説明

反応処理装置および反応処理方法

【課題】 従来のマイクロチップでは、マイクロチップ内で複数試薬を混合する場合に層流同士の界面で拡散による混合が行われてきた。そのため混合必要時間が長いという課題が存在していた。このため、マイクロチップの開発とともにマイクロチップ内での溶液混合必要時間の短縮が強く求められてきた。
【解決手段】 生化学反応システムで使用するマイクロチップ内で複数の溶液を混合する場合に、溶液上流流路に溶液内の溶質濃度分布を変化させる電界発生領域を設ける。そして溶質濃度の高い領域を他の溶液と接触させることで溶液間の拡散を促進する。その結果、溶液混合必要時間を短縮できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は反応処理装置および反応処理方法に関する。より詳しくは、基板内にマイクロチャネルと呼ばれる微細流路やポートなどの微細構造を有するマイクロチップを用いた生化学反応処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、立体微細加工技術の発展に伴い、ガラスやシリコン等の基板上に、微小な流路とポンプ、バルブ等の液体素子およびセンサを集積化し、その基板上で化学分析を行うシステムが注目されている。これらのシステムは、マイクロスケール・トータル・アナリシス・システムズ(μTAS)の名称で知られている。基板内に所定の形状の流路を構成するマイクロチャネル及びポートなどの微細構造を設け、該微細構造内で物質の化学反応、合成、精製、抽出、生成及び分析など各種の操作を行うことが提案され、一部実用化されている。このような目的のために製作された、基板内にマイクロチャネル及びポートなどの微細構造を有する構造物は総称して「マイクロチップ」と呼ばれる。
【0003】
マイクロチップは遺伝子解析、臨床診断、薬物スクリーニング及び環境モニタリングなどの幅広い用途に使用できる。マイクロチップは(1)サンプル及び試薬の使用量が著しく少ない、(2)分析時間が短い、(3)現場に携帯し、その場で分析できる、及び(4)使い捨てできるなどの利点を有する。
【0004】
これらのマイクロチップにおいては、試薬溶液、サンプル溶液などをチップ内において混合した後にチャンバー等の反応処理領域に導入し、加熱・冷却等を行い生化学反応を行う。その後に反応状態を検出することにより遺伝子解析、臨床診断、薬物スクリーニング及び環境モニタリング等の結果を検出する。
【0005】
従来のマイクロチップでは、マイクロチップ内で試薬を含む2液を混合する場合には、2液を接触させて溶質の拡散による混合が利用されている。溶質の拡散による混合は、充分な混合のために必要な時間が長くかかるという課題がある。
【0006】
これを解決するために、反応領域に送液しながら混合する技術がある。特許文献1には、異なる2液をそれぞれ流す2つの流路を上流側に設け、それらに連通した合流する流路をその下流に設け、さらにその先に反応領域を設ける構成が開示されている。合流する際の2液の混合効率を上げるために、合流の際に発生する層流同士の接触面積を増加させるように流路のアスペクト比(幅÷深さ)を1以下にする構成が開示されている。
【0007】
しかし、溶質の拡散を利用する場合、層流同士の接触面から離れて存在する溶質が混合している異なる液内に到達するためには時間がかかる。このため、充分な量の溶質の混合を効率的に達成しようとした場合には、必然的に長い流路が必要となっていた。
【0008】
これに対し、特許文献2には、2つの流入口から流入するY字状のマイクロ流路を設け、エッジ部分が流路に近接する位置の電極と、流路から離れた位置の対向電極とを備えたマイクロ流体デバイスを用い、電極間に交流電圧を印加することにより、流路内で試料とキャリアー流体を旋回して均一に混合する構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】米国特許5842787号明細書
【特許文献2】特開2007−101289号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
