受動Qスイッチレーザ装置
【課題】小型化が可能であってピーク強度の低下を抑制しつつ偏光方向が安定したパルス状のレーザ光を出力可能な受動Qスイッチレーザ装置を提供する。
【解決手段】レーザ装置10は、光共振器12の一対の反射手段12A,12B間に配置されると共に励起されて光を放出するレーザ媒質11と、一対の反射手段間であって光共振器12の光軸L上に配置されると共にレーザ媒質からの放出光21の吸収に伴って透過率が増加する可飽和吸収体14と、レーザ媒質を励起する波長の光22を出力する励起光源部13とを備える。上記可飽和吸収体14は、互いに直交する第1〜第3の結晶軸を有する結晶体であり、互いに直交する2つの偏光方向の放出光に対してそれぞれ異なる透過率を有するように光共振器12内に配置されている。この場合、より透過率の大きい偏光方向の放出光に対してレーザ発振が生じる結果、偏光方向の安定したレーザ光を得られる。
【解決手段】レーザ装置10は、光共振器12の一対の反射手段12A,12B間に配置されると共に励起されて光を放出するレーザ媒質11と、一対の反射手段間であって光共振器12の光軸L上に配置されると共にレーザ媒質からの放出光21の吸収に伴って透過率が増加する可飽和吸収体14と、レーザ媒質を励起する波長の光22を出力する励起光源部13とを備える。上記可飽和吸収体14は、互いに直交する第1〜第3の結晶軸を有する結晶体であり、互いに直交する2つの偏光方向の放出光に対してそれぞれ異なる透過率を有するように光共振器12内に配置されている。この場合、より透過率の大きい偏光方向の放出光に対してレーザ発振が生じる結果、偏光方向の安定したレーザ光を得られる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、受動Qスイッチレーザ装置に関するものある。
【背景技術】
【0002】
受動Qスイッチレーザ装置(以下、単に、「レーザ装置」という)は、パルス光を生成するレーザ装置であって、分光計測、形状計測、非線形結晶励起等に利用される。このレーザ装置として、光共振器を構成する一対のミラー(反射手段)間にレーザ媒質と共に可飽和吸収体が配置されたものがある。この構成では、励起されたレーザ媒質からの放出光が可飽和吸収体に入射すると、放出光は可飽和吸収体によって吸収される。この放出光の吸収に伴い可飽和吸収体の励起準位の電子密度が次第に増加するが、ある時点で励起準位が満たされて励起準位の電子密度が飽和すると、可飽和吸収体は透明化する。この時、光共振器のQ値が急激に高まりレーザ発振が生じてパルス光が発生する。
【0003】
ところで、非線形光学結晶を利用した波長変換や、直線偏光を利用した形状計測などのために、レーザ装置からのレーザ光の偏光方向は制御されて安定していることが望まれている。このレーザ光の偏光方向を制御する方法として、偏光素子をレーザ媒質と可飽和吸収体との間に配置する技術がある(例えば、非特許文献1〜3参照)。
【非特許文献1】A. V. Kir’yanov and V. Aboites, “Enhancing type-II optical second-harmonic generation by the use of a laser beam with a rotating azimuth of polarization” APPLIED PHYSICS LETTERS, 12 FEBURUARY 2001,Vol.78, No.7 pp874-876.
【非特許文献2】Alexander V. Kir’yanov and Vicente Aboites, “Second-harmonic generation by Nd3+:YAG/Cr4+:YAG-laser pulses with changing state of polarization”, J. Opt. Soc. Am. B, October 2000, Vol.17, No.10, pp1657-1664
【非特許文献3】A. V. Kir’yanov, J. J. Soto-Bernal, and V.J. Pinto-Robledo, “SHG by a Nd3+:YAG /Cr4+:YAG laser pulse with changing-in-time polarization”, Advanced Solid-State Lasers, 2002, Vol.68, pp88-92.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来のように、光共振器内に偏向素子を配置すると、光共振器長が長くなる結果、パルス幅が広がりピークパワーが低下したり、小型化が困難であるという問題点があった。
【0005】
そこで、本発明は、小型化が可能であって、ピーク強度の低下を抑制しつつ偏光方向が安定したパルス状のレーザ光を出力可能な受動Qスイッチレーザ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明に係る受動Qスイッチレーザ装置は、光共振器を構成する一対の反射手段間に配置されると共に、励起されて光を放出するレーザ媒質と、上記一対の反射手段間であって光共振器の光軸上に配置されると共に、レーザ媒質から放出された放出光の吸収に伴って透過率が増加する可飽和吸収体と、レーザ媒質を励起する波長の光を出力する励起光源部と、を備え、可飽和吸収体は、互いに直交する第1〜第3の結晶軸を有する結晶体であり、レーザ媒質から放出される互いに直交する2つの偏光方向の放出光に対してそれぞれ異なる透過率を有するように光共振器内に配置されていることを特徴とする。
【0007】
この場合、励起光源部から出力された光によってレーザ媒質が励起されると、レーザ媒質は光を放出し、可飽和吸収体はレーザ媒質からの放出光を吸収して励起される。この可飽和吸収体は、放出光の吸収に伴い励起準位の電子密度が増加することで透過率が増加していき、励起準位が満たされたときにほぼ透明化する。その結果、放出光は、光共振器で共振してレーザ発振を生じるので、パルス状のレーザ光が出力される。
【0008】
そして、上記構成では、第1〜第3の結晶軸を有する結晶体としての可飽和吸収体は、互いに直交する偏光方向の放出光に対して透過率がそれぞれ異なるように光共振器内に配置されていることから、透過率のより大きい偏光方向の放出光に対してレーザ発振が生じる。すなわち、可飽和吸収体によって偏光方向が制御される結果、偏光方向の安定したレーザ光が生成される。この場合、偏光方向制御用の他の部品(例えば、偏光素子)などを光共振器内に配置しなくてもよいので、光共振器長を短くすることが可能である。その結果、光共振器長が長くなることよるパルスのピーク強度の低下を抑制でき、かつ、小型化も可能である。
【0009】
また、本発明に係る受動Qスイッチレーザ装置においては、可飽和吸収体の第1の結晶軸と光共振器の光軸とのなす第1の角度をθとし、第2の結晶軸と第3の結晶軸を含む平面への光軸の投射影と第2の結晶軸とのなす第2の角度をφとしたとき、第1の角度θ及び第2の角度φが、それぞれ下記式(1)及び式(2)を満たしていることが好ましい。
【数1】
【数2】
ただし、m=0,1,2,3であり、ζは
【数3】
を満たす。
【0010】
この場合、第1の角度θ及び第2の角度φが式(1)及び式(2)を満たすことで、互いに直交する2つの偏光方向の放出光に対して可飽和吸収体が有する透過率の差がより大きくなる傾向にある。その結果、偏光方向の制御が更に確実になり、偏光方向がより安定したレーザ光を出力することができる。
【0011】
また、本発明に係る受動Qスイッチレーザ装置においては、第1の角度θがπ/2であって、第2の角度φがπ/4であることが好ましい。この場合、第1の結晶軸のみが光軸に略直交する平面内に含まれる。結晶軸に平行な偏光方向の放出光に対して透過率は大きくなる傾向にあるので、この場合、第1の結晶軸に略平行な偏光方向のレーザ光を安定して生成することができる。
【0012】
更に、本発明に係る受動Qスイッチレーザ装置の可飽和吸収体が、Cr4+:YAG結晶であって、第1の結晶軸は<001>軸であり、第2の結晶軸は<100>軸であり、第3の結晶軸は<010>軸であることが好ましい。
【0013】
