説明

可逆セル・スタックの運転切り替え方法

【課題】固体高分子形の水電解装置と燃料電池とを一体化させた可逆セルを複数備えた可逆セル・スタックにおいて,水電解装置運転から燃料電池運転への切り替えを安全,かつ確実に行うために,乾燥状態のばらつきを抑える。
【解決手段】固体高分子形の水電解装置と燃料電池とを一体化させた可逆セルにおける反応ガスが流れるチャネル22に対して,乾燥工程を実施する前に,各可逆セル内部のチャネル22内に不活性ガスを供給し,チャネル入口と出口との圧力差によってチャネル22内部に残留した電解水Dをチャネル内から吹き飛ばして排出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,固体高分子形の水電解装置(WE)と燃料電池(FC)とを一体化させた可逆セルを複数有する,可逆セル・スタックの運転切り替え方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形の可逆セルとは,同形の水電解装置と燃料電池の機能を一体化させた機器であり,特許文献1に開示されているように,構成部材の最適化に関する研究が行われているが,現在のところ実用化までには至っていない。その理由としては,実用規模において,水電解装置と燃料電池という,正反対の物理現象を同一部材で成立させ,かつそれを制御することに対する技術的困難さが挙げられる。
【0003】
すなわち,運転モードの切替には,燃料電池運転→水電解装置運転の場合と,その逆の水電解装置運転→燃料電池運転の2つの場合がある。このうち,前者の燃料電池運転→水電解装置運転への切替時は,切替判断は格別不要である。つまりこの場合には,燃料電池運転で撥水性となっている可逆セルの内部基材,例えばイオン交換膜及び給/集電体を,水電解装置運転に必要な親水性に変える必要があるが,セル内部に電解水を供給するだけで容易にこれら内部基材は親水性となり,電極面に電解水が供給され水電解装置運転が可能なためである。
【0004】
しかし,後者の水電解装置運転→燃料電池運転への切替時には,適切な切替判断が必要である。これは水電解装置運転→燃料電池運転への切替時に,水電解装置運転で親水性となり,ガス透過性を失っている状態のセル内部基材に対して,反応ガスを供給しても,電極面まで十分なガスが供給されず燃料電池運転が不可能なためである。またたとえ部分的にガス透過性が回復しても,それ以外の部分は電極として有効に作用(反応)しないため,見かけ上の電極面積が減少したことになる。その結果,ガス透過性のある部分のみで集中的に反応が起こり,性能低下を招く。かかる場合,有効に作用する電極面積次第では,負荷運転開始直後に出力電圧の急降下が生じ,その反応に伴う温度上昇等により,イオン交換膜が乾燥し,水素ガスがH(プロトン)の状態ではなく,分子の状態でカソード側に透過(クロスリーク)し,その透過した水素ガスと,カソード側に供給される酸化剤ガスが電極上で反応すると爆発その他の燃焼が生じるため,イオン交換膜の破損を招く可能性もある。
【0005】
このように燃料電池運転に運転モードを切り替える際に,セル内部が所定の撥水性を有する程度の乾燥状態に達していないと,上記した問題が発生する。また例えばセル内部のチャネルに電解水が残っている場合など,電解水が蒸発しきれない場合も考えられ,セル内部を乾燥させる乾燥処理を実施しても,そのように残留した電解水を蒸発させきれないこともありうる。しかも可逆セルを複数備えた可逆セル・スタックにおいては,各セルが同じように所定の乾燥状態になっていないと,所期の能力を発揮できなかったり,あるいは一部のセルが損傷したりするおそれがある。
【0006】
【特許文献1】特開2004−134134号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり,固体高分子形の水電解装置(WE)と燃料電池(FC)とを一体化させた可逆セルを複数備えた可逆セル・スタックにおいて,水電解装置運転から燃料電池運転へと運転モードを切り替えるにあたって,運転モードの切り替えを安全に行うこと,並びに各セル間の乾燥状態のばらつきを抑えて,スタック全体としての機能を安全かつ効率よく発揮させることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成するため,本発明は,水電解装置運転と燃料電池運転との運転モードの切り替えが可能な固体高分子形の可逆セルを複数有する可逆セル・スタックを,水電解装置運転から燃料電池運転へと運転モードを切り替える方法において,水電解装置運転の終了後,燃料電池運転を行う前に,各可逆セル内部のチャネル内に不活性ガスを供給して,チャネル入口と出口との圧力差によってセル内部に残留した電解水をセル内部から排出する排出工程と,前記排出工程の後,各可逆セル内部を乾燥する乾燥工程と,を有している。
