説明

吸着性化合物の分析方法

【課題】液体中に含まれる吸着性化合物の金属表面に対する吸着・脱離特性を詳細に観察できる分析方法を提供する。
【解決手段】液体L中に含まれる吸着性化合物のうち、金属表面Mに吸着した前記化合物をATR−SEIRAS法により分析する。この分析方法によれば、液体の影響を受けずに金属表面に吸着した化合物のみの情報を得ることが可能となる。例えば、潤滑油中に含まれる金属系清浄剤などの金属への吸着・脱離挙動を詳細に観察することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属表面に吸着した吸着性化合物の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
潤滑油は、金属間摺動部の潤滑用として広く用いられている。そのため、潤滑油には潤滑性等を維持、向上させるために種々の化合物が添加されている。例えば、アルカリ金属やアルカリ土類金属のスルホネート、サリチレート、フェネートのような金属系清浄剤は、鋼などの金属表面に吸着して潤滑性や防錆性等を向上させる。
このような、吸着により効果を発揮する化合物(添加剤)の選定にあたっては、添加剤の金属表面への吸着・脱離挙動を調べなければならない。そのためには、金属表面に吸着した添加剤を分析する方法が必要となる。
従来、物質の表面を分析する方法として、ATR法(減衰全反射赤外スペクトル法、Attenuated Total Reflection)が知られている(非特許文献1参照)。ATR法によれば、物質表面に存在する微量の成分を分析することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】ウィキメディア財団、フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」、[2011年2月21日検索]、インターネット、<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E5%A4%96%E5%88%86%E5%85%89%E6%B3%95>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、金属表面に吸着する潤滑油の添加剤は極めて微量であり、上述したATR法によっても、金属表面に存在する極微量の添加剤の分析は困難である。
【0005】
本発明は、液体中に含まれる吸着性化合物の金属表面に対する吸着・脱離挙動を詳細に観察できる分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究した結果、ATR−SEIRAS法(Attenuated Total Reflection−Surface Enhanced Infrared Absorption Spectroscopy;減衰全反射−表面増強赤外分光法)を適用することで上記課題を解決できることを見いだした。
SEIRAとは、nmオーダーの微粒子構造をもつ金属薄膜上(金、銀、銅、白金、鉄、ニッケルなど)に吸着した分子の赤外吸収強度が通常の数十倍から数百倍に増強される現象である。自由電子を持つ金属が数十nmオーダーの微粒子状になると、可視域に表面プラズモン由来の吸収が現れる。薄膜上では微粒子同士が密集し、プラズモン吸収は共鳴効果によってブロードになり赤外領域まで延びるようになる。このプラズモンによる金属薄膜の吸収が吸着分子の赤外振動周波数と一致すると薄膜の誘電率が大きく変調される。このため分子振動の波長で金属薄膜の吸収が大きく減衰し、見かけ上分子振動が増強されたような効果が得られる。
すなわち、本発明は、このSEIRAをATR法と組み合わせたものであり、以下のような分析方法を提供するものである。
(1)液体中に含まれる吸着性化合物のうち、金属表面に吸着した前記化合物を分析する方法であって、ATR−SEIRAS法により、金属表面に吸着した前記化合物を分析することを特徴とする吸着性化合物の分析方法。
(2)上述の(1)に記載の吸着性化合物の分析方法において、金属表面に吸着した前記吸着性化合物を分析し、次に、前記吸着性化合物を金属表面から脱離させる脱離剤を前記液体に添加して前記金属表面を分析することを特徴とする吸着性化合物の分析方法。
(3)上述の(1)または(2)に記載の吸着性化合物の分析方法において、前記金属が金であることを特徴とする吸着性化合物の分析方法。
(4)上述の(1)から(3)までのいずれか1つに記載の吸着性化合物の分析方法において、前記液体が潤滑油であり、前記吸着性化合物が潤滑油の添加剤であることを特徴とする吸着性化合物の分析方法。
(5)上述の(4)に記載の吸着性化合物の分析方法において、前記添加剤が、アルカリ金属塩およびアルカリ土類金属塩のうち少なくともいずれかであり、前記各金属塩がスルホネート、サリチレートおよびフェネートのうち少なくともいずれかであることを特徴とする吸着性化合物の分析方法。
