説明

哺乳類の神経組織損傷の治療のための方法及び組成物

【課題】哺乳類脊髄損傷を治療するための新規方法及び組成物の提供。
【解決手段】損傷した哺乳類神経組織のin vivo修復を達成するために、有効量の両親媒性ポリマーである生体膜融着剤が、損傷した神経組織に投与される。該生体膜融着剤の適用は、この物質を、損傷部位の神経組織に直接接触することにより行うことができる。あるいは、該生体膜融着剤は、生体膜融着剤の患者への投与後に血液供給により損傷部位へデリバリーすることができる。この投与は、好ましくは、該生体膜融着剤の有効量の、血管内、筋肉内、皮下又は腹腔内注射を含む非経口投与であり、その結果有効量が神経組織損傷部位にデリバリーされる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の技術分野
本発明は、全般的に、脊髄を含むが、これに限定されるものではない、損傷した哺乳類神経組織を治療する方法に関する。詳細に述べると本発明は、生体膜融着剤のin vivo適用による損傷した神経組織を治療する方法に関する。損傷した脊髄を治療するための医薬組成物も説明されている。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
哺乳類神経系の機械的な損壊は、時には不可逆的な機能欠損を生じる。末梢神経系(PNS)又は中枢神経系(CNS)の両方への外傷に関連したほとんどの機能欠損は、神経線維又は軸索への損壊から生じ、神経線維に沿った神経インパルス往来の流れを遮断する。これは、軸索切断により生じたケーブル(cable)内の物理的中断に起因することがある。この遮断は、膜が最早イオンの防御壁として機能しない場合、及び/又は局所的に脱髄し始めるような場合にも生じることがある[Honmou, 0.及びYoung, W.、「脊髄軸索の外傷性損傷」(Waxman, S.G.、Kocsis, J.D.、Stys, P.K.編集): The Axon、ニューヨーク、Oxford UP社、480-503頁(1995);Maxwell, W.L.、「伸展傷害後のravier中心節の組織病理学的変化」、Microscopy Research and Technique、34:522-535 (1996);Maxwell, W.L.、Watt, C.、Graham, D.I.、Gennarelli, T.A.、「非ヒト霊長類頭部における側方促進神経の結果としての軸索剪断の超微細構造的証拠」、Acta Neuropathol、86:136-144 (1993);Maxwell, W.L.、Graham, D.I.、「モルモット視神経における伸展傷害後の軸索微小管及び神経フィラメントの損傷」、J Neurotrauma、14:603-614 (1997);Blight, A.R.、「実験的脊髄損傷における再髄鞘形成、再血管化、及び機能回復」(Seil, F.J編集)、Advances in Neurobiology: Neural Injury and Regeneration、第59巻、ニューヨーク、Raven Press社、91-103頁(1993)]。いずれの場合においても、機能欠損は、神経インパルス伝導の破綻により生じる。例え脊髄損傷に関連した重度の行動欠損であっても、白質の最初の機械的損壊が原因であると現在は主に理解されている[Blight, A.R.、「遅延型続発性病理の行動学的証拠を伴う、モルモットにおける脊髄損傷モデルの体型測定分析」、J. Neurolog. Sci.、103:156-171 (1991)]。いわゆる「続発性損傷」と称される、遅延型であるが進行性のエピソードは[Honmou及びYoung, W.、「脊髄軸索の外傷性損傷」(Waxman, S.G.、Kocsis, J.D.、Stys, P.K.編集): The Axon、ニューヨーク、Oxford UP社、480-503頁(1995);Young, W.、「急性脊髄損傷における続発性損傷の機序」、J. Emerg. Med.、11:13-22 (1993)]、引き続き病変を拡大し、窩腔圧挫した脊髄の定型臨床像、及び処置しがたい行動喪失(behavioral loss)につながる。
【0003】
哺乳類において、軸索の離断は、ワーラー変性による遠位神経突起分節の不可逆的喪失につながると同時に、近位分節は生存し得る。PNSにおいて、機能は、過去の損傷の変動量を持続し得る、結合組織及びSchwann細胞「チューブ」の両方により提供された近位分節の下行束形成経路の内因性再生により回復され得る[Bisby, M.A.、「末梢神経系軸索の再生」(Waxman, S.G.、Kocsis, J.D.、Stys, P.K.編集)、The Axon Book、ニューヨーク、Oxford University Press社、553-578頁 (1995)]。損傷のレベルは、臨床上線維束修復に重要であるが、再生速度(約1mm/日)は、その神経支配に左右される標的組織(横紋筋の運動単位など)の喪失を避けるには十分ではない。CNSにおいて、神経線維の遠位分節は再生されず、かつそれらの喪失は、それらの完全性を維持するために神経支配を必要とすることが多い「標的」細胞を、機能しなくする。CNS損傷からの回復を増強する究極的戦略のひとつは、様々な手段による白質再生の誘導又は促進である。
【0004】
臨床において、急性の脊髄離断は稀であるが、圧迫性/挫傷性機械的損壊は典型的である。PNSにおいて、離断、伸展傷害に加え、神経幹への圧迫性損傷は、一般的である。しかしいずれかの種類の神経線維膜への重度の局所的機械的損壊は、依然軸索切断及び遠位分節の回復できない喪失につながるプロセスを開始する。これらの事象は通常、細胞外コンパートメントと細胞内コンパートメントのイオン、特にカルシウムを分離し、かつ重要な差異を維持する軸索鞘の能力を機能停止することにより始まる。
【0005】
哺乳類脊髄の損傷に対する壊滅的作用は、急性ではない。重度の機械的損傷は、脊髄組織の遅延型の破壊を開始し、神経線維(軸索)の進行性局所溶解(dissolution)が随伴した神経インパルス伝導の喪失をもたらす[Honmou, 0.及びYoung, W.、The Axon (Waxman, S.G.ら編集)、480-529頁、Oxford University Press社、ニューヨーク (1995);Griffin, J.W.ら、The Axon (Waxman, S.G.ら編集)、375-390頁、Oxford University Press社、ニューヨーク (1995)]。この損傷部位を超えた感覚及び運動連絡の喪失は、脊髄損傷レベル下領域の永久麻痺及び感覚の喪失を生じ得る。更に、行動機能の喪失に関連している脊髄実質の進行性「続発性損傷」[Young, W.、J. Emerg. Med.、11:13-22 (1993)]のほとんどの破綻作用は、白質に作用することは明らかである。白質に対する局所的機械的、生化学的、及び無酸素性/虚血性損傷は、イオンの調節されない交換に対する障壁又は防御壁としての軸索鞘の機能喪失を引き起こすのに十分であろう[Honmou, 0.及びYoung, W.、The Axon (Waxman, S.G.ら編集)、480-529頁、Oxford University Press社、ニューヨーク (1995)]。これは次に、神経線維のこの領域の構造的完全性及びそのケーブルに沿ってインパルスを伝導するその能力の両方を損なう。例えば上昇した細胞内Ca2+は、微小管及びミクロフィラメントの解重合を誘導し、これらは細胞骨格の局所的破壊につながる[Griffin, J.W.ら、The Axon (Waxman, S.G.ら編集)、375-390頁、Oxford University Press社、ニューヨーク、(1995);Maxwell, W.L.ら、J. Neurocytology、24:925-942 (1995);Maxwell, W.L.ら、J. Neurotrauma、16:273-284]。
【0006】
細胞へのその電気化学的勾配を低下する制限されないCa2+の移動は、膜及び細胞質ゾルの破壊につながり、かつ神経線維に対する全ての機械的損傷に加え、頭部損傷及び卒中のような他の虚血性損傷における最初の重要な事象である[Borgens, R.B.、Jaffe, L.F.、Cohen, M.J.、「大きくかつ持続性の電流はヤツメウナギの離断された脊髄へ侵入する」、Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.、77:1209-1213 (1980);Borgens, R.B.、「損傷及び再生軸索における電圧勾配及びイオン電流」、Advances in Neurology、47:51-66 (1988);Maxwell, W.L、「伸展傷害後のravier中央節での組織病理学的変化」、Microscopy Research and Technique、34:522-535 (1996);Maxwell, W.L.、Graham, D.I.、「モルモットの視神経に対する伸展傷害後の軸索微小管及び神経細線維の喪失」、J. Neurotrauma、14:603-614 (1997);Maxwell, W.L.、Watt, C.、Graham, D.I.、Gennarelli, T.、「非ヒト霊長類頭部における側方促進神経の結果としての軸索剪断の超微細構造的証拠」、Acta Neuropathol、86:136-144 (1993);Honou及びYoung、1995;Leeら、1999;Stysら、1990]。Na+は、膜侵襲(insult)の局所的領域に侵入し、更に膜を脱分極し、かつ細胞内貯蔵Ca2+の放出を促進する[Carafoli, E.、Crompton, M.、「カルシウムイオン及びミトコンドリア(Duncan, C.J.編集):Symposium of the Society for Experimental Biology: Calcium and Biological Systems、第30巻、ニューヨーク、Cambridge University Press社、89-11頁 (1976);Borgens, R.B.、Jaffe, L.F.、Cohen, M.J、「大きくかつ持続性の電流はヤツメウナギの離断された脊髄へ侵入する」、Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.、77:1209-1213 (1980);Borgens, R.B.、「損傷及び再生軸索における電圧勾配及びイオン電流」、Advances in Neurology、47:51-66 (1988)]。カリウム流出も、膜の静止電位をK+に関してNernst電位側に押し、これは例え無傷の膜であってもケーブルを下行する神経インパルス伝導による局所領域の非興奮(inexcitability)及び遮断に寄与する。従って、K+が細胞外へ電気化学的勾配を下り猛然と流れる場合、得られた上昇した細胞外濃度は、局所的伝導遮断に寄与する[Honmou, O.及びYoung, W.、The Axon (Waxman, S.G.ら編集)、480-529頁、Oxford University Press社、ニューヨーク、(1995);Shi, R.ら、Society for Neuroscience Abstracts、108:163 (1997)]。しかし、これは、最初に軸索の進行性の溶解につながる、細胞へのCa2+侵入の運動に設定された事象の進行性の連鎖反応であり−脂質過酸化経路の開始及び「フリーラジカル」酸素代謝産物の形成のような、追加の複合体分子プロセスによる急性事象の後期において補助された。
【0007】
細胞膜を封じるか又は実際に膜を互いに融着することが既に示されている分子は、数種類ある[Nakajima, N.、Ikada, Y.、「様々な水溶性ポリマーの融着活性」、J. Biomaterials Sci., Polymer Ed.、6:751-9 (1994)]。これらの生体適合性ポリマーは、膜板(plane)の破壊されていない原形質膜への不連続を解決することもでき、及び/又は膜欠陥へ挿入され始め、これを封止しかつ透過化を逆にする。
【0008】
30年以上もの間、ポリエチレングリコール(PEG)は、多くの細胞に融着し、ひとつの巨細胞を形成することは知られている。この親水性マクロ分子の適用は、遺伝的物質の交換、ハイブリドーマ形成、又は内因性ベシクル融合のモデルを目的とし、多細胞複合体を形成するため探索されている[Davidson, R.L.、O'Malley, K.A.、Wheeler, T.B.、「ポリエチレングリコールによる哺乳類体細胞ハイブリダイゼーションの誘導」、Somat. Cell Genet.、2:271-280 (1976);Lee, J.、Lentz, B.R.、「膜融着のモデル時の脂質構造の進化及びこのプロセスの細胞膜融着との関連」、Biochemistry、36:6251-6259 (1997);Lentz, B.R.、「誘導された膜融着;電位機構及び細胞融着事象との関係」、Chem. and Phys. of Lipids、73:91-106 (1994)]。PEGは、多くの褐色腫細胞(PC-12;神経様細胞)が互いに融着し、in vitroにおける神経生理学的測定を促進し、加えてin vitroにおける単独の無脊椎動物の巨大軸索の重度の末端を融着する大きい単独のユニットを形成するために使用される[O'Lague, P.H.、Huttner, S.L.、「化学的に融着されかつ培地で増殖されたラット褐色腫細胞(PC12)の生理的及び形態学的研究」、Proc. Natl. Acad. Sci. USA,、77:1701-1705 (1980);Krause, T.L.、Bittner, G.D.、「ポリエチレングリコールにより重度に有髄化された軸索の迅速な形態学的融着」、PNAS、87:1471-1475 (1990, 1991)]。
【0009】
哺乳類脊髄損傷を治療するための方法及び組成物は、必要とされている。本発明は、これらの必要性に対処している。
【発明の概要】
【0010】
発明の概要
本発明は、損傷した哺乳類神経組織をin vivo修復するための方法及び組成物に関する。本発明はより詳細に述べると、神経組織への、特に脊髄又は末梢神経系の神経組織への損傷部位(下記「定義」の項参照)デリバリーされる生体膜融着剤(下記「定義」の項参照)を有効量含有する組成物に関する。この生体膜融着剤は、損傷部位で神経組織と直接接触することができるか、もしくは患者に非経口的に投与することができる。好ましくは、生体膜融着剤は、患者への生体膜融着剤の注射後、血管供給を通して損傷部位へのそのデリバリーが、損傷した神経線維の修復に有効であるような量である。この注射は、有効量が神経組織損傷部位にデリバリーされるように、有効量の生体膜融着剤の静脈内、筋肉内、皮下、又は腹腔内注射であることができる。
【0011】
好ましくは、生体膜融着剤は、ポリアルキレングリコール又は、エチレンオキシド-プロピレンオキシド-エチレンオキシド(EPAN)のようなポリエチレングリコール、ポリエチレングリコール/ポリプロピレングリコールブロックコポリマーのオキシド、又はデキストランのような他の親水性生体適合性界面活性剤の形で親水性ポリマーの形をとる。この界面活性剤は、好ましくは非イオン性であり、及びポロキサミン(poloxamine)のような両親媒性ポリマーの形をとることができる。最も好ましい生体膜融着剤は、ポリエチレングリコール(PEG)(H(OCH2CH2)nOH)であり、ここでnは、好ましくは4〜約570又はそれよりも大きい、より好ましくは約30〜約100の範囲である。PEGは、医薬品において使用される多くの化合物の溶媒として使用される。例えば、PEGは、放射線医学において使用される造影剤のための担体として、血友病患者に輸注される造血因子の溶媒として使用される。適当な代替品は、ポロキサマー(poloxamer)である(下記「定義」項参照)。これらのトリブロックポリマーの一部は、プロピレングリコールコアを伴うPEGポリマーからなる。個々のポリマー鎖のサイズは、このポロキサマーの作用には重要ではなく、かつこのポロキサマーは同じく、血流に注射されるか、もしくはPEGと同じ方法で局所的に塗布することができる(ポロキサマーも、エチレングリコール基及びプロピレングリコール基の総対数に応じてより程度が大きい又はより小さい両親媒性ポリマーである。)。
【0012】
本発明の開発において、脊髄損傷の動物における生体膜融着剤、より詳細にはPEGの分布が追跡され、かつPEGはこれを血液供給に導入するいずれかの手段により、特に脊髄の出血性損傷を標的とすることがわかった(例えば、静脈内、皮下、又は腹腔内注射のような非経口的に、経皮的、経口的、頬腔投与によるか、又は他の投与経路により)。更にPEGは、血液供給によりデリバリーされた場合に、損傷に直接塗布される場合よりも、損傷部位をより均一に浸す(bathe)ように見える。PEGの脊髄損傷したモルモットへの塗布又は投与の試験において、機能の回復(脊髄損傷を介した神経インパルス伝導及び行動の回復の両方)は、PEGの神経組織損傷部位への局所的(直接)塗布に反応して先に決定されたものと同一であることが観察されている。
【0013】
これは劇的かつ予想外の知見である。背中の皮膚の下側に投与(皮下注射)された水溶液中のPEGのような生体膜融着剤の単回投与は、この投与量が損傷後6〜8時間までに投与された場合、モルモットにおける重症又は外傷性脊髄損傷における多くの機能障害を逆行するであろう。PEGは、哺乳類神経組織損傷部位に移動しかつ選択的に結合し、かつそこで生体膜融着剤として機能する。
【0014】
試験は、in situにおいて、重度の脊髄圧挫/挫傷損傷へのPEGのような生体膜融着剤の塗布又は投与は、被験哺乳類における同定された脊髄で媒介された行動の機能回復に加え、当初の病変を介した脊髄を上行する記録された神経インパルスの迅速な回復を生じることを示している。被験哺乳類における重度の脊髄損傷後のこれらの生理的及び行動学的回復は、一時的なものではなく、むしろ安定しており、経時的に改善することさえある。更に、PEGのような生体膜融着剤の適用は、その有効性を失うことなく、脊髄損傷後、少なくとも8時間まで遅らせることができる。
【0015】
従って、本発明は、神経組織を損傷した哺乳類、好ましくはヒトを治療する方法及び組成物を企図しており、ここで例証的にポリアルキレングリコール(又はオキシド)のような親水性ポリマー、もしくはそれらのブロックコポリマー及び混合物、又は非イオン性両親媒性ポリマー(例えば、ポロキサマー又はポロキサミンなど)のような生体適合性界面活性剤、もしくはそれらの混合物を含む生体膜融着剤の有効量が、患者に投与され、患者の血管系を介して、神経損傷部位へデリバリーされる。好ましくは、この治療は、生体膜融着剤の患者への、静脈内、筋肉内、皮下、腹腔内を含む、非経口的注射、又は血管系を介した生体膜融着剤の損傷部位へのデリバリーを生じるいずれか他の経路を含む。
