説明

固体潤滑転がり軸受

【課題】固体潤滑転がり軸受の内部の潤滑状態を長期間にわたって良好に維持し、軸受寿命を延長する。
【解決手段】内外輪1、2間でボール(転動体)を保持する保持器4のポケット4aの一つに、固体潤滑剤のみ、または固体潤滑剤とバインダーとで半球状に形成された2個1組の潤滑部材5を、互いの平面部どうしが対向する姿勢で収納し、これらの各潤滑部材5の平面部どうしの間に、保持器4と係合した状態で各潤滑部材5の球面をそれぞれ内輪転走面1aおよび外輪転走面2aに押し付けて滑り接触させる板ばね6を挿入することにより、各転走面1a、2aに剥離しにくい固体潤滑剤の移着膜がむらなく形成されるようにした。その結果、内輪転走面1aおよび外輪転走面2aとボールとの間の潤滑状態が長期間にわたって良好に維持され、軸受寿命の延長を図ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温条件下で使用される固体潤滑転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
高温条件下で使用される転がり軸受では、一般に、潤滑剤として耐熱性に優れたフッ素グリースが封入されている。しかし、例えば、樹脂フィルム延伸装置内でテンタークリップ用ガイドローラとして使用される転がり軸受等、フッ素グリースでも耐熱性の不足するような高温にさらされる転がり軸受に対しては、通常、フッ素グリースよりも高い耐熱性を有する固体潤滑剤による潤滑が行われる。
【0003】
例えば、特許文献1では、内輪と外輪の間に固体潤滑複合材で形成したボール(以下、「潤滑ボール」という。)を少なくとも一つ組み込むことにより、この潤滑ボールから長期にわたって固体潤滑剤が供給されるようにした固体潤滑転がり軸受が提案されている。
【0004】
また、特許文献2で提案されている固体潤滑転がり軸受は、内外輪間に特許文献1と同様の潤滑ボールを組み込んだうえ、内輪、外輪、転動体のうちの少なくとも一つの部品の表面に固体潤滑皮膜を設けて、潤滑ボールからの固体潤滑剤の供給が少ない回転初期でも良好な潤滑状態が得られるようにしたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−48852号公報
【特許文献2】特開2005−133881号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1、2に記載された固体潤滑転がり軸受では、潤滑ボールが内輪および外輪の転走面上を転がることにより、各転走面に固体潤滑剤の移着膜が形成されて、各転走面と転動体との間が潤滑されるようになっている。
【0007】
しかしながら、潤滑ボールの内外輪の転走面との接触は転がり接触であるため、転走面に形成される固体潤滑剤の移着膜はむらがあり、しかも付着力が弱いので剥離しやすい。このため、各転走面と転動体との間の潤滑状態は必ずしも良好に維持されず、軸受が短寿命となることがある。
【0008】
そこで、本発明は、固体潤滑転がり軸受の内部の潤滑状態を長期間にわたって良好に維持し、軸受寿命を延長することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明は、内輪の外周の転走面と外輪の内周の転走面との間に複数の転動体を配し、前記内輪と外輪の間に、前記各転動体をポケットに収納して転動自在に保持する保持器と、少なくとも表層部の一部が固体潤滑剤で形成された潤滑部材とを組み込んだ固体潤滑転がり軸受において、前記潤滑部材を保持器と係合させ、その固体潤滑剤で形成された部位を前記内輪と外輪の少なくとも一方の転走面に滑り接触させた構成を採用した。ここで、「固体潤滑剤で形成された潤滑部材」とは、「固体潤滑剤のみで形成された潤滑部材」のほか、「固体潤滑剤を含む材料で形成された潤滑部材」も含むものとする。
【0010】
すなわち、潤滑部材を保持器と係合させ、その固体潤滑剤で形成された部位を内輪と外輪(以下、総称して「軌道輪」ともいう。)の転走面に滑り接触させることにより、軌道輪の転走面に剥離しにくい固体潤滑剤の移着膜がむらなく形成され、軌道輪の転走面と転動体との間の潤滑状態を長期間にわたって良好に維持できるようにしたのである。
【0011】
