説明

固体酸化物形燃料電池およびその製造方法

【課題】高い酸素イオン伝導性を有する固体電解質を備えた固体酸化物形燃料電池(SOFC)を提供すること。
【解決手段】本発明により提供される燃料電池(SOFC)10は、燃料極(アノード)12と、空気極(カソード)16と、固体電解質14とを備えており、上記固体電解質14が2軸方向に結晶配向した多結晶体から構成されていることを特徴としている。かかるSOFCは、典型的には、多孔質基材からなる燃料極12と、該燃料極12上に膜状に形成されて該燃料極12に支持された固体電解質14と、該膜状の固体電解質14の表面上に形成された空気極16の層とからなる積層構造を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体酸化物形燃料電池(SOFC)に関し、詳しくは、2軸方向に結晶配向した膜状の固体電解質を備えたSOFCおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固体酸化物形燃料電池(Solid Oxide Fuel Cell:以下、単に「SOFC」ということもある。)は、第三世代型燃料電池とも呼ばれており、他の燃料電池に比べて以下のような利点がある。例えば、SOFCでは作動温度を高くできるため反応促進剤(触媒)が不要であり、ランニングコストの低減となる。また、高温の排出ガス(排熱)を再利用することで、全体の効率(総合効率)を高めることが可能である。さらに、SOFCは出力密度が高いので小型化が可能である。これらのことから、蒸気タービン、ガスタービン等の内燃機関に代わる分散型発電装置として期待されている。
【0003】
SOFCは、その基本構造(単セル)として、酸素イオン伝導体(典型的には酸素イオン伝導性のセラミック体、好ましくは酸素イオン伝導体であることに加え、電子伝導性を兼ね備えた酸素イオン−電子混合伝導体)から成る緻密な固体電解質(例えば緻密膜層)の一方の面に多孔質構造の空気極(カソード)が形成され、他方の面に多孔質構造の燃料極(アノード)が形成(例えば積層)されることにより構成されている。燃料極が形成された側の固体電解質の表面には燃料ガス(典型的にはH(水素))が供給され、空気極が形成された側の固体電解質の表面にはO(酸素)含有ガス(典型的には空気)が供給される。また、このようなガスをSOFCの両電極に供給するために、ガス源とSOFCとを連結して上記各ガスを流通させるガス管がSOFCに接続される。
【0004】
SOFC用の固体電解質としては、化学的安定性および機械的強度の高さから、ジルコニア系材料(例えばイットリア安定化ジルコニア:YSZ)やセリア系材料からなる固体電解質が広く用いられている。かかる固体電解質(層)は、薄くなるほどイオン透過速度が上昇して充放電特性等の電池性能が向上する。このことにより、近年、SOFCの電池性能を向上させるべく固体電解質の薄層化を目的として、燃料極として機能する多孔質基材の表面に固体電解質が薄膜状に形成されてなるアノード支持形SOFCの開発が進められている。
【0005】
SOFC用の燃料極としては、例えばNiOとジルコニアのサーメット、空気極としてはLaCoO、LaMnO等のペロブスカイト構造の酸化物がよく用いられる。これら電解質材料や電極材料等のSOFC構成材料は、SOFCが通常800℃〜1200℃程度の高温域で好適に動作するという温度特性を考慮するとともに、高温での酸化・還元雰囲気における化学耐久性や電気伝導性が高く、さらには相互に熱膨張率が近くなるようにして選択され、電池性能の向上を目的としてより好ましいSOFC構成材料の改良、開発が進められている。
【0006】
この種のアノード支持形SOFCを製造する方法としては、固体電解質(層)を例えばシート成形、押出成形、またはプレス成形等により成形された多孔質基材であって燃料極として機能する多孔質基材を作製し、かかる基材上にスクリーン印刷またはディップコーティング等により(例えばジルコニア系材料からなる)固体電解質(層)を形成して焼成後、さらに固体電解質上に空気極層を形成して焼成する方法が一般的である。このような方法により得られる(製膜される)固体電解質は、複数の結晶方位面が混在したランダムな配向(無配向)の多結晶構造を有する。無配向性あるいは配向性が低い結晶構造は、イオンの伝導経路が長くなるためイオンの伝導は非効率となり得る。したがって、かかる構造を備える固体電解質では、ジルコニア系材料等の固体電解質材料が有し得る酸素イオン伝導性が最大限に発揮されにくく、このため、配向性が高くイオン伝導が効率化され得る結晶構造を備えた固体電解質(層)であってイオン伝導性が向上し得る固体電解質の形成が望まれる。
【0007】
ところで、ペロブスカイト型酸化物からなる多結晶セラミックスにおいて特定の結晶面または結晶軸を配向させることにより、かかる特定の結晶面または結晶軸に依存する特性(結晶方位依存性、例えばイオン伝導性や圧電性等)を向上させる技術、あるいは、そのような特性を備えた結晶配向性のセラミックスについては、例えば特許文献1〜5等により種々提案されている。しかし、かかる技術の適用対象は粉体あるいはバルク体であり、例えば上記固体電解質(層)として好適な数百nm〜数μmの膜厚のセラミック膜の形成には適していない。また、特許文献6には、パルスレーザアブレーション堆積法を採用して、電子伝導性(導電性)セラミック膜を形成する方法が記載されている。しかし、この技術により得られるセラミック膜は、結晶方位が特定されていないため、電子伝導性を大きく向上させ得る結晶方位には配向していない可能性が高く、かかるセラミック膜における電子伝導性は十分には発揮されない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平10−279355号公報
【特許文献2】特開2000−351665号公報
【特許文献3】特開2005−97041号公報
【特許文献4】特開2006−28001号公報
【特許文献5】特開2006−137657号公報
【特許文献6】特開平9−293520号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり、その目的は、高い酸素イオン伝導性を有する固体電解質を備えた固体酸化物形燃料電池(SOFC)を提供することである。また、そのようなSOFCを好適に製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を実現するべく、本発明により提供される燃料電池は、燃料極(アノード)と、空気極(カソード)と、(典型的には膜状の)固体電解質とを備える固体酸化物形燃料電池(SOFC)である。そして、このSOFCは、上記固体電解質が2軸方向に結晶配向した多結晶体から構成されていることを特徴としている。
