説明

単一光子発生装置

【課題】所望のタイミングで確実に単一光子を生成でき、かつ簡単な構造で実用性の高い単一光子発生装置を提供する。
【解決手段】結晶基板11と、結晶基板上11に形成された蛍光体母体材料12aと内殻遷移を生じる1個の金属イオン13からなる量子ドット12とからなる単一光子発生部14と、量子ドット12に励起光パルス15Aを照射するレーザ照射装置15と、その照射タイミングおよびパルス幅等を制御する制御部16等から構成される。レーザ照射装置15により金属イオン13の発光寿命よりも短いパルス幅で、金属イオン13の発光波長よりも短い波長の励起光パルス15Aを量子ドット12に照射する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は単一光子からなる光パルスを生成する単一光子発生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、量子力学的重ね合わせ状態を利用して情報処理を行う量子通信や量子計算機、さらには物質のスピンを制御するスピントロニクスの分野で単一光子発生装置の重要性が増している。
【0003】
電子政府や電子商取引など次世代の情報化社会の実現に向けて、安全・確実な暗号通信は不可欠となっている。現在、インターネット等で広く用いられている公開暗号鍵は、並列計算を高速に実行できる量子計算機が実現すれば解読可能と考えられている。そうなると、第三者によるデータの複製や、盗聴、改ざんを完全に防止することは不可能である。こうした安全性の問題を改善する手段として、原理的に安全な暗号方式である量子暗号が注目されている。
【0004】
量子暗号は、C.H.BennettとG.Brassardらによって1984年に提案された具体的なプロトコル(いわゆるBB84)を契機として盛んに研究されるようになった(IEEE.Int.Conf.on Computers, Systems, and Signal Processing, Bangalore, India(I984)pp.175−pp.179)。情報理論で無条件に安全性が証明されている暗号方式として提案された量子暗号は、暗号鍵を安全に配送する方法を示したものである。量子暗号は量子力学的な物理法則が暗号の安全性を保障するため、計算機の能力の限界に依存しない究極の安全性の保障が可能となる。この量子暗号は盗聴者が1つの光子の状態を完全に知ることができないことを安全性の基礎としている。すなわち情報の1ビットを1個の光子に偏光情報の形態で付与した場合、各々の光子が保持する情報は不確定性原理およびno−cloning定理に従うため、光子の状態を破壊することなしには偏光情報を取り出すことができない。例えば、伝送の途中で盗聴者が観察あるいはコピーを行った場合偏光情報が変化し、正当な情報の受け手には異なった偏光情報が届くことになり、容易に盗聴があったことを知ることができる。しかし、ある1ビットの情報を2つの光子がそれぞれ担う場合は、盗聴者がその1個を抜き取っても正当な情報の受け手はそれを検出できない。それゆえ、量子暗号では、1ビットの情報を伝送するのにただ一つの光子を用いることが安全性の保障に必要となる。
【0005】
従来、励起パルス強度と時間幅を制御することで単一光子を生成する単一光子発生装置が提案されている(非特許文献1および2参照。)。
【0006】
また、半導体薄膜中に電子が1つあることによる電界の変化によって電子のトンネルができなくなる現象、いわゆるクーロンブロッケイドを用いて半導体活性層に電子を1つ注入して単一光子を生成する単一光子発生素子が提案されている(特許文献1参照。)。また、上記特許文献1に開示された技術と類似のターンスタイルと呼ばれる方法で半導体活性層に1個の電子を注入して単一光子を生成する単一光子発生装置が報告されている(非特許文献3参照。)。
【0007】
一方、半導体の量子ドットのサイズを制御することにより、光励起により1個の電子と1個の正孔のみが発生することを用いた単一光子発生装置が提案され(特許文献2参照。)、実際に単一光子の生成が報告されている。(非特許文献4参照。)。
【0008】
また、ラマン散乱を用いた単一光子発生装置(特許文献3参照。)や、量子ドットと光共振器および屈折率制御を組み合わせた単一光子発生装置も提案されている(特許文献4参照。)。
【特許文献1】特開平4−61176号公報
【特許文献2】特開2004−253657号公報
【特許文献3】特開2003−298153号公報
【特許文献4】特開2001−230445号公報
【非特許文献1】Phys.Rev.Let.76(1996)pp.900−pp.903
【非特許文献2】J.Modern Optics,44(1997)pp.2067−pp.2074)
【非特許文献3】Nature vol.397(1999)pp.500−pp.503
【非特許文献4】Jpn.J.Appl.Phys.Vol.43(2004)L993−L995
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、非特許文献1または2に開示された技術では、単一光子が生成されるタイミングはポアソンおよびサブボアソン分布に従うため、全く光子が生成されない、または複数個の光子が同時に生成されてしまう確率が有限の割合で存在するという問題がある。この場合、量子暗号に使用可能な単一光子を効率的に取り出すことができず、量子暗号の安全性が保証されない。
【0010】
また、特許文献1や非特許文献3に開示された技術では、クーロンブロッケイドの効果を用いているため動作温度が非常に低く(例えば50mK)、また、バックグラウンド電流による余計な光子が生成されてしまうという問題がある。これらのため、量子暗号の安全性は保障されず量子暗号装置としては実用性が低い。
【0011】
非特許文献4あるいは特許文献2に開示された技術では、電流注入動作で単一光子発生を実現しており、非特許文献3の報告よりも動作温度が高いものの、それでも10Kの極低温での動作であり、実用性に乏しいという問題がある。
【0012】
特許文献3に開示された技術では、真空容器内に精密な光共振器を構成しなければならず実用性に欠ける上に、セシウムなどの単一の原子を冷却用レーザービームで常に捕獲していなければならず、ひとたび2個以上の原子が捕獲された場合には、複数個の光子が同時に生成されてしまうという問題がある。
