説明

固体高分子形燃料電池の性能回復方法

【課題】酸化剤極への燃料導入や各種の厳密な制御を行なうことなく、安全にかつ簡単、確実に燃料電池性能の回復を実現する。
【解決手段】固体高分子形の燃料電池FCの燃料電池運転を停止し、燃料電池FCに対して、燃料電池運転時に酸化剤極となる集電体26側の流路に配管4から純水を供給する。集電体25、26に対して、外部電源15から燃料電池運転時とは逆方向の電流を流すように電力を供給し、純水を電気分解させることで、燃料電池FCの性能を回復させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池の性能回復方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、長期的な運転により供給ガスや加湿水に含まれる不純物や、電池システムを構成する各基材から溶出する無機・有機成分が汚染物質として電池内部に蓄積していく。その結果反応場の減少が発生し、電池の性能が低下していく。
【0003】
より詳述すると、固体高分子形燃料電池の性能を低下させる内部抵抗(過電圧)には、抵抗過電圧、活性化過電圧、拡散過電圧があるが、長期的な運転により、電池内部の膜電極接合体へ前記汚染物質が蓄積したり、基材の濡れに伴うガス拡散性の低下により、これらの過電圧が徐々に上昇し、燃料電池の性能が低下する。
【0004】
このような固体高分子形燃料電池の性能低下を回復させる技術として、燃料電池運転時の酸化剤極側に、直接あるいは膜電極接合体を介して燃料を供給し、その後元の燃料電池運転時とは逆方向に電流が流れるように燃料電池運転をしたり、燃料極側に燃料を導入して、酸化剤極から燃料極へ外部電源から電流を流すようにして燃料電池性能を回復する方法が提案されている(特許文献1〜3)。
【0005】
【特許文献1】特開2001−85037号公報
【特許文献2】特開2003−272686号公報
【特許文献3】特開2005−166479号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら燃料である水素と酸化剤である酸素が混合した状態で電極触媒に接触すると、触媒上で激しい反応が起こる。これによって発電効率の低下を招くばかりでなく、水素、酸素の濃度によっては膜の破損が発生し、それが本来果たすべき燃料極と酸化剤極のシール性を失うため、電池の破損につながる危険がある。このため燃料と酸化剤が混合する可能性を完全に排除する必要がある。また特許文献1、2の方法では、燃料電池に対して外部から加える電流値や、供給する水素流量等、複数のパラメータを厳密に監視する必要があり、制御も複雑なものとなってしまうという問題があった。
【0007】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり、酸化剤極への燃料導入や各種の厳密な制御を行なうことなく、安全にかつ簡単、確実に燃料電池性能の回復を実現することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明は、固体高分子形燃料電池における、燃料電池運転時の酸化剤極側に対して純水を供給するとともに、前記固体高分子形燃料電池の集電体に対して、燃料電池運転時とは逆方向の電流を流すように外部電源から電力を供給して前記純水を電気分解させる水電解運転を行なう事で、固体高分子形燃料電池の性能を回復させることを特徴としている。
【0009】
本発明において、水電解運転においては、燃料電池運転時の酸化剤極側に純水を供給し、外部から電気を加えることにより行う。このとき燃料電池運転時の酸化剤極側の電極界面では、次の式に示す化学反応が起こる。
2HO→O+4H+4e−
【0010】
前記式からわかるように、水電解運転では燃料電池運転時の酸化剤極側での電極界面で水素が発生することはない。したがって燃料と酸化剤が混合する可能性は全くない。なおこの反応で発生した水素イオン(プロトン)は、反応の時点で電解質膜内に取り込まれ、燃料電池運転時の燃料極側(水素側)に向かって移動していき、燃料電池運転時の燃料極側(水素側)の電極界面で外部電源から供給される電子と結合してはじめて水素分子となる。
