説明

土壌線虫の重金属応答遺伝子を検出するためのポリヌクレオチド、プローブ、DNAマイクロアレイ及び土壌線虫を用いた土壌汚染の評価方法

【課題】重金属による土壌および浸出水の汚染を生物学的に評価するために有用な、線虫の重金属応答遺伝子を検出するためのポリヌクレオチド、前記遺伝子の検出用プローブ、プライマー、DNAマイクロアレイ及び線虫を用いた重金属による土壌および浸出水の汚染を評価する方法等を提供する。
【解決手段】線虫の重金属応答遺伝子を検出するためのポリヌクレオチドであって、特定の配列で示されるいずれかの塩基配列に含まれる、連続する少なくとも15塩基からなるポリヌクレオチドまたはそのポリヌクレオチドに相補的なポリヌクレオチド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、土壌線虫の重金属応答遺伝子を検出するためのポリヌクレオチド、プローブ、DNAマイクロアレイ及び線虫を用いた重金属による土壌および浸出水の汚染を評価する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
土壌の汚染状況把握・対策実施を定めた「土壌汚染対策法」が、平成15年1月1日から施行された。これにより、特定有害物質を取り扱う事業者の跡地に住宅や公園などを造成する際、土地所有者には土壌調査が義務付けられ、汚染が見つかった場合、都道府県はその内容を公表し、汚染した事業者に土の入れ替え被覆等の対応を命じることになっている。
【0003】
有害物質で汚染された土壌・地下水を浄化するためには、調査計画から結果の解析をはじめ、浄化計画の立案、設備の運転、浄化後のモニタリングまで一貫した技術による対策が求められる。対象としている有害物質は、有機塩素系化合物をはじめ重金属、油類まで広範囲に及ぶため包括的な一次スクリーニング手法の応用が必要とされる。また、廃棄物による埋め立て地で発生する浸出水には、有害物や重金属等が含まれ、こうした物質を除去するために生物処理・化学処理・物理処理等組み合わせて処理されるが、これらの処理効率を確実、簡便に評価する手法の開発が必要とされる。
【0004】
そこで従来から、土壌および浸出水の汚染レベルを評価する方法として、OECDによるEarthworm reproduction test法や生物を用いた急性・慢性毒性試験の応用的使用例がある。また、化学物質の生体への影響を生物学的に評価する手法(バイオアッセイ)として、酵母を用いた化学物質の毒性評価方法及び検出方法が提案されている(例えば、特許文献1および2参照)。
【特許文献1】特開2001−286281号公報
【特許文献1】特開2003−61673号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、Earthworm reproduction test法は、評価に時間がかかり汎用性が低いため、日本国内にもこの方法が行える試験機関がほとんどない。また、急性・慢性毒性試験法や酵母を用いた化学物質の毒性評価方法等は土壌および浸出水の汚染に特化しておらず、適切な判断が下せない可能性がある。
【0006】
そこで、本発明の目的は、重金属による土壌および浸出水の汚染を生物学的に評価するために有用な、線虫の重金属応答遺伝子を検出するためのポリヌクレオチド、前記遺伝子の検出用プローブ、プライマー、DNAマイクロアレイ及び線虫を用いた重金属による土壌および浸出水の汚染の評価方法等を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究したところ、重金属の存在下で土壌線虫(Caenorhabditis elegans)を培養すると、複数の遺伝子の発現量が変動することを見出した。そして以下に示すポリヌクレオチド、重金属応答遺伝子の検出用プローブ、プライマー、DNAマイクロアレイ、重金属による土壌および浸出水の汚染の評価方法等により本発明の目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明によれば、以下の要旨の発明が提供される。
(1)線虫の重金属応答遺伝子を検出するためのポリヌクレオチドであって、配列番号119〜199で示されるいずれかの塩基配列に含まれる、連続する少なくとも15塩基からなるポリヌクレオチドまたはそのポリヌクレオチドに相補的なポリヌクレオチド。
(2)上記(1)記載のポリヌクレオチドからなることを特徴とする重金属応答遺伝子の検出用プローブ。
(3)前記ポリヌクレオチドが配列番号318〜397または配列番号516〜595で示されるいずれかの塩基配列からなることを特徴とする上記(2)記載のプローブ。
(4)上記(1)記載のポリヌクレオチドからなることを特徴とする重金属応答遺伝子の増幅用プライマー。
(5)配列番号1〜199で示されるいずれかの塩基配列に含まれる、連続する少なくとも15塩基からなるポリヌクレオチドまたはそのポリヌクレオチドに相補的なポリヌクレオチドを基板上に固定化したことを特徴とするDNAマイクロアレイ。
(6)前記ポリヌクレオチドが配列番号200〜595で示されるいずれかの塩基配列からなることを特徴とする上記(5)記載のDNAマイクロアレイ。
(7)重金属応答遺伝子の一の領域とハイブリダイズするポリヌクレオチドと当該一の領域とは異なる他の領域とハイブリダイズするポリヌクレオチドを含むことを特徴とする上記(5)または(6)記載のDNAマイクロアレイ。
(8)以下(a)〜(c)の工程を含むことを特徴とする重金属による土壌および浸出水の汚染を評価する方法。
(a)線虫を被検試料とともに培養する工程;
(b)前記培養した線虫における、重金属応答遺伝子の発現量を検出する工程;および、
(c)前記検出した重金属応答遺伝子の発現量と対照試料の場合の前記遺伝子の発現量とを比較して、被検試料の重金属汚染を評価する工程。
(9)前記重金属応答遺伝子の発現量を検出する工程において、請求項5〜7いずれかに記載のDNAマイクロアレイを用いることを特徴とする上記(8)記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明のポリヌクレオチドによれば、線虫の重金属応答遺伝子を特異的に検出でき、これにより重金属による土壌および浸出水の汚染を評価することができる。また、本発明のプローブによれば、特異的、高精度かつ再現性よく前記遺伝子を検出することができる。本発明のプライマーによれば、前記遺伝子を再現性よく効率的に増幅、検出することができる。本発明のDNAマイクロアレイによれば、前記遺伝子を同時にかつ網羅的に検出することが可能となる。本発明の重金属による土壌および浸出水の汚染の評価方法によれば、評価対象の重金属汚染の有無および汚染の程度を生物学的にかつ簡便に評価することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