【0013】
特許文献4に開示された技術では、単一光子発生装置は、量子ドットで生成された単一光子を、一旦微小球からなる共振器に蓄えた後、さらに時間を置いてから連結部材の屈折率を変化させて再度取り出すという構造を有する。この複雑な構造のため光学的損失が大きく、実際には量子ドットで生成された光子を、損失なく取り出すことは極めて困難であると考えられ実用性が低いという問題がある。
【0014】
以上説明したように、単一光子発生装置の課題は、(i)所望のタイミング(任意の時刻)で単一光子を生成できること、(ii)同時に複数個の光子が生成されないこと、である。
【0015】
そこで、本発明の目的は、上記2つの課題を解決可能で新規で有用な単一光子発生装置を提供することである。さらに、具体的な本発明の目的は、簡単な構造で実用性の高い単一光子発生装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の一観点によれば、蛍光体母体材料と、該蛍光体母体材料中に内殻遷移により発光する金属イオン1個とからなる蛍光体を有する単一光子発生部と、前記金属イオンを励起させる励起光パルスあるいは蛍光体中を伝導する電子を金属イオンの発光寿命よりも短い時間で与える励起部とを備えたことを特徴とする単一光子発生装置が提供される。
【0017】
本発明によれば、内殻遷移を生じる金属イオンに、金属イオンを励起させる励起光パルスあるいは蛍光体中を伝導する電子が金属イオンの発光寿命よりも短い時間で与えられ、さらに、蛍光体中の励起光パルスが照射される領域内、あるいは電子が通過する領域内に金属イオンが1つだけ配置されているので、励起光パルスの照射あるいは蛍光体中を伝導する電子を生じさせる電界の印加により、単一光子を所望のタイミングで確実に生成できる。さらに、本発明の単一光子発生装置は金属イオンの内殻遷移による発光を利用しており、金属イオンの内殻遷移は数mKの極低温から室温程度の広い温度範囲で光子生成が可能であるので、単一光子発生装置の実用性が高い。また、本発明の単一光子発生装置はその構成および発光作用が単純であるので、光学的損失が少なく信頼性が高いため、この点でも実用性が高い。なお、発光寿命は、本願の特許請求の範囲および明細書において、「金属イオンの発光確率が存在する時間」と定義する。
【0018】
なお、従来の蛍光体には多数個の金属イオンが存在するため、蛍光体に金属イオンを励起させる励起光パルスを照射すると、生成される光子も多数個となる。本発明では、励起光あるいは電界が印加される領域内に金属イオンが1個だけ配置されているので、その金属イオンからしか光子が生成されない。その結果、本発明は、確実に単一光子が取り出せるという効果を奏する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、内殻遷移を生じる金属イオンに、それを励起させる励起光パルスあるいは蛍光体中を伝導する電子の通過する時間が金属イオンの発光寿命よりも短い時間で与えられ、さらに、蛍光体中の励起光パルスが照射される領域内、あるいは蛍光体中を伝導する電子が通過する領域内に金属イオンが1つだけ配置されているので、励起光パルスの照射あるいは電子流を生じさせる電界の印加により、単一光子を所望のタイミングで確実に生成できる。さらに、本発明によれば、構成が単純で室温あるいは室温に近い低温環境下で発光可能な実用性の高い単一光子発生装置が提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下図面を参照しつつ実施の形態を説明する。
【0021】
(第1の実施の形態)
図1は、本発明の第1の実施の形態に係る単一光子発生装置の構成図である。
【0022】
図1を参照するに、単一光子発生装置10は、結晶基板11、および結晶基板上11に形成された量子ドット12からなる単一光子発生部14と、量子ドット12に励起光パルス15Aを照射するレーザ照射装置15と、その照射タイミングおよびパルス幅等を制御する制御部16等から構成される。
【0023】
なお、ここで量子ドット12は、原子が数百個から数千個集まった、口径数nnmから数十nm程度の大きさの結晶である。量子ドット12は、背景技術の欄の特許文献2に示された量子ドットとは動作機構を異にしている。
【0024】
結晶基板11は、量子ドット12の材料に応じて、量子ドット12がエピタキシャル成長可能な材料から選択される。結晶基板11としては、例えば、GaAs、GaN、サファイア等が挙げられる。
【0025】
量子ドット12は、蛍光体母体材料12aおよび発光中心を形成する1個の金属イオン13からなる。蛍光体母体材料12aとしては公知の材料を使用できるが、金属イオン13の輝度を向上させる点で、XGa24で表されるチオガレート系材料(X=Sr,Ca,およびBaから選択される1種。)、XAl24で表されるチオアルミネート系材料(Xは同上)、Zn2SiO4,およびBaMg2Al1627が好適である。また上記と同様の点で、蛍光体母体材料12aとしては、ZnS,CaS,SrS,CdS,GaN,ZnO,ZnSe,BaS,およびAlNも好適である。
【0026】
金属イオン13は、量子ドット12内に1個だけ含まれている。このため、量子ドットに励起光パルス15Aを照射することで、1個の金属イオン13だけから光子が生成されるので、後ほど説明する励起光パルス15Aの照射条件により単一の光子を確実に生成できる。
【0027】
金属イオン13は、内殻遷移により1個の光子を生成するイオンから選択される。内殻遷移では、原子の内殻にある電子が光子吸収や高エネルギー電子等との衝突により励起され、電子が高いエネルギー状態になる(励起状態)。本発明では、この際、1個の電子だけが励起する金属イオン13が選択される。そして、励起された1個の電子が励起状態から基底状態に戻る際に単一光子を生成する。このような金属イオン13としては、Ag,Au,As,Bi,Cd,Ce,Cr,Cu,Dy,Er,Eu,Fe,Ga,Gd,Ge,Ho,Hg,In,Mn,Nd,Pb,Pr,Sb,Sm,Sn,Tb,Tm,Ti,Tl,V,W,Yb,およびZnのイオンが挙げられる。これらの金属イオン13は、蛍光体母体材料との組み合わせにより、数mKの極低温から室温までの広い温度範囲において発光が可能となる。
