説明

受容体シグナル伝達阻害剤を含む脳梗塞治療用医薬品組成物

【課題】脳梗塞急性期徒過後の患者にも投与できる脳梗塞治療用医薬品組成物の提供。
【解決手段】血栓溶解薬と、血管内皮増殖因子(VEGF)受容体シグナル伝達阻害剤とを含む脳梗塞の治療用医薬品組成物である。本発明の脳梗塞の治療用医薬品組成物は、脳梗塞急性期徒過後の患者に投与可能な場合がある。本発明の脳梗塞の治療用医薬品組成物は、組織型プラスミノゲン・アクチベーター(t−PA)又はその誘導体を含む場合がある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳梗塞治療用医薬品組成物に関し、具体的には、血栓溶解薬と、血管内皮増殖因子(VEGF)受容体シグナル伝達阻害剤とを含む、脳梗塞の治療用医薬品組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
脳梗塞は、脳における局所的な血流の遮断即ち虚血によって生じる。脳梗塞急性期の虚血中心部分は血流を再開しても不可逆的で細胞死に至るが、その周囲には可逆的な不完全虚血領域が存在し、特に、ペナンブラと呼ばれる。前記虚血中心部分は治療を施さない限り拡大し、ペナンブラは徐々に消失する。この結果、病理学的には脳梗塞部分が拡大され、臨床的には機能障害が生じ、最悪の場合には死に至る。脳梗塞急性期の治療目的は、前記ペナンブラでの血流を回復することである。前記回復は、虚血の程度及びその持続時間に依存する。つまり、前記ペナンブラへの血流をいかに迅速に再開させるかが脳梗塞の早期回復を決定する。
【0003】
組織型プラスミノゲン・アクチベーター(以下、「t−PA」と称することがある。)は、虚血の原因となっている血栓を溶解することによってペナンブラへの血液供給を再開させる血栓溶解療法として有効なので、脳梗塞急性期の治療薬として承認されている。しかし、脳梗塞急性期徒過後の患者へのt−PA投与は有効ではなく、むしろ脳出血の合併症と、予後の増悪とをもたらすので、脳梗塞急性期徒過後、即ち、脳梗塞の発症から3時間以上経過後の患者へのt−PAの投与は禁忌とされている。
【0004】
したがって、脳梗塞急性期徒過後の患者にも投与できる脳梗塞治療用医薬品組成物の早急な開発が望まれているのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】N.Engl. J. Med., 333:1581−1587 (1995)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従来における前記諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、脳梗塞急性期徒過後の患者にも投与できる脳梗塞治療用医薬品組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討した結果、前記血栓溶解薬の脳梗塞急性期徒過後の投与による脳出血の合併症や予後の増悪は、血栓溶解薬の投与により血流が再開されると、血管内皮増殖因子(VEGF)の発現が増加し、これにより、VEGF受容体シグナル伝達系が活性化され、血管壁を構築しているタンパク質の分解が促進されることによるものであることを見出した。
そこで、前記血栓溶解薬と、血管内皮増殖因子(VEGF)受容体シグナル伝達阻害剤とを併用することで、脳梗塞急性期徒過後、即ち、脳梗塞の発症から3時間以上経過後の患者にも前記血栓溶解薬を投与できることを知見し、本発明の完成に至った。
【0008】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 血栓溶解薬と、血管内皮増殖因子(VEGF)受容体シグナル伝達阻害剤とを含むことを特徴とする、脳梗塞の治療用医薬品組成物である。
<2> 脳梗塞急性期徒過後の患者に投与されることを特徴とする、前記<1>に記載の組成物である。
<3> 前記脳梗塞急性期は脳梗塞の発症から3時間以内であることを特徴とする、前記<2>に記載の組成物である。
<4> 前記血栓溶解薬は組織型プラスミノゲン・アクチベーター(t−PA)又はその誘導体を含むことを特徴とする、前記<1>から<3>のいずれかに記載の組成物である。
<5> 前記VEGF受容体シグナル伝達阻害剤は、VEGF受容体2型(VEGFR−2)を介するシグナル伝達の阻害剤であることを特徴とする、前記<1>から<4>のいずれかに記載の組成物である。
<6> 前記VEGF受容体シグナル伝達阻害剤は、(E)−3−(3,5−Diisopropyl−4−hydroxyphenyl)−2−[(3−phenyl−n−propyl)amino−carbonyl]acrylonitrile)であることを特徴とする、前記<5>に記載の組成物である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、脳梗塞急性期徒過後の患者にも投与できる脳梗塞治療用医薬品組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1A】図1Aは、従来のラット脳梗塞モデルの作製手順を示す模式図である。
