説明

固定液注入システム

【課題】解剖体の防腐固定処置の作業中、ホルムアルデヒド等が外気に漏出せず、かつ解剖体の血栓閉塞し又は硬化した血管部分を破裂させることのない固定液注入システムの提供。
【解決手段】解剖体上方に着脱自在に掛架される輸液バッグ1と、バッグ側ポート、注入ポート、注出ポートを有し、バッグ側ポートの接続を注入ポート又は注出ポートに切り替える三方活栓2と、三方活栓2の注入ポートに注入チューブにより接続された密閉型の固定液貯蔵容器3と、一端が前記三方活栓の注出ポートに接続され他端に注入カニューレ7が接続される注出チューブ6とを備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、解剖体へ固定液を注入する固定液注入システムに関し、特に、固定液から発散した有害ガスが外気に漏出することを防止することが可能な固定液注入システムに関する。
【背景技術】
【0002】
人体その他の生物体の解剖実習等においては、解剖体の組織を防腐・滅菌・固定するために、事前にホルムアルデヒド溶液等の固定液を解剖体に注入し、解剖体の防腐固定処理が行われる。固定液(fixative)とは、生体またはその一部を固定するために用いる試薬、またはその混合液をいう。組織固定の方法として、灌流固定法が用いられ、注入する固定液としては10%ホルマリン液(35〜38%ホルムアルデヒド溶液がホルマリンであり、その10倍希釈水溶液)が多く使用されている。
【0003】
灌流固定法とは、血管系を介して固定液を解剖体の体内に注入して組織固定を行う方法である。固定液を注入する手法としては、通常は、イルリガトールを使用した落差法(例えば、非特許文献1,2参照)や、ポンプによる注入法(例えば、非特許文献3,4参照)が用いられている。
【0004】
図11は、一般的な落差法による固定液注入システムの例である。図11において、解剖体はアンダーキャリッジ付きのストレッチャー100に安置され、このストレッチャー100の上で防腐固定の処理が行われる。この固定液注入システムは、イルリガートル101、灌注チューブ102、注入カニューレ103、及びピンチコック104を備えている。イルリガートル101は、ガラス又は硬質プラスチックで作られた、固定液を6L程度貯留する硬質容器である。イルリガートル101は、上部が解放され下部が盲端となった円筒状の容器である。容器下部は狭窄されていて、その最下端に固定液の注出口101aが設けられている。この注出口101aには、灌注チューブ102が接続される。容器上部は、開閉蓋101bにより閉蓋される。また、容器上部近傍の外側面に、吊下用取手101cが設けられている。イルリガートル101は、この吊下用取手101cにより、高所に設置された吊棒105に吊り下げられる。灌注チューブ102は、長尺なゴムチューブであり、その基端がイルリガートル101の注出口101aに接続され、その先端には注入カニューレ103が接続されている。注入カニューレ103は解剖体の血管内へ固定液を灌注するための柔管である。注入カニューレ103の基端部には、固定液の流通を通断するための二方活栓103aが設けられている。また、灌注チューブ102の基端付近にはピンチコック104が夾着されている。ピンチコック104を外すことで、イルリガートル101内の固定液は重力によって灌注チューブ102を流下し、注入カニューレ103へ送られる。
【0005】
落差法により解剖体への固定液の注入処理を行う場合、まず、解剖体の手首ないし、鼠頸部の皮膚を切開し、橈骨動脈ないし大腿動脈を露出し、切開する。次に、切開した動脈に注入カニューレ103を挿入する。
【0006】
イルリガートル101に、固定液を体重の1/10量(約5L)程度充填して、重力により、注入カニューレ103から解剖体内の心臓方向へ固定液を注入する。
【0007】
一方、ポンプによる注入法の場合は、前処置液や固定液を重力ではなくポンプにより注入するものであり、それ以外は基本的に落差法の場合と同様の手順に従って、防腐固定処理が行われる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】柳沢一裕,竹内洋平,「藤田保健衛生大学の解剖実習関連施設と遺体処置法」,,第4回解剖技術研究・研修会プログラム・予稿集,社団法人日本解剖学会,平成18年11月11日,p.7.