本発明に係るSOFCでは、固体電解質が2軸方向に配向した(すなわち2軸配向性の)結晶構造を有する多結晶体からなることにより、固体電解質におけるイオン伝導経路が効率化されて該イオン伝導経路としての抵抗が低減されるので、酸素イオンを伝導させ易くなり、酸素イオン伝導性が向上し得る。したがって、本発明に係るSOFCによると、酸素イオン伝導性が向上した固体電解質を備える高性能のSOFCが実現される。
ここで、「結晶配向した」とは、上記固体電解質を構成する多結晶体のうちの全部または一部が、ある特定の結晶面(または結晶軸(方向))を特定の方向に沿わせるように配列(すなわち、配向)していることをいう。
また、「燃料電池(具体的にはSOFC)」は、燃料極と空気極と固体電解質とを構成要素とする単セル、および該単セルを複数備えたいわゆるスタックを包含する用語である。
【0011】
ここで開示される固体酸化物形燃料電池の好ましい一態様では、上記固体電解質は、ジルコニア系酸化物またはセリア系酸化物から構成されている。
かかる構成によると、固体電解質が上記のような無機酸化物からなる多結晶体であって2軸配向性を有する多結晶体から構成されることにより、より一層酸素イオン伝導性が向上した固体電解質を備える高性能のSOFCが実現される。
【0012】
ここで開示される固体酸化物形燃料電池の別の好ましい一態様では、上記固体電解質は、膜厚5μm以下(例えば0.01μm〜5μm)の膜状に形成されている。
かかる構成によると、上記のような膜厚の固体電解質を有することにより、該固体電解質が備える酸素イオン伝導性が十分に発揮された高性能のSOFCが実現される。
【0013】
ここで開示される固体酸化物形燃料電池のより好ましい一態様では、上記燃料極と、該燃料極上に膜状に形成されて上記燃料極に支持された上記固体電解質と、該膜状の固体電解質の表面上に形成された前記空気極の層とからなる積層構造を備えている。
かかる構成のSOFCが、上記のような膜状の固体電解質を含む多層構造を備えたSOFC(いわゆるアノード支持形のSOFC)であることにより、上記2軸配向性の固体電解質膜のイオン伝導性が十分に発揮される。したがって、かかる構成によると、酸素イオン伝導性が向上した固体電解質(膜)を備える高性能のSOFCが実現される。
なお、本明細書中で「固体電解質膜」とは特定の厚みに限定されず、上記SOFCにおいて、少なくとも酸素イオン伝導性を発揮し得る固体電解質として機能する膜状若しくは層状の部分をいう。
【0014】
ここで開示される固体酸化物形燃料電池の好ましい一態様では、上記固体電解質の直流四端子法による酸素イオン伝導度が、(典型的にはSOFCの動作温度域である800℃〜1200℃の温度域下で)少なくとも0.1S/cm(例えば0.1S/cm〜0.3S/cm)である。
かかる構成によると、上記のような酸素イオン伝導度を有することにより、酸素イオン伝導性が向上して実用に優れたSOFCを実現することができる。
【0015】
本発明は、他の側面として、燃料極と、空気極と、固体電解質とを備える焼成体からなる固体酸化物形燃料電池(SOFC)を製造する方法を提供する。かかるSOFCの製造方法は、以下の工程を包含する。すなわち、(1)燃料極として機能する多孔質基材であって少なくとも表面の一部が緻密化した多孔質基材(典型的にはプレート(板)状基材の少なくとも一方の平面部分が緻密化されたもの)を用意すること、(2)上記多孔質基材における緻密化された側の表面上に固体電解質を2軸方向に結晶配向させた状態で膜状に形成すること、および(3)上記固体電解質上に空気極を積層させて形成すること、を包含する。
本発明に係るSOFCの製造方法は、多孔質基材の表面上に上記2軸配向性の結晶構造を有する固体電解質(膜)を形成させることを特徴とするSOFCを製造する方法である。かかる製造方法によると、燃料極として機能する多孔質基材上に固体電解質膜と空気極層とを備えた積層構造を有するSOFC(すなわちアノード支持形SOFC)を好ましく製造することができる。
【0016】
ここで開示される固体酸化物形燃料電池の製造方法の好ましい一態様では、上記多孔質基材の上記緻密化した表面は、室温より高温で且つ上記焼成体を得るために設定される焼成温度域(例えば500℃〜1500℃)以下で揮発する樹脂材料を用いて被覆されている。
かかる構成の製造方法では、上記多孔質基材の一好適例として、上記のような樹脂材料を用いて被覆されることにより緻密化された表面を備えた多孔質基材を用意する。このように被覆されて緻密化された表面を備える多孔質基材を用いることにより、上記被覆面に2軸配向性を有する固体電解質を好ましく形成させることができるとともに、上記多孔質基材(燃料極)と固体電解質と空気極とからなる積層体を焼成する際に上記樹脂材料を焼き飛ばすことができる。したがって、かかる構成の製造方法によると、多孔質基材上に2軸配向性の固体電解質を備えてなるSOFCの製造をより好ましく実現することができる。
【0017】
ここで開示される固体酸化物形燃料電池の製造方法のより好ましい一態様では、イオンビームを使用した蒸着法を用いることにより、上記結晶配向した膜状の固体電解質を形成する。
かかる構成の製造方法を用いることにより、無配向性または1軸配向性の固体電解質に比べて酸素イオン伝導性が向上し得る2軸配向性の固体電解質を好ましく形成することができる。したがって、かかる構成の製造方法によると、酸素イオン伝導性が向上した固体電解質を備えてなるSOFCを好ましく製造することができる。
【0018】
上記イオンビームを使用した蒸着法により固体電解質を形成するSOFCの製造方法においてより好ましい一態様では、上記多孔質基材の上記緻密化された側の表面に上記膜状の固体電解質を形成する際に、該表面に対して45°以上65°以下の範囲の入射角度で上記イオンビームを照射することにより上記固体電解質を結晶配向させる。
かかる構成の製造方法によると、上記のような入射角度でイオンビームを照射することにより、酸素イオン伝導性により優れる結晶配向性を有する固体電解質を好ましく形成することができる。したがって、かかる構成の製造方法によると、酸素イオン伝導性に優れる固体電解質を備えたSOFCを製造することができる。
【0019】
ここで開示される固体酸化物形燃料電池の製造方法の別の好ましい一態様では、上記結晶配向した膜状の固体電解質を、室温条件下で形成する。
かかる構成の製造方法では、室温(典型的には常温とされる温度領域をいい、例えば25℃±15℃であり得る。)条件下で上記固体電解質を形成できるので加熱処理を要さず経済的であり、また、例えば多孔質基材表面が高温下で揮発し得る樹脂材料で被覆されている場合でも、上記樹脂材料が変質したり揮発したりすることなく好ましい結晶配向性を有する固体電解質を形成することができる。したがって、かかる構成の製造方法によると、イオン伝導性に優れる固体電解質が経済的に且つ良好に形成されてなるSOFCを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】イオンビームを用いた蒸着法により固体電解質を形成する方法を概念的に示す図である。