Cr4+:YAG結晶は異方性を有しており、第1〜第3の結晶軸をそれぞれ<001>軸、<100>軸、<010>軸とすることで、互いに直交する偏光方向の放出光に対して透過率の差を有する。その結果、偏光方向の安定したレーザ光を出力可能である。特に、φがπ/4であって、θがπ/2であるときには、放出光の可飽和吸収体への入射方向は<110>方位になる。この場合、互いに直交する偏光方向の放出光に対する透過率の差が最大になる傾向にあり、受動Qスイッチレーザ装置から出力されるレーザ光の偏光方向を確実に安定化できる。
【0014】
更にまた、本発明に係る受動Qスイッチレーザ装置の可飽和吸収体が、V:YAG結晶であって、第1の結晶軸は<001>軸であり、第2の結晶軸は<100>軸であり、第3の結晶軸は<010>軸であることが好ましい。
【0015】
V:YAG結晶は異方性を有しており、第1〜第3の結晶軸をそれぞれ<001>軸、<100>軸、<010>軸とすることで、互いに直交する偏光方向の放出光に対して透過率の差を有する。その結果、偏光方向の安定したレーザ光を出力可能である。特に、φがπ/4であって、θがπ/2であるときには、放出光の可飽和吸収体への入射方向は<110>方位になる。この場合、互いに直交する偏光方向の放出光に対する透過率の差が最大になる傾向にあり、受動Qスイッチレーザ装置から出力されるレーザ光の偏光方向を確実に安定化できる。
【0016】
また、本発明に係る受動Qスイッチレーザ装置の可飽和吸収体としては、GaAsも考えらえる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の受動Qスイッチレーザ装置によれば、小型化が可能であって、ピーク強度の低下を抑制しつつ偏光方向が安定したパルス状のレーザ光を出力することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面を参照して本発明の受動Qスイッチレーザ装置の好適な実施形態について説明する。
【0019】
図1に示すように、受動Qスイッチレーザ装置(以下、単に「レーザ装置」と称す)10は、レーザ媒質としてのNd:YAG結晶11を有している。Nd3+:YAG結晶11は、波長808nm付近の光で励起され、上準位から下準位への遷移の際に波長約1064nmの光を放出する。なお、以下の説明では、Nd3+:YAG結晶11から放出される光を放出光21と称す。
【0020】
このNd3+:YAG結晶11は、光共振器12内に配置されており、この光共振器12は互いに対向する一対のミラー(反射手段)12A,12Bからなっている。そして、ミラー12Aは波長約808nmの光を透過すると共に波長約1064nmを高反射率で反射し、ミラー12Bは波長約1064nmの光の一部を透過すると共に残りを反射させる。なお、ミラー12Aは、Nd3+:YAG結晶11の端面に形成された誘電体多層膜としてもよい。
【0021】
この光共振器12の外側には、Nd3+:YAG結晶11を励起するための波長約808nmの光(励起光)22を出力する励起光源部13が設けられている。励起光源部13は、例えば、波長約808nmの励起光22を出力する半導体レーザ素子と、その励起光22をミラー12Aを介してNd3+:YAG結晶11に入射するためのレンズ系とからなる。なお、励起光源部13としては、半導体レーザ素子を有するものとしたが、必ずしも半導体レーザ素子に限定されず、Nd3+:YAG結晶11を励起可能な波長の光を出力できれば良く、また、励起光源部13からの励起光22をNd3+:YAG結晶11に入射できればレンズ系はなくてもよい。
【0022】
また、レーザ装置10は、Qスイッチを実現するために可飽和吸収体としてのCr4+:YAG結晶14を更に有する。このCr4+:YAG結晶14は、互いに直交する<001>軸(第1の結晶軸)、<100>軸(第2の結晶軸)及び<010>軸(第3の結晶軸)を有する立方晶系の結晶体であり異方性を有する。
【0023】
Cr4+:YAG結晶14は、<001>軸が光共振器12の光軸Lに略直交すると共に、<110>方位と光軸Lとが略平行になるように、Nd3+:YAG結晶11とミラー12Bとの間の光軸L上に配置されている。
【0024】
すなわち、図2に示すように、光軸Lと<001>軸とのなす第1の角度をθとし、<100>軸及び<010>軸を含む平面(<100><010>平面)への光軸Lの投射影L1と<100>軸とのなす第2の角度をφとしたときに、θがπ/2でφがπ/4となっている。光共振器12内では、Nd3+:YAG結晶11からの放出光21は、光共振器12の光軸Lに沿って主に伝播するため、光軸Lの方向は、Nd3+:YAG結晶11からの放出光21のCr4+:YAG結晶14への入射方向(図中、矢印Aの方向)に相当する。
【0025】
このCr4+:YAG結晶14は、Nd3+:YAG結晶11から出力された放出光21が入射されると、その放出光21を吸収するが、その吸収に伴い透過率が増加し、励起準位の電子密度が増大して励起準位が満たされたときに透明化する。これによって、光共振器12のQ値が高まりレーザ発振が生じる。
【0026】
次に、このレーザ装置10の動作について説明する。図1に示すように、励起光源部13から波長約808nmの励起光22が出力されると、励起光22はミラー12Aを通ってNd3+:YAG結晶11に入射してNd3+:YAG結晶11を励起し反転分布を生じせしめる。そして、励起されたNd3+:YAG結晶11での上準位から下準位への遷移によって波長約1064nmの放出光21が放出されると、その放出光21はCr4+:YAG結晶14に入射してCr4+:YAG結晶14によって吸収される。この吸収に伴いCr4+:YAG結晶14の励起準位の電子密度が増大し飽和すると、Cr4+:YAG結晶14が透明化する結果、光共振器12のQ値が高まりレーザ発振が生じる。そして、ミラー12Bから波長約1064nmのレーザ光23が出力される。
【0027】
このレーザ装置10では、Cr4+:YAG結晶14を前述した配置関係で光共振器12内に配置し、放出光21を<110>方位に沿って入射させていることが重要である。すなわち、放出光21をCr4+:YAG結晶14の<110>方位に沿って入射することで、偏光方向が安定したレーザ光23を出力できる。これにより、レーザ装置10は、直線偏光を利用したエアロゾルの形状計測や、非線形光学結晶励起による波長変換などに好適に利用可能となっている。
【0028】
ここで、レーザ装置10から出力されるレーザ光23の偏光方向の安定性について、図3及び図4を利用して説明する。
【0029】
図3は、レーザ装置10から出力されるレーザ光23の偏光方向の安定性を調べるための測定システム30の概略図である。測定システム30は、レーザ装置10と、偏光ビームスプリッタ31と、パワーメータ32,33とを有する。偏光ビームスプリッタ31は、レーザ装置10から出力されたレーザ光23の光路上に配置され、レーザ光23をP偏光成分と、S偏光成分とに分岐する。そして、パワーメータ32は、偏光ビームスプリッタ31で分岐されたP偏光成分の光を受けてその強度を測定し、パワーメータ33は、S偏光成分の光を受けてその強度を測定する。なお、測定では、アライメントをずらして放出光21の偏光方向が変わりやすくするために光共振器12内の温度を25℃〜40℃まで変化させる。
【0030】
図4は、測定システム30で測定されたレーザ光23の偏光特性を示す図である。図4(a)は、レーザ光23のS偏光成分の強度の測定結果であり、横軸は、測定開始からの時間(分)を示し、縦軸はS偏光成分の強度(mJ)を示している。図4(b)はレーザ光23のP偏光成分の強度の測定結果であり、横軸は測定開始からの時間(分)を示し、縦軸はP偏光成分の強度の測定結果である。
【0031】
図4(a),(b)に示すように、光共振器12の温度変化によって放出光21の偏光方向が変わりやすくなっているにも拘わらず、レーザ装置10からは、S偏光のレーザ光23のみ出力されており、安定した偏光特性を実現できている。
【0032】
ここで、比較のために、従来の受動Qスイッチレーザ装置で採用されているように、Cr4+:YAG結晶14の<100>軸に沿って放出光21を入射した場合に出力されるレーザ光の偏光特性について説明する。この場合、偏光特性を得るための測定システム30は、図3と同様である。ただし、Cr4+:YAG結晶14を、その<100>軸と光軸Lとが平行になるように光共振器12内に配置し、Nd3+:YAG結晶11からの放出光21のCr4+:YAG結晶14への入射方向が<100>軸と平行になるようにした。