【非特許文献2】谷口学,「大阪大学における解剖実習の現状について」,第8回解剖技術研究・研修会プログラム・抄録集,社団法人日本解剖学会,2007年3月26日,p.6.
【非特許文献3】末次英行,「遺体防腐処置について」,第3回解剖技術研究・研修会予稿集,社団法人日本解剖学会,平成13年4月1日,p.37.
【非特許文献4】清水伸輝,「広島大学における献体の取り扱いについて」,第8回解剖技術研究・研修会プログラム・抄録集,社団法人日本解剖学会,2007年3月26日,p.14.
【非特許文献5】コールダー・プロダクツ・カンパニー,「クイック・カップリングクイック・カップリング&フィッティング(プラスチック・チューブ用)」,コールダー・プロダクツ・カンパニー・カタログ,Colder Products Company,2004年,p.3.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、従来のイルリガトールを使用した落差法では、イルリガトールにホルマリン液を充填する際に、イルリガトールの開閉蓋101bを開蓋し、ホルマリン液を保存容器からイルリガトールへ傾注する必要がある。この際、ホルマリン液が外気に曝気され、ホルマリン液に溶解したホルムアルデヒド等の揮発成分が外気に拡散する。
【0010】
ところで、近年では、解剖実習等の際に、実習者が揮発したホルムアルデヒド等の化学物質へ暴露することが問題化されている。特に、固定液に通常使用されるホルムアルデヒドは、WHO(世界保健機関)のIARC(国際癌研究機関)においてヒトに対して発癌性があるとされており、ホルムアルデヒドへの暴露はできる限り避けるべきである。また、それに伴って、特定化学物質障害予防規則等の一部を改正する省令(平成十九年十二月二十八日厚生労働省令第百五十五号)により、屋内作業場におけるホルムアルデヒド等の化学物質の管理濃度が規制され、ホルムアルデヒドの場合は管理濃度が0.1ppmという極めて厳しい値に設定されている。
【0011】
従って、上記イルリガトールを使用した落差法においては、ホルムアルデヒド等の揮発性のある化学物質が外気に漏出し、実習者がこれら化学物質に暴露しやすいとともに、ホルムアルデヒドの屋内作業場における管理濃度の規制を達成することも難しくなるという課題を有している。
【0012】
一方、ポンプによる注入法を採用した場合、ホルマリン液の保存容器からホルマリン液をポンプで直接汲み出すため、ホルマリン液が外気に触れることはないため、ホルムアルデヒド等の化学物質が外気に漏れ出すことは防止される。
【0013】
しかしながら、ポンプ圧注の場合、固定液の注入圧力が高すぎると血栓により閉塞された血管部分や硬化した血管部分が破裂し、固定液が末梢まで十分に行き渡らなくなるという問題がある。また、通常のポンプは、その特性上、吐出圧が脈動する。そのため、血管内に固定液が一定圧で入っていかず、これが上記血管部分の破裂の原因となる場合もある。
【0014】
そこで、本発明の目的は、解剖体の防腐固定処理の作業中において、ホルムアルデヒド等の固定液に含有される揮発性の化学物質が外気に漏出することがなく、かつ固定液の注入中に解剖体の血栓閉塞し又は硬化した血管部分を破裂させることのない固定液注入システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明に係る固定液注入システムは、固定液を解剖体へ注入する固定液注入システムであって、固定液を貯留する密閉型の固定液貯蔵容器と、前記固定液貯蔵容器に設けられた容器内容物を注出するための注出栓と、解剖体の上方の掛架部材に着脱自在に掛架され、固定液が密封充填される柔軟性を有する輸液バッグと、前記輸液バッグに接続された可撓性のバッグ接続チューブと、先端に解剖体へ固定液を注入する注入カニューレが接続される注出チューブと、前記バッグ接続チューブを、管内容物を外気に暴露させることなく、前記注出栓又は前記注出チューブの一方に切り替え自在に接続する接続切替手段と、を備えたことを特徴とする。
【0016】