重金属の存在下で線虫、カエノルハブティス・エレガンス(Caenorhabditis elegans)、を培養すると、線虫の特定遺伝子について発現量の変動を生ずる。これら重金属に応答して発現変動する遺伝子群は重金属応答遺伝子と呼ばれる。これまでに線虫の重金属応答遺伝子として、配列番号1〜118で示される塩基配列からなる遺伝子が知られている。本発明者らは、今回新たに、配列番号119〜199で示される塩基配列からなる線虫の重金属応答遺伝子を見出した。
【0011】
以下、本発明において、アミノ酸、(ポリ)ペプチド、(ポリ)ヌクレオチド等の略号による表示は、IUPAC−IUBの規定[IUPAC-ICB Communication on Biological Nomenclature, Eur. J. Biochem., 138: 9 (1984)]、「塩基配列またはアミノ酸配列を含む明細書等の作成のためのガイドライン」(日本国特許庁編)に従う。
【0012】
本発明において「遺伝子」または「DNA」とは、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAを包含する趣旨で用いられる。また、その長さによって特に制限されるものではない。従って、本発明において遺伝子(DNA)とは、特に言及しない限り、線虫ゲノムDNAを含む2本鎖DNAおよびcDNAを含む1本鎖DNA(正鎖)並びに該正鎖と相補的な配列を有する1本鎖DNA(相補鎖)、およびこれらの断片のいずれもが含まれる。また前記「遺伝子」または「DNA」には、特定の塩基配列(配列番号:1〜199)で示される「遺伝子」または「DNA」だけでなく、これらによりコードされるタンパク質と生物学的機能が同等であるタンパク質(例えば同族体(ホモログやスプライスバリアント等)、変異体および誘導体)をコードする「遺伝子」または「DNA」が包含される。かかる同族体、変異体または誘導体をコードする「遺伝子」または「DNA」としては、具体的には、後述のストリンジェントな条件下で、前記配列番号:1〜199で示されるいずれかの特定塩基配列の相補配列とハイブリダイズする塩基配列を有する「遺伝子」または「DNA」を挙げることができる。なお、遺伝子またはDNAは、機能領域の別を問うものではなく、例えば発現制御領域、コード領域、エキソン、イントロンを含むことができる。
【0013】
本発明において「ポリヌクレオチド」とは、DNAやRNAのいずれをも包含する趣旨で用いられる。上記DNAにはcDNA、ゲノムDNAおよび合成DNAが含まれ、上記RNAには、totalRNA、mRNA、rRNAおよび合成RNAが含まれる。また、これら以外に人工的に合成されたポリヌクレオチド類似体(S−オリゴ、メチルホスホネートオリゴ等)であってもよい。
【0014】
本発明において、「タンパク質」や「(ポリ)ペプチド」には、特定のアミノ酸配列で示される「タンパク質」や「(ポリ)ペプチド」だけでなく、これらと生物学的機能が同等であることを限度として、その同族体(ホモログやスプライスバリアント)、変異体、誘導体、成熟体およびアミノ酸修飾体などが包含される。ここでホモログとしては、線虫のタンパク質に対応する他の生物種のタンパク質が例示でき、これらは遺伝子の塩基配列から演繹的に同定することができる。また、変異体には、天然に存在する変異体、存在しない変異体、および人為的に欠失、置換、付加および挿入されることにより改変されたアミノ酸配列を有する変異体が含まれる。なお、上記変異体としては、変異のないタンパク質または(ポリ)ペプチドと、少なくとも70%、好ましくは80%、より好ましくは95%相同なものを挙げることができる。またアミノ酸修飾体には、天然に存在するアミノ酸修飾体、天然に存在しないアミノ酸修飾体が含まれ、例えば、アミノ酸のリン酸化体を挙げることができる。
【0015】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0016】
本発明において、線虫とは、特に言及しない限り、Caenorhabditis elegansを意味する。線虫C.elegansは、土壌中に生息する動物で、全ゲノムの塩基配列がすでに決定されている。このため酵母等に比べて土壌および浸出水の汚染の影響を評価するための対象として極めて好適に用いることができる。なお、線虫遺伝子についての情報は、公共のデータベース、例えば、NCBI、WORMBASE、国立遺伝学研究所等の遺伝子データベースから入手することができる。
【0017】
本発明において重金属応答遺伝子とは、重金属に応答して発現変動する遺伝子であり、これには、ヒートショックプロテイン遺伝子等の種々のストレス応答タンパク産生遺伝子も含まれる。線虫の重金属応答遺伝子としては、具体的には例えば、配列番号1〜199で示される塩基配列からなる遺伝子を挙げることができ、このうち、配列番号1〜118で示される塩基配列からなる遺伝子が公知である。一方、配列番号119〜199で示される塩基配列からなる重金属応答遺伝子は、発明者らが見出した新規な重金属応答遺伝子である。上記重金属応答遺伝子に関する情報は、例えば、表1の遺伝子名またはCDS名を用いてNCBI、WORMBASE、国立遺伝学研究所等のデータベースから入手することができる。
【0018】
また、本発明において、重金属としては、銅、水銀、クロム、鉛、ニッケル、カドミウム、錫等のほか、硫酸銅、塩化水銀、重クロム酸カリウム、塩化鉛、塩化ニッケル、塩化カドミウムなどの無機金属化合物や塩化トリブチル錫、メチル水銀、四メチル鉛などの有機金属化合物が挙げられる。
【0019】
本発明は、線虫の重金属応答遺伝子を検出するためのポリヌクレオチドであって、配列番号119〜199で示されるいずれかの塩基配列に含まれる、連続する少なくとも15塩基からなるポリヌクレオチドまたはそのポリヌクレオチドに相補的なポリヌクレオチドである。
【0020】
ここで、相補的なポリヌクレオチド(相補鎖、逆鎖)とは、前記配列番号119〜199で示されるいずれかの塩基配列からなるポリヌクレオチドの全長配列、または、前記塩基配列において少なくとも連続した15塩基長を有するその部分配列に対して、A:TおよびG:Cといった塩基対関係に基づいて、塩基的に相補的な関係にあるポリヌクレオチドを意味する。ただし、かかる相補鎖は、対象とする正鎖の塩基配列と完全に相補配列を形成する場合に限らず、対象とする正鎖とストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる程度の相補関係を有するものも含まれる。ここでストリンジェントな条件とは、Beger and Kimmel (1987, Guide to Molecular-Cloning Techniques Methods in Enzymology, Vol. 152, Academic Pres, San Diego CA)に教示されるように、複合体あるいはプローブを結合する核酸の融解温度(Tm)に基づいて決定することができる。例えば、ハイブリダイズ後の洗浄条件として、「0.2×SSC、0.2%SDS、50℃」程度、より厳しい条件としては「0.2×SSC、0.2%SDS、60℃」程度を挙げることができる。具体的には、このような相補鎖として、対象の正鎖の塩基配列と完全に相補的な関係にある塩基配列からなる鎖、ならびに該鎖と少なくとも80%、好ましくは90%、より好ましくは95%の相同性を有する塩基配列からなる鎖を例示することができる。ここで、正鎖側のポリヌクレオチドには、前記配列番号119〜199で示される塩基配列、またはそれらの部分配列からなるものだけでなく、上記相補鎖の塩基配列に対してさらに相補的な関係にある塩基配列からなる鎖を含めることができる。さらに上記正鎖のポリヌクレオチドおよび相補鎖のポリヌクレオチドは、各々一本鎖であっても、二本鎖であってもよい。
