説明

固体高分子型燃料電池の製造方法

【課題】過酸化水素耐性の向上、フェントン活性を有する不純物イオンの低減及び貴金属元素の溶出に起因する性能低下の抑制を同時に解決することが可能であり、しかもこれらの効果を長期間に渡って持続させることが可能な固体高分子型燃料電池の製造方法を提供すること。
【解決手段】ヘテロポリ酸イオンと結合することによってヘテロポリ酸塩となるカチオンと、電解質とを接触させるカチオン接触工程と、前記電解質と前記ヘテロポリ酸イオンとを接触させるヘテロポリ酸イオン接触工程とを備えた固体高分子型燃料電池の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池の製造方法に関し、さらに詳しくは、車載用動力源、定置型小型発電器、コジェネレーションシステム等として好適な固体高分子型燃料電池の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池は、固体高分子電解質膜の両面に電極が接合された膜電極接合体(MEA)を基本単位とする。また、固体高分子型燃料電池において、電極は、一般に、拡散層と触媒層の二層構造をとる。拡散層は、触媒層に反応ガス及び電子を供給するためのものであり、カーボンペーパー、カーボンクロス等が用いられる。また、触媒層は、電極反応の反応場となる部分であり、一般に、白金等の電極触媒を担持したカーボンと固体高分子電解質との複合体からなる。
【0003】
このようなMEAを構成する電解質膜あるいは触媒層内電解質には、耐酸化性に優れた全フッ素系電解質(高分子鎖内にC−H結合を含まない電解質。例えば、ナフィオン(登録商標、デュポン社製)、アシプレックス(登録商標、旭化成(株)製)、フレミオン(登録商標、旭硝子(株)製)等。)を用いるのが一般的である。
また、全フッ素系電解質は、耐酸化性に優れるが、一般に極めて高価である。そのため、固体高分子型燃料電池の低コスト化を図るために、炭化水素系電解質(高分子鎖内にC−H結合を含み、C−F結合を含まない電解質)、又は、部分フッ素系電解質(高分子鎖内にC−H結合とC−F結合の双方を含む電解質)の使用も検討されている。
【0004】
しかしながら、固体高分子型燃料電池を車載用動力源等として実用化するためには、解決すべき課題が残されている。例えば、MEAを構成する電解質膜は、触媒層で副生成する過酸化水素又はその分解生成物であるラジカルに対して不安定であり、耐久性を向上させる必要がある。触媒層内電解質や電解質膜が全フッ素系電解質である場合には、耐久性の低下は比較的少ない。これに対し、炭化水素系電解質の場合は、過酸化水素及びラジカルに対する安定性が全フッ素系電解質に比べて著しく劣るため、燃料電池を長期間安定的に作動させることは困難である。
【0005】
さらに、燃料電池の空気極の触媒として用いられているPt等の貴金属元素は、燃料電池の運転中に触媒層から溶出し、膜内部で析出したり、あるいは、触媒層で再析出し、触媒層内の触媒粒子が粒成長することが知られている。貴金属元素の溶出や粒成長は、電池性能を低下させる原因となる。また、貴金属イオンの中にもフェントン活性を示すものがある事が知られており、このような貴金属イオンの溶出は、電解質を劣化させ、その劣化生成物が電極を被毒し、電池性能を低下させると言われている。
【0006】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、炭化水素系固体高分子電解質膜に、二酸化マンガンなどの酸化物触媒、鉄フタロシアニンなどの大環状金属錯体触媒、又は、Cu−Ni合金粒子などの遷移金属合金触媒を添加した固体高分子電解質膜が開示されている。
同文献には、炭化水素系電解質に酸化物触媒等を添加すると、過酸化水素が不均化反応により水に分解し、過酸化水素による電解質の劣化を抑制できる点が記載されている。
【0007】
また、特許文献2には、スルホン化ポリフェニレンサルファイド膜のスルホン酸基のプロトンの一部をMg、Ca、Al、Laなどの多価金属で置換したプロトン伝導性高分子膜が開示されている。
同文献には、スルホン酸基のプロトンの一部を、ある種の多価金属で置換すると、過酸化物ラジカルに対する耐性(耐酸化性)が向上する点が記載されている。
【0008】
また、特許文献3には、ラジカルに起因する電解質の劣化の抑制や貴金属元素の溶出の抑制を目的とするものではないが、貴金属及び/又は遷移金属からなる分子量800〜10000のヘテロポリ酸の部分塩である固体ヘテロポリ酸燃料電池用触媒が開示されている。
同文献には、ポリ酸中で白金はすべてポリ酸クラスター表面に存在しすべての白金が活性になるため、これらのポリ酸中での白金含有量は極めて少量であるにもかかわらず高活性を示す点が記載されている。
【0009】
また、特許文献4には、スルホン酸基を有するイオン交換膜を硝酸セリウム水溶液に浸漬してスルホン酸基の一部をセリウムイオンにイオン交換し、次いでこの膜をリン酸水溶液に浸漬する固体高分子型燃料電池用電解質膜の製造方法が開示されている。
同文献には、このような方法により膜中にリン酸第一セリウムを析出させることができる点、及び、膜中に難溶性のセリウム化合物を析出させることによって、電解質膜の過酸化水素又は過酸化物ラジカル耐性が向上する点が記載されている。
【0010】
さらに、特許文献5には、2,2−ビピリジンのような白金捕捉剤を含む固体高分子型燃料電池用電極触媒層が開示されている。
同文献には、触媒層に白金捕捉剤を添加すると、電極触媒層からの白金イオンの溶出が防止され、触媒活性の低下が抑制される点が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2000−106203号公報
【特許文献2】特開2004−018573号公報
【特許文献3】国際公開WO04/045009号公報
【特許文献4】特開2008−98179号公報
【特許文献5】特開2006−147345号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
全フッ素系電解質に対して、ある種の大環状金属錯体や遷移金属酸化物を添加し、あるいは、全フッ素系電解質のプロトンの一部を、ある種の金属イオンで置換すると、過酸化水素及びラジカルに対する耐性を向上させることができる。しかしながら、これらの技術をそのまま炭化水素系電解質に転用しても、十分な耐食性が得られない場合が多い。
これは、炭化水素系電解質は、全フッ素系電解質に比べて基本骨格が不安定であるため、過酸化水素を分解する作用を持つ添加物が過酸化水素だけでなく炭化水素骨格も分解するためと考えられる。
【0013】
さらに、従来知られている過酸化水素耐性を有する化合物やイオンは、水に易溶であるものが多い。そのため、長期間の使用によりこれらが系外に持ち出され、良好な耐久性を維持できない場合があった。一方、耐久性を維持するために化合物やイオンの添加量を過剰にすると、燃料電池の性能低下を引き起こす場合がある。特に炭化水素系電解質の場合、化合物やイオンを多量に導入すると、炭化水素系電解質の一般的な欠点である剛直さが一層高まる。その結果、機械的強度や可撓性は大きく低下し、燃料電池の運転初期にクロスリーク(孔開きや割れ)に至ることがあった。
さらに、系外への持ち出しを抑制するために、過酸化水素耐性を有する化合物を不溶化させると、電解質への均一分散が困難となる。
【0014】
また、従来、高分子電解質の過酸化水素耐性試験には、フェントン試験を用いるのが一般的であった。フェントン試験(Fe2+イオン添加過酸化水素水浸漬試験)は、高湿度状態(飽和湿度)下での劣化程度を調べる方法である。
一方、燃料電池運転中には、MEAは十分な湿潤状態ではなく、ドライな状態に置かれる場合も多く、高分子電解質の耐久性を評価するにはフェントン試験のみでは不十分である。そのため、最近では、低湿度下(ドライ環境)で高温の過酸化水素蒸気を被試験体に当てる、いわゆるドライフェントン試験がMEAの劣化を模擬できる促進試験として採用されつつある。しかしながら、上述した耐久性改善法で処理した電解質膜をドライフェントン試験で評価すると、フェントン試験とは全く別の結果を示すものがある。
【0015】
また、遷移金属イオン(特に、Feイオン(Fe2+/Fe3+))があるしきい値を超えて電解質に存在すると、電解質の過酸化水素耐性を悪化させることが知られている。また、今まで知られていなかったことであるが、フェントン活性を有する不純物と、過酸化水素耐性を有する各種添加剤や添加イオンとの間に相互作用があり、遷移金属イオン(特に、Feイオン)があるしきい値を超えて存在すると、各種添加剤や添加イオンの効果が喪失したり、逆に過酸化水素耐性を悪化させる場合がある。
