説明

圧電アクチュエータの位置制御装置

【課題】 印加電圧によって静電容量が変化する圧電アクチュエータを電流制御する場合、あらゆる印加電圧の状態において、良好な制御特性を維持することが困難であった。
【解決手段】 圧電素子によって構成される圧電アクチュエータと、前記圧電アクチュエータによって駆動される可動体と、前記圧電アクチュエータまたは前記可動体の変位を検出する変位センサと、前記圧電アクチュエータに電流を供給する電流源と、前記変位センサの検出値に基づいて、前記電流源に電流指令を与える補償器を有する圧電アクチュエータの位置制御装置において、前記変位センサの検出値に応じて、前記補償器のフィードバックゲインを所定の値に変更することを特徴とする圧電アクチュエータの位置制御装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は半導体露光装置、工作機械など高速、高精度の位置制御が求められる分野において用いられる、圧電アクチュエータの位置制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、微小変位の位置決め用アクチュエータとして、圧電素子を用いた圧電アクチュエータが用いられている。圧電素子は電圧あるいは電荷を印加することによりマイクロメートルオーダ以下の微小変位を発生させることができる。そのため半導体露光装置のステージの微小変位制御や、STM(走査型トンネル電子顕微鏡)やAFM(原子間力顕微鏡)のプローブ制御などに用いられている。
【0003】
従来、圧電アクチュエータの変位を制御するのに、圧電アクチュエータに電圧を印加するオープンループ制御が知られている。また、圧電アクチュエータの変位を計測し、変位と目標位置との偏差に基づいて、補償器が圧電アクチュエータへの印加電圧を制御するフィードバック制御も行われている。図2に示すように圧電アクチュエータは、印加電圧に応じた変位を生じるため、比較的容易に高精度な制御が可能となる。
【0004】
しかし、圧電アクチュエータにはヒステリシス特性という履歴現象が存在する。これは電圧の上昇時の電圧−変位曲線と、電圧下降時の電圧−変位曲線が異なるという現象である。そのため、制御特性が異なり、特に目標位置へ移動していく途中の過渡応答が安定しないという問題があった。
【0005】
また、電圧と変位がほぼ比例するため、電圧の分解能によって変位の分解能が決まってしまうという制限も生じる。特に近年主流となっているデジタル制御系を用いてDA変換器から電圧指令を圧電アクチュエータに与える場合、DA変換器の分解能によって、実質的な変位分解能が決まってしまっていた。この場合、分解能を上げるためには、高価な高分解能DA変換器を使用する必要があった。
【0006】
これらの問題に対応するため、特許文献1に開示されているような、電流制御方式が提案されている。これは、圧電アクチュエータに用いられる圧電素子をコンデンサとみなし、圧電アクチュエータに電流を供給することによって電荷が蓄積され、蓄積された電荷に応じて変位が生じる性質を利用するものである。圧電アクチュエータの変位を計測し、目標値との偏差に基づいて、補償器において適切なフィードバックゲインを乗じて求められた電流指令を圧電アクチュエータに与える。
【0007】
図3に圧電アクチュエータの等価ブロック線図を示す。圧電アクチュエータに入力された電流Iが蓄積(積分)されて電荷Qを生じる。電荷Qと圧電アクチュエータの静電容量Cに応じて、電圧Vを生じ、それに応じて変位を生じる。
【0008】
電荷量−変位特性は電圧−変位特性に比べてヒステリシス現象が小さく、ほぼ線形な関係を示すことが知られている。また、電流は電荷の微分であるため、電荷が圧電アクチュエータの変位に対応するのと同様に、電流は速度に相当する。そのため、電流指令の分解能は速度の分解能に相当し、これを積分したものが変位分解能となる。したがって、DA変換器の分解能が同じ場合は、電圧制御の場合よりも変位分解能を向上させることが可能となる。
【特許文献1】特開平8-101715
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、圧電アクチュエータには図4に示すように、印加電圧によって静電容量が変化する性質を有するものがある。静電容量が変化すると、図3におけるCが変わることになり、圧電アクチュエータの電流―変位特性が変わることになる。図4の例では、印加電圧0V時と印加電圧150V時で、静電容量が約2倍も異なっているため、電流−変位ゲインも2倍異なることになってしまう。
【0010】