この構成によれば、固定液を解剖体へ注入する場合、まず、接続切替手段をバッグ接続チューブと注出栓とが接続された状態として、輸液バッグを掛架部材から外し、固定液貯蔵容器よりも低位となるように置く。これにより、固定液貯蔵容器内の固定液が輸液バッグ内に流入し、輸液バッグが膨満される。次に、注出チューブの先端に注入カニューレを接続して注入カニューレを解剖体の血管に挿入した状態で、接続切替手段をバッグ接続チューブと注出チューブとが接続された状態とする。そして、輸液バッグを掛架部材に掛架する。これにより、上記従来の落差法と同様、重力によって固定液が解剖体内へ注入される。
【0017】
このように、本発明の固定液注入システムでは、固定液は、すべて、固定液貯蔵容器,各チューブ,接続切替手段,及び輸液バッグで構成される閉鎖系内において流動操作され、外気に触れることがないため、固定液に含有される揮発性の化学物質が外気に漏出することはない。また、固定液の解剖体への注入は、従来の落差法と同様、重力によって行うため、無理な加圧が加わることがなく、固定液の注入中に解剖体の血栓閉塞し又は硬化した血管部分を破裂させることもない。
【0018】
尚、本発明において、固定液貯蔵容器から注出栓を介して固定液を圧送するポンプを設けた構成とすることもできる。これにより、固定液貯蔵容器内の固定液を輸液バッグ内に移流させる際に、ポンプにより圧送することができ、輸液バッグの掛架部材からの着脱の手間を省くことができる。
【0019】
ここで、「輸液バッグ」には、軟性プラスチックで構成されたものを使用することができる。例えば、点滴用バッグと同様のものが使用可能である。各チューブは、可撓性のあるものであればどのようなものでもよいが、通常は、ゴムチューブが使用される。固定液貯蔵容器についてもどのようなものであってもよいが、例えば、硬質プラスチック製の薬液タンク(薬液貯蔵瓶)を使用することができる。
【0020】
また、本発明において、前記接続切替手段は、バッグ側ポート、注入ポート、及び注出ポートの3つのポートを有し、前記バッグ側ポートの接続を前記注入ポート又は前記注出ポートに切り替える三方活栓であり、前記バッグ側ポートは、前記バッグ接続チューブに接続されており、前記注入ポートは、前記固定液貯蔵容器の前記注出栓に接続されており、前記注出ポートは、前記注出チューブに接続された構成とすることができる。
【0021】
この構成によれば、固定液を解剖体へ注入する場合、まず、接続切替手段をバッグ接続チューブと注出栓とが接続された状態として、輸液バッグを掛架部材から外し、固定液貯蔵容器よりも低位となるように置く。この状態で、三方活栓を、バッグ側ポートと注入ポートとが連通するように三方活栓をレバーを操作する。これにより、固定液貯蔵容器内の固定液が輸液バッグ内に流入し、輸液バッグが膨満される。次に、注出チューブの先端に注入カニューレを接続して注入カニューレを解剖体の血管に挿入した状態で、三方活栓を、バッグ側ポートと注出ポートとが連通するように三方活栓をレバーを操作する。そして、輸液バッグを掛架部材に掛架する。これにより、上記従来の落差法と同様、重力によって固定液が解剖体内へ注入される。
【0022】
また、本発明において、前記接続切替手段は、前記バッグ接続チューブの先端に設けられたノンスピル継手と、前記固定液貯蔵容器の前記注出栓及び前記注出チューブにそれぞれ接続された、前記前記バッグ接続チューブ先端のノンスピル継手に接続可能なノンスピル継手とを備えた構成とすることもできる。
【0023】
この構成によれば、固定液を解剖体へ注入する場合、まず、バッグ接続チューブ先端のノンスピル継手と固定液貯蔵容器の注出栓に接続されたノンスピル継手とを結合し、輸液バッグを掛架部材から外し、固定液貯蔵容器よりも低位となるように置く。これにより、固定液貯蔵容器内の固定液が輸液バッグ内に流入し、輸液バッグが膨満される。次に、注出チューブの先端に注入カニューレを接続して注入カニューレを解剖体の血管に挿入した状態で、バッグ接続チューブ先端のノンスピル継手と注出チューブ先端のノンスピル継手とを結合し、輸液バッグを掛架部材に掛架する。これにより、上記従来の落差法と同様、重力によって固定液が解剖体内へ注入される。
【0024】