マイクロ流路内をミキシングさせる従来例は、2つの溶液を均一に混合させるものであり、結果的に各溶液中の溶質の濃度は互いの溶液によって希薄化される。このため、反応確率の観点では、均一化による接触確率の向上と、希薄化による接触確率の低下という相反した2つの影響を受け、充分な効果を享受できているとは言い難い。このため、希薄化を考慮した高濃度の溶液をそれぞれ用意する必要があったり、濃縮化の工程が予め必要になる場合があった。
【0011】
すなわち、マイクロチップを小型化およびそれを用いる生化学反応装置のより小型化を達成しつつ、迅速な反応処理を達成するためには、従来よりも高い存在密度で対象物質同士が存在する反応場を局所的に形成し、これを反応処理領域へ導く構成が強く求められてきた。
【0012】
そこで、本発明は、従来よりも効率的に反応処理のできる反応処理装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明に係る反応処理装置は、反応処理に利用される物質を有する流体の複数種をそれぞれ合流して下流の反応処理領域へ導く反応処理装置であって、前記複数種の流体をそれぞれ流す複数の上流流路と、前記上流流路の複数と連通し、合流した流体を下流の反応処理領域に導くための合流流路と、前記合流流路を流れる少なくとも一つの流体中において、他の流体と接する側に前記物質を密集させる手段と、を有することを特徴とする。
【0014】
密集させる手段の第1の形態は、前記複数の上流流路の少なくとも一つに、液体の流れ方向と垂直な方向に対して前記反応処理対象物質の濃度分布を発生させる手段である。
【0015】
また、密集させる手段の第2の形態は、前記合流流路に配置され、液体の流れ方向と垂直な方向に対して前記物質の濃度分布を発生させる手段である。
【0016】
また、本発明に係る反応処理方法は、反応処理に利用される物質を有する流体の複数種をそれぞれ合流して下流の反応処理領域へ導く反応処理方法であって、前記複数種の流体を複数の上流流路を用いて上流から流して合流させる際に、少なくとも一つの流体中において、他の流体と接する側に前記物質を密集させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、他の流体と接する側に前記物質を密集させることで、対象物質の濃度の高い領域を他の溶液と接触させることが可能となり、局所的に溶液間の拡散を促進できる。その結果、高い存在密度で対象物質同士が存在する反応場を局所的に形成することができ、反応効率が向上する。また、密集させる手段によって形成された疎となる側の溶液を反応領域へ導入しないように構成することも可能であり、これにより高濃度に濃縮された混合溶液を選択的に反応処理領域へ導くことも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明を適用できる第1の実施形態の生化学反応システムの斜視図である。
【図2】(a)は、本発明を適用できる第1の実施形態のマイクロチップの平面図であり、(b)は図2(a)のA−A断面図である。
【図3】図2(a)の第1の上流流路9と第2の上流流路10の合流部付近の拡大図である。
【図4】本発明を適用できる第2の実施形態の第1の上流流路9と第2の上流流路10の合流部付近の拡大図である。
【図5】(a)は、本発明を適用できる第3の実施形態のマイクロチップの平面図であり、(b)は、(a)の第1の上流流路9と第2の上流流路10の合流部付近の拡大図であり、(c)は、(b)において上流流路10に分岐流路42を設けた図である。
【図6】本発明を適用できる第4の実施形態のマイクロチップの平面図である。
【図7】本発明を適用できる第5の実施形態のマイクロチップの平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0020】
本発明において反応処理とは、物理、化学、生化学反応に関わらず反応を生じさせる処理のことである。反応処理に利用する物質の組み合わせとしては、物理反応処理(吸着)における固相担体(ビーズ)と検体(核酸や蛋白質など)や、化学反応処理(結合反応)における検体と標識物質などが挙げられる。また、生化学反応処理であればPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)における検出対象の核酸、PCR用核酸プライマー、PCR増幅用の塩基およびポリメラーゼ酵素などが挙げられる。