【0011】
ここで膜内のプロトンの輸送現象を簡略的に示すと図1のようになる。プロトンは数個の水分子を随伴しながら、スルホン酸基を伝って膜内を移動する。そのためスルホン酸基が他のイオン(ここでいう不純物)に置換されると、イオン交換基として機能しなくなるため、水素イオンの伝導性が低下し、結果的に出力電圧が低下する。置換された不純物は水素イオンよりも結合力が強いため、通常の運転では排除できないが、膜内を移動するプロトンの量を数倍に増やし、さらにプロトンの流れ方向を反対にすることでも排除されやすくなる。
【0012】
一般的に燃料電池運転では、電流密度の上昇に伴いガスの拡散性に起因する拡散過電圧が発生する。この状態からさらに電流密度を上昇させると、電圧の急低下が起こり、運転自体が不可能となる。
【0013】
それに比べて水電解運転では、一般的に燃料電池運転時の数倍に相当する数A/cmの電流密度においても上記の問題を起こすことはなく、安定的な運転が可能である。つまり本発明では、燃料電池運転時とは逆方向の電流を、一般的な燃料運転時の数倍、また従来の技術と比べても数10倍程度の電流を流す事が可能である。これにより、プロトンが膜電極接合体を移動するときの汚染物資の排出、すなわち膜内から膜外への移動が促進され、燃料電池性能を回復させることができる。
【0014】
なお水電解運転時に生成した水素、酸素を貯蔵タンクに貯蔵しておき、燃料電池運転時には、当該貯蔵したガスを用いるようにすれば、効率のよい運転が行なえる。
【0015】
燃料電池運転時の酸化剤極側に対して純水を供給する際には、燃料電池運転時の燃料極側に対しても純水を供給するようにしてもよい。これによって、固体高分子形燃料電池の膜内から排出された不純物をセル外まで確実に排出することができ、また水電解運転時の安全性も高まる。
【0016】
また電気分解に供する純水は、導電率が1μS/cm以下、TOC(Total Organic Carbon:総有機炭素)が1ppm以下であることが好ましい。濃度平衡(濃度差があると同一濃度になろうとして物質移動が発生)によって、膜内の不純物イオンが純水中のプロトンと置換されるので、このような高純度の純水を供給すること自体にも膜の洗浄効果がある。
【0017】
ところで膜内の不純物を効率的に排出するためには、不純物が膜表面近傍にある時点で性能回復運転を行うのが理想的である。これは不純物の移動行程が短ければ短いほど、膜外への排出が容易となるからである。しかしながら、不純物が膜表面近傍に存在しているかどうかは直接的には測定しがたい。この点に関し、発明者らの知見によれば評価指標となるのは電圧値であり、さらに発明者らが調べた結果、初期電圧に対して20mV低下した時点で回復運転を行うことが理想的であると考えられる。
【0018】
そこで実際の本方法の実施にあたっては、たとえば固体高分子形燃料電池の運転中の電圧値を監視し、初期の電圧値に対して20mV以上の電圧低下を検知した時点で固体高分子形燃料電池の運転を停止し、その後前記した本発明の固体高分子形燃料電池の性能回復方法を実施することが提案できる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、酸化剤極への燃料導入や各種の厳密な制御を行なうことなく、安全にかつ簡単、確実に燃料電池性能の回復を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
図2に実施の形態にかかるシステムの基本的な構成を示す。燃料電池FCに対して、配管1、2、3、4が接続されている。配管1は、水電解運転時に生成した水素の排出経路として機能し、配管2は水電解運転時に生成した酸素の排出経路として機能する。また配管3は、燃料電池運転時の燃料排出経路として機能し、配管4は燃料電池運転時の酸化剤排出経路として機能するものである。また配管4は、燃料電池FCの水電解運転時には、純水供給経路として使用される。
【0021】
