説明

圧電材料

【課題】 広い実用温度領域で脱分極せず、良好な圧電定数を有する非鉛圧電材料を提供することができる。
【解決手段】 下記一般式(1):
一般式(1) 一般式(Ba1−xCa(Ti1−yZr)O(1.00≦a≦1.01、0.125≦x≦0.175、0.055≦y≦0.090)で表わされるペロブスカイト型金属酸化物を主成分とした圧電材料であって、前記金属酸化物にMnが含有されており、前記Mnの含有量が前記金属酸化物100重量部に対して金属換算で0.02重量部以上0.10重量部以下であることを特徴とする圧電材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は圧電材料に関するものであり、特に鉛を含有しない圧電材料に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電材料は、チタン酸ジルコン酸鉛(以下「PZT」という)のようなABO型ペロブスカイト型金属酸化物が一般的である。しかしながら、PZTはAサイト元素として鉛を含有するために、環境に対する影響が問題視されている。このため、鉛を含有しないペロブスカイト型金属酸化物を用いた圧電材料が求められている。
鉛を含有しないペロブスカイト型金属酸化物の圧電材料として、チタン酸バリウムが知られている。また、その特性を改良する目的で、チタン酸バリウムの組成をベースとした材料開発が行われている。特許文献1と非特許文献1にはチタン酸バリウムのAサイトの一部をCaに、Bサイトの一部をZrで置換することで圧電特性が向上した材料が開示されている。しかし、これらの材料はキュリー温度が80℃以下と低く、夏季の車中など過酷な環境下において、脱分極を起こし、圧電性が消失する恐れがあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−215111号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】“Journal of Applied Physics” 2011年 109巻 054110−1から054110−6
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上述の課題に対処するためになされたもので、実用温度領域で脱分極せず、良好な圧電定数を有する非鉛圧電材料を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するための圧電材料は、下記一般式(1):
一般式(1) (Ba1−xCa(Ti1−yZr)O(1.00≦a≦1.01、0.125≦x≦0.175、0.055≦y≦0.090)で表わされるペロブスカイト型金属酸化物を主成分とした圧電材料であって、前記金属酸化物にMnが含有されており、前記Mnの含有量が前記金属酸化物100重量部に対して金属換算で0.02重量部以上0.10重量部以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、広い実用温度領域で脱分極せず、良好な圧電定数を有する非鉛圧電材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の実施例1から14および比較例1から12の圧電材料のx値とy値の関係を示す相図である。点線の内部は請求項1のx値とy値の範囲を示している。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。
【0010】
本発明に係る圧電材料は、下記一般式(1):
一般式(1) (Ba1−xCa(Ti1−yZr)O(1.00≦a≦1.01、0.125≦x≦0.175、0.055≦y≦0.090)で表わされるペロブスカイト型金属酸化物を主成分とした圧電材料であって、前記金属酸化物にMnが含有されており、前記Mnの含有量が前記金属酸化物100重量部に対して金属換算で0.02重量部以上0.10重量部以下であることを特徴とする。
【0011】