【0033】
図5は、この場合のレーザ光の偏光特性を示す図である。図5(a)はS偏光成分の強度の測定結果であり、図5(b)はP偏光成分の強度の測定結果である。なお、図5(a),(b)の横軸及び縦軸は、それぞれ図4(a),(b)と同様である。図5(a)、(b)に示すように、この場合には、S偏光及びP偏光のレーザ光が交互に出力されておりレーザ光の偏光状態が安定していない。
【0034】
したがって、図4と図5とを比較すれば明らかなように、レーザ装置10では、Cr4+:YAG結晶14の<110>方位を光軸Lと平行とし、<110>方位に放出光21を入射させることによって、前述したように偏光方向が極めて安定したレーザ光23を生成できている。
【0035】
次に、<110>方位に放出光21を入射することでレーザ光23の偏光方向を安定化できる理由について説明する。レーザ光23の偏光方向を安定化させるために、本発明者らは、Cr4+:YAG結晶14の透過率の偏光方向依存性に着目した。
【0036】
図6は、Cr4+:YAG結晶14の透過率の偏光方向依存性の測定システム40の構成を示す概略図である。
【0037】
この測定システム40では、偏光方向の安定した連続発振のYAGレーザ光源41を利用している。そして、YAGレーザ光源41から出力されるレーザ光24を、1/2波長板42を通してCr4+:YAG結晶14に入射し、Cr4+:YAG結晶14を透過したレーザ光24の強度をパワーメータ43で測定する。Cr4+:YAG結晶14への入射光の偏光方向は1/2波長板42にて回転させる。そして、予めCr4+:YAG結晶14のない状態で入射光強度を測定しておき、Cr4+:YAG結晶14を透過したレーザ光24をその光強度で割って透過率を求める。なお、Cr4+:YAG結晶14の<001>軸は、測定システム40の各構成要素を配置する定盤(不図示)に対して略垂直になるように配置している。
【0038】
先ず、従来のレーザ装置に対応させるように、Cr4+:YAG結晶14の<100>軸に沿ってレーザ光24を入射させた場合について説明する。図7は、Cr4+:YAG結晶へのYAGレーザ光源41からのレーザ光24の入射方向(図中、矢印B)及びレーザ光24の偏光方向(図中、矢印C)と、結晶軸との関係を示す概略図である。図7において、入射光であるレーザ光24の偏光成分を含む面(以下、偏光面という)50を円で示しており、偏光面50は入射方向Bに直交している。また、<001>軸と偏光方向Cとのなす第3の角度をβとしている。この測定において、1/2波長板42(図6参照)を回転させることは、偏光面50内で偏光方向Cを回転させる(βを0〜2πまで変化させる)ことに相当する。
【0039】
図8は、Cr4+:YAG結晶14の<100>軸に沿ってレーザ光24を入射させた場合の透過率の測定結果である。横軸は第3の角度β(ラジアン)を示しており、縦軸は透過率(%)を示している。なお、β=0、π/2は、偏光方向Cがそれぞれ<001>軸、<010>軸に平行な場合に相当する。図8に示すように、βがπ/2ずれる毎に、すなわち、偏光方向Cが<001>軸及び<010>軸にほぼ平行になるときにほぼ同じ透過率のピークが生じている。
【0040】
したがって、従来のレーザ装置で採用されているように、Cr4+:YAG結晶14を<100>軸と光共振器12の光軸Lとを平行に配置して<100>軸に沿って放出光21を入射させた場合、放出光21の偏光方向が<001>軸および<010>軸に平行であるときにレーザ発振が生じやすい。そして、両軸にそれぞれ平行な偏光方向の放出光21に対する透過率がほぼ等しいことから、どちらの偏光方向Cの放出光21に対しても同じようにレーザ発振が生じる。その結果、アライメントのずれなどによって生じる放出光21の偏光方向Cの変動に応じて、出力されるレーザ光の偏光方向も変動し、図5に示した結果となる。
【0041】
これに対して、レーザ装置10で採用しているように、Cr4+:YAG結晶14の<110>方位にレーザ光24を入射させる場合について説明する。図9は、Cr4+:YAG結晶14へのYAGレーザ光源41からのレーザ光24の入射方向B及び偏光方向Cと、結晶軸との関係を示す概略図である。なお、第3の角度βは、図7の場合と同様に偏光方向Cと<001>軸との間の角度である。図10は、この場合の透過率の測定結果である。
【0042】
図10に示すように、第3の角度βがπ/2ずれる毎に透過率のピークがあるが、図9に示すように、偏光面50には1つの結晶軸(すなわち、<001>軸)しかないため、偏光方向Cが<001>軸に平行な場合(β=0の場合)の透過率と、偏光方向Cが<001>軸に平行なときからπ/2回転した場合(β=π/2の場合)の透過率とにΔTだけ差が生じている。そのため、この差ΔTが生じるようにCr4+:YAG結晶14をレーザ装置10に組み込むことで、より大きな透過率を有する偏光方向Cの光に対してレーザ発振を生じせしめるようにレーザ発振を制御することが可能である。
【0043】
そして、前述したように、レーザ装置10では、Cr4+:YAG結晶14の<110>方位に放出光21(図1参照)を入射させているので、互いに直交する偏光方向の放出光21に対するCr4+:YAG結晶14の透過率に図10に示す差ΔTが生じる。この差ΔTが生じることによって、レーザ装置10では、放出光21の偏光方向Cが変動した場合でもより透過率の高い偏光方向Cの場合に対してのみレーザ発振が起こる。そのため、図4に示したような偏光方向の安定したレーザ光23を得ることができている。
【0044】
このように、レーザ装置10において、Cr4+:YAG結晶14は、Qスイッチ素子としての機能を有すると共に、偏光方向を制御する素子としての機能も有する。そのため、例えば、偏光方向を制御するために偏光素子などを光共振器12内に更に配置する必要がないので、光共振器12のミラー12A,12B間の距離を短くすることが可能である。これにより、パルス幅が短くなる結果、偏光方向の安定化を図りつつピーク強度の大きいパルス光を生成できる。
【0045】
そして、Cr4+:YAG結晶14で偏光方向を制御できることから、偏光方向を制御したまま、Nd3+:YAG結晶11とCr4+:YAG結晶14とをコンポジット化することも可能である。その結果、偏光方向の安定したレーザ光を出力できる高性能なマイクロチップレーザとすることも可能である。また、前述したように、偏光方向の制御のために、偏光素子などを別に配置する必要がないことからコストの低減も図ることもできる。
【0046】
ところで、図1に示したレーザ装置10では、Cr4+:YAG結晶14の<110>方位に放出光21を入射しているが、この場合に限定されない。前述したように、偏光方向及びレーザ発振は差ΔTによって制御できるので、互いに直交する2つの偏光方向の放出光21に対して透過率の差ΔTが生じるように、Cr4+:YAG結晶14が光共振器12に対して配置されていればよい。この場合のCr4+:YAG結晶14の光共振器12に対する配置としては、図2に示した第1の角度θ及び第2の角度φが以下の式(4)及び式(5)を満たしていることが好ましい。
【数4】
【数5】
ただし、m=0,1,2,3であり、ζは
【数6】
である。
【0047】
この式(4)及び式(5)を満たすことが好ましいのは、以下の理由による。ここでも、Cr4+:YAG結晶14の透過率の偏光方向依存性に基づいて説明する。透過率の偏光方向依存性を測定するための測定システムは、図6に示した測定システム40と同様である。図11は、Cr4+:YAG結晶14への入射光としてのレーザ光24(図6参照)の入射方向B及び偏光方向Cと、結晶軸との関係を示す概略図である。なお、図11において、第3の角度βは、入射方向B及び<001>軸を含む平面と、偏光方向Cとのなす角度である。
【0048】
先ず、θ=π/2、すなわち、Cr4+:YAG結晶14へのレーザ光24の入射方向Bが<100><010>面内にある場合を考える。ここで、レーザ光24の偏光方向Cがβ=0およびβ=π/2のときの透過率は、第2の角度φに対して図12(a)のように変化する。図12(a)において、横軸は第2の角度φ(ラジアン)を示し、縦軸は透過率(%)を示している。また、直線Iはβ=0の場合を示し、曲線IIはβ=π/2の場合を示している。この時の両者の透過率の差ΔTは図12(b)のようになる。図12(b)において、横軸は第2の角度φ(ラジアン)を示し、縦軸は差ΔT(%)を示している。
