説明

口腔扁平上皮癌の検出方法

【課題】口腔扁平上皮癌におけるゲノム構造の変化を指標として、口腔扁平上皮癌の悪性度を含めて検出する手段を提供すること。
【解決手段】口腔扁平上皮癌におけるゲノム構造の変化を指標として口腔扁平上皮癌の悪性度を含めた検出を可能にすることを見出した。また、本発明は、口腔扁平上皮癌において、遺伝子の不活性化を回復することにより、口腔扁平上皮癌の増殖を抑制することも見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検体において、特定の染色体領域に存在する遺伝子の変化を検出することを含む癌の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
口腔扁平上皮癌[oral squamous−cell carcinoma(OSCC)]は、頭頚部癌に分類され、主として口腔粘膜上皮などから発生する腫瘍である。頭頚部癌の中で35%程度と発生割合が高く、全世界で毎年27万人に何らかの影響を与えている(非特許文献1)。発生部位では舌がもっとも多く、次いで歯肉(歯茎)に発生することが多い。他に頬粘膜、口蓋、口底といったその他の口腔粘膜、さらに顎の骨や唾液腺にも発生することが知られている。
【0003】
近年、口腔扁平上皮癌のための診断と治療の手順は進歩しているにもかかわらず、その予後は改善されていない。このため、口腔扁平上皮癌における原因遺伝子を見つけ出し、その機能を解明することは、効果的な治療法、化学的予防のための新しい戦略の知見を築くためにも望まれている。
【0004】
癌の発症は細胞のタンパク質の変異や量的変化に起因することは古くから知られている。近年の遺伝子工学の発達は特定タンパク質をコードする遺伝子の増幅や癌細胞における遺伝子変異の解析を可能にし、癌研究の分野においても飛躍的な発展をもたらした。これまでに細胞の癌化や癌細胞の異常増殖に関与するいわゆる癌遺伝子の解析及び同定が進んでいる。一方、変異あるいは発現低下により癌化につながる癌抑制遺伝子がここ数年脚光を浴びている。これまでに癌抑制遺伝子として網膜芽細胞腫のRb遺伝子、大腸癌のp53遺伝子及びAPC遺伝子、Wilms腫瘍のWT1遺伝子などが発見されている。WT1遺伝子を活用した癌抑制剤の例も報告されている(特許文献1)。
【0005】
また、癌の発生、進展悪性化、転移などには一つの遺伝子の異常だけでなく複数の遺伝子の異常が関与していることが次第に明らかになっており、さらに多くの未同定の癌遺伝子及び癌抑制遺伝子が存在するものと考えられている。癌抑制効果を有する遺伝子は数多く知られているが、多くの場合、その選別には患者の遺伝子の変異を、染色体DNAを染色することにより視覚化して見つけ出すアプローチ(非特許文献2)や、遺伝子の欠失をLOH(Loss Of Heterozygosity)解析で大まかな範囲を選定した後、重要な遺伝子領域を絞り込むという方法がこれまで行われてきた(特許文献2)。しかし、これらの方法では、判別できるDNA欠失領域が莫大なものとなり、重要な遺伝子領域を絞り込む作業に大量の時間と手間を必要とする欠点を持っており、癌抑制遺伝子を探し出す手段としては限界があった。また、従来の癌病態の分離・識別法では悪性度の判定は困難であった。
【0006】
本発明者等は、これらの問題を解決するため、新たながん抑制遺伝子として、CDKN2A遺伝子,CDH1遺伝子,MGMT遺伝子,RARB遺伝子、RASSF1A遺伝子,DAPK遺伝子,MLH1遺伝子,LRP1B遺伝子を見出し報告している(非特許文献3)。また、FAT遺伝子ががん抑制遺伝子として働いており、FAT遺伝子のホモ欠失により口腔がんの腫瘍化が引き起こされる可能性が報告されている(非特許文献4)。しかしながら、がん原因の遺伝子レベルでの機構を解析し、診断に役立てるためには、さらに多くの遺伝子変異を検討する必要があった。
【0007】
【非特許文献1】Parkin,DM., et al.,CA Cancer J Clin.55,74-108,2002
【非特許文献2】Yasuhide Yamashita,et al.,World J Gastroenterol ,11(33):5129-5135,2005
【非特許文献3】Nakagawa T, Pimkhaokham A, Suzuki E, Omura K, Inazawa J, Imoto I. Genetic or epigenetic silencing of low density lipoprotein receptor-related protein 1B expression in oral squamous cell carcinoma. Cancer Sci 2006; 97: 1070-4.
【非特許文献4】Nakaya K, Yamagata HD, Arita N, et al. Identification of homozygous deletions of tumor suppressor gene FAT in oral cancer using CGH-array. Oncogene 2007; 26: 5300-8.
