説明

固体高分子形燃料電池用ガス拡散層材料

【課題】優れたガス拡散性、導電性及び耐酸性を有すると共に、コストが低く、更には燃料電池の薄型化に大きく寄与し得る、固体高分子形燃料電池のガス拡散層材料を提供すること。
【解決手段】樹脂製網状シートにおける露出部の全面に、銅を主成分とする第一の被覆層を形成し、かかる第一の被覆層の外側に、クロムを主成分とする第二の被覆層を形成することにより、目的とする固体高分子形燃料電池のガス拡散層材料を得た。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池に用いられるガス拡散層材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
燃料電池とは、外部から燃料(水素等)及び空気(酸素)を、連続的に、それぞれ異なる電極に供給し、それらを電極に含まれている触媒を利用して電気化学的に反応させて、電気エネルギーを生成させるシステムである。また、燃料電池は、そこに用いられる電解質の種類によって、動作温度が比較的低いアルカリ電解質形、リン酸形及び固体高分子形と、動作温度が高い溶融炭酸塩形及び固体酸化物電解質形とに大別される。これら各種の燃料電池の中でも、特に、固体高分子電解質を利用した燃料電池(固体高分子形燃料電池)にあっては、動作温度が室温に近く、また、小型化、薄型化及び軽量化が可能であることから、携帯機器や燃料電池自動車等への応用が期待されているものである。
【0003】
ここで、固体高分子形燃料電池は、固体高分子電解質・電極接合体が、反応ガスの供給流路が彫り込まれたセパレータで挟み込まれて構成される構造を基本単位(単セル)とし、かかる単セルを積層して直列接続することにより構成されている。また、そのような単セル中の固体高分子電解質・電極接合体は、固体高分子電解質からなる隔膜の両面に、ガス拡散層を触媒層に担持せしめてなるガス拡散電極を、その触媒層が隔膜(固体高分子電解質)側となるように接合して、構成されている。そして、単セル内における一方のガス拡散電極が存在する側の室(燃料室)に燃料である水素等を、また、他方のガス拡散電極が存在する側の室(酸化剤室)には酸素や空気等の酸素含有ガスを、それぞれ供給し、両ガス拡散電極間に外部負荷回路を接続することにより、生成した電気エネルギーを利用するのである。
【0004】
そして、上述の如き構造を呈する固体高分子形燃料電池において、ガス拡散層は、各単セルに供給された燃料ガス(水素等)或いは酸素等を、単セル内で十分に拡散させるために用いられるものであり、かかるガス拡散層によって燃料ガス等が十分に拡散されることによって、燃料ガス等が、表面に触媒層が接合せしめられた隔膜(固体高分子電解質)に効率良く供給されるのである。
【0005】
そのようなガス拡散層に対しては、ガス拡散性、導電性及び耐食性(耐酸性)が要求されるところ、従来の固体高分子形燃料電池においては、カーボンペーパーやカーボンクロス等の導電性多孔性材料や、導電性多孔性材料に撥水処理を施した材料等からなるガス拡散層が、広く用いられている。また、特許文献1(特許第3954793号公報)においては、セラミックス等からなる網状シートと、この網状シートの空隙部を充填する導電性粉末と撥水性充填剤との混合物とから形成されていることを特徴とする燃料電池用ガス拡散層が、提案されている。
【0006】
しかしながら、従来のガス拡散層は、その材料が高価であったり、また製造コストがかかることに起因して、ガス拡散層としての価格も高価となるという問題があり、また、カーボンペーパーやカーボンクロス等にあっては、機械的強度が十分ではないため、それらを用いる場合にはガス拡散層の厚さを厚くせざるを得ないという問題もあった。
【0007】