また、白金の溶出を抑制するために2,2−ビピリジンのような含窒素有機化合物を添加する方法は、2,2−ビピリジンの過酸化水素に対する安定性が不十分であり、かつ水溶性であるために、長期間に渡って白金の溶出を抑制するのは困難である。
【0016】
さらに、過酸化水素耐性の向上、フェントン活性を有する不純物イオンの低減、及び、貴金属元素の溶出に起因する性能低下の抑制を図るためには、従来、別個の対策を講じる必要があり、これらを同時に解決する方法が提案された例は従来にはない。
【0017】
本発明が解決しようとする課題は、過酸化水素耐性の向上、フェントン活性を有する不純物イオンの低減及び貴金属元素の溶出に起因する性能低下の抑制を同時に解決することが可能な固体高分子型燃料電池の製造方法を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、これらの効果を長期間に渡って持続させることが可能な固体高分子型燃料電池の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するために本発明に係る固体高分子型燃料電池の製造方法は、
ヘテロポリ酸イオンと結合することによってヘテロポリ酸塩となるカチオンと、電解質とを接触させるカチオン接触工程と、
前記電解質と前記ヘテロポリ酸イオンとを接触させるヘテロポリ酸イオン接触工程と
を備えていることを要旨とする。
また、本発明に係る固体高分子型燃料電池の製造方法の2番目は、
電解質とヘテロポリ酸イオンとを接触させるヘテロポリ酸イオン接触工程と
前記ヘテロポリ酸イオンと結合することによってヘテロポリ酸塩となるカチオンと、前記電解質とを接触させるカチオン接触工程と、
を備えていることを要旨とする。
【発明の効果】
【0019】
所定のカチオンと電解質とを接触させ、次いでヘテロポリ酸イオンと電解質とを接触させると、電解質内部に所定の組成を有するヘテロポリ酸塩を均一に形成することができる。同様に、ヘテロポリ酸イオンと電解質とを接触させ、次いで所定のカチオンと電解質とを接触させると、電解質内部に所定の組成を有するヘテロポリ酸塩を均一に形成することができる。所定の組成を有するヘテロポリ酸塩を電解質内部に分散させると、過酸化水素耐性の向上、フェントン活性を有する不純物イオンの低減及び貴金属元素の溶出に起因する性能低下の抑制を同時に図ることができる。
これは、
(1)ヘテロポリ酸塩自体が過酸化水素のイオン分解触媒となって過酸化水素を無害化するため、
(2)ヘテロポリ酸塩がフェントン活性を有する不純物遷移金属イオン(特に、可溶性鉄イオン)を捕捉し、フェントン活性を失活させるため、及び、
(3)ヘテロポリ酸塩が溶出した貴金属イオンを捕捉してキレート化し、貴金属イオンが電極沖合に溶出・拡散することを防ぐため、
と考えられる。
さらに、所定のカチオンとヘテロポリ酸との塩は難溶性であり、長期間に渡って電解質膜又は電極内に留まることができるため、これらの効果を長期間に渡って持続させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 固体高分子型燃料電池]
固体高分子型燃料電池は、固体高分子電解質膜(電解質膜)の両面に電極が接合された膜電極接合体(MEA)を備えている。また、固体高分子型燃料電池は、通常、このようなMEAの両面を、ガス流路を備えたセパレータで挟持し、これを複数個積層したものからなる。本発明において、固体高分子型燃料電池は、MEAに含まれる電解質内に後述する方法により得られるヘテロポリ酸塩が含まれる。この点が従来の固体高分子型燃料電池とは異なる。
【0021】
[1.1. 電解質膜]
本発明において、固体高分子電解質膜の材質は、特に限定されるものではなく、種々の材料を用いることができる。
すなわち、固体高分子電解質膜の材質は、高分子鎖内にC−H結合を含み、かつC−F結合を含まない炭化水素系電解質、及び高分子鎖内にC−F結合を含むフッ素系電解質のいずれであっても良い。また、フッ素系電解質は、高分子鎖内にC−H結合とC−F結合の双方を含む部分フッ素系電解質であっても良く、あるいは、高分子鎖内にC−F結合を含み、かつC−H結合を含まない全フッ素系電解質であっても良い。
なお、フッ素系電解質は、フルオロカーボン構造(−CF2−、−CFCl−)の他、クロロカーボン構造(−CCl2−)や、その他の構造(例えば、−O−、−S−、−C(=O)−、−N(R)−等。但し、「R」は、アルキル基)を備えていてもよい。また、固体高分子電解質膜を構成する高分子の分子構造は、特に限定されるものではなく、直鎖状又は分岐状のいずれであっても良く、あるいは環状構造を備えていても良い。
【0022】
また、固体高分子電解質に備えられる酸基の種類についても、特に限定されるものではない。酸基としては、スルホン酸基、カルボン酸基、ホスホン酸基、スルホンイミド基等がある。固体高分子電解質には、これらの酸基の内、いずれか1種類のみが含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。さらに、これらの酸基は、直鎖状固体高分子化合物に直接結合していても良く、あるいは、分枝状固体高分子化合物の主鎖又は側鎖のいずれかに結合していても良い。
【0023】
炭化水素系電解質としては、具体的には、
(1)高分子鎖のいずれかにスルホン酸基等の酸基が導入されたポリアミド、ポリアセタール、ポリエチレン、ポリプロピレン、アクリル系樹脂、ポリエステル、ポリサルホン、ポリエーテル等、及びこれらの誘導体(脂肪族炭化水素系電解質)、
(2)高分子鎖のいずれかにスルホン酸基等の酸基が導入されたポリスチレン、芳香環を有するポリアミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリエステル、ポリサルホン、ポリエーテルイミド、ポリエーテルスルホン、ポリカーボネート等、及びこれらの誘導体(部分芳香族炭化水素系電解質)、
(3)高分子鎖のいずれかにスルホン酸基等の酸基が導入されたポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリサルホン、ポリエーテルサルホン、ポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリフェニレン、ポリフェニレンエーテル、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリエステル、ポリフェニレンサルファイド等、及びこれらの誘導体(全芳香族炭化水素系電解質)、
などがある。
【0024】
また、部分フッ素系電解質としては、具体的には、高分子鎖のいずれかにスルホン酸基等の酸基が導入されたポリスチレン−グラフト−エチレンテトラフルオロエチレン共重合体、ポリスチレン−グラフト−ポリテトラフルオロエチレン等、及びこれらの誘導体などがある。
また、全フッ素系電解質としては、具体的には、デュポン社製ナフィオン(登録商標)、旭化成(株)製アシプレックス(登録商標)、旭硝子(株)製フレミオン(登録商標)等、及びこれらの誘導体などがある。
【0025】
さらに、本発明において、MEAを構成する固体高分子電解質膜は、固体高分子電解質のみからなるものであっても良く、あるいは、多孔質材料、長繊維材料、短繊維材料等からなる補強材を含む複合体であっても良い。
【0026】
一般に、フッ素系電解質、特に全フッ素系電解質は、高分子鎖内にC−F結合を有しているため、耐酸化性に優れているが、フッ素系電解質に対して本発明を適用すると、さらに耐酸化性が向上する。また、炭化水素系電解質は、フッ素系電解質に比べて耐酸化性が低い。そのため、炭化水素系電解質に対して本発明を適用すると、燃料電池の作動環境下(特に、ドライ環境下)においても高い耐酸化性を示し、しかも低コストな固体高分子型燃料電池が得られる。
【0027】
[1.2. 電極]
MEAを構成する電極は、通常、触媒層と拡散層の二層構造を取るが、触媒層のみによって構成される場合もある。電極が触媒層と拡散層の二層構造を取る場合、電極は、触媒層を介して電解質膜に接合される。
【0028】
触媒層は、電極反応の反応場となる部分であり、電極触媒又は電極触媒を担持した担体と、その周囲を被覆する触媒層内電解質とを備えている。一般に、電極触媒には、MEAの使用目的、使用条件等に応じて最適なものが用いられる。固体高分子型燃料電池の場合、電極触媒には、白金、パラジウム、ルテニウム、ロジウム、イリジウム等若しくはこれらの合金、又は、Pt等の貴金属とコバルト、鉄、ニッケル等の遷移金属元素との合金が用いられる。触媒層に含まれる電極触媒の量は、MEAの用途、使用条件等に応じて最適な量が選択される。
【0029】