【0028】
なお、蛍光体母体材料12aと金属イオン13との組み合わせは各々の材料を任意に組み合わせることが可能であるが、特に、XGa24で表されるチオガレート系材料(X=Sr,Ca,およびBaから選択される1種。)、XAl24で表されるアルミネート系材料(Xは同上)、Zn2SiO4,およびBaMg2Al1627のうちから選択される1種の蛍光体母体材料12aと、Eu2+,Ce3+,およびMn2+のうちから選択される1種の金属イオン13とを組み合わせることが好ましい。
【0029】
また、ZnS,CaS,SrS,CdS,GaN,ZnO,ZnSeBaS,およびAlNのうちから選択される1種の蛍光体母体材料12aと、Eu2+,Ce3+,およびMn2+のうちから選択される1種の金属イオン13とを組み合わせてもよい。
【0030】
金属イオン13の一例としてEu2+の場合についてその発光機構を説明する。Eu2+の基底状態および励起状態の電子配置は以下通りである。
【0031】
基底状態 Eu2+:[Kr](4d)10(4f)7(5s)2(5p)6
励起状態 Eu2+:[Kr](4d)10(4f)6(5s)2(5p)6(5d)1
なお、上記の[Kr]は、元素Krと同じ電子配置を有することを示している。
【0032】
Eu2+の励起は、光子吸収等により1個の電子が4f準位から5d準位に遷移することにより生じ、その発光は5d準位から4f準位に遷移する際に生じる。この発光は、1個の光子を生成する。本実施の形態では量子ドット12中にEu2+が1個だけ存在するので、Eu2+の1回の励起−発光過程により1個のみの光子が生成される。
【0033】
図2は、Eu2+の励起スペクトルおよび発光スペクトルを示す図である。なお、図2は、1個のEu2+がSrGa24結晶中に含まれている場合のスペクトルを示している。
【0034】
SrGa24結晶のバンドギャップは、図示していないが吸収スペクトルから4.4eVであることが知られている。これに対して、図2に示す350nm〜500nmにおける励起スペクトルの強くブロードな励起帯は、3.5eV〜2.5eVの範囲にあることから、SrGa24結晶のバンドギャップよりも1eV程度も小さい。このことから、SrGa24結晶中のEu2+の励起は、SrGa24の母体材料が励起されているのではなく、Eu2+が励起光の照射により直接励起されていることを示している。したがって、SrGa24結晶に欠陥が生じていても、それに影響を受けることなく、Eu2+は光子の生成が可能となる。すなわち、図1に示す量子ドット12中に欠陥が生じていてもそれに影響を受けることなく、金属イオン13は光子の生成が可能となる。しかも、発光強度が温度の上昇につれて低下する現象を温度消光というが、SrGa24結晶中のEu2+は、温度消光が小さいため、数mKの極低温のみならず室温での光子生成が可能である。
【0035】
また、励起帯の波長は、発光スペクトルの発光強度が増加する波長よりも短波長側に存在する。そして、励起帯は、紫外光波長領域で吸収率が高まり、より低い強度の励起光パルス15AでEu2+を励起できることが分かる。このことから、レーザ照射装置15は、その励起光パルス15Aが金属イオン13の発光波長よりも短い波長のパルスレーザ、例えば紫外線で発光するパルスレーザを用いることが好ましい。
【0036】
さらに励起光パルス15Aの時間幅は、金属イオン13の発光寿命よりも短い時間に制御部16により設定される。これは、励起光パルス15Aの時間幅を金属イオン13の発光寿命よりも長く設定すると、連続的に例えば2つの光子が生じてしまうからである。なお、発光寿命は、金属イオン13の発光確率が存在する時間であり、例えば、多数回の単一光子の発光を積算することで得られた発光波形から求めた時間である。
【0037】
図3は、単一光子の生成動作を説明するための概略図である。なお、図3の横軸は時間を線形表示しており、図3(B)の縦軸は発光確率を対数表示している。
【0038】
図3を図1と共に参照するに、(A)に示すパルス幅Taの励起光パルス15Aを量子ドット12に照射すると、金属イオン13はわずかな時間ΔT1の後に励起状態となり緩和を開始する。
【0039】
励起光パルス15Aのパルス幅Taが金属イオン13の発光寿命Tbよりも短い場合は、金属イオン13は励起光パルス15Aのパルス幅Taの間に励起状態になり緩和を開始する。発光寿命Tbがパルス幅Taよりも長いために、励起光パルスが照射されている間(Ta)に確率事象として一度も基底状態に遷移することはない。そして、励起光パルス15Aがオフになった以降に金属イオン13は基底状態に戻りつつ単一光子からなる出力光パルスSPを生成する。すなわち、図3(B)に示すように発光確率は励起状態となった直後に高い。そして、発光確率は、時間の経過に対して指数関数的に減少する。金属イオン13は発光寿命Tbの間に図3(C)に示すように、単一光子からなる出力光パルスSPを生成する。
【0040】
仮に励起光パルス15Aのパルス幅Taが金属イオン13の発光寿命Tbよりも長い場合は、励起してから発光寿命Tbが経過した時点で基底状態に戻りつつ光子パルスを生成し、さらに再び励起し、励起光パルス15Aがオフになった時点で2個目の光子を生成する可能性が確率事象としてある。したがって、単一光子を生成するためには、励起光パルス15Aのパルス幅Taが金属イオン13の発光寿命Tbよりも短く設定する必要がある。
【0041】
例えば、Eu2+の発光寿命は1μ秒程度であるので、レーザ照射装置15には、発光寿命よりも短い時間幅のパルスを射出可能なパルスレーザ、例えば、数ピコ秒から数十フェムト(f)秒(1f秒=10-15秒)程度のパルス幅を出射可能なパルスレーザを用いればよい。レーザ照射装置15には、例えば、YAGレーザ光の3倍高調波(波長355nm)でパルス幅が数ピコ秒のパルス光を出射可能なパルスレーザ(例えば、東京インスツルメンツ社製、商品名:UV Power 355(パルス幅10p秒以下))を用いることができる。このように、Eu2+の発光寿命よりも百万分の1程度あるいはそれよりも短いパルス幅のパルスレーザを使用することで確実に単一光子を生成できる。