【0016】
生体膜融着剤がポリアルキレングリコールである場合、これは、好ましくは及び特にC1〜C10ポリアルキレングリコールの形であることができ、例えばそれらの分枝型及び構造異性体を含む、ポリメチレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリブチレングリコール、ポリペンチレングリコール、ポリヘキシレングリコール、ポリヘプチレングリコール、ポリオクチレングリコール、ポリノニレングリコール、及びポリデシレングリコールである。生体膜融着剤は、より一般的には、例えば2種又はそれより多いそれらの分枝型及び構造異性体を含むポリアルキレングリコールの混合物、ポリアルキレングリコールのポリアルキレングリコールのブロックコポリマーとの混合物、及びポリアルキレングリコールのブロックコポリマーの混合物のような、許容できる個別の物質の混合物の形であることができる。ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール及びポリエチレングリコールポリプロピレングリコールブロックコポリマー(例えば、ポロキサマー188)の使用は、本発明の用途について特に好ましく、最も好ましいのはポリエチレングリコールである。一部の適用において、投与は、例えば加熱により、室温粘度に対して下げられた低い粘度を有する生体膜融着剤の使用により促進される。ポリエチレングリコールポリプロピレングリコールブロックコポリマー(例えばポロキサマー)は、許容できる低い粘度を有するように見える。しかし、適当な低い粘度は、生体膜融着剤として低分子量分子を選択し、かつ透過性が上昇した温度にこの物質を加熱した後にこの物質を注射することにより達成することができることは明らかである。
【0017】
本発明のひとつの形において、損傷した哺乳類脊髄を治療する方法及び組成物は、選択された生体膜融着剤の有効量と一緒の、神経組織損壊部位への有効量のカリウムチャネルブロッカーの直接又は間接的投与(血管系を介したものを含むいずれかの投与経路による)に関連している。カリウムチャネルブロッカーは、例えば、4-アミノピリジンのような、アミノ-置換されたピリジンであることができる。
【0018】
更に別の本発明の局面は、有効量の生体膜融着剤及び任意に前述のようなカリウムチャネルブロッカーを含有する、損傷した哺乳類神経系、例えば損傷した哺乳類脊髄を治療するための組成物を提供する。予想外に、このような組成物は、損壊された脊髄を相乗的に治療することがわかった。
【0019】
生体膜融着剤がポリエチレングリコールの形をとる場合、これは有効量で、及びPEGが分子量約1500〜4000ダルトンを有する場合、好ましくはPEG約15〜50mg/1kgの患者の体重の用量範囲で投与される。この融着剤は、好ましくは、医薬として許容できる担体、添加剤又は賦形剤と組合せて、より好ましくは外傷後ショック及び/又は失血の治療として通常投与される、乳酸加リンゲル液又はいずれか他のIV用「液体」のような滅菌した注射可能な生理食塩水と組合せて投与される。別の状況において、注射可能な治療として安全な臨床用途を有するポリアルキレンコポリマーは、本発明による損傷した神経組織の治療法における使用に適している。
【0020】
融着剤がポロキサマー、ポリエチレン-ポリプロピレン-ポリエチレンブロックコポリマー、又はポロキサミンである場合、好ましくは等張の滅菌生理食塩水、例えば乳酸加リンゲル液、USP滅菌等張生理食塩水、クレブス液、又は他のIV用「液状」溶液中において、融着剤50〜150mg/1kgの患者体重、例えば約100mg/1kg体重の用量で投与される。この水溶液は、注射がおよそ1ccであるように調製される。ポロキサマーは、好ましくは強力な酸化防止剤を伴っている。例えば、天然の酸化防止剤であるビタミンC 0.4gを、350mg/Kg P188のストック溶液に添加することができる。別の状況において注射可能な治療として安全な臨床用途を有する非イオン性界面活性剤又は両親媒性ポリマーは、本発明に従い損傷した神経組織を治療する方法における使用に適している。
【0021】
本発明の方法論は、医師又は医療診療者(例えば、神経外科医)が、離断された神経細胞突起(軸索)を生理的及び機能的に再結合することに加え、さもなければ軸索切断及び遠位軸索分節の不可逆的喪失へと進行するであろう圧挫された神経突起を直ちに救済することを可能にする。この結果は驚くべきものである。本発明の方法論は、少なくとも以下の4種のより意味のある理由について予想外であり、かつ劇的である:
【0022】
1)本願明細書において開示された生体膜融着剤は、圧挫又は伸展部位の近傍の末梢神経の鞘の真下に挿入された、ツベルクリン用注射筒及び細い針(26ゲージ)により及び/又はIV注射によりデリバリーすることができる。この操作は、脚の坐骨神経への限局性圧挫損傷を伴う成体モルモットにおいて、PEG及びポロキサマーにより行うことができる。知見は、損傷を通じた神経インパルス伝導の非常に迅速な(数分から1時間)回復並びに下肢の筋肉機能の回復を明らかにしている(当初関連する神経の圧挫により消去される)。
【0023】
2)損傷した神経組織を有する患者の血液供給による生体膜融着剤の投与は、例えば、融着剤の局所適用が行われる前に、脊髄の厚い被層(硬膜)を除去するための、神経組織損傷部位を外科的露出することの絶対要件から神経外科担当医(attending)を救う。
【0024】
3)血液供給を介した生体膜融着剤の導入は、これらの物質が臨床的に送達される時間を非常に促進する。この融着剤は、標準的に損傷後数分から数時間で現場であっても開始されるようなIV用液体の成分としてデリバリーすることができる。
【0025】
4)更に血管系(血液供給)を介したPEG及び/又はポロキサマーのような生体膜融着剤の導入は、重度の頭部損傷に加え、脳内出血(卒中)の症例における、本療法の使用を可能にする。これらの外傷は、局所的適用、及び融着剤溶液を除去することにはアクセス不能であるが、外傷患者に連続デリバリーされる通常のIV用液体によるIV注射治療にはアクセス可能である。頭部損傷及び卒中は、血液供給の例え一時的途絶であっても透過性となった後に、脳のこれらの領域の細胞が、溶解しかつ死滅し始める、脊髄損傷と同じ、出血性事象である。神経細胞膜の裂け目は、分子的に封止することができ、かつこれらの細胞は、正に脊髄外傷の場合のように融着剤適用により救済される。
【0026】
本発明に従う生体膜融着剤の注射は、中枢神経系の重度の損傷後、できる限り迅速に行われなければならない。この生体膜融着剤は血流によりデリバリーされるので、この方法論は、末梢神経系への外傷性損壊のいずれかの形(神経線維が完全には重症とされていない圧挫又は損傷)、髄それ自身はふたつの小片に重症化されていない脊髄損壊のいずれかの型、鈍力外傷又は挫傷などの脳への外傷性損壊のいずれかの型、並びに卒中又は脳動脈瘤の治療に使用することができる。
【0027】
従って、本発明の目的は、神経機能を少なくとも部分的に回復するための、哺乳類神経組織損壊の治療のための方法及び組成物を提供することである。
本発明のこれら及び他の目的並びに利点は、本願明細書の説明から明らかであろう。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1A】図1A-1Bは、本願明細書に説明した試験において使用した実験装置を示している。図1Aは、ダブルショ糖記録チャンバーの平面図を示す。図1Aにおいて、左から右へと、第一の大きいコンパートメントは120mM KClが入り、中央の大きいコンパートメントは酸素化されたクレブス液のような生理的試験液が入り、同じく第三のコンパートメントにも120mM KClが入っている。中央コンパートメントのいずれかの側の小さいチャンバーには、230mMショ糖が入っている。カバーガラススリップからの封止方式で、ひとつのコンパートメントから次への様々な媒質の交換を妨げるために示された位置に、高真空シリコングリースにより定位置で固められている。記録及び刺激のためのAgAgCl電極を、示した位置でソケットコネクターにより連続させている。
【図1B】図1Bの上側において、中央コンパートメント内のその中央地点での、分離された脊髄への標準化した圧挫を生じるために使用した装置の側面図を示している。中央チャンバー内の脊髄損傷の位置は、図1Bの下側に示している。この装置は更に以下に説明する。
【図2A】図2A-2Bは、対照及びPEG/4-AP処置した脊髄の複合活動電位(CAP)を示す電気生理的記録を描いている。図2Aにおいて、未処置の脊髄ストリップは、100μM 4-APで損傷後1時間処置した。
【図2B】図2Bにおいて、100μM 4-APを、PEG適用後1時間投与した。
【図2C】図2Cは、5個の対照及び5個のPEG-処置脊髄についての振幅増大率(%)を示す群別データの棒グラフである。
【図3】図3は、実施例1においてより詳細に説明されている、PEG及び4-APの相乗作用の提唱された機構を示す。機械的圧迫により得られた膜病変は、孔により示される。小さい矢印は、カリウムチャネルを表わしている。
【図4】図4は、実施例において使用した実験設定を示している。神経インパルス経路は、胸郭中央領域(赤色回路)において、脊髄の圧挫により中断された。対照手法は、SSEP検出の失敗は、損傷により影響を受けない神経回路の刺激による、病変を通り上行する神経インパルス伝導の失敗に起因することを明らかにした。
【図5】図5は、被験哺乳類の坐骨神経に行った外科的露出を示し、かつ坐骨神経及び腓腹筋の側枝(切断された-「方法」参照)を示している。ふたつの変換器の位置に注意、ひとつは筋肉収縮力を測定し、他方は後肢の変位を測定する。腓腹筋上のその挿入の近位の坐骨神経を刺激するフック電極の相対位置は、刺激に反応したAPの広がりを記録するためにその筋肉上に双極ディスク電極を配置することを示している。全ての記録は、記録装置の3個のチャネルで同時に得、第四のチャネルは、刺激パルスにより引き起こされた事象マーカーの表示に使用した。この図は例証のみを目的としており、縮尺は不正確である。
【図6A−D】図6A-6Dは、圧挫されたモルモット脊髄中で標識しているポリエチレングリコールを示している4枚の写真表示である。図6A-6Dにおいて、圧挫された脊髄におけるFI-PEGの分布は、3種の適用を用いて示されている。PEGの適用は、定常変位圧挫損傷の1/2時間以内に行い、かつ約24時間後に厚さ50μmの凍結横断切片により、蛍光顕微鏡により評価した。図6Aにおいて、典型的対照切片は、暗視野において示され−この画像は、非常に微弱に標識された脊髄を明らかにするために、デジタル処理により増強された。このような損傷されない対照切片は、損傷部位からの少なくとも3〜4個の脊椎分節で、脊髄の分節を収集することにより得た。検出レベルでの、損傷されない脊髄内の特徴的PEGの標識に注意すること。矢印は、灰白質内の血管系の弱く標識された領域及び軟膜表面を示している。図6Bは、先に報告されたような、PEGの病変への 2-分間の局所的適用により作成された圧挫の中心点でのPEGの強力な標識を示している。矢印は、この損傷の余り標識されていない中心領域を示している。図6C及び6Dにおいて、重度のFI-PEG標識が、各々、皮下及び静脈内注射に関連して示されている。図6Cにおいて、矢印は、膨潤した中心管の周囲に形成される嚢胞を示している。全ての方法による損傷部位のみの過度の標識に注意すること。縮尺棒=500μm。
【図7A−B】図7A及び7Bは、PEG投与後の、圧挫されたモルモット坐骨神経における伝導の喪失及び回復を示す、電気記録のグラフである。この図7A及び7Bの両図面の一番上の第一の電気記録は、脛骨神経刺激に反応する典型的SSEP記録を示している。無傷の脊髄中の初期及び後期に到達する誘発電位(P1及びP2)、及び脊髄損傷によるそれらの迅速な除去に注意。各記録については示していないが、正中神経対照法をいずれかの時点で行い、SSEPは記録せず、このことはCAP記録の失敗はこの損傷に起因したことを明示している。図7Aにおいて、記録典型的セットは、1匹の対照動物において、試験が完了した1ヶ月目まで示した。SSEP伝導の完全な欠如及び豊富な正中神経が誘導したSSEPに注意。図7Bにおいて、PEG-処置した動物に関する電気記録の典型的セットが示される。脊髄損傷により脛骨神経由来のSSEPが排除されたこと、及び陽性正中神経対照法を記録時間と同時に行ったことに注意。損傷後第1日目が終わる前に、SSEP伝導は、損傷後6時間で行われたこの皮下PEG注射により回復した。回復した誘発電位は、翌月の観察時に、振幅及び潜伏期間を改善し続け、かつそれらの回復後に回復されたSSEPを喪失した症例はなかった。挿入図は、正中神経刺激以外の全ての記録についての振幅及び時間基準を表示し、正中神経刺激はこの感度の1/2で記録されたが、同じ時間基準を使用した。
【図8A−C】図8A-8Cは、単フィラメント探子によるCTM刺激の期間に、モルモットの捕獲しかつ重ねたビデオ画像を追跡し、皮下PEG投与後の行動の回復を示している。これらの追跡は、全CTM受容体視野が損傷されないモルモット(境界線で囲んだ)において最初に決定された、皮膚体幹筋(CTM)刺激様式のストップモーションビデオテープ解析に由来している。背中の皮膚のこの領域の内側を単フィラメント探子で探索することは、背中の皮膚の収縮を生じると同時に、この領域の外側では生じない。このラインは、鎮静化した動物の剃毛した背中にマーカーで描き、同時に治験担当者がこの領域を探索した。この全体の手法は、先のようにビデオテープに撮り、かつ無傷の受容体視野及び反射消失の両方の様々な領域を、これらのビデオ画像から再構成した。全ての動物において、胸郭中央の脊髄損傷は、両側(境界線で囲んだ)の損傷のレベル以下のCTM反応性を排除したことに注意。対照動物(図8A)において、反射消失したこの領域は、実験期間は変化しないままであった。PEG-処置した動物(図8B)において、失われた受容体CTM視野の変動領域は、処置の短時間以内に回復した。この領域は、CTM喪失の当初の面積の約55%有するこの1匹の動物についてのCTM回復領域を示している。挿入図(図8C)は、無傷で機能しない受容体視野の領域の再構築に使用した4週目のビデオ画像を示している。ドットマトリックスは、正確な並置を可能にし、かつ受容体視野が重ねられ、更に皮膚運動のベクトル(vector)、皮膚収縮速度及び必要ならば潜伏期の深い分析ができる(データは示さず)。
【図9A−D】図9A-9Dは、転帰の測定値及び対麻痺からの回復に関する神経学的な試験の一部を示している。神経学者は、イヌを、その傍に配置し、その間に表在痛(A)、深部痛(B)、及び意識のある固有受容(C及びD)の存在を試験した。脇腹及び四肢の皮膚を、表在痛反応の試験期間中の対象からの反応のために、止血用探子により鋭くつまんだ。深部痛反応は、同様に、しかし指の付け根を維持しかつ鋭く締め付けることにより決定した。陽性反応は、前肢の試験により、比較について提供した。これらの反応は、1〜5スコアにより定量化し:1=検出可能な反応無し;2=検出に限定された反応、奮起され増大された呼吸又はパルスの増大した状態により示された;3=疼痛刺激に対する一貫した注意、しかし明白な防御的行動を伴わない、;4=頭を刺激の方向へ陰険に向けるなどの、中等度の防御行動、及び鳴き声;並びに、5=吠えること、噛みつき及び攻撃的行動を含む、疼痛刺激に対する完全に正常な反応。これらのスコアは、体の両側で得、平均とした。意識のある固有受容の配置(CP)及び体重支えは、後肢の側方支えを提供し、かつ片方の後ろ足を「下側」に曲げ、足の背側表面(及び動物体重)を台の上に置くことにより、イヌにおいて試験した(挿入図C)。正常な動物は、試験者が足を離した後直ぐに足を通常の位置から軽快に置換えた。対麻痺動物は、延長された期間、この「指節を下につけた(knuckled)」状態で静止している。前足の試験は、陽性対照を提供した。試験は、体の各側において行い、かつ各側についてスコア化した:1ポイント=CPが完全に存在しない;及び2.5ポイント=陽性CP反応。その後これらのスコアは、各動物について合計した。随意移動運動(示さない)は、同様の1〜5ポイントスコアで評価した:1=踏みだし又は随意歩行が完全に不能;2=検出限界の踏みだし及び負荷支え、最良で数歩の踏みだし後転倒(不全麻痺);3=より長い踏みだし幅、転倒前の貧弱な釣り合い(不全麻痺)、及び階段登りの不能;4=より確固としかつ効果的な歩行、しかし釣り合い、効果的体重の支えに欠陥があることは明らかであるが、階段は上ることができる;5=完全に正常な随意歩行、正常な動物と識別不能。全ての神経学的な試験は、参照のためにビデオテープに撮り、かつ半分の点(half point)が試験者の裁量で許可された。総神経学的スコア(TNS)を、各動物について決定し、各試験期間で、これら4種の独立した試験のスコアを合計した。従っていずれかの1匹の動物について可能なスコア範囲は、4(総合的に対麻痺動物)から20(総合的に正常な動物、損傷していないものと識別できず)までである。
【図9E】図9Eは、損傷のほぼ3日後(最後のPEG注射後約48時間)、損傷の1週間、及び6〜8週間後の、4種の転帰の測定値の各々についての、対照とPEG-処置した動物の比較(図9A-9D)を示している。各棒グラフについてy-軸は、集団の割合(すなわち、25、50、75%)である。DP=深部痛。SP=表在痛、P=固有受容配置、及びL=随意移動運動。割合についての試験(Fisherの直接検定、両側)又は平均の比較(スチューデントT、又はWelch偏差)が統計学的有意性を示した場合に、アスタリスクをつけた。その群における最後のPEG注射の48時間以内の転帰の測定値の明確な回復、及び毎評価期間でのPEG処置したイヌにおけるTNSの著しい改善に注意。
【図10A】図10Aは、体性感覚誘発電位(SSEP)を決定するための脊髄損傷を通じた伝導に関する電気生理学的試験の、鎮静化されたイヌ及び電極配置を示している。Nihon Kohden ME#B-5304K 4 Neuropak記録装置を使い、各評価時に、誘発電位(SSEP)の4〜7セットを刺激し、記録し、平均値をとり、かつ保存した。より詳細に述べると、図10Aは、沈静化されたイヌ、及びほぼ0.5〜1cm離れて遠位膝窩領域に後肢において皮下挿入された双極性刺激ピン電極の配置を示している。これらの電極は、後肢の脛骨神経を刺激した(赤ワイヤ)。同様の手法を用い、前肢の正中神経を刺激した(ワイヤ)。一連の方形波刺激(0.5〜3.0mA振幅、200/mm)を印加し、これらの神経から複合神経インパルスを誘発した。誘発電位を記録するために、刺激した側と対側の体性感覚皮質の上に小刀針電極を、皮下に挿入し、同時に参照電極を、乳様突起洞及び耳介の間に反対側に挿入した。記録電極の配置は、神経回路上の発端での正中神経の刺激により促進され、かつ脊髄損傷により影響を受けなかった(挿入図、回路2)。この手法は、同じく後肢で刺激された誘発電位の記録が頻繁に不能であるが−上行電位は脊髄病変によりブロックされることを正当化するために、陽性対照記録を提供した(挿入図、回路1)。