触媒担体は、微粒の電極触媒を担持すると同時に、触媒層における電子の授受を行うためのものである。触媒担体には、一般に、カーボン、活性炭、フラーレン、カーボンナノフォーン、カーボンナノチューブ等が用いられる。触媒担体表面への電極触媒の担持量は、電極触媒及び触媒担体の材質、MEAの用途、使用条件等に応じて最適な担持量が選択される。
【0030】
触媒層内電解質は、固体高分子電解質膜と電極との間でプロトンの授受を行うためのものである。触媒層内電解質には、通常、固体高分子電解質膜を構成する材料と同一の材料が用いられるが、異なる材料を用いても良い。触媒層内電解質の量は、MEAの用途、使用条件等に応じて最適な量が選択される。
触媒層内電解質は、フッ素系電解質であっても良く、あるいは、炭化水素系電解質であっても良い。特に、触媒層内電解質が炭化水素系電解質である電極に対して本発明を適用すると、高い効果が得られる。触媒層内電解質に関するその他の点は、固体高分子電解質膜と同様であるので、説明を省略する。
【0031】
拡散層は、触媒層との間で電子の授受を行うと同時に、反応ガスを触媒層に供給するためのものである。拡散層には、一般に、カーボンペーパ、カーボンクロス等が用いられる。また、撥水性を高めるために、カーボンペーパ等の表面に、ポリテトラフルオロエチレン等の撥水性高分子の粉末とカーボンの粉末との混合物(撥水層)をコーティングしたものを拡散層として用いても良い。
【0032】
[1.3. ヘテロポリ酸塩]
「ヘテロポリ酸塩」とは、ヘテロポリ酸に含まれるプロトンの全部又は一部がカチオンに置換されたものをいう。
本発明において、ヘテロポリ酸塩は、後述するように、
(1)カチオンと電解質とを接触させ、次いでヘテロポリ酸イオンと電解質とを接触させる方法、又は、
(2)ヘテロポリ酸イオンと電解質とを接触させ、次いでカチオンと電解質とを接触させる方法、
により電解質内に形成することができる。
電解質には、これらのヘテロポリ酸塩の内、いずれか1種が含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。また、ヘテロポリ酸塩は、2種以上のカチオンと1つのヘテロポリ酸アニオンが結合した複合塩でも良く、あるいは、単独のカチオンと結合したヘテロポリ酸塩を複数混合した混合物でも良い。
【0033】
[1.3.1. ヘテロポリ酸]
ヘテロポリ酸とは、Mo、W、Vを中心元素Mとする酸素酸アニオンと、P、Si、Ge、Ti、Zr、Sn、Ce、Thなどを中心元素Xとする酸素酸アニオンとが結合した多元素のポリアニオンをいい、ポリオキソメタレートと総称される。これらは、一般に多量の水を水和していることが多く、ポリアニオンの分子量は、800以上になる場合がある。
【0034】
例えば、酸素が40個結合したヘテロポリ酸イオンは、Xを中心元素、Mをポリ酸を構成する原子とすると、M=Mo、X=P5+、As5+、Si4+、Ge4+、Ti4+、Zr4+、Sn4+の時、アニオン構造として[Xn+1240]-10+nを取る。
X=Ce4+、Th4+、Sn4+では、アニオン構造として[Xn+1240]-12+nを取る。
X:M=1:11であり、X=P5+、As5+、Fe3+、Ce4+では、アニオン構造として[Xn+1139]-12+nを取る。
X:M=1:10であり、X=P5+、As5+、Pt4+では、アニオン構造として[Xn+10x]-2x+60+nを取る。
X:M=1:9であり、X=Mn4+、Co4+、Ni4+では、アニオン構造として[Xn+932]-10+nを取る。
X:M=2:18であり、X=P5+、As5+では、アニオン構造として[X2n+1856]-16+2nを取る。
X:M=2:17であり、X=P5+、As5+では、アニオン構造として[X2n+17x]-2x+10+2nを取る。
X:M=2:12であり、X=Co3+、Al3+、Cr3+、Fe3+、Rh3+では、アニオン構造として[X2n+1242]-12+2nを取る。
X:M=1:6であり、X=Ni2+、Co2+、Mn2+、Cu2+、Se4+、P3+、As3+、P5+では、アニオン構造として[Xn+6x]-2x+36+nを取る。
【0035】
これらの中でも、X:M=1:12では、熱的に安定ないわゆるケギン構造([Xn+1240]-8+n)が代表的なものである。例えば、水和水を除外して表すと、H4SiW1240(けいタングステン酸)、H3PW1240(りんタングステン酸)、H4SiMo1240(けいモリブデン酸)、H3PMo1240(りんモリブデン酸)が挙げられる。
また、これらのW、Moの一部がVで置換された複合ヘテロポリ酸(例えば、H3PMo12-xx40、H3PW12-xx40等)も知られている。
さらに、これらの酸は、プロトン、タングステン又はモリブデンの一部が1価カチオン、2価カチオン、又は遷移金属カチオンと置換し、塩を形成することが知られている。
また、ケギン構造とは別のポリアニオンであるドーソン構造([X21262]n-)のようなサンドイッチ構造イオンや、アンダーソン構造のイソポリアニオンMo7246-をベースにしたヘテロポリアニオンCo(III)Mo62463-、及びNi(II)Mo62464-等も比較的安定な遷移金属元素を含んだヘテロポリアニオンとして知られている。
【0036】
これらヘテロポリ酸の構造体に存在するイオンは、フリーのイオンとは異なった状態にあり、配位安定化されている。
例えば、ポルフィリン化合物は、酸素40個からなるヘテロポリ酸と類似の構造を持ち、4方向からN原子に配位された金属イオンを有する有機化合物である。ポルフィリン化合物は、過酸化水素の攻撃によりポルフィリン環が開裂し、分解しやすい。
一方、ヘテロポリ酸塩は、遙かに安定であり、過酸化水素を用いた有機合成触媒に繰り返し使用できることが知られている。その中でもプロトンを特定のイオンで置換すると、溶解度は小さくなり、pHが小さい強酸性下でも難溶性となる。例えば、りんモリブデン酸にあっては、セシウムイオン、4級アルキルアンモニウムイオン、ピリジニウムイオン、イミダゾリウムイオン、ホスホニウムイオン、グアニジウムイオン、核酸塩基、白金イオン、ピラゾロン系イオン等である。そのため、これら難溶性ヘテロポリ酸塩は、強酸性のプロトン導電性高分子電解質内部で安定に存在できると考えられる。
【0037】
[1.3.2. カチオン]
ヘテロポリ酸イオンと結合するカチオン、及び、このようなカチオンを形成可能な化合物としては、具体的には、以下のようなものがある。
【0038】
[1.3.2.1. アルカリ金属イオン]
ヘテロポリ酸塩を形成するアルカリ金属イオンとしては、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、セシウムイオンなどがある。これらの中でもセシウムイオンは、ヘテロポリ酸イオンと難溶性の塩を形成するので、カチオンとして好適である。
リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンの塩は、比較的溶解度が大きいため、系外に持ち出されやすく、耐久性向上作用はセシウムイオンより小さい。従って、これらのイオンは、沈殿生成しやすい他のイオンと一緒に共沈させて用いるのが好ましい。
【0039】
[1.3.2.2. アルカリ土類金属イオン]
ヘテロポリ酸塩を形成するアルカリ土類金属イオンとしては、Mg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+などがある。
これらのイオンは、いずれも比較的溶解度の大きい塩を形成するので、耐久性向上作用は、セシウムイオンを用いたときよりも小さい。従って、これらのイオンは、沈殿生成しやすい他のイオンと一緒に用いるのが好ましい。
【0040】
[1.3.2.3. 4級アンモニウムイオン]
「4級アンモニウムイオン」とは、+N(R1)(R2)(R3)(R4)で表されるイオンをいう。R1、R2、R3、R4は、それぞれ、アルキル基、H、又は、Cl、Br以外のハロゲン(例えば、I、F)を表す。
4級アンモニウムイオンを形成する「4級アンモニウム塩」とは、+N(R1)(R2)(R3)(R4)Z-で表される塩をいう。Z-は、アニオンを表す。
【0041】
4級アンモニウムイオンとしては、具体的には、NH4+(アンモニウムイオン)、N(CH3)4+(テトラメチルアンモニウムイオン)、N(C25)4+(テトラエチルアンモニウムイオン)、テトラプロピルアンモニウムイオン、テトラブチルアンモニウムイオンなどがある。
NH4+は、ヘテロポリ酸アニオンと比較的溶解度の大きな塩を形成しやすい。従って、4級アンモニウムイオンは、アルキル置換した分子量の大きな4級アンモニウムイオン(4級アルキルアンモニウムイオン)が好ましい。4級アルキルアンモニウムイオンは、溶解度の低い塩を形成しやすいという利点がある。
【0042】
