説明

圧粉成形用粉体およびこれを用いた圧粉成形体ならびにその製造方法

【課題】高温熱処理の際絶縁が破壊されない耐熱性絶縁性電気絶縁被膜を有する圧粉成形用粉体およびそれを用いた圧粉成形体の製造方法を提案すること。
【解決手段】本発明による圧粉成形用粉体は、軟磁性金属粒子と、金属アルコキシドと、結晶水を含む鉱物とを含有し、金属アルコキシドは、Li,Na,Mg,Al,Si,K,Ca,Ti,Cu,Sr,Y,Zr,Ba,Ce,Ta,Biのうちの1種類以上の金属元素を含み、結晶水を含む鉱物は、タルクおよびカオリナイトの少なくとも一方を含み、金属アルコキシドおよび結晶水を含む鉱物が軟磁性金属粒子の表面を被覆している。また、この圧粉成形用粉体を圧縮して得られる成形体を500℃以上1000℃以下の温度で歪取り焼鈍して金属アルコキシドを加水分解反応させ、軟磁性金属粒子の表面に電気絶縁被膜を生成させることによって得られる圧粉成形体も本発明に含まれる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧粉成形用粉体およびこれを用いた圧粉成形体ならびにその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、家電および電子機器の省エネルギー化および小型化に伴い、これらに用いられるトランスやリアクトルあるいは回転機などの電気または電子部品の磁性コアについても、小型で高出力かつ高電力効率のものへの要求が強まっている。機器サイズの小型化および高出力化ならびに電力変換効率の高効率化のためには、動作周波数の高周波数化が有効であり、このような動作周波数の高い領域においても高磁束密度や高透磁率および低鉄損の磁芯材料が強く求められている。
【0003】
従来、このような磁芯材料として、ケイ素鋼板を用いた積層型磁芯などが使用されている。しかしながら、この積層型磁芯は、動作周波数を高く設定するに従って磁芯内部で発生する渦電流損が増大してしまうという欠点を有する。そこで、磁芯内部で発生する渦電流損を低減させるための対策として、電気絶縁被膜が形成された純鉄などの軟磁性金属粒子を圧粉成形したものを磁芯材料として採用することが推進されている。
【0004】
ところで、先の鉄損は、周波数に比例するヒステリシス損と、周波数の二乗に比例する渦電流損との和であり、比較的低い動作周波数の領域ではヒステリシス損が支配的であるのに対し、高い動作周波数の領域では渦電流損が支配的となる。ヒステリシス損を低下させるためには、磁性金属粒子内の歪や転移を除去して磁壁の移動を容易にすることにより、圧粉成形体の保磁力を小さくすればよい。また、渦電流損を低下させるためには、磁性金属粒子の表面に電気絶縁被膜を形成し、金属粒子間の絶縁性を確保することにより、その電気抵抗率を大きくすればよい。
【0005】
磁性金属粒子の歪や転移を除去する場合、加圧成形しただけの圧粉成形体(以下、仮成形体と記述する)を400℃以上、好ましくは500℃または650℃以上の高温に加熱する熱処理が行われる。しかしながら、仮成形体を650℃以上の高温で熱処理すると、個々の磁性金属粒子の表面に形成されていた電気絶縁被膜が熱破壊を受けてしまい、製品としての圧粉成形体の電気抵抗率が低下し、渦電流損が大きくなってしまうという問題があった。
【0006】