固体高分子形燃料電池の普及を図るためには、第一に、低価格化が要求されているところ、固体高分子形燃料電池を構成する各部材の中でも、特に燃料電池の価格に占める割合が大きいガス拡散層の低価格化が要求されている。また、第二には、固体高分子形燃料電池の薄型化が要求されており、構成する各部材の薄型化についての研究、開発も、盛んに行なわれているのである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3954793号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ここにおいて、本発明は、かかる事情を背景にして為されたものであって、その解決すべき課題とするところは、優れたガス拡散性、導電性及び耐酸性を有すると共に、コストが低く、更には燃料電池の薄型化に大きく寄与し得る、固体高分子形燃料電池のガス拡散層材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そして、本発明は、そのような課題を有利に解決するために、樹脂製網状シートにおける露出部の全面に、銅を主成分とする第一の被覆層を有し、かかる第一の被覆層の外側に、クロムを主成分とする第二の被覆層を有する、固体高分子形燃料電池のガス拡散層材料を、その要旨とするものである。
【0011】
なお、かかる本発明に従う固体高分子形燃料電池のガス拡散層材料にあっては、その好ましい態様は以下の通りである。
1)前記第一の被覆層が銅メッキ層である。
2)前記第二の被覆層が、スパッタリング法又はイオンプレーティング法に従って形成 されたものである。
3)前記第一の被覆層が形成される前の前記樹脂製網状シートにおける露出部の全面に 、親水性付与のための表面処理が施されている。
4)前記第二の被覆層が形成される前の前記第一の被覆層の表面に、親水性付与のため の表面処理が施されている。
5)前記親水性付与のための表面処理が、低圧プラズマ処理又は大気圧プラズマ処理で ある。
6)前記樹脂製網状シートがポリエステル製である。
7)前記樹脂製網状シートは、カレンダーロール加工が施されたものである。
8)前記樹脂製網状シートが織物シートである。
9)上記8)の態様において、前記織物シートを構成する樹脂線の線径が30μm〜9 0μmである。
10)上記8)又は9)の態様において、前記織物シートのメッシュ数が100〜40 0メッシュである。
【発明の効果】
【0012】
このように、本発明に従う固体高分子形燃料電池のガス拡散層材料にあっては、樹脂製網状シートにおける露出部の全面に、銅を主成分とする第一の被覆層を有し、かかる第一の被覆層の外側に、クロムを主成分とする第二の被覆層を有するものである。このような構成を採用したことにより、本発明のガス拡散層材料は、薄いものであっても、優れたガス拡散性、導電性及び耐酸性を有しつつ、ガス拡散層に要求される機械的強度等を十分に満たすものであるところから、固体高分子形燃料電池における単セルを薄型化せしめることが出来、以て、かかる単セルを積層し、直列接続してなるスタック構造の固体高分子形燃料電池の薄型化(小型化)が有利に図られるのである。
【0013】
また、本発明のガス拡散層材料は、その基材たる樹脂製網状シートが、従来のカーボンペーパー等と比較して非常に安価なものであると共に、フレキシブル性(可撓性)に優れている。従って、本発明のガス拡散層材料は、ロール・ツー・ロール方式等による連続生産が可能であり、基材(樹脂製網状シート)が安価であることと相俟って、価格を低く抑えることが可能であり、引いては固体高分子形燃料電池の低価格化にも大きく寄与し得るのである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
ところで、本発明に従う固体高分子形燃料電池のガス拡散層材料を製造するに際しては、先ず、基材たる樹脂製網状シートが準備される。ここで、かかる樹脂製網状シートを構成する樹脂としては、ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ナイロン、アクリル等の合成繊維を例示することが出来るが、本発明においては、特にポリエステル(中でもポリエチレンテレフタレート)が、耐熱性に優れることから有利に採用される。