燃料電池FCに対しては、さらに電池内部のパージや乾燥を行なう、不活性ガス供給経路となる、配管5、6が接続されている。
【0022】
配管1には、タンク11が設けられ、配管2には、タンク12が設けられている。これらタンク11、12は純水を貯蔵しており、燃料電池運転時の加湿タンクとして機能し、また水電解運転時には、純水貯蔵タンクとして機能するものである。すなわち水電解運転時には、タンク12に貯蔵されている純水が、ポンプ13を介して配管7から配管4を経由して燃料電池FCの酸化剤極側に供給される。
【0023】
配管5、6、7、4には、各々対応するバルブV1〜V4が設けられている。これらV1〜V4は、制御装置14によって開閉制御されている。
【0024】
また水電解運転時には、外部電源15から燃料電池FCに対して電流を供給して、水の電気分解が行われるようになっている。より詳述すれば、後述の集電体25、26に対して、燃料電池運転時とは逆向きの電流が流れるように、電流が供給される。なお燃料電池FCの乾燥状態は、抵抗計16によって計測される抵抗値によって測定される。外部電源15、抵抗計16も制御装置14によって制御される。
【0025】
タンク11には、タンク11の上部に接続された配管17a、17bを介してガス貯蔵タンク17が設けられ、タンク12には、タンク12の上部に接続された配管18a、18bを介してガス貯蔵タンク18が設けられている。これらガス貯蔵タンク17、18は後述の性能回復運転である水電解運転時に発生する水素、酸素を貯蔵するものである。なお各配管17a、17b、18a、18bには、各々対応するバルブV11、V12、V13、V14が設けられている。
【0026】
図3に、固体高分子形の燃料電池FCの内部断面形状を示した。この燃料電池FCは、一般的な固体高分子形燃料電池と同様の構成を有している。すなわち、反応を担うプロトン伝導性固体高分子膜21と、このプロトン伝導性固体高分子膜21の両面に接合された電極部となる白金電極の触媒22、23とによって膜電極接合体24が構成されている。膜電極接合体24の両面には、電子の授受とガス拡散を担う集電体25、26が配置されており、さらに内部に反応流体の流路27a、28aを形成するセパレータ27、28が集電体25、26の両面に配置されている。以上の構成で、最小単位のセル(単セル)が構成される。
【0027】
なおセパレータ27、28には電圧を測定するための電圧測定用の端子29、30が取付けられている。
【0028】
かかる構成を有する燃料電池FCに水電解の機能を具備させるには、燃料電池時の酸化剤極側の基材を水電解の運転状態に耐えられる仕様に変更する必要がある。その一例としては、たとえば特開2004−134134号公報や、特開2007−12315号公報に開示されているように、白金電極の触媒23に少量のイリジウム(黒)を混入し、基材の撥水性を調整し、集電体26とセパレータ27、28を、Ptでメッキする方法がある。なお、その他の構造については特段変更する必要はない。
【0029】
燃料電池FCは以上の構成を有しており、次のその運転例について説明する。
燃料電池運転時は、バルブV1〜バルブV3は閉鎖、バルブV4は開放し、図4に示したように、配管1へ燃料を、配管2へ酸化剤を導入し、タンク11、12で加湿を行った後に燃料電池FCに供給する。そうすると、集電体25、26間で電位差が生じるため、負荷31を接続することで発電ができる。
【0030】
このとき燃料電池FCでは外部の負荷31に応じた量のガスが消費され、反応に使われなかったガスは配管3、4を介して系外に排出される。なお、消費されなかったガスは別途ルートを設けて再循環させてもよい。たとえば、ガス貯蔵タンク17、18に回収してもよい。
【0031】
次に性能回復運転である水電解運転時について説明する。水電解運転時においては、まずバルブV1、V2は閉鎖し、バルブV3は開放、バルブV4は閉鎖する。そしてタンク12に貯蔵した純水をポンプ13で吸込み、配管4を通じて燃料電池FCにおける燃料電池運転時の酸化剤極側、すなわち流路28aの集電体26側に純水を供給する。なおこのとき供給する純水の流量は、電気分解される水の100倍以上の量が好ましい。そして外部電源15の陰極を集電体25に、陽極を集電体26に接続して、集電体25、26に対して電流を供給する。