【特許文献1】WO2003/002142号公報
【特許文献2】WO01/032859号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
口腔由来、主に口腔上皮由来細胞の癌化についての遺伝子レベルでのメカニズムが解明されれば、遺伝子レベルにおける口腔由来細胞の癌化の発見や、口腔扁平上皮癌の悪性度の診断、進行の抑制をおこなうことが可能となり、さらに、メカニズムに基づく薬剤の選別、開発や治療法の確立が可能となるはずである。具体的には、口腔扁平上皮癌に特徴的な挙動を示す遺伝子を同定して、遺伝子を中心とした技術的検討をおこなうことにより、この課題を解決することができると考えられる。即ち、本発明は、口腔扁平上皮癌などの癌に特徴的な挙動を示す遺伝子を同定して癌の検出方法及び細胞増殖抑制剤を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0009】
Comparative Genomic Hybridization (CGH)はゲノム上で多数の遺伝子増幅並びに欠失、あるいは遺伝子の不活性化に伴う遺伝子異常を解析するためには、簡便で迅速であり、最良の方法である。そして、癌化並びに癌の悪性化などに関与するゲノム上の遺伝子異常を解析するためにCGHアレイに搭載する800種類、4500種類のBAC/PAC DNAを選別する(MCG CancerArray-800、MCG Whole Genome‐4500;Takada H., et al.,Cancer Sci.96,100−105,2005、Inazawa J., et al.,Cancer Sci.95,559−563,2004)ことにより、癌で高頻度に欠失した遺伝子をスクリーニングした。さらに、本発明者らは、COBRA(combined bisulfite restriction analysis)法(Xiong Z and Laird PW., Nucleic Acids Res 25: 2532-2534.1997)とRT−PCR法を組み合わせ、口腔由来の細胞の癌化を促進する癌関連遺伝子、すなわち、Melatonin Receptor 1A(MTNR1A)遺伝子の同定に成功した。そして、MTNR1A遺伝子の欠失、または不活性化、すなわち、MTNR1A蛋白質の減少が口腔扁平上皮癌の増殖を顕著に促進することを見出すことに成功し、本発明を完成した。
【0010】
即ち、本発明によれば、検体において、4q35の染色体領域に存在する遺伝子の変化を少なくとも1つ以上を検出することを含む、癌の検出方法が提供される。
好ましくは、変化を検出する遺伝子は、MTNR1、F11、KLKB1、CYP4V2、DKFZP564J、又はTRL3から選択される少なくとも1つ以上である。
好ましくは、遺伝子の変化は、遺伝子の欠失及び/又は不活性化である。
好ましくは、遺伝子の変化は、CpGアイランドのメチル化による遺伝子の不活性化である。
【0011】
好ましくは、遺伝子はMTNR1である。
好ましくは、遺伝子の変化を、DNAチップ法、サザンブロット法、ノーザンブロット法、リアルタイムRT−PCR法、FISH法、CGH法、アレイCGH法、Bsulfite Sequence法、又はCOBRA法を用いて検出する。
【0012】
好ましくは、検体において、MTNR1、F11、KLKB1、CYP4V2、DKFZP564J、又はTRL3から選択される少なくとも1つ以上の遺伝子から翻訳される蛋白質の量を検出することを含む、癌の検出方法。
好ましくは、蛋白質の量を免疫組織化学的法により検出する。
好ましくは、検体は、口腔由来の組織である。
好ましくは、癌は、口腔扁平上皮癌である。
好ましくは、検体の悪性度を含めた癌化を検出する。
【0013】
本発明によればさらに、MTNR1、F11、KLKB1、CYP4V2、DKFZP564J、又はTRL3から選択される少なくとも1つ以上の遺伝子、あるいはMTNR1、F11、KLKB1、CYP4V2、DKFZP564J、又はTRL3から選択される少なくとも1つ以上の遺伝子によりコードされる蛋白質をインビトロで細胞に導入することを含む、細胞の増殖を抑制する方法が提供される。
【0014】
本発明によればさらに、MTNR1、F11、KLKB1、CYP4V2、DKFZP564J、又はTRL3から選択される少なくとも1つ以上の遺伝子、あるいはMTNR1、F11、KLKB1、CYP4V2、DKFZP564J、又はTRL3から選択される少なくとも1つ以上の遺伝子によりコードされる蛋白質を含む、細胞増殖抑制剤が提供される。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、口腔由来の細胞検体における癌化、悪性度を的確に把握することが可能となった。また、口腔扁平上皮癌において、MTNR1遺伝子又はその転写産物を導入することにより、口腔扁平上皮癌の増殖を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
(1)癌の検出方法
本発明による癌の検出方法は、検体において、4q35の染色体領域に存在する遺伝子の変化を少なくとも1つ以上を検出することを特徴とする。好ましくは、検出される遺伝子は、MTNR1遺伝子である。
【0017】
ヒトゲノムプロジェクトの成果により、MTNR1遺伝子の転写産物は既に知られており、4q35染色体領域に存在する遺伝子である。MTNR1遺伝子がコードする蛋白質は、松果体のホルモンであるメラトニンの受容体蛋白質の一つであることはわかっているが、このMTNR1遺伝子が、口腔扁平上皮癌の発症、または悪性度に関わる重要な癌関連遺伝子であることは知られていない。
【0018】
上述したように、本検出方法は、口腔由来の細胞や口腔扁平上皮癌におけるMTNR1遺伝子の欠失や不活性化を検出することを特徴とする方法である。
MTNR1遺伝子の欠失や不活性化を検出する対象となる口腔由来の細胞や口腔扁平上皮癌は、検体提供者の生検組織細胞が好適である。
【0019】
この検体組織細胞は、健常人の口腔に由来する細胞か、口腔扁平上皮癌患者の癌組織であるかを問わないが、現実的には、検査等の結果、口腔粘膜や舌、歯茎などに癌化が疑われる病変部が認められた場合の病変組織、または口腔扁平上皮癌であることが確定しているが、その悪性度や進行度を判定する必要がある口腔扁平上皮癌の組織、等が主な対象となり得る。
【0020】
本検出方法により、「検査等の結果、口腔に由来する組織や細胞に癌化が疑われる病変部が認められた場合の病変組織」におけるMTNR1遺伝子の欠失や不活性化が認められた場合には、病変組織は癌化に向かって進行しているか或いは既に癌化の状態であり、かつ、悪性度が高くなりつつあることが判明し、早急な本格的治療(手術等による病変部の除去、本格的な化学療法等)をおこなう必要性が示される。また、「口腔扁平上皮癌であることが確定しているが、その悪性度や進行度を判定する必要がある口腔扁平上皮癌の組織」におけるMTNR1遺伝子の欠失や不活性化が認められた場合にも、癌組織の悪性度が高くなりつつあることが判明し、早急な本格的治療手術等による病変部の除去、本格的な化学療法等)をおこなう必要性が示される。検体として採取された口腔扁平上皮癌組織は、必要な処理、例えば、採取された組織からのDNA或いはRNAの調製をおこない、本検出方法をおこなう対象とすることができる。