【0015】
また、それらの樹脂からなる網状シートの形態については、特に限定されるものではなく、平織状、編布状、メッシュ状のもの、或いは、孔を多数有する網状ウェブや有孔シート(パンチングシート等)であっても使用することが可能である。本発明においては、特に織物シートが有利に用いられる。
【0016】
本発明においては、樹脂製網状シートとして、熱溶着性の樹脂線(樹脂糸)からなるシートを用いる場合、ガス拡散層材料における表面方向と厚さ方向の導電性を安定化させ、また、樹脂製網状シートに対する第一の被覆層の被覆性、更にはかかる第一の被覆層に対する第二の被覆層の被覆性を向上せしめるために、樹脂製網状シートに対してカレンダーロール加工を施すことが望ましい。かかるカレンダーロール加工によって、樹脂製網状シートの平滑化及び薄地化が有利に図られるからである。
【0017】
本発明において、樹脂製シートとして織物シートを用いる場合、かかる織物シートを構成する樹脂線(樹脂糸)の線径は30μm〜90μmであることが好ましい。樹脂線(樹脂糸)の線径が30μm未満の場合には、線径が細いため樹脂糸としての取扱いが難しく、織物シートを製造することが困難である。一方、線径が90μmを超えると、経糸と緯糸の交絡部の厚みが180μmを超えてしまい、薄地化の点で好ましくない。また、メッシュ数が100メッシュ未満の場合には、開口部の径が大きすぎるため、最終的に得られるガス拡散層を固体高分子形燃料電池に用いると、開口部の直下に位置する触媒層への電子の供給が不十分となり、燃料電池における出力及びエネルギー効率を低下させる恐れがある。一方、メッシュ数が400メッシュを超えると、開口部の径が小さすぎるため、反応ガスや反応によって生ずる水の拡散性が低下し、出力を低下させる恐れがある。このような理由により、本発明においては、メッシュ数が100〜400メッシュの織物シートが有利に用いられる。なお、メッシュ数とは、1インチ当たりの経方向の樹脂線(樹脂糸)の本数を表わすものである。
【0018】
なお、本発明においては、一般に、厚さが60μm〜180μm程度の樹脂製網状シートが用いられる。
【0019】
また、本発明に係るガス拡散層材料を製造するに際しては、後述する第一の被覆層を形成する前に、樹脂製網状シートにおける露出部の全面に、親水性を付与するための表面処理を施すことが好ましい。かかる表面処理を施すことにより、樹脂製網状シートと第一の被覆層との間の密着性がより有利に向上せしめられ、最終的に得られるガス拡散層の耐久性の向上にも大きく寄与し得る。親水性を付与するための表面処理としては、低圧プラズマ処理、大気圧プラズマ処理、UV処理等を例示することが出来、これら各処理を行なう際の各種条件は、樹脂製網状シートを構成する樹脂の種類等に応じて、適宜に決定されることとなる。
【0020】
上述の如き樹脂製網状シートに対して、必要に応じてカレンダーロール加工、及び/又は親水性付与のための表面処理が施された後、樹脂製網状シートにおける露出部の全面に、銅を主成分とする第一の被覆層が形成される。このような第一の被覆層を設けることにより、樹脂製網状シートに対して導電性が付与されることとなる。
【0021】
ここで、銅を主成分とする第一の被覆層を形成するに際しては、無電解メッキ法や電解メッキ法等の湿式メッキ法(以下、メッキ法という)が有利に採用され、ロール・ツー・ロール方式等によって連続的に行なうことが望ましい。また、好ましくは、樹脂製網状シートの単位面積当たりの銅の付着量が50μg/cm2 〜10000μg/cm2 となるように、第一の被覆層が形成される。けだし、銅の付着量が50μg/cm2 の場合には、ガス拡散層材料において十分な導電性が得られない恐れがあり、その一方、銅の付着量が10000μg/cm2 を超えると、導電性は十分であるものの、生産性が悪化する恐れがあるからである。なお、銅の付着量、及び後述するクロムの付着量は、何れも、蛍光X線法に従って測定されるものである。