【0032】
そうすると、燃料電池FCでは外部電源15から与える電流に応じた量のガスである水素、酸素が発生する。発生した水素は配管1を通じて排出され、一旦タンク11に導入され、そこで気液分離を行った後に系外に排出される。一方、発生した酸素は配管2を通じて排出され、タンク12に導入され、そこで気液分離を行った後に系外に排出される。
【0033】
なおこれら生成したガスは、ガス貯蔵タンク17、18に各々貯蔵される。すなわち、水電解運転時には、バルブV11、V13は開放、バルブV12、V14は閉鎖しておく。これによって、水電解運転時に発生した水素は、タンク11、配管17aを経て、ガス貯蔵タンク17に貯蔵され、水電解運転時に発生した酸素は、タンク12、配管18aを経て、ガス貯蔵タンク18に貯蔵される。このようにしておくことで、次の燃料電池運転時の燃料、酸化剤として、これら再利用することができる。
【0034】
なお水電解運転時で発生した水素、酸素を貯蔵する場合には、燃料電池運転時の運転圧力に対して、50kPa以上の圧力で貯蔵することが好ましい。ただし、水電解運転時は、発明者らの知見では1MPaで運転することができるので、そのような高圧で貯蔵する際に、格別昇圧機は不要である。
【0035】
そして燃料電池運転時の際には、バルブV11、V13は閉鎖、バルブV12、V14は開放して、各々ガス貯蔵タンク17からは水素を配管17b、配管1を通じて燃料電池FCに供給し、ガス貯蔵タンク18からは酸化剤としての酸素を各々配管18b、配管2を通じて各々燃料電池FCに供給することになるが、この場合、燃料電池FCで必要なガス量に応じて、バルブV12、V14の開度を制御する。たとえば燃料電池FCの出口圧力、すなわち配管3、4での圧力が一定の圧力となるように、これらバルブV12、V14の開度を調整することが提案できる。
【0036】
なお水電解運転時で発生した水素、酸素を貯蔵する場合、図2の例のように各々専用のガス貯蔵タンク17、18を設けなくとも、タンク11、12の容量を大きく設定し、これらタンク11、12内の上部にて、水電解運転時で発生した水素、酸素を貯蔵するようにしてもよい。なおかかる場合には、燃料電池運転時に燃料電池FCに、各々水素、酸素を供給するため、配管1、2におけるタンク11、12と燃料電池FCとの間に、供給流量を調節するための流量調整バルブが必要である。
【0037】
ここで、水電解運転から燃料電池運転に切替えるときには、特開2006−127807号公報に開示されているように、配管5、6から不活性の乾燥ガスを導入し、燃料電池FCの内部基材を適度に乾燥させることでこの切替を安全かつ円滑に繰返し行うことができる。このとき、内部基材が適度に乾燥したかを判断する指標として抵抗計16の値を用い、そこからのセパレータ27、28間の導体抵抗の出力信号を制御装置17に取込み、予め組込んだシーケンスで切替が行われる。
【0038】
図5に示したように、本実施の形態によれば、燃料電池運転時の酸化剤極側に水素を混入させる必要が無い。また水電解反応に十分な量の純水を循環させることで、性能回復過程において特段の制御が一切不要であり、任意の電流密度で任意の時間運転しても燃料電池FCにダメージを与えることは無い。このとき循環させる純水の純度(導電率、有機成分等)は高純度であればあるほど望ましいが、導電率で1μS/cm以下、TOCで1ppm以下であれば、燃料電池性能は十分に回復する。
【0039】
次に電極面積250cmの燃料電池を用いて本発明の効果を検証した。今回は近年の研究で明らかになった性能低下を加速させる2通りの条件で運転することで燃料電池性能を一旦低下させ、その状態から本方法によってどの程度まで性能が回復するかを検証した。なお、各セル間はセパレータで仕切られており、汚染物質が直接的に他のセルに移動することは無いため、ここでは単セルで検証した。
