説明

含フッ素アルコールの製造方法

【課題】
含フッ素カルボン酸フルオライドから取り扱いの容易な化合物を中間体とする簡便な含フッ素アルコールの製造方法を提供する。
【解決手段】
次のa工程およびb工程を含む一般式(1)で表される含フッ素アルコールの製造方法。
a工程:一般式(3)で表されるカルボン酸フルオライドと一般式(1)で表される含フッ素アルコールを塩化リチウムの存在下で反応させて一般式(2)で表される含フッ素カルボン酸エステルを生成する工程。
b工程:a工程で得られた含フッ素カルボン酸エステルを還元剤により還元して一般式(1)で表される含フッ素アルコールを生成する工程。
CHOH (1)
COOCH (2)
COF (3)
式中、Rは一価の含フッ素アルキル基である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ素化アルコール類の製造方法、より詳しくは、含フッ素カルボン酸フルオライドから得られるエステルを中間体としてそれを還元して製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医農薬中間体、反応試剤として有用なトリフルオロエタノールなどのフッ素化アルコールには多数の製造方法が知られている。含トリフルオロエタノールの製造方法としては、2−クロロー1,1,1−トリフルオロエタンを原料として、塩、溶媒の存在下で加水分解する方法がある(特許文献1など)。これに対し、工業的に適用できる方法として含フッ素カルボン酸、またはそのエステル、酸無水物、酸ハロゲン化物などの含フッ素カルボン酸誘導体を還元する方法が提案されている。これらの方法で使用する含フッ素カルボン酸等は、工業的には塩素化フッ素炭化水素などを酸化して得られる酸ハロゲン化物を原料とする。
【0003】
したがって、酸ハロゲン化物を還元することがプロセスの短縮化に好ましく、酸クロライドを貴金属触媒の存在下水素により還元する方法が提案されている(特許文献2、特許文献3)。
【0004】
しかし、酸ハロゲン化物には酸クロライドよりも酸フルオライドの入手が容易な場合があるが、特許文献4には、ペンタフルオロプロピルフロライドをPd担持触媒で還元した場合、酸クロライドの還元と比較して寿命が短いことが記載されている。
【0005】
含フッ素カルボン酸フルオライドのエステル化(特許文献5)、含フッ素カルボン酸エステルの還元方法(特許文献6)についてはそれぞれ特許文献がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭58−134043号公報
【特許文献2】米国特許第3970710号明細書
【特許文献3】米国特許第2982789号明細書
【特許文献4】特開昭61−268639号公報
【特許文献5】特開平8−92162号公報
【特許文献6】米国特許第4072726号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
含フッ素カルボン酸フルオライドを原料として含フッ素アルコールを製造する方法において、直接に水素で接触還元することは触媒寿命が短く実用的でないだけなく、フッ化水素と含フッ素アルコールは(擬)共沸して、蒸留分離が困難なことがある。一旦含フッ素カルボン酸クロライドとしてから還元する方法は腐食性の高い含フッ素カルボン酸クロライドを中間体とするという問題がある。
【0008】
そこで、本発明は、含フッ素カルボン酸フルオライドから取り扱いの容易な化合物を中間体とする簡便な含フッ素アルコールの製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、含フッ素カルボン酸フルオライドを原料として含フッ素カルボン酸エステルを製造する方法において、一旦、含フッ素カルボン酸フルオライド(RCOF)を含フッ素アルコール(RCHOH)でエステル化して得られる含フッ素カルボン酸エステル(RCOOCH)を中間体として、これを還元することで、簡便に含フッ素アルコールを得ることができることを見出した。
【0010】