その結果、印加電圧によって制御特性が大きく変化する。図5に制御特性の一例を示す。印加電圧によって、閉ループ特性が大きく異なっている。本例においては、印加電圧が高い場合は、静電容量は小さく、圧電アクチュエータの電流―変位ゲインは高い。そのため、補償器のフィードバックゲインは小さくして制御系を安定化させる必要がある。一方、印加電圧が低いと電流−変位ゲインも低くなるため、補償器のフィードバックゲインが小さいと、全体の制御特性も低くなってしまう。
【0011】
一方、印加電圧が低い状態において良好な制御特性となるように、補償器のフィードバックゲインを調整してしまうと、印加電圧の高い状態においては、圧電アクチュエータの電流−変位特性のゲインが高くなるため、制御系全体のゲインが高くなりすぎ、制御系の発振を招くことがあった。
【0012】
以上のように、印加電圧によって静電容量が変化する圧電アクチュエータを電流制御する場合、あらゆる印加電圧の状態において、良好な制御特性を維持することが困難であった。
【0013】
本発明は、このような事情に鑑み、簡便な構成を用いて、圧電素子の印加電圧にかかわらず、良好な制御特性を発揮することができる、圧電アクチュエータの位置制御装置を提供することが目的である。
【課題を解決するための手段】
【0014】
そこで、本発明においては、圧電素子によって構成される圧電アクチュエータと、前記圧電アクチュエータによって駆動される可動体と、前記圧電アクチュエータまたは前記可動体の変位を検出する変位センサと、前記圧電アクチュエータに電流を供給する電流源と、前記変位センサの検出値に基づいて、前記電流源に電流指令を与える補償器を有する圧電アクチュエータの位置制御装置において、前記変位センサの検出値に応じて、前記補償器のフィードバックゲインを所定の値に変更することを特徴とする。
【0015】
さらに、前記変位センサの検出値が少なくとも2つの異なった値となるように圧電アクチュエータを駆動したそれぞれ場合において、前記位置制御装置の位置制御周波数特性が略一致するようにそれぞれの変位センサ検出値における前記フィードバックゲインを決定し、それら以外の変位センサ検出値の場合においては、前記フィードバックゲインを所定の補間式に基づいて決定することを特徴とする。
【0016】
さらに、前記補間式は1次補間であることが望ましい。
【0017】
また、複数個の圧電アクチュエータを用いて前記可動体を複数の自由度に駆動することが可能な位置制御装置においては、前記自由度のうちで最も圧電アクチュエータの駆動範囲が大きい1つの自由度の変位に基づいてすべての自由度のフィードバックゲインを所定の値に変更することを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
以上説明したように、本発明においては、圧電素子によって構成される圧電アクチュエータと、前記圧電アクチュエータによって駆動される可動体と、前記圧電アクチュエータまたは前記可動体の変位を検出する変位センサと、前記圧電アクチュエータに電流を供給する電流源と、前記変位センサの検出値に基づいて、前記電流源に電流指令を与える補償器を有する圧電アクチュエータの位置制御装置において、前記変位センサの検出値に応じて、前記補償器のフィードバックゲインを所定の値に変更することにより、付加的なセンサを追加することなく、簡便な構成によって、圧電アクチュエータへの印加電圧にかかわらず、良好な制御特性を維持することができる。
【0019】
さらに、複数の圧電アクチュエータを用いて多自由度の駆動を行う場合にも、1自由度の場合と変わらない簡便さで、良好な制御特性を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
(実施例1)
図1は、本発明の実施例1にかかる圧電アクチュエータの位置制御装置の制御系ブロック図である。
【0021】
圧電アクチュエータ1は、電流源5から供給される電流によって変位を生じ、可動体2を駆動する。可動体2の変位は変位センサ3によって検出される。変位センサとしてはたとえば静電容量センサ、渦電流センサ、レーザ干渉計、エンコーダなどが使用可能である。変位センサ3によって検出された可動体2の変位は、目標値との偏差を求めて補償器4に入力される。補償器4においては、適切な補償アルゴリズムによって電流源5への電流指令値が決定される。
【0022】
補償アルゴリズムとしては、PID制御、PI制御、P制御などが使用可能である。位置制御系においては、定常偏差をなくすために積分補償(I)を含めるのが通常であるが、PI制御を用いることが望ましい。しかし、圧電アクチュエータ1には電流を電荷に積分する特性が含まれているため、P制御のみでも、良好な制御特性を得ることが可能である。また、制御系の安定化や性能向上のために、ローパスフィルタやノッチフィルタなどその他の補償器を含めることも可能である。
