説明

原子捕捉装置および原子捕捉方法

【課題】電流を駆動するための構造を用いることなしに、原子の閉じ込めが行えるようにする。
【解決手段】原子捕捉装置は、超伝導材料から構成されて平板上に形成された捕捉部101と、捕捉部101を超伝導転移温度以下に冷却する冷却部102と、捕捉部101に均一な磁場131を印加する磁場印加部103とを備える。冷却部102を動作させて捕捉部101の冷却し、捕捉部101を超伝導転移温度以下に冷却したら、磁場印加部103により捕捉部101に均一な磁場を印加する。この磁場の印加により、超伝導体である捕捉部101には、マイスナー効果により内部に磁場を浸入させないようにマイスナー電流が誘起される。これにより、捕捉部101においては、表面から法線方向および捕捉部101の中央部から周辺方向に向けて磁場の強さが増加する不均一な磁場が形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子干渉計,原子および超伝導固体素子の量子状態の変換,および記憶・制御手段としての応用が可能となる、中性原子を捕捉する原子捕捉装置および原子捕捉方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
中性原子は、内部状態を持つ複合粒子であり、電磁場を用いて内部状態を量子力学的に操作することが、比較的容易にできる。従って、将来の量子デバイスの材料として有力の候補となっているが、室温の原子は、時速千キロメートル程度で運動する非常に小さい粒子のため、この原子を冷却して限られた空間内に閉じ込める原子捕捉の技術が重要となっている。
【0003】
ここで、磁気モーメントがゼロでない原子は、磁場の勾配から力を受ける。従って、磁場の強いところでエネルギーが高くなる状態の原子(中性原子)は、3次元的な極小点を持つ不均一磁場中に置くことで、空間的に閉じ込めることができる。例えば、固体の表面に微細な配線パターンを形成し、この配線を流れる電流の周りに発生する磁場により、原子を捕捉するマイクロ磁場トラップの技術が開発され、原子の捕捉を実現している(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−173745号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】R. Folman, et al. "MICROSCOPIC ATOM OPTICS: FROM WIRES TO AN ATOM CHIP", Advance in Atomic, Molecular, and Optical Physics, Vol.48, pp.263-356 ,2002.
【非特許文献2】T.Mukai, et al. ,"Persistent Supercurrent Atom Chip", PHYSICAL REVIEW LETTERS 98,260407, pp.260407-1-260407-4, 2007.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述したマイクロ磁場トラップでは、電流を駆動するための構造が必要となり、設計上の制約の1つとなっている(特許文献1,非特許文献2参照)。
【0007】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、電流を駆動するための構造を用いることなしに、原子の閉じ込めが行えるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る原子捕捉装置は、超伝導材料から構成されて平板状に形成された捕捉部と、この捕捉部を超伝導転移温度以下に冷却する冷却手段と、捕捉部に均一な磁場を印加する磁場印加手段とを少なくとも備えるものである。
【0009】
上記原子捕捉装置において、磁場印加手段は、捕捉部の平面に対して垂直な方向に磁場を印加すればよい。また、捕捉部の近傍に捕捉対象の原子を供給する原子供給手段を備えるようにすればよい。
【0010】
本発明に係る原子捕捉方法は、超伝導材料から構成されて平板状に形成された捕捉部を超伝導転移温度以下に冷却するステップと、捕捉部の近傍に捕捉対象の原子を供給するステップと、捕捉部が超伝導転移温度以下に冷却された状態で捕捉部に均一な磁場を印加するステップとを少なくとも備える。なお、捕捉部には、捕捉部の平面に対して垂直な方向に磁場を印加するとよい。
【発明の効果】
【0011】
以上の説明したように、本発明によれば、超伝導材料から構成されて平板状に形成された捕捉部と、この捕捉部を超伝導転移温度以下に冷却する冷却手段と、捕捉部に均一な磁場を印加する磁場印加手段とを少なくとも備えるようにしたので、電流を駆動するための構造を用いることなしに、原子の閉じ込めが行えるようになるという優れた効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施の形態における原子捕捉装置の構成を示す構成図である。
【図2】捕捉部101の構成を示す断面図である。
【図3】本発明の実施の形態における原子捕捉装置の構成を示す構成図である。
【図4】本発明の実施の形態における原子捕捉方法を説明するためのフローチャートである。
【図5】マイスナー効果を説明するための説明図である。
【図6】冷却部102に冷却される捕捉部101近傍に形成される不均一磁場の状態を側方より見た状態を模式的に示す構成図である。
【図7】冷却原子が捕捉部101表面近傍の限定された空間に捕捉されていることを観察した結果を示す写真である。