【0022】
そのようにして形成された、銅を主成分とする第一の被覆層に対しては、好ましくは、後述する第二の被覆層が形成される前に、親水性付与のための表面処理が施される。かかる表面処理によって、第一の被覆層と第二の被覆層との間の密着性がより有利に向上せしめられ、最終的に得られるガス拡散層の耐久性の向上にも大きく寄与し得るからである。なお、親水性を付与するための表面処理としては、樹脂製網状シートに対する表面処理として上記したものと同様の手法を採用することが可能である。
【0023】
そして、必要に応じて第一の被覆層に対して上記表面処理が施された後、かかる第一の被覆層の外側にクロムを主成分とする第二の被覆層が形成される。このように第二の被覆層を設けることによって、本発明のガス拡散層材料が優れた耐酸性を発揮することとなるのである。
【0024】
クロムを主成分とする第二の被覆層は、銅を主成分とする第一の被覆層の外側、即ち、第一の被覆層として露出している部分の全体を被覆していることが必要である。従って、先ず、第一の被覆層が設けられた樹脂製網状シートの一方の面を被覆し、次いで、他方の面を被覆することが好ましい。そのようにして設けられた、クロムを主成分とする第二の被覆層は、クロムの付着量が40μg/cm2 〜200μg/cm2 であることが好ましい。付着量が40μg/cm2 未満の場合には、ガス拡散層材料において十分な耐酸性が得られない恐れがあり、その一方、付着量が200μg/cm2 を超えると、耐酸性は十分であるものの、生産性が悪化する恐れがあるからである。
【0025】
なお、クロムを主成分とする第二の被覆層を形成するに際しては、スパッタリング法、イオンプレーティング法、真空蒸着法、プラズマCVD法等の気相堆積法を用いることが出来、それらの中でも、緻密な第二の被覆層が得られるとの観点から、スパッタリング法又はイオンプレーティング法が、特に有利に採用される。
【0026】
スパッタリング法としては、直流マグネトロンスパッタリング法、高周波マグネトロンスパッタリング法、イオンビームスパッタリング法等を、用いることが出来る。スパッタリング法は、一般に行なわれているDC電源によるマグネトロンスパッタリング法で可能であるが、AC電源やパルス電源によるスパッタリングを行なうことにより、スパッタリングが長期に亘って安定し、また、高出力の印加が可能となる。なお、米国のBOC社のC−MAG、独国のライボルト社、アルデンヌ社のツインマグ(デュアルマグ)によっても、本発明における第二の被覆層を形成することが可能である。
【0027】
イオンプレーティング法としては、圧力勾配型放電方式、ホローカソード放電方式、アーク放電方式等の、公知のイオンプレーティング法を採用することが可能である。
【0028】
なお、気相堆積法を用いた第二の被覆層の形成は、バッチ方式、或いはロール・ツー・ロール方式の何れにおいても可能であるが、生産性に優れ、製造コストを低く抑えることが出来るロール・ツー・ロール方式が有利に採用される。
【0029】
そして、以上の如くして得られたガス拡散層材料にあっては、優れたガス拡散性、導電性及び耐酸性を発揮すると共に、従来と比べて、コストが格段に低く抑えられたものである。かかるガス拡散層材料を採用することにより、固体高分子形燃料電池の低価格化にも大きく寄与し得るのである。また、本発明のガス拡散層材料は、薄いものであっても、優れたガス拡散性、導電性及び耐酸性を有しつつ、ガス拡散層に要求される機械的強度等を十分に満たすものであるところから、固体高分子形燃料電池における単セルを薄型化せしめることが出来、以て、かかる単セルを積層し、直列接続してなるスタック構造の固体高分子形燃料電池の薄型化(小型化)を有利に図ることが可能ならしめられるのである。
【実施例】
【0030】
