説明

反射防止膜

【課題】撥水性、撥油性、防汚性等の機能を付与した高性能な反射防止膜を得る。
【解決手段】ガラスから成る基板1上に、1層目として無機系酸化膜2を成膜する。この無機系酸化膜2上の2層目には、無機系酸化膜3を成膜する。無機系酸化膜3上の3層目には、無機系被膜4のフッ化化合物として、MgF2膜を成膜する。更に、最表層の最も外気側に位置する4層目には、有機系被膜5としてフッ素含有有機化合物を成膜することにより、4層構造から成る多層膜6を形成する。最表層に有機系被膜5として、フッ素含有有機化合物を成膜することにより、撥水性、撥油性、防汚性等の機能を付与した高性能な反射防止膜を形成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カメラ等の光学部材に用いる反射防止膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、テレビカメラやビデオカメラ、写真カメラの撮影レンズ等の光学部材の両面又は片面には、透過光量を上げると共に不要光によるゴーストやフレアを回避するための反射防止膜が成膜されている。これらの反射防止膜は高屈折率と低屈折率の無機系誘電体材料が交互に成膜されており、最表層には反射防止効果を向上させるために、低屈折率の無機系誘電体材料が使用されている。また、低屈折率の無機系誘電体材料として、MgF2(フッ化マグネシウム)やSiO2(二酸化珪素)が使われている。
【0003】
例えば、雨の中で使用する監視カメラや、お天気カメラのように常時屋外に設置されている場合には、光学部材の表面が水滴や塵埃に晒されるため、特に最表層に施されている反射防止膜の反射防止性能が劣化し易い。このような場合には、汚染された部分を布や紙で拭き取ったり、ワイパ機構を持たせたりして、汚染を除去する方法が知られている。
【0004】
しかし、反射防止膜を構成する誘電体膜は、表面の摩擦抵抗が大きいため、汚染を完全に除去することは極めて困難であり、拭きむらが発生して著しく光学特性が劣化し、反射防止性能が失われるという問題を有している。
【0005】
そこで、汚れや水滴が容易に除去できる反射防止膜が要求されており、従来から無機系誘電体膜上に有機系被膜を形成することにより、撥水性、撥油性、防汚性等の機能を向上させることが広く知られている。
【0006】
特許文献1においては、防汚光学部品の製造方法として、防汚層を形成する基板最表面の反射防止膜は、SiO2を主成分とする層であることが開示されている。
【0007】
また、特許文献2においては、有機系被膜を無機コート膜上に形成する表面処理方法において、無機コート層の最表層がSiO2から成る反射防止膜であることが開示されている。
【0008】
【特許文献1】特開2005−301208号公報
【特許文献2】特開平6−340966号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1、2に記載されているような有機系被膜の下層膜として、SiO2膜を使用した場合には、メガネレンズ等の反射防止効果としては特に問題のない性能が得られる。
【0010】
しかし、撮影レンズに使用される反射防止膜としては、反射防止の効果は不十分であり、ゴーストやフレアの原因となり、満足できるほどの十分な性能は得られない。
【0011】
本発明の目的は、上述の問題点を解消し、高性能な撥水性、撥油性、防汚性等の機能を有する反射防止膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するための本発明に係る反射防止膜の技術的特徴は、基板の上に屈折率が異なる2種以上の材料を2層以上に成膜した反射防止膜において、最も外気側に成膜する層を有機系被膜とし、外気側から2層目に成膜する層をフッ化化合物から成る無機系被膜とすることにある。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、撥水性、撥油性、防汚性等の機能を有しつつも、透過光量が高い反射防止膜が実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明を図示の実施例に基づいて詳細に説明する。
【実施例1】
【0015】
図1は本実施例1における反射防止膜の膜構成図を示しており、先ずd線屈折率1.52のガラスから成る基板1の上に、1層目としてd線屈折率1.63で光学的膜厚が113nmの無機系酸化膜2を成膜する。この無機系酸化膜2上の2層目には、d線屈折率2.10で光学的膜厚が243nmの無機系酸化膜3を成膜する。
【0016】
そして、無機系酸化膜3上の3層目には、無機系被膜4のフッ化化合物として、d線屈折率1.38で光学的膜厚が115nmのMgF2膜を成膜する。更に、最表層の最も外気側に位置する4層目には、有機系被膜5としてd線屈折率1.36で光学的膜厚が10nmのフッ素含有有機化合物を成膜することにより、4層構造から成る多層膜6を形成する。
【0017】
無機系被膜4のフッ化化合物の屈折率と有機系被膜5の屈折率差は0.02である。有機系被膜5の屈折率が無機系被膜4のフッ化化合物の屈折率よりも高くなってしまうと反射防止性能が悪化してしまうため、0.1以下の屈折率差であることが望ましい。有機系被膜5は膜厚を厚くし過ぎた場合には、表面が白濁して機能が損なわれるため、10nm程度の膜厚が望ましい。
【0018】