このような問題を解決するためには、耐熱性に優れた電気絶縁被膜を磁性金属粒子の表面に形成する必要がある。特許文献1において提案された圧粉成形体は、電気絶縁被膜が表面に形成された磁性金属粒子をプレス成形し、次いでこれを焼結したものであるが、電気絶縁被膜の形成方法に特徴を有する。すなわち、磁性金属粒子の表面に金属アルコキシドを被覆してこれを加水分解させ、この時に生成する水酸化物を吸着させ、さらにろ過および乾燥を経て加熱することにより、耐熱性に優れた電気絶縁被膜を磁性金属粒子の表面に形成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平9−125111号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に開示された技術を採用した場合、金属アルコキシドを加水分解して脱水縮重合することにより、耐熱性の良好なアモルファス状の金属酸化物の層を電気絶縁被膜として磁性金属粒子の表面に形成することができる。しかしながら、そのための製造工程が煩雑であるにも拘らず、得られる電気絶縁被膜が機械的に脆く、プレス成形する際の加圧力による磁性金属粒子の変形に伴って電気絶縁被膜に微小な亀裂が入ってしまうことがあった。このような場合、その後の加熱工程にて仮成形体を1100℃以上の高温にさらすと、亀裂などの損傷を受けた電気絶縁被膜の部分を中心に磁性金属粒子が相互に溶着して物理的のみならず電気的にも導通状態となってしまうことがあった。この結果、折角の絶縁処理が機能せず、直流の磁気特性が優れるものの、交流の磁気特性である鉄損が悪化してしまう。
【0009】
このような不具合を防止するため、成形圧を低めに設定して磁性金属粒子の変形を抑えることも可能である。しかしながら、圧粉成形体の磁束密度を充分高めるには、磁性金属粒子を相互に可能な限り近接させ、圧粉成形体の密度ができるだけ高くしなければならない。つまり、磁束密度を高めることと、電気絶縁被膜の破壊を防止することとが相反する条件となってしまう。
【0010】
本発明の目的は、磁性金属粒子の表面に形成された電気絶縁被膜が仮成形体の成形時やその加熱処理の際に従来のものよりも損傷を受けにくくなるようにした圧粉成形用粉体を提供することにある。また、この圧粉成形用粉体を用いた圧粉成形体の製造方法およびこれによって得られる圧粉成形体を提供することも本発明の目的にある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の形態は、軟磁性金属粒子と、金属アルコキシドと、結晶水を含む鉱物とを含有することを特徴とする圧粉成形用粉体にある。
【0012】
本発明の圧粉成形用粉体による軟磁性金属粒子として、純鉄,ケイ素鋼,センダスト,パーマロイなど、従来から圧粉磁芯の原料として用いられているものであれば、何れも利用可能である。なかでも、純鉄粉体は磁束密度が高くしかも圧縮性にも優れているので好適である。この軟磁性金属粒子の粒度およびその形状に関しては特に限定されず、工業的な圧縮成形加工に供することができるような粒度および形状でありさえすればよい。金属アルコシキドおよび結晶水を含む鉱物の粒度およびその形状も同様である。
【0013】
金属アルコキシドは、Mを金属として表記すると、メトキシドM(OCH3)n、エトキシドM(OCH2CH3)n、プロポキシドM(OCH2CH2CH3)nのようなアルキル鎖長が短いものを用いることができる。金属元素Mは、Li,Na,Mg,Al,Si,K,Ca,Ti,Cu,Sr,Y,Zr,Ba,Ce,Ta,Biから選択される少なくとも一種類の元素である。金属アルコキシドは、一種類のものを単独で用いてもよいし、二種類以上のものを組み合わせて用いても良い。
【0014】
結晶水を含む鉱物は、高い電気絶縁性を有しているものであれば特に限定されないが、珪酸マグネシウムを含むタルクやフォルテライトの他に、カオリンを主体とするカオリナイトやハロイサイトなどを例示することができる。本発明で用いられる結晶水を含む鉱物は、これらの物質のうちから選択される1種類または2種類以上を含有することが好ましい。
【0015】