以下に、本発明の実施例を幾つか示し、本発明を更に具体的に明らかにすることとするが、本発明が、そのような実施例の記載によって、何等の制約をも受けるものでないことは、言うまでもないところである。また、本発明には、以下の実施例の他にも、更には、上述の具体的記述以外にも、本発明の趣旨を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて、種々なる変更、修正、改良等を加え得るものであることが、理解されるべきである。
【0031】
先ず、経糸として、20デニール(45μm)のポリエチレンテレフタレートモノフィラメントを、また、緯糸として、20デニール(45μm)のポリエチレンテレフタレートモノフィラメントを、それぞれ用いて、経糸:150本/インチであり緯糸:150本/インチである、厚さ:90μm、150メッシュの平織物シートを作製した。この平織物シートに対してカレンダーロール加工を施すことにより、厚さ:70μmの樹脂製シートを得た。なお、かかるカレンダーロール加工は、2本ロールのカレンダーロール機を用いて、150℃に加熱した金属製ロール(下部ロール)上に平織物シートをセットし、ペーパロール(上部ロール)で所定の圧力を加圧することにより実施した。
【0032】
得られた樹脂製シートを用いて、ガス拡散層材料を作製した。
【0033】
−本発明例1−
樹脂製シートを、弱アルカリ性の脱脂液中に65℃で5分間、浸漬せしめて脱脂処理を行なった後、樹脂製シートを水洗した。次いで、樹脂製シートを、パラジウム−スズ混合触媒液中に25℃で5分間、浸漬せしめることにより、樹脂製シート表面にパラジウム−スズ化合物を吸着せしめた後、シートを水洗した。その後、樹脂製シートを塩酸中に40℃で5分間、浸漬せしめてスズを除去し、メタル化したパラジウムを触媒核としてシート表面に形成せしめた後、シートを水洗した。そして、かかる樹脂製シートを銅メッキ液中に浸漬せしめ、空気撹拌を行なうことにより銅メッキ液の自己分解を抑制しながら、30℃で所定時間、樹脂製シートの表面にメッキ処理を施し、その後、水洗し風乾することにより、シート表面に銅を主成分とする第一の被覆層を形成せしめた。なお、樹脂製シートの露出部に形成された第一の被覆層において、銅の付着量は7610μg/cm2 であった。
【0034】
第一の被覆層が設けられた樹脂製シートについて、第一の被覆層の密着性を評価すべく、粘着テープを用いた剥離試験を行ない、以下の基準に従って評価した。評価結果を、下記表1に併せて示す。
○:剥離試験に用いた粘着テープに、銅の付着が認められない。
△:剥離試験に用いた粘着テープに、部分的に銅の付着が認められる。
×:剥離試験に用いた粘着テープの全面に銅の付着が認められる。
【0035】
第一の被覆層が設けられた樹脂製シートを、スパッタリング装置の密閉チャンバ内にセットし、チャンバ内を一度、真空度:7×10-3Paまで真空排気した。次いで、チャンバ内にアルゴンガスを導入して、アルゴンガス圧力:2.0Paとした後、直流電力(450W)を印加して、樹脂製シートに対して1分間、直流スパッタリングを行なうことにより、樹脂製シートの第一の被覆層における一方の面にクロムを付着せしめた。樹脂製シートの第一の被覆層における他方の面に対しても、同様の手法に従ってクロムを付着せしめることにより、ガス拡散層材料(本発明例1)を得た。このようにして得られたガス拡散層材料(本発明例1)における第二の被覆層は、クロムの付着量が107μg/cm2 であった。
【0036】
得られたガス拡散層材料(本発明例1)について、第二の被覆層と第一の被覆層との密着性を評価すべく、上述したものと同様の手法に従って剥離試験を行ない、同様の基準に従って評価した。評価結果を、下記表2に併せて示す。
【0037】
−本発明例2−
第一の被覆層を形成する前の樹脂製シートに対して、及び、第二の被覆層を形成する前の、樹脂製シートにおける第一の被覆層に対して、それぞれ低圧プラズマ処理を施した以外は本発明1と同様の手法に従って、ガス拡散層材料(本発明例2)を作製した。低圧プラズマ処理は、具体的には、以下の手法に従って実施した。即ち、樹脂製シート(厚さ:70μm、150メッシュ)を真空チャンバ内にセットし、チャンバ内を一度、真空度:7×10-3Paまで真空排気した。次いで、チャンバ内にアルゴンガスを28sccm導入して、アルゴンガス圧力:2.0Paとした後、13.56MHzの高周波電力:120Wを1分間、印加することにより、実施した。
