説明

土壌線虫の分離方法

【課題】 線虫に関する専門的技術及び知識を持たない者であっても、土壌から線虫を簡便かつ迅速に分離出来る手段を提供する。
【解決手段】 軟質チューブに比重液を入れてピンチコックで止める。土壌分散液を比重液の上部に入れてピンチコックをはずし、土壌を沈降させる。チューブを横置きに静置して軟質チューブを巻き取って分離した線虫の溶液を排出取得し、沈降した土壌はチューブ内に残留させることを特徴とする線虫の分離方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、農業及び園芸における土壌線虫の分析に関する。
【背景技術】
【0002】
作物栽培において線虫を含む土壌微生物の分析は重要な課題である。一般に地上部の病害に比べ土壌病害の防除は非常に困難であり、薫蒸消毒剤をはじめ強力な農薬が多量に土壌に投与されている現状は、人体及び環境への安全性が懸念されている。土壌病原菌の分析が充分には行なわれないため、その対策が土壌丸ごとの殺菌消毒、予防的な農薬処理という単純化した方法に頼らざるを得ないのが現状である。農家が自身で土壌病害の診断を行うことは難しく、専門家に頼らざるを得ないことも原因の一つである。
これに対して土壌線虫の密度測定や天敵微生物の寄生度の測定など、より詳細な分析を通して農薬の使用法の削減を図ることや有機質資材および天敵微生物の防除効果を確認することが検討されており、更には土壌中の微生物相を豊かにして特定の病原微生物の占有を防ぎ、化学農薬に頼らない作物の栽培を行なうことも実施され、今日、線虫をはじめ土壌微生物分析法の効率化と精緻化はますます重要な課題となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
土壌線虫の分析方法は線虫を土壌から分離して分析する方法が一般的であるが、最近では土壌資料を圧密し核酸を抽出して検出と定量を行う方法が提案されている(特許文献1)。
【特許文献1】特開2009−195147
【非特許文献】
【0004】
線虫を土壌から分離する方法は、線虫自身の活動性を利用するベルマン法や比重差を利用して物理的に分離する二層遠心浮遊法が一般的に行われている。
【0005】
ベルマン法(図1)は簡便であり最も広く利用されている。しかし遠心分離法と比べると分離率が低く、分離虫数の振れもやや大きい(非特許文献1)。
【0006】
水に浸けた土壌中を動く線虫は、自身の重みで段々下に落ち、時間が経つと土の下に敷かれた和紙、ティッシュを通り抜けて水の中にでる。この方法では運動性の低い線虫は集められないが観察の邪魔になる土壌粒子の混入が少ないというメリットがある。
1.土壌20gを、ティッシュペーパーが敷かれた網皿に入れ、水を張ったベルマン漏斗に置く。
2.72時間後に線虫の集まった管びんを回収する。
【0007】
二層遠心浮遊法。従来から海外で検討されてきた遠心分離法は、水による1回目の遠心処理で軽い有機物等を除去し、比重液を用いた2回目の遠心処理で線虫を分離する方法である(非特許文献2)。これに対して二層遠心浮遊法は1回の遠心処理によって線虫が分離できるため、非常に効率的である(非特許文献3)。分離率はネコブセンチュウ2期幼虫で60%程度であり分離虫数の振れもCVで10%程度と比較的小さい。活動性の無い線虫や発育ステージの分離に利用できる点もこの方法の利点である(非特許文献4)。しかし線虫の卵や卵のうも、土壌粒子の付着によって沈殿しやすいため活動体の線虫と同様に分離できるわけではない。供試できる土壌量が少ない。有機物や粘土分の多い土壌では分離率が低下しやすい。大型の線虫の分離率が低い。砂質土壌では土壌の撹拌過程で線虫がすりつぶされ分離率が低下する傾向にある等の問題点もある(非特許文献5、(図2):非特許文献1)。
【0008】
線虫は水より重いので(比重約1.05)、水の代わりに比重の重い砂糖水などを使うと線虫だけを自ら浮き上がらせることができる。この方法は回収率が高いのと、短時間でできるというメリットがあるが、砂糖水の影響で線虫が弱ってしまうことがある。
1.50mlの遠沈管に土壌10gと水20mlを入れてよくかき混ぜる。
2.遠沈管の底までピペットを挿入し、40%砂糖水10mlを静かに入れる。
3.1,500回転で1分間遠心。泥水は底に沈殿し、線虫は水と砂糖水の境界線に集まる。
4.上澄を20−40μmのふるいでこして,ふるいの上に残った線虫を集める。あるいは水と砂糖水の境界線からピペットで線虫を吸い取る(非特許文献1)。