フッ素含有有機化合物としては、特許文献3に記載されているジメチルジクロロシラン、ジエチルジクロロシラン、ジフェニルビニルジクロロシランなどのハロゲン化シラン化合物が適用可能である。また、特許文献4に記載されているジメチルジエトキシシラン、ジメトキシメチル−3,3,3−トリフルオロプロピルシラン、などのアルコキシシラン化合物も適用可能である。更に、特許文献5に記載されているビス(ジメチルアミノ)メチルシラン、ヘキサメチルジシラザン、1,1,3,3,5,5,7,7−オクチルメチルシクロテトラシラザンなどのアミノシラン化合物も適用可能である。また、特許文献6に記載されているフッ素含有アミノシラン化合物も適用可能である。これらのフッ素含有有機化合物については、撥水性、撥油性、防塵性等の機能を付与し得るものであれば、特に限定されることはない。
【0019】
【特許文献3】特開昭63−169102号公報
【特許文献4】特開昭62−178903号公報
【特許文献5】特開昭62−247302号公報
【特許文献6】特開昭62−296002号公報
【0020】
なお、無機系酸化膜2、3及び無機系被膜4の成膜条件としては、成膜温度を200℃以上で真空蒸着方法を用いて成膜し、最表層の有機系被膜5のフッ素含有有機化合物は100℃以下の低温で成膜する。
【0021】
図2は上述の方法により成膜した反射防止膜の反射特性のグラフ図を示しており、430〜630nmの波長帯域において、分光反射率が0.2%以下の高性能な反射防止膜が実現できることが確認できた。
【0022】
本実施例では、反射防止特性の範囲を430〜630nmとしているが、この帯域に限定されるものではなく、上述の光学的膜厚を変化させることにより、短波長側又は長波長側に移動可能であり、同程度の反射防止効果を得ることができる。
【0023】
また、本実施例においては、反射防止膜である多層膜6は屈折率が異なる4種類の材料を4層に成膜したが、4層に限定されるものではなく、4層以上に成膜することも可能である。
【0024】
そして、最表層に有機系被膜5として、フッ素含有有機化合物が成膜することにより、撥水性、撥油性、防汚性等の機能、例えば水との接触角が90度以上、転落角が28度以下の機能を付与した高性能な反射防止膜が得られる。
【実施例2】
【0025】
図3は実施例2における反射防止膜の膜構成図を示している。本実施例においては、先ずd線屈折率1.80のガラスレンズ等の基板11の上に、1層目としてd線屈折率1.63で光学的膜厚が246nmの無機系酸化膜12を成膜する。この無機系酸化膜12上の2層目には、d線屈折率2.10で光学的膜厚が247nmの無機系酸化膜13を成膜する。
【0026】
そして、無機系酸化膜13上の3層目に無機系被膜14のフッ化化合物として、d線屈折率1.38で光学的膜厚が121nmのMgF2膜を成膜する。更に、最表層の最も外気側に位置する4層目には、有機系被膜15として、d線屈折率1.36で光学的膜厚が10nmのフッ素含有有機化合物を成膜することにより4層構造から成る多層膜16を形成する。なお、無機系酸化膜12、13、無機系被膜14、有機系被膜15の成膜方法及び成膜温度は実施例1と同様である。
【0027】
図4は上述の方法により成膜した反射防止膜の反射特性のグラフ図を示しており、420〜650nmの波長帯域において分光反射率が0.2%以下の高性能な反射防止膜が実現できる。
【0028】
本実施例においても、反射防止特性の範囲を短波長側又は長波長側に移動可能である。反射防止膜である多層膜16は4層に限定されるものではない。
【実施例3】
【0029】
図5は実施例3における反射防止膜の膜構成図を示している。本実施例においては、d線屈折率1.52のガラスレンズ等の基板21の上に、1層目として無機系被膜22のフッ化化合物として、d線屈折率1.38で光学系膜厚が120nmのMgF2膜を成膜する。そして、この無機系被膜22上に2層目の有機系被膜23として、d線屈折率が1.36で光学的膜厚は10nmのフッ素含有有機化合物を成膜することにより2層構造から成る多層膜24を形成する。
【0030】
無機系被膜22であるMgF2は、真空蒸着方法において成膜温度を200℃以上で成膜し、有機系被膜23のフッ素含有有機化合物は100℃以下の低温条件で成膜する。
【0031】
図6は上述の方法により成膜した反射防止膜の反射特性のグラフ図を示しており、波長400〜700nmの範囲で分光反射率が2.0%以下で、520nmの波長帯域において1.3%以下と良好な反射防止膜が得られている。なお、本実施例においては、最も反射の少ない波長帯域を520nm程度としているが、上述のように光学的膜厚を変化させることにより、最小反射率波長域を変えることも可能である。更に、反射防止膜である多層膜24は2層構造に限定されることはなく、2種以上の材料を2層以上に積層することによっても得られる。
【実施例4】
【0032】
図7は実施例4における反射防止膜の膜構成図を示している。本実施例においては、d線屈折率1.81のガラスレンズ等の基板31の上に、1層目の無機系被膜32のフッ化化合物として、d線屈折率1.38で光学的膜厚が120nmのMgF2膜を成膜する。そして、この無機系被膜32上に2層目の有機系被膜33として、d線屈折率1.36で光学的膜厚10nmのフッ素含有有機化合物を成膜することにより、2層構造から成る多層膜34を形成する。
【0033】