しかしながら、この方法において、含フッ素カルボン酸フルオライドをエステル化する際にフッ化水素が副産物として発生し、危険であると共に装置の腐食という問題があった。これに対し、本発明者らは、エステル化反応の系中に塩化リチウムを存在させることでフッ化水素を固定できることを見出し、エステル化および還元による含フッ素アルコールの製造方法を完成させた。
【0011】
本発明は次の通りである。
【0012】
[発明1]
次のa工程およびb工程を含む一般式(1)
CHOH (1)
(式中、Rは一価の含フッ素アルキル基である。)で表される含フッ素アルコールの製造方法。
【0013】
a工程:一般式(3)
COF (3)
(式中、Rは前記と同じ。)で表されるカルボン酸フルオライドと一般式(1)
CHOH (1)
(式中、Rは前記と同じ。)で表される含フッ素アルコールを塩化リチウムの存在下で反応させて一般式(2)
COOCH (2)
(式中、Rは前記と同じ。)で表される含フッ素カルボン酸エステルを生成する工程。
【0014】
b工程:a工程で得られた含フッ素カルボン酸エステルを還元剤により還元して一般式(1)
CHOH (1)
(式中、Rは前記と同じ。)で表される含フッ素アルコールを生成する工程。
【0015】
[発明2]
式中のRがジフルオロメチル基(CHF基)である発明1の含フッ素アルコールの製造方法。
【0016】
[発明3]
還元剤が水素化ホウ素ナトリウムである発明1または2の2,2−ジフルオロエタノールの製造方法。
【0017】
[発明4]
ジフルオロ酢酸2,2−ジフルオロエチル。
【発明の効果】
【0018】
本発明の方法は、中間体として特定の含フッ素カルボン酸エステルを採用することで、含フッ素カルボン酸フルオライドから安全かつ簡便に含フッ素アルコールを得ることができる
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、次のa工程およびb工程を含む含フッ素アルコールの製造方法である。
【0020】
a工程:一般式(3)
COF (3)
(式中、Rは一価の含フッ素アルキル基である。)で表されるカルボン酸フルオライドと一般式(1)
CHOH (1)
(式中、Rは前記と同じ。)で表される含フッ素アルコールを塩化リチウムの存在下で反応させて一般式(2)
COOCH (2)
(式中、Rは前記と同じ。)で表される含フッ素カルボン酸エステルを生成する工程。
【0021】
b工程:a工程で得られた含フッ素カルボン酸エステルを還元剤により還元して一般式(1)
CHOH (1)
(式中、Rは前記と同じ。)で表される含フッ素アルコールを生成する工程。
【0022】
ここで、Rは一価の含フッ素アルキル基を表す。Rは、炭素数1〜7の含フッ素アルキル基であり、炭素数1〜3の含フッ素アルキル基であるのが好ましい。
【0023】
含フッ素アルキル基としては、フルオロメチル基、ジフルオロメチル基、トリフルオロメチル基、2,2,2−トリフルオロエチル基、2,2−ジフルオロエチル基、2−フルオロエチル基、ペンタフルオロエチル基、2,2,3,3−テトラフルオロエチル基、2,2,3,3,4,4,4−ヘプタフルオロプロピル基、2,2,3,3,4,4−ヘキサフルオロプロピル基、1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロイソプロピル基などを例として挙げることができる。ジフルオロメチル基、トリフルオロメチル基が好ましく、ジフルオロメチル基がより好ましい。
【0024】
含フッ素アルコールとしては、2,2,2−トリフルオロエタノール、2,2−ジフルオロエタノール、2−フルオロエタノール、2,2,3,3,3−ペンタフルオロプロパノール、2,2,3,3−テトラオロプロパノール、2,2,3,3,4,4,4−ヘプタフルオロブタノール、2,2,3,3,4,4−ヘキサフルオロブタノール、1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロイソプロパノールを挙げることができる。好ましいものとしては、2,2,2−トリフルオロエタノール、2,2−ジフルオロエタノール、2−フルオロエタノール、2,2,3,3−テトラオロプロパノール、2−トリフルオロメチル−3,3,3−トリフルオロプロパノールを挙げることができる。これらの含フッ素アルコールとしては市販品を使用することもできるが、本発明の方法により製造されたものを使用することができる。