この圧粉成形用粉体は、金属アルコキシドおよび結晶水を含む鉱物が軟磁性金属粒子の表面を被覆しているものであってよく、熱硬化性樹脂を結合剤としてさらに含有することができる。この場合、圧粉成形用粉体は、熱硬化性樹脂が金属アルコキシドおよび結晶水を含む鉱物と共に軟磁性金属粒子の表面を被覆しているものであってよい。熱硬化性樹脂は、成形時に原料粉体の流動度を低下させることなく、脱水縮重合により水分子を放出して架橋反応を起こすようなフラン樹脂およびエポキシ樹脂の少なくとも一方を含むことができる。
【0016】
本発明の第2の形態は、金属アルコキシドおよび結晶水を含む鉱物が軟磁性金属粒子の表面を被覆するか、または熱硬化性樹脂が金属アルコキシドおよび結晶水を含む鉱物と共に軟磁性金属粒子の表面を被覆した本発明の第1の形態による圧粉成形用粉体を圧縮して仮成形体を得るステップと、得られた仮成形体を歪取り焼鈍して金属アルコキシドを加水分解反応させ、軟磁性金属粒子の表面に電気絶縁被膜を生成させるステップとを具えたことを特徴とする圧粉成形体の製造方法にある。
【0017】
本発明の第2の形態による圧粉成形体の製造方法において、金属アルコキシドを加水分解反応させる成形体の歪取り焼鈍が500℃以上1000℃以下の温度で行われるものであってよい。
【0018】
本発明の第3の形態は、本発明の第2の形態による方法によって製造され、軟磁性金属粒子の表面に電気絶縁被膜が形成されていることを特徴とする圧粉成形体にある。
【0019】
本発明の圧粉成形体においては、個々の軟磁性金属粒子の表面に金属アルコキシドの加水分解反応によって生成する金属酸化物および非含水状態となった変成鉱物とを含む電気絶縁被膜が形成される。
【発明の効果】
【0020】
本発明の圧粉成形用粉体によると、軟磁性金属粒子と、金属アルコキシドと、結晶水を含む鉱物とを含有するので、軟磁性金属粒子の表面に形成された電気絶縁被膜が仮成形体の成形時やその歪取りのための焼鈍処理の際に損傷を受けにくい圧粉成形用粉体を得ることができる。
【0021】
金属アルコキシドがLi,Na,Mg,Al,Si,K,Ca,Ti,Cu,Sr,Y,Zr,Ba,Ce,Ta,Biのうちの1種類以上の金属元素を含む場合、耐熱性の良好な安定した電気絶縁被膜となる金属酸化物を軟磁性金属粒子の表面に形成することができる。
【0022】
金属アルコキシドおよび結晶水を含む鉱物が軟磁性金属粒子の表面を被覆している場合、軟磁性金属粒子の表面に耐熱性の良好な電気絶縁被膜を確実に形成することができる。
【0023】
圧粉成形用粉体が熱硬化性樹脂をさらに含有する場合、これを用いて得られる圧粉成形体の強度を高めることができる。特に、熱硬化性樹脂が金属アルコキシドおよび結晶水を含む鉱物と共に軟磁性金属粒子の表面を被覆する場合、成形時や歪取りの焼鈍などにおいても破壊されることが少ない電気絶縁被膜を持った圧粉成形用粉体を得ることができる。熱硬化性樹脂がフラン樹脂およびエポキシ樹脂の少なくとも一方を含む場合、圧粉成形体の強度をより一層高めることができる。
【0024】
本発明の圧粉成形体の製造方法によると、本発明による圧粉成形用粉体を圧縮して得られた仮成形体を歪取り焼鈍して金属アルコキシドを加水分解反応させるようにしたので、鉄損の少ない良好な磁気特性を有する圧粉成形体を得ることができる。
【0025】
金属アルコキシドを加水分解反応させる成形体の歪取り焼鈍を500℃以上1000℃以下の温度で行った場合、金属アルコキシドが完全に加水分解反応して鉄損の少ない良好な磁気特性を有する圧粉成形体を得ることができる。
【0026】
本発明の圧粉成形体によると、本発明の圧粉成形体の製造方法によって製造され、軟磁性金属粒子の表面に電気絶縁被膜が形成されているので、鉄損の少ない良好な磁気特性を持った圧粉成形体を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明による圧粉成形体の製造に際して仮成形体に加えられる熱処理温度と得られた圧粉成形体のヒステリシス損との関係を表すグラフであるが、破線は従来技術の特性を示す。