【図10B−C】図10Bは、図10Aの手法のSSEP記録の完全なセットのグラフである。この対の下側の波形群は、考察されたような200回刺激の3種の個別の連続であり、上側の波形は、平均化した誘発SSEPである(このような平均化したSSEPのみがその後の記録に提供される、図11A及び11B)。この記録は対照手法のものである。正中神経の刺激後ほぼ10msで記録された明確な誘発電位に注意。図10Cは、電気記録の一部を示すグラフであり、3種の連続する刺激に加え、図10Bの平均化したSSEPを示している。この記録は、同じ対麻痺イヌにおける脛骨神経の刺激に対する反応であり、ほぼ損傷の4日後に図10Bの記録を提供した。この病変を通じたSSEP伝導の完全な除去は、全ての神経学的に完全な対麻痺動物の特徴であり、本願明細書及び同じ手法を用いる全ての先の報告書の本文中に説明された判定基準に合致している(R.B. Borgensら、J. Restorative Neurology and Neurosci.、5:305 (1993);R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999))。SA=刺激アーチファクト;時間基準=50ミリ秒、フルスクリーン=5msec/div;感度=1.25μV/div。
【図11A】図11A及び11Bは、脊髄損傷の部位を通じた神経インパルス伝導のPEG誘導された回復に関連している。図11Aにおいて、病変を通じた伝導の回復の6週間の進行が、PEG-処置したイヌにおいて示されている。各追跡は、図9A-9Eに説明したような、200回刺激の3-4連続した平均化した波形である。術前、及びほぼ4日後に、この対麻痺動物において、SSEPは完全に存在しない。第三の追跡は、正中神経対照法である。損傷後1週間で回復された伝導の証拠はない。術後6週までに、2個の個別の誘発皮質電位が戻り、典型的にはほぼ26msecの潜伏期で初期到達ピーク(P1)、かつほぼ45msecの潜伏期で後期到達ピーク(P2)に達する。
【図11B】図11Bは、PEGの緩徐な15分間の注射の間に回復した、低い振幅、長い持続期間であるが、再現性のある誘発電位を示している。この非定型的SSEPは、潜伏期約15-20msecの初期到達ピークと、潜伏期約32-35msecでより圧縮された後期到達ピーク(P2)に分離される。SA=刺激アーチファクト。時間基準及び感度スケールは、図11A及び図11Bと同じである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
定義
本願明細書において使用される用語「神経組織」は、いずれかの脊椎動物の神経組織を意味し、特に中枢神経系(CNS)及び末梢神経系の細胞を含む。より詳細に述べると、神経組織は、脊髄神経構造、末梢神経系神経、及び脳の神経細胞を含む。
【0030】
本願明細書において使用される用語「損傷」は、一般に神経細胞膜の破損を意味し、その結果、神経膜が、それらの内側の塩性ゲル(細胞質)を、それらを浸っている塩性液体(細胞外液)から分離する能力を崩壊する。これらのふたつの液体コンパートメント中の塩の種類は、非常に異なっており、かつ損傷により引き起こされたイオン及び水の交換は、神経の、神経インパルスの発生及び伝搬の不能、更には細胞死へとつながる。この損傷は、一般に、構造的、生理的又は機械的欠陥であり、かつ神経線維の圧挫、圧迫、又は伸展の場合のように、物理的衝撃により引き起こされ得る。あるいは、細胞膜は、無酸素症(例えば、卒中)、動脈瘤又は再灌流のような、化学的不均衡又は生理的機能障害により破壊又は分解されることがある。いずれかの事象において、「損傷」が本願明細書において使用される場合、これは、本願明細書において説明された生体膜融着剤の投与により治療及び封止することができる神経膜の欠損、妨害、裂け目(breach)、又は断裂(リン脂質二重層における)をより詳細に企図している。
【0031】
本願明細書において使用される用語「生体膜融着剤」は、脊椎動物、より詳細には哺乳類の神経細胞と適合性があるのみではなく、損傷部位の損傷した神経細胞に結合するための神経細胞膜との親和性も有するような分子のいずれか及び全てを意味する。従って生体膜融着剤は、一部、神経構造の断裂の上に架橋する生物学的セメント又は充填剤の一種として作用する。この封止は、極めて迅速であり(数分間)、及びはるかに遅れて完了する(1〜7時間)自然の生理的プロセスによる損壊された神経構造の修復を促進する。本願明細書において説明された神経膜の封止は、神経細胞の損傷後の神経組織の進行性の破壊に自然に抵抗するか又はこれを阻害する。例証的生体膜融着剤は、ポリアルキレングリコール(ポリアルキレンオキシド)並びにポリエチレングリコール/ポリプロピレングリコールブロックコポリマー(例えば、ポロキサマー188)のようなポリアルキレングリコールブロックコポリマー並びにエチレンオキシド-プロピレンオキシド-エチレンオキシド(EPAN)のような親水性ポリマーを含み、更に生体適合性界面活性剤、特に非イオン性界面活性剤を含み、かつより詳細にはポロキサミンのような両親媒性ポリマーを含む。ポロキサマーは、両親媒性ポリマーとみなすこともできる。ポロキサマーは、プロピレングリコール基とは異なり、より大きい数又はより大きい質量%のエチレングリコール基が存在する程度で、親水性である。本願明細書において使用される用語としての生体膜融着剤は、個々の生体膜融着剤の集合体、混合物、又は組合せを含み、その各々は、それ自体神経膜の断裂を封止するように作用する。
【0032】
用語「有効量」は、本願明細書において生体膜融着剤について使用される場合、患者又は対象に投与される場合に、正常に機能することが不可能であるように損壊又は損傷されているような神経の電気的及び/又は行動的機能の測定可能な改善を生じるのに十分であることを意味する。以下に考察するように、治療効率は、様々な方法で決定することができ、これは、神経機能の修復を検出する方法を含む。例えばカリウムチャネルブロッカーのような他の物質についての用語「有効量」の使用に関して、その用語は、本発明におけるその物質の使用状況において物質が有効である量を説明するように使用される。
【0033】
用語「親水性ポリマー」は、水分子と親和性又は引力を示し、かつ鎖状及び/又は分枝した構造において互いに結合した同じサブユニット(「モノマー」)の複数の例を含むような、巨大分子(分子量200ダルトン以上)を意味する。
【0034】
「界面活性剤」は、水のような極性分子への親和性もしくは引力、並びに脂質、脂肪、油分及び油脂などの非極性分子への親和性もしくは引力の両方を示す分子である。「非イオン性界面活性剤」は、電気的に中性であり、すなわち陽性又は陰性電荷を運搬しない。しかし、非イオン性界面活性剤は、局在化された電荷の量子変動を有しており、例えば、水分子のような他の極性分子構造について親和性を示している極性下部構造(substructure)につながる。本開示との関連において、界面活性剤は両親媒性ポリマーを含む。
【0035】
本願明細書において使用される用語「両親媒性ポリマー」は、極性下部構造及び非極性下部構造を生じる、電荷において局在化された量子変動を有するポリマーに関する。極性下部構造は、水分子のような他の極性分子構造に対する親和性又は引力(親水性)の証拠であるが、非極性下部構造は、脂質、油分、油脂、脂肪などの非極性分子に対する親和性又は引力(親油性)を示す。
【0036】
非イオン性洗浄剤及び/又はトリブロックポリマーとも呼ばれるポロキサマーは、ポリエチレングリコール鎖(複数)(ブロック1)、次にポリプロピレングリコール鎖(ブロック2)、それに続くポリエチレングリコール鎖(複数)(ブロック3)を含む。これらの化合物は、多くの立体配置及び分子量で合成することができる。様々な「ブロック」の質量は、それ自身間で変動することもでき−複雑な命名法につながる。全てのポロキサマーに共通するものは、親水性(PEG)鎖により取り囲まれた疎水性ヘッド基(ブロック2)である。疎水性「ヘッド」は、膜内の「孔」(二重ラメラ膜の疎水性内部が露出される)へそれ自身挿入すると考えられるが、他方で親水性PEGアームは、直ぐ隣のより正常な膜に、互いにかみ合いかつ連結するか、もしくは結合する。
【0037】
用語「ポロキサミン」は、一般型[(PEG)x-(PPG)y]2-NCH2CH2N-[(PPG)y-(PEG)xで確認される、エチレンジアミンのポリアルコキシル化された対称ブロックポリマーを意味する。
用語「生体適合性」は、物質が、接触した細胞及び膜の連続した生理的機能を劣化させることなく、細胞及び細胞膜を含む、生物学的構造と密に接触するよう配置することができることを意味する。
【0038】
用語「ポリアルキレングリコール」は、化学式H(O[CH2]m)nOHを有する分子を意味する(式中、m及びnはゼロでない整数である。)。整数mは、例としてのポリアルキレングリコールについて下記の値を有する:ポリメチレングリコール(m=1)、ポリエチレングリコール(m=2)、ポリプロピレングリコール(m=3)、ポリブチレングリコール(m=4)、ポリペンチレングリコール(m=5)、ポリヘキシレングリコール(m=6)、ポリヘプチレングリコール(M=7)、ポリオクチレングリコール(m=8)、ポリノニレングリコール(m=9)、及びポリデシレングリコール(m=10)であり、それらの分枝型及び構造異性体を含む。本開示に従い、ポリアルキレングリコールは、分子量約200〜約25,000ダルトン、及び好ましくは約400ダルトン〜約3500ダルトンを有する。
【0039】
本願明細書において用語「担体」は、その中に生体膜融着剤分子が分散又は分布されているような液体マトリックス、媒体又は溶媒を意味するように使用される。医薬として許容できる担体は、脊椎動物及びより詳細には哺乳類組織に生体適合性があるものである。一般に許容できる担体は、多くのものの中でもとりわけ、水、生理食塩水を含む。
【0040】
定義により、「カリウムチャネルブロッカー」又は「K+チャネルブロッカー」は、K+チャネルのいくつか及び増大しつつあるクラスのいずれかに特異的及び立体的にそれ自身侵入する(さもなければ不活性化する)物質である。これは、即効及び遅効の両活性化チャネル並びに「電位開閉型又は非開閉型」チャネルの両方を含む。ほとんど全てのK+チャネルは、細胞膜を横切る電位により「開閉」される。これらのチャネルが開いている場合、K+は、細胞内で細胞外よりも約100倍濃度が高いために、細胞質から細胞外液へ移動する傾向がある。従ってこのK+の流出(これは、とりわけ、神経インパルスの消滅を補助し、膜電位を静止状態とする。)は「ブロック」される。脱髄又は膜電位分極の領域において、K+チャネルの遮断は、興奮性を増大することに加えて、神経インパルスが消滅前に移動することができる神経線維に沿った距離を延長もした。脊髄損傷において、これは、神経線維損壊がわずかに数ミリであり、いずれかの側に完全に正常な膜を伴うことがある。多くのK+チャネルブロッカーが知られており、これは可逆的ブロッカー(TEA)、及びこれらのチャネルを不可逆的にブロックするいくつかのタンパク質(ヘビ毒から合成されたもの)を含む。K+チャネルブロッカーは、置換されたピリジンを含み、及びより詳細にはアミノ-置換されたピリジンを含む。本願明細書に説明されたようなK+チャネルブロッカーの脊髄修復への適用は、急速活性型カリウムチャネル、I型ブロッカー4-AP(4-アミノピリジン)及びそのアナログ3,4-ジ-アミノピリジンに関連する。余りにも高い用量、又は他のブロッカーの使用(より非特異的かつ貧弱な可逆性)は、痙攣につながり、致死的であることもある。
【0041】
生体膜融着剤の患者の血管系を介した送達は、患者の1種又は複数の静脈及び/又は動脈を含む経路を介した生体膜融着剤の投与を必然的に伴う。この物質が露出された神経組織の部位で患者へ注射される直接適用の代わりの、生体膜融着剤の血管系が媒介した送達は、この物質の投与及びそれに続く損傷した神経部位への患者の血管系を介した運搬を企図している。生体膜融着剤の投与は、好ましくは、例えば、静脈又は動脈へ直接的、もしくは筋肉組織への皮下注射又は腹腔内注射により間接的のいずれかでの、皮下用針又はカテーテルを使った注射による。例えば、経口(ingestion)、経膜的送達(経皮送達を含む)、坐薬、吸入による、頬腔内、又は埋植のような、別法も有効である。
【0042】
好ましい態様の説明
本発明の原理の理解を促進する目的で、好ましい態様を参照とし、かつこれを説明するために、特異的専門用語を使用する。しかしこれは本発明の範囲の制限を意図するものではなく、本発明の変更及び更なる修飾のような、並びに本願明細書において例証された本発明の原理の更なる適用は、本発明が関連する技術分野の業者には通常に行われることを企図していることは理解されるであろう。
【0043】
本発明は、脊椎動物の損傷した神経組織を治療する方法及び組成物を提供する。この方法及び組成物は、脊椎動物の神経機能を少なくとも部分的に回復するようにデザインされている。本発明のひとつの局面において、脊髄を有効量の生体膜融着剤と接触することを含む、損傷した又は損壊した脊椎動物脊髄を治療する方法が提供される。この組成物は、生体膜融着剤、好ましくはポリエチレングリコール(化学式:H(OCH2CH2)nOH)のようなポリアルキレングリコール及び/もしくは両親媒性ポリマー(例えば、ポロキサマー又はポロキサミン)のような非イオン性界面活性剤、並びに/又はそれらの混合物もしくはコポリマーを含む。別の態様において、この方法は、脊髄の生体膜融着剤との接触の前、途中又は後のいずれかに、神経系をカリウムチャネルブロッカー、好ましくはアミノ-置換されたピリジンのような置換されたピリジンにより治療することを含むことができる。別の本発明の局面は、脊椎動物の損傷した神経系を治療する組成物を提供する。好ましい組成物は、生体膜融着剤及びカリウムチャネルブロッカーを含有している。
【0044】
好ましい生体膜融着剤は、ポリアルキレングリコールである。多種多様なポリアルキレングリコールを使用することができ、これは例えば、アルキレン基が、メチレン、エチレン、プロピレン、ブチレン、ペンチレン、ヘキシレン、ヘプチレン、オクチレン、ノニレン、及びデシレンであり、それらの分枝型かつ構造異性体を含むものを含む。好ましくは、ポリアルキレングリコールは、水溶性であり、かつポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール並びにポリエチレングリコール及びポリプロピレングリコールのブロックコポリマーからなる群より選択される。より好ましいポリアルキレングリコールは、ポリエチレングリコールである。広範な分子量のポリアルキレングリコールを使用することができる(約200ダルトン〜約25,000ダルトンの間)が、ポリアルキレングリコールの消化管のような様々な生物学的障壁を通過する能力に応じて、分子量約400〜約3500ダルトンのポリアルキレングリコール及びポリアルキレングリコールブロックコポリマーが好ましい。このような生体膜融着剤は、当該技術分野において公知の方法により合成することができ、もしくは市販されている。
【0045】
生体膜融着剤は、当該技術分野において公知であるようなポリアルキレングリコール/タンパク質複合体であることもでき、ここでタンパク質は、好ましくは遊離ラジカルの捕捉を補助する。例えば、ポリエチレングリコール又は他のアルキレンオキシドのような生体膜融着剤は、カタラーゼに複合し、PEG-カタラーゼを形成するか、もしくはスーパーオキシドジスムターゼと複合し、PEG-SODを形成することができる。このような複合体は、Sigma社(セントルイス、Mo)から市販されている。生体膜融着剤は、更に生分解性手術用接着剤、例えば市販のフィブリン接着剤と複合し、重度の神経組織の再付着及び融着を促進及び安定化することもできる。
【0046】
あるいは、生体膜融着剤は、生体適合性界面活性剤、好ましくは非イオン性界面活性剤、及びより好ましくはポロキサマー又はポロキサミンのような両親媒性ポリマーであることができる。
生体膜融着剤は、医薬として許容できる担体中に提供することができる。このような担体は、例えば、水、好ましくは滅菌水及び蒸留水を含むことができ、並びに本治療に対し有害作用を有さないであろう当該技術分野において公知の他の医薬として許容できる担体を含む。滅菌蒸留水が、今日までの作業において好ましい担体である。
【0047】
生体膜融着剤は、損傷後できるだけ早く並びに軸索膜及びミエリン鞘の不可逆的溶解の前に、患者に投与される。この時間は損傷の性質及び程度により変動することができるが、融着剤は典型的には損傷の発生直後に投与され、好ましくは損傷後約24時間よりも遅れることはなく、典型的には損傷後約1時間〜約8時間の間に投与される。生体膜融着剤の投与は、早期治療が好ましいが、初期の神経損傷(「一次損傷」と称される)後最大2週目まで有用であろう。これは、特に「続発性損傷」と称される脊髄において、神経損傷は連続した遅い進行性の事象であることが理由である(Tator及びFehlings、J. Neurosurgery、75:15-26 (1991))。
【0048】
生体膜融着剤は、いずれか適当な方法により損傷部位へデリバリーすることができる。好ましくは、生体膜融着剤は、対象又は患者の血管系を通して投与される。この融着剤は、血管系へ直接注射されるか、又は筋肉内、皮下又は腹腔内に間接的に注射される。患者の血管系を介したポリエチレングリコールのような生体膜融着剤の間接投与は、予想外に融着剤(例えば、PEG、ポロキサマー又は他の物質)の損傷した神経組織への選択的接着を生じることが発見されている。損壊されない神経組織にはほとんど又は全く接着しない。理論に縛られるものではないが、損壊された神経組織への接着により、生体膜融着剤は、損壊された神経細胞の自然の治癒プロセスを促進することが考えられる。
【0049】
生体膜融着剤がPEGのようなポリアルキレングリコールである場合、融着液は、融着剤を典型的には約15〜約50質量%の量で含有し、かつ好ましくはPEGが分子量1500〜4000ダルトンを有する場合、約15〜50mg PEG/1kgの患者体重の用量で投与される。生体膜融着剤がポロキサマー又はポロキサミンのような両親媒性ポリマーである場合、この融着液は、典型的には融着剤を約15〜約50質量%の量で含有し、かつ約15〜150mgポロキサマー又はポロキサミン/1kgの患者体重の用量で投与される。