【0025】
含フッ素カルボン酸エステルとしては、トリフルオロ酢酸2,2,2−トリフルオロエチル、ジフルオロ酢酸2,2−ジフルオロエチル、フルオロ酢酸フルオロエチル、2,2,3,3,3−ペンタフルオロプロピオン酸2,2,3,3,3−ペンタフルオロプロピル、2,2,3,3−テトラフルオロプロピオン酸2,2,3,3−テトラフルオロプロピルなどが挙げられる。
【0026】
本発明の(a工程)と(b工程)からなる製造方法にかかる全体の反応は次の式で示すことができる。
【0027】
COF + RCHOH + LiCl →
COOCH + LiF + HCl
COOCH + 4(H) → 2RCHOH
―――――――――――――――――――――――――――――
全体 RCOF +4(H) + LiCl →
CHOH + LiF + HCl

全体の反応式が示すように、この製造方法によると、含フッ素カルボン酸フルオライドを含フッ素カルボン酸クロライドのような活性な中間体を経ることなく効率的に還元して含フッ素アルコールを得ることができる。
【0028】
[a工程]
本発明に係るエステル化反応式を示す。
【0029】
COF + RCHOH + LiCl →
COOCH + HCl + LiF
ここで、イオン半径の小さいフッ素アニオンは、イオン半径の大きなカリウムカチオンやナトリウムカチオンよりも、イオン半径の小さいリチウムカチオンと安定な塩を形成する。すなわち、塩化リチウムに代えて、塩化ナトリウムや塩化カリウムを用いた場合、逆反応が起こり、目論み通りにエステルを効率的に合成することはできない。
【0030】
本発明の方法において、含フッ素アルコールの1モルに対し含フッ素カルボン酸フルオライドの当量を用いる。したがって、1価の含フッ素アルコールの場合、含フッ素カルボン酸フルオライドの1〜2モルであり、1〜1.5モルが好ましく、1〜1.2モルがより好ましい。1モル以下の場合、反応収率が低下するので好ましくなく、2モル以上の使用は無駄であり廃棄が困難であるので好ましくない。同様の理由で、p価の多価含フッ素アルコールの場合、含フッ素カルボン酸フルオライドはp〜2pモルであり、p〜1.5pモルが好ましく、p〜1.2pモルがより好ましい。本発明に使用する含フッ素アルコールは使用に当たって、含フッ素カルボン酸フルオライドの加水分解の原因となる水の含有量を可能な限り低減しておくのが好ましい。
【0031】
含フッ素カルボン酸フルオライドは、どの様な方法で製造されたものであってよい。トリフルオロ酢酸フルオライドやペンタフルオロプロピオン酸フルオライド,2,2,3,3,4,4−ヘキサフルオロ酪酸フルオライドなどの一般式X(CFCOFで表される含フッ素カルボン酸フルオライドは一般式X(CFCHClYで表される化合物を高温、加圧下で酸素と反応させることで得られる(Xは、H、ClまたはF、nは1〜4、YはClまたはF、YがClのときXはH。)(米国特許第5905169号明細書)。
【0032】
本発明のa工程では、ジフルオロ酢酸フルオライドは、1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを、触媒の存在下に熱分解させて得られたものが好ましく用いられる(例えば、特開平8−92162号公報を参照。)。この反応は、以下の式で表わされる。
【0033】
CHFCFOR’ → CHFCOF + R’F
この反応の出発原料である一般式CHFCFOR’(R’は、一価の有機基を表す。)で表される1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンのR’は脱離基であるので特に限定されないが、例えば、メチル基、エチル基、イソプロピル基などの炭素数1〜4の低級アルキル基である。1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンの製造方法は、文献(J.Am.Chem.Soc.,73,1329(1951))に記載されている。
【0034】