【0049】
図12(b)より、差ΔTが最も大きくなるのは、
【数7】
の場合である。ただし、m=0、1、2、3であり、以下同様とする。
【0050】
ここで、アライメントによるずれをカバーする範囲を差ΔTの最大値ΔTMAXの半分の値になるところとすると、偏光方向の制御に利用できる透過率の差ΔTを得るための第2の角度φの範囲は、
【数8】
である。
【0051】
次に、φ=π/4に固定、すなわち入射方向Bが、<001>軸及び<110>方位を含む面、すなわち、<001><110>面内にある場合を考える。この場合、レーザ光24の偏光方向Cがβ=0およびβ=π/2のときの透過率は、第1の角度θに対して図13(a)のように変化する。図13(a)の横軸は、第1の角度θ(ラジアン)を示し、縦軸は透過率(%)を示している。また、図12(a)の場合と同様に、直線Iは、β=0の場合を示し、曲線IIは、β=π/2の場合を示している。この両者の透過率の差ΔTは図13(b)のようになる。図13(b)において、横軸は第1の角度θ(ラジアン)を示し、縦軸は差ΔT(%)を示している。
【0052】
図13(b)より、差ΔTが最も大きくなるのは、
【数9】
のときである。
【0053】
この場合も、アライメントによるずれをカバーする範囲を、差ΔTの最大値ΔTMAXの半分の値になるところとすると、偏光方向の制御に利用できる透過率の差ΔTを得るための第1の角度θの範囲は、
【数10】
である。
【0054】
上記式(8)はθをπ/2に固定したときの式であり、式(10)はφをπ/4に固定したときの式であるが、図12及び図13に示すように、差ΔTの最大値(ΔTMAX)のときの角度とその半分の値((1/2)ΔTMAX)のときの角度との差はπ/8である。そこで、式(8)及び式(10)において、この第1の角度θと第2の角度φとが互いにπ/8まで変動することを許容できるとすると、偏光方向を制御可能な差ΔTの範囲は、式(4)及び式(5)を共に満たすときである。
【0055】
したがって、式(4)及び式(5)を満たす範囲で、Cr4+:YAG結晶14を光共振器12に対して配置することで、放出光21の偏光方向Cが変動しても、差ΔTによって偏光方向を制御できる。その結果、レーザ光23(図1参照)の偏光方向が安定する。なお、Cr4+:YAG結晶14を、その<110>方位が光共振器12の光軸Lに沿うように配置することは、式(4)及び式(5)において、θがπ/2であり、φがπ/4のときに相当する。この場合、図12及び図13の結果から差ΔTが最大になるため、レーザ光23の偏光方向を確実に制御できる。
【0056】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されない。例えば、可飽和吸収体としてCr4+:YAG結晶14を利用しているが、同様の結晶構造を有するV:YAG結晶を利用することも可能である。更に、可飽和吸収体として、GaAsを利用することも可能である。これらの場合も、可飽和吸収体への入射光の互いに直交する偏光方向に対して透過率に差ΔTが生じるように可飽和吸収体を配置することで、出力されるレーザ光の偏光方向を制御できると共に安定化することが可能である。この場合も、式(4)及び式(5)を満たして可飽和吸収体を光共振器12内に配置することが好ましく、可飽和吸収体の<110>方位に入射させることが更に好ましい。
【0057】
更に、レーザ装置10では、可飽和吸収体としてのCr4+:YAG結晶14とミラー12Bとは離して配置しているが、図14に示すレーザ装置60のように、Cr4+:YAG結晶14の端面上にミラー12Bを配置してもよい。これにより、光共振器12の光軸L方向の長さを更に短くでき、小型化が図れる。そして、ミラー12BをCr4+YAG結晶14の端面に形成した誘電体多層膜とすることで更に小型化が図れる。
【0058】
また、図15に示したレーザ装置61のように、偏光方向を制御したままレーザ媒質としてのNd:YAG結晶11とCr4+:YAG結晶14とをコンポジット化し、Nd3+:YAG結晶11及びCr4+:YAG結晶14の端面にそれぞれ誘電体多層膜としてのミラー12A,12Bを形成してもよい。この場合、レーザ装置61は、偏光方向の安定したレーザ光を出力できる高性能なマイクロチップレーザである。
【0059】
更に、レーザ媒質は、Nd3+:YAGに限定されず、可飽和吸収体に吸収される波長の光を放出できるものであれば良い。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本発明の受動Qスイッチレーザ装置の一実施形態の構成を示す概略図である。
【図2】Cr4+:YAG結晶の結晶軸と光軸との配置関係を示す概略図である。
【図3】図1に示したレーザ装置からのレーザ光の偏光特性を測定する測定システムの構成を示す概略図である。
【図4】図1に示したレーザ装置からのレーザ光の偏光特性を示す図である。
【図5】従来の受動Qスイッチレーザ装置からのレーザ光の偏光特性を示す図である。
【図6】Cr4+:YAG結晶の透過率の偏光方向依存性を測定する測定システムの構成を示す概略図である。
【図7】Cr4+:YAG結晶へのレーザ光の入射方向と結晶軸との配置関係を示す概略図である。
【図8】<100>軸に沿ってレーザ光を入射させた場合の透過率の偏光方向依存性を示す図である。
【図9】Cr4+:YAG結晶へのレーザ光の入射方向と結晶軸との配置関係を示す概略図である。
【図10】<110>方位に沿ってレーザ光を入射させた場合の透過率の偏光方向依存性を示す図である。
【図11】Cr4+:YAG結晶へのレーザ光の入射方向と結晶軸との配置関係を示す概略図である。
【図12】θがπ/2での透過率のφに対する偏光方向依存性を示す図である。
【図13】φがπ/4での透過率のθに対する偏光方向依存性を示す図である。
【図14】本発明の受動Qスイッチレーザ装置の他の実施形態の構成を示す概略図である。
【図15】本発明に係る受動Qスイッチレーザ装置の更に他の実施形態の構成を示す概略図である。
【符号の説明】
【0061】
10…レーザ装置(受動Qスイッチレーザ装置)、11…Nd3+:YAG結晶(レーザ媒質)、12A,12B…ミラー(一対の反射手段)、12…光共振器、13…励起光源部、14…Cr4+:YAG結晶、21…放出光、22…励起光(レーザ媒質を励起する波長の光)、23…レーザ装置から出力されるレーザ光、L…光軸、L1…光軸Lの投射影。
【技術分野】
【0001】
本発明は、受動Qスイッチレーザ装置に関するものある。
【背景技術】
【0002】
受動Qスイッチレーザ装置(以下、単に、「レーザ装置」という)は、パルス光を生成するレーザ装置であって、分光計測、形状計測、非線形結晶励起等に利用される。このレーザ装置として、光共振器を構成する一対のミラー(反射手段)間にレーザ媒質と共に可飽和吸収体が配置されたものがある。この構成では、励起されたレーザ媒質からの放出光が可飽和吸収体に入射すると、放出光は可飽和吸収体によって吸収される。この放出光の吸収に伴い可飽和吸収体の励起準位の電子密度が次第に増加するが、ある時点で励起準位が満たされて励起準位の電子密度が飽和すると、可飽和吸収体は透明化する。この時、光共振器のQ値が急激に高まりレーザ発振が生じてパルス光が発生する。
【0003】
ところで、非線形光学結晶を利用した波長変換や、直線偏光を利用した形状計測などのために、レーザ装置からのレーザ光の偏光方向は制御されて安定していることが望まれている。このレーザ光の偏光方向を制御する方法として、偏光素子をレーザ媒質と可飽和吸収体との間に配置する技術がある(例えば、非特許文献1〜3参照)。
【非特許文献1】A. V. Kir’yanov and V. Aboites, “Enhancing type-II optical second-harmonic generation by the use of a laser beam with a rotating azimuth of polarization” APPLIED PHYSICS LETTERS, 12 FEBURUARY 2001,Vol.78, No.7 pp874-876.