【0050】
この物質が、例えば外科的手法により曝された損壊された神経組織に直接塗布される場合は、この物質は、適当な液体分配装置により塗布することができる。直接塗布用組成物中の融着剤の質量%は変動することができるが、この組成物は、典型的には融着剤を少なくとも約40質量%の量で、より好ましくは約40%〜約50質量%、及び最も好ましくは約50%〜約55質量%で含有する。
【0051】
直接-接触適用の場合、損傷部位は、損傷の治療に有効な期間、融着剤に曝される。この期間は、病変のサイズ、損傷の程度及び性質、使用される生体膜融着剤、並びに生体膜融着剤の濃度に応じて変動することができる。病変は、典型的にはこの物質に少なくとも約1分間及びより好ましくは少なくとも約2分間曝される。好ましい態様において、融着剤は、悪性の組織変化の生じる前に、治療される損傷組織から取り除かれる。更に好ましい態様において、損傷した組織は、融着剤に約5分間を超えないように曝される。神経系の損傷した領域が融着剤で治療された後、これは吸引により取り除くことができ、かつ治療された部位は、実施例において説明されたように等張のクレブス溶液などの生体洗浄液により洗浄した。過剰な融着剤及び/又はクレブス溶液はその後吸引により除去することができる。
【0052】
本発明の別の形において、この方法は更に、患者又は対象へ、カリウムチャネルブロッカーを有効量投与することを含む。生体膜融着剤の直接接触適用の場合、損傷部位は、生体膜融着剤に添加された有効量のカリウムチャネルブロッカーと接触される。置換されたピリジンを含む様々なカリウムチャネルブロッカーを使用することができる。好ましいカリウムチャネルブロッカーは、損傷した組織において活動電位伝導を改善するものを含み、これは3,4-ジアミノピリジン、4-メチルアミノピリジン及びアンピジン(ampidine)を含む。好ましい本発明の形において、ピリジンは、アミノ基で、より好ましくは環の4-位で置換される。更に予想外のことに、4-アミノピリジンのようなカリウムチャネルブロッカーによる損傷した哺乳類脊髄の治療は、ポリエチレングリコールのような融着剤により治療された後、脊髄の相乗的修復を生じることができることが発見された。例えば、両物質の割合の合計よりもより大きい割合で使用される場合に、伝導の複合活動電位(CAP)は、損傷した脊髄が融着剤又はカリウムチャネルブロッカーのいずれか単独で治療される場合のCAPの伝導を増大する。
【0053】
損傷した神経系は、融着剤による治療の前又は同時に、カリウムチャネルブロッカーと接触することができるにもかかわらず、このシステムは、好ましくは、融着剤で治療後に、ブロッカーと接触され得る。カリウムチャネルブロッカーは、融着剤と類似した様式で適用することができる。損傷した哺乳類脊髄のような、損傷した神経系の治療又は修復に有効なカリウムチャネルブロッカーの量は、同じく同様に前述の要因によって決まるであろう。カリウムチャネルブロッカーが4-アミノピリジンである場合、これは典型的には濃度約10〜100ng/ml脳脊髄液で、更に好ましくは約50〜100ng/ml脳脊髄液で適用される。4-アミノピリジンによる治療後、これは、吸引により同様に除去し、かつ病変部位を生体洗浄剤により洗浄することができる。
【0054】
更に別の本発明の形において、本方法は、ポリアルキレングリコールにより、更には他の従来の管理用化合物及び/又は組成物により、損傷を治療することを含む。例えばこの損傷は、ポリアルキレングリコールによる治療に加え、メチルプレドニソロンのようなステロイドにより治療することができる。
【0055】
多種多様な損傷を、本発明において治療することができる。様々な本発明の形において、損傷は、脊髄の圧迫又は他の挫傷、脊髄の圧挫又は脊髄の重症化、又は無酸素症(例えば、卒中)、動脈瘤又は再灌流から生じることがある。
【0056】
治療効率は、神経機能の回復を検出する方法を含む、様々な方法で決定することができる。例えば、損傷部位による、CAPのような活動電位の伝導における回復又は増加は、実施例において説明されるように、神経機能は少なくとも部分的に回復されていることの指標として使用することができる。治療後に活動電位の伝導が増大する場合、神経機能は、少なくとも部分的に回復されていると考えられる。好ましくは、この治療は、CAPの伝導の少なくとも約10%の増加を達成するのに十分なように行われるであろう。更に解剖学的連続性の回復は、修復された軸索のような修復された神経組織の高解像度の光学顕微鏡試験により及び/もしくは細胞内蛍光色素の拡散により、又は修復された軸索膜の直接観察により、観察することもできる。加えてヒト適用において、好ましい治療効能は、当該技術分野において公知であり、かつWagihらの論文(Spine、21:614-619 (1996))に説明されているような、米国脊髄損傷学会(ASIA)運動スコア及び/又はNational Animal Spinal Cord Injury Study (NASCIS)スコアにより決定された、ひとつよりも多い脊髄根レベルの回復により観察することができる。更に、獣医学適用においては、実施例においてより詳細に説明されるような、皮膚体幹筋(cutaneous trunci muscle)(CTM)反射の行動分析を用い、本治療の効能、及び神経機能は少なくとも部分的に回復されたかどうかを決定することができる。この分析を用い、治療後反射行動が増大した場合に、神経機能は少なくとも部分的に回復されていると考えられるが、治療はCTM行動のリカバリーの領域において少なくとも約10%の増加が達成されることが望ましい。
【0057】
更に別の本発明の局面において、脊椎動物の損傷した神経系の治療のための組成物が提供される。これらの組成物は、以下に説明されたように神経機能を少なくとも部分的に回復するようにデザインされる。ひとつの形において、組成物は、生体膜融着剤及びカリウムチャネルブロッカーを含有している。前述の多種多様な生体膜融着剤及びカリウムチャネルブロッカーがこの組成物内に含まれ得るが、好ましい生体膜融着剤はポリアルキレングリコールであり及び好ましいカリウムチャネルブロッカーは置換されたピリジンである。より好ましい本発明の形において、ポリアルキレングリコールはポリエチレングリコールであり及びカリウムチャネルブロッカーはアミノ-置換されたピリジン、例えば4-アミノピリジンである。この組成物は、前述のように医薬として許容できる担体中にあることができる。
【0058】
本発明の方法及び組成物は多種多様な脊椎動物の治療において有用であるが、これらは哺乳類及び好ましくはヒトの治療に有利に使用することができる。更に、この方法及び組成物は、脊髄の治療において有利でありかつ驚くべきことに有用であるが、これらは末梢神経系及び/もしくは中枢神経系の治療において、又は損壊された軸索が存在するような他の区域において使用することもできる。
【0059】
ここで前述の組成物及び方法を例証する具体的実施例を参照とする。これらの実施例は、好ましい態様を例証するために提供され、かつそれにより本発明の範囲を制限を意図するものではないことは理解されるべきである。
【実施例】
【0060】
実施例1
伝導のPEG-媒介型リカバリーのための付属物としてのカリウムチャネル遮断
本実施例は、カリウムチャネルブロッカー及び生体膜融着剤の両方による損傷した脊髄のin vitroにおける治療が、複合活動電位(CAP)の相乗的リカバリーを可能にすることを示している。
損なわれた膜を介した細胞内カリウムの細胞外環境(milieu)への喪失は、損傷した細胞の一般的特徴である。軸索において、これは、活動電位伝導を抑制するのに十分であろう。従って、4-APによる急速活性型カリウムチャネルの遮断が、PEG修復直後の伝導特性に影響するかどうかを決定することを試みた。
脊髄を、圧挫し、分離し、かつ実施例1に説明したようにPEGで処置した。更に分析は、ダブルショ糖記録チャンバーにおいて行った。
【0061】
脊髄のin vitro分離
体重350〜500gの成体雌モルモットを、これらの試験に用いた。脊髄を、深麻酔した動物から分離した[(60mg/kg塩酸ケタミン、0.6mg/kgマレイン酸エオプロマジン(aoepromazine)、及び10mg/kgキシラジン、筋肉内(i.m.)]。麻酔後、動物を、冷(1 50C)クレブス液(NaCl, 124mM;KCl, 2mM;KH2PO4, 1.2mM;MgSO4, 1.3mM;CaCl2, 11.2mM;デキストロース, 10mM;NaHCO3, 26mM;アスコルビン酸ナトリウム, 10mM;95%O2及び5%CO2で平衡)で、経心臓灌流した。脊柱を、先に説明された技法により、鉗子と鋏を用い迅速に摘出した[Shi, R.及びBlight, A.R.、J. Neurophysiology、76(3):1572-1579 (1996);Shi, R.及びBlight, A.R.、Neuroscience、77(2):553-562 (1997)]。脊髄を、最初に正中線矢状分割(midline sagittal division)により、次にプラスチックブロックに対するメスの刃により背側及び腹側の半分に分離することにより、4個の長いストリップに分割した。腹側白質のみを本試験に用いた。これらの長さ35〜38mmの脊髄白質ストリップは、説明を容易にするために以下において「髄(cord)」又は「脊髄」と称する。脊髄は、それらを記録チャンバー内に装填する前に、連続して酸素添加したクレブス液中で、1時間維持した。これは、実験開始前の切開からのそれらのリカバリーを確実にした。
【0062】
ダブルショ糖隔絶記録技法
ダブルショ糖隔絶記録チャンバーを、図1A及び1Bに示し、かつこれは先の刊行物において既に説明されている[Shi, R.及びBlight, A.R.、J. of Neurophysiology、76(3):1572-1579 (1996);Shi, R.及びBlight, A.R.、Neuroscience、77(2):553-562 (1997)]。簡単に述べると、分離した脊髄白質ストリップを、3個のコンパートメントチャンバー内で支持した。中央コンパートメントは、蠕動ポンプにより、酸素添加したクレブス液(約2ml/分)で連続して表面を洗い流した。両端のコンパートメントは、等張の(1120mM)塩化カリウムで満たし、かつ隔絶チャネルは230mMショ糖で満たした。白質ストリップは、カバースリップと組織表面の間の狭い隔絶内の液体の流れを遮断したガラス製カバースリップの形作った断片により、ショ糖隔絶チャネルのいずれかの側に封止した。中央チャンバーは、記録のための基底電位であることに注意。ショ糖溶液は、隔絶を通って流量1ml/分で連続して流した。脊髄ストリップ内の軸索を刺激し、かつ複合活動電位(CAP)を、図1Bに示したような副チャンバー及び中央浴内に配置した銀-塩化銀電極により、白質ストリップの反対端で記録した。具体的には、活動電位は、図に示したように脊髄ストリップの左側で刺激し、中央コンパートメント中を脊髄を通して伝導し(損傷部位も含む)、かつ図示したように脊髄ストリップの右側で記録した。刺激は、刺激分離ユニット(stimulus isolation unit)を通して、0.1ミリ秒定常電流単極性パルスの形でデリバリーした。常用の容量補正を伴うブリッジ増幅器(bridge amplifier)(Neurodata Instruments社)を用い、シグナルを増幅した。このデータはデジタル化し、かつその後の分析のために、Neurodata Instruments Neurocorderによりビデオテープに保存した。実験期間中、酸素添加したクレブス液を、分離した脊髄路を連続して灌流し、同時に温度を37℃に維持した。
【0063】
各電気生理学的試験は、実時間でデジタル化し、かつその後の定量的評価のためにコンピュータで捕捉した。全ての記録を、文書のバックアップ手段としてVHS磁気テープに保存した。PEG修復プロセスにおいて使用した全ての溶液は、使用日に作成した。
【0064】
圧迫損傷
標準化した圧迫損傷を、記録チャンバー内に懸架されている間に脊髄を圧迫したステッパー電動機で制御した棒により作成した(図1B)。簡単に述べると、分離した白質ストリップを、プレキシガラス棒の平らな先端により、記録チャンバーの中央の平らな上昇したプラスチック、プレキシガラスの台に対して圧迫した。この先端を、下側に進め、組織と、標準化した速度約25pm/秒で接触させた。棒の下側への移動は、全てのCAP伝播(これは本手法の期間連続してモニタリングした)を除去するのに正に十分であるように細かく区切った圧挫を作成するように、ステッパー電動機で制御した。平坦にした先端を伴う棒の末端は、組織の長さ2.5mm、横幅7mmの圧迫面をもたらし、その結果これは常に、例え完全圧迫下であっても、脊髄ストリップよりも広かった。圧迫棒の配置は、マイクロマニピュレーターにより実現した。CAPを、損傷プロセス期間中、同時に記録した。CAPが完全に除かれた時点で、圧縮を停止した。完全なCAP喪失の状態を、更に15秒間維持し、その後棒を髄表面から迅速に取り除き、圧迫を緩和した。その後、CAPの回復を記録した。通常のクレブス液中のこのように標準化した圧迫後の基本的リカバリープロファイルは、これまでに特徴付けられかつ公開されている[Shi, R.及びBlight, A.R.、J. of Neurophysiology、76(3):1572-1579 (1996)]。
【0065】
PEG修復手法
PEG修復手法は、下記工程を含む:
1)記録チャンバーへ除いた分離した白質ストリップの典型的生理的機能は、安定化のために酸素添加したクレブス液に含浸しながらのインキュベーション時間約1/2〜1時間を必要とした。初期の実験において、CAP伝播が一旦安定化されると、クレブス液は、Ca2+-非含有クレブス液(Ca2+を等モル量のMg2+と交換)と交換した。
2)その後脊髄ストリップを、前述の技法により圧挫し、同時に刺激及び記録を継続した。
3)蒸留水中のPEG溶液(50質量%)を、マイクロピペットによる加圧注入により適用した。約1〜2分間約0.5mm幅流れでの病変部位へのその連続適用をモニタリングするために、PEG溶液に生体染色剤を添加した。PEGは、病変の片側に適用し、その上を洗浄し、第二のピペットを用い反対側を一定に吸引することにより、直ぐに除去した。
4)PEG適用直後、中央チャンバー内の浸漬用媒体を、酸素添加した通常のクレブス液の連続流れと交換した。PEG-処置した脊髄の生理的特性を、連続して1時間モニタリングした。通常、CAPの弱い回復が、PEG適用の6〜15分以内に明らかになった。
【0066】
急速活性型カリウムチャネルブロッカーである4-アミノピリジン(4-AP)の追加適用に対する軸索を「回復する」反応の試験を行った。この試験において、5個の個別の髄を、前述のようなPEGの適用により処置し、かつ5個の対照髄と比較した。圧迫の1時間後、100pM 4-AP(クレブス液中)を15分間適用し、その後前述のような通常のクレブス液で洗浄除去した。
【0067】
図2Aは、4-APによる、圧挫した(しかしPEG未処置)脊髄におけるCAPの増強を示している。個々の記録において、損傷後1時間で、最初の回復したCAPが示され、100pM 4-AP処置後には増強されたCAPがそれに重なった。4-APが増強したCAPの文書記録後、このブロッカーを洗浄除去し、かつ中央コンパートメント内の媒体を、通常のクレブス液と交換した。CAPは、15分までに処置前レベルに低下し、当初の記録とは識別不能であった。この最終の波形は、図2Aの他のふたつのCAPとは重なったが、処置前電気記録とは識別できなかった。この一回の試験において、4-APは、回復されたCAPを約40%まで可逆的に増強した。
【0068】
図2Bは、PEG-処置した脊髄について行った同じ試験を示しており、ここで4-APは、PEG適用の1時間後に投与した。この個々の試験において、第二のCAPは、約70%まで可逆的に増強された。
CAPがほぼ2倍になった後、4-APを前述のように洗浄し、CAPは、対照と同様の処置前レベルに低下した(図2A)。
【0069】
図2Cは、各群5個の脊髄を含む群別データを示している。この群別データに関するPEG-媒介した回復の増強率(%)は、個々の実験について先に考察したことを反映している(実験群の約70%の増強;対照群の約40%)。この実験的増強は、対照において観察されたものよりも統計学的に有意に大きかった(p<0.05、対のないスチューデントt検定)。
【0070】
理論に縛られるものではないが、図3は、PEG及び4-APの相乗的作用の提唱された機構を描いている。有髄化された軸索の重度の機械的圧迫は、一番上側に図示した。髄鞘は、髄鞘下領域にクラスター化された高密度の急速活性型Wチャネルを包んでいることに注意。重度の圧挫は、この部位のミエリン層板の除去又は崩壊による、髄鞘下領域のカリウムチャネルの露出につながる[Shi, R.及びBlight, A.R.、Neuroscience、77:553-562 (1996)]。損傷後の電位型カリウムチャネルの露出は、K+コンダクタンスを上昇し、更にこの膜の損壊部分を超えた伝導を阻害する(灰色領域は、損なわれた膜の「孔」を示している)。対照調製物において、部分的から完全な伝導ブロックが、この軸索鞘の局在化された障害から生じ、これはワーラー変性による軸索の完全な分離及び遠位軸索分節の喪失へと進行することがある(図3左側)。PEG-処置した軸索(図3右側)において膜修復は、損傷軸索の保存に加え、それらの伝導能の改善につながった(灰色領域;膜孔は封止されている)。しかしPEG-処置した神経線維の修復部位で依然露出しているK+チャネルを介した上昇したK+コンダクタンスは、依然伝導をある程度抑制する。これらのチャネルの4-APによる遮断(図3、小さい矢印;下側右)は、外向きK+コンダクタンスを低下し、その結果伝導を増強すると予想される。
【0071】
結果のまとめ
水-可溶性ポリマーPEGの適用後の数分以内に、病変を介したCAP伝播の迅速な回復が生じた。回復されたCAP振幅は、経時的に増大し、そのピークは最初のGAP振幅の約20%であった。更に、この回復レベルは、a)対照振幅よりも常に統計学的に有意に高く、b)試験した時点毎に観察され、かつc)実験的に処置した脊髄の100%で生じた。PEGの局所適用は、哺乳類脊髄に対する重度の圧迫損傷を迅速に修復することができ、これは病変を介した神経インパルスの増強された伝播能により定義されるような、機能回復の有意な増加につながることは明らかである。この報告は、圧挫された哺乳類神経組織のPEG-媒介した修復を最初に明らかにしている。
【0072】