【0021】
特に、生化学反応処理(及び生化学反応処理装置)においては、酵素など時間とともに活性が低下する物質を利用するので、個別に冷却保存が必要な試薬等があり、本発明の効率的な混合方法が効果を発揮する。
【0022】
本発明において、使用される流体としては、液体、半固体、ゾル−ゲル状等の形態が挙げられるが、主に液体を使用する。反応処理に利用する物質を有する流体とは、その物質を溶解している溶液が一般的であるが、これに限らず懸濁した状態等も含まれる。
【0023】
また、本発明においては、反応装置を通常に使用する場合に液体が流れる方向の上流側にある流路を上流流路とし、下流側に存在する反応処理領域としているが、必ずしも常に同じ方向に流れている必要はない。
【0024】
本発明は、合流流路を流れる少なくとも一つの流体中において、他の流体と接する側に反応処理に利用する物質を密集させる手段を有する。旋回等の攪拌により物質の存在を均一化させるのではなく、局所的に物質を密集させる手段を用いる。これにより、複数種の物質が互いに高濃度に存在する領域が合流流路中に形成され、これを反応処理領域に導入することで効率的な反応処理を実現する。すなわち、高濃度な2種の溶液を均一に混合させる系と同等の効果を生じるため、予め高濃度に濃縮した溶液を調整する手間もなくなる。
【0025】
密集させる手段としては、液体の流れ方向と垂直な方向に対して前記反応処理対象物質の濃度分布を発生させる手段が挙げられる。より具体的には、電界発生手段であることが好ましいが、物質によっては磁界発生手段や、超音波発生手段を用いて、濃度分布を発生させ、他の流体と接する側に反応処理に利用する物質を密集させてもよい。
【0026】
電界発生手段としては、少なくとも一つの上流流路に電界発生領域を設ける構成が挙げられる。これにより、異なる流体中の2種以上の物質が互いに溶質濃度の高い状態で存在する領域を流体同士の接触領域やその近傍に形成することが可能となる。その結果、高濃度な反応場を下流の反応領域に導入することができる。
【0027】
また電界発生手段として、合流流路に電界発生領域を設けることで、溶質濃度の高い領域を流体同士の接触領域やその近傍、または一方の溶液中に形成することが可能となる。その結果、高濃度な反応場を下流の反応領域に導入することができる。
【0028】
複数種の異なる溶液を混合する場合に少なくとも1つの溶液上流流路に溶液内の溶質濃度分布を変化させる電界発生領域を設け、かつ電界発生領域を合流流路近傍に設けることで、密集された濃度の高い溶液が上流流路内で拡散する割合を減少させることができる。その結果、高濃度の溶液を確実に他の流体に接するように送液することが可能となり、溶液間の濃縮的な混合(濃縮混合)を促進できる。また、電界発生領域を合流流路近傍に設けることで、密集させた濃度の高い溶液が上流流路の壁面に接触する確率を低減できる。その結果、合流前に上流流路に付着してしまう溶質の量も削減される。
【0029】
電界発生領域を設けた上流流路内に溶液の一部を分流する分岐流路を設けることで、電界発生領域により濃度を高くした溶質が、低濃度部分に移動することを防止できる。その結果、高濃度の溶液を確実に合流流路に送液可能となり、高濃度領域の実現を促進できる。
【0030】
また、合流流路内に溶液の一部を分流する分岐流路を設けることで、電界発生領域により他の流体と接する側に濃度を高くした溶質が、反対側の低濃度部分に移動することを防止できる。その結果、高濃度の溶液を確実に反応処理領域に送液可能となり、反応処理の効率化を促進できる。
【0031】
電界発生領域の配置は、上述したように、合流した流体同士が接する側に流体中の物質を密集させることが目的であり、この効果を充分に享受するためには、上流流路と合流流路が接続する合流位置40(図2(a)、図3に図示)の近傍に配置されることがより好ましい。流路の形状や流速等により、好ましい配置の範囲は変化するので一概には言えないが、合流時に接触する流体が流れる側の壁面と、これに対向する最も遠い壁面との距離が図3に示すようにdである場合、流体同士が初めて接触する合流点40から、dの5倍以内の距離に配置するのが好ましい。例えば、図3に示す構成において、dが100μmである場合、合流点40と、電極28の端部との距離が500μm以内になるように配置されることが好ましい。