【図2】ここで開示される固体酸化物形燃料電池の一好適例であるアノード支持形SOFCの一形態を模式的に示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事項であって本発明の実施に必要な事柄(ターゲット作製時の原料粉末の混合方法や成形方法、または成形体の焼成方法)は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。なお、本発明の技術的範囲の説明において「〜」を使用した数値範囲は、当該「〜」の左右の数値を包含する範囲である(すなわち数値範囲「A〜B」は、A以上B以下をいう。)。
【0022】
本発明により提供される固体酸化物形燃料電池(SOFC)は、燃料極と、空気極と、固体電解質とを備えており、かかる固体電解質が、2軸方向に結晶配向した多結晶体から構成されていることによって特徴づけられるものであり、本発明を特徴づけない他の構成要素によって限定されない。したがって、上記目的を達成し得る限りにおいて、その他の構成成分の内容や組成については、種々の基準に照らして任意に決定することができる。
【0023】
ここで開示されるSOFCが備える固体電解質は、2軸方向に結晶配向した多結晶体から構成されており、典型的には薄膜体として該SOFCに備えられる。かかる固体電解質を構成する材料としては、ジルコニア系酸化物やセリア系酸化物を好ましく挙げることができる。ジルコニア系酸化物とは、主成分のジルコニア(酸化ジルコニウム;ZrO)に別の金属元素(典型的には金属酸化物)が添加(固溶)されてなる酸化物セラミックスをいう。このような酸化物セラミックスとしては、例えばイットリア(Y)を安定化剤として添加することで安定化(部分安定化を含む。)させたジルコニア(イットリア安定化ジルコニア;YSZ)、カルシア(CaO)が添加された安定化ジルコニア(カルシア安定化ジルコニア;CSZ)、スカンジア(Sc)が添加された安定化ジルコニア(スカンジア安定化ジルコニア;ScSZ)等の種々の安定化ジルコニアが挙げられる。
また、セリア系酸化物とは、主成分のセリア(酸化セリウム;CeO)に別の金属元素(典型的には金属酸化物)が添加(固溶)されてなる酸化物セラミックスをいう。このような酸化物セラミックスとしては、例えばイットリウム(Y)、サマリウム(Sm)、ガドリニウム(Gd)あるいはネオジム(Nd)等の金属酸化物がセリアに添加されてなる複合酸化物が挙げられる。
【0024】
かかる固体電解質は、上記ジルコニア系酸化物やセリア系酸化物の多結晶体から構成されており、各結晶体における2つの結晶軸(または2つの結晶面)がそれぞれ特定の方向に揃うように配向している。かかる固体電解質の一例としては、該固体電解質を構成する結晶体の結晶構造における方位(方向)をミラー指数の方位指数を用いて表現すると、上記ジルコニア系酸化物の多結晶体から構成される固体電解質(膜)であって該結晶体のうちのほぼ全ての結晶構造の<100>方向が燃料極(すなわち該固体電解質を支持する基材)の表面に対して垂直方向に揃うように配向し、且つ<010>方向が互いに平行に揃うように配向した固体電解質である。
このような結晶配向性を有する固体電解質では、該固体電解質の酸素イオン伝導経路が効率化されて該酸素イオン伝導経路としての抵抗が低減されるので、対象とする酸素イオンを伝導させ易くなる。この結果、無配向、1軸配向、2軸配向の順に固体電解質のイオン伝導性が向上し得る。
例えば、上記のような2軸方向への結晶配向性を有する固体電解質は、直流四端子法による酸素イオン伝導度として、(典型的にはSOFCの動作温度域である800℃〜1200℃の温度域下で)少なくとも0.1S/cm(好ましくは0.1S/cm〜0.3S/cm、より好ましくは0.1S/cm〜0.2S/cm、例えば0.15S/cm〜0.02S/cm)を有し得る。これに対して、例えばスクリーン印刷等の従来の製膜方法により形成された無配向性の固体電解質、あるいは後述のPLD法により形成された1軸配向性の固体電解質では、これらの酸素イオン伝導度は0.1S/cm未満となり得る。
したがって、2軸方向に結晶配向した上記固体電解質は、無配向および1軸配向の固体電解質よりもより一層高い酸素イオン伝導性を有し得るので、優れた酸素イオン伝導性を供する高性能のSOFCを実現することができ、好適である。
【0025】
上記のような結晶配向性を有する固体電解質を適用可能なSOFCの一典型例として、燃料極と、該燃料極を支持基材として該燃料極上に形成された上記膜状の固体電解質と、該固体電解質膜上に形成された空気極の層とからなる積層構造を備えた構成のアノード支持形SOFCを挙げることができる。以下、特に限定することを意図しないが、ここで開示されるSOFCおよび該SOFCの製造方法について、アノード支持形SOFCを例として図1および図2を参照しつつ詳細に説明する。図1は、イオンビームを用いた蒸着法により固体電解質を形成する方法を概念的に示す図である。図2は、ここで開示されるSOFCの一好適例であるアノード支持形SOFC10の一形態を模式的に示す断面図である。なお、かかる図面においては、同じ作用を奏する部材・部位には同じ符号を付すが、各図における寸法関係(長さ、幅、厚さ等)は実際の寸法関係を反映するものではない。
【0026】
ここで開示されるアノード支持形SOFCは、該SOFCの一形態を模式的に示す図2に示されるように、燃料極12と、該燃料極12の少なくとも一部の表面13上に形成された(膜状の)固体電解質14と、該固体電解質14の表面上に形成された空気極16とを備えている。そして、かかる燃料極12を支持体(基材)として該燃料極12上に膜状の固体電解質(以下、単に「固体電解質膜」ということもある。)14、その上に空気極16の層(典型的には膜体)が形成されてなる積層体を基本構成要素として備えることにより上記アノード支持形SOFC10が構築されている。
【0027】
ここで開示されるアノード支持形SOFCの燃料極は、一般的なSOFCと同様に、還元雰囲気でも高耐久性であり、ガスを効率よく透過可能な多孔質材料から構成されることが好ましい。例えば、ニッケル(Ni)とイットリア安定化ジルコニア(YSZ)のサーメット(金属とセラミックスの複合材料)、Niとスカンジア安定化ジルコニア(ScSZ)のサーメット、あるいはルテニウム(Ru)とYSZのサーメット等の多孔質体を好適に用いることができる。
かかる燃料極の気孔率としては、一般的なSOFCに用いられる燃料極の気孔率と同程度でよく、特に限定されないが、例えば水銀圧入法に基づく気孔率として、凡そ70体積%以下(典型的には凡そ20体積%〜60体積%)が適当であり、好ましくは50体積%以下(典型的には30体積%〜50体積%)である。また、かかる燃料極の平均細孔径(水銀圧入法に基づく)としては、例えば10μm以下(典型的には0.1μm〜5μm)が好ましい。