上記の構成においては、前記潤滑部材と保持器との間に、前記保持器と係合した状態で潤滑部材を前記転走面に押し付ける弾性部材を介在させることができる。また、前記転動体がボールであり、前記転走面が断面凹円弧状に形成された玉軸受の場合は、前記潤滑部材の転走面との接触面は球面とすることが好ましい。そして、具体的な構成としては、前記潤滑部材を半球状に形成し、この半球状の潤滑部材を2個1組として互いの平面部どうしが対向するように前記保持器のポケット内に組み込み、これらの各潤滑部材の平面部どうしの間に、前記保持器と係合した状態で各潤滑部材の球面を前記転走面に押し付ける弾性部材を挿入したものを採用することができる。
【0012】
ここで、前記潤滑部材は、固体潤滑剤のみ、または固体潤滑剤とバインダーとの焼結体で形成することができる。その固体潤滑剤としては、二硫化タングステン、二硫化モリブデン、グラファイトのうちの少なくとも一つを含むものを使用することが好ましい。一方、前記バインダーとしては、Fe、Cu、Ni、W、Sn、Co、Crの群から選択される1種の金属または前記各金属の酸化物、窒化物、ホウ化物のうちの少なくとも一つを含むものを使用するとよい。
【0013】
前記内輪、外輪および転動体は、マルテンサイト系ステンレス鋼で形成することが好ましく、そのマルテンサイト系ステンレス鋼としては、JIS規格のSUS440Cを用いることが好ましい。また、前記転動体はセラミックスで形成してもよく、その場合のセラミックスとしては、窒化ケイ素を用いることが好ましい。
【0014】
また、前記内輪と外輪のいずれか一方の軸方向両端部には、内輪と外輪との間の環状空間を塞ぐシール部材を取り付け、固体潤滑剤の摩耗粉の軸受外部への飛散を防止することが望ましい。
【0015】
そして、本発明の固体潤滑転がり軸受は、大気中の250℃以上の環境で使用される転がり軸受、例えば、樹脂フィルム延伸装置内で樹脂フィルムを把持するテンタークリップに取り付けられ、テンタークリップ案内用のガイドレール上を転動するガイドローラとして使用される転がり軸受に対して、特に有効に適用することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、上述したように、固体潤滑転がり軸受の内外の軌道輪間に組み込まれる潤滑部材を、保持器と係合させて軌道輪の転走面に滑り接触させたので、軌道輪の転走面に剥離しにくい固体潤滑剤の移着膜をむらなく形成することができる。従って、軌道輪の転走面と転動体との間の潤滑状態を長期間にわたって良好に維持でき、軸受寿命の延長を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】実施形態の固体潤滑転がり軸受のシールドを除いた正面図
【図2】図1のII−II線に沿った断面図
【図3】図1の潤滑部材組み込み部の拡大正面図
【図4】図1の内輪および外輪を除いた潤滑部材組み込み部の斜視図
【図5】a、bは、それぞれ図1の軸受の耐久性確認実験の結果を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面に基づき、本発明の実施形態を説明する。この固体潤滑転がり軸受は、樹脂フィルム延伸装置内で樹脂フィルムを把持するテンタークリップに取り付けられ、テンタークリップ案内用のガイドレール上を転動するガイドローラとして、大気中の250℃以上の環境で使用されるもので、その基本的な構成は、図1に示すように、内輪1の外周と外輪2の内周にそれぞれ断面凹円弧状の転走面1a、2aを有し、この内輪転走面1aと外輪転走面2aとの間に複数の転動体としてのボール3を配した玉軸受である。
【0019】
そして、図1および図2に示すように、内輪1と外輪2の間には各ボール3をポケット4aに収納して転動自在に保持する保持器4が組み込まれ、この保持器4のポケット4aの一つに、1組2個の半球状の潤滑部材5が弾性部材としての板ばね6を挟んだ状態で組み込まれている。なお、潤滑部材5は2組以上組み込むようにしてもよい。
【0020】
また、図2に示すように、外輪2の軸方向両端部には、内輪1と外輪2との間の環状空間7を塞ぐシールド(シール部材)8が取り付けられ、潤滑部材5を形成する固体潤滑剤の摩耗粉が軸受外部へ飛散しないようになっている。なお、シールドに代えて耐熱性を有するシールを用いることもできる。
【0021】
前記内輪1、外輪2およびボール3は、SUS440Cで形成されているが、その他のマルテンサイト系ステンレス鋼を用いてもよい。また、ボール3は、窒化ケイ素等のセラミックスで形成することもできる。一方、前記保持器4およびシールド8はSUS304で形成されている。