非塩化物で、好ましい4級アンモニウム塩としては、例えば、テトラメチルアンモニウムヒドロキシド、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、テトラプロピルアンモニウムヒドロキシド、テトラ−n−ブチルアンモニウムヒドロキシド、ベンジルトリメチルアンモニウムヒドロキシド、ベンジルトリエチルアンモニウムヒドロキシド、ヘキサデシルトリメチルアンモニウムヒドロキシド、フェニルトリメチルアンモニウムヒドロキシド、トリス(2−ヒドロキシエチル)メチルアンモニウムヒドロキシド、重酒石酸コリン、無水ベタイン、L−カルニチン、メチルトリ−n−オクチルアンモニウム硫酸水素塩、テトラブチルアンモニウム硫酸水素塩、テトラブチルアンモニウム硫酸水素塩、テトラブチルアンモニウムホスファネート、テトラ−n−ブチルアンモニウムサリチラートなどがある。
【0043】
[1.3.2.4. ピリジニウムイオン]
ピリジニウムイオンを形成する化合物としては、具体的には、ピリジン、ジピリジン、テルピリジン、及び、これらの塩などがある。
【0044】
[1.3.2.5. イミダゾリウムイオン]
イミダゾリウムイオンを形成する化合物としては、具体的には、イミダゾール、1−メチルイミダゾール、1,3−ジメチルイミダゾール、及び、これらの塩などがある。
【0045】
[1.3.2.6. 含窒素複素環化合物イオン]
含窒素複素環化合物イオンを形成する化合物としては、具体的には、1,10フェナントロリンなどがある。
【0046】
[1.3.2.7. ホスホニウムイオン]
「ホスホニウムイオン」とは、P原子のまわりに4つのアルキル基が結合した1価のカチオンをいう。
ホスホニウムイオンを形成する化合物(ホスホニウム化合物)とは、ホスホニウムイオンと、これと対になるアニオンBとがイオン結合した化合物[P(R1)(R2)(R3)(R4)]+-をいう。R1〜R4は、アルキル基を表す。
【0047】
ホスホニウム化合物のカチオン部分としては、具体的には、テトラエチルホスホニウム、トリエチルベンジルホスホニウム、テトラブチルホスホニウム、テトラオクチルホスホニウム、トリメチルデシルホスホニウム、トリメチルドデシルホスホニウム、トリメチルヘキサデシルホスホニウム、トリメチルオクタデシルホスホニウム、トリブチルメチルホスホニウム、トリブチルドデシルホスホニウム、トリブチルオクタデシルホスホニウム、トリオクチルエチルホスホニウム、トリブチルヘキサデシルホスホニウム、メチルトリフェニルホスホニウム、エチルトリフェニルホスホニウム、ジフェニルジオクチルホスホニウム、トリフェニルオクタデシルホスホニウム、テトラフェニルホスホニウム、トリブチルアリルホスホニウム、テトラキス(ヒドロキシメチル)ホスホニウムなどがある。
【0048】
ホスホニウム化合物としては、具体的には、テトラエチルホスホニウムヒドロキシド、テトラ−n−ブチルホスホニウムヒドロキシド、エチルトリフェニルホスホニウムアセタート、テトラブチルホスホニウムアセタート、硫酸テトラキス(ヒドロキシメチル)ホスホニウム、硝酸テトラブチルホスホニウム、ビス(2,4,4−トリメチルペンチル)ホスフィン酸トリヘキシル(テトラデシル)ホスホニウム、メタンスルホン酸テトラブチルホスホニウム、トシル酸トリイソブチルメチルホスホニウム、トシル酸テトラブチルホスホニウム、テトラブチルホスホニウムテトラフェニルボラート、テトラフェニルホスホニウムテトラフェニルボラート、トリ−tert−ブチルホスホニウムテトラフェニルボラート、ジ−tert−ブチルメチルホスホニウムテトラフェニルボラート、トリヘキシル(テトラデシル)ホスホニウムビス[オキサラト(2−)]ボラート、テトラフェニルホスホニウムテトラ−P−トリルボラート、ベンジルフェニルホスホニウムテトラフェニルボラート、P−トリルトリフェニルホスホニウムテトラ−P−トリルボラート、トリエチルメチルホスホニウムジブチルフォスフェート、エチルトリフェニルホスホニウムホスフェート、トリブチルメチルホスホニウムジブチルフォスフェート、テトラブチルホスホニウムベンゾトリアゾラート、デカン酸トリヘキシル(テトラデシル)ホスホニウム、トリブチルメチルホスホニウムメチルカーボネートなどがある。
【0049】
[1.3.2.8. グアジニウムイオン]
グアニジウムイオンを形成する化合物としては、具体的には、アミノグアニジン、グアニル尿素、ビグアニド、グアニジン、炭酸グアニジン、ホウ酸グアニジン、リン酸・モノグアニジン、リン酸・ジグアニジン、リン酸グアニル尿素、硫酸グアニジン、スルファミン酸グアニンジン、1,3ジフェニルグアニジンなどがある。
【0050】
[1.3.2.9. 核酸塩基]
核酸塩基としては、具体的には、
(a)シトシン、5−メチルシトシン、5−ヒドロキシルメチルシトシン、チミン、ウラシル等のピリミジン塩基、
(b)プリン、アデニン、グアニン、ヒポキサンチン、キサンチン、テオフィリン、テオブロミン、カフェイン、イソグアニン、尿酸等のプリン誘導体、
などがある。
【0051】
[1.3.2.10. 白金イオン]
白金イオンは、Pt(II)、Pt(IV)のいずれの価数でも良い。
白金イオンを形成する化合物としては、Pt塩を生成しやすい点から、Pt(II)の塩を用いるのが好ましい。白金イオンを形成する化合物としては、具体的には、テトラアンミンジクロライド白金Pt(NH3)4Cl2、ヘキサアンミンジクロライド白金Pt(NH3)6Cl2等の塩化物を用いることができる。但し、これらの塩化物は、残留した塩化物イオンが電極を被毒したり、PtCl42−又はPtCl62−の錯イオン化を促し、電池性能を低下させる原因となる。従って、これらの化合物を出発原料に用いる場合には、後述する方法を用いてイオン交換した後、脱塩化物イオン処理(温水洗浄、アニオン交換樹脂と供に洗浄)を行うか、あるいは、特定のカチオン(Ag+、Cs+、BiO+、YbO+)を含む水溶液で洗浄して塩化物イオンを難溶性塩化物として固定することが好ましい。
【0052】
塩化物より好ましい白金化合物としては、ジクロライドのClをCl以外のアニオンとしたものである。例えば、テトラアンミン白金リン酸水溶液、炭酸水素テトラアンミン白金、テトラアンミン白金水酸化物溶液、水酸化テトラアンミン白金水和物、硝酸テトラアンミン白金、亜硝酸ジアンミン白金アンモニア水溶液、ヘキサアンミン白金水酸化物Pt(NH3)6(OH)4、硝酸ヘキサアンミン白金Pt(NH3)6(NO3)4、硫酸ヘキサアンミン白金Pt(NH3)6(SO4)2などがある。
これらを用いた場合でも、過剰のPtイオンの配位子(アンモニア、アミン、硝酸イオン、硫酸イオン等)が残存すると、Ptの溶出を促すので、塩化物を使用した場合と同様に十分水洗することが好ましい。
【0053】
[1.3.2.11. ピラゾロン系イオン]
ピラゾロン系イオンを生成する化合物としては、具体的には、ケイモリブデン酸と反応することが知られているアミノピリン、アンチピリン、3メチル−1−フェニル−5−ピラゾロンなどがある。
【0054】
[1.3.3. 難溶性]
ヘテロポリ酸塩を電解質膜又は電極内に留め、長期間に渡って効果を持続させるためには、ヘテロポリ酸塩は、難溶性であるものが好ましい。
ここで、「難溶性」とは、ヘテロポリ酸を10g/Lの濃度で溶解した溶液5mLと、カチオンの濃度が4×10-3Nの溶液1mLとを混合し、室温で1日間放置したときに沈殿が生成することをいう。電解質内部のpHは、0〜1程度の強酸性であることが知られているので、ヘテロポリ酸塩は、強酸性下、80℃近傍(燃料電池作動温度)で完全に溶解しないこと、即ち不溶性が理想である。しかしながら、完全な不溶性でなくても、所定の条件下で沈殿を生成するヘテロポリ酸塩であれば、燃料電池作動下でも電池性能を阻害することなく、MEAの耐久性を十分改善することができる。
上述したヘテロポリ酸イオンと結合するカチオンの中でも、特に、セシウムイオン、4級アルキルアンモニウムイオン、ピリジニウムイオン、イミダゾリウムイオン、含窒素複素環化合物イオン、ホスホニウムイオン、グアニジウムイオン、核酸塩基、白金イオン、及び、ピラゾロン系イオンから選ばれるいずれか1以上が好ましい。これらのヘテロポリ酸塩は、いずれもMEAの耐久性を改善する作用があり、しかも水に対して高い難溶性を有するものが多いので、電解質膜内に長期間留まることができる。
【0055】
[1.4. ヘテロポリ酸塩の含有量]
ヘテロポリ酸塩の含有量は、目的に応じて最適な量を選択する。一般に、ヘテロポリ酸の含有量が少ないと、過酸化水素分解活性が低下し、耐久性向上効果が小さくなる。実用十分な耐久性を得るためには、ヘテロポリ酸塩の含有量は、電解質の酸基当たりのカチオン量に換算して0.1%以上が好ましい。ヘテロポリ酸塩の含有量は、さらに好ましくは、電解質の酸基当たりのカチオン量に換算して0.5%以上である。