【0038】
以上のようにして得られた2種類のガス拡散層材料(本発明例1、2)について、電気抵抗を測定した。得られたガス拡散層材料の表面方向の電気抵抗は、MITSUBISHI CHEMICAL ANALYTECH 社製の表面抵抗計(商品名:Loresta-EP MCP-T360 )を用いて、4端子法により測定した。また、厚さ方向の電気抵抗は、下記の方法により測定した。裏面電極として用いたアルミ板の上に、10mm角にカットしたガス拡散層材料の試料を置き、その上に上部電極を置いて固定し、各電極に接続した各々のプローブをADCMT株式会社 製のDigital Multimeter(タイプ7461A )に接続した。次いで、上部電極と裏面電極に10mAの電流を流して、両電極間の電圧を求めて、厚さ方向の電気抵抗(Ω)を測定した。そのようにして測定された電気抵抗を、下記表1に示す。なお、下記表1においては、後述する本発明例3の測定結果についても併せて示している。
【0039】
【表1】

【0040】
かかる表1の結果から明らかなように、本発明に従うガス拡散層材料を製造するに際しては、第一の被覆層が形成される前の樹脂製シート、及び、第二の被覆層が形成される前の第一の被覆層に対して、親水性を付与するための表面処理(低圧プラズマ処理)を施すことにより、得られるガス拡散層材料において、樹脂製シートと第一の被覆層との密着性、及び、第一の被覆層と第二の被覆層との密着性が、何れも向上することが認められた。
【0041】
上述した手法に従って得られたガス拡散層材料(本発明例2)を用いて、所定の大きさ(22mm四方)を切り出すことにより、ガス拡散層を作製した。得られたガス拡散層について、以下の測定及び評価を行なった。
【0042】
−耐酸性の評価−
予め表面方向の電気抵抗を測定した後、ガス拡散層を、80℃の硫酸水溶液(pH:4)中に60時間、浸漬した。かかる浸漬の後、再度、ガス拡散層の表面方向の電気抵抗を測定した。その測定結果を下記表2に示す。また、比較例として、市販のカーボンペーパー又はSUS製メッシュを用いて、同様の大きさに切り出してガス拡散層を作製し、同様の実験を行なった。それら各比較例の測定結果も、下記表2に併せて示す。
【0043】
【表2】

【0044】
かかる表2の結果からも明らかなように、本発明に従うガス拡散層にあっては、高い導電性を示すと共に、耐酸性にも優れていることが、認められたのである。
【0045】
−固体高分子電解質型燃料電池の性能評価−
先ず、本発明のガス拡散層(本発明例2の材料より得られたもの)の2枚に対して、触媒層との接触抵抗を低減させると共に撥水性を付与することを目的として、導電性ペーストを塗布し、30分間、自然乾燥させた。次いで、1枚の拡散層を、燃料電池セルのアノード側セパレータにセットし、厚さ:100μmのガスケットで固定した。その後、固体高分子電解質膜・電極接合体をセットし、更に、他の1枚のガス拡散層、厚さ:100μmのガスケットを順にセットし、カソード側セパレータで挟み込んだ後、ネジで固定することにより、単セルを作製した。なお、固体高分子電解質膜・電極接合体としては、パーフルオロスルホン酸膜(商品名:ナフィオン、登録商標、デュポン社製)の両面に触媒層を形成してなるものを用いた。
【0046】
得られた単セルを、株式会社チノー製の電流電圧発電評価装置(タイプFC5100シリーズ)に組み込んだ。水を80℃に加熱し、その水蒸気により固体電解質膜を30分間、湿潤させた後、アノード側に、80℃の加湿水素ガス(湿度:95%)を毎分1L導入する一方、カソード側に、80℃の加湿空気(湿度:95%)を毎分2.5L導入して、生ずる電流及び電圧を測定した。その結果、この単セルの電池出力は、0.4A/cm2 の電流密度で測定すると、750mVあり、従来のカーボンペーパーからなるガス拡散層を用いた単セルと同程度の電池出力を有することが、認められた。