本発明者らは、生理的バランスのとれた媒体及び前述のPEG溶液が、哺乳類脊髄における機能的に有意な修復を生じるのに必要とされる全てであることを示した(下記参照)。更に別の完全に離断されたモルモット脊髄がPEGで融着される実験において、このプロセスにとって重要な特異的PEG分子量は存在せず、試験したPEG溶液は、400、1400、1800、2000、及び3700ダルトンを有したことが明らかにされている(未発表の知見)。
【0073】
この生理的研究において、軸索修復の自然の機構とPEGにより媒介された機構の間の類似性及び差異が決定されている。第一に、損傷前及び後のCAP振幅の最小二乗線形回帰分析は、PEGで媒介された修復が、未処置の脊髄ストリップにおける自然の回復プロセス同様、軸索直径を反映している、刺激閾値の全てのレベルを超えて生じるとを示唆している。別の表現をすると、全ての脊髄軸索は、それらの内径とは関わりなく、PEG媒介した修復の受けやすさは等しい[圧迫損傷からの軸索の回復の同様の分析については、Shi, R.及びBlight, A.R.、Neuroscience、77:553-562 (1996)参照]。自然の修復とPEG適用によりもたらされたものとの間の差異は、より顕著である。第一に、この損傷は、非常に重度であり;対照脊髄神経の30%が、損傷後の1時間の評価期間に、CAP伝導能を回復した。他方、PEGが測定可能な生理的回復を開始しない例はなかった。より微妙なレベルについて、対照髄と比べPEG-媒介したCAPにおいてのみ、相対不応期にCAP振幅がわずかに低下したことは明らかである。この知見のひとつの説明は、対照髄において、軸索の重度に損なわれた及び機能不全の集団は、完全に機能しないようになり、その損傷を生き延びる集団における、正常な伝導特性がより明らかになるということである。PEGは、このような重度に損なわれた軸索の一部を救済し、それらをCAPへ動員し、かつ恐らくそのわずかな伝導特性の差異を説明するであろう。
【0074】
前述の機械的圧迫後の軸索修復の解剖学的in vitro評価は、2分間のPEG適用が、標準化された圧迫部位で膜病変の封止をもたらしたことを明らかにした。封止は、偽処置した脊髄と比べた、PEG-処置群における損傷線維によるホースラディッシュペルオキシダーゼ取込みの排除により示された(J. Neurocytology、(2001)、印刷中)。このような巨大分子量色素の取込みを阻害するのに十分な膜の裂け目の迅速な修復は、透過性亢進に抵抗性であるか又はこれを低下し、それを超えたイオンの非特異的流れをもたらす。理論に縛られるものではないが、このPEGの「封止」行動は、興奮性を回復しかつ神経線維の解剖学的解離を逆行すると考えられる。この手法は、有利なことに、重度の急性神経外傷を治療するために適用することができる。伝導の迅速な改善に加え、それらの遠位分節の救済につながる末梢神経における圧挫された軸索の修復は、標的細胞又はいわゆる「最終器官」の萎縮又は変性を低下するという追加の利益を提供するであろう。更に、例え離断された軸索であってもPEG-媒介した融着は、線維束移植前の末梢神経幹の通常の切除は、近位及び遠位軸索分節の重度の先端を露出し、これらは融着に利用可能であるので、微小手術の移植技法の構成要素となるであろう。
【0075】
実施例2
ポリエチレングリコール皮下投与後の脊髄損傷からの迅速な回復
本実施例は、生体膜融着剤、特に親水性ポリマーPEGは、いくつかの投与経路により血流に安全に導入することができること、並びに投与されたPEGは、成体モルモット脊髄の出血性挫傷を特異的に標的化することを明らかにしている。脊髄損傷の6時間後に行った単回皮下注射(滅菌生理食塩水中30質量%)は、病変を介したCAP伝播の迅速な回復をもたらすのに十分であり、PEG-処置した動物のみにおいて行動回復の十分なレベルが伴った。
【0076】
これらの試験結果は、(1)PEGは、露出された脊髄損傷に直接、又は静脈内もしくは皮下注射により適用されたかどうかとは無関係に、脊髄挫傷を特異的に標的化すること、及び(2)ほぼ全てのPEG-処置した成体モルモットにおいて、重度のSCIのほぼ6時間後のPEGの単回皮下注射は、ほぼ全ての偽処置した動物においてはこれらの欠損が持続するのに対し、機能喪失の迅速な逆行を誘導するのに十分であることを明らかにしている。損傷した神経組織の治療及び修復を目的とした静脈内PEGデリバリーも、以後に考察するような、イヌにおける自然発生対麻痺症例を用い、臨床状況において調べた。
【0077】
図4:行動モデル及び生理学的評価
この図は、皮膚体幹筋(CTM)反射の神経回路、及び脊髄損傷によるその中断を示している。皮膚の侵害受容の感覚受容器は、背皮神経を介して両側性に各脊椎分節で脊髄へと突き出している。脊髄内のこれらのシナプスは、CTM運動ニューロンの両側性に組織化された配列(constellation)上のこれらのシナプスの頸領域へと、白質の腹側索内の2番目の上行性感覚神経を突き出しいる。CTM運動ニューロンは、枝叢を介して左右の髄の外側にそれらの軸索を突き出しており、そこでこれらは、叢の側方胸郭側枝(lateral throtic branch)を介して皮膚の皮筋を神経支配している。脊髄が無傷である場合、CTM受容体視野内の背中の皮膚の触覚刺激は、皮膚の縮れた(rippling)収縮を生じる。背中の皮膚の受容体視野の外側の刺激は、皮膚の収縮を生じない。脊髄損傷(説明された目的のために髄の左側のみに生じた)は、この回路の上行肢部位(ascending leg)を中断し、損傷に対して同側性及び同じ側に皮膚の反射消失領域を生じる。この領域内の触覚探索は、通常その動物の生涯にわたって、CTM収縮を生じない。この片側性の病変レベル又は右側の上の背中の皮膚の刺激は、CTM収縮を生じ、その理由はこれらの受容体視野は、脊髄の左側の片側性の損傷により影響を受けないからである。
【0078】
方法
動物手術及び脊髄損傷
成体モルモット(<300g)に、100mg/kg塩酸ケタミン及び20mg/kgキシラジンの筋肉内注射により麻酔をかけ、背側椎弓切除術により脊髄を露出した。爪付きの特別に鈍にした鉗子による、胸郭中央の(midthoracic)髄を圧挫した。この標準化した一定の変位損傷[Moriarty, L.J.、Duerstock, B.S.、Bajaj, C.L.、Lin, K.、及びBorgens, R.B.、「亜急性脊髄損傷の二次元及び三次元コンピュータ画像評価」、J. Neurologic. Sci.、155:121-137 (1998)]は、一定の衝撃による損傷(様々な重り落下法により生じたものなど)よりも、動物間において、より一貫した髄への解剖学的損傷及びより一貫した行動喪失を生じた。動物は、深麻酔により安楽死させ、その後灌流/固定した。脊髄におけるFITC修飾した(decorated)PEG(FI-PEG)の局在化を、組織学的処置のために、FI-PEGの塗布又は注射のほぼ24時間後に動物を屠殺し決定した。脊髄を動物から切断し、損傷部位を含む脊髄分節及び無傷のより吻側分節を、凍結したミクロトームで切除し、蛍光顕微鏡で評価した。組織学的横断面は、厚さ5μmであり、励起波長495及び545nm並びに各々、障壁フィルター475及び590nmを用い、Olympus Van Ox蛍光顕微鏡で観察した。デジタル画像は、Optronics DEI 750カメラによりコンピュータに捕捉した。
【0079】
PEG皮下注射の作用を試験するために、成体モルモットに麻酔をかけ、それらの胸郭中央の脊髄を、外科的に露出し、その後標準技法により圧挫した[Blight, A.R.、「遅延型続発性病理の行動上の証拠を伴う、モルモットにおける脊髄損傷モデルの形態学的分析」、J. Neurolog. Sci.、103:156-171 (1991)]。20匹の動物を、同等の10匹群に分けた。1群は、頸部の皮膚下に、PEG(1400MW)の単回皮下注射を受取った(0.5cc;30%滅菌した乳酸加リンゲル液;SLR)。偽処置した対照群は、担体である乳酸加リンゲル液のみの単回注射を受取った。1匹の動物につき、脊髄損傷後ほぼ6時間で1回のみ皮下注射した。CTM試験及びSSEP記録を、脊髄損傷前、損傷後1日目、1週間目、2週間目及び4週間目に動物20匹全てに行った。
【0080】
損傷した脊髄中のPEG分布の追跡
FITC修飾したPEG(約1400ダルトン;Molecular Probes社調製、Chatsworth、Ca)を用い、異なる経路で投与した後の、PEG分布を追跡した。SLR中の50質量%のFI-PEGを、パスツールピペットを用い、2匹の動物の露出した脊髄損傷部位(硬膜除去を伴う)へ直接塗布した。先行する実験[Borgens, R.及びShi, R.、「ポリエチレングリコールによる神経膜の分子修復による脊髄損傷の急速回復」、FASEB、14:27-35 (2000)]ように、PEGを吸引により取り除き、その領域を2分後にSLRにより潅注した。2匹の脊髄損傷したモルモットにおいて、FI-PEG(SLR中30質量%)1ccを、頸部の皮膚の下側に、22-ゲージ針を用い皮下注射した。IV注射のために、26-ゲージ針を用いFI-PEGの1ccを外科的に露出した頚静脈に注射した。同じく乳酸加リンゲル液中の30%PEGを、1例において腹腔内注射した。
【0081】
In vivo伝導試験
SCIによりもたらされた機能欠損は主に、脊髄白質中の機械的に損壊された神経線維路を通じた神経インパルス伝導の喪失により引き起こされた[Blight, A.R.、「実験的脊髄損傷における再有髄化、再血管化、及び機能回復」、Advances in Neurobiology: Neural Injury and Regeneration、(Seil F.J.編集)、第59巻91-103頁(1993)、Raven Press、ニューヨーク]。従って、脊髄損傷を通る複合活動電位(CAP)伝導の喪失及び回復は、誘発電位法により評価した(体性感覚誘発電位試験又はSSEP)。後肢の脛骨神経の刺激は、対側性の脳の感覚皮質で記録された神経インパルスの上行性の斉射を生じた。これらは、刺激部位及び脊髄病変による記録部位の間で除去され−直後に、これらのピークの記録が破棄された(圧挫後記録)。各々の電気記録は、200刺激(<2mA方形波、3Hzで200μ秒期間)の連続刺激(stimulus train)で構成された。各測定期間にこれらの記録を3セット作成し、かつ平均し、下記のデータで示された単独の波形を作成した。コンピュータにより平均化する前の当初の記録の外形は、先の報告で見ることができる[Borgens, R.及びShi, R.、「ポリエチレングリコールによる神経膜の分子修復による脊髄損傷からの急速回復」、FASEB、14:27-35 (2000)]。前肢の正中神経(胸郭中央レベルで脊髄損傷により影響を受けない)の刺激後の正中神経回路を通る神経インパルスの伝導は、SSEP記録時の対照手法であった。この対照刺激様式は、後肢脛骨神経刺激に対する反応が生じた皮質の誘発電位を記録することに失敗した全ての状況において実行し−これらの失敗の可能性は「偽陰性」として排除した。SSEP記録及び平均化は、Nihon Kohden Neuropak 4刺激装置/記録装置及びPowerMac G3コンピュータを用い行った。初期到達(early arriving)SSEPピーク(P1)の下側面積をコンピュータ処理し、このピークのベースの下側に参照線を描き、IP Lab Spectrumソフトウェアを用い画素としてその中に含まれた単位面積を決定した。
【0082】
行動試験
行動回復の指標として、動物の背中の皮膚の脊髄依存型収縮を評価した−皮膚体幹筋反射(CTM)[Blight, A.R.、McGinnis, M.E.、及びBorgens, R.B.、「モルモットの皮膚体幹筋反射」、J. Comp.Neurol.、296:614-633 (1990); Borgens, R.B.、「脊髄再建において印加した電圧;歴史、戦略及び行動モデル」、Spinal Cord Dysfunction、第III巻-機能刺激(Illis, L.S.編集)、第5章、110-145頁、(1992)、Oxford Medical Publications、オックスフォード]。脊髄損傷後のCTM行動の喪失は、背中の皮膚の領域において認められ、これは局所的触覚刺激に対する筋肉収縮により最早反応しない[Blight, A.R.、McGinnis, M.E.、及びBorgens, R.B.、「モルモットの皮膚体幹筋反射」、J. Comp. Neurol.、296:614-633 (1990);Borgens, R.B.、「脊髄再建において印加した電圧;歴史、戦略及び行動モデル」、Spinal Cord Dysfunction、第III巻-機能刺激(Illis, L.S.編集)、第5章、110-145頁、(1992)、Oxford Medical Publications、オックスフォード;Borgens, R.B.、Blight, A.R.、及びMcGinnis, M.E.、「モルモットにおける脊髄半側切除後の機能回復:印加された電場の作用」、J. Comp. Neurol.、296:634-653 (1990);Borgens, R.B.、Blight A.R.、及びMcGinnis ME.、「モルモットにおける半側切除後に印加された電場により誘導された行動回復」、Science、238:366-369 (1987)]。その行動の基礎となる完全な神経回路が同定されているような、関連する(及び同定された)上行するCTM路が腹側索内で重度とされた場合にも、この反射消失は、動物の生命を回復しない[Blight, A.R.、McGinnis, M.E.、及びBorgens, R.B.、「モルモットの皮膚体幹筋反射」、J. Comp.Neurol.、296:614-633 (1990)]。胸郭中央の脊髄の重度の両側性圧挫損傷(本願明細書において使用されたような)後、背中の皮膚の反射消失の両側領域が生じ、これは依然非常に限定された自然発生的回復能を示している[Borgens, R.及びShi, R.、「ポリエチレングリコールによる神経膜の分子修復による脊髄損傷からの急速回復」、FASEB、14:27-35 (2000);Borgens, R.B.、「脊髄再建において印加した電圧;歴史、戦略及び行動モデル」、Spinal Cord Dysfunction、第III巻-機能刺激(Illis, L.S.編集)、第5章、110-145頁、(1992)、Oxford Medical Publications、オックスフォード]。
【0083】
背中の皮膚回復の様々な領域は、脊髄損傷した動物の比較的小さい割合で、圧挫損傷に対して生じる(本発明者らは、白質完全性の指標としてこの反射を使用している、10年を超える実験を基にし、未処置の動物の全体の回復率を<15%と推定した。)。更に、皮膚のこれらの領域は神経麻痺されていないので、CTM機能の中央で媒介された回復を模倣するような、機能しない受容体視野への表皮神経支配を補償するような萌芽は存在しなかった[Blight, A.R.、McGinnis, M.E.、及びBorgens, R.B.、「モルモットの皮膚体幹筋反射」、J. Comp. Neurol.、296:614-633 (1990);Borgens, R.B.、Blight, A.R.、及びMcGinnis, M.E.、「モルモットにおける脊髄半側切除後の機能回復:印加された電場の作用」、J. Comp. Neurol.、296:634-653 (1990)]。脊髄損傷モデルとしてのCTMの解剖学的に同定された回路の完全な詳細、その生理、行動的喪失及びモニタリング並びに他の試験は、既報において認めることができる[Blight, A.R.、McGinnis, M.E.、及びBorgens, R.B.、「モルモットの皮膚体幹筋反射」、J. Comp. Neurol.、296:614-633 (1990);Borgens, R.B.、「脊髄再建において印加した電圧;歴史、戦略及び行動モデル」、Spinal Cord Dysfunction、第III巻-機能刺激(Illis, L.S.編集)、第5章、110-145頁、(1992)、Oxford Medical Publications、オックスフォード;Borgens, R.B.、Blight, A.R.、及びMcGinnis, M.E.、「モルモットにおける脊髄半側切除後の機能回復:印加された電場の作用」、J. Comp. Neurol.、296:634-653 (1990);Borgens, R.B.、Blight A.R.、及びMcGinnis M.E.、「モルモットにおける脊髄半側切除後に印加された電場により誘導された行動回復」、Science、238:366-369 (1987)]。
【0084】
脊髄損傷した齧歯類における後肢の機能に応じ、歩行、傾斜台での挙動、ロープ登攀、又は他の直接もしくは間接の測定による評価は行わなかった。これらの試験は、解釈においてかなり主観的であり、同定された神経回路を基にせず、かつ損壊された白質路の回復された機能を基にしたものから完全な両側性後肢反射に依存した運動を十分に識別することができない。
【0085】
統計
各群の動物の割合の比較は、両側性のFisherの直接検定を用いて行い;平均の比較は、InstatソフトウェアにおけるMann Whitneyノンパラメトリック両側検定により行った。
【0086】
結果
脊髄におけるFITC-標識したPEG
血管及び末梢血管の周囲の脊髄組織の非常に局所的領域は、損傷の吻側又は尾側の損傷されない脊髄においてかすかにマークされた−ほぼ検出レベルに近い(図6A)。この微弱な標識は、灰白質より大きい血管の周囲及び軟膜表面に結合したものによりにおいて明らかである。脊髄の圧挫された領域は、FI-PEG投与手段とは関わりなく、全ての動物において重度に標識された。更に、脊髄実質のこの強い標識は、挫傷された灰白質及び白質の領域に限定されたが、隣接する無傷の脊髄実質には広がっていなかった(図6B-D)。まとめると、PEGは、脊髄病変を特異的に標識したが、隣接領域の損壊されない組織は標識しなかった。
【0087】
伝導のPEG媒介した回復
脊髄の圧挫損傷の前に、脛骨神経誘発したSSEPは、通常感覚皮質から記録されたCAPの初期及び後期到達ピーク(P1及びP2)に分離される[Borgens, R.及びShi, R.、「ポリエチレングリコールによる神経膜の分子修復による脊髄損傷の急速回復」、FASEB、14:27-35 (2000)]。先の実験におけるように、これらのピークは、胸郭中央脊髄への重度の一定の変位圧挫の後、完全に取り除かれる(図4)。
【0088】
PEG単回注射又は対照動物における担体注射後の1ヶ月の観察期間に、1匹の対照動物は、SSEP記録により測定した病変を通ってCAP伝導する能力を回復しなかったのに対し、PEG-処置した動物の100%において感覚運動皮質で到達された記録されたCAPの様々な回復は増大された(P=0.0001;Fisher直接検定両側検定;図7B;表1)。
【0089】
【表1】