【0032】
溶液内の溶質濃度分布を変化させる手段を誘電泳動により行うことで、電界を発生する電極に交流を使用可能となり電極の腐食や電極での泡の発生を防止することができる。
【0033】
誘電泳動に用いる電極は、不均一な電場を発生させるものであれば良いが、一般的には、大きさや、形状の異なる2つの電極を対向させることでこれを構成することができる。
【0034】
本発明で合流させる複数種の液体は、それぞれ使用目的に応じて適宜設定すればよい。例えば、同じ組成であっても、組成濃度が異なる2種以上を混合する場合や、さらには組成濃度が同じであっても酵素等の合成時期が異なる2種以上の液体同士を混合する場合も利用できる。但し、生化学反応処理等の反応処理においては、合流前に保存環境や処理のプロセスが異なる液体同士を混合する構成が好ましい。例えば、人または動物等から抽出したDNAを含むサンプルの被処理物と、サンプルに対してPCR反応処理を行うための酵素等を有する試薬とを合流させる構成等が好ましい。
【0035】
また、本発明においては、上流流路の一方が更に複数の処理を行うための流路等に連結していると良い。例えば、更に上流の流路において、血液サンプル中からの核酸の抽出工程や核酸の分離工程等を行い、この被処理サンプルを上流流路の一方に配し、他方をPCR反応処理を行うための酵素等の試薬を配することで、これを本発明の合流流路で混合させることができるようになる。
【0036】
〔第1の実施形態〕
以下に本発明を適用できる第1の実施形態を図1〜図5を用いて説明する。
【0037】
図1は生化学反応システムの斜視図である。生化学反応システム1にはマイクロチップ2を挿入・排出するセット部3が設けられている。また生化学反応システム1上面には動作状況・検査結果等を表示する表示部4が設けられている。
【0038】
図2(a)はマイクロチップの平面図である。マイクロチップ2には第1の導入口5と第2の導入口7が設けられており、第1の導入口5は第1のチャンバー6に連通している。第1のチャンバー6は第1の上流流路9に連通しており、第1の上流流路9は合流流路11に連通し、合流流路11は主流路12に連通している。主流路12は第1の廃液チャンバー13に連通しており、第1の廃液チャンバー13は第1の開口14に連通している。第2の導入口7は第2のチャンバー8に連通している。第2のチャンバー8は第2の上流流路10に連通しており、第2の上流流路10は合流流路11に連通している。主流路12には主流路12中の溶液の生化学反応を行うための、加熱・冷却の熱処理を行う熱処理領域15が設けられている。また加熱・冷却による生化学反応後に反応結果を検出するための検出領域16が加熱・冷却の熱処理領域15の下流に設けられている。第1の導入口5と第2の導入口7と第1の開口14には不図示ではあるがシートが貼り付けられている。シートを貼り付けることで第1の導入口5と第2の導入口7と第1の開口14から異物がマイクロチップ2内に侵入するのを防止している。図1で説明したようにマイクロチップ2を生化学反応システム1のセット部3に挿入すると生化学反応システム1内に設けられた穿孔部材により図2(a)で示したシートに開口が形成される。そしてシートの開口から第1の導入口5には試薬が導入され、第2の導入口7には検体溶液が導入される。試薬・検体溶液を導入後に、シートの開口部に気密に接合する接合部を介してポンプにより空気を送り込むことで第1のチャンバー6・第2のチャンバー8内の試薬・検体溶液を上流流路に送液する。第1の開口14に貼り付けられたシートにも穿孔部材により開口が形成され大気連通となる。第1の開口14上に設けられたシートの開口部に気密に接合する接合部を介してポンプにより吸引を行うことで送液を補助しても良い。
【0039】