ここで、固定液貯蔵容器の注出栓に接続されたノンスピル継手は、注出栓に直接接続されていてもよいが、チューブを介した状態で接続されていてもよい。
【発明の効果】
【0025】
以上のように、本発明に係る固定液注入システムによれば、固定液は、固定液貯蔵容器,各チューブ,三方活栓,及び輸液バッグで構成される閉鎖系内において流動操作され、外気に触れることがないため、固定液に含有される揮発性の化学物質が外気に漏出することはない。従って、実習者が有害な化学物質に暴露することが防止されるとともに、屋内作業場における管理濃度の規制を達成することも容易となる。
【0026】
また、固定液の解剖体への注入は、従来の落差法と同様、重力によって行うため、無理な加圧が加わることがなく、固定液の注入中に解剖体の血栓閉塞し又は硬化した血管部分を破裂させることもない。従って、固定液を解剖体の末梢まで十分に行き渡らせることが容易となる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の実施例1に係る固定液注入システムの全体構成を表す図である。
【図2】輸液バッグ1の外観図である。
【図3】三方活栓2の外観図である。
【図4】固定液貯蔵容器3をドラフトチャンバ内に設置した例である。
【図5】ノンスピル継手4a,3fの外観図である。
【図6】注入カニューレ7の外観図である。
【図7】固定液貯蔵容器3から輸液バッグ1へ固定液を移液している状態を示す図である。
【図8】本発明の実施例2に係る固定液注入システムの全体構成を表す図である。
【図9】本発明の実施例2に係る固定液注入システムの全体構成を表す図である。
【図10】雌型のノンスピル継手5b及び雄型のノンスピル継手3f,6bの内部構造の一例(非特許文献4に記載)である。
【図11】従来の一般的な落差法による固定液注入システムの例である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明を実施するための形態について、図面を参照しながら説明する。
【実施例1】
【0029】
図1は、本発明の実施例1に係る固定液注入システムの全体構成を表す図である。本実施例の固定液注入システムは、2つの輸液バッグ1,1、三方活栓2、固定液貯蔵容器3、注入チューブ4、バッグ接続チューブ5、注出チューブ6、及び注入カニューレ7を備えている。
【0030】
各輸液バッグ1は、図2に示したような、軟質プラスチックにより構成された気液密性の軟性の嚢袋である。輸液バッグ1の胴部1aは、可撓性の樹脂壁からなり、扁平な嚢袋状に形成されている。具体的には、略矩形状の同形の2枚の透明な軟質プラスチックフィルムを、全周に亘り縁辺部を熱融着(ヒートシール)し、内部を気液密な嚢袋状に製嚢され、上端縁1g、下端縁1h、左端縁1i及び右端縁1jが郭定されている。軟質プラスチックフィルムの素材としては、ポリオレフィン系樹脂、塩化ビニル、塩化ビニリデン系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリビニルアルコール系樹脂、ポリアクリルニトリル系樹脂、ポリアクリル酸系樹脂、ポリアミド系樹脂等のプラスチックが使用される。また軟質プラスチックフィルムは単層又は多層で形成されていても良い。
【0031】
胴部1aの上端縁1gに沿った融着領域は、左右隅部及び中央部が幅広くとられており、この3カ所の幅広の融着領域に、それぞれ吊掛孔1b,1c,1dが穿孔されている。吊掛孔1b,1c,1dは、輸液バッグ1を吊棒105に掛架するための鉤107を引っ掛けるための孔である。尚、吊掛孔1b,1c,1dはポンチ等の孔開け等によって形成することができる。
【0032】
一方、胴部1aの下端縁1hの中央には、嚢内に固定液を出し入れするためのプラスチック製の導管からなる輸液ポート1eが設けられている。この輸液ポート1eは、胴部1aの軟質プラスチックフィルム間に挿入した状態で熱融着されている。輸液ポート1eの上端は胴部1aの嚢内に連通している。輸液ポート1eの下端には、バッグ接続チューブ5が接続するルアーテーパー1fが設けられている。
【0033】