一方、ヘテロポリ酸塩の含有量が過剰になると、部分的に溶解したヘテロポリ酸イオンによる電極被毒が大きくなり、電池性能が低下する。また、電解質膜が脆化し易く、機械的性質の低下が大きくなる。従って、ヘテロポリ酸塩の含有量は、電解質の酸基当たりのカチオン量に換算して20%以下が好ましい。ヘテロポリ酸塩の含有量は、さらに好ましくは、電解質の酸基当たりのカチオン量に換算して5%以下である。
【0056】
[1.5 ハロゲン量]
ハロゲンイオン(特に、塩化物イオン)は、電極被毒や触媒金属の溶出を促進し、電池性能を低下させる原因となる。従って、電解質中のハロゲンイオンの含有量は、少ない程よい。電池性能の低下を抑制するためには、ハロゲンイオンの含有量は、電解質重量当たり10ppm以下が好ましい。
【0057】
[2. 固体高分子型燃料電池の製造方法(1)]
本発明の第1の実施の形態に係る固体高分子型燃料電池の製造方法は、カチオン接触工程と、ヘテロポリ酸イオン接触工程とを備えている。
【0058】
[2.1. カチオン接触工程]
カチオン接触工程は、ヘテロポリ酸イオンと結合することによってヘテロポリ酸塩となるカチオンと、電解質とを接触させる工程である。
【0059】
[2.1.1. カチオン]
カチオンは、特に限定されるものではなく、上述した種々のカチオンを用いることができる。カチオンとしては、特に、セシウムイオン、4級アルキルアンモニウムイオン、ピリジニウムイオン、イミダゾリウムイオン、含窒素複素環化合物イオン、ホスホニウムイオン、グアニジウムイオン、核酸塩基、白金イオン、及び、ピラゾロン系イオンから選ばれるいずれか1以上が好ましい。
【0060】
カチオン導入に際しては、電解質に残留するハロゲンイオン(特に、塩化物イオン)の量が電解質重量当たり10ppm以下となるようにするのが好ましい。そのためには、カチオン導入に用いる試薬として、対アニオンが非ハロゲンイオンであるものを用いるのが好ましい。特に、塩化物、臭化物、ヨウ化物は薦められない。
カチオンを導入するための化合物の対イオンとしては、具体的には、水酸イオン、炭酸イオン、ギ酸イオン、酢酸イオン、プロピオン酸イオン、シュウ酸イオン、マレイン酸イオン、アジピン酸イオン、サリチル酸イオン、酒石酸イオン、クエン酸イオン、メタスルホン酸イオン、スルファミン酸イオン、トシル酸イオン、テトラフェニルホウ酸イオン、ホウ酸イオン、硫酸イオン、硫酸水素イオン、硝酸イオン、過塩素酸イオン、リン酸イオン、リン酸水素イオン、ジブチルリン酸イオン、ベンゾトリアゾラートイオン、デカン酸イオン、メチルカーボネートイオンなどが好ましい。
例えば、Cs+の場合、過塩素酸セシウム、硝酸セシウム、硫酸セシウム、ギ酸セシウム、酢酸セシウム、シュウ酸セシウム、クエン酸セシウム、水酸化セシウム、炭酸セシウムなどが好ましい。
【0061】
特に、ギ酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩は、pHを極端にアルカリにして共雑イオンを沈殿させることがなく、触媒への被毒作用も小さいので、カチオン導入用の原料として好適である。また、水酸化物も低濃度であればpHを極端に増大させないので、問題なく使用することができる。
【0062】
[2.1.2. 電解質との接触]
「カチオンと電解質とを接触させる」とは、MEA、又は、MEAの構成要素(例えば、電解質膜、触媒層、転写触媒シート、電解質及び触媒を溶媒に分散させた触媒ペーストなど)とカチオンを含む溶液とを接触させ、電解質の酸基のプロトンとカチオンとをイオン交換させることをいう。
【0063】
ヘテロポリ酸塩は、触媒層内電解質又は電解質膜のいずれに添加しても良いが、過酸化水素は電極で生成するため、触媒層内電解質に添加するか、あるいは、膜/触媒層の界面に濃化して触媒層/又は電解質膜に存在させ、過酸化水素が膜内部へ拡散することを防止することが好ましい。即ち、これらの化合物は、膜表面又は触媒層の最深部(膜との接合部)に濃化して添加すると良い。膜表面又は触媒層の最深部にヘテロポリ酸塩を濃化させるためには、処理対象は、電解質膜、触媒層、又は転写触媒シートが好ましい。
但し、過度の濃化は、膜/触媒層の接合性を低下させるため、注意が必要である。
【0064】
接触の方法は、特に限定されるものではなく、スプレー塗布、浸漬などの各種の方法を用いることができる。例えば、電解質膜を浸漬する場合は、40℃以上で加温し、処理溶液を攪拌するのが好ましい。加温及び攪拌により、イオン交換による時間を短縮することができる。浸漬後、不要のイオン成分を水洗する。
また、一旦、アルコール等の非水溶媒又は水とこれらの非水溶媒との混合溶媒に電解質膜を浸漬させて膨潤させた後、水溶液中でイオン交換すると、電解質膜内部までイオン交換することができる。
【0065】
溶媒は、カチオンを形成する化合物を溶解できるものであれば良い。溶媒としては、具体的には、水、エタノール、イソプロパノールなどの極性溶媒が好ましい。
ホスホニウム化合物や4級アンモニウムイオンを含む化合物は、分子量が大きくなると水に不溶となるものがあり、アルコール等の有機溶媒への溶解度も小さくなる。従って、分子量の大きなこれらの化合物をイオン交換する場合には、これらの化合物を一旦アルコール等の有機溶媒に溶解してから水に加えるのが好ましい。このような溶液にMEA、触媒層又は膜を浸漬すると、電解質内にこれらのイオンを容易に導入することができる。
【0066】
溶液中におけるカチオンを形成可能な化合物の濃度は、0.01mM/L〜1mM/Lの希薄溶液が好ましく、電解質の酸基を部分的にイオン交換しようとする量に対応する化合物を溶解させれば良い。1mM/Lを超える高濃度でイオン交換すると、100%近くのプロトンがイオン交換されてしまい、電解質のプロトン伝導性が失われることがあるので注意が必要である。
【0067】
溶液のpHは、2以上であることが好ましい。pH2未満の酸性溶液においてのイオン交換では、プロトンの数が多すぎて電解質は酸体が安定となり、所望のイオン導入が困難となる。
イオン交換に要する時間は、室温の場合、電解質の酸基がこれらのイオンに100%近く交換されるためには、8hr以上必要とする。一方、40℃以上の温度で加温すると、1〜4時間程度でイオン交換が進行するため、加温して行うことが好ましい。
【0068】
微量イオンを電解質の酸基とイオン交換する場合は、処理液に含まれる対アニオンは少量であるため、電池性能を阻害することはない。従って、特に水洗を必要としない。
一方、電解質のプロトンの1%以上をイオン交換する場合には、対アニオンによる電極被毒が無視できない。また、凝縮水のイオン伝導度が増加し、配管等が腐食するおそれが生じる。このような高濃度のイオン交換を行う場合には、処理液との接触後、十分に水洗(加温水洗)して、余剰のアニオンを除去するのが好ましい。
【0069】
[2.1.3. カチオン導入量]
カチオンの導入量が少なすぎると、耐久性向上の効果が小さい。従って、カチオン導入量は、電解質の酸基割合に換算して0.1%以上が好ましい。カチオン導入量は、さらに好ましくは、電解質の酸基割合に換算して0.5%以上である。
一方、カチオンの導入量が過剰になると、電池性能の低下が甚だしい。従って、カチオン導入量は、電解質の酸基割合に換算して20%以下が好ましい。カチオン導入量は、さらに好ましくは、電解質の酸基割合に換算して5%以下である。
ここで、「カチオン導入量が電解質の酸基割合に換算してx%である」とは、酸基100に対してx/n(nはカチオンの価数)の割合でカチオンが導入されていることをいう。例えば、2価カチオンは、1価カチオンに比べ1/2のモル数の導入量で同一の酸基割合で導入されることになる。
【0070】
一般に、触媒層内電解質と電解質膜の酸基割合は、それぞれの単位面積当たりの重量(膜厚)とイオン交換容量にもよるが、1:20〜1:2程度であり、触媒層に比べて電解質膜の酸基の数が多い。従って、例えば、触媒層内電解質又は電解質のいずれか一方のみをイオン交換してヘテロポリ酸塩を含むMEAを作製した場合には、作動中に添加した化合物のイオンがMEA内部を拡散し、電解質膜又は触媒層に移行して均質化することがある。従って、いずれか一方にのみ添加する場合には、カチオンは、電解質の酸基割合に換算して20%を超えて添加しても良い。
ヘテロポリ酸の添加量は、MEAに含まれる電解質全体の酸基当たりのカチオン量に換算して0.1〜20%であれば良い。さらに好適な添加割合は、MEAに含まれる電解質全体の酸基当たりのカチオン量に換算して0.5〜5%である。
【0071】
[2.2. ヘテロポリ酸イオン接触工程]
ヘテロポリ酸イオン接触工程は、カチオンでイオン交換した電解質とヘテロポリ酸イオンとを接触させる工程である。