図8は上述の方法により成膜した反射防止膜の反射特性のグラフ図を示しており、520nmの波長帯域において、分光反射率が0.1%以下と良好な反射防止膜が得られている。
【0034】
本実施例においては最も反射の少ない波長帯域を520nm程度としているが、上述の光学的膜厚を変化させることにより、最小反射率波長域を変えることもできる。
【実施例5】
【0035】
図9は屋外で使用されるお天気カメラ等のパン、チルト機構を持つ撮影システムの正面図を示している。撮影レンズ41は光学部材として保護ガラス42を備え、保護ガラス42の表面には、上述の実施例による反射防止膜が施されている。また、保護ガラス42上を水滴除去機構としてワイパ43が動作するようにされている。
【0036】
本実施例においては、雨に濡れることにより保護ガラス42の表面に水滴が付着した場合や、塵埃等が付着した場合には、外部からの遠隔操作によりワイパ43が稼働し、水滴や汚れを除去することができる。
【0037】
従来例のように、最表層に無機系被膜が形成されている場合には、表面の摩擦抵抗が大きいため、ワイパ43によっても水滴や汚れを完全に除去することはできない。更に、ワイパ43のブレードが摩耗し、反射防止膜が剥がれ、反射防止性能が低下するのみならず、光学性能にも影響を与えることになる。
【0038】
本実施例においては、保護ガラス42の外気側である最表層に、フィルタとして実施例1〜4の反射防止膜に施すことにより、水の接触角が例えば90度以上と大きくなり、転落角が例えば28度以下と小さくなるため、水滴が付着し難くなる。更に、汚れの付着力も低下し、表面の摩擦抵抗も小さくなるため、ワイパ43により水滴や汚れが簡単に除去できる。
【0039】
また、ワイパ43に対する摩擦力も弱まるため、反射防止膜を剥離することもなく、良好な光学性能を維持することができるだけでなく、ワイパ43の駆動機構の簡易化、モータの省電力化にも効果がある。
【実施例6】
【0040】
図10は撮影レンズ鏡筒の部分断面図を示している。鏡筒51には光学部材としてレンズ52が組み込まれ、レンズ52はねじ状の抑え環53により鏡筒51に保持されている。その際に、鏡筒51とレンズ面の接触抵抗が大きいと、レンズ52に偏心やレンズ面の歪みが生じ、光学性能が劣化することがある。
【0041】
レンズ52の外気側の表面に、実施例1〜4の反射防止膜54を成膜すると、組み込み時に塵埃や汚れが付着しても、レンズクリーニング紙に溶剤を含ませて拭くことにより、容易に塵埃等を除去することができる。
【0042】
従来においては、レンズ52の表面の摩擦抵抗が大きいと、拭きむらが残り完全に汚れを除去できなかった。しかし、本実施例6によれば、組み込み時の汚れ除去の拭きむらを防止するだけではなく、摩擦抵抗が小さいため、レンズの偏心や歪みを小さくすることができ、高い光学性能を維持することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0043】
反射防止機能を有する光学系に対し、防汚耐久性向上に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】実施例1の反射防止膜の膜構成図である。
【図2】実施例1の分光反射特性のグラフ図である。
【図3】実施例2の反射防止膜の膜構成図である。
【図4】実施例2の分光反射特性のグラフ図である。
【図5】実施例3の反射防止膜の膜構成図である。
【図6】実施例3の分光反射特性のグラフ図である。
【図7】実施例4の反射防止膜の膜構成図である。
【図8】実施例4の分光反射特性のグラフ図である。
【図9】撮影システムの正面図である。
【図10】撮影レンズの鏡筒の部分断面図である。
【符号の説明】
【0045】
1、11、21、31 基板
2、3、12、13 無機系酸化膜
4、14、22、32 無機系被膜
5、15、23、33 有機系被膜
6、16、24、34 多層膜
41 撮影レンズ
42 保護ガラス
43 ワイパ
51 鏡筒
52 レンズ
53 抑え環
54 反射防止膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板の上に屈折率が異なる2種以上の材料を2層以上に成膜した反射防止膜において、最も外気側に成膜する層を有機系被膜とし、外気側から2層目に成膜する層をフッ化化合物から成る無機系被膜とすることを特徴とする反射防止膜。
【請求項2】
430〜630nmの波長帯域において、分光反射率が0.2%以下であり、4層以上で構成することを特徴とする請求項1に記載の反射防止膜。
【請求項3】
前記フッ化化合物はMgF2から成ることを特徴とする請求項1又は2に記載の反射防止膜。
【請求項4】
前記有機系被膜はフッ素含有有機化合物であることを特徴とする請求項1〜3の何れか1つの請求項に記載の反射防止膜。
【請求項5】
請求項1〜6の何れか1つの請求項に記載の反射防止膜を、最も外気側の光学部材の表面に設けたことを特徴とする撮影レンズ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2009−92746(P2009−92746A)
【公開日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−260836(P2007−260836)
【出願日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】