胴部1aの表側面には、輸液バッグ1の内容物の体積を示す目盛1kが印設されている。輸液バッグ1の嚢内の固定液の液面と目盛1kを比較することで、固定液の残量を知ることができる。尚、輸液バッグ1の容量は、通常は6L又は3L程度のものを使用するのが望ましい。1解剖体あたりに使用される固定液の量は、人体の場合、通常は略6L程度であるため、3Lの輸液バッグ1を使用する場合には、図1のように2つの輸液バッグ1,1を接続して用いる。
【0034】
三方活栓2は、図3に示したような、バッグ接続チューブ5の接続を注入チューブ4又は注出チューブ6の何れか一方に切り替えるための活栓である。この三方活栓2は、活栓本体2a、注入ポート2b、バッグ側ポート2c、注出ポート2d、操作レバー2e及びプラグ弁2fを備えている。活栓本体2aは、内部にプラグ弁2fが収容される弁室が形成された箱体であり、側部に弁室に連通する注入ポート2b、バッグ側ポート2c、及び注出ポート2dの3つのポートが形成されている。注入ポート2b、バッグ側ポート2c、及び注出ポート2dには、それぞれ、注入チューブ4、バッグ接続チューブ5、及び注出チューブ6が接続される。また、各ポートは、短管状の導管からなり、先端部には、気液密性を確保するために、ルアーテーパー(図示せず。)が形設されている。操作レバー2eは、プラグ弁2fを回動操作するためのレバーであり、プラグ弁2fと一体に形成されている。プラグ弁2fは、各ポート間の接続を切り替える弁であり、活栓本体2a内の弁室に回動自在に密嵌されている。操作レバー2eによりプラグ弁2fを回動させることで、バッグ接続チューブ5の接続を注入チューブ4又は注出チューブ6の何れか一方に切り替えることができる。
【0035】
固定液貯蔵容器3は、固定液を貯蔵しておくための容器であり、ポリエチレン等のプラスチック製の通常の純水貯蔵瓶(ウォータータンク)と同様のものを使用することができる。本実施例の固定液貯蔵容器3は、乳白色半透明のポリエチレン等の硬質プラスチックをブロー成形して生成された瓶状の容器である。瓶胴3aは略円筒状でありその上下端が曲面状に縮径している。瓶胴3aの上端に連延して、瓶胴3aよりも小径の短円筒状の瓶頸3bが、瓶胴3aと同軸に突設されている。瓶頸3bの上端には注口(図示せず。)が開口し、この注口から固定液を傾注する。瓶頸3bの上半側の外周には螺子溝(図示せず。)が螺刻されており、この螺子溝に注口を閉蓋するための気液密にシール可能な瓶蓋3cが螺着されている。瓶胴3aの外側面には、内容物の体積を示す目盛3dが印設されている。また、瓶底近傍の瓶胴3aの外側面には、内容物を注出するための注出栓3eが突設されている。
【0036】
固定液貯蔵容器3は、床面よりも高所に設置される。図1の例では、固定液貯蔵容器3は、床面よりも高所の流し台106の上に載置されている。尚、固定液貯蔵容器3に固定液を補充する際、固定液貯蔵容器3からの化学物質の放出をさらに遮断するために、図4に示すように、固定液貯蔵容器3をドラフトチャンバ内に設置するようにしてもよい。
【0037】
注入チューブ4は、固定液貯蔵容器3の注出栓3eと三方活栓2の注入ポート2bの間を接続する長尺な可撓性チューブである。注入チューブ4の固定液貯蔵容器3側の端部には、図5に示したようなメス型のノンスピル継手4aが設けられている。また、注出栓3eの先端には、オス型のノンスピル継手3fが設けられている。ノンスピル継手とは、継手の挿抜時に管内の液体がこぼれにくい構造の継手をいう(例えば、コールダー・プロダクツ・カンパニー社製「ノンスピル・カップリング」等)。メス型のノンスピル継手内には、オス型のノンスピル継手3fを差し込むことによって、スプリングが押されて開弁する逆止弁が内設されている。
【0038】
バッグ接続チューブ5は、各輸液バッグ1の輸液ポート1eと三方活栓2のバッグ側ポート2cとを接続する、Y字型に分岐した可撓性チューブである。また、注出チューブ6は、三方活栓2の注出ポート2dと注入カニューレ7とを接続する長尺な可撓性チューブである。注出チューブ6の注入カニューレ7側の端部には、固定液の流通を通断するための二方活栓6aが取り付けられている。
【0039】