【0042】
また、本発明では数ピコ秒程度の比較的パルス幅の長いパルスレーザを使用可能であるので、上述した従来技術、例えば特許文献2の単一光子発光装置よりも装置コストを低減できる。また、励起光パルス15Aの強度は十分に金属イオン13を励起できる強度であれば特に限定されない。
【0043】
また、金属イオン13の他の例としてCe3+の場合についてその発光機構を説明する。Ce3+の基底状態および励起状態の電子配置は以下通りである。
【0044】
基底状態 Ce3+:[Kr](4d)10(4f)1(5s)2(5p)6
励起状態 Ce3+:[Kr](4d)10 (5s)2(5p)6(5d)1
Ce3+の励起は、光子吸収等により1個の電子が4f準位から5d準位に遷移することにより生じ、その発光は5d準位から4f準位に遷移する際に生じる。この発光は、1個の光子を生成する。本実施の形態では量子ドット12中にCe3+が1個だけ存在するので、Ce3+の1回の励起−発光過程により1個の光子が生成される。
【0045】
Ce3+の発光寿命は100n秒であり、上述したように、数ピコ秒〜数十フェムト秒のパルス幅のパルスレーザを用いることで、確実に単一の光子を生成できる。
【0046】
このような内殻遷移としては、上述したEu2+等の希土類元素の(4f)n→(4f)n-1(5d)1遷移の他、後ほど説明するMn2+の(3d)5→(3d)5遷移や、Cu2+の(3d)9(4s)1→(3d)10遷移が挙げられる。本発明ではこれらの内殻遷移を生じる金属イオン13のいずれをも用いることができる。
【0047】
図1に戻り、励起光パルス15Aは、量子ドット12全体あるいは量子ドット12中の金属イオン13が存在する範囲内に照射する。図1では、集光レンズの図示を省略しているが、励起光パルス15Aを集光レンズにより集光して照射することが好ましい。また、1個の金属イオン13を含む量子ドット12を多数、結晶基板11上に配置して、複数の量子ドット12に同時に励起光パルス15A照射してもよい。複数の単一光子を別々に取り出すことで時間的に並列に単一光子SPを取り出すことができる。
【0048】
なお、励起光パルス15Aを量子ドット12に照射する角度には特に制限はないが、照射が容易な点で、量子ドットの上方あるいは斜めから照射することが好ましい。
【0049】
また、単一光子発生部14である結晶基板11および量子ドット12は真空容器(不図示)内に載置されることが好ましい。これにより量子ドット12表面の清浄性を維持でき単一光子生成の信頼性が高まる。また、単一光子発生部14の温度は、数mKの極低温から室温までの広い温度範囲に設定することが可能である。このため特別な冷却装置がなくても動作することから装置の構成が単純となるためこの点でも実用性が高い。また、励起光パルス15Aは、真空容器に設けられた光学窓を介して真空容器の外部から量子ドット12に照射されればよい。また、単一光子の取り出しは、励起光を除去する光学フィルターを介すればよい。
【0050】
次に、図4(A)および(B)を参照しつつ単一光子発生部14の形成方法を説明する。図4(A)および(B)は、単一光子発生部の形成工程を示す断面図である。ここでは、図1に示す結晶基板11としてGaAs、量子ドット12の蛍光体母体材料12aとしてSrGa24、金属イオン13としてEu2+を用いた例を説明する。
【0051】
最初に、図4(A)の工程では、GaAs基板11上に量子ドットのベース層12a−1をエピタキシャル成長させる。具体的には、分子線エピタキシャル(MBE)装置にGaAs基板11を載置し、真空雰囲気(例えば、真空度10-7Pa)で基板温度を530℃〜605℃の範囲に設定する。さらに、分子線源としてSrセル(例えば加熱温度510℃)およびGa23セル(例えば加熱温度990℃)を用いる。分子線をシャッターの開閉制御によってGaAs基板11に照射し、GaAs基板11上にSrGa24をエピタキシャル成長させ、2分子層〜5分子層程度のSrGa24からなる量子ドット(ベース層12a−1)を形成する。この際、GaAs基板11の表面に到達したSrGa24はその厚さが薄いので凝集し、直径が20nmから30nm程度の量子ドットのベース層12a−1が形成される。
【0052】
図4(A)の工程ではさらに、冷却後、外気に曝すことなく走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いて真空雰囲気でベース層12a−1上に1個のEu2+を吸着させる。具体的には、STMの探針の先端部にEu2+源からEu2+の金属イオン13を1個吸着させる。さらに、ベース層12a−1の表面に探針を位置決めし、ベース層12a−1の表面にEu2+を吸着させる。
【0053】
次いで、図4(B)の工程では、図4(A)の構造体が形成されたGaAs基板11を外気に曝すことなく再びMBE装置に戻し、上述したベース層12a−1の形成条件と同様の条件で、ベース層12a−1上にSrGa24からなる1分子層〜5分子層程度のキャップ層12a−2を形成する。これにより1個のEu2+はキャップ層12a−2に覆われる。以上により、GaAs基板11上に1個のEu2+の金属イオン13を含む量子ドット12からなる単一光子発生部14が形成される。
【0054】
なお、上述したGaAs基板、SrGa24、およびEu2+以外の材料を用いる場合も上記の形成方法と同様にして形成できる。ただし、温度条件等はそれらの材料に応じて適宜選択される。
【0055】
また、上述した単一光子発生部14の形成は、MBE装置とSTM装置とを真空雰囲気を保持可能なトランスファーチャンバーにより接続した真空一貫作製装置を用いる。なお、MBE装置の代わりに他の薄膜作製装置、例えば、有機金属(MO)MBE装置や有機金属化学気相成長(MOCVD)装置を用いることができる。
【0056】
第1の実施の形態によれば、蛍光体母体材料12aからなる1個の量子ドット12中に内殻遷移を生じる金属イオン13が1個だけ含まれる単一光子発生部14を備えており、量子ドット12に金属イオン13の発光寿命よりも短いパルス幅の励起光パルス15Aを照射することで、単一光子を確実に生成できる。さらに、金属イオン13の内殻遷移は数mKの極低温から室温程度の広い温度範囲で光子生成が可能であるので実用的である。また、単一光子発生装置10の構成および発光作用は単純であるので、光学的損失が少なく信頼性が高いため、この点でも実用的である。
