説明

可視光応答光触媒

【課題】可視光応答性光触媒活性に優れた新規な光触媒を提供する。
【解決手段】WO結晶を含み、X線光電子分光によって測定される価電子帯エッジの値に、バンドギャップエネルギーの値を加えて得られるエネルギーの値の範囲中に、光電子スペクトルのピークが存在するようにして可視光応答光触媒を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化タングステン(WO結晶)を含む、可視光応答光触媒活性に優れた光触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、光触媒材料としては主に酸化チタンが使用されている。酸化チタン光触媒は、防汚、消臭等において広く応用されているが、バンドギャップが3eVから3.2eVの範囲にあるために紫外線によって励起する性質を有している。このため、可視光による光励起による電子と正孔との生成効率が低くなっており、紫外線が少ない屋内用途では十分な光触媒性能が得られないという問題がある。
【0003】
酸化チタンの価電子帯は酸素の2p軌道で形成されており、伝導帯はチタンの3d軌道で形成されていることから、窒素をドープすることによって、酸化チタンのバンドギャップ中に窒素による一種の不純物レベルを形成させ、この不純物濃度を高くすることによって、前記不純物レベルの割合を増大させて、前記酸化チタンのバンドギャップエネルギーを実質的に狭めるような試みがなされている。しかしながら、このような異種元素の酸化チタンへのドーピングによっても、実用上は十分な可視光応答光触媒としての性能は得られていない。
【0004】
このような問題に鑑み、近年においては可視光応答型光触媒として酸化タングステンを用いる試みが積極的になされている。酸化タングステンはバンドギャップが2.5eV程度であるので、紫外光に加えて紫色から青色の波長範囲の可視光を利用して電子と正孔との励起を行うことができ、可視光応答性光触媒としての実用性を有している。
【0005】
例えば、特許文献1においては、メタタングステン酸アンモニウム水溶液にSiO及びAlを含むZSM−5を混合した後、空気中で焼成し、さらに還元雰囲気中で熱処理を実施することにより、X線回折による測定においてWOx(2.5≦x<3.0)なる結晶を含む可視光応答光触媒が開示されている。また、特許文献2においては、酸素含有雰囲気中でスパッタリング法を用いることによって、三斜晶系の酸化タングステン結晶を含む可視光応答光触媒が開示されている。
【特許文献1】特開2007−98293号公報
【特許文献2】特開2001−152130号公報
【0006】
しかしながら、上記のようにして得た酸化タングステンを含む可視光応答光触媒においても、十分な可視光応答光触媒として機能させることは困難であった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記問題に鑑み、可視光応答性光触媒活性に優れた新規な光触媒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決すべく、請求項1に記載の発明は、WO結晶を含み、X線光電子分光によって測定される価電子帯エッジの値に、バンドギャップエネルギーの値を加えて得られるエネルギーの値の範囲中に、光電子スペクトルのピークが存在することを特徴とする、可視光応答光触媒に関する。
【0009】
また、請求項2に記載の発明は、上記請求項1に記載の発明において、前記WO結晶が、X線回折による測定においてモノクリニック相に起因した回折ピークを呈することを特徴とする。
【0010】
さらに、請求項3に記載の発明は、上記請求項1又は2に記載の発明において、前記WO結晶の粒子径が、0.1ミクロン以下であることを特徴とする。
【0011】
また、請求項4に記載の発明は、請求項1〜3のいずれか一に記載の発明において、前記WO結晶が、金属タングステンを、酸素を含む雰囲気中で昇華又は燃焼させて発生した酸化タングステン微粒子ヒュームを回収して得ることを特徴とする。
【0012】
さらに、請求項5に記載の発明は、請求項1〜3のいずれか一に記載の発明において、前記WO結晶が、タングステンアンモニウム塩を粉砕して微粒子化した後、この微粒子を酸素を含む雰囲気中で熱処理することによって得ることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、可視光応答性光触媒活性に優れた新規な光触媒を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の詳細、並びにその他の特徴及び利点について説明する。
【0015】
(可視光応答光触媒)
本発明の可視光応答光触媒は、WO結晶、すなわち酸化タングステンを含む。図1は、上記酸化タングステンのX線回折のパターンである。図1においては、同一の酸化タングステンに対して、異なる箇所でサンプリングして得た3つの試料のX線回折パターンを示している。
【0016】