「ヘテロポリ酸イオンと電解質とを接触させる」とは、MEA、又は、MEAの構成要素(例えば、電解質膜、触媒層、転写触媒シート、電解質及び触媒を溶媒に分散させた触媒ペーストなど)とヘテロポリ酸イオンを含む溶液とを接触させることをいう。
カチオンでイオン交換された電解質とヘテロポリ酸イオンを含む溶液とを接触させると、ヘテロポリ酸塩が生成する。ヘテロポリ酸塩が難溶性である場合には、ヘテロポリ酸塩が沈殿固定される。電解質の酸基は、この処理で再びH体となるので、プロトン伝導性が復活する。必要があれば、さらに水洗を行い、不要のイオン成分を除去する。
【0072】
ヘテロポリ酸イオンを含む溶液には、ヘテロポリ酸又はその可溶性塩を水に溶解させたものを用いることができる。ヘテロポリ酸としては、例えば、けいタングステン酸、りんタングステン酸、りんモリブデン酸などがある。また、可溶性塩としては、これらのアンモニウム塩、Na塩などがある。
【0073】
ヘテロポリ酸イオンを含む溶液中におけるヘテロポリ酸イオンの濃度は、特に限定されるものではなく、ヘテロポリ酸イオンの導入が容易となるように、ヘテロポリ酸イオン種や処理対象に応じて最適な濃度を選択するのが好ましい。
溶液中のヘテロポリ酸イオンの総量は、すべてのカチオンをヘテロポリ酸塩として固定できる量が好ましいが、多少の過不足があっても良い。
接触の方法は、特に限定されるものではなく、スプレー塗布、浸漬などの各種の方法を用いることができる。
【0074】
なお、触媒ペーストにカチオンを含む溶液を添加する場合、カチオン導入後に転写電極としても良く、あるいは、ヘテロポリ酸イオン導入後に転写電極としても良い。
また、カチオン導入の前に電解質に内在するFe等のフェントン活性を有する遷移金属イオンを酸洗浄又は酸洗浄の前に還元処理を行うか、酸洗浄を還元状態で行うことにより除いても良い。予め遷移金属イオンを除去すると、ヘテロポリ酸塩の働きが確実になり、過酸化水素耐性が強固となる。
【0075】
[2.3. 具体例]
Cs+によりイオン交換を行い、ヘテロポリ酸としてH3PW1240を使用する場合について、具体的に説明する。電解質の酸基がスルホン酸基である場合、ヘテロポリ酸のプロトンがすべてCs+で置換されたとすると、この反応は、以下の(1)式及び(2)式で表される。(1)式は、電解質プロトンとカチオンのイオン交換を表す。(2)式は、H体再生とヘテロポリ酸塩固定を表す。
R−SO3H+Cs+→R−SO3Cs+H+ ・・・(1)
3R−SO3Cs+H3PW1240→3R−SO3H+Cs3PW1240↓ ・・・(2)
【0076】
なお、Li+、Na+、K+等のアルカリイオン、Ni+、Ag+等の遷移金属イオン、Ce3+、Ce4+等の希土類金属イオンのように、ヘテロポリ酸塩を形成しても溶解度が比較的大きいものがある(易溶性イオン)。その場合は、電解質酸基にヘテロポリ酸のカチオン部分を導入する際に用いるカチオンのカウンターアニオンは、水酸イオンや炭酸イオンのように残留しても被毒作用が小さいものを用い、ヘテロポリ酸イオンと反応させた後は、過剰な水洗を避けると良い。
【0077】
また、上記易溶性イオンを難溶性塩として固定したい場合には、上記イオンに加え、沈殿しやすいイオンであるセシウムイオン、4級アルキルアンモニウムイオン、ピリジニウムイオン、イミダゾリウムイオン、ホスホニウムイオン、グアニジウムイオン、核酸塩基、白金イオン、ピラゾロン系イオンなどと一緒に置換して、共沈させればよい。
例えば、H4SiMo1240を用いる場合には、予め電解質にホスホニウムイオン(Pho+)とセリウムイオンとをイオン交換させておき、H4SiMo1240と接触させることで、単独では溶解度の高いヘテロポリ酸セリウム塩を難溶性複合塩として固定することができる。(3)式に、その反応式を示す。
Ce3++Pho++H4SiMo1240→CePhoSiMo1240↓+4H+ ・・・(3)
【0078】
[3. 固体高分子型燃料電池の製造方法(2)]
本発明の第2の実施の形態に係る固体高分子型燃料電池の製造方法は、ヘテロポリ酸イオン接触工程と、カチオン接触工程とを備えている。
【0079】
[3.1. ヘテロポリ酸イオン接触工程]
ヘテロポリ酸イオン接触工程は、電解質とヘテロポリ酸イオンとを接触させる工程である。すなわち、本実施の形態においては、カチオンの導入前にヘテロポリ酸イオンを導入する。この点が第1の実施の形態とは異なる。
「ヘテロポリ酸イオンと電解質とを接触させる」とは、MEA、又は、MEAの構成要素(例えば、電解質膜、触媒層、転写触媒シート、電解質及び触媒を溶媒に分散させた触媒ペーストなど)とヘテロポリ酸イオンを含む溶液とを接触させることをいう。
電解質膜とヘテロポリ酸イオンを含む溶液とを接触させると、電解質内部にヘテロポリ酸イオンが吸着する。また、膜表面又は触媒層の最深部にヘテロポリ酸塩を濃化させるためには、処理対象は、電解質膜、触媒層、又は転写触媒シートが好ましい。
【0080】
電解質が陽イオン交換樹脂(スルホン酸やカルボン酸等のアニオン)である場合には、ヘテロポリ酸イオンは電荷の反発から電解質内部に浸透しづらく、表面に濃化しやすい。そこで、ヘテロポリ酸イオンを吸着させて直ちにカチオンを含む溶液と接触させず、一旦表面を純水ですすいでから反応させ、過剰な表面濃縮を防いでも良い。
ヘテロポリ酸イオン接触工程に関するその他の点は、第1の実施の形態に係るヘテロポリ酸イオン接触工程と同様であるので、説明を省略する。
【0081】
[3.2. カチオン接触工程]
カチオン接触工程は、ヘテロポリ酸イオンと結合することによってヘテロポリ酸塩となるカチオンと、ヘテロポリ酸イオンが導入された電解質とを接触させる工程である。
【0082】
電解質にヘテロポリ酸イオンを導入した後、所定のカチオンC+を含む溶液と接触させると、ヘテロポリ酸イオンのプロトンH+とカチオンC+とがイオン交換し、電解質内部にカチオンC+を含むヘテロポリ酸塩が生成する。また、カチオンC+の種類を最適化すると、電解質内部に難溶性のヘテロポリ酸塩が生成する。
カチオン接触工程に関するその他の点については、第1の実施の形態のカチオン接触工程と同様であるので、説明を省略する。
【0083】
[4. 固体高分子型燃料電池の製造方法の作用]
MEAの耐久性を向上させるために、膜又は電極に種々の化合物やイオンを導入することが行われている。しかしながら、従来のこの種の添加物は、いずれも実用上十分な耐性を得るためには、相対的に多量の添加を必要とする場合が多い。この種の添加物の多量添加は、膜の機械的強度や可撓性の低下、あるいは、膜又は電極に含まれる電解質のプロトン伝導度の低下の原因となる。
さらに、ある種の添加物を炭化水素系電解質に添加すると、逆に耐久性が低下する場合がある。一方、炭化水素系電解質のラジカル耐性を向上させる添加物としては、例えば、過酸化水素を非ラジカル分解できるアルカリ金属化合物や過酸化水素を包摂して安定化する四級アンモニウム化合物などがある。しかしながら、アルカリ金属化合物は、水に易溶であるものが多く、長期間の使用ではMEA系外に持ち出され、良好な耐久性を維持できない。また、四級アルキルアンモニウム化合物は、高温において過酸化水素及びラジカルに対して不安定なものが多く、耐久改善効果が十分ではない。
【0084】
また、耐久性を向上させるために化合物やイオンを添加する場合において、これらの添加物とフェントン活性を有する不純物との間に相互作用が存在する。すなわち、遷移金属イオン(特に、鉄イオン(Fe2+/Fe3+))があるしきい値を超えて電解質に存在すると、添加物の効果が喪失したり、逆に過酸化水素耐性を悪化させる場合がある。
【0085】
さらに、燃料電池の空気極の触媒として使用されているPt、Pd、Ru、Agなどの貴金属元素は、運転中に触媒層から溶出し、膜内部で析出したり、触媒層で再析出して触媒粒子が粒成長し、電池性能が低下することが知られている。また、燃料極の触媒として使われるPt−Ru合金においても、PtやRuの溶出あるいは粒成長により電池性能が低下すると言われている。これら電極の貴金属元素の劣化は、運転電位の変動で促進されることが知られている。さらに、貴金属イオンの中にもフェントン活性を示すものがあることが知られており、このような貴金属イオンの溶出は、電解質を劣化させ、その劣化生成物が電極を被毒し、電池性能が低下すると言われている。
【0086】
しかしながら、過酸化水素耐性の向上、フェントン活性を有する不純物イオンの低減、及び、貴金属元素の溶出に起因する性能低下の抑制を図るためには、従来、別個の対策を講じる必要があり、これらを同時に解決する方法が提案された例は従来にはない。
【0087】