【非特許文献2】Alexander V. Kir’yanov and Vicente Aboites, “Second-harmonic generation by Nd3+:YAG/Cr4+:YAG-laser pulses with changing state of polarization”, J. Opt. Soc. Am. B, October 2000, Vol.17, No.10, pp1657-1664
【非特許文献3】A. V. Kir’yanov, J. J. Soto-Bernal, and V.J. Pinto-Robledo, “SHG by a Nd3+:YAG /Cr4+:YAG laser pulse with changing-in-time polarization”, Advanced Solid-State Lasers, 2002, Vol.68, pp88-92.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来のように、光共振器内に偏向素子を配置すると、光共振器長が長くなる結果、パルス幅が広がりピークパワーが低下したり、小型化が困難であるという問題点があった。
【0005】
そこで、本発明は、小型化が可能であって、ピーク強度の低下を抑制しつつ偏光方向が安定したパルス状のレーザ光を出力可能な受動Qスイッチレーザ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明に係る受動Qスイッチレーザ装置は、光共振器を構成する一対の反射手段間に配置されると共に、励起されて光を放出するレーザ媒質と、上記一対の反射手段間であって光共振器の光軸上に配置されると共に、レーザ媒質から放出された放出光の吸収に伴って透過率が増加する可飽和吸収体と、レーザ媒質を励起する波長の光を出力する励起光源部と、を備え、可飽和吸収体は、互いに直交する第1〜第3の結晶軸を有する結晶体であり、レーザ媒質から放出される互いに直交する2つの偏光方向の放出光に対してそれぞれ異なる透過率を有するように光共振器内に配置されていることを特徴とする。
【0007】
この場合、励起光源部から出力された光によってレーザ媒質が励起されると、レーザ媒質は光を放出し、可飽和吸収体はレーザ媒質からの放出光を吸収して励起される。この可飽和吸収体は、放出光の吸収に伴い励起準位の電子密度が増加することで透過率が増加していき、励起準位が満たされたときにほぼ透明化する。その結果、放出光は、光共振器で共振してレーザ発振を生じるので、パルス状のレーザ光が出力される。
【0008】
そして、上記構成では、第1〜第3の結晶軸を有する結晶体としての可飽和吸収体は、互いに直交する偏光方向の放出光に対して透過率がそれぞれ異なるように光共振器内に配置されていることから、透過率のより大きい偏光方向の放出光に対してレーザ発振が生じる。すなわち、可飽和吸収体によって偏光方向が制御される結果、偏光方向の安定したレーザ光が生成される。この場合、偏光方向制御用の他の部品(例えば、偏光素子)などを光共振器内に配置しなくてもよいので、光共振器長を短くすることが可能である。その結果、光共振器長が長くなることよるパルスのピーク強度の低下を抑制でき、かつ、小型化も可能である。
【0009】
また、本発明に係る受動Qスイッチレーザ装置においては、可飽和吸収体の第1の結晶軸と光共振器の光軸とのなす第1の角度をθとし、第2の結晶軸と第3の結晶軸を含む平面への光軸の投射影と第2の結晶軸とのなす第2の角度をφとしたとき、第1の角度θ及び第2の角度φが、それぞれ下記式(1)及び式(2)を満たしていることが好ましい。
【数1】
【数2】
ただし、m=0,1,2,3であり、ζは
【数3】
を満たす。
【0010】
この場合、第1の角度θ及び第2の角度φが式(1)及び式(2)を満たすことで、互いに直交する2つの偏光方向の放出光に対して可飽和吸収体が有する透過率の差がより大きくなる傾向にある。その結果、偏光方向の制御が更に確実になり、偏光方向がより安定したレーザ光を出力することができる。
【0011】
また、本発明に係る受動Qスイッチレーザ装置においては、第1の角度θがπ/2であって、第2の角度φがπ/4であることが好ましい。この場合、第1の結晶軸のみが光軸に略直交する平面内に含まれる。結晶軸に平行な偏光方向の放出光に対して透過率は大きくなる傾向にあるので、この場合、第1の結晶軸に略平行な偏光方向のレーザ光を安定して生成することができる。
【0012】
更に、本発明に係る受動Qスイッチレーザ装置の可飽和吸収体が、Cr4+:YAG結晶であって、第1の結晶軸は<001>軸であり、第2の結晶軸は<100>軸であり、第3の結晶軸は<010>軸であることが好ましい。
【0013】
Cr4+:YAG結晶は異方性を有しており、第1〜第3の結晶軸をそれぞれ<001>軸、<100>軸、<010>軸とすることで、互いに直交する偏光方向の放出光に対して透過率の差を有する。その結果、偏光方向の安定したレーザ光を出力可能である。特に、φがπ/4であって、θがπ/2であるときには、放出光の可飽和吸収体への入射方向は<110>方位になる。この場合、互いに直交する偏光方向の放出光に対する透過率の差が最大になる傾向にあり、受動Qスイッチレーザ装置から出力されるレーザ光の偏光方向を確実に安定化できる。
【0014】
更にまた、本発明に係る受動Qスイッチレーザ装置の可飽和吸収体が、V:YAG結晶であって、第1の結晶軸は<001>軸であり、第2の結晶軸は<100>軸であり、第3の結晶軸は<010>軸であることが好ましい。
【0015】
V:YAG結晶は異方性を有しており、第1〜第3の結晶軸をそれぞれ<001>軸、<100>軸、<010>軸とすることで、互いに直交する偏光方向の放出光に対して透過率の差を有する。その結果、偏光方向の安定したレーザ光を出力可能である。特に、φがπ/4であって、θがπ/2であるときには、放出光の可飽和吸収体への入射方向は<110>方位になる。この場合、互いに直交する偏光方向の放出光に対する透過率の差が最大になる傾向にあり、受動Qスイッチレーザ装置から出力されるレーザ光の偏光方向を確実に安定化できる。
【0016】
また、本発明に係る受動Qスイッチレーザ装置の可飽和吸収体としては、GaAsも考えらえる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の受動Qスイッチレーザ装置によれば、小型化が可能であって、ピーク強度の低下を抑制しつつ偏光方向が安定したパルス状のレーザ光を出力することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面を参照して本発明の受動Qスイッチレーザ装置の好適な実施形態について説明する。
【0019】
図1に示すように、受動Qスイッチレーザ装置(以下、単に「レーザ装置」と称す)10は、レーザ媒質としてのNd:YAG結晶11を有している。Nd3+:YAG結晶11は、波長808nm付近の光で励起され、上準位から下準位への遷移の際に波長約1064nmの光を放出する。なお、以下の説明では、Nd3+:YAG結晶11から放出される光を放出光21と称す。
【0020】
このNd3+:YAG結晶11は、光共振器12内に配置されており、この光共振器12は互いに対向する一対のミラー(反射手段)12A,12Bからなっている。そして、ミラー12Aは波長約808nmの光を透過すると共に波長約1064nmを高反射率で反射し、ミラー12Bは波長約1064nmの光の一部を透過すると共に残りを反射させる。なお、ミラー12Aは、Nd3+:YAG結晶11の端面に形成された誘電体多層膜としてもよい。
【0021】
この光共振器12の外側には、Nd3+:YAG結晶11を励起するための波長約808nmの光(励起光)22を出力する励起光源部13が設けられている。励起光源部13は、例えば、波長約808nmの励起光22を出力する半導体レーザ素子と、その励起光22をミラー12Aを介してNd3+:YAG結晶11に入射するためのレンズ系とからなる。なお、励起光源部13としては、半導体レーザ素子を有するものとしたが、必ずしも半導体レーザ素子に限定されず、Nd3+:YAG結晶11を励起可能な波長の光を出力できれば良く、また、励起光源部13からの励起光22をNd3+:YAG結晶11に入射できればレンズ系はなくてもよい。
【0022】
