説明

圧電セラミックス組成物

【課題】優れた圧電特性を有する鉛フリー圧電材料を提供することにある。
【解決手段】本発明は、一般式Li(Na0.50.51−xNbO(但し0<x≦0.08)で示される圧電セラミックス組成物である。本発明の組成物は、LiNbO3の固溶量(xの値)に依存してその結晶構造が変化し、それに依存して圧電特性も変化する。x≦0.05では斜方晶ペロブスカイト構造、x≧0.08では正方晶タングステンブロンズ構造が観察され、斜方晶をとる組成と正方晶をとる組成との中間(x=0.06付近)には、モルフォトロピック相境界(MPB)と呼ばれる領域が存在する。本発明の組成物の圧電特性は0<x≦0.08の組成範囲で優れており、特に、MPB近傍の0.05<x<0.07の範囲内であるときに特に優れたものとなる。また、正方晶構造をとるx=0.08の組成では、ある程度の圧電特性が確保されるとともに温度安定性に優れる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉛フリーの圧電セラミックス組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
アクチュエータやセンサに使用される圧電セラミックスとしては、従来、優れた圧電特性を示すチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)が最も多く利用されてきた。しかし、近年、環境汚染に対する関心の高まりから、鉛を含まない鉛フリー材料の開発が進められている。
例えば特許文献1および特許文献2には、PZTに代替し得る鉛フリー圧電材料として、(LiNa)NbOを主成分とする圧電セラミックスが報告されている。
【特許文献1】特開昭49−125900号公報
【特許文献2】特開2003−277145公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、上記のような組成の鉛フリー圧電材料は、淡々と組成調合を繰り返してみても、最高で電気機械結合定数k=0.35、k=0.40(なお、圧電定数については未知である)という、アクチュエータ等への応用には全く不十分な圧電特性しか得られていなかった。したがって、上記組成の鉛フリー圧電材料をそのままPZTの代替材料として応用するということは、当業者にとって考え難いことであった。
【0004】
本発明は、上記した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、優れた圧電特性を有する鉛フリー圧電材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、優れた圧電特性を有する鉛フリー圧電材料を開発すべく、LiNbO−NaNbO−KNbO系の圧電材料について、その組成と圧電特性との関係を詳細に検討し、併せて結晶構造との関係についても考察した。その結果、全く意外にも、(1−x)(Na0.50.5)NbO−xLiNbO系の組成物において、LiNbOの固溶量(xの値)を適切な量とすることにより、その結晶構造に相関して高い圧電特性および電気機械特性を達成できることを見出した。本発明は、かかる新規な知見に基づいてなされたものである。
【0006】
すなわち、本発明は、一般式Li(Na0.50.51−xNbO(但し0<x≦0.08)で示される圧電セラミックス組成物である。
本発明者らの研究によれば、上記一般式で表される組成物は、LiNbOの固溶量、すなわちxの値に依存してその結晶構造が変化し、それに依存して圧電特性も変化する。xの値が約0.05以下では斜方晶ペロブスカイト構造が支配的であり、xの値が0.08以上では正方晶タングステンブロンズ構造が観察される。また、斜方晶をとる組成と正方晶をとる組成との中間(x=0.06付近)には、モルフォトロピック相境界(Morphotropic Phase Boundary, MPB)と呼ばれる領域があり、その近傍では固溶体が斜方晶と正方晶との中間的な歪んだ結晶構造をとる。本発明の組成物の圧電特性は、0<x≦0.08の組成範囲で優れており、MPB近傍の0.05<x<0.07の範囲内であるときに特に優れたものとなる。また、正方晶構造をとるx=0.08の組成では、ある程度の圧電特性が確保されるとともに温度安定性に優れる圧電セラミックス組成物を得ることができる。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、従来の圧電材料に代替しうる、優れた圧電特性を発揮する新規な鉛フリー圧電材料を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の圧電セラミックス組成物は、一般式Li(Na0.50.51−xNbOで示されるものである。Liの組成比、すなわち上記一般式中のxの値の範囲については、0より大きく0.08以下であることを要し、特に0.05<x<0.07の範囲で優れた圧電特性を発揮する。