図2(b)は図2(a)のマイクロチップ2のA−A断面図である。マイクロチップ2はカバープレート17とベースプレート18を気密に熱接合することで構成されている。カバープレート17とベースプレート18は、樹脂を使用し射出成形により製作してもガラスにエッチングにより流路を形成しても良い。図2(a)では不図示であったが、第2の導入口7には第1のシート19が貼り付けられており、第1の開口14には第2のシート20が貼り付けられている。
【0040】
図3は図2(a)の第1の上流流路9と第2の上流流路10の合流部付近の拡大図である。第2の上流流路10には第1の電極27と第2の電極28が対向して設けられている。第1の電極27と第2の電極28は交流電源29に電気的に接続されている。第1の電極27と第2の電極28は第2の上流流路10の合流流路11近傍に対向して設けられている。第1の電極27と第2の電極28の第2の上流流路10と接する部分は、第1の電極27のほうが第2の電極28より小さく形成されている。第1の電極27と第2の電極28の第2の上流流路10と接する部分の大きさが異なるため第1の電極27と第2の電極28の間には不均一な電場が生じる。すなわち第1の電極27と第2の電極28の間の電気力線30には粗密部が存在する。第1の上流流路9には反応処理に利用する物質である塩基またはプライマー24(●は全て塩基またはプライマーを表す)が含まれた試薬が図2(a)で示した第1のチャンバー6から送液される。第2の上流流路10には、別の反応処理に利用する物質である検体25(〇は全て検体を表す)が含まれた溶液が図2(a)で示した第2のチャンバー8から送液される。第1の電極27と第2の電極28付近の検体は、第1の電極27と第2の電極28の間に生じる電場の影響(誘電泳動)により図中矢印の方向に偏向される。偏向された検体は検体溶液内で濃縮された状態で合流流路11内に導入される。
【0041】
誘電泳動は電気動力学現象の1つであり、外部より印加された不均一電場により印加された不均一電場により誘起された粒子内の双極子モーメントと外部電場の相互作用により粒子に力が作用する。誘電泳動は電気泳動と異なり、粒子自体が有している電荷に依存せず、印加周波数、印加電圧、溶媒・粒子の導電率・誘電率及び微粒子の大きさに依存する。粒子に作用する力の方向は周波数によって変化する。周波数によっては、正の誘電泳動が作用し微粒子が最も電場強度の強い方向に移動する場合と、負の誘電泳動が作用し微粒子が電場強度の強い領域から反発力を受け電場強度の弱い方向に移動する場合がある。正の誘電泳動の場合、電場を生じるための電極に微粒子が吸着する場合がある。そのため本発明では、負の誘電泳動により微粒子を偏向している。
(参考文献:BUNSEKI KAGAKU Vol.54,No.12,pp1189−1195)
検体は検体溶液内で濃縮された結果、試薬溶液との界面部分の検体の濃度が高い状態で試薬溶液と接触する。
【0042】
拡散は、溶液中での溶質が薄まる方向へ移動する現象である。単位面積を通って単位時間に拡散する溶質の量は、濃度の勾配に比例する。そのため溶液間の溶質の濃度差が大きい場合には濃度差が小さい場合に比較して拡散する溶質の量が増加する。そして拡散する溶質から拡散すべき領域までの距離が短いほど短時間で拡散する。そのため検体の濃度を高めない場合と比較して、試薬溶液との界面部分の検体の濃度が高い状態で検体溶液と塩基・プライマーが含まれた試薬を接触させることで、局所的な拡散が促進され混合は短時間で行われる。
【0043】
第1の電極27と第2の電極28付近の検体は、第1の電極27と第2の電極28の間に生じる電場の影響(誘電泳動)により図中矢印の方向に偏向される。第1の電極27と第2の電極28を合流流路11の近傍位置に配置すると、濃縮された検体が上流流路10内で拡散する前に合流流路11に導入される。濃縮した検体が拡散せずに濃度が高い状態で混合でき、流体が接する部分での混合効率が向上する。また第1の電極27と第2の電極28を合流流路11近傍に設けることにより、検体の濃度が高い溶液が上流流路壁面と接触する領域を削減できる。その結果、上流流路10に付着する溶質の量を削減できる。
以上より図3で示したように、第1の電極27と第2の電極28を好ましくは合流流路11近傍に設けるほうが良い。
【0044】
〔第2の実施形態〕
以下に本発明を適用できる第2の実施形態を図4を用いて説明する。