【0021】
次に、本発明の一例として、MTNR1遺伝子の欠失、または不活性化の検出について説明する。なお、本発明においては、MTNR1遺伝子以外にも、4q35の染色体領域に存在する遺伝(例えば、F11、KLKB1、CYP4V2、DKFZP564J、又はTRL3など)の変化を、MTNR1遺伝子の場合と同様に検出してもよい。
【0022】
(i)MTNR1遺伝子の欠失の検出
MTNR1遺伝子の欠失の検出を直接的におこなうことができる代表的な方法として、CGH(Comparative Genomic Hybridization)法とFISH(Fluorescence in situ hybridization)法を挙げることができる。この態様の本検出方法は、MTNR1遺伝子を有するBAC(Bacterial Artificial Chromosome)DNA、YAC(Yeast Artificial Chromosome)DNA、PAC(P1−drived Artificial Chromosome)DNA(以下、BAC DNA等ともいう)を標識し、FISHをおこなうと、MTNR1遺伝子の有無、すなわち欠失を検出することができる。具体的には、MTNR1遺伝子を有するBAC DNAとしては、RP11−213A19、RP11−178C12等を上げることができる。
【0023】
上記の態様の方法は、ゲノムDNA定着基盤を用いておこなうことが、好適であり、かつ、現実的である。通常に得られるBAC DNA等は、ゲノムDNA定着基盤を多数製造して実用化するには少量であるので、当該DNAを遺伝子増幅産物として得る必要がある(この遺伝子増幅行程を「無尽蔵化」ともいう)。無尽蔵化においては、まずBAC DNA等を、4塩基認識酵素、例えば、RsaI、DpnI、HaeIII等で消化した後、アダプターを加えてライゲーションをおこなう。アダプターは10〜30塩基、好適には15〜25塩基からなるオリゴヌクレオチドで、2本鎖は相補的配列を有し、アニーリング後、平滑末端を形成する側の3‘-末端のオリゴヌクレオチドをリン酸化する必要がある。次に、アダプターの一方のオリゴヌクレオチドと同一配列を有するプライマーを用いて、PCR(Polymerase Chain Reaction)法により増幅し、無尽蔵化することができる。一方、各BAC DNA等に特徴的な50〜70塩基のアミノ化オリゴヌクレオチドを検出用プローブとして用いることもできる。
【0024】
このようにして無尽蔵化したBAC DNA等を基盤上、好適には固体基盤上に定着させることにより、所望するDNA定着基盤を製造することができる。固体基盤としては、ガラス板が好ましい。ガラス等の固体基盤は、ポリ−L−リジン、アミノシラン、金・アルミニウム等の凝着により基盤をコートすることがより好ましい。
【0025】
上記の無尽蔵化したDNAを基盤上にスポットする濃度は、好ましくは10pg/μl〜5μg/μl、より好ましくは1ng/μl〜200ng/μlである。スポットする量は好ましくは1nl〜1μl、より好ましくは10nl〜100nlである。また、基盤に定着させる個々のスポットの大きさ及び形状は、特に限定されないが、例えば、大きさは直径0.01〜1mmであり得、上面から見た形状は円形〜楕円形であり得る。乾燥スポットの厚みは、特に制限はないが、1〜100μmである。さらに、スポットの個数は、特に制限はないが、使用する基盤あたり10〜50,000個、より好ましくは100〜5,000個である。それぞれのDNAはSingularからQuadruplicateの範囲でスポットするが、Duplicate或るいはTriplicateにスポットすることが好ましい。
【0026】
乾燥スポットの調整は、例えば、スポッターを用いて無尽蔵化したBAC DNA等を基盤上にたらして、複数のスポットを形成した後、スポットを乾燥することにより製造することができる。スポッターとしてインクジェット式プリンター、ピンアレイ式プリンター、バブルジェット(登録商標)式プリンターが使用できるが、インクジェット式プリンターを使用することが望ましい。例えば、GENESHOT(日本ガイシ株式会社、名古屋)等を使用できる。
【0027】
このようにして無尽蔵化したBAC DNA等を基盤上、好適には固体基盤上に定着させることにより、所望するDNA定着基盤を製造することができる。
【0028】
また、このMTNR1遺伝子の欠失を直接的に検出する手段の一つとしてサザンブロット法を挙げることができる。サザンブロット法は、検体から得られるゲノムDNAを分離して固定し、これと、MTNR1A遺伝子とのハイブリダイズを検出することにより、検体中の当該遺伝子の存在を検出する方法である。
【0029】
(ii)MTNR1遺伝子の不活性化の検出
CpGリッチプロモーター並びにエキソン領域を密にメチル化すると転写不活性化が起こることが報告されている(Bird AP., et al., Cell,99,451−454,1999).癌細胞では、CpGアイランドはそれ以外の領域と比較すると高い頻度で密にメチル化されており、プロモーター領域の高度メチル化(Hypermethylation)は、癌での癌抑制遺伝子の不活性化に深く関与している(Ehrlich M., et al,Oncogene,21,6694−6702,2002)。後述するように、実際、MTNR1遺伝子のエキソンに存在するCpGアイランドはプロモーター活性を有している。また、このCpGアイランドのメチル化の度合いは、一部の口腔扁平上皮癌でのMTNR1遺伝子発現の抑制と強く相関していた。
【0030】
そして、口腔扁平上皮癌を、脱メチル化試薬である5−アザデオキシシチジン(5−aza−dCyd)存在下で培養することにより、CpGアイランドを脱メチル化することができ、その結果、MTNR1A遺伝子発現を回復させることができた。これらの結果により、CpGアイランドの高度メチル化が口腔扁平上皮癌における癌抑制遺伝子の発現抑制を高頻度で起こす原因の一つであることが判明した。
【0031】
上述した検出手段により、MTNR1遺伝子の発現量が減少していることが判明した検体細胞(癌組織に由来するプライマリー癌細胞)に対して、脱メチル化剤(5−アザデオキシシチジンなど)を作用させて、遺伝子発現量の回復を検討することができる。すなわち、検体細胞に脱メチル化剤を作用させて、MTNR1遺伝子の発現量が回復する場合には、検体細胞における遺伝子の抑制要因は、CpGアイランドのメチル化であり、検体提供者に、脱メチル化作用を有する薬剤を投与することにより、相応の抗腫瘍効果が期待される。
【0032】