本発明において、ペロブスカイト型金属酸化物とは、岩波理化学辞典 第5版(岩波書店 1998年2月20日発行)に記載されているような、理想的には立方晶構造であるペロブスカイト構造(ペロフスカイト構造とも言う)を持つ金属酸化物を指す。ペロブスカイト構造を持つ金属酸化物は一般にABOの化学式で表現される。ペロブスカイト型金属酸化物において、元素A、Bは各々イオンの形でAサイト、Bサイトと呼ばれる単位格子の特定の位置を占める。例えば、立方晶系の単位格子であれば、A元素は立方体の頂点、B元素は体心に位置する。O元素は酸素の陰イオンとして立方体の面心位置を占める。
【0012】
前記一般式(1)で表わされる金属酸化物は、Aサイトに位置する金属元素がBaとCa、Bサイトに位置する金属元素がTiとZrであることを意味する。ただし、一部のBaとCaがBサイトに位置してもよい。同様に、一部のTiとZrがAサイトに位置してもよい。
【0013】
前記一般式(1)における、Bサイトの元素とO元素のモル比は1対3であるが、元素量の比が若干ずれた場合(例えば、1.00対2.94〜1.00対3.06)でも、前記金属酸化物がペロブスカイト構造を主相としていれば、本発明の範囲に含まれる。
【0014】
前記金属酸化物がペロブスカイト構造であることは、例えば、X線回折や電子線回折による構造解析から判断することができる。
【0015】
本発明に係る圧電材料の形態は限定されず、セラミックス、粉末、単結晶、膜、スラリーなどのいずれの形態でも構わないが、セラミックスであることが好ましい。本明細書中において「セラミックス」とは、基本成分が金属酸化物であり、熱処理によって焼き固められた結晶粒子の凝集体(バルク体とも言う)、いわゆる多結晶を表す。焼結後に加工されたものも含まれる。
【0016】
前記一般式(1)において、AサイトにおけるBaとCaのモル量とBサイトにおけるTiとZrのモル量との比を示すaは、1.00≦a≦1.01の範囲である。aが1.00より小さいと異常粒成長が生じ易くなり、材料の機械的強度が低下してしまう。一方、aが1.01より大きくなると粒成長に必要な温度が高くなり過ぎ、一般的な焼成炉で焼結ができなくなる。ここで、「焼結ができない」とは密度が充分な値にならないことや、前記圧電材料内にポアや欠陥が多数存在している状態を指す。好ましくは1.000≦a≦1.005である。
【0017】
前記一般式(1)において、AサイトにおけるCaのモル比を示すxは、0.125≦x≦0.175の範囲である。xが0.125より小さいと誘電損失(tanδ)が増加して、駆動耐久性に悪影響を及ぼす恐れがある。一方で、xが0.175より大きいと圧電特性が充分でなくなる。好ましくは0.140≦x≦0.175である。
【0018】
ここで誘電損失とは、圧電材料に交流電界を加えたときに生じる、電気エネルギー損失の度合いを表わす定数である。誘電損失はLCRメーターやインピーダンスアナライザーにより評価することができる。
【0019】
前記一般式(1)において、BサイトにおけるZrのモル比を示すyは、0.055≦y≦0.090の範囲である。yが0.055より小さいと、圧電特性が充分でなくなる。一方で、yが0.090より大きいとキュリー温度(T)が85℃未満となり、高温において圧電特性が消失する。好ましくは0.055≦y≦0.075である。
【0020】
本明細書において、キュリー温度とは、強誘電性が消失する温度をいう。その特定方法は、測定温度を変えながら強誘電性が消失する温度を直接測定する方法に加えて、微小交流電界を用いて測定温度を変えながら誘電率を測定し誘電率が極大を示す温度から求める方法がある。
【0021】
本発明に係る圧電材料の組成を測定する手段は特に限定されない。手段としては、X線蛍光分析、ICP発光分光分析、原子吸光分析などが挙げられる。いずれの手段においても、前記圧電材料に含まれる各元素の重量比および組成比を算出できる。
【0022】