かかる燃料極の形状としては、プレート(板)状、シート状、もしくは燃料ガスを燃料極内を流通させるための中空部(ガス流路)を備えた中空箱型状、または中空扁平状(フラットチューブラ−状)等、特に制限されないが、少なくとも該燃料極12の表面のうち少なくとも上記結晶配向性を有する固体電解質が形成(製膜)される部分が平坦面を有しているものが適当である。本実施形態の燃料極は、図2に示されるように、燃料極12内部に燃料ガスを流通させるための中空部(ガス流路15)を有する中空箱型形状を有しており、燃料ガスの流入口または排出口が形成されていない外側表面であって互いに対向する一対の表面(のほぼ全面)に固体電解質14の形成面13が設けられている。燃料極12の厚み(燃料極における供給された燃料ガスの接触(供給)面から(典型的には反対側の)固体電解質14側の表面までの距離)としては、特に限定されず、上記固体電解質14の膜厚やSOFC10全体のサイズを考慮して適宜設定される。例えば0.1mm〜20mmが適当であり、好ましくは0.2mm〜10mmであり、より好ましくは0.3mm〜5mmである。
【0028】
上記のような燃料極として機能し得る多孔質基材を作製する方法は、一般的なアノード支持形SOFCの燃料極の作製方法と同様でよい。例えば、まず所定のサーメット材料(例えば平均粒径0.1μm〜10μm程度のYSZ粉末、平均粒径1μm〜10μm程度のNiO粉末、バインダー、分散剤、溶媒等)からなるスラリー状の燃料極用成形材料を調製する。次いで、かかる成形材料を用いて、例えば押出成形等により上記のような形状の燃料極成形体を作製する。次いで、かかる成形体を所定条件で乾燥させた後、例えば1200℃〜1400℃の焼成温度で大気中で焼成することにより、上記多孔質基材を作製ことができる。
【0029】
このようにして得られた多孔質基材からなる燃料極において、その表面に結晶配向した固体電解質を好ましく形成するために、該固体電解質を形成する部分の表面が緻密化されていることが好ましい。かかる表面部分を緻密化する方法の一好適例として、例えば樹脂材料を用いて表面を被覆(コーティング)して上記表面近傍に存在する細孔内を充填することにより上記表面を平坦に緻密化することが挙げられる。この方法で用いられる表面被覆用の樹脂材料としては、室温(典型的には常温とされる温度領域をいい、例えば25℃±15℃であり得る。)より高温(好ましくは80℃以上、より好ましくは100℃以上)で、且つSOFCを構築するために設定される焼成温度(すなわち燃料極上に未焼成の固体電解質膜と空気極層とが積層されてなる積層体、または未焼成の固体電解質膜が燃料極上に積層されてなる積層体を焼成して焼成体を得るために設定される焼成温度)以下(例えば500℃〜1500℃、好ましくは500℃〜1000℃、より好ましくは700℃〜900℃)の温度領域で揮発する樹脂材料を用いることが好ましい。また、室温条件下で容易に乾燥、硬化するとともに、変質や溶解せずに安定的に被覆状態を維持し得る樹脂材料であることが好ましい。さらに、上記多孔質な燃料極の細孔内に充填し易い粘度に調製され得る樹脂材料であることが好ましい。このような条件を満たす表面被覆用として好適に用いられ得る樹脂材料を特に制限なく用いることができる。かかる樹脂材料として、例えばフェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂等が挙げられる。このような樹脂材料を用いることにより、固体電解質を形成する際には上記燃料極表面を安定的に被覆するので、固体電解質が良好に結晶配向されて形成されるとともに、固体電解質を焼成する際に上記樹脂材料が焼き飛ぶ(揮発する)ので製造されたSOFCには該樹脂材料は残存せず、多孔質な燃料極上に直接結晶配向した固体電解質が好ましく形成されることとなる。
上記のような樹脂材料を用いて燃料極の表面を被覆して緻密化する方法としては、一般的な表面コーティング方法を好ましく採用することができ、例えば上記樹脂材料(典型的には溶剤等で希釈されて所定の粘度に調製されているもの)に被覆対象の表面部分を浸す(ディッピング)か、あるいは該材料を上記表面部分にスプレーガンや霧吹き等で噴霧、または刷毛塗りで塗布すればよい。
以上のように固体電解質を形成する表面部分が緻密化した多孔質基材であって燃料極として機能する多孔質基材を得ることができる。
【0030】
次に、上記燃料極における緻密化した表面部分の上に固体電解質を2軸方向に結晶配向させた状態で膜状に形成する。
結晶配向性を有する固体電解質膜は、物理気相蒸着(PVD)法を用いることにより上記緻密化された表面上に形成することができる。PVD法は、熱、レーザ光、電子ビームなどによる物理的作用(熱源)を利用して膜原料である固体物質を蒸気化し、基材上に堆積させて薄膜を形成する方法であり、かかるPVD法は、膜原料の気化方法によりスパッタ系と蒸発系に大別される。スパッタ系のPVD法は、高エネルギーの原子、イオン、プラズマ、あるいはレーザ光をターゲットに衝突させて(スパッタさせて)膜原料物質の原子や分子を基材表面に堆積させる方法である。上記固体電解質膜の形成(製膜)方法として好適なスパッタ系PVD法としては、例えばパルスレーザアブレーション堆積(PLD)法、イオンビームスパッタ法、マグネトロン法等が挙げられる。このようなPVD法の一つであるPLD法は、パルスレーザアブレーション法、もしくはパルスレーザ堆積法と呼ばれることもある。PLD法ではターゲットにパルスレーザを照射することにより、順次ターゲット材料からそれぞれ蒸気(典型的にはパルスレーザ照射によりターゲットから発生した分子、原子、イオン、ナノまたはミクロンサイズの微小粒子(クラスター)等をいう。)を発生させ、この蒸気を一定の温度に保持した基材上に堆積させてターゲット材料成分を含む薄膜を結晶配向(例えば1軸配向)させた状態で形成することができる。また、イオンビームスパッタ法は、イオン源で発生させたArなどの高速なイオンビームをターゲットに照射して、イオンの衝突によりターゲットの元素を弾き出し、基材上に堆積させる方法である。成膜速度は遅いものの、高真空中で比較的高純度の薄膜を得ることができる。またイオン源が独立しているので、スパッタ条件の制御が容易あり、上記固体電解質の製膜方法として好ましく用いることができる。
【0031】
一方、蒸発系のPVD法は、薄膜原料物質を加熱して蒸発させ、蒸発温度より低い温度の基板表面で凝結、固化させ薄膜にする方法である。かかる蒸発系PVD方法の最も基本的なものは真空蒸着法である。薄膜原料物質を蒸発する程度に加熱する加熱方式としては複数種類の方式があり、例えばタングステンフィラメントからなるヒータにより直接加熱する抵抗加熱法や、加熱した電子を照射して薄膜原料物質を溶融させる電子ビーム加熱法(電子ビーム法)が挙げられる。電子ビーム法は抵抗加熱に比べて不純物が混入しにくく、高融点の無機酸化物(例えばペロブスカイト型酸化物)でも加熱可能であるので、上記固体電解質の製膜方法としてより好ましい。また上記以外にもレーザによる加熱(レーザー法)、あるいはホローカソード放電を用いた方法等も好ましく挙げられる。