図1から明らかなように、酸化タングステンのサンプリング位置に依存して多少の変動は存在するものの、いずれの場合においても、モノクリニック相からのピークが観測され、少なくとも前記酸化タングステンがモノクリニック相を主成分として含むWO結晶であることが分かる。
【0017】
また、本発明の可視光応答光触媒は、X線光電子分光によって測定される価電子帯エッジの値に、バンドギャップエネルギーの値を加えて得られるエネルギーの値の範囲中に、光電子スペクトルのピークが存在する。以下、この光電子スペクトルのピークについて考察する。
【0018】
WOの電子構造はX線光電子分光(XPS)によって評価することが可能である。XPSは内殻電子の束縛エネルギーのケミカルシフト量から注目する元素の化学結合状態を評価することが可能であるほかに、価電子帯の立ち上がりに相当する価電子帯エッジのエネルギーにバンドギャップエネルギーを加えることによってバンドギャップ中に存在する一種の不純物レベルの有無を評価することが可能である。図2は、XPSによって測定されたWO微粒子の価電子帯スペクトルを示している。
【0019】
XPS価電子帯スペクトルからは、価電子帯エッジからWOのバンドギャップエネルギーである2.5eVを加えると、伝導帯の下に不純物レベルが存在することが図2から確認される。XPSは充満している電子がX線による光電効果によって物質外に放出されることから、XPSで評価可能である不純物レベルは、原理的に電子を供与できるドナー性の性質をもつものに限られる。したがって、励起光によって一般的な価電子帯から伝導帯への電子励起と正孔の価電子帯中での生成が可能となるほかに、不純物の前記不純物レベルからの光励起が可能である。
【0020】
さらに時間的には、前記不純物レベルの電子が伝導帯に励起されるとドナーレベルにはちょうど正孔のような空のレベルが存在できる。したがって、この空のレベルに価電子帯から電子が励起することも可能となる。このことは、WOのバンドギャップよりも小さいエネルギーでの光励起が可能となることを示しており、より効果的な可視光応答光触媒の効果が得られることを意味している。
【0021】
このように、本発明の可視光応答光触媒においては、WO結晶の約2.5eVのバンドギャップに起因した光励起に加えて、上述した不純物レベルを介した光励起も行われることになる。前記不純物レベルに起因したバンドギャップは、当然に本来的なバンドギャップである約2.5eVよりも小さくなる。したがって、本発明の可視光応答光触媒においては、本来的なバンドギャップに相当する紫色から青色の波長範囲の可視光のみならず、黄色から赤色の波長範囲の可視光を用いても電子と正孔との光励起を行うことができる。したがって、使用できる可視光の波長範囲が増大するので、可視光による前記可視光応答性触媒の触媒活性をより高めることができる。
【0022】
なお、前記不純物レベルは、WO結晶(粒子)の表面酸素欠陥によるものと推測される。しかしながら、このことは、WO結晶(粒子)全体にわたって酸素欠陥が存在することを意味するものではないことは、図1に示すX線回折パターンからも明らかである。これは、X線回折は試料、すなわちWO結晶(粒子)に対して深さ数ミクロンのオーダまで進入して結晶性を評価するのに対し、XPSでは、WO結晶(粒子)の表面数nmしか進入しないことからも明らかである。
【0023】
(可視光応答光触媒の製造)
次に、本発明の可視光応答光触媒の製造方法について説明する。
WO結晶を微細化して所定の大きさの粒子とする方法としては、ボールミルによる粉砕が知られている。しかしながら、この方法ではWO結晶は微細化するものの光触媒活性が低下することがわかっている。これは、WO結晶からアモルファスに相変化していくことと、表面の光触媒活性点が失活することによる。
【0024】
このような観点から、本発明において、WO結晶を粉砕して粒子化するのではなく、酸素を含む雰囲気中で焼成することによって得る(第1の製造方法)。以下、本方法について説明する。
【0025】
図3は、酸化タングステンを合成する装置の概略図を示す。図中の符番1は、金属タングステンワイヤー2を送り出すタングステンワイヤースプール(以下、スプールと呼ぶ)を示す。金属タングステンワイヤー2は、酸素を含む雰囲気中、例えば大気中でガスバーナ3により加熱、燃焼されて酸化タングステン微粒子のヒューム4となる。このヒューム4は、回収装置としての電気集塵機5に設けられたヒューム吸引管6により回収される。ヒューム吸引管6の一部は、電気炉7内に配置されている。
【0026】
まず、金属タングステンワイヤーを、バーナーにより1000〜1700℃程度で短時間(1cmあたり5〜15秒)加熱する。これにより金属タングステンが燃焼することで昇華し、急激に酸化されることによって三酸化タングステン(WO)微粒子のヒュームが大気に放出される。次に、このヒュームを電気集塵機により採取し、WO微粒子を得る。次いで、600〜1000℃の酸化雰囲気の電気炉内に前記ヒュームを導入し、短時間で熱処理を行い、目的とするWO結晶を含む可視光応答光触媒を得る。
【0027】