本発明の圧電材料は、Mnの含有量が前記金属酸化物100重量部に対して金属換算で0.02重量部以上0.10重量部以下である。本発明の圧電材料は、前記範囲のMnを含有すると、絶縁性や誘電損失が向上する。絶縁性や誘電損失の向上は、TiやZrの価数の異なるMnによって欠陥双極子が導入されて内部電界が発生することに由来すると考えられる。内部電界が存在すると、前記圧電材料を圧電素子として電圧を印加し駆動させた際に、圧電素子の長期信頼性が確保できる。
【0023】
ここで、Mnの含有量を示す「金属換算」とは、前記圧電材料から蛍光X線分析(XRF)、ICP発光分光分析、原子吸光分析などにより測定されたBa、Ca、Ti、ZrおよびMnの各金属の含有量から、前記一般式(1)で表わされる金属酸化物を構成する元素を酸化物換算し、その総重量を100としたときに対するMn重量との比によって求められた値を表す。Mnの含有量が0.02重量部未満であると、圧電特性を引き出すために必要な分極処理の効果が充分でなくなったり、誘電損失が大きくなったりする恐れがある。一方、Mnの含有量が0.10重量部より大きくなると、圧電特性が充分でなくなる恐れがあるので好ましくない。
【0024】
Mnは金属Mnに限らず、Mn成分として圧電材料に含まれていれば良く、その含有の形態は問わない。例えば、Bサイトに固溶していても良いし、粒界に含まれていてもかまわない。または、金属、イオン、酸化物、金属塩、錯体などの形態でMn成分が圧電材料に含まれていても良い。より好ましい含有の形態は、絶縁性や焼結容易性という観点からBサイトに固溶することである。Bサイトに固溶された場合、AサイトにおけるBaとCaのモル量とBサイトにおけるTiとZrとMnのモル量の比をA/Bとすると、好ましいA/Bの範囲は0.996≦A/B≦0.999である。A/Bがこの範囲の圧電材料は、高い圧電定数と低い誘電損失を両立することができ、本発明の圧電材料を用いて耐久性に優れたデバイスを作製できる。
【0025】
本発明に係る圧電材料は、前記一般式(1)およびMn以外の成分(以下、副成分)を特性が変動しない範囲で含んでいてもよい。前記副成分は、前記一般式(1)で表現される金属酸化物100重量部に対してその合計が1.2重量部以下であることが好ましい。前記副成分が1.2重量部を超えると、前記圧電材料の圧電特性や絶縁特性が低下する恐れがある。また、前記副成分のうち前記Ba、Ca、Ti、Zr、Mn以外の金属元素の含有量は、前記圧電材料に対して酸化物換算で1.0重量部以下、または金属換算で0.9重量部以下であることが好ましい。本明細書中において「金属元素」とはSi、Ge、Sbのような半金属元素も含む。前記副成分のうち前記Ba、Ca、Ti、Zr、Mn以外の金属元素の含有量が、前記圧電材料に対して酸化物換算で1.0重量部、または金属換算で0.9重量部を超えると、前記圧電材料の圧電特性や絶縁特性が著しく低下する恐れがある。前記副成分のうち、Li、Na、Mg、Al元素の合計は、前記圧電材料に対して金属換算で0.5重量部以下であることが好ましい。前記副成分のうち、Li、Na、Mg、Al元素の合計が、前記圧電材料に対して金属換算で0.5重量部を超えると、焼結が不十分となる恐れがある。前記副成分のうち、Y、V元素の合計は、前記圧電材料に対して金属換算で0.2重量部以下であることが好ましい。前記副成分のうち、Y、V元素の合計が前記圧電材料に対して金属換算で0.2重量部を超えると、分極処理が困難になる恐れがある。
【0026】
前記副成分の例として、SiやCuといった焼結助剤が挙げられる。また、BaおよびCaの市販原料に不可避成分として含まれる程度のSrは、本発明の圧電材料に含んでいてもよい。同じく、Tiの市販原料に不可避成分として含まれる程度のNbと、Zrの市販原料に不可避成分として含まれる程度のHfは、本発明の圧電材料に含んでいてもよい。
【0027】
前記副成分の重量部を測定する手段は特に限定されない。手段としては、X線蛍光分析、ICP発光分光分析、原子吸光分析などが挙げられる。
【0028】
本発明の圧電材料は、CaとZrのモル比であるx/y=bが1.4≦b≦3.0の範囲であることが好ましい。bが1.4より小さいと、Mnの固溶が不充分になり、誘電損失が大きくなる恐れがある。一方で、bが3.0より大きくなると、単位格子のc軸とa軸の比が大きくなり、圧電特性が小さくなる恐れがある。好ましくは1.87≦b≦3.00である。