また、レーザ装置10は、Qスイッチを実現するために可飽和吸収体としてのCr4+:YAG結晶14を更に有する。このCr4+:YAG結晶14は、互いに直交する<001>軸(第1の結晶軸)、<100>軸(第2の結晶軸)及び<010>軸(第3の結晶軸)を有する立方晶系の結晶体であり異方性を有する。
【0023】
Cr4+:YAG結晶14は、<001>軸が光共振器12の光軸Lに略直交すると共に、<110>方位と光軸Lとが略平行になるように、Nd3+:YAG結晶11とミラー12Bとの間の光軸L上に配置されている。
【0024】
すなわち、図2に示すように、光軸Lと<001>軸とのなす第1の角度をθとし、<100>軸及び<010>軸を含む平面(<100><010>平面)への光軸Lの投射影L1と<100>軸とのなす第2の角度をφとしたときに、θがπ/2でφがπ/4となっている。光共振器12内では、Nd3+:YAG結晶11からの放出光21は、光共振器12の光軸Lに沿って主に伝播するため、光軸Lの方向は、Nd3+:YAG結晶11からの放出光21のCr4+:YAG結晶14への入射方向(図中、矢印Aの方向)に相当する。
【0025】
このCr4+:YAG結晶14は、Nd3+:YAG結晶11から出力された放出光21が入射されると、その放出光21を吸収するが、その吸収に伴い透過率が増加し、励起準位の電子密度が増大して励起準位が満たされたときに透明化する。これによって、光共振器12のQ値が高まりレーザ発振が生じる。
【0026】
次に、このレーザ装置10の動作について説明する。図1に示すように、励起光源部13から波長約808nmの励起光22が出力されると、励起光22はミラー12Aを通ってNd3+:YAG結晶11に入射してNd3+:YAG結晶11を励起し反転分布を生じせしめる。そして、励起されたNd3+:YAG結晶11での上準位から下準位への遷移によって波長約1064nmの放出光21が放出されると、その放出光21はCr4+:YAG結晶14に入射してCr4+:YAG結晶14によって吸収される。この吸収に伴いCr4+:YAG結晶14の励起準位の電子密度が増大し飽和すると、Cr4+:YAG結晶14が透明化する結果、光共振器12のQ値が高まりレーザ発振が生じる。そして、ミラー12Bから波長約1064nmのレーザ光23が出力される。
【0027】
このレーザ装置10では、Cr4+:YAG結晶14を前述した配置関係で光共振器12内に配置し、放出光21を<110>方位に沿って入射させていることが重要である。すなわち、放出光21をCr4+:YAG結晶14の<110>方位に沿って入射することで、偏光方向が安定したレーザ光23を出力できる。これにより、レーザ装置10は、直線偏光を利用したエアロゾルの形状計測や、非線形光学結晶励起による波長変換などに好適に利用可能となっている。
【0028】
ここで、レーザ装置10から出力されるレーザ光23の偏光方向の安定性について、図3及び図4を利用して説明する。
【0029】
図3は、レーザ装置10から出力されるレーザ光23の偏光方向の安定性を調べるための測定システム30の概略図である。測定システム30は、レーザ装置10と、偏光ビームスプリッタ31と、パワーメータ32,33とを有する。偏光ビームスプリッタ31は、レーザ装置10から出力されたレーザ光23の光路上に配置され、レーザ光23をP偏光成分と、S偏光成分とに分岐する。そして、パワーメータ32は、偏光ビームスプリッタ31で分岐されたP偏光成分の光を受けてその強度を測定し、パワーメータ33は、S偏光成分の光を受けてその強度を測定する。なお、測定では、アライメントをずらして放出光21の偏光方向が変わりやすくするために光共振器12内の温度を25℃〜40℃まで変化させる。
【0030】
図4は、測定システム30で測定されたレーザ光23の偏光特性を示す図である。図4(a)は、レーザ光23のS偏光成分の強度の測定結果であり、横軸は、測定開始からの時間(分)を示し、縦軸はS偏光成分の強度(mJ)を示している。図4(b)はレーザ光23のP偏光成分の強度の測定結果であり、横軸は測定開始からの時間(分)を示し、縦軸はP偏光成分の強度の測定結果である。
【0031】
図4(a),(b)に示すように、光共振器12の温度変化によって放出光21の偏光方向が変わりやすくなっているにも拘わらず、レーザ装置10からは、S偏光のレーザ光23のみ出力されており、安定した偏光特性を実現できている。
【0032】
ここで、比較のために、従来の受動Qスイッチレーザ装置で採用されているように、Cr4+:YAG結晶14の<100>軸に沿って放出光21を入射した場合に出力されるレーザ光の偏光特性について説明する。この場合、偏光特性を得るための測定システム30は、図3と同様である。ただし、Cr4+:YAG結晶14を、その<100>軸と光軸Lとが平行になるように光共振器12内に配置し、Nd3+:YAG結晶11からの放出光21のCr4+:YAG結晶14への入射方向が<100>軸と平行になるようにした。
【0033】
図5は、この場合のレーザ光の偏光特性を示す図である。図5(a)はS偏光成分の強度の測定結果であり、図5(b)はP偏光成分の強度の測定結果である。なお、図5(a),(b)の横軸及び縦軸は、それぞれ図4(a),(b)と同様である。図5(a)、(b)に示すように、この場合には、S偏光及びP偏光のレーザ光が交互に出力されておりレーザ光の偏光状態が安定していない。
【0034】
したがって、図4と図5とを比較すれば明らかなように、レーザ装置10では、Cr4+:YAG結晶14の<110>方位を光軸Lと平行とし、<110>方位に放出光21を入射させることによって、前述したように偏光方向が極めて安定したレーザ光23を生成できている。
【0035】
次に、<110>方位に放出光21を入射することでレーザ光23の偏光方向を安定化できる理由について説明する。レーザ光23の偏光方向を安定化させるために、本発明者らは、Cr4+:YAG結晶14の透過率の偏光方向依存性に着目した。
【0036】
図6は、Cr4+:YAG結晶14の透過率の偏光方向依存性の測定システム40の構成を示す概略図である。
【0037】
この測定システム40では、偏光方向の安定した連続発振のYAGレーザ光源41を利用している。そして、YAGレーザ光源41から出力されるレーザ光24を、1/2波長板42を通してCr4+:YAG結晶14に入射し、Cr4+:YAG結晶14を透過したレーザ光24の強度をパワーメータ43で測定する。Cr4+:YAG結晶14への入射光の偏光方向は1/2波長板42にて回転させる。そして、予めCr4+:YAG結晶14のない状態で入射光強度を測定しておき、Cr4+:YAG結晶14を透過したレーザ光24をその光強度で割って透過率を求める。なお、Cr4+:YAG結晶14の<001>軸は、測定システム40の各構成要素を配置する定盤(不図示)に対して略垂直になるように配置している。
【0038】
先ず、従来のレーザ装置に対応させるように、Cr4+:YAG結晶14の<100>軸に沿ってレーザ光24を入射させた場合について説明する。図7は、Cr4+:YAG結晶へのYAGレーザ光源41からのレーザ光24の入射方向(図中、矢印B)及びレーザ光24の偏光方向(図中、矢印C)と、結晶軸との関係を示す概略図である。図7において、入射光であるレーザ光24の偏光成分を含む面(以下、偏光面という)50を円で示しており、偏光面50は入射方向Bに直交している。また、<001>軸と偏光方向Cとのなす第3の角度をβとしている。この測定において、1/2波長板42(図6参照)を回転させることは、偏光面50内で偏光方向Cを回転させる(βを0〜2πまで変化させる)ことに相当する。
【0039】
図8は、Cr4+:YAG結晶14の<100>軸に沿ってレーザ光24を入射させた場合の透過率の測定結果である。横軸は第3の角度β(ラジアン)を示しており、縦軸は透過率(%)を示している。なお、β=0、π/2は、偏光方向Cがそれぞれ<001>軸、<010>軸に平行な場合に相当する。図8に示すように、βがπ/2ずれる毎に、すなわち、偏光方向Cが<001>軸及び<010>軸にほぼ平行になるときにほぼ同じ透過率のピークが生じている。
【0040】