本発明において使用できる含フッ素エーテル(1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン)の具体例としては、以下のものが挙げられるが、これらに限定されない。1−メトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(「CHFCFOMe」または「HFE−254pc」ということがある。)、1−エトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(「CHFCFOEt」または「HFE−374pc−f」ということがある。)。
【0035】
熱分解した場合、目的とするジフルオロ酢酸フルオライドの他に、副生成物としてフッ化アルキル(R’F)やフッ化アルキルがさらに分解した化合物が生成する。例えば、フッ化アルキルとしてフッ化エチルが生成する場合、エチレンとフッ化水素となることがある。反応によって得られる副生成物を含む粗生成物は、精製処理をしないでフッ化アルキルを含んだまま本発明のジフルオロ酢酸フルオライド原料として使用することもでき、主としてフッ化アルキルを除去して得られる粗生成物を使用することもでき、さらに精製して高純度にしたジフルオロ酢酸フルオライドを使用することもでき、あるいはこれらの各種精製程度の異なるガスを冷却または圧縮して容器に保存することもできる。ジフルオロ酢酸フルオライドの精製は蒸留により行うことができる。
【0036】
塩化リチウムは、無水塩化リチウムであるのが好ましく、使用に先立って乾燥することが望ましい。塊状ものよりも粉末状が好ましいが、一般的に市販されている工業用または試薬の塩化リチウムが使用可能である。本発明においては、含フッ素カルボン酸フルオライドの1モルに対し、塩化リチウム1モルが当量であるが、1〜5モルを使用し、1〜2モルが好ましく、1〜1.5モルがより好ましい。1モルよりも少ないと反応が完結せず、5モル以上ではリチウム資源が無駄になるので、それぞれ好ましくない。
【0037】
本発明の方法において、含フッ素カルボン酸フルオライドと含フッ素アルコールと塩化リチウムを接触させる方法および、添加順序は限定されないが、含フッ素アルコール、塩化リチウムを仕込んで攪拌し、そこへ含フッ素カルボン酸フルオライドを導入することが好ましい。特にジフルオロ酢酸フルオライド(BP=2℃)などの低沸点の含フッ素カルボン酸フルオライドを使用する場合はこの順序が好ましい。
【0038】
反応容器は槽型で攪拌羽根を有し攪拌できるものが好ましく、または容器を振盪することで攪拌してもよい。また、連続式での反応でもよい。反応において含フッ素カルボン酸フルオライドの副生成物として発生する塩化水素は、反応器から排気しながら反応をすることができる。排気は冷却して塩化水素以外を反応器に戻しながら行うのが好ましい。耐圧反応器を用いて排気をしないで反応をすることもできるが、平衡上不利である。
【0039】
通常、反応温度は−50℃〜100℃であり、−30℃〜30℃が好ましい。反応時間は、反応温度に依存するが、通常10分〜20時間であり、30分〜5時間が好ましい。
【0040】
本発明の方法では、攪拌を効率的に行うために反応試剤または生成物に不活性な溶媒を用いることができるが、反応後の分離が必要であるので、通常は使用しないのが好ましい。含フッ素アルコールは生成した含フッ素カルボン酸エステルと共沸する恐れがあり、水は含フッ素カルボン酸フルオライドを消費するのでそれぞれ好ましくない。したがって、このような溶媒としては、非プロトン性の溶媒が好ましく、芳香族系溶媒、鎖状エーテル、環状エーテル、エステル系溶媒、アミド系溶媒、スルホキシド類、パラフィン類等が挙げられ、具体的には、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン(DMI)、N−メチル−2−ピロリドン(MNP)、ジグライム、トリグライム、テトラグライム、ポリグライム、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、ジメチルスルホキシド(DMSO)、スルフォラン、o−、m−またはp−ビストリフルオロメチルベンゼン、炭素数8〜20のデカン等の鎖状炭化水素が例示される。