【図1B】図1Bは、実施例1におけるラット脳梗塞モデルの作製手順を示す模式図である。
【図2A】図2Aは、血栓注入による脳梗塞発症24時間後の動物の脳冠状切片の写真である。
【図2B】図2Bは、血栓注入による脳梗塞発症の1時間後にt−PAを投与した動物の脳冠状切片の写真である。
【図2C】図2C、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PAを投与した動物の脳冠状切片の写真である。
【図3A】図3Aは、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及びSU1498を併用投与したラットの発症24時間後のTTC染色脳冠状切片の脳梗塞の体積を示す棒グラフである。縦軸:脳梗塞の体積(mm)。
【図3B】図3Bは、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及びSU1498を併用投与したラットの発症24時間後のTTC染色脳冠状切片の浮腫の体積を示す棒グラフである。縦軸:浮腫の体積(mm)。
【図3C】図3Cは、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及びSU1498を併用投与したラットの発症24時間後のTTC染色脳冠状切片の脳出血量を示す棒グラフ(である。縦軸:脳出血量(mg/dL)。
【図3D】図3Dは、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及びSU1498を併用投与したラットの発症24時間後の運動機能スケールを示す帯グラフである。縦軸:運動機能スケール。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(脳梗塞の治療用医薬品組成物)
本発明の脳梗塞の治療用医薬品組成物は、血栓溶解薬と、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)受容体シグナル伝達阻害剤と、を少なくとも含み、必要に応じて、更にその他の成分を含有する。
【0012】
<血栓溶解薬>
前記血栓溶解薬としては、脳梗塞急性期の血栓溶解に適用することができれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、組織型プラスミノゲン・アクチベーター(t−PA)又はその誘導体、ウロキナーゼ、ストレプトキナーゼ、一本鎖ウロキナーゼ型プラスミノゲン・アクチベーター(u−PA)、デスモテプラーゼなどが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
これらの中でも、前記血栓溶解薬は、組織型プラスミノゲン・アクチベーター(t−PA)又はその誘導体を含むことが、血栓溶解の成功率を高めることができる点で好ましい。
前記血栓溶解薬の製造方法としては、特に制限はなく、前記血栓溶解薬の種類などに応じて適宜選択することができ、例えば、遺伝子組換え法、合成法などが挙げられる。また、市販品を用いてもよい。
前記t−PAの誘導体としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記t−PAに、糖鎖、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド、ポリエチレングリコール、その他の医薬品として許容される添加剤や処理剤を結合したものなどが挙げられる。また、t−PAのアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換されたものであってもよい。
前記t−PA誘導体の具体的な例としては、モンテプラーゼ、パミテプラーゼ、レテプラーゼ等の前記t−PAのアミノ酸配列において一部のアミノ酸が置換されたt−PA誘導体;テネクテプラーゼ、ラノテプラーゼ等の前記t−PAのアミノ酸配列において一部のアミノ酸が置換され、更に糖鎖が修飾されたt−PA誘導体などが挙げられる。
【0013】
前記脳梗塞の治療用医薬品組成物における、前記血清溶解薬の含有量としては、特に制限はなく、前記血清溶解薬の種類などに応じて適宜選択することができる。
【0014】
<血管内皮細胞増殖因子(VEGF)受容体シグナル伝達阻害剤>
前記VEGF受容体(VEGFR)とは、受容体型チロシンキナーゼの一種であり、リガンドである前記VEGFによる血管内皮細胞の増殖や遊走の促進などの作用の発現に関与している。