なお、WO微粒子のヒュームを電気集塵法によって回収する場合には、HEPAフィルタ等を用いて回収する場合に比べて、フィルタの目詰まりやフィルタ成分の混入がないので、純度の高い微粒子を容易に回収することができ、また回収装置の吸引条件、速度、量の調節が容易になり、安定した活性を持った所望のWO超微粒子を得ることができる。
【0028】
また、本発明の可視光応答光触媒は、以下のような方法によっても得ることができる(第2の製造方法)。すなわち、パラタングステンアンモニウム塩(APT)ビーズミルや遊星ミル等で粉砕し、遠心分離により分級する。次いて、得られた微粒子を、酸素を含む雰囲気、例えば大気中で400〜600℃で熱処理することにより、目的とするWO結晶を含む可視光応答光触媒を得る。
【0029】
(可視光応答光触媒の評価)
次に、本発明の可視光応答光触媒の評価を実施した。かかる評価は、アセトアルデヒドガスの分解試験により実施した。
【0030】
図4は、アセトアルデヒドガス分解試験の測定装置の概略図を示す。図中の符番8は、容量3000ccの測定容器を示し、内部に光触媒粉(質量:0.1g)入り時計皿9が配置され、その下部にファン10が配置されている。また、測定容器8の上部には、光源11としての白色LED(NSPW500BS使用)が配置されている。測定容器8には、測定器としてのマルチガスモニタ12が配管13を介して接続されている。なお、導入ガスとしては、アセトアルデヒド10ppmが用いられた。
【0031】
図4の測定装置を用いて、本発明の可視光応答光触媒についてアセトアルデヒドガスの分解試験を行ったところ、図5に示す特性図が得られた。図5から明らかなように、上述した第1の製造方法及び第2の製造方法で得た可視光応答光触媒を測定容器8内に配置した場合は、白色LEDからの光照射によっていずれも時間の経過とともにアセトアルデヒドガスの残存率が低下することが分かる(図中の曲線(a)及び(b))。一方、測定容器8内に可視光応答光触媒を配置しない場合は、白色LEDから光照射を行っても時間の経過とともにアセトアルデヒドガスの残存率がほとんど変化しないことが分かる(図中の曲線(c))。
【0032】
したがって、本発明の可視光応答光触媒についてアセトアルデヒドガスの分解に対して高い光活性を呈することが判明した。
【0033】
以上、本発明を上記実施形態に基づいて詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の範疇を逸脱しない限りにおいてあらゆる変形や変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の可視光応答光触媒を構成する酸化タングステンのX線回線パターンの一例である。
【図2】本発明の可視光応答光触媒を構成する酸化タングステンのX線光電子分光(XPS)の一例である。
【図3】本発明の可視光応答光触媒を構成する酸化タングステンを合成する装置の一例を示す概略図である。
【図4】アセトアルデヒドガス分解試験の測定装置の概略図である。
【図5】図4に示す測定装置を用いたアセトアルデヒドガス分解の特性を示す図である。
【符号の説明】
【0035】
1 タングステンワイヤースプール
2 金属タングステン
3 ガスバーナ
4 酸化タングステン微粒子ヒューム
5 電気集塵機
6 ヒューム吸引管
7 電気炉
8 測定容器
9 時計皿
10 ファン
11 光源(白色LED)
12 マルチガスモニタ
13 配管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
WO結晶を含み、X線光電子分光によって測定される価電子帯エッジの値に、バンドギャップエネルギーの値を加えて得られるエネルギーの値の範囲中に、光電子スペクトルのピークが存在することを特徴とする、可視光応答光触媒。
【請求項2】
前記WO結晶は、X線回折による測定においてモノクリニック相に起因した回折ピークを呈することを特徴とする、請求項1に記載の可視光応答光触媒。
【請求項3】
前記WO結晶の粒子径は、0.1ミクロン以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の可視光応答光触媒。
【請求項4】
前記WO結晶は、金属タングステンを、酸素を含む雰囲気中で昇華又は燃焼させて発生した酸化タングステン微粒子ヒュームを回収して得ることを特徴とする、請求項1乃至3のいずれか一に記載の可視光応答光触媒。
【請求項5】
前記WO結晶は、タングステンアンモニウム塩を粉砕して微粒子化した後、この微粒子を酸素を含む雰囲気中で熱処理することによって得ることを特徴とする、請求項1乃至3のいずれか一に記載の可視光応答光触媒。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−56395(P2009−56395A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−226100(P2007−226100)
【出願日】平成19年8月31日(2007.8.31)
【出願人】(000003757)東芝ライテック株式会社 (2,710)
【Fターム(参考)】