図4は上流流路の合流部付近の拡大図である。第2の実施形態は、第1の実施形態に対して第1の電極40と第2の電極41の位置が変更されている。その他の構成は第1の実施形態と同様である。合流流路11には第1の電極40と第2の電極41が対向して設けられている。第1の電極40と第2の電極41は交流電源29に電気的に接続されている。第1の電極40と第2の電極41の合流流路11と接する部分は、第1の電極40のほうが第2の電極41より小さく形成されている。第1の電極40と第2の電極41の合流流路11と接する部分の大きさが異なるため第1の電極40と第2の電極41の間には不均一な電場が生じる。すなわち第1の電極40と第2の電極41の間の電気力線30には粗密部が存在する。第1の上流流路9には塩基・プライマー24(●は全て塩基またはプライマーを表す)が含まれた試薬が送液される。第2の上流流路10には検体25(〇は全て検体を表す)が含まれた溶液が送液される。第1の電極40付近の検体は第1の電極40と第2の電極41の間に生じる電場の影響(誘電泳動)により図中矢印の方向に偏向される。偏向された検体は塩基・プライマーが含まれた試薬側へ移動し濃縮される。その結果、検体の濃度の高い部分と塩基・プライマーが含まれた試薬間での拡散が促進され混合は短時間で行われる。第1の電極40から離れた位置では、電気力線の粗密変化が乏しい。そのため塩基・プライマー24は電場の影響(誘電泳動)により偏向されにくい。
【0045】
〔第3の実施形態〕
以下に本発明を適用できる第3の実施形態を図5(a)〜図5(c)を用いて説明する。
図5(a)はマイクロチップ2の平面図である。第3の実施形態は、第1の実施形態に対して第1の分岐流路21・第2の廃液チャンバー22・第2の開口23が追加されている。その他の構成は第1の実施形態と同様である。合流流路11には第1の分岐流路21が連通している。第1の分岐流路21は第2の廃液チャンバー22に連通している。第2の廃液チャンバー22は第2の開口23に連通している。第2の開口23には不図示ではあるがシートが貼り付けられている。第2の開口23から異物がマイクロチップ2内に侵入するのを防止している。第1の実施形態において図1・図2(a)を用いて説明したように、マイクロチップ2を生化学反応システム1のセット部3に挿入すると生化学反応システム1内に設けられた穿孔部材によりシートに開口が形成される。第2の開口23上に設けられたシートの開口部に気密に接合する接合部を介してポンプにより吸引を行うことで送液を補助しても良い。
図5(b)は図5(a)の第1の上流流路9と第2の上流流路10の合流部付近の拡大図である。第2の上流流路10には第1の電極27と第2の電極28が対向して設けられている。第1の電極27と第2の電極28は交流電源29に電気的に接続されている。第1の電極27と第2の電極28は第2の上流流路10の合流流路11近傍に対向して設けられている。第1の電極27と第2の電極28の第2の上流流路10と接する部分は、第1の電極27のほうが第2の電極28より小さく形成されている。第1の電極27と第2の電極28の第2の上流流路10と接する部分の大きさが異なるため第1の電極27と第2の電極28の間には不均一な電場が電場が生じる。すなわち第1の電極27と第2の電極28の間の電気力線32には粗密部が存在する。合流流路11には流路隔壁26が設けられており、流路隔壁26により分岐された第1の分岐流路21が設けられている。第1の上流流路9には塩基・プライマー24(●は全て塩基またはプライマーを表す)が含まれた試薬が図4で示した第1のチャンバー6から送液される。第2の上流流路10には検体25(〇は全て検体を表す)が含まれた溶液が図5(a)で示した第2のチャンバー8から送液される。第1の電極27と第2の電極28付近の検体は第1の電極27と第2の電極28の間に生じる電場の影響(誘電泳動)により図中矢印の方向に偏向される。偏向された検体は検体溶液内で濃縮された状態で合流流路11内に導入される。第1の分岐流路21には検体が含まれた溶液の溶媒部が導入される。
【0046】
検体は検体溶液内で濃縮された結果、試薬溶液との界面部分の検体の濃度が高い状態で試薬溶液と接触する。
【0047】