【0090】
1 CTM受容体視野の喪失率(%)=反射消失の単位面積(mm2)/損傷前の受容体視野(mm2)
2 PEG処置後1ヶ月で回復した先の反射消失領域の平均%(及びSEM)
3 回復した動物数/動物総数
4 早期到達SSEPピークを含む画素数の単位面積(「方法」参照)
5 損傷前及び後のCAPの比較;Mann Whitney両側検定
6 Fisherの直接検定、両側検定
7 Mann Whitney両側検定
【0091】
CAPの減少した振幅及び延長した期間は、神経インパルスの回復にとって典型であった。従って、CAP回復の程度の相対指標を決定するために、損傷前及び回復後のCAP形の変化を比較することは有用でありかつ可能である。この試験において、初期到達ピーク下面積(P1)は、PEGのみで処置した動物における画素数で測定した(対照動物におけるSSEPの回復はなかったので)。CAPに寄与している全ての単独の神経線維の100%が、損傷に続き伝導に一旦再度動員される―しかし減少した振幅及び延長された潜伏期間を伴う―ならば、同じ損傷前データで除算された正規化された平均の曲線下面積(ベースライン上のCAP)は、1.0となるはずである。この実験において、PEG処置した動物のSSEP P1の大きさ(mV)及び潜伏期(ミリ秒)の積分値は、同じ損傷前データで除算し、0.88と等しかった(損傷前平均=1706、SEM=2583画素数、PEG後平均=11482、SEM=1445画素、N=10)。これらのデータの対のある統計学的比較は、これらの手段の間に統計学的有意差が存在しないことも確認し、更にPEGが媒体した回復後のCAPの変化には限度があることを示唆した(P=0.14、スチューデントT検定、対のある両側比較)。これらの計算は、そうでなければ生じないような、PEG処置後の損傷した神経線維のCAP伝導への有意な動員を示唆している。
【0092】
CTM反射の回復
回復及び未回復の動物の割合に加え、対照とPEG-注射した動物の間の回復したCTM受容体視野の単位面積を、量的に比較した。損傷後PEG処置前にCTM刺激に反応しなかった背中の皮膚の単位面積は、両群において統計学的に類似していた(P=0.81;Mann Whitney両側検定;表1)。従って、脊髄損傷は、全ての動物において、同様のレベルのCTM行動喪失を生じた。10匹のPEG-処置した動物において、3匹は注射の24時間以内にCTM機能を回復し、更に3匹は処置の第1週に、及び7匹は2週目までに回復した。これら10匹の動物の背中の皮膚の回復面積は、実験を終了した第4週目までサイズが増大し続けた。回復したCTM受容体視野の平均面積は、ほぼ33%であった。10匹の対照動物中1匹が、1ヶ月の観察期間にCTM受容体視野のあらゆる部分の自発的回復を見せなかった(これは最初に第4週目に認められた)。PEG-注射した動物と偽-注射した動物の間の回復頻度の差異は、統計学的に有意であった(P≦0.03、Fishers直接検定、両側)。同様の結果は、PEGの単回腹腔内注射に反応したより少数の脊髄(spinal)動物においても実現された(データは示さず)。
【0093】
考察
PEGは、in vitroにおいて多くの単独細胞を巨大細胞へ融合することに加え、ニューロン及び無脊椎動物の巨大軸索の膜に連結することができることは周知である[Bittner, G.D.、Ballinger, M.L.、及びRaymond, M.A.、「重度の神経軸索のポリエチレングリコールとの再結合」、Brain Research、367:351-355 (1986);Davidson, R.L.及びGerald, P.S.、「ポリエチレングリコールによる哺乳類細胞ハイブリダイゼーション誘導の改善された技法」、Somat. Cell Genet.、2:165-176 (1976);O'Lague, P.H.及びHuntter, S.L.、「化学的に融合されかつ培地において増殖されたラット褐色腫細胞(PC12)の生理的及び形態学的試験」、Proc. Nat. Acad. Sci. USA、77:1701-1705 (1980)]。PEG適用の修復の可能性の「概念を証明するもの」として、可変量の完全に重度化されたモルモット白質軸索が、単離した脊髄において生理的及び解剖学的に再結合された[Shi, R.、Borgens, R.B.、及びBlight, A.R.、「重度の哺乳類脊髄軸索のポリエチレングリコールによる機能的再結合」、J. Neurotrauma、16:727-738 (1999)]。この結果は、臨床の脊髄損傷とは関係が少なく、その理由は、離断は稀であるが、重度に圧挫されたCNS及びPNSの神経線維路における該ポリマーの有用性の更なる試験のために工程が設定されたからである。
【0094】
先の報告において、損傷した脊髄における伝導喪失の逆行が、機械的損壊により作成された神経膜中の裂け目のPEG-媒介された封止に関連していることが示されている[Shi, R及びBorgens, R.B.、「ポリエチレングリコールによる圧挫された哺乳類脊髄における神経膜の解剖学的修復」、J. Neurocytol、印刷中、(2001)]。神経膜の裂け目は、細胞外及び細胞内のコンパートメント間でのイオンの調節されない交換をもたらしている。これは、膜電位の急激な局所的破綻及び軸索のこの領域を通じた神経インパルス伝導の失敗を引き起こす。この最初の伝導ブロックは、SCI後の迅速な機能喪失を説明し、これは損傷した神経線維及び脊髄実質の進行性の解剖学的変性のために永久的となり始める−いわゆる「二次損傷」[Young, W.、「急性脊髄損傷における二次損傷機構」、J. Emerg. Med.、11:13-22 (1993);Tator, C.H.及びFehlings, M. G.、「血管機構を強調した急性脊髄外傷の続発性損傷理論の検証」、J. Neurosurg、75:15-26 (1991)]。
【0095】
損なわれた膜を通じた細胞へ(又はその突起(process)の局所領域へ)それらの濃度勾配を低下するように移動する細胞質Na+及びCa++の顕著な増加は、細胞の細胞骨格の破壊により暗示され、かつチェックされない、変性性変化のカスケードの引き金を引き、軸索切断につながり、時には細胞死につながる[Borgens, R.B.、「損傷し及び再生している軸索における電圧勾配及びイオン電流」、Advances in Neurology、第47巻、Functional Recovery in Neurological Diseases、(Waxman, S.G.編集)、51-66頁(1988)、Raven Press社、ニューヨーク;Maxwell, W.L.及びGraham, D.I.、「モルモット視神経線維への伸展傷害後の軸索微小管及び神経フィラメントの損傷」、J. Neurotrauma、14:603-614 (1997)]。PEG処置は、膜の封止、神経インパルスを伝播するその能力の迅速な回復、及び膜の障壁特性の破綻について予想された脊髄細胞の進行性の溶解の阻害によるこのプロセスに介入することの明確な証拠がある。この結果は、PEG処置が、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP;約40,000ダルトン)マーカーの圧挫されたモルモット脊髄の損壊された軸索への取込みを大きく阻害した、色素排除試験を用いて示された。この作用は、軸索内径とは無関係であった[Shi, R.及びBorgens, R.B.、「ポリエチレングリコールによる圧挫された哺乳類脊髄における神経膜の解剖学的修復」、J. Neurocytol、印刷中、(2001)]。しかしPEGにより作成されたこの封止は、膜興奮性の回復にも関わらず、完全ではない。急速活性型カリウムチャネルブロッカー4-アミノピリジンの局所適用が、in vitro試験において回復されたCAPの大きさをほぼ倍加することが報告されており[Shi, R.及びBorgens, R.、「圧挫されたモルモット脊髄のポリエチレングリコールによる急性修復」、J. Neurophysiology、81:2406-2414 (1999)]、これは、PEGで封止された膜の領域が依然カリウム漏出性であることを示唆している。
【0096】
機械的損壊に続発する膜の裂け目は、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)のような大きい分子量の細胞内標識物の取込みを可能にするのに十分な大きさであり−このようなマーカーのニューロンへの導入は一般的手段である[Borgens, R.B.、Blight, A.R.及びMurphy, D.J.、「脊髄損傷における軸索再生:展望のある新規技法」、J. Comp. Neurol.、250:157-167 (1986);Malgrem, L.及びOlsson、「ホースラディッシュペルオキシダーゼの光学顕微鏡及び電子顕微鏡表示のための感度の良い組織化学的方法」、Y. J. Histochem. Cytochem.、25:1280-1283 (1977)]。−恐らく続発性軸索切断につながるようなサイズに進むであろう。白質の破壊は、本質的には健康な細胞の付帯的損壊である、脊髄の細胞及び組織を更に破壊するような炎症過程のための豊富なシグナルを産生することに関与している。PEG-処置した脊髄病変の組織学は、コンピュータ管理した定量的3D脊髄再建法により、対照と比較されている[Duerstock, B.S.、Bajaj, C.L.、Pascucci, V.、Schikore, D.、Lin, K-N.、及びBorgens, R.B.、「実験的脊髄損傷の3次元再構築の利点」、Computer Medical Imaging and Graphics、24(6):389-406 (2000)]。これらの試験において、PEGの局所塗布は、より小さい容積の1ヶ月齢(1-month-old)の脊髄病変を生じ、対照動物において測定されたものよりもより小さい空洞化を有している(別所にて報告)。これらのデータは、神経細胞膜のポリマーによる封止は、数週間後に多く見られる脊髄病理の全般的低下も反映していることを強力に示唆している。
【0097】
これらの物質並びにポロキサマー及びポロキサミンのような他の水溶性膜封止ポリマーの能力の評価は続けられており[Padanlam, J.T.、Bischof, J.C.、Cravalho, E.G.、Tompkins, R.G.、Yarmush, M.L.、及びToner, M.、「熱により損壊した分離した骨格筋細胞からのカルセイン漏出に抵抗するポロキサマー188の効果」、Ann NY. Acad. Sci.、92:111-123 (1994);Palmer, J.S.、Cromie, W.J.、及びLee, R.C.、「界面活性剤投与は精巣の虚血性-再灌流損傷を低下する」、J. Urology、159:2136-2139 (1998);Lee, R.、River, L.P.、Pan, F.S.、Wollmann, L. Jr.、及びR.L.、「電気透過性とした骨格筋膜のin vivo界面活性剤誘導型封止」、Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.、89:4524-4528 (1992)]、重度のCNS及びPNS損傷に加え、頭部損傷及び卒中のための新規処置としても評価され続けている。
【0098】
PEG注射は、損傷後かなりたって行うことができるので、イヌにおいて、重度の急性天然の対麻痺症例に対する静脈内(IV)PEG投与の臨床試験が開始されている[Borgens, R.B.、Toombs, J.P.、Blight A.R.、McGinnis M.E.、Bauer, M.S.、Widmer, W.R.、及びCook Jr., W.R.、「イヌにおける完全対麻痺の臨床症例に対する印加された電場の作用」、J. Restorative Neurology and Neurosci.、5:305-322 (1993);Borgens, R.B.、Toombs, J.P.、Breur, G.、Widmer, W.R.、Water, D.、Harbath, A.M.、March, P.及びAdams, L.G.、「加えた(imposed)振動電場は神経学的完全対麻痺のイヌの機能回復を改善する」、J. Neurotrama、16:639-657 (1999)]。この臨床的開発の手段は、この脊髄研究センターに独自のものであり、かつこれまでに脊髄損傷処置由来の2種の別の実験動物を開発するために使用されている[Borgens, R.B.、Toombs, J.P.、Breur, G.、Widmer, W.R.、Water, D.、Harbath, A.M.、March, P.及びAdams, L.G.、「加えた振動電場は神経学的完全対麻痺のイヌの機能回復を改善する」、J. Neurotrama、16:639-657 (1999);Blight, A.R.、Toombs, J.P.、Bauer, M.S.及びWidmer, W.R.、「イヌの外傷性脊髄損傷の慢性症例における神経学的欠損に対する4-アミノピリジンの作用;第I相臨床試験」、J. Neurotrauma、8:103-119 (1991)]、これはヒト対象の臨床試験に進みつつある。この新たな治験において、PEG投与は、神経学的に完全な脊髄損傷したイヌの慣習的管理に付随しており、その理由はこのポリマーは、病院に入院直後に、IV液中で、安全に導入することができるからである。この臨床試験はまだ完了していないが、予備的観察が得られ、かつPEG注射後数時間から数日のうちに変動した機能の予想外の回復を示すように見える。
【0099】
実施例3
経静脈的親水性ポリマーは臨床対麻痺イヌの迅速な回復を誘導する
この実施例は、イヌの重度の急性自然発症対麻痺の臨床症例における、即座の著しいかつ統計学的に有意な複数の機能の回復を明らかにしている。機能回復は、ポリエチレングリコール(PEG)の局所的塗布、及び静脈内投与の組合せに反応して生じた。感覚機能及び運動機能の回復は、迅速、かつ損傷後3日から6〜8週間の試験した全ての時点で生じた。
【0100】
投与及び処置
脊髄損傷を伴うイヌは、Texas A&M University、College StationのUniversity Veterinary Teaching Hospitals (UVTH)(テキサス州)及びPurdue University(ウェストラファイエット、インディアナ州)の救急施設に入院した。入院、神経学的評価、処置及び経過観察について同じプロトコール(R.B. Borgensら、J. Restorative Neurology and Neurosci.、5:305 (1993);R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999))が、各研究センターにより遵守された。特別な状況において、Texas Centerでの慣習的X線撮影及び脊髄造影に加え、コンピュータ断層撮影(CT)画像を入手すると同時に、誘発電位試験による脊髄病変を通じた神経インパルス伝導の電気生理学的試験を、Purdue Universityにおいて行った。
【0101】
各イヌは、以下を含む、放射線試験(図9A-9D)、及び詳細にビデオ撮影した神経学的試験(図1OA)を受けた:1)後肢及び指の深部痛の試験、2)腹側の下肢及び指の損傷レベル以下の表在痛の感知、3)後肢の固有受容的評価(すなわち、意識のある固有受容)、4)後肢の負荷の支え及び随意移動運度の評価、並びに5)脊髄反射試験(膝蓋骨、脛骨、頭部、屈筋逃避、及び坐骨神経の反射)。試験1-4は、転帰の機能測定としても用い、かつ先に報告された技法及び方法を用い、定量的にスコア化した(R.B. Borgensら、J. Restorative Neurology and Neurosci.、5:305 (1993);R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999))(図10A)。その後これらのデータは、各イヌについて、各試験した時点で、総神経学的スコア(TNS)(R.B. Borgensら、J. Restorative Neurology and Neurosci.、5:305 (1993);R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999))を提供した。
【0102】
神経学的回復は、動物間でその表現において変動するので、転帰を比較するために最も正当な平均値を、TNSの比較により行った(R.B. Borgensら、J. Restorative Neurology and Neurosci.、5:305 (1993))。本臨床試験に参加した全てのイヌは、完全な対麻痺、尿及び糞便失禁、並びに深部痛反応欠如を特徴とした脊髄圧迫に続発した脊髄損傷の最悪の臨床徴候を有した[グレード5病変(J.R. Coates、Common Neurological Problems、30:77 (2000)]。これらの機能試験(及び他の試験、下記参照)も、除外基準として用い、その結果神経学的に「不完全な」イヌは本治験には含まれなかった。加えて、上位運動ニューロン症候群−真の脊髄損傷−を伴う対麻痺のイヌのみが試験の候補であった。下肢(複数)の反射持続性の欠如、又は反射減退は、脊髄回路又は「下位運動ニューロン後遺症」の分節的侵害を明らかにした。これは、本試験から動物を除外するのに十分であった(R.B. Borgensら、J. Restorative Neurology and Neurosci.、5:305 (1993);R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999))。最初の臨床評価時に、飼い主に、実験的処置に関する文書を検証するよう依頼し、その後インフォームドコンセントに署名を求めたところ、彼らは本試験への参加を欲した。
【0103】