VEGF受容体には、VEGFR−1(Flt−1と称することがある。)、VEGFR−2(KDR、Flk−1と称することがある。)、VEGFR−3(Flt−4と称することがある。)、可溶性VEGFR−1、可溶性VEGFR−2、可溶性VEGFR−3などが知られている。
【0015】
前記血管内皮細胞増殖因子(VEGF)受容体シグナル伝達阻害剤は、脳梗塞急性期徒過後の患者にt−PAを投与することによって惹起される脳出血を阻害できることを条件として、いかなるVEGF受容体を介するシグナル伝達の阻害剤でもかまわない。
また、前記VEGF受容体シグナル伝達阻害剤は、副作用が脳梗塞患者の治療のために許容できる範囲内であることを条件として、他の生体分子の機能、例えば、受容体キナーゼ、その他の酵素活性を阻害するものであってもかまわない。
【0016】
本発明における「脳梗塞急性期」とは、脳梗塞の発症の初期で、脳血流量の低下に伴う脳神経機能障害が認められるが、前記血栓溶解薬による迅速な血流再開のみによって回復可能な時期をいう。ここで、脳梗塞急性期は、一般的には脳梗塞の発症から3時間以内をいう。
【0017】
本発明における「患者」とは、ヒトを含むがヒトに限られない。
【0018】
前記VEGF受容体シグナル伝達阻害剤の具体的な例としては、SU1498((E)−3−(3,5−Diisopropyl−4−hydroxyphenyl)−2−[(3−phenyl−n−propyl)amino−carbonyl]acrylonitrile)、SU5614(5−Chloro−3−[(3,5−dimethylpyrrol−2−yl)methylene]−2−indolinone)、SU11248(N−[2−(diethylamino)ethyl]−5−[(Z)−(5−fluoro−1,2−dihydro−2−oxo−3H−indol−3−ylidine)methyl]−2,4−dimethyl−1H−pyrrole−3−carboxamide)、AZD2171(4−[(4−Fluoro−2−methyl−1H−indol−5−yl)oxy]−6−methoxy−7−[3−(pyrrolidin−1−yl)propoxy]quinazoline)、PTK787/ZK222584(N−(4−Chlorophenyl)−4−(pyridin−4−ylmethyl)phthalazin−1−amine succinate)、sorafenib(4−[4−[[4−chloro−3−(trifluoromethyl)phenyl]carbamoylamino]phenoxy]−N−methyl−pyridine−2−carboxamide)、GW786034B(5−[4−[(2,3−dimethyl−2H−indazol−6−yl)methylamino]−2−pyrimidinyl]amino]−2−methyl−monohydrochloride)、CBO−P11(cyclic(D−F−PQIMRIKPHQGQHIGE);Cyclo−VEGI;D−Phe−Pro(79−93)、VEGF−Aの第79−93番目のアミノ酸配列を有する環状ペプチド)、Je−11((RTELNVGIDFNWEYPAS)2K−NH、VEGFR−2の第247−261番目のアミノ酸配列に相当する免疫グロブリン様ドメイン由来のペプチドダイマー)、V1(ATWLPPR、VEGFR−2に結合するアミノ酸8個のペプチド)、VEGFR−2キナーゼインヒビターI((Z)−3−[(2,4−Dimethyl−3−(ethoxycarbonyl)pyrrol−5−yl)methylidenyl]indolin−2−one)、VEGFR−2キナーゼインヒビターII((Z)−5−Bromo−3−(4,5,6,7−tetrahydro−1H−indol−2−ylmethylene)−1,3−dihydroindol−2−one)、VEGFR−2キナーゼインヒビターIII又はSU5416(3−[(2,4−Dimethylpyrrol−5−yl)methylidene]−indolin−2−one)、VEGFR−2キナーゼインヒビターIV(3−(3−Thienyl)−6−(4−methoxyphenyl)pyrazolo[1,5−a]pyrimidine)、VEGFR−2/3チロシンキナーゼインヒビター(3−(Indole−3−yl)−4−(3,4,5−trimethoxyphenyl)−1H−pyrrole−2,5−dione)、GW654652(N−[5−(ethylsulphonyl)−2−methoxyphenyl]−N−methyl−N−(3−methyl−1H−indazol−6−yl)pyrimidine−2,4−diamine)などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0019】
これらの中でも、前記VEGF受容体シグナル伝達阻害剤は、SU1498、SU5416、SU11248、AZD2171、PTK787/ZK222584、sorafenib、GW786034B等のVEGFR−2キナーゼ阻害剤製剤が、骨髄中に存在し、血管新生に関与することが知られるVEGFR−1陽性細胞に影響を与えない点で好ましい。