検体の濃度を高めない場合と比較して、試薬溶液との界面部分の検体の濃度が高い状態で検体溶液と塩基・プライマーが含まれた試薬を接触させることで、拡散が促進され混合は短時間で行われる。第1の分岐流路21に検体が含まれた溶液の溶媒部を導入することで、合流流路11内で第1の分岐流路21内の溶媒部に合流流路11内の検体が拡散するのを防止できる。その結果、試薬溶液との界面部分の検体の濃度が高い状態で検体溶液と塩基・プライマーが含まれた試薬を確実に接触させることが可能となり、拡散が促進され混合は短時間で行われる。
【0048】
第1の電極27と第2の電極28付近の検体は、第1の電極27と第2の電極28の間に生じる電場の影響(誘電泳動)により図中矢印の方向に偏向される。第1の電極27と第2の電極28を合流流路11の近傍位置に配置することで濃縮された検体25が拡散せずに合流流路11に導入される。その結果、合流流路11内に到達し、第1の分岐流路21内に入る検体25は減少する。第1の分岐流路21内の溶液は混合には使用されないため第1の分岐流路21内に導入される検体は少ないことが望まれる。濃縮した検体が拡散し濃度が低下することは混合効率低下を招くため好ましくない。また第1の電極27と第2の電極28を合流流路11近傍に設けると検体の濃度が高い溶液が上流流路壁面と接触する領域を削減できる。その結果、上流流路11に付着する溶質の量を削減できる。
【0049】
以上より図5(b)で示したように、第1の電極27と第2の電極28を好ましくは合流流路11近傍に設けるほうが良い。
【0050】
図5(c)は、図5(b)において第1の電極27と第2の電極28を移動し、流路隔壁43を上流流路10内に設け、流路隔壁43により上流流路10から分岐された分岐流路42が設けられている。第1の電極27と第2の電極28付近の検体は、第1の電極27と第2の電極28の間に生じる電場の影響(誘電泳動)により図中矢印の方向に偏向される。偏向された検体は検体溶液内で濃縮された状態で上流流路10内を通って合流流路11内に導入される。第1の分岐流路42には検体が含まれた溶液の溶媒部が導入される。第1の分岐流路42に検体が含まれた溶液の溶媒部を導入することで、濃縮した検体が第1の分岐流路42内の溶媒部に拡散するのを防止できる。その結果、試薬溶液との界面部分の検体の濃度が高い状態で検体溶液と塩基・プライマーが含まれた試薬を確実に接触させることが可能となり、局所的な高濃度の混合状態が形成される。
【0051】
〔第4の実施形態〕
以下に本発明を適用できる第4の実施形態を図6を用いて説明する。
図6は第4の実施形態のマイクロチップの上面図である。第4の実施形態は、第3の実施形態に対してマイクロチップ2に第3の導入口31・第3のチャンバー32・第3の上流流路33を設けた点が第2の実施形態と異なる点である。その他の部分の構成は第3の実施形態と同様であるので説明は省略する。
図6において、第3の導入口31は第3のチャンバー32に連通している。第3のチャンバー32は第3の上流流路33に連通しており、第3の上流流路33は第1の上流流路9に連通している。このように構成することで検体以外に2種類の試薬を供給することが可能となる。更に導入口・チャンバー・上流流路を追加することで供給可能な試薬数を増加することは可能である。
【0052】
〔第5の実施形態〕
以下に本発明を適用できる第5の実施形態を図7を用いて説明する。
図7は第5の実施形態のマイクロチップの上面図である。第5の実施形態は、第3の実施形態に対してマイクロチップ2に第4の導入口34・第4のチャンバー35・第4の上流流路36・第2の分岐流路39・第3の廃液チャンバー37・第3の開口38を設けた点が第3の実施形態と異なる点である。その他の部分の構成は第3の実施形態と同様であるので説明は省略する。