【0040】
まずは起動停止サイクル運転について調べた。すなわち起動停止のサイクルを4h、膜が不純物で汚染され易いようにTOCで3ppmの純水を加湿用の純水として供給し、運転温度80℃、電流密度0.6A/cmの繰返し運転を実施した。
【0041】
その結果の一例を図6における左側の棒グラフ群に示す。同図に見られるように延べ運転時間で100h、起動停止回数で25回の時点で、初期の電圧値700mVに対して682mVまで低下した。この状態で発電を中止し、性能回復運転(水電解運転)を実施した。その後所定の方法で運転切替を行い、再度燃料電池運転をした結果、電圧値は698mVまで回復した。その後も継続して同様の起動停止サイクル運転を繰返し、電圧値が680mVまで低下するたびに性能回復運転を行った。その結果、延べ運転時間で約1000h、起動停止回数で約250回に渡り性能回復運転後の電圧値は698〜701mVまで回復し続けた。
【0042】
ここで、より直接的に性能回復運転の効果を確認するために、発電中の燃料電池の内部抵抗を交流インピーダンス法で測定した。その結果を図7に示した。図7は実軸−虚軸座標に測定結果をプロットした複素インピーダンスプロットを示しており、これによれば、性能低下した状態では低下する前に比べ触媒の有効面積を表わす指標の一つである活性化過電圧成分(半円の直径)が増大しているが(図7中の黒い三角プロット)、性能回復運転によりその値がほぼ元に戻っていることがわかる(図7中の白抜きの四角プロット)。したがって本発明の性能回復運転により触媒の有効表面積が回復したことがわかる。なおこのときの今回の水電解の運転条件は、運転温度80℃、電流密度1.0A/cm、循環水量0.5L/min、運転時間1hとした。
【0043】
次は酸素側電位が、800mV以上になるような低負荷での起動停止サイクル運転について調べた。すなわち、電流密度を0.1A/cmとし、起動停止サイクルを4h、運転温度80℃の繰返し運転を実施した。本条件にて延べ運転時間で120h、起動停止回数で30回の運転を行った後に電流密度が0.6A/cmの運転を実施し、低負荷運転を実施する前後の電圧値を比較した。
【0044】
その結果、図6における右側の棒グラフ群に見られるように、低負荷運転前は699mVであったものが、低負荷運転後は652mVまで急激に低下した。その状態から性能回復運転をした結果、697mVとほぼ最初の性能まで回復した。なお、性能回復運転を実施する前に、特開2001−85037号公報に開示されているような、純水を循環させることによる性能回復も試みた。
【0045】
その結果、80℃の純水を酸化剤極側のみに2h循環させた後の電圧値は681mVであり、水電解運転のほうがより性能回復効果があることを確認した。なお、特開2001−85037号公報には、洗浄液を循環させた後燃料電池運転をするまでの操作についての記述はないが、本方法では前述のように、特開2006−127807号公報に開示されているような、乾燥運転を伴う操作を用いた。
【0046】
この場合でも、先の例と同様に交流インピーダンス法で発電中の燃料電池の内部抵抗値を測定した。図8に見られるように、この場合でも性能低下した状態では活性化過電圧成分が増大し、性能回復運転によりその値が減少することから、性能回復運転に触媒有効表面積の回復効果があることを再確認した。
【0047】
以上の結果から、燃料電池運転と水電解運転を交互に行うことにより燃料電池性能を長期に渡りに維持できることがわかる。その運用方法の一例として、前述したように性能回復運転時に生成した水素、酸素をガス貯蔵タンク17、18に貯蔵しておき、燃料電池運転時にその貯蔵したガスを利用することにより本システムのより効率的な運用が可能となる。
【0048】
以上説明したように、本発明の回復方法を実施すれば、燃料電池運転時の燃料極→酸化剤極へのプロトンの移動量に比べて、数〜10数倍ものプロトンを逆方向に流すことができ、従来技術よりも汚染物質を強力かつ速やかに排出することが可能となる。このため、本方法は従来技術以上に耐久性を向上させる効果を有している。