これに対し、所定のカチオンと電解質とを接触させ、次いでヘテロポリ酸イオンと電解質とを接触させると、電解質内部に所定の組成を有するヘテロポリ酸塩を均一に形成することができる。同様に、ヘテロポリ酸イオンと電解質とを接触させ、次いで所定のカチオンと電解質とを接触させると、電解質内部に所定の組成を有するヘテロポリ酸塩を均一に形成することができる。所定の組成を有するヘテロポリ酸塩を電解質内部に分散させると、過酸化水素耐性の向上、フェントン活性を有する不純物イオンの低減及び貴金属元素の溶出に起因する性能低下の抑制を同時に図ることができる。
これは、
(1)ヘテロポリ酸塩自体が過酸化水素のイオン分解触媒となって過酸化水素を無害化するため、
(2)ヘテロポリ酸塩がフェントン活性を有する不純物遷移金属イオン(特に、可溶性鉄イオン)を捕捉し、フェントン活性を失活させるため、及び、
(3)ヘテロポリ酸塩が溶出した貴金属イオンを捕捉してキレート化し、貴金属イオンが電極沖合に溶出・拡散することを防ぐため、
と考えられる。
さらに、所定のカチオンとヘテロポリ酸との塩は難溶性であり、長期間に渡って電解質膜又は電極内に留まることができるため、これらの効果を長期間に渡って持続させることができる。
【0088】
また、電解質内にイオンを導入し、電解質内部でヘテロポリ酸塩を生成させる方法は、固体のヘテロポリ酸塩粉末と電解質とを機械的に混合する場合に比べて、少量で高い効果が得られる。これは、このような方法を用いることによって、微細なヘテロポリ酸塩が電解質内部に均一に分散するためと考えられる。
【実施例】
【0089】
(実施例1〜6)
[1. 試験方法]
各ヘテロポリ酸を10g/Lの濃度で溶解した溶液5mLと、各陽イオンの濃度が4×10-3Nの溶液1mLとをガラス容器内で混合した。これを、室温で1日間放置して、沈殿生成の有無を観察した(実施例1〜6)。溶液のpHは、1〜2の強酸性であった。
【0090】
[2. 結果]
表1及び表2に、その結果を示す。なお、表1及び表2中、直ちに沈殿が生成したものを「◎」、数時間後に沈殿が生成したものを「○」、沈殿が生じなかったものを「×」で表した。「−」は、未実施を表す。
陽イオンの内、セシウムイオン、4級アルキルアンモニウムイオン、ピリジニウムイオン、イミダゾリウムイオン、含窒素複素環化合物イオン、ホスホニウムイオン、グアニジウムイオン、核酸塩基、白金イオン、及び、ピラゾロン系イオンは、少なくとも1つのヘテロポリ酸と沈殿を生じた。
一方、Cs以外のアルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、白金イオンを除く希土類・遷移金属イオンでは、いずれも沈殿は生じなかった。従って、これらのイオンは、前者の沈殿可能なイオンと共沈させた状態で使用するのが好ましい。
【0091】
【表1】

【0092】
【表2】

【0093】
(実施例7〜9、比較例1〜5)
[1. 試料の作製]
大きさ60mm×60mm、厚さ50μmのフッ素系電解質膜1枚を、PP製容器内に入れたトリブチルメチルホスホニウム(TBMP+)カーボネート水溶液120mLに80℃×8hr浸漬し、膜酸基の1%をイオン交換した。次に、膜をPP製容器内に入れた超純水120mLに浸漬し、80℃×2hrのすすぎを4回繰り返し、余剰のイオンを除いた。
次に、H3PW1240を1g/Lの濃度で超純水120mLに溶解した溶液をPP製容器に入れ、溶液中に膜を浸漬し、難溶性のヘテロポリ酸塩を膜に形成した。その後、膜をPP製容器内に入れた超純水120mLに浸漬し、80℃×2hrのすすぎを4回繰り返し、余剰のイオンを除いた(実施例7)。
【0094】
また、別に同上の大きさの膜1枚を、トリブチルメチルホスホニウムカーボネートに代えてリン酸水素アンモニウム白金錯体(Pt2+)を溶かした120mLの水溶液で80℃×8hr処理し、膜酸基の1%をPt2+でイオン交換した。次いで、膜をH3PW1240水溶液と反応させ、ヘテロポリ酸白金塩を膜に形成した。さらに、膜をPP製容器に入れた超純水120mLに浸漬し、80℃×2hrのすすぎを4回繰り返し、余剰のイオンを除いた(実施例8)。
【0095】
また、硝酸セシウム溶液で膜酸基の1%をCs+イオンでイオン交換した。次いで、膜をH3PW1240水溶液と反応させ、ヘテロポリ酸セシウムを膜に形成した。さらに、膜をPP製容器に入れた超純水120mLに浸漬し、80℃×2hrのすすぎを4回繰り返し、余剰のイオンを除いた(実施例9)。
【0096】
また、比較として、
(1)入手ままの膜(比較例1)、
(2)TBMP+、Cs+又はCe3+によるイオン交換のみを行った膜(比較例2〜4)、
(3)膜酸基の1%をCe3+で置換(硝酸セリウムCe(NO3)3・6H2Oを使用)した後、0.1Mリン酸120mLの水溶液で80℃×8hr処理し、膜内にリン酸第一セリウムを形成し、超純水すすぎを行った膜(比較例5)、
を用意した。
【0097】
[2. 試験方法]
これらの試料に対して過酸化水素蒸気の暴露試験(ドライフェントン試験)を120℃×5hrの条件で行った。
まず、試験前の膜について80℃×2hrの真空乾燥処理を行い、膜重量W1を求めた。
次に、1wt%の過酸化水素水を0.12mL/minの速さで120℃に加熱したPTFE製の蒸発器に滴下し、全量を気化させた。これにN2を0.3L/min加えて希釈した。本条件で、120℃における相対湿度は、約31%と計算された。試験膜は、PTFE製の網に固定し、120℃に加熱したPTFE製の内筒内に置いた。
暴露試験後、80℃×2hrの真空乾燥処理を行い、膜重量W2を求めた。さらに、膜重量W1、W2から、重量変化ΔW(=(W1−W2)/W1×100)を算出した。
【0098】
試料を通過した過酸化水素蒸気を、PE製容器(周りを氷冷却)に入れた超純水100mLにバブリングして回収した。その回収水中に検出されたF-の量をオリオン社製のイオン選択性電極で計測し、試験膜面積と試験時間から単位時間、単位面積当たりのF-排出速度FRR(μg/cm2/hr)を求めた。
回収水(約130mL)の導電率を簡易導電率計((株)堀場製作所製;Twin cond B-173)で計測した。また、回収水のpHをpHメータ((株)堀場製作所製;F−7、緩衝溶液pH4.0とpH2.0で更正)で調べた。
【0099】
[3. 結果]
表3に、その結果を示す。実施例7〜9は、いずれも回収水の導電率が未処理膜(比較例1)、TBMP+イオンだけを導入した膜(比較例2)、Cs+、Ce3+をイオン交換しただけの膜(比較例3、4)よりも小さく、膜劣化の程度(イオン成分の排出)が小さかった。また、実施例7〜9では、pHが比較例1〜4より高く、F排出速度(FRR)も小さく、フッ化水素酸の生成が抑制されていた。
膜内にリン酸第一セリウムを形成した比較例5は、実施例7〜9ほどの抑制効果はなかった。
【0100】
【表3】

【0101】
(実施例10、比較例6〜7)
[1. 試料の作製]
大きさ60mm×60mm、厚さ10μmの炭化水素系電解質膜1枚を、PP製容器に入れた酸基の1%を置換できる硝酸セシウム溶液120mL(Cs+濃度:0.04mmol/L)に浸漬し、80℃×8hr処理した。その後、十分水洗した後に、膜をPP製容器に入れた10g/Lの濃度のりんタングステン酸水溶液120mLに浸漬し、80℃×8hr処理し、膜をH体に戻した。次に、膜をPP製容器に入れた超純水120mLに浸漬し、80℃×2hrのすすぎを4回繰り返し、余剰のイオン成分を除いた(実施例10)。
【0102】
また、比較として、
(1)実施例9で沈殿生成したCs3PW1240を、炭化水素系電解質を溶媒に溶かした溶液に加え、超音波処理した後にキャスト成型した膜(添加量は、膜酸基の1%をCs+イオンで交換したものに相当、比較例6)、
(2)入手ままの膜(比較例7)、
を用意した。
【0103】
[2. 試験方法]
実施例7〜9と同様にして、ドライフェントン試験を行い、膜の重量変化ΔW、回収水の導電率、及び、回収水のpHを測定した。また、ドライフェントン試験後に膜の着色の程度を目視により評価した。
【0104】
[3. 結果]
表4に、その結果を示す。実施例10は、回収水の導電率が難溶性ヘテロポリ酸セシウム塩を機械的に混合した膜(比較例6)や未処理膜(比較例7)よりも小さく、膜劣化の程度が小さかった。また、実施例10では、pHが比較例6、7より高く、酸成分の生成が抑制されていた。
さらに、実施例10では、膜の着色程度が比較例6、7に比べて小さくなっていた。これは、・OHや・OOHラジカルに対する攻撃によって、カルボニル化合物や過酸化物の付加物ができ難くなっていることを示す。
【0105】
【表4】

【0106】
(実施例11〜28、比較例8〜13)
[1. 試料の作製]