(2)細胞増殖の抑制方法、及び細胞増殖抑制剤
本発明によればさらに、MTNR1、F11、KLKB1、CYP4V2、DKFZP564J、又はTRL3から選択される少なくとも1つ以上の遺伝子、または、該遺伝子の発現産物である蛋白質をインビトロで細胞に導入することを含む、細胞の増殖を抑制する方法、並びに上記遺伝子又は蛋白質を含む細胞増殖抑制剤が提供される。
【0033】
MTNR1、F11、KLKB1、CYP4V2、DKFZP564J、又はTRL3から選択される少なくとも1つ以上の遺伝子を取り扱う場合、当業者に公知の技術を用いて培養細胞などから取得したcDNAであってもよいし、PCR法などにより酵素学的に合成したものでもよい。PCR法によりDNAを取得する場合、ヒトの染色体DNA又はcDNAライブラリーを鋳型として使用し、目的とする塩基配列を増幅できるように設計したプライマーを使用してPCRを行う。PCRで増幅したDNA断片は大腸菌などの宿主で増幅可能な適切なベクター中にクローニングすることができる。
【0034】
MTNR1、F11、KLKB1、CYP4V2、DKFZP564J、又はTRL3から選択される少なくとも1つ以上の遺伝子の検出ブローブ又はプライマーの調製、並びに目的遺伝子のクローニングなどの操作は当業者に既知であり、例えば、Molecular Cloning: A laboratory Mannual、2nd Ed.、Cold Spring Harbor Laboratory、Cold Spring Harbor、NY.、1989、Current Protocols in Molecular Biology、Supplement 1〜38、John Wiley & Sons(1987−1997)などに記載された方法に準じて行うことができる。
【0035】
MTNR1、F11、KLKB1、CYP4V2、DKFZP564J、又はTRL3から選択される少なくとも1つ以上の遺伝子は、ベクターに組み込んだ組換えベクターの形態で用いることができる。ベクターとしてはウイルスベクター又は動物細胞発現用ベクター、好ましくはウイルスベクターが用いられる。ウイルスベクターとしてはレトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、バキュロウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、レンチウイルスベクターなどが挙げられる。中でも、レトロウイルスベクターは、細胞に感染後、ウイルスゲノムが宿主染色体に組み込まれ、ベクターに組み込んだ外来遺伝子を安定にかつ長期的に発現させる可能であるからレトロウイルスベクターを使用することが特に望ましい。
【0036】
動物細胞発現用ベクターとしては例えばpCXN2(Gene,108,193−200,1991)、PAGE207(特開平6−46841号公報)又はその改変体などを用いることができる。
【0037】
上記組換えベクターは適当な宿主に導入して形質転換し、得られた形質転換体を培養することによって生産することができる。組換えベクターがウイルスベクターの場合、これを導入する宿主としてはウイルス生産能を有する動物細胞が用いられ、例えば、COS−7細胞、CHO細胞、BALB/3T3細胞、HeLa細胞などが挙げられる。レトロウイルスベクターの宿主としては、ΨCRE、ΨCRIP、MLVなどが、アデノウイルスベクター及びアデノ随伴ウイルスベクターの宿主としては、ヒト胎児腎臓由来の293細胞などが用いられる。ウイルスベクターの動物細胞への導入はリン酸カルシウム法などで行うことができる。また、組換えベクターが動物細胞発現用ベクターの場合、これを導入する宿主としては大腸菌K12株、HB101株、DH5α株などを使用でき、大腸菌の形質転換は当業者に公知である。
【0038】
得られた形質転換体はそれぞれに適した培地、培養条件により培養する。例えば、大腸菌の形質転換体の培養は、生育に必要な炭素源、窒素源、無機物その他を含有するpH5〜8程度の液体培地を用いて行うことができる。培養は通常15〜43℃で約8〜24時間程度行う。この場合、目的とする組み換えベクターは、培養終了後、通常のDNA単離精製法により得ることができる。
【0039】
また、動物細胞の形質転換体の培養は、例えば約5〜20%のウシ胎児血清を含む199培地、MEM培地、DMEM培地などの培地を用いて行うことができる。培地のpHは約6〜8が好ましい。培養は通常約30〜40℃で約18〜60時間行う。この場合、目的とする組み換えベクターは、それを含有するウイルス粒子が培養上清中に放出されるので、ウイルス粒子の濃縮、精製を塩化セシウム遠心法、ポリエチレングリコール沈澱法、フィルター濃縮法などにより得ることができる。
【0040】
本発明の細胞増殖抑制剤は、有効成分である上記遺伝子を遺伝子治療剤に通常用いる基剤と共に配合することにより製造することができる。また、上記遺伝子をウイルスベクターに組み込んだ場合は、組換えベクターを含有するウイルス粒子を調製し、これを遺伝子治療剤に通常用いる基剤と共に配合する。
【0041】
有効成分である上記遺伝子又は蛋白質を配合するために使用する基剤としては、通常注射剤に用いる基剤を使用することができ、例えば、蒸留水、塩化ナトリウム又は塩化ナトリウムと無機塩との混合物などの塩溶液、マンニトール、ラクトース、デキストラン、グルコースなどの溶液、グリシン、アルギニンなどのアミノ酸溶液、有機酸溶液又は塩溶液とグルコース溶液との混合溶液などが挙げられる。あるいはまた、当業者に既知の常法に従って、これらの基剤に浸透圧調整剤、pH調整剤、植物油、界面活性剤などの助剤を用いて、溶液、懸濁液、分散液として注射剤を調製することもできる。これらの注射剤は、粉末化、凍結乾燥などの操作により用時溶解用製剤として調製することもできる。
【0042】
本発明の細胞増殖抑制剤の投与形態としては、通常の静脈内、動脈内などの全身投与でもよいし、局所注射又は経口投与などの局所投与を行ってもよい。さらに、細胞増殖抑制剤の投与にあたっては、カテーテル技術、遺伝子導入技術、又は外科的手術などと組み合わせた投与形態をとることもできる。
【0043】
本発明の細胞増殖抑制剤の投与量は、患者の年齢、性別、症状、投与経路、投与回数、剤型によって異なるが、一般に、成人では一日当たり組み換え遺伝子の重量として1μg/kg体重から1000mg/kg体重程度の範囲であり、好ましくは10μg/kg体重から100mg/kg体重程度の範囲である。投与回数は特に限定されない。
【0044】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例により特に限定されるものではない。
【実施例】
【0045】
実施例1:口腔扁平上皮癌における遺伝子の変化