【0021】
本発明のポリヌクレオチドは、配列番号119〜199で示される塩基配列(全長配列)からなるポリヌクレオチドであってもよく、その相補配列からなるポリヌクレオチドであってもよい。また配列番号119〜199で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドもしくはこれに由来するポリヌクレオチドを特異的に認識するものであれば、前記全長配列またはその相補配列の部分配列からなるポリヌクレオチドであってもよい。この場合、部分配列としては、上記全長配列またはその相補配列の塩基配列から任意に選択される少なくとも15個の連続した塩基長を有するポリヌクレオチドを挙げることができる。
【0022】
なお、ここで「特異的に認識する」とは、例えばノーザンブロット法において、前記配列番号119〜199で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを特異的に検出できること、また、RT−PCR法においては、前記配列番号119〜199で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドまたはこれに由来するポリヌクレオチドが特異的に生成されることを意味するが、これに限定されることなく、当業者が上記検出物または生成物がこれらのポリヌクレオチドに由来するものであると判断できるものであればよい。
【0023】
本発明のポリヌクレオチドは、例えば、配列番号119〜199で示される塩基配列に基づいて、primer3(HYPERLINK http://www.genome.wi.mit.edu/cgi bin/primer/ primer3.cgi)、ベクターNTI(Infomax社製)等の設計ソフトを利用して当業者が適宜設計することができる。具体的には本発明のポリヌクレオチドの塩基配列を前記ソフトウェアにかけて得られるプライマーやプローブの候補配列、もしくは少なくとも該配列を一部に含む配列をプライマーやプローブとして使用することができる。
【0024】
本発明のポリヌクレオチドは、上述したように連続する少なくとも15塩基の長さを有するものであれば特に制限されないが、具体的には、ポリヌクレオチドの用途に応じてその長さを適宜選択して設定することができる。
【0025】
本発明によれば、前記ポリヌクレオチドからなる重金属応答遺伝子の検出用プローブが提供される。前記検出用プローブの塩基長としては、15bp〜全配列の塩基長、好ましくは15bp〜1kbp、より好ましくは60bp〜70bpの塩基長のものが例示でき、特に、配列番号318〜397または配列番号516〜595で示されるいずれかの塩基配列からなるポリヌクレオチドよりなるプローブが好ましい。このプローブは、検出の対象となるポリヌクレオチドの塩基配列に基づいて当業者が適宜設計することができる。また、このプローブは、適当な標識物質、例えば、放射性同位体、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、ビオチン、ジゴキシゲニン(ジゴキシゲニン(DIG)−11−UTP)等により標識されていてもよい。
【0026】
上記プローブを用いることにより、線虫の重金属応答遺伝子を検出することが可能である。例えば、線虫からmRNAやtotalRNAを調製し、これと上記プローブをハイブリダイズさせ、形成された複合体の有無および程度を検出する。検出は、予めプローブを前記標識物質で標識したプローブを用いて、ハイブリダイゼーション後に標識物質を検出してもよく、また、検体側(RNA)を予め、Cy3やCy5等の蛍光色素等により標識し、ハイブリダイゼーション後にこれを検出してもよい。また、線虫からmRNA等を調製する方法としては、従来公知の方法のいずれもが使用することができ、例えば、市販キットやoligo(dT)カラムを使用しても、フェノール‐クロロホルム法を使用してもよい。また、線虫のRNA量が少ない場合には、必要に応じてRT−PCR法等により増幅してもよい。
【0027】
さらに、前記検出用プローブのうち、一の重金属応答遺伝子の異なる他の領域とハイブリダイズする2種以上の前記プローブを組み合わせて、前記遺伝子の検出用プローブセットとすることができる。すなわち、本発明によれば、重金属応答遺伝子の一の領域とハイブリダイズする前記プローブと当該一の領域とは異なる他の領域とハイブリダイズする前記プローブを含む重金属応答遺伝子の検出用プローブセットが提供される。前記プローブセットに含まれるプローブの組み合わせとしては、具体的には、例えば、配列番号318〜397の各プローブと配列番号318〜397の各プローブがハイブリダイズする重金属応答遺伝子とハイブリダイズする配列番号516〜595の各プローブ(配列番号318および516、配列番号319および517、配列番号320および518等)の組み合わせを挙げることができる。前記プローブセットは、一の重金属応答遺伝子の2以上の領域を認識して検出するため、高感度、高精度かつ再現性よく前記遺伝子を検出することが可能である。
【0028】
本発明によれば、上記ポリヌクレオチドからなる重金属応答遺伝子の増幅用プライマーが提供される。前記プライマーとしては、通常15bp〜100bp、好ましくは15bp〜50bp、より好ましくは15bp〜30bpの塩基長のものを挙げることができ、例えば、配列番号318〜397で示されるいずれかの塩基配列からなるポリヌクレオチドが好ましい。これらのプライマーは、増幅の対象となるポリヌクレオチドの塩基配列に基づいて当業者が適宜設計することができる。
【0029】
上記プライマーを用いることにより、線虫の重金属応答遺伝子を増幅、検出することが可能である。例えば、線虫からmRNAやtotalRNAを調製し、これを上記プライマーとポリメラーゼ等を用いて増幅する。得られた増幅産物と重金属に曝露していない線虫から採取した対照RNAから得た増幅産物とを比較して、前記遺伝子の発現量の変化を検出することができる。線虫からmRNA等を調製する方法としては、従来公知の方法を使用することができ、例えば、市販キットやoligo(dT)カラムを使用しても、フェノール‐クロロホルム法を使用してもよい。ここで使用されるポリメラーゼとしては、例えばDNAポリメラーゼや逆転写活性を有するDNAポリメラーゼを挙げることができる。
【0030】