【0032】
ここで開示される固体電解質膜の製膜方法として特に好ましい方法として、イオンビームを用いた蒸着法が挙げられる。例えばイオンビームアシストデポジッション(Ion beam Assisted deposition;IBAD)法が好ましく採用される。この方法は、例えば真空蒸着法、イオンビームスパッタ法、あるいはPLD法等の蒸着法(典型的には物理蒸着(PVD)法)とイオン注入法を組み合わせた複合技術の一種である。この方法では、上記蒸着法による蒸着により薄膜原料物質を基材上に堆積している際に、イオン銃でガスイオン(例えば不活性ガス)を基材に向けて照射し(すなわちイオンビームを照射し)、該基材表面に到達した薄膜原料物質の分子を上記加速されたガスイオンと衝突させることにより(上記分子の一部はスパッタにより真空中に放出されるが、一部はガスイオンとの弾性衝突によりエネルギーを受けとることにより)上記分子を基材へノックオン(侵入)させて、該侵入した薄膜原料物質の分子をアンカーとして上記薄膜原料物質からなる蒸着膜を結晶配向させた状態で形成し得る。
かかる方法によれば、例えば上記PLD法単独で形成させた固体電解質膜よりもさらに結晶配向性が向上した固体電解質膜(典型的には2軸配向性の固体電解質膜)の形成を実現できる。
【0033】
以下、上記固体電解質膜の製膜方法について、PLD法による蒸着を採用したIBAD法を用いる場合を例として図1を参照しつつ説明する。
図1に模式的に示されるように、上記固体電解質膜14を形成するために使用され得る蒸着源(ターゲット22)として、例えば電子ビームやパルスレーザを照射して蒸発可能な固体電解質膜原料(典型的には固体電解質膜を構成する酸素イオン伝導性セラミック材料、すなわち上述のジルコニア系酸化物またはセリア系酸化物)からなる固形物を好ましく用いることができる。かかるターゲット22は、例えば、上記固体電解質膜14に含まれる金属元素を含む金属化合物、例えば主成分のZrOまたはCeOと、添加物としての金属元素(例えばY、Ca、Sc、Sm、Gd、Nd等の金属元素であり、典型的には該金属元素の酸化物、炭酸塩、硫酸塩、リン酸塩、シュウ酸塩、ハロゲン化物、水酸化物等の金属化合物であって加熱により酸化物となり得る金属化合物)を適当な配合比で混合して出発原料を調製し、該出発原料を所定形状に成形し、その後焼成することにより得られる焼結体を好ましく用いることができる。上記各金属化合物の配合比については、レーザ照射により蒸気化した上記ターゲット成分23が燃料極12上に堆積したときに上記固体電解質膜14が目標とする組成比となるように決定される。なお、例えば3〜8mol%YSZ粉末等の市販品を用いてターゲットを作製してもよい。また、上記ジルコニア系酸化物またはセリア系酸化物からなるターゲット22を得る際の焼成温度としては、1000℃〜1600℃が適当である。
【0034】
上記ターゲット22の大きさは、特に制限されないが、一般的な蒸着装置(IBAD装置)に好適に使用されるためには、直径が1mm〜1000mm程度、特に100mm〜500mmで、厚さが0.5mm〜10mm、特に2mm〜5mm程度の円盤状であることが好ましい。
【0035】
また、ターゲット22の表面粗さ(Ra値)は、好ましくは100μm以下であり、より好ましくは1nm〜50μm程度、さらに好ましくは1nm〜10μm程度、特に1nm〜5μm程度のRaのターゲット22を好適に使用することができる。また、表面粗さの最大値(Rmax値)は、好ましくは100μm以下であり、より好ましくは1nm〜50μm、さらに好ましくは1nm〜10μmである。
【0036】
上記ターゲット22に照射するパルスレーザ24としては、ターゲット22に照射してターゲット22から固体電解質膜の蒸気(すなわち上記ターゲット成分23、典型的には微小クラスター)を発生可能なパワーを有するレーザであって、前記所定範囲の周波数を有するものであれば、特に制限なく、その用途に応じて適宜選択して使用することができる。例えば、ナノ秒パルスレーザが挙げられ、このうち、KrFレーザ、ArFレーザ、XeClレーザ等のエキシマレーザ、YAGレーザ、あるいはルビーレーザが好適である。
【0037】
パルスレーザ24の周波数は、概ね500Hz以下の範囲内であることが好ましい。より好ましくは1Hz〜100Hz、さらに好ましくは1Hz〜80Hz、特に好ましくは1Hz〜50Hzである。照射エネルギー(エネルギー密度)は、特に限定されないが、一般的なIBAD法(あるいはPLD法等のスパッタ系の蒸着法)において用いられている範囲が好適である。例えば、100mJ/cm〜2000mJ/cmが適当であり、好ましくは500mJ/cm〜1500mJ/cm、より好ましくは800mJ/cm〜1200mJ/cm、例えば1000mJ/cm±100mJ/cmである。しかしながら、より高いエネルギーを使用可能な装置であれば、さらに高いエネルギーを用いることができる。
【0038】
パルスレーザ24の照射時間は、所望の固体電解質膜14の厚さ、パルスレーザ24の照射回数や周波数等によって適宜選択することができる。例えば、1秒間〜30000秒間、好ましくは10秒間〜10000秒間、より好ましくは50秒間〜5000秒間、さらに好ましくは100秒間〜3000秒間である。
なお、ここではPLD法による蒸着を例としているため、ターゲット22から固体電解質膜の蒸気を発生させる手段として上記パルスレーザ24を用いている。ここで、上記パルスレーザ24を用いる以外に、例えば、電子銃を用いて所定エネルギー(例えば10W〜1000W)の電子ビームをターゲットに照射してもよい。あるいは、イオンビームスパッタ法による蒸着を採用する場合には、イオン銃を用いて所定エネルギーのイオンビームをターゲットに照射してもよい。
【0039】
また、上記固体電解質膜14を燃料極(多孔質基材)12に形成させる際に、膜形成をアシストするために上記燃料極表面(蒸着面)に向けて照射されるイオンビーム26のイオン源としては、窒素(N)、ヘリウム(He)、アルゴン(Ar)、ネオン(Ne)、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)等の不活性ガスが好ましく挙げられる。より好ましくはArガスである。かかる不活性ガスは(典型的にはIBAD装置内のイオン装置(イオン発生装置)により)イオン化されて、例えばNガス、Heガス、またはArガス等のイオンガス27として上記燃料極12表面に照射される。このとき、かかるイオン化された不活性ガス(不活性ガスイオン)に対して0体積%〜20体積%程度の酸素ガスイオン(Oイオン)を混合してもよい。あるいは、上記イオン化された不活性ガスは、燃料極12表面に到達する前により多くの電子を付与されて中性のNガス、Heガス、またはArガスとして上記燃料極12表面に照射される。上記イオンガス27の照射エネルギーとしては、例えば、100eV〜2000eVが適当であり、好ましくは100eV〜1000eV、より好ましくは200eV〜600eV、例えば400eV±100eVである。