【0009】
本発明によれば,乾燥工程を実施する前に各可逆セル内部のチャネル内に不活性ガスを供給して,チャネル入口と出口との圧力差によってセル内部に残留した電解水をセル内部から排出するようにしているので,チャネル内部に残留した電解水があってもこれを圧力差で吹き飛ばす事ができ,その後の乾燥を効果的に行え,より安全かつ確実に水電解装置運転から燃料電池運転へと運転モードを切り替えることができる。
【0010】
発明者らの知見によれば,チャネル部に残留した電解水は,壁面との間に働く表面張力により,ある程度以上の力を加えなければそれを人為的に排出することはできない。そこで,均一かつ確実にチャネル部に残留した電解水を排出するためには,残留電解水による閉塞部分を挟んでチャネルの上流と下流の間にこの表面張力以上の力(差圧)を加えれば,チャネル内の残留水を吹き飛ばす事ができる。発明者らの研究によれば,前記排出工程における不活性ガスのチャネルへの供給平均速度をV,不活性ガスの密度をρ,チャネルの断面積をA,残留している電解水のチャネルに働く表面張力をF,としたとき,各可逆セルにおいて,
1/2ρV・A>Fとなるように,不活性ガスを供給することで,より確実にセル内部から残留電解水を排出することができる。
【0011】
前記排出工程の後に行う乾燥は,例えば排出工程で採用した前記不活性ガスの供給によって連続して行うようにしてもよい。かかる場合,乾燥工程で供給する不活性ガスの流量を,所望の乾燥終了時間に合わせて適宜調整するようにしてもよい。
【0012】
スタックにおいては何らかの偶発的な現象により各セル間の乾燥度合いにばらつきが発生することが十分に考えられる。各セル間の乾燥にばらつきがあった場合,長時間乾燥を行うことで全てのセルが規定の乾燥状態まで達したとしても,その代わりとして乾燥し過ぎるセルが存在する。するとその後の加湿反応ガス供給をしたとたんに,水素ガス,酸素ガスのクロスリーク等が発生して,セルが破損する可能性がある。このような事態を防止するため,乾燥工程において全ての可逆セルが所定の乾燥状態に達した後,燃料電池運転を行う前に,加湿した不活性ガスを全ての可逆セル内に供給する工程をさらに実施してもよい。これによって,各セル間の乾燥状態を安全かつ確実に均一化させることができる。この場合,不活性ガスではなく,燃料電池運転時におけるカソード側(水電解装置運転時はアノードとなる側)のみに,加湿した反応ガス,例えば酸素ガスや空気を供給しても同様の効果が得られる。
【0013】
また一方,上記した排出工程や乾燥工程を実施しても,何らかの原因で全く乾燥しない(所定の乾燥状態まで達しない)セルが存在する場合も予想される。このような場合には,乾燥工程の後,加湿反応ガスの供給に切り替えた後に一定時間,定格運転よりも低い低負荷の燃料電池運転,例えば電流密度が0.1A/cm以下となるような低負荷運転を実施するとよい。なおここでいう電流密度は,有効電極面積に対する電流密度である。そしてその後に再度乾燥工程を実施する。このように負荷を印加することで,その負荷に応じて各セルの反応部分が電流を流すために必要な量のガスが強制的に吸引される。そうすると反応ガスが確実にチャネル部へ供給されるため,結果的に流路閉塞が解消できる。これにより各セルの初期状態が均一化されるため,再度セルの乾燥を行うことによって各セル間の乾燥度合いのばらつきがなくなり,安全かつ確実な運転切替が可能となる。かかる場合,たとえセル内部が完全に乾燥していなくても,低負荷運転における反応部へのガス供給速度は十分に遅いため反応持続に問題とならないばかりか,局所的な反応が起きても発熱量が少ないため,逆にその際の発熱がセル内部を乾燥させる方向に作用し,交換膜を破損させる可能性は限りなく低い。なおこのとき,反応ガスを低加湿で供給することによってセル内部の乾燥効果を持たせながら低負荷運転を実施するのも有効である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば,固体高分子形の水電解装置と燃料電池とを一体化させた可逆セルを複数有する可逆セル・スタックにおいて,運転モードの切り替えを安全,かつ確実に行える。