【非特許文献1】「平成21年度野菜の難防除害虫(B)研修テキスト」、北海道農業研究センター
【非特許文献2】Jenkins,W.R.(1964)Pl.Dis.Reptr.48,372−381
【非特許文献3】高木一夫(1970)応動昆14,108−110
【非特許文献4】Minagawa,N.(1979)Appl.Entmol.Zool.14,469−477,佐野善一(1975)日線虫研誌5,41−47
【非特許文献5】「線虫学実験法」日本線虫学会、2004年3月発行
【0009】
何れの分離法も土壌の全線虫を分離することは出来ず、常に一定部分を抽出しているに過ぎないが、夫々の特徴を理解して目的に適した方法を使うことで運用されているのが現実である。ベルマン法は簡便であるが分離に2−3日かかる。線虫卵や卵のう及び活動的でない線虫は分離されず、線虫数や線虫種類を過小評価する恐れがある。
【0010】
二層遠心浮遊法は数十分で分離でき、死線虫や卵のうも分離でき分離率も高いことから土壌の線虫相全体を把握することができる優れた方法である。しかし遠心分離機を必要とし更に技術の熟練を要することから利用される頻度は専門家の間でも低く留まっているのが現状である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来の方法では簡便で迅速に多種類の線虫を土壌から分離することができず、専門的技術及び知識を持たない者が線虫を分離することは困難であった。
【課題を解決するための手段】
【0012】
軟質チューブに比重液と水又は凝集剤溶液を入れて界面を形成し、その上から土壌懸濁液を落下させることにより、土壌粒子は比重液底部に沈降し、線虫類を含む土壌微生物が水又は凝集剤溶液と比重液の界面に集まる。次いでチューブを横に静置して、チューブを巻き取るか又はアプリケーターで引いて水又は凝集剤溶液と比重液を回収すると、土壌中の大部分の線虫を含む微生物を分離出来た。土壌残渣はチューブ内に残る。微生物を含む水溶液はナイロンメッシュで容易に微生物を回収できた。全ての操作は10分程度で終わり、線虫の分離率は二層遠心浮遊法と同等であり、大型線虫の分離率はベルマン法及び二層遠心浮遊法より高い事を見出し本発明を完成した。
【発明の効果】
【0013】
簡便な用具を用いて10分程度で迅速に土壌微生物を分離することができ、機械装置や電源は不要である。線虫に関する専門的技術及び知識を持たない者であっても簡便に迅速に線虫を分離することが出来、農家自身が有害線虫の診断を行うことを可能にする技術である。植木・盆栽の輸出産業にとって検疫上重要な有害線虫であるXiphinema属のオオハリセンチュウの分離、診断にも有用である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】チューブ法の概要を示した図である。
【図2】チューブ法の概要を示した図である。
【図3】ベルマン法の概要を示した図である。
【図4】二層遠心浮遊法の概要を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
透明又は半透明の軟質チューブを用いる。チューブの材質は例えばポリエチレン、ポリプロピレン、塩化ビニル、テフロン等のプラスティック又はポリマーであるが、チューブ内に水を入れ圧迫して水を押し出す動作に耐えられる材質であれば材料の種類を問わない。
【0016】
チューブのサイズは被検土壌の量に応じて使い分けることが出来る。作物寄生性線虫を分離して種類や数を測定し土壌の診断に使用する場合は、20gから100gの土壌を使用することが多く、その場合には直径25mmから35mm、長さ700mmから1200mm、厚さ30μm以上のサイズが好適に使用できる。直径と長さの比率を変えることも出来る。厚さは水の圧力に耐えられる材質であれば変えることが出来る。
【0017】
底部をシールしたポリチューブに比重液を注入しピンチコック1を付ける。比重液の調整には通常ショ糖水溶液を使用するが、食塩、硫酸マグネシウム、硫酸亜鉛、塩化カルシウム等も使用できる。線虫の比重は約1.05であり比重液の比重は1.05以上から1.3程度が使用できる。より好適には20%から40%のショ糖水溶液が使用できる。次に水又は土壌凝集剤の水溶液を注入しピンチコック2を付ける。凝集剤を使用する場合は有機系無機系を問わず土壌粒子が沈降可能な物であれば使用できる。比重液及び水又は凝集剤液の量は好適には100mlから300ml程度である。