【図2】本発明による圧粉成形体の製造に際して仮成形体に加えられる熱処理温度と得られた圧粉成形体の渦電流損との関係を表すグラフであるが、破線は従来技術の特性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明による圧粉成形用粉体の製造方法の一実施形態について以下に説明する。
【0029】
軟磁性金属粒子に金属アルコキシド溶液を加えて撹拌した後、これに結晶水を含む鉱物をさらに添加し、これらを撹拌してスラリー状の圧粉成形用粉体を得る。この場合、軟磁性金属粒子に対して金属アルコキシド溶液と結晶水を含む鉱物とを同時に添加したり、軟磁性金属粒子と結晶水を含む鉱物とを混合した後、金属アルコキシド溶液をさらに添加したりしても、特に問題は生じない。
【0030】
軟磁性金属粒子に金属アルコキシドおよび結晶水を含む鉱物を添加して撹拌する場合、アトライター,ヘンシェルミキサー,ボールミル,流動造粒機,転動造粒機などを用いることができる。なかでも、流動造粒機や転動造粒機は、流動層による撹拌を行うため、粉体同士の凝集が抑制され、均一な粒径の混合粉体にすることができるので、より好ましいと言える。
【0031】
上述した金属アルコキシド溶液とは、電気絶縁被膜として形成させたい金属酸化物の原料となる金属アルコキシドをイソプロピルアルコールCH3CH(OH)CH3やメタノールCH3OHなどのアルコールに溶解させたものである。この場合の金属はLi,Na,Mg,Al,Si,K,Ca,Ti,Cu,Sr,Y,Zr,Ba,Ce,Ta,Biから少なくとも一種類の元素を含むものを選択することができる。安定した金属酸化物を形成する元素としては、Al,Si,Ti,Zrが好ましい。特に、Siのアルコキシド溶液であるテトラメトキシシランSi(OCH3)4やテトラエトキシシランSi(OCH2CH3)4あるいはTiのアルコキシド溶液であるチタンアルコキシドが好ましい。
【0032】
結晶水を含む鉱物は、ケイ酸マグネシウムを含むタルク3MgO・4SiO2・H2Oを例示することができる。この他に、カオリンを主体とするカオリナイトAl23・2SiO2・2H2OやハロイサイトAl23・2SiO2・4H2Oなどを採用することができ、これらのうちから選択される1種類または2種類以上を含有することが好ましい。
【0033】
このようにして均一に混合されたスラリー状の圧粉成形用粉体中に含まれる溶媒のアルコールを除去するため、これらを例えば120℃で1時間加熱し、アルコールを蒸発させてスラリー状圧粉成形用粉体を乾燥させる。この圧粉成形用粉体は、テトラエトキシシランの薄膜で表面が覆われた軟磁性金属粒子と、結晶水を含む鉱物の粉末とが均一に混合されたものとなる。
【0034】
このようにして得られた圧粉成形用粉体に対し、圧粉成形体の成形時に架橋反応を起こすフラン樹脂やエポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂を結合剤として添加した圧粉成形用粉体とすることも可能である。この場合、軟磁性金属粒子の表面を覆うテトラエトキシシランの薄膜の上にさらに熱硬化性樹脂の薄膜がコーティングされた状態となる。
【0035】
フラン樹脂はフラン環を有する樹脂の総称であって、フルフリルアルコール・フルフラール共縮合型,フルフリルアルコール型,フルフラール・フェノール共縮合型,フルフラール・ケトン共縮合型,フルフリルアルコール・尿素共縮合型,フルフリルアルコール・フェノール共縮合型などを用いることができる。この熱硬化性樹脂の架橋反応は、加熱温度や加熱時間によって制御することが可能であり、フラン樹脂が完全硬化せず、常温において固体であってかつアセトンなどの溶剤に可溶なAステージ状態とするのが好ましい。これにより、成形後の仮成形体の強度をさらに高めることができ、得られる圧粉成形体の破損をより確実に防止することが可能となる。