しかも各セル間の乾燥状態のばらつきを抑えて,スタックとしての機能を安全かつ効率よく発揮させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下本発明の好ましい実施の形態について説明する。図1は,実施の形態にかかる切り替え方法を実施する可逆セル・スタック1全体の構成の概略を示している。この可逆セル・スタック1は,両端部にエンドプレート2,3が配置され,その内側に配置されている給・集電板4,5間に,例えば10枚の可逆セルC1〜C10を有している。図2は,端部に位置している可逆セルC1の水平断面を示している。
【0016】
各可逆セルC1〜C10は同一構成であるので,例えば可逆セルC1を例にとってその構成を説明する。可逆セルC1は,図1,図2に示したように,2枚のセパレータ11,12と,このセパレータ11,12間に挟まれた複合プレート13とを有している。複合プレート13は,給・集電体14,15,及び給・集電体14,15に挟まれたMEA16を有している。MEA16は,2枚の電極触媒層によって構成されている電極部16a,16b間に,固体電解質材料によって構成されるイオン交換膜16cが配置されて複合化した発電ユニットである。給・集電体14,15は,例えば多孔質の材料からなる。そして水電解装置運転の際には,電極部16aがカソードとなり,電極部16bがアノードとなる。
【0017】
セパレータ11,12は各々断面が波型であり,端部の給・集電板4,5,とセパレータ11,12,あるいはセパレータ11,12同士で,MEA16と隔離された流路21,23を形成している。流路21,23は冷却水流路となる。またセパレータ11と給・集電体14によって構成された複数のチャネル(流路)22,セパレータ12と給・集電体15によって構成された複数のチャネル(流路)24は,反応ガスの流路となる。
【0018】
図3は,例えば各チャネル22の上下の流通構成を模式的に示しており,各チャネル22の上部には,各チャネル22に連通する上部ヘッダ31が設けられ,各チャネル22の下部には,各チャネル22に連通する下部ヘッダ32が設けられている。上部ヘッダ31は入口マニホールド33に通じており,下部ヘッダ32は出口マニホールド34に通じている。可逆セルCにおける各チャネル24についても全く同様に,上部ヘッダ,下部ヘッダ並びに入口マニホールド,出口マニホールドを備えている。但し,チャネル22,24は独立しており,各々別系統のガスが供給,流通する。すなわち燃料電池運転時には,チャネル22には加湿した燃料ガス(水素ガス)が流れ,チャネル24には加湿した酸化剤ガス(酸素)が流れる。
【0019】
以上のガス供給,排出系統,並びに冷却水の供給,排出系統を図1に戻って説明すると,各可逆セルCのチャネル22の上部ヘッダ31に通ずる入口マニホールド33は,エンドプレート3の外側から加湿した燃料ガス(水素ガス)を供給するための第1ガス供給路41に通じている。第1ガス供給路41はエンドプレート3側の端部に位置する可逆セルC10側から順に各可逆セルCの入口マニホールドと連通し,エンドプレート2側に位置する可逆セルC1の入口マニホールド33と連通している。これによって,第1ガス供給路41から供給されたガスは,各可逆セルCの上部ヘッダ31から各チャネル22内を流れて下部ヘッダ32に流れる。そして下部ヘッダ32のガスは,出口マニホールド34で集合されて,各可逆セルCの下部に設定されている第1ガス排出路42を通じて,最後はエンドプレート3側の端部に位置する可逆セルC10の出口マニホールドに連通し,エンドプレート3の外側から排出されるようになっている。このようにして各可逆セルC1〜C10の各チャネル22は,均一配流が可能な流路構造となっている。そして第1ガス供給路41には,不活性ガス供給源,例えば窒素ガス供給源43が接続されている。
【0020】