【0057】
(第2の実施の形態)
図5は、本発明の第2の実施の形態に係る単一光子発生装置の構成図である。図中、先に説明した部分に対応する部分には同一の参照符号を付し、説明を省略する。
【0058】
図5を参照するに、単一光子発生装置20は、結晶基板11と、結晶基板上11に形成された蛍光体母体材料22aおよび金属イオン13からなる蛍光体層22とからなる単一光子発生部24と、蛍光体層22の1個の金属イオン13が存在する領域に励起光パルス15Aを照射するレーザ照射装置15と、その照射タイミングおよびパルス幅等を制御する制御部16等から構成される。単一光子発生装置20は、量子ドットの代わりに蛍光体層22を形成した以外は図1に示す第1の実施の形態に係る単一光子発生装置10と同様の構成を有する。
【0059】
蛍光体層22は、結晶基板11上にエピタキシャル成長し、例えば、厚さが100nm〜500nmの薄膜状に形成されてなる。蛍光体母体材料22aは、第1の実施の形態において説明した蛍光体母体材料から選択される。
【0060】
金属イオン13は、所定の範囲の蛍光体層22中に1個だけ存在する。ここで、所定の範囲は、1個の励起光パルス15Aが照射される範囲である。金属イオン13は、第1の実施の形態において説明した金属イオンから選択される。
【0061】
励起光パルス15Aは、蛍光体層22の表面に対していかなる角度で入射させてもよいが、蛍光体層22の上方側あるいは側面側から照射させることが好ましい。また、蛍光体層22内に照射された励起光パルス15Aが結晶基板11の界面で全反射を起こす角度で入射させることが好ましい。これにより、金属イオン13が励起光パルス15Aにより励起する確率が高くなる。励起光パルス15Aの全反射は、結晶基板11の材料をその屈折率が蛍光体層22の屈折率よりも小さい材料を選択する。一方、蛍光体層22の表面では、蛍光体層22の屈折率が、真空あるいは不活性ガス等の屈折率よりも高いので、全反射が生じる。
【0062】
次に、図6(A)および(B)を参照しつつ単一光子発生部24の形成方法を説明する。図6(A)および(B)は、単一光子発生部の形成工程を示す断面図である。ここでは、結晶基板11としてGaAs基板、蛍光体母体材料22aとしてSrGa24、金属イオン13としてEu2+を用いた例を説明する。かかる形成方法は図4において説明した形成方法と略同様であり、その形成方法を用いることができることはいうまでもない。
【0063】
最初に、図6(A)の工程では、GaAs基板11上にMBE装置によりSrGa24からなるベース層22a−1をエピタキシャル成長させる。具体的には、第1の実施の形態の図4(A)の説明と同様の方法により行う。ただし、ベース層22a−1の厚さが50nm〜200nmに設定される。
【0064】
図6(A)の工程ではさらに、冷却後、外気に曝すことなく、走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いて真空雰囲気でベース層22a−1上に1個のEu2+を吸着させる。
【0065】
次いで、図6(B)の工程では、ベース層22a−1上に、MBE装置によりEu2+を覆うSrGa24からなる50nm〜200nmの厚さのキャップ層22a−2を形成する。以上により、GaAs基板11上に1個のEu2+の金属イオン13を含む蛍光体層22からなる単一光子発生部24が形成される。
【0066】
第2の実施の形態によれば、第1の実施の形態に係る単一光子発生装置と同様の効果を有する。すなわち、蛍光体層22中に内殻遷移を生じる金属イオン13が1個だけ含まれる単一光子発生部24を備えており、金属イオン13が1個だけ含まれる蛍光体層22に、金属イオン13の発光寿命よりも短いパルス幅の励起光パルス15Aを照射することで、単一光子の出力光パルスSPを確実に生成できる。さらに、第2の実施の形態では、蛍光体層22が層状であるので、励起光パルス15Aを蛍光体層22中で全反射するように入射することで、金属イオン13が励起する確率をより高くできる。
【0067】
(第3の実施の形態)
図7は、本発明の第3の実施の形態に係る単一光子発生装置の構成図である。図中、先に説明した部分に対応する部分には同一の参照符号を付し、説明を省略する。
【0068】
図7を参照するに、単一光子発生装置30は、基板31、および基板31上に下部電極32、第1絶縁層33、蛍光体母体材料34aおよびその中に含まれる1個の金属イオン13からなる蛍光体層34、第2絶縁層35、および上部電極36がこの順に堆積されてなる単一光子発生部38と、下部電極32と上部電極36との間に電気的に接続され、パルス状の電界を印加するパルス電源部39から構成される。単一光子発生装置30は、蛍光体層34中の1個の金属イオン13に電子を衝突させることにより金属イオン13に内殻遷移を起こさせて単一光子を生成させる。
【0069】
基板31は、その材料は特に限定されないが、基板31側から単一光子を取り出す場合を含めて透明基板を用いることが好ましい。透明基板としては、ガラス、石英等の透明性絶縁基板、PETやPENなどのフィルム、PVAなどの樹脂基板等を用いることができる。なお、図7の紙面の上方(上部電極36側)から単一光子を取り出す場合には、基板31にはSi等の半導体基板を用いることができる。
【0070】
下部電極32および上部電極36は、例えば厚さが0.5μmの金属や合金、さらに導電性酸化物等を用いることができる。下部電極32および上部電極36は、単一光子を取り出す場合はITO(Indium Tin Oxide)等の透明電極を用いることが好ましい。
【0071】
第1絶縁層33および第2絶縁層35は、例えば厚さが0.5μmの窒化物絶縁材料や酸化物絶縁材料からなる。窒化物絶縁材料としては、Si34およびAlNが挙げられる。また、酸化物絶縁材料としては、SiO2、Ta25、およびTiO2が挙げられる。なお、第1絶縁層33および第2絶縁層35は複数の層からなる積層薄膜でもよい。
【0072】