【0047】
−本発明例3−
第二の被覆層をイオンプレーティング法に従って形成した以外は、本発明例2と同様の手法に従って、ガス拡散層材料を作製した。イオンプレーティング法による第二の被覆層の形成は、具体的に以下のようにして行なった。
【0048】
圧力勾配型放電方式イオンプレーティング装置のハース内に、被覆せしめるためのCr(クロム)ペレットを投入した。次いで、第一の被覆層が形成され、かかる第一の被覆層の表面に対して低圧プラズマ処理が施された樹脂シートを、イオンプレーティング装置の密閉チャンバ内にセットし、チャンバ内を一度、真空度:7×10-4Paまで真空排気した。次いで、チャンバ内にアルゴンガスを導入して、アルゴンガス圧力:0.1Paとした後、イオンビーム電力:3kWを印加してプラズマを発生させてからシャッターを開いて、シートの一方の面にクロムを付着させた。更に、シートの他方の面にも同様にクロムを付着させた。その結果、第一の被覆層の外側に、クロムを主成分とする第二の被覆層(クロム付着量:110μg/cm2 )を有するガス拡散層材料が得られた(上記表1を参照)。得られたガス拡散層材料の電気抵抗及び耐酸性は、第二の被覆層をスパッタリング法で形成した本発明例2と同程度であることが、認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂製網状シートにおける露出部の全面に、銅を主成分とする第一の被覆層を有し、かかる第一の被覆層の外側に、クロムを主成分とする第二の被覆層を有する、固体高分子形燃料電池のガス拡散層材料。
【請求項2】
前記第一の被覆層が銅メッキ層である請求項1に記載の固体高分子形燃料電池のガス拡散層材料。
【請求項3】
前記第二の被覆層が、スパッタリング法又はイオンプレーティング法に従って形成されたものである請求項1又は請求項2に記載の固体高分子形燃料電池のガス拡散層材料。
【請求項4】
前記第一の被覆層が形成される前の前記樹脂製網状シートにおける露出部の全面に、親水性付与のための表面処理が施されている請求項1乃至請求項3の何れか1項に記載の固体高分子形燃料電池のガス拡散層材料。
【請求項5】
前記第二の被覆層が形成される前の前記第一の被覆層の表面に、親水性付与のための表面処理が施されている請求項1乃至請求項4の何れか1項に記載の固体高分子形燃料電池のガス拡散層材料。
【請求項6】
前記親水性付与のための表面処理が、低圧プラズマ処理又は大気圧プラズマ処理である請求項4又は請求項5に記載の固体高分子形燃料電池のガス拡散層材料。
【請求項7】
前記樹脂製網状シートがポリエステル製である請求項1乃至請求項6の何れか1項に記載の固体高分子形燃料電池のガス拡散層材料。
【請求項8】
前記樹脂製網状シートが、カレンダーロール加工が施されたものである請求項1乃至請求項7の何れか1項に記載の固体高分子形燃料電池のガス拡散層材料。
【請求項9】
前記樹脂製網状シートが織物シートである請求項1乃至請求項8の何れか1項に記載の固体高分子形燃料電池のガス拡散層材料。
【請求項10】
前記織物シートを構成する樹脂線の線径が30μm〜90μmである請求項9に記載の固体高分子形燃料電池のガス拡散層材料。
【請求項11】
前記織物シートのメッシュ数が100〜400メッシュである請求項9又は請求項10に記載の固体高分子形燃料電池のガス拡散層材料。


【公開番号】特開2011−54295(P2011−54295A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−199549(P2009−199549)
【出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【出願人】(591158335)株式会社鈴寅 (20)
【Fターム(参考)】