塩化リチウムは反応系で溶解していてもあるいは溶解せずスラリー状態でもよいが、極性溶媒は塩化リチウムの溶解度が高く取り扱いが容易で好ましい。沸点は反応には関係しないので任意の沸点の溶媒が使用可能であるが、蒸留精製では沸点が目的の含フッ素カルボン酸エステルと近接していないものが蒸留分離に負荷が掛からず好ましい。また、目的の含フッ素カルボン酸エステルよりも高沸点の溶媒の方が、蒸留の簡便さの点で好ましい。溶媒の沸点の上限は特にないが、高沸点化合物は、室温で凝固したり、粘性が高くて取り扱いが不便なことが多い。溶媒は、ゼオライト等による吸着や蒸留で水の含有量を可能な限り低減しておくのが好ましい。これらは生成物中への目的外のアルコールなどの混入の原因となって精製が煩雑になり好ましくない。
【0041】
また、目的化合物と同一の含フッ素カルボン酸エステルを溶媒として使用することも可能であり、好ましい。この目的化合物と溶媒として使用すると溶媒と生成物の分離が不要となるので、プロセスが簡便化され特に好ましい。溶媒の使用量は塩化リチウムの質量の3〜20倍であり、好ましくは5〜10倍である。3倍よりも少ないと攪拌が困難であり反応に長時間を要し、20倍を越えると単位反応器当たりの生産性が低下するだけでなく、溶媒の回収等の操作が煩雑になるので、それぞれ好ましくない。
【0042】
また、反応系中に不活性な気体を伴わせることもできる、このような気体としては、窒素、アルゴン、ヘリウムなどが挙げられる。反応に用いる反応器には、ステンレス鋼、ハステロイ(登録商標)、モネル(登録商標)、フッ素樹脂、ガラスまたはこれらをライニングした材料が用いられる。
【0043】
本発明の方法にかかる反応生成物を含む混合物は、生成物としての含フッ素カルボン酸エステル、フッ化リチウム、塩化水素と未反応原料として塩化リチウム、溶媒などからなる。
【0044】
溶解した塩化水素は蒸留または加熱還流などで容易に除去することができる。フッ化リチウム、塩化リチウム等の固形分はフラッシュ蒸留やデカンテーションで分離することができる。これらの処理により得られた含フッ素カルボン酸エステルを主とする有機成分はさらに蒸留または精留することで高純度の含フッ素カルボン酸エステルとすることができる。
【0045】
本発明の方法による含フッ素カルボン酸エステルの製造方法をバッチ式の例について説明する。連続式については、この説明および上記説明に基づいて適宜反応条件、手順を改変することは当業者にとって容易である。
【0046】
望ましくは攪拌機と還流塔を備えた反応容器を冷却して、各所定量の塩化リチウム、含フッ素アルコールおよび任意に溶媒を仕込み、その後含フッ素カルボン酸フルオライドを徐々に導入する。攪拌しながら所定の温度として原料導入完了後もそのまま攪拌を継続し、副生する塩化水素を逐次反応系から放出する。反応終了後、加熱、不活性ガスのバブリング等の手段により反応容器に滞留している塩化水素を追い出して酸性成分を除去する。次いで、フラッシュ蒸留によりジフルオロ酢酸エステルを主成分とする有機物を回収し、所望により精留して高純度の含フッ素カルボン酸エステルとすることができる。
【0047】
[b工程]
次にb工程について説明する。この工程は、上記で得られた含フッ素カルボン酸エステルに還元剤を作用させて、含フッ素アルコールを製造する工程である。
【0048】
還元方法としては、公知の方法が適用できる。白金、ロジウム、パラジウム、オスミウム、ニッケル、鉄、銅などの金属または化合物を触媒とする接触還元も適用できるが、水素化金属化合物を用いる還元法が簡便であり好ましい。
【0049】
還元剤としては、水素化ホウ素ナトリウム、水素化アルミニウムリチウム、ジイソブチル水素化アルミニウム、シアノ水素化ホウ素ナトリウム等、ビス(メトキシエトキシ)水素化アルミニウムナトリウム等の水素化金属化合物が挙げられるが、水素化ホウ素ナトリウムが特に好ましい。これらの使用量は、ジフルオロ酢酸エステル1モルに対し、通常0.4〜10モル、好ましくは0.7〜5モルである。
【0050】