一方各可逆セルCのチャネル24側についても全く同様になっており,チャネル24のヘッダ31に通ずる入口マニホールド33は,エンドプレート3の外側から加湿した酸化剤ガス(酸素)を供給するための第2ガス供給路44に通じている。第2ガス供給路44はエンドプレート3側の端部に位置する可逆セルC10側から順に各可逆セルCと連通し,エンドプレート2側に位置する可逆セルC1のチャネル24に通ずる入口マニホールド33と連通している。これによって,第2ガス供給路44から供給されたガスは,各可逆セルCの上部ヘッダ31から各チャネル24内を流れて下部ヘッダ32に流れる。そして下部ヘッダ32のガスは,出口マニホールド34で集合されて,各可逆セルCの下部に設定されている第2ガス排出路45を通じて,最後はエンドプレート3側の端部に位置する可逆セルC10の出口マニホールドに連通し,エンドプレート3の外側から排出されるようになっている。このようにして各可逆セルC1〜C10の各チャネル24は,均一配流が可能な流路構造となっている。そして第2ガス供給路41には,不活性ガス供給源,例えば窒素ガス供給源46が接続されている。
【0021】
なお冷却水についても,図1に示したように,エンドプレート3の外側から冷却水供給路47によって,各可逆セルC10〜C1の上部側から各流路21,23に供給され,各流路21,23を流れた冷却水は,各可逆セルC10〜C1の下部側に配置された冷却水排出路48を通じてエンドプレート3の外側に排出されるようになっている。
【0022】
そして各可逆セルC1〜C10のセパレータ11,12間の導体抵抗(導体抵抗の上昇値=膜抵抗上昇値がは,交流抵抗測定器51によって四端子測定法で各各セル毎に測定されるようになっている。
【0023】
可逆セル・スタック1は以上のような主要構成を有している。次にかかる構成を有する可逆セル・スタック1の水電解装置運転から,燃料電池運転に切り替える方法について説明する。
【0024】
水電解装置運転の際には,チャネル22,24内に電解水が供給され,給・集電板4,5に外部から電力を供給することにより,電解水は電気分解され,純水素と純酸素とが発生する。
【0025】
そして水電解運転から燃料電池運転に切り替える際には,可逆セル・スタック1の各可逆セルC1〜C10の内部,とりわけ各チャネル22,24内部は完全に濡れ状態になっているので,そのままでは燃料電池運転ができないので,可逆セル1の内部を乾燥させる必要がある。
【0026】
したがってまず,各チャネル22,24内部を乾燥させて撥水性を回復させる必要がある。この場合,例えば各チャネル22,24内に不活性ガスを供給して乾燥させればよく,その乾燥状態は,各可逆セルCごとに交流抵抗測定器51によって測定される抵抗値によって知る事が出来る。すなわちセル内部が完全湿潤状態での抵抗値を基準として,不活性ガスを供給することにより生じる抵抗上昇値(=イオン交換膜の抵抗上昇値)から,セル内部の乾燥状況を判断することができる。発明者らの知見によれば,各可逆セルCの抵抗上昇値が0.1[Ω・cm]以上あれば,燃料電池運転に切り替えても支障なく,かつ安全に運転を実施することができる。但しこの値は固体高分子膜の厚さや切り替え温度によって異なる。膜厚t[cm],膜の導電率σ[1/Ω・cm]とすると,ここでいう抵抗値はt/σで表される。
【0027】
ところで,たとえ乾燥している状態では各可逆セルC1〜C10への均一配流が可能な流路構造であったとしても,水電解装置運転から燃料電池運転への運転切替時に各可逆セルC1〜C10間で排水状態にばらつきがあると,各セル間の流路抵抗に違いが生じる。そうすると不活性ガスを供給して各チャネル22,24内を乾燥させる工程において,各セル間に供給される乾燥用の不活性ガスの流量に違いが生じるため,各セル間の乾燥状態(=膜抵抗上昇値:△R)にばらつきが発生する。さらに各セル間で排水状態にばらつきがあるということは,各セルに残留している水分量が異なることになるため,各セルで乾燥させるべき水分量も違ってくる。これによって上記の乾燥度合いのばらつきはさらに加速されてしまい,極端な場合には乾燥ガスがほとんど供給されないセルまで出現することになる。
【0028】
図1の可逆セル・スタック1の各可逆セルC1〜C10について発明者らが実際に交流抵抗の抵抗上昇値からその乾燥状態を調べた結果,図4に示したようになった。なおこのときの乾燥条件は,不活性ガスの温度(TPG)が68℃,供給圧力(PPG)が0.1Mpa,供給流量(VPG)が3→20Nl/minであった。図4からわかるように,水電解装置運転から燃料電池運転への運転可能な乾燥下限値(切替可能下限値)Lを0.1[Ω・cm]とした場合,乾燥開始(不活性ガスの供給開始)から約20分後には,当該切替可能下限値Lを可逆セルC7を除く他の可逆セルは全てクリアしている。しかし可逆セルC7については,乾燥ガスがほとんど供給されていないものと推察される。