【0009】
このような圧電セラミックス組成物は、原料である炭酸カリウム(KCO)、炭酸ナトリウム(NaCO)、酸化ニオブ(Nb)、および炭酸リチウム(LiCO)を混合して焼成することにより得ることができる。以下に、本発明の組成物の調製方法の一例を説明する。
【0010】
まず、原料であるKCO、NaCO、NbおよびLiCOを秤量し、混合する。このとき、焼成工程におけるカリウムの揮散性等を考慮して、目的とする組成比の組成物が得られるよう、各原料の秤取重量を調整する。原料の混合は例えば湿式混合により行うことができる。
【0011】
次に、混合後の原料にバインダを加えて造粒する。バインダとしてはポリビニルアルコール、メチルセルロースなどの有機質の糊料を好ましく使用できる。造粒後、得られた原料の粉粒体を成形する。成形は、例えば一軸プレスにより成形後、冷間等方圧プレス(CIP)により再成形することにより行うことができる。
【0012】
次いで、得られた成形体を脱脂後、焼成する。脱脂処理は成形物に含まれるバインダ等の有機物を徐々に焼失させる条件で行えば良い。また、焼成は焼成温度1000〜1100℃の範囲内での適切な温度で行うことができる。
【実施例】
【0013】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。
【0014】
<実施例1(x=0.04)>
1.焼結体の形成
純度99.9%のKCO、NaCO、Nbおよび純度98%のLiCOを、目的とするセラミックス組成物Li0.04(Na0.50.50.96NbOの組成に基づいて秤量した。このとき、秤取重量を、焼成工程におけるカリウムの揮散性等を考慮して、目的とする組成比の組成物が得られるように調整した。次いで、秤取した原料に酸化ジルコニウム製ボールを加え、エタノールを溶媒としてポリエチレン製のポット内で24時間、ボールミリング湿式混合した。
得られた原料混合物を850℃で10時間仮焼成した。仮焼成後の粉末をボールミルで24時間粉砕し、乾燥した後、ポリビニルアルコールを主成分とするバインダーを添加して造粒を行った。得られた造粒粉を直径12mmの金型を用いて98MPaでプレス成形した後、200MPaの冷間等方圧プレス(CIP)で再成形した。
得られた成形物を焼成温度1000〜1100℃の範囲内で、xの値に応じた適切な温度で焼成し、焼結体を得た。この焼結体を試料として、以下の試験を行った。
【0015】
2.試験
1)粉末X線回折(XRD)法による解析
得られた焼結体について、粉末X線回折法(線源:Niフィルタでろ波したCuKα)により、結晶相の同定を行った。測定装置としては株式会社リガク製 X線回折装置 RAD−Bシステムを用いた。
【0016】
2)圧電特性
得られた焼結体の両端面を平行研磨した後、両面にAg電極を焼き付け、測定試料とした。誘電特性については、アジレント・テクノロジー株式会社製 4294A プレシジョン インピーダンス・アナライザを用いて、温度範囲30℃〜550℃で測定した。
また、試料に150℃に加熱したシリコンオイル中で30kV/mmの電界を30分間印加することによって分極処理を施し、その後、電場内で室温まで冷却した。この試料について、圧電定数d33をd33メータを用いて測定した。また、電気機械結合定数を、IEEE規格に基づき、インピーダンス・アナライザ(4294A)を用いて、共振−反共振法により測定した。
【0017】
<実施例2(x=0.05)>
原料の秤取重量を、目的とするセラミックス組成物Li0.05(Na0.50.50.95NbOの組成に基づき、目的とする組成比の組成物が得られるよう調整した。その他は、実施例1と同様にして焼結体を作成し、試験を行った。
【0018】