したがって、従来のレーザ装置で採用されているように、Cr4+:YAG結晶14を<100>軸と光共振器12の光軸Lとを平行に配置して<100>軸に沿って放出光21を入射させた場合、放出光21の偏光方向が<001>軸および<010>軸に平行であるときにレーザ発振が生じやすい。そして、両軸にそれぞれ平行な偏光方向の放出光21に対する透過率がほぼ等しいことから、どちらの偏光方向Cの放出光21に対しても同じようにレーザ発振が生じる。その結果、アライメントのずれなどによって生じる放出光21の偏光方向Cの変動に応じて、出力されるレーザ光の偏光方向も変動し、図5に示した結果となる。
【0041】
これに対して、レーザ装置10で採用しているように、Cr4+:YAG結晶14の<110>方位にレーザ光24を入射させる場合について説明する。図9は、Cr4+:YAG結晶14へのYAGレーザ光源41からのレーザ光24の入射方向B及び偏光方向Cと、結晶軸との関係を示す概略図である。なお、第3の角度βは、図7の場合と同様に偏光方向Cと<001>軸との間の角度である。図10は、この場合の透過率の測定結果である。
【0042】
図10に示すように、第3の角度βがπ/2ずれる毎に透過率のピークがあるが、図9に示すように、偏光面50には1つの結晶軸(すなわち、<001>軸)しかないため、偏光方向Cが<001>軸に平行な場合(β=0の場合)の透過率と、偏光方向Cが<001>軸に平行なときからπ/2回転した場合(β=π/2の場合)の透過率とにΔTだけ差が生じている。そのため、この差ΔTが生じるようにCr4+:YAG結晶14をレーザ装置10に組み込むことで、より大きな透過率を有する偏光方向Cの光に対してレーザ発振を生じせしめるようにレーザ発振を制御することが可能である。
【0043】
そして、前述したように、レーザ装置10では、Cr4+:YAG結晶14の<110>方位に放出光21(図1参照)を入射させているので、互いに直交する偏光方向の放出光21に対するCr4+:YAG結晶14の透過率に図10に示す差ΔTが生じる。この差ΔTが生じることによって、レーザ装置10では、放出光21の偏光方向Cが変動した場合でもより透過率の高い偏光方向Cの場合に対してのみレーザ発振が起こる。そのため、図4に示したような偏光方向の安定したレーザ光23を得ることができている。
【0044】
このように、レーザ装置10において、Cr4+:YAG結晶14は、Qスイッチ素子としての機能を有すると共に、偏光方向を制御する素子としての機能も有する。そのため、例えば、偏光方向を制御するために偏光素子などを光共振器12内に更に配置する必要がないので、光共振器12のミラー12A,12B間の距離を短くすることが可能である。これにより、パルス幅が短くなる結果、偏光方向の安定化を図りつつピーク強度の大きいパルス光を生成できる。
【0045】
そして、Cr4+:YAG結晶14で偏光方向を制御できることから、偏光方向を制御したまま、Nd3+:YAG結晶11とCr4+:YAG結晶14とをコンポジット化することも可能である。その結果、偏光方向の安定したレーザ光を出力できる高性能なマイクロチップレーザとすることも可能である。また、前述したように、偏光方向の制御のために、偏光素子などを別に配置する必要がないことからコストの低減も図ることもできる。
【0046】
ところで、図1に示したレーザ装置10では、Cr4+:YAG結晶14の<110>方位に放出光21を入射しているが、この場合に限定されない。前述したように、偏光方向及びレーザ発振は差ΔTによって制御できるので、互いに直交する2つの偏光方向の放出光21に対して透過率の差ΔTが生じるように、Cr4+:YAG結晶14が光共振器12に対して配置されていればよい。この場合のCr4+:YAG結晶14の光共振器12に対する配置としては、図2に示した第1の角度θ及び第2の角度φが以下の式(4)及び式(5)を満たしていることが好ましい。
【数4】
【数5】
ただし、m=0,1,2,3であり、ζは
【数6】
である。
【0047】
この式(4)及び式(5)を満たすことが好ましいのは、以下の理由による。ここでも、Cr4+:YAG結晶14の透過率の偏光方向依存性に基づいて説明する。透過率の偏光方向依存性を測定するための測定システムは、図6に示した測定システム40と同様である。図11は、Cr4+:YAG結晶14への入射光としてのレーザ光24(図6参照)の入射方向B及び偏光方向Cと、結晶軸との関係を示す概略図である。なお、図11において、第3の角度βは、入射方向B及び<001>軸を含む平面と、偏光方向Cとのなす角度である。
【0048】
先ず、θ=π/2、すなわち、Cr4+:YAG結晶14へのレーザ光24の入射方向Bが<100><010>面内にある場合を考える。ここで、レーザ光24の偏光方向Cがβ=0およびβ=π/2のときの透過率は、第2の角度φに対して図12(a)のように変化する。図12(a)において、横軸は第2の角度φ(ラジアン)を示し、縦軸は透過率(%)を示している。また、直線Iはβ=0の場合を示し、曲線IIはβ=π/2の場合を示している。この時の両者の透過率の差ΔTは図12(b)のようになる。図12(b)において、横軸は第2の角度φ(ラジアン)を示し、縦軸は差ΔT(%)を示している。
【0049】
図12(b)より、差ΔTが最も大きくなるのは、
【数7】
の場合である。ただし、m=0、1、2、3であり、以下同様とする。
【0050】
ここで、アライメントによるずれをカバーする範囲を差ΔTの最大値ΔTMAXの半分の値になるところとすると、偏光方向の制御に利用できる透過率の差ΔTを得るための第2の角度φの範囲は、
【数8】
である。
【0051】
次に、φ=π/4に固定、すなわち入射方向Bが、<001>軸及び<110>方位を含む面、すなわち、<001><110>面内にある場合を考える。この場合、レーザ光24の偏光方向Cがβ=0およびβ=π/2のときの透過率は、第1の角度θに対して図13(a)のように変化する。図13(a)の横軸は、第1の角度θ(ラジアン)を示し、縦軸は透過率(%)を示している。また、図12(a)の場合と同様に、直線Iは、β=0の場合を示し、曲線IIは、β=π/2の場合を示している。この両者の透過率の差ΔTは図13(b)のようになる。図13(b)において、横軸は第1の角度θ(ラジアン)を示し、縦軸は差ΔT(%)を示している。
【0052】
図13(b)より、差ΔTが最も大きくなるのは、
【数9】
のときである。
【0053】
この場合も、アライメントによるずれをカバーする範囲を、差ΔTの最大値ΔTMAXの半分の値になるところとすると、偏光方向の制御に利用できる透過率の差ΔTを得るための第1の角度θの範囲は、
【数10】
である。
【0054】
上記式(8)はθをπ/2に固定したときの式であり、式(10)はφをπ/4に固定したときの式であるが、図12及び図13に示すように、差ΔTの最大値(ΔTMAX)のときの角度とその半分の値((1/2)ΔTMAX)のときの角度との差はπ/8である。そこで、式(8)及び式(10)において、この第1の角度θと第2の角度φとが互いにπ/8まで変動することを許容できるとすると、偏光方向を制御可能な差ΔTの範囲は、式(4)及び式(5)を共に満たすときである。
【0055】
したがって、式(4)及び式(5)を満たす範囲で、Cr4+:YAG結晶14を光共振器12に対して配置することで、放出光21の偏光方向Cが変動しても、差ΔTによって偏光方向を制御できる。その結果、レーザ光23(図1参照)の偏光方向が安定する。なお、Cr4+:YAG結晶14を、その<110>方位が光共振器12の光軸Lに沿うように配置することは、式(4)及び式(5)において、θがπ/2であり、φがπ/4のときに相当する。この場合、図12及び図13の結果から差ΔTが最大になるため、レーザ光23の偏光方向を確実に制御できる。
【0056】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されない。例えば、可飽和吸収体としてCr4+:YAG結晶14を利用しているが、同様の結晶構造を有するV:YAG結晶を利用することも可能である。更に、可飽和吸収体として、GaAsを利用することも可能である。これらの場合も、可飽和吸収体への入射光の互いに直交する偏光方向に対して透過率に差ΔTが生じるように可飽和吸収体を配置することで、出力されるレーザ光の偏光方向を制御できると共に安定化することが可能である。この場合も、式(4)及び式(5)を満たして可飽和吸収体を光共振器12内に配置することが好ましく、可飽和吸収体の<110>方位に入射させることが更に好ましい。
【0057】