さらに、前記プライマーのうち、同一の重金属応答遺伝子のフォーワードプライマーとリバースプライマーを組み合わせて、前記遺伝子用のプライマーセットとすることができる。すなわち、本発明によれば、同一の重金属応答遺伝子のフォーワードプライマーとリバースプライマーを含む重金属応答遺伝子の増幅用プライマーセットが提供される。このプライマーセットは、増幅の対象となるポリヌクレオチドの塩基配列に基づいて当業者が適宜設計することができる。前記プライマーセットによれば、増幅効率が高く、かつ前記遺伝子を高精度で再現性よく増幅、検出することができる。
【0031】
上記本発明のプローブ、プローブセット、プライマー、プライマーセットは、ノーザンブロット法、RT−PCR法、in situハイブリダイゼーション法等といった特定遺伝子を特異的に検出する公知の方法において、常法に従い利用することができる。これにより、重金属応答遺伝子の発現の有無、発現量等を検出、評価することができる。
【0032】
また、重金属応答遺伝子の検出、定量は、以下のDNAマイクロアレイを用いて行うことができる。
【0033】
本発明によれば、配列番号1〜199で示されるいずれかの塩基配列に含まれる、連続する少なくとも15塩基からなるポリヌクレオチドまたはそのポリヌクレオチドに相補的なポリヌクレオチドを基板上に固定化したことを特徴とするDNAマイクロアレイが提供される。DNAマイクロアレイ(DNAチップともいう)とは、基板上にDNAを整列(アレイ)して固定化させたデバイスを意味し、PCRなどによりあらかじめ調製したDNAを基板上に貼り付けたものや、半導体製造の光リソグラフィー(photolithography)技術を応用して基板上でDNAを合成したものを挙げることができる。
【0034】
基板上にプローブとして固定化されるポリヌクレオチドは、配列番号1〜199で示されるいずれかの塩基配列に含まれる、連続する少なくとも15塩基からなるポリヌクレオチドまたはそのポリヌクレオチドに相補的なポリヌクレオチドであり、その塩基長としては、15bp〜全配列の塩基長、好ましくは15bp〜1kbp、より好ましくは60bp〜70bpの塩基長のものが例示できる。この中でも、配列番号119〜199で示されるいずれかの塩基配列に含まれる、連続する少なくとも15塩基からなるポリヌクレオチドまたはそのポリヌクレオチドに相補的なポリヌクレオチドが好ましく、更には配列番号200〜595で示されるいずれかの塩基配列からなるポリヌクレオチドが好ましく、特に配列番号318〜397または配列番号516〜595で示されるいずれかの塩基配列からなるポリヌクレオチドが好ましい。ここで、相補的なポリヌクレオチド(相補鎖、逆鎖)とは、前記配列番号1〜199で示されるいずれかの塩基配列からなるポリヌクレオチドの全長配列、または、前記塩基配列において少なくとも連続した15塩基長を有するその部分配列に対して、A:TおよびG:Cといった塩基対関係に基づいて、塩基的に相補的な関係にあるポリヌクレオチドを意味する。ただし、かかる相補鎖は、対象とする正鎖の塩基配列と完全に相補配列を形成する場合に限らず、対象とする正鎖とストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる程度の相補関係を有するものも含まれる。また、ここでストリンジェントな条件は、前記と同義である。
【0035】
前記ポリヌクレオチドは、検出の対象となるポリヌクレオチドの塩基配列に基づいて当業者が適宜設計することができる。また、このポリヌクレオチドは、適当な標識物質、例えば、放射性同位体、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、ビオチン、ジゴキシゲニン(ジゴキシゲニン(DIG)−11−UTP)等により標識されていてもよい。
【0036】
上記DNAマイクロアレイは、1種または2種以上の上記ポリヌクレオチドを含んでいればよく、基板に固定化されるポリヌクレオチドの数は特に限定されない。複数の上記ポリヌクレオチドを含むDNAマイクロアレイは、一つの試料に対して、同時かつ網羅的に線虫の重金属応答遺伝子の発現量を検出することが可能である。
【0037】
上記DNAマイクロアレイは、上記ポリヌクレオチドを基板上に固定化することにより作製することができる。DNAマイクロアレイの基板としては、例えば、ガラス基板、シリコン基板、メンブレン、ビーズ等、従来公知の何れの基板も使用することができる。基板の材質、大きさ、形状は特に限定されない。また、前記基板にポリヌクレオチドを固定化する方法としては、スポッター等を利用する方法、一般的な半導体技術を利用する方法、その他従来公知の方法が何れも使用することができる。また、市販のコーティング済スライドガラスを基板として用いてもよい。
【0038】
上記DNAマイクロアレイを用いた検出方法としては、主に標識物質を用いる方法や電気化学的方法がある。標識物質を用いる方法としては、例えば、前記DNAマイクロアレイを線虫から調製したRNAをもとに調製される標識DNAまたはRNAとハイブリダイズさせ、該ハイブリダイズにより形成された上記ポリヌクレオチドと標識DNAまたはRNAとの複合体を、該標識DNAまたはRNAの標識を指標として検出することにより、重金属に暴露した線虫における重金属応答遺伝子の発現量を検出、定量することができる。前記標識DNAまたはRNAは、FITC、Cy3、Cy5等の蛍光色素、ビオチン等の酵素やフェロセン等の電気化学的活性物質で標識することができる。電気化学的方法の場合、上記ポリヌクレオチドをプローブとして固定化する基材に伝導性物質を用い、これを電極として使用することができる。
【0039】
また、上記DNAマイクロアレイは、重金属応答遺伝子の一の領域とハイブリダイズする前記ポリヌクレオチドと当該一の領域とは異なる他の領域とハイブリダイズする前記ポリヌクレオチドを含んでいることが好ましい。具体的には、例えば、配列番号200〜397の各ポリヌクレオチドと前記ポリヌクレオチドがハイブリダイズする重金属応答遺伝子とハイブリダイズする配列番号398〜595の各ポリヌクレオチドの組み合わせを挙げることができ、配列番号318〜397の各ポリヌクレオチドと前記ポリヌクレオチドがハイブリダイズする重金属応答遺伝子とハイブリダイズする配列番号516〜595の各ポリヌクレオチドの組み合わせが好ましい。同一の重金属応答遺伝子を認識する複数のポリヌクレオチドをプローブとして基板上に固定化したDNAマイクロアレイは、高感度、高精度で重金属応答遺伝子を検出することができる。
【0040】
また、前述した本発明のポリヌクレオチド、プローブ、プローブセット、プライマー、プライマーセット、DNAマイクロアレイを1種または2種以上組み合わせて、線虫の重金属応答遺伝子の検出用キットとすることができる。このキットによれば、容易かつ簡便に、重金属応答遺伝子を検出することができる。
【0041】
また、本発明によれば、以下の重金属による土壌および浸出水の汚染の評価方法が提供される。
【0042】
本発明の重金属による土壌および浸出水の汚染を評価する方法は、以下の(a)〜(c)の工程を含むものである:
