiC,AlN,BeO,CBN,DLCなどの非金属、複合材料でもよい。
光変調素子40は、第4実施例のようにCr:YAGでもよいし、他の可飽和吸収材料、例えばV:YAGや、半導体、あるいは半導体の積層構造体でもよい。吸収体の透過率は、半導体レーザーの励起エネルギーや必要とするパルスエネルギーなどに応じて最適化される。また光変調素子40としては他に、非線形波長変換素子としてのKTPやLBO、LiNbO3 なども利用できる。この場合には、固体レーザー装置の光変調素子内でレーザー光の波長が変換されて出力される。
【0039】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の半導体レーザー励起固体レーザー装置は、小型で高出力が必要とされる、各種材料の熱・光加工や、ディスプレイ、分析用光源、レーザー点火装置などに要求される、小型で高出力、高効率、高安定なレーザー装置として利用することができる。
【符号の説明】
【0041】
1,51 固体レーザーコア(固体レーザー媒質:Nd:YAG)
1A 固体レーザーコア表面
2,52 光ガイド領域(Sm:YAG)
2A 光ガイド領域の外周面
2B 全反射膜
3,53 光入射窓
4 ヒートシンク
4A 上部高熱伝導部
4B 高熱伝導接着層
5 出力ミラー
6 レーザー出力
7 固体レーザー共振器の光学軸
10,20,30 励起用半導体レーザー(LD)
11 マイクロレンズ
12,22 第1の集光レンズ(シリンドリカルレンズ:遅相軸方向集光用)
13,23 第2の集光レンズ(シリンドリカルレンズ:進相軸方向集光用)
14,24,31,54 励起光
21 ロッドレンズ
40,60,70,80 光変調素子
40A,40B 光変調素子の端面
55,56 光路
61,71,81 受動光スイッチ媒質(Cr:YAG)
62,72,82 50%部分反射膜
63,73,83,91 レーザー共振器長
71A 凹面
90 誘電体層(SiO2 やAl2 3

【特許請求の範囲】
【請求項1】
中央に配置されるレーザー発振元素としてネオジム(Nd)を含むレーザー媒質からなる固体レーザーコアと、該固体レーザーコアの周囲に一体化され、略四角形状の外周に直線状の四つの光入射窓が形成されたレーザー発振元素としてサマリウム(Sm)を含む光ガイド領域と、該固体レーザーコアを含む光ガイド領域の片方の面に配置されるヒートシンクとを備え、前記光入射窓より励起光を導入し、前記光ガイド領域内を前記励起光が伝搬して前記固体レーザーコアを励起することでレーザー発振を行わせ、前記ヒートシンクに接する面に対向する面より前記固体レーザーコアの上方にレーザー発振光を取り出すようにしたことを特徴とする半導体レーザー励起固体レーザー装置。
【請求項2】
請求項1記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記励起光の波長は750〜900nmであることを特徴とする半導体レーザー励起固体レーザー装置。
【請求項3】
請求項1又は2記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記固体レーザーコア及び前記光ガイド領域の母材はYAGであることを特徴とする半導体レーザー励起固体レーザー装置。
【請求項4】
請求項1から3の何れか一項記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記励起光は励起用半導体レーザーから出射され、該励起用半導体レーザーからの光の進相軸方向をコリメートするマイクロレンズと、遅相軸方向集光用の第1の集光レンズと、進相軸方向集光用の第2の集光レンズとを経て、前記光ガイド領域の光入射窓に入射することを特徴とする半導体レーザー励起固体レーザー装置。
【請求項5】
請求項1から3の何れか一項記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記励起光は縦方向に複数個積層して配置される励起用半導体レーザーから出射され、これらの励起用半導体レーザーからの出射光の進相軸方向をコリメートする縦方向に複数個積層して配置されるマイクロレンズと、遅相軸方向集光用の第1の集光レンズと、進相軸方向集光用の第2の集光レンズとを経て、前記光ガイド領域の前記光入射窓に入射することを特徴とする半導体レーザー励起固体レーザー装置。
【請求項6】
請求項1から3の何れか一項記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記励起光は、励起用半導体レーザーを前記光入射窓に近接させて配置し、前記光ガイド領域に直接導入することを特徴とする半導体レーザー励起固体レーザー装置。
【請求項7】
請求項1記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、光変調素子が前記固体レーザーコア及び前記光ガイド領域の前記ヒートシンクに接する面に対向する表面上に密着されて実装されることを特徴とする半導体レーザー励起固体レーザー装置。
【請求項8】
請求項1記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記光変調素子が可飽和吸収体のCr:YAGからなる光変調素子であることを特徴とする半導体レーザー励起固体レーザー装置。
【請求項9】
請求項8記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記固体レーザーコア及び前記光ガイド領域の前記ヒートシンクに接する面上にレーザー光波長における全反射膜を形成し、前記光変調素子の表面にレーザー光波長における部分反射膜を形成することを特徴とする半導体レーザー励起固体レーザー装置。
【請求項10】
請求項8記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記光変調素子の前記固体レーザーコアに接する面と対向する面の表面が凹面形状を有することを特徴とする半導体レーザー励起固体レーザー装置。
【請求項11】
請求項8記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記光変調素子の面積を前記固体レーザーコア及び前記光ガイド領域の面積と同一となるように拡張したことを特徴とする半導体レーザー励起固体レーザー装置。
【請求項12】
請求項8記載の半導体レーザー励起固体レーザー装置において、前記固体レーザーコア及び前記光ガイド領域の前記ヒートシンクに接する面に対向する表面と前記光変調素子の前記固体レーザーコアあるいは前記光ガイド領域と対向する面との間にSiO2 又はAl2 3 からなる誘電体層を有することを特徴とする半導体レーザー励起固体レーザー装置。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−146556(P2011−146556A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−6562(P2010−6562)
【出願日】平成22年1月15日(2010.1.15)
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)
【Fターム(参考)】