<実施例3(x=0.06)>
原料の秤取重量を、目的とするセラミックス組成物Li0.06(Na0.50.50.94NbOの組成に基づき、目的とする組成比の組成物が得られるよう調整した。その他は、実施例1と同様にして焼結体を作成し、試験を行った。
【0019】
<実施例4(x=0.07)>
原料の秤取重量を、目的とするセラミックス組成物Li0.07(Na0.50.50.93NbOの組成に基づき、目的とする組成比の組成物が得られるよう調整した。その他は、実施例1と同様にして焼結体を作成し、試験を行った。
【0020】
<実施例5(x=0.08)>
原料の秤取重量を、目的とするセラミックス組成物Li0.08(Na0.50.50.92NbOの組成に基づき、目的とする組成比の組成物が得られるよう調整した。その他は、実施例1と同様にして焼結体を作成し、試験を行った。
【0021】
<比較例1(x=0.10)>
原料の秤取重量を、目的とするセラミックス組成物Li0.10(Na0.50.50.90NbOの組成に基づき、目的とする組成比の組成物が得られるよう調整した。その他は、実施例1と同様にして焼結体を作成し、試験を行った。
【0022】
<比較例2(x=0.15)>
原料の秤取重量を、目的とするセラミックス組成物Li0.15(Na0.50.50.85NbOの組成に基づき、目的とする組成比の組成物が得られるよう調整した。その他は、実施例1と同様にして焼結体を作成し、試験を行った。
【0023】
<比較例3(x=0.20)>
原料の秤取重量を、目的とするセラミックス組成物Li0.20(Na0.50.50.80NbOの組成に基づき、目的とする組成比の組成物が得られるよう調整した。その他は、実施例1と同様にして焼結体を作成し、試験を行った。
【0024】
<比較例4(x=0)>
原料の秤取重量を、目的とするセラミックス組成物(Na0.50.5)NbOの組成に基づき、目的とする組成比の組成物が得られるよう調整した。その他は、実施例1と同様にして焼結体を作成し、試験を行った。
【0025】
[結果と考察]
本発明の組成物は、(Na0.50.5)NbOにLiNbOを微量固溶させたものということができる。ここで、両端(xが0または1の場合)の組成物のうち一方の(Na0.50.5)NbOは斜方晶ペロブスカイト構造をとり、他方のLiNbOはイルメナイト構造をとるとされる。固溶体が構成される組成範囲では、圧電性の目安となる分極軸数が両端の結晶相それぞれの分極軸数を積算した数になるため、優れた圧電特性の発現に有利な構造となると考えられる。
そこで、本発明者らは、一般式Li(Na0.50.51−xNbOで表される組成物について、LiNbOの固溶量の変化(すなわち、上記一般式におけるxの値の変化)と結晶構造との関係について詳細に検討した。
【0026】
図1には、各実施例および比較例の焼結体のX線回折パターンを示した。
LiNbOの固溶量が低い領域(x<0.05)では、斜方晶ペロブスカイト構造が支配的であった。このとき、LiがABOペロブスカイト構造におけるAサイトのNaおよびKと置換し、固溶体が形成される。固溶量が増大していくと、固溶体の構造はLiによって引き起こされる大きなひずみのために斜方晶から正方晶に変化する。正方晶タングステンブロンズ構造の相はx=0.08から現れ始めた。斜方晶−正方晶間のMPBは0.05<x<0.07の範囲に存在すると考えられる。なお、x≧0.1の組成範囲ではAサイトへのリチウムの置換が困難となって単一相の固溶体が形成されなくなり、(Na0.50.5)NbOのペロブスカイト構造とLiNbOのイルメナイト構造とがそれぞれ独立して観測された。
【0027】
表1および図2〜図4には、各実施例および比較例の試料の圧電歪定数d33および電気機械結合定数k、kの測定結果を示した。
【0028】
【表1】

【0029】
圧電歪定数d33および電気機械結合定数k、kは、xの値が増大するにつれて徐々に増大し、MPB近傍の領域で極めて大きな値を示した。特に、x=0.05で径方向の電気機械結合定数k=44%、x=0.06で圧電歪定数d33=230pC/N、厚さ方向の電気機械結合定数k=48と、MPB領域における斜方晶側の端縁付近で極大値が観測された。MPB領域を超えると圧電歪定数d33および電気機械結合定数k、kは低下し始め、単一相の固溶体が形成されなくなる組成領域(xの値が0.1以上)では、x=0の場合とほぼ同等かそれよりも低くなった。このように、圧電特性は強い組成依存性を示しており、MPBが(1−x)(Na0.50.5)NbO−xLiNbO系の組成物において高い圧電特性の発現に極めて重要な役割を果たすことが明らかとなった。