蛍光体層34は、例えば厚さが1μmの蛍光体母体材料34aからなり、第1の実施の形態において説明した蛍光体母体材料と同様の材料から選択される。
【0073】
金属イオン13は、第1の実施の形態において説明した金属イオンと同様の金属イオンから選択される。金属イオン13は、所定の範囲内の蛍光体層34中に1個だけ存在する。所定の範囲は、下部電極32と上部電極36とに第1絶縁層33および第2絶縁層35を介して挟まれた蛍光体層34の範囲である。
【0074】
蛍光体層34は、種々の蛍光体母体材料34aと、金属イオン13とで任意に組み合わせることが可能であるが、特に、XGa24で表されるチオガレート系材料(X=Sr,Ca,およびBaから選択される1種。)、XAl24で表されるチオアルミネート系材料(Xは同上)、およびZn2SiO4のうちから選択される1種の蛍光体母体材料34aと、Eu2+,Ce3+,およびMn2+のうちから選択される1種の金属イオン13とを組み合わせることが好ましい。
【0075】
また、ZnS,CaS,SrS,CdS,GaN,ZnO,ZnSe,BaS,およびAlNのうちから選択される1種の蛍光体母体材料34aと、Eu2+,Ce3+,およびMn2+のうちから選択される1種の金属イオン13とを組み合わせてもよい。
【0076】
ここで、金属イオン13の一例として内殻遷移を生じるMn2+の場合についてその発光機構を説明する。Mn2+の基底状態および励起状態の電子配置は以下のように同じ状態である。
【0077】
Mn2+:(1s)2(2s)2(2p)6(3s)2(3p)6(3d)5
Mn2+の励起と発光は(3d)5の不完全殻内の多電子準位における電子遷移により生じる。すなわち励起は基底状態61から励起状態41に1個の電子が遷移することにより生じる。一方、発光は励起状態41から基底状態61に1個の電子が遷移することにより生じる。
【0078】
図8は、Mn2+の発光スペクトルを示す図である。図8は、後ほど説明する形成方法によりZnS膜(厚さ1μm)中にそのZn2+に置換する形で1個のMn2+が含まれる単一光子発生部38に、周波数1kHz、波高値が120V(電界強度1.2×108V/m))のパルス状の入力電圧信号を印加して得られた発光スペクトルである。
【0079】
図8を参照するに、Mn2+は励起状態41から基底状態61の遷移により、約580nmをピーク波長とするブロードな発光スペクトルを示す。このように、Mn2+は1個の電子の励起状態から基底状態への遷移により単一光子が生成される。この基底状態61と励起状態41との間の遷移は、電子のスピン禁制の遷移であり、基底状態61と励起状態41とを遷移する1個の電子のスピンが反転する。したがって、発光寿命が他の金属イオン13と比較して格段に長く、1ミリ秒〜10ミリ秒程度である。したがって、次に説明するように、金属イオンにMn2+を用いた場合、単一光子発生装置30は単一光子をいっそう確実に生成できる。また、Mn2+の温度消光も小さいので、室温で発光可能である。
【0080】
次に、単一光子発生装置30の動作を説明する。
【0081】
図9は、第3の実施の形態に係る単一光子発生装置の動作を説明するための図である。なお、図9の横軸は時間を線形表示しており、図9(C)の縦軸は発光確率を対数表示している。
【0082】
図9を図7と共に参照するに、単一光子発生装置30は、パルス電源部39から下部電極32と上部電極36との間にパルス状の例えば108V/m程度の電界強度となる入力電圧信号(図9(A))を印加する。この入力電圧信号により、例えば下部電極32に対して上部電極36に正電圧が印加された場合、第1絶縁層33と蛍光体層34との界面から多数の電子が放出され、蛍光体層34中を電子が伝導する。この電子は108V/m程度の高電界で加速され、高速の電子(以下、「ホットエレクトロン」と称する。)は上部電極36方向に移動する。図9(B)に示すように、ホットエレクトロンはパルス幅Tcの間、蛍光体層34中を伝導する。なお、ここで、Tcはホットエレクトロンのパルス幅を表している。Tcは、先の図3(A)のTaで示した励起光のパルス幅と同様に、単一の金属イオンを励起するために用いるパルス幅を示している。このようにホットエレクトロンと図3(A)の励起光とはその働きは原理的に同様であるが、時間の定義が異なるので、ここでは、ホットエレクトロンのパルス幅をTcとして、Taとは区別して表記する。
【0083】
ホットエレクトロンの伝導開始からわずかな時間ΔT2の後に1個のホットエレクトロンが金属イオン13に衝突する。すると、金属イオン13の1個の電子がただちに励起状態になり、緩和を開始するが、図9(C)に示す発光寿命Tbがパルス幅Tcよりも長いために、パルス幅Tcの間には確率事象として一度も基底状態に遷移することはない。
【0084】
ホットエレクトロンの伝導がオフになった以降に金属イオン13は基底状態に戻り単一光子からなる出力光パルスSPを生成する。その際、入力電圧信号が印加されている時間Tcの間に複数のホットエレクトロンが金属イオン13に衝突しても金属イオン13は既に励起状態から緩和を開始しているので、時間Tcの間には再び励起されることはない。総てのホットエレクトロンが金属イオン13の位置を通過した後に、図9(C)に示す発光確率で金属イオン13は基底状態に遷移すると共に1個の光子のみの出力光パルスを生成する(図9(D))。
【0085】
ここで、ホットエレクトロンの移動時間が金属イオン13の発光寿命Tbよりも短い条件に設定される。ホットエレクトロンの移動時間は、入力電圧信号がオンとなってから総てのホットエレクトロンが金属イオン13の位置を通過するまでの時間であり、数マイクロ秒以下である。一方、金属イオン13の発光寿命Tbは例えばMn2+の場合、1ミリ秒から10ミリ秒程度である。したがって、金属イオン13の発光寿命Tbの時間内に総てのホットエレクトロンを金属イオン13の位置を通過させることができ単一光子SPを生成できる。すなわち、Mn2+の場合は、発光寿命の時間内に十分に総てのホットエレクトロンが金属イオン13の位置を通過でき、単一光子SPを確実に生成できる。
【0086】