【0049】
前記した実施の形態は、性能回復運転である水電解運転時において、燃料電池FCにおける燃料電池運転時の酸化剤極側、すなわち流路28aの集電体26側に純水を供給するようにしていたが、水電解運転時において酸化剤極側のみならず燃料極側に純水を供給するようにしてもよい。
【0050】
これを図に基づいて具体的に説明すれば、図9に示した例においては、図2に示したシステム例に対して、タンク11と配管3との間に配管41を接続し、この配管41にポンプ42、バルブV6を設け、配管3にバルブV7を設けたものである。かかる構成により、タンク11内の純水を、ポンプ42によって配管41、配管3を経由して燃料電池FCの燃料極側、すなわち図3に示した、流路27aの集電体25側に純水が供給できるようになっている。
【0051】
そして水電解運転時においては、まずバルブV1、V2は閉鎖し、バルブV3、V6は開放、バルブV4、V7は閉鎖する。そしてタンク12に貯蔵した純水をポンプ13によって、配管4を通じて燃料電池FCにおける燃料電池運転時の酸化剤極側、すなわち流路28aの集電体26側に供給すると共に、タンク11に貯蔵した純水をポンプ42によって、配管3を通じて燃料電池FCにおける燃電池運転時の燃料極側、すなわち流路27aの集電体25側に供給する。このとき既述したように、外部電源15の陰極を集電体25に、陽極を集電体26に接続して、集電体25、26に対して電流を供給する。
【0052】
このように水電解運転時に、酸化剤極側のみならず燃料極側にも純水を供給することで、より確実に不純物をセル外に排出することが可能である。すなわち水電解運転で膜内から排出された不純物は、まず燃料極側の集電体25を通って流路27aへ排出され、次にセル外に排出されるが、もしこの不純物がセル外に排出されずセル内部に残留した状態で燃料電池運転を開始すると、一度膜内から排出した不純物が再度膜内に侵入する可能性がある。したがって、燃料極側にも純水を循環することで、膜表面を洗い流す作用が加わり、膜内から排出された不純物をセル外まで確実に排出することが可能である。
【0053】
またこのように酸化剤極側のみならず燃料極側にも純水を供給すると、水電解運転(回復運転)の安全性が高まるものである。すなわち水電解運転では、電気分解するための純水が必要であるが、この純水は、電気分解反応時に発生する熱をセル外へ除去(冷却)する役目も果たしている。ここでもしポンプ13等の故障により酸化剤極側への純水の供給が停止してしまうと、電気分解するものがなくなるため、膜内の水を分解し始める。膜の抵抗値は、膜の湿潤状態に依存するため、乾燥するほど抵抗が高くなりジュール熱が増加する。しかし、純水がないためセル外へ熱を除去できず内部に熱がこもってしまう。膜の耐熱温度は100℃前後と言われており、それを超えると膜が溶け始める。すると膜が本来果たすべき燃料極側−酸化剤極側のシール性が失われ、両極のガスが混合し短絡状態(=電池の破損)となる。この点図9に示したように、燃料極側に対しても純水を供給することで、燃料極側の流路27a内の純水が電気分解に供され、そのような事態は発生しない。したがってより安全に水電解運転(回復運転)を実施することができる。
【0054】
なお燃料電池運転から水電解運転に切り替える際には、たとえば燃料電池FCの運転中の電圧値を監視し、初期の電圧値に対して20mV以上の電圧低下を検知した時点で性能回復運転待機状態とし、その後燃料電池FCの燃料電池運転を停止した後に、水電解運転に切り替えるようにすれば、効率よくかつ適切に性能回復運転を実施することができる。なおこのような切り替え制御は、燃料電池FCの電圧値を検出、監視する適宜の電圧センサからの検出信号に基づいて、制御装置14で自動的に切り替え制御することが容易である。
【0055】