【図8】2箇所の捕捉部101aおよび捕捉部101bの各々近傍に形成される不均一磁場の状態を側方より見た状態を模式的に示す構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。図1は、本発明の実施の形態における原子捕捉装置の構成を示す構成図である。この原子捕捉装置は、超伝導材料から構成されて平板状に形成された捕捉部101と、捕捉部101を超伝導転移温度以下に冷却する冷却部102と、捕捉部101に均一な磁場131を印加する磁場印加部103とを備える。
【0014】
捕捉部101は、例えば、図2の断面図に示すように、酸化シリコンやコランダム(サファイア)などの絶縁性基板201の上に形成することで、他の構成に対し、超伝導電流に関して絶縁分離された状態とする。例えば、絶縁性基板201の上に、スパッタ法や蒸着法などにより超伝導材料の膜を形成することで、捕捉部101を形成することができる。例えば、捕捉部101は、厚さ1μm、100μm×数mmの平板状に形成すればよい。このように構成した場合、冷却部102による捕捉部101の冷却は、絶縁性基板201を介して行えばよい。また、基板は、超伝導性を示さない金属材料から構成することも考えられる。
【0015】
捕捉部101は、平面視矩形および円形であってもよく、また、短冊状に形成してもよい。捕捉部101を構成する超伝導材料としては、ニオブ(Nb),窒化ニオブ(NbN),ホウ化マグネシウム(MgB2),アルミニウム(Al),および,鉛(Pb)など、超伝導性を有するものを用いることができる。
【0016】
また、原子捕捉部101により原子を捕捉するためには、対象となる原子を原子捕捉部101の近傍にまで供給することになる。例えば図3に示すように、磁気光学トラップ(MOT)301により予め室温(20℃程度)から予備冷却(数百マイクロケルビン程度)した原子を、四重極磁場トラップ(QMT)302中に保持し、QMT302を移動させることで、保持した原子を原子捕捉部101の近傍にまで供給すればよい。なお、これらのことは、真空中で行う。
【0017】
次に、原子捕捉装置による原子捕捉方法について、図4のフローチャートを用いて説明する。まず、冷却部102を動作させて捕捉部101の冷却を開始する(ステップS401)。この冷却により、捕捉部101を超伝導転移温度以下に冷却したら(ステップ402)、捕捉部101の近傍に捕捉対象の原子を供給する(ステップ403)。例えば、捕捉部101が配置されている真空中で、原子を捕捉しているQMT302を、捕捉部101の中央部下部に移動させ、QMT302の電流を遮断してQMT302の閉じ込めポテンシャルを消去することで、原子の供給を行う。この後、磁場印加部103により捕捉部101に均一な磁場を印加する(ステップS404)。なお、QMT302の電流を遮断した直後(1ミリ秒以内)に、均一な磁場の印加を開始する。
【0018】
この磁場の印加により、超伝導体である捕捉部101には、マイスナー効果により内部に磁場を浸入させないようにマイスナー電流が誘起される。これにより、均一な磁場が印加されている捕捉部101においては、表面から法線方向および捕捉部101の中央部から周辺方向に向けて磁場の強さが増加する不均一な磁場が形成されるようになる。この不均一な磁場には、磁場の極小点(3次元的な極小点)が形成されるようになる。このことにより、供給された原子が、不均一な磁場により捕捉されるようになる。
【0019】
次に、上述した磁場トラップの形成について、より詳細に説明する。超伝導体は、超伝導体転移温度以下にまで冷却すると、図5に示すように、印加される磁場を超伝導体内部に浸入させないように、マイスナー効果によりマイスナー電流が誘起される。このため、平板状に形成された超伝導体からなる捕捉部101の平面に対し、おおよそ垂直な方向の均一な磁場を加えると、図6に示すように、捕捉部101の表面から法線方向、および、捕捉部101の中央部から周辺方向に向けて磁場の強度が増加し、磁場の3次元的な極小点(磁場の極小点)をもつ不均一磁場が形成される。
【0020】
図6は、冷却部102に冷却される捕捉部101近傍に形成される不均一磁場の状態を側方より見た状態を模式的に示しており、また、不均一磁場の状態を曲線で示している。なお、捕捉部101の表面は、完全な平坦面である必要はなく、多少の凹凸があってもよい。
【0021】
また、捕捉部101を構成する超伝導体の表面から斥力を受ける原子は、上述した磁場の極小点に引き付けられて捕捉部101の表面に衝突し、弾性衝突により跳ね返される。従って、磁場の強いところでエネルギーが高くなる量子状態にあり、超伝導体の表面から斥力の相互作用を受ける中性原子であれば、これを冷却し、上述したように不均一な磁場が形成されている捕捉部101の表面の近傍に配置すれば、不均一磁場の勾配によるポテンシャルによる引き付けと、捕捉部101の表面からの弾性衝突とで、捕捉部101の近傍の空間(3次元空間)に原子を閉じ込めることができる。なお、超伝導体の表面との間に働く相互作用には、引力もあるが、引力を受ける原子は、超伝導体に吸着し、また、超伝導体を構成する原子と化学反応を起こす。
【0022】
不均一な磁場中に配置された冷却原子は、不均一磁場のポテンシャルにより、捕捉部101の表面へと加速されて表面に衝突する。この衝突が弾性衝突であれば、冷却原子は捕捉部101の表面で跳ね返され、不均一磁場のポテンシャルの中を捕捉部101の表面より離間する方向にある程度移動した後、再び、不均一磁場のポテンシャルにより捕捉部101の表面方向に引き付けられ、この方向に加速される。このような運動を繰り返すことで、原子は、捕捉部101の近傍の空間に閉じ込められる。磁場の高いところでエネルギーが高くなる量子状態の原子としては、例えば、87Rb(|F=2,mF=+2〉)がある。また、アルカリ土類金属や希ガスの原子でもよい。