反応溶媒としては例えばn−ペンタン、n−ヘキサン、n−ヘプタン、n−オクタン等の飽和炭化水素、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールジエチルエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテル、トリエチレングリコールジエチルエーテル、ジエチルエーテル、t−ブチルメチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、1,4−ジオキサン等のエーテル類、ジクロロメタン、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素、メタノール、エタノール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン等のアルコール類、アセトニトリル、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、ヘキサメチルリン酸トリアミド等の非プロトン性極性溶媒、または水が例示できる。これらの溶媒は単独で用いても良いが、2種以上の溶媒を組み合わせて使用することもできる。
【0051】
これらのうち、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールジエチルエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテル、トリエチレングリコールジエチルエーテル、ジエチルエーテル、t−ブチルメチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、1,4−ジオキサン等のエーテル類(「エーテル系溶媒」)が好ましく、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、エチレングリコールジメチルエーテルがさらに好ましい。
【0052】
用いる溶媒の量は、ジフルオロ酢酸エステルの1質量部に対し、0.2〜20質量部、好ましくは1〜10質量部である。
【0053】
還元工程は通常窒素、アルゴン等の不活性ガス中で行われる。反応温度は、通常、-30℃〜100℃、好ましくは0℃〜100℃で、さらに好ましくは、0℃〜60℃である。反応時間は0.1〜24時間程度であるが、ガスクロマトグラフィー(GC)や液体クロマトグラフィー(HPLC)、核磁気共鳴装置(NMR)などの分析機器を使用し,原料である含フッ素カルボン酸エステルが消費された時点を反応の終点とすることが好ましい。圧力については特に制限はないが、不活性ガスを導入して大気圧下で反応を行うか、あるいは密閉して加圧条件で反応を行うことができる。反応終了後、水を加えて未反応の水素化金属化合物を分解し、鉱酸を加えて中和し、有機溶媒で抽出した後、常法に従って、例えば、シリカゲルカラムクロマトグラフィー、蒸留、もしくは再結晶等を行うことにより分離精製する。こうして目的の純度の高い含フッ素アルコールが得られる。
【0054】
b工程を適用する含フッ素カルボン酸エステルとしては、トリフルオロ酢酸2,2,2−トリフルオロエチル、ジフルオロ酢酸2,2−ジフルオロエチルが好ましく、ジフルオロ酢酸2,2−ジフルオロエチルが特に好ましい。これらの例としてジフルオロ酢酸2,2−ジフルオロエチルについて具体的に説明すると、1モルのジフルオロ酢酸2,2−ジフルオロエチルから理論上2モルの2,2−ジフルオロエタノールが生成する。
【0055】
[用途]
本発明にかかるジフルオロ酢酸2,2−ジフルオロエチルは、フッ素を含有する上に分子両末端にCHF基を有することに起因する特異な特性があり、たんぱく質等の溶媒として使用すると溶質分子と水素結合を介して溶解でき安定な溶液を形成することができる。また、高粘度ポリオールの非プロトン性粘度低下剤や、フタロシアニンなどの難溶解性の色素の溶剤、機械油の洗浄溶剤、皮脂などの洗浄剤として、非常に有用である。
【実施例】
【0056】
以下に、本発明を、実施例をもって説明するが、本発明はこれらの実施態様には限られない。
【0057】
[実施例1]