【0023】
近年は、DSP(デジタルシグナルプロセッサ)などのマイクロプロセッサを用いて補償器を構成する、デジタル制御系が用いられることが多い。その場合には静電容量センサや渦電流センサなどのアナログ変位センサ3の検出値はAD変換器を用いてデジタルデータに変換され、補償器で電流指令値が演算された後、DA変換器でアナログ値に再変換され、電流源5に入力される。レーザ干渉計やエンコーダなどのデジタル変位センサの場合には、AD変換は必要なく、センサからのデジタル出力がそのまま補償器に入力される。
【0024】
圧電アクチュエータ1の静電容量は、たとえば図4に示すように、圧電アクチュエータへの印加電圧によって変化する。たとえば印加電圧V1における静電容量をCV1とする。このときに、制御特性が良好となるように補償器のフィードバックゲインを決定し、このゲインをKV1とする。補償器としてPI制御を用いている場合、補償器の特性はKV1(1+Fi/S)となる。ここで、Fiは積分ゲイン、Sはラプラス演算子である。V1とは異なる印加電圧V2において静電容量がCV2となったとすると、KV1/ CV1=KV2/ CV2となるようにKV2を決めてやれば、印加電圧V1とV2で同じ制御特性を維持することが可能である。図4に示すように電圧と静電容量の関係が線形であるのならば、KV1とKV2とから1次補完することによって、V1とV2以外の印加電圧におけるゲインを求めることができる。電圧と静電容量の関係が線形でないならば、より高次の補間式を用いたり、テーブルを用いてゲインを決定することもできる。
【0025】
静電容量は印加電圧に依存するため、厳密には圧電アクチュエータへの印加電圧とそのときの静電容量を計測し、それらから補償器のゲインを決定することが望ましい。しかしながら、変位フィードバック制御においては、ゲインが多少ずれていたとしても、位置決め精度はフィードバックによって保たれている。そのため、制御系が安定で必要十分な制御特性が維持されていれば、ゲインのずれは許容されうる。その場合の許容幅は、静電容量の変動量と必要とされる制御特性から決まる。
【0026】
そこで、印加電圧と圧電アクチュエータの変位が概略比例することを利用し、印加電圧の代わりに変位センサ3で検出した可動体2の変位を用いるが可能である。そうすることにより、印加電圧や静電容量を検出するための手段を付加することなく、既存の変位センサ3を用いて、簡便かつ適切にゲインを変更することができる。この場合は、印加電圧V1,V2の代わりとして変位P1,P2を用い、それぞれの変位において、適切かつ略一致するように補償器のゲインKP1とKP2を決定する。さらに、P1,P2以外の変位においては、KP1とKP2を補間して用いる。
【0027】
これにより、新たなセンサを追加することなく、適切なゲインを決定し、あらゆる変位すなわち印加電圧において、良好な制御特性を維持することが可能となる。
【0028】
(実施例2)
図6は、本発明の実施例2にかかる圧電アクチュエータの位置制御装置の概略図である。図7は、本発明の実施例2にかかる圧電アクチュエータの位置制御装置の制御系ブロック図である。本実施例においては、3本の圧電アクチュエータを用いて3自由度の位置決めを可能にした点が実施例1と異なる。
【0029】
3本の圧電アクチュエータ1a,1b,1cはそれぞれZ方向に伸縮する。それにともない可動体2は、Z、Wx,Wyの3自由度に移動可能である。可動体2の変位は各圧電アクチュエータに対応して設定された変位センサ3a,3b,3cによって計測可能である。
【0030】
このような多自由度の位置決め制御においては、各センサの計測値を座標変換6して可動体2の剛体座標Z,Wx、Wyを求め、これらの座標系において各軸を制御することが行われる。各圧電アクチュエータの指令は逆に座標変換7を行うことによって、Z,Wx、Wy各軸の指令値から求められる。
【0031】
しかしながら、圧電アクチュエータの静電容量は、各圧電アクチュエータの変位に応じて変化するため、ゲインも各圧電アクチュエータに対応して設定する必要がある。Z軸方向に駆動した場合には、各圧電アクチュエータは一律に伸縮するが、Wx,Wy軸方向に駆動した場合には、各圧電アクチュエータの変位は異なってくる。そのため、補正ゲイン8を補償器4から分離して、アクチュエータ座標変換7のあとに配置し、Z,Wx、Wy軸の指令値を各アクチュエータへの指令値に分配した後に、各圧電アクチュエータの変位に応じてゲインを補正する。
【0032】