口腔扁平上皮癌での新規な遺伝子変化を検出するために、25種類の口腔扁平上皮癌細胞株(OM−1、OM−2、TSU、ZA、NA、Ca9−22、HOC−313、HOC−815、HSC−2、HSC−3、HSC−4、HSC−5、HSC−6、HSC−7、KON、SKN−3、HO−1−N−1、KOSC−2、Sa3、SAS、KOSC−3,HO−1−u−1、T3M1C12,T3M1CI−10,HSQ89)および14種類の口腔扁平上皮癌細胞株(Tosca−2S、7,18,23,24,30,32,36,45,50,52,55,58S1,65)のうち最初の18種類を除いた21種類の細胞株から調製したゲノムDNAを用いてMGC Cancer Array−800とMGC Whole Genome Array−4500を使用したCGHアレイ解析をおこなった。なお、対象として正常な口腔上皮由来の細胞株(RT7)から抽出したゲノムを使用しCy5で標識した。被検DNAとして口腔扁平上皮癌細胞株から調整したゲノムDNAを使用しCy3で標識した。具体的には、DpnII消化したゲノムDNA(0.5μg)を、各々0.6mM dATP、0.6mM dTTP、0.6mM dGTP、0.3mM dCTP及び0.3mMCy3−dCTP(口腔扁平上皮癌細胞)或るいは0.3mMCy5−dCTP(正常細胞)存在下で、BioPrime Array CGH Genomic Labeling System(Invitrogen社)により標識した。Cy3及びCy5標識dCTPはGE ヘルスケア社より入手した。両標識ゲノムDNAをCot−1 DNA(Invitrogen社)存在下でエタノールを加えて沈殿させ、120μlのハイブリダイゼーション混合液(50%ホルムアミド、10%Dextran sulfate、2xSSC(1xSSC:150mM NaCl/15mM Sodium Citrate)、4% sodium dodecyl sulfate、pH7.0)に溶解した。37℃で30分間インキュベーション後、ハイブリダイゼーションマシーン(GeneTAC;ハーバードバイオサイエンス社)にCGHアレイをセットし、48−72時間ハイブリダイゼーションをおこなった。その後、CGHアレイを50%ホルムアミド/2xSSC(pH7.0)溶液中で50℃にて15分間洗浄し、次に2xSSC/0.1%SDS中で50℃にて15分間洗浄した。風乾した後、CGHアレイをGenePix 4000Bスキャナー(Axon Instruments、CA、USA)を用いてCy3及びCy5に由来する蛍光をモニタリングした。得られた結果をGenePix Pro6.0イメージングソフトウエア(Axon Instruments、CA、USA)を用いて解析した。Cy3に由来する蛍光強度の平均とCy5に由来する蛍光強度の平均を同じ値に調整し、Cy3/Cy5のRatioを求めた。ゲノムに異常がない場合にはRatio値は1(log2Ratio=0)である。Ratio値が1.32以上(log2Ratioで0.4以上)の時にゲノムの増幅があり、4以上(log2Ratioで2以上)の時に顕著な増幅が認められると判定した。Ratio値が0.75以下(log2Ratioで−0.4以下)の時にゲノムのヘテロ接合体欠失の可能性、0.25以下(log2Ratioで−2以下)の時にホモ接合体欠失の可能性が極めて大きいと判定した。その結果を図1a,bおよび表1、2に示す。
【0046】
【表1】

【0047】
【表2】

【0048】
高レベルの遺伝子増幅は、21種類の口腔扁平上皮癌中8種類で、13遺伝子座に確認することができた。また、遺伝子欠失は、21種類の口腔扁平上皮癌中16種類で、7遺伝子座を確認することができた。
【0049】
実施例2:口腔扁平上皮癌における4q35染色体欠失領域に含まれる遺伝子の単離
アレイCGHで4q35領域のホモ欠失が確認された口腔扁平上皮癌細胞(TOSCa−24,36,52,55、SAS)におけるホモ欠失領域の範囲を決定するため、一連のSTSマーカー(1, SHGC−8050; 2, RH48688; 3, SHGC−156018; 4, RH45826; 5, SGGC−140659; 6, GDB:315917; 7, SHGC−50723; 8, SHGC−140376; 9, WI−3160)を用いたゲノミックPCRを行い、1Mb程度の領域内で3領域(図1c)ホモ欠失領域の範囲があることを見出した。
【0050】
また、CGHアレイの結果とヒトゲノムデータベース(http://genome.ucsc.edu/)から、この領域には7つの遺伝子(DKFZP564J遺伝子、KLKB1遺伝子、CYP4V2遺伝子、F11遺伝子、MTNR1A遺伝子、FAT遺伝子)が存在することを確認した。
【0051】
さらに、これらの遺伝子がホモ欠失していることを確認するため、前述の39種類の細胞株について、補足表1記載のプライマーセットを用いたゲノミックPCRを行い、TRL3が2つの細胞株で、DKFZP564Jが3つの細胞株で、CYP4V2が3つの細胞株で、KLKB1が3つの細胞株で、F11が3つの細胞株で、MTNR1Aが2つの細胞株で、FAT2つの細胞株で欠失していることを見出した(図2a)。
【0052】
実施例3:口腔扁平上皮癌細胞株におけるMTNR1A mRNA発現の消失
前述の39細胞株、および正常口腔上皮細胞の不死化細胞株RT7、および正常な口腔粘膜からの初代培養上皮細胞における上記7種の遺伝子(DKFZP564J遺伝子、KLKB1遺伝子、CYP4V2遺伝子、F11遺伝子、MTNR1A遺伝子、FAT遺伝子)のmRNAの発現量を決定するため、Reverse transcriptase(RT)−PCRをおこなった。
【0053】
具体的には、培養した細胞株からの抽出RNAから、SuperScript First−Strand Synthesis System(Invitrogen社)を用いて、一本鎖cDNAを合成し、表3に示すプライマー配列を用いて、PCRをおこなった。また、コントロールとして、Glyceraldehyde−3−phosphate dehydrogenase(GAPDH)遺伝子を用いた。
【0054】
【表3】

【0055】
解析の結果、FAT遺伝子はほぼ全ての細胞株で発現し、正常細胞との差も無いことから、口腔扁平上皮癌のターゲットとしては好ましくないことがわかった。
CYP4V2遺伝子、TRL3遺伝子,DKFZP564J遺伝子、KLKB1遺伝子、F11遺伝子は、発現パターンが細胞株ごとに異なっており、正常細胞との差も小さいが、口腔扁平上皮癌のターゲットとできることがわかった(図2b)。
【0056】
さらに、MTNR1A遺伝子は、RT7細胞、正常な口腔粘膜からの初代培養上皮細胞では明確に発現しているときに、ホモ欠失が見られない細胞株においても、高頻度にmRNAの発現が消失しており、4q35ホモ欠失、および、不活性化のターゲット遺伝子として特に好ましいことを見出した。
【0057】
実施例4:脱メチル化によるMTNR1A遺伝子の発現回復