(a)線虫を被検試料とともに培養する工程;
(b)前記培養した線虫における、重金属応答遺伝子の発現量を検出する工程;および、
(c)前記検出した重金属応答遺伝子の発現量と対照試料の場合の前記遺伝子の発現量とを比較して、被検試料の重金属汚染を評価する工程。
【0043】
線虫の重金属応答遺伝子は、作用させる重金属の種類によって、その種類および発現変動の程度が異なる。したがって、上記方法により、採取した被検試料中で線虫を培養し、前記培養した線虫の重金属応答遺伝子の発現量の変動を検出することにより、土壌または浸出水の重金属汚染の有無またはその程度を評価することができる。以下詳細に説明する。
【0044】
本発明の方法で用いる線虫としては、幼虫期および成虫期いずれの線虫でも構わないが、重金属の影響を鋭敏に検出するためには、幼虫期の線虫を用いることが好ましく、L2〜L3幼虫期の線虫が更に好ましい。なお、線虫の成長段階には、4回の脱皮を区切りとして、以下の段階、L1幼虫期:孵化〜第1回の脱皮前、L2幼虫期:第1回目の脱皮〜第2回目の脱皮、L3幼虫期:第2回目の脱皮〜第3回目の脱皮、L3幼虫期:第3回目の脱皮〜第4回目の脱皮、成虫期:第4回目の脱皮以降、がある。
【0045】
まず、線虫を被検試料とともに培養する。ここで被検試料としては、評価対象の土壌から複数箇所でランダムに土壌または浸出水を採取し、これを均質に攪拌した試料を用いることが好ましい。また、対照試料としては重金属を含有しない土壌または浸出水を予め調製して用いることが好ましい。
【0046】
ここで、「線虫を被検試料とともに培養する」とは、前記試料と線虫を共存させた状態で線虫を培養することをいい、これには被検試料中で線虫を培養すること、被検試料を懸濁した培地中で線虫を培養すること等が含まれる。具体的には例えば、エッペンドルフチューブなどに線虫を分注しておき、これに被検試料を適当な溶媒に懸濁した懸濁液を添加して、培養を行うことができる。線虫の培養条件は、特に限定されないが、前記試料と線虫を共存させた状態で、15〜25℃で、1時間以上培養することが好ましく、5時間以上が更に好ましい。培養時間が1時間より短いと重金属応答遺伝子の発現量の変化が少なく、十分な感度を得ることができない。
【0047】
次に、前記培養した線虫における重金属応答遺伝子の発現量を検出する。ここで検出される前記遺伝子としては、配列番号1〜199で示されるいずれかの塩基配列からなる重金属応答遺伝子が好ましく、配列番号119〜199で示されるいずれかの塩基配列からなる重金属応答遺伝子が更に好ましい。また、この検出には、本発明のポリヌクレオチド、プローブ、プローブセット、プライマー、プライマーセット、DNAマイクロアレイ、検出キット等を使用することが好ましく、本発明のDNAマイクロアレイを使用することが更に好ましい。また、重金属応答遺伝子の発現量を検出するには、ノーザンブロット法、RT−PCR法、DNAマイクロアレイ解析法、in situハイブリダイゼーション解析法等の種々の方法を利用することができるが、RT−PCR法やDNAマイクロアレイ解析法を用いることが好ましい。
【0048】
重金属応答遺伝子の発現量の検出方法としては、例えば、前記培養した線虫からtotalRNAを抽出し、これから前記遺伝子の発現量を検出する方法が挙げられる。totalRNAの抽出方法は特に限定されず、例えば、前述したように線虫を培養した後、これを洗浄、回収し、TRIzol(Invitrogene社製)等RNA抽出溶媒を添加して、常法に従いtotalRNAを抽出することができる。抽出されたtotalRNAは、必要に応じてmRNAのみを精製してもよい。精製方法は特に限定されないが、mRNAの3’末端のポリ(A)配列を利用して精製する方法が挙げられる。具体的には例えば、抽出したtotalRNAをoligo(dT)カラム(Amersham−Bioscience社製)等にpolyA+RNAを吸着させ、これを溶出して精製することができる。また、溶出されたpolyA+RNAはショ糖濃度勾配遠心法により分画してもよい。
【0049】
次に、totalRNA中の重金属応答遺伝子の発現量を検出する。前記遺伝子の発現量はtotalRNAよりcRNAまたはcDNAを調製し、これを適当な標識化合物で標識して、そのシグナル強度として検出することができる。
【0050】
ノーザンブロット法を用いて検出する場合には、例えば、常法に従ってナイロンメンブレン等にトランスファーした線虫由来のRNAと、放射性同位元素(32P、33P等)や蛍光色素等で標識した本発明のプローブとをハイブリダイズさせ、形成された複合体を放射線検出器または蛍光検出器で検出、測定する方法が例示できる。
【0051】
RT−PCR法を利用する場合には、例えば、線虫由来のRNAから常法に従い、cDNAを調製し、これを鋳型として標的の重金属応答遺伝子の領域が増幅できるように、本発明のプライマーとハイブリダイズさせて、定法に従いPCR法を行い、得られた増幅産物を検出、測定する方法を例示することができる。この場合、得られた増幅産物をDNAマイクロアレイを用いて検出すると効率的である。
【0052】
DNAマイクロアレイ解析法を利用する場合には、totalRNAから調製したcRNAまたはcDNAと本発明のDNAマイクロアレイをハイブリダイズさせ、形成された複合体を標識物質等のシグナルにより検出することができる。例えば、逆転写酵素反応によりpolyA+RNAからcDNAを作製する際に、Cy3、Cy5等の蛍光色素で標識されたdCTP等を共存させて標識cDNAを調整する。このとき、被検試料から調製したcDNAと対照試料から調整したcDNAを異なる蛍光色素で標識しておけば、DNAマイクロアレイとのハイブリダイゼーション時に両者を混合して一度に測定することができる。
【0053】
次に、前述のようにして検出した重金属応答遺伝子の発現量と対照試料の場合の前記遺伝子の発現量とを比較して、被検試料の重金属汚染を評価する。重金属は、単に1つの重金属応答遺伝子の発現に影響するものではなく、常に複数の前記遺伝子の発現に影響をもたらす。また、この影響は個々の遺伝子で異なるパターンを示す。従って、被検試料群と対照試料群の前記遺伝子の発現量の変化(あるいは相違)を検出し、これを比較して、被検試料群における前記遺伝子の発現量が対照試料群に対して有意に変化している場合、被検試料は重金属により汚染されているものと推定される。また、前記遺伝子の発現量の変化のパターンから汚染重金属の種類、その含有濃度を推定することができるため、評価対象土壌の重金属汚染状態を詳細に評価することができる。前記評価は、重金属応答遺伝子のうち1つについて行ってもよく、特定の重金属に対して応答性の高い複数の遺伝子を選択して行ってもよく、配列番号1〜199で示される塩基配列からなる重金属応答遺伝子全てについて行ってもよい。例えば、対照試料の平均発現量を基準にして、標準偏差が0.5以内で、平均発現量比が1.5以上に上昇または0.5以下に減少することで評価することができる。
【0054】