注入カニューレ7は、図6に示すように、解剖体に挿入する可撓性の挿入チューブ7aと、挿入チューブ7aの基端に接続され挿入チューブ7aを流通する流体の通断するためのストップコック7bとを備えている。
【0040】
以上のように構成された本実施例の固定液注入システムについて、以下その使用方法を説明する。
【0041】
解剖体への固定液の注入作業を行う場合、まず、固定液貯蔵容器3から輸液バッグ1へ固定液を移液する。その場合、注出栓3eを閉じて、三方活栓2の操作レバー2eを操作して注入ポート2bとバッグ側ポート2cとが連通した状態とし、輸液バッグ1を吊棒105から外して、図7に示すように、輸液バッグ1を固定液貯蔵容器3よりも下位の床面に置く。この状態で、注出栓3eを開弁し、固定液貯蔵容器3から輸液バッグ1へ固定液を移液する。
【0042】
輸液バッグ1が固定液で一杯になると、注出栓3eを閉止し、輸液バッグ1を図1のように吊棒105へ掛架する。
【0043】
次に、二方活栓6aを閉止した状態で、三方活栓2の操作レバー2eを操作して注出ポート2dとバッグ側ポート2cとが連通した状態とする。
【0044】
最後に、注入カニューレ7の挿入チューブ7aを解剖体の血管内に挿入した状態で、二方活栓6a及びストップコック7bを開弁して、重力により輸液バッグ1内の固定液を解剖体内へ注入する。
【0045】
このように、解剖体への固定液の注入作業において、固定液は固定液貯蔵容器3,三方活栓2,輸液バッグ1,及び各チューブで構成される閉鎖系の内部を移流し、外気に曝気されることはない。従って、固定液の揮発成分が外気に漏れ出すことが防止される。また、解剖体への固定液の注入は落差法によるため、無理な圧力が加わることがなく、固定液の注入中に解剖体の血栓閉塞し又は硬化した血管部分を破裂させることが防止される。
【実施例2】
【0046】
図8,図9は、本発明の実施例2に係る固定液注入システムの全体構成を表す図である。図8,図9において、図1と同様の部分については同符号を付して説明を省略する。本実施例では、実施例1と比べると、バッグ接続チューブ5を、注出栓3e又は注出チューブ6の一方に切り替え自在に接続する接続切替手段として、三方活栓2の代わりにノンスピル継手5b,3f,6bが使用されている点で異なっている。
【0047】
尚、図8,図9では、固定液貯蔵容器3は外気に曝された状態であるが、実施例1で説明した場合と同様、固定液貯蔵容器3を図4に示すようなドラフトチャンバ内に設置して固定液貯蔵容器3からの化学物質の放出をさらに遮断するような構成とすることもできる。
【0048】
本実施例の固定液注入システムのバッグ接続チューブ5は、各輸液バッグ1の輸液ポート1eと三方活栓2のバッグ側ポート2cとを接続する、Y字型に分岐した可撓性チューブの下端に、長尺の可撓性の延長チューブ部5aが延設されている。そして、この延長チューブ部5aの先端に、雌型のノンスピル継手5bが設けられている。ノンスピル継手5bは、図5に示したノンスピル継手4aと同様のものである。
【0049】
また、固定液貯蔵容器3の注出栓3eの先端には、雄型のノンスピル継手3fが設けられており、注出チューブ6の基端には、雄型のノンスピル継手6bが設けられている。ノンスピル継手3f,6bは、図5に示したノンスピル継手3fと同様のものであり、何れもノンスピル継手5bに接続可能な形状とされている。
【0050】
各輸液バッグ1に固定液を充填する場合には、図8に示したように、ノンスピル継手5bをノンスピル継手3fに接続し、バッグ接続チューブ5を固定液貯蔵容器3の注出栓3eに接続する。そして、図7と同様に、各輸液バッグ1を固定液貯蔵容器3よりも下位に下ろして、注出栓3eを開栓し、重力により各輸液バッグ1に固定液を充填する。充填が終了すると、注出栓3eを閉栓し、ノンスピル継手5bをノンスピル継手3fから抜脱し、各輸液バッグ1を吊棒105に掛架する。
【0051】
ここで、雌型のノンスピル継手5b及び雄型のノンスピル継手3f,6bの一例の内部構造を図10に示す。図10は、非特許文献5(p.3)に記載のノンスピル継手の断面図を一部引用したものである。ノンスピル継手5bは、中空状の筒体10の内部に逆止弁11が設けられている。筒体10は、バッグ接続チューブ5に挿入される挿入部10aと、逆止弁11が内設され雄型のノンスピル継手3f,6bと結合する連結部10bとから構成される。