図7において、第4の導入口34は第4のチャンバー35に連通している。第4のチャンバー35は第4の上流流路36に連通しており、第4の上流流路36は合流流路11に連通している。第2の分岐流路39は合流流路11に連通している。第2の分岐流路39は第3の廃液チャンバー37に連通しており、第2の廃液チャンバー37は第3の開口38に連通している。第2の分岐流路39には、第2の実施形態の第2の上流流路10と同様に電極が設けられている。このように構成することで第4の導入口34に誘電泳動により濃縮可能な溶質を含む溶液を導入し、第4の上流流路36内で溶質を濃縮し、合流流路11に導入することが可能となる。そして第1の上流流路9と第2の上流流路10から合流流路11に導入された溶液と第4の上流流路36から合流流路11に導入された溶液の混合を促進することが可能となる。第2の分岐流路39には第4の導入口34に導入された溶液の溶媒の一部が分流される。
また、導入口・チャンバー・上流流路・分岐流路・廃液チャンバー・開口を追加することで供給可能な試薬類を増加することは可能である。
【符号の説明】
【0053】
9 第1の上流流路
10 第2の上流流路
11 合流流路
24 塩基・プライマー
25 検体
27・40 第1の電極
28・41 第2の電極
29 交流電源
30 電気力線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
反応処理に利用される物質を有する流体の複数種をそれぞれ合流して下流の反応処理領域へ導く反応処理装置であって、前記複数種の流体をそれぞれ流す複数の上流流路と、前記上流流路の複数と連通し、合流した流体を下流の反応処理領域に導くための合流流路と、前記合流流路を流れる少なくとも一つの流体中において、他の流体と接する側に前記物質を密集させる手段と、を有することを特徴とする反応処理装置。
【請求項2】
前記密集させる手段は、前記複数の上流流路の少なくとも一つに、液体の流れ方向と垂直な方向に対して前記物質の濃度分布を発生させる手段である請求項1に記載の反応処理装置。
【請求項3】
前記密集させる手段は、前記合流流路に配置され、液体の流れ方向と垂直な方向に対して前記物質の濃度分布を発生させる手段である請求項1に記載の反応処理装置。
【請求項4】
前記濃度分布を発生させる手段は、電界発生領域を有する電界発生手段である請求項2または3に記載の反応処理装置。
【請求項5】
前記電界発生領域を前記上流流路と前記合流流路が接続する合流位置の近傍に設けたことを特徴とする請求項4に記載の反応処理装置。
【請求項6】
前記上流流路内に前記溶液の一部を分流する分岐流路を設けたことを特徴とする請求項1または4〜5のいずれかに記載の反応処理装置。
【請求項7】
前記合流流路内に前記液体の一部を分流する分岐流路を設けたことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の反応処理装置。
【請求項8】
前記電界発生手段が前記反応処理に利用される物質の誘電泳動を誘起する手段であることを特徴とする請求項4〜7のいずれかに記載の反応処理装置。
【請求項9】
前記反応処理領域が、加熱または冷却を行う熱処理領域を有する請求項1〜8のいずれかに記載の反応処理装置。
【請求項10】
前記反応処理領域が、反応を検出する処理を行う処理領域を有する請求項1〜9のいずれかに記載の反応処理装置。
【請求項11】
前記反応処理が、生化学反応処理であることを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の生化学反応処理装置。
【請求項12】
前記反応処理に利用される物質が、検出対象の核酸、PCR用核酸プライマー、PCR増幅用の塩基およびポリメラーゼ酵素の少なくともいずれかである請求項1〜11のいずれかに記載の生化学反応処理装置。
【請求項13】
反応処理に利用される物質を有する流体の複数種をそれぞれ合流して下流の反応処理領域へ導く反応処理方法であって、前記複数種の流体を複数の上流流路を用いて上流から流して合流させる際に、少なくとも一つの流体中において、他の流体と接する側に前記物質を密集させることを特徴とする反応処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−22031(P2011−22031A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−167906(P2009−167906)
【出願日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】