【0022】
前記保持器4は、軸方向に2分割された状態で形成され、ボール3および潤滑部材5をポケット4aに収納した後に一体化されるようになっている(図4参照)。そして、図2乃至図4に示すように、潤滑部材5を組み込む部位には、ポケット4aから軸方向の一側に開口する窓4bが設けられ、その窓4bから2個の潤滑部材5の間へ板ばね6が挿入されている。
【0023】
前記各潤滑部材5は、固体潤滑剤のみ、または固体潤滑剤とバインダーとの焼結体で半球状に形成されている。その寸法は、球面の曲率半径がボール3の半径と同じであり、高さ(球面の頂点から平面部までの長さ)はボール3の半径より若干小さくなっている。そして、2個1組で互いの平面部どうしが対向する姿勢で保持器4のポケット4aに収納され、その平面部どうしの間に挿入された板ばね6に押されて、球面を内輪転走面1aおよび外輪転走面2aに押し付けるようになっている。
【0024】
この潤滑部材5を形成する固体潤滑剤としては、二硫化タングステン、二硫化モリブデン、グラファイトのうちの少なくとも一つを含むものを使用することが好ましいが、ボロンナイトライド、雲母、フッ化黒鉛等を含むものを使用することもできる。また、その固体潤滑剤の配合率は、60〜100vol%、好ましくは80〜100vol%である。そして、潤滑部材5を固体潤滑剤とバインダーとの焼結体で形成する場合、そのバインダーには、Fe、Cu、Ni、W、Sn、Co、Crの群から選択される1種の金属またはこれらの各金属の酸化物、窒化物、ホウ化物のうちの少なくとも一つを含むものを使用する。
【0025】
前記板ばね6は、断面がZ字状に形成され、各潤滑部材5の平面部と面接触する状態で各潤滑部材5を内輪転走面1aおよび外輪転走面2aにそれぞれ押し付けている。また、その幅および高さ寸法は保持器4の窓4bとほぼ同じで、長手方向の一端部を保持器4の窓4bから突出させている。これにより、保持器4軸方向以外の方向への板ばね6の動きが規制され、各潤滑部材5が回転(自転)することなく、内輪転走面1aおよび外輪転走面2aとすべり接触するようになっている。
【0026】
この固体潤滑転がり軸受は、上記の構成であり、固体潤滑剤のみ、または固体潤滑剤とバインダーとで形成された2個1組の潤滑部材5を、保持器4と係合する板ばね6で内輪転走面1aおよび外輪転走面2aにそれぞれ押し付けて滑り接触させているので、各転走面1a、2aに剥離しにくい固体潤滑剤の移着膜がむらなく形成される。その結果、内輪転走面1aおよび外輪転走面2aとボール3との間の潤滑状態が長期間にわたって良好に維持され、従来よりも長寿命となる。
【0027】
次に、上述した実施形態の軸受の耐久性を確認するために行った実験について説明する。実験では、呼び番号608の試験軸受を1種類につき2個ずつ8種類用意した。そのうちの6種類が実施形態の構成を有するもの(実施例1〜6)であり、残りの2種類は実施形態の潤滑部材および板ばねに代えて前述の潤滑ボールを組み込んだもの(比較例1、2)である。なお、比較例1、2の潤滑ボールは、転動体である他のボールよりも20〜40μm程度小径に形成されている。実施例1〜3、5、6は潤滑部材を形成する材料の組成が互いに異なっており、実施例4は実施例3と同じ組成の潤滑部材を用い、ボールを窒化ケイ素で形成したものである。また、比較例1、2の潤滑ボールの組成はそれぞれ実施例1、2と同じである。各試験軸受の潤滑部材の組成を表1に示す。
【0028】
【表1】

【0029】
そして、大気中高温用軸受試験機に同じ種類の試験軸受を2個セットで取り付け、下記の条件で運転して、2個の軸受の回転トルクの合計が一定値(147mN・m)に達するまでの運転時間を測定し、これを軸受寿命とした。各試験軸受の軸受寿命を図5に示す。
(試験条件)
加熱温度 :250℃、400℃(2水準)
アキシアル荷重:196N
回転数 :1000min-1
【0030】
図5(a)、(b)から明らかなように、加熱温度が250℃の場合の各実施例の寿命は各比較例の10倍以上で、400℃の場合はその差がさらに大きくなっており、本発明により固体潤滑転がり軸受の寿命を大幅に延長できることが確認された。
【0031】