前記VEGFR−2キナーゼ阻害剤製剤の具体的な例としては、セジラニブ(cediranib:AZD2171)、スニチニブ(sunitinib:SU11248)ヴァラチニブ(valatinib:PTK787/ZK222584)、ソラフェニブ(sorafenib)、パゾパニブ(pazopanib:GW786034B)などが挙げられる。
【0020】
前記脳梗塞の治療用医薬品組成物における、前記VEGF受容体シグナル伝達阻害剤の含有量としては、特に制限はなく、前記VEGF受容体シグナル伝達阻害剤の種類などに応じて適宜選択することができる。
【0021】
<その他の成分>
前記その他の成分としては、特に制限はなく、薬理学上許容される担体の中から投与方法や剤型などに応じて適宜選択することができる。
例えば、前記脳梗塞の治療用組成物が、経口固形剤として用いられる場合、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、微結晶セルロース、珪酸等の賦形剤;水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン液、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロース、エチルセルロース、シェラック、リン酸カルシウム、ポリビニルピロリドン等の結合剤;乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、乳糖等の崩壊剤;精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ砂、ポリエチレングリコール等の滑沢剤;酸化チタン、酸化鉄等の着色剤;白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸等の矯味/矯臭剤などが挙げられる。
例えば、前記脳梗塞の治療用組成物が、経口液剤として用いられる場合、白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸等の矯味/矯臭剤;クエン酸ナトリウム等の緩衝剤;トラガント、アラビアゴム、ゼラチン等の安定化剤などが挙げられる。
例えば、前記脳梗塞の治療用組成物が、注射剤として用いられる場合、クエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウム等のpH調節剤及び緩衝剤;ピロ亜硫酸ナトリウム、EDTA、チオグリコール酸、チオ乳酸等の安定化剤;塩化ナトリウム、ブドウ糖等の等張化剤;塩酸プロカイン、塩酸リドカイン等の局所麻酔剤;ジメチルスルホキシド(DMSO)、ポリエチレングリコール等の界面活性剤などが挙げられる。
また、前記脳梗塞の治療用組成物は、糖鎖、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド、などを含有していてもよい。これらの糖鎖、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド、ポリエチレングリコール、添加剤や処理剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
前記脳梗塞の治療用医薬品組成物における前記その他の成分の含有量としても、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0022】
<投与>
前記脳梗塞の治療用医薬品組成物の投与時期としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、脳梗塞発症後3時間以降が好ましく、3時間〜6時間がより好ましい。前記脳梗塞の治療用医薬品組成物は、脳梗塞急性期徒過後の患者に対しても投与でき、更に前記血栓溶解薬の投与による脳出血の合併症や予後の増悪を改善できる点で有利である。
前記脳梗塞の治療用医薬品組成物の投与方法としては、特に制限はなく、該脳梗塞の治療用医薬品組成物における、前記血栓溶解薬や前記VEGF受容体シグナル伝達阻害剤の種類や含有量などに応じて適宜選択することができ、例えば、経口投与法、注射による方法、吸入による方法などが挙げられる。
前記脳梗塞の治療用医薬品組成物の投与量としても、特に制限はなく、投与対象個体の年齢、体重、体質、症状、他の成分を有効成分とする医薬の投与の有無など、様々な要因を考慮して適宜選択することができる。
前記投与対象となる動物種としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ヒト、サル、ブタ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、マウス、ラット、トリなどが挙げられるが、これらの中でもヒトに好適に用いられる。