なお、入力電圧信号のパルス幅は特に制限がない。これは、入力電圧信号のパルス幅を長く設定しても、電界の単一極性下では、総てのホットエレクトロンが金属イオン13の位置を通過してしまえば、それ以降は金属イオン13に何ら影響がないからである。
【0087】
また、引き続き、パルス電源部39から先の入力電圧信号とは逆の極性の入力電圧信号を下部電極32と上部電極36との間に印加することで、先の入力電圧信号の場合とは逆方向にホットエレクトロンの移動が起こる。例えば下部電極32に対して上部電極36に負電圧が印加された場合、第2絶縁層35と蛍光体層34との界面に蓄積された多数の電子が下部電極32方向に移動する(図9(B))。これにより、先ほどと同様の作用により単一光子が生成される。このように、単一光子発生装置30では、電圧極性が交番する入力電圧信号を所望のタイミングで供給することで、単一光子を所望のタイミングで連続して生成させることができ、さらに、1個の入力電圧信号のパルスで確実に単一光子SPを生成させることができる。
【0088】
次に、図10を参照しつつ単一光子発生部38の形成方法を説明する。図10(A)および(B)は、単一光子発生部の形成工程を示す断面図である。
【0089】
最初に、図10(A)の工程では、スパッタ法や蒸着法によりガラス基板31(例えばコーニング社製、製品名1737ガラス)上に、ITO膜(例えば厚さ0.5μm)を下部電極32として形成し、さらに、Ta25膜(例えば厚さ0.5μm)を第1絶縁層33として形成する。
【0090】
図10(A)の工程ではさらに、Ta25膜まで形成されたガラス基板31をMBE装置に載置し、真空雰囲気(例えば真空度10-7Pa)で基板温度を120℃〜160℃の範囲に設定する。さらに、分子線源としてZnSセル(例えば加熱温度900℃)を用いて、分子線をシャッターの開閉制御によってTa25膜に照射し、Ta25膜上に厚さ0.5μmのZnS膜からなる蛍光体層のベース層34a−1を成長させる。
【0091】
図10(A)の工程ではさらに、冷却後、外気に曝すことなく、STMを用いて真空雰囲気でベース層34a−1上に1個の金属イオン13、例えばMn2+を吸着させる。
【0092】
次いで、図10(B)の工程では、図10(A)の構造体が形成されたガラス基板31を外気に曝すことなく再びMBE装置に戻し、上述したベース層34a−1の形成と同様の条件で、ベース層34a−1上に厚さ0.5μmのZnS膜からなる蛍光体層のキャップ層34a−2を成長させる。
【0093】
図10(B)の工程ではさらに、ZnS膜および金属イオン13の活性化のために積層体の熱処理を行う。熱処理の条件は、例えば400℃の温度で1時間に設定される。
【0094】
図10(B)の工程ではさらに、冷却後、外気に曝すことなくスパッタ法や蒸着法により、蛍光体層34上にTa25膜(例えば厚さ0.5μm)を第2絶縁層35として形成し、さらにAl膜(例えば厚さ0.5μm)を上部電極36として形成する。以上により、下部電極32と上部電極36とに挟まれた位置に1個の金属イオン13を含む蛍光体層34からなる単一光子発生部38が形成される。
【0095】
なお、単一光子発生部38の形成において、蛍光体層34のベース層34a−1の形成、金属イオン13の吸着処理、および蛍光体層のキャップ層34a−2の形成の各工程は、第1の実施の形態の単一光子発生部の形成方法と同様の作製装置を用いる。
【0096】
第3の実施の形態によれば、下部電極32と上部電極36とに第1絶縁層33および第2絶縁層35を介して挟まれた蛍光体層34の範囲に1個の金属イオン13を配置し、下部電極32と上部電極36との間に電圧パルスを印加することで、電子が金属イオン13に衝突し、内殻遷移が生じ、単一光子を確実に生成できる。さらに、金属イオン13の内殻遷移は数mKの極低温のみならず室温程度で発光が可能であるので実用的である。また、単一光子発生装置の構成および発光作用は単純であるので、光学的損失が少なく信頼性が高いため、この点でも実用的である。
【0097】
なお、第3の実施の形態は、蛍光体層34中の金属イオン13の内殻遷移による発光機構を採用することにより単一光子を取り出すことが可能である。他の発光機構、例えば蛍光体層34に起因する発光(例えば励起子による発光)では単一光子を取り出すことができない。
【0098】
また、第3の実施の形態の単一光子発生部38は、第1絶縁層33および第2絶縁層35のいずれかを省略してもよい。この場合でも上述した動作と同様の動作で単一光子を生成可能である。
【0099】
(第4の実施の形態)
本発明の第4の実施の形態に係る単一光子発生装置は、単一光子を生成する単一光子発生部が2次元的に配置されたものであり、第3の実施の形態に係る単一光子発生装置の応用例である。
【0100】
図11は本発明の第4の実施の形態に係る単一光子発生装置の概略平面図、図12は第4の実施の形態に係る単一光子発生部の構成図である。図中、先に説明した部分に対応する部分には同一の参照符号を付し、説明を省略する。
【0101】
図11および図12を参照するに、単一光子発生装置40は、基板31、および基板31上に一方向に延在し、互いに平行に配置された複数の下部電極32、第1絶縁層33、所定の位置に金属イオン13が配置された蛍光体層34、第2絶縁層35、および下部電極32とは直交する方向に延在し、互いに平行に配置された複数の上部電極36がこの順に堆積されてなる単一光子発生部41と、下部電極駆動回路42と、上部電極駆動回路43とから構成される。単一光子発生部41の層構成は、複数の下部電極32および上部電極36が設けられている以外は、図7に示す第3の実施の形態の単一光子発生部38と同様である。
【0102】
金属イオン13は、平面視した場合に下部電極32と上部電極36が交叉する位置の蛍光体層34中に1個だけ配置されている。したがって、入力電圧信号が印加された下部電極32および上部電極36が交叉する位置の金属イオン13が励起され、その金属イオン13が基底状態に遷移する際に単一光子を生成する。したがって、所望のシリアルの信号(例えば情報を載せた信号)を下部電極駆動回路42および上部電極駆動回路43に入力することで、単一光子発生部41よりパラレルに単一光子を生成できる。したがって、例えば、単一光子発生装置に多数の光導波路を組み合わせることで、単一光子を多数の光導波路のそれぞれに同時に送出することできるので、大容量の光伝送装置として用いることができる。