【0036】
次に、この圧粉成形用粉体を用いた本発明による圧粉成形体の製造方法の一実施形態について以下に説明する。
【0037】
先の圧粉成形用粉体を所定形状の成形型内に充填した後、この成形型を介して圧粉成形用粉体を加圧し、所定形状の仮成形体を得る。この場合、成形型内に充填された軟磁性金属粒子が成形圧力によって変形が起こっても、これを被覆する金属アルコキシド自体に柔軟性があるため、金属アルコキシドの薄膜は損傷を受けにくくなる。しかも、Aステージ状態の熱硬化性樹脂によってさらにこれが被覆されているため、金属アルコキシドの薄膜が損傷を受けるような可能性はほとんど生じない。
【0038】
軟磁性金属粒子の表面に形成される金属アルコキシドの膜厚は、厚いほどその電気絶縁効果を大きくすることができる反面、相互に隣接する軟磁性金属粒子の間隔を拡げてしまうため、磁束密度の低下と共に鉄損を増加させてしまう不具合をもたらす。このため、軟磁性金属粒子の表面に形成される金属アルコキシドの膜厚を必要最小限に抑えることが好ましい。軟磁性金属粒子の比表面積を勘案した場合、好ましい金属アルコキシドの膜厚は、1nm〜1000nmの範囲に設定すべきである。
【0039】
仮成形体を成形型から脱型した後、圧粉成形用粉体に加えられた歪を取り除くための熱処理が次に施される。この仮成形体の熱処理によって、熱硬化性樹脂の薄膜の一部が炭化し、残りが水と二酸化炭素とに分解する。また、結晶水を含む鉱物から放出される水分子が金属アルコキシドと反応してメタノールが放出される。例えば、テトラエトキシシランを用いた場合、以下の反応が起こる。すなわち、
Si(OC25)4+4H2O→Si(OH)4+4C25OH
となってメタノールが蒸発し、さらに水酸化ケイ素の脱水縮重合反応が起こり、
Si(OH)4→2H2O+SiO2
となって最終的にテトラエトキシシランの薄膜が二酸化ケイ素の電気絶縁被膜へと変化する。そして、電気絶縁被膜が表面に形成された軟磁性金属粒子の粒界に、先の熱硬化性樹脂の炭化物と結晶水を奪われた変成鉱物とが介在した状態となった圧粉成形体を得ることができる。
【0040】
このような反応を進行させるため、また歪取にのために熱処理温度を500℃以上に設定することが好ましいが、加熱温度が高温になるほど電気絶縁被膜の欠陥に伴って発生する悪影響が現れ、隣接する軟磁性金属粒子の相互溶着が発生しやすくなる。このため、熱処理温度は1000℃以下、特に900℃以下が好ましいと言える。また、この熱処理の際の雰囲気は、空気中や不活性ガス中または還元ガス中であってもよい。しかしながら、雰囲気が高温になるほど軟磁性金属粒子の酸化や、水酸化ケイ素の脱水縮重合時に生成する水分子が軟磁性金属粒子に作用し、軟磁気特性の低下をもたらすのを防ぐため、真空または不活性ガス雰囲気での処理が好ましい。
【0041】
次に、本発明の効果を確認するために環状の圧粉成形体を実際に作成し、そのヒステリシス損および渦電流損の特性を調べた。
【0042】
具体的には、軟磁性金属粒子として、鉄粒子の表面にリン酸被膜が形成された80μmの平均粒径を持つSomaloy 500(ヘガネスジャパン株式会社の商品名)を用意した。また、金属アルコキシドとして、テトラエトキシシラン溶液を用意した。そして、100質量部のSomaloy 500を撹拌しながら10質量部のテトラエトキシシラン溶液を加えつつこれらを1時間撹拌し続け、おおよそ50nmの平均膜厚のテトラエトキシシランがSomaloy 500の表面に形成されるようにした。次に、これらを120℃にて1時間加熱乾燥させ、テトラエトキシシラン溶液中の溶媒を蒸発させた。このようにしてテトラエトキシシランの薄膜がリン酸被膜に重ねて形成された100質量部のSomaloy 500に対し、0.2質量部のPSタルク(堺化学工業株式会社製)を添加してこれらを再び撹拌した。