【0029】
本発明に係る圧電材料は、前記圧電材料を構成する結晶粒の平均円相当径が1μm以上10μm以下であることが好ましい。平均円相当径をこの範囲にすることで、本発明の圧電材料は、良好な圧電特性と機械的強度を有することが可能となる。平均円相当径が1μm未満であると、圧電特性が充分でなくなる恐れがある。一方で、10μmより大きくなると機械的強度が低下する恐れがある。より好ましい範囲としては3μm以上8μm以下である。
【0030】
本発明における「円相当径」とは、顕微鏡観察法において一般に言われる「投影面積円相当径」を表し、結晶粒の投影面積と同面積を有する真円の直径を表す。本発明において、この円相当径の測定方法は特に制限されない。例えば圧電材料の表面を偏光顕微鏡や走査型電子顕微鏡で撮影して得られる写真画像を画像処理して求めることができる。対象となる粒子径により最適倍率が異なるため、光学顕微鏡と電子顕微鏡を使い分けても構わない。材料の表面ではなく研磨面や断面の画像から円相当径を求めても良い。
【0031】
本発明の圧電材料は、前記圧電材料の相対密度が93%以上100%以下であることが好ましい。
【0032】
相対密度が93%より小さくなると、圧電特性や誘電損失が充分でなかったり、機械的強度が低下したりする恐れがある。
【0033】
本発明に係る圧電材料の製造方法は特に限定されない。
【0034】
圧電セラミックスを製造する場合は、構成元素を含んだ酸化物、炭酸塩、硝酸塩、蓚酸塩などの固体粉末を常圧化で焼結する一般的な手法を採用することができる。原料としては、Ba化合物、Ca化合物、Ti化合物、Zr化合物およびMn化合物といった金属化合物から構成される。
【0035】
使用可能なBa化合物としては、酸化バリウム、炭酸バリウム、蓚酸バリウム、酢酸バリウム、硝酸バリウム、チタン酸バリウム、ジルコン酸バリウム、チタン酸ジルコン酸バリウムなどが挙げられる。
【0036】
使用可能なCa化合物としては、酸化カルシウム、炭酸カルシウム、蓚酸カルシウム、酢酸カルシウム、チタン酸カルシウム、ジルコン酸カルシウムなどが挙げられる。
【0037】
使用可能なTi化合物としては、酸化チタン、チタン酸バリウム、チタン酸ジルコン酸バリウム、チタン酸カルシウムなどが挙げられる。
【0038】
使用可能なZr化合物としては、酸化ジルコニウム、ジルコン酸バリウム、チタン酸ジルコン酸バリウム、ジルコン酸カルシウムなどが挙げられる。
【0039】
使用可能なMn化合物としては、炭酸マンガン、酸化マンガン、二酸化マンガン、酢酸マンガン、四酸化三マンガンなどが挙げられる。
【0040】
また、本発明に係る前記圧電セラミックスのAサイトにおけるBaとCaの存在量とBサイトにおけるTiとZrのモル量の比を示すaを調整するための原料は特に限定されない。Ba化合物、Ca化合物、Ti化合物、Zr化合物のいずれでも効果は同じである。
【0041】

本発明に係る圧電セラミックスの原料粉を造粒する方法は特に限定されないが、造粒粉の粒径をより均一に出来るという観点において、最も好ましい造粒方法はスプレードライ法である。
【0042】
造粒する際に使用可能なバインダーの例としては、PVA(ポリビニルアルコール)、PVB(ポリビニルブチラール)、アクリル系樹脂が挙げられる。添加するバインダーの量は1重量部から10重量部が好ましく、成形体の密度が上がるという観点において2重量部から5重量部がより好ましい。
【0043】
本発明に係る圧電セラミックスの焼結方法は特に限定されない。
【0044】
焼結方法の例としては、電気炉による焼結、ガス炉による焼結、通電加熱法、マイクロ波焼結法、ミリ波焼結法、HIP(熱間等方圧プレス)などが挙げられる。電気炉およびガスによる焼結は、連続炉であってもバッチ炉であっても構わない。
【0045】
前記焼結方法におけるセラミックスの焼結温度は特に限定されないが、各化合物が反応し、充分に結晶成長する温度であることが好ましい。好ましい焼結温度としては、セラミックスの粒径を1μmから10μmの範囲にするという観点で、1200℃以上1550℃以下であり、より好ましくは1300℃以上1480℃以下である。上記温度範囲において焼結した圧電セラミックスは良好な圧電性能を示す。