(6)上述の(5)に記載の吸着性化合物の分析方法において、前記アルカリ土類金属塩がカルシウム塩であることを特徴とする吸着性化合物の分析方法。
(7)上述の(5)または(6)に記載の吸着性化合物の分析方法において、前記スルホネートがアルキルベンゼンスルホネートおよびアルキルナフタレンスルホネートのうち少なくともいずれかであることを特徴とする吸着性化合物の分析方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、ATR−SEIRAS法を用いるので、液体中に含まれる吸着性化合物の金属表面に対する吸着・脱離挙動を詳細に観察できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施形態において、ATR−SEIRAS法による分析を行うための分析装置の概略断面図。
【図2】実施例において、アルキルベンゼン系Caスルホネートの金属表面への吸着・脱離挙動を示すATR−SEIRAスペクトル。
【図3】実施例において、アルキルナフタレン系Caスルホネートの金属表面への吸着・脱離挙動を示すATR−SEIRAスペクトル。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
〔分析装置の構成〕
図1に、液体中に含まれた吸着性化合物の金属表面への吸着・脱離特性を分析するための分析装置100を示す。
分析装置100は、半円柱状(かまぼこ状)のシリコンプリズム10と、その矩形の平面部11にオーリング20を介して固着される型枠30とを含んで構成される。シリコンプリズム10の平面部11には、金属薄膜Mが形成されている。金属としては、例えば金、銀、銅、白金、鉄、ニッケル等が用いられる。金属薄膜Mの厚みは8nmから100nmまでであることが好ましく、10nmから40nmまでであるとより好ましい。金属薄膜Mの厚みが8nm未満であると、分子振動の増強効果が生じにくくなるおそれがある。一方、金属薄膜Mの厚みが100nmを超えると、測定感度が低下するおそれがある。このような金属薄膜Mの形成方法としては無電解めっきや、蒸着、スパッタリングなど公知の方法が適用できる。
【0010】
〔試料液の塗布〕
分析装置100には、型枠30と平面部11により箱状空間が形成されている。吸着性化合物を含んだ試料液Lをこの箱状空間の底面(金属薄膜が形成された平面部11)に塗布する。
【0011】
〔分析方法〕
図1に示すATR配置で金属薄膜に赤外線をあて、スペクトルを測定する(ATR−SEIRAS法)。詳細は、後述の実施例にて説明する。
【0012】
本発明では、金属微粒子の振動を通して、吸着している化合物の分子振動を測定する。そのため、従来の高感度反射法(IRRAS法)や通常のATR法にくらべて、吸着分子の大幅に増強された分子振動を観察できる。したがって、金属薄膜への化合物の吸着・脱離状況を極めて高感度でinsitu観察できる。さらに、金属薄膜上に吸着した化合物分子の配向状態を調べることもできる。
例えば、本発明を潤滑油に適用した場合、金属薄膜に吸着している化合物(添加剤)を金属薄膜側から観察することになるので、潤滑油中に分散している水や各種の分子の影響を排除できる。それ故、潤滑油中の吸着性化合物の金属への吸着・脱離の瞬間および吸着時の配向状態を高感度でinsitu観察できる。ここで配向状態を観察できるとは、例えば、アルキル基が金属表面に対して垂直か水平かの推定が可能になるというような意味である。
潤滑油には種々の添加剤が配合されるが、特に、金属清浄剤として知られる添加剤の分析に有用である。具体的には、アルカリ金属やアルカリ土類金属のスルホネート、サリチレート、フェネートの分析に好適である。特にアルカリ土類金属塩に適用することが好ましく、Ca塩に適用することがより好ましい。スルホネートとしては、アルキルベンゼンスルホネートやアルキルナフタレンスルホネートに好ましく適用できる。
【実施例】
【0013】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれにより何ら限定されるものではない。具体的には、図1に示す分析装置100を用いて、潤滑油中に含まれる吸着性の添加剤について吸着・脱離特性を分析した。
【0014】
(分析装置)
分析装置100において、シリコンプリズム10の平面部11に厚み約20nmの無電解金メッキを施したものを用いた。
(試験油)
動粘度5mm/s(23±3℃)の炭化水素系潤滑油基油に、以下に示す2種のCaスルホネートを各々5質量%となるように配合したものを試験油とした。
(1)アルキルベンゼンタイプ
塩基価:0.2mgKOH/g
分子量:970
(2)アルキルナフタレンタイプ
塩基価:0.7mgKOH/g
分子量:958