さらにまた、性能回復運転である水電解運転から再び燃料電池運転に戻す場合には、たとえば導電率が1μS/cm以下、TOCが1ppm以下の純水を供給して水電解運転を行なう場合、燃料電池運転時の2倍の電流密度で1時間程度運転した後、燃料電池運転に戻すようにすることが提案できる。このように水電解運転時には、燃料電池運転時よりも大きい電流密度で水電解を実施することが好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、固体高分子形燃料電池の性能を回復させる際に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】膜内プロトンの輸送現象を模式的に示した説明図である。
【図2】実施の形態で用いた固体高分子形燃料電池の配管系統を示す説明図である。
【図3】実施の形態で用いた固体高分子形燃料電池の内部の構造を模式的に示した説明図である。
【図4】実施の形態で用いた固体高分子形燃料電池の燃料運転時の様子を模式的に示した説明図である。
【図5】実施の形態で用いた固体高分子形燃料電池の水電解運転時の様子を模式的に示した説明図である。
【図6】性能低下試験の前後および性能回復運転後の出力電圧を示すグラフである。
【図7】電流密度が0.6A/cmのときの運転性能低下試験の前後および性能回復運転後の内部抵抗割合を示す複素インピーダンスプロットに基づくグラフである。
【図8】電流密度が0.1A/cmのときの性能低下試験の前後および性能回復運転後の内部抵抗割合を示す複素インピーダンスプロットに基づくグラフである。
【図9】他の実施の形態で用いた固体高分子形燃料電池の配管系統を示す説明図である。
【符号の説明】
【0058】
1、2、3、4、5、6、7、17a、17b、18a、18b、41
配管
11、12 タンク
13、42 ポンプ
14 制御装置
15 外部電源
16 抵抗計
17、18 ガス貯蔵タンク
21 プロトン伝導性固体高分子膜
22、23 触媒
24 膜電極接合体
25、26集電体
27、28 セパレータ
27a、28a 流路
31 負荷
FC 燃料電池

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子形燃料電池の性能を回復させる方法であって、
前記固体高分子形燃料電池における、燃料電池運転時の酸化剤極側に対して、純水を供給するとともに、
前記固体高分子形燃料電池の集電体に対して、燃料電池運転時とは逆方向の電流を流すように外部電源から電力を供給して前記純水を電気分解させる水電解運転を行なう事で、固体高分子形燃料電池の性能を回復させることを特徴とする、固体高分子形燃料電池の性能回復方法。
【請求項2】
水電解運転時に生成した水素、酸素を貯蔵タンクに貯蔵しておき、燃料電池運転時には、当該貯蔵したガスを用いることを特徴とする、請求項1に記載の固体高分子形燃料電池の性能回復方法。
【請求項3】
燃料電池運転時の酸化剤極側に対して純水を供給する際には、燃料電池運転時の燃料極側に対しても純水を供給することを特徴とする、請求項1または2に記載の固体高分子形燃料電池の性能回復方法。
【請求項4】
前記純水は、導電率が1μS/cm以下、TOCが1ppm以下であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の固体高分子形燃料電池の性能回復方法。
【請求項5】
固体高分子形燃料電池の運転中の電圧値を監視し、初期の電圧値に対して20mV以上の電圧低下を検知した時点で固体高分子形燃料電池の運転を停止し、その後請求項1〜3のいずれかに記載の固体高分子形燃料電池の性能回復方法を実施することを特徴とする、固体高分子形燃料電池の性能回復方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2009−123534(P2009−123534A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−296482(P2007−296482)
【出願日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000169499)高砂熱学工業株式会社 (287)
【出願人】(000101374)アタカ大機株式会社 (55)
【Fターム(参考)】