【0023】
前記脳梗塞の治療用医薬品組成物における、前記血栓溶解薬と、前記VEGF受容体シグナル伝達阻害剤とは、同時に併用して投与されてもよく、別々に投与されてもよい。
前記血栓溶解薬がt−PAである場合、該t−PAによって活性化されるプラスミンが前記VEGFのプロセッシングに関与するため、前記t−PAの投与に先立って前記VEGF受容体シグナル伝達阻害剤を脳内に送達しておくことは、前記VEGFのシグナル伝達をより強く阻害することにつながる。したがって、前記VEGF受容体シグナル伝達阻害剤を投与した後に前記t−PAを投与する場合もある。
【0024】
前記血栓溶解薬の投与量及び投与方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、各医薬製造メーカーの指示に従った投与量及び投与方法が好ましい。
例えば、前記血栓溶解薬が、前記t−PA製剤の1つであるアルテプラーゼである場合、その投与量及び投与方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、0.6mg/kg〜0.9mg/kgであり、上限としては、1個体当たり60mg〜90mgを、静脈内投与する方法などが挙げられる。具体的には、全投与量の10%を1分間〜2分間のボーラス投与で、残り90%を1時間の点滴投与で静脈内注射する方法などが挙げられる。
【0025】
前記VEGFシグナル伝達阻害剤の投与量及び投与方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
例えば、前記VEGFシグナル伝達阻害剤が、前記セジラニブである場合、その投与量及び投与方法としては、1日に、1個体当たり、10mg〜45mgを経口投与する方法などが挙げられる。
例えば、前記VEGFシグナル伝達阻害剤が、前記スニチニブである場合、その投与量及び投与方法としては、1個体当たり、25mg〜75mgを、1日1回経口投与する方法などが挙げられる。
例えば、前記VEGFシグナル伝達阻害剤が、前記ソラフェニブである場合、その投与量及び投与方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、1個体当たり、400mg〜800mgを、1日1回経口投与する方法などが挙げられる。
例えば、前記VEGFシグナル伝達阻害剤が、前記ヴァラチニブである場合、その投与量及び投与方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、1個体当たり、500mg〜1,500mgを、1日1回経口投与する方法などが挙げられる。
例えば、前記VEGFシグナル伝達阻害剤が、前記パゾパニブである場合、その投与量及び投与方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、1個体当たり、400mg〜1,200mgを、1日1回経口投与する方法などが挙げられる。
【0026】
前記脳梗塞の治療用医薬品組成物における、前記血栓溶解薬と、前記VEGF受容体シグナル伝達阻害剤とが、同時に投与される場合、前記組成物の投与量及び投与方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、前記組成物における前記血栓溶解薬及び前記VEGF受容体シグナル伝達阻害剤の種類、含有量などに応じて、適宜選択することができる。
【0027】
<用途>
前記脳梗塞の治療用医薬品組成物は、脳梗塞急性期徒過後の患者にも投与でき、脳出血の合併症や予後の増悪を改善できるため、脳梗塞の治療に好適に利用可能である。
前記脳梗塞の治療においては、血栓溶解薬を投与するステップと、該血栓溶解薬を投与するステップと同時に、あるいは、先だって、血管内皮増殖因子(VEGF)受容体シグナル伝達阻害剤を投与するステップとを含む治療方法を用いることが好ましい。
【実施例】
【0028】
以下に本発明の実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。なお、以下の実施例は、新潟大学動物実験倫理委員会によって承認された後に実施された。
【0029】
(実施例1:ラット脳梗塞モデルの作製)
<実験動物>
ラット脳梗塞モデルを作製するためにスプラーグ−ドーリーラット(オス、8週齢、日本チャールス・リバー株式会社より入手)を用いた。
【0030】
<ラット脳梗塞モデルの作製>
図1A及び図1Bを参照して、本願発明のラット脳梗塞モデルの作製方法を説明する。
従来の中大脳動脈閉塞モデルでは、外頸動脈(ECA)1と総頸動脈(CCA)3の分岐部、若しくは外頚動脈(ECA)1から中大脳動脈(MCA)2起始部にナイロン糸を侵入させて中大脳動脈を閉塞させていた(図1A)。