次に、対麻痺イヌは、PEGの2回の静脈内注射の1回目を受け取った。後に、しかし入院の24時間以内に、病変の位置を、X線撮影及び脊髄造影により決定した(図9A-9D)。後者の試験は、脊髄軟化症は、1個未満の椎骨分節に限定されたことを保証した。コハク酸メチルプレドニソロンナトリウム(30mg/kg体重)の注射を受けたイヌは全て、全身麻酔を受け、かつ手術を行った。全ての損傷したイヌは、罹患部位の外科的減圧及び必要ならば脊柱固定を含む、これらの損傷の獣医学管理の治療基準(standard-of-care)を受けた。弁圧手術時に硬膜を除去し、脊髄病変を露出し、かつPEG溶液約1cc(約2000ダルトン、滅菌生理食塩水中50質量%;150mg/kg体重)を、損傷部位上に積層した。このポリマーは、適用の2分以内に露出した髄の表面から吸引し、その後この領域を滅菌リンゲル液により洗浄し、かつこれらの液体を十分に吸引した。脂肪パッド移植片を表在性に配置し、切開部を閉じ、かつ動物が回復するまで集中治療室(ICU)に入れた。
【0104】
手術の24時間以内に、初回と同じPEGの2回目の注射を、通常はICUにおいて行った。動物は、院内において7〜10日間経過観察し、かつ当初にビデオテープに撮影したように、完全な神経学的試験を、術後ほぼ3日目(74±9時間)、術後ほぼ1週間の退院時(6.8日±1.2日)に行い、及び術後6〜8週目に再チェックした。過去の臨床試験におけるように、飼い主には、自分の動物の療養に関する詳細な指示を渡し(すなわち、膀胱圧搾(expression)、皮膚の手入れなど)、並びにイヌのリハビリテーションを補助するために、最初は車付きカート(K-9 Carts、モンタナ)を使用するようにした(R.B. Borgensら、J. Restorative Neurology and Neurosci、5:305 (1993);R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999))。しかしこの後者の実践は、わずかに3例の入院後中断し、その理由は、機能回復が、カートの使用が不要であるほど迅速であったためである(下記参照)。
【0105】
対照イヌ
実験プロトコールの開発時に、対麻痺のイヌは、PEG投与後数日以内に、迅速かつ予想外に回復した。担当の神経外科医は、対照手法(PEG-滅菌生理食塩水の溶媒の静脈内注射)を行うことで、顧客の飼っている動物は、様々だが重度に生活上長期にわたり行動が喪失されるように維持されることを十分に良く知っているので、これは倫理的に良くないと考えた(R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999))。治療においてほぼ48時間のウインドウが与えられるならば、単回クロスオーバー試験を行うことも可能ではなかった。従って、このような重度の損傷した動物に滅菌した生理食塩水を注射するよりもむしろ、ヒストリカル(外部)対照を使用することを、医学的に決断した。関連したヒストリカル対照のデータは、Indiana Centerにおいて行われた最新の同等者(peer)の検証及び公開された試験から、偽処置したイヌについて得た(R.B. Borgensら、J.Restorative Neurology and Neurosci.、5:305 (1993);R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999))。
【0106】
これらの対照イヌは、1)同じく急性イヌ対麻痺の神経学的に完全な症例のみに制限された獣医学的臨床試験に参加し、2)前述のものと「同じ」通常の管理を受け、3)「同じ」方法により神経学的に評価され、かつ「同じ」除外判定基準により試験から排除し(R.B. Borgensら、J. Restorative Neuro1ogy and Neurosci.、5:305 (1993);R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999))(図9A-9E及び図11A及び11B)、同時点で評価し、並びに5)ほとんどの症例において、それらの神経学的スコアは、本治験に参加している同じ治験担当者に由来した(R.W.、G.B.、S.T.、R.B)。治験担当者は全員、これらの先の治験に募集された全てのイヌの実験又は対照状態について完全に盲検化されていることを強調することは重要である。募集及び特に神経学的機能のスコア化にこれらの同じ手法を使用することは、それらの個々のスコアを比較した場合に、複数の治験担当者間の変動がほとんどなかった(R.B. Borgensら、J. Restorative Neurology and Neurosci.、5:305 (1993);R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999))。この比較の正当性は、獣医学文献から集められたデータよりも著しく多いことは明らかである。これらの後者の治験担当者は、以下を行わなかった:i)評価が神経学的に不完全なイヌを含む可能性を制限するために、除外基準に複数の神経学的機能を使用すること、ii)関連する下位脊髄反射の機能を含む神経学的行動の完全な軸(axis)を報告すること、iii)ここで使用された転帰の測定値を使用すること、又はiv)術後に同じ術後時点で動物を評価すること。
【0107】
本発明者らの比較のために、完全な医学的記録、スコアシート及びビデオテープを、1993年(R.B. Borgensら、J. Restorative Neurology and Neurosci.、5:305 (1993))からの14匹の対照(偽処置した)イヌ及び1999年(3)からの11匹の対照イヌについて入手し−合計25匹のイヌを、20匹のPEG-処置したイヌと比較した。更に後者の臨床試験(R.B Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999))においては、実験的適用(振動野(oscilating field)刺激)を、12匹の実験イヌにおいて、術後約96時間遅延し、初期の機能回復が手術及びステロイド処置単独にいくらかでも関連しているかどうかを決定した。このイヌのサブセットの神経学的な状態が、報告された(R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999))。その後これらのデータは、合計37匹の対照イヌを、3日目の時点で20匹のPEG-処置したイヌと比較し、並びに1週間目及び6〜8週間目の神経学的なチェックアップについて25匹の対照イヌと比較することを提供した。
【0108】
対麻痺イヌにおけるポリマー投与に対する臨床反応
神経学的な完全なイヌ対麻痺の臨床症例における初期の機能回復の最も感度の良い指標は、後肢及び指の深部痛反応の再出現である(R.B. Borgensら、J. Restorative Neurology and Neurosci.、5:305 (1993);R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999);J.R. Coates、Common Neurological Problems、30:77 (2000))。これは、20匹の急性の損傷したPEG-処置したイヌの17匹について、術後ほぼ3日目に(PEGの2回目の注射後ほぼ48時間)評価した(図10A)。この期間に、17匹のPEG-処置したイヌの中の4匹が深部痛を回復したが、37匹の対照イヌではわずかに1匹が有していた(P=0.03;Fisher直接検定、両側、この及び全ての引き続きの割合比較において)。
【0109】
この時点での平均TNS、深部痛及び表在痛の回復に主に由来した数の比較は、PEG-処置群において、対照と比べ、顕著に統計学的に有意に改善された(P=0.009;ここ及び以下の平均の比較は、両側スチューデントt検定又はWelch偏差を用いて行った;図9A-9E)。
【0110】
PEG-処置したイヌ集団の半分より多くが、処置後1週間までに深部痛反応の回復を有したにもかかわらず、対照イヌ25匹における深部痛の改善は、この時点でこれらの群間でのこのひとつの機能性比較において有意性を排除していた(P=0.2)。しかし、固有受容の回復、後肢の負荷支え及び随意歩行の改善は、20匹中8匹のPEG-処置したイヌにおいて回復し、この時点では、「対照イヌにおけるそのような改善とは合致しなかった」。解析は、この時点でPEG-処置したイヌのTNSの顕著な統計学的に有意な改善を明らかにした(P=0.007;図9A-9E)。
【0111】
対照イヌの総神経学的スコアは、6週目の再チェックまでに中等度及び進行性の改善を示したが、これは「疼痛認知の質」の大きな改善として顕在化され続けた(R.B. Borgensら、J. Restorative Neurology and Neurosci.、5:305 (1993);R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999))。従って、陽性深部痛及び表在痛反応を伴う動物の割合を比較した場合には、PEG-処置したイヌと対照イヌの間に有意差は存在しなかった(各々、P=0.1及び0.6)。しかしこの疼痛認知の改善は、対照イヌにおいて評価した他の転帰の測定値のいずれとも合致しなかった。PEG処置イヌの35%(20匹中7匹)が、測定可能な固有受容を6週目までに回復したが、対照動物25匹中のわずかに1匹(4%)が改善された固有受容を有したのみである(P=0.01)。全てのPEG-処置したイヌの完全に70%(20匹中14匹)が、随意歩行することができるのに比して、対照ではわずかに28%(25匹中7匹)であった(P=0.007)。更に6週目で再チェックしたPEG投与に続く機能回復の全般的質(総神経学的スコアにより示す)は、対照と比べPEG処置により劇的に改善された(P<0.0008;図9A-9E)。
【0112】
質的に、これら2群は、定量的神経学的スコアの無味乾燥な(dry)列挙及び割合により遮蔽された方法で極めて異なるように見える。個々のイヌの総神経学的スコアの可能性のある範囲は、4(全体的対麻痺イヌ)から20(全体的に正常なイヌ)であった(図9A-9E参照)。25匹の対照イヌ中15匹(60%)が、減圧手術及びコルチコステロイド処置後6〜8週間、神経学的に完全対麻痺であり続け、全て個別に神経学的4と評価した。最良の成果を見せた対照イヌのスコアは、この時点で11であった(R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999))。しかし、この動物は、重篤に損なわれ続け;移動運動のみが、スコアわずか2と評価された。PEG処置は、個々のスコア13〜16を35%(20匹中7匹のイヌ)で生じた。6〜8週の再チェックまでに、一部のイヌは、このような劇的な回復を生じ−残りの機能喪失の程度は、神経学的な試験を通じてのみ決定された。20匹のPEG処置したイヌ中わずかに3匹(15%)が、観察の6〜8週の期間の最後に対麻痺的であり続けた(対照に対し高度に有意な比較、P=0.003)。
【0113】
電気生理学及び膀胱管理
誘発電位試験[体性感覚誘発電位又はSSEP(R.B. Borgensら、J. Restorative Neurology and Neurosci.、5:305 (1993);R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999))、図10A-10C]は、病変を通じての神経伝導が回復されるかどうかを決定するために、Purdue Centerが募集した12匹のPEG-処置したイヌ中の11匹において行った(図10A-10C)。体性感覚誘発電位記録は、通常初回PEG注射及び手術前に得ることはできず、その理由は入院直後に、一連の評価を通しかつ手術のためにこれらの動物を動かす必要があるためである。加えてほとんどのイヌは、飼料摂取及び他の複雑な要因のために、入院後最初の数時間はこのような試験のために鎮静化することができなかった。2回より多くの再チェック期間にコンダクタンスの電気生理学的試験を行った11匹のイヌの中で、7匹は、陽性SSEPを有すると記録したのに対し、4匹は病変を通じての神経インパルスコンダクタンスの証拠を示さなかった。中央値TNSが12を上回るスコアとされた4匹全てのイヌは、病変を通じてのコンダクタンスの明らかな回復を示した。更に、1匹の重度に損傷した動物(脊柱の骨折/脱臼及び亜脱臼)は、2回のPEG注射の2回目にSSEP試験にアクセス可能であった。この動物は、注入の30分間に、陰性のSSEP(平坦な線)から低い振幅の長期の皮質電位までの進行、並びに鎮静化された動物の観察を示した(図11A、11B)。
【0114】
対照的に、1993年の試験からの11匹の対照イヌは、損傷後6ヶ月までに、SSEP伝導を回復したものはなかった[313頁参照(R.B. Borgensら、J. Restorative Neurology and Neurosci.、5:305 (1993))]。1999年の臨床試験において、14匹の回復を測定した対照イヌのうちわずかに2匹のイヌが、6〜8ヶ月までに測定可能な伝導を回復した[649頁参照(R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999))]。病変を通じて上昇する電気生理学的伝導を回復したPEG-処置したイヌのこの割合(11匹中7匹)は、対照イヌにいて記録された誘発電位の相対欠如と比較して、高度の統計学的有意性を有した(P=0.001)。
【0115】
対麻痺による膀胱自制の状態は、正にヒト同様イヌにおいても問題である。本発明者らは、下位運動ニューロン症候群の弧発症例に対するデータを明らかにすると同時に、放尿の電気生理学的測定(尿道圧力プロファイルメトリー及びシストメトリー)は、特に飼い主による排尿自制の回復観察と高度に相関しないことを認めた(R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999))。失禁は、飼い主を容易に混乱させ、その理由はこれはイヌの「ハウストレーニング」における主要な行動の喪失を示し、かつこれがそれらのペットの安楽死の最も一般的理由となるからである。更に、飼い主が失禁するイヌの膀胱を手で圧搾することを一貫して失敗することは、尿路感染症のための再入院つながる。20匹のPEG-処置したイヌの飼い主は、6匹以外は全て自制し、膀胱圧搾を必要としなかったことを報告した。これらの後者の動物は、試験終了時に最低の回復を示しているPEG処置イヌ群であった。本発明者らは、PEGにより媒介された対麻痺からの回復は恐らく改善し、加えて少なくとも排尿失禁をなくすであろうということの追加的であるが控えめな証拠として、これらの事実を提唱する。
【0116】
実験動物イヌ及びヒトにおける対麻痺
脊髄損傷研究の歴史は、一部、実験動物−通常成体モルモット、ラット、又はネコにおける、標準化された損傷法並びに行動喪失及び回復の評価の信頼できる手段の探求により特徴付けることができる。これらの両探求を考慮すると、常に議論と反論が存在する。前者は、露出された脊髄に損傷を誘導するために使用される様々な技術に困難が集中している。例えば一定の衝撃[通常標準化された重り落下法(S.K. Somerson、及びB.T. Stokes、Exp. Neurol.、96:82 (1987))]、脊髄の一定圧迫[特別に作成されたクリップの使用(A.S. Rivlin、C.R. Tator、Surg. Neural.、10:39(1978))、又は鉗子の使用(A.R. Blight、J. Neurologic. Sci.、103:156 (1990))]、並びに脊髄の部分的又は完全な離断(R.B. Borgens、A.R. Blight、D.J. Murphy、J. Comp. Neurol、250:157 (1986))が使用され、かつ対照されている(R.B. Borgens、A,R. Blight、D.J. Murphy、J. Comp. Neurol.、250:157 (1986))。後者の技術を除いて、これらの方法の重要な目標は、病変の変動性を低下すること、及びヒトの臨床損傷の典型である中心出血性損傷を作成することである(A.R. Blight、J. Neurologic. Sci.、103:156 (1990);A.R. Allen、J. Am. Med. Assoc.、57:878 (1911);C.H. Tator、M.J. Fehlings、Neurosurg.、75:15 (1991))。
【0117】
異なる方法の成功は、これらの目標に関して議論されるが、最新の実験的損傷は、最初に背側位置に損傷を生じる、麻酔された動物の外科的に露出された脊髄に作成されることは疑問の余地はない。これは、SCI(「脊髄損傷」)損傷の最初の部位が、前方(腹側)であり、衝撃が体幹又は頸へ向かう(いわゆる「閉鎖型(closed)」損傷)であるようなほとんどの臨床損傷とは矛盾している。更に髄への実験的発作の期間に、麻酔は神経保護を提供し(S.K. Salzman、M.M. Mendez、S.Sabatoら、Brain Res.、521:33 (1990 ))、かつこれは複雑化の要因である。従って、イヌにおける自然発生の損傷は、ヒトにおける臨床損傷との、より直接的比較を提供する(R.B. Borgens、「脊髄機能障害」、第III巻:「機能刺激」、L.S. Illis編集、(Oxford Medical Publications社、オックスフォード、1992年)、第5章)。
【0118】