また、上記イオンガス27を照射する角度(入射角度)θとしては、上記固体電解質膜14が結晶配向した状態で上記燃料極12上に好ましく形成される限りにおいて特に限定されないが、例えば上記燃料極12表面との角度が30°≦θ≦70°の範囲内にあることが適当であり、好ましくは45°≦θ≦65°であり、より好ましくは50°≦θ≦60°である。ここで、例えば分子軌道法による理論計算に基づく分子モデル等においても、上記入射角度θは55°程度が最適となり得る。このような角度範囲で上記イオンガス27が照射されることにより、結晶配向性が向上してより酸素イオン伝導度のより高い固体電解質膜14を形成することができる。
【0040】
上記固体電解質膜14の製膜雰囲気としては、約1×10−6Pa〜約1Paであることが好ましく、より好ましくは1×10−5Pa〜1×10−1Pa、さらに好ましくは1×10−4Pa〜5×10−2Pa、特に好ましくは2×10−4Pa〜1×10−2Paであるような低圧(真空)雰囲気である。また、このときの雰囲気ガスは、特に限定されない。例えば、酸素ガスや大気等の酸化性ガス、または窒素(N)ガス、ヘリウム(He)ガスやアルゴン(Ar)ガス等の不活性ガスであってもよい。このうち、Arガスに1〜50体積%の酸素ガスを混合した混合ガスが好ましい。
【0041】
ここで、上記ジルコニア系酸化物またはセリア系酸化物からなるターゲット22から蒸発した固体電解質膜の蒸気(すなわちターゲット成分23)を堆積させる際の燃料極12の温度(典型的には、固体電解質膜14を形成するために燃料極12が収容されているIBAD装置におけるチャンバー内の温度は、室温(典型的には常温とされる温度領域をいい、例えば25℃±15℃であり得る。)でよい。室温条件下にある燃料極12上に固体電解質膜14が形成されることにより、膜形成に加熱処理が不要であるため経済的であるとともに、上記緻密化処理によって燃料極12の表面に付与された樹脂材料が変質したり揮発したりすることなく該表面を被覆した状態を安定的に維持できるので、結晶配向した固体電解質膜14を良好に形成することができる。
【0042】
このように得られた燃料極12と未焼成状態の固体電解質膜14の積層体は、例えば500℃〜1000℃(好ましくは600℃〜900℃、より好ましくは700℃〜900℃)の焼成温度で大気中で焼成される。このようにして、上記固体電解質膜14を焼成するとともに、上記燃料極12における該固体電解質膜14の形成面13を被覆して緻密化している樹脂材料を焼き飛ばし、燃料極12上に固体電解質膜14が形成された焼成体を得ることができる。
焼成後に得られた固体電解質膜14の厚さについては、固体電解質膜14の緻密性が維持される程度に厚くする一方、またSOFCとして好ましい酸素イオン伝導度を供し得る程度に薄くなるように、両者をバランスさせて厚さ寸法を設定されることが好ましい。例えば、かかる厚さ(膜厚)として、5μm以下が適当であり、好ましくは0.01μm〜5μmが適当であり、より好ましくは0.01μm〜1μmであり、さらに好ましくは0.1μm〜0.5μmであり、例えば0.2μm±0.1μmである。したがって、上記燃料極12上に固体電解質膜14を製膜する際には、かかる固体電解質膜14が焼成後に上記のような膜厚となるように、焼成による収縮分を考慮して蒸着(製膜)することが好ましい。
【0043】
以上のようにして、結晶配向性、特に2軸方向への結晶配向性を有する固体電解質膜を燃料極上に好ましく形成することができる。
【0044】
次いで、上記のようにして形成された固体電解質の表面上に空気極を積層する。
ここで開示されるアノード支持形SOFCが備える空気極は、一般的なSOFCと同様に、酸化雰囲気でも高耐久性の材料から構成されることが好ましい。例えば、ランタンコバルテート(LaCoO)系、ランタンマンガネート(LaMnO)系、ランタンフェライト(LaFeO)系、またはランタンニッケラート(LaNiO)系のペロブスカイト型酸化物、あるいはサマリウムコバルテート(SmCoO)系ペロブスカイト型酸化物等の多孔質体から構成されることが好ましい。
また、空気極の作製(積層)方法としては、一般的なアノード支持形SOFCの空気極の作製方法と同様でよい。例えば、空気極として好適な材料、例えば平均粒径1μm〜10μm程度のLaSrO粉末、バインダー、分散剤、溶媒等からなるスラリー状の空気極用の成形材料を調製する。この空気極用成形材料を上記得られた焼成後の固体電解質膜の表面に膜厚100μm以下(典型的には1μm〜100μm、好ましくは10μm〜100μm、例えば10μm〜50μm)で印刷成形することにより未焼成の空気極層(を形成する。これを乾燥後、例えば1000℃〜1200℃の焼成温度で大気中で焼成する。このようにして、上記固体電解質膜上に多孔質な空気極(層)が形成される。かかる空気極層の気孔率(水銀圧入法による)としては、凡そ20体積%〜60体積%が適当であり、好ましくは50体積%以下(典型的には30体積%〜50体積%)である。また、かかる空気極の平均細孔径(水銀圧入法に基づく)としては、例えば10μm以下(典型的には0.1μm〜5μm)が好ましい。
以上のようにして、燃料極、結晶配向性の固体電解質膜、および空気極からなる積層構造を備えたアノード支持形SOFC(単セル)が製造される。
なお、上記説明においては、上記燃料極上に製膜した固体電解質膜を焼成により形成させた後、空気極層を上記焼成後の固体電解質膜の上に積層し、再び焼成することによって上記SOFCを製造したが、例えば未焼成状態の固体電解質膜上に空気極層を積層し、上記固体電解質膜と空気極層とを一度の焼成で同時に形成させてSOFCを製造することもあり得る。このような場合の焼成温度としては、固体電解質膜の結晶配向性を維持しつつ好適な空気極層を形成可能な温度であることが好ましく、例えば900℃〜1500℃が適当であり、好ましくは1000℃〜1300℃である。
【0045】