各圧電アクチュエータ1a,1b,1cの変位は、対応する変位センサ3a、3b、3cから求めることができる。しかしながら、センサとアクチュエータの配置の都合上、それぞれが対応しないこともありうる。その場合には、変位センサの計測値を座標変換することにより、各圧電アクチュエータの変位を求めて、それに基づき、補正ゲインの値を決めればよい。
【0033】
本実施例では3自由度の場合について説明したが、より高い自由度、たとえば6自由度の場合でも同様に各圧電アクチュエータの変位を求めて、ゲインを設定することにより、あらゆる変位すなわち印加電圧において、良好な制御特性を維持することが可能となる。
【0034】
(実施例3)
図8は、本発明の実施例3にかかる圧電アクチュエータの位置制御装置の制御系ブロック図である。
【0035】
図6に示されたような機構においては、Z軸方向に比べて、Wx,Wy軸方向には可動範囲が小さくなることがある。そのため、各圧電アクチュエータの変位差は比較的小さくなる。その場合には、各圧電アクチュエータの変位差は小さくなり、各圧電アクチュエータの変位は、Z軸変位と概略一致するとみなすことができる。そこで、Z軸変位を用いて、Z,Wx,Wy軸のゲインを補正することにより、実施例2とほぼ同等の制御特性をより簡便な構成で達成することができる。特に、各変位センサと各圧電アクチュエータの配置が対応していない場合、実施例2では圧電アクチュエータの変位を求める座標変換が必要になるのに対し、本実施例では座標変換は必要ないため、より効果が大きい。
【0036】
図8においては、補償器のゲインを変更するようにしたが、実施例2のように各圧電アクチュエータへ指令値に座標変換した後に補正ゲインをかけるようにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の実施例1にかかる圧電アクチュエータの位置制御装置の制御系ブロック図。
【図2】圧電アクチュエータの電圧−変位特性。
【図3】圧電アクチュエータの等価ブロック線図。
【図4】圧電アクチュエータの電圧−静電容量特性。
【図5】従来例における圧電アクチュエータの位置制御装置の周波数特性。
【図6】本発明の実施例2にかかる圧電アクチュエータの位置制御装置の概略図。
【図7】本発明の実施例2にかかる圧電アクチュエータの位置制御装置の制御系ブロック図。
【図8】本発明の実施例3にかかる圧電アクチュエータの位置制御装置の制御系ブロック図。
【符号の説明】
【0038】
1 圧電アクチュエータ
2 可動体
3 変位センサ
4 補償器
5 電流源
6 センサ座標変換
7 アクチュエータ座標変換
8 補正ゲイン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電素子によって構成される圧電アクチュエータと、前記圧電アクチュエータによって駆動される可動体と、前記圧電アクチュエータまたは前記可動体の変位を検出する変位センサと、前記圧電アクチュエータに電流を供給する電流源と、前記変位センサの検出値に基づいて、前記電流源に電流指令を与える補償器を有する圧電アクチュエータの位置制御装置において、前記変位センサの検出値に応じて、前記補償器のフィードバックゲインを所定の値に変更することを特徴とする圧電アクチュエータの位置制御装置。
【請求項2】
前記変位センサの検出値が少なくとも2つの異なった値となるように圧電アクチュエータを駆動したそれぞれ場合において、前記位置制御装置の位置制御周波数特性が略一致するようにそれぞれの変位センサ検出値における前記フィードバックゲインを決定し、それら以外の変位センサ検出値の場合においては、前記フィードバックゲインを所定の補間式に基づいて決定することを特徴とする、請求項1に記載の圧電アクチュエータの位置制御装置。
【請求項3】
前記補間式は1次補間であることを特徴とする、請求項2に記載の圧電アクチュエータの位置制御装置。
【請求項4】
複数個の圧電アクチュエータを用いて前記可動体を複数の自由度に駆動することが可能な位置制御装置において、前記自由度のうちで最も圧電アクチュエータの駆動範囲が大きい1つの自由度の変位に基づいて、各々の圧電アクチュエータのフィードバックゲインを所定の値に変更することを特徴とする、請求項 1から請求項3に記載の微動ステージ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−43851(P2007−43851A)
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−226809(P2005−226809)
【出願日】平成17年8月4日(2005.8.4)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】