【0043】
一方、フラン樹脂としてVF−303(日立化成工業株式会社の商品名)を用意した。そして、100質量部のVF303に酸性触媒A3(日立化成工業製)を0.5質量部加え、アセトン溶剤で粘度調整した溶液で、PSタルクが添加された100質量部のSomaloy 500に対し、このVF−303が0.4質量部となるように、テトラエトキシシランの薄膜に重ねて形成した。そして溶剤が揮発した後、VF−303の薄膜が形成された100質量部のSomaloy 500に対し、0.5質量部のステアリン酸亜鉛を固体潤滑剤として添加し、これらを均一に撹拌することにより、本実施例の圧粉成形用粉体を製造した。
【0044】
得られたドライパウダー状の圧粉成形用粉体の流動度をJISZ−2502で規定された流動度試験により測定した。その結果、オリフィス径が2.5mmの場合の流動度が25.0秒/50gであり、粉体がブリッジすることもなく流下するというきわめて粉体成形に適した特性を示していることを確認することができた。
【0045】
この本発明の実施例による圧粉成形用粉体に対し、比較のための圧粉成形用粉体を作成した。すなわち、100質量部のSomaloy 500を撹拌しながら10質量部のテトラエトキシシラン溶液を加えつつこれらを1時間撹拌し続け、おおよそ50nmの平均膜厚のテトラエトキシシランがSomaloy 500の表面に形成されるようにした。次に、テトラエトキシシランを加水分解するための蒸留水をこれに加えて混合した後、これらを120℃にて1時間加熱乾燥させ、テトラエトキシシラン溶液中の溶媒を蒸発させた。このようにして、テトラエトキシシランの薄膜が形成された100質量部のSomaloy 500に対し、VF−303が0.4質量部となるように、テトラエトキシシランの薄膜に重ねてVF−303の薄膜をSomaloy 500に形成した。しかる後、VF−303の薄膜が形成された100質量部のSomaloy 500に対し、0.5質量部のステアリン酸亜鉛を固体潤滑剤として添加し、これらを均一に撹拌することにより、比較例としての圧粉成形用粉体を製造した。
【0046】
このようにして得られた実施例および比較例の圧粉成形用粉体を外径が10mmかつ内径が6.8mmの成形型に充填し、これを1平方センチメートル当たり8トンの圧力にて加圧成形した。しかる後、成形型から取り出しておおよそ2mm厚の円環状をなす仮成形体をそれぞれ3つずつ作成した。最後に、これらに500℃,800℃,1000℃の熱処理を不活性ガス雰囲気にてそれぞれ施し、圧粉成形体を得た。
【0047】
得られた環状をなす圧粉成形体に一次巻線および二次巻線をそれぞれ30ターン施し、性能評価として0.1kHzおよび3kHzの駆動周波数で交流を流し、0.3Tの磁束密度を生ずる場合の鉄損Wを測定した。ここで、3kHzの駆動周波数にて0.3Tの磁束密度を生ずる場合のヒステリシス損および渦電流損をその熱処理温度に関連付けて図1および図2にそれぞれ示す。実線が本実施例であり、破線が比較例を表している。
【0048】
ヒステリシス損および渦電流損は、それぞれ駆動周波数fに対して一次比例および二次比例することから、鉄損をW、ヒステリシス損係数をKh、渦電流損係数をKeでそれぞれ表すと、下式(1)が成立する。すなわち
W=Kh×f+Ke×f2 (1)
(1)式において、Kh×fがヒステリシス損に対応し、Ke×f2が渦電流損に対応するので、鉄損Wを求めることができる。なお、ヒステリシス損係数Khおよび渦電流損係数Keは、駆動周波数fが0.1kHzの場合と3kHzの場合とでのヒステリシス損および渦電流損の測定値を式(1)にそれぞれ代入した二元方程式から算出することができる。