【0052】
挿入部10aは外側面に竹の子状の傾斜条10cが形成された円筒状に形成されている。傾斜条10cは、挿入部10aの先端側(以下「チューブ側」という。)が小径となる円錐台筒を軸方向に複数段連ねた形状とされている。これにより、各傾斜条10cの大径端部がエッジとなり、外側に圧入されるバッグ接続チューブ5に対する逆止機能が生じるようになっている。
【0053】
また、連結部10b内には、逆止弁11がスプリング12により、雄型のノンスピル継手3f,6bが結合される側(以下「結合端側」という。)の方向へ付勢された状態で内接されている。逆止弁11は、全体的に直円筒状の筒体部11cの結合端側の端部外周にフランジ11aが形成されており、また、チューブ側の端部近傍の外周面に環状溝11bが凹設され、この環状溝11bにOリング13が外嵌されている。そして、筒体部11cは、チューブ側が盲端となった筒状であり、側面には複数の帯直円状の長孔11dが開口している。連結部10bの内壁面の、Oリング13とフランジ11aとの中間に位置する部位には、筒内側に縮径した環状に形成された傾斜条10cが形成されている。傾斜条10cは、逆止弁11の筒体部11cの外径より僅かに大径となるように形成されている。スプリング12は傾斜条10cとフランジ11aとの間に嵌め込まれており、スプリング12が伸長することで傾斜条10cに対してフランジ11aが結合端側方向へ付勢される構成とされている。また、雄型のノンスピル継手3f,6bが差し込まれていない状態では、スプリング12の弾性により逆止弁11が最も結合端側に位置する状態となり、この状態では、Oリング13は傾斜条10cのチューブ側に密着し、連結部10b筒内の液流は遮断される(図10(a)参照)。
【0054】
一方、雄型のノンスピル継手3f,6bは、筒状の外筒体14の筒内に逆止弁15が摺動自在に内嵌されており、逆止弁15の基端側(注出栓3e又は注出チューブ6が接続される側をいう。以下同じ。)には、逆止弁15を先端側(雌型のノンスピル継手5bが結合する側をいう。以下同じ。)方向に付勢するためのスプリング16が内設されている。
【0055】
外筒体14は、スプリング16が内設された弁筒部14aと、弁筒部14aの先端側に延設され、雌型のノンスピル継手5bに挿入される部分である連結部14bと、弁筒部14aの基端側に延設され、注出栓3e又は注出チューブ6に挿入される部分である管接続部14cとから構成されている。連結部14bの先端近傍の外周には環状溝14dが周設されており、この環状溝14dには、Oリング18が外嵌されている。また、管接続部14cの外周には螺子溝14eが刻設されている。連結部14bの筒内は内径が均一な直筒であり、弁筒部14aの筒内は連結部14bの筒内よりも拡径し、段差部14fが形成されている。
【0056】
逆止弁15は、先端側が開口し基端側が盲端の直筒状の筒体部15aと、筒体部15aの基端側側面に環状の浅溝状に形成された環状溝15bと、環状溝15bの基端側側面に周設されたフランジ15cとを備えている。また、筒体部15aの基端側の側面に筒内空間に貫通する開口15dが形成されている。そして、逆止弁15の基端側端部近傍の環状溝15bにはOリング17が外嵌されている。
【0057】
雌型のノンスピル継手5bに挿入されていない状態では、スプリング16の伸長により、逆止弁15が先端側に付勢され、最も先端側に位置する。この状態では、Oリング17が外筒体14筒内面に形成された段差部14fに密着して、外筒体14筒内の液流を遮断する(図10(a)参照)。
【0058】
雄型のノンスピル継手3f,6bを雌型のノンスピル継手5bに挿入すると、図10(b)に示したように、逆止弁11のフランジ11a側端に逆止弁15の先端が当接し、互いに押し合ってスプリング12,16はそれぞれ収縮する。これにより、逆止弁11,15が開弁して、雄型のノンスピル継手3f,6bと雌型のノンスピル継手5bとの間の通液が可能となる。