MTNR1A遺伝子の発現の抑制が、DNAのメチル化による原因かどうかを調べるため、MTNR1A遺伝子が発現していない口腔扁平上皮癌細胞株(TOSCa−50、ZA、NA)を用い、脱メチル化試薬5‐aza‐dCydを1μM、5μMで5日間、および/あるいは、脱アセチル化阻害剤TSAを100ng/mlで12時間処理をおこなった。それらの細胞由来からRNAを抽出し、MTNR1A遺伝子の発現をRT−PCRで調べた(図2c)。その結果、MTNR1A遺伝子は、5‐aza‐dCydの処理により、遺伝子発現を回復することがわかった。この結果は、明らかに、MTNR1A遺伝子の発現抑制には、DNAのメチル化が関与していることが推定される。また、TSA処理では、MTNR1A遺伝子の発現に差が見られないことから、MTNR1A遺伝子の発現調節にヒストンの脱アセチル化の影響は少ないことが明らかとなった(図2c)。
【0058】
一方、CYP4U2遺伝子、およびDKFZP564J遺伝子では5‐aza‐dCyd処理による遺伝子発現の回復は見られなかった。このことから、CYP4U2遺伝子、およびDKFZP564J遺伝子における不活性化にはメチレーションが関与していないことがわかった(図6)。
【0059】
実施例5:口腔扁平上皮癌細胞株におけるMTNR1A CpGアイランドのメチル化状態
MTNR1A遺伝子の不活性化におけるCpGアイランドのメチル化状態の潜在的な役割を明らかにするために、MTNR1Aが発現していない口腔扁平上皮癌細胞株(NA,HSC−6,ZA,HSC−4,TOSCa―65)あるいは発現している口腔扁平上皮癌細胞株(HSC−5)および、RT7細胞のMTNR1A CpG−island(領域1−3 図3a)周辺のCpGサイトのメチル化の度合いをbisulfiteシーケンス法(Toyota M.,et al., Cancer Res.59,2307,1999)により確認した(図3a)。
【0060】
その結果、MTNR1Aが発現していない口腔扁平上皮癌細胞株(NA,HSC−6,ZA,HSC−4,TOSCa―65)は全領域において、メチル化されており、一方、MTNR1Aが発現している口腔扁平上皮癌細胞株(HSC−5)および、RT7細胞については、全領域が低メチル化状態であることが明らかとなった(図3a)。
【0061】
さらに、より多くの細胞株について、メチル化状態と、MTNR1A遺伝子の発現状態の関係をCombined bisulfite restriction analysis(COBRA)法(Xiong Z and Laird PW., Nucleic Acids Res 25: 2532-2534.1997)を用いて比較した。
【0062】
その結果は、前記bisulfiteシーケンス法の結果と一致しており、メチル化されていないアレルは主にMTNR1A遺伝子が発現している細胞株(HSQ89,HSC−5,OM2,SKN3)およびRT−7細胞で検出され、ホモ欠失を伴わず、かつ、MTNR1A遺伝子が発現していない細胞株は、全ての領域において、高度なメチル化が見出された(図3b)。
【0063】
実施例6:MTNR1A CpGアイランドのプロモーター活性について
プロモーター活性を測定するため、2つの扁平上皮癌細胞(OM2:MTNR1A発現あり、NA:MTNR1A発現無し)について、プロモーター・レポーター・アッセイを用いて、推定領域をカバーする4つの断片領域を調べた。具体的には4つの断片(Fragment 1〜4)をルシフェラーゼレポータープラスミド(pGL3‐Basic vector:Promega社)に挿入し、口腔扁平上皮癌細胞株(OM2,NA)へトランスフェクションした。Dual-Luciferaseレポーターアッセイシステム(Promega社)を用いて、マニュアルに従ってルシフェラーゼ活性を測定し、各Fragmentを有するpGL3ベクターに由来するルシフェラーゼ活性を測定した(図3c)。その結果、領域2および3に存在するエクソン1およびイントロン1を含むFragment3のルシフェラーゼ活性が高いことがわかった(図3c)。この結果から、Fragment3は、メチル化による遺伝子不活性化のための重要な配列を含んでいることがわかった。
【0064】
実施例7:原発性口腔扁平上皮癌臨床検体におけるMTNR1A遺伝子のプロモータ領域のメチル化の解析
異常なメチル化が口腔扁平上皮癌臨床検体に存在するかどうかをより高感度に検出するため、バイサルフェート処理がなされたDNAについて補足表S1に記載されたプライマーセットを用いPCR解析を行うMSP法(メチレーション特異的PCR法)により、16検体の口腔扁平上皮癌臨床検体について解析を行った。
【0065】
コントロールとして、bisulfiteシーケンス法、COBRA法の解析結果と同様に、MTNR1A遺伝子が発現していない細胞(NA細胞)では顕著なメチル化パターンをしめし、MTNR1A遺伝子が発現している細胞(HSC−5細胞)では、非メチル化状態を示すことが確認された。16検体のうち10の口腔扁平上皮癌臨床検体に、MTNR1A遺伝子の高度なメチル化がみとめられた(図4a)。MSP法の結果を検証するため、16検体の口腔扁平上皮癌臨床検体について、前述と同様にbisulfiteシーケンス法を実施し、MSP解析と同様の結果になることを確認した(図4b)。
【0066】
さらに、6組の検体のがん部および非がん部(臨床検体101〜106)について、同様にMSP解析を行い、がん部の方が非癌部に対し、相対的に高度にメチル化されていることを見出した。
【0067】
実施例8:口腔扁平上皮癌臨床検体における、MTNR1Aタンパクの発現量と、臨床病理学的特長の関係。
口腔扁平上皮癌臨床検体におけるMTNR1A遺伝子の臨床的意義を明らかにするため、MTNR1A特異的抗体を用いて口腔扁平上皮癌臨床検体におけるMTNR1A蛋白質の発現レベルを免疫組織化学染色により評価することにした。具体的な方法としては、パラフィン包埋した組織切片をホルマリン固定することでおこなった。シランコートされたガラススライド上の切片は、脱パラフィン化とエタノールによる段階的な脱水をおこなった。抗原は、95℃で10分間high pH buffer(Dako Cytomation社 Target Retrieval Solution High pH)中でオートクレーブ前処理により取り出した。内因性ペルオキシダーゼは5%過酸化水素を用いて阻害した。非特異的染色は2%標準ブタ血清で阻害した。そのスライドは抗ヒトCTGFヤギポリクローナル抗体(L−20、1:100希釈;Santa Cruz Biotechnology社)を用いて4℃で一晩インキュベートした。スライドはHistofine シンプルステインMAX PO(G)(Nichrei社)を用いて室温で2時間反応させた。抗原―抗体反応は0.2%ジアミノベンジジンテトラヒドロクロリドと過酸化水素により可視化した。そのスライドはMayer’s ヘマトキシリンを用いて対比染色した。
【0068】
その結果、正常の口腔粘膜細胞において、MTNR1Aは陽性の免疫反応を示した。一方、コントロールとした粘膜細胞に比べ、プロモーター境界領域で高度なメチル化がなされている癌部において、MTNR1Aタンパク質の発現が不活性化することが明らかとなった(図4c、図7C)。