しかし、血栓溶解療法の治療可能時間を超えて血栓溶解薬を投与することによる脳出血併発を再現させるために、本実施例では、図1Bに示すラット脳塞栓モデルを作製した。血栓は、ラットの自家血液及びトロンビンを、直径0.35mmのポリエチレンチューブカテーテル(PE−50、ベクトン・ディクティンソン社製)中でゲルとして凝固させ、終夜放置後、1mmの長さに切断された。前記血栓は、前記カテーテルを用いて、1質量%〜1.5質量%のハロタン麻酔下でラットの外頸動脈(ECA)1からラットの中大脳動脈(MCA)2に注入された。その後、血栓注入前と、血栓注入の30分間後又は24時間後に、レーザードップラー血流計(AFL21、株式会社アドバンス製、東京)を用いて脳表血流値(CBF)が測定された。脳表血流値が血栓注入前と比べて50%未満の動物を以下の実験でラット脳梗塞モデル動物として用いた。
【0031】
<栓溶解療法>
ラット脳梗塞モデルに対する血栓溶解療法には、血栓溶解薬であるt−PA(アルテプラーゼ、田辺三菱製薬株式会社製)が、血栓注入の1時間又は4時間後に大腿静脈に30分間静注された(10mg/kg、10%ボーラス投与及び90%点滴投与)。
【0032】
<TTC染色>
血栓注入の24時間後にハロタン過剰投与で安楽死させたラットにPBSを潅流して、非固定の脳冠状切片が作製された。前記脳冠状切片は、37℃で15分間、2質量%トリフェニルテトラゾリウム塩(TTC)を含むPBS(pH7.4)中でTTC染色され、スキャナー(CanoScaner、Canon社製)を用いて走査された。
脳梗塞及び浮腫の体積は、Swanson、R.A.ら(J. Cereb. Blood Flow Metab.,10:290−293(1990))に基づいて算出された。
【0033】
<結果>
図2A〜図2Cは、t−PA投与の脳梗塞軽減効果と、脳出血惹起効果とを示す脳冠状切片の写真である。黒色部分は、健常組織を示し、白色部分は、脳梗塞部分を示す。
血栓注入後t−PAを投与せずに24時間経過すると、術側大脳に広範な脳梗塞が観察された(図2A)。
血栓注入の1時間後にt−PAを投与すると、t−PA非投与動物と比較して脳梗塞部分の縮小が観察された(図2B)。
しかし、血栓注入の4時間後にt−PAを投与すると、1時間後にt−PAを投与した動物と比較して、脳梗塞部分の拡大と、前記部分での出血とが観察された(図2C)。
以上の結果から、前記ラット脳梗塞モデルは、ヒトにおける脳梗塞急性期徒過後のt−PA投与に伴う、脳出血合併症と脳梗塞の増悪とを再現できることが示された。
【0034】
(実施例2:t−PA及びSU1498の併用投与)
VEGF受容体キナーゼ阻害剤で抗VEGF抗体を代替する可能性を以下に検討した。
VEGF受容体に対する特異的な阻害剤として、SU1498((E)−3−(3,5−ジイソプロピル−4−ヒドロキシフェニル)−2−[(3−フェニル−n−プロピル)アミノカルボニル]アクリロニトリル、Calbiochem社製、カタログNo.572888)を用いた。SU1498は、患者の体重1kg当たり1mLのDMSO(ジメチルスルホキシド)中に20mg/kgとなるように溶解して、脳梗塞から4時間後にt−PAとともに単回ボーラス投与された。対照実験としては、溶媒のDMSOのみが、患者の体重1kg当たり1mL投与された。
【0035】
<t−PA及びSU1498の併用投与の影響評価>
脳梗塞から4時間後のt−PA及びSU1498の併用投与の効果は、血栓注入による脳梗塞発症の24時間後のTTC染色脳冠状切片の、脳梗塞の堆積、浮腫の体積、脳出血量、及び運動機能スケールを測定して評価された。
前記TTC染色脳冠状切片の、脳梗塞の体積及び浮腫の体積は、Swanson、R.A.ら(J. Cereb. Blood Flow Metab.、10:290−293(1990))に基づいて算出され、統計的有意性は、ANOVA(分散分析)にて検証され、事後比較(post hoc比較)は、Tukey法で行った。
脳出血量は、分光光度計で術側脳組織1dL当たりのヘモグロビン濃度(単位:g/dL)が測定された。
運動機能スケールは、Andersen、M.ら(Stroke、30: 1464−1471(1999))に基づいて5段階で評価された(段階0:運動障害なし、段階1:術側と反対側の前肢の屈曲、段階2:麻痺側へ身体を押し動かすことへの抵抗力の減少、段階3:麻痺側への自発的な回転、段階4:死亡)。運動機能スケールを比較する際の統計的有意性は、ANOVA(分散分析)にて検証され、事後比較(post hoc比較)はTukey法で行った。
【0036】
<脳梗塞及び浮腫の体積と、脳出血量との結果>
図3A〜図3Cは、それぞれ、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及びSU1498を併用投与したラットの発症24時間後のTTC染色脳冠状切片の、脳梗塞の体積、浮腫の体積、及び脳出血量を示す棒グラフである。黒色の棒は、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及びDMSOを投与した群で、灰色の棒は、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及びSU1498を投与した群である。各群の個体数は6であった。