脊髄損傷の実験モデルにおけるSCIからの行動のリカバリーを測定及び/又は定量する多くの変動する試みも存在する。後肢移動運動の測定(M.D. Basso、M. Beattie、J.D. Bresnahan、J. Neurotrauma、12:1 (1995))、又はそのいくつかの形(A.S. Rivilin、C.H. Tator、J. of Neurosurgery、47:577-581 (1977))は、SCIの齧歯類試験を支配的にしており−通常これらの結果は、例えこのような見解を裏付ける証拠はなくとも、ヒトの下肢の移動運動と関連性があるという基礎となる注目点のためである。ヒトは唯一の必ず二足の哺乳類であり、直立歩行は、完全に棘上制御により支配される(S. Mori、K. Matsuyama、E. Miyashita、K. Nakajima、M. Asanome、Folia Primatologica、66:192 (1996))。実験的SCIモデルにおいて、移動運動は、局所的に制御されかつ作成された踏みだし(stepping)により支配されている(S. Rossignol、R. Dubuc、Curr. Opin. Neurobiol.、4:894-902 (1994);A. Naito、Y. Shimuza、Y. Handa、Neurosci Res、8:281 (1990))。このような歩行行動は、より高次の中枢からの脊髄病変を通じた神経インパルスの回復された伝達を必要とする歩行行動から区別するために、「脊髄歩行(spinal walking)」と呼ばれることが多い。回復された神経インパルスの病変を通じた往来は、動物における随意歩行には必要ではないので、それ自身の歩行行動は、病変を通じた伝導が回復されたと推察するのに妥当な行動回復を示さない。これは、随意移動運動時の上肢及び下肢の調和を確認する運動感覚的方法の使用を必要としている。
【0119】
前記理由の全てについて、イヌの臨床対麻痺に関連した歩行行動を等級化するための更により複雑化されたシステムを開発する試みはなされていない。代わりに、増大した歩行能力の信頼できる正確な反射を提供するが、その基礎となる動作の神経機構を指標化する追加的な試みを伴わない、簡単な5ポイントスコアが信頼できるとされている(R.B. Borgensら、J. Restorative Neurology and Neurosci.、5:305 (1993);R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999))。
【0120】
本実施例において、この機構が随意歩行の回復の基礎となるかどうか−極めて有意な数のイヌが、対照において生じるよりも優れた能力を伴い歩行した。更に、TNSの統計学的に有意な改善は、機能のいくつかの他の臨床関連領域における実質的で意味のある回復の明らかな指標であり;深部痛及び表在痛の両方の神経学的な認知の回復、病変を通じ上行する神経インパルスコンダクタンスの回復、意識的な固有受容の回復に加え、実質的負荷を支えかつ随意歩行することを含む。
【0121】
天然の対麻痺に適用されたこれらの方法の強さは、これらが、ヒトSCIの実験的療法の臨床の重要性を評価するための真の電位を提供することである(R.B. Borgensら、J. Neurotrauma、16:639 (1999);A.R. Blight、J.P. Toombs、M.S. Bauer、W.R. Widmer、J. Neurotrauma、8:103-119 (1991))。このSCIモデルの弱点は、治療に対する反応に関する生物学的基礎についてはほとんど学ばないことである。これは、侵襲性生理的試験及び解剖学的技法を適用することができる実験室モデルにおいてより容易に実現される(R.B. Borgens、「脊髄機能障害」、第III巻;「機能的刺激」、L.S. Illis編集(Oxford Medical Publications社、オックスフォード、1992年)、第5章)。
【0122】
実験的SCIにおけるポリマー適用
ポリエチレングリコール(2000〜3000ダルトン、水中約30〜50質量%)の局所的及び/又は静脈内の両投与は、以下を誘導することが報告されている:
【0123】
1)重度の白質軸索の急速(分)な解剖学的融着(R. Shi、R.B. Borgens、A.R. Blight、J. Neurotrauma、16:727 (1999))並びにモルモット腹側白質の有髄化及び脱髄された両軸索の解剖学的裂け目の迅速な封止(R. Shi、R.B. Borgens、J. Neulophysiology、81:2406 (1999))。両方の症例において、神経組織は、in vitroにおいてダブルショ糖隔絶記録チャンバー内で、維持され、かつ評価された(R. Shi、A.R. Blight、Neuroscience、77:553-562 (1997))。
【0124】
2)これらの同じ試験における病変を通じた神経インパルス伝導の急速(分)回復(R. Shi、R.B. Borgens、A.R. Blight、J. Neurotraum、16:727 (1999);R. Shi、R.B. Borgens、J. Neurophysiology、81:2406 (1999))−もしくはin vivoでのモルモット脊髄への重度かつ標準化された圧挫損傷を通じた、SSEP試験による測定(R.B. Borgens、R. Shi、FASEB、14:27 (2000);R.B. Borgens、D.M. Bohnert、J. Neurosci. Res.、66:1179 (2001);R.B. Borgens、R. Shi、D.M. Bohnert、J. Exp. Bio.、205:1 (2002))。
【0125】
3)長-路(long-tract)に依存した脊髄反射の急速(時〜日)回復(皮膚体幹筋又はCTM反射)(R.B. Borgens、R. Shi、FASEB、14:27 (2000);R.B. Borgens、D.M. Bohnert、J. Neurosci. Res.、66:1179 (2001);R.B. Borgens、R. Shi、D.M. Bohnert、J Exp. Bio.、205:1 (2002))、これは全般的にモルモット(A.R. Blight、M.E. McGinnis、R.B. Borgens、J. Comp. Neurol.、296:614-633 (1990))及びラット(E. Thierault、J. Diamond、J. Neurophysiol.、60:446-447 (1988))脊髄の前索内の軸索の同定された白質柱の完全性に左右される。
【0126】
CTM反射の様々なレベルの回復(脊髄の圧迫により形成された)は、3種の異なる試験において、偽処置した対照集団において0〜17%の範囲であるのに対し、PEG-処置したモルモットの>90%において生じた(R.B. Borgens、R. Shi、FASEB、14:27 (2000);R.B. Borgens、D.M. Bohnert、J. Neurosci. Res.、66:1179 (2001);R.B. Borgens、R. Shi、D.M. Bohnert、J. Exp. Bio.、205:1 (2002))。皮質電位の回復は、後肢の脛骨神経の電気刺激後、感覚運動皮質に達するように測定されたSSEPSの回復された斉射として記録された。全て(100%)の対照モルモットにおいて、病変を通じたこのような神経インパルス伝導は、観察の1ヶ月の間に除去された。PEG-処置した動物において、SSEPは、これらの同じ3種の研究において、集団の100%において回復された(R.B. Borgens、R. Shi、FASEB、14:27 (2000);R.B. Borgens、D.M. Bohnert、J. Neurosci. Res.、66:1179 (2001);R.B. Borgens、R. Shi、D.M. Bohnert、J. Exp. Bio.、205:1 (2002))。
【0127】
神経学的損傷のポリマーベースの療法の機構
細胞膜の封止又は融着における、例えば、界面活性剤及びトリブロックポリマーの作用の分子機構は、文献において検証されている(R. B. Borgens、Neurosurgery、49:370-379 (2001);B.R. Lentz、Chem. Phys. Lipid、73:91 (1994);J. Lee、B.R. Lentz、Biochemistry、36:6251 (1997);J.M. Marks、C-Y. Pan、T. Bushell、W. Cromie、R.C. Lee、FASEB J、15:1107 (2001))。簡単に述べると、軟組織外傷に有益であるような全ての親水性界面活性剤に共通である最初の機構は、機械的損壊部位での細胞膜欠損における化学フィルム封止の形成である。しかし、これは、膜を局所的に直ぐに脱水すると考えられる、この種の親水性ポリマー(PEG、EPAN及び一部のデキストラン)の水−渇望(watery-hungry)特性である。更に、膜裂け目近傍の水分子の除去又は再配置のいずれかは、その裂け目を取り囲んでいる無傷の膜の脂質コアをもたらし−恐らく構造要素をその中に浮遊している−互いに融合させるであろう。
【0128】
このポリマーが除去されるか、もしくは濃度が低下されると、膜の水相の再導入に反応して、可変量の構造的自己集成が生じる。ポロキサマーのようなトリブロックポリマーは、大部分PEGで構成され−更にこれらは、膜の裂け目を実際に標的とすることができる疎水性成分(ポリプロピレンオキシド)も有する−膜の疎水性コアが露出されている裂け目に挿入される(J.M. Marks、C-Y. Pan、T. Bushell、W. Cromie、R.C. Lee、FASEB J、15:1107 (2003))。長いPEG側鎖は恐らく、先に説明した様式で、封止に寄与するであろう。本発明者らは、ポロキサマー188を、モルモットの脊髄損傷モデルにおいて試験し、かつ先に説明したPEGに対する反応で生理的及び行動的回復において差異がないことを発見した。これらの知見は、様々なポリマーが、軟組織外傷及び他の神経系損傷への適用にとって有益であり得ることを示唆している(J.M. Marks、C-Y. Pan、T. Bushell、W. Cromie、R.C. Lee、FASEB J、15:1107 (2001);J. Donaldson、R. Shi、R. Borgens、Neurosurgery、50:147-157 (2002))。
【0129】
同様にPEG又はポロキサマーのような大きい分子ポリマーは、血液供給に導入され、血管の完全性が失われている組織外傷領域のみを標的化するであろう。本発明者らは、このことを、圧挫したモルモット脊髄における蛍光標識したPEGの蓄積を観察し−静脈内、皮下及び腹腔内投与を、露出された病変への該ポリマーの局所的塗布と比較することにより明らかにした(R.B. Borgens、D.M. Bohnert、J. Neurosci. Res.、66:1179 (2001))。標識は、これらの同じ動物の脊髄の無傷の領域においては、わずかに検出可能であるか又は存在しなかった。
【0130】
PEG作用の予想される機構の、その膜封止特性に関する正式な検証が明らかにされている。ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、臭化エチジウムのような細胞外適用された標識の取込み、又は乳酸デヒドロゲナーゼの細胞外空隙への漏出は、細胞膜侵害の優れた指標である(R. Shi、R.B. Borgens、J. Neurocytology、29:633-643 (2000))。これらの細胞内標識物の脊髄の損傷した白質からの取込み及び漏出は両方とも、PEG投与により劇的に低下又は除去される。更に、軸索の封止のしやすさは、広範な軸索内径について等しい(R. Shi、R.B. Borgens、J. Neurocytology、29:633-643 (2000))。
【0131】
本発明者らは、この神経線維膜の漏出のこの阻害は、二次的軸索切断が発生する機会を低下すると仮定した。これは、PEG処置した髄はより完全であり、これらの脊髄の三次元再構築の量的比較において示されるような、未処置のモルモット脊髄におけるものと比較し、より多量の完全な白質、及び減少した病変容積を有するという知見に一致している(B.S. Duerstock、R.B. Borgens、J. Exp. Biol.、205:13 (2002))。
【0132】
要約すると、イヌの急性神経学的に完全な脊髄損傷の臨床症例における親水性ポリマーの静脈内及び局所的投与は、複数の機能的転帰の測定の予想外の迅速な回復を生じる。このような迅速かつ完全な臨床回復は、ステロイド投与、及び減圧手術を含む、神経学的に完全な損傷の通常の臨床/外科的管理に対する反応においては観察されない(J.R. Coatsら、Veterinary Surgery、24:128-139 (1995))。
【0133】
本発明は、図面及び先の説明において詳細に例証されかつ説明されているが、これは例証と見なされるべきであり、特徴を制限せず、単に好ましい態様が示されかつ説明されており、かつ本発明の本質の範囲内のあらゆる変更及び修飾は保護されることが望ましいことは理解されるべきである。加えて本願明細書に引用された全ての参考文献は、当業者のレベルの指標であり、かつそれらの全体が本願明細書に参照として組入れられている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳類患者の神経組織損傷の治療用医薬組成物であって、上記患者の血管系を介しての上記損傷神経組織部位へのデリバリーのために配合された生体膜融着剤の有効量、及び場合により医薬担体を含み、かつ該生体膜融着剤は両親媒性ポリマーである、前記組成物。
【請求項2】
前記両親媒性ポリマーがブロック・コポリマーである、請求項1記載の組成物。
【請求項3】
前記ブロック・コポリマーが、ポリアルキレン・グリコール・ブロック・コポリマー、ポリアルキレン・グリコール・ブロック・コポリマー混合物、並びにポリアルキレン・グリコールとポリアルキレン・グリコール・ブロック・コポリマーとの混合物から成る群から選ばれる、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記ブロック・コポリマーが、ポリメチレン・グリコール、ポリエチレン・グリコール、ポリプロピレン・グリコール、ポリブチレン・グリコール、ポリペンチレン・グリコール、ポリヘキシレン・グリコール、ポリヘプチレン・グリコール、ポリオクチレン・グリコール、ポリノニレン・グリコール、及びポリデシレン・グリコール、並びにそれらの分枝型及び構造異性体から成る群から選ばれる少なくとも1の化合物を含む、請求項2に記載の組成物。
【請求項5】
前記両親媒性ポリマーが、ポリエチレン・グリコール/ポリプロピレン・グリコール・ブロック・コポリマー、並びにポリエチレン・グリコールと、ポリプロピレン・グリコールと、ポリエチレン・グリコール/ポリプロピレン・グリコール・ブロック・コポリマーとの混合物から成る群から選ばれる、請求項1〜4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】
前記両親媒性ポリマーが、ポロキサマー及びポロキサミンから成る群から選ばれる、請求項1〜5のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
前記損傷した神経組織が脊髄組織である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
前記損傷した神経組織が、末梢神経組織である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項9】
前記損傷が、機械的損傷、生化学的損傷、及び/又は虚血性損傷である、請求項1〜8のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項10】
前記虚血性損傷が、脳卒中及び/又は頭部損傷である、請求項9に記載の組成物。
【請求項11】
前記生体膜融着剤の有効量が、前記生体膜融着剤を、静脈内、筋中、皮下、又は腹膜内で、前記患者に、あるいは前記損傷部位の神経鞘付近に、注射するために有効なものである、請求項1〜10のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項12】
前記生体膜融着剤の有効量の投与が、静脈内、筋中、皮下、及び腹膜内注射から成る群から選ばれる技術を用いて、あるいは前記損傷部位の神経鞘付近に前記生体膜融着剤を注射することにより行われる、請求項1〜10のいずれか1項に記載の組成物。

【図1A】
image rotate

【図1B】
image rotate

【図2A】
image rotate

【図2B】
image rotate

【図2C】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6A−D】
image rotate

【図7A−B】
image rotate

【図8A−C】
image rotate

【図9A−D】
image rotate

【図9E】
image rotate

【図10A】
image rotate

【図10B−C】
image rotate

【図11A】
image rotate

【図11B】
image rotate


【公開番号】特開2009−112835(P2009−112835A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−39488(P2009−39488)
【出願日】平成21年2月23日(2009.2.23)
【分割の表示】特願2002−589024(P2002−589024)の分割
【原出願日】平成14年4月24日(2002.4.24)
【出願人】(598063203)パーデュー・リサーチ・ファウンデーション (59)
【氏名又は名称原語表記】PURDUE RESEARCH FOUNDATION
【出願人】(503287546)ザ ユニバーシティー オブ シカゴ (3)
【氏名又は名称原語表記】THE UNIVERSITY OF CHICAGO
【Fターム(参考)】