【0069】
50種の口腔扁平上皮癌臨床検体については、34が陽性を16が陰性を示した。タンパクの発現と臨床病理的性質の関係を表4に示す。
【0070】
【表4】

【0071】
タンパクの発現は、TNM分類中のTステージと大きく相関しており、T3,T4ステージの腫瘍でMTNR1Aタンパクの発現が消失する傾向があることがわかる。しかしながら、患者の年齢、性別、分化度、ステージ、Nステージとは、関連しないことがわかる。
また、MTNR1Aの免疫活性が陰性の場合、全てのステージにおいて、全生存率が悪いことが明らかとなった(図4d)。
【0072】
【表5】

【0073】
実施例9:OSCC細胞株の成長に対するMTNR1A遺伝子による成長抑制効果の確認
これまでの結果をふまえ、MTNR1A遺伝子発現を活性化することで、OSCC細胞の成長が抑制されるかどうかどうかを検討した。まず、MTNR1A遺伝子のMycタグを発現するプラスミド(pCMV−3Tag4A−FLAG−MTNR1A)を構築した。本プラスミドは、RT−PCRにより増幅したMTNR1AのcDNAをpCMV−3Tag4Aベクター(Stratagene社)にMycタグと翻訳フレームがあうように挿入して作製した。対照として、ITCH遺伝子を挿入しない空ベクター(pCMV−3Tag4A−mock)を使用した。これらの発現プラスミドを、トランスフェクション試薬であるLipofectamine 2000(Invitrogen)と混合し、HSC−7細胞またはNA細胞へトランスフェクションした。24時間後細胞を回収し、ProteoExtract Transmembrane Protein Extraction Kit (Novagen 社)および、抗Myc抗体(Cell Signaling Technology社)を用いたウエスタンブロットによりMTNR1A蛋白質の発現を確認した(図5A)。
【0074】
また、トランスフェクションの2週間後に、ネオマイシン系薬剤であるG418存在下で増殖した細胞を70%エタノールで固定し、クリスタルバイオレッドで染色することによりカウントした。
【0075】
その結果、空ベクターでトランスフェクションした細胞と比べて、pCMV−3Tag4A−FLAG−MTNR1Aでトランスフェクションした細胞は顕著にコロニー数が減少した(図5b)。この結果から、明らかにMTNR1A遺伝子の発現を活性化することで、OSCC細胞の増殖を抑制できることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】(A)21種の口腔扁平上皮癌細胞株におけるMCG Cancer Array−800により決定したコピー数の増幅と欠失のゲノム全体の頻度を示している(増幅:0以上は緑、欠失:0以下は赤)。クローンは、UCSCマッピング位置(http://genome.ucsc.edu/[version May,2004]に基づいて1−22、X、Y染色体の順番で整列した。アスタリスクは、高レベルの増幅(log2ratio> −2)、またはホモ欠失(log2ratio< −2)の認められた領域を示す。(B)TOSCa―52およびSAS細胞株のアレイCGH解析(MCG Whole Genome Array−4500)における代表的な画像を示している。4q35におけるTOSCa−52細胞におけるRP11−213A19の顕著な欠失、SAS細胞におけるRP11−178C12の顕著な欠失が、赤のシグナル(赤矢印)で示されている。(C)TOSCa−24、36,52,55およびSAS細胞株での4q35染色体のホモ欠失領域をカバーするマップ。アレイにスポットしたBACは水平線で示す(赤線はLog2比が−2より小さいホモ欠失領域のBACを示している)。5つの細胞株のホモ欠失関連領域の詳細なマッピングはSTSマーカー(1, SHGC−8050; 2, RH48688; 3, SHGC−156018; 4, RH45826; 5, SGGC−140659; 6, GDB:315917; 7, SHGC−50723; 8, SHGC−140376; 9, WI−3160)を用いたゲノミックPCRにより作成した。ホモ欠失領域および残存領域は赤の●および赤の○で示した。一つ以上の細胞株が欠失している3つの独立領域(領域A−C)は5つの細胞株で検出された。STSマーカーにより決定された、5つの細胞株の約1Mbのホモ欠失領域は水平の塗りつぶし赤矢印により示されている。この領域周辺の遺伝子が矢印(ホモ欠失 7遺伝子:赤矢印、残存 1遺伝子:黒矢印)で示されている(向きは転写方向を示す)。
【図2】(A)39の口腔扁平上皮癌の細胞株の4q35のホモ欠失領域周辺に存在する遺伝子のゲノミックPCR解析を示す。TRL3,TRL3, DKFZP564J, CYP4V2, KLKB1, F11, MTNR1A, and FATのホモ欠失は、2あるいは3の扁平上皮癌細胞株から検出された。RT−7は正常口腔上皮細胞からの不死化細胞株であり、LCLはリンパ芽球細胞株である。(B)扁平上皮癌細胞株、RT7細胞株、および正常口腔粘膜のプライマリー細胞のTRL3遺伝子, DKFZP564J遺伝子, CYP4V2遺伝子, KLKB1遺伝子, F11遺伝子, MTNR1A遺伝子, FAT遺伝子のRT−PCRを用いたmRNA発現解析を示す。特筆すべきは、RT7、正常口腔粘膜のプライマリー細胞ではMTNR1A遺伝子が発現しているのに対し、MTNR1A遺伝子のホモ欠失が無い37の細胞株のうち33個がこの遺伝子の発現量の低下を示していることである。(C)発現していなかった細胞の脱メチル化処理により、MTNR1A発現が回復していることを示している。脱メチル化試薬5‐aza‐dCydを1μM、5μMで5日間、およびあるいはまたは、脱アセチル化阻害剤TSAを100ng/mlで12時間処理をおこなった。GAPDHは内部コントロールとして用いられている。
【図3】(A)MTNR1A遺伝子のCpGアイランドを黒矢印で、エクソン1を四角囲みで示し、さらにバイサルフェートシーケンシングの結果を示している。CpGサイトは軸上の縦棒で示されている。転写開始位置は+1と示している。プロモータアッセイを適用した断片は太線で示されている。COBRAおよびバイサルフェートシーケンシングを適用した領域は薄腺の横棒で示されている。COBRAにおけるBstUIおよびTaqIの制限サイトは破線の下矢印で示されている。MTNR1A遺伝子が発現している口腔上皮癌細胞株(+)および発現していない細胞株(−)に対するMTNR1A遺伝子のCpGサイトのバイサルフェートシーケンス法の結果が示されている。CpGサイトのそれそれの四角は、□は非メチル化、■がメチル化されていることを示している。メチル化特異的PCR(MSP)のPCRプライマーが矢印で示されている。(B)口腔上皮癌細胞株およびRT7の領域1および3のBstUIおよび領域2のTaqIによる制限処理後のCOBRAによるMTNR1A遺伝子CpGアイランドの解析結果を示している。矢印は、メチル化されたCpG 矢頭は非メチル化CpGを示している。(C)MTNR1A CpGアイランドのプロモーター活性を示している。pGL3の空のベクターと、MTNR1Aの高度にメチル化された領域の異なる3つの配列(断片1−4塩基長;118bp、190bp、257bp、565bp)を含むベクターをNA細胞、およびOM2細胞に形質導入した。ルシフェラーゼ活性は内部コントロールにより規格化された。