【0029】
この状態でそのまま燃料電池運転を行うと,図6に示したように,各セル間の性能が低電流密度域から極端にばらつくため,それ以上の電流密度での運転や,運転の継続までもが不可能となる。なおこのときの運転条件は,作動温度(TFC)が68℃,作動圧力(PFC)が0.1MPa,水素ガス/酸素の流量(MH/O)が20/20Nl/minである。
【0030】
可逆セルC7のように乾燥用の不活性ガスを供給しても交流抵抗値が殆ど上昇しない(乾燥しない)原因は,図3に示したようにチャネル22(あるいはチャネル24)内に,電解水Dが残留して,チャネル22(あるいはチャネル24)を閉塞していると考えられる。
【0031】
チャネル22(あるいはチャネル24)に残留した電解水Dは,壁面との間に働く表面張力により,ある程度以上の力を加えなければそれを人為的に排出することはできない。そこで,均一かつ確実にチャネルに残留した電解水を排出するためには,閉塞部分を挟んでチャネルの上流と下流,すなわち上部ヘッダ31と下部ヘッダ32との間(ヘッダの上流と下流)の間に,この表面張力以上の力(差圧)を加えれば,残留している電解水Dを吹き飛ばす事ができると考えられる。
【0032】
このときの排出条件(吹き飛ばす為の条件)は,下記の力のバランスに基づいて算出可能である。すなわち図3,図4にも示したように,
残留水の自重 : F1=mg
チャネル部に働く表面張力 : F=σL
乾燥ガスの動圧に基づく力 : F=1/2ρV
チャネル上流ヘッター部の静圧に基づく力 : F=P
チャネル下流ヘッター部の静圧に基づく力 : F=P
としたとき,
+F+F>F+F ・・・(1)
を満たせば,残留している電解水Dを吹き飛ばす事ができる。
ここで,
m : 残留電解水の質量[kg]
g : 重力加速度[m/s
σ : 表面張力 [N/m]
L : 水と壁面の界面長さ(=チャネル断面の周長×2)[m]
ρ : 乾燥ガスの密度 [kg/m
V : 乾燥ガスの平均速度(=供給流量/断面積)[m/s]
A : チャネル断面積[m
: チャネル上流ヘッター部の静圧 [Pa]
: チャネル下流ヘッター部の静圧 [Pa]
である。しかしながら現実的には,式(1)を満たすように各諸元を定めるのはきわめて困難である。
【0033】
このとき,チャネル毎に閉塞状況が違うことを勘案すると,乾燥用の不活性ガスの流速はチャネル毎に異なることが容易に想像できる。ここで,ヘッダ上流と下流の静圧差を△P[Pa]とすると,△P・AがF以上であれば,流路の閉塞状況に係わらず確実に流路閉塞を解消することが可能となる。すなわち,
1/2ρV・A>F ・・・(2)
を満たす条件であれば,たとえそれぞれのチャネル間で流量のばらつきが発生していても,全てのチャネルはヘッダ31でつながっており、また全セルのヘッダ31は第1ガス供給路41でつながっているため,全チャネル,全セルの押し込み圧力Pは同一となり,最低(完全に均一に流れたとき)でも,1/2ρV以上となるため,流路閉塞を確実に解消することができる。
【0034】
したがってこのような排出工程を実施した後,チャネル内に乾燥した不活性ガスを供給するなどして乾燥工程を実施すれば,各可逆セルC1〜C10をばらつきなく乾燥させる事ができ,水電解装置運転から燃料電池運転を安全かつ確実に行なう事ができ,また効率の良い運転を実現することが可能である。
【0035】
なお,セル内部の残留水を完全に排出した後の乾燥用の不活性ガスの流量は,必ずしも上記した排出工程の際の条件と同一にする必要は無く,乾燥を完了させたい時間等を勘案して任意に変えてもよい。すなわち排出工程終了後は,その流量を任意に変更して,引き続いてそのまま乾燥工程を実施してもよい。
【0036】
ところで上記した排出工程を実施したとしても,可逆セル・スタック1においては何らかの偶発的な現象により各可逆セルC1〜C10間の乾燥ばらつきが発生することが十分に考えられる。そこで,そのような事態に陥ったとしても安全かつ確実に水電解装置運転から燃料電池運転を切り替える方法について以下に説明する。
【0037】