このようにして得られるSOFCは、図2に示されるように、ジルコニア系酸化物またはセリア系酸化物から構成される絶縁性の多孔質基材であって燃料ガスを流通させるガス流路15を備えた中空箱型形状の燃料極12と、該燃料極12の外側表面における緻密化された表面部分(固体電解質の形成面)13上に積層された固体電解質膜14と、該固体電解質膜14上に積層された多孔質な空気極16の層とから構成されるアノード支持形SOFC10(すなわち、燃料極12の2つの表面にそれぞれ1組の単セルが構築されて計2組の単セルを備えるスタック)である。かかるSOFC10に供給される燃料ガスは、典型的には上記ガス流路15に直結するように上記燃料極12と連結されているガス管(図示せず)から上記ガス流路15に供給される。供給された該燃料ガスは、その一部は多孔質な燃料極12内を透過(拡散)してSOFC10における充放電に寄与するとともに、残りはガス流路15を通って燃料極12から排出される。また、空気極16に供給される空気は、上記空気極16に接触するように供給される。なお、図2に示されたSOFC10は、上記燃料極12の対向する一対の外側表面の両方にそれぞれ1組ずつの単セルを備えたスタックとして構成されているが、ここで開示されるSOFCとしては、1つの外側表面のみに固体電解質膜と空気極層とが形成されて1組の単セルが構築されている構成のSOFCであってもよい。
【0046】
以下、本発明に関する実施例を説明するが、本発明を以下の実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0047】
<例1:燃料極の作製>
8mol%イットリア安定化ジルコニア(YSZ)粉末(平均粒径:約1μm)および酸化ニッケル(NiO)粉末を6:4の質量比で混合した混合粉末に一般的なバインダー(ここではポリビニルアルコール(PVA)を使用した。)、および溶媒(ここでは水)を添加して混練した。次いで、この混練物(スラリーまたはペースト状の燃料極用成形材料)を用いてプレス成形を行い、直径約20mm×厚み3mm程度の円盤形状の燃料極成形体を得た。これを1400℃の焼成温度で焼成することにより、燃料極として機能するNiO−YSZ多孔質基材を作製した。
次いで、表面コーティング用の樹脂材料として、フェノール樹脂(住友ベークライト株式会社製PRシリーズ)を用意し、エタノール(または水)で所定濃度に希釈したものを用いた。この樹脂材料を上記燃料極の一方の表面に塗布して乾燥することにより、該表面を被覆して緻密化した。
【0048】
<例2:固体電解質膜の形成>
次いで、8mol%YSZ(以下、単に「8YSZ」ということもある。)からなるターゲットを用意した。かかるターゲットは以下のようにして作製した。すなわち、8YSZ粉末(平均粒径:約0.5μm)を用意し、これにバインダーを添加してターゲット用成形材料を調製した。該バインダーはターゲット用成形材料全体の0.5wt%となるように添加した。この調製されたターゲット用成形材料を100MPaのプレス成形によって直径35mm、厚さ5mmの円盤形状に成形した。この成形体を1400℃の焼成温度で6時間焼成し、得られた焼成体を研磨処理することによりターゲットを作製した。
次に、上記一方の表面が緻密化した多孔質基材(燃料極)および上記ターゲットをIBAD装置における所定位置にセットし、パルスレーザをターゲットに照射した。これにより蒸気化したターゲット成分を上記多孔質基材における緻密な表面上に堆積(蒸着)させて、8YSZからなる固体電解質膜を上記多孔質基材上に形成した。パルスレーザとしては、波長248nm、パルス幅30nsのKrFレーザを用いた。また、当該レーザのパルスエネルギーは、450mJ/パルス、およびその周波数は30Hzであった。製膜条件は、0.01PaのAr雰囲気下で、エネルギー密度0.8J/cmで上記レーザを20分間ターゲットに照射した。また、固体電解質膜の形成をアシストするために、Arイオンを300Vの電圧で加速して5mA/cmのイオン電流密度で、上記多孔質基材の緻密化された表面に対して45°〜65°の傾斜角度(図1における角度θ)で照射した(入射させた)。このときの上記多孔質基材の温度を室温〜400℃の温度域内で適宜設定した。以上のようにして、膜厚約0.2μmの(IBAD法による)固体電解質膜を上記多孔質基材上に形成した。
ここで、上記多孔質基材の温度と上記Arイオンの入射角度とを互いに変えて5種類の条件で固体電解質膜(サンプル1〜5)を作製した。各サンプルと上記基材温度と入射角度との相関を表1に示した。
【0049】
次に、サンプル6を以下のようにして作製した。
上記と同じNiO−YSZ多孔質基材であって一方の表面が緻密化されている多孔質基材、および上記8YSZのターゲットをPLD装置における所定位置にセットし、パルスレーザをターゲットに照射した。これにより蒸気化したターゲット成分を上記多孔質基材における緻密な表面上に堆積(蒸着)させて、上記8YSZからなる固体電解質膜を上記多孔質基材上に形成した。上記パルスレーザとしては、波長248nm、パルス幅30nsのKrFレーザを用いた。また、当該レーザのパルスエネルギーは、450mJ/パルス、およびその周波数は30Hzであった。製膜条件は、0.04PaのAr雰囲気下で、エネルギー密度0.8J/cmで上記レーザを15分間ターゲットに照射した。上記多孔質基材の温度を室温に維持した。以上のようにして、膜厚約0.2μmの(PLD法による)固体電解質膜を上記多孔質基材上に形成した。この8YSZ固体電解質膜を結晶化させるために大気(空気)中、1400℃の焼成温度で焼成した。これをサンプル6とした。
【0050】
次に、サンプル7を以下のようにして作製した。
上記と同じNiO−YSZ多孔質基材を用意した。次いで、8YSZ粉末を所定のバインダー、分散剤、および溶媒とともに混練して8YSZのペースト状組成物(印刷用材料)を調製した。このペースト状組成物を上記多孔質基材の表面上にスクリーン印刷により約20μmの膜厚で塗布した。かかる8YSZの塗布膜(未焼成膜)が形成された上記多孔質基材を1400℃で焼成することにより、スクリーン印刷による固体電解質膜を上記多孔質基材上に形成した。これをサンプル7とした。
【0051】
<例3:結晶配向性の評価>
次に、上記サンプル1〜7に対して、X線をサンプルに照射するによって観測される(222)面および(220)面における極点図解析を実施した。すなわち、上記二面の極点図を組み合わせることにより、サンプル1〜7の固体電解質膜の結晶構造が1軸配向か2軸配向かを評価した。この結果、IBAD法によって製膜された固体電解質膜を備えるサンプル1〜5では、固体電解質膜を構成するほぼ全ての多結晶体の結晶構造の<100>方向が上記NiO−YSZ多孔質基材(燃料極)の表面に対して垂直方向に揃うように配向し、且つ<010>方向が互いに平行に揃うように配向した2軸配向性を有することが分かった。一方、PLD法単独によって製膜された固体電解質膜を備えるサンプル6では、固体電解質膜を構成するほぼ全ての多結晶体の結晶構造の<100>方向が上記NiO−YSZ多孔質基材(燃料極)の表面に対して垂直方向に揃うように配向した1軸配向性を有することが分かった。また、サンプル7は無配向であることが確認された。
次に、結晶配向性を示すサンプル1〜6に対して、(222)面における極点の径方向の分散角で結晶配向性を評価した。得られた分散角を半値幅にして表1に示した。この半値幅が小さい値であるほど、各結晶体の結晶方位が揃っている、すなわち結晶配向性が高いことを示している。