【図4】口腔扁平上皮癌の原発性臨床検体の、CpGアイランドのメチル化状態と、MTNR1A遺伝子の発現レベル。(A)口腔扁平上皮癌原発性検体のMTNR1Aプロモータ領域のMSP解析の結果を示している。メチル化特異的プライマー(M)および非メチル化特異的プライマー(U)を用い、MPSにより、並行して増幅された。NAおよびHSC−5細胞株はメチル化、非メチル化のコントロールとして使用されている。(B)MSPで解析された口腔扁平上皮癌原発性検体についてのMTNR1A遺伝子のCpGアイランドのバイサルフェートシーケンス法の結果を示している。図−3aの説明を参照。MSPで使用したPCRプライマーが矢印で示されている。(C)MTNR1A蛋白質の免疫染色解析法の結果を示している。がん細胞の10%以上が染色されている陽性例2例と、10%未満が染色されている陰性例2例を示している。隣の正常な口腔細胞は陽性を示している。(D)原発性口腔扁平上皮癌の50人の患者の全生存率のKaplan−Meier曲線。腫瘍中のMTNR1A遺伝子の発現が陰性の患者は、陽性の場合に比べ明らかに悪い予後を示している(P=0.0208)。
【図5】OSCC細胞の成長に対するMTNR1A遺伝子の発現回復の効果。(A)MTNR1Aベクター(pCMV−3Tag4A−FLAG−MTNR1A)および空ベクター(pCMV−3Tag4A−mock)を形質導入したHSC−7およびNA細胞ウエスタンブロッティング結果。形質導入24時間後の細胞から得たタンパク10μgを、ウエスタンブロッティング法にて解析し、形質導入によりMTNR1Aタンパク質が発現していることを確認した。(B)ベクターによる形質導入および薬剤耐性コロニー選別後、2週間の培養結果。MTNR1A導入細胞のコロニーは、空ベクター(mock)導入のコロニーより明らかに大きなコロニーの数が少ない(Bの左)。2mm以上の大きさのコロニーの計数結果(Bの右)。
【図6】図−6A:DKFZP564J遺伝子およびCYP4V2遺伝子の発現量の減少が見られた細胞株に対し、5−aza−dCyd および/またはTSA で処理したあとの発現状態を示している。図−6B:COBRA法を用いた、DKFZP564J遺伝子 および CYP4V2遺伝子の転写開始領域周辺のCpGアイランドのメチレーション状態を示している。
【図7】図−7AおよびB:口腔扁平上皮癌の原発性臨床検体のがん部および非がん部のMTNR1A遺伝子のメチル化および発現の状態を示している。図−7C:MTNR1A蛋白質の免疫染色解析法の結果を示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体において、4q35の染色体領域に存在する遺伝子の変化を少なくとも1つ以上を検出することを含む、癌の検出方法。
【請求項2】
変化を検出する遺伝子が、MTNR1、F11、KLKB1、CYP4V2、DKFZP564J、又はTRL3から選択される少なくとも1つ以上である、請求項1に記載の癌の検出方法。
【請求項3】
遺伝子の変化が、遺伝子の欠失及び/又は不活性化である、請求項1又は2に記載の癌の検出方法。
【請求項4】
遺伝子の変化が、CpGアイランドのメチル化による遺伝子の不活性化である、請求項1から3の何れかに記載の癌の検出方法。
【請求項5】
遺伝子がMTNR1である、請求項1から4の何れかに記載の癌の検出方法。
【請求項6】
遺伝子の変化を、DNAチップ法、サザンブロット法、ノーザンブロット法、リアルタイムRT−PCR法、FISH法、CGH法、アレイCGH法、Bsulfite Sequence法、又はCOBRA法を用いて検出する、請求項1から5の何れかに記載の癌の検出方法。
【請求項7】
検体において、MTNR1、F11、KLKB1、CYP4V2、DKFZP564J、又はTRL3から選択される少なくとも1つ以上の遺伝子から翻訳される蛋白質の量を検出することを含む、癌の検出方法。
【請求項8】
蛋白質の量を免疫組織化学的法により検出する、請求項7に記載の癌の検出方法。
【請求項9】
検体が、口腔由来の組織である、請求項1から8の何れかに記載の癌の検出方法。
【請求項10】
癌が、口腔扁平上皮癌である、請求項1から9の何れかに記載の癌の検出方法。
【請求項11】
検体の悪性度を含めた癌化を検出する、請求項1から10の何れかに記載の癌の検出方法。
【請求項12】
MTNR1、F11、KLKB1、CYP4V2、DKFZP564J、又はTRL3から選択される少なくとも1つ以上の遺伝子、あるいはMTNR1、F11、KLKB1、CYP4V2、DKFZP564J、又はTRL3から選択される少なくとも1つ以上の遺伝子によりコードされる蛋白質をインビトロで細胞に導入することを含む、細胞の増殖を抑制する方法。
【請求項13】
MTNR1、F11、KLKB1、CYP4V2、DKFZP564J、又はTRL3から選択される少なくとも1つ以上の遺伝子、あるいはMTNR1、F11、KLKB1、CYP4V2、DKFZP564J、又はTRL3から選択される少なくとも1つ以上の遺伝子によりコードされる蛋白質を含む、細胞増殖抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−35525(P2010−35525A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−205138(P2008−205138)
【出願日】平成20年8月8日(2008.8.8)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年4月29日及び30日 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/entrez及びhttp://www3.interscience.wiley.com/journal/120091678/abstract?CRETRY=1&SRETRY=0を通じて発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「個別化医療の実現のための技術融合バイオ診断技術開発/染色体解析技術開発」委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【出願人】(504179255)国立大学法人 東京医科歯科大学 (228)
【Fターム(参考)】