各可逆セルC1〜C10間に乾燥ばらつきが発生した場合,長時間乾燥を行うことで全てのセルが規定の乾燥状態まで達したとしても,そのいわば代償として,乾燥し過ぎるセルが出現することがある(例えば図4の可逆セルC5など)。そうするとその後の加湿反応ガス供給をしたとたんに水素ガスや酸素ガスのクロスリーク等により,セルが破損する可能性がある。このような場合には,全てのセルが規定の乾燥状態に達した後,加湿反応ガスを供給して燃料電池運転を実施する前に,一旦加湿した不活性ガスを各可逆セルC1〜C10のチャネル22,24に供給することにより,各セル間の乾燥状態を安全かつ確実に均一化させることができる。
【0038】
このとき不活性ガスではなく,カソード側のみに,すなわち図2に即していえば,チャネル24側にのみ加湿反応ガス,すなわち加湿した酸素ガスや空気を供給しても同様の効果は得られる。
【0039】
このように,ある程度の乾燥ばらつきが発生した場合には,以上のような対処法で十分である。しかし,全く乾燥しない(規定の乾燥状態まで達しない)セルが存在する場合(例えば図4の可逆セルC7など)には,新たな対処が必要となる。
【0040】
かかる場合には,乾燥用の不活性ガスの供給を一旦中止して,加湿した反応ガス(水素ガスと酸素)とを各々対応する各チャネル22,24に流して,所定の定格運転より低い,低負荷運転,例えば電流密度が0.1A/cm以下となるような低負荷運転を一定時間実施する。そしてその後に再度,乾燥用の不活性ガスをチャネル22,24に供給することで,セル内部の乾燥状態を均一化することができる。この一定時間については例えば供給したガスの積算量によって判断してもよい。
【0041】
発明者らが実際に図4に示した乾燥結果を有する可逆セル・スタック1に対して,電流密度が0.1A/cmとなるように低負荷で燃料電池運転を所定時間,例えば10〜20min実施した後,再び不活性ガスの温度(TPG)が68℃,供給圧力(PPG)が0.1Mpa,供給流量(VPG)が10Nl/minの条件で不活性ガスによる乾燥工程を実施した結果を,図7に示した。
【0042】
これによれば,図4においては運転可能な乾燥下限値(切替可能下限値)Lをクリアできなかった可逆セルC7についても,乾燥開始後約10分経過した後には,当該乾燥下限値(切替可能下限値)Lをクリアしている。そしてその後に燃料電池運転を実施した結果は,図8に示したとおりであり,低電流密度の段階からばらつきのない運転が実現されている。
【0043】
これは負荷を印加することで,その負荷に応じて各セルの反応部分が電流を流すために必要な量のガスを強制的に吸引する。すると反応ガスが確実にチャネルへ供給されるため,結果的に流路閉塞が解消できるのである。これによって各可逆セルC1〜C10の初期状態が均一化されるため,再度セルの乾燥を行うことにより各セル間の乾燥ばらつきがなくなり,安全かつ確実な運転切替が可能となったためである。
【0044】
ここで,例えセル内部が完全に乾燥していなくても,低負荷運転における反応部(チャネル)へのガス供給速度は,例えば全電極面積が使えたとして,水素ガス側は5.2×10−7[mol/s・cm],酸素ガス側は2.6×10−7[mol/s・cm]と,十分に遅いため,反応持続に問題とならないばかりか,局所的な反応が起きても発熱量が少ないため,逆にその発熱がセル内部を乾燥させる方向に作用するため,膜を破損させる可能性は限りなく低い。このとき,反応ガスを低加湿で供給することによりセル内部の乾燥効果を持たせながら低負荷運転を実施するのも有効である。
【0045】
以上のように,本発明によれば,可逆セル・スタックにおいても運転切替のために特段の設備を設けることなく可逆セル・スタックの運転切替が確実に行える。しかもスタックの運転切替において最も重要であるチャネルに残留した電解水を完全に排出するために,どんな形状のセルに対してもその形状に応じた必要条件を算出し,これを実現することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は,可逆セルを複数有する可逆セル・スタックにおいて,水電解装置運転から燃料電池運転に切り替える際に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】実施の形態で用いた可逆セル・スタックの構成の概略を示す説明図である。
【図2】実施の形態で用いた可逆セル・スタックの部分拡大水平断面図である。
【図3】実施の形態で用いた可逆セルの内部のチャネルの流路系統を模式的に示した説明図である。
【図4】乾燥時間に伴う各可逆セルの膜抵抗上昇値を示すグラフである。