大きさ60mm×60mm、厚さ10μmの炭化水素系電解質膜1枚を、PP製容器に入れ、酸基の1%を置換できる種々のイオン溶液120mL(カチオン濃度:0.02mmol/L)に浸漬し、80℃×8hr処理した。その後、80℃×2hrの超純水すすぎを4回繰り返し、余剰のイオン成分を除いた。
十分水洗した後に、膜をPP製容器に入れた1g/Lの濃度の各ヘテロポリ酸水溶液120mLに浸漬し、80℃×8hr処理し、ヘテロポリ酸塩を膜内に固定するとともに、膜をH体に戻した。さらに、膜をPP製容器に入れた超純水120mLに浸漬し、80℃×2hrのすすぎを4回繰り返し、余剰のイオン成分を除いた(実施例11〜24)。
【0107】
また、同上の膜を濃度1g/Lの各ヘテロポリ酸水溶液120mLに80℃×8hr浸漬処理した。次いで、膜酸基の1%相当のトリブチルメチルホスホニウムイオンを含む水溶液120mLに80℃×8hr浸漬処理した。さらに、80℃×2hrの超純水すすぎを4回繰り返し、余剰のイオン成分を除いた(実施例25〜28)。
【0108】
比較として、
(1)各ヘテロポリ酸水溶液(濃度10g/L)に浸漬し、超純水すすぎを行っただけの膜(比較例8〜10)、
(2)トリブチルメチルホスホニウムカーボネート溶液で膜酸基の1%を置換しただけの膜(比較例11)、
(3)白金リン酸水素溶液で膜酸基の1%をPt2+で置換しただけの膜(比較例12)、
(4)硝酸銅水素溶液で膜酸基の1%をCu2+で置換しただけの膜(比較例13)、
を用意した。
【0109】
[2. 試験方法]
実施例7〜9と同様にして、ドライフェントン試験を行い、膜の重量変化ΔW、回収水の導電率、及び、回収水のpHを測定した。また、ドライフェントン試験後に膜の着色の程度を目視により評価した。
【0110】
[3. 結果]
表5に、その結果を示す。実施例11〜28は、いずれも、表4の比較例7及び比較例8〜13に比べ、膜分解に起因する酸性成分の量が少ないため、排水の導電率が大幅に低下し、pH低下も抑制された。
また、実施例11〜28は、膜の着色程度が小さくなっており、重量変化も少なかった。これは、膜の・OHや・OOHラジカルに対する攻撃によるカルボニル化合物や過酸化水素の生成が大幅に抑制されていることを示す。
【0111】
【表5】

【0112】
(実施例29〜33、比較例14)
[1. 試料の作製]
60wt%Pt/C触媒0.5g、蒸留水2.0g、エタノール2.5g、プロピレングリコール1.0g、22wt%ナフィオン(登録商標)溶液(デュポン社製)0.9gをこの順で加えた。この溶液を超音波ホモジナイザーで分散させ、触媒インクを作製した。これをポリテトラフルオロエチレンシート上に塗布、乾燥してカソード転写電極を得た。Pt使用量は、0.5〜0.6mg/cm2の範囲で一定とした。
アノードには、30wt%Pt/Cを用い、上記と同様の作製方法で得たアノード転写電極を用いた。Pt使用量は、0.2mg/cm2とした。
これらの電極を36mm角に切り出した。
【0113】
カソード電極の触媒層内電解質の酸基の0.05〜100%相当のモル数に当たる1,10フェナントロリンを加えた120mLの水溶液に、カソード転写電極を80℃×8hr浸漬した。その後、超純水120mLで80℃×2hr×4回のすすぎを行った。
次に、カソード転写電極を、濃度1g/Lのりんタングステン酸(H3PW1240)水溶液120mLに80℃×8hr浸漬した。その後、超純水120mLで80℃×2hr×4回のすすぎを行った。さらに、80℃×2hrの真空乾燥を施した。
【0114】
処理後のカソード転写電極及びアノード転写電極を電解質膜NRE212CS(デュポン社製)の両面に熱圧着(120℃、50kgf/cm2(4.9MPa))して、MEAを作製した(実施例29〜33)。
比較として、未処理電極を用いたMEA(比較例14)を用意した。
【0115】
[2. 試験方法]
以下の条件下で、耐久試験を行った。
アノードガス: H2(100ml/min)
カソードガス: Air(100ml/min)
セル温度: 80℃
加湿器温度: 60℃(アノード側、カソード側ともに)
試験時間: 開回路1分、0.1A/cm2を1分とするサイクル試験を150時間
耐久試験前後で0.8A/cm2における電圧値を測定し、その低下割合を算出した。
【0116】
[3. 結果]
表6に、初期電圧及び耐久試験後の電圧低下率を示す。なお、実施例33は、初期電圧が著しく低下したために、耐久試験は行わなかった。
表6より、
(1)未処理電極を用いたMEAの場合(比較例14)、初期電圧は高いが、電圧低下率が大きい、
(2)1,10フェナントロリンとヘテロポリ酸の塩を電極に形成した場合、1,10フェナントロリン置換量が多くなるほど電圧低下率は減少する、
(3)1,10フェナントロリンとヘテロポリ酸の塩を電極に形成した場合、1,10フェナントロリン置換量が過剰になると、初期電圧が低下する、
(4)高い初期電圧と低い電圧低下率を両立させるためには、1,10フェナントロリン置換量は、電解質の酸基当たり0.1〜20%が好ましく、さらに好ましくは、電解質の酸基当たり0.5〜5%である、
ことがわかる。
【0117】
【表6】

【0118】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0119】
本発明に係る方法により得られる固体高分子型燃料電池は、車載用動力源、定置型小型発電器、コジェネレーションシステム等に適用することができる。
本発明に係る方法により得られる電解質は、固体高分子型燃料電池、水電解装置、ハロゲン化水素酸電解装置、食塩電解装置、酸素及び/又は水素濃縮器、湿度センサ、ガスセンサ等の各種電気化学デバイスに用いられる電解質膜及び電極に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘテロポリ酸イオンと結合することによってヘテロポリ酸塩となるカチオンと、電解質とを接触させるカチオン接触工程と、
前記電解質と前記ヘテロポリ酸イオンとを接触させるヘテロポリ酸イオン接触工程と
を備えた固体高分子型燃料電池の製造方法。
【請求項2】
前記ヘテロポリ酸塩は、難溶性である請求項1に記載の固体高分子型燃料電池の製造方法。
【請求項3】
前記カチオン接触工程は、前記電解質の酸基当たり0.1〜20%の前記カチオンと前記電解質とを接触させるものである請求項1又は2に記載の固体高分子型燃料電池の製造方法。
【請求項4】
前記カチオンは、セシウムイオン、4級アルキルアンモニウムイオン、ピリジニウムイオン、イミダゾリウムイオン、含窒素複素環化合物イオン、ホスホニウムイオン、グアニジウムイオン、核酸塩基、白金イオン、及び、ピラゾロン系イオンから選ばれるいずれか1以上である請求項1から3までのいずれかに記載の固体高分子型燃料電池の製造方法。
【請求項5】
前記カチオン接触工程は、前記電解質に含まれるハロゲンイオンの含有量が前記電解質の重量当たり10ppm以下となるように、前記電解質と前記カチオンとを接触させるものである請求項1から4までのいずれかに記載の固体高分子型燃料電池の製造方法。
【請求項6】
電解質とヘテロポリ酸イオンとを接触させるヘテロポリ酸イオン接触工程と
前記ヘテロポリ酸イオンと結合することによってヘテロポリ酸塩となるカチオンと、前記電解質とを接触させるカチオン接触工程と、
を備えた固体高分子型燃料電池の製造方法。
【請求項7】
前記ヘテロポリ酸塩は、難溶性である請求項6に記載の固体高分子型燃料電池の製造方法。
【請求項8】
前記カチオン接触工程は、前記電解質の酸基当たり0.1〜20%の前記カチオンと前記電解質とを接触させるものである請求項6又は7に記載の固体高分子型燃料電池の製造方法。
【請求項9】
前記カチオンは、セシウムイオン、4級アルキルアンモニウムイオン、ピリジニウムイオン、イミダゾリウムイオン、含窒素複素環化合物イオン、ホスホニウムイオン、グアニジウムイオン、核酸塩基、白金イオン、及び、ピラゾロン系イオンから選ばれるいずれか1以上である請求項6から8までのいずれかに記載の固体高分子型燃料電池の製造方法。
【請求項10】
前記カチオン接触工程は、前記電解質に含まれるハロゲンイオンの含有量が前記電解質の重量当たり10ppm以下となるように、前記電解質と前記カチオンとを接触させるものである請求項6から9までのいずれかに記載の固体高分子型燃料電池の製造方法。

【公開番号】特開2010−257772(P2010−257772A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−106815(P2009−106815)
【出願日】平成21年4月24日(2009.4.24)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】