これらの結果から、t−PA及びSU1498の併合投与は、t−PA及びDMSOを投与した場合に比べて脳梗塞の体積及び浮腫の体積を低減することはできなかったが、脳出血量を低減することはできた(P=0.005)。
【0037】
<運動機能スケール評価結果>
図3Dは、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及びSU1498を併用投与したラットの発症24時間後の運動機能スケールを示す帯グラフである。異なる色の帯は5段階のそれぞれを表す。左側の帯は、血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及びDMSOを投与した群を示し、右側の帯は血栓注入による脳梗塞発症の4時間後にt−PA及びSU1498を投与した群を示す。個体数は、ともに10であった。
左側の帯と右側の帯との比較から、脳梗塞発症の4時間後にt−PA及びSU1498を投与した群は、t−PA及びDMSOを投与した群より予後が改善する傾向を認めた。
【0038】
以上の実験結果から、t−PA及びSU1498の併用投与は、t−PA及び抗VEGF抗体の併用投与と同様に、脳梗塞を発症した患者において、t−PAを投与するまでの時間を従来よりも延長することができ、かつ、脳出血合併症を予防しつつ運動機能及び生存割合を改善できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の脳梗塞の治療用医薬品組成物は、脳梗塞急性期徒過後の患者にも投与でき、脳出血の合併症や予後の増悪を改善できるため、脳梗塞の治療に好適に利用可能である。
【符号の説明】
【0040】
1 外頸動脈(ECA)
2 中大脳動脈(MCA)
3 総頸動脈(CCA)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血栓溶解薬と、血管内皮増殖因子(VEGF)受容体シグナル伝達阻害剤とを含むことを特徴とする、脳梗塞の治療用医薬品組成物。
【請求項2】
脳梗塞急性期徒過後の患者に投与されることを特徴とする、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記脳梗塞急性期は脳梗塞の発症から3時間以内であることを特徴とする、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記血栓溶解薬は組織型プラスミノゲン・アクチベーター(t−PA)又はその誘導体を含むことを特徴とする、請求項1から3のいずれかに記載の組成物。
【請求項5】
前記VEGF受容体シグナル伝達阻害剤は、VEGF受容体2型(VEGFR−2)を介するシグナル伝達の阻害剤であることを特徴とする、請求項1から4のいずれかに記載の組成物。
【請求項6】
前記VEGF受容体シグナル伝達阻害剤は、(E)−3−(3,5−Diisopropyl−4−hydroxyphenyl)−2−[(3−phenyl−n−propyl)amino−carbonyl]acrylonitrile)であることを特徴とする、請求項5に記載の組成物。

【図1A】
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【図1B】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図3A】
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【図3B】
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【図3C】
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【図3D】
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【公開番号】特開2011−46685(P2011−46685A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−124382(P2010−124382)
【出願日】平成22年5月31日(2010.5.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 新潟県医師会報 平成21年1月号 通巻 第706号 新潟県医師会会長 佐々木 繁 平成21年1月28日発行
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)
【Fターム(参考)】