アルドリッチ製リン酸アルミニウム(Aluminum phosphate)を5mmφ×5mmLのペレットに打錠成形し、窒素気流中700℃で5時間焼成して、リン酸アルミニウム触媒を調製した。これを気化器付ステンレス製反応管(内径37.1mmφ×500mmL)に200cc充填した。窒素15cc/分を流しながら反応管を外部に設けた電気炉で加熱した。触媒の温度が50℃に達した時に、フッ化水素(HF)を0.6g/分の速度で気化器を通して導入した。HFを流通させたまま、300℃までゆっくりと昇温し、300℃で5時間保持した後、ヒーター設定温度を200℃に下げ、200℃になった時点で、HFの流通を止め、窒素流量を200cc/分に増やして2時間保持した後、1−メトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(HFE−254pc)を0.2g/分の速度で、気化器を通して導入した。30分後窒素を止めて、HFE−254pcのみを流通させ、定常状態時にガスサンプリングし、ガスクロマトグラフで分析したところ、ほぼ定量的に、ジフルオロ酢酸フルオライド(CHFCOF)とフッ化メチル(CHF)が含まれていた(転化率:99.7%)。
【0058】
ガス導入菅、温度計、ドライアイスコンデンサーを備えた100mL三口フラスコに、塩化リチウム(16.22g、0.382mol)、2,2−ジフルオロエタノール(CHFCHOHまたはDFOL、20.53g、0.25mol)を仕込み、攪拌しながら、氷水浴で冷却した。ガス導入菅より、ジフルオロ酢酸フルオライド(26.95g、0.275mol)を0.3g/分の流量で導入した。導入終了後、1時間攪拌を続けた。ドライアイスコンデンサーをジムロートに替え、ガス導入菅から窒素を15mL/分の流量で流し、段階的に昇温後100℃で1時間加熱した。室温(約25℃。以下同じ。)に冷却後、14.8kPaで単蒸留し、ガスクロマトグラフ(FID検出器、以下同じ。)で分析し、ジフルオロ酢酸2,2−ジフルオロエチル (CHF2COOCH2CHF2、38.24g、回収率95.5%、純度98.11面積%)を得た。
【0059】
[ジフルオロ酢酸2,2−ジフルオロエチルの物性値]
H:6.02(1H,tt,J=54.4Hz,3.9Hz)、6.00(1H,t,J=52.9Hz)、4.47(2H,td,J=13.4Hz,3.7Hz)
19F:−126.63 (2F,dt,J=54.4Hz,13.4Hz)、−127.39 (2F, d,J=51.9 Hz)
13C:161.67(t)、111.85(t)、106.27(t)、63.71(t)
MS(EI):m/e(FRG.)159(M−H)、141(M−F)、109(C), 81(CHFCH),65(CHFCH),51(CHF,base peak)
[実施例2]
温度計、ジムロート、滴下ロートを備えた4口フラスコ(容量2000cc)に、水素化ホウ素ナトリウム(30.27g,0.80mol)、ジエチルエーテル(150g)、2,2−ジフルオロエタノール(59g,0.72mol)を仕込み、マグネチックスターラーで攪拌しながら氷水浴で冷却した。ジムロートは−20℃の冷媒を流通し、出口には、ドライアイスアセトンで冷却した2個のトラップを直列に設置した。一段目には100gのジエチルエーテルを仕込み、バブリングできるようにし、2段目は空トラップとした。150gのジエチルエーテルで希釈されたジフルオロ酢酸2,2−ジフルオロエチル(51.2g、0.32mol)を滴下ロートから内温5℃を超えない速度で滴下した。滴下終了後、室温にて2時間攪拌した。再度、氷水浴で冷却したのち、滴下ロートから2N塩酸400mLを内温が10℃を超えないようにゆっくり滴下し、有機層と水層を分離した。水層はジエチルエーテル150gで抽出し、2個のトラップで回収された溶液と合わせて、647.1gの有機物を回収した。これをガスクロマトグラフで分析したところ、2,2−ジフルオロエタノール(DFOL):99.6%、ジフルオロ酢酸(CHFCOOH):0.4%であった(溶媒のジエチルエーテルを除く。)。これを理論段数10段の蒸留塔で精製したところ、103.8g(純度99.2%)の2,2−ジフルオロエタノールが得られた(回収率:93.1%)。残りの水層に内部標準物質としてCFCOONaを添加して、19FNMRで含フッ素有機物の含有量を求めたところ、DFOL:4.3g、CHFCOOH:0.7gであった。目的化合物である2,2−ジフルオロエタノールのスペクトルは下記の通りである。