【0046】
焼結処理により得られる圧電セラミックスの特性を再現よく安定させるためには、焼結温度を上記範囲内で一定にして2時間以上24時間以下の焼結処理を行うとよい。また、二段階焼結法などの焼結方法を用いてもよいが、生産性を考慮すると急激な温度変化のない方法が好ましい。
【0047】
前記圧電セラミックスを研磨加工した後に、1000℃以上の温度で熱処理することが好ましい。機械的に研磨加工されると、圧電セラミックスの内部には残留応力が発生するが、1000℃以上で熱処理することにより、残留応力が緩和し、圧電セラミックスの圧電特性がさらに良好になる。また、粒界部分に析出した炭酸バリウムなどの原料粉を排除する効果もある。熱処理の時間は特に限定されないが、1時間以上が好ましい。
【0048】
本発明に係る圧電材料は、少なくとも第一の電極と第二の電極を有する圧電素子にすることにより、その圧電特性を評価できる。前記第一の電極および第二の電極は、厚み5nmから2000nm程度の導電層よりなる。その材料は特に限定されず、圧電素子に通常用いられているものであればよい。例えば、Ti、Pt、Ta、Ir、Sr、In、Sn、Au、Al、Fe、Cr、Ni、Pd、Ag、Cuなどの金属およびこれらの化合物を挙げることができる。
【0049】
前記第一の電極および第二の電極は、これらのうちの1種からなるものであっても、あるいはこれらの2種以上を積層してなるものであってもよい。また、第一の電極と第二の電極が、それぞれ異なる材料であっても良い。
【0050】
前記第一の電極と第二の電極の製造方法は限定されず、金属ペーストの焼き付けにより形成しても良いし、スパッタ、蒸着法などにより形成してもよい。また第一の電極と第二の電極とも所望の形状にパターニングして用いても良い。
【0051】
前記圧電素子は一定方向に分極軸が揃っているものであると、より好ましい。分極軸が一定方向に揃っていることで前記圧電素子の圧電定数は大きくなる。前記圧電素子の分極方法は特に限定されない。分極処理は大気中で行ってもよいし、シリコーンオイル中で行ってもよい。分極をする際の温度は60℃から100℃の温度が好ましいが、素子を構成する圧電セラミックスの組成によって最適な条件は多少異なる。分極処理をするために印加する電界は800V/mmから2.0kV/mmが好ましい。
【0052】
前記圧電素子の圧電定数は、市販のインピーダンスアナライザーを用いて得られる共振周波数及び反共振周波数の測定結果から、日本電子材料工業会標準規格(EMAS−6100)に基づいて、計算により求めることができる。以下、この方法を共振−反共振法と呼ぶ。
【0053】
本発明の圧電材料は、光ピックアップ用アクチュエータや液体吐出ヘッドといった非共振周波数で駆動する変位型アクチュエータ(ソフトデバイス)に好適に用いられる。
【実施例】
【0054】
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例により限定されるものではない。
【0055】
本発明の圧電セラミックスを作製した。
【0056】
(実施例1)
平均粒径100nmのチタン酸バリウム(堺化学工業製:BT−01)、平均粒径300nmのチタン酸カルシウム(堺化学工業製:CT−03)、平均粒径300nmのジルコン酸カルシウム(堺化学工業製:CZ−03)をモル比で87.5対7.0対5.5になるように秤量した。また、AサイトにおけるBaとCaのモル量とBサイトにおけるTiとZrのモル量との比を示すaを調整するために蓚酸バリウムを0.005mol添加した。これらの秤量粉は、ボールミルを用いて24時間の乾式混合によって混合した。得られた混合粉を造粒するために、混合粉に対してMn重量が金属換算で0.06重量部となる酢酸マンガン(II)と混合粉に対して3重量部となるPVAバインダーを、それぞれスプレードライヤー装置を用いて、混合粉表面に付着させた。
【0057】