なお、本発明は、上述した実施形態のような玉軸受に限らず、円筒ころ軸受等の転がり軸受に適用できる。ころ軸受に適用する場合は、潤滑部材の転走面との接触面を円筒面とするとよい。
【符号の説明】
【0032】
1 内輪
1a 転走面
2 外輪
2a 転走面
3 ボール
4 保持器
4a ポケット
4b 窓
5 潤滑部材
6 板ばね(弾性部材)
7 環状空間
8 シールド(シール部材)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪の外周の転走面と外輪の内周の転走面との間に複数の転動体を配し、前記内輪と外輪の間に、前記各転動体をポケットに収納して転動自在に保持する保持器と、少なくとも表層部の一部が固体潤滑剤で形成された潤滑部材とを組み込んだ固体潤滑転がり軸受において、前記潤滑部材を保持器と係合させ、その固体潤滑剤で形成された部位を前記内輪と外輪の少なくとも一方の転走面に滑り接触させたことを特徴とする固体潤滑転がり軸受。
【請求項2】
前記潤滑部材と保持器との間に、前記保持器と係合した状態で潤滑部材を前記転走面に押し付ける弾性部材を介在させたことを特徴とする請求項1に記載の固体潤滑転がり軸受。
【請求項3】
前記転動体がボールであり、前記転走面が断面凹円弧状に形成された玉軸受であって、前記潤滑部材の転走面との接触面を球面としたことを特徴とする請求項1または2に記載の固体潤滑転がり軸受。
【請求項4】
前記潤滑部材を半球状に形成し、この半球状の潤滑部材を2個1組として互いの平面部どうしが対向するように前記保持器のポケット内に組み込み、これらの各潤滑部材の平面部どうしの間に、前記保持器と係合した状態で各潤滑部材の球面を前記転走面に押し付ける弾性部材を挿入したことを特徴とする請求項3に記載の固体潤滑転がり軸受。
【請求項5】
前記潤滑部材を固体潤滑剤のみ、または固体潤滑剤とバインダーとの焼結体で形成したことを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の固体潤滑転がり軸受。
【請求項6】
前記固体潤滑剤として、二硫化タングステン、二硫化モリブデン、グラファイトのうちの少なくとも一つを含むものを使用したことを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の固体潤滑転がり軸受。
【請求項7】
前記バインダーとして、Fe、Cu、Ni、W、Sn、Co、Crの群から選択される1種の金属または前記各金属の酸化物、窒化物、ホウ化物のうちの少なくとも一つを含むものを使用したことを特徴とする請求項5に記載の固体潤滑転がり軸受。
【請求項8】
前記内輪および外輪をマルテンサイト系ステンレス鋼で形成したことを特徴とする請求項1乃至7のいずれかに記載の固体潤滑転がり軸受。
【請求項9】
前記転動体をマルテンサイト系ステンレス鋼で形成したことを特徴とする請求項1乃至8のいずれかに記載の固体潤滑転がり軸受。
【請求項10】
前記転動体をセラミックスで形成したことを特徴とする請求項1乃至8のいずれかに記載の固体潤滑転がり軸受。
【請求項11】
前記マルテンサイト系ステンレス鋼がJIS規格のSUS440Cであることを特徴とする請求項8または9に記載の固体潤滑転がり軸受。
【請求項12】
前記セラミックスが窒化ケイ素であることを特徴とする請求項10に記載の固体潤滑転がり軸受。
【請求項13】
前記内輪と外輪のいずれか一方の軸方向両端部に、内輪と外輪との間の環状空間を塞ぐシール部材を取り付けたことを特徴とする請求項1乃至12のいずれかに記載の固体潤滑転がり軸受。
【請求項14】
大気中の250℃以上の環境で使用されることを特徴とする請求項1乃至13のいずれかに記載の固体潤滑転がり軸受。
【請求項15】
樹脂フィルム延伸装置内で樹脂フィルムを把持するテンタークリップに取り付けられ、テンタークリップ案内用のガイドレール上を転動するガイドローラとして使用されることを特徴とする請求項1乃至14のいずれかに記載の固体潤滑転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−67860(P2012−67860A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−213941(P2010−213941)
【出願日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】