【0049】
図1,図2からわかるように、実施例の圧粉成形体は、比較例の圧粉整形体と比べてすべての熱処理温度においてヒステリシス損および渦電流損共に低い値を示した。また、実施例の圧粉成形体の渦電流損は、熱処理温度が1000℃であっても比較例のものに対して大きく低減していることから、高い電気絶縁性を保持していることが予想される。つまり、圧粉成形体のヒステリシス損を低減させるために仮成形体を焼鈍する際、亀裂などの破損が起こらない耐熱性の良好な電気絶縁被膜を有する圧粉成形体およびその製造原料である圧粉成形用粉体を提供することが可能である。
【0050】
なお、本発明はその特許請求の範囲に記載された事項のみから解釈されるべきものであり、上述した実施形態においても、本発明の概念に包含されるあらゆる変更や修正が記載した事項以外に可能である。つまり、上述した実施形態におけるすべての事項は、本発明を限定するためのものではなく、本発明とは直接的に関係のないあらゆる構成を含め、その用途や目的などに応じて任意に変更し得るものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟磁性金属粒子と、金属アルコキシドと、結晶水を含む鉱物とを含有することを特徴とする圧粉成形用粉体。
【請求項2】
前記金属アルコキシドは、Li,Na,Mg,Al,Si,K,Ca,Ti,Cu,Sr,Y,Zr,Ba,Ce,Ta,Biのうちの1種類以上の金属元素を含むことを特徴とする請求項1に記載の圧粉成形用粉体。
【請求項3】
前記結晶水を含む鉱物は、タルクおよびカオリナイトの少なくとも一方を含むことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の圧粉成形用粉体。
【請求項4】
前記金属アルコキシドおよび前記結晶水を含む鉱物が前記軟磁性金属粒子の表面を被覆していることを特徴とする請求項1から請求項3の何れかに記載の圧粉成形用粉体。
【請求項5】
熱硬化性樹脂をさらに含有することを特徴とする請求項1から請求項4の何れかに記載の圧粉成形用粉体。
【請求項6】
前記熱硬化性樹脂が前記金属アルコキシドおよび前記結晶水を含む鉱物と共に前記軟磁性金属粒子の表面を被覆していることを特徴とする請求項5に記載の圧粉成形用粉体。
【請求項7】
前記熱硬化性樹脂は、フラン樹脂およびエポキシ樹脂の少なくとも一方を含むことを特徴とする請求項5または請求項6に記載の圧粉成形用粉体。
【請求項8】
請求項4または請求項6に記載の圧粉成形用粉体を圧縮して仮成形体を得るステップと、
得られた仮成形体を歪取り焼鈍して金属アルコキシドを加水分解反応させ、軟磁性金属粒子の表面に電気絶縁被膜を生成させるステップと
を具えたことを特徴とする圧粉成形体の製造方法。
【請求項9】
前記金属アルコキシドを加水分解反応させる前記成形体の歪取り焼鈍が500℃以上1000℃以下の温度で行われることを特徴とする請求項9に記載の圧粉成形体の製造方法。
【請求項10】
請求項8または請求項9に記載の方法によって製造され、軟磁性金属粒子の表面に電気絶縁被膜が形成されていることを特徴とする圧粉成形体。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−172172(P2012−172172A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−33250(P2011−33250)
【出願日】平成23年2月18日(2011.2.18)
【出願人】(000104652)キヤノン電子株式会社 (876)
【Fターム(参考)】