次に、得られた造粒粉を金型に充填し、プレス成型機を用いて200MPaの成形圧をかけて円盤状の成形体を作製した。この成形体は冷間等方加圧成型機を用いて、更に加圧しても構わない。
【0058】
得られた成形体を電気炉に入れ、1420℃最高温度で5時間保持し、合計24時間かけて大気雰囲気で焼結した。
【0059】
そして、得られたセラミックスを構成する結晶粒の平均円相当径と相対密度を評価した。結果、平均円相当径は7.7μm、相対密度は94.9%であった。なお、結晶粒の観察には、主に偏光顕微鏡を用いた。小さな結晶粒の粒径を特定する際には、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた。この観察結果より平均円相当径を算出した。また、相対密度はアルキメデス法を用いて評価した。
【0060】
次に、得られたセラミックスを厚さ0.5mmになるように研磨し、X線回折により結晶構造を解析した。その結果、ペロブスカイト構造に相当するピークのみが観察された。
【0061】
また、蛍光X線分析により組成を評価した。その結果、(Ba0.875Ca0.1251.000(Ti0.945Zr0.055)Oの化学式で表わすことができる組成にMnが0.06重量部含有されていることが分かった。これは秤量した組成と焼結後の組成が一致していることを意味する。また、Ba、Ca、Ti、ZrおよびMn以外の元素は検出限界以下の量であり、0.1重量部未満であった。
【0062】
さらに、結晶粒の観察を再度行ったが、研磨前後で、平均円相当径に大きな違いは無かった。
【0063】
(実施例2から14)
平均粒径100nmのチタン酸バリウム(堺化学工業製:BT−01)、平均粒径300nmのチタン酸カルシウム(堺化学工業製:CT−03)、平均粒径300nmのジルコン酸カルシウム(堺化学工業製:CZ−03)を表1に示すモル比になるように秤量した。また、AサイトにおけるBaとCaのモル量とBサイトにおけるTiとZrのモル量との比を示すaを調整するために蓚酸バリウムを表1の値になるように添加した。これらの秤量粉は、ボールミルを用いて24時間の乾式混合によって混合した。得られた混合粉を造粒するために、混合粉に対してMn重量が金属換算で表1の重量部になるように酢酸マンガン(II)と、混合粉に対して3重量部となるPVAバインダーを、それぞれスプレードライヤー装置を用いて混合粉表面に付着させた。
【0064】
次に、得られた造粒粉を金型に充填し、プレス成型機を用いて200MPaの成形圧をかけて円盤状の成形体を作製した。この成形体は冷間等方加圧成型機を用いて、更に加圧しても構わない。
【0065】
得られた成形体を電気炉に入れ、1350℃から1480℃の最高温度で5時間保持し、合計24時間かけて大気雰囲気で焼結した。最高温度はCaの量が多くなるほど高くした。
【0066】
そして、得られたセラミックスを構成する結晶粒の平均円相当径と相対密度を評価した。その結果を表2に示す。なお、結晶粒の観察には、主に偏光顕微鏡を用いた。小さな結晶粒の粒径を特定する際には、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた。この観察結果より平均円相当径を算出した。また、相対密度はアルキメデス法を用いて評価した。
【0067】
次に、得られたセラミックスを厚さ0.5mmになるように研磨し、X線回折により結晶構造を解析した。その結果、いずれのサンプルにおいてもペロブスカイト構造に相当するピークのみが観察された。
【0068】
また、蛍光X線分析により組成を評価した。その結果を表3に示す。表中の副成分とは、Ba、Ca、Ti、ZrおよびMn以外の元素のことであり、0は検出限界以下を意味する。これより、いずれのサンプルにおいても秤量した組成と焼結後の組成は一致していることが分かった。
【0069】
さらに、結晶粒の観察を再度行ったが、焼結後と研磨後において、結晶粒のサイズや状態に大きな違いは無かった。
【0070】
(比較例1から12)