また、前記評価方法は、種々の重金属による汚染の評価に使用することが可能であるが、特に、カドミウム、水銀、鉛による汚染を評価する場合に好適に用いることができる。
【0055】
前述したように重金属は、複数の重金属応答遺伝子の発現に影響をもたらし、この影響は個々の重金属応答遺伝子で異なるパターンを示す。従って、上記の評価方法と同様の手順により汚染土壌中の重金属を同定し、その含有量を推定することができる。すなわち、本発明によれば、被検試料に含まれる重金属を同定する方法が提供される。
【0056】
本発明の重金属の同定方法としては、例えば、以下のような方法を挙げることができる。上記評価方法と同様の手順で、線虫を既知の重金属を含有する試料中で培養し、前記培養線虫の重金属応答遺伝子の発現量を検出して、重金属応答遺伝子の発現パターンとその発現強度をその既知重金属の標準データとして記録する。同様に被検試料中で培養した線虫の重金属応答遺伝子の発現パターンおよび発現強度を測定し、これと標準データとを比較すれば、被検試料中に含まれる重金属を同定し、その含有量を推定することが可能である。前記同定方法は、標準データを取得することができる重金属であれば、如何なる重金属も同定可能であるが、特に被検試料中に含まれるカドミウム、水銀、鉛を同定する場合に好適に用いることができる。
【0057】
その他の実施態様としては、重金属応答遺伝子に由来する(ポリ)ペプチドおよびこれを認識する抗体等も本発明により提供される。具体的には、配列番号1〜199で示されるいずれかの塩基配列からなる重金属応答遺伝子がコードするアミノ酸配列からなる(ポリ)ペプチドおよびその断片、前記ペプチド等を認識するポリクローナル抗体およびモノクローナル抗体、これらを含む土壌および浸出水の汚染のバイオアッセイキット等が提供される。
【0058】
前記ペプチドおよびその断片の生成を検出することにより、重金属応答遺伝子の発現の程度を検出することができる。前記ペプチド等は、例えば、重金属応答遺伝子を公知の発現ベクターに組換えて、大腸菌、酵母、昆虫細胞等により作製することができる。
【0059】
また、前記ペプチドの生成の検出は、これを特異的に認識するポリクローナルまたはモノクローナル抗体により行うことができる。前記ポリクローナル抗体は、前記ペプチドを抗原として、ウサギ、ラット、マウス、ヤギ等の動物に投与し、前記動物から血清を採取し、これから分離、精製することにより得ることができる。前記モノクローナル抗体は、前記ペプチドで免疫したマウスの脾臓細胞と骨髄腫細胞を融合し、ハイブリドーマを作製することにより得ることができる。
【実施例】
【0060】
以下、本発明の構成と効果を具体的に示す実施例等について説明する。なお、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0061】
<重金属暴露条件の検討>
重金属曝露のための線虫の培養条件を設定するため、以下の実験を行った。
【0062】
1.急性毒性試験
急性毒性の影響が見られない濃度域で、かつ、遺伝子の発現量に変動をきたす培養条件を検討するため、カドミウムによる急性毒性試験を行った。24穴プレートを用い、L1幼虫期の線虫を10worms/wellになるよう添加した。各濃度の塩化カドミウム溶液を添加し、均一に混合した後、顕微鏡下で定時観察し、各時間における線虫の生存率を算出した。図1に示すように、線虫の生存率の低下は、カドミウムに対して良好な用量依存性があり、半数致死量濃度(LD50)は、97.5±0.2μMであった。
【0063】
2.世代成長阻害試験
L1幼虫期の線虫を各種濃度の塩化カドミウムを含有する溶液中で培養する。カドミウム暴露24時間後の体長を顕微鏡下で測定し、さらに引き続き培養し48時間暴露後の成虫の割合を算出した。図2に示すように、コントロールに比べ、1nM〜1μM濃度のカドミウム暴露では、24時間後の線虫の体長に影響を与えなかった。しかしながら、10μM濃度のカドミウム暴露では、コントロールの約0.9mmに比べて0.7mmと相対的に成長が抑制された。また、48時間後の成虫の割合においても、1μMまではほとんど影響が見られなかったが、10μMカドミウム暴露群には成虫まで成長した線虫が存在しなかった。即ち、10μMで48時間後に明確な成長阻害が引き起こされた。
【0064】
3.MT遺伝子の発現量の定量
メタロチオネイン(MT)は、カドミウム、水銀、銅、亜鉛などの重金属に高親和性を示す低分子量タンパク質で、これをコードするMT遺伝子は、種々のストレスにより誘導されることが知られている。線虫は2種類のMT遺伝子(MT−I、MT−II)を有しており、線虫をモデルとしてMT遺伝子の発現量がカドミウム、水銀などの重金属汚染の評価指標にできることが報告されている(Shimada et al., Trace Elements & Electrolytes (2003))。そこで、MT遺伝子の発現量を精査し、重金属に曝露する条件の設定を行うこととした。上記急性毒性試験、成長阻害試験の結果から、10μMの重金属濃度による暴露で7時間までのMT遺伝子の発現誘導レベルを検討した。
【0065】
幼虫期の線虫を10μMの塩化カドミウム存在下で1、3、5、7時間培養した。培養後、線虫を洗浄、回収し、直ちにTRIzol(Invitrogene社製)を加え、ホモジナイズした。常法に従いtotalRNAを抽出し、oligo(dT)を逆転写のプライマーに用い、SuperScriptII(インビトロジェン社製)で逆転写反応を行い、cDNAを得た。次いで、得られたcDNAを鋳型に用いて、発明者らが設計したMT−IおよびMT−IIそれぞれに特異的な以下のプライマー;MT−Iフォーワードプライマー:5’−TGTGAGGAGGCCAGTGAGAA−3’(配列番号596)、MT−Iリバースプライマー:5’−TGAGCACATTCGCAGTTGGC−3’(配列番号597)、MT−IIフォーワードプライマー::5’−AGATTGCGATTGCTCCGACG−3’(配列番号598)、MT−IIリバースプライマー:5’−CCTGGTGTTGATGGGTCTTG−3’(配列番号599)、を用いて、PCR反応を行った。PCR反応は、94℃、5分の変性後、94℃、30秒の変性、58℃、30秒のアニーリング、72℃、1分の伸長反応を1サイクルとして25〜30サイクル行った。PCR反応後、等量の試料を2%アガロースゲルに添加し電気泳動することによって生成物を分離し、エチジウムブロミドでゲルごと染色した。UVトランスイルミネーター(VILBER LOURMAT社製)上で染色像を取り込み、画像解析ソフトELECTROPHORESISDOCUMENTATION AND ANALYSIS SYSTEM290(KODAK社製)を用いて画像解析を行い、増幅遺伝子の量を定量した。なお、コントロールにはアクチン遺伝子を用いた。
【0066】