【0023】
上述したように、不均一磁場による引き付けと、捕捉部101の表面からの弾性衝突とによって閉じ込められた原子は、衝突離散と引き付けとの運動を繰り返す中で、ある確率で非弾性な衝突をし、磁場ポテンシャルに捕捉されない状態へと遷移し、不均一磁場による引き付けから解放される。例えば、非弾性衝突により、原子が磁場の強いところに引き付けられるような状態に変化する場合がある。このような、非弾性衝突では、内部状態が変化した原子は、磁場の極小点には引き付けられず、捕捉部101より離散していく。
【0024】
以上のような、捕捉部101の表面との弾性衝突は、10回程度繰り返され、この間の20ミリ秒程度の間は、冷却原子が捕捉部101表面近傍の限定された空間に捕捉されていることが、発明者らの実験により確認されている。この状態を、図7の写真に示す。図7は、原子の吸収像を観察した結果を示しており、原子が共鳴する光を吸収する性質を利用した観察である。平板状の超伝導体を側方から観察している。紙面手前から奥に向けて延在している幅100μmと幅200μmの2箇所の超伝導体(捕捉部)の下に、各々原子集団1および原子集団2が捕捉されている状態が確認できる。光の吸収量の状態より、各々の捕捉領域において、数十万個の原子(原子集団)が捕捉されていることがわかる。
【0025】
このように、一端が捕捉部101の表面との弾性衝突によって閉じられた原子のトラップは、準安定な状態であるが、電流を駆動するための特別な構造が不要であり、本実施の形態の原子捕捉装置は、設計上の自由度が極めて高いものとなる。
【0026】
ところで、上述したように、複数の捕捉部を近設配置し、各々独立に原子を捕捉させるようにすることも可能である。例えば、図8に示すように、捕捉部101aおよび捕捉部101bを近設して配置しても、各々が独立に磁場の極小点を持つ不均一磁場を発生させることができる。なお、複数の捕捉部を配置する場合、各々の間隔が、マイスナー効果が維持できる範囲であれば、近づけて配置することが可能である。
【0027】
ところで、印加する磁場の方向は、捕捉部101の表面(平面)に対して完全に垂直な状態である必要はない。例えば、捕捉部101の表面に対して45°程度傾斜していても、上述同様に、不均一な磁場を形成することは可能である。ただし、印加する磁場の方向を捕捉部101の表面に対して垂直な方向とすることで、より安定した磁場の極小点が形成でき、より安定して原子を捕捉することが可能になるものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明は、高い設計の自由度を利用し、高感度な原子干渉計を構成するための原子導波路として利用することが期待できる。上述したように、捕捉部を所定の方向に延在させれば、原子を捕捉する領域を導波路として用いることができるようになる。また、本発明の原子捕捉装置を用いることで、超伝導体の表面と中性原子との相互作用を計測する装置を構成することが可能となる。あるいは、捕捉している原子の状態を上述したように観測することで、超伝導体中を磁束が運動する状態を高感度に検出する測定器として利用することも可能である。
【符号の説明】
【0029】
101…捕捉部、102…冷却部、103…磁場印加部、131…均一な磁場。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超伝導材料から構成されて平板状に形成された捕捉部と、
この捕捉部を超伝導転移温度以下に冷却する冷却手段と、
前記捕捉部に均一な磁場を印加する磁場印加手段と
を少なくとも備えることを特徴とする原子捕捉装置。
【請求項2】
請求項1記載の原子捕捉装置において、
前記磁場印加手段は、前記捕捉部の平面に対して垂直な方向に磁場を印加する
ことを特徴とする原子捕捉装置。
【請求項3】
請求項1または2記載の原子捕捉装置において、
前記捕捉部の近傍に捕捉対象の原子を供給する原子供給手段
を備えることを特徴とする原子捕捉装置。
【請求項4】
超伝導材料から構成されて平板状に形成された捕捉部を超伝導転移温度以下に冷却するステップと、
前記捕捉部の近傍に捕捉対象の原子を供給するステップと、
前記捕捉部が超伝導転移温度以下に冷却された状態で前記捕捉部に均一な磁場を印加するステップと
を少なくとも備えることを特徴とする原子捕捉方法。
【請求項5】
請求項4記載の原子捕捉方法において、
前記捕捉部には、前記捕捉部の平面に対して垂直な方向に磁場を印加する
ことを特徴とする原子捕捉方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−177249(P2010−177249A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−15252(P2009−15252)
【出願日】平成21年1月27日(2009.1.27)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、独立行政法人 科学技術振興機構、「中性原子を使った量子演算システムの開発」の中の「アルカリ金属および希ガス原子を使った量子演算システムの開発」委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】