実施例1から14と同様の原料粉に加え、固相法によって製造された平均粒径300nmであるジルコン酸バリウム(日本化学工業製)を用いて、表1に示すモル比になるように秤量し、ボールミルを用いて乾式混合を24時間行った。なお、比較例7には副成分としてYとVを酸化物換算で2.1重量部になるように混合した。得られた混合粉は、造粒するために、その表面にMn重量が金属換算で表1の重量部となる酢酸マンガン(II)を、混合粉に対し3重量部となるPVAバインダーを、それぞれスプレードライヤー装置を用いて付着させた。
【0071】
得られた造粒粉を用いて、実施例1から14と同様の条件でセラミックスを作製した。そして、得られたセラミックスを構成する結晶粒の平均円相当径と相対密度を評価した。その結果を表2に示す。なお、結晶粒および相対密度の評価は実施例1から14と同様の手法で行った。
【0072】
次に、得られたセラミックスを厚さ0.5mmになるように研磨し、X線回折により結晶構造を解析した。いずれのサンプルにおいてもペロブスカイト構造に相当するピークのみが観察された。
【0073】
また、蛍光X線分析により組成を評価した。その結果を表3に示す。これより、いずれのサンプルにおいても秤量した組成と焼結後の組成は一致していることが分かった。
【0074】
【表1】

【0075】
【表2】

【0076】
【表3】

【0077】
(圧電素子の作製と静特性評価)
(実施例1から14)
続いて、実施例1から14のセラミックスを用いて圧電素子を作製した。
【0078】
前記円盤状のセラミックスの表裏両面にDCスパッタリング法により厚さ400nmの金電極を形成した。なお、電極とセラミックスの間には、密着層として30nmのチタンを成膜した。この電極付きのセラミックスを切断加工し、10mm×2.5mm×0.5mmの短冊状圧電素子を作製した。
【0079】
得られた圧電素子を、ホットプレートの表面を60℃から100℃になるように設定し、前記ホットプレート上で1kV/mmの電界を30分間印加し、分極処理した。
【0080】
以下では、本発明の圧電材料及び比較例に対応する圧電材料を有する圧電素子の静特性として、分極処理した圧電素子のキュリー温度、誘電損失および圧電定数d31を評価した。その結果を表4に示す。キュリー温度は、周波数1kHzの微小交流電界を用いて測定温度を変えながら誘電率を測定し誘電率が極大を示す温度から求めた。このとき同時に誘電損失も測定した。また、圧電定数d31は共振−反共振法によって求め、表中にはその絶対値を記載した。
【0081】
表4には、BaおよびCaの存在量とTi、ZrおよびMnの存在量の比も記載した。また、表中の「×」は、評価が実施できなかったことを意味する。
【0082】
【表4】

【0083】
ここで、実施例3と4、実施例5と6、実施例9と10および実施例11と12を比較する。いずれの組み合わせもx、yおよびMn含有量が同じ組成であるが、aの値が小さい実施例4、6、9および11の方が圧電定数と誘電損失ともに優れていた。また、実施例4、6、9および11のBaおよびCaの存在量とTi、ZrおよびMnの存在量の比は、0.996以上0.999以下であった。
【0084】
また、全ての実施例において、電極を銀ペーストの焼き付けに変更しても、金電極の同様の特性であった。
【0085】
(比較例1から12)
次に、比較例1から12のセラミックスを用いて圧電素子を作製した。
【0086】
素子の作製と評価は実施例1から14と同様の方法で行った。
【0087】
比較例1はZrを含有していないため圧電定数d31が41[pC/N]と低くなった。比較例2はZrが15%(y=0.150)と多量に含有するため、キュリー温度が60℃と低くなり、圧電素子として使用できる温度が狭くなった。比較例3はMnを含有しないため、誘電損失が大きくなってしまった。比較例4はMnを0.45重量部と多く含んでいたため、圧電定数が小さくなった。比較例5はCaが32%(x=0.32)と多量に含有するため、焼結が充分に進まず粒成長が不十分であったため、圧電定数が小さくなった。比較例6はCaを含有しないため、誘電損失が大きくなってしまった。比較例7は副成分として、YとVを合わせて2.1重量%含有していたため、圧電定数d31が26[pC/N]と値が小さくなった。