図3に示すように、コントロールとして用いたアクチン遺伝子は、カドミウム曝露、未曝露、および暴露時間に関係なく一定レベルで発現した。一方、MT−I、MT−II遺伝子はともにコントロールに比べ、カドミウム暴露1時間後から明確にその発現量の増加が観察された。電気泳動の写真によって肉眼でも確認できるが、さらに画像解析により、アクチン遺伝子の発現量を一定として各バンド濃度を補正し、コントロールに対する発現量の変動を数値化した。明らかにカドミウム暴露1時間後から発現量の顕著な上昇が見られ、その上昇は7時間後でもほとんど変化なく維持されていた。
【0067】
上記実験結果から、線虫の重金属応答遺伝子のスクリーニングは、種々濃度のカドミウムに5時間暴露する条件が最も適当であると判断し、この条件で培養した線虫から得られたmRNAを用いることとした。
【0068】
<実施例1>
上記検討結果をもとに重金属曝露のための培養条件を設定し、線虫のカドミウム応答遺伝子を、線虫のcDNAマイクロアレイを用いてスクリーニングした。線虫のcDNAマイクロアレイは、線虫cDNAプロジェクトで得られたESTクローンを用いて,cDNAグループの中から代表的なクローンが挿入されたcDNA9216個をPCRで増幅し,スポットに用いた。代表クローンには,PCR増幅の一様性を考え,インサートサイズが1〜2kbのものを優先して選抜した。PCR後,イソプロパノール沈殿で回収したDNAはアガロースゲル電気泳動で収量をチェックし,ポリL-リシンコーティングスライドガラスにスタンフォード方式でスポットしてcDNAマイクロアレイを作製した(作製方法の詳細は,例えば、細胞工学別冊「DNAマクロアレイと最新PCR法」松村正明他、秀潤社、p56−61参照)。
【0069】
線虫を大量に同調培養し、1、10および100μMの塩化カドミウム存在化で5時間培養した後、線虫を回収、洗浄した。TRIzol(Invitrogene社製)を用いてtotalRNAを調製し、さらにoligo(dT)カラム(Amersham−Bioscience社製)を用いてpolyA+RNAを分離精製した。oligo(dT)をプライマーとして逆転写酵素CyScript(Amersham−Bioscience社製)を用いて逆転写反応を行った。その際、コントロール群にはCy3−dCTP、カドミウム暴露群にはCy5−dCTPを共存させ、蛍光標識cDNAを調製した。コントロールとカドミウム暴露群の蛍光標識cDNAを等量で混合し、線虫の9400遺伝子のcDNAをスポットしたcDNAマイクロアレイにハイブリダイズした。洗浄後、それぞれ蛍光色素の蛍光強度をスキャナー(Packard BioScience Company社製Scan Array Lite)を用いて測定した。コントロールに対するカドミウム暴露群の発現変動を比として表し、カドミウム暴露による遺伝子発現の変動を解析した。約9000遺伝子について発現量の変化を一斉検索したところ、多くの遺伝子は発現量がコントロールに比べ大幅に変動しなかったが、数百遺伝子はカドミウム暴露により発現量が上昇或いは減少した。発現量に変化が認められた遺伝子群にはこれまで報告されているカドミウム応答遺伝子、MT遺伝子をはじめとし、その他にphytochelatinsynthase相同遺伝子も含まれていた。また、遺伝子の機能解析を既存のデータベース(NCBIおよびWORM BASE)を用いて行ったところ、増加或いは減少した遺伝子ともに多様な機能を持つ遺伝子が含まれていた。
【0070】
<実施例2>
線虫を大量に同調培養し、L2/3幼虫期の線虫を、1、10、100、1000および10000nMの塩化カドミウム、1、10、100、1000および10000nMの塩化鉛、0.1、1、10および100nMの塩化水銀とともに5時間培養した後、線虫を回収、洗浄した。TRIzol(Invitrogene社製)を用いてtotalRNAを調製した。さらに、oligo(dT)カラム(Amersham−Bioscience社製)を用いてpolyA+RNAを分離精製した。oligo(dT)をプライマーとして逆転写酵素CyScript(Amersham−Bioscience社製)を用いて逆転写反応を行った。その際、コントロール群にはCy3−dCTP、重金属暴露群にはCy5−dCTPを共存させ、蛍光標識cDNAを調製した。コントロールと暴露群の蛍光標識cDNAを等量で混合し、線虫の9400遺伝子のcDNAをスポットしたcDNAマイクロアレイにハイブリダイズした。なお、線虫のcDNAマイクロアレイは上記実施例1で用いた方法で作製したものを用いた。洗浄後、それぞれ蛍光色素の蛍光強度をスキャナー(Packard BioScience Company社製Scan Array Lite)を用いて測定した。測定結果の一例(水銀曝露線虫から精製したmRNAの線虫cDNAマイクロアレイ分析)を図4に示す。コントロール対する重金属暴露群の発現変動を比として表し、重金属に暴露したことによる遺伝子の発現量の変動を解析した。重金属暴露実験は個別に最低3回行い、統計的に有意差を検定し、クラスター解析等の手法により重金属に特異的に応答している遺伝子の特定を行った。
【0071】
約9000遺伝子について発現量の変化を一斉検索したところ、多くの遺伝子は発現量がコントロールに比べ大幅に変動しなかったが、数百の遺伝子は、各重金属の暴露によってその発現量が上昇或いは減少した。図5に示すように、コントロールの平均蛍光強度を基準にして、標準偏差が0.5以内で平均蛍光強度比が1.5以上に上昇、または0.5以下に減少した遺伝子を重金属応答遺伝子としてスクリーニングした。スクリーニングされた線虫の重金属応答遺伝子(配列番号1〜199)を表1に示し、その測定結果(蛍光強度比)の一部を表2示す。
【0072】
クラスター解析の結果を図6に示す。各列は個別の実験、各行は遺伝子にあたり、バンドの色は発現の上昇(赤)、下降(緑)、また、バンドのコントラストは変化量の大(明)、小(暗)を表す。全部の実験条件において発現変動に類似性が見られるものほど近い位置にバンドを現すことから、左の樹形ダイアグラムが遺伝子の挙動の類似性を意味する。図4から3種の重金属暴露で共通あるいは特異的に発現量が上昇あるいは下降している遺伝子群が存在することが明確に確認された。重金属曝露で発現が用量依存的に上昇した遺伝子を表3に、重金属曝露で発現が減少した遺伝子を表4に、個々の重金属曝露で発現が減少した遺伝子を表5に、個々の重金属曝露で発現が上昇した遺伝子を表6に示す。
【0073】
【表1】

【0074】
【表2】

【0075】
【表3】

【0076】
【表4】

【0077】
【表5】

【0078】
【表6】


【0079】
<実施例3>
重金属応答遺伝子を検出するためのポリヌクレオチドプローブの設計および作製を行った。実施例2でスクリーニングされた重金属応答遺伝子(公知の重金属応答遺伝子を含む)およびストレス誘導遺伝子(ヒートショックプロテイン等)類のポリヌクレオチドプローブの設計を行った。プローブの設計条件は、プローブ長60〜70塩基、Tm(融解温度)は67℃以上とした。また、設計の他の詳細なパラメーターを表7に示す。プローブの設計にあたり、特異性と実際に作成するDNAマイクロアレイの精度を高めるため、一の遺伝子につき、2ヶ所(3’末端側および5’末端側)のポリヌクレオチドプローブの設計を行った。ポリヌクレオチドプローブの設計は、設計ソフトProbQuest Ver.2.0(ダイナコム社製)を用いて行い、自動DNA合成装置(ジーンワールド株式会社製)により、396のポリヌクレオチドプローブ合成した。合成されたポリヌクレオチドプローブ(配列番号200〜595)を表8及び表9に示す。