【0103】
また、単一光子発生部41の金属イオン13の種類を互いに異ならせることで波長多重単一光子発生装置としても用いることができる。
【0104】
第4の実施の形態によれば、第3の実施の形態と同様の効果を奏し、さらに、下部電極32と上部電極36とが交叉する位置のそれぞれに内殻遷移を生じる1個の金属イオン13を配置することで、パラレルに単一光子を生成可能な単一光子発生装置を実現できる。
【0105】
以上本発明の好ましい実施の形態について詳述したが、本発明は係る特定の実施の形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0106】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係る単一光子発生装置の構成図である。
【図2】SrGa24結晶中のEu2+の励起スペクトルおよび発光スペクトルを示す図である。
【図3】第1の実施の形態に係る単一光子発生装置の動作を説明するための概略図である。
【図4】(A)および(B)は第1の実施の形態の単一光子発生部の形成工程を示す断面図である。
【図5】本発明の第2の実施の形態に係る単一光子発生装置の構成図である。
【図6】(A)および(B)は第2の実施の形態の単一光子発生部の形成工程を示す断面図である。
【図7】本発明の第3の実施の形態に係る単一光子発生装置の構成図である。
【図8】ZnS膜中のMn2+の発光スペクトルを示す図である。
【図9】第3の実施の形態に係る単一光子発生装置の動作を説明するための図である。
【図10】(A)および(B)は、単一光子発生部の形成工程を示す断面図である。
【図11】本発明の第4の実施の形態に係る単一光子発生装置の概略平面図である。
【図12】第4の実施の形態に係る単一光子発生部の構成図である。
【符号の説明】
【0107】
10,20,30,40 単一光子発生装置
11 結晶基板(GaAs基板)
12 量子ドット
12a,22a,34a 蛍光体母体材料
12a−1,22a−1,34a−1 ベース層
12a−2,22a−2,34a−2 キャップ層
13 金属イオン
14,24,38,41 単一光子発生部
15 レーザ照射装置
15A 励起光パルス
16 制御部
22,34 蛍光体層
31 基板(ガラス基板)
32 下部電極
33 第1絶縁層
35 第2絶縁層
36 上部電極
39 パルス電源部
42 下部電極駆動回路
43 上部電極駆動回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛍光体母体材料と、該蛍光体母体材料中に内殻遷移により発光する金属イオン1個とからなる蛍光体を有する単一光子発生部と、
前記金属イオンを励起させる励起光パルスあるいは蛍光体中を伝導する電子を金属イオンの発光寿命よりも短い時間で与える励起部とを備えたことを特徴とする単一光子発生装置。
【請求項2】
前記励起光パルスは、金属イオンの発光波長よりも短い波長を有する請求項1記載の単一光子発生装置。
【請求項3】
前記蛍光体は量子ドットからなり、1個の該量子ドット中に前記金属イオンが含まれることを特徴とする請求項1または2記載の単一光子発生装置。
【請求項4】
前記蛍光体は層状の蛍光体層であり、該蛍光体層中に前記金属イオンが含まれることを特徴とする請求項1または2記載の単一光子発生装置。
【請求項5】
前記単一光子発生部は、下部電極と、該下部電極上に形成された層状の前記蛍光体と、該蛍光体上に形成された上部電極と、前記下部電極と蛍光体との間および蛍光体と上部電極との間の少なくともいずれか一方の間に形成された絶縁層とを有し、
前記励起部は、下部電極と上部電極との間に印加されたパルス電圧により前記蛍光体中を伝導する電子を金属イオンに衝突させて励起させることを特徴とする請求項1記載の単一光子発生装置。
【請求項6】
前記単一光子発生部は、基板と、該基板上に一方向に延在し、互いに平行に配置された複数の下部電極と、該下部電極上に形成されると共に所定の位置に金属イオンが配置された層状の前記蛍光体と、該蛍光体上に形成されると共に該下部電極とは直交する方向に延在し互いに平行に配置された複数の上部電極と、下部電極と蛍光体との間および蛍光体と上部電極との間の少なくともいずれか一方に間に形成された絶縁層とを有し、
前記金属イオンは、単一光子発生部を平面視した場合に、前記下部電極と上部電極とが交叉したそれぞれの位置の蛍光体中に1個のみ配置され、
前記励起部は、下部電極に接続された下部電極駆動回路と、上部電極に接続された上部電極駆動回路とを有し、該下部電極駆動回路および上部電極駆動回路により所定の前記位置の蛍光体に電圧パルスを印加して蛍光体中を伝導する電子を金属イオンに衝突させて励起させることを特徴とする請求項1記載の単一光子発生装置。
【請求項7】
前記金属イオンは、Ag,Au,As,Bi,Cd,Ce,Cr,Cu,Dy,Er,Eu,Fe,Ga,Gd,Ge,Ho,Hg,In,Mn,Nd,Pb,Pr,Sb,Sm,Sn,Tb,Tm,Ti,Tl,V,W,Yb,Znからなる群のうち、いずれか1種の元素のイオンが選択されることを特徴とする請求項1〜7のうち、いずれか一項記載の単一光子発生装置。
【請求項8】
前記蛍光体母体材料が、XGa24の一般式で表されるチオガレート系材料、XAl24の一般式で表されるチオアルミネート系材料、Zn2SiO4,BaMg2Al1627、ZnS、CaS、SrS、CdS、GaN、ZnO、ZnSe、BaS、およびAlNからなる群のうちいずれか1種であることを特徴とする請求項1〜8のうち、いずれか一項記載の単一光子発生装置(ただし、Xは、Sr,Ca,およびBaから選択される1種である。)。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2007−242876(P2007−242876A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−62963(P2006−62963)
【出願日】平成18年3月8日(2006.3.8)
【出願人】(000004352)日本放送協会 (2,206)
【Fターム(参考)】