【0059】
このように、ノンスピル継手5b及びノンスピル継手3f,6bを用いれば、チューブ内の固定液を外気に曝すことなく、バッグ接続チューブ5を注出栓3e又は注出チューブ6に接続したり切り離したりすることが可能となる。従って、固定液に含まれる揮発成分が外気に漏れ出すことが防止される。
【符号の説明】
【0060】
1 輸液バッグ
1a 胴部
1b,1c,1d 吊掛孔
1e 輸液ポート
1f ルアーテーパー
1g 上端縁
1h 下端縁
1i 左端縁
1j 右端縁
1k 目盛
2 三方活栓
2a 活栓本体
2b 注入ポート
2c バッグ側ポート
2d 注出ポート
2e 操作レバー
2f プラグ弁
3 固定液貯蔵容器
3a 瓶胴
3b 瓶頸
3c 瓶蓋
3d 目盛
3e 注出栓
3f,5b,6b ノンスピル継手
4 注入チューブ
4a ノンスピル継手
5 バッグ接続チューブ
5a 延長チューブ部
6 注出チューブ
6a 二方活栓
7 注入カニューレ
7a 挿入チューブ
7b ストップコック
10 筒体
10a 挿入部
10b 連結部
10c 傾斜条
11 逆止弁
11a フランジ
11b 環状溝
11c 筒体部
11d 長孔
12 スプリング
13 Oリング
14 外筒体
14a 弁筒部
14b 連結部
14c 管接続部
14d 環状溝
14e 螺子溝
14f 段差部
15 逆止弁
15a 筒体部
15b 環状溝
15c フランジ
15d 開口
16 スプリング
17 Oリング
18 Oリング
100 ストレッチャー
101 イルリガートル
101a 注出口
101b 開閉蓋
101c 吊下用取手
102 灌注チューブ
103 注入カニューレ
103a 二方活栓
104 ピンチコック
105 吊棒
106 流し台
107 鉤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固定液を解剖体へ注入する固定液注入システムであって、
固定液を貯留する密閉型の固定液貯蔵容器と、
前記固定液貯蔵容器に設けられた容器内容物を注出するための注出栓と、
解剖体の上方の掛架部材に着脱自在に掛架され、固定液が密封充填される柔軟性を有する輸液バッグと、
前記輸液バッグに接続された可撓性のバッグ接続チューブと、
先端に解剖体へ固定液を注入する注入カニューレが接続される注出チューブと、
前記バッグ接続チューブを、管内容物を外気に暴露させることなく、前記注出栓又は前記注出チューブの一方に切り替え自在に接続する接続切替手段と、
を備えたことを特徴とする固定液注入システム。
【請求項2】
前記接続切替手段は、前記バッグ接続チューブの先端に設けられたノンスピル継手と、
前記固定液貯蔵容器の前記注出栓及び前記注出チューブにそれぞれ接続された、前記前記バッグ接続チューブ先端のノンスピル継手に接続可能なノンスピル継手と、から構成されることを特徴とする請求項1記載の固定液注入システム。
【請求項3】
前記接続切替手段は、バッグ側ポート、注入ポート、及び注出ポートの3つのポートを有し、前記バッグ側ポートの接続を前記注入ポート又は前記注出ポートに切り替える三方活栓であり、
前記バッグ側ポートは、前記バッグ接続チューブに接続されており、
前記注入ポートは、前記固定液貯蔵容器の前記注出栓に接続されており、
前記注出ポートは、前記注出チューブに接続されていることを特徴とする請求項1記載の固定液注入システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2010−207419(P2010−207419A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−57205(P2009−57205)
【出願日】平成21年3月10日(2009.3.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本解剖学会第64回九州支部学術集会事務局、日本解剖学会第64回九州支部学術集会 プログラム・予稿集、平成20年10月25日
【出願人】(506087705)学校法人産業医科大学 (24)
【Fターム(参考)】