【0080】
【表7】

【0081】
【表8】




【0082】
【表9】




<実施例4>
実施例3で合成されたポリヌクレオチドプローブを用いてDNAマイクロアレイの作製を行った。作製方法は、配列番号200〜397、398〜595のポリヌクレオチドプローブを水にて100pmol/μlになるようにそれぞれ調製し、384穴プレートに5μlずつ分注した。このプレートウェル中の水分を完全に乾燥させた後、スポッティング溶液を等量加えて再懸濁させた。続いて、SPBIO 2000(Hitachi Software社製)にてスライドガラスにスポッティングを行った。スポッティングが終了したスライドガラスは、80℃でインキュベートし、スポッティングしたポリヌクレオチドプローブとスライドガラスとの間の結合を安定化させた。DNAマイクロアレイ上の最終的なポリヌクレオチドプローブの配置を図7に示す。
【0083】
<実施例5>
L2〜L3幼虫期の線虫のmRNAを鋳型にCy3標識cDNAを作成し、これらを実施例4で作製したDNAマイクロアレイに50℃で一晩ハイブリダイズさせた。洗浄後、DNAマイクロアレイ用スキャナーScan Array Lite(Packard Bioscience Company製)を用いて、蛍光量を観察したところ、十分な蛍光量が得られ、本発明のプローブおよびDNAマイクロアレイは良好なハイブリダイゼーションが行えることがわかった。
【0084】
<実施例6>
L1幼虫期の線虫を1.56μM のCdClとともに24時間培養(カドミウム曝露)させた。このL1幼虫期の線虫由来のmRNAをCy5でラベリングした。同様に対照群として、CdClに曝露していないL1幼虫期の線虫由来のmRNAをCy3でラベリングした。これらラベル化したサンプルを実施例4で作製したDNAマイクロアレイに50℃で一晩ハイブリダイゼーションさせた。ハイブリダイゼーション後のDNAマイクロアレイは、室温で2×SSC/0.2%SDS、室温で0.2×SSC/0.2%SDS、 60℃で0.2×SSC/0.2%SDS、室温で0.2×SSC/0.2%SDS、室温で0.2×SSC、室温でエタノール、の条件で順に洗浄を行った。洗浄後、DNAマイクロアレイの蛍光強度をScan Array Lite(Packard Bioscience Company製)を用いて測定した。図8に示すように、本発明のDNAマイクロアレイにより、線虫の重金属応答遺伝子の発現量の変動を検出できることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】カドミウムの線虫(C.elegans)の生存率(24時間後)へ及ぼす影響を示す図。
【図2】カドミウムの線虫(C.elegans)の成長に及ぼす影響を示す図。
【図3】カドミウム曝露によるMT遺伝子の発現量の経時変化を示す図。
【図4】cDNAマイクロアレイ分析の一例(水銀曝露線虫から精製したmRNAの検出)を示す図。
【図5】線虫遺伝子の平均発現強度比と標準偏差の関係を示す図。蛍光強度比は、サンプルの蛍光強度をコントロールの蛍光強度で割った値を表す。
【図6】3種の重金属曝露による遺伝子発現変動のクラスター解析を示す図。
【図7】DNAマイクロアレイ上のポリヌクレオチドプローブの配置を示す図。図面上の数字は配列番号を表す。
【図8】本発明のDNAマイクロアレイによる塩化カドミウムに暴露した線虫における重金属応答遺伝子の発現変動の検出結果の一例を示す図。
【配列表フリーテキスト】
【0086】
配列番号200〜599:合成ポリヌクレオチド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
線虫の重金属応答遺伝子を検出するためのポリヌクレオチドであって、配列番号119〜199で示されるいずれかの塩基配列に含まれる、連続する少なくとも15塩基からなるポリヌクレオチドまたはそのポリヌクレオチドに相補的なポリヌクレオチド。
【請求項2】
請求項1記載のポリヌクレオチドからなることを特徴とする重金属応答遺伝子の検出用プローブ。
【請求項3】
前記ポリヌクレオチドが配列番号318〜397または配列番号516〜595で示されるいずれかの塩基配列からなることを特徴とする請求項2記載のプローブ。
【請求項4】
請求項1記載のポリヌクレオチドからなることを特徴とする重金属応答遺伝子の増幅用プライマー。
【請求項5】
配列番号1〜199で示されるいずれかの塩基配列に含まれる、連続する少なくとも15塩基からなるポリヌクレオチドまたはそのポリヌクレオチドに相補的なポリヌクレオチドを基板上に固定化したことを特徴とするDNAマイクロアレイ。
【請求項6】
前記ポリヌクレオチドが配列番号200〜595で示されるいずれかの塩基配列からなることを特徴とする請求項5記載のDNAマイクロアレイ。
【請求項7】
重金属応答遺伝子の一の領域とハイブリダイズするポリヌクレオチドと当該一の領域とは異なる他の領域とハイブリダイズするポリヌクレオチドを含むことを特徴とする請求項5または6記載のDNAマイクロアレイ。
【請求項8】
以下(a)〜(c)の工程を含むことを特徴とする重金属による土壌および浸出水の汚染を評価する方法。
(a)線虫を被検試料とともに培養する工程;
(b)前記培養した線虫における、重金属応答遺伝子の発現量を検出する工程;および、
(c)前記検出した重金属応答遺伝子の発現量と対照試料の場合の前記遺伝子の発現量とを比較して、被検試料の重金属汚染を評価する工程。
【請求項9】
前記重金属応答遺伝子の発現量を検出する工程において、請求項5〜7いずれかに記載のDNAマイクロアレイを用いることを特徴とする請求項8記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−174802(P2006−174802A)
【公開日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−373963(P2004−373963)
【出願日】平成16年12月24日(2004.12.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年12月14日 環境ホルモン学会発行の「第7回 環境ホルモン学会研究発表会 要旨集」に発表
【出願人】(504237050)独立行政法人国立高等専門学校機構 (656)
【出願人】(504202472)大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 (119)
【出願人】(304056486)株式会社ジーンネット (4)
【Fターム(参考)】