かかる評価の結果、表1に示されるように、サンプル6ではサンプル1〜5に比べて半値幅が大きく、IBAD法によって形成された固体電解質膜の方が、PLD法によって形成されたものよりも結晶配向性が高いことが確認された。また、サンプル1〜5の中では、多孔質基材の温度が25℃であるサンプル1、4および5では、上記半値幅が60°以下であり、該温度が120℃のサンプル2、および該温度が400℃のサンプル3に比べて小さい値となった。この結果、多孔質基材の温度が室温条件下であると固体電解質膜の結晶配向性が向上することが確認された。また、上記サンプル1、4および5の中では、Arイオンの多孔質基材に対する入射角度が55°であったサンプル1において上記半値幅の値が50°以下となり、最も小さかった。したがって、サンプル1〜6の中でサンプル1が最も結晶配向性が高いことが確認された。
【0052】
<例4:酸素イオン伝導性評価>
上記サンプル1〜7について、それぞれの電気伝導度を測定することにより、それぞれの酸素イオン伝導性について評価した。まず、サンプル1における固体電解質膜表面に電極となる白金ペーストを塗布した後、電流端子および電圧端子を上記電極部分に接続するための白金線を取り付けて850℃〜1100℃で10分間〜60分間焼き付けた。次いで、かかるサンプル1を任意の酸素分圧と温度に調整可能な装置内に収容し、直流四端子法で各酸素分圧下における導電率を測定することにより、900℃の温度条件下における酸素イオン伝導度[S/cm]を求めた。サンプル2〜7についても同様に測定した。この結果を表1に「イオン伝導度」として示した。
この結果、サンプル1〜5では、いずれも酸素イオン伝導度が0.1S/cm以上であった。サンプル6および7では、酸素イオン伝導度は、0.1S/cm未満であった。また、サンプル1〜5の中では、多孔質基材の温度が25℃であるサンプル1、4および5では、該温度が120℃のサンプル2、および該温度が400℃のサンプル3に比べて酸素イオン伝導度が向上していた。この結果、多孔質基材の温度が室温条件下であると固体電解質膜の結晶配向性が向上することが確認された。また、上記サンプル1、4および5の中では、Arイオンの多孔質基材に対する入射角度が55°であったサンプル1において上記酸素イオン伝導度が0.17S/cmとなり、最も大きかった。
また、上記固体電解質膜の材料として、上記8YSZをセリア(CeO)に代えて同様の評価を行ったところ、得られた固体電解質膜は、上記8YSZの固体電解質膜と同様の傾向を示すことが確認された。
【0053】
【表1】

【0054】
上述のように、本実施例では、イオンビームを用いる蒸着法(本実施例ではターゲット成分の蒸着にPLD法を用いたIBAD法)を用いて固体電解質膜を形成すると、PLD法単独やスクリーン印刷法によって形成された固体電解質膜よりも結晶配向性が高くなり、酸素イオン伝導性も向上することがわかった。また、上記IBAD法を用いて固体電解質膜を形成する際には、固体電解質膜の支持基材(本実施例では燃料極として機能するNiO−YSZ多孔質基材)の温度が室温程度に維持するとともに、ターゲット成分の蒸着をアシストするイオン(本実施例ではArイオン)ビームの入射角度が50°以上60°以下となるように照射することにより、より一層結晶配向性が高まり酸素イオン伝導度が向上する固体電解質膜を形成することができることがわかった。
このことにより、本実施例によると、酸素イオン伝導性が向上した固体電解質を備える優れたSOFC(アノード支持形SOFC)を実現することができる。
【符号の説明】
【0055】
10 固体酸化物形燃料電池(アノード支持形SOFC)
12 燃料極
13 固体電解質の形成面
14 固体電解質(膜)
15 ガス流路
16 空気極
22 ターゲット
23 ターゲット成分
24 パルスレーザ
26 イオンビーム
27 イオンガス



【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料極と、空気極と、固体電解質とを備える固体酸化物形燃料電池であって、
前記固体電解質は、2軸方向に結晶配向した多結晶体から構成されている、固体酸化物形燃料電池。
【請求項2】
前記固体電解質は、ジルコニア系酸化物またはセリア系酸化物から構成されている、請求項1に記載の固体酸化物形燃料電池。
【請求項3】
前記固体電解質は、膜厚5μm以下の膜状に形成されている、請求項1または2に記載の固体酸化物形燃料電池。
【請求項4】
前記燃料極と、該燃料極上に膜状に形成されて前記燃料極に支持された前記固体電解質と、該膜状の固体電解質の表面上に形成された前記空気極の層とからなる積層構造を備えている、請求項1〜3のいずれかに記載の固体酸化物形燃料電池。
【請求項5】
前記固体電解質の直流四端子法による酸素イオン伝導度が、少なくとも0.1S/cmである、請求項1〜4のいずれかに記載の固体酸化物形燃料電池。
【請求項6】
燃料極と、空気極と、固体電解質とを備える焼成体からなる固体酸化物形燃料電池を製造する方法であって:
燃料極として機能する多孔質基材であって少なくとも表面の一部が緻密化した多孔質基材を用意すること;
前記多孔質基材における緻密化した表面上に固体電解質を2軸方向に結晶配向させた状態で膜状に形成すること;および
前記固体電解質上に空気極を積層させて形成すること;
を包含する、固体酸化物形燃料電池の製造方法。
【請求項7】
イオンビームを使用した蒸着法を用いることにより、前記結晶配向した膜状の固体電解質を形成する、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記多孔質基材の前記緻密化された側の表面に前記膜状の固体電解質を形成する際に、該表面に対して45°以上65°以下の範囲の入射角度で前記イオンビームを照射することにより前記固体電解質を結晶配向させる、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記結晶配向した膜状の固体電解質を、室温条件下で形成する、請求項6〜8のいずれかに記載の製造方法。
【請求項10】
前記多孔質基材の前記緻密化した表面は、室温より高温で且つ前記焼成体を得るために設定される焼成温度域以下で揮発する樹脂材料を用いて被覆されている、請求項6〜9のいずれかに記載の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−124079(P2011−124079A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−280364(P2009−280364)
【出願日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【出願人】(000004293)株式会社ノリタケカンパニーリミテド (449)
【出願人】(504258527)国立大学法人 鹿児島大学 (284)
【Fターム(参考)】