更に、レーザ装置10では、可飽和吸収体としてのCr4+:YAG結晶14とミラー12Bとは離して配置しているが、図14に示すレーザ装置60のように、Cr4+:YAG結晶14の端面上にミラー12Bを配置してもよい。これにより、光共振器12の光軸L方向の長さを更に短くでき、小型化が図れる。そして、ミラー12BをCr4+YAG結晶14の端面に形成した誘電体多層膜とすることで更に小型化が図れる。
【0058】
また、図15に示したレーザ装置61のように、偏光方向を制御したままレーザ媒質としてのNd:YAG結晶11とCr4+:YAG結晶14とをコンポジット化し、Nd3+:YAG結晶11及びCr4+:YAG結晶14の端面にそれぞれ誘電体多層膜としてのミラー12A,12Bを形成してもよい。この場合、レーザ装置61は、偏光方向の安定したレーザ光を出力できる高性能なマイクロチップレーザである。
【0059】
更に、レーザ媒質は、Nd3+:YAGに限定されず、可飽和吸収体に吸収される波長の光を放出できるものであれば良い。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本発明の受動Qスイッチレーザ装置の一実施形態の構成を示す概略図である。
【図2】Cr4+:YAG結晶の結晶軸と光軸との配置関係を示す概略図である。
【図3】図1に示したレーザ装置からのレーザ光の偏光特性を測定する測定システムの構成を示す概略図である。
【図4】図1に示したレーザ装置からのレーザ光の偏光特性を示す図である。
【図5】従来の受動Qスイッチレーザ装置からのレーザ光の偏光特性を示す図である。
【図6】Cr4+:YAG結晶の透過率の偏光方向依存性を測定する測定システムの構成を示す概略図である。
【図7】Cr4+:YAG結晶へのレーザ光の入射方向と結晶軸との配置関係を示す概略図である。
【図8】<100>軸に沿ってレーザ光を入射させた場合の透過率の偏光方向依存性を示す図である。
【図9】Cr4+:YAG結晶へのレーザ光の入射方向と結晶軸との配置関係を示す概略図である。
【図10】<110>方位に沿ってレーザ光を入射させた場合の透過率の偏光方向依存性を示す図である。
【図11】Cr4+:YAG結晶へのレーザ光の入射方向と結晶軸との配置関係を示す概略図である。
【図12】θがπ/2での透過率のφに対する偏光方向依存性を示す図である。
【図13】φがπ/4での透過率のθに対する偏光方向依存性を示す図である。
【図14】本発明の受動Qスイッチレーザ装置の他の実施形態の構成を示す概略図である。
【図15】本発明に係る受動Qスイッチレーザ装置の更に他の実施形態の構成を示す概略図である。
【符号の説明】
【0061】
10…レーザ装置(受動Qスイッチレーザ装置)、11…Nd3+:YAG結晶(レーザ媒質)、12A,12B…ミラー(一対の反射手段)、12…光共振器、13…励起光源部、14…Cr4+:YAG結晶、21…放出光、22…励起光(レーザ媒質を励起する波長の光)、23…レーザ装置から出力されるレーザ光、L…光軸、L1…光軸Lの投射影。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
光共振器を構成する一対の反射手段間に配置されると共に、励起されて光を放出するレーザ媒質と、
前記一対の反射手段間であって前記光共振器の光軸上に配置されると共に、前記レーザ媒質から放出された放出光の吸収に伴って透過率が増加する可飽和吸収体と、
前記レーザ媒質を励起する波長の光を出力する励起光源部と、
を備え、
前記可飽和吸収体は、互いに直交する第1〜第3の結晶軸を有する結晶体であり、前記レーザ媒質から放出される互いに直交する2つの偏光方向の放出光に対してそれぞれ異なる透過率を有するように光共振器内に配置されていることを特徴とする受動Qスイッチレーザ装置。
【請求項2】
前記可飽和吸収体の前記第1の結晶軸と前記光共振器の前記光軸とのなす第1の角度をθとし、前記第2の結晶軸と前記第3の結晶軸を含む平面への前記光軸の投射影と前記第2の結晶軸とのなす第2の角度をφとしたとき、第1の角度θ及び第2の角度φが、それぞれ下記式(1)及び式(2)を満たしていることを特徴とする請求項1に記載の受動Qスイッチレーザ装置。
【数1】
【数2】
ただし、m=0,1,2,3であり、ζは
【数3】
を満たす。
【請求項3】
前記第1の角度θがπ/2であって、前記第2の角度φがπ/4であることを特徴とする請求項1又は2に記載の受動Qスイッチレーザ装置。
【請求項4】
前記可飽和吸収体が、Cr4+:YAG結晶であって、
前記第1の結晶軸は<001>軸であり、前記第2の結晶軸は<100>軸であり、前記第3の結晶軸は<010>軸であることを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載の受動Qスイッチレーザ装置。
【請求項5】
前記可飽和吸収体が、V:YAG結晶であって、
前記第1の結晶軸は<001>軸であり、前記第2の結晶軸は<100>軸であり、前記第3の結晶軸は<010>軸であることを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載の受動Qスイッチレーザ装置。
【請求項6】
前記可飽和吸収体が、GaAsであることを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載の受動Qスイッチレーザ装置。
【請求項1】
光共振器を構成する一対の反射手段間に配置されると共に、励起されて光を放出するレーザ媒質と、
前記一対の反射手段間であって前記光共振器の光軸上に配置されると共に、前記レーザ媒質から放出された放出光の吸収に伴って透過率が増加する可飽和吸収体と、
前記レーザ媒質を励起する波長の光を出力する励起光源部と、
を備え、
前記可飽和吸収体は、互いに直交する第1〜第3の結晶軸を有する結晶体であり、前記レーザ媒質から放出される互いに直交する2つの偏光方向の放出光に対してそれぞれ異なる透過率を有するように光共振器内に配置されていることを特徴とする受動Qスイッチレーザ装置。
【請求項2】
前記可飽和吸収体の前記第1の結晶軸と前記光共振器の前記光軸とのなす第1の角度をθとし、前記第2の結晶軸と前記第3の結晶軸を含む平面への前記光軸の投射影と前記第2の結晶軸とのなす第2の角度をφとしたとき、第1の角度θ及び第2の角度φが、それぞれ下記式(1)及び式(2)を満たしていることを特徴とする請求項1に記載の受動Qスイッチレーザ装置。
【数1】
【数2】
ただし、m=0,1,2,3であり、ζは
【数3】
を満たす。
【請求項3】
前記第1の角度θがπ/2であって、前記第2の角度φがπ/4であることを特徴とする請求項1又は2に記載の受動Qスイッチレーザ装置。
【請求項4】
前記可飽和吸収体が、Cr4+:YAG結晶であって、
前記第1の結晶軸は<001>軸であり、前記第2の結晶軸は<100>軸であり、前記第3の結晶軸は<010>軸であることを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載の受動Qスイッチレーザ装置。
【請求項5】
前記可飽和吸収体が、V:YAG結晶であって、
前記第1の結晶軸は<001>軸であり、前記第2の結晶軸は<100>軸であり、前記第3の結晶軸は<010>軸であることを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載の受動Qスイッチレーザ装置。
【請求項6】
前記可飽和吸収体が、GaAsであることを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載の受動Qスイッチレーザ装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2006−73962(P2006−73962A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−258947(P2004−258947)
【出願日】平成16年9月6日(2004.9.6)
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年9月6日(2004.9.6)
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】
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