【0030】
図5には、x=0、0.04、0.06、0.07の場合の未分極の試料についての10kHzで測定した比誘電率εと温度との関係を示すグラフを、図6には、同じ試料についての誘電損失と温度との関係を示すグラフを、それぞれ示した。x=0の場合、比誘電率のピーク(キュリー温度)は420℃に存在していた。これに対し、x=0.04、0.06、0.07の場合、ピークは高温側へシフトし、約450℃であった。また比誘電率は室温から400℃までの範囲で温度依存性が殆どなく、温度安定性が極めて良好であることが示された。一方、誘電損失は、室温から200℃までの間で4%未満であり、その後徐々に増大してキュリー温度でピークに達し、その後いったん低下したのち、急激に増大した。
【0031】
表2および図7には、x=0.06、0.08の試料について、温度を変化させて測定した場合の電気機械結合定数kの変化を示した。
【0032】
【表2】

【0033】
MPB組成であるx=0.06の場合、電気機械結合定数kは80℃以下では約42〜46%と極めて大きな値を示したが、80℃を超えると急激に低下して約34%以下となった。一方、結晶構造が正方晶にシフトしたx=0.08の場合、電気機械結合定数kは約34〜36%と、x=0.06(温度80℃以下)の場合と比較してやや低いものの、20〜200℃の温度範囲で温度依存性が殆どなく、安定した値を示した。このことから、本発明の組成物であってx=0.06のものは、概ね室温環境下で使用され、高い圧電特性が要求される医療用途などに適し、x=0.08のものは、周囲温度の変化が大きな環境下で使用される自動車用途などに適する。
【0034】
以上より、一般式Li(Na0.50.51−xNbOで示される圧電セラミックス組成物は、LiNbOの固溶量、すなわちxの値に依存してその結晶構造が変化し、それに依存して圧電特性も変化する。圧電特性は、0<x≦0.08の組成範囲で優れており、モルフォトロピック相境界(MPB)近傍の0.05<x<0.07の組成範囲内であるときに特に優れたものとなる。また、本組成物は、450℃以上という高いキュリー温度を示し、広い温度範囲で温度安定性を示す。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】各実施例および比較例のセラミックス組成物のX線回折チャート
【図2】各実施例および比較例のセラミックス組成物においてxの値と圧電歪定数d33との関係を示すグラフ
【図3】各実施例および比較例のセラミックス組成物においてxの値と電気機械結合定数kとの関係を示すグラフ
【図4】各実施例および比較例のセラミックス組成物においてxの値と電気機械結合定数kとの関係を示すグラフ
【図5】x=0、0.04、0.06、0.07の場合の未分極の試料についての比誘電率εと温度との関係を示すグラフ
【図6】x=0、0.04、0.06、0.07の場合の未分極の試料についての誘電損失と温度との関係を示すグラフ
【図7】x=0.06、0.08の場合の試料についての電気機械結合定数kと温度との関係を示すグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式Li(Na0.50.51−xNbO(但し0<x≦0.08)で示される圧電セラミックス組成物。
【請求項2】
前記一般式において0.05<x<0.07であることを特徴とする請求項1に記載の圧電セラミックス組成物。
【請求項3】
前記一般式においてx=0.08であることを特徴とする請求項1に記載の圧電セラミックス組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−151796(P2006−151796A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−312967(P2005−312967)
【出願日】平成17年10月27日(2005.10.27)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】