【0060】
[2,2−ジフルオロエタノールの物性]
19F−NMR(CDCl溶媒)−128.25ppm(2F、dt、JH-F=55.9Hz、JH−F=14.5Hz)
H−NMR(CDCl溶媒)3.79ppm(2H、td、JH−F=14.8Hz、JH−H3.8Hz)、5.81ppm(1H、tt、JH−F=55.6Hz、JH−H=3.8Hz)
[実施例3]
CHF2COOCH2CHF2(100g)に色素(銅(II)1、2、3、4、8、9、10、11、15、16、17、18、22、23、24、25−ヘキサデカフルオロ−29H、31H フタロシアニン)0.1gを投入し、50℃で加熱、攪拌した。室温で24時間静置した後、透明な溶液であり沈殿物は認められなかった。
【0061】
[実施例4]
CHF2COOCH2CHF2(100g)に色素(ニッケル(II)フタロシアニン)0.1gを投入し、実施例3と同様の実験を行った結果、透明な溶液であり沈殿物は認められなかった。
【0062】
[実施例5]
ハンダ用フラックスをガラス板に1.025g塗布し、120℃で10分間加熱した。CHF2COOCH2CHF2(100g)とイソプロパノール10gを混合して混合液を調製し、そこへ前記ガラス板を浸漬して超音波洗浄機で5分間洗浄した。その後、CHF2COOCH2CHF2単独の溶液中にこのガラス板を浸漬し、1分間仕上げ超音波洗浄を行った。乾燥後のガラス板の重量を測定した結果、ガラス板の質量増加は認められなかった。乾燥後、目視観察した結果、汚れ等は見られなかった。
【0063】
[実施例6]
CHF2COOCH2CHF2(100g)とメタノール10gを混合して混合液を調製し、そこへ、純水洗浄後の水滴が付着したガラス製レンズを浸漬した。2分間超音波洗浄後、同混合液で30秒間蒸気洗浄を行い、120℃で温風乾燥した。目視観察した結果、シミ等の汚れは認められなかった。
【0064】
[実施例7]
CHF2COOCH2CHF2(100g)とエタノール10gを混合して混合液を調製し、そこへ、機械油が付着したボルトを浸し、5分間超音波洗浄を行い、その後、CHF2COOCH2CHF2単独の溶液中にこのボルトを浸し、1分間仕上げ超音波洗浄を行った。120℃で10分温風乾燥した。目視で検査した結果、表面は清浄であった。
【産業上の利用可能性】
【0065】
医農薬中間体、機能性材料の中間体として有用なジフルオロ酢酸エステルの製造方法として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次のa工程およびb工程を含む一般式(1)
CHOH (1)
(式中、Rは一価の含フッ素アルキル基である。)で表される含フッ素アルコールの製造方法。
a工程:一般式(3)
COF (3)
(式中、Rは前記と同じ。)で表されるカルボン酸フルオライドと一般式(1)
CHOH (1)
(式中、Rは前記と同じ。)で表される含フッ素アルコールを塩化リチウムの存在下で反応させて一般式(2)
COOCH (2)
(式中、Rは前記と同じ。)で表される含フッ素カルボン酸エステルを生成する工程。
b工程:a工程で得られた含フッ素カルボン酸エステルを還元剤により還元して一般式(1)
CHOH (1)
(式中、Rは前記と同じ。)で表される含フッ素アルコールを生成する工程。
【請求項2】
式中のRがジフルオロメチル基(CHF基)である請求項1に記載の含フッ素アルコールの製造方法。
【請求項3】
還元剤が水素化ホウ素ナトリウムである請求項1または2に記載の2,2−ジフルオロエタノールの製造方法。
【請求項4】
ジフルオロ酢酸2,2−ジフルオロエチル。

【公開番号】特開2012−72069(P2012−72069A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−216277(P2010−216277)
【出願日】平成22年9月28日(2010.9.28)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】