比較例8はaの値が0.997と小さく、粒径が100μmより大きく成長する異常粒成長がみられたため、キュリー温度以外の静特性の評価を実施できなかった。比較例8の圧電材料を構成する結晶粒の平均円相当径は作成した短冊状圧電素子の厚み(0.5mm=500μm)に対してかなり大きいため、圧電材料にへき開が生じやすく、素子として実装するには機械的強度が著しく不十分だった。比較例9はaの値が1.030と大きく、焼結が充分に進まず粒成長が不十分であったため、圧電定数d31が33[pC/N]と値が小さかった。比較例10は粒径の平均円相当径が1μmより小さくなり、圧電定数が小さかった。比較例11は粒径の平均円相当径が100μmより大きく成長する異常粒成長がみられたため、比較例8の圧電材料と同様の理由でキュリー温度以外の静特性の評価を実施できなかった。比較例12は相対密度が93%より低くなったため、圧電定数が小さくなった。
【0088】
(圧電素子の動特性評価)
以下では本発明の圧電材料及び比較例に対応する圧電材料を有する圧電素子の動特性として、電圧印加を下記条件で行った際の圧電定数の変化率の計測を行った。
【0089】
実施例1から14と比較例の圧電材料の中では圧電定数d31が高く相対的に静特性の良い比較例2、3および6に関して、動特性評価を行った。短冊状の素子に共振周波数から充分に離れた周波数110kHzの交流電圧100Vを100時間印加したあとの、圧電定数d31を評価した。印加する前と印加した後の圧電定数の変化率を表5にまとめた。
【0090】
【表5】

【0091】
実施例のサンプルはいずれも圧電特性の変化率が5%以下であったのに対し、比較例のサンプルはいずれも10%以上の変化が生じた。比較例3と6は、誘電損失が大きく、電圧を印加した際の電気的な損失が大きかったことが原因だと考えられる。また、比較例2に関しては、キュリー温度が60℃と低かったため、電圧を印加したことにより素子が発熱した影響で脱分極が生じたと考えられる。すなわち、キュリー温度が85℃以上であり、誘電損失が0.4%以下でないと、素子として充分な駆動耐久性がないといえる。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明の圧電材料は、広い実用温度領域で脱分極せず、良好な圧電定数を有する非鉛圧電材料を提供することができるため、環境に対しても負荷がなく、液体吐出ヘッドなど多くの圧電素子等の圧電材料を多く用いる機器にも問題なく利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1):
一般式(1) 一般式(Ba1−xCa(Ti1−yZr)O(1.00≦a≦1.01、0.125≦x≦0.175、0.055≦y≦0.090)で表わされるペロブスカイト型金属酸化物を主成分とした圧電材料であって、前記金属酸化物にMnが含有されており、前記Mnの含有量が前記金属酸化物100重量部に対して金属換算で0.02重量部以上0.10重量部以下であることを特徴とする圧電材料。
【請求項2】
前記圧電材料のCaとZrのモル比Ca/Zr=bが1.4≦b≦3.0であることを特徴とする請求項1に記載の圧電材料。
【請求項3】
前記圧電材料を構成する結晶粒の平均円相当径が1μm以上10μm以下であることを特徴とする請求項1乃至2のいずれかに記載の圧電材料。
【請求項4】
前記圧電材料の相対密度が93%以上100%以下であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の圧電材料。

【図1】
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【公開番号】特開2013−32267(P2013−32267A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−129805(P2012−129805)
【出願日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】