【0015】
【化1】

【0016】
(分析方法)
上述の方法で調製した試験油を図1の平面部11(金表面)に20μL塗布した。次に、ATR配置(赤外光の入射角は69°)でスペクトルを測定しながら、NaOHおよびケイ酸ナトリウムを主成分とする市販脱脂液(pH11)を100μL滴下して、特性吸収の経時変化を観察した。結果を、図2と図3に示す。なお、この方法では、油膜全体ではなく金属薄膜に接する界面近傍のみを観察している。
【0017】
(分析結果)
図2は、アルキルベンゼン系のCaスルホネートを含んだ試験油の結果であり、図3は、アルキルナフタレン系のCaスルホネートを含んだ試験油の結果である。いずれも、試験油の塗布後には、Caスルホネートに特有の特性吸収が観察された。そして、塗布後の試験液に脱脂液を滴下すると、Caスルホネートが金属表面から脱離するので上述した特性吸収が弱まることがわかる。同時に、Caスルホネートが脱離した金属表面に水が浸入・吸着して水に特有の特性吸収が観察されるようになる。
【0018】
アルキルベンゼン系Caスルホネートを用いた系では、脱脂液滴下5秒後には特性吸収が消失し完全に脱離したことがわかる。一方、アルキルナフタレン系Caスルホネートを用いた系では脱脂液滴下60秒後でも特性吸収が観察されることから未だ当該化合物の一部が金属表面に残存していることがわかる。具体的には、Caスルホネートに起因する波長1450cm−1、2800cm−1、2900cm−1の吸収が残っている。
【0019】
アルキルベンゼン系のCaスルホネートとアルキルナフタレン系のCaスルホネートの結果は、自動車メーカーの脱脂工程における鋼での脱脂性の順序とも一致する。すなわち、本実施例により、Caスルホネートが脱脂される瞬間を初めて観察したものといえる。従来、自動車メーカーでは、鋼板が水に濡れるようになる時点を脱脂終点としていた(油が残ると水を弾く)が、水に濡れていても実際には油(特に、吸着性の強いCaスルホネート)が残存しており、後工程の塗装で不良現象を起こすこともあった。Caスルホネート等の吸着性化合物が有する潤滑性(防錆性)と脱脂性との相反する特性を両立させるには、吸着状態と脱離状態を詳細に観察する必要があるが、本発明の分析方法によれば、本当に脱脂できたかどうかを分子レベルで確認できるので、極めて有用である。
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明の分析方法は、金属への吸着・脱離特性を有する化合物を用いる産業分野で好適に利用できる。例えば、金属清浄剤を潤滑油の添加剤として使用する機械分野、自動車分野に好適である。
【符号の説明】
【0021】
10…シリコンプリズム
11…平面部
20…オーリング
30…型枠
100…分析装置
L…試料液
M…金属薄膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体中に含まれる吸着性化合物のうち、金属表面に吸着した前記化合物を分析する方法であって、
ATR−SEIRAS法(減衰全反射表面増強赤外分光法)により、金属表面に吸着した前記化合物を分析する
ことを特徴とする吸着性化合物の分析方法。
【請求項2】
請求項1に記載の吸着性化合物の分析方法において、
金属表面に吸着した前記吸着性化合物を分析し、
次に、前記吸着性化合物を金属表面から脱離させる脱離剤を前記液体に添加して前記金属表面を分析する
ことを特徴とする吸着性化合物の分析方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の吸着性化合物の分析方法において、
前記金属が金である
ことを特徴とする吸着性化合物の分析方法。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の吸着性化合物の分析方法において、
前記液体が潤滑油であり、
前記吸着性化合物が潤滑油の添加剤である
ことを特徴とする吸着性化合物の分析方法。
【請求項5】
請求項4に記載の吸着性化合物の分析方法において、
前記添加剤が、アルカリ金属塩およびアルカリ土類金属塩のうち少なくともいずれかであり、
前記各金属塩がスルホネート、サリチレートおよびフェネートのうち少なくともいずれかである
ことを特徴とする吸着性化合物の分析方法。
【請求項6】
請求項5に記載の吸着性化合物の分析方法において、
前記アルカリ土類金属塩がカルシウム塩である
ことを特徴とする吸着性化合物の分析方法。
【請求項7】
請求項5または請求項6に記載の吸着性化合物の分析方法において、
前記スルホネートがアルキルベンゼンスルホネートおよびアルキルナフタレンスルホネートのうち少なくともいずれかである
ことを特徴とする吸着性化合物の分析方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate