説明

固化体の強度測定方法及び装置

【課題】レーザー誘起プラズマを用いて固化体の強度を非接触的に高い精度で測定できる方法及び装置を提供する。
【解決手段】固化体1にレーザーパルス2を照射してプラズマ3を誘起させ、プラズマ3の発光スペクトル中の特定成分元素(例えばCa)の中性原子線(例えば422.6nmのCaIの発光線)とイオン線(例えば396.8nmのCaIIの発光線)との発光強度比(=CaII/CaI)により固化体1の強度を検出又は測定する。好ましくは、特定成分元素を固化体1中に一様に含まれる成分元素とする。更に好ましくは、固化体1と同じ主要成分元素からなる異なる所定強度の複数の固化試験体にそれぞれレーザーパルス2を所定照射特性で照射したときの発光強度比から固化体強度と発光強度比との関係式42を求め、固化体1にレーザーパルス2を所定照射特性で照射したときの発光強度比と関係式42とから固化体1の強度を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は固化体の強度測定方法及び装置に関し、とくに固化体にレーザーパルス照射により誘起したプラズマの発光スペクトルからその固化体の強度を検出又は測定する方法及び装置に関する。本発明は、構造物の健全性調査等を目的としたモルタル又はコンクリート硬化体等の固化体の強度測定、及び一般的な材料評価等を目的としたその他の自然固化物(例えば岩石、鉱物、骨や歯等の生物器官要素)や人工固化物(例えば粉体焼成物、プラスチック樹脂、半導体や金属等の各種工業品)の強度測定に有効に利用することができる。
【背景技術】
【0002】
例えばコンクリート構造物の安全性・健全性を評価する場合に、固化体であるコンクリート硬化体の圧縮強度、曲げ強度、引張強度、硬さ等(以下、これらを纏めて単に強度ということがある)を検査することが求められる。従来から構造物のコンクリート強度を検査する場合に、構造物と同じ組成のコンクリートの供試体を用いた試験法、又は構造物から採取したコンクリート・コアサンプルを用いたコア試験法(非特許文献1の755〜757頁参照)が実施されている。しかし供試体を用いる試験法は、締め固め・型枠・養生等の条件によって供試体と実際の構造物との間に相違が生じるため、構造物のコンクリートの品質を適切に評価できない場合がある。またコア試験法は、局部的ではあるが構造物に損傷を与えるので構造上重要な部位への適用が難しい。構造物コンクリート中に鋼棒や探針を一定の力で押し込む際の抵抗力からコンクリート強度を評価する方法(貫入抵抗試験法、非特許文献1の776〜777頁参照)、予め構造物コンクリート中に埋め込んだ先端の広がった金属ピンを引き抜くために要する力からコンクリート強度を評価する方法(引抜き試験法、非特許文献1の777〜779頁参照)等も開発されているが、やはり構造物に損傷を与えるおそれがある。
【0003】
他方、構造物コンクリートの強度を現場で非破壊的に検査する方法として、シュミットハンマーと呼ばれるバネで支持したハンマーをコンクリートに衝突させたときの反発力から強度を推定する方法(テストハンマー試験法、非特許文献1の772〜776頁参照)、構造物の表面に超音波を入射して伝播速度や減衰率から強度を非破壊的に測定する方法(超音波パルス速度試験法、非特許文献1の780〜782頁参照)等が開発されている。
【0004】
しかし、従来のテストハンマー試験法や超音波パルス速度試験法は、検査対象のコンクリート構造物の表面に検査員が近づいてハンマー打撃や超音波入射を行う必要があり、例えば検査部位が高所である場合に作業員が接近するための足場等を必要とするので、その設置・解体等に非常に手間を要する問題点がある。例えば鉄道トンネル等のコンクリート構造物を点検する場合に、足場設置等の検査以外の作業に多くの時間が割かれると限られた時間内に多数の箇所を検査できなくなり、コンクリート構造物の点検に時間がかかる。また手間がかかるために異常箇所の早期発見が難しく、人海戦術に頼るために検査コストが嵩む原因ともなっている。更に従来の試験法は、コンクリート強度の推定値に誤差が多く含まれるため、検査の精度があまり良くない問題点もある。コンクリート構造物の健全性を迅速・適切に評価するため、コンクリート等の固化体の強度を簡単に高い精度で検査できる技術の開発が求められている。
【0005】
【特許文献1】特開2002−296183号公報
【特許文献2】特開2005−098893号公報
【非特許文献1】A.M.Nevill著(三浦尚訳)「ネビルのコンクリートバイブル」技法堂出版、第1版、2004年6月10日、pp755-782
【非特許文献2】山中一司「レーザー超音波法の原理と応用」非破壊検査、第49巻5号、2000年5月、pp292-299
【非特許文献3】大道寺英弘他編「日本分光学会測定法シリーズ19・原子スペクトル−測定とその応用」株式会社学会出版センター発行、初版2刷、1996年6月30日、pp45-47
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これに対し本発明者等は、コンクリート等の硬化体にレーザーパルスを照射してプラズマを誘起させ、その誘起プラズマの発光強度により硬化体の成分元素や硬化体の強度を測定する技術を開発し、特許文献1及び2に開示した。従来から、比較的パワーの大きなレーザーパルスを被検査体に照射すると表面近傍の元素が急激に加熱されて溶融・気化するアブレーション(ablation)が起こり、被検査体の表面にプラズマが誘起されることが知られている(非特許文献2参照)。このレーザー誘起プラズマの発光スペクトルを用いて被検査体の成分元素を分析することができ、例えばコンクリート硬化体の成分を検査することができる。特許文献1は、その誘起プラズマのスペクトル強度分布中の炭素成分又はイオウ成分の発光強度からコンクリートの中性化を検査し、スペクトル強度分布中のナトリウム成分又は塩素成分の発光強度からコンクリートの塩害の影響度を検査する方法を提案している。
【0007】
図6は、特許文献2の開示する硬化体の強度測定装置の一例を示す。図示例の測定装置は、硬化体1aにレーザーパルス2を照射するレーザー装置10と、硬化体1aに誘起されたプラズマ3aの発光強度を計測する計測装置20と、プラズマ3aの発光強度から硬化体1aの強度を検出するコンピュータ30とを有する。硬化体1aに誘起されるプラズマ3aの特性は、硬化体1aに照射するレーザーパルス2のエネルギー・集光度・波長・パルス幅等(以下、これらを纏めて照射特性ということがある)により調節することができる。図示例のレーザー装置10は高エネルギーのパルス2を出力するレーザー光源を有し、そのパルス2のエネルギーを光学フィルター等のエネルギー切替器12で適当に調節しながら、ミラー等の導光器11と凸レンズ等の集光器13とを介して硬化体1aの測定部位7にパルス2を照射する。プラズマ3aの発光強度から被検査体の強度を推定するためにはパルス2のエネルギーをある程度低く抑えて強度を反映するプラズマ(強度反映プラズマ)3aを誘起させることが有効であり、図示例ではエネルギー切替器12によりパルス2のエネルギーを被検査体のアブレーション閾値(アブレーション4を生じさせる照射エネルギー密度の最小値)より僅かに大きい程度に低下させている。
【0008】
計測装置20は、硬化体1aに生じた強度反映プラズマ3aの発光を入力する発光検知器(例えば光ファイバー等を用いた検知器)21、22、24と、プラズマ発光中の特定スペクトル成分の強度を求める分光光度計25とを有する。例えば、硬化体1aの測定部位7の正面にガラス板23を配置し、測定部位7のプラズマ3aの像をガラス板23に写して発光検知器22、24に入力する。分光光度計25は光電子増倍管26aとデジタルオシロスコープ27とを有する。発光検知器21、22、24経由で入力した強度反映プラズマの発光をモノクロメータで分光し、プラズマ発光中の特定スペクトル成分(コンクリート硬化体の場合はセメントの主成分であるCaスペクトル成分又はSiスペクトル成分等)の強度を光電子増倍管26aにより増幅する。光電子増倍管26aで電気信号に変換したプラズマ発光をデジタルオシロスコープ27へ送り、オシロスコープ27により数値化された信号をコンピュータ30へ出力する。
【0009】
コンピュータ30は、硬化体1aの強度と強度反映プラズマ3aの発光強度との関係式(対応関係)32を記憶する記憶手段31と、内蔵プログラムである強度検出手段35とを有する。硬化体1aにレーザーパルス2を繰り返し照射するとプラズマ3aの発光強度は照射回数に応じて徐々に減衰するが(図7(A)参照)、所定回数のパルス照射に対応するプラズマ3aの発光強度と硬化体1aの強度との間には高い相関が認められる。関係式32の一例は、パルス2を所定回数照射したときのプラズマ3aの発光強度と硬化体1aの強度との相関関係を表す式(図7(B)参照)、又はプラズマ3aの発光強度の変化率と硬化体1aの強度との相関関係を表す式である。図7(A)は水/セメント比(W/C)が異なる5種類のモルタル試験体に対するパルス照射10回毎のプラズマ発光強度の平均値の変化を表し、同図(B)はパルスの30回照射時点の発光強度と各試験体の強度との相関関係を二次元平面上にプロットしたものである。強度検出手段35は、測定対象の硬化体1aのプラズマ3aの発光強度を関係式32へ代入することにより硬化体1aの強度を検出する。
【0010】
特許文献2の強度測定方法によれば、硬化体の強度を離れた場所からレーザーパルスを照射することにより、構造物のコンクリート強度を非接触で簡単・迅速に測定することが期待できる。構造物表面にアブレーションによる直径0.1mm程度の極めて微小な小孔8(図6参照)ができるものの、構造強度上又は外観上の問題となるような損傷は生じない。しかし、特許文献2の方法はプラズマ3aの発光強度自体から硬化体1aの強度を測定しているため、例えば発光検知器21、22の発光入力位置や入力角度等の僅かな変化によってもプラズマ3aの発光強度の計測値が変動して測定誤差が生じやすく、硬化体1aの強度の測定精度が低下する場合がある。レーザー誘起プラズマを用いた強度測定の信頼性を高めるためには、プラズマ3aの計測条件の影響を受けにくく、コンクリート強度を高い精度で測定できる技術の開発が必要である。
【0011】
そこで本発明の目的は、レーザー誘起プラズマを用いて固化体の強度を非接触的に高い精度で検出又は測定できる方法及び装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
図1の実施例を参照するに、本発明による固化体の強度測定方法は、固化体1にレーザーパルス2を照射してプラズマ3を誘起させ、プラズマ3の発光スペクトル(図2及び図3参照)中の特定成分元素(例えばCa)の中性原子線(例えば422.6nmのCaIの発光線)とイオン線(例えば396.8nmのCaIIの発光線)との発光強度比(CaII/CaI)により固化体1の強度を検出又は測定するものである。
【0013】
好ましくは、特定成分元素を固化体1中に一様に含まれる成分元素又は固化体1の主要成分元素とする。更に好ましくは、固化体1と同じ主要成分元素からなる異なる所定強度の複数の固化試験体にそれぞれレーザーパルス2を所定照射特性で照射したときの発光強度比(CaII/CaI)から固化体強度と発光強度比との関係式42を求め、固化体1にレーザーパルス2を所定照射特性で照射したときの発光強度比(CaII/CaI)と関係式42とから固化体1の強度を測定する。
【0014】
また図1のブロック図を参照するに、本発明による固化体の強度測定装置は、固化体1にレーザーパルス2を照射してプラズマ3を誘起させるレーザー装置10、プラズマ3の発光を入力してスペクトル強度分布(図2及び図3参照)を計測する分光光度計25、そのスペクトル強度分布中の特定成分元素(例えばCa)の中性原子線(例えば422.6nmのCaIの発光線)とイオン線(例えば396.8nmのCaIIの発光線)との発光強度比(CaII/CaI)を算出する算出手段44、及び固化体1の強度とその特定成分元素の発光強度比との関係式42を記憶し且つ算出手段44の算出値とその関係式42とから固化体1の強度を検出する強度検出手段45を備えてなるものである。
【0015】
好ましくは、特定成分元素を固化体1中に一様に含まれる成分元素又は固化体1の主要成分元素とする。更に好ましくは、レーザー装置10によりレーザーパルス2を所定照射特性で照射し、強度検出手段45に、固化体1と同じ主要成分元素からなる異なる強度の複数の固化試験体にそれぞれレーザーパルス2を所定照射特性で照射したときの算出手段44の算出値と各試験体の強度とから関係式42を作成する関係式作成手段46を含める。
【発明の効果】
【0016】
本発明による固化体の強度測定方法及び装置は、固化体1にレーザーパルス2を照射して誘起させたプラズマ3の発光スペクトル中の特定成分元素の中性原子線とイオン線との発光強度比により固化体2の強度を測定するので、次の顕著な効果を奏する。
【0017】
(イ)プラズマ発光スペクトル中の単独のスペクトル線の発光強度からではなく、2つのスペクトル線の発光強度比から固化体1の強度を測定するので、プラズマ発光の計測条件等の影響を受けにくく誤差の少ない強度測定が可能である。
(ロ)固化体1の主要成分元素の発光強度比だけでなく、固化体1中に一様に含まれる成分元素の発光強度比を用いて強度を測定することができる。
(ハ)複数の固化体1の特定成分元素の発光強度比を対比することにより、各固化体1の強度の大小を検出することができる。
(ニ)また、予め固化体強度とその特定成分元素の発光強度比との関係式42を作成しておくことにより、固化体1の強度を数値化することができる。
【0018】
(ホ)測定対象の固化体1に対する加工や前処理が不要であり、固化体1の強度をその場でリアルタイムに測定できる。
(ヘ)非接触的な測定手法であるため、固化体1が高所や危険な箇所にある場合でも接近することなく遠隔位置から迅速に強度を測定することができ、移動体で移動しながら移動経路に沿った固化体1の強度を測定することも可能である。
(ト)固化体の成分元素や結合力、光吸収係数、熱拡散係数、融点、沸点、ポーラス密度等が分かれば、レーザーパルス2の照射特性を適切に設定して様々な種類の固化体に適用することができる汎用的な強度測定方法である。
(チ)レーザーパルス2の照射特性を適当に調整することにより、ミクロンオーダやナノオーダといった微小な固化体の強度測定にも適用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
図1は、この場合モルタル又はコンクリート硬化体である固化体1に本発明を適用した実施例を示す。図示例の強度測定装置は、図6の場合と同様に、固化体1にレーザーパルス2を照射するレーザー装置10と、固化体1に誘起されたプラズマ3の発光スペクトルの強度分布を計測する分光光度計25と、その強度分布から固化体1の強度を検出するコンピュータ30とを有する。ただし、本発明の適用対象はモルタル又はコンクリート硬化体に限定されるものではなく、主要成分元素が既知である自然固化物や人工固化物等の固化体1、又は含有量や濃度が大きくなくても場所による偏りが少なく全体に一様に含まれる特定成分元素が既知である自然固化物や人工固化物等の固化体1に広く適用することができる。また、図示例のようにコンピュータ30にプラズマ3の発光スペクトルから固化体1の主要成分元素を検知する検知手段47を設ければ、その検知した主要成分元素に基づき固化体1の強度を測定することも可能であり、その場合は固化体1の成分元素は既知でなくてもよい。
【0020】
図示例のレーザー装置10はレーザーパルス2を出力するレーザー光源を有し、適当な集光器13によりパルス2を集光(例えば数百μm程度以下の大きさ又は直径に集光)して固化体1の測定部位に照射する。本発明で用いるレーザー光源にとくに制限はなく、YAGレーザー、炭酸ガス(CO2)レーザー等の適当なレーザー光源を利用できる。図6の場合と同様に、レーザー装置10と集光器13との間に適当なエネルギー切替器12や導光器11を設け、固化体1に照射するレーザーパルス2の照射特性を適当に調節することができる。ただし本発明は、図6のようにパルス2のエネルギーを小さく抑えて強度反映プラズマ3を誘起させる必要はなく、エネルギー切替器12及び導光器11を必須とするものではない。
【0021】
図示例の分光光度計25は、レーザーパルス2の照射で固化体1に生じたプラズマ3の発光を発光検知器21及び光ファイバー24経由で入力し、入力したプラズマ発光を分光器によりスペクトルに分光し、そのスペクトルの強度分布を光電子増倍管やCCD等の光検出器26により電気信号に変換してコンピュータ30へ出力する。図2及び図3は、それぞれNd:YAGレーザーパルス2を照射してコンクリート硬化体に誘起させたプラズマ発光のスペクトル強度分布の一例を示す。図2は圧縮強度(=69N/mm2)の比較的大きい硬化体、図3は圧縮強度(=26N/mm2)の比較的小さい硬化体のレーザー誘起プラズマのスペクトル強度分布である。図示例のスペクトルには何れも、セメントの主要成分元素であるカルシウム(Ca)の中性原子線(中性原子のスペクトル線、422.6nmのCaI)とイオン線(イオン化原子のスペクトル線、396.8nm及び393.3nmのCaII)とが含まれている。
【0022】
コンピュータ30は、スペクトル強度分布中の特定成分元素(この場合はCa)の中性原子線(CaI)とイオン線(CaII)との発光強度比(CaII/CaI)を算出する算出手段44を有する。算出手段44の一例はコンピュータ30の内蔵プログラムであり、例えば特定成分元素の中性原子線の波長43aとイオン線の波長43bとをコンピュータ30の記憶手段31に記憶し、その波長43a、43bに基づきスペクトル強度分布から特定成分元素の中性原子線及びイオン線を抽出して発光強度比を算出する。固化体1に応じた各成分元素のスペクトル線の波長43a、43bは、例えば従来技術に属するM.I.T.波長表等を用いて定めることができる。必要に応じて記憶手段31に複数の元素の中性原子線及びイオン線の波長43a、43bを記憶し、算出手段44に記憶した元素から特定元素を選択する元素選択手段を含め、選択した成分元素の中性原子線及びイオン線を抽出して発光強度比を算出することも可能である。
【0023】
図2及び図3のスペクトルとを比較すると、図2におけるCaIとCaIIとの発光強度比(CaII/CaI)は3.8程度であるのに対し、図3における発光強度比(CaII/CaI)は2.2程度となっている。本発明者は、様々な圧縮強度のコンクリート硬化体のレーザー誘起プラズマのスペクトルからCaIとCaIIとの発光強度比を算出した実験の結果、この発光強度比(CaII/CaI)はコンクリート硬化体の圧縮強度(固化体1の強度)と良好な高い相関関係があることを見出した。
【0024】
上述した発光強度比(CaII/CaI)と固化体強度との間に相関がある理由は、次のように説明することができる。固化体1にレーザーパルス2を照射すると、表面の元素が励起されて互いの結合を断ち切って噴出するが、このとき元素が高速で噴出するため周囲の気体(通常は空気)中に衝撃波が形成され、その衝撃波中の断熱圧縮によって噴出した元素が高温化してプラズマ発光が生ずる。衝撃波の伝搬速度には、衝撃波発生の反力を支える固化体1の強度が反映されている。従って、固化体1の強度が大きく衝撃波の速度が大きい場合は、プラズマ3が高温となって元素のイオン化が進みやすくなるため、中性原子線に対するイオン線の発光強度が大きくなると考えられる。すなわち、中性原子線に対するイオン線の発光強度比に基づき、衝撃波の速度つまり固化体1の強度を測定することができる。また、この原理に基づけば、図2及び図3のように固化体1の圧縮強度と発光強度比(CaII/CaI)との間の相関だけでなく、固化体1の曲げ強度、引張強度、硬さ等の強度と発光強度比(CaII/CaI)との間に相関関係があることも説明できる。
【0025】
コンピュータ30は、算出手段44で算出した発光強度比(CaII/CaI)により固化体1の強度を検出する強度検出手段45を有する。例えば、コンピュータ1の記憶手段31に固化体1の基準強度と対応する基準発光強度比を記憶しておけば、強度検出手段45において算出手段44の算出値と基準発光強度比とを対比することにより、測定対象の固化体1の強度が基準強度以上であるか否かを検出することができる。また、複数の固化体1に対する算出手段44の算出値を強度検出手段45において比較することにより、それらの固化体1の強度の大小を検出することもできる。
【0026】
図示例では、記憶手段31に固化体1の強度とその特定成分元素の発光強度比との関係式42を記憶し、強度検出手段45により算出手段44の算出値と関係式42とから固化体1の強度を算出している。関係式42は、測定対象の固化体1と同じ主要成分元素からなる固化試験体等を用いて、予め実験的に求めることができる。例えば後述する実験例1のように、固化体1と同じ材料製で強度が異なる複数の試験体を調製し、レーザー装置10により各試験体にレーザーパルス2を所定照射特性で照射して誘起したプラズマ3のスペクトル強度分布と別途計測した各試験体の強度とをコンピュータ30に入力し、算出手段44で算出した発光強度比(例えばCaII/CaI)と各試験体の強度とからコンピュータ30の関係式作成手段46により関係式42を作成して記憶手段31に記憶する。強度検出手段45は、測定対象の固化体1に所定照射特性でレーザーパルス2を照射したときのプラズマ発光の発光強度比を関係式42へ代入することにより、測定対象の固化体1の強度を求める。
【0027】
[実験例1]
本発明による固化体1の強度測定の有効性を確認するため、強度が異なる5種類のコンクリート試験体を調製し、図1の強度測定装置を用いて各試験体のCaIとCaIIとの発光強度比(CaII/CaI)と強度との相関関係を確認する実験を行った。30〜70%の範囲内で水/セメント比(W/C)が異なる5種類のコンクリートを混練し、それぞれ型枠(直径10cm、高さ20cm)に流し込んで高湿条件下で各試験体を調製し、28日目に各試験体を型枠から取り出してスライス状にカットし、一方の試験体の強度を一軸の圧縮強度試験により測定し、他方の試験体の表面にNd:YAGレーザー装置10によりエネルギー50mJのレーザーパルス2を照射してプラズマ3を誘起させた。分光光度計25により各試験体に誘起されたプラズマ3の発光のスペクトル強度分布を求め、そのスペクトル強度分布をコンピュータ30に入力してCaIとCaIIとの発光強度比(CaII/CaI)を測定した。
【0028】
図4は、各コンクリート試験体の一軸圧縮強度試験の試験結果(縦軸)と発光強度比(横軸)との相関関係を二次元平面上にプロットしたものである。同図から、一軸圧縮強度試験の試験結果と発光強度比(CaII/CaI)との間には高い相関関係があることが分かる。同図は波長が比較的近いことから観察しやすい発光強度比(396.8nmのCaII/422.6nmのCaI)を示しているが、その他の発光強度比(393.3nmのCaII/422.6nmのCaI)と一軸圧縮強度試験の試験結果との間にも高い相関関係がある。また同図に示すように、発光強度比を独立変数(又は説明変数)xとして圧縮強度試験の試験結果を従属変数(又は目的変数)yとする回帰分析を行うことにより、相関係数の高い関係式42を得ることができる。すなわちこの実験結果から、レーザー誘起プラズマ3の中性原子線(CaI)とイオン線(CaII)との発光強度比(CaII/CaI)によりコンクリート硬化体の圧縮強度を十分な精度で推定することが可能であり、本発明がコンクリート硬化体の強度測定に有効であることを確認することができた。
【0029】
[実験例2]
更に、本発明によりコンクリート硬化体の経時的な強度変化を確認する実験を行った。本実験では、実験例1における水/セメント比30%のコンクリート試験体を用い、型枠から取り出したのち24、43、168及び1058時間後の試験体にレーザーパルス2を照射して誘起プラズマ3の発光スペクトル強度分布のCaIとCaIIとの発光強度比(CaII/CaI)を測定した。試験体は高湿条件下で保管し、そのレーザー照射位置を測定時毎に相違させた。図5は、各時間経過後のコンクリート試験体の発光強度比を示す。一般にコンクリート強度は時間の経過と共に増加することが知られているが、同図のグラフは従来のコンクリート強度の経時変化とよく一致している。この実験からも、本発明によりコンクリート硬化体の強度を高い精度で測定できることを確認することができる。
【0030】
本発明は、レーザー誘起プラズマの発光スペクトル中の単独のスペクトル線の発光強度から固化体1の強度を測定するのではなく、2つのスペクトル線の発光強度比から固化体1の強度を測定するので、たとえ発光検知器21の入力位置や入力角度等の計測条件によりプラズマ3の発光強度の計測値が変動しても誤差の少ない強度測定が可能である。また、固化体1の主要成分元素の発光強度比だけでなく、固化体1中に一様に含まれる成分元素の発光強度比を用いてモルタルやコンクリート以外の様々な材料製の固化体1の強度を測定することが可能である。更に、固化体1がモルタル又はコンクリート硬化体である場合は、上述した発光強度比と固化体1の水/セメント比、セメントの種類、混和(混合)剤の量や種類、空気量、スランプ値等との関係式42を予め求めてコンピュータ30の記憶手段31に記憶しておけば、発光強度比からモルタル又はコンクリート硬化体の水/セメント比等を推定することも期待できる。
【0031】
こうして本発明の目的である「レーザー誘起プラズマを用いて固化体の強度を非接触的に高い精度で検出又は測定できる方法及び装置」が達成できる。
【0032】
なお、以上の説明では固化体1の特性成分元素(Ca)の中性原子線(CaI)と一価のイオン線(CaII)との発光強度比(CaII/CaI)から固化体1の強度を検出又は測定しているが、より強力なレーザーパルス2を出力するレーザー光源等を用い、より高温のプラズマ3を固化体1上に励起することにより、中性原子線(CaI)と二価のイオン線(CaIII)との発光強度比(CaIII/CaI)から固化体1の強度を検出又は測定することも期待できる。
【実施例1】
【0033】
図1の実施例では、コンピュータ30にプラズマ3の発光スペクトルから固化体1の主要成分元素を検知する検知手段47を設け、検知手段47により固化体1の測定部位における主要成分元素を検知している。固化体1がモルタルやコンクリートのように力学的・熱的性質が異なる粒子の集合体である不均質材料であるときは、測定部位に存在する骨材や空隙等によりプラズマ3の発光強度にバラツキが生じて測定誤差の原因となりうる。強度以外の要因によるプラズマ発光強度のバラツキを減らすため、集光器13によりレーザーパルス2の集光面積を小さくすると共に、検知手段47によってプラズマ3のスペクトル強度分布から測定部位の状態を判定することができる。例えば、測定部位に骨材等が存在する場合はセメント硬化体ではなく骨材のプラズマ3が発生するので、検知手段47によってプラズマ3のスペクトル強度分布におけるSiスペクトル成分の急激な増加やCaスペクトル成分の急激な減少を検知し、その変化から測定部位における骨材の有無を判定することができる。検知手段47により骨材が検知されたときは、レーザーパルス2の照射を一旦中断し、照射位置を変えてプラズマ3の発光スペクトルの測定を再開する。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の一実施例のブロック図である。
【図2】比較的大きい圧縮強度(=69N/mm2)のコンクリート硬化体のレーザー誘起プラズマの発光スペクトル強度分布を示すグラフである。
【図3】比較的小さい圧縮強度(=26N/mm2)のコンクリート硬化体のレーザー誘起プラズマの発光スペクトル強度分布を示すグラフである。
【図4】コンクリート圧縮強度と、そのレーザー誘起プラズマの発光スペクトル中の中性線及びイオン線の発光強度比との関係を示すグラフである。
【図5】レーザー誘起プラズマの発光スペクトル中の中性線及びイオン線の発光強度比とコンクリート練り混ぜ後の時間との関係を示すグラフである。
【図6】従来のレーザー誘起プラズマを用いた強度測定装置の説明図である。
【図7】図6の測定装置による強度測定結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0035】
1…固化体 1a…硬化体
2…レーザーパルス 3…プラズマ
3a…強度反映プラズマ 4…アブレーション
5…プラズマ衝撃波 7…測定部位
8…小孔
10…レーザー装置 11…導光器
12…切替器(光学フィルター) 13…集光器
20…計測装置 21、22…発光検知器
23…ガラス板 24…光ファイバーケーブル
25…分光光度計(モノクロメータ) 26…光検出器
26a…光電子増倍管(PMT) 27…オシロスコープ
28…照射検知器(PINダイオード) 29…ハーフミラー
30…コンピュータ 31…記憶手段
32…強度と発光強度との関係式 33…発光強度と時間遅れとの関係式
35…強度検出手段 36…平均値算出手段
37…変化率算出手段 38…判定手段
39…遅れ算出手段 40…出力装置
42…強度と発光強度比との関係式
43a…中性原子線の波長 43b…イオン線の波長
44…発光強度比算出手段 45…強度検出手段
46…関係式作成手段 47…成分元素検知手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固化体にレーザーパルスを照射してプラズマを誘起させ、当該プラズマの発光スペクトル中の特定成分元素の中性原子線とイオン線との発光強度比により固化体の強度を検出又は測定してなる固化体の強度測定方法。
【請求項2】
請求項1の測定方法において、前記特定成分元素を固化体中に一様に含まれる成分元素又は固化体の主要成分元素としてなる固化体の強度測定方法。
【請求項3】
請求項1又は2の測定方法において、前記固化体と同じ主要成分元素からなる異なる所定強度の複数の固化試験体にそれぞれレーザーパルスを所定照射特性で照射したときの前記発光強度比から固化体強度と発光強度比との関係式を求め、前記固化体にレーザーパルスを所定照射特性で照射したときの前記発光強度比と前記関係式とから固化体の強度を測定してなる固化体の強度測定方法。
【請求項4】
請求項3の測定方法において、前記固化体をモルタル又はコンクリート硬化体とし、前記関係式を当該硬化体の圧縮強度と前記発光強度比との関係式とし、前記レーザーパルスを照射したときの前記発光強度比から当該硬化体の圧縮強度を測定してなる固化体の強度測定方法。
【請求項5】
固化体にレーザーパルスを照射してプラズマを誘起させるレーザー装置、当該プラズマの発光を入力してスペクトル強度分布を計測する分光光度計、当該スペクトル強度分布中の特定成分元素の中性原子線とイオン線との発光強度比を算出する算出手段、及び前記固化体の強度と前記特定成分元素の発光強度比との関係式を記憶し且つ前記算出手段の算出値と当該関係式とから固化体の強度を検出する強度検出手段を備えて固化体の強度測定装置。
【請求項6】
請求項5の測定装置において、前記特定成分元素を固化体中に一様に含まれる成分元素又は固化体の主要成分元素としてなる固化体の強度測定装置。
【請求項7】
請求項6の測定装置において、前記レーザー装置によりレーザーパルスを所定照射特性で照射し、前記強度検出手段に、前記固化体と同じ主要成分元素からなる異なる強度の複数の固化試験体にそれぞれレーザーパルスを所定照射特性で照射したときの前記算出手段の算出値と各試験体の強度とから前記関係式を作成する関係式作成手段を含めてなる固化体の強度測定装置。
【請求項8】
請求項7の測定装置において、前記固化体をモルタル又はコンクリート硬化体とし、前記関係式を当該硬化体の圧縮強度と前記発光強度比との関係式とし、前記強度検出手段により前記算出手段の算出値から当該硬化体の圧縮強度を検出してなる固化体の強度測定装置。

【図1】
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【図6】
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【図7】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−206009(P2007−206009A)
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−27938(P2006−27938)
【出願日】平成18年2月6日(2006.2.6)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年11月15日〜16日 社団法人日本分光学会主催の「平成17年社団法人日本分光学会 秋季講演会・シンポジウム」において文書をもって発表
【出願人】(000001373)鹿島建設株式会社 (1,387)
【出願人】(504145320)国立大学法人福井大学 (287)
【Fターム(参考)】