【0018】
被検土壌20gから100gを水100mlから400ml程度に懸濁した液を注入する。ピンチコックを1、2の順にはずすと、土壌懸濁液から土壌粒子が沈降し水又は凝集剤溶液を通過してショ糖液に移行し底部に沈降する。比重液と水又は希釈された凝集剤溶液は界面を形成する。チューブを横に静置して土壌を沈降させ、出口に細管を付けて端からチューブを巻き取るか又はアプリケーターで引いて凝集剤溶液及び比重液を流出させると線虫溶液が得られる。土壌はチューブ内に残す。分離した土壌量は被検風乾土壌の約1.5倍であり、取得した線虫溶液は残り全量である。線虫溶液は10μmから200μm程度のナイロンメッシュに通して線虫を回収し水洗する。少量の水でサンプル皿にとり生物顕微鏡で数えた。メッシュの目開きを変えることにより線虫をサイズの異なる種類別に分けて回収することが出来る。
【実施例】
【0019】
発明の実施の形態を実施例に基づき説明する。本発明はこの形態に限定されるものではない。
【0020】
線虫汚染土壌を2種類用意し、本発明の方法(チューブ法)及び二層遠心浮遊法で夫々4反復で分析し比較した(表1)。
【実施例1】
【0021】
チューブ法
底部をシールしたポリエチレンチューブ(直径30mm 長さ1000mm 厚さ50μm)に25%ショ糖水溶液200mlを注入しピンチコック1をする。次いで水200mlを注入しピンチコック2をする。被検土壌50gを水200mlに懸濁して液を注入する。(図1)。ピンチコックを1、2の順にはずすと、土壌懸濁液から土壌粒子が沈降し水層を通過してショ糖液に移行し底部に沈降する。ショ糖液と水層は界面を形成する。チューブを横に静置して土壌を沈降させ、出口に細管を付けて端からチューブを巻き取ると水層及びショ糖液が流出し、土壌は巻き取ったチューブ内に残る。取得した線虫溶液は570ml、残渣土壌はポリエチレンチューブを含めて78gであった。線虫溶液を50μmのナイロンメッシュに通して線虫を回収し水洗する。総ての操作は約10分で終了した。少量の水でサンプル皿にとり生物顕微鏡で数えた。
【0022】
(比較例1)二層遠心法
被検土壌25gを2%ヘキサメタリン酸ナトリウム液100mlに分散した。分散液は5分間超音波処理した後、250ml遠心管に入れた50%ショ糖液85mlの上に加えて、遠心分離機を用いて1分間、500rpmで2層遠心分離を行なった。上水を20ミクロンナイロンメッシュで線虫を回収した。回収した線虫を生物顕微鏡で数え、土壌50g当りに換算した。
【0023】
上記の結果を表1に記載した。ネコブセンチュウは農作物を加害する代表的な線虫であり、オオハリセンチュウ及びユミハリセンチュウは植木・盆栽の輸出検疫上重要な線虫である。チューブ法は二層遠心浮遊法に比べより簡便な器具を使用し、より単純な操作でありながら迅速に、二層遠心法と同等以上の線虫分離を行うことが出来た。
【0024】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
土壌からチューブ及び比重液を用いて線虫を分離する方法。
【請求項2】
請求項1においてチューブ及び比重液に加えて土壌凝集剤溶液を用いる請求項1に記載の方法。
【請求項3】
請求項1においてチューブが軟質であり透明である請求項1に記載の方法。
【請求項4】
請求項1において比重液がショ糖液である請求項1に記載の方法。
【請求項5】
請求項2において土壌凝集剤溶液が塩化マグネシウム溶液である請求項2に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−34671(P2012−34671A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−184413(P2010−184413)
【出願日】平成22年8月4日(2010.8.4)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業委託事業「植木・盆栽類の輸出促進に向けた線虫対策及び生産・輸送技術の開発(課題番号:21043)」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願。
【出願人】(502413821)有限会社ネマテンケン (2)
【Fターム(参考)】