【図5】チャネルを閉塞している残留電解水の力のバランスを説明する説明図である。
【図6】図4の乾燥状態を有する可逆セル・スタックを燃料電池運転した際の平均電流密度と出力電圧との関係を示すグラフである。
【図7】一旦低負荷運転を実施した後の乾燥時間に伴う各可逆セルの膜抵抗上昇値を示すグラフである。
【図8】図7の乾燥状態を有する可逆セル・スタックを燃料電池運転した際の平均電流密度と出力電圧との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0048】
1 可逆セル・スタック
4,5 給・集電板
11,12 セパレータ
13 複合プレート
14,15 給・集電体
16 MEA
16a,16b 電極触媒層
16c イオン交換膜
22.24 チャネル
31 上部ヘッダ
32 株ヘッダ
41 第1ガス供給路
42 第1ガス排出路
43,46 不活性ガス供給源
44 第2ガス供給路
45 第2ガス排出路
47 冷却水供給路
48 冷却水排出路
51 交流抵抗測定器
C1〜C10 可逆セル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水電解装置運転と燃料電池運転との運転モードの切り替えが可能な固体高分子形の可逆セルを複数有する可逆セル・スタックを,水電解装置運転から燃料電池運転へと運転モードを切り替える方法において,
水電解装置運転の終了後,燃料電池運転を行う前に,
各可逆セル内部のチャネル内に不活性ガスを供給して,チャネル入口と出口との圧力差によってセル内部に残留した電解水をセル内部から排出する排出工程と,
前記排出工程の後,各可逆セル内部を乾燥する乾燥工程と,
を有することを特徴とする,可逆セル・スタックの運転切り替え方法。
【請求項2】
前記排出工程における不活性ガスの前記チャネルへの供給平均速度をV,不活性ガスの密度をρ,チャネルの断面積をA,残留している電解水のチャネルに働く表面張力をF,としたとき,
各可逆セルにおいて,
1/2ρV・A>Fとなるように,不活性ガスを供給することを特徴とする,請求項1に記載の可逆セル・スタックの運転切り替え方法。
【請求項3】
前記乾燥工程における乾燥は,前記不活性ガスの供給によって連続して行われることを特徴とする,請求項1又は2に記載の可逆セル・スタックの運転切り替え方法。
【請求項4】
前記排出工程の後,前記乾燥工程においては,不活性ガスの流量を所望の乾燥終了時間に合わせて調整することを特徴とする,請求項3に記載の可逆セル・スタックの運転切り替え方法。
【請求項5】
前記乾燥工程において全ての可逆セルが所定の乾燥状態に達した後,燃料電池運転を行う前に,加湿した不活性ガスを全ての可逆セル内に供給する工程をさらに有することを特徴とする,請求項1〜4のいずれかに記載の可逆セル・スタックの運転切り替え方法。
【請求項6】
前記乾燥工程において全ての可逆セルが所定の乾燥状態に達した後,燃料電池運転を行う前に,全ての可逆セルにおける燃料電池運転時にカソード側となる部分にのみ,加湿した反応ガスを供給する工程をさらに有することを特徴とする,請求項1〜4のいずれかに記載の可逆セル・スタックの運転切り替え方法。
【請求項7】
前記乾燥工程が終了した後,において未だ所定の乾燥状態に達しない可逆セルがある場合には,加湿した反応ガスを全ての可逆セルに供給して,定格運転よりも低い低負荷の燃料電池運転を所定時間行い,その後に再度乾燥工程を実施した後に,燃料電池運転を行うことを特徴とする,請求項1〜4のいずれかに記載の可逆セル・スタックの運転切り替え方法。
【請求項8】
前記低負荷運転は,電流密度が0.1A/cm以下であることを特徴とする,請求項7に記載の可逆セル・スタックの運転切り替え方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−115588(P2007−115588A)
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−307288(P2005−307288)
【出願日】平成17年10月21日(2005.10.21)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000169499)高砂熱学工業株式会社 (287)
【出願人】(390025782)大機エンジニアリング株式会社 (7)
【Fターム(参考)】